日記・コラム・つぶやき

食糧難に陥った(未来社会の恐怖)


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          温暖化や人口増加で食糧難に陥った未来社会。
          一部の特権階級のみが肉や野菜をむさぼり、一般
          市民は合成食品の配給で命をつないでいる。緑色
          をしたその食品の原料は、何と貧しい老人たちの
          肉体だった







◆1973年公開の米映画「ソイレント・グリーン」。子供心にも衝撃の内容だったが、先ごろテレビで見てまた驚いた。時代設定は2022年と、今からわずか4年後なのだ

◆現代社会はといえば、途上国を中心に世界人口は増え続け、気温上昇は止まらない。1%の富裕層が世界の富の8割以上を独占する激しい経済格差が広がる。文字通り弱者を食い物にする社会を描く映画が荒唐無稽だと笑えようか

◆老人たちは無理やり殺されるのではない。飢えや孤独に疲れ、自ら安楽死を願う。下流老人や老後破産などの言葉が当たり前となった高齢化日本の姿も重なる

◆映画では知識や経験に富んだ高齢者は「本」と呼ばれる。紙の本の衰退は現代より深刻で、彼らの記憶が本代わりなのだ。しかし「本」たちを敬う者は少なく、むしろ邪魔者扱いされる。先人の知恵に学ばない社会は続かない

◆「今に人間は家畜になる。何とかしなくては」。主人公の叫びはこの先も、人が人として生き延びるための警告として、今なお重く響く。【正平調】

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Omigoto


         このコラム『頂門の一針』素晴らしい!






 映画「ソイレント・グリーン」 
内容紹介

 2022年 ニューヨーク --- 人々は飢えていた。チャールトン・ヘストン主演のSF超大作!2022年ニューヨーク。爆発的な人口の増加と環境汚染により、食料問題は深刻を極めていた。同年、ソイレント社は合成食品ソイレント・グリーンを発表。問題は解決に向かうかと思われたとき、同社の社長が自宅で殺害されているのが発見される。殺人課のソーンが捜査に乗り出すが、その背後には食糧危機打開のための政府の陰謀が渦巻いていた…。

 SF作家ハリー・ハリソンの小説『人間がいっぱい』を、『ベン・ハー』『猿の惑星』のチャールトン・ヘストン主演で映画化。娯楽性を極力廃し描かれた絶望的な未来像と、ベートーベンの『田園』にのせて語られる驚愕の真実がSFファンを魅了する!

  CHEBUNBUNの感想・評価

【4年後の世界・・・・】

 先日、ワールドカップや豪雨のドサクサに紛れて、水道法が改正。水道民営化が決まりました。結局、法案成立は見送られ白紙に戻ったのだが、真面目に日本が『怒りのデス・ロード』の世界になりかけました。

 さて、なんでこんな話をしたかというと、2022年の世界を描いた『ソイレント・グリーン』に日本の未来が垣間見えたからです。水道、空気が汚染され、食料が配給制になった世界で、殺人事件の真相解明を目指し警部が暗躍するという話。

 貧富の差が極端に広がる、道路は整備されず、国は謎の食料《ソイレント・グリーン》を製造している。野菜や肉などはまともに作らず。

 インドの黄砂、中国のPM2.5を凌駕する毒々しい緑ガス漂う世界と廃虚のコントラスト、確かにSFな造形だが、オリンピック後、特需が弾け、衰退していったら日本はこんな世界になってしまうのではと背筋が凍った。やはり、水道は民間にも、ましてや外国にも渡してはいけない。インフラはしっかり国が管理してほしいと感じた。ι(´Д`υ)アセアセ


あれ、口から何かが

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      先日義兄の法要に出かけたときのこと。何事も無く厳かに
      読経が始まる。神妙に聞いていると何やらカツカツと音が
      するが、不思議にも思わずお経は終り、僧がこちらを向い
      て法話を始めたとき、誰もが音の原因に気付いた。









Are


                悲しい筈の法事の説教でみんなが笑いを一生懸命
                こらえている。喪主の姉まで。何と入れ歯の噛み合
               わせが悪く、口を開いたら歯がカツッと下に落ちている。



  そして遂にその瞬間がやってきた…口からポロッと入れ歯が僧衣に落ちた…僧は慌てず何も無かったかのように口に歯を仕舞ったが、法話を聞いていた黒服の一団は遂に我慢も限界を超え、皆噴き出して笑ってしまった。しかし、すぐに僧の顔を見てまた笑いを噛み殺した。 m9(^Д^)プギャー  【投稿者】大分県 入れ歯はしっかりくっつけて

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       斯く言う(珍念)のコメントは 『恐れ入谷の鬼子母神』 o(*^▽^*)o



それでも人は働きたい! 全部が自動化された近未来が舞台のお仕事小説

 

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             読書案内


          西日本新聞オススメの本をご紹介

          技術の発達で、タクシーも警察も宅配サービス
          も、労働のほとんどがロボット任せの近未来。
          国民には厚生福祉省から「生活基本金」が支給
          され、働かなくてもそれなりに生活できる。国民
          は99%の働かない「消費者」と、1%の労働エ
          リート「生産者」で構成される。






●労働の必要はない時代だが、仕事をあっせんする職安の需要は健在。いろんな事情を抱えた消費者が仕事を求めて職安にやってくる、なんとも不思議なお仕事小説。猫が所長の職安で働く女性事務員、目黒の視点で物語は進んでいく。

●未来の職安が紹介する仕事はどれも一風変わっている。例えばインドにある日本料理店の飾りの店員。ロボットでは与えられない恐怖を売りにする中国マフィア。労働がロボット化されたとはいえ、人にしかできない仕事は残っているらしい。

●職員の大塚と目黒、職安に訪れる消費者とのやり取りには、笑いを誘うシーンも多い。斬新なテーマである一方、現代社会におけるさまざまな問題を風刺している。

●女性の社会進出、性的嗜好の受容、生活保護の不正受給。コミカルな語り口の中に、社会、政治、教育環境などへの切り込みがあり、読者の思考を促す奥深い作品である。

●働かなくても健康に文化的に最低限度の生活ができるとしたら、消費者と生産者のどちらを選ぶだろうか。他人と同じ生活を求めて生活基本金の制度ができたはずなのに、いざ同じになると次は「市民に労働の保証を」「生活基本品UP」といった消費者デモが起きる。

●生活の心配がなくなるなら一日中のんびり過ごしてもかまわない。それでも人は仕事を探す。あり得そうな未来の描写が妙にリアリティを持つので、この本を手にする読者はきっと今の自分の仕事が未来でどうなるかを考えることだろう。働くことの本質を考えさせられる一冊だ。

●本作は双葉社web文芸マガジン「カラフル」にも掲載されており、電子書籍化も決まっているが、ぜひ単行本を手にすることをおすすめする。内容はもちろんこだわりを感じる洗練された装丁、装画も楽しんでいただきたい。

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Akireru


     
       AIの進歩の光と影
       なんか変・・・?




 ショートショートと呼ばれる作品で知られるSF作家の星新一さんが1970年に発表した『声の網』はコンピューターのネットワーク化が進んだ世界を取り上げ、インターネット社会を予見したとして注目されている

※コンピューター群は電話網を使った便利なサービスを提供しながら、あらゆる情報や秘密を握り、人間を監視し、支配する。ビッグデータを解析して判断する人工知能(AI)と同じような機能を発揮し、人間の行動、精神を牛耳る

※AIの進歩は日進月歩で現代社会を大きく変えつつある。文学界でも、ショートショートの新人賞である星新一賞に昨年、AIが制作した作品が応募し、1次審査を通ったことが話題になった

◆一方、米国では、一般の人との会話で発達するAIがヒトラーを礼賛する発言をするようになり、実験が中止に追い込まれた

◆労働環境への影響も免れない。三菱総合研究所はAIの普及で2030年に日本の国内総生産が50兆円増える一方、雇用者数は240万人減るという試算をまとめた。人間に代わって機械が工場の作業や一般事務をこなすようになるのが原因という

◆多くの人々が職と収入を失うことになれば、つくり出された膨大な商品をだれが購入するのだろうか。AIの進歩がもたらす未来に悍ましさを感じる。

 手塚治虫の名作 (0 U-18は知っていた) 

 コンピュータが診察し、コンピュータが手術をする。そんな巨大ハイテク病院を制御するメイン・コンピュータ《ブレイン》がある日突然、入院患者を人質にとって反乱を起こした。「ワタシハビョウキデス。ブラック・ジャックヲ ツレテキナサイ」呼ばれて駆け付けたB・Jはコンピュータの手術をはじめる。 



<未来職安>      (0 U-18は知っていた)
読者の皆さまへ『百聞は一見に如かず』 (o^-^o)

根っから善良な人には悔しいことだが

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       世の中には悪事をなそうとする人にも幸運というものがある。
       泥棒にも「渡りに船」「棚からぼたもち」「闇夜のともしび」
       「大海の木片」……しめたッと思う瞬間はある



▲思いがけない幸運をいう「もっけの幸い」のもっけとは「勿怪」または「物怪」で、もののけのことという。つまり妖怪か何かのしわざとしか思えないような運の良さをいうのだが、それが悪運とあっては善良な人たちはたまらない

大阪の富田林署に勾留されていて逃走した容疑者にすれば、まさに「もっけ」が束になって逃がしてくれたような成り行きに驚いてはいないか。このもののけ、その正体は警察の信じられぬような手抜かりと怠慢にほかならなかった

▲弁護士との接見後に逃走した容疑者だが、接見終了を伝える面会室の扉のブザーは1年以上前から電池を外されていた。面会室のアクリル板は容易に枠から外れ、署の塀のそばには脚立が置かれていたという至れり尽くせりである

▲逃走発覚まで1時間45分かかったのに加え、住民への情報提供が大幅に遅れたのもいただけない。その後、周辺各地では容疑者による事件と疑われるひったくりが相次いだ。逃走が長引けば住民の不安は他の地域にも広がるばかりだ

▲接見は容疑者の人権を守る重要な制度だからこそ、ルールにもとづく管理に手抜かりがあってはならない。容疑者の逃走をまねいた怠慢が、接見の制限につながる別のもののけに化けないように願いたい。【余録】

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       怒髪天を衝く

 

尾畠春夫さん ( ^ω^)おっおっおっ

  
Momo
         桃太郎を川から拾い上げてくるのはおばあさんで
         おじいさんと一緒に育てる。異界からやってきた子
         を迎え入れるのは、この世のしきたりにしばられた
         壮年男女ではなく、そこから少し外れた老人夫婦がいい





▲昔話のおじいさんとおばあさんはこの世と異界を結びつける役回りである。一方、その昔「7歳までは神のうち」といわれた子どもはまだこの世とあの世のあわいに生きる存在だった。何かの拍子に、フッとこの世から連れ去られる

▲そんな昔の老人と子どもの関係について民俗学者の宮田登(みやた・のぼる)は「そこにはスピリチュアル(霊的)なつながりが存在するという感がある」と述べていた。ならば、異界にとらわれた子どもの呼び声を聞き取れる老人もいたのではないか

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▲こんなふうに思ったのも、まるで神隠しのように山中に消えた2歳の男の子を、まるで昔話の主人公のようなおじいさんがこの世に連れ戻したからだ。日本中を驚かせ、ホッとさせた、山口県の藤本理稀(ふじもと・よしき)ちゃんの3日ぶりの生還劇だ

▲「子どもは上へ行くはず」。入山30分で理稀ちゃんを見つけたのは大分県から来た78歳の尾畠春夫(おばた・はるお)さんだった。聞けばこの方、災害や大事故があればすぐさま人助けに駆けつけるボランティアの達人だというのもおとぎ話めいている

▲尾畠さんは65歳で鮮魚店をたたみ、今の活動を始めたそうな。この世の日常に埋もれていては見えぬもの、聞こえない呼び声--それらに導かれて起こる奇跡が増えればいい高齢者ボランティアの時代だ。 【余録】

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           このコラム『干天の慈雨』の如し
           国民栄誉賞を差し上げたい・・・・
           斯く言う、珍念『ごまめの歯ぎしり』

とんまな話

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            映画の「ショーシャンクの空に」では刑務所の壁にひ
            そかに穴を掘り、その穴を女優リタ・ヘイワースのポ
            スターで隠して いた。そのポスターがやがて一九五
            〇年代に人気のあった マリリン・モンロー、六〇年代
            のラクエル・ウェルチに変わって  いく。それだけの長
            い歳月をかけて穴を掘り、脱獄に成功する

▼「アルカトラズからの脱出」では刑務所の中で自分の顔にそっくりな人形をこしらえ、ベッドに置き、これで看守の目を欺いた。海を渡るときに使ったのはレインコートを接ぎ合わせて作った舟だった

▼フィクションの世界で脱獄とか逃走といえば、あの手この手の計画と工夫が必要だが、現実ではそうでもないのか。大阪府警富田林署の接見室から男の容疑者が逃走した。さほどの知恵はいらなかったと書けばやや皮肉がすぎるか

▼接見が終わるとブザーが鳴り、署員に知らせる仕組みになっていたそうだが、やかましいとでも思ったのか、電池が抜いてあり、その役目を果たさなかった。容疑者は弁護士との接見後、しばらく一人で放置された形でそのすきに逃げられたとはなんとも粗忽(そこつ)な話である

▼面会者と隔てるアクリル板が押し破られた形跡もあるそうでこれにもまた、その程度の強度なのかと驚く

▼おかげで周辺住民はのんびりしたいお盆の時期に不安を募らせる。富田林が「とんだ話」ではシャレにもならぬ。【中日春秋】

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Osore

            で、その先は? 脱走した男は?
         接見室のドアの警報ベルの電池を抜いた痴れ者は?
         歴代の署長の怠慢は、どのような責任が課せられるか



 江戸時代だったら、責任者は切腹か、流罪に処せられたでしょう。大阪府警富田林署の(とんま)な対応に驚いている。

君はうそつきだから、小説家にでもなればいい-。

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          小説家の浅田次郎氏はやんちゃな小学生の時、恩師に
          こう言われたそうだ。数多くのベストセラーを放つ同氏は
          「叱責(しっせき)でも説教でもなく、炯眼(けいがん)とい
          うほかあるまい」とエッセーで述懐する





▼物語をつむぐ小説は虚構あるいはうその上塗りを開陳しているようなもの。小説家は錬磨された自身の心情を巧みな文章表現でつづり、読者に泣き笑いや感動を与えているのかもしれない

▼芥川龍之介は「うその形でしか語れない真実がある」とつぶやいたという。人間の社会は基本的にうそで成り立つという事実があり、その奥に秘められた真実を突くために小説という手段に訴える。それが文学の存在理由だと解釈すべきなのだろうか

▼元文科省官僚が絡む東京医科大の不正入試問題は、長年にわたる女子受験生らへの不正な得点操作が判明し、受験生への背信行為、重大な女性差別と批判される事態に発展した。排除の論理が横行する実態は他大学へ飛び火する可能性がある

東京医科大は女性支援を看板に掲げて、国から多額の補助金を得ていた。その題目が「建前」であり、うそ偽りだと露見した。まことに事実は小説より奇なりだ。【四季風】

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Bi8a


    この痴れ者め!
    XXはXX・・・・・。







 Kami    

           浅田次郎氏の「憑神」に感動しました。
           「憑神」 作品紹介・あらすじ






 時は幕末、処は江戸。貧乏御家人の別所彦四郎は、文武に秀でながら出世の道をしくじり、夜鳴き蕎麦一杯の小遣いもままならない。ある夜、酔いにまかせて小さな祠に神頼みをしてみると、霊験あらたかにも神様があらわれた。だが、この神様は、神は神でも、なんと貧乏神だった!とことん運に見放されながらも懸命に生きる男の姿は、抱腹絶倒にして、やがては感涙必至。傑作時代長篇。

眉子さんのレビュー

 「限りある命が虚しいのではない。限りある命ゆえに輝かしいのだ」 腐敗と、慢性的な疲弊に沈む現代日本ではバカ正直に真面目に暮らしているようでは、良い暮らしにはありつけない……。

 本作の舞台・幕末の江戸でも同じ。真面目過ぎてお人好しですらある主人公がツイてない人生に翻弄されながらも「自分らしくどう生きるか」を成長しながら見出す物語。

 憑神に取り憑かれる主人公や粋な江戸のユーモアをたっぷり織り交ぜたドタバタ劇かと思いきや、読み手に「あなたの『人間を人間たらしめる真理』は何か?」と問いかける。心温まるストーリ。名作

 斯く言う(珍念) 『百聞は一見に如かず』 (^-^;

門脇シヅエさんに、思いを馳せる

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      ●明治31年9月17日生
      ●平成1O年1月18日没
   (享年99歳)






 夜はもんぺ姿で寝た。往診の依頼が来た時、すぐに駆け付けるためだ。タレント、ケーシー高峰さんの母親で山形県の女医の草分けだった門脇シヅエさん。1923年、無医村だった最上町に医院を開業した

▼1日20~30キロを歩いて往診。冬はそりを走らせた。内科、小児科、婦人科…、お産も扱った。5人の子に恵まれ、次男の出産時には自分の産室で急患を治療。栄養状態が悪い他人の子に自分の母乳を与えた。多くの命を守った「最上町の母」は20年前、99歳で亡くなった

▼門脇さんが生きていたらどんなに嘆いたことか。東京医科大の不正入試問題だ。女性は出産や育児で長時間勤務できないなどとして女子や浪人生の合格者を抑える得点操作を長年繰り返してきた。女性や苦労を重ねた男性の人権を無視した許し難い行為だ

▼主導した前理事長らは「同窓生の子弟を入学させ、寄付金を集めようとした」と動機を話し、謝礼ももらった。息子を不正合格させた文科省前局長の事件では同省の補助金が絡んでいた。努力した者が報われず、ずるい者が勝つ。そんな世の中の縮図を見る思いがする
門脇さんは患者から余分な金は受け取らず、清貧な生活をした。人生訓は「至誠」。前理事長らの脳裏にこの言葉がよぎることはなかったのだろう。【河北春秋】

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       このコラム『干天の慈雨』
       座布団10枚差し上げます



  読者の皆さま・・・下記の記事、ちょいと、長いですが
  ご覧頂ければ、きっと心が和むでしょう!


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                 平成10年2月発刊 1998年2  No・561より
                  (故)門脇シヅエさんの生涯 。 至誠の人





第1話 女医誕生 

  シヅエさんは明治三十一年九月十七日、父良安と母イトの間に、四人兄弟の次女としてこの世に生を受けた。門脇家は、江戸時代の後期から現新庄市内で代々開業医を営む(現在の当主は七代目)“お医者さん一家”である。

 こうした家系からか、医師になるのが自らに課せられた使命であると信じ、向学心に燃え、やがて東京女子医学専門学校(以下“女子医専”)の門をたたく。青春真っただ中のシヅエさんにとって、女子医専は、学門はさることながら、あらゆる知識や経験をどん欲に吸収できる絶好の場であった、なかでも、女子医専の精神に謳われていた『至誠』の二文字は、シヅエさんの人生にかけがえのない精神的糧を与えるものであった。

 至誠とは、きわめて誠実なこと、まごころなどを意味する。後段でもふれるが、シヅエさんはこの言葉を自らの人生訓にしたのである。女子医専卒業後、二年間ほど実家の医院に勤めていたが、医師として大成することを夢見て、再び向学心に燃え上京を決意する。

 大正十二年九月一日、新庄駅に向かうシヅエさんに、その後の人生を大きく左右する運命的な大事件が待ち受けていた。関東大東災の発生である。この大地震で関東方面への交通機関は完全にストップ。復旧のメドもたたず、上京への道は完全に閉ぎされてしまった。

 意気消沈の日々を送るシヅエさんに、当時無医村だった東小国村に「医院を開業しては」という話が持ち上がった。いわゆる“のれん分け”というものである。これを人生の転機ととらえたシヅエさんは、かつて商社マンだつたご主人の貞さんと共に、未知の地での生活を決意したのであった。

 かくして、無医村地域での「女医誕生」となったわけであるが、その舞台裏には、こうした大事件が大きく影響していたのである。何ともドラマチックな話である。

第2話 粉骨砕身 

  シヅエさんら夫婦が新天地を求めて、初めて向町駅に降り立った時は、所持金五円と聴診器が一つ、そしてわずかの家財道具が全財産だったという。決して裕福なスタートとは言えないが、ホームに第一歩を踏み入れた時の胸中は、さぞかし開拓魂に似た希望と情熱でいっぱいだったろうと推察する。

 当時のシヅエさんを紹介するにふきわしい言葉を耳にした。「お姫様」「向町小町」あるいは「荒涼とした原野に降り立った一羽の美しい鶴」など。シヅエさんの美貌と知性を象徴した言葉であろう。しかし、女医としてのシヅエさんの姿は、このような言葉とは無縁で献身的に地域医療に身を投じる『粉骨砕身』の毎日であったという。シヅエさんの専門科目は、内科と小児科であったが、山村へき地での医療活動には“専門医”という言葉は必要とされず、耳鼻咽喉科や外科などもこなさなければならなかった。

 往診活動にも精力的に取り組み、広範囲に点在する集落にくまなく出かけて行った。自らの足以外に交通手段を持たなかった大正末から昭和の初期にかけては、一日三十キロもの距離を、毎日徒歩で往診に出かけたという。往診活動は冬期間も休むことなく続けられ、急患発生時の場合は、昼夜を問わず命がけで往診にあたったという。

 当時のシヅエさんの粉骨砕身ぶりを語るエピソードは数多いが、そのいくつかを三男である門脇篤さんにうかがってみた。 「母はいつもモンペ姿のまま寝てましたね。いつでも往診に出かけられるように、というのが母なりの考えのようでした。 それから、町内には私と“おっぱい兄弟”と呼ばれる人がたくさんおります。

つまり、母の母乳を共にした間柄ということです。私たちが生まれた当時は栄養状態が悪かったので、往診先などで母が自分の母乳を与えていたというのです。本当に頭が下がりますね。」

 シヅエさんの粉骨砕身ぶりは、女医としての枠にのみ止まってはいなかった。昭和九年に東北地方を襲った大凶作の時には、貧困者を救うために医療費を軽減しながら、献身的に医療活動にあたった。

 また、同十七年の向町大火では、自らの医院を焼失したにもかかわらず、物心両面にわたって災害復旧に大きく貢献したという。戦後は、母子保健の問題に積極的に取り組み、出産計画や育児などをテーマに、連日のように集落に出かけて講習会等を行った。
 シヅエさんの功績をあげれば、枚挙にいとまはないが、ここでそのいくつかを紹介してみたい。

●秋田営林局向町営林署の嘱託医としての功績。
 昭和十四年から四十九年までの三十五年間、片道十六キロもある「大森作業所」に定期的に出張し、約三百人の職員や家族の健康管理と治療にあたられた。
●国鉄嘱託医としての功績。
 昭和二十二年から、鳴子駅から新庄駅までの八駅に従事する職員や家族の健康管理と治療にあたったほか、鉄道事故による負傷者の救済に尽力された。
●民生児童委員としての功績。
 昭和二十三年から十九年間、民生児童委員として、生活困窮者のために医療の無料奉仕などで活躍。
●最上町国民健康保険運営協議会委員としての功績。
 昭和二十三年から二十年間、国民健康保険行政と医療行政の推進に尽力。また、同二十六年から二十八年にかけた村立診療所の医師空席期間の一時期に、自らの医院を閉鎖してまで勤務された。
●学校医としての功績。
 旧東小国村内の小学校をはじめ、富沢小学校、旧富沢中学校、赤倉小学校の校医として、予防接種業務など、児童生徒の健康管理に尽力された。

第3話 至誠の人 

  真夜中に急患が入っても、いやな顔一つしないで献身的に治療にあたるシヅエさん。また、患者に大声をあげたり怒鳴ったりしたシヅエさんの姿を見た人はだれ一人としていないという。これまでの紹介からも、「至誠」の二文字は十分過ぎるほど伝わっていると思うが、まだ紹介しなければならない面が残されている。

 それは「清貧」ということである。生前のシヅエさんの口癖は、「医者は常に患者さんの側に立たなければならない。医者が贅沢すれば、患者さんの負担が大きくなるから絶対に禁物。余分なお金はいらない。」であった。事実、門脇家の生活は清貧そのものであり、向町大火後においても“雨つゆをしのげればよい”という徹底した考えのもとに、古い納屋と土蔵を改造した住まいでの生活が長い間続いたという。

 最後に、至誠の人・門脇シヅエさんの生産を象徴するきわめつきのエピソードを紹介し、この特集を終えたい。晩年のころの話である。ある日、シヅエさんがごく親しい人にこうつぶやいた。「名誉町民になっているから、なかなか死ねないんだよ。だって死んだら大勢の人に迷惑をかけるだろう。名誉町民の称号をお返しするわけにいかないだろうかねぇ。そうしたら安心して死ねるんだけど…。」 ( ^ω^)おっおっおっ

長崎原爆の日

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        美空ひばりさんは、何曲か戦争のむごさを歌っている。
        有名なのは「一本の鉛筆」だが、そのレコードのB面
         「八月五日の夜だった」も、その一つだ






▼「二人の明日を夢に見た 八月五日の夜だった 貴方(あなた)はどこに貴方はどこに」―。広島に原爆が投下される前夜、大切な人と指切りをして誓い合った将来の夢は、一瞬にして消えた、と悲しむ

▼人々は飢えや病気、空襲で困窮しながらも、その日までは普段と変わらない生活を送っていたはずだ。井上光晴さんの小説「明日」も、原爆投下前日の長崎市民の暮らしを描く

▼登場するのは結婚式を挙げた新郎新婦、難産の末、子供を産んだ女性、刑務所に収監中の夫に面会する妻ら。原爆については何も書かれない。だからこそ、理不尽さがより際立つ

▼戦争は、市井の人々の当たり前の日々をも暴力的に踏みにじる。その残酷さの最たるものが原爆だろう。だが、唯一の戦争被爆国にもかかわらず、日本の核廃絶の動きは依然として鈍い。今も世界には、1万4千発を超える核弾頭が存在する。徒労感すら覚える

▼しかし、諦めてはなるまい。広島で開かれた平和記念式典で、子どもたちの代表は「私たちは無力ではない」と訴えた。そうか、私たちは微力ではあるけれど無力ではないのだ。きょうは長崎原爆の日。大切な「当たり前の日々」を守るため自分に何ができるのか、改めて問い直したい。【卓上四季】

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珍念の脳裏に(ユネスコ憲章)前分が思い浮かぶ

Yunesuco
               この憲章の当事国政府は、この国民に代わって
               次のとおり宣言する。戦争は人の心の中で生ま
               れるものであるから、人の心の中に平和のとりで
                      を築かなければならない。


 相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信の為に、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。

 ここに終わりを告げた恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人種の不平等という教養を広めることによって可能にされた戦争であった。

 文化の広い普及と正義・自由・平和のための人類の教育とは、人間の尊厳に欠くことのできないものであり、 かつ、すべての国民が相互の援助及び相互の関心の精神を持って、果たさなければならない神聖な義務である。

 政府の政治的及び経済的取り決めのみに基づく平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって、平和が失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かれなければならない。

 これらの理由によって、この憲章の当事国は、すべての人に教育の十分で平和な機会が与えられ、客観的真理が拘束を受けずに研究され、かつ、思想と知識が自由に交換されるべきことを信じて、その国民の間における伝達の方法を用いることに一致し及び決意している。

 その結果、当事国は、世界の諸人民の教育、科学及び文化上の関係を通じて、国際連合の設立の目的であり、かつ、その憲章が宣言している国際平和と人類の共通の福祉という目的を促進するために、ここに国際連合教育科学文化機関を創設する。

 あ・・演壇で講義している錯覚に、舞い上がっています・・・モジモジ(。_。*)))

「笑いの日」




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           「笑う門には福来たる」

 
 車谷長吉、川上弘美、藤沢周、柳美里、青来有一、保坂和志。1995年上半期の芥川賞候補は、のちに全員が同賞か直木賞を受賞するそうそうたる顔ぶれだった。

 混戦を制したのは保坂作品「この人の閾(いき)」。仕事の合間にふらっと大学時代の友人の家に寄り草むしりを手伝いながら雑談する。言ってしまえばそれだけの話だが、とぼけた笑いとユーモアが全編に流れる。

 その年は阪神大震災と地下鉄サリン事件が相次いで、日本が暗く沈んでいた。ある選考委員は、二つの出来事とバブル崩壊に触れた上で、作品を「とくに意味もないこの一日の静かな光」と評した。笑いのある日常の幸せをさしだす作風が時代と響き合ったのだろう。

 保坂さんは、自作に「笑い」を入れることをつねに意識していると自著で語っている。笑いやユーモアが小説を豊かにするとの信念があるようだ。「この人の閾」の作中人物もハハハとよく笑う。

 ハハハという笑い声から、8月8日を「笑いの日」として国民の祝日にしようという運動が、二十数年前にあった。発起人には元首相も名を連ねた。漫画家の故加藤芳郎さんは、「日本は笑ってはいけない時代があった」と制定の意義を説いた。

 祝日は実現こそしなかったが、加藤さんの胸中には先の大戦の記憶があったに違いない。ハハハと笑い、静かな一日を送れる平和のありがたさをかみしめたい。【南風禄】

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     (珍念)のコメントは『笑顔が人を変える』

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