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「健康のためなら、死んでもかまわない」

Tyoujyu


                         どなたが言い出したのか知らないが、よくできた
                         ジョークで、しかも深い。人は時に何が大切かを
                         見失うものか




▼矛盾、論理の破綻によって生み出される種類の笑い。こんなのもある。「私は同じことを二度言わない。もう一度言っておく。私は同じことを二度言わない」「絶対になんてことは絶対にないんだ」「確かに入会を申し込んだが、私の入会を認めるようなクラブには入りたくない」…

▼「真相解明は大切。だが、ウソをつくのは認めてほしい」。国会の様子に思い付いた。ただし、笑えまい。「加計学園」の獣医学部新設をめぐる元首相秘書官の証人喚問要求。これを拒否する与党の態度はこのジョークそのものにしか見えない

▼証人喚問で虚偽証言をすれば偽証罪に問われる。与党はそれが心配なのか証人喚問ではなく、偽証罪のない参考人招致で済ませたいらしい

▼真相解明が目的だろうに証人喚問を嫌がる与党の姿勢を国民は理解できまい。そもそもその態度は与党でさえ、元秘書官がウソをつくかもと想定しているようにも映るだろう

▼やみくもに証人喚問要求を乱発するやり方には慎重であるべきだが、元秘書官の説明には不可解な点が多すぎる。証人喚問で確認すべきだろう。まさか、「自民党総裁(首相)のためなら、自民党はどうなっても」ではあるまいに。【中日春秋】

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健康のためなら死んでもいい!

読者の皆さまへ ちょいと長い論文ですが、しばらくお付き合い願います!

 ○元日本航空社員で現フジマツ・コーポレーション社長の藤松忠夫さんの20数年に亘る在米経験から産まれたアメリカ人の日常生活を描いた「健康のためならいつ死んでもいい!」は、まことにもってシニカルかつユニークな題名で、痛烈な批判精神に満ちたノンフィクションである。アメリカ人の健康志向は一種、偏執狂(パラノイア)に近いものがある。

 ○雨が降っても風が吹いてもジョギングを欠かさず、スポーツクラブに通い、喫煙をやめ、嗜好もステーキやウイスキーからサラダやワインに変わり、日本の寿司やらトーフなんかが持てはやされている。この根底には政府が推し進める高齢者の医療費負担問題も絡んでいるが、それにしても潔癖症に近い「清潔好きな日本人」と、どっこいどっこいという感じがする。

 ○アトピー性皮膚炎だとか、アレルギー性鼻炎だとか、花粉症だとか、ぜんそくだとか、最近デリケートな病いが日本には多すぎる感じがする。ストレス社会になってからは一層奇異な病気が増えつつある。

 ○身内に外国人がいるおかげで、生活の「違い」を楽しんでいるうちはいいが、不思議に思うことが結構多い。まず彼らは外から戻った折に、ウガイやら手を洗うなどという習慣がない。オーストラリアに行った時感じたのだが、洗面所に歯磨き・歯ブラシはあってもコップがない。もっぱら手を使って洗い流す。

 ○日本国内でたまに見るオーストラリア人は少々の雨では傘などささないし、寒くともエッと思うほどの薄着である。これはオーストラリア国内でも同じような光景を目にした。一見おおざっぱに見えるが上記の特異体質や変な病気にはかかりにくい。

 ○要は日本人が何かにつけて環境に敏感過ぎるのと、繊細なカルチャーを持ち合わせている結果かなとも思った。居酒屋なんかで出て来る「おしぼり」なんて、外国には間違ってもない。

 ○昔の西部劇なんかでも強いウイスキーを煽るのはアメリカ人であり、チビチビ水割りなんか飲むのは日本人である。間違いなく臥体も違うが、内蔵の強靭さも草食民族よりは、食肉民族の方が上かな?と思ってしまう。

 但し平均寿命となると草食民族(日本人)に歩がありそうだ。

 ○98年の統計では100歳以上の老人は日本が1万1000人に対し、アメリカは6万5000人もいるそうだ。人口比からいっても日本の3倍近くいることになる。パラノイアが功を奏している好例である。でもそれだけではないような気がする。

 ○「健康のためなら死んでもいい!」を読んでいて一番問題だと思うのは、アメリカの健康保険「メディケア」の資料によると70歳で亡くなった人の医療費は2万2600ドルなのに対し、100歳まで生きた人は8300ドルしかかからないとのことである。健康で長命な人の方が「安上がり」ということだ。日本の社会保障費20兆円の中でも医療費の占める割合は60%を超えている。

 ○特に70歳を超えた高齢者の一人当りの医療費はそれ以下の世代の5倍かかる。アメリカでは医療費の個人負担も高いが3.5倍である。アメリカ人は自分の健康は自分で責任を持っているといえないこともない。日本人は確かに自分の体でさえ医者まかせであり、「ガンの告知」も本人に知らされない依頼型社会である。

 ○そんな背景はあるが、個人が望むのは、亡くなる直前まで元気でいるというPPK(ピンピンコロリ)、もしくはグーストン(グッーと長生きしてストンと死ぬ)で、沢山長生きして床に臥し、2~3日後の老衰死が一番誰にも迷惑をかけないで大往生ということになる。

 ○そうなるために日本のシニアがどうあるべきかというと、「ほどほどの食生活」と「軽スポーツや労働」と「人生を楽しむための術」と「知的好奇心」を持って常に明るく前向きにチャレンジするということだろう。そういう意味ではアメリカ人やオーストラリア人の人生観を多いに見習うべきだ。

 ○実は「人生を楽しむための術」や「知的好奇心」が一番日本人にとっては難しい話題になる。ひたすら会社人生を歩んで来て気がついて見たら趣味らしい趣味がなかったという話しをよく聞く。もっと人生を楽しもうという気概さえあれば、高齢者の医療費もそれなりに斬減できるのではないかと思う。アメリカ人は高齢になっても着飾り、老いらくの恋も結婚も若い世代とおなじように当たり前にする。

  ○個人主義の国柄と、周囲に流される国柄の徹底的に違うところだが、所詮趣味など個人的なもの。その人にとって気持ちが癒され、価値のあることなら周囲など一切気にすることなどないのだ。

 ○パソコンでインターネットやメールに取り組むとか、囲碁で頭を使うなんてボケ防止にはもってこいだ。歴史や文学や学問に目覚めたっていい。70~80歳になっても若くいこうよ。世間の目ばかり気にせず、洒落っ気たっぷりに、できることはなんでもやっちまおう。「年甲斐もなく」なんてぇ言葉は永遠にご法度だと思う。

 水上勉氏でないが、晩年は「晴耕雨読時々パソコン」が筆者の理想の暮しである。

今日も(珍念)のコメントは『オチ』が冴えません (*゚ー゚*)

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