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人がどう生きるかという生き方の選択…

 
 
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                        人がどう生きるかという生き方の選択は、まさしく個人
                        の自由な意思に基づくのだが、こと女性の出産に関し
                        て、国策に揺れ動かされてきた歴史がある







 ▼結婚年齢を総じて3年早め、子ども5人を産み育てる。近衛文麿内閣が「産めよ増やせよ」の人口政策を閣議決定したのは、戦雲立ち込める1941年の今日のことだ
 ▼国立国会図書館の資料によれば、〈東亜共栄圏の確立〉に向け当時7500万人の人口を60年までに1億人とする。個人主義を廃し〈家と民族とを基礎とする世界観の確立、徹底を図る〉とある
 ▼少子化が深刻な現代社会、県が当面の目標に描く「県民希望出生率」は1.89(現行の合計特殊出生率1.48)とされる。個人を軽んじた時代と比ぶべくもないが、女性に課せられる役割はむしろ幅広くなっているのではないか
 ▼労働力不足を背に、もっと働き、もっと責任ある地位にと社会が要請する。地域のボランティアや学校の活動、親の介護も忙しい

 ▼女性の多様な生き方を表す言葉で「バリキャリ」(バリバリのキャリアウーマン)や、仕事一辺倒でない「ゆるキャリ」「ハピキャリ」が関心を集める。ただ、現実の組織の中で働き方を自由に選べる環境は発展途上だ。富国強兵の頃とはまた違った、生活との闘いの日々。息切れせず羽ばたいてほしい、かかあ天下の行く末である。 【三山春秋】 


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コメントは『蛇足』 o(*^▽^*)o

       

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