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潔癖(けつぺき) (@_@;)

Hito


                           世の中には度を越した、きれい好き
                           潔癖症の凡庸な人がいる。
                           筆者の知りあいにも、数人見受けられる。

                           それは、さて置き! 
                           隣国の「風変わりな人」のお話です。




 
 ▼「米元章」という人は、宋国の帝のご信頼が厚くその性、剛毅にして人格者と言いたいのですが、天才には、おうおうにして人なみ外れた欠陥が潔癖症でした。その奇行ともいいたいほどの言動だが、例えば、他人と同じ器を使うのはたとえ洗い清めても汚いといって、どこへ行っても自分専用の食器からでなければ飲み食いもしない。むろん、自分の持ち物に他人が触れるのも極端にきらい、少しでも汚れれば惜しげもなく廃棄する。いっも清水を用意して、ことあるごとに手を洗う。 洗ったあとは、手を翳して自然乾燥である。

 ▼とにかく、汚いものを目にしたり少し触れただけでも、今にも死んでしまうといわんばかりに大騒ぎするのだ。下世話な話だが、これでは厠へも行けないはずだし、まして、房事などもってのほかだといいだしそうなものなのだが・・きちんと妻を娶り、子供もいるから勝手といえば勝手なものだ。

 ▼この男にはもう一つ困った癖がある。収集癖である。書画骨董と石を集めるのだ。殊に、奇妙な形をした石を、それこそ山のように集めて身辺に置いて愛でている。現に書斎にも至る所様々な色や形をした奇石、怪石といった代物が並んでいる。
 
 ▼たしかに、中国には古来よりそういった石を愛好し鑑賞する伝統がある。天然自然に山の形をした石を机上に飾って、小天地を室内に表現したり、奇妙に穴のあいた大湖石を庭に配置して、天下の奇観を再現したりする。
 
 ▼米元章が仕える帝、のちに徽宗と諡号されるはずの人物も奇石迷いで、皇帝の権限で全国から名石を運ばせ、ひそかな顰蹙と怨恨をかっているところだ。米元章の趣味が、取り立てて変わっているというわけではない。問題があるとすれば、巨石に向かって、衣服を改め丁重に礼を執って兄と呼びかける程度のことだから、罪がないといいたいところだが・・・
 
 ▼やはり、問題はあるのだ。 石にしろ、その収集法が帝ほどではないにしろ・・いや、公の権力を持たない分、いっそ強欲と呼んで差し支えないほどいじましく、なさけないのである。

 ▼某所で名のある書家の軸を見せられた時のことである。ひと目見て気にいった元章は、欲しくなり「これをいただきたい」一点張りで、泣きついた。勿論、持ち主にとっては秘蔵の品である。しかも、かの米元章博士がそれほどに執着する品となれば、その価値は、はかりがたい。軽々しく、他人にくれてやれるようなものではない。

 ▼持ち主に一言のもとに跳ねられて、これは尋常な手段では手に入らないと悟った米元章は、その書を手に取るや窓の下の川に投げ込むそぶりを見せた。「あ・・・!」と持ち主が慌てた時には、件の品は米元章の脇の下。「いかがであろうかな」問われて、持ち主は折れた。

 ▼これ以上、拒絶すれば、元章は何をするかわからない。この品が永久に失われてしまうよりは、他人の物になっても存在してくれた方がまだましだ。というわけで、彼はまんまとその書をせしめることに成功したのだ。
 
 ▼これではまるで、市井の無頼の詐欺か強請だ。どうやら、米元章の極度の清潔好きは肉体の面にのみとどまって、人格の高潔さまでは至っていないらしい。この他にも、書画骨董や石をせびりとっていったという話題に、ことかかない。
 
 読者の皆さま・・ちょいと、長たらしく面白くもない、退屈な稚拙な文章ですが・・お気に障ったら、ご容赦下さい
 
 ▼ある時・ある客が招待を受けて部屋で待っていたおり「そこもとに、ぜひ見てもらいたいものがあってな」「あれを持ってまいれ・・ああ、素手でさわるでないぞ。そう、新しい手巾を用意しておるから、それで・・。

 ▼落とすでないぞそっとそっと」(何事ですか)「硯じや」問われて得意そうに胸を張ったところは、まるきり、子供である。「良いものを手に入れての。そこもとの眼を見込んで、是非見てもらいたい」と、いえば客の才能を認めているようだが、実際は見て褒めてくれる者ならだれでもいいに違いない。
 
 ▼(ここはひとつ、からかってやろうか)という悪戯気が起きたのだ。名案をひとつ、ふいに思いついた客は念のために尋ねた。「まさか御物ではありますまいな」というのは、米元章、相手に事欠いて皇帝陛下の硯を強請り取ってきたことがあるからだ。帝が米元章に屏風を書くようにお命じになったのは、彼の能筆を見込んでのことであろう。

 ▼他のことならば権高な彼だが、帝の命に背く気はない。ただし、いそいそと仕事にかかったのには理由がある。帝の御案の上にある文房を用いてもよいとのお言葉があった。一代の風流天子として知られた帝のこと筆も墨も硯も見事な品である。

 ▼それを見てとった米元章は、御前ですらすらと書き終えると、一礼して帝に申し上げた。「この硯は、卑しい臣めの筆を染めて、汚れましてございます。今後の陛下の御用に供するにはもったいのう御座います故、是非、臣に下賜くださいまするよう」 これには、帝も笑って許可を与えるしかなかった。と
 
 ▼返事を聞いたとたん、彼は硯を絹の朝服の袖にしまいこんだ。硯の中にはまだ墨液が残っており、それが朝服を黒く染めるのを意に介さず、まるで逃げるように退出していったとは、その場を見ていた者の証言である。 なにも米元章ほどの大博士が詭弁を弄さずとも、御硯などいくらでも下腸されていように、と笑い話になったもので、客も知っていたのである。

 ▼たかが硯とはいえ、かっては御物だった者に無礼があってはならぬと客は確認をとった。返答は「そんな大事なものを、だれがおいそれと他人にみせるものか。儂が見せたいのは、こちらじゃわい」「ほう、端渓ですね」手を出しかけて、客ははっと思いとどまった。

 ▼「いかがいたした」「手を洗い清めたいと思いまして、それに、直接、触れるのはもったいないし息がかかってはもうしわけありませんから、布を二枚」「そこもとは、やはり儂の見込んだとうりであった」米元章は相好を崩しながら特僮に布を持ってこさせ、布の一枚を顔の下半分に巻きつけた異様な格好で、客は慎重に硯を取り上げた。

 ▼「端渓の中でも、こんな微妙な石の紫色は見たことがありません」{ふむ、それで?}「石の肌理が細かく、青花文が出てしっとりと水を含んだようで」爪の先で、遠慮がちにすばやくはじいて、「柔らかな音がかすかにします。水厳ですね」  (よくわかったの)「これは、天下の名品ですね。まったく、見事なものです。

 ▼いったいどこからに入手なされました。こんな品に回り逢えるのは、一生に一度あるかないか・・」丁重に硯をあつかい、ためすがめつしながら褒め言葉を連発する客に、米元章は目を細めてうなずいていたんだが。

 ▼「しかし、たしかに美しい品ですが、硯は墨をする物。実際に磨ってみなければ真価は分かりません」(それは、道理じゃな。墨ならば、ここに水はすぐに・・・)持ってこさせるとまでいわさず、「では、磨ってみましょう」客は口の布をはぎ取った。何を・・と思う間もなく、唾を吐きだして、その水分で墨を磨り始めてしまったのだ。
 
 ▼米元章の顔色がみるみるうちに白くなり、次いであっという間に紅くなった。(なんということを・・・)雷鳴のような一喝に、客は本気で椅子から転げ落ちるところだった。(なんという穢いことをしてくれる。さっきまで、あれほど丁寧に見ておきながら、なんというざじゃ・・・) 「あ・・・これは」客は我が仕業の重大さに今更ながらに気づいたようにうろたえて見せた。

 ▼「これは、まことに。いや、気づきもせず、つい」 (なにが、ついじゃ)「いや、悪意からしたことではございません。すぐに洗い清めますから」(汚い) 「いえ、清水で何度でも、千度でも万度でも、洗います故」

 ▼(ええい、そんなことで穢れが取れるものか。こんな物はもう要らぬから、とっとと持って帰られるがよい)「そんな。天下無双の品は、それにふさわしい人物のところにあってこそ私ごときがこのようなものを」(いいから、持っていけ。一刻も早く、その穢い物を儂の目の前から持ち去ってくれい) 

 ▼客は恐縮しながらも件の硯を大事そうにふところに入れて辞去していった。 客が去っても米元章の憤怒はおさまらない。それから小半時ほどの間も、顔色を変え、書斎の中を歩き回り時には家具を蹴り飛ばしたり怒鳴り散らしたりしていたんだが・・・・ふと、気がついた。(もしも・・・)客がわざと唾を吐いたことにきずいたのだ。
 
 ▼彼の並はずれた潔癖症がそれを許さないことを承知の上、捨てるといいだすのを見越した上での仕業だったに違いない。(やられた。これは、やられたわい)びしゃりと額を打って、つぶやくその顔が・・・。(まったく、うまくしてやられたものじゃわい。いや、見事なものじゃ。今度儂もこの手を使うてみようかの) もう 笑いだした。
 
 ▼その手口に感心した瞬間、怒ることを忘れたのだ。あっさりと、水で洗い流したように忘れてしまえるところが、また、米元章の長所であり欠点であった。さっきまで怒声が聞こえていた書斎から、からからと高笑いが流れ出した。家人たちが気味悪そうな顔を見合わせていることも知らず、米元章はいっまでも笑い続けていた。{井上祐美子}

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      珍念も、ある意味の潔癖症かも知れません。
      変な意固地が・・心の隅に・・蠢いています。

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