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「どこに行っても同じ。」

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             人生は思い描いたようにはいかない。だから指針が要る。
              闇夜を歩いていかなければならない。ならば灯が要る。
             そんな指針であり、灯だったのかもしれない




 渡辺和子さん。9歳で二・二六事件に遭遇する。<死の間際に父がしてくれたこと、それは銃弾の飛び交う中、傍(そば)で寝ていた私を、壁に立てかけてあった座卓の陰に隠してくれたことでした>。父は、彼女の目の前で亡くなった

 昭和の過酷な記憶も記した「置かれた場所で咲きなさい」(幻冬舎)はベストセラーとなった。苦しいからこそ、もうちょっと生きてみる、時間の使い方はそのまま命の使い方になる、相手を生かすぬくもりのある言葉を使える自分でありたい…とある

 36歳でノートルダム清心女子大(岡山市)の学長に抜てきされる。ところが、思いがけない役職で戸惑いも多く「あいさつしてくれない」「分かってくれない」の、くれない族になっていた

 失意の時に宣教師が渡してくれたのが短い英語の詩だった。その冒頭の一行が著書名となる。逃げ出しそうになっていた彼女の背中を押したという言葉も、昨年9月の本紙に紹介されていた。「どこに行っても同じ。あなたが変わらなければ周りも変わらない」

 多くの人を導いた渡辺さんが昨年暮れに逝った。だが、教えは今年も傷ついた人の灯となって息づく。【鳴潮】

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渡辺和子「置かれた場所で咲きなさい」 商品の説明 内容紹介

置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです。咲けない時は、根を下へ下へと降ろしましょう。

 「時間の使い方は、そのまま、いのちの使い方なのですよ。置かれたところで咲いていてください」結婚しても、就職しても、子育てをしても、「こんなはずじゃなかった」と思うことが、次から次に出てきます。そんな時にも、その状況の中で「咲く」努力をしてほしいのです。

 どうしても咲けない時もあります。雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、そんな時には無理に咲かなくてもいい。その代わりに、根を下へ下へと降ろして、根を張るのです。次に咲く花が、より大きく、美しいものとなるために。現実が変わらないなら、悩みに対する心の持ちようを変えてみる。

 いい出会いにするためには、自分が苦労をして出会いを育てなければならない。心にポッカリ開いた穴からこれまで見えなかったものが見えてくる。希望には叶わないものもあるが、大切なのは希望を持ち続けること。信頼は98%。あとの2%は相手が間違った時の許しのために取っておく。「ていねいに生きる」とは、自分に与えられた試練を感謝すること。

トップカスタマーレビュー

咲かなくてもいいんだよ!というタイトルがよかったな 投稿者  ムック

 まじめな人間が読む本ではなく不真面目な人に読んでもらって真摯に誠実に今を受け入れ、耐えていくことを勧める本だと思う。まじめな人が読んで、もっともっと自分に厳しくなり、一ミリのズル賢さもなく、謙虚に生きようとしたら本当にその人は壊れてしまうと思う。

文章表現と現実との差は・・・追い詰められる前に読んでほしい本です 投稿者  t24 

 働きざかりの年齢となってしまった私にとっては転職するということは容易ではありません。家族のため住宅ローンのためと必死に「置かれた場所」で働いてきました。でも、しだいに心が壊れてしまい、それでも休職すると職を失うので通院と投薬で毎日勤務してます。帰宅は平均22時です。

 休みも仕事のことが頭から離れません。薬を飲んでいても・・・もう9年になります。 タイトルが興味もありテレビやレビューも多いので購入しました。確かに良いことが書いてあります。 でも、これは若くて、無駄に転職せずにもう少し頑張ってみなさいという人には良い本です。すでに、逃げ場を失ってしまった私のような境遇の人が好むと辛くなります。

学生の頃に救われました  投稿者Amazon カスタマ

シスターから直接講義を受けていた者です。当時大学に入学したてで、周りには他のレベルの高い大学を受け直そうと考えている学生が多々いました。私もその一人でした。自分の境遇に満足できずにいた最中 教壇から投げかけられた言葉が本のタイトルにある「置かれた場所で咲きなさい」でした。18歳の私は下を向き涙を流しながらその言葉をノートに書き留めました。その日から他の大学を受験し直そうと考えることは止め、ご縁があって合格した大学で咲こうと決心し 学生生活を送りました。

  他のレビューの中にある、シスターに対する傲慢さや批判を目にし、シスターも一人の人間なので不完全ということを念頭に置いて頂きたいと思いました。シスターご自身も自身に対する評価を卑下されています。それでも人間として、また宗教に携わる方として日々学び受け入れていられる姿はとても素晴らしいと思います。

  置かれた場所で咲くというのは、たた我慢したらいいというメッセージではなく、置かれた境遇をいかに学びの場として受け入れ、成長し、人の光になるかが大切かということを意味されていると、私は考えます



Medama


    ふと、脳裏に(レオナルド・ダ・ヴィンチ)の童話が思い浮かぶ。


 ちなみに、珍念・怠け者です・無学・無教養です。レオナルドは、芸術家としても、超一流・科学者としても超一流。また建築家や哲学者としても、超一流。なんでもできる。「万能の天才」であった。

 レオナルドが残した童話の中に「火打ち石」の話がある。「火打ち石」とは、他の石などと打ち合わせて、火をおこす石の事である。ある時、ある石が、火打ち石から、「カチッ」つと叩かれた。石はびっくりして、とても怒った。「何するんだよ」ところが火打ち石は、こう答えた。「我慢・我慢・我慢すれば君の中から、素晴らしいものが生まれてくるんだよ」とこう言われて、石は気を取り直して、じっと我慢してみた。

「カチッ」「カチッ」すると、やがて自分の中から、素晴らしい火が「バッ」と生まれた。そして、その火は、見事な力を発揮して、世の中の役に立っていった・・・と

 レオナルドはこの譬えを通して、何を言いたかったのか。始めたばかりの勉強が難しくても、慌てる必要はない。自分に負けてはならない。あきらめず、たゆみなく、学び続けていけば、必ず、素晴らしい結果を出していくことができる。読書も勉強も、その難しさは「石」のようかもしれない。 斯く言う(珍念)も 石頭・・・(o^-^o)

 学校の先生も「石」頭と思うときがあるかもしれない。そういう「石」・・・つまり、自分を鍛えてくれるものを避けずにぶっかっていってこそ、成長の「火」は湧きいで、創造の「火」が打ち出される。

 珍念 何か都合が悪いのは人のせいにたびたび ん・・ いっもです 恥じています なんで 我慢が出来ないのかなぁ。 たいした智慧もないのにあれやこれやと方法ばかりに「火打ち石」に恥ずかしいです 頭だけ固いんです この儘では きっと あの世で閻魔さまから・・厳しく断罪され兼ねません。きょうも、あれやこれや、悩んでいます!

   『下手な考え休みに似たり』 (*´ェ`*)

 

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