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講釈師の神田伯山

Ukiyoni


          幕末から明治の大名人といわれた講釈師の神田伯山は
          名奉行・大岡越前の創作噺「天一坊」で人気を集めた。
          「伯山は天一坊で蔵を建て」と川柳に詠まれるほどで
          80人以上の弟子がいたという



▼ある日、外出した伯山が、お供の末弟子に言った。「おい、そばを食おう」。ところが店に入って注文したのは、自分のそば1杯。不審げな弟子に、伯山が一言。「食いたかったら芸を勉強しなよ」

▼弟子は家に帰るなり、父に不満をぶつけた。すると父は、師匠の家に向かって両手をつき、感謝を。そして“今は一番下だが早く一人前になれ”という励ましなのだ、と。心を入れかえ稽古に励んだ弟子は後年、先輩たちを追い越し、2代目・神田伯山となった(三遊亭圓生著『浮世に言い忘れたこと』小学館文庫)

▼師の言動を恨んだままでいたら、後の大成はなかったかもしれない。それが父によって師の深い思いに気付かされ、弟子の心は変わった。出来事そのものは変わらなくても「捉え方」が変わったことで、未来が開けたのである

▼人生には、さまざまな出来事がある。その一つ一つを、どう深く捉えられるか。心が変われば、世界が変わる。全てを前進と成長の好機と捉えていく“たくましき楽観主義”こそ、信仰者の証しである。【名字の言】

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      名字の言とはそもそも何・・? 
      【「名字の言」の意味は?】



 「みょうじのげん」と読みます。「名字」とは、中国の天台大師が法華経を修行する人の位を六種類(「六即」)に分けたなかの一つの名字即にちなんでいます。 これは言葉・文章を通じてわが身がもともと仏であり、「一切の法は皆是れ仏法」と知る位をいいます。

 「名字の言」というコラムには、仏法の視点から曇りなき眼で諸現象の真実を見定めていきたい、との願いが込められているのです。創刊1年後の昭和27年5月10日付から始まり、聖教新聞の記者が担当しています。

○かく 言う (珍念) 聖教新聞の記者ではないです。天然呆けの変人です! ちょいと ピントが、ずれるコメントを述べています。読者の皆さまへ お気に障ったら深くお詫び申し上げます!

今日も、灰色の脳細胞は冴えません! ι(´Д`υ)アセアセ

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