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「胸に迫る追悼文」

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                     亡くなった人を悼むとはどういうことか。

                      どんな言葉を用いれば気持ちを表現できるのか。
                      先日、親しくしていた友人を突然失って以来、折に
                      触れてそんなことを考えている。




 ▼折も折、田辺市上秋津に住む友人が「こんな本が見つかった」といって、開高健の『弔辞大全1.、2.』(新潮文庫)をくれた。かねて探していた本であり、むさぼるように読んだ。

 ▼島崎藤村が親友、北村透谷の死を「死とはそれ詩人の歌ふ眠りのごときものか、眠りならば楽しき眠りにてもあれかし」と悼めば、親友、芥川龍之介を送る菊池寛の「友よ安らかに眠れ!(中略)ただ悲しきは、君去りてわれらが身辺とみに蕭条(しょうじょう)たるをいかんせん」という簡単な弔辞もある。

 ▼三好達治は師と仰ぐ萩原朔太郎に「燦爛(さんらん)としてわれらの頭上を飛び過ぎた師よ 誰があなたの孤独を嘆くか」という詩をささげ、後に評論家として名を成す小林秀雄は親友、中原中也の死に「ああ、死んだ中原あの赤茶けた雲に乗っていけ」という詩を贈っている。

 ▼もちろん、無味乾燥な言葉を連ねた弔辞もある。そんな文章をあえて選択したのも編集者、開高健の眼。作家という人種はうそつきであり、「三つの真実にまさる一つのきれいな嘘(うそ)」という戒言を信奉している作家ならではの、意図的な選択であろう。

 ▼大切な人を亡くした人だけでなく、文芸作品の愛好家にもおススメしたい【水鉄砲】

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     このコラム『聴聞の一針』素晴らしい!





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