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「しめのまぐに」の「まるくたもんでね」(@_@;)

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    わが地方の女性、それも年を重ねた方々が案外に、き
    つい方言を放つものだと、二つの場面で改めて感じた。







▼一つ目。年に一度の楽しい懇談会がお開きになる段になって、主催者が「来年はどうしますか」と皆に問い掛けた。中止か継続か、あるいは別の形式にしたらいいのか、と。すると80代の人が「わい~、しめのまぐにギャァ」と素(す)っ頓狂(とんきょう)な声を上げたのだ。

▼「しめのまぐに」は、各種の秋田弁辞典によれば「お終(しま)いの幕に」で、「結局のところ、最後に、とことんのところ」を表す。「わい~」と発した彼女は、大切な問題を最後に問うとはいかがなものか、もっと早めに説明してくれれば、いい提案も出ていただろうし、話し合いも中身が濃くて有意義であったはず、と思ったようだ。

▼二つ目は、あるグループの二次会に遭遇した時のこと。見知った70代が「まるくたもんでね」とつぶやいた。何に対してそう言っているのかは分からないが、怒っているような、嘆いているような。

▼「まるくた」について、県教委の「秋田のことば」は「ろくな」であるとし、「連対詞『ろくな』に接頭辞『ま』を冠した後の音変化したもの」と説明。「ろくな」は「まっとうな。しっかり。満足な。完全な」の意味だが、秋田弁は「もんでね」と否定語を付ける。

▼シンガーソングライターの長渕剛が♫大嫌いだぜ、大嫌いだぜ、ぴいぴいぴいぴい♫と歌ってヒットさせた「ろくなもんじゃねえ」と同義語である。彼女が「まるくたもんでね」と言ったのは、仲間の誰かがあきれた行動をして不快に思ったためか、満足のいくご馳走(ちそう)ではなかったためか。

▼「しめのまぐに」の使用例文に「ひしげあらげで、しめのまぐに、くてかがた=さんざん暴れておいて、挙句の果てにこっちに食ってかかった」があった。友人の話。肩書きのある男性が二次会のスナックで仲間に難癖を付け、「やめろ」と諭されても聴かなかったという。

▼別の友人。酔いつぶれてから目を覚ますと、仲間2人が口喧嘩していて、「あど、帰れ」と叫んで懇親会を解散させた。忘年会シーズン。「しめのまぐに、まるくたもんでね」と言われないように。【複眼鏡】

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                   『方言について』

                 ふと、珍念の脳裏に映画
                 (砂の器)が思い浮かぶ!










●砂の器の紹介:昭和46年、蒲田の操車場で男の他殺死体が見つかった。手がかりは男が喋っていた東北弁と「カメダ」という言葉だけ。事件は迷宮入りになるかと思われたが、ベテラン刑事今西は執念の捜査を続け、ついに真実に迫る。そこには重い宿命に翻弄された父と子の姿があった。

●松本清張原作の長編推理小説の映画化作品。劇中のクライマックスで演奏されるピアノ協奏曲「宿命」は菅野光亮により作曲・演奏された。1974年公開。脚本:橋本忍・山田洋次、監督:野村芳太郎、音楽監督:芥川也寸志・菅野光亮。

トップカスタマーレビュー

格調高い渾身のヒューマンドラマ 投稿者  カスタマー
 
◆近年類を見ない絶品のテレビドラマ。よく映画と比較されますが、これは犯人視点で描かれており時代設定も違いますので、映画とは全く異なった作品と考えた方が良いでしょう。ただその根底を流れるテーマの重厚感には共通のものがあります。テレビの域を超えた映像美や音楽、細部への拘りからはこのドラマに関わるあらゆるスタッフの並々ならぬ意気込みが感じられます。

◆あまりにも切ないドラマ。単なるサスペンスではないヒューマンドラマです。視聴者は本来なら憎むべき犯人に同情し、感情移入させられてしまうからです。主演中居正広の息を飲むような美しさが、回を追うごとに哀しみを増強させます。「白い影」でシリアスな役者としてブレイクした中居氏ですが、今回さらにその「表情による演技」が光ります。普段のイメージとのギャップが快感にさえ思えるほど。

◆その他のキャストも個性派揃いですが、当然のことながら刑事役、渡辺謙の渋さ、迫力が物語に深みを与えています。前半接触することのなかったこの二人が初めてツーショットで画面に現れる場面は衝撃的なシーンです。見る側の資質を問われるような格調高い作品。ぜひ大画面で見たいものです。

「あの頃」を思い出す映画  投稿者Amazon カスタマー

◆公開は昭和49年。戦争はおよそ30年前のこと。「20年前」だと、現在の延長の感じがするけれど、「30年前」というと、一世代以上まわって、かなり昔の感じになる。

◆戦後30年、高度経済成長も経て、完全に変わったと思っていた日本人を、「あの頃」に引き戻す映画だったのでしょう。そうだ、日本はこんな景色だったんだ、腹をすかせていたんだ。警視庁(旧庁舎)の会議でみな一様に、それぞれの「あの頃」を思い出しているような顔でした。美しくも苦い思い出。病気の人や貧しい人を差別した罪の意識も喚起されている。観客も同様の感覚だったでしょう。そして加藤嘉さんの叫びと『宿命』で、怒涛の涙が・・・

◆私は40代で、昭和49年ごろの雰囲気を何となく憶えています。戦中戦前をそんなふうに思い出してた時代だったなーと。明治生まれの親を持ち、昭和20年に10代20代だった人が、40代50代になって、自分はすっかり変わったと思ってたけど全然変わってなかったという事実を、まざまざと思い知らされていた時代。みんなが和賀英良だったのですね。当時の大人たちの心の真ん中を射抜いたと思われます。

◆あれから40年。自分自身には、この映画の“熱さ”が無いことに気がつきます。爆弾を必死でかいくぐった経験はないし、飢えて死にそうになったことすらない。病気の人や貧しい人を街で目にすることもなかった。映される日本の景色も美しいとは思うけれども、懐かしいというよりは、なんだか不便そうだと思ってしまう。

◆公開当時の、この映画を作った人たち・見た人たちの熱い思いを想像して、これは凄い映画だったんだろうと思うのですが、自分自身の心の中の歯車とは、がっちりと噛み合わないような、少し寂しい感じがします。でも、私は私の「あの頃」、昭和49年頃を思い出して、懐かしいです。そうそう、大人たちがこういうことやってたよ、丹波さん若いなー、菅井きんさんだ! 緒形拳さんはやっぱりいいな、この役は今なら遠藤憲一さんか、などなどと。

斯く言う、珍念のコメントは『支離滅裂』お笑い下され~い! ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

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