日記・コラム・つぶやき

母の強さ

ちんねん この前 ある会合で突然、スピーチを依頼されて

弱りましたが 恥を忍んで・・次のようなお話をしました。

ドりーミングの ゆめ日記より (歌手)

双子の私たちは、帝王切開で生まれました。その日

母は立ち上がったとたんに「破水」救急車で病院へ。

「自然分娩は厳しいです・きりますか?」と叫ぶ医師に

父は「はい」と即答しました。母は手術中、大好きな

歌舞伎の夢を見ていたそうです。二人の「女形」が

華やかに舞い踊る夢。やがて歌舞伎の幕が下り

母が感動の拍手を送った時、私たちの産声が響いた

そうです。

6年前、私たちは母が入院する病院で、医師に残酷な

言葉を告げられました。病魔はすでに、母の腎臓を限界

まで蝕んでいました。

☆ 

「腹膜からの人工透析しか命を助ける道はありません。

でも、お母さまは帝王切開でおなかを切っています。

残念ながら腹膜が使えません」私たちを産んだがために

母が命を落とす・・・・私たちは、思わず叫びました。

「私たちの腎臓を、一つずつ母にあげてください」傍らにいた

看護師さんが、泣きながら言いました。「あなたたちのお母さん

は、そんなことを望む人じゃないわょ」

病室に戻ると、不思議なことに、何も知らない母が呟きました。

「私は、腎臓では死なないよ」と。 そして、驚いたことに医学的

には良くなるはずのない腎臓が、みるみる回復。医師が「血液

検査の間違いかも・・・」と、もう一度データを測り直すほどでした。

母の腎臓は、私たちに、生まれてきたことを後悔させまいとする

かのように、亡くなるその時まで、懸命に動き読けました。

私たちを、命がけで産み、育てた母は、最期まで命がけで

私たちを守り通したのです。

大きな壁にくじけそうになると、母の強さを思いだします。

そして、もっと 強く生きようと思うのです。私たちには

きっとできるはず。 だって私たちは「母の娘」なのだから・・・

さて・・参加者の反応は? いわぬが 華です・・ぅ (*^_^*)

読者の皆さまは・・・如何ですかぁ? 

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文化の日に思いを馳せる (#^.^#)

文化や芸術は誰のためにあるのか?

「一部の者が、絵や音楽を楽しんでも、私たちの周りで

何千という人が美に飢えているとしたら、それがなんに

なりましょう?」(村岡花子訳)とは、米国の社会活動家

J・アダムズの言葉である。

文化という魂の糧は、一部の特権階級の所有物ではない。

人間が人間らしく生きるための万人のものだ。

そうそう・・次のような逸話を思い出しました。

古代ローマの公衆浴場には、素晴らしい美術品が数多く

飾ってあった。あるとき、皇帝が、気に入った彫像を皇宮に

移動させた。”どうせ庶民には、この傑作は理解できない

だろう”・・・と 

☆ するとどうだろう? 入浴客の猛抗議が殺到

元の場所に戻さざるを得なくなったという。美術品と日常生活が

深く結びついている「イタリア」らしいエピソードだ。

作家の塩野七生さんが「ローマ人の物語」で紹介していた。

☆ 芸術は「単なる装飾品」でもなければ「金持ちの贅沢品」

でもない。万人に開かれたものでなければならない。

そもそも美術館の誕生自体、特権階級の独占物であった

美術品を、革命を起こしてまで万人が楽しめるようにした、

民主主義闘争の賜である。

☆ 25年前のきょう「文化の日」東京富士美術館が八王子市

に開館した。これまで23カ国・地域の28都市と交流。世界の

美を紹介する海外文化交流展は40回に及ぶ。その活動は

「文化の交流で世界を結ぶ」という”筋の通った展覧会活動”

(国立西洋美術館元館長の前川誠郎氏)と高く評価される。

☆ 美しい花に国境がないように、文化の交流に国境はない。

人と人を結び、友情を大きく広げる。私たちは、人と人を結ぶ

「最高の文化人」と輝いていきたい。「名字の言」(川)より 引用

ちんねん・・このごろ 美術館にいっていませんでした。

某 テレビの何でも鑑定団は見ていましたが色々反省しています。

今。福岡アジア美術館で「大三国志展」が開催されていますので見に

いきます・・先ほど見に行かれた方が見えられて興奮して感想を

述べて居られました。 特に中国全土の2市9省34ヵ所に及ぶ

博物館、機関から出品される約150点のうち、約3分の1にあたる

53点が国家一級文物と呼ばれる日本の国宝に相当する大変貴重

な作品です。さらに日本国内の博物館が所蔵する三国志関連作品

を加えた総点数180点の作品で、歴史と文学の両面から「三国志」

の世界を総合的に紹介する”世界初”の試みだそうです。

ちんねん 子どもの時から何回も吉川英二氏の「三国志」を

夜の更けるのも忘れて読んで・・母親から叱られた思い出がありました。

あ・・・いけない調子に乗って減らず口を・・・嫌われかねませんので

もう・・ねます !(^^)!

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ニュースの眼  乳がん "^_^"

経験者の声 撲滅の力に

読者の皆さま・・特に熟女の皆さまに読んで戴ければ幸いです

「乳がん月間」の今月、乳がんの正しい知識や早期発見の

重要性を訴える啓発運動が各地で行われた。 東京都は1日、

「ピンクリボンin東京2008」と題してトークショーなどを開催。

1年前に乳がんの手術をした歌手のアグネス・チャンさんは

「偶然、早期に発見でき、手術も治療も軽くすみました。

特に日本の女性は家族のために自分の事を後回しにしがち

ですが、健康に関しては自分を最優先して検診を受けてほしい」と

検診の大切さを強調した。

女優の宮崎ますみさんら、トークに参加した4人の乳がん経験者は、

いずれも自分でしこりを発見したという。 歌手の川村カオリさんは

「入浴時に、タオルなどを使わずに手で体を洗う日を一日つくると

変化に気付きやすい」と提案。 早期発見に有効とされる{マンモ

グラフィ}(乳房X線撮影)についても、タレントの山田邦子さんは

「思ったより簡単だった」と語り、積極的な受診を呼びかけた。

乳がんは日本人女性のおよそ20人に1人がかかると言われ、特に

40~50歳代に多く見られる。 公明党などの尽力により、今では

ほとんどの自治体検診にマンモグラフィが導入され、対象年齢も

50歳から40歳に引き下げられた。設備の拡充も急ピッチで進め

られているが、残念ながら受診率は1割程度にとどまっている。

日本対がん協会の初代「ほほえみ大使」に就任したアグネスさんは

「たくさんの人が簡単に検診を受けられるよう、費用軽減などの受け

皿も、もっと整備していきたい」と力を込めた。

川村さんは、この日、リンパ節や骨、肺への再発転移を自分の

ブログで告白していた。「私のような思いをする人を少しでも

減らしたい」。

トークショーでの彼女の言葉を、もう一度、かみ締めた。

”私たちの話を聞いて「検診に行こう」という人が増えてほしい”

☆がんで苦しむ人、命を失う人が1人でも減ってほしい

そんな想いにあふれた経験者のメッセージを、多くの人に伝えたい

その声は、やがて癌撲滅への大きな力になるに違いない。

(落合克志記者)より 引用

ちんねん 9年前検診で 悪性リンパ腫が見つかり即入院

治療を受けましたが、進行がんで 手の施しようがなく

毎日 生と死の鬩ぎ合いをしていましたが、奇跡的に

治り 今年の1月で「5年生存率」の6年9ヶ月過ぎました

5年生存率(5年 せいぞんりつ)とは、ある疾患予後

を測るための医学的な指標である。

主としてについて用いられ、診断から5年経過後に生存

している患者の比率を示す。

多くの癌では、治療により癌が消失してから5年経過後までに

再発がない場合を「治癒」と見做す。

がんの怖さは自覚症状がなく 発見された時は進行がんが

多く、助かる方は・・「5年生存率」で二人に一人だそうです。

その中で  乳がん、子宮がん は 他の癌と比べて簡単に

発見できるそうです。

女性の方でしたら・・何方でも・・自覚症状が分かるそうです

ちんねん の 知り合いで今年も何人も乳がんで亡くなられて

いられます・・また 自覚症状があつても・・受診するのが

怖いとか・・そのほか安易に考えていられる方もおられます。

ちんねん・・・不幸にして 乳がんを煩われた方たちの

苦しみ悲しみに心が痛みます・・・

ん・・・またまた・・・髪の毛が・・・抜けるぅうう ^_^;

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「乗り越えられない壁はない」 

「義務」と思ぅか、「権利」と思ぅか挑む姿勢で、得られる

結果は、百八十度変わる。 (^^♪

豆腐は、かって米国で「家畜の餌」と呼ばれ、最も嫌いな食べ物

に挙げられていた。それが今、健康ブームも手伝って、全米の半数

のスーパーで販売されるまでになった。乳業企業の駐在員が豆腐を

米国に持ち込んだのは、20年前。彼は試行錯誤の末、米人向け

レシピ本を出版。「ミスター・トーフ」と名乗り、新聞の連載やラジオ番組

も手がけた。普及への突破口は、飲み物にしたシェークだった。

(売れない)と思ったら、勝負は始める前から負けている。骨を埋める

覚悟で打ち込めば、できないことはない・・仕事を成した彼の結論である。

{「豆腐バカ世界に挑む」 雲田康夫・・光文社}

同じ課題でも、”やらされている”と思えば重荷になる。が、覚悟を決め

その課題にやりがいを見いだせば、成長の手応えも、充実感も得られる。

「働くことが楽しみなら、暮らしはすばらしくなる!働くことが義務になったら

一生奴隷ぐらしだよ!」(野崎韶夫訳)とは、ロシアの文豪ゴーリキーの

劇「どん底」の言葉ですが! 「義務」と思ぅか、「権利」と思ぅか

挑む姿勢で、得られる結果は、百八十度変わる。

どんな壁でも超えてみせるとの覚悟があれば、知恵も喜びもわく

目指すべき壁は今目の前にある。 「名字の言」より 引用

ちんねん 穴があったら 入りたいです いっも いっも  何事を

やるにも・・途中で諦めて自己嫌悪に苛まされています・・ (^.^)

頭では理解できても・・・行動が伴わないんです・・自分の中に

「弱い心」と「強い心」。「悪い心」と「良い心」が いつも 熾烈な戦いを

しています・・ちょうど「郵政民営化の抵抗勢力と改革勢力」みたいに

綱引きをしています・・なんでこうも・・意思が弱いのか反省しています。

そうそう 世界文学の最高峰と評されるダンテの「神曲」の中に

ハットさせられる一節を思いだしました。

ダンテが師「ウエルギリウス」と地獄の門をくぐると、そこには嘆きの声

を上げる亡者の群れがいた。この人たちはだれか?・・・ダンテの問いに

師は答える。「これこそ、恥もなく、誉もなく、凡々と世に生きた者たちの

なさけない魂の惨めな姿」(寿岳文章訳)と

悪はないが、善もなさなかった傍観者をダンテは糾弾した。中途半端に

生きた人間は結局、中途半端にしか死ねない。同じ生きるなら、善をなせ

正義に生きよ! 不屈の詩人の叫びは 時代や宗教の違いを超えて

輝きを放つ。  ちんねん きっと 今のままでは あの世で ダンテと

閻魔さま、から厳しく断罪されかねませんです。。怖いのでまた 精進

します・・あ・・また減らず口を・・ (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

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政界の「毀し屋」は誰だ・・!

昨夜 久しぶりに 「キングコング」 と 「ゴジラ」 の ビデオを

妻と鑑賞しました。 読者の皆さんもご覧になられた方も

いられると思います。 色々な建物を手当たり次第に毀すのに

のめり込んでいきました。 あそうそう 「毀し屋」で思い出しました。

「毀し屋」と呼ばれるビルや家屋の解体を生業とする

方々がいる。一昔前には鋼鉄の玉をクレーンで吊り

振り子の要領でコンクリートの壁をドシーンと力ずくで破壊

する光景が見られた。すごい迫力だった。

政界の「毀し屋」ナンバーワンといえば、民主党「小沢

一郎代表」をおいてほかにはいないだろう。1989年に

自民党幹事長に就任、91年の総裁選では3候補を呼びつけ

豪腕ぶりを見せた。93年に自民党離党、いらい新生党、新進党

自由党と歩き、どの党でも解党、分裂のつど、その中心にあった。

2000年自自公政権を離脱し、03年民主党へ、この間の動きは

「毀し屋」と呼ぶにふさわしい。昨年の参院選で民主党が第1党に

なっても「政局」を優先。国民生活を混乱させた。

代表3選後の記者会見。小沢代表は悲壮に政権交代を訴え

高速道路の無料化、子ども手当て、農家の所得保障などを

ぶちあげた。20兆円を超える財源については不機嫌に「予算の

優先順位を決めることで確保できる」と突っぱねた。

暗雲漂う世界と日本経済。劇作家の山崎正和氏は今の政治に

ついて「ともかくも、政治を党利党略でもてあそぶ愚をやめることだ」

9・25日「公明新聞」と喝破している。

「民主党に1回政権をやらせてみたら」は、危うい。

コラム 「北斗七星」より 引用 {志}

友人と対話していると、必ず耳にするのが「民主党に一度政権を

やらしてみたら」という声。私は同党の”財源置き去り”に加え「政策

を実現できる公明党。実現できない民主党」を語ることにしている。

例えば、最近の物価高。公明党は生活を守るために緊急経済対策

として、定額減税と物価上昇分の年金上乗せを新たに打ち出し、実現の

めどをつけた。ここ数ヶ月間に起きた緊急事態に対応する、現実を

見据えた政策だ。

民主党はどうか。 ガソリン暫定税率廃止などを掲げたが、何一つ

実現していない。昨年参院選の公約である最低保障年金、農家の

戸別所得保障、子ども手当てなど、どれも実現していない点では

公約違反だ。{ 民主党は野党だから}というのは逃げ口上に

すぎない。

公明党は野党時代でも義務教育教科書の無償配布や白内障手術

の保険適用など多くの政策を実現させた。 要は、政策実現の

意思を持った政党か否かの問題だ。

まして「二大政党」の時代。政権奪取だけが目的化した民主党に

どうして政権を任せられようか!{H} 氏  より 引用

ちんねん この前 他党の熱心な運動員に「君の政党の根本精神

はなんですか?・・」と 訪ねましたが、すると いつまでも考え込んで

一言も返事が返ってきませんでした。 う・・ぅ  (^_^;)

ちんねん 「政治家は民衆のために働け!」

大衆のために命をかけて戦い抜く これが永遠の党是であり

議員の使命だ! と言いました。

彼は怪訝な顔で黙って見ていました。。

そうそう 「選挙というのは、自分たちの最も信頼する人を、自分

たちの力で選出するのが本当である」 信頼できる政治家とは

連帯していく。信頼できない、悪い政治家は支持しない。

あくまでも「人物本位」です が!

あ・・・いけない 調子に乗って 演壇で講演している ようです

失言しない内に 退散します !(^^)!

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なぜ、若者がマナーを身につけていないのか!

「歩きながらの文化」の影響も・・ (^_^.)

最近、若者の電車内での飲食やアイスクリームを手に

食べ歩きなど、マナーの低下が問題になっています。

ところで、マナーとは何でしょうか。また、あなたはマナーに

ついて考えたことがありますか。 マナーには三つの鉄則が

あります。 

 1 相手に不快感を与えない

 2 相手に好印象を与える

 3 相手を敬う 

この三つの鉄則にもとづいてマナーを考えると、マナーが単なる

行儀作法でないことがわかります。

 そこには「思いやり」があります。

思いやりを形にしたものがマナーです。それでは、「なぜ、若者がマナー

を身につけていない」と言われるのでしょうか。その社会的・文化的背景

を考えてみましょう。「社会的背景」としては、大家族から核家族への

変化が考えられます。昔は家に祖父母がいて、箸の上げ下ろしから

挨拶の仕方まで一つ一つ教えていましたが、今では核家族化し、両親が

共働きをするようになり、親と子が一緒にいる時間が減少し、家でしっかり

とマナーを教えることができなくなりました。

また、学校における先生と生徒との距離の変化にも見られます。

現在では生徒にとって先生はお友達、先生も生徒たちの言葉遣いを注意

しなくなっています。さらに、最近の教育現場は個性を重視するあまり、

人との関わりの中で相手を思いやることや気遣うことを学ぶことが少なく

なったと言えます。 

人と関わる機会が少なくなると人に対する思いやりの心が持てなくなり

マナー不足になってしまいます。 次に、「文化的背景」としては異文化

の流入による意識変化が考えられます。 電車内での飲食や食べ歩き

は、アメリカなどからの「歩きながらの文化」の影響を垣間見ます。

例えば、ファストフードー店のハンバーガーやペットボトルなど。

この歩きながらの文化は、ウォークマンや携帯で音楽を聴きながらの

行動にも通じます。

伝統的な日本文化は、外と内とを「晴(はれ」と褒「け」でしっかりと

区別し、いったん外にでるとそこは公的な「晴」、外では、飲食はしない。

しかし現在では、外での移動中もプライベート空間、つまり外も内なる

私的な場「褒」となり、この意識の変化が電車内の飲食や食べ歩きに

繫がっていると思われます。

マナーは、「思いやり」を形にしたものです。ドイツの教育者O・F・ボルドー

は、・・「人はその人の話す言葉のような人になる」と言っています

人の言動はその人の品格を表します。人としての品格を保ち、より良い

マナーを身につけたいものです。

「筑紫女学園大学教授 中村萬里{なかむら まさと}」氏 より引用

愚か者の「ちんねん」「人はその人の話す言葉のような人になる」

身にしみています・・不用意な何気ない一言でその方の心を

閉ざしたことが幾たびも有ります・・その度に何で・・こうも おしゃべり

なのかなぁ・・と反省しています。

昨日、妻と、黒澤明監督の名作「椿三十郎」1962年作」をみました。

られた方も居られるようですが ちんねん 感動しました。

真夜中の森の中。風に揺れる杉の木立の枝の間から朽ちた社殿が見え、

格子の向こうに明かりがついている。

中では若侍たち人目を避けるように集まり密談をしている。

一人の若者が仲間に語りかける。

「次席家老の汚職を城代家老の睦田に告げたが意見書を破られ

相手にされなかった」。失望の色を浮かべる青年たち。

だが「大目付の菊井さんに話してみると『共に立とう』と

答えてくれた」と続けると一転して場は喜びに沸く。この脳天気に

気勢を上げる若者たちの前に、奥の部屋からアクビをしながら流れ者の

浪人(三船敏郎)が現れる。謀議を聞かれたと緊張する一同に、

どこ吹く風のこの男はニヤニヤしながら「岡目八目、菊井のほう

こそ危ない」と独りごちる。その予想通り、実は悪家老の仲間であった

菊井の手勢に社殿が取り囲まれるも、この浪人の機転により若者たちは

虎口を脱する。自分たちの甘さを後悔する一同だが、あくまで信念を

曲げず命がけで巨悪にたち向かおうとする。頭の固い若侍たちに

一旦は匙を投げた浪人だが「死ぬも生きるも九人一緒だ」の悲壮な声

を聞くと、思わず「十人だっ。お前たちのやることは危なくて見ちゃい

られねえ」と怒鳴り、城下へ一緒に乗り込む。しかし、一枚上手の

悪党たちはすでに藩政を掌握し、世論を味方につけてしまっていた。

悪党一派との戦いの末に救出した城代家老の奥方と娘によると、ご本尊

の城代は敵の人質になっているという。

敵の目を欺くために馬小屋に隠れる、浪人と若者たちに助けてもらった

睦田夫人はお礼を述べた上で、 

馬草を背中に奥方が容赦なく人を斬るこの風来坊に「貴方はとっても

強いお方ですね。 何時も ぎらぎらと研ぎ澄まされて凄い人ですが!

名刀をむき出したまま、持っていられる・・・刀は名刀の鞘に収めていた

ほうが良いかと思います」と

人間同士が作る社会への希望が無いことをたしなめ、希望を持てば必ず

よい結果になると優しく語りかける。眩しそうに目を逸らしていた男だが、 

改めて夫人から名前を聞かれると困った様子になり私の名前ですか。

…つばき、椿三十郎。いや、もうそろそろ四十郎ですが」と冗談とも

本気ともつかない返事で空を見上げている。

つられて奥方、娘、若者たちも外を見上げると屋敷の塀越しに真っ赤な

ツバキ[2]が咲いていた…。

ちんねん 「貴方はとっても強いお方ですね。 何時も ぎらぎらと研ぎ澄まさ

れて凄い人ですが!

名刀をむき出したまま、持っていられる・・・刀は名刀の鞘に収めていた

ほうが良いかと思います」と う・・ぅう その通りです (^^♪

お・・っと いけない 調子にのってべらべらと 嫌われかねませんので

この辺で能書きは終わります (^_^;)

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世界の名作を訪ねて 1

モモ
ミヒャエル・エンデ 作

大島 かおり訳

町のはずれにある円形劇場の廃墟に、どこからともなく
現れた孤児のモモ。小さくてやせっぽちで、何歳なのか
見当もつかないこの風変わりな女の子の「時間」をめぐる、
不思議なファンタジー物語です。

円形劇場に住み着いたモモを、町の人たちは皆で世話
をすることにします。やがて、相手の話にじっと耳を
かたむけるモモの周りにはたくさんの人たちが集まって
くるようになりました。

モモには特別な能力があるわけではありませんが、みんなモモ
の前では安心して心を開き、素直な自分になれるのです。
そんな平和な町に灰色の男たちがやってきます。
男たちは、人の心のすきまに入り込んで時間を盗む泥棒です。

人々は時間を奪われ、あくせく働き、休息することや
夢見る心もなくしてしまいます。 そこでモモは、盗まれた
時間を灰色の男たちから取り返し、町の人たちに人間らしい
心を取り戻させようとします。

時間を司るホラという老人は、モモにこう言います
「人間には時間を感じ取るために心というものがある」。
作者は時間を粗末にする現代人の愚かさを、強烈な風刺と
してこの物語にこめたのでしょう。

 「人間には時間を感じ取るために心というものがある」。

ちんねん・・恥ずかしながら時間に追われているやに

感じています。  デジタル人間のようです モモ のように

感受性豊かな心を持っていたいです。

時間もですが 大事な物が失われています・・ ちんねん

今日も反省しています。 何で・・こうも 心が狭いのかなぁ・・?

あの世で閻魔さまから・・苛められる・・うぅ 

今夜も深く懺悔します・・また 頑張ります (^^♪

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人間の資質

「人物」の不在!

ロシア出身力士の大麻問題で、日本相撲協会は今月

上旬、2力士を解雇。前理事長が引責辞任した。

相撲界では昨年6月、当時17歳の力士を死亡させた

リンチ事件があった。先月も、幕内力士が大麻取締法違反で

逮捕、解雇されたばかり。相次ぐ不祥事の根源は、どこにあるのか。

多くの関係者が「指導者の力量不足」を指摘している。

「昔は(この人間なら大丈夫だ。指導できる人間だ)というのを

師匠が判断した」 だが昨今は「あまりにも浅はかな人間が

師匠になっている」{元横綱・初代若乃花}毎日新聞7月3日付

というのだ。

「人物」の不在。 これは角界に限った問題ではない。

企業の役員ぐるみの偽装事件、大分県の教育委員会を

めぐる汚職事件など、あらゆる分野で”トップの力量”が深刻に

問われている。

先日の中山国交相の仰天発言と小泉元総理の引退発言に

(~_~;) ^_^; ん・・・ナヌ 呆れ果てて「コメント」出来ません。

こういう世の中にあって、高潔な人格で範を示すのが、政治家

ではないか。 孔子は断言した。

「自分を正しく律することができない為政者は、人を正しく導けない」

第一に問われるべきは「人間としての資質」だ。

実績もないくせに、選挙狙いのデマ宣伝、他党批判に血眼の悪質な

人間がバッジをつけているようでは、社会の混迷は深まる一方だ。

有権者は「この人間なら大丈夫」という人物を見抜かなければなるまい。

心して政治家を監視し、堂々と正義を語る、我ら庶民の声こそ

「政治家改革」を断行する力だ。 (鈴木貴博氏)破邪顕正より 引用

う・・ぅう ちんねん 無慈悲な政治家の行いに 口 あんぐりです。

選んだ 私たちも責任がありますが! あ・・余り深刻に考えると

髪の毛が・・抜ける・・・ぅう (#^.^#)

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生活で楽しむ算数

1割り増しと1割引きは ?  (^_^.)

日用品を扱っている商店では、「割引き」や「おまけ」を
よく見掛けることでしょう。また、深夜でも営業している
飲食店では、深夜の「割り増し」料金を設けて居る所も
あります。今回は、それらの言葉に注目してみましよう。

最初に、「10個購入すると1個のおまけ」と「1割引」を
比べてみます。前者の場合。1個100円の商品を10個購入すると
1000円で11個持ち帰ることができます。一方、後者の場合で
11個購入すると、購入代金は、1100円から1割の110円を引いて
990円となります。すなわち、990円で11個持ち帰る事ができます。

したがって、ぴったり11個持ち帰る場合でも、「1割引き」の方は
「1個のおまけ」の代金の1%分だけお得になっているのです。

次に、深夜料金が1割り増しになっているレストランで、10周年
記念サーピスとして通常月の同一時間料金の1割引で全メニュー
を利用できるようになっているとします。 その店で、通常月の
昼間のメニュー価格が500円のものを深夜に食べると、「1割り増し」
にして「1割引き」にするので、結局そのときの代金は500円になる
ように思うかもしれません。しかしながら、500x1.1x0.9-495なので
その代金は5円安くなって495円になります。

したがって、「1割り増し」の「1割引き」は1%引きになるのです。
ここで先に「1割引き」にしてから「1割り増し」にしても、同じ
結果になることに注意しましよう。 それは500x0.9x1.1-495
となるからです。 この本質は1.1x0.9-0.9x1.1というように
掛け算には「交換法則」が成り立つことです。

交換法則は 2+4-4+2 のように足し算でも成り立ちますが
引き算や割り算では成り立ちません。

江戸時代に広く普及した数学の学習書である「塵劫記」の最初に
九九の表があります。そこには「三八二十四」(3x8=24)は
あるものの、「八三二十四」がないように、大きい数の後から
小さい数を掛けるものは書かれていません。

そのような覚え方によって、掛け算の交換法則を知らず
知らずのうちに理解するのです。

(桜美林大学教授 芹沢光雄)氏 より

う・・・ぅう ちんねん 数字に弱いので「さっぱり」分かりません!

分かっているのは 財布の中の小銭だけです  (^^♪

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報復は何も生まず、誰も癒さない!

映画「帰らない日々」を観て

事故は一瞬である。「あっ」と声を上げたとき、
すでに起きた後のこと。その一瞬をさかいにして
被害者、加害者それぞれの人生が大きく変わる。

アメリカ映画「帰らない日々」が「事故のその後」
を意味深く語っていく。どちらも中年に入りかけているが、
まだ若い夫婦。被害者は四人家族だった。子供は男の子と
女の子。幸せな一家だった。家族そろっての帰り道、「ドーン」
と音がして男の子が跳ね飛ばされた。

加害者は三人家族。ただ夫婦は離婚して、弁護士の父親は
週に一度だけ息子と会える。この日が面会日だった。
離婚の際に了承した門限に遅れそうでスピードを出しすぎて
いた。はねた後一瞬チューチョしたが、夜の闇に誘われた
かのように走り去った。

事故は偶然だが、偶然の出会いにいたるまでに小さな必然が
あった。映画は生き残った者がもつ特有の心理を丁寧にえがい
ている。ひょっとしたひとこと、とっさの反応。あのとき、あの
ことを言わなかったら・・あのとき、あのようにしていなければ・・
小さな必然をたどっていくと、事故が自分の責任に思えてくる。
そして悲しみのなかで思わず口にした言葉が、どれほど家族の
胸を刺すものか。

小さな町の出来事であって、被害者の父親が弁護士事務所を
訪ねると、加害者の弁護士がいた。被害者はそれと知らず。当の
加害者に調査を依頼する。いま一度の「一舜」があって、これを境に
して二人の男が、あらためて事故に立ちもどる。

タイトルが、なおのこと意味深い。 もとの場所にもどれても、もとの
時間には帰れない。いい映画である。およそ悪人とは遠いタイプなのに
われ知らず悪に加担する。一舜の事故が、そのように運命をねじ曲げる。
それは誰にも起こることであって、そのこともきちんと語っている。

事の真相を知ったとき、被害者の父親はどうしたか? 映画を作った
人たちのメッセージが込められている。 報復は何も生まれず、誰も
癒さない。 報復をこえて、他者の痛みを共有するということ。
悲しいことに人間は、一度あやまてば百度あやまつ可能性をもって
いるからだ。  
(ドイツ文学者・エッセイスト 池内紀氏より)

ちんねん・・この映画を観て複雑な気持ちになりました。

とても・・ 「報復は何も生まれず、誰も
癒さない。 報復をこえて、他者の痛みを共有するということ。
悲しいことに人間は、一度あやまてば百度あやまつ可能性をもって
いるからだ。」 このような寛大な境涯では有りません・・・まだ
修行が足りませんです! !(^^)! 

読者の皆さまは・・・いかがでしょうかぁ?  

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世界の名作を訪ねて!

 ヴェニスの商人

(ウイリアム・シェイクスピア著) 小田島雄志 訳

ある時、中学生のとある グループと懇談した時のお話です!

イタリアの町、ヴェニスに住む商人アントーニオは、親友
バッサーニオのために、ユダヤ人の金貸しシャイロックから
金を借ります。

バッサーニオは、あこがれの女性ポーシャを妻に迎えた。
バッサーニオのもとへ、船の難破で全財産を失った
アントーニオがシャイロックから「肉を一ポンドよこせ」
と要求され、裁判にかけられるという知らせが届きます。

驚き慌てて法廷へかけつけたものの、なすすべのない
バッサーニオ。そこへ表れ、機知を働かせてアントーニオを
救ったのは・・・・ん・・・それは 言えませんです。
読まれてのお楽しみです!

小学校のころに「シェイクスピア物語」を読んでストーリを
知っている人もいるかもしれませんが、戯曲という形式、そして
普段の読書では
あまり味わう事のできない言葉のリズムを堪能して下さい。
物語の背景が分かる解説も味わいがあります!

ちんねん・・法律を守るのは当然と思いますが、あっと驚く

展開に法の摩訶不思議な運用に血も涙もある 凄い

法律だと・・全員襟を正していました。

古今の名作を読む事は、未知の世界の扉を開きますが!

そうそう・・ちんねん・・自分の心の扉は、まだ開いていませんです。 (^_^.)

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強くなれ「強い人」が「幸福な人」

珍念の恩師の青春対話の一部を抜粋し英訳を掲載します。(^^♪

恩師・・インドには、「カ-スト制度」が、今も習慣として、根深く

残っている。人を「生まれ」によって分けてしまう。その一番下の出身で

ありながら、国の大統領になった人がいる。 元大統領のナラヤナンさん です。

私の古い友人です。ナラヤナンさんは、7人兄弟の4番目。家は本当に貧乏で

お風呂もなかった。いつも飢えに苦しんでいたそうだ。小学校まで片道7キロ

メートル。来る日も来る日も、歩いて通った。雨の季節には、足首まで泥だらけ

です。その中を、ナラヤナン少年は、いっも何かを読みながら歩いた。

本が買えないので、目にふれる新聞や本を片っ端から読んではメモを取った。

「弟は勉強好きだ。応援しよう!」・・彼のためにお兄さんや、お姉さんは、

小学校への通学をあきらめた。それでも、たった一人分の学費が払えなかった。

学費が払えないから、先生に、罰として立たされた。

・・・・ひどいですね!

恩師・・ナラヤナン青年は、どうしたか。彼は立たされながら、それでも教室

の外から、授業を懸命に聞いたのです。

・・・・脱帽です!

恩師・・やがて、ガンジーが作った「奨学金」をもらって勉強を続け、大学をトップ

で卒業し、外交官になったのです。しかし、「外交官は図々しくないと、できないので

人前で立たされるのは、いい訓練だったんですよ!」と 苦労を笑い話しに

しておられる。

強い方です。 強い人が幸福です。 幸福は「強い・強い心」の中にあるのです。

・・・ ナラヤナン少年くらい強ければ、「先生がキライ」とかの悩みは、小さなものに

見えてくるかもしれません。

恩師・・・私は、あえて具体的に「こうしなさい」とは言わない。諸君自身が決める

ことだし、状況は一人一人違うからです。 ただ、何をするにせよ、「人のせい」

にする弱さがあるかぎり、希望の大道は開けません。 まず「全部、自分で決まる

んだ!」「自分が強くなるんだ!」と決意することだ。

ナポレオンは言った。 「環境がなんだって? 環境は私自身が作るものだ」

環境のせいにしないで、自分が満足できる環境を自分で作ろう、という

決意です。

う・・ぅう ちんねん ナラヤナン少年の爪の垢でも煎じて飲みたいです

甘えん坊の ちんねん 恥じています (#^.^#)

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珍念の愚考です

いかなる国や団体も、未来の興亡を決する焦点は、

「青年」が生き生きと活躍し、輝いているかどうかにある。

今の日本はどうだろうか。経済至上主義の価値観で作り

あげてきた戦後社会にあって、青年たちは心身ともに

大きな重圧を感じているように見える。

「定職につかない」「就職しても長続きしない」若者が増えてい

るのも、未来への不安の反映ではなかろうか。

師に導かれ弟子が殻を破る

若年化する凶悪事件などを見ても、刹那的な欲望や衝動に

流されがちで、他人の痛みに想像力が及ばない青少年の魂の

病理を感じてならない。 彼らを正しい方向に導く、人生と社会の

「哲学」が、今ほど必要な時はないであろう。

著述家の内田 樹{たつる}氏は、”若い人たちを見ていて、一番気の毒なのは

「尊敬できる先生」「人生の師」に出合っていないことだ。 出会えば、

豊かな人生が展開する”(先生はえらい)ちくまブリーマー新書・・と

述べている。

師匠とは、深い英知の力で弟子を鍛え、内的変化を遂げさせ、自らの

殻を破れるように導く存在である。 師弟関係の希薄化が叫ばれ、後進の

育成に光を見出せない時代にあって、強靭な師弟の絆で結ばれ、青年が

伸び伸びと成長している世界がある。

その団体は「青年が多いのは、哲学が深いからです」

悩みを抱える青年たちに「たとえ、あなたが どこで悲しみに沈んで

いょうと、私は草の根をかき分けても捜しだして、必ず幸福にして

みせるよ」 と 渾身の激励を贈り続けた方に世界は賛嘆しています。

私たちに求められているのは・・人の評判、うわさ など 惑わされなくて

自分で調べる・・確かめるその第一歩を踏み出せるか 勇気が要りますが!

例えば食べ物でも 食べなければ味がわかりませんです。

ただ・・どれが 良いのか・・判断に迷う可能性がなきしも あらずですが!

珍念の一考察です・・・お粗末でした。 !(^^)!

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 人間は「何のため」生きるか?

読者の皆さま ふと 自分は何を目指して生きているのか?

素朴な考えが脳裏に浮かんだ事はありませんかぁ! (*^。^*)

古代の賢者の考えに答えがあるやに思われます・

 紀元前三世紀のことである。 地中海にピュロスという

 王がいた。 彼は外征の計画を立てる。

「まず、イタリアを征服しよう」と。すると、側近の賢者

 シネアスは尋ねる。「なるほど。では、その次は?」と

 問答は続く。

「ガリア{フランス}とスペインを手に入れよう」 その次は?

「アフリカを従えよう」 「では、その次は?」

「アジアに渡り、インドまで行こう」  「インドの次ぎは?」

「ああ!」王はため息をつき、 「・・休息しよう」。

「なぜ」と賢者。 「今すぐ休息しないのですか?」。

 最後が休息するだけならば、今 休息しても同じではないか!

 何のための外征、何のための危険と多くの犠牲なのか、と

経済至上主義・・金もうけ自体が目的となってしまったかのような

 現代日本の姿を風刺しているようにも思える。

「何のため」という究極の目的観と哲学のない行動は、どんなに

 世界に版図を広げても、結局はむなしいのではないか、と・・

 私が青春時代、こよなく愛読した ロシアの文豪トルストイ

 彼も、生涯にわたって、この「何のため」を追究した。

 例えば1910年5月10日の日記には・・・

「何を作るための機械か? 何を伝達するための電信?

 何を教えるための小、中、大学校? 学士院か?

 何を議するための集会か? いかなる報知「情報」を広める

 だめの新聞書籍か? 誰を、どこへ連れて行くための鉄道か?

 何をするために数百万の人々が一緒に集められ、一つの権力下

 に置かれてあるのか? 生を持続させるための病院、医者か 

 薬剤師かという。

 何で生を持続させる必要があるのか?」{ビリューコフ}

「大トルストイ」から!

 文明は発達する。社会もめまぐるしく動く。人々は 毎日。

 忙しく活動している。。

 しかし、それは何のためなのか。あの古代の王ピュロスの

 ように、最後がどうなるかを考えることなき動き、努力を

 したとしても、それが人類の進歩といえるのだろうか。

 ・・・トルストイは疑問を呈する。

 つまり彼は、「最後はどうなるか」を考えない人生の努力や

 文明の発達は、根本的には人間を幸福に出来ないと考えた

 のである。「それが、どうしたというのか?」

「それで、どうなるのか?」と

人生の意義を探し求めようとしない者がいるならば、

 その人間は生きながら死んでいるのだ。

「人生の意義・・死によっても滅ぼされない意義を

 あたえてくれるのは宗教だけだ」

 ここで言う宗教は特定の宗派ではなく 宇宙の森羅万象を

 司どる 人類不変の法則の哲学が自分に 有るや 否やと!

 
 知恵に行き詰まりはない

 人間のものの見方は、その人の境涯による。

 同じものでも、見る側の目によって、まったく違って

 見えるものである。

 わかりやすい例で言えば、例えば、恋愛時代。

 恋をしている時は、相手のすべてが素晴らしく見える。

 しばしば、他人には理解できないような美まで発見する。

 ところが結婚するや、見方が一転「奥さんの方

 でも、こんなはずじゃなかった。だまされた・・・と思っている。笑い (#^.^#)


 本当はおたがいに そんなに変わっていないはずだが。?

 自分の見る目のなさを嘆くより、相手が悪いように

 誰もが言う。   こうした例が多い。

 立場や境遇が変われば、ものの見え方も変わるものだ。

 貧乏な時には、少しのお金でもありがたい、と思える。

 けれども、いったん贅沢になれば、金がいくらあっても、

 足りないと思うようになる。

 欲に目がくらんでしまうのである

 政治家など指導者の場合は問題が深刻である。

 そう言う立場の人間が貪欲であれば、民衆が献身的に

 努力していても、働きが悪いように見えてしまう。

 そして、もっと働け と民衆にけしかけ、圧迫する。

 こうした悪しき権力は常に鋭く見破らねばならない。

 中国・南宋{12-13世紀}のある帝王が、銅の像を

 作らせた。出来あがった像を見て、帝は文句を言う。

 「顔がやせすぎている」と

 当時の優れた彫刻師たちが作ったものである。

 偉ぶった人は、必ず何かケチをつけなければ気が

 すまない。  本当に民衆を愛している人は、あまり

 文句を言わないものですが。 しかし王の命令である。

 何とか直そうとするが、「やせすぎている」のを直し

 ようがない。

 太っているのなら削ればよいのだが、やせているのでは、

 うまくいかない。

 困りはてた人々はある賢者に相談した。

 賢者はいとも簡単に解決した。 「これは顔がやせすぎ

 ているのではない」皆は「どいうことか」と耳を傾ける。

 賢者は言う「むしろ肩や腕が肥えすぎているのだ」と

 ドイツの文豪ゲーテは、言っております。

 どんなに利口に立ちまわって、策を使い、有名に

 なったとしても、心の中に「宝石がなければ空しい」と

 参考文献(池田大作著}輝きの明日より

ちんねん 賢者の知恵を学んでいますが 心が汚れていますので

直ぐに忘れかねませんです。 う・・ぅう なんでかなぁ・・?

あ・・余り考えると・・頭の髪の毛がぬかる・・う  (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

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命を駆ける !

読者の皆さん こんにちは 連日・目を覆いたくなるような不祥事や

悲惨な事件が多発しています・・やりきれない空しさがあります。

何処かに、大事な大切なものを亡くしたように思います!

そうそう・・今日は アメリカの有名なアダムズのお話しです!

 アメリカのリンカーン大統領の盟友に、ジョン・アダムズという指導者

 がいた。 彼は、高潔にして、公明正大な人格で知られた。

 悪人たちも、彼を恐れて、近づこうとさえしなかったいう。アダムズは

 燃え上がる「アメリカ民主主義」の魂の真髄を、わが娘に語り、教え、

 伝えていった。

  ある時は、敬愛するリンカーン大統領のもとへ、娘を連れていった

 こともある。 ある地域の「草創の開拓者の集会」にも、娘と一緒に

 出席した。 その会合で、彼は、自ら立って、かって開拓の草創期に

 自分たちが鉄道事業を進めた時の思い出を語り始めた。

 ”若き日のアダムズ青年は、新しい鉄道事業への支持を、一生懸命、

 人々に訴えたが、だれも耳を傾けようとしなかった。

 さすがの彼も、がっくりして、希望を失いかけていた。 しかし、その時

 農村のある元気な女性が、明るく、力強く、協力を申し出てくれた。

 ”大事な事業です。私は応援しますよ!と。

 一人の女性の真心からの協力が、行き詰まった事業に、どれほど

 大きな力となったことか・・・・!民主主義の真正の闘士アダムスは、

 その後、どんなに自分が偉くなっても、このとき庶民の女性から受けた

 恩を、決して忘れなかった。 立派な指導者となった今。アダムズは

 その昔、自分たちを支援してくれた、無名の女性への変わらぬ感謝の

 思いを、聴衆に語っていったのである。

 すると、思いがけないことが起こった。その聴衆の中から、女性の良く

 響く声が聞こえてきた。 「アダムズさん、それは私ですよ。もしお望み

 なら、もう一度ご協力しましょう」と。 なんと、あの時の恩人の女性は

 まだ健在であった。そして、その会合に来ていたのである。

 彼は即座に壇上に招いた。年老いて、今ではすっかり腰が曲がった女性

 に最高の礼を尽くして。 そして、劇的に、誇り高く、恩人の女性を、皆に

 紹介し、宣揚した。「彼女こそ公共精神に富んだ開拓者であり、この

 国の発展は、彼女ような英雄的行為に負うところが大きい」と

 会場を深い感動が包んだ。 この時15才であったアダムズの娘も、その

 光景に心を揺さぶられた。 民衆こそが、真実の英雄であり、国を動かして

 いく原動力であることを、乙女は鋭く学びとった。

 この娘こそ、のちに最も貧しい庶民のために戦い、教育と福祉のルネサンス

 をもたらし、女性の幸福へ、世界の平和へと奔走した、ジェーン・アダムズ

 その人であった。{1931年、アメリカ女性として初めてノーベル平和賞を受賞

 新しい世紀の「女性のモデル」として世界的に敬愛された。

 (池田大作著)輝きの明日へより 引用

 ちんねん 感動しました。 (@_@)

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 さて宗教とは? 「常識{コモン・センス}で「真実」を見抜け

 物の怪に化かされた僧の物語 (^_^;)

 アメリカで青年時代ジャーナリストなどをして文筆に活約し、やがて日本に

 永住した人物がいる。

 ラフカディオ・ハーン{1850~1940年}日本名・小泉八雲である。

 彼が書きとめた日本の民話に「常識」という話しがあります。

 勿怪{化けもの}に騙されていた僧を庶民の「常識」が救う物語である。

 ・・昔、関西のある山の中、一人の博識の僧侶が住んでいた。

 俗世間との付き合いは、ほとんどない。供養に訪れた猟師に言った。

 「このごろ、毎晩【法華経に説かれる」普賢菩薩がこの寺にお見えになる

 のじゃ。不思議なことじゃが、これも長年の修行の功徳と思う。今夜は泊

 まっていくがよい。普賢菩薩さまにお会いできるから」猟師は喜んで寺に

 泊まった。しかし、考えれば考えるほど、そんなことがあるだろうかと疑わ

 しかった。聞いてみると、寺の小僧も何度も見たことがあると言う。

 猟師は、ますます「おかしい」と思い始めた。

 その日の真夜中、待っていると、東の方に、星のような白い光が現れ

 ずんずん大きくなった。やがて光は形をとり、経文の通り、六本の牙

 のある雪のように白い象に乗って、普賢菩薩が現れた

 僧侶と小僧は,ひれ伏して必死に拝んでいる。すると猟師は、いきなり

 手に弓を取って立ち上がり、菩薩めがけて矢を放った。たちまち,激しい

 雷のような音とともに,白い光は消えた。僧侶は絶望し、涙を流しながら

 怒った。「この恥知らずめ!何という罰当りな!」猟師は静かに言った。

 「和尚さま、落ちついてお聞きなさい。はっきり申し上げるが、あれは

 普賢菩薩ではなく、あなたをだまし、ことによると、あなたを殺そうとして

 いる化け物ですよ。朝になれば判ることでしょう」

 夜明けとともに、調べて見ると、点点と血の跡が付いていた。

 辿って見ると矢を突き立てた大きな狸の死骸があった。これが化けて

 いたのである。猟師は、どうして狸の仕業とわかったのだろうか。

 それは・・もしも本物の普賢菩薩ならば、だれよりも法華経を修行している

 人の所にこそ現れるはずだ。 しかし、ろくに修行もしてない寺の小僧や

 猟師の自分にまで、はっきりと見える。、これはおかしい!

 仏法は【修行」に応じて「功徳」があるはずだ。修行に関係なく結果が現れ

 るとしたら、それは仏法ではなく、魔法ではないか。

 因果を無視する勿怪の仕業だ!猟師はこう見破った。八雲はこの物語を

 こう結んでいる。

 僧は学識があり聖といわれていたが、いともたやすく狸に化かされたので

 ある。猟師は無智で信心もなかったが、すこぶる常識に富んでいたから

 生来の才覚でもって、その化けを見破り、その恐ろしい幻想を打ち砕いた

 のである」 これは日本の昔話であり、真実の宗教とは、関係がない。

 ただ、宗教が人間を愚かにする危険を,判りやすく示す物語である。

 どんなに【知識」があっても、健康な「常識」{コモン・センス}がなければ

 生かすことはできない。

 建国の時、独立の時のアメリカを大きく支えたのも「コモン・センス」であった。

 「常識」がなければ、宗教は時に「盲信」となり「狂信」となる「盲信」【狂信」

 は仏法ではない。 と

  参考文献(池田大作著)輝きの明日より

 宗教は日本だけでも18万法人あると言われています、沢山あります、

 世界でも ヒンズー教,イスラム教、キリスト教、回教、仏教 儒教 など・

 それぞれ教えがありますが・・教祖は一体何を伝えたかったのか・・?

 それは 人類の幸福を目指していたと思いますが

 いつの間にか堕落して本来の使命を喪失しているようです。

 なんのため・・を忘れた教えは、インチキですよね! ちんねん 愚考します

 宗教も、政治もですが・・そもそも 為政者は誰のために・・? 何を

 するのか?と 言わずもながら主権在民の庶民のために成るように

 司るのが当たり前ですが・・どうも・・ちょいと可笑しいようです。

 物の化に翻弄された博識の僧のように成らないように、心して

 「常識{コモン・センス}で「真実」を見抜け と 言いたい!

 

 「生命は 他の生命と 多く結びつくほど 自我が拡大する」

 {トルストイ}

 「人間は 広い人間関係の中に より大きな自分を みつけることが

 できる」 {タゴール}

 「自分と会わない人間」と 付き合ってこそ 刺激を受け 成長できる

 {ゲーテ}

 ちんねんの一考察でした。

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自分って何だろう・・?

人間は、いつ死ぬかわからないから!

この世が、なんでも思いどうりにいってしまうとしたら、これはど

退屈な事はない。人間は、いつ死ぬか分らないところがいいのね。

人間ほど長生きする動物はいない。かげろうは夕方に死ぬ。蝉は

夏が終わると死ぬ。人間の一生が短いと悲しむ人は、譬え千年生きても

同じ事を考えるだろう。

長生きすれば、その分恥をかくことになる。四十歳までに死んでしまう

のが理想である。その年を過ぎてしまうと恥じる心がなくなり、自分の

子や孫を可愛がり、名誉とお金が欲しくなってみっともなくなる。

「吉田兼好」{徒然草}第七段より

ちんねん・・腕を組んで・・う・・・ん と頷きました感銘しました。

頭の中で何かが弾けました。 そうそう 若いころ 読んだ本で

世界文学の最高峰と評されるダンテの「神曲」の中に

ハットさせられる一節を思いだしました。

ダンテが師ウエルギリウスと地獄の門をくぐると、そこには嘆きの声

を上げる亡者の群れがいた。この人たちはだれか?・・・ダンテの問いに

師は答える。「これこそ、恥もなく、誉もなく、凡々と世に生きた者たちの

なさけない魂の惨めな姿」(寿岳文章訳)と

悪はないが、善もなさなかった傍観者をダンテは糾弾した。中途半端に

生きた人間は結局、中途半端にしか死ねない。同じ生きるなら、善をなせ

正義に生きよ! 不屈の詩人の叫びは 時代や宗教の違いを超えて

輝きを放つ。

人間は、ともすれば困難や労苦のない安逸な世界に憧れる。

だが建設や前進への苦闘なき自己満足の生き方は、いいように

見えて真の魂の充足をもたらさない。 (名字の言)より

ちんねん またまた・・腕組して う・・・ん と 呟きました。

ダンテの 誠に迫真の筆致は、さすがです  筆者も ダンテから

悪はないが、善もなさなかった傍観者を糾弾されないように

またまた・・・精進します・・・う・・・ん 今のままでは・・あの世で

ダンテと閻魔さんから・・叱られる・・・怖いので頑張ります (*^_^*)

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自分ってなぁに?

自分のことばかり話す人  (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

久しぶりに会った人が、自分に起きた事ばかりを、つぎから

つぎへと話すのはどうもよろしくないな。 どんなに親しい間柄

でも、自分のことばかり話す態度は、恥ずかしいと思わんのかね。

教養がない人は、ちょいと外出して帰ってきただけで、そのとき

あった事を息もつかず話して面白がる。教養ある人は、聞く人が

大勢いても、その中の一人に対して話しかけ、その話に他の人も

耳を傾けるんだ。

教養のない人は、誰に話すともなく、見てきたような

作り話をするので、みんな、面白がって、笑うが、ただうるさいだけでね

面白い事を話しても面白がらない人もいるし、つまらぬことをいっても

やたらと笑う人がいて、聞く者の品格もわかってしまう。

他人の容姿のよしあしを品定めしたり、才能のあるなしを評価するときでも

自分のことを引き出すのは、実に聞き苦しいことである。

(吉田兼好) 徒然草{第56段より}

ちんねん・・も 大いに思い当たります・・以後気をつけます。

お友達の中にも・・それと思い当たる方がおられます ん・・同じ

穴の狢かなぁ・? 恥ずかしいので・・口にチャックします。 (^_^;)

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過ちを悔いるのに 憚ることなかれ 

昨年、流行した言葉に「KY」があった。「空気が読めない」 (^_^;)

の略である。もちろん、その場の雰囲気に気を配ることは大事である。

しかし、みんなと違う意見を言って「あいつはKYだ」と苛められる例が

多くの学校で報告されている。これは行きすぎと思います。

そのような世相を風刺する「寓話」がある。アンデルセン童話の「裸の

王様」の舞台を、現代日本に置き換えたら、どうなるか。みんなが

「王様の服は素晴らしい」という中で、少年が「王様は裸だ!」と叫んだ

すると周囲から「KY!空気をよめよ!」とたしらめられてしまう。

昔から「付和雷同」長いものには捲かれろの雰囲気が強いとされる

日本社会。だが、意見を言うことすらできない「雰囲気」は危険だ。

昨日、ある主婦の方から相談を受けました。それは趣味の

サークルの運営の件で各々の意見がまとまらず・・とうとう

メール上で激しいバトルが起き・・四面楚歌の状況でした。

☆まず・・民主主義の世界ですから意見は意見ですから

検討に値しますが!10人10色ですから主催者の判断に

委ねる。

☆まず・・感情的に成ってあるようですから意見の善悪は別として

もしも・・主催者の言葉に皆様が気に障っていられますから

まず、「過ちを悔いるのに 憚ることなかれ」 の 故事を

アドバイスしました。 先ほどこの件は解決しましたとの嬉しい

電話がありました。

実は、愚かな、ちんねんも このような目に遭遇しましたので

得難い勉強をさせて頂きました。

日蓮大聖人の御遺文集に「ともだちが一日に10回、20回と

訪ねてきても、千里、二千里と離れた遠くから訪れてきた人の

ように思って丁重に、少しも礼儀を欠くことがあってはならない」

と、たとえ親しい友人であろうと、いかなる時も誠実に謙虚な態度で

接していくよう、弟子に教えられている。

心を亡くすと書いて漢字の「忙しい」に。どんなに忙しいくても

相手に対して誠実に心をこめて応対していく。

そこに確かな信頼が生まれる。

ちんねん 今朝も反省しています。 (@_@。

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素晴らしい教育?

この前 ある、ご家庭を訪問した時に、子供の教育

の事でアドバイスを求められ弱りましたが ふと

吉田兼好の徒然草の(第百八十四段)を思い出しました。

相模守時頼の母は松下禅尼といいます。息子の時頼が禅尼の

家にくることになり、禅尼がすすけた障子の破れたところだけを

小刀で切り取っていると、接待の手伝いにきた禅尼の兄の城介義景が

「そんな仕事はこちらがやります。障子張りの得意な者がおりますから

やらせます。」といったところ、禅尼は、「私みたいに上手ではないでしょう。」

といって、また、ひとコマずつ張っているので、義景は、「ぜんぶ張り替えて

しまったほぅが簡単でしょう。まだらに張るのは見苦しいですよ。」と、

かさねていった。

すると、禅尼は、「私も後でさっばりと張りかえようと思って

ますが、今日ばかりは、わざとこうしておくのがいいの、物は、破れた処だけ

修理して使うということを、時頼に見ならわせて、注意しようとしたためです。」

といった。これは世にもまれな、素晴らしい教育でした。

世を治める道は、倹約が基本です。この母の心は聖人とおなじですね。

天下を治める子供をもつほどの親は、まことに、なみの人じゃあ

ありませんや。

ちんねん・・やや時代遅れの故事を述べましたが、ややもすると

先人の慎ましさや 子育ての厳しさが薄れかけているように思うのは

ちんねん だけでしょうかぁ・・?

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誠実な「対話」に黄金の果実が微笑む

「人の心を動かすのは、真剣にして誠実な対話である。

燃えるような情熱に触れた時、人の心もまた燃え上がる」

池田大作著(小説{人間革命}より

今、日本の国家財政と地方財政は、危機的な状況に陥って

いますが、それを司る役人や議員は自らの身を削るような事は

余りしないようです・・が 江戸時代の為政者は自分の仕事を

失敗したら切腹したりして責任を取っていましたが、また 藩に

落ち度があれば お取りつぶし などの厳罰がありましたが、昨今

の大分の教員採用事件や事故米?事件・国会議員の事務所費

など・・ぞろぞろと 不正が明るみになっていますが、もうそろそろ

人間性善説など・・信じられない世の中に成りつつあります。

刑法の厳罰化を考える時期が来ているように思います。

一例ですが まず財政再建の立て直しをどうやって?

江戸中期、信州松代藩は深刻な財政難に陥っていた。その

立て直しを行ったのが家老、恩田木工(おんだもく)である。

彼の特筆すべき取り組みは「対話」であった。領民すべてを

対象に、財政再建の要である租税問題について話し合うため

松代の藩庁に集まるよう呼びかけた。士農工商の身分が画然

としていた当時のこと。 藩役人と多数の領民代表が一堂に会

するのは画期的であった。 藩の状況を包み隠さず語る誠実な

対話の姿勢が、信頼関係を構築する。 やがて、領民らも

困難な状況の中で、できうる限りの努力を自発的に申し出る

ようになり、未納が続いていた年貢の完納が実現した。

(川口素生著)「江戸諸藩中興の祖」より

ちんねん 国の財政も個人の家計もですが処方箋は入って

くるお金より 出るお金を少なくすれば、簡単に治りますが・・?

県知事や町村長など・・一期 4年間で高額な退職金を貰って

います・・まず・・櫂より始められた方がよろしいかと思います。

あ・・いけない・・大蔵大臣の妻から、おこずかい へらされる・・ぅ

 (@_@)   (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

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言葉は人格の表れ!

仏典に 「言(ことば)と云うは心の思いを響かして声を顕す

を云うなり」と仰せられている。

言葉は、その人の人格の現れですが!  心の思いが

そのまま言葉に滲んでくる。 福田総理の突然の辞任表明と

太田農水相の仰天発言など物議を醸していますが

呆れ果てて、あいた口が塞がりませんです。

同じ言葉でも、温かさが伝わる場合もあるし、嫌な感じを残す

こともある。言葉は発心のバネにもなるし、人間関係を断絶させる

因ともなる。話す本人に悪意はなくても、聞く側には、嫌な思いが

する言葉もある。

例えば子供に恵まれない夫婦に「子供さんは、何人ですか」と聞いたり

する人がいる。子供が欲しくても、様々な事情でいない夫婦にとっては

その言葉の無神経さに耐えられない思いがすることもある。

反対に、さりげない励ましの一言が、悩みを打開し、再起するきっかけ

となることもある。「この人は自分を理解してくれている」という感謝の

思いをもたらす言葉。常にそうした言葉がかけられる人へ人間性を

磨いていかねばいけないと肝に銘じています。

そうそう ちんねん いっも・・一言。言葉が多いんです !(^^)!

一の矢が・・・ううぅ 的に 当たらないんです

言葉は、両刃の剣のようです 使い方を誤ると人を傷つけたり

勇気を与えたりしますが・・その塩梅が、ちんねん まだコントロール

出来ません。 なんで こうも・・おしゃべり なのかなぁ 

毎日、自己嫌悪に悩んでいます・・あ・・残り少ない髪の毛が

抜ける・・うぅう  (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

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星空ウオッチング 十五夜

中秋の名月を楽しもう !

風も涼しさをはらみ、秋を感じさせる季節です。

こうなると、いよいよお月見ですね。「中秋の名月」というのは、

もともと、旧暦の8月15日で「十五夜」ともいいます。

今年の中秋の名月は明14日です。天文学的な満月は、翌日の

15日になりますが、実際の見た目は、どちらもほとんど欠けた形

が分らないほど丸い月に感じられます。中秋の名月の行事は本来は

丸い月に秋の収穫への感謝の気持ちを表す、収穫祭を兼ねていました。

中国では、里芋をお供えし、月餅を食べます。日本でも里芋をお供えする

事が多く、中秋の名月を「芋名月」と呼びます。 ちなみに日本では

ほぼ1月遅れの旧暦9月13日の月を「十三夜」あるいは「後の月」と呼び

十五夜とならんで、お月見をする風習があります。

こちらは、くりの季節なので「栗名月」とも呼んでいます。 いずれにしろ

東の地平線からぽっかりと昇ってくる、まん丸のお月さまはとても大きく

圧倒的な存在感があるものです。 今年の十五夜の月の出は、東京で

午後5時6分。日の入りが5時23分ですので、まだ青い東の空に

ぽっかりとお盆のような満月が昇ってくるでしょう。

皆さんの家の東や南に縁側などがある場合には、そこに ススキの穂

お団子、芋などをお供えしてみませんか。

ちょうど連休となっていますので、ぜひ一家そろっての風流なお月見

を楽しんでみましょう。

(国立天文台広報室・準教授 渡部潤一氏)より 引用

ちんねん いっも 心に ゆとりがなく おっちょこちょいですので

大人に成ってから「十五夜」を愛でる感性が有りませんでした。

明日はお月さまを 眺め かぐや姫の お話に思いを馳せたい

と思います・・子供のころ夜空の星の輝きに時間の経つのも

忘れて・・お母さんに心配かけました。

もう一度 子どもの 時のような・・清らかな心に成りたいと

思います。

ちんねん 今日も反省しています。 (#^.^#)

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高潔なリーダーが日本を変革

国民の辛苦を分かち合え! 

国土交通省が、ゆわゆる居酒屋タクシー・・問題などを機に

タクシー券の使用を停止した。その結果、月1億円に上っていた

職員のタクシー代が、1割以下の600万円に激減したという。

まだ試行錯誤だが、今後も無駄使いをなくす努力を怠ってはなるまい。

どの企業や団体も節約・節滅は生き残りをかけたテーマ。国や自治体も

血税を大切に! という精神を議員や官僚が肝に銘じなければ、どんな

施策も徒労に帰す。 ”親方日の丸”の尊大な旧思考を捨てて、国民

生活の辛苦を分かち持つ気概に立ってもらいたいものだ。

あのフランス革命はなぜ起きたのか?

「池田名誉会長は王朝では、累積した赤字、貴族らの悪政、乱費に


よって深刻な財政難が起こっていた。それが国王の統合力の破綻を引き

起こし、王朝の滅亡へとつながっていった」と論じ、{金銭の緩みは滅びの

元凶となる}と

一方、マホトマ・ガンジーの有名なエピソードがある。

ある会議を前に、ガンジーがしきりに周囲を見回したり、机の下をのぞいたり

していた。 「何か、おさがしですか」「鉛筆をさがしているのだ」他の鉛筆では

だめだという。 やっと見つかったのは、3センチほどの、ちぴた 鉛筆だった。

「かつて一人の少年が、この鉛筆を私に寄付してくれた。

子供にとって大事な鉛筆を、独立運動のために差し出してくれたのだ。

そんな一人一人の国民の「思い」を忘れて、私の政治活動はあり得ない」

すべての政治家が範とすべき姿勢ではないか。為政者は民衆に感謝し

民衆に報い、民衆に尽くすためにいるのだ。「国民のため」の掛け声とは

裏腹の党利党略ばかりが目につき、国の内外を見渡しても閉塞感のみ

が充満している昨今。 

求められるのは庶民に同苦する高潔なリーダーであろう。

名誉会長は、「平家物語」に、見られる愚かな指導者の共通点として

1 忘恩  2 背信  3 慢心  4 油断  5 無慈悲、などを挙げ

「指導者の心の狂いが、国や組織を滅ぼすというのである。

まことに重大な、不偏の法則といってよい」と スピーチした。

例えば国民の政治参加の権利を脅かすような一部の政治家など

まさに民主主義破壊の姿と言わざるを得ない。

多くの難題に挑む日本である。「民衆奉仕の哲学」を今こそ各界

のリーダーが真摯に求むべきだと思う。(聖教新聞)の社説より 引用

ちんねん この社説に 感動しました。 当に 座布団10枚、差し上げます

感想は蛇足ですのでありませんです。( ^∇^)/θ☆ わ~い

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良医の反省

諺というものは、まことに要を得て鋭い。

誰かがつくりだしたものか、無数の庶民たちの人生と生活の

中から、一つの心の中の集成的凝結の、真実の言葉となったと

いえるかもしれない。ここに「情けは人のためならず」という諺がある。

ある会社で、新入社員にその意味を尋ねたところ、十人のうち八人まで

から、「人に親切にしてやったところで仕方がない。それより、自分の

ことを一生懸命やったほうがいい」という答えが返ってきたそうだ。

扇谷正造氏が、ある雑誌に寄せていた小文に出てくるエピソードである。

私が「うーん」と考えこんでいると、ある婦人が「それならまだいいほうですよ。

聞くところによると“他人に情けをかけてあげても、甘やかすだけで、その人

のためにならない”と言った若い人がいたそうです」とつけ加えた。

そこで、私はまた「うーん」と腕を組んだ。

前者の気弱で小心なエゴイズム的な解釈と、後者の冷たい誤解と、どちらも

よいとはいえまい。 いうまでもなく、この諺は、人に情けをかけてあげれば、

めぐりめぐって、必ず自分に良い報いがあるという意味である。

「太平記」や「曽我物語」あるいわ世阿弥の「葵上」などにも出てくるというから、

古来、人々に親しまれてきたものであろう。 善意や情けは、ときに報いられ

ないことがあるかもしれない。しかし、決して失望してはならない。

報いられまいと、それを積み重ねていけば、必ず福運となって我が身を飾って

いくものと、私は信じているからだ。

ともかくこれは、素朴な因果応報観に裏打ちされ、人情味豊かな味わい

のある諺である。 ともすれば、利害や打算のみの横行しがちな世の中に

あって、こうした言葉は、ぎすぎすした人間関係をうるおす潤滑油の働き

さえしていると思うからである。 潤滑油を欠いた機械は、たちまち摩擦

を生じて機能を停止してしまう。 同じように、善意や情けの通い合わぬ

社会は、砂漠のように荒れ果てた、無味乾燥な世界にちがいない。

「情けは人のためならず」といった言葉が、そのような事実の中にも、人情

不感症ともいうべき現代社会への警鐘を汲みとることができるかもしれない。

仏典に、ある良医の話がありますが!

・・・・昔、釈尊が舎衛国の祇園精舎で説法していたころのこと。

ある国の王が病気にかかり、国中のどの医者も治すことが出来なかった。

そのとき、遠国より一人の良医がきて、国王の病気を治した。 喜んだ

国王は、その恩に報いようと、一人の家臣に莫大な財宝を持たせて医者の

生国へつかわし、彼のために宏壮な邸宅を新築させた。また医療の器械

をはじめ、畑、象、馬、牛、羊、使用人など一切をととのえ、家来が帰って

きたので、王は初めて、医者に帰国を許した。

医者は、王のために良方良薬を用い、苦労して治療せしめたのに対し

なんの謝礼も与えられず帰されるので、心中おだやかならず、悶々とし

て家路についた。 ところが、家の近くまでくると、多くの牛や羊、象や

馬がいる、そこで通りがかりの人に「これらの家畜は、いったいどこの、

誰のものですか」と尋ねる。すると人々は口々に「みな、お医者さまの

ものです」と答えた。

キッネにつままれたような心地で家に帰ると、広大壮麗、じゅうたんを

敷き、金銀の器をそなえ、妻の服装も見違えるばかり。はなはだ不思議

に思い、妻に「いったい、どうしたというのだ」と聞くと「あなたは、なにも

御存じないのですか。あなたが国王の病気を治してさしあげたので、ごほ

うびとして、こんなりっぱな家や財産をくださったのです」とのことであった。

医者は、いまさらながら自分の不明から、有徳の王を恨んだのを悔いた

という。

まことに「情けは人のためならず」である。とともに私は、この逸話から

より深い教訓が学べると思う。

それは、人情や愛情など、人間同士の心のやり取りにおける無報酬と

いうことの大切さである。「自分がこれだけしてあげたのだから、相手も

相応のことを」と報酬を求める人間関係はどうしても脆い。相手が応えて

くれないと、すぐ崩れてしまう。勿論友人や知人の間で、礼儀が必要な

ことは当然だろう。しかし、それとても、古今の美しい友情物語などには、

どこかに無報酬、無償の絆が秘められているものだ。

ましてや、夫婦の間、そして親子の関係ともなれば、計算ずくのやり取りでは

とうてい成り立っはずがない。そこに要請されるのは、絶対の信頼関係で

あり、愛情である。無心に乳を口にふくむ嬰児と母親とのまなざしの交差の

ように・・ひたすらわが子の健全な成長を願うお母さん方の無償の愛情の

ように。

じっさい、「焼野の雉子夜の鶴」とは、よく言ったものだと思う。雉子は巣

を営んでいる野を焼かれると、わが身の危険もかえりみず、雛どりを救おう

とする。また巣籠る鶴は霜の降る夜には、みずからの翼でわが子をおおって

かばう。というのである。

母の愛をたとえるこの諺は、お母さんの方の間では、けっして死語に

なってはいまいと、私は信じているのだが・・・!

つれづれ随想(池田大作著) より 引用

ちんねん 良医のように自分自身を恥じています・・

「情けは人のためならず」う・・ぅう ちんねん 身にしみています

思い当たることばかりです・・

余りにも「おそまつ」ですので言えませんです。

毎日 毎日 反省しています・・もう・・恥しいのでこっそり

寝ます。 (^_^;)

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汝自身を知れ (ソクラテス)

山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し。(王陽明)

はかりは、物の重さを量れるが、自分の重さは量れない。

物差しは、物の長さを測れるけれども、自分の長さは測れない・・・。

江戸時代の儒学者、佐藤一斎の言葉である。含蓄があると思う。

他人と比較することで、自分を知ることはできない。当り前の話だが

ともすると忘れがちだ。数値だけで「人間」を推し量る事はできない。

人が秘める可能性の力は多彩だ。

歴史に名を残したチャーチルやガンジー、アインシュタイン、レントゲン

などは、若いころは落第生だったり、劣等生だったりしたという。しかし

彼らには共通することがあった。 それは「自分で自分を諦めなかった」

ということ(青春対話1) 決して自分を小さく量ったりはしなかったのだ。

よく「自分はまだまだ」と言う。私たちは、その言葉を、自分で自分に

見切りをつける時に使いがち。そうではなく、着実に粘り強く前へ進もう

とする「不屈の言葉」にしたい。

ロシアの文豪ショーロホフ氏は。「我々は皆、{自分の幸福の鍛冶屋}です」

と述べている。大切なのは自分を、いかに鍛えるかだ。

何事にもめげず、自分らしく努力を惜しまず、己を過少評価しないこと。

皆、人間革命していく力を持っていることを、忘れまい。

(名字の言)より 引用

うぅう (*_*; ちんねん 何をやっても 諦めてしまう 傾向があります

山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し わーお (#^.^#) 

ちんねん、の 心の中の闇をずばり 指摘された金言です・・

恐れ入りました! 

また 心を入れ替えて精進します。

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「愛」なき国 

NHK スペシャル取材班&佐々木とく子・・著より

「制度を作る人に{}が無い・・・あったとしてもそれを制度に

実現できない日本という国がおかしい」 (あとがき)より」

日本の介護の歪みは2000年施行の介護保険法に始まる

いろいろ問題はあってもまず「走りながら考える」という不十分な

出発だった。だが、後の小泉政権の財政削滅がこの歪みを固定化

した。 介護職の給料は安く動労はきっい。

五年先の安定を見えない。 深夜巡回で疲れ果てて休みたくても

代わりの人は、どこにもいない。

要介護の5段階で区分は実態にあっていない。一番重症で支給額が

多いのは要介護5だ。 実際には3ぐらいが最も人出がかかっているのに。

しかも、どんな良い介護をしても支給額には反映されない。2006年の

「改正」では、ホームヘルプの回数は減らされ、多くの要介護者が支援を

切られた。 その一方、まだ介護の必要のない人への筋トレや口腔ケヤに

介護保険が使われだした。介護職への介護報酬さえ削られ、「やりがいが

ない」と人材が逃げているのに。 もとより、制度を元に戻せばいいという

ものではない。

改良は必要だ。一歩一歩の進歩を目指したい (汲)より引用

ちんねん・・・いったい 政治家は何のために 誰のために・・・

高額の給料を貰い世界でも「トップクラス」の至れり つくせりの環境で

庶民の苦労を忘れているのでは、政治家は民衆の僕(しもべ)ですが・・?

ある国では ボランティアの所も有るようですが!

少し(どころか)何かが・・? 可笑しいようです。

そういう議員を選んだ私たちも責任の一端がありますが!

以前 選挙演説の候補者に子供が{おじさんも、お金儲けのために

政治家になるんですかぁ・・?} と  (@_@)

そうそう 元総理の宮沢喜一さんのポリシーはお見事でした。

英語も堪能で 哲学を持ち信念のある立派なかたでした。

最近の政治家は、テレビ受けの人が(人物の中身は別として)人気があり

ますが・・!

袋汚くても 黄金を捨てることなかれ! とは

 袋、入れ物(外観)が汚いからと・・中身の黄金まで捨てる
愚かさを仏典では戒めています。

実は 私たちは服装や学歴、肩書き、財産、などで人物を
判断する傾向がなきしも、あらずですが!

あ・・・きょうも 減らず口を ・・・恥しいので 是にて消えます

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有為(うい)の雲

 有為の雲 ん・・・? (@_@。

読者の皆さま、お早うございます 今回もちょいと長いお話です!

石川啄木の 雲は天才である」 という小説が、私は好きであった。

天才にして孤独の詩人、彼は、自らの自負心が高まって、我すぐ

れたりとして、人を相手にするよりも、むしろ雲と語り会ったに

ちがいない。しかし私は、人と人とのつながりの”友情の華”に

こそ、青春の舞台がある、と申し上げたい。

その友情の真髄の証ともいうべき、太宰治の「走れメロス」は

まことに感銘が深く、これからの人生を歩みゆく少年たちに、読ませて

あげたいものである。 

ところで、「友とするにわろき者、七つあり」・・と

吉田兼好は「徒然草」の中で述べている。

友人として持ちたくない人間のタイプに七つある、というのである。

「一つには、高くゃん事なき人。二つには、若き人。三つには、病なく

身強き人。四つには、酒を飲む人。五つには、たけく勇める兵。

六つには、虚言する人。七つには、よく深き人」ーというわけである。

「高くやん事なき」つまり高貴な身分の人や「若き人」をあげるのは、

二九歳の若さで世を捨て、四十路も半ばを越えた人の、澄んだ

観察眼のなせる業であろうか。

「酒を好む人」・・・もしかすると兼好の周りに大変酒癖の悪い人間

がいたのかも知れない。などと私の想像は駆ける。 しかし

もっとも首肯させられるのは「病なく身強き人」の件である。もとより

兼好は、病を推奨しているのではあるまい。病に限らず人生の登

攀路にあって、多くの苦難というものがもたらす、人間の内面的な

深まりを示唆しているのだと思う。たしかに、一度も病床に臥した

ことのない人は、どうしても弱者への思いやりに欠けがちだし

なによりも「病苦」はいかなる人間にも、人生でもっとも大切なものは

なにか、という点に目を向けさせてゆく、有無をいわせぬ力を持って

いるものだ。 若いころから、決して身体が丈夫でなかった私には

それが痛いほどよくわかる。

「病によりて道心はをこり候なり」

この日蓮大聖人の御遺文の一節を胸に、走りに走った幾星霜が

いまは懐かしい思い出となっている。とともに、それは私の青春譜

に刻みえた、かけがえのない心の財産であるといってよい。

一人の平凡な人間が、病気に襲われたことを契機に、徐々に

人生の真実に目覚めゆくさまを描いた傑作に、トルストイの

「イワン・イリッチの死」という小品がある。

生死の問題を描いて、文豪の筆は類まれな冴えを示しており、長

編にも劣らない、人の心に訴えてるなにかがある。

イワン・イリッチ。月並みな一公務員である。官吏の家に生れ

最終的には中央裁判所の判事まで登りつめるエリートだが、その

半生は「ごく単純で平凡」だった。妻と二人の子どもをかかえ

「勤務上の喜びは自尊心の喜びであり、社交場の喜びは虚栄心

の喜びであった」。またカード遊びをこよなく愛している。

仕事もそつなくこなす、いわば可もなく不可もなし、の典型的な

官吏タイプであった。そんな彼が、あるとき不治の病に取りつかれる。

家の飾り付けをしていた際、台から転落して窓の取っ手に横腹を打ち

つけたのだ。初めはたいしたこともなかったが、そのうち口中に妙な

味を覚えたり、絶えず脇腹に重苦しさが感じられるようになる。

何人もの医者にかかるが、病名はいっこうに要領を得ない。

苦痛はいやますばかりである。 彼は、仕事に没頭することで、それを

忘れようとする。だが横腹の痛みは、裁判の進行などおかまいなしに

襲ってくる「あいつがやって来てまともに彼の前に立ちふさがりながら

ひたと彼をみつめる」彼は茫然として自分自身に問いかけるので

あった。「いったい、ただ”あいつ”ばかりが本当なのかしらん?」と

イワン・イリッチのその後は、”あいつ”との壮絶きわまる格闘である。

「問題は盲腸でもなければ、腎臓でもない、生きるか・・死ぬかという

問題なのだ」。生死という根本事に比べれば、かって彼の人生を彩って

いた仕事、社交、カード遊びなどは、夢幻に化してしまう。

「今の彼イワン・イリッチを造りあげた時代が始まるやいなや、その当

時喜びと思われたものが、今の彼の目から見ると、すべて空しく消えて

しまい、なにかやくざなものと化し終わり、その多くは穢らわしいものに

さえ思われた」 

そして死の二時間前、一つの啓示がおとずれる。

「本当の事」。死の恐怖がさり、死の代わりに光があった。

「いよいよお終いだ」誰かが頭の上で言った。彼はこの言葉を聞いて

それを心の中で繰り返した。「もう死はおしまいだ」と

彼は自分で自分に言い聞かした。 もう死はなくなったのだ」。臨終

誠に迫真の筆致と言ってよい。

日蓮大聖人は御遺文集の中で秋の暮に月を詠めし時 戯れむつ

ぴし人も 月と共に有為の雲に入りて後 面影ばかり身にそいて物いふ

ことなし 月は西山に入るといえども 亦こん秋も詠むべし然れども

かくれし人は 今いずくにか住みぬらんおぼつかなし」と、

人生の無常なる一面を述べられつつ、日々確たる人生を築きゆくことの

大切さを教えられている。

「有為」とは「無為」に対する言葉で、流転し消滅しゆく事物を指す。

たしかにそれも大切であろう。しかし「有為」がすべてと思っていると

それらが厚い雲の陰に隠れてしまったとき、残るのはいいようのない

空しさだけではあるまいか。

ちょうど、イワン・イリッチがそうであつたように・・・。

限られた人生である。なにが「本当の事」であるかを見失うことの

ない求道と前進の日々、そして生涯でありたいものである。

つれずれ随想 (池田大作著)より  引用

ちんねん どう考えても・・百年後にはこの世に居ませんです!

読者のみな様も・・・いかがでしょうか・・?

ちんねん 稀有の師匠のお陰で色々学ばせて頂いています。

イワン・イリッチのように死の恐怖に怯えたりはしていませんです。

自分自身の中に希望の灯を灯しているか・・? 否や 

精神の死が恐ろしいです・・・生きる屍です・・

あ・・・いけない 偉そうな説教じみた事を・・ (^_^;)

あまり幼稚な事を述べると誤解を招く恐れが有りますので

減らず口を閉じます  (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

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希望があるや否か !

「悲惨とは あれやこれやが 欠けていることではない。

それは希望が存在しないことである」 (@_@)

(フランスの作家クロード、モルガン)

先ほど、久しぶりに妻と 「A.I」 と いう映画をみました。

精巧な人工頭脳(AI)を備えたロボットの少年が主人公だ。

巨匠・スピンバーグ監督の作品である。

人間の社会に暮らし、数々の波乱と悲哀を味わうなかで、少年は

願い続ける。「本当の{リアルな}人間になりたい」と。「リアル」・・

それが、この映画のキーワードだ。 考えてみれば「バーチャル

(仮想の)」ばやりの世の中である。コンピューターゲームの世界

のみならず、日々の暮らしにおいても、確かな手ごたえが感じられない

と嘆く人が増えている。本当の「幸せ」とは何なのか。自分は「人間」

としての生を送っているのか・・「人間になりたい」とのロボット少年の

呟きは、そのまま現代人の願いと重なりはしないか!

映画の終幕は、2000年後の世界に飛ぶ。遙かな時空を経ても

少年の夢は消えない。「人間」になりたいとの希望を抱き続ける

ロボット少年の物語から浮かび上がるのは、「希望を抱き続くる

のが実は人間なのである」とのメッセージでした。

映画のラストシーンは、希望のぬくもりを観客の心に灯して終わる。

(名字の言)より 引用

ちんねん、夫婦も ともすると希望の灯が消えかかる時が まま

有ります・・特に未熟者の「ちんねん」ロボット少年に恥じています

「悲惨とは あれやこれやが 欠けていることではない。

それは 希望が存在しないことである」

(フランスの作家クロード、モルガン)

今日より ちんねん また 頑張ります (#^.^#)

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いちばんたいせつなもの!

あなたの 一番大切なものは、何でしょうかぁ?

「今日は、ちょいと 長いお話ですが、きっと読者の皆さまの

心に感動が蘇るでしょう!」

むかしあるところに、粗末な小屋に住んでいる木こりがいました。
きこりは、木を売って、その日をやっと暮らしていました。
夜、暗くなっても、部屋に明かりを灯す油もないほど、貧しい
暮らしでしたが、きこりには、とても賢い娘がいました。

ある日、おなかのすいたきこりは、あちらこちら歩き回って
いるうちに、お城にたどり着きました。

そして、なにか食べものをめぐんでくれるようにたのみました。
王様は、みすぼらしい身なりの男が、立派な話しかたをする
ので、驚いてたずねました。

「おまえは、どうしてそのような話し方をするのだ」

「わたしの娘からならったのです」と、きこりは答えました

「それなら、お前の娘はだれから習ったのだ」と、王様は
不思議そうにたずねました。

「わたしの娘は、神さまから知恵と勇気を授かったのですが
わたしども貧しい暮らしで、その日のバンにも困っております」
きこりはこたえました。

王様はそれを聞くと卵を30個、きこりに渡して言いました。

「この卵から、雛をかえしてみよ。もしも、ひながかえったら
望みのものを褒美にやるが、孵らなかったら、お前にムチを
どっさり与えることにしよう」

きこりは困り果てて家に帰り、娘にお城であった事を話しました。
娘はすぐに、卵がゆでてあることに気ずきましたが、そのことは
なにもいわず、ただ心配しないで休むようにとだけいいました。

きこりが眠ると、娘はなべに豆を入れ、火にかけました。そして
豆が煮えて柔らかくなると寝床につきました。

あくる朝、娘はきこりをおこしていいました。

「さあ、はやくおきて牛に鋤をつけるのよ。そして、王様がお通り
になる道のそばの畑を耕して、この豆をまいてくださいな」
娘は、なおもいいました。
「王さまの姿をみかけたら{おーい、牛よ!煮豆から、どっさり
豆ががなるように、たのむぞ}と大声で言って下さい。
そして、もしも王さまが、煮豆からなぜ芽がでるのかとたずねられたら、
こういうんですよ。{それでは王さま、どうやったら、ゆで卵から雛が
かえせるんでしょうね}と」

きこりは娘にいわれたとうりに、王さまの通る道のそばの畑を耕し、豆
をまいていました。 しばらくすると、王さまが家来をおともに散歩に
やってきたので、大声でさけびました。
「おーい、牛よ!煮豆から、どっさり豆がなるようにたのむぞ」
それを聞いて、王さまはあきれたようにいいました。

「おい、おまえはきのうのきこりだな。どうやったら、煮豆から、芽が
でて、どっさり豆ができるのだ」 きこりはこたえました。

「それでは王さま、どうやったら、ゆで卵から雛がかえせるんでしょうね」

王さまはすぐに、きこりが娘から知恵を授かったのだときずきました。
そこで、王さまはきこりをよんで、麻糸をひと束わたしました。
「さあ、この糸をおまえにやろう。これで船の帆をつくってくるがいい。
もしも、できなかったら、お前の命はないぞ」それを聞いて、きこりは
おどろきました。こんな少しばかりの糸で、大きな船の帆などつくれる
はずもありません。

娘はきこりの話を聞くと、なにも心配しないで休むようにとだけいいました。
あくる朝、娘は、ぼうぎれをきこりにわたしていいました。

「おとうさん、これで「はたおり機」を、王さまにつくってもらって下さい。
船の帆が織れるような大きいものですよ。そうすれば、お望みのものを作り
ましょう」
きこりは王さまの前にいって、娘にいわれたとうりに話しました。王さまは
それを聞いておどろきました。こんな小さなぼうぎれで、そんな大きな
はたおり機などつくれるはずもないのですから。 そこで王さまは、
こんどは娘をどうやってこまらせようか、考えました。 そして、小さな
さかずきをとっていいました。

「これを娘にわたすがいい。このさかずきで海の水を、からっぽにする
ようにつたえるのだ」
きこりはそれを聞いて、泣きながらさかずきを持って家に帰りました。
娘はだまって聞いていましたが、きこりになにも心配しないで休むように
といいました。 あくる朝、娘はきこりに麻糸をどっさり渡して言いました。

「これを王さまのところへ持っていってください。そして、海に水が流れ
こんでいかないように、この麻糸で国中の川と湖にしっかり栓をしてもらう
のです。そうしたら、わたしが海の水をのこらずくみだしますから」
きこりはお城にでかけていき、娘のことばをそのままに王さまに伝えました。

王さまは娘の賢さに感心し、きこりに娘をつれてくるようにと命じました。
お城によばれた、きこりと娘は、王さまの前に進みました。
王さまは娘にたずねました。 「さて、離れた遠い所からでも、すぐに耳
に届くものは、なにか」? 娘は、にっこり、ほほえんで言いました。

「王さま、それは雷と嘘でございます」 そこで王さまは、自分のあご鬚を
なでていいました。 「わしのあごひげの数をあててみよ」

娘はきっぱりとこたえました。「ひげの数は、三日分の夏の雨と同じです」
王さまは、それを聞いてうれしくなりました。
「なるほど、この娘のいうとうりだ。髭の数も雨の雫も数えられるもの
ではないな」 王さまは、この賢い娘がすっかり気に入り、自分の妻に
なってほしいといいました。 すると娘はいいました。

「王さまのお望みのとうりにいたしますが、一つだけお願いがございます。
もし、いっか、王さまが私にお城から出て行くように命じられることが
ありましたら、一番大切なものを、お城から持ち出すことをお許し
ください」    王さまはいいました。

「たやしいことだ、望むものはなんでももっていくがいい。だが、わしは
おまえを追い出すはずがない」
こうして二人は結婚し、仲良く暮らしていましたが、ある日、王さまは
娘にひどく腹を立てていいました。「もう出て行くがいい!」

「王さまがお望みなら、そういたしましょう。でも、今夜一晩だけ、
どうぞお城にとめてください、明日の朝でていきますから」
「すきにするがいいだろう」王さまは娘がとまるのをゆるし、お別れの
夕食をともにしました。 そのとき、娘は葡萄酒に強いラキア酒をまぜ
王さまにすすめました。

「王さまのご健康を!」王さまはお酒を飲むと、その晩、ぐっすり
眠ってしまいました。 すると、娘は馬車を用意し、王さまを自分が
生まれそだった家に運びました。 あくる朝、王さまは目をさまし
自分がそまつな小屋にいるので、おどろいて叫びました。

「ぶれいもの!だれが、わしをこんなところにつれてきたのだ」
「わたしが王さまをおつれしたのです」
「どうして、こんなことをするのだ。おまえはもう、わしの妻ではない。
ゆうべ、でていけといったはずではないか」 それを聞くと娘はいいました。

「王さまは、あのときの約束を覚えていますか。王さまは、わたしがお城
を出るときには、一番大切なものを持ち出していいと、許して下さいましたね」
娘は頬を赤くそめながら、小さな声でいいました。

「わたしは、いちばんたいせつなものを、お城から持ち出しただけです」
それを聞くと、王さまはだまって娘にキスをしました。
そして、娘の手をとって、お城につれてかえりました。

バルカンの昔話 {八百板洋子氏 編・訳}より 引用

ちんねん 一番大切なもの・・う・・ん 皆さまは如何でしょうかぁ・・?

ひょいとしたら、金銀財宝をお城から持ち出したかもしれません!

来世は 賢い娘さんのような人に巡り合いたいです。

でも 今の日々の行いでは叶わないようです・・ (*^_^*)

深く反省しています・・何で、 いっも 決意はするんですけど

続かないんです・・きっと閻魔さまから二枚舌いや 四枚舌を

抜かれて 塩焼きにされて食べられる・・やも 

怖いので・・こそっと 頑張ります !

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平成 鳥獣戯画 

たぬき と キッネのだまし合い ?

相変わらず振り込め詐欺がまだ横行していますが

演出が凝って、ある意味では悪事にかけては、敵も

よほど 頭を使いゲーム感覚で事に臨んでいるのかなぁ?

それにしても・・なんで振り込め詐欺の被害者は 大金を

持っているのだろうかぁ? ちんねん お金持ってませんので

払えませんから、その心配はないですが!

悪知恵は 一杯もっていますが、使えないです お縄になりますから (@_@) 

 あ・・そうそう 今日はバルカンの昔話を紹介します

きつねとおんどり

ある日、おんどりが、垣根の上にとまって、声を張り上げて
クックック、クケッコッコーと鳴きました。そこに、そばの茂みから
きつねがひよこっと顔を出しました。

「いやあ、おまえさんの{クケッコッコー}は、なかなか素敵だ。
たいしたものだよ。だけど、おまえさんの父親は、昔、もっと
素晴らしい歌い方をしたものだ。あのまねは、出来ないだろうな」

「えっ、とうさんは、どんなふうに歌ったの」

「それは、見事だったよ。垣根の上にとまって、片目を閉じ、片足で
立って「クックック、クケッコッコー」と歌ったものだ。まるで舞台に
立った歌手のようないい声で、みんな、うっとりと、聞きほれたものだ」

「それくらい、俺にだってできるさ」雄鶏は、片目を閉じ、片足で立って
クックック、クケッコッコーと、鳴きました。

「うーん、ちょっと、ちがうな。その鳴き方では、おまえさんの父親には
とてもかなわないよ。そうだ、両目を閉じて歌ってみたらどうだろう」

「いいとも、やってみるよ」 雄鶏が気どって目を閉じると、きつねが
いきなり垣根に飛び上り、おんどりの体を抑え込みました。 きつねは
雄鶏をひっつかんで、森に引いて行きました。そして、雄鶏を引き裂い
て食べようとしたときです。雄鶏が、大きなため息をついて、言いました。

「あーあ、なさけないと思わないのか。 おまえの母親は、昔、こんな
ガツガツした食べ方はしなかったものだ。」

「えっ、母さんはどんなふうにして食べたの」

「それは、素晴らしかったよ。雄鶏を捕まえても、すぐに食べるなんて
そんな品のないまねはしなかったよ、まず、神さまに、お祈りをしたものだ。
あんな信心深い、りっぱなきつねは、めったにいなかった」

「それぐらい、おれにだってできるさ」
きつねは、恭しく、前足を屈め、目を閉じてお祈りを始めました。
そのすきに、おんどりは、ぱっと逃げて、そばの木に飛び上がって
しまいました。

「えい! おんどりのやつ、よくも、このおれをだましたな」
きつねは、悔しがってなんべんも後ろを振り向きながら、森の奥に
かえっていきました。

バルカンの昔話 {八百板洋子 編・訳 }より 引用

ちんねん 悪しき心が、ときどき ん・・? いっもかなぁ  (^_^;)

でます・・「きつねとおんどり」のように 成らないように

「六匹の動物」をコントロールしたいと日々精進します (#^.^#)

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政治家の品格

政治は一寸先は闇・・・ナヌ  (-_-メ)

昨夜の、福田総理の辞任表明は まさに「青天の霹靂」でした。

呆れ果てて論評も・・・・・ (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

仏典に「仏の顔も三度」いう故事がありますが! 

余りにも お粗末な対応に、口あんぐりです。

毎年3万人の自殺者が出ています。色んな所で行き詰まっている。

内政も、外交も、混迷している 巷間、待望されるリーダ像

が改めて問われている。

そこで思い出すのは、19世紀イタリアの政治家、カヴールです。

彼はオーストリアの支配からの解放とイタリア統一のために戦った。

中・南部イタリアの併合によるイタリア王国の初代首相になり、近代

国家への基礎作りに貢献した。 一生独身であった カヴール

ある時、あなたはなぜ独身かと聞かれて「私はイタリアという国を

妻にしている。 これ以外に妻はいらない」と答えた。 どこまでも

{国民のために}の信念で生涯を人々に捧げた。

国民のために といえば世界的に有名なチェロ奏者・スペインの

バブロ・カザルスの生涯もそうだった。「私は第一に一個の人間

であり、第二に芸術家であります。人間としての私の責任はわが

同胞の幸福のために尽くすことです」

{バブロ・カザルス・喜びと悲しみ}吉田秀和・郡司啓吾・訳 

 この信念で彼は96歳で亡くなるまで、

悩み苦しむ人々のために独裁者・フランコと戦い抜いた。

政治家であれ、芸術家であれ、また学者・教育者であれ、何のため

に生きたかで、その人の真価は問われる。

「民主主義は熱情を持って”献身する者”の純粋かつ高貴な思想

なしには生き永らえない」とは、「世界人権宣言」の起草に貢献し

たエレノア・ルーズベルト女史の至言!

保身ではなく献身のリーダーをこそ待ち望んでいる。

名字の言 より 引用

ちんねん 知り合いの女子高校生から おじさん 18番の永田町劇場

が始まりますね・・政治家つて面白い役者がいますね

党首やめると言った人がころつと・・またやる と 悪役に最適ですよ・と

ん・・政治家つて下手な大根役者より面白いと!

ああ・・そういう 人を選んだ人もですが・・・

ちんねん・・政治家に成らなくてよかった。 そうそう なろうと

思っても・・・・なれないです・・おしやべり ですから・・

あ・・・あまり 屁理屈をいったら 閻魔さんから 苛められますので

もう・・寝ます (^^)/~~~

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 童話は誘う 

大自然の厳しい生活の中で人間愛を問う  (*^_^*)

トルストイ 「大熊星」{七つのほしのものがたり}より

昔、ロシアの村で何ヶ月も干ばつが続きました。畑の作物

も枯れ、人や家畜までも次々と死んでいきます。

そんなある晩、一人の女の子が病気のお母さんに水を

飲ませるため、{ひしゃく} をもって出かけました。 しかし、川の

水も干し上がり、いくら探しあるいても水はどこにもありません。

女の子は疲れきって枯草の上に倒れ、朝まで眠りこんでしまいます。

ところが、女の子が目を覚ますと{ひしゃく}の中に水が入っています。

女の子は思わず{ひしゃく}の水を飲もうとしますが、我慢して家に

戻ります。 暫く行くと骨と皮だけになった犬が苦しそうに喘いで

いました。女の子はお母さんに飲ませる貴重な水を少しだけ手の

ひらにたらして、舐めさせてあげた。犬は嬉しそうにしっぽを振り

ました。そのとたん、木の{ひしゃく}が銀の{ひしゃく}に変わっていました。

お母さんは水をみて喜びます。でも。たった二口飲んだだけで、

「あとは全部おまえがお飲み」と言います。すると{ひしゃく}が金の

ひしゃくに変わりました。それでも女の子は水を飲もうとせずお母さん

に進めます。二人でゆずりあっているところへ、やせ細ったおじいさん

が現れ、「もう死にそうだ、私にその水を飲ませてくれ」といいます。

心優しいお母さんと女の子は気持ちよく、おじいさんに{ひしゃく}を

渡します。おじいさんはよろこんでひしゃくを受け取りますが、{ひしゃく}

の中をじっと見つめたまま、水を飲もうとしません。不思議に思った

女の子が{ひしゃく}の中を覗いて見たら、なんと水の中で七つの

ダイヤモンドがきらきらと輝いていました。

やがておじいさんは、ごくりごくりと喉を鳴らして水を飲みました。

それでも{ひしゃく}の水は少しも減っていきません。「ありがとう」

いったかと思うとおじいさんの姿が消えます。

同時に水の中から七つのダイヤモンドが飛び出して行きました。

女の子が窓を開けて空を見るとどうでしょう。 北の空に{ひしゃく}

の形をした七つの星が光っていました。

女の子はいくら飲んでも無くならない{ひしゃく}の水を、村の人

たちに飲ませてあげました。 だれもがこの水を飲んで元気に

なります。それからしばらくして待ちにまった雨が降り出します。

人はどこまで優しくなれるか、トルストイならではの人間愛の

テーマが民話を通して鋭く問いかけています。

いうまでもなく女の子に水を与えたのは神であり、神がおじいさん

に姿を変えて、女の子やお母さんの人間性を試していたのです

トルストイの「神とは」特定の宗派や特定の「神」ではないようです。

トルストイの名作「戦争と平和」には全宇宙を司る森羅万象で

根本とし崇拝している自然の摂理を「神」と述べています。

もし、二人ともおじいさんの申し出を断ったらとしたら当然、その

報いとして死が与えられ、やがて村も滅んだに違いない。

しかし、女の子もお母さんも神の試練に見事合格したのです。

当り前の人間には決して真似のできない行為ゆえに、神は二人

のことを永遠に伝えるべく北斗七星までも作りました。

読者のみな様、暇なとき北方の夜空に、煌びやかに輝く北斗七星を

ご覧になられましたら・・トルストイの童話に思いを馳せて下さい

ちんねん 日頃の行いが ちゃらん ぽらん ですので 襟を正して

反省しています・・顔は・・いつも・・笑顔を絶やしていませんが 心が

汚いです いっも いっも 反省と決意をしています。

あ・・また 減らず口を・・・ !(^^)!

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欲望の虜

「六匹と一本の柱」  (@_@。

近頃は子どもたちの世界に眉をひそめたくなるような
事件が続発して悲しく成ります。
余りにも「おぞましい」ので内容はカットします。

ある調査で、ほとんどの子どもたちは、

「将来の幸せの為に必要なもの」のトップを占めているのは
「お金」だそうです。 二番目が「勉強・学業・頭脳」
「心・優しい人気持ち」にいたっては ずっと下位である。
以前、高校生の八割近くが「世の中は、金が第一の競争
社会」との認識をもっているという。

別の調査を目にしたことがあるが、それにしても黄金の魅力
いゃ魔力が、小学校低学年にまで、これほど浸透しているとは
夢にも知らなかった。

近年 堀江某が彗星のように株の取引で日本中を熱狂
させて・・金儲けに励んでいましたが、法を犯して
厳しく断罪されようとしています 反面教師の役割を
果たしました。

しごかれ、尻をたたかれるのは勉強のみで、後は子どもの
欲するままに、親はこれを与える。親はツムジを曲げられる
のが怖く、ねだられれば多少無理をしても買い与える。
子どもたちは、塾通いの合間をぬって、物持ちぶりを競い
会っていくのは当然である。 それが高じると「ナナハン」
まで突っ走る、とある人が言っていた。

けっして、すべてがそうだと言うのではない。
学歴社会を暗く覆う一般の風潮を私は憂慮しているのだ。
いかなる家庭でも、そうした時流の圏外へ逃れることは
できないものだ。

大分の教員不正採用事件も陰で「お金や商品券」などの
やり取りが明らかにされ、筆者も余りにも、汚れた亡者どもに、
あいた口が塞がりません。
江戸時代でしたら・・関わった関係者は勿論、上司も監督
責任怠慢で 罪九族に及び討ち首・獄門・遠島の厳罰を
受けたでしょう。

あぁ 罪人に寛大な、変な法律のお陰で罪人は誰も命を落とす
ことが無いのです。 変な国日本です 人を殺しても
(犯行当時精神的に異常があった時)は
責任能力は問われない 誠に寛大な法事国家です
15年逃げきれば時効という 有りがたい法律があります。
決して犯罪を奨励している積りは ありませんです。

あ・・そうそう 本題に入ります

「お金」が 幸福の第一、と答えてこともなげな子供たちの
無邪気さ、ある種のふてぶてしさは、その社会の病んだ部分を
鋭く、正確に映し出しているように思えてならない。 

すなわち、現実の社会を動かしている、テコは、愛し信じ合う
心よりも、金銭や出世へのむき出しのエゴにすぎなくなって
しまったのであろうか。

仏典に「六匹と一本の柱」の譬えがある。

これは、昔、釈尊が舎衛国の西方で、人々に説法していた時の話である。

ある人が、一軒の家に六匹の動物を飼っていた。六匹とは犬と、鳥と
毒へビと、キッネと、シッユマラ(ワニの一種)とサルとであった。

これらの動物は、みな家の中の一本の柱に堅く繋がれていた。六匹は
家の中にじっとしているのに耐えられず、それぞれ好きな所へ行きたい
と思っていた。 犬は村へ。鳥は空へ。ヘビは穴へ。シッユマラは海へ。
キッネは塚へ。サルは林へ。しかし彼らは、どんなにもがいても、柱に
堅く繋がれているので、どうすることもできなかった。

釈尊は説く

六匹とは、我々の眼耳鼻舌身意の六つの官能、欲望である。
欲望は対象を求めてやまない。目は愛すべき色を、耳は心にかなう声を
鼻は好きな香りを、舌はよき味を、身は快き肌さわりを、そして意は
つねに心にかなうことのみを。それぞれが争って噴出しようとするが
一本の柱に繋がれていれば不可能であり、管能や欲望に翻弄される
こともない。

ところで、一本の柱とは「身念処」(しんねんしょ)である。
「身念処」とは、原始経典に説かれた修行方法で、肉体の不淨を清める
ことと言えますが、釈尊の説いた大乗仏教の真髄は、欲望を絶つこと
ではなく、欲望に支配されぬ境涯の確立を目指している。
したがって、この譬えを敷衍すれば、「一本の柱」とは、欲望や
官能の嵐に揺るがぬ、大樹のごとき心の柱を意味していると言ってよい。

日蓮大聖人も、御遺文集の中で「蔵の(くら)の財(たから)よりも
身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり」
と仰せになっている。

池田大作氏(つれずれ随想)より 引用

哲人ベーコンは「金はよい召し使いだが、場合によって悪い主人でもある」
と言っている。
金や栄誉という「悪い主人」にこき使われる日々では、どんな王侯貴族の
ような生活をしていても、心の中には寒風が吹き荒れている。
そうではなく、自分自身が、自らの生活の「主人」でなくてはなるまい。
言葉をかえれば、真の意味で己に勝っということでもある。 それには
どうそればよいのかを、一人ひとりが、社会全体が、真剣に考えなければ
ならない時にきているように痛感されてならない。

ちんねん いっも六匹の欲望に振り回されています 今日も

我が身の不徳に恥じています・・ (^_^;)

いっもいっも 反省 反省の日々を過ごしています

考えれば考えるほど・・うぅう 残り少ない髪の毛が 抜ける・・・

(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

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教育とは{模範を示す}事

ガンジーが人を引きつけた 秘訣 どんな魔法を!

この前二十数年ぶりにある知人宅を訪問しました。

色々お話を伺いましたが、一番心配なのが、子どもが

甘いものばかり食べて太り体力が弱って、運動もしない、と

何度注意しても いっも何か食べて止めない、と どうしたら

良いのか・・? アドバイスを求められ 困りました。

その時 脳裏にある事が浮かびました。それは! ↓ 

数年前、「ガンジーの孫のアルン、ガンジー氏」が、来日された時

 恩師との対談の時のエピソードです。  

 ガンジーの孫のアルン、ガンジー氏の子供の頃 こんな経験をしたそうです。
 とても甘い物が好きな男の子がいた。

 ガンジーのいた研修道場に(アシュラム)に両親と ともに来ていた。
 7歳位の男の子だった。 甘い物を食べ過ぎて、全身に湿疹ができていた。
 親がどんなに言い聞かせてもだめだった。 隠れて甘い物に手を出してしまう。
 悩んだ母親は、男の子を連れて、ガンジーのもとにやって来た。
 母親の話を聞いて、ガンジーはー言った。

「わかった。 私が子供に話してあげよう。 ただし、15日だけ待ってほしい。
15日たったら、また来なさい」

 母親は、わけは わからなかったが、言われたとうり15日後に、やって来た。
すると、ガンジーは、男の子だけを自分のそばに呼んで、何か短い話を

した時間にしてたった30秒ほど、それだけで、ガンジーの話は終わった。
それなのに、どうしたことか、男の子は、それ以来、びたりと甘い物を食べなくなった。

母親は驚いた。   
「まあ、ガンジーさんは、どんな魔法を使ったんだろう?」
後日、母親はガンジーのもとに行って、何を話したのか、聞いてみた。

ガンジーは 答えた・・ さあ・・ 何と 答えたでしょうかぁ・・?

 「私は別に魔法なんか使ってないよ。私は自分が出来ない事を
 人に命じる事はできない。だから、男の子に「甘い物を食べない
 ように」と話す前に、私自身が十五日間、甘い物を断ったのだ。
 その為に、あなた{母親}に「十五日間、待ってほしい」と言ったのだ。
 子どもが来た時、私は「あれから十五日間、自分も甘い物を口に
 しないで、きたんだよ」と教えた。

 そして、「君の病気が治って、君がまた甘い物を食べられるように
 なるまで、私も甘い物は食べない」と
 男の子に話したのだよ} つまり「自分も頑張る。だから君も
 頑張れ!」・・・ここに ガンジーの成功の秘密があった。

 孫のアルン・ガンジー氏は語る。

「指導者、教育者は、自ら模範を示して初めて、人々を
 引っ張ることができます。 これがガンジーの信念であり、
 カリスマ的な「神秘的なまでに人を引きっける」ガンジーの
 指導力の秘密でした。非暴力の真髄は、人を教育する力であり
 教育とは{模範を示す}ことなのです}と。
 そうでなければ官僚主義になる。口先主義になる。

 日本の国も行き詰まり切っている。その処方箋は、さまざまに
 論じられている。 「こうすればいい」「ああすれば良くなる」。
 それはそれで 結構だが、ひとつだけ欠けていることがある。
 それはじつに単純なことである。

「言っている人間が、模範を示せ!」と・・・・!
 素晴らしい話しをしている当人が、その話を、そのまま実戦
 したら、あっというまに 素晴らしい国になるはずである。

 しかし現実は反対である。「自分は利己主義で生きて、人に
 は我慢と忍耐を説く」ような指導者が多すぎる。
 例の男の子の家では、家族みんなが甘い物が大好きで、いっも
 食べていた。 それでいて子どもだけ「甘い物はやめなさい」と
 言っても、聞くわけがなかった。

 池田大作著「今日より明日へ」より 引用

日本の国も、厳しさのない、信念もない、あとさきも考えない、
欲望に流された「甘い物ばかり欲しがる子ども」のような国に
なってしまった。
確固たる理念と哲学が希薄していると 「ちんねん」  おもいます。

そうそう いってる 私も「甘い物ばかり欲しがる子ども」のようです
この所・・世界的に異変が多発していますが! 世紀末のようそう・・?
下手の考え休みににたり・・ですので何も 考えないように
しています。・・もともと知恵が、なかったのです 
(@_@)  §^。^§

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楽しむ算数 !

2の100乗センチはどれくらいの距離 ?  (^_^;) 

読者の皆さま、今日は面白くも何ともない・・哲学?より

居間でゆっくり寛ぐような気持で、拝見して頂ければ幸いです。

昔から広く知られているお話ですが、豊臣秀吉は、側近の「曽呂利

新左衛門」に褒美として、今日は一粒の米、明日は二粒、明後日は

四粒というように、一日ごとに倍にした米粒を渡すことを約束しました。

ところが、それは途方もない数になることを後で知った秀吉は、その

約束を無効にしてもらうために謝ったそうです。

この話の真偽は定かでないようですが!次々と倍にしていくことに関して

私は全国の子どもたちに対する出前授業で次の話をよくします。

「1センチを倍にすると2センチ。2センチを倍にすると4センチ。4センチ

を倍にすると8センチです。このように倍にしていくことを100回繰り返すと

1センチはどのくらいの長さになるでしょうか?

1・・東京から大阪ぐらい。        2・・日本からアメリカぐらい。

3・・地球から月ぐらい。         4・・地球から月よりもっと遠く。

ほとんどの子どもたちは 1・2・3・のいずれかに手を揚げ4・に手を

挙げる者はめったにいません。

ところが実際は、その長さは何と宇宙の大きさをも超えてしまうのです。

以下、その説明をしますが、この話を聞いた子どもたちの目は輝いて

います。 宇宙の大きさはだいたい半径150億光年だそうです。

これは、秒速約30万キロの光の速さで150億年進んだ距離のことです。

この距離は、およそ、(1・4X(10の28乗)センチになります。

ちなみに、10を28個掛け合せた数なので、それは1の後に0が28個

付いたかずになります。一方、2の100乗は2を100個掛け合せた数で

それは10の30乗を少し超えてしまいます。 したがって、1センチを

100回倍にすると、その長さは(1X{10の30乗}センチ)を越えてしまうのです

参考までに、このような非常に大きい数を扱うとき、17世紀に発見された

「対数」を使うと便利です。 対数は高校数学の選択として学ぶ内容

ですが、その発見によって天文学は飛躍的に発展したのです。

(桜美林大学教授・芹沢光男氏)より 引用

宇宙の大きさは 飛躍的に発展していますが この一個の人間の心

は 環境に左右され 欲望の虜になりかねませんですが!

テレビのドラマを見て悲しい場面の時は悲しくなります

楽しいドラマ、ですと 楽しく心が成りますが・・朝起きてから

夜 休む時まで色々の心の変化が起きますが・・ユング。フロイト。

など・・私達の心の深層心理まで踏み込んだ論文を述べていますが

まだ生命の一部分のようです 。

そうそう 「メーテルリンク」は「幸福の青い鳥」」で興味深い考えを述べていました。

チルチル とミチルが「「幸福の青い鳥」を求めて探しにいき 見つからず

あ・・興味があられる方は 読んでください。

誤りなく人格をコントロ-ルする マニアルは 何処に ?

ちんねん 目の前の 小さな小さな煩悩に心が 定まりませんです。

宇宙大の境涯に成れるように・・・さらに精進、したいと 決意しました。 (#^.^#)

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「知識と知恵」 

頭の良くなる薬・・ (@_@)

昨日友人の家に遊びに行ったとき、母親から子供の

成績が芳しくないので何か方法がないでしょうか? と

相談を受けました。

ちんねん・・・次のような 「逸話」 を 語り問題を提起しました!

魯迅先生の語学の学び方

魯迅先生は、ご自身が若き日から、世界に目を向け、学び

続けてこられました。万般にわたる読書はもとより、日本語

ドイツ語にも精通し、さらに英語とロシア語にも挑戦されていました。

いかにして語学を学ぶべきか? 青年から尋ねられて、魯迅先生

は、こうアドバイスされています。 それは・・・

第一に「自信を持つこと」 

第二に「絶え間なく、持続すること」

第三に「がむしゃらに、読み抜くこと」

第四に「良い先生を求めること」

第五に「良い辞書を持つこと」である。

(顧明遠著「魯迅、その教育思想と実銭)より

以前、創価大学でマレーシャの「国立プトラ大学のサイド

・・副総長夫妻」との、懇談で健康な赤ちゃんを育てるには・?

・・等々其の時のエピソードです

 創立者、28年前「1980年」中国の桂林を訪問しました。

 静かな朝でした。   歩いていると薬売りらしい少女がきました。

 「薬はいりませんか? 何でも良くなる薬です」 私は聞きました。

 「それでは、すみませんが、(頭の良なる薬)はありませんか?」

 少女は、にっこりして「あ、その薬なら、たった今,売り切れました」

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「頭の良くなる薬」というのは、ありませんか?

そうですね・・・西洋人は、「人間の知性」を「IQ{知能指数}で

 評価しようとします。しかし、人生の問題に直面した時に「IQ」だけでは

 乗り越えることはできません。 科学が「頭の良くなる薬」を開発しても

 それを使った人間が、人生で成功するとは限らないのです。「知性」は

 売り買いできない。それは、人生のなかで、自分で「磨いていくもの」

 なのです。

 創立者・・大賛成です!知能だけでは、幸福を勝ち取ることはできない。

 「知恵」を磨いていかねばならない。「人格」を磨いていかねば成りません。

 と・・私もそう思います。

 学歴・・頭の良い人・・そのとうりですが・・高学歴即人格者・・・?

 かって・・サリンを作ったオ―ムのメンバーに東大、京大の優秀な人が

 いました。 考えさせられますが!

「知恵」はでる「慈悲」の心から

バラモンの学者を論破した「水汲みの女性」

釈尊の時代、ブンニカーという年配の婦人門下がいた。 彼女は

もともと水汲みをする召使いであった。 どんな寒い日でも

水の中に入って、せっせと水を汲まねばならなかった。

少しでも休もうものなら、貴婦人たちから、厳しく罰せられ、罵られ

たのである。そんな彼女が、釈尊という師に巡り合い、仏法という

哲理を抱いて、使命と充実の人生を歩み始める。 その時

それまでの苦労も、すべて、多くの人々を包容し、救っていく慈愛

となって生かされていった。

 ある時、彼女は一人のバラモン

(当時のインドでもっとも高い階層)が冷たい川の水につかって

苦行しているのを、目撃した。彼女は、かって、水汲みをしていた

自分のつらい姿を思い出して、そのバラモンを放っておくことが

できなかった。 彼女は勢いよく声をかける。

「バラモンよ、あなたは、手足を震わせながら、厳しい寒さに耐えて

おられます。いったい、だれを恐れて、水に入っているのですか?」

すると、バラモンは、答えた。

「老いも若きも、こうして水浴することで、悪業を洗い流すことが

できるのだよ!」 と。そんなことも知らないのか、と言った傲慢な

態度だったかもしれない。

だが彼女は、勇敢に切り返していく。

「その教えが本当ならば、いっも水中にいるカエルやカメやワニも、

天に生まれることになるでしよう。 また、川の流れが悪業を流す

というのなら、それでは、あなたは、善にも悪にも関係のない

傍観者になってしまいますよ」と。

その人を、なんとか正しい法に目覚めさせたいという「慈悲」が

あるから、「知恵」は尽きることなく湧いてくる。 そして、彼女は

「そんな愚かなことはやめなさい。寒さのために病気にならない

ようにしなさい」 と 相手の健康を気づかい優しい慈愛の

言葉をかけていったのである。

彼女の言葉に、バラモンは翻然とと目が覚めた。 自分も

また、釈尊に帰依し、和合の集いに身を投じていくことを

誓った。こうして庶民の老夫人が鮮やかに、知識階層の

バラモンを覚醒させたのである。

(池田大作著 輝きの明日へより) 引用

「知識と知恵」 ~うぅ・・う 「ちんねん」 悪知恵は泉のように

こんこんと、湧き出ますが知識も 「下手な考え休みにしかず」 です。

なかなか 言っている事と 行いが アンバランスです。

まだまだ・・精進がたりませんです。

あ・・また幼稚な事を述べました・・嫌われるので是にて失礼します。

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「勇気ある女性」

「人間性」を貫く人が「「現代の英雄」

先日、書棚の隅に積んでいた、表紙がボロボロの読書ノートを

見つけました。その中に、感動のエピソードが有りました。 紹介します。

ヴァイッゼッカー独大統領(1984年~1994年在任)と

ドイツを代表する新聞のインタビュー記事(1984年6月15日)より

男性の性格で最も評価するものは?     「内面の充実」。

女性の性格で最も評価するものは?    「気品と賢明さ」。

好きな徳は?                  「思いやり」。

友人の何を最も評価するか?        「無条件の友情」。

自然の才能でもちたいものは・・?      「常に喜びに満ちた心」。

いかに死にたいか・?             「心の調和を保ったまま」。

今の精神状態は・・?             「常に新たなる好奇心」。

好きな詩人は・・?              「初期のホーフマンスタール」。

(ホーフマンスタール{1874年~1929年}はオーストリァの詩人、作家で

その象徴詩によってドイツ叙情詩の巨匠と仰がれた)

最も嫌いなものは・・?             「無駄話・誹謗」。

歴史上の人物で、最も軽蔑するのは・・?  「狂信的な扇動政治家」

一方、「歴史上の女性の英雄」はだれか。 大統領の答えは、まことに

示唆に富んでいる。 大統領は「ヴァインスペルクの女たち」である、と

ヴァインスペルクとは、ドイツのネッカー川沿いにある町の名である。

大統領が挙げたのは、そこに伝わる中世の話である。

あるとき、ドイツ皇帝は軍隊を率いてヴァインスペルクを征服しようと

するが、町の頑丈な城壁を破ることはできなかった。 そこで皇帝は

女性と子供たちだけは許して、無事に町の外へ出す事を約束する。

実は、残った男たちの戦意を失わせ、一気に攻め落とそうとねらって

の、巧妙な心理作戦であった。

 いったん門から出てきた町の女性は皇帝に質問し、懇願する。

 着のみ着のまま、無一文で町を出てどうやって生きていけばよいのか! と

もっともな言い分に対して皇帝は”では、持てるだけの財産を

背負って出ることを許す” と、言い渡した。

 女性たちは町に引き返す。そして約束の刻限に現れた

彼女たちの背には、なんと、それぞれの「夫」たちが背負われていた。

なんとほほ笑ましい、何と痛快な話であることか。 愛する者を救うため

に、そして愛する町を救うために、知恵を働かせ、勇敢に行動する。

泣き寝入りするどころか、かえって権力者をギャフンといわせてしまう。

庶民の「知恵」と「勇気ある行動」によって、人々が救われた事例は

歴史上、枚挙に暇がない。

ちんねん 感動しました。 女性の方たちの勇気に頭が下がります 一段と

女性の、みな様に尊敬と励ましを差し上げたいと思っています。

ちんねん 驕慢な心がむくむくと時々出てきます。

また・・時々清らかな天使・・? の ような気持にも なります。

まだまだ・・心が揺れています・・今のままでは・・・・ (^_^;)

うぅう 閻魔さまから・・苛められる・・!

こんやも・・深く懺悔してまた頑張ります

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「恩」と感謝」

師はだれよりも弟子を知る

テロの驚異が危惧された、北京五輪が無事に閉幕した。

”鳥の巣”(国家体育館)はじめ各会場で展開された人類最高峰

の熱戦に、世界が湧きました。

その中で、一流選手のさわやかな言動が、心を動かしました。

「今まで支えてくれた人たちに、世界一になって恩返ししたいと

思っていた」 (ソフトボールの佐藤理恵選手)多くの選手が、監督

コーチ・家族・そしてファンへの「感謝」・と「恩返し」を口々に語っていた。

中国勢では、5月の大震災で甚大の被害を受けた「四川省出身の選手

たちが「故郷に希望を」と大奮闘した。 男子体操で二つの金メダルを

獲得した鄒凱選手は「四川の人々の精神を示すことができた」と胸を張った

どのような世界でも、一流の人物は「恩」を忘れない。また、恩に報い

ようと重ねる努力が、その人を一層強くし、一流ならしめるのだろう。

反対に「恩知らず」は、何をやっても、四流、五流だ。

 大石有城氏 「破邪顕正」より ・・引用 

そうそう 8年前のシドニーオリンピックの女子マラソンで優勝した

高橋尚子選手がゴールした直後、直ぐに師匠の小出監督を探して

いた様子に師弟の絆の深さに感動を覚えたのも昨日のようです。

ゲーテ 曰く「忘恩はつねに一種の弱さである。私は有能な人たちが

恩知らずであった例を知らない」 (岩崎英二郎ゲーテ全集13)

そうそう・・どんな一流の選手でも頂点を極めると

後は下り坂に陥り易いですが! 出所。進退は難しい。

「冬季トリノ五輪」でアイススケートで優勝した荒川静香選手は(イナバーウワ)

を取り入れて世界中を驚かせました。そのあと 直ぐに引退しプロのアイス

スケートに華麗に変身しました。

Qちゃん事、高橋尚子選手は、小池監督と離れて独立しましたが、その後

鳴かず飛ばずの状態で期待を裏切りました。

「水泳二冠」の空前絶後の金字塔を打ち立てた北島康介選手は一時期

体の故障で引退の危機に陥った時、コーチを信頼し見事に立ち直り

ました。

女子柔道の某選手は最後の7秒で連続金メダルの栄光を飾る事が

出来ませんでした。 それは・・コーチが、いっも最後の詰めの甘さを

危惧していました。 敗れた本人はその瞬間ぼーっと、してたそうです

私も一瞬・・え・・? 何・ ・ (-_-)/~~~ピシー!ピシー! 

ちんねんの独断と偏見の一考察です

「徒然草」にみる師の眼力

吉田兼好の「徒然草」に「師の眼力」を書いた一文がある。

ある人が弓を習っていた。 二本の矢を手に挟んで的に向かった。

弓の師匠が言った。「初心の人は、二本の矢を持ってはならない。

二本目の矢を頼んで、(まだ一本あると思い)初めの矢をなおざりに

する心が出るからである。

毎回、矢を射るたびに、当たりはずれを気にせず、ただ(この一矢で

終わりにしよう)と思え」と わずかに二本の矢である。師匠の前で

一本をおろそかにしようと思うだろうか。 しかし、怠けの心は、自分

では気づかなくても、師匠は知っているのである。 

この戒めは、万事に通じますが! 更に兼好は述べています。

仏道を学ぶ人も、夕方には明日の朝がある事を思い、朝には

夕方がある事を思って、その時には、再び真剣に修行しょうと

決意する。(それほどであるのだから)いわんや一瞬の間に

怠け心があることを知ることができようか。 「ただ今の一念」

において、ただちに、なすべきことを実行することのなんと難しい

ことか・・・。

師匠は、弟子の心がよくわかるものである。 だからこそ

自分の怠け心にきずかず、真剣に道を求めようとしない

弟子のために、教え、励まして成長させようとする。

師がいてこそ、求める道も正しく進み、究めることができる。

自身の成長も、人生の向上もある。

ともあれ、人生も、青春も長いようで短いですが!

「この一矢」「ただ今の一念」をきちんと定めて、充実した

価値ある一日一日を生きていかねばならない。

そのためには、どうしても師が必要である。 このことを

教えた「徒然草」の文である。

池田大作氏(今日より明日へ)より 一部引用

ちんねん どうしても・・「一の矢」 より 「十の矢」を持っ

傾向性が大いに有ります・・私事で恥ずかしいですが

妻にブロポーズした時は 「一の矢」でした・・ ん・・? (*^_^*)

反対に妻の虜に成っていたかも知れませんです。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

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おっぱいの品格

ナヌ・・おっぱいの品格 ? 

読者のみな様 破廉恥な「タイトル」お気に障ったら、お許し下さい

(特に女性の方)  実は、 昨日あるラジオ番組で

おっぱいの品格について、興味深いお話が有りました。

そのことについて ちんねんの独断と偏見の一考察です

ある 時 姪がテレビで某姉妹の大きな「おっぱい」をみて

何か変・・? ゲストの男性全員も・・おっぱいに見とれていました。

勿論 ちんねんもです (*^_^*)  ありゃ、おじさん、も と 頭を 

コッンと 叩かれ、散々冷やかされました。

私は「おっぱい」の大きさ には ・・何か珍しい物・を見るような

感じでいますが!  そうそう おっぱいの品格ですが、体と

アンバランスな異様な感じがします。

「姪曰く・・知恵が「おっぱい」に いっちゃって頭 悪いようです・・と。

それに 体にメスを入れて人工的に作ったかも・・?

大事なのは「おっぱい」じゃないのでは、品格、心が問題ですね。」

いやぁ 子供の観察は手厳しいです。 確かに巨乳に拘る人

こそ 品格が・・女性のみな様 不肖 珍念のように「おっぱい」に

拘らない 立派な品格の男性が大勢います・・「おっぱい」 は

赤ちゃんのものです・・ (@_@。

そうそう・・肝心な 事を 述べないと単なる「おっぱい教」の

破廉恥なスケベーな 男と思われますので ・・・

人の魅力というものは、一体、何によって決まるのであろうか・・?

これには、人さまざまな意見がありますが! 知性の輝きを魅力

の第一の尺度に考える人もあるだろうし、人間的な親しみの

深さ、思いやり、包容力をあげる人もあるだろう。

あるいは、均斉ののとれた美しい身体、清らかな精神を最も

大切な人間の要件と指摘するかもしれない。 また 一概に

魅力を定義ずけるといっても、男性と女性の場合は、おのずから

判断の基準も異なってこよう。

男性の力強さと逞しさ、それに優しさ・・女性の純粋さと華麗さ

等々・・しかし、人は、日頃のほとんど直観的な感覚で。魅力を

口にし、また魅力を感じているように思います。

人間の奥行と広がり、これを別な観点からいえば、その人の

世界といい得るであろう。 その人の持ち合わせている世界の

境界線が、どれほどの奥行と広がりをもっているか!

ここに人間の魅力の最も根本的な要因があるようです。

袋汚くても 黄金を捨てることなかれ! とは

 袋入れ物(外観)が汚いからと・・中身の黄金まで捨てる
愚かさを仏典では戒めています。

実は 私たちは服装や学歴、肩書き、財産、などで人物を
判断する傾向がなきしも、あらずですが!

あ・・いけない・・難しい屁理屈をこれ以上述べると

嫌われますので 是にて終わります !(^^)!

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民話に込められた偉大な遺言

トルストイ 生誕180周年に寄せて 

安達紀子さん (ロシア演劇研究家)のお話です。

今年はトルストイ生誕180周年だ。 

この春モスクワから200キロ離れたトゥーラ地方にある

ヤースナヤ・ポリャーナ(森の中の明るい草地という意味)を訪れ、

トルストイの墓を見て驚いた。

裸の木々が林立する傍らに広がる雪の残る大地に、その墓は

独りぽっちで横たわっていた。

墓標も墓石も十字架もなくただ盛り上がった

土が藁と樅の小枝でおおわれているだけだ。

この4月と7月、東大、早稲田、上智大学、昭和女子大などで

講演を行ったトルストイの玄孫ウラジーミル・トルストィ氏が、あの墓は

トルストイの遺志によるものだと話してくれた。

「あれは、質素に、簡素に、という晩年のトルストイの考え方

そのものです。彼はあのお墓が土と同じ高さになることさえ望んで

いました」 ヤースナヤ・ポリャーナのトルストイ博物館の館長も

務めるウラジーミル・トルストイ氏は講演の中で、晩年のトルストイ

が当時のロシアの人々の精神的な支えであった事を話した。

トルストイは暴力と流血を憎み、世界が愛と平和で包まれることを

願っていた。 

トルストイの玄孫は、トルストイの民話についても話した。

ある皇帝が三つの質問を出した。 「一番大事な時間はいっか・・?」

「この世で一番大事な人はだれか?」

「今何をなすべきか?」・・・に対する答えを探していた。

世界中の賢人たちに尋ねても答えが得られない。 がっかりして

散歩に出た皇帝は井戸の水を汲んでいる娘に出会い、この三つの

質問をする。 娘は答える。 一番大事な時間は今この時。

一番大事な人は今自分の横にいる人に善行を行うことだ、と

皇帝は喜び娘の重い井戸水を代わりに運んでやった。

自分の横にいる娘に善いことをしてやるために。

もうひとつ、トルストイの民話は「人はなんで生きるか」という

作品がある。 

貧しい靴屋が助けた裸の若者は、じつは地に堕ちた天使だった。

神に赦されて天に戻る前、天使は靴屋に告げる。

「すべての人が生きているのは我が身のことに心を砕くからではない。

人は他の人々の愛によって生かされているのだ。人々は共に生きる

ことによって初めて自分に必要なものを知り、またそれを知ることに

よって他の人々をも満たすことになる」と

トルストイの晩年の思想はこれらの民話の中に凝縮されている。

トルストイの民話は、大文豪の大きな愛のメッセージ、良心の祈り

であり、世界を救うための偉大な遺言なのだ。

世界ではロシアとグルジアの軍事衝突など紛争が絶えず、日本でも

残忍な犯罪が繰り返されている。愛という言葉が虚しく響く今の

時代だからこそ、トルストイの民話に出てくる天使の声に耳を

傾けたいものだ。 今月28日はトルストイの180回目の誕生日だ。

世界の闇に愛の光が差し込めるよう、ロシアの文豪は今も

祈っているだろう。

ちんねん 安達さまの寄稿文を読ませて頂きました。

心温まる・・トルストイの民話の世界に心をときめかして

います。 ちんねん トルストイの本を読破して 悠久のロマン

溢れる民話の世界に・・思いを馳せたいと思います (●^o^●)

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「嚢中の錐」とは ?

袋の中に錐(きり)を入れると、先端がすぐに突き出る。

「嚢中の錐」とは転じて「才能ある人は隠れていても頭角を

表す」という意の成語。 だが、この語を引用した歴史書「史記」

を見ると、才能ある人を”見抜く側の眼力”も問われている。

趙の国の王子である平原君は、祖国が秦に攻められたとき

楚に援軍を求める使者に立った。同業の士20人を選ぼうと

するが、最後の一人が決まらない。門下の毛遂が自ら名乗り出た。

平原君は「嚢中の錐」の譬えを引き「拙者は先生のことを聞いた

ことがない。それは先生に良いところがないからだ」と言下に

退けようとした。

問答の末、平原君は、しぶしぶ毛遂を一員に加えたが期待は

していなかった。 だが、あに図らんや毛遂の英智は鋭く巧みな

交渉により楚の援軍派遣に成功。 平原君は、毛遂の才能を

見抜けなかった自らの不明を恥じ入ったという(中公クラシックス

史記列伝より)

ちんねんの 愚考です

最近、団塊の世代の大量の退職者が出て各業界も人材不足に

見舞われていますが、!

人材育成の第一歩は「見出す」こと。可能性を秘めた逸材が

目の前にいても、それを抜てきする度量がなければ、宝の

持ち腐れですが。 人材がいない、と嘆くなかれ。人材の

資質を見抜ける眼力を待て・・・

紀元前の古典がそう呼びかけているように 思います (@_@。

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「話のホシ」

「心のパン屋さん」筑摩書房・・より

ある時、教師の集いで俳優の森繁久弥さんが講演した。

急いで会場に入った森繁さんは「遅くなりました。いま

旅から帰ってきたものですから・・何も考えないままに

お話するなんて、おこがましいのですが・・」と切り出した。

しかし、講演は実に面白く、時間のたつのも忘れさせる

ような内容だった。 講演後、参加者から質問が!

「準備なしで、どうしてそのように素晴らしい話ができるの

ですか?」と

森繁さんは話した。「本当は、うーんと準備をしてきたんです。

練りに練って。 皆さんに気楽に聞いて頂けるようにと思って

そう言ったのです」。

「参加された方々が本当に「来てよかった」と喜んで帰れる

ように(会合革命)をお願いしたい」と恩師は語っている。

そのためにリーダは知恵を絞り、配慮を尽くしていくことだ。

一つ一つの会合が充実した集いになるかどうかは、話の

内容や順番、時間など、事前の準備で決まるといっても

よいだろう。

とりわけ「話のホシ」を明快にして臨むことが肝要と思います。

会合を短くすることによって、人と会い、人と語る時間を増やして

いく。 「会合革命」の意義はここにあるやに思います。

ちんねん・・何もかも分かったように、偉そうに能書きを

述べていますが・・そう ありたいと願望しています。

今朝も・・わが身の不徳を恥じています (#^.^#)

読者の皆さま 残暑厳しい日々が続いていますので

お体に、気をつけてお過ごし下さい。

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人生の黄昏を考える!

高齢化時代と生の充実 (*^_^*)

ある家を、宝石で身を飾った美しい女性が訪れて語る。

「私は、行く所どこでも、金銀などの財宝を与える」と。

主人は喜び迎え入れようとする。 ところが、門外には

もう一人の女性が立っていた。 先の女性とは反対に

醜い容貌で、衣服もほころび垢に染まっている。

青白い顔で「私は、行く所どこでも、その家の財宝を

衰えうしなわせる」と。主人は刀を抜いて追い払おうとした。

しかし美しい女性は姉で、醜い女性は妹だという。

ともに行動し常に離れることがないという二人を、主人は

ついに去らせた。「釈尊の涅槃経に出てくる逸話です」

ここに登場する姉は「生」妹は「死(老・病)」を例えたものです。

生あるかぎり、老・病・死から免れることは出来ません。

凡夫は生(姉)のみを愛して執着し、老・病・死(妹)を厭い

嫌う。その結果、かえって死の不安・恐怖にとらわれ生を

充実させることができないと、釈尊は教える。

苦悩に出会ったとき、それを自らの人格を深め飛躍する

バネとしていく前向きな姿勢で臨むか、それとも単に苦悩に

打ちひしがえるだけか。 その生き方の”差”は、老苦・病苦

そして死苦という現実に直面した時、より明確になってくる。

超高齢化社会が進む中で延長した生をどう充実するかが

今 問われています。

「半身不随などの重い障害を背負った時、何不自由なく

過ごしてきた人、また社会的な地位・名誉を至上として

生きてきた人ほど厳しい現実に弱い」

老人医療に経験の豊富なある医師の言葉です。

この前 久しぶりに黒澤明監督の映画「生きる」(1952年制作)を

見ました・・↑に 述べました 生をどう充実させるか・・?

読者の皆さま の ヒントになれば 幸いです。

数ある黒澤明監督作品の中でも、そのヒューマニズムが頂点に

達した作品と評価される名作です。

その題名通り「生きる」という普遍的なテーマに真っ向から切り込んだ

作品であると同時に、官僚・役人への痛烈な皮肉を含むという

二面性を持つ作品でもある。

志村喬がブランコをこぐシーンは日本映画史上に残る名シーンとして

よく知られている。

市役所に勤める渡辺勘治は日々無気力に過ごしていたが、

ある日自分が胃ガンで余命が少ないことを知る。

絶望の果てに自分の無意味な人生に愕然としていた時、

奔放に生きる部下の小田切とよと出会い、力強く生きる姿に心を動かされる。

そして無意味に感じていた自分の職場で意味を見つけ、

「生きる」ことの意味を取り戻す。

あ・・ちんねん またまた 演壇で講演しているような・・おそまつな

愚考を述べました。

なんでこう 減らず口をたたくのかなぁ !(^^)! 

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「淨玻璃の鏡」 (*^_^*)

生命の奥底を映し出す鏡

今朝 妻が鏡を見ながら笑顔で私は奇麗になる

きっと 美しくなると・・呟きながら化粧をしていました。

自分自身に暗示をかけて・・? 変身していました。

ちんねん・・ひょいとしたら・・その笑顔に磁石が砂鉄を

吸うように 引き込まれたのかもしれませんです。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

そうそう・・「淨玻璃の鏡」の譬えを思い出しました。

閻魔丁の光明王院の中央にかかっており、業鏡とも呼ばれて

いる。 亡者が閻魔のそばへ行って「お前は、生きてる間に

こんな悪いことをしただろう」と いわれると

「なにもそんな悪いことをしておりません」 と答える。

すると、閻魔は「そこにある「淨玻璃の鏡」を見よ」という。

するとその鏡に、生前の悪事の数々が、あますところなく

映し出されるというのが有ります。

単なる勧善徴悪ではなく、生命には、ごまかしのきかぬ

因果応報があるということを、譬をかりて示されています。

恩師は「この娑婆世界においては、我々のこの身、この

境涯が、淨玻璃の鏡なのである。

過去世に我々のなした業が、この現世に我々の心身に

業報として感ずるのである」と述べています。

これが、だれびとも逃れることの出来ない生命という

ものの真実の相なのであります。 これを避けて通ろう

としても、絶体に避けることも遁れることもできません。

その衆罪衆過を滅尽させんがために、釈尊は、歴劫修行

の重要性を説いたのです。

あ・・いけない これ以上減らず口を叩くと閻魔様から

二枚舌を切り取られかねません 深く深く 懺悔して

こっそり 寝ます。 !(^^)!

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不老不死を求めた 始皇帝

生への執着

紀元前221年中国で初めて天下を統一した

秦の始皇帝が、異常な執念を持って「不老不死」の

仙薬を求めた、有名な話がありますが!

”死にとうない”せっかく天下を併合したのだ。

その天下の基盤も、すっかり固まったわけではない・・

秦の世が確固となるのを見届けるまでは死ねない・・否

いつまでも生き続けたい。 と不老不死を願い神仙術に

精通しているといわれる方術の士を集めた。 始皇帝は

彼らを全土に遣わし、莫大な費用をかけて不老不死の薬を

探させた。

斉の除福は、東海上に仙人の住む仙山があり、そこに

ある仙薬を手に入れるため、童男・童女数千人と船出した。

こうした試みは、いつも失敗に終わったが、方術の士たちの

さほど巧みとも思われない言い逃れにもかかわらず、始皇帝は

更に繰り返し出費を惜しまなかった。

権謀術数うずまく権力闘争を勝ち抜いてきた始皇帝も、死という

何人も免れる事の出来ない現実を前に、思わぬ弱点を露呈した

ともいえますが!

「死」を恐れるのは、人間の本性ともいえよう。 しかし、始皇帝

は、特に「死」を恐れ、「生」に執着した。 それは、せつかく築き

上げたものが、自分の「死」によって、すべて

崩れ去ってしまうことを恐れたのかもしれない。

しかし、むしろ財産が多ければ多いほど、名声が高ければ

高いほど、それらを失うことの恐怖は大きいものだ。

いかに権勢を振るった始皇帝といえども「死」を解決する

ことはできなかった。 始皇帝は最高の権力を持ち、この世の

満足をことごとく得ていた。 しかし、その延長としての彼の

「死」は最大の「不満足」であり不幸であったと思います。

哲学者の 三木清は 「人生論ノート」に次のように述べている。

「執着する何ものもないといった虚無の心では人間は

なかなか死ねないのではないか。 執着するものがあるから

死ねるということである。深く執着するものがある者は、死後

自分の帰ってゆくべきところをもっている。

それだから死に対する準備というのは、どこまでも執着する

ものを作るということである。 私に真に愛するものが

あるなら、そのことが私の永生を約束する」

この逆説には、人間の生死というものを鋭く凝視した哲人の

発する知恵の光が感じられる。 生死を越えて、有限の生を

永遠に連続させゆくものを持つかどうか!

日常を虚心に見れば瞬間瞬間さまざまな欲望や執着に

人の心は揺れ動いている、

仏典には「蚕(かいこ)と蜘蛛(くも)」の譬えがある。

蚕は自分が口から吐き出した糸によって自らを縛り

上げ、最後に繭におおわれて動きがとれなくなるが、

蜘蛛は糸を吐いてその上を自在に動き回る。

人間のもつ執着や欲望が、ある時は自身を縛る軛となり

ある時は向上や成長へと向う生のエネルギーともなる

ことを示した譬である

感覚的な楽しみといった身近なものから、自己実現への

あらゆる欲求にいたるまで、人間の行動を駆り立て

突き動かす多層にわたる欲望や執着・・を真の生への

エネルギーへと昇華し、深き生へのダイナミズムへと

転換することこそ、移ろいゆく人生に確かな充実を

もたらす道であることを仏法は示している。

生命の年輪は、ただ年齢によって刻まれるものではない。

そこにどれだけの生に歓喜と躍動深き充実感が刻まれて

いるか。いわゆる欲望や執着に追い回されるようにして

生きた人生か、それとも死をも超えて真に執着すべき目的

へ向かって完全燃焼した一生であったか、それこそが

永遠なる生命の輝きを決定づけるのではないだろうか!

どれだけ長生きしたかより どれだけ世の中の役に

たつたか・・厳しく問われかねませんです。

ちんねん まだまだ 欲望や執着に心が揺れています

蚕の生きかたは・・ちょいと 蜘蛛の生き方のほうが (*^_^*)

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「文殊の知恵」 ?

「文殊の知恵」とは境涯の広さ  (*^_^*)

仏典に釈尊の弟子にまつわる、こんなエピソードがある。

目連と舎利弗、摩訶迦葉が、性行悪く凶暴で度し難い

人々ばかり住むという国の教化に順次おもむく。

この三人はいずれも失敗するが、最後につかわされた

文殊菩薩だけ、なぜか人々の心を開き、済度に成功する。

文殊と三者との違いは、ともかく人々への偏見を捨て、長所を

見つけては、賛嘆した事です。 彼は勇健、この人は仁考、

また胆力も知恵もあり。包んでくれる相手には心を開くという。

人情の機微を”文殊の知恵”は十分わきまえていた。

仏典に「されば余りに人の我をほむる時は如何様にも

なりたき意(こころ)出来し候なり」と仰せである。

人は心からの賛嘆を受けると”どんなことでも”という

思いにかられますが!

人を褒める、というのは簡単そうで難しい。 たんなる

お世辞では失礼になるし、褒めすぎても、場違いに褒めても

皮肉ととられる。 ごく自然な、それでいて人柄が滲み出る

ような賛辞、これは「境涯」というしかない。

人を褒めれれない理由はいろいろ有りますが! 大抵は

称賛に値するものを持っていながら、それに気ずかない

感性の「鈍さ」言い換えれば人間的な(狭さ)に起因する。

こちらの境涯が大きくなれば、その分、人の良さを見つけ

褒めたたえていける。

褒めるの「褒」という字は、もともと、「すその大きく広がった衣服」

転じて「大きい」「広い」の意味を持つ。

人を褒めるにはそれだけの度量、人間的なスケールがなければならない

い 謂いだろう

ちんねん 人の欠点ばかり見えています 人の良い所を見つけられる

ように、今日も反省しています・・なんで こうも 心が狭いんだろうか・・?

幼稚な考えに、自己嫌悪に悩んでいます 恥じています。

あ・・少ない髪の毛が・・・ぬける・・・ぅ  (#^.^#)

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議員に物申す

なんか変・・? (~_~メ) (朋守田鶴哉氏の囁きより)

若者の仕事場をたくさん作るから、議員ですけど。
こんなにもガソリン、小麦粉、オレンジなどが上がって、地方は疲弊しています。
議員はボーナスもあります。

アメリカは議員はボランティアでなる人が多いみたいです。
若者は犯罪にはしり、年寄りは自殺です。
何故こんな国になりました?

地方の若い者の仕事がありません。
市会議員の報酬は一人米子市、松江市で700万円以上あります。
日給制にしたら200万円ぐらいになります。
定数32として毎月一億6000万円の財源が削減です。

市役所に若い者の仕事場を作ることもできます
一人若い者に毎月10万円を支払いしたら60人の雇用ができます。
一億は余ります。特に米子市は市役所庁舎はリースです。

毎月二億七千万円ぐらいが必要です。
こんな市は全国にありますか? 累積負債は300億円以上あります。
こんな市にしたのは米子商工会議所です。

会頭の世襲制度をどこか宗教団体に似ています。
松江市、米子市は早く議員の日給制を議論しましょう。
有権者の五十分の1の署名者で審議会が開かれます。
米子市の市役所は年間
約二億七千万円のリース。

米子商工会議所は世襲制まったく時代錯誤の商工会議所です。
大型店の出店に反対しました。
どこに雇用が産まれますか?

自己利益誘導の議員と商工会議所は国民に必要はありますか?
日本のなれあいです。

有能な人材を活用法を学習してください。
国会議員も衆議院の定数三百の大選挙区に参議院は不要です。
デンマークは一院ですけど、うまく機能しています。

珍念も↑の意見に同感です 余りにも・・呆れ果てて

論評出来かねます・・う・・さぶ・・ (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

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思いやりの心

親切心や思いやりの心こそ、人間性の発露

込んだ電車での小さな出来事。 

座っている女子高校生の前に、老紳士が立った。

彼女は「どうぞ」と声をかけ、立ち上がった。 男性は

快く席に着き、目の前の重そうな荷物をみて、「持って

あげようか」と。少女は「ありがとうございます」と、これまた

素直に鞄を預けた。 お互いが気持よく親切を交わし合う

ほほ笑ましい光景。そばで見ていた婦人が、「こちらまで

心が温かくなった」と語っていた。

文豪のロマン・ロランは、楽聖ベートベンのこんな言葉を

残している。

[親切であるということ以外に、立派な人間であることの

証拠はありません」(新庄嘉章訳)

「名字の言」より

関西創価学園に向かう「一本の道」30年前の4月,
創立者はこの通学路を学園生と散策した。

その帰り道、校庭の前を通ると三人の学園生が立っていた。
帰宅のため、車の迎えを待っているという。
「じゃあ、一緒に待ってあげよう!」と創立者。
「家には何時に電話したの?」と語り、生徒のバックを手にして
「重たいけど大丈夫かな」と心配を。

どこから通っているかなど一人一人の状況を尋ねて温かく励ました。
やがて車が到着した生徒の父親にも、丁重な感謝と激励の言葉を贈った。
その間,じつに一時間。

激務を縫っての真心の語らいは、生徒の生涯を貫く原点となった
人を励ますのは大変な労作業だ。
多忙の中で時間をつくるのも容易ではない 。
こうした真摯な語らいの積み重ねがあってこそ人材は育っていく。

おっちょこ ちょいの ちんねん 激励はするんですが 大事な

真心が籠っていないんです・・何か足りないんです (^_^;)

件の女子高生や師匠の人を思いやる心が、かけています。

ちんねん おでこ と頭は光輝いていますが 心が真っ黒

です・・今宵も深く反省しています。 (#^.^#)

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「人は 城」

人それぞれ天分あり

先ほど本棚の隅に古ぼけた読書ノートがありました。

その中のお話から要点を抜粋しました。

ある清涼飲料。

これを薬剤師が強壮の薬用として販売したが

さっばり。これを別の人が嗜好飲料として出すと大好評。

薬店から酒店へ。置場を変えたことから、世界的な商品となる。

また、ある調味料。

昆布からとったグルタミン酸ソーダの妙味を

薬びんに詰め薬問屋で扱ったが、全然売れなかった。

これを二代目が乾物屋に並べたことから一挙に世に広がる。

薬問屋から食料品店へ。 販売ルートを変えたことから

国外まで広がった。

さらにオートバイの例。

新製品を自転車店に並べても目立たない。 そこで

釣具店や運動具店の店先に置いた。 走る道具から

趣味、スポーツの利器へ。自転車店から運動具店などに

広げたので一躍発展。海外にも販路を広げた。

あまりにも世に知られた商品ですが、その発端が面白い。

同じ品物でも置き場所、つまり起用の仕方で価値も違う。

いかに特性をみつけるか!生かす光を当てるか起用

の場を作るか、これは 人間の場合でも通じますが。

「人は城」と言った人材起用の名将・武田信玄。

人の見方の極意は古の孫子のようです。

軽率→すばしこい。 油断→冷静さ。 ぐず→慎重。

そこつ→打てば響く。不安内→慎み深い よく喋る→気さく

短所でもそこに貴重な特性を見抜く。この発見と登用が

無敵の「城」づくりだった。 

人みな天分があります。欠点も裏返せばかけがえない

得分に。 その視点と起用で如何なる困難も打開

できる。

珍念 まず・・妻子との対応も、ままなりませんです。

深く恥じています・・お詫びに丸坊主になりたいです!

え・・ナヌ・・そうそう・・頭は・・毛がないんです (@_@。

ちんねんのお粗末な説法でした。

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スピーチと私

雄弁術とは・・?

筆者は日々色々な人たちと対話を交わしていますが

後で、あの時はよけいな事を また、大事なポイントを

言い忘れていたり毎回反省しています。

スピーチの時、聞き手は話す人のどこに好感をもっのか・・?

話の内容より、その人の「態度」というから面白いです。

人間の五感のうち、視覚の占める割合は80%を超すという。

つまり、初対面の第一印象は視覚で決まるといってよい。

専門家の分析によると、印象に残るのは「表情、声、言葉、」の順。 

スピーチには、明るい表情と元気な声が不可欠である。

古代ギリシャの雄弁家デモステネスは「雄弁術とは?」と問われ

「一にも態度、二にも態度、三にも態度」と答えている。

演壇まで歩く姿、お辞儀の仕方、話す態度なども含め、スピーチ

は全人格の表現といえる。

話術より、まずは人格を磨くことが大切だ。 そのうえで、

話はムダを省き、短くまとめたい。長い退屈な話は”口害”とも

いわれる。 ゲーテも 「美しき虹も、15分も 消えずにいれば

もうだれも見向きもしない」と手厳しい。

スピーチに備え、せっせと”話の小銭”を蓄える人がいる。

日頃感銘を受けたことを一、二、三、分の話にまとめておき、

持ち時間にあわせ、組み合わせを考えるという。 これで

時間オーバの心配もない。 日々の努力が、その道の

{達人」を生むものである。

「真の雄弁術は、口先ではなく、知性のみでもない。胸と腹と頭と

全身全霊をかけた正義への戦いである」との指導もある。

こちらに真剣な思いありてこそ、話は相手の胸をうつ。

凍てついた心も溶かしてゆく、温かい励ましの対話を

不肖珍念も今から心を入れ替えて精進します・・ん (^_^;)

いっも いっも・・反省 反省で・・きっと あの世で

閻魔さま より・・二枚舌 いや三枚舌を抜かれるやも

地獄の責め 怖いので頑張ります・・!(^^)!

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「発想の転換」(想像力)!

リーダーの一番大事な資質とは何か! (*^_^*)

珍念の独断と偏見の愚考です

決断力、包容力、誠実さ、いろんな言葉が浮かびますが!
作家の塩野七生氏は それは”想像力ではないか”と

たとへば危難を乗り越える時。多くの人々の運命を担って
目の前の峰を登らなければならない。
人の心は微妙である。 全員が自分と同じ信念、志とは限らない。 

その千差万別の人の心を、どう一つに纏めて前に進むか。
熱弁か報酬か。 あるいは脅しか刑罰か!

実は、そのいずれでもない。 もっとも肝心要の一点は
「想像力」があるかないかだというのである。
つまり険しい断崖に突き当たれば、その彼方に広がる青空
を指さす。
厚い雨雲の下にあれば、その上に輝く太陽を思い起こさせる。
いわば、「人々の胸に希望の空を広げる力」とでも言えようか。

確かに英雄と呼ばれる人物には、そうしたエピソードに事
かかない。 「三国志」の曹操。炎天下の行事で皆、喉が
渇き切ってしまった。 もう一歩も歩けない。
そこに彼の声が響いた。
「あの山を越せば梅の林があるぞ」。すっぱい梅の実を
想像した途端、兵士の喉の渇きは止まり元気に前進を始めた。

何もリーダーの要件ばかりに限るまい。
希望ある所に行き詰まりはない。
知恵あるところ。乗り越えられぬ壁はない。ゆえに苦難あれば
こそ明るく。 道が遠ければこそ朗らかに。
いかなる時も柔軟で逞しい「想像力」の翼を広げつつ、
悠然と人生の峰を越えゆく人間学の達人を目指して

幼稚な 珍念 日々精進いたします!

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覗き見 雑誌の害毒を切る

悪を切る (-_-;)

凶悪な犯罪が後を絶たない。6月には、東京。秋葉原で17人が殺傷される
痛ましい事件が起きた。 残忍な犯罪の連鎖を、いかに断ち切るか!

心ある人々は真剣に考えている。

一方で、深刻な事件を猟奇的・扇情的に嗅ぎまわり、その関係者を
下劣な買文業の餌食に仕立てる連中がいる。
一部の俗悪週刊誌だ。

事件の容疑者のみならず、あろうことか被害者の素性、過去、交友関係
まで興味本位で暴き立てる。 要するに、「覗き趣味」だ。
こうした悪質報道の氾濫が、ますます世の中を腐敗させる。
秋葉原の事件現場では、苦しむ被害者を助けるどころか、その痛ましい
姿をカメラや携帯電話で撮影する異常な若者が目立ったという。

危険を顧みず、負傷者の応急処置に当たった医師は「殴ろうかと
思った。 最悪です」と憤った。  「毎日新聞6月11日付」

まさに「覗き見主義」の弊害極まれり、だ。 時代を担う青年に
「正しい生き方」を教えてこなかった。 そのツケが回っているのでは

ないか。 (コラム 破邪顕正より 鈴木貴博氏) 引用

では、どうすれば良いのか!  珍念の一考察です 

人間には師匠は不可欠

なぜ渋柿は甘くなるのか・・? アメリカの著名な仏教学者の
ハリシー博士は、干し柿の原理を通して、「人間革命」と
「師匠の大切さ」について語る。

そのままでは食べられない、一見、無価値に見える渋柿。
しかし、太陽に当てることで ”甘味”がでてくる。
自らの内にあるものが熟した結果、「渋柿」は「干し柿」となり、
他人に利益を与える価値あるものに変わる。

人間もまた「太陽」すなわち御本尊の光に照らされて、平凡な
自身が、人のために貢献できる価値ある自身に変わると博士は
結論する。

しかし、それには、渋柿を木から採って太陽に干す作業をする
人が必要である。
その存在こそ「師匠」だというのである。

逆に、師匠のような「理想の存在」がいないと、どうなるか・・?
東筑紫短期大学の中島俊介準教授は、現代の若者の心理の傾向を
通して、次のように指摘する。「極端に肥大した理想を掲げるに
しても、自分が成長するために必要な、眼前の課題に挑戦する
ことができない。

安易に(自分の力であれば、その程度のことはできる)と考え
現実の自己すら正確に把握できていない場合も少なくない」

「師匠」(理想)の不在」・・現代の若者が陥りがちな安易な
“自分教”や、無気力。無関心の闇の根源が、そこにある。
動物は、師匠をもつことができない。
人間だけの特権であり、人生における最重要事である。

ダイヤモンド」(人間)はダイヤモンド(偉大な師匠)に
よってのみ磨かれる」
のだ。

不肖「珍念には、世界一の師匠がいます」
自らの無限の可能性を引き出してくれる師匠がいます。
師弟に生き抜く喜びと誇りを拡げることが、社会を照らす希望の
光と成るように精進する覚悟です。

ん・・(@_@。 読者の みな様 良い師匠をお持ちでしょうかぁ?

私の師匠とは・? それは 敢えて言えませんです
云わぬが花です・・ぅ (*^_^*)

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教育とは  (*^_^*)

珍念の愚考です

今・・誰でも子供の教育に悩んでいますが・
先日、読みました、本の中に興味深いお話が有りました
 
 今から200年ほど前マレーシアの物語である、ある少年が
 来る日も来る日も、お父さんから語学の勉強を仕込まれていた。
 遊び盛りの年齢である。ある日、少年は、とうとう「もう勉強
 は嫌だ!」と訴えた 私達も、経験があるかもしれない。

 だが、その時、お母さんは、少年を頭ごなしに叱らなかった。
 ここが一つのポイントである。 お母さんは、優しく諭すように
 なぜ学ぶことが大事なのかを語って聞かせたたのである。
 
「もし私たちがあなたにある程度の財産を残したとしても、あなた
 の運が悪ければ、それは一瞬のうちに目の前から消え失せて
しまうでしょう。 しかし立派な知識と学問は、そのような
ものではありません。命があなたの体から離れて行く時に
 始めて、それは離れて行くのですよ」と 

これは

マレー文学の古典と言われる「アブドゥッラー物語」
の一コマである この少年アブドゥッラーは、やがて
母の期待に応えて、言語の教師として歴史に名を残した。

 このお母さんの教訓は、まことに含蓄が深い。

 どんなに、お金があっても、きまぐれな運命の嵐の前では、
 はかないものである

 それに対して、深く身につけた教養や技術は、たしかに、一生
 の財産となる。だからこそ、教育が大事ですが・・・
今の社会は よほどしっかりしていないと「欲しい」と
 いう気持ちの奴隷になってしまう

いつか、人の心まで お金で計ってしまう

いや日本の国も「欲しい」という気持の奴隷になりかねません!

珍念も・・可笑しな気持の奴隷になるやも・・怖いです

きっと あの世で 閻魔さまから 火あぶりにされるやも

今から 恐ろしいので精進します(^_^;)

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嘘と真実 (*^_^*)

以前 私の知り合いが、架空投資に騙されて嘆いていました。

この世の中に絶体儲かる話など・・無いんですけど!

色々激励しましたが、後の祭りでした。

キルギスの民話の[賢い乙女] の物語を思いだしました

 貧しいけれども聡明な乙女が、その知恵の素晴らしさのゆえに

 {王さま}の妃に選ばれ、ハーンを見事に助けていくという物語です。

 ハーンの花嫁選びの試験として難しい質問が出されていた。

 その一つに「真実とウソの間には、どれほどの距離があるか?」

 金持ちの娘たちはだれも答えられない。しかし、その貧しい乙女

 は いとも簡単に答える。

 「ウソと真実との距離は、たった指4本分の距離に過ぎません

 耳と目の間の距離です。なぜなら、私たちの耳は、たくさんのウソ

 を聞きますが、私たちの目は、常に真実を見るからです」

 無認識な悪口や無責任なうわさ話に惑わされず、どこまでも自分の

 「目」で真実を確かめ、真実を見抜いていく、キルギスの乙女は、その

 自分の確かな「目」を信じていた。

 もちろん現在では「作られた映像」もウソをつく。「見た」ものが「真実」

 とは限らない。ウソも複雑になり、高度になっている。 その分 より

 賢明にならねばならない。現場での「なまの事実」を尊重する揺るぎなき

 良識と、「根拠はなにか」を厳しく問う鋭い知性が求められる」・・

 で・・珍念 愚考します・・友には 心豊かに 心温かく

 ほめたたえあう 人は幸福

 人を誉めたたえることは、温かな人間性の発露である。例えば、夫が妻

 に対して「随分、若々しいね」「きようのヘヤスタイルは素適」と

 お世辞でもよい、褒めてあげれば、どれほどか、ほのぼのした心の豊かな

 触れ合いが生まれることか。これが、実在生活での人間の世界である。

 お世辞も言えない人はわびしい、心の狭い人たちである。 それでは

 人間を包むことができない。大いに褒め称えあったほうが、美しい交流

 ができる。 お世辞は、おべっかとはちがう。へつらいともちがう。

 ウイットやユーモアと同じように、微風みたいなものであり、生きていく

 上での一つの潤滑油でもある。人をほめたたえたり、お世辞も言えない

 ような心の狭さは、まるで刑務所や昔の軍隊の中にいるような

 ものである。  おかしなお世辞や、嫌味のある

 褒め言葉は良くない。しかし、自然に心から出るお世辞は、とても

 さわやかである。それは、凡夫である庶民の人間性の一つの表れで

 あると思う。決して、偉い人や幹部にお世辞を使えと言っているわけでは

 ない。 お互いの励ましあいの中でのお世辞はあってもいいのでは

 ないかと愚考します。

 人間は人間らしく、自分は自分らしく生きていけば良いと思います(*^_^*) 

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「肩書」と「立場」 (^_^;)

今日は 相変わらず暑い日が続いていますが

皆さま お体を大切にお過ごし下さい。

イソップ物語の示唆に富む寓話の中より

山羊の子が屋根に上っていると、その下を狼が
通りかかる。
子山羊はわが身が安全なので狼をからかう。

すると顔をあげていう。「わしを馬鹿にしているのは
お前ではない。立っているその場所なんだ」
動物を通した人間社会への痛烈な指摘ですが!

人は、とかく 立場を自分の力と錯覚するようです。
自らの力量はさておき肩書きを存在感とする。

そこからは何の共感、敬意も湧きませんが!

先日、ある 青年教師の体験を聞きました。

初の学級担任となり中三を受け持つ、だが、一人の
ワルの影響でクラスは受験指導どころではない。

あらゆる対策を試みるが通じない。 必死に祈る。
そして気ずく。担任という立場から迫っていた一方的な心だ。
彼を知ろうと家庭を訪問、母は後妻だった。
母親の立場を果たそうとノイローゼぎみ。気持ちは離れる
ばかりだった。

そんなある日、彼から相談が、なんと三十分も悩みを語る。
ワルのひけない立場、だが自分の理解者は一人もいない
寂しさだ。 担任、親、ワル、それぞれの立場を力としていた。
心が通うとかれは大きく変わる。

やがて卒業式、校門で彼は礼を述べ、涙を流し、何回も頭を
下げ去っていく。 高校生となったある日、旧友を集め
先生を招待、成長ぶりを見てもらいたかったのだ。
立場ではない、人としての力量をどう作るか。

その挑戦が人の共感を・・・

珍念・・永遠の・・課題です・・ (-_-;)

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武士道精神に思いを馳せる!

いのち 何のために !(^^)!

皆さん 毎日のように「為政者」の呆れた犯罪や「通り魔殺人」事件や
子供が親を殺したり、親が家族を殺したり ここに述べるのも
おぞましいですが、何かが可笑しいようです 

マスコミは相変わらず 報道しますが、ではどうすれば良いのか
明確な指針は示されていません。

私たちは 生活が豊かになれば幸福になると思っていましたが
どうも・・ちょいと 違うような感じがします!

大事な心の羅針盤を疎かにしているやに 思われてなりません!
色々な考えがありますが、それは それとして
大事なものが見落とされています。

それは、宝暦治水をテーマにした雄々しくも涙で綴る、勇者の物語です。

今朝 書棚の隅のほうにひっそりと一冊の「少年本」が有りました。

本の題名は「千本松原」です

第一ベージには、”木曽、長良、伊尾の三つの川が、
一つになって伊勢湾に注ぐところに、千本松原という美しい松原があります。 

これは、その松原に纏わる
いまから二百余年前の、勇ましく、また悲しいお話です”

当時、幕府は外様大名の疲弊策として、さまざまな
土木工事を請負わせたりして財力削滅を画策していた。
九州の雄藩・薩摩もまた、その政策の被害者であった。

宝暦四年(1754年)同藩は、木曽川地帯の河川工事
を幕府より命じられた、その工事は、四十万両という
自藩の禄高(七七万石)の二年分にあたる、大金を
投入し、1千人からの藩士を派遣し、一年半の歳月を
必要とした、難儀な作業であったと云われる。

専制幕府の意図するところは、あらゆる 雄藩の窮乏化による
自らの体制の強化保守を目指した事は論をまたない。

それに対し薩摩藩の治水思想は、幕府の支配体制を超克する
ものとは言えませんが・・少なくとも、人間主義に立脚しようと
していた様に思えますが!

[美濃の国の百姓は、われわれ薩摩の国にとっては、えんもゆかりも
ないように見えるが、考えてみれば同じ日本の国の人間、ゆわば
兄弟のようなもの。その兄弟が長い間苦しんでいると聞くからには、
命をかけて助けるのが薩摩武士の本分ではござらぬか」

工事責任者のこの思想には、悔しさの中にも、人間という友に
たいする連帯感が、強く響いてくるのは筆者だけでしょうかぁ・・?

現実に、彼らは命を賭して働いた。53人にも及ぶ武士が、工事途中の
責任を感じながら切腹していったのである。現代人からすれば、
そこまで思いつめなくともと、単純な批判は、いくらでもできる。

だが、生きるべきか、死すべきかという、徹底した選択の道を歩ま
なければならない歴史のもつ現実の冷酷さが、わが身に痛く感じられて
ならなかった。
私は、死を美化する意思は毛頭ない。 ただ、治山治水を含めて
すべての政治に、これほど真剣に徹底して取り組んでくれる政治家が
はたして幾人いるかと慨嘆するのだ。

例年台風が日本列島を暴れまわり、薩摩(鹿児島県)をはじめ、水害
の悲劇が繰り返されています。
封建時代のこの土木事業によって、堤をその根で厳として守る
「千本松原」が美しく繁茂している。

自由主義の政治家は、まず真摯な気持ちで この「少年本」
を学んで頂きたいと思います。

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一番大切な物・・(*^_^*)

珍念の一考察 (愚考) です

仏典に「命と申す物は、一身第一の珍宝なり一日なりとも
これを延るならば千万両の金{こがね}にもすぎたり」

と ありますが!

「生きる」こと以上の宝はありません
「生きて生き抜く」ことが、仏法の目的です。
「健康長寿」のための信心です。

二度と来ない、今日という「宝の一日」をどう生き切るのか!
かけがえのない「わが命」を何に使うのか・・・
珍念の悩みは尽きません  (#^.^#)

さて・・
日本は世界にも稀な「超高齢化社会」を迎えていますが
色々な面で歪が出ていますが、中でも ご高齢の方の
医療費が年々財政を圧迫しています。
 
なかでも、自分で意識がなく「生命維持装置」で
生ける屍の様相で チューブで体中繋がれていられる
大勢のお年寄りが病院で治療されていますが!

昨年ご近所で100歳に成られたお婆さんが、自宅の敷居に躓いて
怪我をされて病院で大腿骨の手術を受けられ成功しましたが
3ヵ月後に老衰で亡くなられました。

 なぜ 手術を・・? 珍念・・複雑な気持ちがしました。

昭和30年代ごろは、60歳位で亡くなる人が大勢でした。
今は医学の進歩で平均寿命が80歳位に成っていますが!
「ちんねん」の幼少のころ お爺さんが自宅で亡くなつた時
お医者さんが来られて、死亡診断書を書いてくれました。
その時だけ「お医者」さんをみかけました。

当時は病院は・・殆ど有りませんでした。

現在はどんな田舎でも・2時間ぐらい車で行けば
病院はあります。

今は恐れられている癌でも・・早期発見で・・ほぼ治りますが!
でも・・永遠に生きられません・・

子供のころ 「巨匠、故 木下恵介監督」の楢山節考
{老人を姥捨て山へ捨てる物語}
の「映画」を見て大変ショックを受け驚きました。

近頃は・・自宅で寝たきりの家族を看護されてる方が多いようですが
看護に疲れて殺人や・・自殺などが横行しています。
何かが可笑しい・・世の中に成っています。

実は 安楽死について 文豪、森鴎外は「高瀬舟」
るる 心境を述べています。

森鴎外は、作家としても夏目漱石とならぶ有名人だけど、
医師、陸軍の軍医の一番偉い人だった。
ドイツに留学してドイツ語がべらべらで、むこうで恋人まで作って
帰国した人ですが!
その時の体験は「舞姫」という非常に有名な小説に成りました。

さて、この「高瀬舟」は 珍念が中学一年生の時 担任の先生から
進められて初めて読みました。
どんな船なのかなぁ? 

それは 珍念の心に強烈に響きました。 

短遍ですが、すぐれた作品で、よく話題になりますが
というのは、明治時代の小説として始めて、安楽死のことを
述べていたからです。

安楽死というのは、例えば植物状態の人とか、ひどく苦しんで
いる人をその苦しみから解放してあげる為に死なせてあげるという
せつなく、やり切れないことですが!

現代でもそれはとても難しい問題ですが、度々ニュースにも
なっています。
そういう「現代的な問題」を 当時すでに発表したんですから
森鴎外は・・・偉大な思想の方でした。
この喜助と、いう人も、この物語で話していることが本当なら、
悪い人ではないと思いました。

それどころか、欲深いところもない、満足することを知っている。
良く出来た人だ、今なら情状酌量でそんな酷い罪にはならない
だろうけど。
江戸時代だから重い罪になってしまったと思います。

文章には難しい言葉も出てくるけど、注釈の意味を見ながら
読んで、大きな筋(作者の意図)を掴めば読者の皆様の
心に・・残るかも・・しれません。

珍念・・も 何時かは 寝たきりになるやも、知れませんです
いずれお迎えがきますが! 長生きしたか より どう
世の中のために役にたったか ・・が 問われかねません。
今のままでは・・閻魔さま から・・きっと 断罪されかねます。

今日から、滝のごとく 激しく・たゆまず・ 恐れず・ 朗らかに

 精進します。   (*^_^*)

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言葉の前に心あり !(^^)!

言葉は生き物である。

ある大臣が、「女性は子供を産む機械」 長崎の原爆投下も
「しようがない」と発言し物議を
 醸し出していましたが! 私も・・さもありなん と 思います。

仏典に・・・

「言葉と云うは、心の思いを響かして、声を顕すを云うなり」

ありますが、優しくて、温かくて、厳しくて、冷たくて・・・
「言葉の前に心あり」という。
誠実な心ありてこそ言葉に生命が宿る。

明治のころ、剣客で政治家の「山岡鉄舟」は(三遊亭円朝)という落語
の名人に「桃太郎」の話をさせた。
聞き終えて「昔、母の語った(桃太郎)は、何度聞いても面白かった。
落語家ならもっと面白かろうと思ったのだが、二度と聞きたいと
いう気持ちにならない。なぜだろう?」

鉄舟は続けて語った。

「それは、お前さんが、”舌”で語ろうとするから、肝心の「桃太郎」が
死んでしまうのではなかろうか」と

(塚越恒爾著 「口べたがなぜ人をつかむのか」 主婦の友社)

落語の名人でも、心がこもっていなければ、我が子の成長を
祈り、語る、母の話にはかなわない。

人々が感動するのは弁舌巧みな話とは限らない。
座談会などで語られる体験談は、たどたどしいながら、その
懸命さに思わず引き込まれる。

「言葉の後ろに行動あり」ともいわれる。 口にした以上、
自らの行動で示さねばならない。その決意を秘めた言葉が
皆の胸を打つ!

特にリーダーは、短い話であっても、おろそかにできない。
口先だけで、聞く人の心に響かない話は禁物。
厳しいようだが、話した時間に聴衆の人数をかけただけ、
皆の時間をムダ遣いしたことになる。

常に真剣勝負が肝要と思います。

「何事をなすにも「言葉」が大事である。
 明快な「言葉」新鮮な「言葉」が、人々の心を動かし、
心を開いていく、また
その言葉も、張りのある、生き生きとした声で語られるとき、
より大きな力をもつ」と・・恩師は語る。

ちんねん ちゃらん ぼらん の 性格ですから 言葉の
前に心あり・・その心が・・変な方に傾きがちです
まだ まだ・・です (*^_^*)

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「内なる無限の資源」 (*^_^*)

世界で最も技術革新に熱心な国は日本である!

この前、英経済誌エコノミストの調査部門が番付を発表した。

☆ 特許件数などから比較した結果、世界82カ国・地域の中で
2位のスイス、3位の米国を抑え日本が1位になったそうです!
ハイブリット車、デジタルカメラ、薄型テレピ、温水洗浄便座
など身の回りを見ても頷ける

「技術革新が生命線」という方針を、資源の乏しい日本が貫いて
いることも、首位の理由だという。

☆ 嬉しいニユースである。日本に限らず、地球の資源には限り
がある。 ところで、汲めども尽きぬ資源はどこにあるだろう?
宇宙に目を向けるか。そこまでいかなくとも、身近にある。
それは、私たちの”頭の中”だ。

☆人類の資源について、地球的問題群に挑むローマクラブの
創立者・故ベッチェイ博士は、もう一歩掘り下げる。

「外の資源は有限ですが、人間の内なる富は無限です。
未開発です。これを引き出していくのが人間革命です」
条件が不利であるほど、”内なる無限の資源” を引き出す
チャンスといえる。

そのためには、どうすればいいだろうか。
知恵を振り絞るしかない。 新たな目標に挑戦し続ける
私たちにとって、毎日が成長の限界を超えるための戦いであり、
それが人間革命である。 (名字の言より)

う・・・ぅう 珍念 頭の中は煩悩に支配され良い知恵も
出ませんです・・出るのは、大粒の汗と、オナラ だけです (^_^.)


いまのままでは、きっと あの世で閻魔さまから
断罪されかねません・・怖いので今宵から精
進します

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「幸福な人はだれか!」 (*^。^*)

「幸福は どこに・・?」 (^。^)

「だれが一番幸福か・・?」 

皆さんは確信をもって答えることができますか?
この前、ある会合で話題になりました 色々喧々諤々意見がでました。 

ちんねんの 愚考を恥を偲んで提起します。

時は、古代アテネの七賢人の一人「ソロン」(約2600年前)の話です。

※ ソロンが、ある王国を訪れた時のことです。

権勢を誇る王の宮殿に招かれた。 王は絢爛たる王宮の
莫大な富をソロンに自慢する。
ありとあらゆる財宝を見せつけた後、王は質問した。

「ソロンょ。あなたは、有名な哲学者であり、世界を旅して見識
も豊かと聞いている。

そこで聞きたい。今までに会ったなかで、一番、幸福な人は
だれか・・?」
王はソロンに、巨大な権力と富を持った自分ほど幸福な人間は
いないと言わせかったのである。

しかし、ソロンの答えは、王の期待を裏切った。 彼は、アテネの
一人の市民の名前をあげた。
その市民は決して特別な人間ではなかった。実直そのものの
人柄。善良な子供に恵まれた。 生きるに困らない程度の
財産、名も無い、地位も無い、だが、この市民には勇気があった。

愛するアテネを守るために敢然と戦い、そして死んでいった。
その生涯には、人々から深い感謝が捧げられていた。

賢人ソロンは、この「勇敢な市民」こそ「第一の幸福者」であると
王に告げたのである。        王は不服であった。

「では第二の幸福者はだれか?」 とさらに尋ねた。

王は、次こそ自分の名があげられると期待した。
しかし、ソロンが名前をあげたのは、仲が良く、親孝行な兄弟
であった。  この兄弟は、母親を優しくいたわり、最高に
喜ばせた。 
そして人々の祝福に包まれ、穏やかに死んでいった市民であった。
ソロンは、この兄弟を「第二の幸福者である」と判定する。

王は怒った。 どうして私ではないのか。 権力者の自分を
さしおいて、ごく平凡な市民が幸福とは、良くないと。

権力者は、自分ほど偉い人間はいない、と思っている。

そうそう・・何処かの国の前首相は、自分に親しい人を重要な
ポストに付けたり(能力のない人)選挙で示された民意を無視して
元、首相が党で決めた郵政改革で選挙を実施して賛同を得た
ことは、皆さまもご存知の事とおもいます。

それに反対して選挙で落選した・・自分の親しい友人だからと
復党や次の参議院の選挙に・・他の造反議員には・・?
与野党や国民の顰蹙を浴びているのが判らない。
先の参議院選挙で大敗北をし世論の声を無視し政権を続投
しましたが、所詮「おぼっちゃま」ですから
僕辞めた・・・と 投げ出しました。

余りにも お粗末で・・あきれました・・(-_-;)

だから、威張りたいし、民衆を下に見る。 しかし、そんな
「特別な人間」などいない、いるはずがない。
そんなものは「虚像」である。

※ ソロンは静かに語った。「ギリシャの民衆の知恵は教えて
います。人の幸・不幸は、時と共に変化して行く。ゆえに目先
だけではわからない。  長い目でみなければわからない、と。
ちょうど、スポーツの競技をしている途中では、だれが勝利者か
決められないようなものです」。

王と賢人ソロンとの対話は、それで終わった。

王は納得せず、不機嫌なままであった。 ところが、
それから数年後・・・

王は戦争で敗れる。 捕虜となって処刑される事になった。
火あぶりにされる寸前、王の胸中に蘇ったのは、かっての
ソロンの幸福論であった。

「幸・不幸は、一生の結末まで 見なければわからない」と。
ソロンが植えた「知恵の種」が,死を前にして芽をふいた。

王は自分の驕りを悔いながら、「ソロン!」と大声で三たび
叫んだ。 すると、この叫びを聞いた敵の王が処刑を取りやめ

「ソロンとは、いかなる人物か?」と尋ねた。

そして王からソロンの対話の様子を聞き、感嘆して王の命を
助けた。
こうして賢人ソロンの英知は、一人の王の命を救い、もう一人の
王まで教訓したそうです。 (ブルターク英雄伝)から

「だれが一番幸福か」 この命題に、今、確信をもって

答える事ができるのは、どなたでしょうかぁ・・?

珍念・・・お答え出来ますが それは・・言わぬが花ですぅう (*^。^*)

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読書の進め (^。^)

昨日 久しぶりに世界文学集を読みました。

皆様もご存知の、有名な物語ですが筆者の心を
揺り動かす、人間の見栄が見事に描かれています。
あらすじ・・は 下記に延べます。

虚栄心が強い女性の悲劇

首飾り モーパッサン(1850 ~1893)
「美しく着飾ったマチルドは、あらゆる男たちの賞賛を浴びた。
しかし、見栄をはった代償はあまりに 高くついた。」
美しいマチルドは、贅沢を夢見ながらも平凡な役人と結婚して
質素な生活を送っていました。

ある時、夫妻は大臣主催の舞踏会に招待される。
マチルドは貧乏くさい服装で行きたくないと、夫の貯金でドレスを
買いました。

舞踏会の三日前、マチルドはダイヤの首飾りを友人に借りました。
舞踏会でマチルドは美しさを賞賛されて、幸福の絶頂にいましたが、
帰りに質素な上着を見られたくなくてドレスのまま馬車まで
走って、首飾りを落としました。

夫婦は多額の借金をして同じような首飾りを買って、黙って返しました。
十年間必死に働いてやっと借金を返しおえた後、偶然会った友人に
経緯を話すと、「ダイヤは偽者だったのに」と言われる。

珍念・・偽者に成らないように 精進します  (^^♪

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「あのとき」   (*^。^*)

ある新聞のコラムより

大阪府の四十二歳の女性は、街で「信号の青」を見ると
五年前の「あのとき」を思いだすという。

初めて大病を患った。
タクシーで病院に着いたとき運転手が言った。
「ここに来るまで信号が青ばっかりやった。 大丈夫やで。
絶対元気になれるわ」。
頑張れ!の気持ちが嬉しくて涙がでた。
三ヶ月で退院できたそうです。

全労災が募集した「私を支えてくれたステキな人、出来事」に
全国から6千通余も寄せられた。

八年前に父を病気でなくした宮崎県の三十一歳の女性は。。。
「遺書が私のお守りです」。
こう書いてあった。「あなたが結婚するころには私はもういない。
お前の選んだ人なら大丈夫だ」
「人に優しくしなさい。優しくすることで自分にまた戻ってくるから」。
涙が止まらなかった。 今は看護師をしている。

愛知県の七歳の男の子は「手や足をぴくぴくさせて」ないている
妹に何もしてやれなかったときのことを書いた。

救急隊が病院に運んでくれた。
「今は、妹は、元気になったよ。ぼくは大きくなったら、救急隊員に
なるんだ」。

神奈川県の二十八歳の女性は、ポランティアで訪れた老人ホームで
「素敵なお婆さま」からもらった言葉が忘れられない。嫌なことを
言われたりしたときに「その場で怒っては おしまい。
繋がりが途切れるしまう。 一呼吸おきなさい。
いつでも笑ってるようにしなさい。 私はずっと、そうしてるのよ」と

毎日 悲惨な事件や聖職者の破廉恥な犯罪が起きていますが
まだまだ・・世の中捨てたものでは ないようです!
 (*^。^*)

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ある 女性教師の体験 (^。^)

育は誰のため・・?

教育の危機が指摘されていますが、「管理教育」の
有り方にも、歪が出てきているようです。

それに 先生の人格や、それを司る「教育委員会」
や、文部科学省の一貫性のないのも大きな要因
ですが、それは それとして !

一人の女子生徒がいました。
いわゆる「問題児」です。
髪は染める。 遅刻。早退はする。
勉強は当然、不振。周囲からは、けむたがられ、
冷たい目で見られていた。

この生徒を何とか立ち直らせたいと担任の女性教師
は祈った。 そして彼女に言った。

「どうして、きちんと学校の勉強もしないといけないか、わかる?」
「わかりません」  「じゃ、あすまでに考えていらっしゃい」。
翌日になって、「考えた・・?」と尋ねると、「先生が困るからでしょ!」
との返事。  「それは違うわ。また、あすきくわよ」。

次の日。「いい学校に行けないから」(生徒) 「違います」(教師)
更に次の日には、「校則を守らないと叱られるし、皆に迷惑を
かけるからでしょう」。   「それも 違うわ」。

そして、その翌日からも「親が喜ぶから」「子供の義務だから」
「社会のためになれって言うんでしょ!」と
生徒は思いつく限りの答えを。 しかし毎日「違います」と
教師の返事は続きました。

とうとう「もう考えられない!」 それでは”正解”をというわけで、
教師は優しく語ってあげた。
「それはね。あなた自身が幸になるためなのよ」と

その生徒には、予想もしなかった答えでした。 私の事を
こんなにも真剣に考えてくれていたのか。涙がわいてきた。
小さい時から、勉強も親のためだと思い込んでいた。

事実、勉強さえしていれば、親は喜んだし単純に安心もしていた。
何でも大目にみてくれた。
自分の「心」の中のことなんか考えてくれなかった。

「全部あなたのためよ」と 言われても、親の見えだと感じていた。
いい学校に行きたくなどなかった。 髪を染めたのも、そんな
不満の表れだったかもしれない。
 
皆が戸惑うのが面白かった。 しかし、少しも「幸せ」ではなかった。
けれども女性教師は、初めて心から自分の幸せ願ってくれた。
鋭敏な少女の感覚は、本物の”真心”をキャッチしたのである。
その日から、彼女は見違えるように変わっていった。

この話は一つの例に過ぎませんが、人の心を動かすものは
命令でも、義務感でもない。「すべて自分のためなのだ」と
納得すれば、大きな力を発揮するものである。

そのために必要なのが、相手の事を本当に思った「指導」
「励まし」であり、 そして何より「真心の祈り」である。
ただただ、相手のために・・・そこに「献身」の魂がある。

自立の日々は 向上の日々
さて・・ゲーテは 次のように述べています。
生活をもてあそぶものは、
決して正しいものになれない

自分を命令しないものは
いっになっても、しもべにとどまる。

高橋健二訳「ゲーテ格言集」より

生活は一切の基本ですが、自らを律することを
知らない生活に、人生の勝利はない。
現代の日本は、眞に自由な世界となっていますが!
ある意味で、法を犯さない限り、自由奔放に何でも
出来ます。

だからこそ、規律正しく、心に哲学(思想)を磨き自分を
律しつつ、立派な人生を築いていく事が、いかに
価値あることか! 

あ・・いけない・・調子にのって減らず口を・・
あまり・・おしゃべり が 過ぎると嫌われかねますので
これにて 終わります 
(*^_^*)

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孫子の兵法に学ぶ (*^。^*)

毎週、日曜日NHKテレビで 風林火山 が放映されて
いますが、 山本勘助が孫子の兵法を巧みに展開する

内容は 面白くて次回作が 楽しみです。

実は・・孫子の兵法で「囲師の計」があります。
色々 示唆に富んでいますが、筆者は 改めまして
先人の知恵に感激しています。

敵軍を包囲するときには、完全に取り囲んではならない。
どこか逃げ口を開けておけというのである。
これは何も、敵に思いやりを、かけてやれなどというのではない。
クールな計算にもとずく、兵法の枠ですが!

もし完全包囲をすれば、敵は必死の力をふりしぽって囲みを
破ろうとし、恐るべきエネルギーを発揮するだろう。

それよりも、どこかに逃げ口を開けておけば、敵は、戦意よりも
逃げるほうに気が動き、逃げ口に殺到する。
そこを待ち構えていて撃つならば、らくらくと勝つ事が
出来るというわけだ。

日本でもこれを実践した武将の逸話がある。

大田道潅の臣下が七人、罪を犯して処刑されることに
なったが、かれらは屋敷に立て籠って抵抗し,追っても
手を出しかねた。

道灌は、かれらに聞こえるような大声で、追ってたちに
触れさせた。

「殿の仰せで、この中に一人だけ助けたい者ががいる。
むやみに切ってはならぬぞ」 七人は、助かるのは自分かも
しれないと思って闘志が鈍くなり、難なく討たれてしまった。

力ずくではなく、相手のエネルギーを制御することにより
無理せずに目的を果たした。
この手法は、人間関係にも活用できる。

叱る時、非難するだけだったら、相手は反省より反発が
先にたつだろう。
自省の余地を開けるべきと愚考します。

議論するとき、追い詰めるだけでは相手は必死の反論をする。
それより、うまく隙を作ってそこへ誘導するのが上策である。

この前、福田総理と小沢代表との驚天動地の連立騒動が
ありましたが、どうして、どうして・・(^^♪
「韓信の股くぐり」の故事のように
福田総理は古今東西、稀に見る宰相だと「珍念」見受けました。

そうそう、今年2月頃に「ソフトバンク」のオーナの孫さんが
子育ての支援で自社の従業員に5人目の出産に500万円を
お祝いに送ると仰天プランを発表しました・・(*^。^*)

不詳「珍念」でしたら 10人ぐらい子供を授かりたいです。
孫さん・・の会社の方は羨ましいです \( ^∇^)/θ☆

ん・・良い会社を選んで就職するのも・・孫子の兵法かなぁ・・?

色々な課題に果敢にチャレンジして居られる
I T 事業 や プロ野球 携帯電話など・・その姿勢たるや
まさに・・孫氏の兵法を・・熟知されて打つ手、打つてが
心地よいほど決まっています。

ちなみに・・珍念・・ソフトバンクの回し者では有りません。
むしろ・・多額の負債を抱えて首も回りませんです。 、
幼稚な悪知恵は有り余るほど出ますが・・孫子の兵法の
三十六計逃げるが勝ち・・・だけです。(*^_^*)

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人質人生からの脱出  (^_^.)

和楽の設計図を何に求めるか・・?

世はまさに クレジット時代、成人のほとんどの方がなんらかの
クレジット利用者だといわれる。

洋服や電化製品、車から海外旅行まで、何でも簡単な手読きを
するだけで手に入る。
だが、これは純然たる「借金」。 その美酒に酔い過ぎると
思わぬ借金地獄へはまり込む。

その最たるものは、マイホームの購入であろう。
ある銀行のこんな統計がある。「マイホーム習得後の暮らしぶり」
に関する調査ですが!

「それによると、90%の人々が家作りに踏み切って良かったと
答えている。 その理由として「心にゆとりが出来た。」
「マイペースの生活ができる」「仕事にハリがある
「仕事への意欲が出てきた」当の点をあげている。が、一方で
ローンの返済で地獄のような苦しみを受け、一家心中などと
いう悲劇的な結末を迎えるケースもあとをたたない。

結局のところ、ローンとは、と ある人はいう。
ローンの返済は多くの場合、20年、25年の長期にわたっており、
いってみれば これは自分の終身労働と引き換えにマイホーム
を手に入れて入るという事である。  途中で死ぬ場合も想定し
て、生命保険にも加入する。 まさに、自らの願望を満たす為に、
人生の大半を質草として預けていることだ_と。

といって、ローンにでも頼らねば、なかなかマイホームも手に
入らない。

問題は、ローンずけの生活の是非に有るのではなく、そのような
生活を余儀なくされざるをえない、現代の中にあっても、なおかつ
いかにして自分らしい人生を作りだしていくかということだろう。

我が家を手に入れることが、人生の最終目的ではない。
ここまで苦労して手に入れたマイホームに、どんな麗しい家族の
人間模様を築いていくかと、いうことこそ、実は、借金の返済以上
に真剣に考えなければいけないと、私は思います。

楽しかるべき家庭が、不幸の舞台となったり、愛し合い
信頼し合うべき家族が、憎しみや葛藤の悲劇を生み出して
いる模様は余りにも多い。 では、いかにして和楽の園を築いて
いくのか。 その設計図はどこに・・・?

それは・・珍念 一考察 を抱いていますが
幼稚な愚考の類ですから・・言わない方が華です・・・ぅ  (#^.^#)

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妻に最敬礼・・(^。^)

妻への奉仕

最近、夫婦別姓を希望するケースが増えている。

結婚によって、女性が夫の姓を名のるデメリットは

少なくない。 仕事を続ける場合など大変に不便である。

男女平等の原則から見ても、当人の意思が尊重される方向へ

社会の意識も変わりつつありますが!

☆ 釈尊は、夫は五つの仕方で妻に奉仕せよと教えています。

○ 尊敬する事  ○ 軽蔑しないこと 

○ 道を踏み外さない事  ○ 権威を与えること

○ 装飾品を提供すること (中村元編「原始仏典」) と。

さて、我が家は・・・と、反省される向きもあるかも知れない。

装飾品はともかく「尊敬」を贈る心だけは忘れてはなるまい。

☆ 日蓮大聖人は、身延を訪れた富木常忍に婦人への

お手紙を託され、「富木殿がこの地へ見えたのは、尼御前の

お力ですね。私は、煙を見れば火を見ます。

雨をみれば、それを降らせる竜を見ます。 夫を見れば

ご婦人を見るのです」 と

夫を送りだした婦人の(真心)信心を称えられている。

☆ 「天の半分を支える」女性を尊敬できない人が、真に

「人間を」を尊敬できる訳がないと、「ちんねん」 愚考します。

いまだに男尊女卑・のまかり通る日本社会が、それと同根の

官尊民卑・庶民蔑視の体質を、なかなか正せないのも当然

といえる。

人間・生命の尊厳観に立つ哲学を持たなければ、日本は

「封建時代の遺物」として国際社会に取り残される・・・

うぅう 珍念 またまた 髪の毛が・・ (*^。^*)

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民話への誘い (^。^)

「人には、どれだけの土地がいるか」

(レフ・トルストイ(1828年~1910年)ロシアの作家

「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」「復活」など)

歩いて歩いて、少しでもたくさんの土地を手に入れようと

した主人公の「パホーム」の姿に読者は強烈なショック

を受けるでしょう!

土地がほしい パホームは村のお百姓でした、いつも

土地の事で村民と揉め事を起こしていました。

そして何度も、少しでも広い土地を求めて家具も家畜も

何もかも売って、一家で新しい土地に引越しました。

土地は良く肥えていて、作物が沢山とれましたが!

また欲が出てまた 自分の土地を買いたいと思いました。

パホームは新しい村の組合に入って十ヘクタールの土地を

貰い前よりも倍の広さで、そのうえ、土地は良く肥えていて

作物が沢山取れました。

「こんな土地なら、もっとほしい、そしたら、麦だろうと豆

だろうと、もっととれる。財産がふえる。」

しかし十ヘクタールのきまりでそれ以上は、売り地はなく

借りるのならあるという事でした。

土地を借りるなら、毎年面倒な手続が入りました。 それが

めんどうで、自分の土地を買いたいと思いました。

そんなとき、パホームは耳よりな話を聞きました。

遠くからやってきた旅の商人でした。 「パシキールという

所をご存知ですか?」 「さあ」 「あ、ご存じない、ここから

だいたい五百キロメートルくらい離れた土地です。私も

そこから来たんです。そこで私は、広いところを、とても

安い値段で買いました。小川にそった、平らな土地です。」

パホームは「パシキールって、どう行くんですか。」

商人から教えて貰った通り、パシキールの地主に贈る

お酒やお茶などを用意して、馬車で出かけました。

パシキールは広い草原で、人々は馬を飼って、馬の乳を

しぼったり、それでチーズを作ったりして長閑暮らしていました。

パシキールの人たちはパホームをテントに迎え入れて、馬の

乳とか羊の肉のご馳走をして歓迎しました。

パホームも、持っていった、お土産をわたしました。

「じつは、私は土地がほしいのです。狭い土地しか持って

いないので」」

パシキールの人たちは、こそこそなにやら相談していました。

そこへ,村長が「土地が欲しいそうですね、いいですよ。

どうか好きなだけ、いくらでもおとり下さい」

「あのぅ、それで土地の値段はどのくらいですか?」

「一日千ルーブリです」 「ん 一日って・・?」

「だから、一日歩き回った分を、千ルーブリでお分けします。」

パホームは驚きました 奇妙な取り決めでした。

「一日歩き回ったら、ずいぶん沢山の土地になりますね。」

村長は笑いながら「そうです、ただひとつ、決まりがあって

その日のうちに元の出発点に戻ってこれない時は、土地は

お渡しできません。」

「しかし、どんなふうにやるんですか? 私が歩き回った所に

何かしるしをつけておくんですか。」

「まず、貴方の決めた出発点、そこに村の誰かを立たせて

おきます。そこから歩き始めて、円をかくようにでも四角

でもいいですから、一回りしなさい。スコップを持っていって

適当に穴を掘って、目印をさしておきなさい、ただ、日が沈むまで

に帰ってこないと、土地は取り上げる事に成っています。」

その晩、パホームは中々眠ることが出来ませんでした。

「明日早起きして、出来るだけ沢山の土地を手に入れよう

一日で五十キロは回れるだろうな、そこに家を建てて、牛は

二頭飼って、手伝う人も雇とおう、手に入れた土地の半分は

畑にして、あとは牧場だ。」

夜明け前、パホームは、ちょっと、とろとろっと夢を見ました。

パホームは朝が来ると、馬車で出かけました、パシキール

の人たちも、馬や馬車で付いてきました。

シハンといわれる丘で、村長がパホームにむかって言いました。

「見わたすかぎり、私たちの土地です、どこでも、お好きな所を

お取りください。」 村長はキツネの帽子を脱いで地面に

おいて「さ、是をしるしにしましょう。ここを出発して、ここへ戻って

きて下さい。回られた土地はみんなあなたのものです。」

パホームはパンと水とスコップ持っていよいよ出発です。

どっちを向いても黒々した良い土地でした。

「よし、日の出の方に向かって歩こう、さあ、一分だって無駄

に出来ないいぞ、涼しいうちに、歩けるだけ歩くんだ。」

パホームはどんどん歩きました。 少しいくと穴を掘って

目じるしを立てました。

振り返ると、シハンの丘が見え,人々が立っていました。

もう五キロは来たかなと思いました。 だいたい一キロごとと

いう見当で目じるしを置いたのが,点々と五つに成りましたから

あと五キロ歩いたら、左へ曲がろうと思いました。

「行けば行くほど、いい土になるぞ。」 暑くなってきたので

パホームはチョッキを脱ぎ、長靴を脱いで腰のベルトに挟み

裸足で歩きました。 

振り返ると、丘は遠くなり、その上の人々も、蟻ぐらいに

見えました。「さあ、ここで曲がるとしょう。」 パホームは

今までの穴よりちょっと大きくほり、大きな目じるしを差込

ました。 もう正午です、本当なら、一休みする所ですが

水を飲み、パンを少し食べただけで、歩き続けました。

ちょっと体がくたくたでしたが、ここでひと休みしたら、きっと

寝込んで立てなくなると思いました。

五キロほど行って、二番目の角を曲がろうとしましたが、

目の前に広がる土は黒々としたいい土で、作物がよく育ち

そうなので、そこも自分の土地にしようと欲張り、曲がるのを

もうすこし先に延ばしました。 それから二キロくらい行った所で

方向が分からなくなりました。

朝、出発した所、村長のキッネの帽子を置いた所は、もし今

帰ったらとしても、十五キロはありそうでした。ここを曲がったら

パホームの土地は歪に成ります、残念だけれども、丘を目指して

急がなければ、まにあわない!

シャツは汗で背中にぴたっと張り付いて、気持ちが悪いし、裸足

の足は草や石ころで、傷だらけでした、歩く早さも落ちているのが

自分でもわかりました。 太陽は斜めになり、もうすぐ地平線に

届きそうでした。

「ああ、ちょっと欲張り過ぎたかな、日が落ちるまでに 間に合わ

なかったら、この苦労も無駄になる。」 苦しくて苦しくて、息が切れ

そうでした。 それでも、パホームは足を引きずりひきずり、歩き

続けました。シャツもかなぐりすて、水筒も帽子も、腰のベルトに

挟んだ長靴も、放り投げましたが、ちっとも軽くなった気がしません。

心臓は、ドックドック、大きな音を立てて鳴り、足はふらふらででした。

足を前に出すのも辛くなりましたが、それでも、止まるわけには

出来ません。太陽が地平線に触りそうになって、真っ赤です

皆が立っている丘が、少しは近づいたのでしょうか、村長も見え

ます。 笑っているようです。みんなも何か口々に叫んでいます。

応援しているのか、あざ笑っているのかまでは分かりません。

パホームは、突然朝方見た夢を思い出しました。 あれは

なんだったのだろう。 パシキールの村長、ボルガ川の向こう

からの旅人、パシキールの話をしてくれた商人、見んな悪魔

だったのだろうか。

丘の下まで来ると、急に暗くなりました。 太陽が丘の向こうに

しずんだのでしょう。 パホームはがっかりして、思わずふらっと

倒れそうになりました。 けれども見上げると、丘の上はまだ

ちょっと明るくみえました。

「ああ、丘の上はまだ日が沈んでいない。」 パホームは

最後の力を振り絞って、丘を這い上りました。

村長の帽子がみえました。 パホームは思いっきり手を伸ばし

帽子にさわりました。

「えらい。よくやった。あんたは、しっかり土地を自分のものにした。」

村長が大きな声で言いました。 パシキールの人たちがパホームを

だき起こそうとしましたが、パホームの息は絶えていました。

みんなは、スコップでパホームの墓を掘りました。

たくさんの土地を欲しかったパホームに必要だったのは、頭から

足の先までの、ただそれだけの土地でした。

珍念の愚考です  どれだけ土地やお金や肩書き等を

持っていても・・人間だれでも・・・必ず 死が訪れますが

あの世には 持って行けません

何をもっていくんでしょうか・・?

また 自分が死ねばどうなるんだろう・・?

珍念 の 永遠の課題です  (#^.^#)

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病気は誰が治すのかなぁ・・ ?(*^_^*)

今朝 子供会の廃品回収に出す本を選別していましたら
懐かしいものを見つけました。

私の読書ノートです 「死の恐怖を超える生命力」!
と題して下記のように概略、書いていました。

医師が少年に一枚の標本をみせる、未成熟な白血球
が見える血液像である。
少年が顕微鏡を覗き込む、「これが君の血液だ、白血球
が病気でね、正常な細胞が少ないんだよ」と

急性骨髄性白血病の少年と医師との対話が、ある新聞の
「アメリカからのレポート」に載っていました。

四歳以下の幼い子を除いて、ほとんどの少年が自らの
癌を知っているそうです。

日本では、大人でも、癌の宣告にはずいぶん気を使う。
原則的には、本人に知らせない方針をとる医師も少なくない。
その場合も、家族にだけは話すようですが・・!

本人に知らせる場合でも、その人が成熟した人格で、生死観
が確立していることが条件の一つに数え上げられています。
それでも、精神的ショックは大きい。

大多数の人は、E・キューブラー・ロスが報告したように、まず
癌を知った時のショックにつずいて否認が起きる。
次に怒り、抑うつ、取引のプロセツを得て、要約死を受容
できるようになるという。

子供達も、十歳ごろになると、すでに死の意味を理解し、限りない
生への執着心がつきあげてくるという。
大人と同じように、否認、怒り等の衝動の嵐に巻き込まれる
そうです。

その時、子供たちに、死の恐怖を乗り越えさせ、病と闘う勇気と
生命力を沸き立たせる役割を担うのは、医師、看護士、教師
両親等の大人たちである。

顕微鏡の血液像を見せて、癌の正体を知らせるだけでは、幼い
生命への自愛の援助とはならないと 筆者は愚考します。

「子供の癌」(成人の癌)も増えている現在、生死観の確立は
もはや大人だけの問題ではない。
宗教を(生命哲学)源泉にした”生と死の深義”の体得しか
すべての少年におくるべき大人の慈愛の証ではなかろうか。

珍念・・読者の皆さまへ・・問題を提起します

病気を治すのに大事な、ポイントは次のどれでしょうかぁ・・?
1・・薬  2名医、看護士  3 両親 友達の激励
4手術  5 本人の生命力

さぁ、どれが 一番 大切でしょうか・・?

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後悔先にたたず  (-_-;)

人は何について後悔するのか!

「珍念」の独断と偏見の愚考です
それは、自分がやった事についてでなく、やらなかった
事についてである。

ある作家が、年をとって気が付く、一つとして、述べていました。
確かにそうかも知れない、後悔とは、あの時やっておけば
良かった、という気持ちと一緒に訪れることがしばしばだ。
(もちろん犯罪行為は論外ですが)
我が身を振り返れば、良くわかりますが!

ダンテは「神曲」の中で語っている。 ためらって行動しなかった
人間は、恥とも誉れとも無縁ではあるが、しかし彼らは天国は
おろか地獄にも入れず、城門の前で虫に刺されながら永遠の
ため息と、嘆きの歳月を送らねばならない と

観念は残らないが、徒労であっても行動は、動き励んだという
五体の感触とともに現実に何らかの刻印をのこす。
また、動いてこそ、たとえ失敗を味わおうとも、それが新しい
経験となって自分を大きくしていくに 違いない。

動くことの中には、常に凡人の予想を超えた未知なる
黄金の果実が隠れている。
あせらず、たゆまず 動き語って、日々挑戦の時間を刻ん
でいきたい、 悔いない大満足の人生を築くために!

珍念 毎日、毎日、反省の日々を過ごしています。 !(^^)!

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表面的な姿で評価するなかれ(*^_^*)

袋汚くても 黄金を捨てることなかれ! とは

 袋入れ物(外観)が汚いからと・・中身の黄金まで捨てる
愚かさを仏典では戒めています。

実は 私たちは服装や学歴、肩書き、財産、などで人物を
判断する傾向がなきしも、あらずですが!

Oさん が バスに乗っていた時、女の子が二人乗ってきた。
ところが、ほどなく、”彼女”たちが、実は男であることに気ずいた。
長い髪にリポンをつけ、服装も女の子に間違えられて当然の二人
を氏は軽蔑の目で眺めていた。

下車する人がいて席が空いた。二人は、他にだれも立っている
人がいないのを見て席に座り、話に夢中になっていた。
高齢の女性客が二人乗ってきた。

元気そうな学生や、若い紳士もいたが、だれも席を譲る素振りも
みせなかった。 すると奥の方の席に座っていた例の二人が
いかにも自然な感じで立ちあがり、老婦人は席に座った。

紳士淑女と思われる人々が老婦人が乗ってきても知らん顔を
していて、軽蔑していた若者がいかにも自然に席を譲ったことに
氏は表面的な姿で人を評価する事がいかに危険かを
つくずく思ったそうです。

珍念・・愚か者ですから・・深く反省しています。(*^_^*)

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艱難汝を玉にす  (^。^)

つらく、悲しい思いをしても、後では感謝できるような

ことが人生にはあります!

松下幸之助氏が九十二歳のころ、自身の最大の

転機について語っていられた。

二十二歳の時、会社を辞め独立した。 その契機に

なったことについてである。

氏は小学四年の秋に学校をやめ自転車店に奉公に出た。

その後、事務員の仕事をしていた時、会社の上司から

「君、学校に行っていないのか。もっと、字を稽古せんと

いかんよ」といわれた。

氏は顔から火のでるような恥ずかしい思いをした。

体も弱く、そのころよく病気をした。

自分が改良したソケットが上司に「こんなものは仕えない」

と一蹴された。 こうしたことが重なって氏は独立を決意し

松下電器産業建設の第一歩を踏みだした。

字が下手だったこと。 体が丈夫でなかったこと。

上司が氏の改良したソケットを認めなかったこと。

それらは当時はマイナス要因だったにしても長い人生を

振り返ってみると、氏を成長させ、よりスケールの大きな

人生の道を開く要因になった。

今、自分の不幸の要因となっていることでも、人生の

最終章では、自分を磨き成長させてくれた因と感謝

できる。

仏典には、そうした一切を幸福の因としていける生き方

を説いています。

恵まれていないことを嘆き卑下したり、希望を簡単に

捨ててしまう。 そうした生き方を排して、感謝と希望の

日々を貫いていきたい。

「詩人の手がすくえば水も水晶の玉となる」 

ゲーテの言葉である。

同じ水でも境涯の違いで、火にも、甘露にも映る。

平凡な水をも水晶の玉とする心の人は人生を深く美しく

生きられよう。

境涯の広い人間性の輝きのある人に日々精進

したいと 。

珍念 おでこと 頭は(髪の毛がないんです)

光輝いていますが・・(*^。^*)

心は・・真っ黒に・・汚れています・・深く反省しています。

ん・・いっも いっも・・オウムのように 反省 、反省の

日々を 過ごしています・・・あ・・また要らざる減らず口を

閻魔様から・・二枚舌を抜かれないように 今宵は

口を チャックします。

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子どもを不幸にする方法・・(-_-;)

子どもに苦労させたくない

最近 そう 考えている親が多いですが、だが、それで

子どもは 本当に幸せになるのでしょうかぁ?

☆ ルソーは叫んだ! 

子どもを不幸にする確実な方法は、「いつでもなんでも

手に入れられるようにしてやることだ」と(今野一雄訳)

常に欲望をみたし、苦労をしらずに育った子どもたちの

行く末が心配です・・ あ・・また 髪の毛が抜ける・・(*^_^*)

☆ 最近「苦労は買ってでもしろ」と言う人がいないようです。

それは、耳に痛い忠言を正面から言えるだけの「深い人間関係」

を築けなくなつた証でもありますが!

「世間の情が薄くなった」

「懐の深い人がいない」と嘆くのは筆者だけではないと思う。

だが、効率を求め、苦労を避けたがる社会の風潮にあって

それも当然の成り行きといえる。

☆デンマークの桂冠詩人、故エスター・グレース博士は

「人生とは、光と闇、善と、悪との戦いです 

私は 世界桂冠詩人の池田博士と

「詩心」をもって、平和のために戦います」と語った。

闇や悪との闘争の中で人格が磨かれ、心は鍛えられる。

その中でこそ、真実の「善の連帯」を広げることができる。

☆ 遠回りに見えても、信頼の絆で結ばれた人間関係を

回復していく以外、閉塞した社会の苦悩を救う道はない。

親子の絆も、葛藤や闘争を乗り越えて結ばれるていく

ことを!

 ん・・珍念の幼稚な愚考です (*^。^*)

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生命力の不思議  (*^。^*)

生きようとする力の偉大さ 

この前 ある友人を久しぶりに訪問しました。
その時に、次のように友人が 述べていました。

「Bさんのご家族とは、もう二十数年来のお付き合いである。
長い間、ある建設会社の社長を務めていた。
そのためか、やや小柄だが威厳のある歩き方をする。
どちらかというと無口だが、短い発言はいっも的を射て鋭い。
いっのことだったろうか、心筋梗塞で入院してから交遊が
始まったと記憶している。

その時は幸いにも一ヶ月あまりで完治して退院した。
ところがその二年後、今度は大腸がんが見っかった。
手術をしたのは知人の外科医だったが経過は順調で、一週間
で退院した。 それから三年間、がん予防に努めていたようだ。
しかし、私が「もう大丈夫ですよ」と励まそうとしたとたん
大腸がん転移が発見されたのである。

何度か入退院を繰り返したが、一昨年十一月、もう駄目らしいと
いうことで、親族を呼び寄せたり、新しい着物を用意するように
主治医から言われた、と婦人から報告を受けた。

早速、お見舞いに駆けつけた。 ほおはこけ、ただ黙って目を
閉じていた。 職業柄、すぐに腕をとって脈を診た。
やや徐脈(じょみゃく=脈がおそいこと}だが、かなり強い緊張状態
が感じられた

帰路、婦人から悲痛な声で「どれくらいもっでしょうか」と尋ねられた。
「正月三が日は、まず大丈夫でしょう」と答えるのが精いっぱいだった。

ところが、何とその三週間後に病状が好天。 歩行練習を始めだした。
嬉しそうなBさんの姿、自身に満ちた笑顔が戻り、そしてついに退院
したのである。

四十年余の医学経験があり、それなりの知識もあると自負していたが
それがガラガラと音を立てるように崩れてしまった。
それほど、信じられないような回復だったのである。

まだまだやりたいことがある"家族がいる”死ぬわけにはいかない
という 一念が癌をも退けたとしか考えられない。

人間の持つ生命力というか、生きようとする力は、
不思議で偉大だとつくずく思う。
また、そのたびに医学とは何かを深く考えさせられる。
やはり、、患者自身が病気を治そうとする力の支えにすぎない
のだろう。

また、そう考えると患者本位の治療が出来るのではないか!」と

(珍念)もある大学病院に末期がんで入院して、サジを投げられましたが
恩師の指導を糧に今年1月で五年生存率の大きな大きな
壁を一つ乗り越えました。 
毎日 毎日 楽しく愉快に過ごさせて頂いています。
 
恩師の教え

「人生は素晴らしい」 「一心の妙用」

人生を左右するものは<思想>である。<考え方>である。
悲観主義者は、壁があれば後戻りして、その結果、暗い未来を
招き寄せる。
そして言う。「やっばり、思った通りだ」

不屈の楽観主義者は、壁があれば壁を越えればいいだけだと、
 明るい未来を切り拓いていく。 そして言う。 
「やっばり、思った通りだ」
 
中国の詩人、蘇賦は絵の極意を教えた。「竹を描くなら、まず胸中に
竹の姿を描かねばならない」
人生の絵も同じである心に、未来のどんな絵を描くか。ありありと
目前に見えるがごとく、希望に満ちた絵を描かねばならぬ。

悲観した暗い絵を描けば、その通りの方向に現実も動いていく。
自分が不可能
だと思えば、必ず不可能になる。
「もうだめだ」と思ったら、必ずダメになる。
「私は勝つ!」そう決めた人間が勝つ。 ゆえに希望の絵を、
具体的に、映像が浮かぶように、心に描き出すことだ。

「いつか何とかなる」ではなく、「いつまでに何とかする」。
決めた目標を紙に書いてもいい。声に出して読んでもいい。
勝利の映像を心の底の底の無意識の層まで、しみ通らせるのだ。

「できる。できるに決まっている。やるんだ。どんなことが
あろうとも、やりとげるのだ」
実現した姿が、はっきりと確信できるところまで、繰り返し、
自分に言い聞かせることだ。
「希望」は。「確信」になってこそ、「現実」となる。

 「心の壁」を破り続けること

心とは、まことに不思議なものである。心が変われば、環境が変わる。
心から、そうしたいと願えば、現実もそう動き始めていく

自分自身が強く心に決めれば、不可能を可能にしていく道が拓かれる。
ともあれ
末期癌との闘いは総力戦です 友情も、親子愛も、夫婦愛も、人間愛も、
すべてが武器になる。

そのすべてを動員しなければならない。
医師による治療は、総力戦の一端を担うものでしかない!
いわれる治療の根底にあるのは
心を最大の武器にして鍛えあげた時に、どんな病気も駆逐できる!
人生も病気も「闘い」を忘れたら勝利はない。

闘いが医学では説明のしょうがない「奇跡を起こす!
小宇宙としての人間は無限大の可能性を持っています。
だから私も1%の可能性(希望)が有る限り挑戦の人生を続けて
生きたいと決意しています

珍念もお迎えが来るまで頑張ります (#^.^#)

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ん・・「建築家のせいだ」 (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

自分の境遇を他人のせいにするな”トルストイの エピソードです。

  「転んだのは「建築家のせいだ!」

 トルストイの息子の一人{イリヤ}が、幼いころの 、お話しです

 ある日、少年は、前からほしかった立派な「コップ」と「皿」をもらった。

 嬉しさのあまり、人に見せたくてたまらなくなり、夢中で駆け出した。

 ところが、部屋の間に高い「しきい」があった。

 少年は、それにつまずいた。転んでコップを落とし、粉々にしてしまった。

 少年は大声で泣いた。母親が「お前が不注意だからだ」と叱ると

 彼は怒りだして、涙をこぼしながら、こう言ったのだった。「僕のせいじゃ

 ないよ。建築家のせいだよ!なんで、こんなところに「しきい」なんか

 作っておいたんだ!」

 トルストイは、これを聞くと、大声で笑った。そして、いつまでも、この

 言葉を忘れなかった。この事件依頼、家族の誰かが自分の失敗を

 「他人のせい」にして弁解しようとすると、トルストイは、にこっと笑って

 「建築家のせい」かね?」と言うのだった。

 たとえば、別の子どもが成績の悪いのを「先生の教え方が悪かったから」

 と弁解した時。トルストイは、「なるほど、建築家のせい」なんだね?」と

 また森え行って、うっかり馬を沼地へ乗り入れ、「こんな所に沼地が

 あるなんて、だれにも聞かなかったからだ。」と言った時。あるいは

 馬から落ちて、「馬の係りが鞍をよく締めておかなかったからだ」と文句

 を言った時。そんな時、トルストイは、いつも、にこっと笑って、こう言った。

 「そうだろう。そうだろう。「建築家のせい」なんだね?」

 そう言われると、皆顔を赤くして、下を向いてしまうのだった。

 
 
 釈摩男{しやくまなん}の犠牲のお話しです。

「私が時をかせぐ。皆安全な所へ!」

 舞台は古代インドです。釈尊の「九横の大難」{九つの大難}の一つに

 釈尊の一族が波瑠璃王によって滅ぼされたことがある。

 仏典に「波瑠璃王という王は、あじゃせ王に、そそのかされて、釈迦仏

 の御身に親しい一族の人々、数百人を切りころした・・と仰せである。

 「王は、成長してから、自分の母が釈迦族の使用人だあったことを知り

 恥辱を受けたと復習を誓う。そして、父王を追い出し、王となってすぐ

 兵を出して、釈迦族を襲撃し、ほとんど全滅させたといわれる}

 この悲劇の 一つの エピソードが仏典に伝えられています。

 全員が処刑されようとしている時のことです。

 一人の老人が王の前に進み出た。王と血縁のある釈摩男であった。

 {釈尊の従姉妹ともいわれる。仏教に深く帰依した在家の信者であった。

 「王よ、たった一つ願いを聞いてほしい。私が水中に入って、それから

 水面に浮かんでくるまでの間、せめてその間だけは、皆がここから

 逃げるのを許してほしい」

 ”せいぜい数分のことであろう。逃げた連中は、また捕まえればよい”

 義理のある老人の頼みを王はしぶしぶ聞いた。

 老人は池に飛び込んだ。釈迦族は、われ先に門から逃げた。

 一分また一分。人々は、どんどん門から出ていってしまう。

 王は、じいり・じいりした。「まだ浮かんでこないか!」
 
 「まだか」「まだか」と繰り返した。

 しかし、いつまでたっても老人は浮かんでこない。

 「みてまいれ!」・・・王は、しびれを切らした。

 部下が池に入って確かめた。見ると、老人は自分の髪の毛を水中

 の木の根っこに結びつけ、浮かばないようにして、すでに死んでいた。

 壮烈な死であった。老人は、自分が犠牲になって時をかせぎ、皆を

 救ったのである。このことは経典に記され、今なお伝えられている

 愚考します 真の指導者は、後に続く人々のために

 忍耐強く、時をかせぐ。自分が犠牲になって、人々を守る。

 しかし、多くの指導者は反対に、皆を犠牲にして、自分を

 守ろうとする。

 あれれ・・・「珍念」 何だか演壇で講義しているようです (@_@)

 おそまつでした 
 

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財宝・・・ ? (*^。^*)

憶良は謳う (おくらはうたう)


白金も 黄金も玉も 何せむに
勝れる宝 子にしかめやも

私の宝はなにか! それは日蓮大聖人の(三種財宝御書)に
蔵の財(たから)よりも身の財すぐれたり 身の財より心の財
第一なり、此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ
給うべし。 と

人生において、何が大切かを示されている御文です。
「蔵の財」とは財産等であり「身の財」
とは健康や身につけた
技術等であり「心の財」とは福運や心の温かさ、
知恵等と考えて,良いと思います。

物質的な豊かさが人生を快適にし、心の安定をもたらすという
面も勿論有りますが。

「恒産無きものは恒心なし」


という言葉は、かなり現実的妥当性をもっています。
しかし、逆に、物質的な豊かさが、人間性を損なっているような
場合も決して少なくありません。 
また財産は、失われたり、価値が変動するということを避けられません。
 つまり「蔵の財」は、人間の幸福の条件の一つではあるが、
十分な条件ではなく、また絶対的
幸福の条件とはなり得ないようです。

「身の財」という、自分の身につけた技術や知識等は、他人が容易には
奪えるものではなく、社会変動の中でも比較的価値変化しないという
意味で「蔵の財」よりも安定性を持っています。
しかし、自分の力に溺れて失敗する人もあれば、知識等の豊富さが
心を貧しくしている場合もあります。 事故等も起こりえます。

「心の財」は、内面的豊かさであり、福運や知恵の輝きです。
心豊かな人は、自己の満足はもとより、人々をも幸せにすることが
できます。 

「心の財」が豊かであれば「蔵の財」「身の財」

のてんで、貧しくとも幸せであり、また、これがあってこそ「蔵の財」
も「身の財」も生きてくると思います。

そして大事な事は・・「心の財」を積む修行ですが・・(*^_^*)
それは・・・言わない方が花ですぅう 

珍念のお粗末な 幼稚な説法・・? で・・・す

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君の笑顔はどんな宝石よりも美しい

一日一回の微笑み (^。^)

実は 筆者は (自分の事を述べるのは、恥ずかしいですが!)
妻の笑顔に,ころりと 虜になりました。

 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

それは,さておき「笑い」の力の「ちんねん」の一考察です
「笑一笑十年少」・・・一回笑うごとに10歳若返るという
、中国の諺が有りますが!

十歳とは白髪三千丈流の誇張ですが、笑いが心と体の健康に
有効なのは科学的にも証明されている。

☆ 情報関連の企業で働く管理職に、ストレスの度合いと笑いの
センスについて聞いた調査がある。 それによると、笑いの感性
やユーモアを肯定的にとらえる度合いが高い人ほど、心と体が
抑うつや不安、疲労感の影響を受けにくい、という。

☆ 笑いは現代人のストレス緩和に益があるだけでなく、人間
関係の潤滑油にもなる。人の表情で最も認識されやすい
「笑顔」には、周囲から親愛の情を引き出す働きもある。
タイミングのいい笑顔が、こわばった空気を一変させる ことは
珍らしくない。

☆ 「笑うことは素晴らしい」を信条にしたチャップリンが
「人生における最も厳しい事態をも笑い、死すらも笑うことの
なかには、健康なものがある。 笑いは強壮剤であり、気晴らし
苦痛の放棄である」と語ったのは有名ですが!

「笑い」はこの世で最も健康的といえます。

☆ 笑顔は「幸福の結果」というより「幸福の原因」としての意味
が大きい。 笑える状況に笑うのは「幸福の結果」で当然ですが!
問題は笑いが消え入るような厳しい中に笑顔でいられるか
どうかですが。 作り笑いや ”顔で笑って心で泣く”では
生命の地金がすぐ出てくるやも、知れません。

☆ 日蓮大聖人は竜の口の刑場に向かう途中 悲嘆する
在家の四条金吾に「これほどの悦びをば、わらへかし」と
仰せになった。

苦難の極限にあって「わらえかし」といえる大境界。

「ちんねん」も また、どんな難局にも心の深層から
「笑える」境涯になりたいです・・

ちなみに「笑い」は ただです・・う・・ぅ  (@_@。
あ・・また 要らざる・・軽口を・・閻魔さまから 嫌われない
ように・・口を これにて 閉めます (^_^.)

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初心を貫く人は偉大な人

(三日坊主) 惰性に流されがちな人間の本性を
実に言いえて妙な言葉ですが! (*^。^*)

何かを決意、意欲満々にスタートしても「三日」を過ぎると
実践はおろか、決意の内容すら忘れてしまうことが
まま見受けられます。

☆ 一日 坊主でなく{三日}となっているところに、ある種
の人間味を感じられますが! どんな決意も、最低三日間は
続けられる、との激励の意味が感じられますが!

そこで、実践の持続の為には、四日目ごとに決意し直すこと。
と奥ゆかしい提言を述べられる人もいます。

☆ 三日はおろか、初日の「発車」も出来ないでいるケース
が意外と多い。「明朝こそ三十分早起きして自宅付近の
道路清掃を・・・」
「あすから新入社員時代に帰って職場へ三十分早く・・・」
と思いながら、五年、十年と過ぎている例は なきしも
あらずですが!

☆ 決意、発心を実践し抜く困難さ、大切さを、時に、人生の
辛酸をなめ尽くした達人が、鋭く、含蓄深く述べられている。

故 松下幸之助氏は晩年、人生で多くの人を見てきた実感
として、成功者といわれる人はみな、途中で迷わず道を
変えず、初心を貫いている点が共通していると明言された。

☆ 歴史的人物を描き続けている著名作家は指摘する。
何事かを成し遂げるのは「その人の才能ではなく性格である」と。

魅力ある人格の力を強調したものですが、目的に向かって
たゆまず努力し挑戦し抜く・・努力が才能輝く”三日”坊主を
しのぐ例は珍しいことではない。

「ちんねん」も・・毎日毎日・・悔いの無い日々を
と、 いつ お迎えがきても 大満足の人生だったと
言える 精進を心がけています・・まだまだ今のままだと
閻魔さま から・・苛められそうです

あれれ・・・今日も・・べらべらと 愚考を・・(^_^.)
「ちんねん」の戯言です・・ (*^。^*) 

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対話の進め (*^。^*)


筆者の身近に「声かけ名人」と言われる 友人がいる。

初対面の人にも、上手に声をかける。
電話の会話を聞いていても、話の弾ませ方が実にうまい。

☆「秘訣は何・・?」と 尋ねると 
★ キッカケを逃さない
★ いつも好奇心をもって周囲を観察する。
★ 相手が話したいと思っている話題に水を向ける、の三点を
あげてくれた。 中でも、相手が話したい核心をいかに素早く
キャツチするかがポイントだという。

☆ 悩み事の相談を受けるときは「相談者の悩みを的確に
つかめ」と言われる。 それが出来れば、半分は解決したも
同じだとも。

なぜなら、悩みを抱えた人は堂々巡りに陥り、自分一人では
悩みの本質をつかめずに苦しんでいることが多いようです。
それほど自己の内面に目を向けることは至難のようです。

☆ 日本人は相手を傷つけることを恐れるあまり、当たり障りの
ない対話に終始する傾向がありますが!
だが、その気遣いは自分が傷つきたくないという利己的な生命の
”隠れ蓑”の面も。  自分に向ける眼に厳しさがない!

☆ 法華経では相手の「自己へ執着する心」に疑いを起こさせ
真実の自己を発見する方向に導いていく「動執生疑」という化導法
が説かれている。 簡単に言えば、何かに執着する余り、見えなく
なっている課題や欠点を教えてあげること

☆ それには 勇気がいる。 しかし、本当の友情を育む道は
ここしかない、 真実の自己に目覚める対話 !
勇気ある 一歩を踏みだそう、 と 

☆ ちんねん・・まだ、まだ、件の「声かけ」名人」の足元にも
及びません・・周囲に毒舌を撒き散らして自己満足しています。

恥ずかしいです・・また・・また あの世で 閻魔さま から 
厳しく断罪され二枚舌 いや・・三枚舌を抜かれて牛タンの
ように・・焼かれて食べられるやも・・ 怖いです (^_^.)
今夜も 頭を垂れて深く懺悔します。

「ちんねん」の幼稚な説法でした。 

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師をもつ人生は幸福

大誠実で勝ち取れ 人の心を

「理論」や「力」より「人格」の魅力で

ある時、とある セミナーに招待をうけました。
突然・・・スピーチを乞われ弱りましたが
るる 恥を省みず 述べさせて頂きました。

今から10年前、私の恩師はインド訪問で
当時のナラヤナン大統領ご夫妻、また
グジュラール首相ご夫妻と親しく語りあいました。

大統領も首相も、大変な激務の中での会見でした。
大統領とご夫妻とお会いしたのは、ある州の政治紛争
にさいして、大統領が公正な名裁定をし、打開した日
の晩であった。

翌日の朝刊は、みな「大統領は歴史をつくった」
「大統領が、インドの民主主義を救った」等と喝采
を送っていた。
また、首相ご夫妻と会見したのは、英連邦の
首脳会議に出席のため、イギリスに出発される
予定の日の、前夜であった。

九億五千万人(1997年当時)の国民のために
お二人とも、マハトマ・ガンジーの精神を根本として
厳然と指揮をとっておられる。 

師匠をもっている人は幸福である。
師匠がいない人間は指針がなくなり、自分中心となる。
傲慢になり、人々を不幸にしてしまう。

首相は、私の訪印について、「ガンジーの行動を世界に
広げていく責務を、改めてインドの私どもに思い起こさせて
くれます」と語っておられた、恐縮するほど謙虚なお姿でした。

 その時の エピソードです  新米記者として

☆ ナラヤナン大統領は、若き日のガンジーとの出会いを
「人生の宝」とし、「誇り」としておられる。

私も(恩師)戸田先生との出会いの一場面、一場面を映画
のように覚えている。先生の言葉は一言一句、忘れていない。
大統領は、新聞記者として、ガンジーに直接、インタビュー
する機会があった。 

当時、ナラヤナン青年は、二十四歳
一方、ガンジーは七十六歳。

新米の記者として、緊張して国父ガンジーのもとを訪ねると
タイミングが悪く、ガンジーは昼食中であった。 しかも
そこには、インドのほとんどの首脳が集まって、ガンジーを
囲むように座っていた。

しかし、その中にあってガンジーは、「(沈黙)を決めた日で
あったにもかかわらず」一介の無名の記者の質問に、快く
しかも誠実に(書面で)答えてくれたのである。

若い人を大事にすることである。若い人を大事に出来ない
大人は、知性と人格のない動物性の人間である。
私は、周恩来総理とお会いした折、総理が、三十歳も
若い私に「閣下」と呼びかけてくださったことを、忘れる
ことができない。

筆者も二十一歳の時、恩師に奇跡的にお会いし、大激励を受けて
お土産まで・・頂いた時の感激を忘れたことは有りません。

学生や青年を見下して、「○○君!」と呼びつけにしたり
する指導者は傲慢である。
人を尊敬できないのは、近年の日本人の欠点である。

「なんと美しい思いやりか!」

さてナラヤナン青年が、インタビューを終え、部屋を
退出して帰ろうとすると、ある人から引き止められた。
ガンジーから「ナラヤナン青年に、昼食を食べさせてあげる
ように」との話があったというのである。 この「気配り」
ここに人間性の真髄がある。

名もない一青年にも、こまやかな気をつかってくれる
国父ガンジーの慈愛にナラヤナン青年は胸を熱くした。
一生忘れない・・・と

大統領は、その時の思いを回想して、こう つずつている。
「なんと美しい、親切と思いやりなのだろう!ガンジーは
痩せて空腹そうな青年が質問している間、自分(ガンジー)
が昼食を食べていたことを、申しわけなく思ったにちがいない。

事実、私の心をとらえたのは、私の質問に対するガンジー
の答えよりも、その人間としての魅力と、寛容さであった。
確かに、ガンジーの心は、私の胸に響いた。

おそらく、インドの民衆の心を勝ち取るのは、論理や
力ではなく、その心に訴えることによってであろう」と
[心をつかむ]・・・古今東西、指導者の要件だと思います。

周総理も、人民の「心」をつかんだ。
表面的な人気とりではなく、大誠実で国民の「心」を また
そばにいる人の「心」をつかむのが指導者の根本
要因だと「ちんねん」思います。

ちゃらんぽらん の ちんねん 自分の心もまだ
掴んでいません・・・掴んでいるのは 財布の中の
僅かな小銭です・・深く深く反省しています。

だらだらと・・取り留めのないお話に最後まで
お付き合いさせて・・すみません わが身の
不徳を恥じています。
 (*^_^*)

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くもの糸

「石山の石より 白し 秋の風」 (松尾芭蕉)

暑さに気を取られているうちに、あたりは、すっかり
初秋の風景に・・そよ風にゆらぐ芒に金木犀の仄かな

香りに哀愁を感じますが!

街路樹も色つきはじめて来ました
その美しいさが、木々によって微妙に違うのが
何故か心をときめかす・・・

今朝、近くの公園を
散歩した時・・松尾芭蕉の 俳句が浮かびました。

公園の中ほどの「野鳥の観察小屋」に立ち寄った時
突然、蜘蛛が天上からツーッと糸を引きながら降りて

きたと思うと、また上がっていく、それも出した糸を巻き
ながら。 今度はそこから最大降りてた位置まで

ストーンと凄いスピードで落とす。
巻いてた分を解放するかのように、でも、糸は切れませんでした。
蜘蛛はこの後、天井まで登り、姿を消しました。

ん・・何かが頭の中に・・なんだろう・・?
あ・・そうそう、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を思い出しました。

だけどカンダタが好き
(神奈川県双葉小学校四年 佐藤隆恒さん)

「蜘蛛の糸」私は、このお話を小さい時から今までに
何度も繰り返しよんできました。
五、六分で読めるぐらいの、本当に短いお話だけど
読み終わる度にいつも、暫く心の中が「しいん」と
しています。このお話の最初と最後は、平和な極楽
の蓮の池の風景です。お釈迦さまの穏やかな散歩
で始まり、全く同じ状況で終わっています。

あんなに、カンダタが死に物ぐるいで脱出をはかった
ことなど、まるで、うそのよう。 ゆったりと時間が
過ぎただけで何一つ変わっていないのです。
それで、かえってとてもやりきれないような、悲しい
気持ちにさせられるのです。

ばくは、カンダタが、なぜか好きです。 家に火をつけ
人殺しをした大泥棒ですが、とても人間らしく、優しい
気の弱い一面もあるからです。 一しゅんの気まぐれ
かもしれないけど、くも一匹の命を、可愛そうだと感じる
そういうことって、僕達にもよくあることです。

自分のことが他人より大事。これも普通の人の感情です。
だからぼくは、カンダタに、何か憎めない物を感じます。
お釈迦さま も たぶん、そういう所が気になったのかも
しれません。 なぜ、カンダタは、「このクモの糸は
おれのだ。おりろ、おりろ。」などと叫んでしまったの
でしょうか。

ぼくは、どうしても残念でたまりません。

カンダタに、極楽まで行きつかせてあげたかったです。
そしたら、もっと、カンダタの良い面が現われて来たと
思います。 カンダタの思いやりのない冷たい所ばかりが
この瞬間出てしまい、その一言ですべてが決まってしまい
ました。

 「しかたないよ、自業自得だよ。」という
虚しい答えしかかえって来ません。それがとても悲しいです。
ぼくは、最初にこの話を読んだ時から「へんだなぁ」と思った
ことがありました。それは、もし血の池地獄から、カンダタに
続いて、罪人達が,次から次へわんさか、ゾロゾロ極楽へ脱出
してきたら、お釈迦さま、は、いったい、どうするつもりだったの
かということです。

ちょっと意地の悪い見方だけど、もしかしてお釈迦さま、は、くもの
糸がブッンと切れてしまうことなど、とっくにお見通しだったの
ではないでしょうか。 

わかっていて、それでも、「もしかしたら
予感が間違っているかも・・そうだったら、他の同じような
罪人にもチャンスを与えてみよう」
そう考えていたんじゃないかなぁ。

カンダタが、血の池に石のようにしずんでいって極楽は
もうお昼ちかく。お釈迦さまは、どんな気持ちで、昼ごはん
を食べるのかな。 やっぱり あじけないんだろうなと
思いました。 

芥川龍之介「くもの糸」 より

筆者も「カンダタ」かも 知れませんです 日ごろの
行いが悪いので・・血の池地獄 わ~を 怖いです
今から、心を入れ替えて精進します

ん・・誰でちゅかぁ・・?」 うどん屋の釜とおっしやる
人は(湯だけです)・ ・・・うぅう いい得て妙です 
(*^_^*)

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いろは島にて (*^。^*)

「いろは島 金波 銀波 で 夢誘う」

ある時 パソコン塾のメンバーの方と、訪れた時 ふと
拙い俳句が浮かびました。

この日は、真夏並みの暑さでしたが、島の渚で
きらきらと輝く波に無数の島々が光輝いていました。
ちんねん 遥か彼方の鷹島の方を、見つめて何か
思いを馳せていました。

今から七百年前、元の江南軍十万が五月 壱岐、対馬、を侵し
六月大宰府も侵し 伊万里湾に終結し鷹島に上陸、此処でも
阿鼻叫喚のこの世の地獄が、余りにも おぞましいので書きません。

ちょうど・・台風が来て船が沈み、元軍はたった三人の生存者

だけで全滅したそうです。

近年この海域で当時の蒙古の船が発見され話題に
なりました。

ただ・・フビライの命令で異国の地で亡くなられた兵士も
恋人や両親、愛しい妻や子供・・・等に! どれほど
生きて帰り 再会を望んでいたか!
望郷の念に駆られたと思います。

この 美しい 伊万里湾で、両軍が命を掛けて戦った
歴史に思いを馳せた時・・平和な国 美しい国 日本
自由と民主主義の国 日本  何時までも 平和が
続くように・・願っています。
先の大戦でも・・筆舌に表すことが出来ないほど内外に犠牲を
出しています。

愚かな指導者に騙されては、行けないと思いました。
「ちんねん さ~ん 食事の時間ですよ・・」
ん・・・僅か数分・・悠久の歴史に浸っていました。

ちんねん襟を正して、懇ろに題目を唱えさせて
頂きました。
なを・・激戦の受難の島 鷹島にモンゴル村が
出来ています。
 
読者の皆さま・・一度 風光明媚な ロマン
溢れる・・いろは島に遊びに来てください。

潮騒に耳を傾けると、人馬の嘶き、火薬の炸裂する音
や・・元軍の火矢に苦戦する松浦党 数多の勇者の
雄叫びが心に・・残るやも知れません。

古の古戦場 鷹島に思いを馳せてください。
あれれ・・ちんねん 唐津観光協会の
の「回し者」と誤解されるやも・・

今日も・・減らず口を述べました。 
えんま様から・・叱られますので、是にて消えます ('_')

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自然を 慈しむ心 (*^。^*)

「川は生きている」 を読んで 落合育美さん

(これは川ではない、滝だ)と、ある外国人が、日本の
川を見て驚いたそうです。

私は、日本の国土が細長くて山地が多いために、川
は短くて流れが急だから、きっと、この外国人の目には
滝に見えたのだろうと思います。

私たちの祖先は、この「あばれ川」を上手に治めて
そこに文化を築いてきました。 

水田を開き、降った雨を蓄えるということが、
結果的には、遊水地を作るのと
同じことになり、水を治めることになり、つながってきました。

私は、今の大都会のように、人間が、ただ水を取り上げて
降った雨も使った水も、下水のパイプで海へ捨ててしまう
「使い捨て」とは随分違うなと思いました。

資料張で調べると、日本の国土の三分の二は、森林だ
そうです。 「国土の殆どが森林だなぁ。」と思いました。
私の住んでいる善城も、山に挟まれた所です。
日本人がこの国土に、二千年もの間文化を育て続けて
こられたのは、森林のおかげだったんだという事が
分かりました。

森は、「自然のダム」だからです。 森林を失うということは
土を失うことであり、水を失う事だったのです。

昔、ある外国で、大変栄えた文明が、次々に滅びていった
原因も、森林を失ったことにありました。 今、日本では
川に堤防を築いたり、ダムを作ったりしています。

ところが、川は年と共に危険になるばかりだそうです。
私は、森林や水田を潰してきたことと、水を大地へ返さな
くなったことが、いけない事だと知りました。

良く考えて見れば、日本人は、今まで水につかっていた
土地を埋め立て、堤防を築き、そこに建物を建てて暮らして
います。

その結果、草や木などの植物が減り、コンクリートで固められ
る一方です。 その分だけ水は一度にどっと川へ押し寄せて
くることになり、洪水の心配が増えているのです。

さらに、水不足いう問題が起こってきました。 都市では
工業用水、生活用水に使う水が必要になつてきたからです。
それでは、水は足りなくなるばかりです。

それに、今では、川がとても汚れているので、私は住んで
いる人たち皆が、もっともっと、川を美しくしていこうという
気持ちにならなくては、いけないと思います。

この本を読んで、堤防で守られた川は、本当は何を
訴えているのか。  汚れた水は、何を語りかけて
いるのか。 もう一度、川と私たちの生活の結びつき
を、考えていかなければならないと思いました。

「川は生きている」(富山和子著)より

ちんねん 落合育美さんの感想文に心が洗われました。

人体の70%以上は・・水分で覆われているそうですが!
それ以上に ちんねん の 心が瑞々しさを失っています
深く反省しました この時期 「温故知新」を糧に彼方此方の
友人と楽しい対話をしています。
その度に新たな希望と勇気を頂いています (#^.^#)

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私の宝 「ガンジー」

先ほど本棚の奥から ある新聞の切り抜きが見つかりました
その中にガンジーのエピソードが紹介されていました。

ガンジー「ちびた鉛筆も宝・少年の(思い)が宿っているから」

それは、ある重要な会議を前にガンジーは着席していた。
しかし、何かそわそわした様子で、あたりを見回したり、机の
下を覗いたりしていた。

「何か、おさがしですか」。

ある人が聞くと、ガンジーは「鉛筆をさがしているのだ」。と
それではと、その人はガンジーに自分の鉛筆を渡した。

すると、「その鉛筆は、私のさがしている鉛筆ではない」。
これから大事な会合が始まろうというときに、どうしてこんな
小さなことに、こだわるのかと不思議だった。

「どうして、この鉛筆ではいけないのですか」

「その鉛筆はではだめだ」。ガンジーは強く言った。
しかたがないので一緒に机の下をさがした。 やっと
見つかったのは、三センチほどの、ちぴた鉛筆だった。

ガンジーは説明した。
私が以前、独立運動を呼びかけ、援助を求めて各地
を演説して回っていた時、ある会場で一人の少年が、この
鉛筆を私に寄付してくれた。

子供にとって大事な鉛筆を、独立運動のために差し出して
くれたのだ。

そんな一人の国民の「思い」を忘れて、私の政治活動は
あり得ない。
こうした一人の少年の「心」を忘れて、いくら政治を論じた
ところで、それは空論にすぎないだろう。
この気持ちを私は捨てることはできないのだ」

たった三センチの鉛筆。しかしガンジーにとって、それは
「少年の真心」そのものであり、かけがえのない「宝」であった。

「真心」に「真心」で応える。
これがガンジーの「宗教」の実践であり、同時にガンジーの
「政治」の魂でした。
どちらも徹底した人間主義に貫かれていた。

ちんねん・・・この少年とガンジーさんの真心に
涙が溢れてきました・・私も・・万分の一でも・・真心には
真心で・・応えて行けるように 成りたいと思いました。

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メタポリック症候群・・(^_^.)

 昨日25年ぶりに同窓の集いに参加しました
 その中で・・太りすぎが話題になりました
 その事で 筆者の愚考を恥を忍んで、るる 
 次のように懇談的にお話しました。  

「死の四重奏」 (-_-;)

(血圧 肥満 血糖 血中脂質)の四項目が基準値を超える人
は確実に・・寿命が・・短くなるそうです。

飽食の時代に生きる、私たちは・・生活習慣病に脅かされています。

実は3000年前の「古代インド」にも、この事が仏典に、ありました。
釈尊は、いつも「健康」について考えていました。
出家した出発点が「生」「老」「病」「死」の解決にあったと
言われていました
「健康」が仏法の中心的テーマと成っていました。

食べすぎを指摘 (*^_^*)

こんな、エピソードがあります。
釈尊の信者には、大小の国の王さまもいました。
有名な大国・コーサラ国のハシノク(波斯匿)王も、何かにつけて
公私ともに釈尊に教えを請うていました。

ある時、ハシノク王が釈尊のもとに、ふうふうと息を切らして
やってきました。
大王は、大食家であり、この日も、お腹いっぱい食べた後で
すぐにやってきたのでした。

大王が太った体を、ふうふう、いわせている姿を、釈尊は
しばらく優しい目で見ていましたが、やがて、こう、教えました。

「常に自ら気をつけて、量を知って食をとらなければいけません。
そうすれば、苦しみは少なく、老いることも遅く、寿命を保てるでしょう」
食べ過ぎに気をつけて、若さをたもち長生きしなさいと教えたのです。
釈尊の教えは、いつも具体的でした。

その時、大王の後ろに、おつきの少年が立っていました。
名前をゼンケン(善見摩納)といいました。
「ゼンケンよ、お前は、今の釈尊の教えを暗唱しておいてくれ。
そして、私の食事のたびに、いっも唱えてくれ、そうしたら、毎日
お小遣いをあげよう。」
「大王よ、かしこまりました」

少年は、釈尊の教えを、そらんじました。 毎日、食事のたびに
大王の傍で繰り返しました。
大王は、食べるたびに耳元で「量を知って食を採らなければ
いけません。」と 師匠の教えを聞かされるのですから、次第に
食べすぎが、なくなっていきました。

そして、肥満した体も、次第にスマートになり、健康になって
いきました。
大王は歓喜して釈尊を称えたと言います。(相応部経典より)
このように、釈尊の教えは、人間を「老」と「病」の苦しみから
救い、「生」を充実させ、「死」に準備させるものでした。

老いと死の山がのしかかる

今度は、別の時の話です
ハシノク王が、長いこと姿をみせませんでした。
久しぶりに釈尊のもとにやってきました。
「大王よ、一体、どこへ行っておられたのですか」
「釈尊よ、王というものは、権力をもち、国家を保全し、広い
領土を維持するために、いろいろと用事が多いのです。
私は、それらの仕事に、とても多忙だったのです」

すると、釈尊は、こう問いました。
「大王よ、それでは、こんな報告が入ったら、あなたはどう
考えますか。
(今、東の方から、大空のような大きな山が、すべての生き物
を押しつぶしながら近ずいてきます。大王よ、急いで何とか
して下さい) またその時、同じように「西からも大きな山が
近ずいています と 知らせがあったとします。
また、北からも、南からも同じ報告が入ってきたとします。
まさに、このような大恐慌は、恐るべき人類滅亡の事態です。
そういう時、大王よ、あなたはどうしますか」

「釈尊よ、そんな大恐慌の事態になっては、何ができましょう。
ただ、もう生のある限り、正しく法を行じ、善業を積み、功徳を
積むはか、何ができましょう」

釈尊は、うなずいて、こう言いました。
「大王よ、それでは私は、あなたに告げましょう。
「老い」が大王の上にのしかかりつつあります。「死」が大王の
上に、巨大な岩のように、のしかかりつつ あります。
こういう事態を前に、大王よ、あなたは何をなすと言うのでしょうか」

大王は、わかりが早かった。
「まことに釈尊よ、仰せの通りです。老いと死とは、私の上にのし
かかってきております。 
この事態におよんで、私がなすべき事は、ただ、正しく法を行じ
善業を積み、功徳を積むことだけです。 どんな軍隊も
どんな黄金も、老死がのしかかってくる事に対しては、防ぐ
ことはできません」

王は、こう言って、多忙を口実に仏道修行をしなかった自分を
反省したそうです。

王であろうと、だれであらうと、「老い」「死」という巨大な山を
避けられる人はいません。
どんなに自分だけは別だと驕り高ぶっても、「無常迅速」を
まぬかれる人はいません。

そう自覚すれば、だれしも、死をも超える「永遠の幸福」を
求め、仏道修行への心を起こすのでは無いかと 

ちんねん 愚考します (^。^)

いまの世界の行き詰まりは、社会の指導者が、「死」をみつ
めることを避けていることに、大きな要因があるやに愚考します。

自分を見つめる事をさけ、目先の利益に目がくらんでいます。

「近ずく大いなる山」とは 個人の老死だけでは有りません。

核の脅威とも 環境破壊ともいえます。

こうした根本の大事を放っておいて経済などの為にはすぐ集まる。

それも指導者が「死」を見つめることから逃げている」姿と思います。

ハシノク王の物語は、現代にも少しも色あせず 生きています

「ちんねん」の一考察です  !(^^)!

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古典は誘う (^。^)

「伊勢物語」を読んで  小学6年生 中村淑子さん

「友人のような存在だった伊勢物語が、今では恋人のようです。」

という言葉が一番目についた。「たかいなぁ。」 とため息まじりで値段を見た。

けれども見たいという思う気持ちは人一倍強い。

私は、根っから古典が好きで特に見ていない本があると、手に入れたくなる。

だから、市立図書館でこの本を見っけた時はとても嬉しくて、天にも登るような

気持ちだった。

「伊勢物語」は、かの有名な、俵万智さんが

現代語に直したもので、百二十五の短い物語である。 

でだしは「昔、男。」で始まる、ほとんどが男女の恋物語で、恨んでいる

気持ちや恋しい気持ちが書かれている。

「伊勢物語」の面白い所は、皮肉たっぶりに送った短歌のはずなのに、

相手が取り違えてしまう話しや、反対に愛情をこめて送ったはずが、

「これ、皮肉かしら。」 と思われるなどの取り違いの所が面白かった。

「伊勢物語」は数がとばしとばしに書いてあり、本当は百二十五ではなく、

五十四の話だったので可笑しいなぁと思った。

片思いの人が、思っている人にひそかに短歌を送り女の人の気持ちを引いて

会う機会を作ったり、花と一緒にロマンチックな短歌を送ったりする所なんて

昔と今と似ているなぁと思った。

「伊勢物語」の中でも、私が一番気に入っているのは年老いた

母がロマンチックな夢を見たと言い、三人の息子にその夢の話をしたところだ。

上の息子二人はあきれはて、帰ってしまうが、下の息子はそんな母を哀れに

思い優しい言葉を返してあげる。私はここまで読んだ時、何で同じ兄弟でこうも

違うのかなぁと思った。

でも私も夢の内容にによって、態度が変わると思う。

夢の内容は、「近々素晴らしい男性が現われる。」という感じの内容である。

 私はどんな男性が現われるのだろうと思いながら、読んでいった。

相手はちょつといいかげんな所がある「在原業平」であった。 

読んでいくと、「ふざけているのかなぁ」と最初は思ったけれども、

よく読んで見るとの一途な気持ちが現われていて、母私は凄いなぁと思った。

この本を読んで見て、私が強く思った事が一つある。

それでは難しい昔の言葉を現代語に直すことでとても関心したし

興味を益々もった。

できれば「伊勢物語」のように、昔の話を現代語に直した本をもっと読んで

見たいと思う。そして、出来れば将来こういう仕事について昔の話を

現代語に直して沢山の人に、昔の話を紹介したいと思う。

「ちんねん」 古典は余り読んでいませんでした!

頭だけ古いんです・・(^_^.) 反省しています  

毎日 反省 反省の日々を過ごして はや  人生の三分の二は過ぎました

 閻魔さまから・・苛められないように精進します。

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回忌法要

 釈尊は否定” 「僧侶の祈りで成仏」は 外道の考え

先日友人のBさんから、

母親の七回忌法要の導師を頼まれました、無下に断れず、

喜んでお手伝いをさせて頂きました。

30名ぐらいお見え頂きました。 法要が終わり・懇談の時、僧侶が祈らないと

成仏は出来ないと言う意見がでました。

尤もだと 思いました。 ちんねん(我が意を得たりと)質問された方に笑顔で

語りました。

「心こそ大切」ということを「葬儀」との関係で語った仏典があります。ある時、

一人の村長が、釈尊に、たずねた。「偉大なる人よ。西の地方出身の

バラモンは、

死した人の魂を高め和らげ、鎮め、天上界に登らせる儀式を行う。

偉大なる人よ。あなたは(バラモンのように)、すべての人が死んだ後、

 天上界に登らせることができますか」

 つまり、この村長は、当時の常識どうり、バラモン僧侶の祈祷によって死後の

 幸せがあると信じ込んでいたわけです。

釈尊は、どう答えたか。「譬えば、ここに人がいて、巨大な石を深い湖水の中に

投げいれたとしょう。大勢の人が群れ集い、次のように祈祷したとする。

「巨大な石よ、浮かび上がれ、浮かび上がれ」 さて、大勢が「石よ浮かべ」

と祈祷し、合掌して湖の周囲を祈り回った。 その功徳により、

石は浮かび上がるでしょうか・・?」村長は答えた。「そんなことは、

あるはずがありません」 釈尊は言った。

「村長よ。同じように、ある人が、人の命をむしばむ、たちの悪い輩で、

盗みを行い、邪淫を行い、うそをつき、(正しい人の)悪口を言い、

粗暴な言葉を語り、巧みにごまかし、貪り、正しい心を失い、

誤った考えを抱いているならば、いくら大勢の人々が群れ集い

祈祷し、合掌し、(天上に生まれますように、天上に生まれますように)

と祈っても、この人は死んだ後、悪しき所に生まれるでしょう。

反対に、一人の人が貴重な油の壺を深い湖水に沈めて割ったとしよう。 

この時、油は自然に浮かぶ。いくら大勢の人が「油よ沈め、油よ沈め」と祈っても

、油が沈むでしょうか?」「そんなことは決して、ありません」 「村長よ。同じように、

 生命を貴び、人に惜しみなく物を与え、邪淫を行わず、正しいことを言い、

二枚舌を使わず、ごまかさず、貪らず、正しい心をもち、正しい考えを抱いている

ならば、いくら大勢の人が群れ集い

「地獄に落ちよ、地獄におちよ」と祈ってもこの人は死後、

善き所に生まれるでしょう」

葬儀に僧侶がきて、祈らないと成仏しない・・・こんな日顕宗の邪議は、

釈尊によって明確に否定されています。

それは、釈尊が打ち破った外道のバラモンの考え方なのです。

”死後の運命を決める根本は、その人の生前の行いである” というのが

仏教本来の教えでした。 もちろん、追善供養という法理はありますが、

それも、正しい信仰者の正しい祈りが、死者の生命に感応し、功徳を及ぼすと

いうことです。儀式が大事なのではない。

 妙法を信ずる「心」が「心」に善の波動を送るのです。 日蓮大聖人は、

女性の弟子である日眼女(にちげんによ)「四条金吾の婦人」に仰せになられた。

「宝石を石だといっても、宝石が石になることはない」 「法華経をいくら謗ろうとも、

宝石が石にならないように、法華経の偉大さは少しも損ずることはない」と

誰がなんと言おうと、真実は真実です、正義は正義です。恐れなく、声も高らかに

言い切っていけばよいのだ。

「悪い噂のある人々に悪い噂をたてられることを恐れるなど、

何と馬鹿げたことか」と

古代ローマの哲学者セネカも喝破している。

ともあれ・・私たちの友人葬は内外に波紋を起こしています。

近隣の方たちに葬儀のあり方で注目を集めています。

あ・・そうそう、導師を頼まれたから、お布施 ?(お金)など頂いていませんです

・・反対に故人を偲んで志を差し上げています・・誤解をされないように (*^_^*)

筆者は、腐敗・堕落した宗門と決別した時から葬儀の手伝いをさせて

頂いています。

お経を唱えるのも苦になりませんです・・朝夕勤行をしていますから・・ ともあれ

・・人間はだれでも「いつかは」自分は死ぬと知っています。

 しかし「いつか」であってまだまだ先のことだと思っています。

しかし地震・事故・急病・その他死はいつでもあるのです。

三日後に「あなたは死ぬ」と宣言されたら、のんびりテレビなんか見ていられません

しかし、良く考えてみれば三日後が三年後、三十年後であっても本質は同じなのです。

ゆえに・・ ☆ いつ死んでもいいように「今」を生きるのです。

☆ 死を意識することが人生を高めることになります。

☆ 死を自覚することによって「永遠なるもの」を求め始めるのです。

そして、一瞬一瞬を大切に使おうとするのです。

○ 現代文明は「死を忘れた文明」とも「欲望を野放しにした文明」ともいわれますが!

○ 死があるから、今を大切に生きようとする事ができるんです。

○ 死は生と共に大切であるが故に生死不二と仏法は説いているのです。

本日は故人の法要ではありますが、この故人を通して、生きている私たちが

「今を生きる大切さ」を感じ、立派に生きゆく志を示しゆくことが

最高の故人への

法要になるものであると思うものであります。

「 ちんねん」のお粗末な説法でした (^。^)

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ごめんなさい  (*^_^*)

過ちを悔いるのに 憚ることなかれ  

昨日の午前中、ある会合が終わり、帰り際の出来事でした。

顔見知りの女性が、ロビーのイスに険悪な表情でいられました。

「何処か、お体の調子が優れないようですが・・?」

(実は、今日の会合の連絡が今朝、他の方からききました。)

「行事の連絡を・・尋ねない方も、良くないですが、してない方も良くないですね!」

"連絡は、グループの責任者がするように成っていましたが件の女性は、

連絡する方よりも更に責任のある地位の方なので・・

それとなく自覚を促しました。

ちょうど その時 連絡責任の女性の方が見えられて深々と頭を下げられて

「済みませんでした、私の連絡ミスでご迷惑をお掛けしました、お許し下さい。」

と(はい・・判りました) と きょとんと していました。

謝られましたが 一言も言い訳をされないので!

ちんねん・・原因は・・? 何だったのですか・・・?

「はい・・2、3日 前から風邪を引かれて体調が思わしくないので、

私の愚かな判断で連絡をしませんでした。」

ちんねん・・心の底からその女性の健気な真心と過ちを認められ弁解も

されない崇高な命に感動しました。

そうそう・・ずいぶん前に 吉川英二の「新水滸伝」の中に「宋江」率いる

梁山泊の勇士が悪代官の「祝家荘」を攻めていた時。

「祝家荘」の周りは八幡の藪知らず・・の竹林でした。

行けども、行けども 敵の本陣に辿り着かず・・迷路にさ迷い、

敵の待ち伏せや奇襲攻撃で全滅の危機に陥った時 

しまつた・・我過てリ・・過ちを悔いるのに憚る事なかれ の 通り

 全軍総退却したそうです。

ちんねん・・まだまだ・・精神年齢 6歳ぐらいです

昨日の女性の方の勇気には足元も及びません

「日光の猿軍団」のように 何度も頭を下げています。 

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ある男の約束

この前 午前中 セミナーで急遽代役を頼まれました。
一時間お話しました その中の一つを紹介します。

日常の振る舞いに 付いて

日常のひとつの振るまいが、万言の重みをもって人の心を打つ事がある。

 ある男が旅行中、田舎道で母に連れられた七才の少女と
 出会う。

 そしてユリの花を刺しゅうした彼の鞄をせがまれる。

 そこで男は事情を語り約束する。

 明日まで待ってもらいたい。明日には必ず持っていくか  ら、と

 翌日、約束通り女の子の家を訪れる。

 だがなんと少女は急病で亡くなっていた。


 
残念さから男は墓前に鞄を捧げ祈る。

 母はその鞄を持ち帰ってくださいという。 だが男は語  る。

 お子さんは亡くなったが私の約束した心は死んでいない。  私は自分の

 心に背きたくない、と男は ロシアの文豪!トルストイ。

 彼の振るまいそのものが、心に残る<名作>であったそう です!

 「ちんねん」ちゃらんぽらん、ですから 約束は
 破っています・・閻魔さまから必ず二枚舌を
 抜かれそうです・・(-_-;)
 反省しています (^_^.)
 

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「いつかは」

 ちんねんこの前 53年振りに中学の時の担任の先生宅を訪問しました。
 何と10年前「癌」を患い亡くなって居られました。

 そのうち 何時かは 訪問 する予定でした。
 遺影の前で泣き崩れました 痛恨の極みでした。

 人間はだれしも「いつかは」自分は死ぬと知っている。
 しかしあくまで「いつかは」であって、まだまだ先の事だと思っている。

 青年はもちろん、年をとっても、否、年をとればとるほど、「死」から
 目をそらす場合もありますが!

 しかし、人生の実相はどうか。じつは人間、次の瞬間には死んでいるかも
 しれない。
 地震、事故、急病、その他、死の可能性は「いっでも」あるんです。
 それを忘れているようです。

 しかし、よく考えてみれば、三日後が、三年後であっても、三十年後
 であっても、本質は同じなのです。
 ゆえに、いつ死んでもいいように、「今」を生きるしかない。

 何が確実といって「死」ほど確実なものはない。

 ちんねん・・「いっかは」ではなく「今」しかないとの思いで
 頑張るように遺影に誓いました。

 愚か者の「ちんねん」です。

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こんにちは・・ちんねんの一考察です

 
 命・・・何の為・・誰に・・?

真の戦士描く 「カレーの市民」 捕らわれの身に関連しますが!
 真実の勇者、真の戦士とはだれか、いかなる人物か

 彫刻家ロダンの傑作の一つに「カレーの市民」がある。 これは
 14世紀の史実に題材をとった作品である。 カレーとは、フランス北端
 の港町。ドーバー海峡を はさんで イギリスと 向かい合っている。
 物語は、イギリスとフランスとの「百年戦争」{1337-1453年}の中の
 出来事ですが!

 1347年。カレー市は、イギリス軍に包囲されていた。もう、一年間も、こ んな 

  状態が続いている
 
 市に助けを出すべきフランス王フイリップ6世にも、見捨てられてしまった。
 その時、市民はどう生きたか・。この極限の状況のなか、いまなお 

 全ヨーロッパの人々に語り継がれる人間のドラマが、生まれたのです。
 その魂の劇を描いたのはドイツの作家ゲオルクカイザー{1878-1945年}
 反ナチスの作家としても有名な彼の戯曲「カレーの市民」は全世界の人々
 に感銘を与えた。

 その日の朝、カレーの市民たちのもとに、イギリス王エドワード3世からの
 使者が届いた。「町を破壊されたくなかったら、一つの条件をのめ」と
 いうのである。負け戦のカレー市としては黙って耳を傾ける以外にない。
 負けることはみじめである悲惨である。人生も断じて勝たねばならない。

 その条件とは・・・使者は言う
 「明日の朝までに、6人の代表の市民を英国王のもとに差し出すのだ
 その6人は、帽子をつけてはならぬ。靴もはいてはならぬ。裸足で、哀れな
 罪人の衣を着、首に縄をかけて来いそして国王の前に命を差し出すのだ。
 そうすれば、町は破壊から救われよう」
 屈辱的な要求であった。人間を愚弄する傲慢の言であった。
 市民たちは怒った。とうてい、こんな申し出を聞くことはできない
 「武器を取ろう!」。声があがった
 しかし、玉砕は100%確実である。

 女性も、子供も老人も全員が、犠牲になるであろう。町も破壊されよう。
 それでも、「皆、ともに死のうではないか!」という声が優勢であった。
 フランス軍の隊長デュゲスクランが、そうした人々を煽った。
 「戦おう!」隊長の声は勇ましかった。人々は興奮状態にあった。
 「華々しく突進して死ねばよいのだ」そのほうが、潔いし、この長い長い
 苦しみからも逃れられる・・・隊長の剣の上に、一人また一人、と誓いの
 ため手を置いていった。この若者も、あの老人も・・・。

 しかし、一人だけ、手を置くことを拒んだ者があった。それまで静かに
 議論を聞いていたサンピエールだった。彼は言った。
 「私は反対だ。我々は、何よりも大切な、この港を守らねばならない。
 後から続く人々のためにも・・・」
 「この港は、我々市民が営々たる労働でつくったものである。市民が
 自分の腕で重い石を運び、背を曲げ、ぜいぜい息を切らして、働いた
 結晶である。こうして、湾は深く堀下げられた。立派な、防波堤が築
 かれた。あらゆる国の船が、安心して停泊し、航海できる港ができ
 たのだ」

 [6人の市民を犠牲にすることは、もとより断腸の思いでる。しかしカレー
 の港は、我が命よりも尊いと思わねばならない。なぜなら、この港は、
 世界の万民に幸福をもたらすからである。」・・・
 無謀な戦闘をいさめるサンピエールの言に人々は「何という臆病者だ!」
 「卑怯ではないか!」と口々にののしった。しかし、じゅんじゅんと説く
 サンピエールの冷静な声に、次第に賛同の意見が増えていった。

 「それでは・・」。一人の市民が発言した。「だれがイギリス国王の前に
 いくのか!」自ら死ぬものは誰なのか。この問いかけに場内は一瞬
 にして、水をうったように静かになった。だれもが顔をこわばらせた。
 そして「では、私が行こう!」立ちあがったのは、サンピエールだった。
 人々の間に異様な感動が走った。もう彼のことを、臆病者などという人間
 はいない。いるはずがなかった。

 ちんねん 思います、人々をけしかけて
 無謀な玉砕へと、赴かせるような人間が「勇者」なのか。自らの生命を
 捨てて、人々を守り,祖国を守る者が勇者なのか。

 一人立ったサンピエールのもとにもう一人の市民が、静かに寄りそった。
 「二人目」であった魂は魂を揺さぶる「よし、おれも」!3人目も立った。
 4人目、5人目と続いた。あと一人である。人々をけしかけた、あの隊長は
 名乗り出ない。・「よし、私が!」2人の兄弟ジャックとピエールが同時に
 声をあげた。6人でよいところが、7人んびなってしまったのである。

 予想外の出来事であった。どうするか。「くじ引きで一人を除こう!」。
 場所を変えて、抽選することになった。
 それは恐ろしい光景であった。はじめ7人は、命を捨てる覚悟だった。
 ところが、ここで生命が助かる新しいチヤンンスが出てきたのである。
 妻の顔、子供の顔が浮かんでくる。母が,恋人が。「どうか、あの人が
 籤に当たりますように!」と泣きくずれる。

 勇者の心の宇宙にも,暴風雨が吹き荒れた。自分の「勇気」はもう
 申しでることで立派に証明した。助かっていいのではないか?
 人間の心理は微妙である。次々と不安と苦悩の黒雲が湧き起こった。
 布をかけた皿に7人が一人ずつ手を入れる。青い玉なら死。命を賭けた
 くじである。一人目。青い玉だった。二人目青い玉だった。3人目
 4人目、5人目、皆青い玉だった。「どうなっているんだ!」耐え切れず
 一人が布をあけた。何と7つとも全部青い玉だった。

 驚く人々にサンピエールは言った。
 「私がそうしたのだ!なぜか?はじめ我々は命を捨てる覚悟だった。
 しかし、皆に迷いが起こってしまった。決心がゆるんだ。これでは命を
 捨てての大業をなしとげることは出来ない!」
 だれが選ばれても、選ばれなくとも、皆の心に恨みと悔いのシミを
 を残してしまう、と考えたのである。皆の目に見えない「一念のゆるみ」
 を、彼は見逃さなかった。彼一人はいささかも心が揺れていなかった。
 結局、彼の提案で、明朝、市場に、最も遅れて着いた者が、犠牲を
 逃れることになった。

 翌朝・・大勢の市民が市場に集まっていた。だれが最初にくるか?
 皆、サンピエールが一番と疑わなかった。ところが・・・
 3人の勇士が相前後して着いた。人々は彼らに罪人の衣を着せ裸足
 にし、首に縄をつけた。「サンピエールは、一体どうしたのか?」
 「次ぎにきっと来るよ」。しかし、4番目も、別の人であった。
 皆の瞳に動揺の色が濃くなった。5番目、そしてついに6番目!
 それでもサンピエールは来ない。これでは、この6人が犠牲になるのか!

 「我々はだまされた!彼は初めから来ないつもりだったのだ。今ごろ、
 我々のバカ正直を笑っているだろう!」6人のうちの一人が叫んだ。
 市民のすべてが怒った「彼は我々皆を裏切った!」殺気だった人々が
 彼の家に押しかけいこうと走った。その時・・黒い布をかけた一つの
 棺が、静々と運ばれてきた。そばにはサンピエールの老父が立っていた。

 老父は言った。「これはサンピエールです。息子はこう言いました。
 私は先に行くから、6人の人よ、後に続いてくれ。そう言い残して死に
 ました。」サンピエールは、ひとたび立った勇士たちを、誰一人迷わし
 してはならないと思ったのであろう。だれが最初とか、だれが最後とか
 でなく、自ら立った選ばれた勇士の誇りを皆にまっとうさせたかった。
 そのためには、自分が、真っ先に、手本を示す以外になかったのである。
 ここに真正の「勇者」がいた。・・6人の魂は奥底から震えた。

 そして大磐石の決意で、皆が見守るなか、町の外へと、歩み始めた。
 もう何の迷いもなかった。晴れ晴れとした。姿は罪人でも、心は皇帝
 であった。王者であった。たとえ世の非難を一身にうけ、牢に繋がれる
 身となろうとも、心は永遠の王者である。

 この出来事は、いち早く、イギリス王のもとにも伝わっていた。
 6人の前に、王の使者が走ってきた。「まだ遅れてはおりません」。6人
 は使者にそう言った。責められるかと思ったのである。ところが使者は
 「国王の特別のはからいで{だれの命も断ってはならない}との命令
 である!カレーの町は救われた!」と告げた。

 やがて王が町に入ってきた。そしてサンピエールの棺の前に、王自ら
 膝を折り。その前にぬかずいたのである。
 敵味方を超えて、人間としての本物の戦士に敬意を表するために。
 こうして、一個の美しい高貴なる魂によってカレーの町も、港も
 市民も救われたのである。

 人生は戦いである。人は皆、戦士である。戦人として生きねば
 ならない。それが生命の掟である。戦いを避けることは、それ自体
 敗北である。しかし、戦いが常に、華々しいものとは限らない。
 むしろ地味な、孤独な「自分との戦い」が、その99%をしめる。
 それが現実である。

 ある場合は、人前で格好よく旗を振ることも大事であろう。
 しかし、それ以上に、たの人を守るために、あらゆる犠牲を「忍耐」
 して、一人、前へ進む人のほうが偉大である。真の勇者は、時に、
 格好わるく、地味そのものなどである。

 また大勢仲間がいる時は、だれれも勇気が出てくる。「戦い」を口に
 することも容易である。しかし、真の「責任」をもった人間かどうかは、
 一人になった時の行動で決まる・・と それは それとして
 この「カレーの市民」は、フランス人の勇者が、イギリス王の心を
 も動かした歴史がありました。

 ちんねん・・の おそまつな愚考でした。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

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尊敬される人とは・・(*^。^*)

真実の偉い人とは誰か・・!

ちんねん の 独断と偏見の愚考です。

ある人が言っていました「フランス人は大臣よりも、コックさん

(シェフ)を大事にする」と述べていました。

端的な表現ですが、そこには、外見に惑わされない、成熟

した人間観がこめられていると思います。

優れた「文化」を何よりも尊敬する精神土壌は、世界の模範

とも成っています。

こうしたフランス社会の気風を表す、次のようなエピソード

があります。

19世紀の第3共和制時代、カルノー大統領(1837~94年)

は、ある時、パリの大富豪の晩餐会に招待された。

ところが行ってみると、大統領にもかかわらず、席順は

16番目であった。

一番の席には、ある鉄道技師が、二番目は、ある文学者

三番目は科学の教授となっていた。

もしも、日本であったら、大変な騒ぎになっていたに違いない。

いったい、どういう順番なのか・・? 不思議に思った来賓の

一人が、主人に理由をたずねると、こう答えた。

「この席順は、実質的に偉い人の順番です。 本当に

偉い人とは、その人でなくてはならない、代理の出来ない

人のことです。

大統領の前で、聞くほうも聞くほうなら、答えるほうも

勇気がある。

「第一番の技師は、フランスのみならず、世界でただ一人

の鉄道技術の専門家です。あとの方も、その道で同様の

方です。こうして決めていくと、失礼ながら、大統領は代理

でもつとまります。 そこでカルノー大統領は十六番目に

なってしまいました。 つまり、かけがえのない人の順番

なのです。」

現実には、いつも、この主人の言葉通りにするわけには

いかないかもしれませんが! しかし、こうした意見が

卒直に語られ、しかも一つの見識として、だれもが

冷静に受け止める社会は、いわば”大人の社会”と

いえます。

かって、マッカーサー将軍が、ある意味から、日本人の

精神年齢を十二歳と言ったことは有名である。

(かくいう 筆者の 精神年齢は 6歳ぐらいです。) (^。^)

その是非はともかく、精神の深さと強さ、自立性、成熟度

といった面を、私たち日本人はもっと 考えなければ

ならないと、愚考します。

「かけがえのない人」はだれか。 「実質的に偉い人」

はだれか。   それを鋭く見抜き、権威の人よりも

虚名の人よりも大切にしていく。

そこにこそ真実の人間性の世界が広がっていく。

精神性の文化が培われていく。

反対に「代理が出来る人」のほうが、立場をかさに

そうした人を見下す、威張っている社会は、虚構の

世界です。

その本質は政治的であり、要領や策、虚栄に

よって動かされていく。 それでは人間性も文化も

滅びていかざるをえない。

ともあれ・・恩師は「諸君は、どこであれ、自分の

いる場所、自分の部署で「かけがえのない人」に

なって頂きたい。

我が道に徹し、なくてはならない人物へと自己を

練り上げていった人は、やはり人格の上でも

社会人としての力量の上でも、使命の人生の

完成の上でも、一つの達成をみている。 そういう

”実質的に偉い人””真実に強い人”になってほしい

というのが、私の諸君へのお願いである。

ちんねん・・師匠の言々が心に残っています・・

毎日毎日・・弱い自分と、強い「ちんねん」が綱引き

しています・・善心と悪心が瞬間、瞬間 湧き出て

悩ませています・・・まだまだ・・お迎えが来る日まで

頑張ります (^_^.) (*^。^*)

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狂った巨象・・? (-_-;)

「転倒の愚かさ」を仏典が描く

「焼き物職人とロバ」のお話です。

さて、世の中には、まさかと思うような、常識では考えられない

話がありますが!

皆さん・・毎日のように凄惨な事件や事故 政治家の

モラルの低さや・・有りとあらゆる物が 何でもありで

余りにの おぞましさ に 筆者も 心を痛めています

冷静に「事実」を見つめれば、余りにも理不尽で道理

に外れているのは、明らかなのに、いったん、狂った渦

に巻き込まれてしまうと、何も見えなくなってしまう。

仏典には、そうした人間の愚かさを、わかりやすく教えた

物語が無尽蔵にあります。

その中の一つに「職人とロバ」の話があります。

一見、笑い話のようですが、深い意味が込められています。

昔、ある人が「大宴会」を計画した、 ところが

必要な食器がない、そこで、たくさんの良い器を作れる腕のいい

職人を見つけてこいと、弟子に命じた。

さて、命じられて、弟子が町に出かけると、途中で、ロバを引いて

くる焼き物職人にであった。

ロバの背中には、美しい食器が鈴なりに積まれている。

声をかけようとした時、ロバは急に暴れ出して、器を背中から

落とし、アッというまに、全部割ってしまった。

突然おかしくなって、「破壊」を始める、そうした悪人の姿が

思い起こされますが!

職人は嘆いた「ああ、長い間、苦労に苦労を重ねて骨を

折って作った焼き物を、このロバは全部、壊してしまった」。

自ら土を運び、土を掘り、運ぶところから始めた労苦の結晶

である。    嘆くのは当然でした。

焼き物職人は、ロバの愚かさを、心の底から悲しんだ。

ところが、何を思ったか、この光景を見ていた弟子は

「このロバを売ってください」と言って、連れて帰った。

職人が来るとばかり思っていたのに、ロバ(破壊者)が

やってきたので、主人は驚いた。

弟子は言った。

「聴いてください。 このロバは大したやつですよ。

職人なんかより、ずっと偉いのです。」

なぜかと、いうと「職人は、器を作るのに、ずいぶん、

苦労し、時間がかかりました。ところが、このロバと

きたら、それらの焼き物を、いとも簡単に壊せるのです」。

だから職人より力があるし、素晴らしい・・・と。

あまりにも、ばかげた話に、主人は怒った。

「お前ほど、愚かな者はない。このロバ器を壊すことは

できるだろう。信用して、背中に乗せたのに、信頼を裏切っ

て、振り落とせばいいだけなのだから」

信頼して、預けたのに、その信頼をよいことに、その立場を

利用して裏切り、「破壊者」に変わってしまう。

こうした事例は 人間の社会にも・・仏法の世界にも多いですが!

主人は続けた。

「しかし、よく聞け、百年かかっても、ロバには、たった一つの

焼き物さえ、作ることはできないのだぞ”}

その通りです。 たった一人でも・・職場であれ・・家庭であれ

現実に立派な後継者を育成する人が偉いと愚考します。

立場ではない。形ではない。権威ではない。過去の功績

でもない。

焼き物職人が、焼き物を作らなかったら、もはや職人ではない。

「ロバには、百年かけても、たった一つの焼き物さえできない」

いわんや、「大宴会」などできるはずがない、と主人の言葉である。

職人「建設者」よりも、ロバ(破壊者)を尊敬する・・・そんな馬鹿な

人間がいるはずがないと思われるかもしれない。

これは「百喩経」という経典が伝える物語です

ちんねん ・・ ちょいと 思い当たる事がありました。

ロバと弟子にならないように・・精進します (^_^.)

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「油断大敵」 (^_^.)

「油断は怪我のもと」 とよく言われるが、「油断」の

語源は仏典に見られる。

涅槃経によれば、王が臣下に油を入れた鉢を持たせ、

人の多い通りを歩かせた。

もし油を一滴でも、こぼせば、命を断ずると命令した。

臣下は周囲に目もくれず、王の命令を全うした。

ここから、「一瞬の心の緩みを”油断”と呼ぶようになった。

一刀流の開祖、伊藤一刀斎と、弟子、小野二郎右衛門が

全国を武者修行していた時のこと。 弟子が

「剣道の極意」を尋ねると、師匠は「べつに極意という

ほどのものはない。ただ油断をしないのが第一だ」と。

弟子に少しの油断があると、師匠は容赦なく「ぽかり

ぽかり」と殴りつけたという。

実践で油断への戒めを体に刻みつけさした。

事故や災害の原因の大半が人災と。 その根源には、

心の緩みや甘え、慣れからくる油断、慢心などがあります。

勝負の世界でも、勝た時に敗北の因を作り、負けた時に

勝利の因を作ると言われています。

これは人生にも当てはまりますが!

人間の心は微妙ですので、常に日ごろからの鍛錬が

不可欠だと愚考しています。

「前前の用心」(さきざきの ようじん)と云われる

所以ですが!

普段からの油断のない備えと生活姿勢が大事

だと思います・・「一部分 名字の言」より  引用しています

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「死を忘れた文明」

「徒然草」の中に興味深い 言葉がありました。

木の枝に座って居眠りをして、何度か落ちそうに

成りながら、競馬を観戦している人を見て、周囲の

人間が「あんな危険な所で、寝ているなんて馬鹿なやっだ」と

それに対して、吉田兼好が「我々だって、いっ死ぬか判らない

それは、今かもしれないのだ、そんな事も解らずに見世物

を見て暮すなんて愚かな事だ」と

「死」はだれでも必ず、訪れることがわかつているのに

それを意識することなく、日々をただ、面白可笑しく過ごして

しまう事の愚かさ警鐘した叫びだと 思います

「人ひさしと言えども、100年には過ぎず、その間の事は

ただ一睡の夢の出来事なり」と仏典にありますが!

筆者の拙い「ひとりごと」を読んでいられます方は 殆ど

50年後、100年後は・・亡くなっています・・

私の恩師は「臨終とは、「人生の総決算」の場と述べています。

この時「どう生きてきたのか」厳しくとわれます。 その時に

何の悔いも無く、自身の人生を深く肯定し、大満足で臨終を

迎えられるか。

逆に、後悔と自責の念で人生の終幕を迎えてしまうのか。

まさに、臨終の時こそ、その人の生き方そのものが、何一つ

誤魔化しようがなく、この一瞬に凝縮されます。

したがって、臨終をたとえ、今迎えたとしても、雲一つない

澄み切った青空のごとく、何一つ悔いや不満がない。

そう断言できるように、どれだけ「今」を真剣に精一杯生きて

いるか、大事です。

瞬間、瞬間、「今、臨終になっても悔いが無い」と言い切れる

覚悟で「現在」を真剣に生きる。 

のが大事です・・どれだけ長生きしたか より どう生きたか

何をしたか・・? 問われそうです。

ちんねん・・愚かものですから、今のままでは・・閻魔さま

から・・酷い目に・・あわされ兼ねません・・(^_^.)

反省しています

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ほめ称える 心 (*^。^*)

 ほめ称える心に、太陽は昇る!

 辛口の評論家の私は、以前人の欠点ばかり指摘し大勢の友を失いました。

 ある 出来事から・・反対に人の良い所を賛嘆するようになりました。

 幕末の横浜で・・・ある事業家が、アメリカ人の建築士と知り合いになり、

 一緒に利益をあげようと決めた。 ところが、アメリカ人は

 「自分には金がない」という。

 事業家は「実は、僕だってない。しかし、そんなことは心配いらない。

 きようから、君は、まず僕を褒めよ。僕も君を褒めるから、両人が

 互いに褒めあって、偉い人になれば、金の融通くらい、いくらでも

 できる」と言った。

 以来、二人は、ことあるごとに、人に向かって、互いに褒め称えた。

 当然、評判はあがる。

 ついにイギリス公使のバークスを説得して、その建築を引き受け、

 大きな 利益を上げたそうです。

      「口に出して」褒めなければ! (^_^.)

 心で思っているだけでなく、口に出して褒めなければ駄目だそうです。

 ある国の話です、ある時、農家の主婦が、食卓の上に料理を並べずに

 牛が食べる干草を、一杯並べた、食卓についた男たちは怒りだした。

 「俺たちは牛じゃないぞ!」。

 すると、おかみさんは、平然と言い返した。「おや、牛じゃなかったのかい。

 私は、二十年間、おまえさんたちの為に料理を作ってきた。 しかし、

 一度だって、おまえさんたちが、牛と違って、何か言ったためしがあるのかい!」

 牛は、ほし草を黙々と食べる。 それと同じで「美味しい」とも「ありがとう」とも

 言わずに、黙って料理を食べてばかりいる男は、牛と一緒に、干草でも

 食べろと言ったそうです。

 要するに、感謝も称賛も「黙っていては、わからない」

 仏典に 文殊菩薩は、他の人が見放した「手におえない衆生」を

 褒めて、褒めて、褒め抜いて立派に教化したそうです。

 ちんねん ・・いっも いっも ほめたたえる人 でありたいです!

 

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「モーツァルト」の信念 (^^♪

       

     モーツァルトに 思いをはせる。

   昨年 モーツァルト生誕250年 祖国オーストリアを
   初め 世界中で記念行事が行われていました!
   日本でも「NHKBS」で毎日・・モーツァルトが放送されて
   いました。

   35年の生涯で626曲を作り現在でも・・音楽愛好家を
   魅了して虜にしています。

   映画「アマデウス」で・・天才の数奇な運命が白日のもとに
   描かれていますが 実は こんなエピソードがあります。

   「ちょっとでいい、ピアノを弾いてくれないか」ある宴席に
   招待された モーツァルトは、返り際、宴の主人である
   大金持ちの靴屋から、こんな注文をうけた。
   事前に、なんの予告もなく、しかも、お開きになろうとする
   寸前に・・・・

   さすがの天才 ピアニストも、主人の身勝手さを、恨めしく
   思ったが、無下に断る わけにもいかず、ピアノを弾く。
   お蔭でせつかくの宴席も、後味の悪いものになった。

   後日 彼は何を思ったか 件の靴屋を自宅に招き
   ご馳走を振るまった。

   しばし歓談の後、帰ろうとする靴屋を 引き留めていった。
   「ちょっと 靴を一足、修理してくれますか・・?」
   何処かの新聞のコラムで読んだ逸話ですが  !

   方法の 良し悪しはともかく、相手の「一人よがり」を
   やんわりと、たしなめ「己の欲しないことを人にも
   要求しない」

   気配りを軽妙な洒落で、悟らせた才知は流石です。
   黙って引き下がらない 所がいかにも 「モーツァルト」らしい。
   「思いやる」とは、ある対象に対して、心を働かせる事と
   愚考します。

   横着や傲慢、鈍感に支配された人は一事が万事
   相手の身になって 考える事ができない。

   心が麻痺しているから 他者の痛みも痛みとして
   感じとれなくなり 時と所をわきまえず、その場の出来心で
   無理難題を言う。

   「利己主義は自らの傲慢を生む 他人を思い尽くした分だけ
   境涯は広がる」  ちんねん
   人の苦悩に 思いをはせる 人に肖りたい思っています」

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音楽を見下す人は・・?

「シニアみらい塾」のTさんから、度々音楽CDを頂いていますが
  全部聴かず 気が向いた時しか 耳を傾けていませんでした。

 「ちゃらんぽらん」の性格の私はその辺に置いていましたが
 妻が、朝夕の勤行の時に経机に置いて感謝の祈りをしていました。

 ちんねん 反省しました 人の真心を軽んじていました
 恥かしいです お許し下さい Tさま お詫びします。

 さて・・皆様も読まれた方が、いられると思いますが、
 イギリスの大劇作家シェークスピアの「ヴェニスの商人」に
 このような一節がありました。

 「心に音楽を持たぬ人間、美しい音楽の調和にも たへて心を
 動かさぬ人間、 きっとそれは 謀反、策謀、略奪、などを
 やりかねぬ人間なのだ その心の動きは夜のように鈍く
 情感はエレボスのように真っ暗だ。
 そうした人間を信じてはならぬ」と「中野好夫訳」

 (エレボスとは、ギリシャ神話にでる、この世と地獄との
 中間にあると信じられた暗黒世界のことだそうです)

 はつらったるリズム、希望のメロディー
 音楽は「人間性」の表現です。「人間らしさ」の象徴が現われ
 ています。
 
 反対に音楽を見下し、文化を弾圧するのは「夜の人間」です。
 暗黒の心」があり そこには醜い策謀や欲望が渦巻いている。

 一体、どちらが人間らしいのか、 どちらが信頼できるのか・・?
 セークスピアは明快に言い切っています。
 
 ちんねん・・悪しき心根を持っています・・・エレボスの
 ように・・なるやも・・(-_-;) 反省しています。

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