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2018年6月

童謡100年

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♪唄を忘れた金絲雀(かなりや)はうしろの山に棄(す)てましよかいえいえ、それはなりませぬ―。西條八十(さいじょうやそ)が作詞した童謡『かなりや』。1918(大正7)年7月1日創刊の児童雑誌『赤い鳥』に楽譜付きで掲載され、当時大きな反響を呼んだ。

『赤い鳥』は童謡創作が盛んになるきっかけとなったため、今年は「童謡誕生100年」とされる


◆『かなりや』は八十が12、13歳の頃、クリスマスの日に教会に行った時、天井で一つだけ点(つ)いていない電灯を見たのが着想となった。多くの鳥が歌い交わしている中で、歌を忘れた小鳥を見るような気持ちが湧きおこったという(筒井清忠著「西條八十」)

◆「棄てる」との表現に残酷な印象があるが、八十は当時、経済的に困窮し、本来の詩作を忘れている自分を「棄ててしまえ」と責める心の声を聞いたという。歌詞にはそんな自らの境遇を重ね合わせた

◆童謡の定義は難しいが、明治政府が主導した教訓的な内容の学校唱歌に対し、子どもの心を大切にした創作を目指した。『かなりや』は次のように結ぶ

◆♪唄を忘れた金絲雀は 象牙の船に銀の櫂(かい) 月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を想(おも)ひ出す―。唄を忘れた小鳥も、いつか自らの居場所が見つかれば、再び美しい声で歌えるようになるかもしれない。傷ついた子どもたちに贈りたい希望の歌である。【有明抄】

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       斯く言う(珍念) 今宵は、童謡『かなりや』
       を歌って、西條八十先生に、思いを馳せたい!

「午後の恐竜」

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                     星新一の短編に「午後の恐竜」がある。



                   日曜の朝、遅く起きると、世界中に恐竜の群れが
                   現れている設定だ。幻影なのだが、地球最後の日
                   という結末にドキリとする。





 希代のSF作家はもとより、恐竜は映画やアニメにもしばしば描かれる。その大きさゆえか、それともユニークな姿形からか。古今東西、想像力をかき立てる存在に違いない。

 薩摩川内市の甑島で草食恐竜ハドロサウルスの仲間とみられる化石が見つかった。この種の特徴は一風変わった頭部だ。シュノーケルのような細長い突起がてっぺんにあったり、アヒルのくちばしに似た平たい口をしていたりと、図鑑に出てくる面々はどこか愛らしい。

 頭の突起から音を出したり、頬を膨らませたりしてコミュニケーションをとり、群れで行動していたという。体長は10メートルを超えていたようだ。そんな巨体を揺らし、どんな会話をしていたのか。聞いてみたい気がする。

 6600万年前、隕石(いんせき)の衝突で恐竜は地球上から姿を消したといわれる。それよりやや古い時期に当たる地層から化石は見つかった。今回の発見で恐竜が絶滅する前のナゾにどこまで迫ることができるか楽しみである。

 甑島は化石の宝庫だ。貝やアンモナイトといった海洋生物も数多く出土している。波に洗われた巨岩の間から恐竜がひょっこり顔を出しはしないか。映画のような光景を空想すると胸が弾む。【南風禄】

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      珍念、本物の恐竜が見たい・・・(o^-^o)

      表題作『午後の恐竜』は星作品の最高傑作の一つに数え
      上げられるでしょう。25ページの作品なのに超巨編SF大
      作を読んだような気分。このスケールの大きさ、悲劇性
      ラストなど、星は凄いなあと改めて思う



  「午後の恐竜」 投稿者 はぐれ鳥

●ある日曜の朝。男は外ではしゃぐ子供の声に目を覚ます。 「いったい何なんだ?」
男が外を見ると、恐竜が外を歩いている。 訳が分からないままリビングにいる妻に聞いてみる。

●「さあ?よくわからないわ。でも害はないみたい。子供も喜んでいるし。」 確かによくみると恐竜には実体がないようで、CGのように見えた。 陽光差し込む麗らかな午後 家族は外の恐竜のパレードを見ながらくつろいでいた。

●「パパ、あれは何?」 子供が指を指した先には見慣れない恐竜。 男は図鑑をもってきて調べてみる。 「ああ、あれは少し進化した恐竜だな」 そこで男は気づく。 「そういえばさっきから恐竜の姿が全体的に進化してきているな」

●そして外のパレードは恐竜から哺乳類へと変化してきた。 「まるで太古の昔からの進化の過程をシミュレートしているようだ」 ( ^ω^)おっおっおっ

ギリシア叙事詩と虫めづる姫

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           堤中納言物語の「虫めづる姫君」は、恐ろしげな虫をかごに
          入れ観察する風変わりな女性だ。「毛虫が考え深そうな様子
          をしているのに心ひかれる」と手のひらにはわせる。





●ただの変わり者ではなく、深い思慮を持つ人格者でもあった。「花よ、チョウよと美しいという理由だけで褒めるのは、考えが浅い」と言い、人にとって大切なのは誠実な心と看破する。平安時代に書かれた物語が後の世、アニメーターに大きな影響を与えることに。

●宮崎駿監督によると「風の谷のナウシカ」は、「虫めづる姫」と古代ギリシャ叙事詩に登場する足が速く、世俗的幸福を求めず、音楽と自然を愛する王女が結びつくかたちで誕生したという。異なる時空を包み込む想像の広がりに脱帽。

●宮崎市の県立美術館で「スタジオジブリ・レイアウト展」を鑑賞した。2008年からソウル、香港、パリを含む21都市を巡回し、国境を超えて人々を感動させた同展の国内開催は宮崎市がフィナーレ。1400点余りをまとめて見ることのできる最後の機会だ。

●一枚一枚眺めていて、レイアウトとは例えば巨大な戦艦か空母の設計図のようなものではないかと気づいた。精緻で美しく無駄な線は一本もない。それぞれは静止しているが組み合わされた瞬間スクリューを回して、ゆっくり動きだす。

●「虫めづる姫」の看破した、人として大切なものはジブリ作品の底流でもあり伝えたいテーマのひとつだ。「風の谷のナウシカ」がどういう経緯で着想されたか。その背景を知れば日本の古典文学の素晴らしさにも、あらためて気づくだろう。【くろしお】

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        珍念・・・感動しました!
         

 

名君・「細川宗孝」

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  熊本藩5代藩主の細川宗孝が、幼少期に桜の馬場城彩苑の一帯で過ごしたことをうかがわせる永青文庫の「桜馬場御屋敷御用覚帳」

  細川宗孝[むねたか]と聞いて、すぐに5代目の熊本藩主と分かる人はよほどの歴史好きに違いない。1747(延享4)年、江戸城で人違いをした旗本に背後から切りつけられ、非業の死を遂げたという。享年30だった

▼その宗孝が幼少のころ、現在の熊本市「桜の馬場城彩苑」付近のお屋敷に住んでいたらしいことが分かったという。細川家の文物を保管する永青文庫の『桜馬場[さくらのばば]御屋敷御用覚帳[おぼえ]』に、宗孝を指すとみられる「若殿様」の記述が見つかった

▼熊本大永青文庫研究センターによると、覚帳にはお屋敷を出入りするさまざまな文書の写しなどがまとめられていた。宗孝の生まれた1718年から14年間というから、ほぼ300年前の日報である

▼近くの神社が、疱瘡[ほうそう]にかかった宗孝のために祈とうしてお札を持ってきた、とある。世話係の小姓は15人いた。日常のこまごまとした記述を見ると、宗孝が大事に育てられていたことが分かるという。300年前が鮮やかによみがえるようだが、それも文書が作為なく正確に書かれていることが前提だろう

▼それにしてもよくぞここまで古文書を保存したものだと思う。「細川家は、南北朝から約七〇〇年、代々記録を大事にする家で、度重なる戦乱の中でも資料等の保持に格別の配慮をして参りました」。元県知事で細川家18代の護熙[もりひろ]氏が書いている

▼記録を正確に残すどころか、都合の悪いところを削除し、改ざんする。古色蒼然[そうぜん]とした文書の由来を聞くにつけ、昨今の行政文書のなんと軽く見えることよ。【新生面】

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 江戸城の椿事

●延享4年8月15日、月例拝賀式に在府の諸大名が総登城した際、宗孝が大広間脇の厠に立つと、そこで旗本寄合席7,000石の板倉勝該に突然背後から斬りつけられ絶命するという椿事が出来した。

●勝該には日頃から狂気の振る舞いがあり、このときも本家筋にあたる安中藩主・板倉勝清が自らを廃するのでないかと勝手に思い込んだ勝該が、これを逆恨みして刃傷に及んだものだった。ところが細川家の「九曜」紋が板倉家の「九曜巴」紋とよく似ていたことから、宗孝を勝清と勘違いしたのである。

●宗孝にとってはとんだ災難だったが、これは細川家にとっても一大事だった。31歳になったばかりの宗孝にはまだ世継ぎがおらず、さりとてまだ若いこともあり、養子は立てていなかったのである。殿中での刃傷にはただでさえ喧嘩両成敗の原則が適用される上、世継ぎまで欠いては肥後54万石細川家は改易必至だった。

●この窮地を救ったのは、たまたまそこに居合わせた仙台藩主・伊達宗村である。宗村は機転を利かせ、「越中守殿にはまだ息がある、早く屋敷に運んで手当てせよ」と細川家の家臣に命じた。

●これを受けて家臣たちは、宗孝を城中から細川藩邸に運び込み、その間に藩主宗孝の弟・紀雄(のちの重賢)を末期養子として幕府に届け出た。そして翌日になって宗孝は介抱の甲斐なく死去と報告、その頃までには人違いの事情を幕閣も確認しており、細川家は事無きを得た。

●この殿中うっかり刃傷事件の報はたちまち江戸市中に広がり、口さがない江戸っ子はさっそくこれを川柳にして、九つの星が十五の月に消え 剣先が九曜にあたる十五日
と詠んでいる。「剣先」は「刀の先の尖った部分」を「身頃と襟と衽の交わる部分(=剣先)」に引っ掛け、また「九曜」は細川家の「九曜」紋を「供養」に引っ掛けた戯れ歌である。



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●事件後、細川家では「九曜」の星を小さめに変更した(細川九曜)。さらに、通常は裃の両胸・両袖表・背中の5ヵ所に家紋をつける礼服のことを「五つ紋」というが、その「五つ紋」に両袖の裏側にも1つずつ付け加えて、後方からでも一目でわかるようにした。この細川家独特の裃は「細川の七つ紋」と呼ばれて、氏素性を明示する際にはよく引き合いに出される例えとなった。

 今日も(珍念)のオチは冴えません ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

「欠陥があるトラックなんて走る凶器」

 
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                    走行中の大型トラックのタイヤが外れて宙に舞った。
                    その先には手をつないで歩く母と子。頭上に巨大な
                     タイヤが迫る・・・。公開中の映画「空飛ぶタイヤ」の
                     冒頭場面だ







▼整備不良を疑われた運送会社の社長がトラック自体に欠陥があると気付く。同じような事故が各地で起きていた。だが、製造元の自動車会社は隠蔽(いんぺい)を図る。欠陥を認めてリコールすれば膨大な費用がかかるからだ

▼「あんたたちがやってることは自分の身を守ることだけだ。本気で想像してみろよ。家に帰ったら家族がいないことを」。遺族の悲痛な訴えに、社長は大企業と戦う決意をする。真相を明らかにし悲劇を繰り返さないために

▼映画は現実の事故に基づいて作られた。巨大なブロック塀が子どもの頭上を襲う悲劇も現実に起きた。大阪府北部地震で高槻市の小学校のブロック塀が倒壊し4年生の女の子が犠牲になった

▼塀は「危険」と専門家に指摘され、市教育委員会が調査。建築士などの資格を持たない市教委職員が「安全」と判断して放置された。もしも通学路の横の塀が崩れたら、と本気で想像しなかったか。人災といわれても仕方ない

危ないブロック塀が各地の学校で見つかっている。費用を理由に放置できない。「欠陥があるトラックなんて走る凶器。(放置するのは)犯罪に加担するのと同じ」。映画のせりふは「欠陥のあるブロック塀なんて-」と言い換えられよう。【春秋】

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      このコラム『言い得て妙』





映画「空飛ぶタイヤ」解説

 テレビドラマ化もされた池井戸潤の同名ベストセラー小説を、長瀬智也主演で新たに映画化。ある日トラックの事故により、1人の主婦が亡くなった。事故を起こした運送会社社長、赤松徳郎が警察から聞かされたのは、走行中のトラックからタイヤが突然外れたという耳を疑う事実だった。整備不良を疑われ、世間からもバッシングを受ける中、トラックの構造自体の欠陥に気づいた赤松は、製造元であるホープ自動車に再調査を要求する。

 しかし、なかなか調査が進展を見せないことに苛立った赤松は、自ら調査を開始。そこで赤松は大企業によるリコール隠しの現実を知ることとなる。長瀬が主人公の赤松役を演じる。監督は「超高速!参勤交代」シリーズの本木克英。

カシオペイア

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                 ドイツの児童文学者ミヒャエル・エンデの童話『モモ』に
                不思議な能力を持つ亀カシオペイアが登場する。30分
                後に起きることを予知して警告し、少女モモとともに、人
                々から人間性を奪い取る時間どろぼうと戦う








▼ただし、予知した出来事を変える力はない。「それじゃ、何の役にも立たないじゃないの」と、モモはがっかりするが、そんなことはなかろう。出来事の前に、あらかじめ対処法を考えることはできる

▼大阪府高槻市の場合は、30分どころか、警告から2年半余りの猶予があった。地震という避けられない災害を前に、手を打つ時間は十分にあったはずだ

▼防災専門家が事故現場の小学校にブロック塀の撤去を促したのは2015年11月。それから4カ月後に市教委とともに点検したものの、担当したのは資格のない職員だ。目視などで「大丈夫」と判断して、違法建築であることは全く認識していなかったという

▼対応の甘さは疑いようがないが、一方的に非難するだけでいいのか。ブロック塀の危険性は1978年の宮城県沖地震で既にあらわになっていた。同県ではその後、撤去などを進めたけれども全国には浸透しなかった。熊本地震でも塀倒壊で死者が出ている。今回の事故を受けて、熊本市などは緊急点検を始めたが、なお手付かずの自治体も多いようだ

カシオペイアは40年前に警告していたが、それを無視し「役に立たない」ものにしてしまった。犠牲となった少女が残した痛ましい教訓を、今度こそ無にしてはなるまい。【新生面】

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         怒髪天を衝く!

      ブロック塀の建設者と検査の責任者は、江戸時代だったら
      重罪に処せられたでしょう!平成の世は、罪人に寛大なの
      だ! これ以上吠えると血圧が上がる。

 『モモ』資本主義や拝金主義を暗喩で批判する小説です。GNPとか効率化とか人間の本当の幸せを図るメジャーでは無いですが、人間の欲望が動機づけとなって技術開発が行われ、高度技術産物が生み出されています。現代社会で医薬や交通・通信なしに生きてゆくのは困難で不幸とも言えますので技術開発が行われる動機づけを”お金”以外の何で代替するかが課題です。多分名誉しかないでしょうね。 ( ^ω^)おっおっおっ

「終わった人」

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              辛辣(しんらつ)なタイトルが胸にぐさっと突き刺さる。
              公開中の映画「終わった人」は、定年を機に世間か
               ら「終わった」という烙印(らくいん)を押された男性
               が主人公だ。









 夢なし、趣味なし、居場所なし。肩書や名刺を失った毎日がなんと空虚なことか。主人公は「定年って生前葬だな」とつぶやく。将来のわが身と重なり、暗い気持ちになる。

  日本は平均寿命が80歳を超え、4人に1人が65歳以上の超高齢化社会である。60歳で定年を迎えるとして残り20年以上ある。男性の問題だと捉えがちだが、定年まで働く女性も増えた今、社会全体の関心事といえる。

 25万部を超えるベストセラー「定年後」(中公新書)に終わらないためのヒントを見つけた。著者の楠木新さんは60歳から後期高齢者手前の74歳までを「黄金の15年」と呼び、自分らしい生き方を取り戻す機会だと説く。

 まず子どもの頃の夢や特技を掘り起こし、これまで培った能力を見直す。現役時代に新たな取り組みをスタートさせ、役に立てそうな場を探しておくことも大切だという。都市部に比べ、地方ではまだまだ“若者”扱いされる60代。活躍の場はありそうだ。

 楠木さんは定年後の目標を「いい顔で過ごすこと」とアドバイスする。定年を終わりではなく、始まりの準備を整えて迎えられるといい。いい顔をして、世間から「終わった人」などと言わせないぐらいの気概を持ちたい。【南風禄】

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        う~ん!今日の目標はあるのか・?
        何もない。それは「生ける屍」なのだ。








 誰人も(臨終)のとき。生前の行いが走馬灯のように蘇るそうですが、悔いのない黄金の思い出を日々刻印したい。天然呆けの(珍念)今日も鼠のように、うろちょろしています。(*^-^)

映画「終わった人」解説

 ●大河ドラマ「毛利元就」、NHK連続テレビ小説「ひらり」「私の青空」など、数々ヒット作を手がけた脚本家・内館牧子による同名小説を、舘ひろしと黒木瞳の主演、「リング」の中田秀夫監督のメガホンにより映画化したハートフルコメディ。大手銀行の出世コースから子会社に出向し、そのまま定年を迎えた田代壮介。

 ●世間からは「終わった人」と思われ、仕事一筋の人生を歩んできた壮介は途方に暮れる。美容師の妻・千草は、かつての輝きを失った夫と向き合えずにいた。壮介は「どんな仕事でもいいから働きたい」と再就職先を探すが、これといった特技もない定年後の男に職など簡単に見つかるはずがなく、妻や娘から「恋でもしたら」などとけしかけられたところで、気になる女性がいてもそう思い通りになるものでもない。

 ●しかし、すでに止まってしまったかに思えた壮介の運命が、ある人物との出会いから大きく動き出す。田代壮介役を舘が、妻の千草役を黒木がそれぞれ演じる。

フランス人剣士

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              宮崎日仏文化交流協会の松村千恵子代表が「10年ほど
              前に古書展で買った、珍しい本があるのよ」と厚い本を見
              せてくれた。クリスチャン・ポラック著「絹と光」という本。





 宣教師が来日した江戸時代初期から現代までの日仏交流史だ。原文はフランス語だが日本語の対訳を併記。フランスに残る古い写真や絵画、文書など貴重な資料が豊富で、意外なほど深い歴史の裏面が見えてくる。「絹」は両国の絆を強くした繊維産業の象徴だ。

 明治初頭の日本を舞台にした「ラストサムライ」(2003年)という米映画がある。不平士族を率いる頭領は西郷隆盛がモデルと言われるが、トム・クルーズが演じた米軍人にも実はモデルがいる。仏陸軍の士官ジュール・ブリュネだ。

 幕府の軍事顧問団の1人。幕府が倒れた後も本国からの退去命令を拒否、友情から旧幕府軍の残党に同行して函館戦争まで従軍した。同書でも1章設けて詳しく足跡を記している。騎士道に通じる日本の武士の生きざまは、かの国の人々に今も熱く訴えるようだ。

 欧州で最も剣道が盛んという同国から世界剣道選手権大会(9月・韓国)に出場する選手や監督ら16人が宮崎市で合宿している。県警職員と練習を積む傍ら、真剣の試し斬りをし、剣法発祥の地とされる鵜戸神宮(日南市)を見学した。

 防具の輸出などを手掛ける日本武道宮崎(宮崎市)が橋渡し。多田竜三専務は「選手らの日本文化への関心はとても高い。いろいろな日本に触れる機会を設けたい」と話す。フランス人剣士に街角で会ったら「ボンジュール」と歓迎しよう。 【くろしお】

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      コメントは『蛇足』

若旦那の恋煩い

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  ▼落語「崇徳院」は、若旦那の恋煩いを解決するため熊さんが相手の女性捜しに奔走する話だ。恋の病だと打ち明けられた熊さん。笑いをこらえ「あるという話は聞いてますけどね。その病にかかった人に会うのは、あっし初めてだ」

 ▼劇作家として活躍した寺山修司も、後に妻となる女優の九條映子さんにそんな恋煩いをしたのだろうか。前橋文学館で7月10日まで開催中の企画展で、寺山が九條さんに宛てたラブレターが展示されている

 ▼1960年、映画監督の篠田正浩さんの紹介で会い、交際が始まった。寺山が書いたラブレターには、なかなか会えない恋人に思いを募らせる素直な気持ちがあふれている

 ▼〈帰ってきたらしたいことが一杯ある。立てたい計画も一杯ある。これから毎日手紙かくつもり〉。別の手紙には〈あさってまた逢あえる。一日ゆっくり二人きりですごせたらどんなにいいだろう〉とつづる

 ▼2年後、谷川俊太郎夫妻を仲人に結婚式を挙げた。「きみが歌うクロッカスの歌も新しき家具の一つに数えむとする」。当時詠まれた歌からは新たな生活が始まる喜びが伝わってくる

 ▼劇団活動の本格化に伴い二人の時間はなくなり、九條さんの申し入れで70年に離婚。だが、その後も同志として寄り添った。寺山は47歳で亡くなるが、傍らにはいつも九條さんの姿があった。【三山春秋】

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         珍念 感動しました!






“魔法の足”

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              渡辺さんは生まれて間もなく病気になり、体
              が思うように動かせません。しかし、今は亡
              きお父さんに買ってもらったタイプライターを
              足で使い、絵(タイプアート)を描き続けています!




 おっこさんは“魔法の足”を持つ。その指先から深い思考や豊かな感性がほとばしり、言葉や色彩、複雑な形を織りなす。心と直結しているような足だ

▼渡辺良子さんは筑西市在住のタイプアート画家。「おっこ」は幼い頃、今は亡き父がつけた愛称だ。生後間もなく脳性小児まひを患い、肢体不自由となった。平仮名の文字盤を足指で差して会話し、タイプライターを打って絵を描く

▼「◎」と「の」のキーを繰り返し打ち、紙をずらして形や線を形成する。キーは思いの色が出るまで重ね打ちする。「◎」に「の」を重ねると「◎」内の空白も染まる。根気のいる作業が続く

▼新作65点を収めた4冊目の画集を刊行し、記念の展覧会を筑西市役所スピカ庁舎地下1階の多目的ホールで23日から開く。大作の「迎賓館」は完成まで486時間を要した

▼人物や生き物を描いた作品には、豊かな表情も表現されている。ただ笑うのでなく、にんまり、あるいはうっすら笑っている。微妙な喜怒哀楽が繊細に描き分けられている

▼「わたしのがんばりをみてほしい」-展覧会を前におっこさんが文字盤を指差すと、二人三脚の姉、洋子さんが読み上げた。魔法の足は来場者の心に、生きる希望も描くに違いない。【いばらぎ春秋】

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        「大石順教尼」に思いを馳せる




 
●それは、何と57年前、大津市で偶然セミーナの最前列で「大石順教尼」のお話をお伺いした事がありありと走馬灯のように蘇ってきました。

☆愚か者の【珍念】19歳の悩み多い、多感な青春を送っていました今もですが・・(^_^;)

▼凛とした素晴らしい方でした。なぜ両腕がないのだろうか? ところで 読者の皆さまへ。
筆者の稚拙な筆致では「大石順教尼」の偉大な境涯を正しくお伝え出来ません・・お気に障ったらお許し下さい。

◇大石順教は本名を大石よねといい、明治21年(1988)大阪の寿司店の娘として生まれました。幼時から芸能の才があり、大阪堀江の茶屋の養女となって15歳で博覧会の舞台で人気を集めるほどの芸妓(芸名は妻吉)になりました。しかし、18歳のとき、養父の中川万次郎が妻の出奔により乱心し、家族6人を刀で殺傷するという「堀江事件」を起こします。ただ一人生き残った妻吉も、両手を斬り落とされるという災厄に見舞われました。

◇その後の妻吉は生活のために「両手のない美人芸妓」として巡業し、同情と人気も得るのですが、あるとき篭の小鳥が嘴で雛に餌を与えるのを見て、手がなくても出来ることがあると悟ったということです。そこから向学心に目ざめ、口に筆を咥えて字を書き、文学を学び、仏門に入ることを希望しますが、僧正は「女としての一通りの経験をしてからにせよ」と諭しました。

◇それに従って24歳で画家の山口草平と結婚、口筆で絵を描きながら一男一女の母となりました。その後は自立の道を求めて上京し、和装美術などで生計を立て、自己の経験を「堀江物語」として出版、これが映画化されて話題になったりします。39歳で協議離婚し女性のための障害者福祉施設の設立を実現。45歳にして念願の出家得度を果たし、名を順教と改めました。

◇その後も寺にこもる尼僧ではなく、障害者福祉の活動をつづけ、仏光院を創設して堀江事件の犠牲者と養父の菩提を弔う一方で、芸術の面でも口筆で書いた般若心経が日展に入選するまでになりました。こうした見事な人生を、昭和43年に80歳で完結したということです。

○筆者は、大石順教尼を指呼の間で見ました。
 温顔そのものの表情とともに、この人の底知れぬ肯定的人生観を伝えています。「私は手がないから不便だなどと思ったことは一度もございません。やりたいことは、何だってできるんです」と、本人が言うのですから信じないわけには行かないのです。心が障害にならなければ、人間として不可能はないことを実証した人生でした。

 何事も 成せばなるてふ 言の葉を 胸に刻みて、生きて来し我れ   順教尼

○万次郎の日常に関しては二極論があって定かではないが、順教尼は自分を地獄に突き落とし、結果的に死刑に処せられた万次郎も含めて公平に家族の菩提を生涯ねんごろに弔ったという。

○余談ではあるが、筆者はかつて交通事故・癌・頸椎等を痛め数々の試練に遭遇しましたが、生活に不便はない。そのせいもあって、もし視力を失ったら、もし片腕、いや、指一本さえ失ったらどんなだろうかという恐ろしい妄想に囚われる事が少なくない。

○日常だけでなく日々絵を描き、文字を打ち込み、とにかく両腕・両の手に世話にならずにはいられない生活。 順教尼のような目に遭って正気でいられる自信はない。ましてや、加害者を赦すなどありえないだろう。

◆だが、彼女の生き様に学ぶ事は不可能ではないはずだと思いたい。そんな出逢いがあったこと自体、筆者にとってのひとつの教えだったのだと思う。

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              「大石順教尼」さま。有難うございました!
              (珍念)目から鱗が落ちました。後は、お
              迎えが来るまで走ります。来てもやんわり
              まだ早いとお断りします。



“怪力”

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                        武田信玄の娘、菊姫に“怪力伝説”がある。
                        京都の屋敷が地震によって倒れた。姫は
                        落ちてくる梁(はり)を抱きかかえ絶叫した
                        という。「女中ども、出よ」と






◆1596年の慶長伏見地震のときと伝えられる。真偽はともかく、「へぇ」と思わせる逸話を織りまぜながら語り継がれてきたのは、災害の記憶をのちの世までとどめようとした先人らの知恵もあったのだろう

◆おとといの大阪北部地震の震源は、伏見地震を起こした「有馬-高槻断層帯」に近いという。活断層マップを広げてみれば、兵庫南部から大阪にかけてのこのあたりは活断層を示す赤い線がひしめきあっている

私たちの暮らしは何とまあ、危ういつり橋のようなものの上にあることか。そこで人間のつくりあげた「線」のもろいこと、もろいこと。鉄道網はほぼ1日まひし、水道、ガスなどのライフラインも寸断された

◆もう一つの「線」も気になる。天気図の梅雨前線である。暖気と寒気がせめぎあい、雨を降らせる前線はいわば“空の断層”だろう。きょうは西日本にとどまるらしい

◆どれほどの“怪力”であっても、人は自然の「線」をびくとも動かせない。被災地の地盤は緩んでいる。どうか用心を…そう呼びかけつつ、降るな、揺れるなと、いまは天地に祈る。【正平調】


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      ナマズよ!静まれ。




   

メダカの盗難

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               古代中国では、思いがけない大きな利益を生み
        出すものを「奇貨」と呼んでいた。戦国時代の商
        人だった呂不韋(りょふい)は、商用で訪れた趙
        (ちょう)国の都で「奇貨」を見つける。それは人
        質として不遇な生活を送っていた秦国の王族の
        男だった



 ▼呂不韋は男と親しくなり、生活を保護する。その後は大金を使って男をもり立て続け、ついには秦の国王とすることに成功する。自分は秦の重臣に採用され、投資した金をはるかに上回る利益を得た。チャンスを逃すな―という格言「奇貨居(お)くべし」の由来である

 ▼最近は、メダカも「奇貨」のようだ。愛媛県でメダカ48匹を盗んだとして男が逮捕された。盗んだのは観賞用の「ブラックダイヤ」と呼ばれる高級品種で、1匹が1万5千円。被害総額は72万円だ。高級品種は交配が難しく、価格が高騰しているという

 ▼観賞用のメダカが人気を集める一方、野生のメダカは危機的な状況だ。水質悪化や農地整備による環境の変化などで数を減らし、1999年には絶滅危惧種に指定された

 ▼メダカが当たり前のように生息する自然環境は、今や貴重なものになった。未来に豊かな生態系を引き継ぐための「奇貨」として、保護するチャンスはまだ残されているか。【編集日記】

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           このコラム『頂門の一針』痺れる!
           「奇貨居くべし」ちなみに、奇貨居くべしの意味は
           珍しい物を買っておけば、後で莫大な財産になると
           いう意味合いで使われる言葉です。


「正常性バイアス」

      

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          災害や事故で逃げ遅れる人の心理を説明する
          「正常性バイアス」という言葉がある。予期せぬ
          異常や危険に対し、ある範囲までは自分に都合
          の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてし
          まう心のメカニズムのことである。



 ☆この心の働きで、危機を避けられなくなることがあるというからやっかいだ。災害心理学者の広瀬弘忠さんが「人間はなかなか動こうとしない動物」と著書で警鐘を鳴らしている。

 ☆正常性バイアスは組織の危機管理の失敗など社会のいたるところに表れるという。奄美大島で3年前、果実・果菜類の害虫ミカンコミバエがまん延した。その際の国や県の対応も当てはまると思う。

 ☆誘殺の公表まで最初の確認から4カ月余りもかかった。県は後に「風評被害を考え、慎重になった」と釈明した。しかし被害は拡大し、特産のタンカンやポンカンが大量廃棄された。農家らが情報開示の遅れを批判したのは当然だろう。

 ☆苦い経験を教訓に国が策定した初動対応マニュアルは生きたようだ。奄美大島など3島の4町で今月上旬、ミカンコミバエ1匹ずつの誘殺が確認された。県や自治体の対応は早く、被害は広がっていない。

 ☆ただ気は抜けない。ミカンコミバエは台風や南風に乗って飛来する恐れがある。台風の季節を迎え、危機に敏感になることが大切だろう。心に巣くう「油断」という害虫は早めに退治するに限る。【南風禄】

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 (獅子身中(しんちゆう)の虫)
の諺がが脳裏に思い浮かぶ

 〔「梵網経下」獅子の体内で養われている虫が,かえって獅子を滅すということから〕


 仏の弟子なのに仏教に害を与える者。転じて,内部の者でありながらその組織などに害を与える者にいう。人間の身体は様々な微生物との共存関係にあります。ですからバランスを崩すような生活をして獅子身中の虫を出さないようにしたい!

 「梵網経(ぼんもうきょう)」でいわれていることの真髄(しんずい)は、他の力が仏教を滅ぼすのではなくて、自らが自らを滅ぼすことを戒めていることです。盛者必衰で有名な平家も、最後は義経に滅ぼされてしましますが、その過程においては平家自らが招いた結果であったことは明白です。

 平家が滅んでまもなく、義経自身も悲壮な最後を向かえるのですが、それも自身が招いたこと、後の鎌倉幕府が滅ぶのも同様でした。歴史は繰り返す、現在の世界情勢を観ていると、仏教の教えではありますが共通したものがあるようです。(三省堂刊行の書籍版『大辞林 第三版』)

「夜は短し歩けよ乙女」

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                 アニメ映画にもなった小説「夜は短し歩けよ乙女」などで
                 知られる作家、森見登美彦さんがエッセー「太陽と乙女」
                (新潮社)でスランプ脱出について書いている







▼学生デビューしてから15年もたつが、今もなかなか筆が進まないらしい。せっかく原稿を依頼されながら、書けない小説家ほど惨めなものはないと打ち明ける

▼「雄大な構想を練っている」と世間を欺くこともできる。しかし精神的な不安が募り一時体調が悪化。転地療養のつもりで東京から故郷の奈良に引っ越したという

▼揚げ句は、18世紀の大作曲家、モーツァルトの逸話を引き合いに出す。巨匠の作曲法は「音楽の全てが一度に頭に降ってきて、後は譜面に書き残すだけだった」というが、さすがに半信半疑のようだ

▼森見さんは明快に言い切る。「何をおいても、まず仕事に取りかからなければならない」。書きながら自分の文章を繰り返し読む。それを踏み台に小説の世界を再構築する

▼モーツァルトのような天才はさておき、大概の人は毎日の仕事がうまくいかず悩んでいる。スランプに陥った経験は誰にもある

古今東西、先人は「何事もまずやってみることが大切」と説いてきた。古代ギリシャでは「始めは全体の半分である」と言い、考えるより実行に移すべきだと教える。スランプ脱出の道は一つ。目の前の課題に、さあ、取りかかろう。【越山若水】

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 斯く言う(珍念)おしゃべりは、泉の湧水のように、無尽蔵に湧きでますが。妻から一言多いと注意を受けます! 友人からは(うどん屋の窯)と指摘されいっも反省しています。

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 ともあれ 悔いのない日々を邁進したい!

ノストラダムスの大予言


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        南仏プロバンス地方に残るノストラダムスの伝説。
        若き日の彼は医学部入試の口頭試問が行われる
        部屋に飛び込むやいなや問題も聞かず、いきなり
        解答をそらんじたという。






 ☆「人間の体内には心臓と肺・胃・肝臓、精神をつかさどる…」。答えを聞いて仰天したのは黒ガウン姿の教授たちだ。後の大予言者ノストラダムスはヒポクラテス内臓論について質問されることをあらかじめ知っていた(五島勉著「ノストラダムスの大予言II」)。

 ☆文部科学省は大阪大や京都大などの入試で出題ミスが相次いだことを受け大学入試のミス防止に向けた新ルールを発表した。試験問題や解答を「原則公表」とすることや複数回の問題の点検などを定め、全国の国公私立大学に通知した。

 ☆従来は努力規定だった公表をルール化し、点検徹底も強く求めることで検証しやすくしミス防止や早期の発見・対応につなげる。作問者以外の教員も含め試験実施中や実施後にもチェックを求め、受験者の立場に立って、解答が導き出せるか、どうかも点検する。

 ☆ノストラダムスの予知力を恐れた神学担当の老教授は「悪魔じゃ、焼き殺せ」と命じたがペストの研究者で、ノストラダムスの医学上の恩師となる若いベルトラン博士がそれを制した。「大変な才能だ。必ず医学にも役立ちましょう」。

 ☆とっさの判断に救われてノストラダムスの未来は開けた。出題ミスの予知は不可能だが、その後の素早い対応で受験生の一生を左右する事態は回避できる。文科省と大学が威厳の象徴の黒ガウンを脱ぎ捨てて実施する防止策に期待したい。 【くろしお】

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       コメントは『言い得て妙』







英雄と富士山は遠くで見る物

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                   かつて、司馬遼太郎さんは、「歴史上で一番仕えて
                   みたい人物は誰?」と問われ、迷わず「織田信長」と
                   答えたそうですが、司馬さんに限らず、歴史上の人物
                   人気ランキングでは、信長は今でも、「坂本龍馬」と並
                   んで、もっとも人気がある人物だそうです。


〇福岡市博物館に、国宝「圧切」(へしきり)という刀があります。あの、織田信長の愛刀で豊臣秀吉の名参謀として知られる黒田如水が拝領し、以来、代々、福岡藩黒田家に伝わってきた名刀です。

〇この刀が、なぜ、圧切というかと言えば、信長がまだ弱年の頃仕えていた茶坊主が、あるとき、カチンと来ることをしでかしたようで、すると信長公、たちまち、ぶち切れて、すぐに抜き身の刀を振り回して、城中、その茶坊主を追いかけ回したそうです。

〇茶坊主も斬られたらかなわないから「ひえ~」とばかり逃げまわり、ついには台所に逃げ込み、そのまま、膳棚の下に隠れて中からしっかりと戸を閉めてしまったとか。

〇「ここを開けろ!」と言われたところで、茶坊主も必死だから絶対に開けない。しばらく、「出て来ぬか!」「お許しを!」の問答があった後信長公、ますます怒り狂って、ついに、膳棚の真ん中付近にある隙間に刀を差し込んで、そのまま、「えいや!」とばかり上から力を込めるや、何と見事に(?)、膳棚ごと、その茶坊主が真っ二つに切れてしまったそうです。

〇信長公、この切れ味に大いに喜んだそうで、以来この刀を「圧切」と命名し、愛刀とした・・・って、戦国の英雄・織田信長も実際に生身で付き合った人間は、たまったもんじゃなかったでしょうね。茶坊主も何したか知りませんが、給料もらうのもマジの命がけですよ。

〇また、信長は、自分自身が、超人的なまでの精力家だったこともあり、他人が休んだりするのが許せなかったみたいで、事実上の覇権が確立した後の安土城時代、朝、突然、「OOまで出かける!」と言って、そのまま、突然、馬を疾走して、出かけちゃったそうです。

〇家来も大変でしょうが、もっと大変だったのは、「そんな遠いところまで行ったのだから、今日はお泊まりだろう」と思いこんで、息抜きに遊びに行っちゃった侍女たちで、何と、信長公、普通、一泊するところを日帰りで帰ってきてしまったそうで、侍女たちが不在なのを知ると、これまた激怒!

〇侍女たちは、全員、茶坊主状態・・・つまり、死刑になったそうです。やはり、英雄と富士山は遠くで見る物・・・のようですネ。(小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)

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       コメントは『蛇足』





運命の歯車

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                    昔、主役に無名の役者を抜擢しながら、途中で
                    その俳優を降板させた原作者が、その役者から
                    刺された・・・という事件がありました。







▼この俳優さんは、その後も、色々と問題を起こしたりしたようにも聞いておりますから、まあ、元々、問題がある人だったのかもしれませんが、一方で、一旦、抜擢しておきながら、途中で安易に降板させた原作者の方にも非がないとはいえないと思います。

▼おそらく、その役者さんは無名だっただけに、この大抜擢に、粉骨砕身、全身全霊を賭けて役を演じようとしていたはずで、それが突然、大した理由もなく降ろされたわけですから、やはり、納得は出来なかったでしょう。

▼無論、だからといって、こういう傷害事件に走るなどというのは論外でしょうが、ここで言いたいのは、この事件の是非ではなく一度、決まったものを変えるということが、いかに難しいか・・・ということであり、つまり、変える場合には、「変えるなりの理由」がなくてはならないということですね。

▼ところが、そう言いながらも、この点では、実に興味深い事例があります。

〇豊臣秀吉の片腕として、太閤記などでも有名な黒田官兵衛の嫡男黒田長政が、関ヶ原の戦いの功績によって筑前一国を与えられたことから創設された筑前福岡藩52万石ですが、その長政は晩年、嫡男忠之の気性を危ぶみ、これを廃嫡し、弟長興を二代藩主とすることを検討したといいます。

〇ただ、このときは、忠之付きの重臣、栗山大膳が強く反対したことで、これを断念し、やがて、長政が死ぬと、忠之が二代藩主となったのですが、時が経つに連れ、忠之はその危惧されたとおりの気性で、実力者・栗山大膳との軋轢を深め、その結果、大膳から幕府に対し、「忠之に謀叛の心有り!」と訴えられてしまいます。

〇これが、映画や講談などで有名な「黒田騒動」と呼ばれるお家騒動なのですが、まあ、曲折あった物の、結果は無罪となって一件落着・・・となるのですが、あわや、お家お取り潰し・・・の存亡の危機にまで行ってしまったわけですね。

〇一方その忠之の子供である三代藩主光之は嫡男綱之を「酒癖が悪い」という理由で廃嫡し、弟である綱政を四代藩主とします。

〇ところが、その光之が、当時としては記録的な長命の80歳まで生きながら、最後まで実権を離さなかったことから、光之は綱政とも険悪となり、その結果、光之死後、綱政の恨みは光之側近で実力者であった立花実山へと向かい、さらに、廃嫡後、長年にわたり幽閉されていた実兄綱之が復権する事への恐怖へと繋がり、それから間もなく、二人とも幽死したことから(死因については定かではないようですが・・・。)

〇少なくとも、綱之死去に対しては、あまりにもタイミングが良すぎたこともあり、幕府から「兄の復権を恐れた綱政が殺した」と嫌疑が掛けられ、黒田家は再び、取り調べを受けることとなり、またもや、「第二の黒田騒動」と呼ばれるお家存亡の危機をもたらしてしまうわけです。

〇廃嫡しなかった長政と廃嫡した光之・・・。結果は、いずれも同じく、黒田家を存亡の危機におとしめてしまったことを考えれば、大きな運命の歯車の前には人選などというこざかしい人間の思惑は無意味なことなのでしょうか・・・(小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)

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チャップリンの映画『モダン・タイムス』が脳裏に思い浮かぶ!



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『モダン・タイムス』あらすじ

 資本主義社会や機械文明を痛烈に風刺した作品で、労働者の個人の尊厳が失われ、機械の一部分のようになっている世の中を笑いで表現している。自動給食マシーンの実験台にされるシーンや、チャップリンが歯車に巻き込まれるシーン、ラストのチャップリンとヒロインが手をつないで道を歩いてゆくシーンなどが心に残る。

今日も、珍念のコメントは、(オチ)が冴えません! モジモジ(。_。*)))

梅雨入り

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       「ごんぎつね」や「手袋を買いに」などの名作で
       親しまれている童話作家の新美南吉に「でん
       でんむしのかなしみ」という作品がある。でん
       でん虫はある時、背中の殻の中に悲しみが
       詰まっていることに気付く




 ▼友人に悩みを相談すると「あなたばかりではありません。私の背中にも悲しみはいっぱいです」との答えが返ってくる。他の友人に聞いても、皆同じ答えだった。最初のでんでん虫は、悲しみを抱えているのは自分だけではないと気付き、嘆くのをやめる(「校定新美南吉全集」大日本図書)

 ▼南吉には、この他にも、カタツムリを題材として母子の絆の大切さなどを表現した短編がある。角のように見える触角を揺らしながらゆっくりと動くカタツムリの様子に、思慮深さや優しさなどを感じ取ったのだろうか

 ▼本県をはじめ東北地方が梅雨入りした。乾燥が苦手で、天敵の鳥などから身を隠すために普段は夜行性のカタツムリたちも、この時期ばかりは昼間にも姿を現し、しとしとと降る雨に風情を添える

 ▼初夏の爽やかな陽気が、照りつける夏本番の日差しに移り変わるまでの小休止。自然界に恵みの雨が宿るひととき、穏やかな気持ちで内なる声と向き合うのも悪くない。【編集日記】

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「でんでんむしのかなしみ」商品の説明 内容(「BOOK」データベースより)

◆皇后さまの心に「何度となく、思いがけない時に記憶によみがえって」きた『でんでんむしのかなしみ』を初め、心にしみる南吉童話の世界。

内容(「MARC」データベースより)

◆「かなしみはだれでももっているのだ。わたしばかりではないのだ。わたしはわたしのかなしみをこらえていかなきゃならない」 表題作のほか、「里の春、山の春」「木の祭り」「でんでんむし」を収録。

トップカスタマーレビュー

生きているとだんだん殻が大きくなっていくようです。 ふうママ

▼この作品はすでに何冊かの絵本になっていて、絵によって少しずつ受ける印象もちがうかもしれません。文だけを読んで考えました。そう、みんな悲し身を背負って生きている…。そして、その悲しみは誰かと比べることはできないし消えることもないけど、思いやりながら生きていくことができる…。

▼背中のからではなく、人はみな心の中に悲しみを背負っていると、子どもたちはいつ気づくのでしょうか。 小3の孫には絵の方がインパクトが強かったようです。

mazon カスタマー

※誰もがかなしみを背負いながら生きているのだ。皇后美智子さまの思い出の本という事で、興味を持ち購入しました。届いたのちに、小学2年生へ読み聞かせを行いました。誰もがかなしみを背負いながら生きている。

※それを悲観せず、受け止めながら生きることは、思いやりや優しさにつながるのだろうと思います。なんとでも読み聞かせようと思います。

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           「でんでんむしのかなしみ」

           読者の皆さま。是非ご覧下さい
           きっと心が和むでしょう!

長崎「松翁軒」 「よむカステラ」

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 長崎「松翁軒」が年1回発行している冊子風の文化誌「よむカステラ」2018年初夏号は、「言葉はその人の歴史である」をテーマに日本文学者や児童文学作家らのエッセーを収めている

▼西舘好子さん(NPO法人・日本子守唄協会理事長)は作家で元夫の故井上ひさしさんのことを書いている。東京浅草出身の西舘さんの威勢のいい言葉は、会話の風景が物静かな東北生まれの井上さんとよく衝突したという

▼出版社の担当編集者を何人も家で待たせているとき、西舘さんが「部屋にこもって原稿にへばりついてよ!」と言うと、へばりつくという言い方を嫌悪して原稿そっちのけで反撃されたそうだ

▼翻って、井上さんの戯曲や小説のテーマの多くは「地方と都会」と西舘さん。「噛(か)み合わない双方の主張を饒舌(じょうぜつ)な言葉に乗せて核心へと導く作品が多い」

▼井上さんが色紙に好んで書いたのは「むずかしいことをやさしく/やさしいことをふかく/ふかいことをおもしろく/おもしろいことをまじめに…」。色紙を頼まれる機会が増えたころ、何かいい言葉はないかと二人であれこれ探し、中国の書物で見つけたという

▼それを井上流で著した代表作が、本になって40年近い長編小説「吉里吉里人」だ、と西舘さんのエッセーを読み終えて思った。言葉の様子も国の様子も変わっていく今の日本を思うにつけ、方言も主役のこのSF的小説は全然古びない。【春秋】

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   このコラム『言い得て妙』 座布団10枚差し上げます!

「あなたは女心が分かっていないみたいですね」。

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                 若手女性舞踊家から厳しい指摘を受けたことがある。
                 話題にしていたのは玉城朝薫作の組踊「執心鐘入」








▼美少年に執着した女性が鬼と化し、最後は僧の法力で退治される物語だ。ストーリーを知らない人に少しでも関心を持ってもらおうと、芸能面で女を「ストーカー」と表現した事への批判だった

▼男だけでなく、恋した相手に追いすがる女側からも作品を見た方がいい。彼女はそう続けた。9日、国立劇場おきなわで上演された「執心鐘入」を見て、その意味が理解できた

▼演出は佐藤太圭子さんで、立方も歌三線も全員女性で構成した。演技と歌の相乗効果で、かなわぬ恋を追い、自分を見失うほど傷ついた女性の切ない心がにじみ出た

▼佐藤さんや同時上演された「手水の縁」演出の古謝弘子さんら、多くの女性舞踊家が沖縄戦後の伝統組踊復興の一翼を担っていた。だが国の重要無形文化財となった1972年以降、女性は出演できなくなった。琉球王国時代の伝統を尊重し、演じ手を男性に限定したからだ

▼2019年は組踊初演から300年の節目で、先月31日には記念事業実行委員会も発足した。委員会は組踊の未来を創造するために、女性実演家の意見も聞いてはどうだろう。舞台に新しい生命力を吹き込むヒントがあるはずだ。【大弦小弦】

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       「執心鐘入」
ぜひ、見てみたい!

「ブラック・ジャック」

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  手塚治虫の傑作医療漫画「ブラック・ジャック」無免許で、法外な治療費を要求するのだが神業のような手術で命を救う天才外科医。そんな主人公を支える「名助手」と言えばピノコだ

▼彼女は本来、葬り去られる命だった。双子の一人として生まれることができず、姉の体の中で18年間もばらばらになって存在。除去を依頼されたブラック・ジャックだったが、組み立ててこの世に誕生させた

▼見た目は幼児でたどたどしい言葉遣いでも、レディーを自認するピノコは恋もすれば、機転によって手術を手助けする。作品を深く彩るこのキャラクターは、命の尊さを体現している

▼現実世界では、命をないがしろにすることがどうしてこんなに起きるのか。最近では東京の虐待、衰弱死だ。「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」。5歳児の文章に胸が詰まる。必死だったろう。何も悪いことはしていないのに

▼本県でも悲しい事件が起きた。1歳児が十分な食事を与えられずに死亡。一人で育てていた父親が、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された。投げやりになってしまったのか。生まれたときは愛情で包んだだろうに

ピノコが見たら「助けてあげて」と叫んだろう。でも、非道な親の所業は天才医師でも救えない。救えるのは誰か。メスのように鋭い問いが突きつけられている。【風土計】

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珍念の脳裏に「ブラック・ジャック」の逸話が思い浮かぶ。

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 ある時、恩師が急死しブラック・ジャックが手術して奇跡が起こり蘇生しましたが、間もなく死亡。なぜ手術は成功したのに亡くなるとは!

 ○そんな時、恩師の言葉が聞こえてきました。「人間が生き物の生き死にを自由にしようなんておこがましいとは、思わんかね」生命には目的がある。その目的を終えた生命はさっさと死の向こう側へ旅立ってしまう。それを何とかこちら側に引き留めようと奮戦するブラック・ジャックの姿は、もしかしたら、生者の勝手な傲慢なのかもしれない。

 

 今日も(珍念)のコメントは『支離滅裂』 ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ

鬼になる親

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                           巡礼の旅で粗末な小屋に泊めてもらった山伏。
                           そこの老女に「奥はのぞくな」と言われたが、彼
                           女の留守中にのぞくと人骨の山。逃げ出した山
                           伏を鬼になった老女が追う。



 ●能「黒塚(くろづか)」。「安達ヶ原の鬼婆」という伝説に由来しており、福島県二本松市には黒塚という鬼婆の墓もある。伝説では、女はかつて主家の幼君の病気を治すために長旅へ。その目的のために旅先で殺した少女が、実は残してきたわが娘だったという過去を持つ。

 ●歌人馬場あき子さんは著書「鬼の研究」で、伝説が人々に語り継がれた背景に、女の本性がはじめから鬼ではなかったと納得したい感情を読み解く。女が鬼に変貌したのは「極限的な心情の混乱」によって
  によって追い詰められていたからだ、と。

 ●狂気をはらんだ非情な心を鬼とするなら、この夫婦にはいつ鬼がすみ着いたのだろう。5歳の娘に暴行を加え、死亡させた疑いで父親と母親が逮捕された東京の事件。十分な食事を与えられず医者の診察も受けられなかった女児のノートが悲しすぎてやるせない。

 ●「もうおねがい ゆるして」「きょうよりかあしたはもっとできるようにするから」。悪いのは自分で、何とか親に認めてもらいたい。5歳児とは思えないほど利発で、けなげで、必死な訴えに人の心があればだれもが泣くはずだが…。

 ●岩手でも虐待で1歳9カ月の長男を死亡させたとして父親が逮捕されたばかり。人間の本性に鬼が巣くったとは思いたくないが、同種の事件に接するたび、児童保護のため社会がもっと家庭に介入できる余地があるのではと考えてしまう。【くろしお】

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       (珍念)涙が止まりません!

「輸入してまで食べ残す、不思議な国ニッポン」

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  日本人の食生活が豊かになって「飽食」と言われ、22年前にテレビなどで流れたCMだ。今は資源や環境に優しい「エコの時代」のはずだが、現実は…


▼政府が昨年発表した国内の食品廃棄物は、年に約2800万トンと途方もない。うち621万トンが本来食べられた状態のまま捨てられた。輸入依存の国でいまだ続く無駄な飽食。高値のウナギのかば焼きも同様の扱いだという

▼土用丑(うし)の日などの商戦の陰で、売れ残りは大量に廃棄される。そんな実態がグリーンピース・ジャパンの調査で分かった。昨年の処分量を回答した大手スーパー5社だけで、約1万3650匹分。大半がニホンウナギだ

▼稚魚のシラスウナギは太平洋で生まれ、東アジアの川に上る。各地で捕られた稚魚を国内の養殖業者が買い、池で育てるが、乱獲などで漁獲は年々激減。昨年の丑の日には1パック2千数百円の国内産かば焼きが店頭に並んだ

▼エコの時代の消費者なら、資源の回復まで我慢するほかない。だが、ウナギはなぜか毎年変わらず大量に出回る。国外の違法な漁や輸出が横行し、大手スーパーも仕入れルートを把握しきれない-と今回の調査は指摘した。絶滅も危惧されるウナギを捨てる愚は、もうやめにしたい。【河北春秋】

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       飽食時代の栄養失調
(何か変)?







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         どこにでも美味しい食べ物がわんさとある
         この飽食の時代に、何と栄養失調の人が
         急増しているとか・・・。






その特徴は三つ

1,共働き&核家族で料理する人が不在でインスタント、出来合いのお総菜、加工食品、外食を頻繁に利用するタイプ

2,洋食、肉料理、油を使った料理、パン食、スイーツなどに偏り、ミネラルや繊維、ビタミンなどが不足しているタイプ

3,ヘルシー志向で、極端な糖質制限食、菜食主義で、脳を養う糖分、体を維持するタンパク質が圧倒的に不足しているタイプ

どれも、忙しさ、面倒くささが手伝って、最も大切な食べることがおろそかになっています。

 ●このような栄養の偏りは、脳と体を養うことができず、体がだるくてたまらない、朝起きられない、吐き気や頭痛、動悸めまいなどの

 ●自律神経発作に襲われる、突然のパニック・・・など、西洋医学では解決しにくい症状で悩んでいる方が若い人たちの間で増えています。忙しくて、なかなか買い物や料理に時間をとれない気持ちはとてもよくわかります。

 ●ですので、難しくない方法で、1日の間に栄養のバランスをとりましょう。(1食づつではなく、1日のトータルで)私は、1日のうちに、まず7品目を食べる、自称Fセブン・・・というやり方をしています。

①玄米おにぎり②納豆(大豆製品)③魚介類又はアブラの少ない肉又は卵など④もずく(海藻食品)⑤きのこ+野菜⑥りんご又はバナナ⑦ナッツ又はごま

1,2,4,6,7は、常備しておけば、そのままでも食べられる食材です。3と5だけは、それを使って簡単なおかずを作る・・というやり方。1~7を食べれば、その他の物を食べてもOK・・・みたいな考え方をしていますが、1~7でお腹が膨れて、あまり食べすぎることはありませんヨ♪

 ●仕事柄、時間も不規則になることがあるので、3度の食事にこだわらずに、ナッツやリンゴを間食する・・・などもしています。食事が不規則であったり、仕事のシフトで夜勤などの交代勤務がある方は、血糖値が乱高下しやすくなるので、血糖値を常に安定化し、糖を少しずつ持続供給する乳酸菌・・・ルコスを毎食前に1粒飲むことをお勧めいたします。

(薬剤師、薬食同源アドバイザー 高田理恵)さんは語る。 ( ^ω^)おっおっおっ





正義にかなう取引か

 ●米国の映画ではよく見るが、遠い世界の話と思って、いないだろうか。他人の犯罪解明に協力する見返りに、自分の刑事処分を軽くしてもらう司法取引が日本でも導入された。

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           その米国で、まさに司法取引を真正面から問う
           サスペンス映画があった。2009年の「完全なる
           報復」。凄惨(せいさん)な場面が多いのでお茶
           の間向けにはお薦めできないが、主人公の怒り
           を裏付けるそういう描写も法制度の危うさを鮮明
           にするためには有効とも思えた。






 ●自宅に押し入った男2人組に妻と娘を惨殺されたクライド。男2人は逮捕されるが、有罪に持ち込める決定的な証拠がない。検事は主犯格の男と司法取引をして証言を得る。1人の男には死刑判決が下るが、主犯格の男は軽い刑で済む。

 ●納得いかないクライドによる犯人への報復。ここまではよくある話だが、彼は刑務所に収監されてからも、綿密な計画で事件当時の検事や判事へ危害を加える。その執念を周囲は理解できないが、彼の行動が法制度への挑戦、問題提起であることが分かってくる。

 ●日本版司法取引は、被害者感情を考慮し、殺人や強盗などは対象にしていない。対象犯罪は薬物・銃器関連、贈収賄など。末端の容疑者や被告の協力で巨悪を摘発できるのも確かだ。だがうそをついて無実の他人を巻き込む危険もある。

 ●映画は、成績を上げるために取引を利用する司法関係者に厳しい視線を向ける。今後、検察官や弁護士は難しい判断を迫られるが、犯罪者らと取引することが本当に全体の正義にかなっているのか、たえず自らの良心に問いかけてほしい。【くろしお】

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 『諸刃の剣両辺に刃のついた剣は、相手を切ろうとして振り上げると、自分をも傷つける恐れのあることから》一方では非常に役に立つが、他方では大きな害を与える危険もあるもののたとえ。

「世の中はだいぶ正直になりました」

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                     古くからの学友が王子ハムレットに伝えた。
                     「世の中はだいぶ正直になりました」。王子
                     はこたえる。「それじゃ、世の終わりも近いな」。
                     シェークスピアの「ハムレット」からひとこまを引いた







◆世界の終末が近いと人は救いを求めて正直になる-。聖書のくだりにならったハムレットの皮肉はそのまま現代にもあてはまる。正直かどうかはともかく、何度うそを打ち明けられ、世も末かと天を仰いだろう

◆今度のうそは神戸市教育委員会である。市立中3年の女子生徒が自殺したあと、仲のよかった生徒から聞きとったメモは「存在しない」ものとして隠蔽(いんぺい)するよう首席指導主事が当時の校長に指示していたという

◆生徒が亡くなったのは2年前の10月で、メモには「いじめ」という記述もあった。いったん「ない」と遺族に伝えたからには「いまさら出せない」、出したら「遺族感情を揺さぶる」。それが隠した理由らしい

◆現校長が昨夏、メモはあると伝えたのに、市教委は動かない。わが組織、わが立場の安寧だけを考えたと、そう疑われても仕方あるまい。失われた命の尊厳と遺族の心情を深く傷つけて、その信用は地に落ちた

「人は人によって人になる」。神戸市の教育理念という。いまはただむなしく、そらぞらしい。【正平調】

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      このコラム『言い得て妙』

直立歩行


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                            他の動物にはなく、ヒトに特有の病気。
                           それは、腰痛、胃下垂、痔(じ)の三つである。
                            四足歩行をやめ、直立したことによって生じた
                            ―。学生時代に受けた講義でこん な話を聞
                            き、なるほどと思った記憶がある








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               公立鳥取環境大環境学部長の小林朋道さんによると
               ヒトは直立したことで前肢=手の自由な使用が可能に
               なった。加えて、直立姿勢は重い脳でも支えられる構造
              のため、脳の容積が増大し、高次の情報処理ができるよ
               うになったという(新潮選書「ヒトの脳にはクセがある」)







▼以来、ヒトは手で道具をつくり、それを使いこなしてきた。現代人の生活の原点は直立にあったということだろう。つらい腰痛などはその代償と考えていいかもしれぬ

▼暮らしの心地よさは近代になり著しく向上した。しかし、心地よさはヒトを含む地球上の生き物すべての存続を脅かしかねない状況をも生み出している

▼例えば地球温暖化。産業革命前から今世紀末までの気温上昇が2度の場合、1・5度に比べ、生息域が半減する昆虫は3倍、哺乳類は2倍になる。研究者のこうした分析結果が米科学誌サイエンスに発表されたそうだ。温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」が目標とする2度未満でも生物には厳しい。なのに、それにすら背を向ける指導者もいる

▼虫たちも楽ではあるまい。と、虫を擬人化できるのも大きくなった脳の力なのだが。【卓上四季】

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      珍念の脳裏にスインクスの3つの質問が思い浮かぶ!
      <朝は4本足で歩く・昼は2本足で・夜は3本足で、歩く>
      動物は? 答えないと旅人はスインクスに食べられた!
      その動物は・・・『言わぬが花』 ( ^ω^)おっおっおっ

『「文系バカ」が、日本をダメにする』

産経新聞(編集者のおすすめ)AI型・知的生活」実践録

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 ▼著者の高橋さんに『高橋流・知的生活の方法』のような本を書いていただけないかとお願いしたところ、「僕は本なんか読まない。読むのは論文だけ。子供の時も教科書はもらった初日に読んだらみんな頭に入ったから…」とか。

 ▼「知的生活」といえば、普通は「読書」重視で、最近小社から新装版として刊行した『渡部昇一 青春の読書』のような世界です。しかし、高橋さんの場合は「AI型・知的生活の方法」とでもいうのか、ひと味違います。

 ▼中学時代、東大受験レベルの数学問題をスラスラと解き、東大理学部数学科&経済学部に進学。ゼミ以外授業には出ず、深夜の公園を彷徨(さまよ)いながら頭の中で美しい数式の世界を思い描き、のぞき専門の痴漢と誤解されたことも?

 ▼そんな「変人」が、法学部出身でなければ人に非(あら)ずの大蔵省(財務省)に入省。郵貯の金利計算の修正をはじめ数的思考力を駆使して省内改革に邁進(まいしん)。さまざまな摩擦や抵抗にあいつつも、独特の知的生活を実践してきました。

 ▼本書では、高級官僚、政治家、マスコミ人に巣くう理系知識ゼロで感情論を優先させがちな「文系バカ」が、「モリカケ」「安保」「AI」報道などで見当違いの愚論を撒(ま)き散らして日本を危うくしていると指摘。

 ▼だから、論理的思考力や数的処理能力で「文系バカ」に勝る「数学バカ」「理系バカ」が、もっとそれらの分野に進出しないと日本は大変なことになると結びます。ユニークな政治・教育論であり愛国・憂国の書です。

『「文系バカ」が、日本をダメにする なれど“数学バカ”が国難を救うか』 カスタマーレビュー
 

何も怖れない毒舌ぶり  投稿者  陽叛児

●高橋洋一の著書は、彼の財務省退官以降すべて読んでいますが、いつも、目からうろこで、本質だけを鋭く突く論考に感心しています。知り合いの数学者に、雑音に惑わされずに、本質だけを語る学者がいますが、高橋洋一も数学者として、そのような訓練を続けたのでしょう。

●どの論考も読みやすいですが、第3章AI論で、「シンギュラリティが来る」は無知な評論家の錯誤に過ぎないというくだりはいつも胸奥でもやもやしていた気分が、すっきり、晴れた気分です。こんなはっきりした主張は、プログラムを組んだ経験のある高橋洋一にしかできない。

●また第4章ブロックチェーン技術についての評価も適切でこの技術が、大きな社会インフラになる可能性を、多様な例をあげながら、論証しています。経済学者やマスコミや官僚の発言が、信用できない混沌とした現在、高橋洋一は、時代の本質を鋭く突く、数少ない論客です。

●財務省退官後、高橋洋一の分析と予測が外れたことは、ほとんどありません。最近は、「高橋洋一はどう判断しているのだろう」という事が私の、判断のメルクマールになっています。本のタイトルは、出版社が売るために軽いですが中身は本格的です。お勧めします。

 斯く言う(珍念)のコメントは『蛇足』 (*^ω^*)ノ彡

南町奉行・佐々木信濃守

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  落語「佐々木政談」は南町奉行・佐々木信濃守の話。市中を歩いていると、子どもたちが裁判ごっこをして遊んでいる。その中に四郎吉という口の達者な子がいた

▼日を改めその子を奉行所に呼び問答を仕掛けた。まず星の数を言ってみろと尋ねた。すると四郎吉、「では、この奉行所の砂利の数は?」と逆に問い返す始末

▼それなら、父と母、いずれが好きか―と質問した。今度はやおら饅頭(まんじゅう)を二つに割って「どっちがうまいか」と切り返す。なかなかトンチの効いた受け答えである

▼奉行は最後にこう命令した。「衝立(ついたて)に描かれた仙人が何を話しているか聞いてこい」。四郎吉は決然と言い放つ。「絵に描いた仙人が口をきくわけがない。佐々木信濃守はバカだと申しております」

▼さて森友学園への国有地売却を巡り、決裁文書の改ざんや8億円もの値引き問題を捜査していた大阪地検特捜部は、容疑に関わった財務省幹部や部下職員の立件を見送った

▼文書の書き換えや削除は核心に及ばず、刑事罰に問えないというのが理由。安倍政権への忖度(そんたく)の疑惑は解明されず、いかにも消化不良の結論となった

そういえば落語の四郎吉は「与力の身分は」と問われこう答えた。起き上がりこぼしを見せ「身分は軽いが、お上の威勢をかさに着て反っくり返っている」と。まさか不起訴がお上への配慮だとは思いたくない。 【越山若水】

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 Yubi


      このコラム『言い得て妙』素晴らしい!

「自分の器で」

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  「この面相で、この脳みそで、この環境で、どうやって面白く生きてゆこうか、というのが私の人生」と語るのは、俳優の 山崎努さん。経験が生むこのセリフは、年配者には味わい深い。

 ▼個性的で、悪役をやらせたら他を圧するこの俳優は私の好みだ。上記のセリフは「ないものねだりをせず、自分の器で最善を尽くせ」という含意だろう。

 ▼青雲の志は若い時の特権だ。だが終末期に入ったら誰しも「これで良かったのか」と、人生のつじつま合わせにとらわれる。その時、彼のように自身に折り合いをつけて「まあまあだった」と納得することが肝心だろう。

 

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                   山崎さんが主演した映画『モリのいる場所』が公開
                   されている。仙人と呼ばれた画家・熊谷守一の94歳
                   のある日を描いた。山崎さんは熊谷の生き方に共感
                   し、自分の内面の投影として役作りにのめり込んだという。





 ▼熊谷の著書を何冊か読んでみた。なるほど見事な人生だ。写実画から出発し、洋画の世界で「熊谷様式」ともいわれる独特な画風を確立した。老年期には、自分の庭で終日ずっと虫や草花を眺めて過ごした。余計なことは一切考えず、自分の世界に没頭したのだ。

 ▼「忙しくなり、かあちゃんが疲れるのが一番困る」と、文化勲章や勲三等の叙勲を辞退した。子煩悩で徹底してかわいがった子ども5人のうち、赤貧で3人を失ったのは痛ましい。その子どもたちの最後の姿を描いた作品もある。【水鉄砲】

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『モリのいる場所』 解説

○山崎努と樹木希林という、ともに日本映画界を代表するベテランが初共演を果たし、伝説の画家・熊谷守一夫妻を演じた人間ドラマ。30年間もの間、ほとんど家の外へ出ることなく庭の生命を見つめ描き続けたという熊谷守一=モリのエピソードをベースに、晩年のある1日を、「モヒカン故郷に帰る」「横道世之介」の沖田修一監督がフィクションとしてユーモラスに描いていく。

○昭和49年の東京・池袋。守一が暮らす家の庭には草木が生い茂り、たくさんの虫や猫が住み着いていた。それら生き物たちは守一の描く絵のモデルであり、じっと庭の生命たちを眺めることが、30年以上にわたる守一の日課であった。そして妻の秀子との2人で暮らす家には毎日のように来客が訪れる。

○守一を撮影することに情熱を傾ける若い写真家、守一に看板を描いてもらいたい温泉旅館の主人、隣に暮らす佐伯さん夫婦、近所の人々、さらには得体の知れない男まで。老若男女が集う熊谷家の茶の間はその日も、いつものようににぎやかだった。

90過ぎの老画家のたった一日に寄り添った穏やかで愛おしい時間

◆なんと優しくて柔らかな映画なのだろう。スクリーンを覆い尽くす鬱蒼とした木々。そこをカメラがゆっくりと横切ったかと思うと、次の瞬間、葉と葉の間ですっかり周囲と同化した白いお髭に三角帽子の老人が映り込む。彼こそが主人公モリ(熊谷守一)。ここから始まる物語は、映画はこうであらねばならぬ、という一切の形式ばった概念から解き放たれ、まるで一枚の絵画の世界にどっぷりと浸かり込むみたいに、モリのいる場所、空気、時間を描いていく。

◆モリは昭和の時代に実在した画家だ。その絵画や人となりに惚れ込んだ山崎努が沖田監督に紹介したのがきっかけで、今回の構想が育まれていった。とはいえ、本作は生涯を俯瞰するタイプの伝記モノではなく、昭和49年、モリが93歳の頃の「たった一日」に焦点を当てた作品。

◆特別な出来事など全く起こらないが、庭という名の小宇宙で、腰をかがめたり、時には地べたに突っ伏しながら蟻の行列、蝶の羽ばたき、枝葉の成長を見守る彼の姿を見ていると、一生も一日も何ら変わりがないことに気づかされる。

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◆我々はこうやってモリが自然を観察するみたいに彼の日常を観察し、ユニークな物の見方や接し方に自ずと引き込まれていく。そこでは何ら道徳的なこと、説教じみたことが飛び出すわけでもない。彼は仏頂面を決め込み、時々パイプを燻らせながら、ボソッとつぶやくだけ。たったそれだけなのに、たまらなく掛け替えのない時間のように思えてくる。

◆そこに絶妙な呼吸を重ねるのが妻役の樹木希林だ。山崎とは意外にも初共演だというが、そこに醸し出されるケミストリーは、もはや演技という次元を超えた神々しさの連続。50年以上連れ添ってきた老夫婦(という設定)の、言葉を超えたおかしみと温もりにはもう表情が綻びっぱなしである。

◆さらに芸達者な共演者たちが色を添え、狭くて深い庭を作り上げた美術、屋内外の光と影を克明に映し撮った撮影、虫や植物の囁き声すら聴こえてきそうな音楽さえもが渾然一体化し、極上の空間が生まれゆく。

◆「キツツキと雨」や「横道世之介」の沖田監督はまたしても彼ならではの方法でかけがえのないワールドを作り上げてしまった。きっとあの庭は、誰しもの心と秘密のトンネルで繋がっている。だからこそ懐かしく、愛らしく、もう二度と戻らぬ哀愁すら感じるのだろう。鑑賞後には是非モリの絵画に触れてみてほしい。相乗効果でその世界がより深い味わいを伴って感じられるはずだ。(牛津厚信)

 (君の引用は聞き飽きた。もっと自分の言葉で語り給え)の声が、珍念の脳裏に聞こえる。これ以上は『蛇足』

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