日記・コラム・つぶやき

フランス人剣士

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              宮崎日仏文化交流協会の松村千恵子代表が「10年ほど
              前に古書展で買った、珍しい本があるのよ」と厚い本を見
              せてくれた。クリスチャン・ポラック著「絹と光」という本。





 宣教師が来日した江戸時代初期から現代までの日仏交流史だ。原文はフランス語だが日本語の対訳を併記。フランスに残る古い写真や絵画、文書など貴重な資料が豊富で、意外なほど深い歴史の裏面が見えてくる。「絹」は両国の絆を強くした繊維産業の象徴だ。

 明治初頭の日本を舞台にした「ラストサムライ」(2003年)という米映画がある。不平士族を率いる頭領は西郷隆盛がモデルと言われるが、トム・クルーズが演じた米軍人にも実はモデルがいる。仏陸軍の士官ジュール・ブリュネだ。

 幕府の軍事顧問団の1人。幕府が倒れた後も本国からの退去命令を拒否、友情から旧幕府軍の残党に同行して函館戦争まで従軍した。同書でも1章設けて詳しく足跡を記している。騎士道に通じる日本の武士の生きざまは、かの国の人々に今も熱く訴えるようだ。

 欧州で最も剣道が盛んという同国から世界剣道選手権大会(9月・韓国)に出場する選手や監督ら16人が宮崎市で合宿している。県警職員と練習を積む傍ら、真剣の試し斬りをし、剣法発祥の地とされる鵜戸神宮(日南市)を見学した。

 防具の輸出などを手掛ける日本武道宮崎(宮崎市)が橋渡し。多田竜三専務は「選手らの日本文化への関心はとても高い。いろいろな日本に触れる機会を設けたい」と話す。フランス人剣士に街角で会ったら「ボンジュール」と歓迎しよう。 【くろしお】

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      コメントは『蛇足』

若旦那の恋煩い

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  ▼落語「崇徳院」は、若旦那の恋煩いを解決するため熊さんが相手の女性捜しに奔走する話だ。恋の病だと打ち明けられた熊さん。笑いをこらえ「あるという話は聞いてますけどね。その病にかかった人に会うのは、あっし初めてだ」

 ▼劇作家として活躍した寺山修司も、後に妻となる女優の九條映子さんにそんな恋煩いをしたのだろうか。前橋文学館で7月10日まで開催中の企画展で、寺山が九條さんに宛てたラブレターが展示されている

 ▼1960年、映画監督の篠田正浩さんの紹介で会い、交際が始まった。寺山が書いたラブレターには、なかなか会えない恋人に思いを募らせる素直な気持ちがあふれている

 ▼〈帰ってきたらしたいことが一杯ある。立てたい計画も一杯ある。これから毎日手紙かくつもり〉。別の手紙には〈あさってまた逢あえる。一日ゆっくり二人きりですごせたらどんなにいいだろう〉とつづる

 ▼2年後、谷川俊太郎夫妻を仲人に結婚式を挙げた。「きみが歌うクロッカスの歌も新しき家具の一つに数えむとする」。当時詠まれた歌からは新たな生活が始まる喜びが伝わってくる

 ▼劇団活動の本格化に伴い二人の時間はなくなり、九條さんの申し入れで70年に離婚。だが、その後も同志として寄り添った。寺山は47歳で亡くなるが、傍らにはいつも九條さんの姿があった。【三山春秋】

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         珍念 感動しました!






“魔法の足”

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              渡辺さんは生まれて間もなく病気になり、体
              が思うように動かせません。しかし、今は亡
              きお父さんに買ってもらったタイプライターを
              足で使い、絵(タイプアート)を描き続けています!




 おっこさんは“魔法の足”を持つ。その指先から深い思考や豊かな感性がほとばしり、言葉や色彩、複雑な形を織りなす。心と直結しているような足だ

▼渡辺良子さんは筑西市在住のタイプアート画家。「おっこ」は幼い頃、今は亡き父がつけた愛称だ。生後間もなく脳性小児まひを患い、肢体不自由となった。平仮名の文字盤を足指で差して会話し、タイプライターを打って絵を描く

▼「◎」と「の」のキーを繰り返し打ち、紙をずらして形や線を形成する。キーは思いの色が出るまで重ね打ちする。「◎」に「の」を重ねると「◎」内の空白も染まる。根気のいる作業が続く

▼新作65点を収めた4冊目の画集を刊行し、記念の展覧会を筑西市役所スピカ庁舎地下1階の多目的ホールで23日から開く。大作の「迎賓館」は完成まで486時間を要した

▼人物や生き物を描いた作品には、豊かな表情も表現されている。ただ笑うのでなく、にんまり、あるいはうっすら笑っている。微妙な喜怒哀楽が繊細に描き分けられている

▼「わたしのがんばりをみてほしい」-展覧会を前におっこさんが文字盤を指差すと、二人三脚の姉、洋子さんが読み上げた。魔法の足は来場者の心に、生きる希望も描くに違いない。【いばらぎ春秋】

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        「大石順教尼」に思いを馳せる




 
●それは、何と57年前、大津市で偶然セミーナの最前列で「大石順教尼」のお話をお伺いした事がありありと走馬灯のように蘇ってきました。

☆愚か者の【珍念】19歳の悩み多い、多感な青春を送っていました今もですが・・(^_^;)

▼凛とした素晴らしい方でした。なぜ両腕がないのだろうか? ところで 読者の皆さまへ。
筆者の稚拙な筆致では「大石順教尼」の偉大な境涯を正しくお伝え出来ません・・お気に障ったらお許し下さい。

◇大石順教は本名を大石よねといい、明治21年(1988)大阪の寿司店の娘として生まれました。幼時から芸能の才があり、大阪堀江の茶屋の養女となって15歳で博覧会の舞台で人気を集めるほどの芸妓(芸名は妻吉)になりました。しかし、18歳のとき、養父の中川万次郎が妻の出奔により乱心し、家族6人を刀で殺傷するという「堀江事件」を起こします。ただ一人生き残った妻吉も、両手を斬り落とされるという災厄に見舞われました。

◇その後の妻吉は生活のために「両手のない美人芸妓」として巡業し、同情と人気も得るのですが、あるとき篭の小鳥が嘴で雛に餌を与えるのを見て、手がなくても出来ることがあると悟ったということです。そこから向学心に目ざめ、口に筆を咥えて字を書き、文学を学び、仏門に入ることを希望しますが、僧正は「女としての一通りの経験をしてからにせよ」と諭しました。

◇それに従って24歳で画家の山口草平と結婚、口筆で絵を描きながら一男一女の母となりました。その後は自立の道を求めて上京し、和装美術などで生計を立て、自己の経験を「堀江物語」として出版、これが映画化されて話題になったりします。39歳で協議離婚し女性のための障害者福祉施設の設立を実現。45歳にして念願の出家得度を果たし、名を順教と改めました。

◇その後も寺にこもる尼僧ではなく、障害者福祉の活動をつづけ、仏光院を創設して堀江事件の犠牲者と養父の菩提を弔う一方で、芸術の面でも口筆で書いた般若心経が日展に入選するまでになりました。こうした見事な人生を、昭和43年に80歳で完結したということです。

○筆者は、大石順教尼を指呼の間で見ました。
 温顔そのものの表情とともに、この人の底知れぬ肯定的人生観を伝えています。「私は手がないから不便だなどと思ったことは一度もございません。やりたいことは、何だってできるんです」と、本人が言うのですから信じないわけには行かないのです。心が障害にならなければ、人間として不可能はないことを実証した人生でした。

 何事も 成せばなるてふ 言の葉を 胸に刻みて、生きて来し我れ   順教尼

○万次郎の日常に関しては二極論があって定かではないが、順教尼は自分を地獄に突き落とし、結果的に死刑に処せられた万次郎も含めて公平に家族の菩提を生涯ねんごろに弔ったという。

○余談ではあるが、筆者はかつて交通事故・癌・頸椎等を痛め数々の試練に遭遇しましたが、生活に不便はない。そのせいもあって、もし視力を失ったら、もし片腕、いや、指一本さえ失ったらどんなだろうかという恐ろしい妄想に囚われる事が少なくない。

○日常だけでなく日々絵を描き、文字を打ち込み、とにかく両腕・両の手に世話にならずにはいられない生活。 順教尼のような目に遭って正気でいられる自信はない。ましてや、加害者を赦すなどありえないだろう。

◆だが、彼女の生き様に学ぶ事は不可能ではないはずだと思いたい。そんな出逢いがあったこと自体、筆者にとってのひとつの教えだったのだと思う。

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              「大石順教尼」さま。有難うございました!
              (珍念)目から鱗が落ちました。後は、お
              迎えが来るまで走ります。来てもやんわり
              まだ早いとお断りします。



“怪力”

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                        武田信玄の娘、菊姫に“怪力伝説”がある。
                        京都の屋敷が地震によって倒れた。姫は
                        落ちてくる梁(はり)を抱きかかえ絶叫した
                        という。「女中ども、出よ」と






◆1596年の慶長伏見地震のときと伝えられる。真偽はともかく、「へぇ」と思わせる逸話を織りまぜながら語り継がれてきたのは、災害の記憶をのちの世までとどめようとした先人らの知恵もあったのだろう

◆おとといの大阪北部地震の震源は、伏見地震を起こした「有馬-高槻断層帯」に近いという。活断層マップを広げてみれば、兵庫南部から大阪にかけてのこのあたりは活断層を示す赤い線がひしめきあっている

私たちの暮らしは何とまあ、危ういつり橋のようなものの上にあることか。そこで人間のつくりあげた「線」のもろいこと、もろいこと。鉄道網はほぼ1日まひし、水道、ガスなどのライフラインも寸断された

◆もう一つの「線」も気になる。天気図の梅雨前線である。暖気と寒気がせめぎあい、雨を降らせる前線はいわば“空の断層”だろう。きょうは西日本にとどまるらしい

◆どれほどの“怪力”であっても、人は自然の「線」をびくとも動かせない。被災地の地盤は緩んでいる。どうか用心を…そう呼びかけつつ、降るな、揺れるなと、いまは天地に祈る。【正平調】


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      ナマズよ!静まれ。




   

メダカの盗難

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               古代中国では、思いがけない大きな利益を生み
        出すものを「奇貨」と呼んでいた。戦国時代の商
        人だった呂不韋(りょふい)は、商用で訪れた趙
        (ちょう)国の都で「奇貨」を見つける。それは人
        質として不遇な生活を送っていた秦国の王族の
        男だった



 ▼呂不韋は男と親しくなり、生活を保護する。その後は大金を使って男をもり立て続け、ついには秦の国王とすることに成功する。自分は秦の重臣に採用され、投資した金をはるかに上回る利益を得た。チャンスを逃すな―という格言「奇貨居(お)くべし」の由来である

 ▼最近は、メダカも「奇貨」のようだ。愛媛県でメダカ48匹を盗んだとして男が逮捕された。盗んだのは観賞用の「ブラックダイヤ」と呼ばれる高級品種で、1匹が1万5千円。被害総額は72万円だ。高級品種は交配が難しく、価格が高騰しているという

 ▼観賞用のメダカが人気を集める一方、野生のメダカは危機的な状況だ。水質悪化や農地整備による環境の変化などで数を減らし、1999年には絶滅危惧種に指定された

 ▼メダカが当たり前のように生息する自然環境は、今や貴重なものになった。未来に豊かな生態系を引き継ぐための「奇貨」として、保護するチャンスはまだ残されているか。【編集日記】

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           このコラム『頂門の一針』痺れる!
           「奇貨居くべし」ちなみに、奇貨居くべしの意味は
           珍しい物を買っておけば、後で莫大な財産になると
           いう意味合いで使われる言葉です。


「正常性バイアス」

      

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          災害や事故で逃げ遅れる人の心理を説明する
          「正常性バイアス」という言葉がある。予期せぬ
          異常や危険に対し、ある範囲までは自分に都合
          の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてし
          まう心のメカニズムのことである。



 ☆この心の働きで、危機を避けられなくなることがあるというからやっかいだ。災害心理学者の広瀬弘忠さんが「人間はなかなか動こうとしない動物」と著書で警鐘を鳴らしている。

 ☆正常性バイアスは組織の危機管理の失敗など社会のいたるところに表れるという。奄美大島で3年前、果実・果菜類の害虫ミカンコミバエがまん延した。その際の国や県の対応も当てはまると思う。

 ☆誘殺の公表まで最初の確認から4カ月余りもかかった。県は後に「風評被害を考え、慎重になった」と釈明した。しかし被害は拡大し、特産のタンカンやポンカンが大量廃棄された。農家らが情報開示の遅れを批判したのは当然だろう。

 ☆苦い経験を教訓に国が策定した初動対応マニュアルは生きたようだ。奄美大島など3島の4町で今月上旬、ミカンコミバエ1匹ずつの誘殺が確認された。県や自治体の対応は早く、被害は広がっていない。

 ☆ただ気は抜けない。ミカンコミバエは台風や南風に乗って飛来する恐れがある。台風の季節を迎え、危機に敏感になることが大切だろう。心に巣くう「油断」という害虫は早めに退治するに限る。【南風禄】

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 (獅子身中(しんちゆう)の虫)
の諺がが脳裏に思い浮かぶ

 〔「梵網経下」獅子の体内で養われている虫が,かえって獅子を滅すということから〕


 仏の弟子なのに仏教に害を与える者。転じて,内部の者でありながらその組織などに害を与える者にいう。人間の身体は様々な微生物との共存関係にあります。ですからバランスを崩すような生活をして獅子身中の虫を出さないようにしたい!

 「梵網経(ぼんもうきょう)」でいわれていることの真髄(しんずい)は、他の力が仏教を滅ぼすのではなくて、自らが自らを滅ぼすことを戒めていることです。盛者必衰で有名な平家も、最後は義経に滅ぼされてしましますが、その過程においては平家自らが招いた結果であったことは明白です。

 平家が滅んでまもなく、義経自身も悲壮な最後を向かえるのですが、それも自身が招いたこと、後の鎌倉幕府が滅ぶのも同様でした。歴史は繰り返す、現在の世界情勢を観ていると、仏教の教えではありますが共通したものがあるようです。(三省堂刊行の書籍版『大辞林 第三版』)

「夜は短し歩けよ乙女」

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                 アニメ映画にもなった小説「夜は短し歩けよ乙女」などで
                 知られる作家、森見登美彦さんがエッセー「太陽と乙女」
                (新潮社)でスランプ脱出について書いている







▼学生デビューしてから15年もたつが、今もなかなか筆が進まないらしい。せっかく原稿を依頼されながら、書けない小説家ほど惨めなものはないと打ち明ける

▼「雄大な構想を練っている」と世間を欺くこともできる。しかし精神的な不安が募り一時体調が悪化。転地療養のつもりで東京から故郷の奈良に引っ越したという

▼揚げ句は、18世紀の大作曲家、モーツァルトの逸話を引き合いに出す。巨匠の作曲法は「音楽の全てが一度に頭に降ってきて、後は譜面に書き残すだけだった」というが、さすがに半信半疑のようだ

▼森見さんは明快に言い切る。「何をおいても、まず仕事に取りかからなければならない」。書きながら自分の文章を繰り返し読む。それを踏み台に小説の世界を再構築する

▼モーツァルトのような天才はさておき、大概の人は毎日の仕事がうまくいかず悩んでいる。スランプに陥った経験は誰にもある

古今東西、先人は「何事もまずやってみることが大切」と説いてきた。古代ギリシャでは「始めは全体の半分である」と言い、考えるより実行に移すべきだと教える。スランプ脱出の道は一つ。目の前の課題に、さあ、取りかかろう。【越山若水】

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 斯く言う(珍念)おしゃべりは、泉の湧水のように、無尽蔵に湧きでますが。妻から一言多いと注意を受けます! 友人からは(うどん屋の窯)と指摘されいっも反省しています。

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 ともあれ 悔いのない日々を邁進したい!

ノストラダムスの大予言


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        南仏プロバンス地方に残るノストラダムスの伝説。
        若き日の彼は医学部入試の口頭試問が行われる
        部屋に飛び込むやいなや問題も聞かず、いきなり
        解答をそらんじたという。






 ☆「人間の体内には心臓と肺・胃・肝臓、精神をつかさどる…」。答えを聞いて仰天したのは黒ガウン姿の教授たちだ。後の大予言者ノストラダムスはヒポクラテス内臓論について質問されることをあらかじめ知っていた(五島勉著「ノストラダムスの大予言II」)。

 ☆文部科学省は大阪大や京都大などの入試で出題ミスが相次いだことを受け大学入試のミス防止に向けた新ルールを発表した。試験問題や解答を「原則公表」とすることや複数回の問題の点検などを定め、全国の国公私立大学に通知した。

 ☆従来は努力規定だった公表をルール化し、点検徹底も強く求めることで検証しやすくしミス防止や早期の発見・対応につなげる。作問者以外の教員も含め試験実施中や実施後にもチェックを求め、受験者の立場に立って、解答が導き出せるか、どうかも点検する。

 ☆ノストラダムスの予知力を恐れた神学担当の老教授は「悪魔じゃ、焼き殺せ」と命じたがペストの研究者で、ノストラダムスの医学上の恩師となる若いベルトラン博士がそれを制した。「大変な才能だ。必ず医学にも役立ちましょう」。

 ☆とっさの判断に救われてノストラダムスの未来は開けた。出題ミスの予知は不可能だが、その後の素早い対応で受験生の一生を左右する事態は回避できる。文科省と大学が威厳の象徴の黒ガウンを脱ぎ捨てて実施する防止策に期待したい。 【くろしお】

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       コメントは『言い得て妙』







英雄と富士山は遠くで見る物

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                   かつて、司馬遼太郎さんは、「歴史上で一番仕えて
                   みたい人物は誰?」と問われ、迷わず「織田信長」と
                   答えたそうですが、司馬さんに限らず、歴史上の人物
                   人気ランキングでは、信長は今でも、「坂本龍馬」と並
                   んで、もっとも人気がある人物だそうです。


〇福岡市博物館に、国宝「圧切」(へしきり)という刀があります。あの、織田信長の愛刀で豊臣秀吉の名参謀として知られる黒田如水が拝領し、以来、代々、福岡藩黒田家に伝わってきた名刀です。

〇この刀が、なぜ、圧切というかと言えば、信長がまだ弱年の頃仕えていた茶坊主が、あるとき、カチンと来ることをしでかしたようで、すると信長公、たちまち、ぶち切れて、すぐに抜き身の刀を振り回して、城中、その茶坊主を追いかけ回したそうです。

〇茶坊主も斬られたらかなわないから「ひえ~」とばかり逃げまわり、ついには台所に逃げ込み、そのまま、膳棚の下に隠れて中からしっかりと戸を閉めてしまったとか。

〇「ここを開けろ!」と言われたところで、茶坊主も必死だから絶対に開けない。しばらく、「出て来ぬか!」「お許しを!」の問答があった後信長公、ますます怒り狂って、ついに、膳棚の真ん中付近にある隙間に刀を差し込んで、そのまま、「えいや!」とばかり上から力を込めるや、何と見事に(?)、膳棚ごと、その茶坊主が真っ二つに切れてしまったそうです。

〇信長公、この切れ味に大いに喜んだそうで、以来この刀を「圧切」と命名し、愛刀とした・・・って、戦国の英雄・織田信長も実際に生身で付き合った人間は、たまったもんじゃなかったでしょうね。茶坊主も何したか知りませんが、給料もらうのもマジの命がけですよ。

〇また、信長は、自分自身が、超人的なまでの精力家だったこともあり、他人が休んだりするのが許せなかったみたいで、事実上の覇権が確立した後の安土城時代、朝、突然、「OOまで出かける!」と言って、そのまま、突然、馬を疾走して、出かけちゃったそうです。

〇家来も大変でしょうが、もっと大変だったのは、「そんな遠いところまで行ったのだから、今日はお泊まりだろう」と思いこんで、息抜きに遊びに行っちゃった侍女たちで、何と、信長公、普通、一泊するところを日帰りで帰ってきてしまったそうで、侍女たちが不在なのを知ると、これまた激怒!

〇侍女たちは、全員、茶坊主状態・・・つまり、死刑になったそうです。やはり、英雄と富士山は遠くで見る物・・・のようですネ。(小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)

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       コメントは『蛇足』





運命の歯車

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                    昔、主役に無名の役者を抜擢しながら、途中で
                    その俳優を降板させた原作者が、その役者から
                    刺された・・・という事件がありました。







▼この俳優さんは、その後も、色々と問題を起こしたりしたようにも聞いておりますから、まあ、元々、問題がある人だったのかもしれませんが、一方で、一旦、抜擢しておきながら、途中で安易に降板させた原作者の方にも非がないとはいえないと思います。

▼おそらく、その役者さんは無名だっただけに、この大抜擢に、粉骨砕身、全身全霊を賭けて役を演じようとしていたはずで、それが突然、大した理由もなく降ろされたわけですから、やはり、納得は出来なかったでしょう。

▼無論、だからといって、こういう傷害事件に走るなどというのは論外でしょうが、ここで言いたいのは、この事件の是非ではなく一度、決まったものを変えるということが、いかに難しいか・・・ということであり、つまり、変える場合には、「変えるなりの理由」がなくてはならないということですね。

▼ところが、そう言いながらも、この点では、実に興味深い事例があります。

〇豊臣秀吉の片腕として、太閤記などでも有名な黒田官兵衛の嫡男黒田長政が、関ヶ原の戦いの功績によって筑前一国を与えられたことから創設された筑前福岡藩52万石ですが、その長政は晩年、嫡男忠之の気性を危ぶみ、これを廃嫡し、弟長興を二代藩主とすることを検討したといいます。

〇ただ、このときは、忠之付きの重臣、栗山大膳が強く反対したことで、これを断念し、やがて、長政が死ぬと、忠之が二代藩主となったのですが、時が経つに連れ、忠之はその危惧されたとおりの気性で、実力者・栗山大膳との軋轢を深め、その結果、大膳から幕府に対し、「忠之に謀叛の心有り!」と訴えられてしまいます。

〇これが、映画や講談などで有名な「黒田騒動」と呼ばれるお家騒動なのですが、まあ、曲折あった物の、結果は無罪となって一件落着・・・となるのですが、あわや、お家お取り潰し・・・の存亡の危機にまで行ってしまったわけですね。

〇一方その忠之の子供である三代藩主光之は嫡男綱之を「酒癖が悪い」という理由で廃嫡し、弟である綱政を四代藩主とします。

〇ところが、その光之が、当時としては記録的な長命の80歳まで生きながら、最後まで実権を離さなかったことから、光之は綱政とも険悪となり、その結果、光之死後、綱政の恨みは光之側近で実力者であった立花実山へと向かい、さらに、廃嫡後、長年にわたり幽閉されていた実兄綱之が復権する事への恐怖へと繋がり、それから間もなく、二人とも幽死したことから(死因については定かではないようですが・・・。)

〇少なくとも、綱之死去に対しては、あまりにもタイミングが良すぎたこともあり、幕府から「兄の復権を恐れた綱政が殺した」と嫌疑が掛けられ、黒田家は再び、取り調べを受けることとなり、またもや、「第二の黒田騒動」と呼ばれるお家存亡の危機をもたらしてしまうわけです。

〇廃嫡しなかった長政と廃嫡した光之・・・。結果は、いずれも同じく、黒田家を存亡の危機におとしめてしまったことを考えれば、大きな運命の歯車の前には人選などというこざかしい人間の思惑は無意味なことなのでしょうか・・・(小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)

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チャップリンの映画『モダン・タイムス』が脳裏に思い浮かぶ!



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『モダン・タイムス』あらすじ

 資本主義社会や機械文明を痛烈に風刺した作品で、労働者の個人の尊厳が失われ、機械の一部分のようになっている世の中を笑いで表現している。自動給食マシーンの実験台にされるシーンや、チャップリンが歯車に巻き込まれるシーン、ラストのチャップリンとヒロインが手をつないで道を歩いてゆくシーンなどが心に残る。

今日も、珍念のコメントは、(オチ)が冴えません! モジモジ(。_。*)))

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