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「自分の器で」

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  「この面相で、この脳みそで、この環境で、どうやって面白く生きてゆこうか、というのが私の人生」と語るのは、俳優の 山崎努さん。経験が生むこのセリフは、年配者には味わい深い。

 ▼個性的で、悪役をやらせたら他を圧するこの俳優は私の好みだ。上記のセリフは「ないものねだりをせず、自分の器で最善を尽くせ」という含意だろう。

 ▼青雲の志は若い時の特権だ。だが終末期に入ったら誰しも「これで良かったのか」と、人生のつじつま合わせにとらわれる。その時、彼のように自身に折り合いをつけて「まあまあだった」と納得することが肝心だろう。

 

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                   山崎さんが主演した映画『モリのいる場所』が公開
                   されている。仙人と呼ばれた画家・熊谷守一の94歳
                   のある日を描いた。山崎さんは熊谷の生き方に共感
                   し、自分の内面の投影として役作りにのめり込んだという。





 ▼熊谷の著書を何冊か読んでみた。なるほど見事な人生だ。写実画から出発し、洋画の世界で「熊谷様式」ともいわれる独特な画風を確立した。老年期には、自分の庭で終日ずっと虫や草花を眺めて過ごした。余計なことは一切考えず、自分の世界に没頭したのだ。

 ▼「忙しくなり、かあちゃんが疲れるのが一番困る」と、文化勲章や勲三等の叙勲を辞退した。子煩悩で徹底してかわいがった子ども5人のうち、赤貧で3人を失ったのは痛ましい。その子どもたちの最後の姿を描いた作品もある。【水鉄砲】

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『モリのいる場所』 解説

○山崎努と樹木希林という、ともに日本映画界を代表するベテランが初共演を果たし、伝説の画家・熊谷守一夫妻を演じた人間ドラマ。30年間もの間、ほとんど家の外へ出ることなく庭の生命を見つめ描き続けたという熊谷守一=モリのエピソードをベースに、晩年のある1日を、「モヒカン故郷に帰る」「横道世之介」の沖田修一監督がフィクションとしてユーモラスに描いていく。

○昭和49年の東京・池袋。守一が暮らす家の庭には草木が生い茂り、たくさんの虫や猫が住み着いていた。それら生き物たちは守一の描く絵のモデルであり、じっと庭の生命たちを眺めることが、30年以上にわたる守一の日課であった。そして妻の秀子との2人で暮らす家には毎日のように来客が訪れる。

○守一を撮影することに情熱を傾ける若い写真家、守一に看板を描いてもらいたい温泉旅館の主人、隣に暮らす佐伯さん夫婦、近所の人々、さらには得体の知れない男まで。老若男女が集う熊谷家の茶の間はその日も、いつものようににぎやかだった。

90過ぎの老画家のたった一日に寄り添った穏やかで愛おしい時間

◆なんと優しくて柔らかな映画なのだろう。スクリーンを覆い尽くす鬱蒼とした木々。そこをカメラがゆっくりと横切ったかと思うと、次の瞬間、葉と葉の間ですっかり周囲と同化した白いお髭に三角帽子の老人が映り込む。彼こそが主人公モリ(熊谷守一)。ここから始まる物語は、映画はこうであらねばならぬ、という一切の形式ばった概念から解き放たれ、まるで一枚の絵画の世界にどっぷりと浸かり込むみたいに、モリのいる場所、空気、時間を描いていく。

◆モリは昭和の時代に実在した画家だ。その絵画や人となりに惚れ込んだ山崎努が沖田監督に紹介したのがきっかけで、今回の構想が育まれていった。とはいえ、本作は生涯を俯瞰するタイプの伝記モノではなく、昭和49年、モリが93歳の頃の「たった一日」に焦点を当てた作品。

◆特別な出来事など全く起こらないが、庭という名の小宇宙で、腰をかがめたり、時には地べたに突っ伏しながら蟻の行列、蝶の羽ばたき、枝葉の成長を見守る彼の姿を見ていると、一生も一日も何ら変わりがないことに気づかされる。

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◆我々はこうやってモリが自然を観察するみたいに彼の日常を観察し、ユニークな物の見方や接し方に自ずと引き込まれていく。そこでは何ら道徳的なこと、説教じみたことが飛び出すわけでもない。彼は仏頂面を決め込み、時々パイプを燻らせながら、ボソッとつぶやくだけ。たったそれだけなのに、たまらなく掛け替えのない時間のように思えてくる。

◆そこに絶妙な呼吸を重ねるのが妻役の樹木希林だ。山崎とは意外にも初共演だというが、そこに醸し出されるケミストリーは、もはや演技という次元を超えた神々しさの連続。50年以上連れ添ってきた老夫婦(という設定)の、言葉を超えたおかしみと温もりにはもう表情が綻びっぱなしである。

◆さらに芸達者な共演者たちが色を添え、狭くて深い庭を作り上げた美術、屋内外の光と影を克明に映し撮った撮影、虫や植物の囁き声すら聴こえてきそうな音楽さえもが渾然一体化し、極上の空間が生まれゆく。

◆「キツツキと雨」や「横道世之介」の沖田監督はまたしても彼ならではの方法でかけがえのないワールドを作り上げてしまった。きっとあの庭は、誰しもの心と秘密のトンネルで繋がっている。だからこそ懐かしく、愛らしく、もう二度と戻らぬ哀愁すら感じるのだろう。鑑賞後には是非モリの絵画に触れてみてほしい。相乗効果でその世界がより深い味わいを伴って感じられるはずだ。(牛津厚信)

 (君の引用は聞き飽きた。もっと自分の言葉で語り給え)の声が、珍念の脳裏に聞こえる。これ以上は『蛇足』

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