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2018年5月

「勝てば官軍、負ければ賊軍」

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                     県名と県庁所在地名が違う県が東日本には多い。
                    例えば宮城県は仙台市、栃木県は宇都宮市といっ
                    た具合で、両者の名前が全て一致している九州に
                    住む者としては不思議な感じがする








▼この違いにどんな意味があるのか。その疑問に驚くべき答えを出したのが明治・大正期に活躍したジャーナリスト宮武外骨[みやたけがいこつ]の『府藩縣制史』だった。それによると、両者の名前が違う県が17あり、うち14が賊軍とされた藩、残りは小藩連合県だという

▼詰まるところ、薩長を中心にした明治政府のいじめである。それならあの会津のある福島県はなぜ一致しているのか。その答えは簡単だ。会津若松二十八万石の大城下町に県庁を置かず、福島三万石のちっぽけな町を両者の名前にした。県名も県庁も奪ってしまったのだ

▼今年は明治維新150周年。鹿児島市や佐賀市、安倍晋三首相のお膝元山口市などでは大きな盛り上がりを見せる。関連のイベントも多く、街角には「明治150周年」と染めたのぼりがはためいている

▼ところが東北各地には「明治」という言葉を使わない自治体や団体がいくつもある。会津若松市は「戊辰150周年」と公式に呼び、新政府軍と激突した戊辰戦争の意味を問い直す。「義に死すとも不義に生きず」の言葉を胸に新しい時代を切り開こうと呼び掛けている

▼昨日は1年半ぶりに党首討論があった。あまりに時間が短く、首相は批判にまともに答えなかった。「勝てば官軍、負ければ賊軍」-それまではじっと我慢の首相なのだろう。【新生面】

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           宮武外骨 
生年月日:1867年2月22日
         出身地:綾川町死没:1955年7月28日 (88歳)



 宮武 外骨は、日本のジャーナリスト、著作家、新聞史研究家、江戸明治期の世相風俗研究家。 明治・大正期にはジャーナリストとして、政治家や官僚、行政機関、マスメディアを含めた権力の腐敗を言論により追及した。

○一九〇四年(明治三十七)二月、日露戦争が勃発する。出版物へのきびしい検閲制度が一層厳重になり、特に日露戦争では報道禁止、発禁、発行されても伏字だらけで国民は何が書かれているのかサッパリわけのわからない状態となった。これを逆手にとって外骨は次のような伏字だらけの記事でからかった。

 

「●秘密外の○○」

「今の○○軍○○事○当○○局○○○者は○○○○つ○ま○ら○ぬ○○事までも秘密○○秘密○○○と○○○いう○○て○○○新聞に○○○書○か○さぬ○○事に○して○○おるから○○○○新聞屋○○は○○○○聴いた○○○事を○○○載せ○○○○られ○○得ず○○して○○丸々○○○づくし○の記事なども○○○○多い○○○

是は○○つまり○○○当局者の○○○○○尻の○○穴の○○狭い○はなしで度胸

が○○○無さ○○○過ぎる○○○○様○○○○だ

我輩○○が○○○思う○○○には○○○○○軍○は○○元来○○○野蛮○○○○な○○○○○事で○○○○○○あるから○○その○○○軍備○○○を○○○秘密○○にし○○○○て○○○敵○○○○の○○○○不意○○を○○○うつ○○○○の○○も○○○あな○○○○がち○○とがむ○○○べき○○○事○○では○・」

(「滑稽新聞」第69号、明治37年3月23日付)

◆開戦後の約一ヵ月後に掲載された記事ですが、何やら秘密めいている。読者の皆さま、読めましたでしょうか?


今の日本に、(宮武 外骨)のようなジャーナリストがいたらなぁ!
斯く言う(珍念) 『ごまめの歯ぎしり』 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

 

津本陽さん

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                     26日に89歳で亡くなった作家の津本陽さんは
                    剣道3段、抜刀道5段の腕前。殺陣の描写に優
                    れ、剣豪を描く作品で頭角を現した。はかま姿に
                    剣を構えた写真が小説誌を何度か飾った。大柄
                    で、和服がよく似合った






▼30年以上前の学生時代、新聞連載小説の原稿を受け取るアルバイトをしていて、都内の津本さん宅に半年ほど通った。当時はまだファクスも普及していなかった

▼すでに直木賞作家だった津本さんは、玄関先に出てきて「すみません。あと30分待ってください」と当方に何度も頭を下げた。武骨そうに見えるが、実に謙虚な人だった

▼1983~84年に幕末の怪力僧を描いた「拳豪伝」が小紙に連載された。それをきっかけに津本作品を読み始めた人も多いのではないか。86~87年に別の地方紙に連載された「千葉周作」では、周作の父が秋田藩で剣術指南を務めたことに触れていた

▼織田信長の生涯を経済紙に長期連載した「下天は夢か」は89年のベストセラーになった。後に「新聞連載は毎日のように書かなくてはならないから大変だ」などと回想していた。歴史資料を読み込んで創作するためか、遅筆だった。何人もの編集者を焦らせたらしい

▼「下天―」以降、戦国時代の武将や近現代の政治家らを主人公にした小説が軸となった。人生のはかなさを英雄に投影した作品もいいが、無名の武士を描く作品も味わい深い。あすはどう展開するのか。新聞連載小説を読む楽しさを教えてくれた作家だった。【北斗星】

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 津本陽「下天は夢か」商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

 ○群雄割拠する戦国の世に、尾張半国を斬り従えて頭角を現した父・織田信秀は、国主大名へと成り上がる野望を果たせず病没した。内外を敵に囲まれて跡目を継いだ信長は、内戦を勝ち抜き、ついに強敵・今川義元を桶狭間に討ち取ると、美濃攻略に取りかかる。天下への大きな一歩を踏み出そうとしていた…。革命児・織田信長の素顔に迫り、空前のブームを巻き起こした記念碑的大作。文字が大きく読みやすい角川文庫版。

トップカスタマーレビュー

ドキュメンタリー性を求める人には面白い作品 投稿者  まさちゃん

○高校時代は山岡荘八の織田信長にハマり、大学時代は、司馬遼太郎の国盗り物語の信長にハマり、そして、社会人となって、津本陽の下天は夢かにハマりました。ドラマ性を求めるなら、山岡荘八や司馬遼太郎、ドキュメンタリー性を求めるなら津本陽ではないでしょうか。

○ドラマ性を求める人は、この作品は淡々と時系列で史実を述べてるだけの小説と映り、つまらないと評価されるでしょうし、ドキュメンタリー性を求める人には、方言なども、ちゃんと取り入れた文章になっている為、リアル感があり、楽しめると思います。私は、後者にあたりますね。

○だって、山岡荘八や司馬遼太郎の作品だと信長の正室、濃姫は、本能寺の変まで信長とは仲むづまじく描かれていますが、津本陽の作品では、濃姫は、その父、斎藤道三が亡くなって、まもなくで離縁され、明智家に戻され、その後、生駒家の吉野を正室に迎えたとあります。戦国時代といえは近隣諸国との同盟の為、人質は当たり前の時代。どう考えても、史実としては、後者の方が真実味があるように思いますよね。

○だから、ドキュメンタリー性を求める私としては、面白くてたまらないわけです。好みは人それぞれ!面白いの判断に何が正しいとかないと思います。

 斯く言う(珍念) 「下天は夢か」 今宵は、熟読したい! (*^-^)

砂漠の王族と雨

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          砂漠の国から来た王族が、日本で「あなたの国では地面から
         石油が湧いて出る。実にうらやましい」と言われたときの返答だ。
         折しも外は雨。王族は窓を指さしこう言った。



 ◆「あのように空から水が落ちてくれるなら石油など一滴もいりませんぞ」。地下に埋蔵されている石油のことは資源と認識しても、空から降る雨を資源と考えている日本人は少なかった昔のことである。いやいや農業関係者以外は今もその頃のままかもしれない。

◆九州南部がおととい梅雨入りした。雨のため県高校総体の総合開会式は屋内開催に。高校スポーツ最大の祭典は天候に悩まされることが多く、例年雨をうらめしく思うが今年に限っては少々の雨はこらえてくれ、とお願いしたい心境だ。

◆硫黄山の噴火後、長江川が白濁した影響で、水を田んぼへ引けなくなった農家は厳しい状況に置かれている。だがさすが県内屈指の米どころ。まとまって降った雨を天の恵みととらえて「これで田植えができる」と前を向く農家のことをきのう弊紙1面で報じた。

◆えびの市島内の内田博美さん。中学を卒業後から稲作に取り組んでいる超の字のつくベテランが、82歳にして初めて雨水のみを頼りに20アールの水田で特産のヒノヒカリを栽培する。日々空を仰ぐことになるだろうが、うまくいってほしい。

◆水が天から与えられる貴重な資源であることを、砂漠の王族ならぬ米作りの一線から教えられた。長江川流域近くの金松法然に焼酎を供えればひとつ頼み事がかなうという。今の切なる願いはむろん、稲が実るほど適度な雨が降ることだ。【くろしお】

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      ふと、水にまつわる諺が
      脳裏に思い浮かぶ・・・


•一衣帯水                  (いちいたいすい)
•魚心あれば水心             (うおごころあればみずごころ)
•魚と水                    (うおとみず)
•魚の水を得たるが如し          (うおのみずをえたるがごとし)
•蛙の面に水                 (かえるのつらにみず)
•渇しても盗泉の水を飲まず       (かっしてもとうせんのみずをのまず)
•我田引水                  (がでんいんすい)
•君子の交わりは淡きこと水の如し   (くんしのまじわりはあわきことみずのごとし)
•行雲流水                  (こううんりゅうすい)
•上手の手から水が漏る          (じょうずのてからみずがもる)
•水魚の交わり                (すいぎょのまじわり)
•立て板に水                 (たていたにみず)
•血は水よりも濃い             (ちはみずよりもこい)
•年寄りの冷や水              (としよりのひやみず)
•寝耳に水                  (ねみみにみず)
•背水の陣                  (はいすいのじん)
•覆水盆に返らず              (ふくすいぼんにかえらず)
•古川に水絶えず              (ふるかわにみずたえず)
•水清ければ魚棲まず           (みずきよければうおすまず)
•水心あれば魚心              (みずごころあればうおごころ)
•水と油                    (みずとあぶら)
•水の泡                    (みずのあわ)
•水は方円の器に随う            (みずはほうえんのうつわにしたがう)
•水を差す                   (みずをさす)
•明鏡止水                   (めいきょうしすい)
•焼け石に水                  (やけいしにみず)
•落花流水の情                (らっかりゅうすいのじょう)

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  『論語読みの論語知らず』
の(珍念)恥じています!

マスクの女性と自己弁護の男性

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       昼に食堂でラーメンを食べていると、先客が帰りがけに
        「元気ですか」と声を掛けてきた。大きなマスクをしていた
       ので誰なのか分からなかったが、以前の勤務先を教えた
       ので名前がよみがえり、名字を口にしたところ、「覚えてく
       れてありがとう」の言葉が返ってきた。続けて「年を取って
        しわが増えたので、マスクをしているの」と。






 ○30年前に取材で彼女の勤め先によく出入りしていたが、その頃はふっくらして顔も丸っぽかったのに、今はスリムになって小顔の印象。ダイエットしたのか、体力が落ちてやせたのかは分からないけれど、素の顔でやさしい微笑を見せてくれればよかったのに。

 ○鼻の両脇から唇の両端に伸びる2本のほうれい線が目立つようになったのを気にしているのだろうか。顎に梅干しのようなしわや縦じわが出ることで口元に若さが失われたと感じているためなのか。そこはよく分からない。

 ○もしそうだとしたら、その原因は加齢によるものだけだろうか。ストレスやコラーゲン不足、バランスのよくない食事も重なっているかもしれない、などと余計な想像をしてしまった。

 ○それにしても、女性はいつまでも若くありたいと願うものだと改めて知らされた。けれど、テレビに映し出される女優の倍賞姉妹の千恵子さんと美津子さんがしわが深くなっても存在感があるように、「年相応」があってもいいとも思う。

 ○先日、顔見知りの男性が「苦労は脂肪になる」と話して周囲の笑いを取っていた。ずんぐり体型に突き出たお腹。食事はもりもり、お酒もぐびぐびらしい。それもこれも「日々の苦労」によるものと自己弁護したのだ。

 ○脂肪は燃やせば減るはずだが、壮健であるための運動はしていないようだ。苦労によって増した脂肪は「燃えるもなのか」と言っているぐらいだから。

 ○年を重ねても女性は美容と健康に気を使う。一方で老いてくる男性はきちんとした身なり、模範となる食事はいるにはいるが、概して無頓着になりがちであり、摂生も怪しい。
 秋田県の、能代山本の男性の平均寿命が短いのはいかにもなのだ。【複眼鏡】

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              「恐るべし肥満」

 以前ご近所にお住まいで、会社を定年退職後、ご主人を亡くされ、散歩もされず、家でテレビを見ながら、お菓子を食べたりしていられましたが、肥満になり椅子に座る事が多くなり、難儀されていました。度々、体の調子は悪くないですか? いえ、どこも悪くないです・・・・と、言われていましたが!

 昨年夏、当然・某大学病院に運ばれて大手術を受けられ・転院されて、現在も、面会謝絶の状態です
斯く言う(珍念)医師から肥満を指摘され「20代の体重55キロ」めざし15キロ減量し53キロに維持しています。体も軽くなり足腰も強くなりました。

ともあれ、ぴんぴん・ころりで100歳を目指し邁進したい!

「堪忍」

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  ▼長屋に住む八五郎は気性が荒く喧嘩(けんか)っ早い。ある日、夫婦喧嘩から離縁話が持ち上がり、学識のある先生を訪ねる。短気な八五郎に向かって、先生は格言を引いて諭す。「堪忍のなる堪忍は誰もする。ならぬ堪忍するが堪忍」と。古典落語の演目「天災」に出てくる台詞(せりふ)だ。

 ▼できる我慢なら誰でも我慢する。とても我慢できないようなことを耐え忍ぶのが真の忍耐である。「堪忍」の格言の教えだ。「天災」の先生は八五郎に対し「堪忍の袋を常に首へかけ、破れたら縫え、破れたら縫え」と説教を続ける。

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       こちらもやはり直情径行な方のようだ。トランプ米大統領が
       6月12日に予定されていた米朝首脳会談の中止を決めた。
       外交に駆け引きは付きものだが、金正恩朝鮮労働党委員
       長に宛てた書簡からは大統領の気短な性分が読み取れる。


 〇書簡の中に挑発的な下りが目につく。「米国が保有する核戦力は非常に威力があり強力だ。私は使われないように神に祈っている」。牽制(けんせい)を通り越して恫喝(どうかつ)だ。首脳会談を実現したいなら「心を入れ替えなさい」と暗に金委員長へ忠告もしている。端から見れば、まるで喧嘩腰である。

 〇が、本をただせば北朝鮮側が突如、首脳会談の「再考」をほのめかし「米国に対話を哀願しない」と刺激したことによる。どちらも破れやすい堪忍袋である。「ロケットマン」対「老いぼれ」。泥仕合への後戻りだけは、御免被る。【天地人】

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      このコラム『言い得て妙』




宿(しゅく)痾(あ)のごとく抱える課題

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  特攻隊として9回出撃し、すべて生還した青年パイロットが日本陸軍にいた。作家の鴻上尚史さんが著書「不死身の特攻兵」で青年と周囲の人々を紹介する。皆が後に続くよう最初の隊は優秀な人が集められた。血のにじむ訓練は何だったのか。隊員らは不満に思った。

▼正式な隊を編成せず個人で参加する点にひっかかる人もいた。建前は志願制の特攻だが実態は程遠い。爆弾だけを落とし生還する青年は露骨に「次こそ死ね」と言われるが、理不尽な作戦への抵抗を続ける。「21歳の若者が、絶対的な権力を持つ上官の命令に背いて生き延びたのはどんなに凄(すご)いことか」と鴻上さんは記す。

▼大学の運動部でボールを追う技を磨いた若者が「相手をつぶせ」と命じられた。練習を干し自ら反則するよう大人が追い込んだ節もある。外回りの女性たちが取引先や顧客の男性から尊厳を傷つけられる。「セクハラは拒んでいいが成績は上げろ」と言う上司は、嫌がらせは自己責任で甘受しろと暗に促しているに等しい。

スポーツや女性の問題ばかり騒いでいる場合か、との声も聞く。しかし人々の関心は高い。面白おかしい醜聞というより、私たちの国が宿(しゅく)痾(あ)のごとく抱える課題の象徴と受けとめられているからではないか。鴻上さんの本はビジネス街でよく売れている。組織との摩擦に悩む中高年男性に読まれていると担当編集者は語る。【春秋】

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       斯く言う(珍念)のコメントは

      
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「不死身の特攻兵」  カスタマーレビュー

 できるだけ多くの人に読んで欲しい 投稿者Amazon カスタマー

 本が配送された、その日の内に読み終えてしまいました。
特攻については若いころから関心があり、関連した本や鹿屋、知覧などの資料館も行ってみましたが、ほとんど「祖国を守るために命を捧げた」というトーンで表されています。しかし技術系出身で航空関係の仕事をしていた眼で見ると、機体性能を無視した重い爆弾を抱えて、大型艦船に突っ込むことが(自殺行為であることを一旦置いても)どうしても有効な攻撃には思えませんでした。

 そしてこの点について実際に当時はどう思っていたのか知りたかったのですが、今までそのような情報はありませんでした。この本には、陸軍初の特攻隊の隊長と隊員、前線の整備兵、援護戦闘機隊のパイロットなど戦争現場の全ての人々が「特攻は軍事作戦的にその効果に乏しく無駄である」ということを認識していたという事実が書かれています。

 また行間には出撃を命令する側も、どうやらそう思っていたらしい、と読み取れるフシがあります。何という事か、非常に残念で仕方ありません。効果が無いことを承知で死んでいったのですから。

 またこの本には何点か重要なことが記されていますが、特に印象深かったのは、当時の国民が(マスコミの宣伝であったとしても)「特攻は崇高な自己犠牲、賛美すべきもの」という空気があったのではないか、ということです。何か現代にも通じることがありそうです。
この様な本がベストセラーになったことを本当にうれしく思います。 (*^ー゚)bグッジョブ!!

ダム旅

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               旅のガイドブックなどで知られるダイヤモンド社(東京)が
               先ごろ出版した「ダムの歩き方」が、ひそかな人気を呼ん
               でいるという。ダムの写真や情報を網羅したダムカードを
               集めるマニアが全国的に急増。こうしたブームを受けた初
               の「ダム旅」入門ガイド、というのがこの本のコンセプトだ







▼「あまり人が集まらなかった山奥のダムに、今は幅広い年齢層の人が訪れている。新しい観光のあり方といえるでしょう」。編集者の手応えである。県内では5カ所が紹介され、うち四つが日光のダムという

▼ブームを地域おこしにつなげる動きも出てきた。日光市は文星芸大と連携し、「ダムビジュアルブック」を発行。管理事務所などで無料配布を始めた

▼学生らの目に映ったダムの魅力は「自然と一体化したスケールの大きさ」だったという。「歩き方」でも取り上げられた川治、湯西川などを含む9ダムを絵の具や鉛筆などで表現し、ダムカードにはない手書きのぬくもりを加えた

▼当初、各事務所などに100部ずつ置いたが、品切れ続出の人気ぶり。「この流れが観光客の回遊につながれば」。市の担当者の期待も高まる

▼国際都市・日光の観光スポットといえば、東照宮、中禅寺湖などと多岐にわたる。新たにダム旅が加わることで、日光観光の魅力がより一層広がることになる。【雷鳴抄】

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      斯く言う(珍念) 東照宮、中禅寺湖など
      冥土のお土産に妻とゆっくり観光したい!





「テレビから離れて」

      
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                          先週の本紙「声」欄に「テレビなしの連休」という
                          投稿が掲載されていた。5月2日夜の暴風雨で
                          屋内の電気が消え、連休明けの7日までテレビ
                          も見られなくなったという話である。



 ▼投稿者は山田五良さん、88歳。長く南部川村の村長やみなべ町の町長を務めた人である。投稿では「テレビのない生活が体験できることを喜んだ」「空き時間を利用してエッセーの原稿作りを手掛け、町の広報紙や議会便りを丁寧に読んだ」「五月晴れの下、夏野菜の地植えもできた」などと書いていた。

 ▼テレビのない生活を存分に楽しまれている様子に共感した。僕も10年ほど前、思い立ってテレビを廃棄。それ以降、テレビとは無縁の暮らしをしているからである。与えられた時間には限りがある。その貴重な時間をテレビの視聴に費やすのはもったいないと思ったことがきっかけだった。

 ▼以来、テレビは会社で昼のニュースを見るだけ。代わりに新聞各紙に目を通し、ネットの情報をチェックして社会の出来事を追い掛ける。夕食後は1時間の散歩を日課とし、余った時間はすべて読書に充てている。

 ▼趣味は人それぞれ、時間の使い方も百人百様だ。テレビを楽しむのもよし。散歩も読書もある種の快楽である。面白い本を読むと時間を忘れるし、歩き続けると、少しは体が引き締まった気がする。

 ▼人間に与えられた時間は平等。ならば、自分の思い通りに使うのが一番ではなかろうか。 【水鉄砲】

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Maku


    ふと、脳裏に(釈迦の教え)が思い浮かぶ!





○他人の過失を、見る必要はありません。

○他人のした事と、しなかった事を見るのではなく、自分がした事と、しなかった
事だけを見るようにしなさい。

○何事も楽しんでやりなさい。楽しんでやることで、思わぬ力が発揮されるものなのだ。

○人は「私はこういう人間だ」と自分で考える その通りのものになります。
それと異なったものに、なることはありません。

 今日も(珍念)のコメントは、冴えません。 モジモジ(。_。*)))

白と黒の間で

Kazoku


                    「悪を排除して解決できることなんて実は大した問題
                    で はない」。 映画監督の是枝裕和さんは、歌人永
         田 和宏さんとの対談でこんな話をしていた。悪いこ
         とやダメなこ  とを糾弾する物語は分か りやすい。
         でもそれでは何も解決しない、と







▼育児放棄する母親や親としても夫としても欠点だらけの男、エリート然とした嫌みな父親―。是枝作品はこうした登場人物を、決して断罪することはない

▼現実の社会は「真っ白と真っ黒を放棄したグレーゾーン」。そんな「もやもや」した毎日を生きる不完全な人々を通し、「今」を浮かび上がらせるのが是枝流だ

▼カンヌ国際映画祭で最高賞に輝いた「万引き家族」も、祖母の年金と父子の万引で生計を立てる一家を描きながら格差社会と家族のあり方を問う。是枝監督は「社会の片隅に追いやられ、目を背けてしまいがちな人々をどう可視化するか」を常に考えてきたそうだ

▼問題なのは「目を背けている」点だろう。勝ちか負けか、白か黒か。極端な主張がはびこり、その賛否が社会を分断する中、対極の人々をあえて見ようとしない姿勢に映画は疑問を投げかける。あなたたちが目をそらす「不完全」さは、私たちの社会が生み出したものではないのか

▼「家族はかけがえがないがやっかいだ」。是枝監督はそんなふうにも話す。世の中は単純に割り切れることばかりではないと、改めて教えられた。【卓上四季】

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。

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            このコラム『頂門の一針』素晴らしい!

            是枝裕和監督の 映画 「万引き家族」
            (珍念)是非見てみたい・・・・・・。

足し算と引き算

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              発明王(エジソン)はエピソード、金言に事欠かない。逸話の一つ
              が小学校時代の算数の授業。「1+1=2」の答えに納得いかない。
              粘土1個と別の1個を足せば、大きな一つの塊になるのに「なぜ、ど
              うして」と

 ▼そういえば先日、本紙窓欄に足し算、引き算に関する話があった。月刊の育児雑誌の「すぐできる『引き算』の家事・育児」の見出しに興味を引かれ、引き算のススメが詰まった特集を一気に読んだという。なぜ子育てに引き算なのか

 ▼足し算と引き算、掛け算、割り算を総称し「四則計算(四則演算)」と呼ぶ。いわゆる「加減乗除」で、答えは順に「和差積商」だ。好奇心の人、エジソンなら「なぜ、どうして」と質問攻めにあいそうだが

 ▼一般にヨーロッパは足し算の文化、日本は引き算の文化といわれる。建築を例に取ると、西洋建築は華美を追求し、逆に日本建築は無駄を省き、余白を生かして本質の美を追求する。「わび」「さび」の世界は究極

 ▼人生を足し算、引き算的視点で見る人も多い。誰もが経験を積み年齢を重ねる。人生の終(しゅう)焉(えん)に向けた「終活」は、基本的には引き算だ。人生、そう計算通りにはいかないが、エジソンのように納得いくまで解答を探したい。【編集日記】

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Kuyon

          

                      このコラム『言い得て妙』  (*^-^)

          「すぐできる『引き算』の家事・育児」
          子育て中のパパ・ママ是非ご覧あれ!
       
       



「地方にいると歴史の断面が見える」

   
Yudu


             福岡県を拠点に歴史、時代小説を書いた
             葉室麟さんはよく口にした。地方に暮らす
             誇りすら感じさせる言葉だ






歴史は時代の勝者が書き残す。中央にいれば、どうしても勝者の視点になる。地方にいるからこそ敗者がいかに生き、戦ったかが分かるという(随筆集「柚子(ゆず)は九年で」)。だから一貫して、困難に遭っても信念を曲げない武士らの姿を描いたのだろう

▼この人もそうだった。昨年末の葉室さんに続き、訃報が今月届いた古川薫さんである。山口県に住み、この地を室町時代に治めた大内氏や幕末の長州藩を舞台に小説を残した
▼「奇巌(きがん)の庭」は、今の総社市生まれとされる画僧の雪舟が京で学んだ後、大内氏に山口へ招かれてからの話だ。京風好みの当主に築庭を命じられる。「金閣寺とそっくりに」と

▼だが、模倣など受け入れ難い。奇岩で山水画を立体化したような庭に金閣寺の影はなかった。大内氏の支援で大陸を遊歴した成果を結晶させた築庭だったが、「どこをうろついて修行しておった」と罵声を浴びる。その後も当主には理解されず山口を去った。名声が高まったのは100年以上も後である

▼葉室さんと古川さんには地方新聞出身という共通点もあった。記者経験も生かしたであろう物語がこれからも多くの人に読まれてほしい。【滴一滴】

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 葉室麟(随筆集「柚子(ゆず)は九年で」 商品の説明 内容紹介

私は歴史の敗者を描きたい。その存在に意味はなかったのかと

 「蜩ノ記」で第146回直木賞を受賞した、現在最も支持されている歴史時代小説家の初エッセイ集。透徹した視点で過去現在を語る。

内容(「BOOK」データベースより)

 第146回直木賞を「蜩ノ記」で受賞したいま最も中高年に支持されている作家・葉室麟の初めての随筆集。他に江戸時代の博多を舞台にした短編小説「夏芝居」も収録。

 昨年末、葉室麟さんが66歳で亡くなられた。これからは、もうこんなエッセイも読めないのかという寂しい気分に包まれています。そのような目で見れば、本書は少しずつ老境の域に入る作家の心情が赤裸々に綴られているのを感じました。

 印象に残った文章は多々ありますが、「柚子の花が咲くとき」の後半部分の文章は少し後の世代の者として重く受け止めました。

ちょこっと引用いたします。

 「自分の残り時間を考えた。十年、二十年あるだろうか。そう思った時から歴史時代小説を書き始めた。老いを前にした焦りかとも思ったが二度とあきらめたくはなかった。書き続けるうちに、懸命に過ごせば、移ろい過ぎる時は豊かさを増すことができるとわかるようになった。時間は長くなりはしないが豊穣にはなっていくのだ。」と述べられていました。

 そして結びの文章が秀逸です。「遅れても花は咲くのだから。」と。その通りの人生を送られたわけです。

 そのような視点でこの最初の随筆集を読むと随所に「死」というものを感じさせる展開が多いと感じました。作者の気持ちがそうさせているのでしょう。月形洗蔵、坂本龍馬、三島由紀夫、北重人など、それぞれの死に対する筆者の眼は温かいものでした。

 「三島事件」で筆者は、ラストに「『三島事件』の時、部屋に籠ったわたしがノートに書きつけたのも、華やかな言葉ではなかった。頼盛と同じ様に、『生きたい』という思いだったのではないか。いまになってみると、そう思える。」という気持ちを、鬼籍に入られてから読んだわけで、一層心に迫ってきます。もっともっと書いてほしい作家でした。 ( ´;ω;`)ブワッ

モモの種

Momo


       中国では古来、モモは魔よけとして用いられたそうだ。
       春秋左氏伝という史書には、モモの木で作った弓でい
       ばらの矢を射ると、災いを払うことができるという記述がある





▼不老長寿の象徴でもあった。仙女西王母が漢の武帝に、3千年に1度実る不老長寿のモモの実を献じたという伝説が残っている。モモの異名が三千年草(みちとせぐさ)、三千世草(みちよぐさ)なのは、そのためだ

▼奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡から出土した約2800個のモモの種が科学的年代測定の結果、西暦135~230年のものだと分かった。遺跡は、いまだに所在地がはっきりしない邪馬台国の有力候補地の一つである。卑弥呼(ひみこ)の墓との説がある箸墓(はしはか)古墳があり、大型の建物跡や運河、各地の土器が見つかっている

▼2世紀から3世紀前半は、邪馬台国の時代と重なる。神聖なモモは祭祀(さいし)に使われた後にまとめて埋められたとみられ、「邪馬台国畿内説」を後押しする有力な状況証拠とする専門家が多い

▼もちろん「九州説」も負けていない。同時代のモモの種が見つかっただけで邪馬台国と結びつけるのは早計だとの反論だ。邪馬台国論争が再燃しそうな研究結果である

モモは結婚や安産の瑞祥(ずいしょう)でもあった。美女の例えにも使われたという。大量のモモを前に祈りをささげたのは卑弥呼なのか。そうだとすれば、いったい何を祈ったのだろう。空想は約1800年前にさかのぼり、無限に広がる。【卓上四季】

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       斯く言う(珍念)のコメントは【蛇足】







 

85歳の挑戦

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 ◆会津若松市に85歳ながら一日2時間の勉強を欠かさない女性がいる。「言葉の樹海に迷い込んだみたい」と漢字の問題集に向き合う。「沈魚落雁[ちんぎょらくがん]」の熟語を覚えたというが「私には関係ない」と苦笑する。魚も雁も驚いて身を隠すほどの美女を意味する。

 ◆日本漢字能力検定(漢検)に2年前から挑戦する。孫が中学卒業程度の3級を受験すると聞き、一緒に学び始めた。趣味の短歌の知識が役立った。見事に合格し、祖母として面目を保つと同時に向学心に火がついた。今年2月には高校卒業程度とされる2級の難関を突破した。現在は準1級を目指す。

 ◆「この年齢になると、覚えても次の日には忘れてしまう」。2級合格の道のりは山あり谷ありだった。字を書きすぎて、手に痛みが走る日もあった。それでもペンを置かなかった。見知らぬ熟語との出会いが楽しみになったからだ。込められた意味は深い。人生訓となって心に響く。

 ◆準1級の問題集に「点滴穿石[てんてきせんせき]」が載っていた。小さな水滴も繰り返し落ちると石に穴を開ける。一日に覚えるのは一字だけでもいいから続ける。目的は試験合格ではなく、自分への挑戦に変わった。漢字は良き教師だという。(あぶくま抄)

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Osore


     このコラム『恐れ入谷の鬼子母神』






高畑勲さんに思いを馳せる

     「鳥獣人物戯画」
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     日本でマンガやアニメが盛んなのはなぜか。
     外国でそう質問された時に「鳥獣人物戯画」
     や「信貴山縁起絵巻(しぎさんえんぎえまき)」
     など12~13世紀の絵巻物の縮刷版を見せ
     ると納得してもらえるそうだ。




 先月他界したアニメ映画監督の高畑勲さんが著書で語っている。昔の絵巻物には今のマンガやアニメにつながる原点が垣間見えるという。そうした土壌をさらに豊かにしたのが高畑さんの一生だったのかもしれない。

 盟友宮崎駿さんとスタジオジブリを立ち上げ次々と名作を生み出した。真骨頂は綿密な取材に基づく作品づくりだ。戦争の悲惨さを描く「火垂(ほた)るの墓」はB29爆撃機の飛行や焼夷弾(しょういだん)の落下の様子を調べ抜いた逸話が残る。

 晩年の「かぐや姫の物語」は手描きの線で表す花鳥風月が美しい。立体的なコンピューターグラフィックスが主流の時代に新風を吹き込んだ。完成までの最後の1カ月は作業が深夜に及んだ。「この世に生まれたのだからしっかり生きろ」。生前のメッセージに通じる。

 幼少期に空襲を体験し平和への思いも強かった。戦争をしないための最後の歯止めとして、憲法9条の大切さを繰り返し強調していたことが印象深い。

 先日、東京の三鷹の森ジブリ美術館で、お別れの会があった。宮崎さんは「僕らは精いっぱい生きたんだ。ありがとう」と声を詰まらせた。巨匠が命を注ぎ込んだ作品はいつまでも生き続けるだろう。【南風禄】

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              Kaguyahime1


      「かぐや姫の物語」
 内容紹介  高畑勲監督14年ぶりの最新作。

      姫の犯した罪と罰。」 スタジオジブリが描く真実(ほんとう)のかぐや姫

 竹の中から生まれ、すぐに成長して美しい娘に育ち、求婚者たちを次々と振ったあげく、満月の夜、迎えにきた使者とともに月へと去ってしまう――かぐや姫はいったい何のために地球にやってきて、なぜ月へ帰ることになったのか。この地で何を思い生きていたのか。かぐや姫の罪とは、その罰とはいったい何だったのか。本作『かぐや姫の物語』は、誰もが知る“かぐや姫"の筋書きはそのままに、誰も知ることのなかったその「心」を描くことで、日本最古の物語に隠された人間・かぐや姫の真実が描き出されました。

 本作の監督は、「アルプスの少女ハイジ」「赤毛のアン」『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』…日本のアニメーションの礎を築いた多くの作品を生み出したアニメーション映画監督・高畑勲。その高畑監督14年ぶりの最新作となります。既成のアニメーション映画の枠組みを超えた作品を生み出し続ける高畑監督のこだわりによって、デジタルならではの技法を極限まで追求した作品となりました。



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     斯く言う(珍念)小学4年生のころ、ウォルト・ディズニー
     の【砂漠は生きている】を見て感動し、僕も大人になった
     ら、素晴らしい映画を作ると決意しましたが、まだ実現して
     いません。 反省し・恥じています!

ブッダ展

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              孫悟空が雲に乗って猛スピードで世界の果てまで
              行き「斉天大聖」と書いて戻ってきたつもりでも、そ
              れは全て釈迦(しゃか)の手のひらの上でのことだった






▼西遊記の一場面は、超越した大いなる仏としての存在を感じさせる。一方で釈迦は古代インドに生きた歴史上の人物でもある

▼仏教の開祖ゴータマ・シッダールタに焦点を当てた「お釈迦さんワールド-ブッダになったひと」展が京都市下京区の龍谷大龍谷ミュージアムで開催中だ

▼約2500年前、シャーキャ族の王子として生まれ、出家して修行、悟りを得て教えを広めた。死後には遺骨を敬う舎利信仰も広まった。同展では神格化され伝説に彩られた生涯や時代背景を仏像や仏画、経典などで紹介する

▼漫画「ブッダ」の作者、故手塚治虫さんの直筆原画も並ぶ。1984年のインタビューで、「(自然と人間、天地のもの全てが一体という)深い広大な思想は歴史を超え(略)現代にこそ生かされなければならない」と語っている(「手塚治虫のブッダ 救われる言葉」光文社)。別の著書では、自然への畏怖をなくし、傲慢(ごうまん)になった人類には必ずしっぺ返しがくる、と警鐘を鳴らす

なぜ今、ブッダなのか。釈迦の手のひらから出られない悟空の無力さを謙虚に見つめることに、答えがあるように思う。【凡語】

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Syakanyorai

        それにしても「なぜ、仏教はインドで滅んだのか」

     

 


     

 かって、フランスの作家マルロー氏と、インドのネルー初代首相が語らいました。
 
「なぜ、仏教がインドで滅んだのか」と。

 ネルー首相はこう言ったそうです。「仏陀の天才は、あくまでも仏陀が人間であるという 事実にもとずいていた」「しかし仏陀の神格化が行われたとたん、仏陀その人はこの神々と同列にくわえられ、姿を没してしまった」と。

 池田先生は、このやり取りを紹介されながら、次のように語る。
 
「本来、仏教は『人間の生き方』を説いたものであった。『このように生きよ』『人生をこう生きよ』とわが身で教えた。そこには師弟の道があった。しかし、いっしか『人間・釈尊』は権威化され、人間を超えた神になっていった」

 師弟の道とは、人間の崇高な精神の継承なのです。先生は、さらに、「『仏』とは、ありがたく礼拝する対象であっても、『その方に続く』存在ではなくなった。師弟の道も見えななった。仏教が『人間の生き方』でなくなったとき、インドでは、仏教は死んでしまった」とも指摘されていました。

 仏法は本来、人間が最も尊ご極な存在であることを教えています。そして、最高に人間らしい生き方を示しています。だからこそ、日蓮大聖人は、「凡夫即仏なり・仏即凡夫なり・」(御書1446ベージ)、「唯余念なく南無妙法連崋教と唱え経へ奉れば凡身即仏身なり」(同872ベージ)と仰せられ、「凡夫」すなわち衆生に具わる本来の仏の境地を開くことが成仏であり、人間を超越した特別な存在になることではないと、強調された。

 人は人との関わりを通して成長していく。『日蓮大聖人』のお手紙に師匠の大切さを語っていられる。「たとえ父母が子を産み、その子に眼、耳が備わっていても物を教える師匠がいなければ、それは動物の眼や耳と等しいというべきであろう」(通解)と。

 あ・・・調子に乗って、演壇で講義している錯覚に・・  (*´v゚*)ゞ
これ以上、減らず口を叩くと(閻魔さま)から叱られる。



 


 

不思議な脳

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      新聞をこの第1面からめくったとき、2面と3面どちらに目が
      いくでしょうか。つくる側から言うと、二つの面にきっちりした
      性格分けはない。それでも目立たせたい記事は、左の3面
      に置くことが多い






▼「人は左に目がいくものだ」と若手のころに教わった。言われれば、そうかも。悪く言えば「なんとなく」の感覚である。確たる理由を持っていないのだが、脳研究者である池谷(いけがや)裕二さんの著書に、なるほどと思う説明がある

▼一般に右利きの人は視野の左側を重要視する、とある。だから魚料理は頭を左に置いた方が食欲をそそるし、商品は棚の左手に並べた方が売れるそうだ。それを考えると、身だしなみは相手から見て左、つまり自分の右側に気合を入れるといい(著書「自分では気づかない、ココロの盲点」)

▼それが脳のクセなのだという。ここでその本から一つ出題。目の前に異性のAさんとBさんそれぞれの写真があります。好みの方を差し上げますと言われたのに、すり替えて渡されたら、あなたは「違う」と気づくでしょうか?

▼実験すると8割以上の人が気づかない。その上「なぜその人がいいの」と問われると、違う写真を手に「丸顔で優しそうだから」といった具合にもっともらしく答えてしまう。脳は理由を問われると「作話」するものだ、と池谷さんは解説する。要はでっち上げる。困った脳だ

▼おのれを守るため、そう進化したのだろうか。脳がどれほどお調子者であるか、国会中継が一番の教材といえる。【日報抄】

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Ani017


       このコラム『言い得て妙』




「自分では気づかない、ココロの盲点」 商品の説明 内容紹介

 脳にそなわった「勘違い」する思考回路──「認知バイアス」の不思議な世界をクイズ形式で体感

 たとえば買い物で、得だと思って選んだものが、よく考えればそうでなかったことはありませんか。こうした判断ミスをもたらす思考のクセはたくさんあり、「認知バイアス」と呼ばれます。認知バイアスは、無意識のうちに勘違い、判断ミスを引き起こす、いわば思考の錯覚。その不思議な世界を気鋭の脳研究者がひもときます。身近な人間関係に役立つだけでなく、実際に、商品開発やマーケティングにも応用されている認知バイアス。

 その古典例から最新例までクイズ形式で実感することで、自分の持つ思考のクセだけでなく、他人のココロの動きまで分かります。〈本書は、単行本『自分では気づかない、ココロの盲点』(2013年12月、朝日出版社刊)をもとに全面改稿、内容を3倍に増やし(30項目→80項目+付録)、新書化したものです〉

トップカスタマーレビュー

認知バイアスの辞書  投稿者 santa

 「はじめに」にも書いてある通り、認知バイアスの辞書として活用しています。いつでもスマホで検索・参照できるようKindle版を購入しました。狙い通り、日常で遭遇する「あ!これ認知バイアスだ!なんて言うんだっけ・・・」という時にさっと調べられます。

 ネットで調べても見つかる認知バイアスももちろん多数ありますが、この本の良いところは掲載されている数百に及ぶ認知バイアスの全て、代表的な根拠となる「論文(ソース)」が示されているところです。日常で遭遇するの自他の「ココロの盲点」をメタ認知できるようになり、世界を観測する主観の次元が広がりました。

やわらか頭で脳の不思議を語る  投稿者 夢人VINEメンバー

 「これがブルーバックス?」と思ってしまうほど,やわらかな頭な脳科学の本。「認知バイアス」と称する脳の不思議な働きについて,クイズ・バラエティよろしく,具体例を挙げて問題形式で解説しています。解説と言っても,脳にはこんな凄い機能があるんだ・・・という視点ではなく,目の錯覚を利用したトリック・アートと同じ視点から,脳には物事を都合よく解釈するバイアス機能があるという解説です。

 「なんだ,脳は意外に単純なんだな,そりゃあAIにも負けるよね」と考えるのは早計で,都合よくバイアスをかけて見るからこそ,複雑な画像や物事の大枠を瞬時に把握したり,パターン化して「直感」に近い形で的確な判断も下せるわけです。チェスや囲碁で人間に勝ったり,膨大なデータを解析する等,特定の分野に絞ればAIに分があっても,総合力で見れば,AIはまだ人間の子ども並みなんだとか。じゃあ,その差は何かと言うと,例えば,本書で解説されている「認知バイアス」なのかな,と。

 脳には認知バイアスという凄い機能があるんだけど,そのおかげで目の錯覚とか先入観いう副産物もあるんだ・・・そんな風にとらえるのが良いのかもしれません。専門的なことをたくさん述べているんですが,文体も平易ですし,具体例&問題形式なので,何のことを解説しようとしているのかイメージしやすいのが良いです。ユーモアたっぷりの服部公太郎さんの挿絵も楽しいです。これはお薦め。

 斯く言う(珍念)のコメントは【オチ】が冴えません・・・ (A;´・ω・)アセアセ

「ママすきじゃない。だーいすき」

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               誰の手も借りることなく2本の足で立った人はいない。
               「だけど…大きくなると、この体の中に、母の乳がなが
               れて赤くなっていることは忘れてしまっていますかね」
               吉川英治の小説にあったセリフを思い出す。


 ▼身過ぎ世過ぎのすべは自分で身につけたものだから-と、すねをかじるだけかじった時代の記憶など、都合良く忘れ去っている。小欄は猛省が必要な忘恩組の一人らしい。きょう13日は「母の日」である。そう聞いて日頃の無沙汰に肩をすくめたご同輩も多かろう。

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                福井県坂井市などが昨年度に公募し、入選作を集め
                て出版した『日本一短い手紙「母へ」』(中央経済社)
                の1通 に「ママすきじゃない。だーいすき」とあった。
                4歳の女の子が母に宛てた手紙という。 「すき」の2
                文字に収まらない母への思いがほろりとさせる。




 ▼無垢(むく)な心情の発露は子供だけの特権でもないらしい。「私がお母さんに一番可愛(かわい)がられたと思っていた。だけど弟も妹も同じことを言うんだよ」。こうつづったのは74歳の男性である。照れや恥じらいを捨て、体内を巡る「母の乳」の温度を確かめてみるのもいい。

 ▼時節柄、思い浮かべるのは拉致被害者の家族である。さらわれた人がいて、涙に暮れた母がいる。長女、めぐみさんの帰りを待つ横田早紀江さんにとってはつらい季節だろう。「お母さんは本当に強いですね」。講演で各地を訪れる度、こう声をかけられるという。

 ▼「私はもう…さんざん、泣いてきたから、最近は涙も出ません」。先日まで小紙に連載された『私の拉致取材 40年目の検証』に、痛々しい言葉があった。母と娘を隔てる歳月に一日も早い終止符をと心から願う。同じ国民として、忘れてはならない「母」がここにも一人いる。【産経抄】

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        このコラム『頂門の一針』素晴らしい!



母の日に

Hito


                        ことしは作家井伏鱒二の生誕120年にあたる。
                     
『山椒魚』『黒い雨』といった代表作はもちろんだが
                     釣りや旅のエッセーも多い。その随筆集「人と人影」
                    (講談社)に『おふくろ』と題した作品がある。
                    一部を紹介する








◆―「ますじ」とお袋(ふくろ)が云(い)った。「お前、東京で小説を書いとるそうなが、何を見て書いとるんか」「字を間違わんように書かんといけんが」

◆鱒二は2、3年に一度、田舎に立ち寄るが、いつも同じ愚痴を聞かされる。母親も説教ばかりしてもと思い、鱒二の義姉に酒を1本つけるよう頼む。しかし、酒飲みの伜(せがれ)に酒を飲ませたいお袋は、「飲めるんじゃもの。もう一つだけなら飲んでもよかろうが」と、酒を見るのも嫌な義姉に遠慮しながら、また燗(かん)を頼む

◆帰郷した息子を思う気持ちと嫁への気兼ね。なんともいえない母親の心の機微を感じさせるシーンだ。井伏鱒二はこの随筆を発表した6年後、文化勲章を受ける。その夜、郷里のお袋さんから電話があり、親しく話をしたという

◆あすは「母の日」。プレゼントや花を用意する人も多かろう。久しぶりに親子水いらずの言葉を交わしたい。一方で、感謝の気持ちを伝えようにも、もう他界してしまった母をしのぶ人もいよう。わずか3歳で母親と死別した小林一茶の句がある。〈亡き母や海見る度(たび)に見る度に〉【有明抄】

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Kuri2


      このコラム 感動しました。

勝鬘院(しょうまんいん)愛染堂

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               田中絹代・上原謙が主演し、一世を風靡(ふうび)した映画が
               「愛染(あいぜん)かつら」。主題歌「旅の夜風」は「♪花も嵐も
               踏み越えて…」のフレーズで有名だ。





 ▼その名作の舞台となった大阪市天王寺区の勝鬘院(しょうまんいん)愛染堂が、毎年初夏に行っている「愛染まつり」の規模縮小を8日発表した(9日付12面既報)。

 ▼「愛染娘」がかごに乗ったパレード、露店の出店を中止するそうで、思い切った対応が話題を呼んでいる。ごみの不法投棄や自転車の違法駐輪、深夜までの騒音など、客らの迷惑行為が原因という。

 ▼5年ほど前から近隣住民からの苦情が相次ぎ「本尊ご開帳の日」という本来の趣旨に立ち返るそうだ。「対応に限界」というより「我慢の限界」だろう。

 ▼県内でも西和地域の大和川で花火大会があったが、12年前に「見物客急増による警備上の問題」から中止になった。ごみの放置や民家の敷地に侵入したりと、マナーの悪さも指摘された。

 ▼たとえどんなに遠方から来ていても、他人に迷惑をかけるような行動をする、自己中心的な者は「客」とは言えない。【国原譜】

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Kiru


  このコラム 『快刀乱麻』 素晴らしい!





 「愛染(あいぜん)かつら」 <ストーリー>

 津村病院の住み込み看護婦をしている高石かつ枝(田中絹代)には、病死した夫との間に5歳になる娘の敏子(小島敏子)があり、同じ寡婦である姉のさだ枝 (吉川満子)に娘を預けて独身寮に住んでいた。看護婦仲間に子持ちであることが発覚し、かつ枝は窮地に立つが、最終的にはその境遇に同情される。

 以来、同僚の支援と友情を得た。津村病院の時代を担う息子・浩三(上原謙)が博士号をもらい、その祝賀会でかつ枝は独唱を披露、ピアノ伴奏を買って出た浩三は祝賀会後に交際を申し出る。

 自らの境遇と身分を考えて困惑するかつ枝…読者の皆さまへ「愛染(あいぜん)かつら」を、是非ご覧下さい。

 きっと心が和むでしょう ( ^ω^)おっおっおっ

人権意識

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         最近、読んだエッセーで大きなショックを受けた。


         「文豪文士が愛した映画たち」(ちくま文庫)に掲載
         されていた日本推理小説の父・江戸川乱歩の作品
         (昭和31年)だ。





 来日したサスペンス映画の神様といわれたヒッチコック監督と乱歩らが座談会をした。その中でヒッチコックが、創作した小話を披露する。

 概略はこうだ。南米を旅している一人の男が、豪邸に泊めてもらう。暗い夜に寝ていると若い娘が忍び込んできて、男とねんごろになる。

 実はその女性はハンセン病だったという落ちを話すと、聞いていた「女たちはキャーと悲鳴をあげた。男たちも大声で笑いながら、胸をムカムカさせた」と乱歩は記述する。

 ハンセン病について差別的な内容すぎてあぜんとしてしまった。しかも、尊敬するヒッチと乱歩が、と驚いたが、これが60年前の人権意識なのだろう。

 今の時代では考えられない。一昔前と比べ日本を含め世界中で格段に変化、いや進化しているのは人権意識ではないだろうか。セクハラ、パワハラを擁護する人々は、進化できない恐竜のようなものかもしれない。【国原譜】

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Kyoryu


 恐るべし蘇る、恐竜
      
これ以上は 『蛇足』

「胸に迫る追悼文」

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                     亡くなった人を悼むとはどういうことか。

                      どんな言葉を用いれば気持ちを表現できるのか。
                      先日、親しくしていた友人を突然失って以来、折に
                      触れてそんなことを考えている。




 ▼折も折、田辺市上秋津に住む友人が「こんな本が見つかった」といって、開高健の『弔辞大全1.、2.』(新潮文庫)をくれた。かねて探していた本であり、むさぼるように読んだ。

 ▼島崎藤村が親友、北村透谷の死を「死とはそれ詩人の歌ふ眠りのごときものか、眠りならば楽しき眠りにてもあれかし」と悼めば、親友、芥川龍之介を送る菊池寛の「友よ安らかに眠れ!(中略)ただ悲しきは、君去りてわれらが身辺とみに蕭条(しょうじょう)たるをいかんせん」という簡単な弔辞もある。

 ▼三好達治は師と仰ぐ萩原朔太郎に「燦爛(さんらん)としてわれらの頭上を飛び過ぎた師よ 誰があなたの孤独を嘆くか」という詩をささげ、後に評論家として名を成す小林秀雄は親友、中原中也の死に「ああ、死んだ中原あの赤茶けた雲に乗っていけ」という詩を贈っている。

 ▼もちろん、無味乾燥な言葉を連ねた弔辞もある。そんな文章をあえて選択したのも編集者、開高健の眼。作家という人種はうそつきであり、「三つの真実にまさる一つのきれいな嘘(うそ)」という戒言を信奉している作家ならではの、意図的な選択であろう。

 ▼大切な人を亡くした人だけでなく、文芸作品の愛好家にもおススメしたい【水鉄砲】

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     このコラム『聴聞の一針』素晴らしい!





怒りとどう向き合うか

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 思わず怒りが込み上げてきて、つい言わなくてもいいことまで相手に言ってしまったことはないだろうか。一瞬すっきりしても、そのことが尾を引き、やがて自己嫌悪に陥ってしまう

▼一方、不愉快な思いをさせられたのに遠慮して何も言わなかったことで相手に気持ちが伝わらず、もんもんとしたまま毎日を過ごすことも。人と人が円滑にコミュニケーションを取るのは難しい

▼書店で手にした雑誌「暮しの手帖」(4~5月号)に、怒りとどう向き合うべきかをテーマにした特集記事が掲載されていた。感情をむやみに爆発させたり抑え付けたりせず、うまく付き合っていくための対処法がいくつか示されていて興味を引かれた

▼その一つが「アサーション」と呼ばれる自己表現の手法だ。腹が立った場合は、相手を一方的に攻撃せず自分の気持ちを正直に伝えることを重視する。1950年代に米国で開発されて広まり、現在はカウンセリングなどに活用されているという

▼滋賀県の交番で先月巡査部長が射殺された事件で、逮捕されたのは部下の巡査だった。警察官が警察官を撃った衝撃に加え、「怒鳴られたからやった」という動機に驚いた。何度も書類を訂正させられ不満が一気に爆発したらしい

▼怒られ慣れていなかったのかもしれないが、それにしても何と短絡的な行動だろう。先の雑誌では肩の緊張をほぐすことや深呼吸も対処法として紹介していた。ストレスをため込まないのがお互いのためである。【北斗星】

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Ikari1


         怒りとどう向き合うか!
         珍念、永遠の課題です。







 

伊達騒動(寛文事件) (゚ー゚;

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   1671年のきょう5月6日は世間を驚かせる大事件が起きた日だ。

   幕府が仙台藩の内紛について審理していた席上、家老の原田甲斐
   が反対派の伊達安芸を斬殺、自らも殺された伊達騒動(寛文件)。
   歌舞伎『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』や山本周五郎の小説
   『樅(もみ)ノ木は残った』の題材になった





▼伊達家62万石は取りつぶしの危機に直面。作家中村彰彦さんによると、会津藩の初代藩主、保科正之が4代将軍徳川家綱に穏便に処置するよう助言、仙台藩はおとがめなしになった。この恩義が戊辰戦争の時、会津藩救済のため仙台藩を中心に結成された奥羽越列藩同盟につながったという

▼今年は戊辰戦争から150年。9月に会津若松市で会津藩士の慰霊を目的に開かれる会津まつり。その藩公行列に仙台藩志会が初参加することが決まった。「先人の義」を縁に仙台と会津の関係者が絆を強める

▼会員約10人が幕末の藩主伊達慶邦(よしくに)、奥羽越列藩同盟を主導した奉行の但木(ただき)土佐、「鴉(からす)組」を率いた細谷十太夫らに扮(ふん)して、市内を練り歩く。庄内藩の鶴岡市などの参加もある

▼「どんな出会いがあるか楽しみ」と仙台藩志会儀典部長で会津藩士を祖先に持つ永山三男さん(76)。戊辰戦争150年が東北の歴史を再認識し、後世に伝える契機になることを期待している。【河北春秋】

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『樅(もみ)ノ木は残った』は、文句なく面白いです。

 仙台藩主・伊達綱宗、幕府から不作法の儀により逼塞を申しつけられる。明くる夜、藩士四名が「上意討ち」を口にする者たちによって斬殺される。いわゆる「伊達騒動」の始まりである。その背後に存在する幕府老中・酒井雅楽頭と仙台藩主一族・伊達兵部とのあいだの六十二万石分与の密約。この密約にこめられた幕府の意図を見抜いた宿老・原田甲斐は、ただひとり、いかに闘い抜いたのか。(百聞は一見に如かず)

今日も、相変わらず{珍念}のコメントは【支離滅裂】お笑い下され~い。モジモジ(。_。*)))

「STRESS」

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       あっち行けストレス、とばかりに「STRESS」の単語を
       解体してしまった人がいる。精神科医であり、元気の
       出る言葉を世に届け続けた故・斎藤茂太さんだ





▼最初のSはスポーツ、Tはトラベル、Rはレクリエーションである。続くEは食べるを意味するイートで、Sは寝るのスリープ、最後のSはスマイルだ。この六つで、やっかいなストレスをやっつけた。90歳まで人生を楽しんだ方である

▼前半3字は活動的で後半部分はゆったり、と絶妙に組み立てられている。連休の過ごし方として、ぴったりかもしれない。みなさん「動」でしょうか、それとも「静」の連休でしょうか。きれいに休暇がつながれば、全部やりとげ、すがすがしい笑顔にたどりつけそうだ

▼休みがなかなか取れない人にも、できそうな斎藤流の過ごし方がある。椅子だ。「お気に入り」に腰掛けぼんやり過ごす。それは、スコットランドの先に浮かぶオークニー島という小島で作ってもらった。質素に暮らす人々が、たっぷりの時間をかけて家具を仕立てる。いつ届くだろうかと、半年待ったという

▼「座り心地のよいことといったらない」。そこに座るとストレスが解けていく。家族みな背丈が違うのだから、そろいの椅子に座る必要もないと言う。わが家の中に自分がくつろげる空間を、と勧める。それが一脚の小さな椅子でもいいのだ、と

▼家族それぞれの椅子に思いを巡らす。そのちょっとの時間も、奥の深い時間の使い方なのではないかと思えてくる。【日報抄】

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:【日常の振る舞いについて】の言葉が、珍念の脳裏に思い浮かぶ。

ある男の約束

 日常のひとつの振るまいが、万言の重みをもって人の心を打つ事がある。

ある男が旅行中、田舎道で母に連れられた七才の少女と出会う。

 そしてユリの花を刺しゅうした彼の鞄をせがまれる。そこで男は事情を語り約束する。

明日まで待ってもらいたい。明日には必ず持っていくから、と翌日、約束通り女の子の家を訪れる。

 だがなんと少女は急病で亡くなっていた。残念さから男は墓前に鞄を捧げ祈る。母はその鞄を持ち帰ってくださいという。 だが男は語る。

 お子さんは亡くなったが私の約束した心は死んでいない。私は自分の 心に背きたくない、と男は ロシアの文豪!トルストイ。

 彼の振るまいそのものが、心に残る<名作>です.!

今日も(珍念)のコメントは『支離滅裂』 お笑い下され~い r(^ω^*)))

殊更配慮 (-_-;)

Hakari

         役職や肩書が人物を測る一つの尺度になっているのは
         洋の東西を問わないが、そんなこととは関係なく、存在
         自体が、社会的に影響力を発揮する立場もある。芸能
         人はそうした職種だろう




▼肩書を持たないだけに、ひとたび犯罪行為が疑われた場合、各報道機関は呼称に頭を悩ませる。世情をにぎわせる人気グループのメンバーによる強制わいせつ容疑事件のような、逮捕に至らないケースは典型だ

▼本紙をはじめ大半の新聞、テレビは「さん」や「氏」などの敬称では呼ばず、かといって容疑者ともせず名前の後ろに「メンバー」をくっつけて報道した。何とも不自然な呼称だが、報道機関なりの理由がある

▼事件、事故報道は実名が原則。逮捕されたら容疑者、起訴後は被告などと呼称するが例外もある。本紙が準拠する共同通信の基準では、書類送検された時の実名報道は容疑者とせず肩書か敬称を付けるのが原則

▼書類送検と逮捕、身柄送検の違いは証拠隠滅や逃亡の恐れがないかどうか。建前は罪の軽重とは関係ない。だが実際は書類送検で実刑となるケースは少なく、以後の人生を思えば呼称にも殊更配慮を伴うわけだ

▼だから容疑者と呼ばず、敬称もためらった末の「メンバー」なのだが読者の評価はいかが。ともあれ通常の芸能記事で見る通り、芸能人は呼び捨てにされるうちが花。【風土計】

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        コメントは『蛇足』!











ランキング

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 気にせずともいいのに、つい気になるのは人間の性なのか。ランキングや格付け、番付の類いは古今東西を問わず耳目を引く

▼先頃不動産情報サイトが発表した「住みたい街ランキング関西」で「草津」が京滋で唯一トップ10入りした。草津市は昨年、経済誌の住みよさランキングでも西日本1位となり、近畿では5年連続の首位。行政や地元企業が「客観的データで魅力が伝わる」とPRに使っている

▼利便性や手頃な地価、自然環境が評価され、小売業販売額や住宅着工戸数でも高得点という。若い世帯の多さも含め、その長所に異論はないが、地域の魅力において他市町が特段劣るわけではない

▼かつて都道府県別の幸福度で下位とされた高知県の知事は「だから何なんだ」と反発した。限られた指標で決めつけず「家族、仲間と飲む回数」「地域行事の参加率」も含めた比較を、と地元経済界も訴えた

▼そもそも住みよさを測るのに、指標にある「大型店舗の面積」などが適切か、という見方がある。成長重視の物差しでなく、成熟度も考慮すべきとの声も強い

結局、指標次第で順位は変わる。自らの愛着度や考えと順位が近ければ納得し、遠いと憤慨する側面もあろう。商売のタネとしたい思惑に振り回されず、雑談のタネにするぐらいが良さそうだ。【凡語】

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    このコラム 『一刀両断』素晴らしい!




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