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「母は強し」

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 子連れの母牛が日暮れどきに草をはんでいた。見張りの牧童は、牛の親子を牛舎へ戻さず帰ったらしい。そこへ子牛を狙うオオカミが現れた。母牛は頭突きを食らわせ、切り立つ崖に敵の横っ腹を押しつけた。

 ▼『今昔物語集』の説話にある。放すまい。母牛は夜を徹して念じた。「放ちつる物ならば、我れは咋(く)ひ殺されなむず」。飼い主が翌朝に見たのは、息絶えたオオカミをなおも押さえ続ける母牛だった。わが子を守る悲壮な覚悟は、ときに鬼神の強さを母親に授ける。

 ▼この母親も守り抜いたのだろう。暴走トラックが車2台と歩道の母子を巻き添えにした、埼玉県草加市の死傷事故である。逮捕された運転手(28)はブレーキを踏まずに赤信号の交差点に進入した。手をつないでいた親子だが、母は亡くなり、息子が助かっている。

 ▼「鉄の塊が突っ込んできて守れたのだから、母のかがみだ」。通夜の席で夫は語っている。事故の翌日に息子は2歳の誕生日を迎え、母は育児休暇を終え職場復帰する予定だった。母の背に子が学ぶ、人生の哀歓苦楽もあったろう。その時間さえ奪った事故である。

 ▼スマートフォンに気を取られた、という今回の運転手にかぎらない。歩道を走る自転車も、混んだ駅のホームを行き交う人も二つとない自他の命を預かっている。命と引き換えの「母は強し」は悲しみだけを残す。悲劇を防ぐすべは各自の胸にあることを忘れまい。

 ▼詩人の吉野弘が詠んでいる。〈母は/舟の一族だろうか/こころもち傾いているのは/どんな荷物を/積みすぎているせいか〉(『漢字喜遊曲』から)。亡くなった母親も別れの間際まで、心持ち身をかがめていたに違いない。腰の高さほどもないわが子の、小さな手を引くために。【産経抄】

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   怒髪天を衝く

   死傷事故を起こした、運転手に怒りを覚える。
   『他山の石』を肝に邁進したい!

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