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他人の目

Miteru

                          箱や缶に代金を入れてサーバーのコーヒーを飲む。
                          職場などでよく見かける光景である。中には他人が
                          いないと、対価を払わずに頂戴する不届き者もいる





▼英国の動物学者ベイトソンはある実験を行った。1週ごとに花やさまざまな人の目の写真を壁に飾ってみた。すると、花よりも人間の目、しかも怖い表情の目の週ほど代金の回収率が上がったという。心理学者亀田達也さんの著書「モラルの起源」から引いた

▼他人の目は往々にして人を緊張させる。モラルを守ろうと意識する一方で、威圧感が強いと居心地が悪くなる。心当たりがないのに疑いの目が向けられたらどうなるか

▼そんな恐れのある法案が衆院を通過した。「共謀罪」を「テロ等準備罪」に衣替えする組織犯罪処罰法改正案である

▼何せ、犯罪を計画して準備する段階でも処罰できる内容だ。政府は国会で「準備行為が行われる前でも捜査はできる」と述べている。盗聴や衛星利用測位システム(GPS)、メール閲覧などを通して、心の内までのぞかれる可能性もある。怪しいかどうかを判断するのは捜査側だ

▼茨木のり子さんの詩「時代おくれ」の一節が頭に浮かぶ。<盗聴も自由とか/便利なものはたいてい不快な副作用をともなう/川のまんなかに小舟を浮かべ/江戸時代のように密談しなければならない日がくるのかも>。そんな窮屈な社会をいったい誰が望むだろう。【卓上四季】

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『李下に冠を正さず』
 (りかにかんむりをたださず)

■故事成語;人などに疑われるような事はするなということ。

■由来;瓜の畑の中で靴を履き直すと、瓜を盗むと疑われる。また、李すももの木の下で冠を被り直せば、李を盗むと疑われるということから。

「モラルの起源」商品の説明 内容紹介

 群れで生きるための心の働きを、進化的に獲得してきたヒト。しかし、異なるモラルをもつ人々を含む大集団で生きる現代、仲間という境界線を越えて、人類が平和で安定した社会をつくるにはどうすればよいのか。心理学などの様々な実験をもとに、文系・理系の枠を飛び越え、人の社会を支える心のしくみを探る意欲作。

 内容(「BOOK」データベースより)私たちヒトは、うまく群れ生活を送っていけるように、その心を進化させてきた。しかし、「群れ」や「仲間」を大きく超えて人々がつながる現代、私たちが対立を乗り越え、平和で安定した社会を築くにはどうしたらよいのか。「実験社会科学」という新たなアプローチで、メタモラルの可能性を文理横断的に探る意欲作。

トップカスタマーレビュー

非常に面白いが規範と事実の関係はさらに検討が必要  投稿者  お気に召すまま

 人文社会科学では、思考実験ではなく実際の実験はあまり行われてこなかったが、現代では、心理学を中心に活発に実験が行われている。本書は、倫理やモラルの問題を、実験によって吟味しようという試みである。さまざまな選択を迫るゲームを人間に行わせ、その際に人間はどう感じるか、そのとき脳のどの部分が活性化しているかなどが測定される。他者の行為に共感を感じるか反感を感じるかによって倫理的な是非を決めることは、アダム・スミスが『道徳感情論』で精緻かつ体系的に行っているが、その共感/反感を心理学実験で確かめようというのが本書の前半である。

 自他融合的な身体化された無意識の「共感」と、他者の視点を取る自他分離的な「認知的共感」の区別は、言語を媒介とするヒトと動物との違いも明らかにする、非常に興味深いものである。実験の結論は、おおむねスミスの考察を裏書きしているように見える。そして本書の後半では、「分配の正義」という規範を、巧みな実験を通じて「事実として」確かめようとしている。ただし、実験の結果によって規範の正しさが「裏付けられる」としても、その関係は微妙である。

 ある実験が、「ある規範に従って行動する人が多数である」ことを示したとしても、それは「その規範を正しいと思っている人が多い」という事実を明らかにしたのであって、規範そのものの正しさを明らかにしたわけではない。適正な分配を尋ねる「最後通告ゲーム」を、文化人類学的な未開の小規模社会で実験した結果は面白いが、それを市場経済の浸透度と結びつけることは、たとえばアリストテレスも「比例的な配分的正義」を主張していることを考えると、別の解釈が可能かもしれない。

 ロールズの正義論の「無知のベール」を「リスクヘッジ」(最悪を想定する保険の思想)と解釈して実験を行った著者の試みは、とても刺激的だった。

全体の構想が今ひとつわからなかった 投稿者  ヤジュウギュウベイ

 他者への共感性、利他的行動。こうした人間の心の一面の、脳科学的な物質的な基礎、それが進化的にいつごろ、いかにして獲得されたか、「利己的なひと」は個体レベルで自然淘汰されて来たのか、またそうした心の一面は、どのようにして道徳的規範として成立したのか、逆に規範が心に与える影響は?といった内容を期待して購読しました。生物学、認知科学、認知心理学、社会学、経済学、さらには法哲学等の学際的な分野で研究をすすめていることは大いに刺激を受けました。

 しかし、例えばハチと人間の「同調性」の比較実験だとか、あるいはオキシトシンの実験、ミラーニューロンの存在の証明、はてはロールズの正義論のヴェールを被せた実験に至るまで、紹介される個々の実験は、面白いものの、当然ながら、それによって解明される事実は断片的です。また、自然科学的なものほど、確実性が高く感じた。個々の記述を超えて、本書が全体としてどういう構想で描かれようとしているのか、私には理解しにくかった。また「実験社会学」の多くは、認知心理学と方法が近く、何かゲーム的で物足りなさを感じた。

 茨木のり子さんの詩「時代おくれ」の一節が頭に浮かぶ。<盗聴も自由とか/便利なものはたいてい不快な副作用をともなう/川のまんなかに小舟を浮かべ/江戸時代のように密談しなければならない日がくるのかも>。そんな窮屈な社会をいったい誰が望むだろう。

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ふと『三十六計逃げずに如かず』
         
の格言が(珍念)の脳裏に思い浮かぶ

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