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美空ひばり生誕80年

Hibari


         

 『悲しき口笛』で「シルクハットに燕尾服」姿のひばり








 ♪丘のホテルの/赤い灯も/胸のあかりも/消えるころ/みなと小雨が/降るように…。横浜を舞台に、シルクハットに燕尾服(えんびふく)姿で歌う美空ひばりさん。1949(昭和24)年の映画「悲しき口笛」の主題歌で当時、彼女は12歳。天才少女と呼ばれたころを代表するその姿が、強く印象づける

◆昭和12年5月29日に生まれたひばりさんが生誕80年を迎えた。すさんだ世相の中から突如現れ、戦後歌謡界の女王といわれるまでに育っていった。「リンゴ追分」「港町十三番地」「悲しい酒」「川の流れのように」…。歌の力に励まされ、それぞれに口ずさむ曲があろう

◆昭和が幕をおろした年に52歳で逝った。彼女自身が戦後を体現している。最大のヒット曲が「柔(やわら)」で昭和39年に発表された。放送中のNHK連続テレビ小説「ひよっこ」の時代背景が、ちょうどこのころだ

◆集団就職で東京に出てきた18歳のヒロインらがラジオ工場に就職し、寮生活を送る。ドラマで展開される「女子トーク」がまばゆいばかりだ。思えばこの時代、日本経済は右肩上がりで輝いていた

◆人口減少、貧富の格差…。今は経済を含めて課題山積で、どうも元気がない。「昭和の歌姫」とともに、あの時代は遠くなった。もう高成長の時代は戻ってこないかもしれないが、成熟していけばいい。前を向いて歩きたい【有明抄】

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         「演歌、歌謡曲は日本人の血液だ」
 
         作曲家の船村徹さんが遺した言葉 





 1カ所だけ、音符の置き場に迷った。〈投げて届かぬ思いの糸が…〉の「ぬ」を、一音上げるか上げないか。作曲家の船村徹さんは数日悩んだ末に、一音上げた譜面を美空ひばりさんに渡している。最後のシングル曲となった『みだれ髪』である。

 ♪レコーディング当日、船村さんはあっと驚く。因果を含めた覚えはないが、音を上げずにひばりさんが歌っていた。偉才の音感が、そうさせたのだろう。仕上がりが実にいい。「写譜を間違えてるな」。にがい言い訳をして譜面を直したと、船村さんの回想にある。

 ♪作曲家は「人間のひだの中をはいつくばっているような生業(なりわい)」だと、小紙に語っていた。大衆の中に机を置き、寝床を敷き、人生の機微、哀歓を五線紙に乗せる。一つとして無駄な音符はなかったろう。5500曲を超える作品に、この人の香りがしみ込んでいる。

(珍念)のコメントは『支離滅裂』 お笑い下され~い! ι(´Д`υ)アセアセ

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