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水墨画「森林図屏風」

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 2011年から12年、本紙に連載された安部龍太郎さんの小説「等伯」の終盤は、何度読んでも心が揺さぶられる。絵師の長谷川等伯が首をかけて豊臣秀吉のために描いた水墨画「松林図屏風」を伏見城で披露する場面だ。家臣の徳川家康や前田利家らも着座している。

▼霧の中に濃く淡く浮かぶ木々の幽玄さに名だたる武将が魂を奪われる。「わしは今まで、何をしてきたのであろうな」。秀吉が深いため息とともにつぶやいた。「心ならずも多くの者を死なせてしまいました」。家康は懐紙で涙を拭う。乱世を生き抜くなかで犠牲にした仲間や家族を思い、自らの仮借なき行いをも省みる。

▼大自然を活写した芸術が、人間の業をねじ伏せた――。そんな瞬間を見事に描いた一幕である。この屏風は東京国立博物館で15日まで特別公開中だ。前に立つと、細く砕いた竹か、束ねたわらを使ったという筆致から、風と光の動きや、葉と霧が交わすささやきが伝わってくるようだ。白と黒のひたすら深遠な世界である。

▼物語に触発され、リメーク版を考えた。今、シリアやイラクで血みどろの勢力争いを繰り広げている将兵たちが感動で立ち尽くす芸術は生まれないものか。「自分は何をしてきたのだろう」。そんな境地にいざなえれば、苛烈な戦闘や陰惨なテロも少しは静まるかもしれぬ。空想が入り込みそうもない複雑な状況であるが。【春秋】

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「等伯」
 トップカスタマーレビュー

絵描きも楽じゃない  投稿者  nacamici 

 絵師としての名声を競い合った長谷川等伯と狩野永徳の関係を、由緒あるオーナー企業の跡取りで、学歴も実力も申し分ないスーパーエリートと、田舎から出てきた荒削りの天才的ベンチャー創業者のように描いていて面白い。彼らのパトロンである利休、秀吉、朝廷との息が詰まるような駆け引きを通じて、芸術の世界においても、才能だけでは後世に名を残すような大仕事はできないということを改めて思い知る。

 政治力、組織力、資金力、そのすべてを備えていた狩野派を前に、等伯の持てるものといえばほとばしるような情熱と、その情熱を通じて固くむすばれた家族しかなかったが、己の執念と妻や息子の働きで、金脈や人脈を手繰り寄せながら長谷川派として徐々に勢力を増していく。しかし、公家、武士、僧侶、宣教師、商人たちが入り乱れ、それぞれに他者を利用してのし上がろうとしていた戦国時代のカオス都市、京都において、そうやすやすとてっぺんがとれるわけがない。

 当代一の絵描きとなって、長谷川派の名を天下に知らしめたいという野心にひたすら忠実に生きる等伯は、愛する者をことごとく悲惨な目に遭わせてしまう。義父母、最初の妻、師であり心の支えだった利休、そして最愛の息子、久蔵。絵描きの業は身内をも犠牲にしてしまうのである。戦国という時代は一個人の執着に対する対価がとてつもなく大きい時代だった。一方等伯のライバル、永徳は、すべてを持って生まれてきた者の業を背負い、華々しい活躍の裏でひとり苦しんでいる。

 等伯と永徳という二人の天才を、どこまでも人間臭く描いているところに引き込まれた。脇役たちでいえば、等伯の実兄、武之丞、主君畠山善綱の娘、夕姫は人間のいやらしさがよく出たなかなかの悪役ぶりだった。夕姫が嫁いだ三条西家の近衛前久のみがスーパーヒーローで、映画やドラマになったときにはっもっとも美味しい役だろう。

 聚楽第、大徳寺三門、祥雲寺、名護屋城。本書の舞台となった城や寺はいずれも聖俗の権力の象徴であり、建築や絵画、造園をめぐって隠密が行き交い、金が飛び交い、ときには人命が犠牲になったことは想像に難くない。等伯が松林図屏風を仕上げたころ、秀吉は圧倒的な富と権力を手にしながら、滅びに向かっていた。

 激しくもはかなく、燃えさかったまま凍てついたような松林の図は、煌びやかな安土桃山時代の幕引きにふさわしい。宣教師たちをも戦慄させた血ぬられた都で、見る者を「幽玄の彼方」へ導く絵が生まれた理由。スーパーヒーロー、近衛前久の言葉が、著者の答えである。

 「俺ら政にたずさわる者は、信念のために嘘をつく。時には人をだまし、陥れ、裏切ることもある。だが、それでええと思とるわけやない。そやさかい常しえの真・善・美を乞い求め、心の底から打ち震わしてくれるのを待っとんのや」。

 前久、おいしすぎる役回りである。法華経の教えについて多少なりとも知識があればもう少し深い読み方ができたかもしれない。それが残念。





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          斯く言う(珍念)のコメントは
          『百聞は一見に如かず』・・

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