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無頼漢・河内山宗俊

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    いわば名門企業が闇カジノをやるようなスキャンダルだったのか。江戸後期の1823年、御三家・水戸藩が江戸城の茶坊主・河内山宗俊(こうちやま・そうしゅん)に500両の大金を脅し取られた事件だ

▼赤坂治績著「江戸の経済事件簿」(集英社新書)によれば、原因は「陰(かげ)富(とみ)」。一獲千金の富くじは当時ご禁制ではあったが、水戸藩は極度の財政難から背に腹代えられぬと違法な富くじ販売に手を染めた

▼ところが、そのくじ札が運悪く名うての無頼漢・宗俊の元へ。宗俊は早速それを藩屋敷に持ち込み金をせびった。陰富が幕府の耳に入ればお家の一大事-。藩の重役方は内々に決着しようと支払いに応じた

▼まんまと大金をせしめた宗俊だったが、程なく捕縛され謎の獄死。陰富もろとも闇に葬られた-と伝えられる

▼株主総会シーズン。かつて暗躍した総会屋は今やすっかり姿を消した。宗俊よろしく相手の弱みにつけ込んだ密室取引もしょせんは株式市場が閉鎖的だった時代のあだ花か

▼もっとも開かれた市場はややマネーゲームの様相。見ようによっては公認カジノだ。総会屋に取って代わった強欲ファンドは目先の利益のためなら企業の破壊もいとわない。時代は変われど、世に強欲の種は尽きまじ-。ちと悲しい。(いばらぎ春秋)

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       「江戸の経済事件簿 地獄の沙汰も金次第」 内容紹介

      赤穂浪士から心中事件まで。江戸文化研究家が、歌舞伎、文楽
   落語、浮世絵に描かれた様々な金銭がらみの事件や出来事を解説。
   近代資本主義以前の江戸の経済についてわかりやすく説明する。



内容(「BOOK」データベースより)

 赤穂浪士に始まり、歌舞伎や近松門左衛門の文楽、落語などに出てくる、江戸時代に日本各地で起きた様々な金銭がらみの事件や出来事。江戸文化研究家が、それらが描かれた歌舞伎、文楽、落語、浮世絵などを取り上げながら近代資本主義以前の江戸の経済について多角的な視点でわかりやすく解説する。豪商から貧乏サムライ、遊郭の遊女、賄賂に宝くじまで、お金をめぐる江戸の人間模様を通じて、資本主義の行き詰まりがささやかれる今、経済と金の実相を江戸に学ぶ。

トップカスタマーレビュー

所得税のなかった日本   投稿者  木村 貴 

 いくら儲けても所得税はかからず、もちろん消費税もなし。金融業を営むのに免許は不要――。商人からの借金を強引に踏み倒す大名はいたし、生産技術の発達した今と比べれば生活水準ははるかに低かったのも事実だけれど、江戸には現代日本が失いつつある経済の自由があった。経済政策のあり方を考えるヒントにあふれた書。

 
こういう本を読みたかった  投稿者  聯合艦隊   

 日本史の教科書に書かれていないような江戸時代の人々の暮らしについて書かれていて、とても興味深く読めました。一つ一つの事柄を語句の説明から丁寧に解説してあり、自分の知りたかったことがたくさん書かれてありました。

 作者は歌舞伎の専門家だそうで、私は歌舞伎には全く興味がないのですが、それでもこの本は読んでよかったと心から思えました。自分が江戸時代にいるような錯覚を味合わせてくれました。タイトルをもっと中身に即したものにすればもっとよかったのにと思いました。「経済事件」というより「経済事情」的な内容だと思いました。

江戸期の歌舞伎・文芸から紐解く貨幣経済・金融の実情と変遷.  投稿者LAW人

 本書のタイトルには『江戸の経済事件簿』とあるが、『事件簿』と言うよりは江戸中期以降の文化(歌舞伎作品・各種読物・史料など)から観る、江戸期の経済事情を庶民的視線から紐解くものである。著者の経歴からは「江戸文化」や演劇に深い知見が見受けられる通り、トピックは実証的・史料考証的である。

 ただ副題の『地獄の沙汰も金次第』は些か抽象的・比喩的であり、結論として観ると江戸期の貨幣経済の浸透と金融業の発達を指すもので、トピックに直接した或いは特定の歴史事実を象徴するものではないと言うべきだろう。このページの「商品の説明」の弁を借りると、本書の趣旨は、「歌舞伎や近松門左衛門の文楽、落語などに出てくる……様々な金銭がらみの事件や出来事……近代資本主義以前の江戸の経済について……豪商から貧乏サムライ、遊郭の遊女、賄賂に宝くじまで、お金をめぐる江戸の人間模様を通じて……

 経済と金の実相を江戸に学ぶ」ものと言えようか。著者が江戸期の「歌舞伎」作品や文芸作品に造詣が深いので、(モノクロながら浮世絵などを多用し)それらが題材とした実際の事件(史実)を掘り起こし、江戸期の貨幣経済の浸透と庶民から大名に至るまでの経済・金融の諸問題を解き起こしているのはユニークな考察と思う。構成・内容は前記「商品の説明」及び「目次を見る」に譲り、以下では個人的に興味深いトピックを紹介したい。

 まず面白いのは、寛政期(19世紀初頭)の歌舞伎興業(幕府公認)劇場の収支の検証である(83~96頁)。概算であるが、年間約8400両の収入に対して、同支出は約7000両、都合約1400両の粗利となる(89頁)。これを座元(興業主)と金主(出資者)とで分けるらしい。目論見通り行けば美味しい商売だが、様々な要因(「火 事」、役者給金高騰)などで化政期には主要な3座の単年度で各々約2500~5000両の赤字、累積では「50万両前後の大借」とあるから、現実は大変に厳しかったようである(91頁)。

 次が寺社の(幕府公認の)「富籤」である(209頁以下)。現在の「宝くじ」が「組違い賞」や「前後賞」を含めて、当時の寺社「富籤の模倣」と言うが(210頁)、当時の主宰者の取り分が「3割」(うち2割は諸費用)で「当選金は7割程度」なのに、現在の宝くじの還元率が45%と言うのは謎であると言うほかない(還元率は法定)。

 これに関連して、何時の時代でもあるのが“非公認”モノ(「陰富」と言う私設富籤)で、公認のものより還元率が良いと言う(213頁)。水戸藩がこの私設富籤で“恐喝”されたとされる事件の顛末も取り上げられている(166~175頁)。この事件(真偽不明)は幕府に近い水戸藩の不正行為と言う性質からトリビアとして著名なエピソードだが、捕縛及び「獄死」の原因も不明なため(170頁)、「河内山宗俊」に関する後世の脚色・潤色の余地は排除できないところである。

 ただ著者は(その史料性の当否は格別)『藤岡屋日記』を典拠として参照しているので一考に値しようか。全体的に江戸期の歌舞伎・文芸の題材から、実証的・分析的に当時の経済・金融の諸問題を読み解くユニークな1冊である。

 斯く言う(珍念)のコメントは『空き樽は音が高い』 ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

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