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親日家

  Asutoro


             キューバが野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)
             で準優勝した2006年。当時のフィデル・カストロ国家評議会
             議長が、決勝戦に臨む選手へ激励文を送った



▼「日本に勝てとは言わない。良いゲームをしてほしい」。意外な内容だった。大学時代、投手として米大リーグ選抜との試合に出場したほどの野球好き。体制は違っても日本の高い技術を評価し、文化にも敬意を払っていた

▼あれから10年。カストロ氏の訃報が舞い込んだ。享年90歳。1959年、キューバ革命で主導的役割を果たし、社会主義を打ち立てた。当初は米国とも友好関係を築こうとしたという。東西対立の渦に巻き込まれたのは本意ではなかったようにも見える

▼独裁者と批判されたが、独自の政策を進めた。医療費と教育費を無料にした。今や国民の平均寿命は米国より長い。個人崇拝を防ぐために銅像を建てることも嫌った

▼「人間にとって重要な資本は金ではない。人間が最大の資本」と語っていた。人間の顔が見える社会主義を目指したかったのだろう。評価は分かれようが、カリブ海の小国を率いながら国際社会に大きな軌跡を残した

▼民主化や、社会主義と市場経済の両立。キューバは新たな課題に直面している。米大統領選のトランプ氏勝利で国交回復の先行きも不透明感が漂う。カストロ氏の描いた道が試されるのはこれからかもしれない。【卓上四季】

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珍念の脳裏にふと、(原田稔会長)の談話が思い浮かぶ!

               

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 池田先生がキューバを訪問されたのは、96年6月。以来、この20年でキューバ創価学会は、わづか7世帯から、1000人の連帯に大発展しました。2007年には、キューバの仏教団体で唯一の宗教法人に認可されています。

 先生のキューバ訪問には私も随行させていただきましたが、この時を振り返って学ぶべき人間外交の要諦は、「信念の対話」と「勇気の行動」という2点だと思います。

 あの歴史的なカストロ国家評議会議長との会見でも先生は、例えばキューバの後継者問題について自ら話題にされ、「大事なのは第2代であり、なかんずく第3代です。3代まで固めれば恒久性ができます」と、江戸幕府などを例に、単力直入に意見されていました。

 「3代までで決まるーそれではソ連は、どうなりますか?」と逆にソ連の崩壊を引き合いに出して、さらなる意見を求めたのです。これにも池田先生の答えは、「人物で選ぶよりも政治的観点が優先していたと私は思います。

 そこには師弟がありません。精神性の継承がありません」「目的は、民衆の幸福であり、食・衣・住という生活の向上です。その意味では社会主義も手段です」とこれまた明快でありました。

 
 相手は百戦錬磨の革命の闘士です。もとより簡単に言える言葉ではありません。この時の心情を、先生は、こう綴られています。「あるいは議長を不快に されるかもしれなヵつた。それなら、それでも、よかった。正しいと信ずることを相手に言わない友情はにせものだからである。私は議長を信じていた。民衆への議長の愛情を信じていた」と。

そして、本物は本物を知る、であります。

 「友情に感謝します」-議長は先生に言いました。深い友情が結ばれた瞬間でした。「信念の対話」すなわち攻めの対話、誠実の対話が、議長の心を動かしたのです。そもそも1996年当時、キューバによるアメリカ民間機撃墜事件が起こり、両国は一触即発の緊張状態でした。先生は、アメリカにいる間も、さまざまな世界的有力者にキューバ訪問の是非について意見を求めておられました。そして言われました。

 「皆、反対だった。しかし、今は行く時だと私は決めたんだ」と。この時を振り返り、先生はつづられています。「人は会ってみなければ、わからない。会いもせず、語りもぜず判断するのは、先入観の奴隷である」先入観を打ち破る「勇気の行動「に、新たなる出会いがあり、新たなる友情が広がるのです







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         フィデル・カストロ氏のご冥福をお祈りします!

 

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