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情けは人のためならず

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 明暦(1655-1657)の頃、江戸、本八丁堀に細々と、小間物問屋を営む、丸屋彦左衛門と言う小商人が居た。丸屋は細川越中守の下屋敷に務める足軽伊野平助と、常々、親しく交際をして居た。その伊野が暫く姿を見せない。丸屋はどうしたことかと、気にしていたが、ある日、伊野が痩せ衰えた姿を見せた。

 「これは伊野さま、久しくお見えになりませんでしたが、いかがなさいました」
 「丸屋殿、拙者ここ暫く患っておってな。心ならずも無沙汰を致した」
 「それは大変にお気の毒なことで。お案じ申しておりましたが、私のような商人風情がお屋敷を訪ねるのは気後れが致しまして、知らぬこととは言え、申し訳ないことを致しました」

 「いや、気遣いを頂いて、かたじけない。ところで、このたびの患いで借金がかさみ、この暮れを、どう越そうかと、難儀致している次第。甚だ申し難いことだが、少々、金子を拝借願えぬだろうか」

 「私は伊野さまもご存知の通り、その日暮らしの小商人、多くはお貸し出来ませんが、何かの足しにはなりましょう。これをお持ち下さい」

 気の毒に思った丸屋は、一分(一千文)の金を伊野に貸し与えた。年が開けた早々に律儀な伊野はわらじを六十足ばかり、丸屋の所に持って来た。

 「丸屋殿、お恥ずかしい次第だが、去年の借金の一部として、これだけでも、納め願いたい」物価の下落したこの時期、六十足のわらじは百二十文ほどのものだ。 

「伊野さま。そのようなお気遣いはなさらなくても、金子の方は、いつでも結構です。それよりもあまりご無理をなさいませんように」

 丸屋は心よく、わらじを受け取った。その数日後。本郷丸山の本妙寺から出火した、いわゆる振袖火事は江戸市中の殆どを焼き尽くした。

 日頃、心掛けが良いせいか、偶然にも、丸屋の家は被害から免れることが出来た。大火のあと物価は軒並み高騰した。一足、二文ほどだった、わらじが、五十文にもなった。丸屋はこれを売り、三千文の金を手にした。

 また、幕府は焼け落ちた米蔵の米を市民に入札させたが、そんな焼米を買おうとするものは、誰一人として居ない。丸屋は思案の挙句、なけなしの金、三両で、その米を落札した。真っ黒に焦げた米俵を崩してみると、これはどうだ。

 焼けたのは周りだけで、真ん中の俵は、なんともない。丸屋はこの米を売って、百両の利益をあげた。その後は、トントン拍子に財を殖やし、大名貸しをするほどの分限者になり、
子々孫々まで栄えた。

積善の家に余慶ありとは、このことである。

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          情けは人のためならず

       <一言居士>の(珍念)恥じている!

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