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私は犬ではない

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        弱い立場の人を助ける仕組みがしゃくし定規になると
        人を追い込む。本来あってはならないが、往々にして
        起こる。札幌・シアターキノで上映中の映画「わたしは
        ダニエル・ブレイク」は英国の社会保障の実態をあぶ
        り出した






▼主人公の大工は心臓病で医師から働くことを禁じられた。国の福祉手当を申請するが、とんちんかんな尋問が続いて就労可能との通知が届く。職安で失業手当を申し込もうとする。しかし、パソコンでしか受け付けないため、操作できない主人公は途方に暮れる―

▼主人公にぴったり合った救いの手が届かない。役人がそのいびつさに気づかず、大まじめに対応しているのが空恐ろしかった

▼映画の話だと笑ってはいられないようだ。わが国の特別養護老人ホームへの入所待機者が減ったと思ったら、対象者を絞ったためとの報道があった。ベッドが空いていながら門前払いした例もある

▼介護保険見直しで調理や掃除のサービスが受けにくくなった利用者もいるとか。国は在宅介護の推進を掲げているのに支えが弱まれば、家族に負担が増す。国は費用を節約したいのだろうが、あまりにちぐはぐだ

▼一人一人症状の違う人間を制度にはめこもうとして、はまらなければはじく。人間が一番傷つくのは物のように扱われることである。映画の最後で主人公が叫んでいた。「私は犬じゃない。ダニエル・ブレイクだ」と。【卓上四季】

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「わたしは、ダニエル・ブレイク」 解説

◆2016年・第69回カンヌ国際映画祭で、「麦の穂をゆらす風」に続く2度目の最高賞パルムドールを受賞した、イギリスの巨匠ケン・ローチ監督作品。イギリスの複雑な制度に振り回され、貧困という現実に直面しながらも助け合って生きる人びとの姿が描かれる。

◆イギリス北東部ニューカッスルで大工として働くダニエル・ブレイク。心臓に病を患ったダニエルは、医者から仕事を止められ、国からの援助を受けようとしたが、複雑な制度のため満足な援助を受けることができないでいた。シングルマザーのケイティと2人の子どもの家族を助けたことから、ケイティの家族と絆を深めていくダニエル。しかし、そんなダニエルとケイティたちは、厳しい現実によって追い詰められていく。


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     映画「わたしは ダニエル・ブレイク」を見ての感想

今そこにあるあるある 。 投稿者バッハ。 バッハ。さん

 社会派で知られる巨匠が引退を撤回して撮った渾身作。そういう説明も間違ってはいないが、それではちとハードルが上がり過ぎる。

 むしろ本作は日本人にとっても非常に身近でわかりやすい。役所のたらい回し、なんでもかんでもオンライン化され、問合せの電話をすれば延々と保留中の音楽ばかり聞かされる。知りたい情報はみんなネット上にあるらしくて、アクセスできない情弱は見捨てられ排除されていく。

 この映画のダニエル・ブレイクほどネットが苦手じゃない筆者でも、世のシステムが出口の見えない迷宮と化していることはひしひしと感じている。福祉の削減と役所や企業の優しさのない応対はまったくもって他人事じゃない。

 社会から見捨てられた貧困層の映画、ではない。われわれの誰もがじわじわと絞め殺されるように滅びへと向かっている。そんな社会システムの映画であり、なおかつ説教や解説でなく、市井の人間の魂や生き様についての映画であることが素晴らしい

弱者に冷淡な母国に対する、静かな強い怒り 投稿者 AuVis AuVisさん

 ケン・ローチ監督が引退宣言を撤回してこの映画を作ったのは、英国の福祉制度があまりに官僚的で冷淡で、救うべき弱者を逆に苦しめていることに怒り、声を上げずにはいられなかったからだ。

 手当を受けるための申請手続きが煩雑で、理不尽で、非人道的。まるで無間地獄のように、際限なく弱者を消耗させ、追い込んでいく。同情するのは無駄と言わんばかりの役人たちの冷たい態度が、弱者をさらに傷つける。

 重く苦しい社会派ドラマだが、主人公のダニエル・ブレイクと、2人の幼児を抱えるシングルマザー・ケイティの交流が救い。困ったときの助け合い、支え合いは人が決して失ってはならないものだ。

 出来事を淡々と描く語り口。BGMもほとんどないが、ここぞというところで静かに響く。これがまた効果的だった。

制度  投稿者 ヨッシー ヨッシーさん

 人を救済するために作られたシステムは結局人が作った決め事によって意味をなさなくなる。僕もその象徴のような業界で働いていますけど、劇中の職員のように誰にも利益をもたらさない対応を生き甲斐のようにしている人物ってマジでいるんですよ。

 不備を探すことを仕事にしてるやつ。いや、もちろんそれも大事な仕事なんですけど、本質はそこじゃないだろうと。誰のために働いているのかと。せめて、自分自身でもいいから、どこかに対して利益を生むことをやれよと。

 そんなことで給料貰っていいのかと。ただの愚痴になったのでやめますが、その愚痴を発信できるのがこういう映画のいい点だと思う。身につまされた。

わたしは、ダニエル・ブレイクだ。 投稿者 ミカ ミカさん

 私は、何の為に税金を払っているのだろうか。私は、何故こんなにも怒りが込み上げてきたのだろうか。私は、どうしてこんな社会になるまで、目をつぶり続けたのだろうか。今、日本でも生活に瀕している沢山の人がいる。彼らを助けない政府、彼らを叩く人達。

 「助ける」という行為そのものが嫌悪される社会に、人間が集まる事に、一体何の意味があるのだろうか。私達は「自己責任」という言葉を、国民同士で振りかざしすぎてはいないだろうか。勘違いをしたくないのは、この作品が決して生活困窮者である他人の話ではないということ。

 「わたしは、わたしたちは、ダニエル・ブレイク」なのだということ。ケン・ローチが点火した「抗議」の火が、この日私の胸に静かに静かに引火した。

 

Tin


  

      珍念のコメントは『百聞は一見に如かず』






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