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江戸の単身赴任

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  江戸時代、現在の東京は男社会だった。参勤交代があり、多く
  の武士が君主とともに江戸に移り住んだ。商家の使用人も京の
  本家から派遣され、大火事も多く大工の需要も多かったからだ







▼万延元(1860)年初夏、紀州和歌山藩の酒井伴四郎は江戸勤務を命じられる。禄高(ろくだか)30石取り、28歳の下級武士にとっては初の単身赴任、故郷に妻と娘を残しての江戸行きだった

▼青木直己さんの「幕末単身赴任 下級武士の食日記」(ちくま文庫)に残る記録に詳しい。伴四郎は今の赤坂御用地にあった藩邸内の長屋で叔父と従者の男3人で自炊生活を送っている

▼仕事は叔父とともに上司の装束や衣冠を整える役職だったが、勤務は月に10日まで、午前中に仕事を終えた。余る時間は江戸見物で過ごし、好奇心に任せて浅草や両国などに出向いている

▼倹約家らしく、おかずは季節の魚や野菜を買って節約した。焼き豆腐は1年間に73回も買い、ドジョウも好物らしく、9回も鍋にしている。飲酒も好きで、出掛ける先々で杯を傾けている

▼外食のそばは1年で31回、すしも14回食べている。そばは1杯16文(400円)だった。別の資料では、この時期まで200年間も値段は変わっていないという。低成長ながらも、現代と比べて、物価が安定したいい時代だった。【凡語】

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「幕末単身赴任 下級武士の食日記」 トップカスタマーレビュー

殺伐とした幕末のイメージを覆す良書  投稿者  アジアの息吹 

 幕末の下級武士のイメージを一言で云えば、風刺画にある、貧乏で傘張りをしているイメージだろう。そんなイメージを破り、生き生きとしたシティグルメを楽しむ単身赴任武士の姿がここにある。仕事はしょっちゅうオフだし、昼間から酒は呑んでいるし、肴もカツオやマグロは云うに及ばず、鶏肉や豚肉まで口にしている始末。

 落語は聞くは、三味線の稽古はするわなにかというと浅草に買い食いツアーに出かけるわ、横浜に外人を見に行くは、殺伐とした幕末のイメージを覆す、良書である。

下級武士の優雅な生活  投稿者  八木下滋 

 本書は、一下級武士の江戸での単身赴任生活の様子を食を中心に書いたものである。贅沢でなくとも、その優雅な生活はうらやましい限りである。日々、倹約を心がけ自炊もしなければならないが仕事はほとんどなく、頻繁に江戸見物に出かけ、甘いものから肉料理まで様々な外食を楽しみ、三味線の稽古も始めるなど、江戸での生活をとても堪能していたようである。こう言った下級武士たちの存在が江戸時代の一側面だったことを知る上でも、本書は有益である

のんきな幕末の江戸ライフ  投稿者  N4 

 江戸と明治では当然思考のスタイルも価値観も違うのだけど、こと食文化について言うなら、甘味を重視する江戸好みの味付けや、米、菜、魚という基本的な取り合わせは、つい20年くらい前の普通の食卓と同じ。だが21世紀の今となっては、江戸風の味付けは絶滅危惧種かもしれない。自分が知る限り「日本橋弁松」の弁当は甘く濃い江戸の味だ。

 酒井伴四郎の仕事は紀州藩の衣紋方で(衣装の取り仕切りをする)とてもヒマだった模様。この酒井伴四郎のヒマさと庶民のエネルギーの落差は、武士という存在が時代遅れになってきている現われなのかもしれない。

Edo

 <タイムマシン>があれば、『法と執序』の備わった江戸時代に戻りたい。
平成の世の中は「魑魅魍魎」が跋扈し誰も責任をとらない。変な国なのだ。
変な国にすむ(珍念)も油断できない曲者なのだ  (´;ω;`)ウウ・・・

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