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2018年8月

戦国時代の智将、明智光秀

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                         「仏の噓を方便、武士の噓を武略と言ふ。
                         之を見れば土民百姓は可愛(かわい)きことなり」。

                         戦国時代の智将、明智光秀の言葉だ。不正も
                         不義も権力者なら許される。戦国の世なれば
                          こその不条理で、哀れで可愛いのは民衆である





▼といった意味らしい。作家の半藤一利(はんどう・かずとし)さんは「時代批判と同時に権力者としての自己批判にも通じている」(『歴史と人生』)。信長殺害は時代の不条理で、彼の民に向ける慈愛に満ちた目線を評価している

▼戦死した家臣を弔う供養米の寄進状や負傷兵を労(いたわ)る書状も残る。策謀渦巻く時代。民はおろか家臣を心底思いやる武将も稀だった。軍律厳しい中で家臣への気配りを持ち続けたからこその「智将」だったのだろう

▼と感心しながら今に目を移すと、中央省庁の27機関が障害者雇用数を3460人も不正に“水増し”していた。公表の雇用率2・49%が1・19%に激減する。“悪しき慣行”というが、むしろ民への裏切りだ

▼民間は障害者の雇用率が2・2%未満なら納付金のペナルティーが科せられる。多くの企業が懸命に取り組んでいるのに、旗振り役の中央省庁がこれでは示しが付かない

▼障害者手帳を確かめず、本人の同意もなく健診結果を基に参入していた。もし民間だったら。障害者に向けた雇用の門が長く不正に閉ざされてきた。差別と悪意さえ感じる。“謀反人”光秀には弱き者への愛があったというのに。【天鐘】

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Yubi


     このコラム『頂門の一針』痺れる!


半藤一利 『歴史と人生』

 内容:『史記』でも『万葉集』でも、人間の悩みは現代と変わらない。失意のときにどう身を処すか、憂きこと多き日々をどう楽しむか。答えはすべて、歴史に書きこまれている。歴史こそ究極の人間学なのであるーー敬愛してやまない海舟さん、漱石さん、荷風さん、安吾さんの生き方。昭和史、太平洋戦争史を調べる中で突きつけられた人間の愚かさ、弱さ。

 天下国家には関係ないが、ハハハと笑えて人生捨てたもんじゃないと思わせてくれるこぼれ話等々。80冊以上の著作から厳選した歴史探偵流・人生の味わい方。$$内容:『史記』でも『万葉集』でも、人間の悩みは現代と変わらない。失意のときにどう身を処すか、憂きこと多き日々をどう楽しむか。答えはすべて、歴史に書きこまれている。

 歴史こそ究極の人間学なのであるー敬愛してやまない海舟さん、漱石さん、荷風さん、安吾さんの生き方。昭和史、太平洋戦争史を調べる中で突きつけられた人間の愚かさ、弱さ。天下国家には関係ないが、ハハハと笑えて人生捨てたもんじゃないと思わせてくれるこぼれ話等々。80冊以上の著作から厳選した歴史探偵流・人生の味わい方。

斯く言う(珍念)『論語読みの論語知らず』 お笑い下され~い ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

<奇妙な原則に思えるかもしれないが、病院の第一の必要条件は病人に害を与えないことである>

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               ナイチンゲールが活躍したクリミア戦争の軍の病院には
               皮肉で悲しい現実があった。多くの兵士が、戦場での怪
       我ではなく、入院後に感染した病気で健康を悪化させ命
       を落としていたという





▼人を救うはずの場所が害をもたらしている。問題は衛生にあると気付いたナイチンゲールは奔走する。悲劇は激減した。<奇妙な原則に思えるかもしれないが、病院の第一の必要条件は病人に害を与えないことである>

▼今も残る彼女の言葉だ。弱っている人が集まる病院で、起こり得る悲劇を繰り返さないための戒めに取れる。その警句が浮かんでくるような出来事だ。岐阜市の病院で入院していた五人ものお年寄りが数日のうちに亡くなってしまった。酷暑が続く時期にエアコンが壊れていた。熱中症が疑われている

▼院長は病院の責任を否定しているようだが、健康な人にさえ厳しいあの暑さの中、また熱中症対策が大声で叫ばれるこの夏に、部屋によっては扇風機で対応していたという。病院以上に安心できる場所はないと家族らは思っていただろう

▼医学の父といわれる古代ギリシャのヒポクラテスにも、ナイチンゲールに似た言葉がある。<病気については次の二つを慣行とせよ。助けよ、少なくとも害をなすな>

当然と思える原則や慣行が、ひょっとして、ないがしろにされていなかったか。残念な疑問が浮かんでしまう。【中日春秋】

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   あきれ果てて、言葉が出ない・・・









         
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      金さん、出番です!
    
  「未必の故意」・・・。


仏の顔も三度まで

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             【読み】  ほとけのかおもさんどまで 
             【意味】  仏の顔も三度までとは、どんなに温厚な人でも
             何度も無礼なことをすれば怒り出すことのたとえ。 

 




※お世辞であってもいいのである。褒め言葉は、一輪の花を差し出されるようなもの。ことわざの字の通りなら、その花は長くは咲かない。「うそも三日はうれしい」と言う。心に住んでくれるのは、せいぜい3日間である

▼悪いうそほど長く居座る。42年もの偽りは信じがたい。障害のある人をきちんと雇用していないのに、雇ったかのような水増しを省庁が長年していた。この体質が、繰り返される不祥事の根だろうか

▼雇用促進の旗を振ってきた厚生労働省は憤る。「公務員なのだから、ちゃんと制度を調べて!」。言われた側がやり返す。「悪いのは厚労省の説明不足」。大人げないやりとりから察してみると、故意でなくミスらしい。弘法にも筆の誤り、ですか

▼高潔な行政は前もあざむいた。独立行政法人での雇用率水増しが表に出たのは4年前。厚労省のおひざ元の行政法人だった。面目丸つぶれの大臣は法人を告発した上、再発防止にこんな策を挙げた

▼「今後は民間に対するのと同様に抜き打ち検査をする」。凝り固まった思考回路がそこに透けていませんか。民間は怪しいもの、疑ってかかるべし。そう言わず、民間と共に、あがいてみればいいではないか。誰もが働きやすい社会は、どうあるべきか

▼今回の不正を調べてみたら、実際の雇用率が「0%」台にまで落ち込む機関が相当数になる。信頼もそれ相応に落ちたといえよう。仏の顔も三度まで-。次から次への醜態に、膨らむばかりの怒りがあることを知るべきだ。【日報抄】

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          怒髪天を衝く!





顔 (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

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                絶えずびくびくしている男がいる。
             ある時、たった一人に顔を見られたために。
             その心配は何年たっても消えない。松本清張
             の短編「顔」に描かれている



▼邪魔になった女性をあやめようと、旅行に誘う。犯行後、捜査の手は迫ってこないが、男は気がかりで仕方ない。列車の中で、女性の知り合いの男に会ってしまったからだ。「彼だけがぼくの顔を見ている」

▼一人に見られてこうなのだから、日本全国に顔を知られて逃げる犯罪者の心理はいかがなものか。大阪の警察署から容疑者が逃走した事件から2週間が過ぎた。間もなく新学期で、住民は不安を募らせている

▼容疑者は各所の防犯カメラに写っていた。その映像をつなぎ、足取りを割り出すという。一刻も早い逮捕を望むが、これほど捕まらないと、話が別の方向にいかないか気になる。監視社会化が一段と強まることだ

▼今や街中の至る所にカメラの網が張り巡らされているが、世界中で年に5700万台の監視カメラが取り付けられる。中国では撮影記録と「顔認証」のシステムで、交通違反でもたちまち個人が特定されると聞く

▼外に出れば、どこかでカメラに顔を見られている。犯罪者を追いつめるための網が、いつの間にか個人の監視につながらないか。「カメラだけがぼくの顔を見ている」社会は、どうにも落ち着かない。【風土計】

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Moroha


          監視社会は常に見られている




松本清張ドラマスペシャル「顔」ストーリー

 ▼昭和31年・東京。売れない劇団俳優・井野良吉(谷原章介)は、ある映画に端役で出演する。その独特の風貌が注目され、同じ劇団の看板女優・葉山瞳(原田夏希)が主演する大作映画の相手役に抜擢される。一躍、スターへの道を歩み始めた井野。

 ▼しかし井野には、映画が注目され、自分の「顔」が売れるのを恐れる理由があった。9年前、井野は恋仲だった山田ミヤ子(原田夏希・二役)という女を殺した。殺害現場へ向かう列車の中で、ミヤ子と一緒にいる所を、偶然、ミヤ子の知り合いの石岡貞三郎(高橋和也)という男に目撃されていたのだ。

 ▼ミヤ子を殺し、逃げるように上京してから9年。もし石岡が映画で自分の「顔」を見たら、ひた隠しにしてきた過去の殺人が暴かれてしまう。しかし、このチャンスを逃したくはない。名声をつかみ取りたいという欲望と、破滅への恐怖の狭間でゆれる井野の心に、いつしか一つのシナリオが芽生えていく。――。 この続きは?

『百聞は一見に如かず』 今日も、珍念のコメントは【支離滅裂】モジモジ(。_。*)))

見返り求めぬ救援活動 経験値と勘と気遣いの人

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 ★1歳の幼児が、山口県周防大島町で迷子になって3日後、満2歳になってボランティアの男性に無事発見されたのは、久しぶりにニュースを見ていて「よかった」と心底思える出来事だった。行方が知れなくなっている間の、町内放送を使って「よっちゃーん!」と叫ぶ母親の悲痛な呼びかけに胸を締め付けられる思いがした人も多いのではないか。

 ★それ以来「スーパー・ボランティア」と注目を集めるようになった尾畠春夫さんという78歳の元気な方の、勘と経験値が効をを奉した快拳だったのだろう。駆り出された捜索隊の多くは、悲観的な尾畑さんは結果を想定して、側溝や川などを探していたのかもしれない。

 ★150人体制とも言われる捜索隊が、3日間捜して見つからなかったのに、ボランティヤで単独での捜索を始めた尾畑さんさんは捜し始めて20分かそこらで幼児を発見しているのだ。

 ★彼は「子供というのは上へ上へ登りたがる」という経験則から捜索を始めたら、途端に見つけてしまつた。しかし、それだけでは出会える確率が高くなるとは思えない。 写真家の藤原新也さんが、自身のブログで興味深い指摘をしている。

 ★多くのマスコミが取材する前、幼児を救出した直後、少数の記者相手に「カラスがカーカーうるそう鳴くもんじゃけ」と言っていたのだいう。そういった直後に、その表現は不吉で好ましくないと言った感じになり、「上へ登りたがる」という表現だけになったそうだ。

 ★藤原さんの推察は、幼児がいる上空にカラスの「鳥山」を見たのではないか、というものだ。もしそれが事実ならば、経験値と勘だけではなく、当事者たちへの気遣いにもたけた、文字通り「スーパー」な、お人なのだろう。

 ★彼は災害なので人が困っている先に出向いては、大変な作業を買ってでる活動を東日本大震災以降続けているという。宿泊も食事も被災地や関係者には一切頼らず、全て自身で完結できるようにして見返りを求めず奉仕活動をしている。この世知辛い現代の日本において、生き神様とでも言いたくなる。

 ★ジャカルタで開催中のアジア大会で、運営を支える1万5000人の地元ボランチィアは、交通費と食事代込みで日当が30万ルピア(約2300円)支払れる。これはインドネシアの最低賃金の3倍近い金額だという。

 ★もちろん、これも純然たる、ボランティアの形だ。「ボランティア」とは、「無償」ではなく「志願」という意味なのだが、日本では間違った認識が蔓延しているようだ。

 ★2020年の東京五輪では、大会組織委員会のサイトにボランティアに関する「よくあるご質問」の一覧があるが、「報酬はありますか?」という項目は設けられていない。そしてなかなか人が集まらないのだという。

 ★当たり前だ。誰が極暑の中タダでこき使われようとするのか。「金がない」のというならまだ酌量の余地もあるが、当初7300億円といわれていた予算が3兆円(3億円のイベントが1万回開ける!)に膨らんだ、大盤振る舞いの「運動イベント」で、無償でボランティアを募集するのはどういう仕組みなのか。

 ★「戦中の学徒動員ではないか」とやゆする人がいたが、学徒動員にはそれなりの賃金は支払われていた、たとえは下手ということだらう。

 ★本当の意味でのボランティア精神があるなら、巨大商業イベントではなく被災地の救援が優先されてしかるべきではないか。「復興オリンピック」の要素は、私が情報弱者なのかもしれないが、被災地で関連の何かをアリバイ作りのようにやるということ以外、見受けられない。(放送タレント、イラストも)

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     恐るべし、松尾貴史さんは、具眼の士

     珍念のコメントは『恐れ入谷の鬼子母神』

 

不登校新聞

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                         ある分野に特化した「専門紙」は世に多い。
                         だが、悩める子どもたちにこれほど寄り添って
                         きた専門紙はないだろう。 今年で創刊20年と
                         なった「不登校新聞」である






▼月2回、子どもや保護者の生の声を伝え続けている。編集方針は「徹底して当事者の側に立つこと」。いじめや成績至上主義、指導という名の暴力…。問題があるのは子どもたちではなく、学校の方ではないか。そんな問いかけが根っこにある

▼この20年で不登校を「甘え」や「怠け」とする誤解や偏見は薄らいだ。文部科学省も、「問題行動と判断してはいけない」とし、学校復帰にこだわった対応を見直す方針を示す

▼それでも「子どもたちや保護者の苦しみは20年前と変わらない」と、自身も不登校だった石井志昂編集長(36)はいう。学歴社会の中で、「学校へ行けなくなったら終わり」と考える人は多い

▼毎年、夏休み明けの9月1日に子どもの自殺が集中する。この問題も同紙が最初に警鐘を鳴らした。「学校に行くのがつらければ、まずは休んでください」と呼び掛ける

▼紙面では、社会で自分らしく輝く不登校経験者たちを紹介してきた。道は1本ではなく、猛スピードで走る必要もない-。同紙のそんなメッセージを、新学期を前に重苦しい気持ちを抱く子どもたちに届けたい。【凡語】

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Kiku


       京都新聞のコラム(凡語)の意味は?


 造語だと思います。 「凡人」「凡作」に倣った卑下した言い方と解釈しています。
また、「ぼんご」というと「梵語」を連想します。

 いくつかの候補から絞り込むときに、仏教寺院が多い京都に相応しいという
思惑もあったんじゃないでしょうか。

 珍念のコメントは『蛇足』 (゚ー゚;

「食(しょく)足世平(そくせへい)(食足りて世は平らか)」

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                  作家の曽野綾子さんが試食を頼まれた、その小さな
                  袋には「チキン・ラーメン」と書かれていた。知人の友
                 人の親戚が発明したとかで、熱湯を加え3分待てとい
                  う。おいしい、と思った




 
◆「昔の兵隊達は泣くだろう」。あるエッセーに書いている。「もう十五年早く、こういうものができていれば、生米を噛(かじ)ることもなくて済んだかも知れないのだから」

◆戦争体験という暗い影が、まだ多くの日本人の心と体に色濃く残っていたころに違いない。インスタントラーメンの元祖「チキンラーメン」が発売されたのは、いまから60年前のきょう、8月25日のことである

◆開発した日清食品の創業者、安藤百福(ももふく)さんは疎開していた兵庫県の上郡で終戦を迎えている。戦後、街の人々の窮乏ぶりを目にし、「食(しょく)足世平(そくせへい)(食足りて世は平らか)」の信条でのちの人生を「食」にささげた

◆ラーメンといえば、漫画「オバケのQ太郎」に出てきた「小池さん」を思い出す。どんぶりをすすりながら、その人が言う。「ああ! おれは毎日仕事もしないでラーメンを食べるために生きているようなもんだ」。平和だからこそ語れるせりふだろう

◆「食足りて世は平らか」。おまじないのように唱えつつ、職場にあった買い置きのカップ麺に湯をそそぐ【正平調】

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T1


              斯く言う(珍念)今日は
              「チキンラーメン」
              
美味しく頂きました。

半分、青い

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           NHK連続テレビ小説「半分、青い。」が好評だそうだ。
           「天然」だが、元気いっぱいのヒロインが懸命に生きる
           姿が共感を呼んでいるのか。心に残るせりふも少なくない





▼「井の中の蛙(かわず)大海を知らず、されど空の青さを知る」。主人公鈴愛(すずめ)の幼なじみ律(りつ)が、初恋の相手、清(さや)に教えられる。たとえ井の中の蛙でも、懸命に努力すればその道を究められる―との意味だろう。勇気が湧く

▼鈴愛の親友で、ゲイの漫画家ボクテのせりふも印象的だった。ゲイも漫画家もやめて、実家に戻れと迫る母親の手紙につぶやく。「お母さん。漫画家はやめられても、ゲイはやめられないんだよ。ゲイは職業じゃないからね」

▼性的指向であり「嗜好(しこう)」ではない。性的少数者の思いを、静かに、けれど強烈に訴えた。同性愛を「趣味みたいなもの」と発言した自民党の国会議員に聞かせたい

▼考えさせられたのは片耳が不自由な鈴愛の言葉だ。「この世は両耳聞こえる人用にできとる。私のためにはできとらん」。障害者や高齢者、妊婦、子ども。世の中は、そういう「社会的弱者」を基準につくられていないことが多い。「不便」なのは、「不便でない」人が社会を構築しているからだ。そんな怒りを突き付けられたような気がした

物語では、鈴愛が経営する五平餅カフェも軌道に乗ったようだ。残すところ1カ月余。どんな感動的なせりふが出てくるだろうか。【卓上四季】

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Akari


           このコラム 『言い得て妙』

           斯く言う(珍念)全部、青い!

「おぬしも悪よのう」

Waru


               剣道を習った。少年野球と並行して小学校から高校の
               途中まで。きっかけは、両親の「少しは行儀が良くなる
               かもしれない」という淡い期待から。行儀の悪さは変わ
               らず、強くもならなかった。でも、竹刀や木刀を振るのは
               嫌いではなかった




▼幼い頃から格闘技が好きで、同年代(50代中盤)で覚えている人は少ない、大横綱・大鵬の円熟期、日本プロレス・ジャイアント馬場とアントニオ猪木のタッグ、ボクシング・大場政夫のラスト防衛戦など記憶に鮮明に残っている

▼剣道とは縁がなくなって久しいが、いずれ時間ができたら、老骨にむち打って改めて始めるか、新たに合気道か中国武術を学んでみたい

▼全日本剣道連盟が先日、居合道の段位・称号審査で、受験者が合格目的で審査員らに現金を渡す不正行為が慣例化していたことを明らかにした。レスリングのパワハラ、アメフットでの悪質反則、ボクシングの不正疑惑、そして「剣道よ、おまえもか」

▼「おぬしも悪よのう」。確かに、賂(まいない)はかつて、上級武士の役得でもあった

バスケ選手の買春も含め、今、せきを切ったようにあふれ出す、スポーツ界の不祥事。どうせなら東京五輪までにうみを出し切ってしまおう。内部告発歓迎。さて、次は何が出てくるか。【いばらぎ春秋】

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  悪は斬る!

「店員の思いやり」

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                     先日、田辺市内の産地直売店へ出掛けたとき、思わず
                     心がほっこりする体験をした。私事ではあるが紹介したい





▼その日は、郷里への手土産に自家製のミカンジュース2箱を買い求め、季節の野菜や果物も購入した。お金を支払い、農産物を受け取って、持参の保冷バッグを開けると、肝心の保冷剤が入っていない。しまった、忘れた、どうしよう、と思ったとき、目ざとく当方の動揺を見抜いた女性店員から声が掛かった

▼「氷だったらありますよ。使ってください」。そういって店の奥の冷蔵庫から水を凍らせたペットボトルを新聞紙に包んで持ってきてくれた

▼「ありがとう。助かるわ。炎天下、これから3時間近くも車で走るのに、野菜や果物が傷んでしまうと思って困っていたんです」。そういってありがたく受け取り、保冷バッグに収納した

▼たかが使用済みペットボトルに水を入れて凍らせただけかもしれない。実際に多くのスーパーマーケットなどでは、生鮮食品の保冷用に氷やドライアイスを用意して、客に便宜を図っている。だから、氷そのものを提供するサービスは珍しいことではない

▼感動したのは、レジの前で「しまった。保冷剤を忘れた」と困惑している客を見た瞬間に「氷を使ってください」と声を掛けてくれた店員の機転であり、思いやりである

▼これが対面販売ならではのよさであり、店が繁盛するゆえんだろう。思わず紹介したくなった。【水鉄砲】

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           このコラム『感動』しました!






ふと、脳裏に恩師の言葉が思い浮かぶ

{名もない 人達の中で心を 打たれたと いわれる人生を 私は生きたい。}

不肖:珍念も、斯く生きたい!

食糧難に陥った(未来社会の恐怖)


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          温暖化や人口増加で食糧難に陥った未来社会。
          一部の特権階級のみが肉や野菜をむさぼり、一般
          市民は合成食品の配給で命をつないでいる。緑色
          をしたその食品の原料は、何と貧しい老人たちの
          肉体だった







◆1973年公開の米映画「ソイレント・グリーン」。子供心にも衝撃の内容だったが、先ごろテレビで見てまた驚いた。時代設定は2022年と、今からわずか4年後なのだ

◆現代社会はといえば、途上国を中心に世界人口は増え続け、気温上昇は止まらない。1%の富裕層が世界の富の8割以上を独占する激しい経済格差が広がる。文字通り弱者を食い物にする社会を描く映画が荒唐無稽だと笑えようか

◆老人たちは無理やり殺されるのではない。飢えや孤独に疲れ、自ら安楽死を願う。下流老人や老後破産などの言葉が当たり前となった高齢化日本の姿も重なる

◆映画では知識や経験に富んだ高齢者は「本」と呼ばれる。紙の本の衰退は現代より深刻で、彼らの記憶が本代わりなのだ。しかし「本」たちを敬う者は少なく、むしろ邪魔者扱いされる。先人の知恵に学ばない社会は続かない

◆「今に人間は家畜になる。何とかしなくては」。主人公の叫びはこの先も、人が人として生き延びるための警告として、今なお重く響く。【正平調】

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Omigoto


         このコラム『頂門の一針』素晴らしい!






 映画「ソイレント・グリーン」 
内容紹介

 2022年 ニューヨーク --- 人々は飢えていた。チャールトン・ヘストン主演のSF超大作!2022年ニューヨーク。爆発的な人口の増加と環境汚染により、食料問題は深刻を極めていた。同年、ソイレント社は合成食品ソイレント・グリーンを発表。問題は解決に向かうかと思われたとき、同社の社長が自宅で殺害されているのが発見される。殺人課のソーンが捜査に乗り出すが、その背後には食糧危機打開のための政府の陰謀が渦巻いていた…。

 SF作家ハリー・ハリソンの小説『人間がいっぱい』を、『ベン・ハー』『猿の惑星』のチャールトン・ヘストン主演で映画化。娯楽性を極力廃し描かれた絶望的な未来像と、ベートーベンの『田園』にのせて語られる驚愕の真実がSFファンを魅了する!

  CHEBUNBUNの感想・評価

【4年後の世界・・・・】

 先日、ワールドカップや豪雨のドサクサに紛れて、水道法が改正。水道民営化が決まりました。結局、法案成立は見送られ白紙に戻ったのだが、真面目に日本が『怒りのデス・ロード』の世界になりかけました。

 さて、なんでこんな話をしたかというと、2022年の世界を描いた『ソイレント・グリーン』に日本の未来が垣間見えたからです。水道、空気が汚染され、食料が配給制になった世界で、殺人事件の真相解明を目指し警部が暗躍するという話。

 貧富の差が極端に広がる、道路は整備されず、国は謎の食料《ソイレント・グリーン》を製造している。野菜や肉などはまともに作らず。

 インドの黄砂、中国のPM2.5を凌駕する毒々しい緑ガス漂う世界と廃虚のコントラスト、確かにSFな造形だが、オリンピック後、特需が弾け、衰退していったら日本はこんな世界になってしまうのではと背筋が凍った。やはり、水道は民間にも、ましてや外国にも渡してはいけない。インフラはしっかり国が管理してほしいと感じた。ι(´Д`υ)アセアセ


あれ、口から何かが

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      先日義兄の法要に出かけたときのこと。何事も無く厳かに
      読経が始まる。神妙に聞いていると何やらカツカツと音が
      するが、不思議にも思わずお経は終り、僧がこちらを向い
      て法話を始めたとき、誰もが音の原因に気付いた。









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                悲しい筈の法事の説教でみんなが笑いを一生懸命
                こらえている。喪主の姉まで。何と入れ歯の噛み合
               わせが悪く、口を開いたら歯がカツッと下に落ちている。



  そして遂にその瞬間がやってきた…口からポロッと入れ歯が僧衣に落ちた…僧は慌てず何も無かったかのように口に歯を仕舞ったが、法話を聞いていた黒服の一団は遂に我慢も限界を超え、皆噴き出して笑ってしまった。しかし、すぐに僧の顔を見てまた笑いを噛み殺した。 m9(^Д^)プギャー  【投稿者】大分県 入れ歯はしっかりくっつけて

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       斯く言う(珍念)のコメントは 『恐れ入谷の鬼子母神』 o(*^▽^*)o



それでも人は働きたい! 全部が自動化された近未来が舞台のお仕事小説

 

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             読書案内


          西日本新聞オススメの本をご紹介

          技術の発達で、タクシーも警察も宅配サービス
          も、労働のほとんどがロボット任せの近未来。
          国民には厚生福祉省から「生活基本金」が支給
          され、働かなくてもそれなりに生活できる。国民
          は99%の働かない「消費者」と、1%の労働エ
          リート「生産者」で構成される。






●労働の必要はない時代だが、仕事をあっせんする職安の需要は健在。いろんな事情を抱えた消費者が仕事を求めて職安にやってくる、なんとも不思議なお仕事小説。猫が所長の職安で働く女性事務員、目黒の視点で物語は進んでいく。

●未来の職安が紹介する仕事はどれも一風変わっている。例えばインドにある日本料理店の飾りの店員。ロボットでは与えられない恐怖を売りにする中国マフィア。労働がロボット化されたとはいえ、人にしかできない仕事は残っているらしい。

●職員の大塚と目黒、職安に訪れる消費者とのやり取りには、笑いを誘うシーンも多い。斬新なテーマである一方、現代社会におけるさまざまな問題を風刺している。

●女性の社会進出、性的嗜好の受容、生活保護の不正受給。コミカルな語り口の中に、社会、政治、教育環境などへの切り込みがあり、読者の思考を促す奥深い作品である。

●働かなくても健康に文化的に最低限度の生活ができるとしたら、消費者と生産者のどちらを選ぶだろうか。他人と同じ生活を求めて生活基本金の制度ができたはずなのに、いざ同じになると次は「市民に労働の保証を」「生活基本品UP」といった消費者デモが起きる。

●生活の心配がなくなるなら一日中のんびり過ごしてもかまわない。それでも人は仕事を探す。あり得そうな未来の描写が妙にリアリティを持つので、この本を手にする読者はきっと今の自分の仕事が未来でどうなるかを考えることだろう。働くことの本質を考えさせられる一冊だ。

●本作は双葉社web文芸マガジン「カラフル」にも掲載されており、電子書籍化も決まっているが、ぜひ単行本を手にすることをおすすめする。内容はもちろんこだわりを感じる洗練された装丁、装画も楽しんでいただきたい。

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Akireru


     
       AIの進歩の光と影
       なんか変・・・?




 ショートショートと呼ばれる作品で知られるSF作家の星新一さんが1970年に発表した『声の網』はコンピューターのネットワーク化が進んだ世界を取り上げ、インターネット社会を予見したとして注目されている

※コンピューター群は電話網を使った便利なサービスを提供しながら、あらゆる情報や秘密を握り、人間を監視し、支配する。ビッグデータを解析して判断する人工知能(AI)と同じような機能を発揮し、人間の行動、精神を牛耳る

※AIの進歩は日進月歩で現代社会を大きく変えつつある。文学界でも、ショートショートの新人賞である星新一賞に昨年、AIが制作した作品が応募し、1次審査を通ったことが話題になった

◆一方、米国では、一般の人との会話で発達するAIがヒトラーを礼賛する発言をするようになり、実験が中止に追い込まれた

◆労働環境への影響も免れない。三菱総合研究所はAIの普及で2030年に日本の国内総生産が50兆円増える一方、雇用者数は240万人減るという試算をまとめた。人間に代わって機械が工場の作業や一般事務をこなすようになるのが原因という

◆多くの人々が職と収入を失うことになれば、つくり出された膨大な商品をだれが購入するのだろうか。AIの進歩がもたらす未来に悍ましさを感じる。

 手塚治虫の名作 (0 U-18は知っていた) 

 コンピュータが診察し、コンピュータが手術をする。そんな巨大ハイテク病院を制御するメイン・コンピュータ《ブレイン》がある日突然、入院患者を人質にとって反乱を起こした。「ワタシハビョウキデス。ブラック・ジャックヲ ツレテキナサイ」呼ばれて駆け付けたB・Jはコンピュータの手術をはじめる。 



<未来職安>      (0 U-18は知っていた)
読者の皆さまへ『百聞は一見に如かず』 (o^-^o)

根っから善良な人には悔しいことだが

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       世の中には悪事をなそうとする人にも幸運というものがある。
       泥棒にも「渡りに船」「棚からぼたもち」「闇夜のともしび」
       「大海の木片」……しめたッと思う瞬間はある



▲思いがけない幸運をいう「もっけの幸い」のもっけとは「勿怪」または「物怪」で、もののけのことという。つまり妖怪か何かのしわざとしか思えないような運の良さをいうのだが、それが悪運とあっては善良な人たちはたまらない

大阪の富田林署に勾留されていて逃走した容疑者にすれば、まさに「もっけ」が束になって逃がしてくれたような成り行きに驚いてはいないか。このもののけ、その正体は警察の信じられぬような手抜かりと怠慢にほかならなかった

▲弁護士との接見後に逃走した容疑者だが、接見終了を伝える面会室の扉のブザーは1年以上前から電池を外されていた。面会室のアクリル板は容易に枠から外れ、署の塀のそばには脚立が置かれていたという至れり尽くせりである

▲逃走発覚まで1時間45分かかったのに加え、住民への情報提供が大幅に遅れたのもいただけない。その後、周辺各地では容疑者による事件と疑われるひったくりが相次いだ。逃走が長引けば住民の不安は他の地域にも広がるばかりだ

▲接見は容疑者の人権を守る重要な制度だからこそ、ルールにもとづく管理に手抜かりがあってはならない。容疑者の逃走をまねいた怠慢が、接見の制限につながる別のもののけに化けないように願いたい。【余録】

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       怒髪天を衝く

 

尾畠春夫さん ( ^ω^)おっおっおっ

  
Momo
         桃太郎を川から拾い上げてくるのはおばあさんで
         おじいさんと一緒に育てる。異界からやってきた子
         を迎え入れるのは、この世のしきたりにしばられた
         壮年男女ではなく、そこから少し外れた老人夫婦がいい





▲昔話のおじいさんとおばあさんはこの世と異界を結びつける役回りである。一方、その昔「7歳までは神のうち」といわれた子どもはまだこの世とあの世のあわいに生きる存在だった。何かの拍子に、フッとこの世から連れ去られる

▲そんな昔の老人と子どもの関係について民俗学者の宮田登(みやた・のぼる)は「そこにはスピリチュアル(霊的)なつながりが存在するという感がある」と述べていた。ならば、異界にとらわれた子どもの呼び声を聞き取れる老人もいたのではないか

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▲こんなふうに思ったのも、まるで神隠しのように山中に消えた2歳の男の子を、まるで昔話の主人公のようなおじいさんがこの世に連れ戻したからだ。日本中を驚かせ、ホッとさせた、山口県の藤本理稀(ふじもと・よしき)ちゃんの3日ぶりの生還劇だ

▲「子どもは上へ行くはず」。入山30分で理稀ちゃんを見つけたのは大分県から来た78歳の尾畠春夫(おばた・はるお)さんだった。聞けばこの方、災害や大事故があればすぐさま人助けに駆けつけるボランティアの達人だというのもおとぎ話めいている

▲尾畠さんは65歳で鮮魚店をたたみ、今の活動を始めたそうな。この世の日常に埋もれていては見えぬもの、聞こえない呼び声--それらに導かれて起こる奇跡が増えればいい高齢者ボランティアの時代だ。 【余録】

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           このコラム『干天の慈雨』の如し
           国民栄誉賞を差し上げたい・・・・
           斯く言う、珍念『ごまめの歯ぎしり』

とんまな話

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            映画の「ショーシャンクの空に」では刑務所の壁にひ
            そかに穴を掘り、その穴を女優リタ・ヘイワースのポ
            スターで隠して いた。そのポスターがやがて一九五
            〇年代に人気のあった マリリン・モンロー、六〇年代
            のラクエル・ウェルチに変わって  いく。それだけの長
            い歳月をかけて穴を掘り、脱獄に成功する

▼「アルカトラズからの脱出」では刑務所の中で自分の顔にそっくりな人形をこしらえ、ベッドに置き、これで看守の目を欺いた。海を渡るときに使ったのはレインコートを接ぎ合わせて作った舟だった

▼フィクションの世界で脱獄とか逃走といえば、あの手この手の計画と工夫が必要だが、現実ではそうでもないのか。大阪府警富田林署の接見室から男の容疑者が逃走した。さほどの知恵はいらなかったと書けばやや皮肉がすぎるか

▼接見が終わるとブザーが鳴り、署員に知らせる仕組みになっていたそうだが、やかましいとでも思ったのか、電池が抜いてあり、その役目を果たさなかった。容疑者は弁護士との接見後、しばらく一人で放置された形でそのすきに逃げられたとはなんとも粗忽(そこつ)な話である

▼面会者と隔てるアクリル板が押し破られた形跡もあるそうでこれにもまた、その程度の強度なのかと驚く

▼おかげで周辺住民はのんびりしたいお盆の時期に不安を募らせる。富田林が「とんだ話」ではシャレにもならぬ。【中日春秋】

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Osore

            で、その先は? 脱走した男は?
         接見室のドアの警報ベルの電池を抜いた痴れ者は?
         歴代の署長の怠慢は、どのような責任が課せられるか



 江戸時代だったら、責任者は切腹か、流罪に処せられたでしょう。大阪府警富田林署の(とんま)な対応に驚いている。

君はうそつきだから、小説家にでもなればいい-。

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          小説家の浅田次郎氏はやんちゃな小学生の時、恩師に
          こう言われたそうだ。数多くのベストセラーを放つ同氏は
          「叱責(しっせき)でも説教でもなく、炯眼(けいがん)とい
          うほかあるまい」とエッセーで述懐する





▼物語をつむぐ小説は虚構あるいはうその上塗りを開陳しているようなもの。小説家は錬磨された自身の心情を巧みな文章表現でつづり、読者に泣き笑いや感動を与えているのかもしれない

▼芥川龍之介は「うその形でしか語れない真実がある」とつぶやいたという。人間の社会は基本的にうそで成り立つという事実があり、その奥に秘められた真実を突くために小説という手段に訴える。それが文学の存在理由だと解釈すべきなのだろうか

▼元文科省官僚が絡む東京医科大の不正入試問題は、長年にわたる女子受験生らへの不正な得点操作が判明し、受験生への背信行為、重大な女性差別と批判される事態に発展した。排除の論理が横行する実態は他大学へ飛び火する可能性がある

東京医科大は女性支援を看板に掲げて、国から多額の補助金を得ていた。その題目が「建前」であり、うそ偽りだと露見した。まことに事実は小説より奇なりだ。【四季風】

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Bi8a


    この痴れ者め!
    XXはXX・・・・・。







 Kami    

           浅田次郎氏の「憑神」に感動しました。
           「憑神」 作品紹介・あらすじ






 時は幕末、処は江戸。貧乏御家人の別所彦四郎は、文武に秀でながら出世の道をしくじり、夜鳴き蕎麦一杯の小遣いもままならない。ある夜、酔いにまかせて小さな祠に神頼みをしてみると、霊験あらたかにも神様があらわれた。だが、この神様は、神は神でも、なんと貧乏神だった!とことん運に見放されながらも懸命に生きる男の姿は、抱腹絶倒にして、やがては感涙必至。傑作時代長篇。

眉子さんのレビュー

 「限りある命が虚しいのではない。限りある命ゆえに輝かしいのだ」 腐敗と、慢性的な疲弊に沈む現代日本ではバカ正直に真面目に暮らしているようでは、良い暮らしにはありつけない……。

 本作の舞台・幕末の江戸でも同じ。真面目過ぎてお人好しですらある主人公がツイてない人生に翻弄されながらも「自分らしくどう生きるか」を成長しながら見出す物語。

 憑神に取り憑かれる主人公や粋な江戸のユーモアをたっぷり織り交ぜたドタバタ劇かと思いきや、読み手に「あなたの『人間を人間たらしめる真理』は何か?」と問いかける。心温まるストーリ。名作

 斯く言う(珍念) 『百聞は一見に如かず』 (^-^;

門脇シヅエさんに、思いを馳せる

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      ●明治31年9月17日生
      ●平成1O年1月18日没
   (享年99歳)






 夜はもんぺ姿で寝た。往診の依頼が来た時、すぐに駆け付けるためだ。タレント、ケーシー高峰さんの母親で山形県の女医の草分けだった門脇シヅエさん。1923年、無医村だった最上町に医院を開業した

▼1日20~30キロを歩いて往診。冬はそりを走らせた。内科、小児科、婦人科…、お産も扱った。5人の子に恵まれ、次男の出産時には自分の産室で急患を治療。栄養状態が悪い他人の子に自分の母乳を与えた。多くの命を守った「最上町の母」は20年前、99歳で亡くなった

▼門脇さんが生きていたらどんなに嘆いたことか。東京医科大の不正入試問題だ。女性は出産や育児で長時間勤務できないなどとして女子や浪人生の合格者を抑える得点操作を長年繰り返してきた。女性や苦労を重ねた男性の人権を無視した許し難い行為だ

▼主導した前理事長らは「同窓生の子弟を入学させ、寄付金を集めようとした」と動機を話し、謝礼ももらった。息子を不正合格させた文科省前局長の事件では同省の補助金が絡んでいた。努力した者が報われず、ずるい者が勝つ。そんな世の中の縮図を見る思いがする
門脇さんは患者から余分な金は受け取らず、清貧な生活をした。人生訓は「至誠」。前理事長らの脳裏にこの言葉がよぎることはなかったのだろう。【河北春秋】

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       このコラム『干天の慈雨』
       座布団10枚差し上げます



  読者の皆さま・・・下記の記事、ちょいと、長いですが
  ご覧頂ければ、きっと心が和むでしょう!


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                 平成10年2月発刊 1998年2  No・561より
                  (故)門脇シヅエさんの生涯 。 至誠の人





第1話 女医誕生 

  シヅエさんは明治三十一年九月十七日、父良安と母イトの間に、四人兄弟の次女としてこの世に生を受けた。門脇家は、江戸時代の後期から現新庄市内で代々開業医を営む(現在の当主は七代目)“お医者さん一家”である。

 こうした家系からか、医師になるのが自らに課せられた使命であると信じ、向学心に燃え、やがて東京女子医学専門学校(以下“女子医専”)の門をたたく。青春真っただ中のシヅエさんにとって、女子医専は、学門はさることながら、あらゆる知識や経験をどん欲に吸収できる絶好の場であった、なかでも、女子医専の精神に謳われていた『至誠』の二文字は、シヅエさんの人生にかけがえのない精神的糧を与えるものであった。

 至誠とは、きわめて誠実なこと、まごころなどを意味する。後段でもふれるが、シヅエさんはこの言葉を自らの人生訓にしたのである。女子医専卒業後、二年間ほど実家の医院に勤めていたが、医師として大成することを夢見て、再び向学心に燃え上京を決意する。

 大正十二年九月一日、新庄駅に向かうシヅエさんに、その後の人生を大きく左右する運命的な大事件が待ち受けていた。関東大東災の発生である。この大地震で関東方面への交通機関は完全にストップ。復旧のメドもたたず、上京への道は完全に閉ぎされてしまった。

 意気消沈の日々を送るシヅエさんに、当時無医村だった東小国村に「医院を開業しては」という話が持ち上がった。いわゆる“のれん分け”というものである。これを人生の転機ととらえたシヅエさんは、かつて商社マンだつたご主人の貞さんと共に、未知の地での生活を決意したのであった。

 かくして、無医村地域での「女医誕生」となったわけであるが、その舞台裏には、こうした大事件が大きく影響していたのである。何ともドラマチックな話である。

第2話 粉骨砕身 

  シヅエさんら夫婦が新天地を求めて、初めて向町駅に降り立った時は、所持金五円と聴診器が一つ、そしてわずかの家財道具が全財産だったという。決して裕福なスタートとは言えないが、ホームに第一歩を踏み入れた時の胸中は、さぞかし開拓魂に似た希望と情熱でいっぱいだったろうと推察する。

 当時のシヅエさんを紹介するにふきわしい言葉を耳にした。「お姫様」「向町小町」あるいは「荒涼とした原野に降り立った一羽の美しい鶴」など。シヅエさんの美貌と知性を象徴した言葉であろう。しかし、女医としてのシヅエさんの姿は、このような言葉とは無縁で献身的に地域医療に身を投じる『粉骨砕身』の毎日であったという。シヅエさんの専門科目は、内科と小児科であったが、山村へき地での医療活動には“専門医”という言葉は必要とされず、耳鼻咽喉科や外科などもこなさなければならなかった。

 往診活動にも精力的に取り組み、広範囲に点在する集落にくまなく出かけて行った。自らの足以外に交通手段を持たなかった大正末から昭和の初期にかけては、一日三十キロもの距離を、毎日徒歩で往診に出かけたという。往診活動は冬期間も休むことなく続けられ、急患発生時の場合は、昼夜を問わず命がけで往診にあたったという。

 当時のシヅエさんの粉骨砕身ぶりを語るエピソードは数多いが、そのいくつかを三男である門脇篤さんにうかがってみた。 「母はいつもモンペ姿のまま寝てましたね。いつでも往診に出かけられるように、というのが母なりの考えのようでした。 それから、町内には私と“おっぱい兄弟”と呼ばれる人がたくさんおります。

つまり、母の母乳を共にした間柄ということです。私たちが生まれた当時は栄養状態が悪かったので、往診先などで母が自分の母乳を与えていたというのです。本当に頭が下がりますね。」

 シヅエさんの粉骨砕身ぶりは、女医としての枠にのみ止まってはいなかった。昭和九年に東北地方を襲った大凶作の時には、貧困者を救うために医療費を軽減しながら、献身的に医療活動にあたった。

 また、同十七年の向町大火では、自らの医院を焼失したにもかかわらず、物心両面にわたって災害復旧に大きく貢献したという。戦後は、母子保健の問題に積極的に取り組み、出産計画や育児などをテーマに、連日のように集落に出かけて講習会等を行った。
 シヅエさんの功績をあげれば、枚挙にいとまはないが、ここでそのいくつかを紹介してみたい。

●秋田営林局向町営林署の嘱託医としての功績。
 昭和十四年から四十九年までの三十五年間、片道十六キロもある「大森作業所」に定期的に出張し、約三百人の職員や家族の健康管理と治療にあたられた。
●国鉄嘱託医としての功績。
 昭和二十二年から、鳴子駅から新庄駅までの八駅に従事する職員や家族の健康管理と治療にあたったほか、鉄道事故による負傷者の救済に尽力された。
●民生児童委員としての功績。
 昭和二十三年から十九年間、民生児童委員として、生活困窮者のために医療の無料奉仕などで活躍。
●最上町国民健康保険運営協議会委員としての功績。
 昭和二十三年から二十年間、国民健康保険行政と医療行政の推進に尽力。また、同二十六年から二十八年にかけた村立診療所の医師空席期間の一時期に、自らの医院を閉鎖してまで勤務された。
●学校医としての功績。
 旧東小国村内の小学校をはじめ、富沢小学校、旧富沢中学校、赤倉小学校の校医として、予防接種業務など、児童生徒の健康管理に尽力された。

第3話 至誠の人 

  真夜中に急患が入っても、いやな顔一つしないで献身的に治療にあたるシヅエさん。また、患者に大声をあげたり怒鳴ったりしたシヅエさんの姿を見た人はだれ一人としていないという。これまでの紹介からも、「至誠」の二文字は十分過ぎるほど伝わっていると思うが、まだ紹介しなければならない面が残されている。

 それは「清貧」ということである。生前のシヅエさんの口癖は、「医者は常に患者さんの側に立たなければならない。医者が贅沢すれば、患者さんの負担が大きくなるから絶対に禁物。余分なお金はいらない。」であった。事実、門脇家の生活は清貧そのものであり、向町大火後においても“雨つゆをしのげればよい”という徹底した考えのもとに、古い納屋と土蔵を改造した住まいでの生活が長い間続いたという。

 最後に、至誠の人・門脇シヅエさんの生産を象徴するきわめつきのエピソードを紹介し、この特集を終えたい。晩年のころの話である。ある日、シヅエさんがごく親しい人にこうつぶやいた。「名誉町民になっているから、なかなか死ねないんだよ。だって死んだら大勢の人に迷惑をかけるだろう。名誉町民の称号をお返しするわけにいかないだろうかねぇ。そうしたら安心して死ねるんだけど…。」 ( ^ω^)おっおっおっ

長崎原爆の日

Enpitu


        美空ひばりさんは、何曲か戦争のむごさを歌っている。
        有名なのは「一本の鉛筆」だが、そのレコードのB面
         「八月五日の夜だった」も、その一つだ






▼「二人の明日を夢に見た 八月五日の夜だった 貴方(あなた)はどこに貴方はどこに」―。広島に原爆が投下される前夜、大切な人と指切りをして誓い合った将来の夢は、一瞬にして消えた、と悲しむ

▼人々は飢えや病気、空襲で困窮しながらも、その日までは普段と変わらない生活を送っていたはずだ。井上光晴さんの小説「明日」も、原爆投下前日の長崎市民の暮らしを描く

▼登場するのは結婚式を挙げた新郎新婦、難産の末、子供を産んだ女性、刑務所に収監中の夫に面会する妻ら。原爆については何も書かれない。だからこそ、理不尽さがより際立つ

▼戦争は、市井の人々の当たり前の日々をも暴力的に踏みにじる。その残酷さの最たるものが原爆だろう。だが、唯一の戦争被爆国にもかかわらず、日本の核廃絶の動きは依然として鈍い。今も世界には、1万4千発を超える核弾頭が存在する。徒労感すら覚える

▼しかし、諦めてはなるまい。広島で開かれた平和記念式典で、子どもたちの代表は「私たちは無力ではない」と訴えた。そうか、私たちは微力ではあるけれど無力ではないのだ。きょうは長崎原爆の日。大切な「当たり前の日々」を守るため自分に何ができるのか、改めて問い直したい。【卓上四季】

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珍念の脳裏に(ユネスコ憲章)前分が思い浮かぶ

Yunesuco
               この憲章の当事国政府は、この国民に代わって
               次のとおり宣言する。戦争は人の心の中で生ま
               れるものであるから、人の心の中に平和のとりで
                      を築かなければならない。


 相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信の為に、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。

 ここに終わりを告げた恐るべき大戦争は、人間の尊厳・平等・相互の尊重という民主主義の原理を否認し、これらの原理の代りに、無知と偏見を通じて人種の不平等という教養を広めることによって可能にされた戦争であった。

 文化の広い普及と正義・自由・平和のための人類の教育とは、人間の尊厳に欠くことのできないものであり、 かつ、すべての国民が相互の援助及び相互の関心の精神を持って、果たさなければならない神聖な義務である。

 政府の政治的及び経済的取り決めのみに基づく平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって、平和が失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かれなければならない。

 これらの理由によって、この憲章の当事国は、すべての人に教育の十分で平和な機会が与えられ、客観的真理が拘束を受けずに研究され、かつ、思想と知識が自由に交換されるべきことを信じて、その国民の間における伝達の方法を用いることに一致し及び決意している。

 その結果、当事国は、世界の諸人民の教育、科学及び文化上の関係を通じて、国際連合の設立の目的であり、かつ、その憲章が宣言している国際平和と人類の共通の福祉という目的を促進するために、ここに国際連合教育科学文化機関を創設する。

 あ・・演壇で講義している錯覚に、舞い上がっています・・・モジモジ(。_。*)))

「笑いの日」




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           「笑う門には福来たる」

 
 車谷長吉、川上弘美、藤沢周、柳美里、青来有一、保坂和志。1995年上半期の芥川賞候補は、のちに全員が同賞か直木賞を受賞するそうそうたる顔ぶれだった。

 混戦を制したのは保坂作品「この人の閾(いき)」。仕事の合間にふらっと大学時代の友人の家に寄り草むしりを手伝いながら雑談する。言ってしまえばそれだけの話だが、とぼけた笑いとユーモアが全編に流れる。

 その年は阪神大震災と地下鉄サリン事件が相次いで、日本が暗く沈んでいた。ある選考委員は、二つの出来事とバブル崩壊に触れた上で、作品を「とくに意味もないこの一日の静かな光」と評した。笑いのある日常の幸せをさしだす作風が時代と響き合ったのだろう。

 保坂さんは、自作に「笑い」を入れることをつねに意識していると自著で語っている。笑いやユーモアが小説を豊かにするとの信念があるようだ。「この人の閾」の作中人物もハハハとよく笑う。

 ハハハという笑い声から、8月8日を「笑いの日」として国民の祝日にしようという運動が、二十数年前にあった。発起人には元首相も名を連ねた。漫画家の故加藤芳郎さんは、「日本は笑ってはいけない時代があった」と制定の意義を説いた。

 祝日は実現こそしなかったが、加藤さんの胸中には先の大戦の記憶があったに違いない。ハハハと笑い、静かな一日を送れる平和のありがたさをかみしめたい。【南風禄】

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     (珍念)のコメントは『笑顔が人を変える』

顔に泥

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                入社試験を受けた県内の学生が、色付きレンズの眼鏡を
                掛けて面接に臨んだ。「わざわざ顔に泥を塗り付けて来た
                のか」と皮肉たっぷりに、とがめられたという。三十年以上
                前の話だ。


 目が光に弱かったから色付き眼鏡にした。よく見ないと分からないほど薄い色なので、目立たないと思い込んでいた。不合格となり、眼鏡を買い替え就職活動を続けた。彼にとって痛恨の思い出だが、時と場所をわきまえた身だしなみに気付いた。

 日本ボクシング連盟の会長がテレビに出演し、一連の告発に対して反論した。話の中身以前に、サングラス姿は視聴者にどう見えただろう。就職活動で苦労した彼のように、まぶしさが苦手なのだろうか。だとしても、場に合った格好とは言えないと感じた。説得力はそれだけで半減したかもしれない。

 似た出来事はアメリカンフットボールの不祥事の際にもあった。大学の監督がピンク色のネクタイを着けて謝罪に出向いた。スクールカラーだからとも言われたが、ネット上では「ふさわしくない」という声が相次いだ。ご両人とも、青少年を導く立場なのにどうしたのだろう。「顔に泥…」と言ってくれる人がいない不幸もある。(あぶくま抄)

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            斯く言う(珍念)のコメントは『蛇足』





小6女子が将来就きたい職業の首位は医師

Isi


        春小学校を卒業した子どもたちを対象にしたクラレ
                  のアンケートでこんな結果が出た。女子で医師が首 
                 位に躍り出たのは初めてという。それだけ憧れられる
                 職業だというのに、こんな現実を突きつけられたら、ど
                 んなにがっかりするだろう。

 ※東京医科大が一般入試で、女子の合格者数を抑制するため内々に得点操作していたとされる問題に、あぜんとした。性別を理由に試験で不利になるなど、いつの時代の話か。それも教育機関で。同じ受験料を払っているというのに、事実なら詐欺みたいなものではないか。

 ※女性は結婚や出産を機に職場を離れるケースが多いとして、合格する人数を抑制し、系列病院の医師不足を回避する目的があったとされる。だからといって、入試段階で排除する差別があっていいはずはない。

 ※取り組むべきは、長時間労働の改善など、結婚や出産後も働きやすい環境づくりであり、そのことが男性を含む優秀な人材確保や、医療の信頼そのものにつながるのではないのか。

 ※合格できたはずの女子の可能性を奪う一方で、文科省幹部による便宜の見返りとして息子を合格させる不正も明らかになっており、大学が抱える問題の根は深い。公平、公正な試験を突破してきたつもりの男子学生にとっても、勝手にげたを履かせられたようで、居心地が悪い話であろう。【天地人】

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         怒髪天を衝く




「絶対的権力は絶対に腐敗する」

                

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                「鯛[たい]は頭から腐る」。手あかの付いた
               言葉の賞味期限が切れないのは、その実態
                が続くからだ。特に今年は「当たり年」である





 
▼日大アメフット部、日本レスリング協会、東京医大、日本ボクシング連盟、そして文科省。立派なはずの組織の幹部らが権力を乱用し、組織内を混乱させ、社会からの不信を重ねている。全員が男性である

▼東京医大では女子受験者の得点を減らす一方、文科省幹部の息子には加点した。息子の件を親と医大側が協議した際の録音も出回っている。そのやりとりは、悪代官と商人が密談する時代劇そのままだ

▼ボクシング連盟会長のためには試合会場に特製の椅子が用意され、ホテルの部屋や準備する食品にも詳細な配慮があったようだ。会長は審判にも圧力をかけた疑いがある

▼精神科医の斎藤学氏によると、男とは居心地が良かった母親の胎内に戻ることを夢見る存在だとみている。このため、男たちがつくる集団は彼らが育った胎内に似ており、グループそのものが母として機能しがちという(「男の勘違い」毎日新聞社)

▼そこから行き過ぎたケースも出てくるのだろう。周囲に「イエスマン」を配置し、わがままを繰り返す。見た目も強面[こわもて]の場合が多い。しかし、特製椅子にふんぞりかえる姿を想像すると、幼児的な印象さえつきまとう。そんなことでうれしいのだとすれば、この人もまた組織を「母の胎内」のように感じているのだろうか。男の勘違いが続発する夏。暑い上に暑い。【新生面】

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                  「男の勘違い」





カスタマーレビュー

男性は読んでくださいね レモンメロン

 旦那が大受けしてました。相当前にこれを書いてる筆者は次元が違うと感銘を受けました

男尊女卑は生き延びている 入道雲

 現代日本はすっかり欧米化し、男女平等になったなんて全くの嘘。というより日本男性には自己欺瞞があるわけです。裏表ですね。本書はそこを指摘。日本男性は本当は、自分は好き勝手なことをし、怠け、女をはべらせ、ふんぞりかえっていたい。それは明治頃までの価値観で今はマズイということ。本書内容と向き合えない男は古いわけです

 悪魔と天使は私たちの心の中に住んでいる。「善と悪」二つの心がいっも綱引きしている
一番恐ろしいのは人間。尊いのも人間なのだ。



Futatu


 かく言う〝珍念〟きょうも、悪しき煩悩に、心が揺れている。

卑しい者たち

Isida1


                  「粗にして野だが卑ではない」。三井物産代表を退いた後
                  誰もなりたがらなかった国鉄総裁を引き受け、国鉄改革を
                  成した石田禮助の言葉。これをそのまま表題にして
                  城山三郎さんは気骨ある石田の生涯を描いた





◆「(自分は)生来、言動は雑で粗くて野蛮だが、卑しいことはしない」。第5代総裁に就任し、初めて国会に呼ばれた時のあいさつの冒頭、そう断って、前に座る国会議員に「国鉄がこのようになったのは諸君たちにも責任がある」と敢然と言い放った

◆さすがである。この名文句にある三つの漢字「粗」「野」「卑」。それぞれいろんなことを連想するが、「粗」「野」は許容できても「卑」は痛烈だ。誰もが、それだけは言われたくない-と思うだろうが、助成金の不正流用など疑惑が指摘されている日本ボクシング連盟山根明会長の言動は、失礼ながら「卑」ではないかと思ってしまう

◆自分だけ特別扱いをされないと機嫌が悪くなる-という者たちはいくらもいるだろうが、この人は常軌を逸してはいないか。連盟や取り巻きの気の遣いよう、もはや【ルビ注意】忖そん【ルビ注意】度たくを超えて笑ってしまいそうだ。それにしても最近のスポーツ界はどうしたことだ。日大アメフットしかり、レスリング協会しかり、顔をしかめたくなる「卑」のつく不祥事が多過ぎる

◆2年後の東京オリンピックが心配だ。【有明抄】

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0ni


     来年のことを言うと鬼が笑う
     
珍念の『杞憂』かなぁ・・(^-^;

読書

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                 「、なかんずく小説を読むよろこびは、もう一つの人生を経験す
                ることができる、という点にある」―作家・山本周五郎の言葉だ






▼氏が、ある短編小説を読んだ時のこと。ナチス占領下のスカンジナビア半島の雪山を、主人公が必死で進む描写があった。その真に迫った生々しさを、「針葉樹林のにおいや、雪のさわやかなにおいまでを感ずることができた」と述懐している

▼読書によって「現実の生活では得られない情緒や感動」を得られると、氏は力説する。「こちらに積極的な『読み取ろう』とする気持がありさえすれば、たいていの小説はそれを与えてくれる」と(『また明日会いましょう』河出書房新社)

▼読書の目的は“新しい情報を得るため”“趣味として楽しむため”など、さまざまだろう。ただ同じ本でも、読む側の心一つで手応えは変わる。第2代会長の戸田先生は常々、「書を読め、書に読まれるな」と教えた。自分を磨き高める本を選び、真摯に向き合ってこそ、精神の実りは豊かになる

良書を読んで、自身の考えを記せば、思索はさらに深まっていくだろう。未来部の「読書感想文コンクール」「きぼう作文コンクール」もまた、英知を磨く絶好の機会。子どもたちと共に名著・名作に触れる夏に!【名字の言】

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 ※読書は自分自身の中にある英知を磨くものである。充実した、また晴ればれとした心の世界を開くものである。ゆえに、いくら、たくさんお知識をもっていても、謙虚に自分の〝内なる世界〟を見つめない人は、真の読書の人とはいえない。

 ※わが、〝内なる光〟を発見するための精神の航海。わが、〝内なる宇宙〟への旅・・・それが読書なのである。(池田大作)

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    斯く言う。珍念 『論語読みの論語知らず』









なぎなた

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                               「あさひなぐ」は、高校のなぎなた部を舞台にした
                              人気漫画。昨年、映画化された際には、佐野市内
                               の高校跡での撮影も話題になった









▼女子高生が手にする武具の基になった本物の薙刀(なぎなた)の企画展が、奥日光の日光二荒山神社中宮祠で開かれている。刀身と柄、さやの外装5組10点は、今秋にも国の重要文化財(重文)に指定される

▼13、14世紀の作だが、保存状態が良く希少価値は高いという。柄に銅板が巻かれた3組は、同じく重文のみこしに合わせた祭礼用と見られるが、他の2組は刃こぼれがあり、実際に使われた可能性をうかがわせる

▼週末には多くの来場者があり、特に外国人観光客が興味深そうに見入っているそうだ。猛暑とは縁遠い奥日光。刀身の輝きが涼しさを増してくれる

▼一方、映画の影響か、県内で武道、スポーツとしてのなぎなた人気が高まっている。県なぎなた連盟関係では宇都宮、足利、小山、栃木で教室が開かれている。宇都宮市連盟は小学1年から70代までの男女約50人が汗を流す。今年は体験会への応募が相次ぎ、例年を上回る10人が新たに加入した

▼「礼儀が身につき健康、友だちづくりもできる。いつでも申し込みを」と同連盟の宮本典子(みやもとのりこ)理事長。22年栃木国体の正式競技であり、世界大会もある。本県から頂点を極める選手の誕生を期待したくなる。【雷鳴抄】

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「あさひなぐ」あらすじ

※春、元美術部で運動音痴の東島旭は、二ツ坂高校へ入学する。旭は1つ上の先輩・宮路真春と出会い、その強さに憧れ“なぎなた部”入部を決意!同級生の八十村将子、紺野桜、2年生の野上えり、大倉文乃と共に部活動をスタート。

※しかし、“練習は楽で運動神経がなくても大丈夫”ーそんな誘い文句とは真逆で稽古は過酷そのもの。やがて3年生にとって最後となるインターハイ予選を迎える。順調に勝ち進んだ二ツ坂だったが、決勝でダークホースの國陵高校に敗れてしまう。

※なかでも國陵の1年生エース・一堂寧々の強さは圧倒的だった。野上新部長のもと再スタートを切った二ツ坂は、山奥の尼寺で僧侶・寿慶の厳しいしごきによる、地獄の夏合宿を経て一回り大きく成長し、挑んだ秋の大会。

※再び二ツ坂の前に宿敵・國陵高校と一堂寧々が立ちふさがる。そこで、二ツ坂にとってまさかの出来事がー。真春は部活動に姿を見せなくなり、精神的支柱を失った二ツ坂はバラバラになってしまう。

※そのとき、旭は……。物語はクライマックスへ向けて大きく動き出すー。 続きは・・?

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       斯く言う(珍念)のコメントは
        『百聞は一見に如かず』

人生の楽園

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                 ふるさと、古里、故郷…。いい響きである。

                今日は本紙創刊記念日だが、小欄はずっと佐賀と
                いう地域の視点から「政(まつりごと)」や人の営み
                を見つめてきた。喜・怒・哀・楽をそのまま1日1話。
                と言うことで、ふるさと佐賀に“人生の楽園”を見つ
                けた人の涼やかな話を








◆大学卒業後は外資系企業に勤務。海外生活も長く、佐賀を忘れてかけていた深川勝郎さん(69)が帰郷を決意、佐賀空港に降り立ったのは8年前の夏。ちょうど「佐賀城下栄の国まつり」の初日で、夜空を焦がす花火が出迎えてくれた

◆深川さんは佐賀市金立町の古民家を素人手でリフォーム。小さな家庭菜園を楽しみ、竹林を抜ける風の音を聞きながらエッセーを書いた。時には「ひろば欄」に投稿したり…。現役時代には考えられなかった時の流れ。いつしかそこは“楽園”に

◆そんな深川さんに思わぬ幸運が。これまで書きためていた文章をまとめた私家版『佐賀駅上りホーム』が文芸社「出版費用¥0キャンペーン」の大賞に選ばれ、新刊本として全国発売に。「印税は『国境なき医師団』に寄付したい」と大喜びだ

先日、中高時代の仲間たちが出版祝賀会を開いてくれた。「帰郷は一念発起の決断だったけど、正解だった」。そう、人にはいつか“楽園”が必要だ。そして、その“楽園”は人それぞれであっていい。【有明抄】

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                    このコラム 『干天の慈雨』
                   『佐賀駅上りホーム』
ぜひ、読んで見たい!

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