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「空は青」

   Momo

どうして、こうなっちゃったんだろう。

 こんな病気にならなければいけないほど、悪いことをした?
心の中でつぶやいてみても、事実を変えることはできない。半年前に片方だけのもやもや病と診断され、そのあとで脳震盪を起こした。医者の言うことさえわからなくなったのは、44歳のときのことだった。

 「これは、何かな?」先生は目の前にあった携帯電話を手に取った。「時計?」悩みながらも、そう言った。多分、違っているのだろうな、と思いながらも、そうとしか答えようがなかった。「それじゃ、あれは?」先生は壁にある時計を指さした。「電池・・・」そこで、沈黙が流れた。

 「入院ですね」「そんな・・・」着いてきた夫の言葉を遮ったのは、どこからともなく車椅子が現れたからだった。それに座ったときから、正真正銘の病人となった。その前に、兆候はあった。二度、一過性脳虚血症を起こしていたからだった。

 えっ?何? 一瞬、頭の中が真っ白になって立ち尽くしたのは、半年前のことだった。すべての言葉が消えてしまって、すぅーという感じで自分という存在自体が何か底の方に吸い込まれていくように思えた。

 「おい、どうした?」そう言う夫の顔もぼんやりして、実態がない。しばらくその場に立ち尽くしたあと、「ううん、何でもない」と答えた。そのセリフが出たことに、自分自身が一番ほっとした。だけど翌日、また同じことが起こったのだ。

 近くの脳神経外科に行って、MRIを撮り、「もやもや病」と診断を受けたのだった。もやもや病というのは、脳に栄養を送る太い血管が詰まって、不足した血液を補うように、周りから細かい血管が発達する病気、のことだ。

 この血管が煙草をを吐いた煙のように見えることから「もやもや病」と言われている。原因は不明とのことで、今も研究が進められている。その病気に自分がなったら、やはり「どうして」という言葉が浮かんでくるのは当たり前だろう。だけど、答えなんかない。

 もやもや病になった。脳梗塞を起こした。バイバス手術を受けた。高次脳機能障害になった。苦しくてつらくて、それでもそのことを言葉にできなくて、何度、言葉を飲み込んだことだろう。まわりは動いている。日常を送っている。

 笑って泣いて怒って、そしてまた笑って、と繰り返しているのに、ひとり、椅子に座ったまま、、まわりを眺めている、それが私だった。どうすることも出来ないことにいらつきながらも、次の行動が分からない。同時にふたつのことを言われると、頭の中が真っ白になった。

 仕事もない お金もない 頭の中はぐーるぐーる 朝起きて 犬連れて 三十分ちょっとの散歩道 電話もないあるわけない 薬は一日三度飲む~♪吉育三の歌じゃないけど、「俺ら東京さ行くだ」の曲調で歌いたくもなる。

 バセドウ氏病も発症していた。脳梗塞との因果関係ははっきりしていないが、ある意味で関係があるかもしれない、と言われている。ある日、血管内科の先生に言った。「私、このまま生きていても仕方がない、と思うんです」

 何度か通っているうちに、心を開いた先生だった。患者のひとりひとりが持っているものも、その背景も違うということに気づいているような先生だった。こんなことを言っちゃいけないけでど、冴えない先生だった。羽おった白衣にもどこか皺が寄っている。

 しかし、そこが何とも言えない味わいを醸し出していた。それまでも数多くの先生や看護師さんにお世話になったけれど、気弱な言葉を吐けたのはこの先生が初めてだった。先生は黙り込んだあとで、こう言った。「だけど、今日はいい天気ですよ。空は真っ青だ」

 坊主頭の先生は、照れたように笑った。その笑顔の中に、大切なことが隠されているような気がした。

 空は青。

 その言葉が胸に広がった。五月の風がやさしく吹いている。みずみずしい青空が広がっている。この空を見ている限り、まだ生きている、と思えたのだった。診察室を出るとき、振り返って先生の顔を見た。

 「ありがとうございます。また、来ます」あの先生の言葉が、今でも頭の中に残っている。空を見上げながら、今日も生きていこうと思っている。

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Naku_2


            このコラム『言い得て妙』
            感動しました・・・・。

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