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人生は受け身

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    93歳の大往生を遂げた映画監督の鈴木清順さんは、東京下町
    の商家に生まれた。「リンゴが腹いっぱい食えそうだ」。食料不足
         が深刻になった昭和18年、旧制弘前高校に進学したきっかけは
         同級生の一言である。




 ▼ところが入学してまもなく徴兵される。輸送船で下関からフィリピンに向かう途中、米軍の魚雷攻撃を受けて、投げ出された。ふんどし一つで漂流し、6時間後に救助された。同期73人中生存者はわずか27人である。

 ▼「清順美学」と称賛される作品は、どこか「虚無」のイメージがつきまとう。江戸っ子気質(かたぎ)と生まれ育った大正という時代、そして戦争体験が染みついているからではないか。後に語っている。

 ▼復員してから映画の学校に通ったのも、高校の同級生の導きだった。晴れて映画監督になったものの道のりは平坦(へいたん)ではない。「わからない映画をつくりすぎる」。社長の逆鱗(げきりん)に触れ、13年間で40本もの映画を撮った日活を追われる。もっとも鈴木さんは慌てない。どうせタナボタ、受け身の人生と開き直っていたら、やはりチャンスがやってきた。

 ▼製作費5千万円で内容は任せる。こんな依頼に応えた「ツィゴイネルワイゼン」は、昭和55年の映画賞を総なめにする。以後世に出る作品は海外からも熱い視線を浴びてきた。母校、弘前高校の先輩、太宰治の作品なら、「走れメロス」か「人間失格」を撮ってみたいと自伝に書いている。観(み)たかった。

 ▼47年間連れ添った前妻を亡くしてから14年後の平成23年、米寿を迎えた鈴木さんの再婚がわかる。なんと新妻は48歳年下だった。「男と女は、女から寄ってくるのが当たり前」。常々豪語していた通り、再婚も受け身だったのか。こればかりは、照れて明かさなかった。【産経抄】

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      映画「ツィゴイネルワイゼン」 商品の説明











Amazonレビュー

 「ツィゴイネルワイゼン」の蓄音盤に作曲家サラサーテの声が入っているという内田百けんの「サラサーテの盤」や、その他多くの短編をもとに繰り広げられていく、鈴木清順監督の斬新かつ大胆な幻想譚。士官学校教授の青池(藤田敏八)は、友人・中砂(原田芳雄)の無頼に振り回されていくうちに、いつしか現実とも幻ともつかない世界に惑わされていく。やがて青池の妻(大楠道代)と中砂の妻(大谷直子)も、その世界に巻き込れていき…。

  1980年、東京タワーの下に銀色のドーム型テントの移動映画館「シネマプラセット」を建て、そこで上映されロングラン・ヒットしたことでも話題になった作品。同年度のキネマ旬報ベスト・テン第1位ほか数々の受賞に輝く名作である。(的田也寸志)

トップカスタマーレビュー

難解だけど、なぜか魅せられる不思議な映画。清順の最高傑作。  投稿者  ゲバジジ
 
 鈴木清順という監督は不思議な監督です。傑作をつくるかと思えば、これはなんだ、という駄作・失敗作も多いが、この「ツゴイネルワイゼン」は間違いなく監督の最高傑作だと思います。この映画を見たときの衝撃はいまでも忘れられない。この監督の頭の中はどうなっているのだろう。魅力的な映画だけど、その素晴らしさを人に説明するのはとても難しい。ただ、長い時間を経過しても、いろんなシーンをいまでも鮮明に記憶している。

 蒟蒻をちぎるシーン、切り通し、奇妙な門付けの盲目の三人組などなど。ある意味で難解な映画ですが、私自身はあまり理解しようとはせず、不思議な世界に浸りました。映画全体に通底するものはなにかというと、やはりエロスと生死のような気がします。キャスティングもよかったが、とりわけ、俳優としてはプロではない、藤田敏八に不思議な存在感と印象を抱いたものです。理屈で理解は出来ないのですが、不思議と感情移入し、この映画のもつ空気感のようなものが濃厚に残ります

忘れられない悪夢のような  投稿者  kayuuma

・・・底知れぬ怖さと美しさを内包した日本映画の傑作。作曲家サラサーテの肉声が入っている「ツィゴイネルワイゼン」の蓄音レア盤をストーリー軸に、不思議な陶酔感を保ったまま物語は進む。現実と幻想、理性と狂気、伝統と前衛、光と闇、生と死、そして男と女そんな相反する要素が、鈴木清順監督が振るタクトに呼応し溶け合い、時に破壊的に反応し観る者の平衡感覚を狂わせる。

 中砂役の故・原田芳雄の男臭さと、その妻役の大谷直子の匂い立つような妖艶さが、忘れられない。“もぅ、後戻りはできませんわよ・・・”得体の知れないもの(魔)への本能的な畏れと、理性を超えたところで本能的に惹き込まれてしまう(魔)の魅力に“ざわざわ”と鳥肌が立つ。。こんな映画、観たことない!


◆「ツゴイネルワイゼン」 (@_@;)  『百聞は一見に如かず』

【意味】 人から百回話を聞くより、自分の目で一度見た方がわかること

イラストでも、同じように考えられる。

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 斯く言う(珍念)『君の引用はたくさんだ、自分の言葉で述べたまえ』の声が仄かに聞こえる。

 このままでは あの世で(閻魔さま)から叱られる。今日も灰色の脳細胞は冴えません・・・( ^ω^)おっおっおっ

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