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「重く受け止めごっこ」

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               重く受け止めごっこ」が流行したら、どうなるだろうか。
               思想家の故・鶴見俊輔さんが十年ほど前、そんなこ
               とを話していた





▼この国では不祥事の類いが起きると、大臣から官僚、経営者から教育者まで判で押したように「このことを重く受け止めます」。それなら父親に説教された子どもたちがこう言い始めたら、どうなるか。「お父さんの説教は重く受け止めます」

▼今、流行が心配なのは、さらに強力な「法的に問題なしごっこ」だろう。何しろ、「法的には問題がない」というひと言がいかに便利か、この国の大臣たちが繰り返し教えてくれているのだ

▼閣僚らが政治資金集めで白紙の領収書を大量にやりとりしていたことも、総務相は「法的には問題はない」。学部の新設を申請していた学校法人側が取りまとめたパーティー券の購入代金を受け取っていた元文部科学相も「法的には問題はない」

▼しかし、どう見ても道義的にはおかしい。そもそもザル法と言われて久しい政治資金規正法の改正を怠けておいて、「法的には問題がない」と言うのは二重に道義に反している

▼不思議なのは、「法的には問題がない」と開き直る元文科相らが、道徳教育には熱心なことだ。宿題をサボって叱られた子どもが「指摘は重く受け止めますが、法的には問題がありません」と言いだしたら、この人たちはどんな顔をするだろう。【筆洗】


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    「言葉の裏には、血を流さずに人を殺す竜が潜んでいる」

    という・中国の諺がある。 「実質を伴わない言葉」がそれで
    ある。珍念いっも、行動するときより・口で言うときの方が大
    胆になる。言葉は本来、実行の影法師になるべきものだが
    現実には実行のほうが言葉の影法師になってしまうことが
    多い。そんな言葉は水面上のあぶくに等しいのだが、本人
    はそれに気ずかないものだ。


 この前、ある会合で、筆者が懇談的に話している時に、大声で「いま、この会場におる人は皆・熱心にあなたの話を聴いているが私だけは聞かんぞ」・・・と少し酒を飲んで威勢のよい方でした。

 珍念・・わざと、静かな口調で語りかけました。 「ちょつと そこでは遠すぎるから・もう少し前においで下さい。私はあなたの言うことが良くわかりません」 「もっと 前にどうぞ」その方は、とうとう目の前に

 「あなたは、私の言うことは聞かないと・いっておられましたが、よく聞いてくれました」 きょとんとして 頭をかきかき 退散された。

 こんなふうに、「実質を伴わない言葉」は、実質を伴う言葉にはとうてい対抗できない。単なる建前論もこれに等しい。たとえ正面からは反論できないように飾り立てていても、「実質を伴わない言葉」は「虚言」に類する。 

言葉は命・・・ある新聞のコラムから!

 「まあ、そのー」は、独特のだみ声で演説する田中角栄元首相。「あー、うー」という口癖は大平正芳元首相。政治家の物まねをして、権力を笑い飛ばすのは庶民のささやかな楽しみである。

 最近、政治家の物まねをあまり聞かなくなった気がする。個性的で人間味のある政治家が少なくなったということか。茶の間の関心が政治の世界から離れつつあるとすれば気がかりだ。

 安倍政権の閣僚の問題発言が止まらない。「出て行きなさい、うるさい」「学芸員はがん。連中を一掃しないと」。発言の真意はさておき、敵意むき出しのとげとげしさだ。物まねのネタとしてもふさわしくない。

 事実誤認まであるとは情けない。大英博物館が改装に反対した学芸員を解雇したというエピソードは大臣の記憶違いだった。思い込みでやり玉に挙げられた学芸員たちはさぞ悔しかろう。

 「自分の発言が日本、全世界にどういう影響があるかを考えた上で初めて一言を発していた」。大平氏の口癖について、秘書官として仕えた元衆院議員の森田一氏の見立てである。なるほど、政治家にとって言葉は命そのものに違いない。

 それなのに、大臣たるものが人に厳しく、自分に甘くでは、政治離れが加速するばかりだろう。安倍1強の下、慢心や緩みがあるのではないか。「国会議員の発言は国民大衆の血の叫び」と訴えた田中氏のだみ声が懐かしい。 r(^ω^*)))

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