« 2016年10月 | トップページ | 2016年12月 »

2016年11月

自由恋愛

Sennzen


        先週の本紙「識者評論」で、女性史研究者の江刺昭子さん
        が昨今の有名人の不倫報道に対する違和感を訴えていた。
        いわく「当事者が納得すれば済むものを外野が騒ぐのは
        時代閉塞(へいそく)の状況の中のガス抜きなのか」









▼前提には結婚という制度への疑問がある。それは「とうにたががはずれているようだ」として「硬直した規範を振り回すのではなく、個と個の出会いを尊重し、多様な生き方を認め合う寛容な社会でありたい」と主張する

▼江刺さんは「現代では、非婚あり、事実婚あり、同性婚がある」と多様化を指摘。ところが家制度の下でも「非婚」や「事実婚」に類する婚姻関係はあったらしい。「戦前の日本」(彩図社)という雑学本に、記述がある

▼「家が嫁や婿を取る」との認識が強い時代、気に入らなければ簡単に追い出せるよう一定期間は籍を入れないでおく風習があった。「試し婚」とか「足入れ婚」などと呼ばれ、いくら寝食を共にしても法的には他人同士

▼法律が整う前は結婚も離婚もなすがまま。結婚が制度になり、不自由になって生まれた「知恵」だ。今なら当事者の自由に属する関係が、「家」を守るための手段だったわけだ

▼自由恋愛が白眼視された時代、「試し婚」は嫁や婿を余計「家」に縛る。不倫はさておき、時代閉塞とも意識できぬ不寛容な社会は御免被る。【風土計】


・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「戦前の日本」 (商品の説明 内容紹介

  今から70年前、日本はまるで別の国だった…。 国会にはヤクザの親分議員がいて、街では政府公認で売春が行なわれている。薬局に行けばモルヒネや覚せい剤が手に入り、カフェでは女給が流し目をくれる。 ○○団を名乗る不良少年少女のグループが暴れ回るかと思えば、丁稚の小僧さんは昼夜区別なくただ同然の給金でこき使われる。サラリーマンはエリートで、独身女性の憧れの的。エロ写真は禁制品で、秘密のポルノ映画鑑賞会まで行なわれていた…。 20世紀最大の悲劇、第二次世界大戦に突入する前の日本、その新旧入り混じる、混沌の姿を解き明かす!

トップカスタマーレビュー

大人達のタブーがよくわかった 投稿者  neu-neu 

  大人達は、自分たちが育った戦前、戦後の社会や庶民の生活環境について口をつぐんでいる部分があると思っていました。たとえば徴兵を逃れる人がいたこと、怪しくないエナジードリンクであったヒロポン、キャバクラぐらい身近だった遊郭。作家などのエッセイなどでなんとなく察していたのですが、ようやくハッキリわかりました。

  学校では教えてくれないし、親から子供に教えることはまず無いことばかり。でも若い人と年配の人がわかり合えるためには必要なことだと思います。写真も豊富で年代問わずオススメの本です。

戦前の日本は、戦時モードで、暗いことばかりだったのでしょうか? 投稿者  直いい親父

 私たちが戦前の日本といえば、軍部が台頭し、国民も戦時モードで思想を弾圧された暗黒の時代を思い浮かべますが、それはほんの一面だけを現わしているようで、実情はどうもそうではなかったようです。私は大阪の人間ですが、父親の話では、戦前、あちこちに牡蠣船が係留されていて、よく食べにいった事や・・・私が高校生の頃までは、淀屋橋にまだ牡蠣船がありました・・・、50銭あれば、道頓堀で映画を観て、食事をして十分遊べたこと、などをよく話してくれました。

戦時体制になったのはどうも昭和16年、17年以降のようです。本書は、昭和初期(元年~14年)に焦点を絞って、教科書には載っていない、もう一つの日本をあれこれ紹介しています。全体は以下の章の大別されています。  第1章:不思議の国「戦前の日本」   第2章:本当は凄い!戦前の日本

 第3章:古くて新しい戦前の暮らし   第4章:熱く迷走する戦前の日本当然、遊郭はありました・・・私の小学生時代の友人が、遊郭を経営していてよく遊びに行きました。今から考えると、部屋や風呂が沢山あり、男の人が来ると、外で遊びなさい、追い出されました。なんか変だなと思っていたのですが!!・・・・。

 アヘン、モルヒネについては初めて知りましたが、覚醒剤は、昭和26年覚醒剤取締法が出来るまでは、みんな注射で眠気を覚ますため、バンバンやっていました。戦後日本奇跡の経済成長を遂げましたが、実は戦前の日本はかなりの工業国で、技術力もかなりありました、下地があったわけです。

 しかし、自転車が重要な輸出産物であったことは、初めて知りました。北里柴三郎、鈴木梅太郎も今の時代だったら、ノーベル賞を取っていたでしょう・・・取れなかったのは人種差別のためと言われています・・・・。受験戦争もある意味では、今よりもっと厳しかったようです。父親も特に旧制高校の入試は、相当厳しかったと言っていました。また、戦前には、徴兵制度があり、徴兵逃れも色々考えていたようです。

 たしかに、戦前の日本は、暗いばかりでなく、楽しいことも色々あり、今の日本は、戦前の日本のDNAをしっかり受け継いでいると思います!!我々の祖先である明治大正生まれのお爺さんお婆さんがどのような若者時代を過ごしたのか?何に娯楽を求め、何に怯えていたか?

  「生活」や「文化」を例にして平成の現代と共通する面もあり共通しない面として意外にフツーであったりフツーでなかったりすることがわかる。戦後文化や生活、経済活動や社会運動、政治までもその素地の多くは戦前に見出すことができるのである。

  日本の戦後史は、戦前史とは大東亜戦争を挟んで全く異質のものとして切り離されて語られてしまうことがままあるのだが決して非連続ではないことがわかる良書だと思う。読後には、戦前を暗黒時代として片付けている日本の教育はいかにもナンセンスであることに気がつくだろう。

  ところで、オビにある「70年ほど前、日本はまるで違う国だった」というのは著者の本望なのか?あとがきを読むと、戦前の遺伝子を引き継ぐ戦前史を封印する日本人のタブーを解きたいという心とは若干ニュアンスが違うような気がするのである。

具体的な事例が豊富で読んでいてとても面白い本です。 投稿者  BBL  投稿日

  戦前の日本というととかく暗く、不自由な時代という印象が先に立ちますが、それはある側面のみを捉えた場合であり、戦前にも自由な面もあったということが具体的な事例を元に説明されています。ただこれを読んで戦前にも自由があったということのみを知識として得るだけでなく、戦前の自由な雰囲気は元々日本という国に備わっていたもので、戦時中にそれが著しく制限されたということこそクローズアップされるべきだと思います。

  アメリカのおかげで自由を取り戻したというよりも戦争が終わって本来の日本の姿を取り戻したという表現がよりしっくりくると思います。それらは産業や技術、文化の発展にも言えることで、代表的な例は戦前から弾丸列車計画として進められていた新幹線など、戦前からの積み重ねが戦争で中断し、戦後花開いた例はとても多い。

  おそらく戦争が無くても日本は現代のような発展を遂げていたと思われるし、逆に現代の日本もひとたび方向性が変われば戦中におけるような言論統制や極端な同調圧力が掛かる社会になる危険性もはらんでいると思われる。画一的な戦前観の払拭は元より、今後の日本の方向性も踏まえ、若い人に本書を読んでほしいと思います。




Photo


     『美しい虹も15分も消えずにいたらもう、誰も見向きもしない 
(ゲーテ) 
        減らず口の珍念・・・消えます!

「田舎のプロレス」

Puroresu


          ああ、またか。政治家の"失言"がやまない。これも
         「自民1強」の緩みの表れかと考えながら、今回は少
         し別の憤りも感じている。萩生田光一官房副長官が
         野党の国会対応を「茶番」と批判した「田舎のプロレス」発言






▲発言の趣旨は、結末の決まったシナリオに従って"お約束"の動作を交えながら怒ったり暴れたり-という辺りだろうか。氏の偽らざる本音なのだろう。ただ、見逃せないのは萩生田氏が野党の姿勢を揶揄(やゆ)しながら「田舎」や「プロレス」をもバカにしていることだ

▲日本の大半は「地方」でできている。プロレスに筋書きがあることは、もう皆が知っているが、筋書きを演じるのはレスラーたちの鍛え上げた肉体だ

▲野党は怒った。「国会審議は茶番で野党は邪魔する存在だと思っているのか」。萩生田氏は「そのレベルと思っている事実はない」と釈明し、発言の撤回と謝罪を申し出たが

▲「プロレス=低レベル」は共通の前提らしい。発言ににじむ「地方軽視」には野党の怒りの矛先は向かない。与野党仲良くタッグを組んで、失言を上塗りしている気がする

手作りの興行を細々と重ねながら、地方に元気や笑いや感動を提供しているプロレス団体がある。今の国会は、それになぞらえられて真顔で怒れるほど上等なのか、とつい思う。 【水ゃ空】

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;

Photo


     これ以上は『言わぬが花』・・・・

:

 

親日家

  Asutoro


             キューバが野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)
             で準優勝した2006年。当時のフィデル・カストロ国家評議会
             議長が、決勝戦に臨む選手へ激励文を送った



▼「日本に勝てとは言わない。良いゲームをしてほしい」。意外な内容だった。大学時代、投手として米大リーグ選抜との試合に出場したほどの野球好き。体制は違っても日本の高い技術を評価し、文化にも敬意を払っていた

▼あれから10年。カストロ氏の訃報が舞い込んだ。享年90歳。1959年、キューバ革命で主導的役割を果たし、社会主義を打ち立てた。当初は米国とも友好関係を築こうとしたという。東西対立の渦に巻き込まれたのは本意ではなかったようにも見える

▼独裁者と批判されたが、独自の政策を進めた。医療費と教育費を無料にした。今や国民の平均寿命は米国より長い。個人崇拝を防ぐために銅像を建てることも嫌った

▼「人間にとって重要な資本は金ではない。人間が最大の資本」と語っていた。人間の顔が見える社会主義を目指したかったのだろう。評価は分かれようが、カリブ海の小国を率いながら国際社会に大きな軌跡を残した

▼民主化や、社会主義と市場経済の両立。キューバは新たな課題に直面している。米大統領選のトランプ氏勝利で国交回復の先行きも不透明感が漂う。カストロ氏の描いた道が試されるのはこれからかもしれない。【卓上四季】

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

珍念の脳裏にふと、(原田稔会長)の談話が思い浮かぶ!

               

     Kaiken_2


 池田先生がキューバを訪問されたのは、96年6月。以来、この20年でキューバ創価学会は、わづか7世帯から、1000人の連帯に大発展しました。2007年には、キューバの仏教団体で唯一の宗教法人に認可されています。

 先生のキューバ訪問には私も随行させていただきましたが、この時を振り返って学ぶべき人間外交の要諦は、「信念の対話」と「勇気の行動」という2点だと思います。

 あの歴史的なカストロ国家評議会議長との会見でも先生は、例えばキューバの後継者問題について自ら話題にされ、「大事なのは第2代であり、なかんずく第3代です。3代まで固めれば恒久性ができます」と、江戸幕府などを例に、単力直入に意見されていました。

 「3代までで決まるーそれではソ連は、どうなりますか?」と逆にソ連の崩壊を引き合いに出して、さらなる意見を求めたのです。これにも池田先生の答えは、「人物で選ぶよりも政治的観点が優先していたと私は思います。

 そこには師弟がありません。精神性の継承がありません」「目的は、民衆の幸福であり、食・衣・住という生活の向上です。その意味では社会主義も手段です」とこれまた明快でありました。

 
 相手は百戦錬磨の革命の闘士です。もとより簡単に言える言葉ではありません。この時の心情を、先生は、こう綴られています。「あるいは議長を不快に されるかもしれなヵつた。それなら、それでも、よかった。正しいと信ずることを相手に言わない友情はにせものだからである。私は議長を信じていた。民衆への議長の愛情を信じていた」と。

そして、本物は本物を知る、であります。

 「友情に感謝します」-議長は先生に言いました。深い友情が結ばれた瞬間でした。「信念の対話」すなわち攻めの対話、誠実の対話が、議長の心を動かしたのです。そもそも1996年当時、キューバによるアメリカ民間機撃墜事件が起こり、両国は一触即発の緊張状態でした。先生は、アメリカにいる間も、さまざまな世界的有力者にキューバ訪問の是非について意見を求めておられました。そして言われました。

 「皆、反対だった。しかし、今は行く時だと私は決めたんだ」と。この時を振り返り、先生はつづられています。「人は会ってみなければ、わからない。会いもせず、語りもぜず判断するのは、先入観の奴隷である」先入観を打ち破る「勇気の行動「に、新たなる出会いがあり、新たなる友情が広がるのです







Sk1


         フィデル・カストロ氏のご冥福をお祈りします!

 

「夢は描いた人しか叶わない。」

 

Photo

 高校生の不思議な出会いが多くの人の心を揺さぶる。同じ世代の若者だけではない。映画館では年配の姿も目立つ

▼大ヒット中のアニメ映画「君の名は。」である。心が入れ替わる少年と少女の物語で、すれ違う恋と奇跡を描く。余韻が心地よい

▼興行収入は189億円を突破し、あの宮崎駿監督の名作と肩を並べた。理由は幾つもあるだろう。壮大なストーリーや緻(ち)密で美しい映像、音楽との一体感。作中の言葉も印象深い。ネット上には「名言集」なるファンのサイトがある

▼こちらの高校生の作品も共感を呼んだ。先日、「高校生 明日への一言コンテスト」が花園大であり、本紙に掲載された。文字数は20字以内。最優秀賞は「コンタクトにした、ついでに前髪も切った、」。日々のささいな変化をきっかけに自信を持ち、視界を広げたいと願う女生徒。末尾の「、」に余情を残す

▼「ノートをなぞるだけでなく、書きたしたい。」。これは男子の秀作。黒板の字を写して覚えるだけでなく正直に自分の道を進みたいと葛藤する

▼劇作家の寺山修司は「本当はいま必要なのは、名言などではない。平凡な一行、一言である」(「ポケットに名言を」)と言う。等身大の言葉こそ胸に響く。何げない日常の尊さを教えてくれる。小さな出来事に心を留めたい【凡語】

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜

Ennzatu


        このコラム『言い得て妙』
        おしゃべりの(珍念)・・・・
        『物言えば唇寒し秋の風』










サー・ニコラス・ジョージ・ウィントンさん





A3


     ロンドン郊外の美しい町に住むグレタ・ウィントンさんが
     夫ニコラスさんの重大な秘密に気づいたのは、結婚して
     四十年もたってからだった。屋根裏で夫の過去の行いを
     物語る驚くべき書類を見つけたのだ

▼その秘密が公にされると、世界中から「あなたこそ、私の父だ」と名乗りを上げる人が現れ、その数は二百人を超えた。「あなたは、私の祖父だ」という人まで現れて、夫妻を驚かせた

▼一九三八年、ナチスの脅威が迫る中、チェコスロバキアを訪れたニコラスさんは、ユダヤ人難民らの姿に衝撃を受けた。各国とも難民受け入れに消極的だったが、彼は「せめて子どもたちだけでも」と里親を探して、六百六十九人の子どもたちを英国に脱出させた

▼しかし戦後、ニコラスさんは、救い切れなかった無数の命を思い、自らの英雄的な行いについて、口をつぐんだ。妻にさえ打ち明けなかった。その理由を問われれば、英国紳士らしくユーモアを交え答えた。「夫が妻に言わないことなど、たくさんあるよ」

▼昨年百六歳で逝った彼と、彼を父と慕う子らの姿を描いた映画『ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち』がきょう、名古屋などで公開される

▼映画はこんな字幕で始まる。<世の中には、観客として見るだけでなく、自身が主人公となる物語もあります>。「戦争と平和」とは、そういう物語なのだろう。【中日春秋】

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。.







Photo_3

     サー・ニコラス・ジョージ・ウィントン1909年5月19日 - 2015年
    7月1日は、大英帝国勲章(MBE)の叙勲者。第二次世界大戦
    がはじまる直前、ナチスドイツによるユダヤ人強制収容所に
    送られようとしていたチェコのユダヤ人の子どもたちおよそ669
    人を救出し、イギリスに避難させるという活動、別名チェコ・キン
    ダートランスポートという活動を組織したイギリス人。
     当事の新聞記事に、ウィントンがイギリスに送られる孤児を胸
    に抱いた写真が、「勇敢なる笛吹き男」の名で掲載されたことが
    あるが、近年では「イギリスのシンドラー」ともいわれる。








Ni


     珍念、感動しました。
     映画『ニコラス・ウィントンと669人の子どもたち』
     ぜひ、見てみたい!



日本一短い手紙のコンクール「一筆啓上賞」最高賞に選ばれた一編

Hato


         〈お届け致しました「愛」はコワレ物です。取り扱いには
          充分お気を付け下さい〉。日本一短い手紙のコンクール
          「一筆啓上賞」で、最高賞に選ばれた一編である





▼筆者は33歳男性で、彼女への告白か、あるいはプロポーズの言葉のようにも聞こえる。10年以上前の作品で、「コワレ物」のその後が少し気にもなる

▼この方たちはきっと、「コワレ物」をお互い大事にしてきたのだろう。11月22日の「いい夫婦」にちなみ、生保会社が実施した「理想の有名人夫婦」調査の顔ぶれを見ながら思った(21日本紙)

▼1位は11年連続で三浦友和さんと山口百恵さん夫妻で、5位にことし1月に結婚を発表したタレントのDAIGOさんと女優の北川景子さん夫妻が入った。ともに仲むつまじく映る美男美女である

▼読者の中には、「コワレ物」の扱いが上手な、有名人夫婦に負けぬ皆さんもおいでだろう。一方で、「理想」と「現実」は違うよとぼやき、「コワレ物」の取り扱いに日々手を焼き、自信をなくしている方がいるかもしれない

▼先のコンクールの入選作にある。〈今までに、私をフッてくれた人たち、ありがとう。おかげでこの息子に会えました〉。悩める同志よ、息子を「相手」と言い換えて素直に口にできた遠い昔を思い出してみるのもいい。まあ、余計なお世話か…。(【大弦小弦】


--------------------------------------------------------------------------------

斯く言う・珍念のコメントも【蛇足】かなぁ・・ ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

「ピンコロ地蔵」

   Photo

   知人のご主人が最近突然亡くなった。二人でテレビを見ていて、奥さんが「ねえ、あなた」と声を掛けたら、もう返事がなかったという。高級官僚出身で、現役時代には警護のため近所に臨時派出所ができた。子ども二人も立派に成人し、生涯を通じて恵まれた人生だったように思う。

 ▼こういう場合、奥さんに掛けるお悔やみの言葉が難しい。「苦しまれず幸せでしたね」など、とんでもない。「短期間でも精いっぱいみとってあげたかった」というのが円満な夫婦の本音らしい。

 ▼とはいっても、死ぬ側にすればピンピンコロリはやはり理想的だろう。肉親にもなるべく迷惑をかけず、尊厳を持って生を終えたい。しかし、そうは簡単に問屋が卸さないのが人生だ。

 ▼だいぶ前になるが、私はテニスコートで転んで頭を強打した。意識が消える瞬間「ああ、これが死ぬということか」とかすかに自覚したが、病院で蘇生した。もうあんなチャンスは二度とないのではないか。

 ▼長野県佐久市は千曲川が流れ、日本有数の長寿の里だ。ここにあるピンコロ地蔵に、立ち寄ったことがある。13年前、商店街が町おこしの一つとして、有名な製作者に依頼して建立した。ほほ笑みを浮かべて立つこの地蔵さんは、見事に町の期待に応えた。

 ▼月1回の例祭には、ピンコロを願う信者が全国から押し寄せ、大いににぎわう。でも、日本の貧しい老人福祉を象徴するようでもあり、少しばかり切ない。【水鉄砲】

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。
.

Po


   もし、「人生の目的」がなかったら、大変なことになります。
   生きる意味も、頑張る力も消滅してしまうからです。なのに、
   「人生に目的なんて、ないよ」 と、言う人が、意外に多いのです。
   本当にそうでしょうか。何か、大事なものを、忘れていないでしょうか。





 1度きりしかない人生、後悔しないためにも、まず、「なぜ苦しくとも、生きねばならぬのか」を考えてみましょう。

◆ 生と死  黒澤明『生きる』からのメッセージ

「死」は、単なる「生」の終焉なのか――。
「死」に直面した時、「死にたくない!」と叫び、得体の知れぬ恐怖に震えるのが、ありのままの人間の姿ではなかろうか。そんな人間を赤裸々に描き、「なぜ生きるか」を世に問うた映画がある。巨匠・黒澤明の代表作、『生きる』がそれだ。

 制作の意図を、黒澤監督は、こう語っている。
「この映画の主人公は死に直面して、はじめて過去の自分の無意味な生き方に気がつく。いや、これまで自分がまるで生きていなかったことに気がつくのである。そして残された僅かな期間を、あわてて立派に生きようとする。

 僕は、この人間の軽薄から生まれた悲劇をしみじみと描いてみたかったのである」
 昭和27年の作品だが、今でもビデオレンタル店には大概並んでいる。時代を超え人々の心を打つ真の姿が、そこにあるからだろう。この映画の発するメッセージに、あなたなら、どう答えるだろうか。

☆ う~ん (^_^;) 今日の目標はあるのか・? 
何もない。それは「生ける屍」なのだ。誰人も(臨終)のとき。生前の行いが走馬灯のように蘇るそうですが、悔いのない黄金の思い出を日々刻印したい。天然呆けの〝珍念〟今日も鼠のように、うろちょろしています。お笑い下され~ぃ!

藤原ていさん



Photo_2


       作家の藤原ていさんが亡くなった。数学者で、姫路文学館長の
       次男正彦さんは母と15年前に中国・旧満州を訪ねたときのこと
       を「満州再訪記」に書く










◆戦中、新京(現長春)に住んでいた一家は、ソ連軍の侵攻を受け、新京駅から列車で南へと逃げた。夫と離れ、3人の幼子と命がけの帰国を果たしたていさんの手記「流れる星は生きている」は戦後、ベストセラーとなる

◆途上、8万人以上が亡くなったとされる満州移民の脱出は、戦後生まれには想像できないほど壮絶で悲惨な道のりだったのだろう。ていさんの本に自らや肉親を重ね、多くの人が泣いた。今なお心に傷を抱えた生還者もいる

◆再訪記では、満州生まれの正彦さんがそのルーツを母たちとたどっている。父が働いていた気象台は工場に変わり、家族の暮らしていた官舎跡には新しいアパートが立っていた

◆「忘れちゃいましたよ」。地獄の逃避行が始まった今の長春駅に再び立ち、ていさんがあの日の記憶はおぼろげだと正彦さんに語るシーンがある。「どんなことをしてでもこの子たち3人を生かして日本へ帰ろう、とばかり考えていたからね」

◆ソ連兵におびえ、物乞いをし、ゴミをあさり、はだしで血を流し、祖国に戻った家族。その記録にはまた、帰れなかった幾万の人たちの無念もにじんでいる。【正平調】

--------------------------------------------------------------------------------

藤原てい「流れる星は生きている」商品の説明

  昭和二十年八月九日、ソ連参戦の夜、満州新京の観象台官舎——。夫と引き裂かれた妻と愛児三人の、言語に絶する脱出行がここから始まった。敗戦下の悲運に耐えて生き抜いた一人の女性の、苦難と愛情の厳粛な記録。戦後空前の大ベストセラーとなり、夫・新田次郎氏に作家として立つことを決心させた、壮絶なノンフィクション。

出版社からのコメント

新田次郎氏の妻にして、藤原正彦氏の母である著者の記した満州からの壮絶な脱出記。

「私の原点はここにある 私の書けない原点である」(藤原正彦氏)

トップカスタマーレビュー

この親にして あの子  投稿者  rock-c 

★先日発売になった「決定版 この国のけじめ」藤原正彦著を読んでいる最中、この母親の本を読んでみたくなった。併読しているうちに面白さが逆転し、この母親本が、ランナー追い越しのランニング・ホームランとなった。

★「藤原正彦の面白さの原点はここにあったのだ」と思い知った。「この母にして、この子」と言うべきか、「この子にして、やっぱりこの母」といった感じで、ものすごい。寝る暇を惜しんで一気に読んだ。「壮絶!」「凄い!」、もうこの一言に尽きる。男では到底できない母の強さがここに記されている。

★1945年の敗戦後、こんな凄いことが中国、北朝鮮で実際にあったのですね。このような記録がないと私たちの代で消え去ってしまう過去の事実。無知の私なんぞは、敗戦、即、解放、淡々と引き上げされたのだと思っていましたが、敗戦後もこんなに凄まじい、死ぬ思いで引き上げてきたなどとは全く知りませんでした(この本から、大半の人は亡くなっているのですが)。

★こういう本を読むと、どうして日本はこの事実を代々伝えていかないのであろうか、どうして消し去ろうとするのだろうか?と、日本の教育方針を疑ってしまう。まさしく、小学校では英語教育なんて必要ない!まず自国の勉強が必要である!しかも、通常こういう「戦争体験記」は、男性側からのもの。女性の体験記は非常に貴重である。

★しかし、こんな凄い体験記のなかでも、「藤原正彦の母」が垣間見られる。その表現の仕方が似ているのである、息子と。またウイットが非常に利いているのである。こんな壮絶な内容にも拘らず「面白い」のだ(非常にはしたなく申し訳ないが)。しかし、やぱり親子だなー、こういう親でないとこういう子は育たないよなーでも、親子5人生きて還れてほんとに良かった。

想像を絶する実話   投稿者  読書家志望
 
★本書は壮絶な満州からの引き揚げ体験を綴ったものだ。長男正広6歳、正彦3歳、生まれて間もない咲子を連れての日本への帰国は過酷なものだった。特に飢餓や病気による死者が多発する中で、子供たちの健康を守ることは想像を絶するほどのものだ。夫と引き裂かれての心細さも当然あったことだろう。そんな中、ていさんにとって唯一頼りにしていたのが、長男の正広である。

★「正広が一番私に叱られて、そして私のただ一人の信頼できる人間であった。こうしてここに立っている七歳の吾子に私は一年の間の謝罪を手をついてやりたいほど悲しかった」
と記している。十分な食糧の確保ができなかった時は、かじりかけの芋を「お母さん、僕のをあげるよ、お母さんお腹がすいておっぱいがでないんでしょう」と言って渡した。

★また正彦がひどく衰弱している様子を見て、「その正広自身もぶるぶる震えていたが、正彦をこうさせたのが兄としての責任でもあるかのごとく、私にいっているのであった」と幼いながら兄弟を死なせてはなるまい、という重い責任感が感じられる。

★食糧の確保がいかに困難で、藤原一家が弱りきっていたかがわかる記述がある。「一日おきにコンビーフと野菜サラダの缶詰が一ポンドずつ配給された。…ぺろりと食べて、空き缶を眺めていると、胃の中が妙にむかむかとして来て、便所にまで行かないうちにほとんど吐瀉してしまった。…私たちの胃のにはこの過ぎた栄養分を吸収するだけの力がなかったのである」

★なお、当初本書はこどもたちへの遺書、遺産として書くつもりだったそうだ。ていさんの両親に再会してこどもたちの無事を確認した時に出た「これでいいんだ、もう死んでもいいんだ」「もうこれ以上は生きられない」という言葉は印象的だった。どれほど言葉を尽くしても、本書の壮絶さの実感がわかないだろう。それほど私たちの想像の範疇を超える体験記なのである。

0903kurichan


       感動しました。
       これ以上のコメントは『蛇足』

「友達関係」

Codomo


       子どもの性格や独自の才能は古くから「氏が半分、育ちが半分」
       と言われてきた。つまり両親からの遺伝と育った環境によって形
       成されるというのが一般的である







▼しかし「友達関係」が大きく影響すると唱えたのが、米国の心理学者、ジュディス・ハリス。彼女は乳児期に里子に出された一卵性双生児を追跡して研究した

▼2人の遺伝子は全く同じだが、成人して1人はピアニストに、もう1人は楽譜さえ読めなかった。しかも前者の家庭は音楽と無縁、後者の養母はピアノ講師だった

▼ハリスによれば、子どもは自分のキャラ(役割)を仲間たちの中で選択する。ピアニストになった子は何かのきっかけに音楽的な才能に気付く。自分の利点を最大限に生かして集団で目立とうとする

▼一方、別の子どもの周囲には音楽に秀でた子が多い。ピアノが少し上手に弾けるより、スポーツや料理自慢の方が注目される。つまり人格形成には友達との関係が影響する

▼橘玲さんの「言ってはいけない」(新潮社)によると、ハリスの説は「集団社会化論」という
そうだが、遺伝子が似通った兄弟でも歩む人生は異なる

▼要は、子ども自身が集団の中でどんな友人を選び、どんな役割を演じるかがカギとなる。親に介入する余地はなく、英才教育にも意味はない。寂しいかな、親はせいぜいわが子の良好な友達関係を願うしかない。 【越山若水】

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

Dame


               「言ってはいけない」
商品の説明 内容紹介
               ひとは幸福になるために生きているけれど幸福
               になるようにデザインされているわけではない。






  この社会にはきれいごとがあふれている。人間は誰しも平等で、努力すれば必ず報われ、〝見た目″はそれほど大した問題ではない――だが、それらは絵空事である。往々にして、努力は遺伝に勝てない。知能や学歴、年収、犯罪癖も例外ではなく、美人とブスの「美貌格差」は生涯で約3600万円もある。また、子育ての苦労や英才教育の多くは徒労に終わる……。進化論、遺伝学、脳科学の最新知見から、人気作家が次々と明かす「残酷すぎる真実」。読者諸氏、遺伝、見た目、教育、性に関する、口には出せない「不愉快な現実」を今こそ直視せよ!

カスタマーレビュー

自分にとっては衝撃的な本  投稿者sakaguchi-

  知能指数・・要は生まれた時の頭の良し悪しで人生が大きく変わるという
何となく分かっていたことを、はっきり書いてくれた本。これで自分の人生がなぜ思い通りにならないのかが分かりました。良い仕事にも就けないのも、借金まるけになるのも、ゴルフでスコアが上がらないのも、株で勝てないのも、友達がいないのも、何もかも自分に起きている問題は、全部自分の知能指数が低いためと理解できました。

  自分はクラシック音楽愛好家ですが、今までこんな高尚な趣味を持っている自分はきっ頭がいいはずだと自分を騙し続けて生きてきました。昔から音楽家になりたかったのですが、自分の知能指数では無理。それが分かっただけでも充分です。

賛否両論であるが、学びのある本とはこういうものだ。 投稿者サムライハート

  ①努力は遺伝に勝てない。②美貌も気質も遺伝する。犯罪的気質すらも遺伝する。③人間を作るのは遺伝と環境である。教育はほとんど影響しない。煎じ詰めればこんな本である。救いがないが、私自身うすうす「そうではないか」と思っていたことばかりなので納得できた。

 論文を都合よく抜粋しているだけだという意見があるが、そういうレビュアーは著者が目を通した論文すべてを読んでいるのだろうか。私は読んでいないし、そう読み取れる箇所もほとんど無かった。またこの本の内容を認めてしまえば、努力も教育も無意味になるので、自堕落になる、無責任になるというレビュアーさんも多いが、そういう感情論と学びとを混同すること自体がおろかだ。

 真実を追究することと他人の幸せに責任を持つことはまったくの無関係だ。ましてや、遺伝的に恵まれない人に対し、解決策や対策を書けなどとは完全なお門違いである。(遺伝的に恵まれないのは作者の責任ではない。)賛否両論分かれる本であるが、そうであるからこそあえて☆5つにしたい。

建前の世界では言えないタブーがここにある  投稿者東尋坊

 優生学というのは、ナチスの誤った解釈と実践があってタブーになってる。が、人間も動物である以上遺伝子には左右される訳で、人に優劣は無い努力でカバー出来ると言われるものの、外貌の優劣はビューティコンテストではっきり峻別されている。

 頭の良さも性格も遺伝子の影響の方が大きいとなると、別の意味の優生学が語られてもおかしく無い。これが本書で語られているもので、劣性遺伝子のある者にはやり切れないが、人間の発現地のアフリカや中東が未だに欲望むき出しの混迷にあることを思うと、むべなるかな、強権で収まってもそれが故に永遠に混迷してゆくことが約束されているようで、むなしい気分になってくる。

Photo_33


        人は人との関わりを通して成長していく。



 『日蓮大聖人』のお手紙に師匠の大切さを語っていられる。「たとえ父母が子を産み、その子に眼、耳が備わっていても物を教える師匠がいなければ、それは動物の眼や耳と等しいというべきであろう」(通解)と。

 池田先生は「師との思い出をもつ人生は楽しい豊かである。師との思い出を大切に温め、師を誇りとし、師の理想を実現していく・そこに幸福な、人間としての道がある」【師弟の絆こそ、人生の原点といってよい。人間の聡明さは、学歴で決まるものではない。いつの時代、いずこの世界にあっても、師弟という人生の原点をもっている人こそ、聡明に人生を生きている人である。】と述べていられます

○自身に生きる名聞(みようもん)も名利(みようり)も、真実の前にははかない。人に〝どうみえるか〟ではない。自分が〝どうあるか〟である。かりに他人はごまかせたとしても、自分はごまかせない。自分自身が納得できない生き方をして本物の人生を送れるはずがない。

○自分と比較して他人のほうが良く見える場合がある。しかし、外から見て羨ましく思うほど、実際がよいとは限らない。むしろ外見と反対の場合が多い。何より自分自身の人生である。他人と比べるよりも、自分が以前の自分より良くなったかどうか、それだけを比べていけば良いのである。焦る必要はない。卑屈になることもない。

○人ではない。全部、自分で決まる。こうした信念と努力の人は、決して人をうらやまない。自分自身に生きているそれが勝利者の共通点である。『池田大作スピーチ集』

○「仏の顏も三度」の格言がありますが、愚か者の【珍念】三度どころか、五度いや七度ぐらい・・恥じている。先生の指導に答えるには・・? 実行・・ ゜.+:。(*´v`*)゜.+:。

カセットテープとの再会と「やり残すことのない人生」

Photo_2

 リチャード・リンクレイター監督の『エブリバディ・ウォンツ・サム!!世界はボクらの手の中に』(公開中)という映画に久々熱くなった。南テキサス大学の野球部員が繰り広げる1980年の新学期が始まるまでのたった3日間の物語だ。
 

 冒頭、新入部員のジェイクが愛車「オールズモビル442」を転がしながら大学の街にやって来る。車のラジオカセットからは、当時全米ビルボードチャート連続第1位のヒット曲「マイ・シャローナ」が流れ、後部座席にはプレーヤーやレコード、カセットが積まれているのが目立つ。野球部員なのに!映画はそこから大学が始まる3日間、ずっとお楽しみ三昧の彼らを物語る。

 シュガーヒル・ギャングの名曲に乗せて野球部員たちのラップが始まると、もうこの映画がどこへ流れようが、そのままついてゆこうという気分にすらなってしまう。

 劇中に流れる音楽がとてもいい。
 79年から80年頃にはやった洋楽。
 映画の中であの頃がよみがえる、そんな音楽に誘われる。

 映画の良さは音楽以外にもあった。
 あの頃は体育会系、文化系など関係なく、楽しむ時は皆一緒だった。
 しかもスマホがない。だからみんなよくおしゃべりする。そしてひたすら楽しむ。まるでその瞬間にやり残したことなどないように。
  

 劇中に誰かが吐く素敵なセリフがある。
 〝死ぬ時に後悔するのはやったことじゃない、やり残したことさ〟
 

 まさに「やり残し」を探すように、私はみるみる映画の音楽とともに、あの頃へフラッシュバックするのだった。
 

 早速、iPhoneでアップル社のデジタル音楽配信再生アプリ「iTunesストア」でデジタルのサントラ盤を購入。旅先の沖縄で聴くために、iPhoneのiTunesライブラリーに納め、他にもお気に入りの曲などを適当になんとなくだが順序良く並べ「2016 OKINAWA」とタイトルをつけ自分専用オムニバスアルバムを作った。

 猫を傍らに、鼻歌まじりにこの作業をやっているうち、ふとあることに気づく。
 それは私がFENのアメリカントップ40を毎週エアチェックしていた中学生の頃。そのエアチェックをせっせとダビングしたオムニバスカセットテープ作りによく似ているではないか。

 あの頃、カセットテープというものに、お気に入りの曲やラジオの音楽番組を録音してよく友達とシェアしていた。70年代後半から80年代初め頃に青春真っ只中な人ならば、きっと覚えがあるはず。お気に入りの曲を丁寧にダビングして「私のマイベスト」などをせっせと夜なべして作ったあの頃。

 私のカセットテープとの最初の出会いは、10歳頃だったと記憶する。
 アイワという会社のラジオカセットテープレコーダー。
 そのラジカセにマイクをつなぎ、初めて自分の声というものを録音した。
 『マップルポヨポヨ星人』という自作自演のラジオ劇もどきのシュールな寸劇。テーマソングもエンディングもアカペラ、一人何役も演じ、効果音はオノマトペ、ナレーターも全てひとりで試みた。

 初めて録音した自分の声。再生してそれを聞いた時のあの衝撃は忘れられない。布団をかぶってご飯も喉に通らないほど、人前で声をどう出せば良いのかわからなくなるほどの衝撃だった。

 
 そして79年にソニーの初代ウォークマン発売。
 あの携帯カセットテープ再生機のおかげで、通学途中でも音楽が聴けるようになる。すると、手紙の代わりに、恋の告白は好きな音楽でアプローチするという人もいた。
 

 やがて車の免許を取ると、ドライブでデート。
 カーステレオからどんな音楽が流れてくるか。どの曲のどのタイミングで一番盛り上がるか。男子はデート中のあれこれを妄想しながら、せっせと夜なべして制作したものだ。

 しかしカセットの運命はのちにMDへそしてCDの時代に移る。
 現在においてはほとんど見かけることもなくなったと思っていた。
 

 そんな懐かしのカセットテープがいま流行しているらしい。
 ウクレレユニット「パイティティ」のアルバムを出すのに、音楽評論家・原雅明氏から「レコードもいいけど、これからはカセットの時代。カセットでアルバムリリースする方がむしろ新しい」と指示を受けたことがある。10年近く前のことだ。

 今年、友人の作家・中原昌也君がドイツに行った際、レコード量販店ではCDが姿を消し、レコードとカセットしか見かけなかったと言っていた。確かに、著名なミュージシャン、例えば「ピコ太郎」を世界的に有名にしたあのジャスティン・ビーバーもカセットテープで新譜を出すほどだ。 ロックやヒップホップに限らず、サントラ、ジャズに至るまでカセットテープによるアルバムの範囲は広い。

 『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』のサントラ盤もデジタル以外に、アナログ盤のレコードとカセットテープの販売がある。ある日、映画宣伝担当の方からその珍しいカセットテープ盤をいただいた。

 そのサントラのカセットテープを扱っているカセットテープ専門店が東京・中目黒にあると聞いたので、早速のら猫の足取りで覗いてみた。何千本あるだろうか。久々に大量のカセットテープが並んでいるのを見た。店内には、昔の雑誌のナンバーや書籍、画集、映画のパンフレット、レコードも少々あった。

 お店の人にカセットは本当にはやっているのか、伺ってみる。
 レコードでは高くて手が出ない若いひとたちが、カセットは安くて可愛いということもあって買い求めてゆくそうだ。

 しかも新譜のカセットには、秘密のダウンロードアドレスが大抵ついている。
 そこからカセット録音状態の音源がデジタル上でダウンロードでき、手持ちのデジタル機器でも聴ける。ラジカセがなくても聴ける仕組みなのだ。
   

 店内には懐かしい「ラジカセ」も売っていた。
 視聴もできるので、購入希望のカセットを視聴させていただいた。
 懐かしい音圧が耳に轟く。
 デジタルには出せない、アナログの、カセットテープでしかないあの音圧。

 同行したパイティティの「ウクレレ1」こと石田英範さんは、カセットの音質の魅力をこう語る。
 「カセットテープは音がまとまるし低音に厚みが出る。デジタルで綺麗なハイファイサウンドより、カセットに録音しただけでローファイ(荒っぽい)なサウンドに録れるからカッコイイ。技術的には音質は悪いんだけど、そのサウンドメーキングのキモは、カセットの録音ジャックの中に仕込まれている古いコンプレッサーに特徴があって、音がうま~く(イイ感じに)つぶれた感じになってくれる効果が最大の魅力を発揮するからだと思うよ」
 

 カセット全盛時代に夢中になって多重録音を作りまくったウクレレ1らしい話だ。現代の若い人たちが、そんなカセットテープの深い魅力に気づいてくれたことは素晴らしく素敵なことだと思う。
 

 それにしても、若い人たちは空テープを買ってダビングしたり、自分で録音テープを作ったりするのだろうか。お店の人に伺ってみると、ミュージシャン関係の子ならするけど、普通はあまりしないらしい。

 おお、それはちょっともったいない!
 カセットテープの魅力の一つには、あの空テープに何を録音するかというお楽しみもある。ぜひ一度何かを録音してみてはどうだろうか。 小さなラベルを自分で手描きするのも楽しい。
 

 それにしても、私はこの店にいる間、終始不思議な気分に駆られていた。
 過去の遺物のようなものを目の当たりに小っ恥ずかしさがよみがえり、だけどちょっと誇らしい気分。そしてリセットされたような、なぜか新しい気分なのだ。
    

 カセットテープとの再会。
それはあの頃の自作テープを見つけられたようなちょっぴり恥ずかしい気分。だが、〝やり残すことのない人生〟をのらのらゆくには、刺激的な再会だったのかもしれない。

カセットテープとの再会と「やり残すことのない人生」
のら猫探偵@中目黒waltz。そしてカセットテープといえばこの名作

 

Photo_3

 

 

Photo_4


    洞口依子(どうぐちよりこ)女優





 1980年、「週刊朝日」11月7日号の表紙を飾り、雑誌「GORO」で篠山紀信の「激写モル」として芸能界デビュー。85年、映画「ドレミファ娘の血は騒ぐ」(黒沢清監督)の主役に抜擢された。この時共演した伊丹十三監督の「タンポポ」「マルサの女2」に出演。テレビドラマでは92年の「愛という名のもとに」(フジテレビ)、97年の「ふぞろいの林檎たち」(TBS)などで個性的な演技を披露し、女優としての地位を確立した。

 2004年に子宮頸がんを発病したが克服し、06年に復帰。07年には闘病生活を綴った「子宮会議」を発刊。女優業の傍ら、ウクレレバンド「パイティティ」でライブ活動もしている。週刊文春「シネチャート」連載中。

映画『エブリバディ・ウォンツ・サム!!世界はボクらの手の中に』
斯く言う、珍念・・・【百聞は一見に如かず】  (*^ω^*)ノ彡

博多陥没 「賠償金は必要なところに」受け取り辞退の経営者!

Photo


   陥没事故で支払われる賠償金について、辞退を申し出た
   経営者がいる。東日本大震災や熊本地震の被災地で支
   援活動に従事した経験から、「私たちの被害は小さかった。
   もっと他の必要なことに使ってほしい」と語った。

★はかた駅前通りに面する「タカラ薬局」には、事故が起きた8日、避難勧告が出た。9日には再開でき、休業は1日だけだったが、数十万円の損害が見込まれる。それでも岡村由紀子社長は市職員に「賠償金はいりません。市で他に役立つことがあれば、そのことに使ってほしい」と申し出た。

★岡村氏は東日本大震災や熊本地震の被災地で、薬剤師として支援活動をした。甚大な被害を目の当たりにした。だからこそ、今回の陥没事故で犠牲者が出なかったことに、心からほっとした。「一人の命も奪われなかったのは、現場のみなさんの素早い対応があったから。迅速な復旧にもありがたいと思っている」

★事故発生まで、現場では地下鉄七隈線の延伸工事が進んでいた。岡村氏は「夜間、仕事をする作業員をよく見かけた。これからも頑張って、工事を進めてほしい」とエールを送った。

★現場そばにある「九州総合診療クリニック」(岡田享子院長)も、賠償金の受け取りを辞退する。避難勧告が出た8日は休診を余儀なくされた。9日に再開したが、数日間は来院者が普段より少なかった。それでもクリニック側は「東日本大震災や熊本地震と比べて被害が小さかった。自分たちがもらうより、別のことで街に役立ててほしいと」。【産経新聞】(高瀬真由子)

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜


Ni 


      珍念、感動しました
     このコラム『干天の慈雨』の如し!

資生堂の挑戦

Photo

株式会社資生堂 ロゴ  和文ロゴ英文ロゴ及び「花椿マーク」の3種類。

 「花椿」は、1915年に初代社長である福原信三氏(創業者である福原有信氏の三男)が自ら原型をデザインしたもので、何度か微調整が加えられながら、現在まで利用されているモチーフに椿が選ばれたのは、当時同社の香油「花つばき」の人気が高く、椿の花の優雅で清楚なイメージが顧客から親しまれていた為としている。

  資生堂の社名は、中国の古典、四書五経のひとつ『易経』から来ています。西洋の最先端の薬学をベースに興す一方で、社名は東洋哲学から命名するという、西洋の科学と東洋の叡智を融合した先取りの気質が、資生堂の成り立ちでもあったわけです。

同社のコーポレートスローガンは「一瞬も 一生も 美しく」である

 Our Missionは、資生堂の根幹をなす普遍の存在意義です。コーポレートメッセージはOur Missionを象徴する言葉であり、「美しく生きたい」という世界中の人々の願いに誠実に応えるために、当社がさらに徹底したお客さま志向の企業をめざすことを広く社会に宣言するメッセージとしてつくられました。

 今日までの資生堂の歩みは、人が美しく生きるためにさまざまな活動に取り組んできた道のりです。これからも資生堂は、一人ひとりのお客さまに一層満足していただくため、魅力ある商品ときめ細やかなサービスをお届けすることはもちろん、社会に対しても責任を果たしていきます。社会と、お客さまと、そしてすべての人が、「一瞬も 一生も 美しく」あるように。

 紅葉目当てに登山を楽しむ人も多い季節。「山ガール」が増え、登る女性の姿が山のイメージを変えている

◆企業の風景も変貌し、女性が働きながらの子育てが当たり前の時代に。中でも女性社員が8割を占める資生堂は育児支援に手厚い。そこを源に昨秋、激震が走った。いわゆる「資生堂ショック」として報じられた

◆育児中に勤務時間を縮められる短時間勤務の方針を見直し、個人の事情に応じて土日や平日の夜にも働いてもらうことにしたのである。育休取得者が年間千人を超える同社では背景に、子育てしない社員から「しわ寄せがくる。不公平」との声が上がっていた。しかし、この転換に「働くお母さんに厳しい」との世間の批判もあった。トップランナーゆえの苦しみだろう

◆その資生堂が事業所内保育所の運営受託を手掛ける会社を、別の企業と共同出資で設立する。保育所を新設して新会社にまかせ、全国展開を目指す。もう子育て支援は企業の福利厚生というより、経営戦略そのものだ。育休は企業に負担かもしれないが、ビジネスに発展させることで心地よく育児ができる知恵が光る

◆人生は山登りに例えられる。子育てという大切な重い荷を懸命に背負う人が、その荷を身近な人と分かち合うだけでなく、企業や社会が担うことで、一歩一歩登ることができればと思う。【有明抄】

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

Oya2_2


         感動しました・・・・。
         これ以上は『蛇足』

ばい菌扱い

     Photo_3


      作家の泉鏡花は大のばい菌嫌いだった。
      作品には刺し身が出てくるのに、本人は生ものを口にしな
      かった。外出するときは殺菌用のアルコールランプを欠か
      さなかった。あんパンは火であぶって食べ、しかも指でつま
      んだ部分は捨てる








▼病的な潔癖症は赤痢の経験からだという。衛生観念に関しては人それぞれだが、人間がばい菌扱いされたらどう思うか

▼東京電力福島第1原発事故により福島県から横浜市に自主避難した13歳の男子生徒の手記を読んで、がくぜんとした。「ばいきんあつかいされて、ほうしゃのうだとおもっていつもつらかった」。暴力を伴ういじめを受けたうえ「賠償金をもらっているだろう」と言われ、遊興代も払わされた

▼生徒は放射能におびえて転居したのに心の避難先はなかったようだ。「いろんなはなしをしてきたけど(学校は)しんようしてくれなかった」。異郷の地で先生にも相手にされない孤独感はどれほどか

▼子どもは大人の言動に影響されやすい。放射能がばい菌のようにうつるはずもないのに、どこで吹き込まれたのだろう。賠償金で懐が潤ったと思い込み、やっかみから被災者の足を引っ張ろうとする。そんな空気はなかったのか

「しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた」。生徒の言葉はせめてもの救いだが、人間の心に「ばい菌」を巣くわせる原発事故のむごさを思う。【卓上四季】

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

Ijime


    いじめは犯罪だ。
    XxはXX・・・・・。


潔癖症?

◆鏡花は有名な潔癖症で、生ものは食べない主義であった。このことは文壇に広く知られていた。貰い物の菓子をアルコール・ランプで炙って食べたり、酒などはぐらぐらと煮立つまで燗をつけなければ絶対に飲まなかった(これを文壇で「泉燗」と称した)。手づかみでものを食べるときは、掴んでいた部分は必ず残して捨てた。手元にいつでもちんちんと鳴る鉄瓶があって煮沸消毒できるようになっていないと不安がったという。

◆潔癖症のせいで「豆腐」の用字を嫌い、かならず「豆府」と書いた。しかしそのわりに豆腐そのものは好きでよく食べ、貧乏時代はおからでもっぱら飢えをしのいだ。谷崎潤一郎、吉井勇と鳥鍋を囲んだとき、無頓着な谷崎は「半煮えくらいがうまい」といって次々に鳥を引きあげてしまうので、火の通った肉しか怖くて食えない鏡花は「ここからは私の領分だから手を出すな」と鍋に線を引いたという。

◆中華料理に誘われて知らずに蛙の揚げものを食べてしまい、「とんだことをした」と慌てて宝丹を一袋全部飲んだことがある。生ものは無論だが、海老、蝦蛄、蛸のようなグロテスクな形をしたものも絶対に口にしなかった。

◆お辞儀をするとき、畳に触るのは汚いと手の甲を畳につけていた。ただし信仰心はきわめて厚く神社仏閣の前ではかならず土下座したと伝えられる。また、自宅の天井板の合わせ目には全て目張りを行っていた。狂犬病を恐れて犬嫌いだった。蛇も嫌いだったそうだが、作品にはよく登場する。 あ・・つい演壇で講義している錯覚に・・・・!


★「読書とパソコン」の虜になってる僕の珍念 「四次元の世界」に誘われ、一人乞ちている。
バーチャルな世界と、現実の世界が乖離して、灰色の脳細胞が支離滅裂に陥ることがある。 どこか、一本、(ネジ)が抜けているようです。髪の毛は・( ^ω^)おっおっおっ

「生きるのも大変だが、死ぬのも大変」

Photo_2


                93歳になって、再(ふたた)びブレークしたそうだ。
                作家の佐藤愛子(さとうあいこ)さんの本が売れて
                いる。痛快(つうかい)な話しっぷりが見事(みごと)
               で昔(むかし)からファンだったが、老(お)いてから
                も味わいが深まった



◆「人間の煩悩(ぼんのう)」(幻冬舎(げんとうしゃ))でこう言っている。「老いの時間は死と親(した)しむためにあり」「生きるのも大変だが、死ぬのも大変」。医療(いりょう)の進歩(しんぽ)で長寿化(ちょうじゅか)が進み認知症(にんちしょう)を招(まね)く。認知症は病気でないので治療法(ちりょうほう)がないと、世の不条理(ふじょうり)を説(と)く

◆わが老母(ろうぼ)の晩年(ばんねん)を重ね合わせる。90歳を越(こ)えて認知症になった。ある時、こんな質問(しつもん)をした。「私は生きているのかね。死んでしまったのかね」。この哲学的(てつがくてき)な問(と)いに答えることはできなかった。「死を恐(おそ)れる」ことも「生きる大変さも」乗(の)り超(こ)えた仏(ほとけ)さまのようだった

◆佐藤さんの著書(ちょしょ)で気にいったのは次の一言(ひとこと)である。「神(かみ)に願(ねが)いごとをしてはならない」。ただひとつ「感謝(かんしゃ)をささげればよいのだ」という。祈(いの)りの本質(ほんしつ)を思ったが、長生きなんかしたくないというのも、願いの一つだろう。祈りと願いの違(ちが)いを説明(せつめい)できる人がいたら教えてほしい

生きるべきか、死ぬべきか。まことに深いテーマである。【時鐘】

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;



Kumo


             小学生のとき、芥川龍之介の【くもの糸】を
             読んで感動したことが,脳裏に思い浮かぶ。
             変人の(珍念)、今まで4度「摩訶不思議」な
        出来事に、遭遇しました。小欄の(不思議な話)
             に、るる述べています。http://adoria.d.dooo.jp/






佐藤愛子「人間の煩悩」(幻冬舎) 商品の説明 内容紹介

 人生は「なぜ自分だけがこんな目に遭うのか?」と思うことの連続で、あらゆる煩悩(心身をわずらわし悩ませる迷いの心)にさいなまれるが、どうすればこれらの悩みから解放されうるのか? 波瀾万丈の日々を生きてきた著者は「逃げずに受け止めることが道を拓く」と喝破する。「苦労を引っかぶって元気よく生きる」「複雑な世を生きぬくコツ」「欲望が涸れると、らくになる」「死んでみなされ、そしたらわかる! 」等々、九十二年の人生経験から人間の本質を的確に突いた一冊。

トップカスタマーレビュー

 そうよ。女の論理なのよね、ウフフ。  投稿者  スカラベ

●佐藤愛子92歳。川上宗薫を舎弟と呼んでいるから、それだけでこちらは、
ははあとひれ伏すしかない。川上宗薫といえば、水上勉がほとんど文学を
あきらめかけていた時に、けしかけて「霧と影」を書かせた男だ。それと
「抽送」という辞書には載らないけれど文学的香りたかい言葉を創出した
人物として私の記憶に残る。なつかしい。こんなところで出会うとは。

●この本は佐藤愛子が過去90年間にまき散らした毒舌の中から、幻冬舎の
編集者がよりすぐり磨きをかけて、(毒を薬に変じて)並べたものである。
普通この手の本はスカスカの二番煎じになりやすいいが、これは編集者の
腕と思うんだけど、当書はスカスカ感と読みやすさの間合いが絶妙で、
実に面白かった。ひとつにはやはり佐藤愛子の波乱万丈のハチャメチャぶりも
かくも歳を重ねると重厚な説得力をもつものに熟成されたということかもしれない。

●もっとも印象に残ったのは佐藤愛子の語る「あの世」観。佐藤によれば、
死後は厳然と存在し、死に際まで悩みを引きずったものは、死んだ後は肉体が
なくなるのでその悩みを自分の意志で克服できず、永久にひきずって霊として
さまようことになる。つまりこの世にいるうちにすべての煩悩のオトシマエを
つけておかないと大変なことになると主張する。

●私のように、煩悩にまみれてぐじゅぐじゅの死を迎えても、親鸞じゃないけどちゃんと浄土にみんな連れて行ってもらえると楽観しているのとはおお違い。やはり佐藤愛子は強いな。生きているうちにすべての悩みを解決して平安な気持ちで死を迎える。私にできるだろうか。

 <田辺聖子と佐藤愛子の対話>

  田辺 ウン、女の筋道と男の筋道ていうのは、あれは確かに違うね。
  佐藤 違う違う。
  田辺 女は論理的じゃないていうけど、そんなことはないよ。
     やっぱり女の論理ていうのはあるよ。
  佐藤 そうよ。女の論理なのよね、ウフフ。 このウフフが怖い。

笑えました。抜粋だそうですが。  投稿者  林ゆみ子

「人間んも死んだらゴミだ」 「人の気持ちを考えすぎるとフヌケになる」
「文句をいえる相手がいるうちが花」 「妻は死んでから夫に仕返しする」
「生きるのも大変だが、死ぬのも大変」など、いろんな意味でどうでもよくなるぐらい面白かったです。

- ゲーテ
馬で行くことも、車で行くことも、二人で行くことも、三人で行くこともできる。
だが、最後の一歩は自分ひとりで歩かなければならない.。ι(´Д`υ)アセアセ

「あのテープのせいで一生台無しや!」

Photo


     名神高速道路の大津サービスエリアからは、琵琶湖が見える。
     空気の澄む今頃は特に見晴らしがいいが、深い感慨を抱く人も
     いるだろう。1984年11月14日、ここに「キツネ目の男」が現れた









◆この日は、食品会社が次々と脅されたグリコ・森永事件で、警察が最も犯行グループに近づいた日とされる。一味とみられたキツネ目の男が捜査員に目撃され、高速の下では怪しい車がパトカーの追跡を振り切って逃げた

◆今年の山田風太郎賞に選ばれた塩田武士さんの「罪の声」はこの事件を丁寧になぞった小説だ。脅迫電話に使われた幼い子どもの声。大人になった男がそのテープを見つけるところから物語は始まる

◆兵庫に端を発し未解決に終わる「グリ森」とは何だったか。一言で語れる人は恐らくいない。「どこでミスをしたのか、犯人に聞きたい」とテレビで話していた捜査関係者の無念は心に響いた。それぞれの立場にそれぞれの思いがあるのだろう

◆塩田さんは学生のときに事件の本を読んだそうだ。テープの子どもが同世代だと知り、彼らのその後を書こうと思ったという。「11月14日」を境にある一家が悲劇に見舞われていく筋書きは、小説といえども真実味があった

◆罪の声。「あのテープのせいで一生台無しや!」という作中のセリフが、胸を刺して痛い。【正平調】

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

「罪の声」 トップカスタマーレビュー

30年の時を経て目覚めた「亡霊」   投稿者  雀   

★グリコ森永事件が起こった頃、リアルタイムで報道に接していましたが、当時は新聞とテレビ、週刊誌くらいしか報道媒体がなく、警察が後からやっと出してくる「大本営発表」も、それが判明している事実の何%の内容なのか、一般市民には推察する術もなく、ただただ訳もわからず日本中が「食品に毒」という点で振り回された、という記憶しか残っていません。

★結局、犯人側がどういう形でどのくらい「儲けた」かもわからず、犯人グループがかなりの人数であったであろうに(おまけに子供まで関与していたにも関わらず)、最後まで誰一人として捕まることなく時効を迎えた、というのも、ある意味凡人の理解の範疇を超えた犯罪でした。

★本書中で犯人グループの一人が、「あの時代だから出来た犯罪だ」という意味の発言をしていますが、確かに、街中に監視カメラが溢れ、人々がスマホや携帯を持ち歩いてあちらこちらで撮影した動画や画像をネットにアップし、ネットの掲示板にあれこれ書かれるようになった現代では、もう無理な話でしょう。

★そんな昭和最後の大きな忘れ物のような事件を、事件に関する部分はほぼ史実通りのノンフィクションで、犯人にまつわる部分は作者のフィクションで、違和感なく融合させた本書は、リアルタイムでグリ森事件を知っていた人間にも、「本当にそういう構図だったのかも」と唸らせる力作です。特に、「犯人側に関与していた子供がいた」という視点で書かれていたのが、とても新鮮でした。

★確かに、犯人側の子供達も不測の事態がない限り、まだ元気に生きている年頃だと思えば、今、本書をどのような気持ちで眺めているのでしょうか。著者略歴によれば塩田さんは元新聞社勤務とのことで、さすがと言うべきか圧倒的な取材力や調査能力を感じます。まだお若いにもかかわらず、外連味のない真面目で簡潔な文章にも好感が持てます。本書ももちろんお勧めですが、早くも次回作に期待しております。

かく言う(珍念)『君の引用はたくさんだ、自分の言葉で述べたまえ』の声が仄かに聞こえる。

このままでは あの世で(閻魔さま)から叱られる。 ( ^ω^)おっおっおっ



「縁(えん)の下の力持ち」

Kanpotu

    ビルは地下の杭に支えられている。見える所だけでなく
    地中の基礎や土台を大切にしたい。福岡の大陥没事故
    の教訓である





▼一週間で復旧しそうだが、都市直下に数時間で空洞ができる恐怖を残した。当日は、陥没した穴にビルの壁面が顔を出し、ついには建物の杭が地下水に洗われ始めた。ビル倒壊の恐れもあったが、持ちこたえた。杭が正常に働いたからだという

▼横浜のマンション傾斜問題が記憶に新しい。大手企業の杭打ちデータ不正が明らかになり、北陸にも少なからぬ対象物件が存在した。ひとごとではない。寸足らずの不正な杭と、正しい杭の違いは何か。福岡の事故は現実問題として示したのである

▼イタリアのベネチアが水の都として数百年の繁栄を保っているのは杭のおかげだ。卑近な例をあげれば、高さ100メートルを越す石川県庁舎には約30メートルの杭が打たれている。大木にはそれ相応の「根っこ」が必要なのだ

▼ビルの地下構造が市民の眼前に現われる災害など、あってはならない。だが「縁の下の力持ち」の素顔を見たのである。建物に、人の組織にも貴重な体験として生かせる。【時鐘】

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

Ni


      このコラム『言い得て妙』








『望遠鏡』

Photo_2


   夜空に煌(きら)めく大三角形を形成するシリウスの伴星が見た
   くて“超強度望遠鏡”を発明した男が、半裸で汗だくになってやっ
   と望遠写真を撮ったら平面に一つの黒点が写っていた










▼妻は「それ、貴方の背中の黒子(ほくろ)じゃない?」。「ああ、今度は余りに遠くが見えすぎた」という男の嘆息で幕になる。八戸市出身の劇作家北村小松が映画のシナリオとして書いた掌編『望遠鏡』の粗筋である

▼北村は明治から昭和にかけて戯曲や映画の脚本、小説と幅広いジャンルで活躍。模型飛行機作りに車の運転、ダンスにジャズと多趣味で“文壇のモダンボーイ”として一世を風靡(ふうび)、昭和39年に63歳で生涯を閉じた

▼若くして開花した才能は宇宙や科学に及び、幼い小松左京や石原慎太郎の好奇心を揺さぶった。ファンで仲間を自認する三島由紀夫は「映画という当時最も新奇で神秘的な玩具に熱狂し躍動した」と絶賛した

▼その三島イチ押しが『望遠鏡』。北村は才を軍に利用され戦後のパージに苦しんだが、星より遠い自分の背中が見えてしまう男は自身の投影か。三島は「愛した全てが玩具に過ぎず本領は人間通だった」と追悼した

▼青森県近代文学館の初出張展「映画と空を愛したモダンな文学者 北村小松」が14日から23日までデーリー東北ホールで開かれる。くわえ煙草に満面笑みで模型飛行機「ぶた号」を披露する“モボ”の魅力に触れてみてはいかが。【天鐘】

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;



:

Photo_3


    北村小松 遺品「模型飛行機ぶた...





空飛ぶ円盤と人間通~北村小松氏のこと~(三島由紀夫氏)

 世俗的に言えば、氏はあんまり早く超越してしまったと思われるふしがある。今、私の机上には、氏の長編小説「銀幕」や、1920年代の無声映画のシナリオ集や、トーキー初期のシナリオ集(「マダムと女房」を含む)が置いてある。そこには映画という、当時のもっとも新奇な神秘的な玩具に熱狂した氏が躍動している。

 しかし一等面白いのは、氏は小型映画用シナリオとして書いた掌編で、その「望遠鏡」という一編では、シリウスの伴星を見ようと志して、超強度望遠鏡を発明した男が、半裸の汗だくで、望遠写真をやっと写したところが、一点の黒点のある平面のみが写っており、あとで細君から、それはあなたの背中のほくろの写真じゃないかと言われ、男の溜息の字幕でおしまいになる。

「ああ、今度はあまり遠くが見えすぎたのだ?」

 遠い恒星よりももっと遠い自分の背中が見えてしまう目を持った男、その男の不幸を、そのころから北村氏は知っていた。飛行機も映画も、自動車も円盤も、すべて氏の玩具にすぎず、氏の本領は人間通だったのかもしれない。

 それを証明するのは、婦人公論の5月号に出た、氏の「わが契約結婚の妻」という文章で、私はこれこそ真の人間通の文章だと感嘆し、早速その旨を氏へ書き送ったが、今にしてみると、それは氏の心やさしい遺書のような一文であった。

 それは道説的な表現で、奥さんへの愛情と奥さんの温かい人柄を語った文章であるが、人間が自分で自分をこうだと規定したり、世間のレッテルで人を判断したり、自意識に苦しめられたり、そういう愚かな営みを全部見透かして、直に人間の純粋な心情をつかみとるまれな能力を、氏が持っていることを物語っていた。

 そのためには、飛行機や空飛ぶ円盤も無駄ではなく、これら飛行物体が、氏の、人間に対する澄んだ鳥瞰的な見方を養ったのであろう。北村さん、私はあなたが、円盤に乗って別の宇宙へ行かれたことを信じている。作家 三島由紀夫 ; UFOこそわがロマン 荒井欣一自分史


Photo_4


       『論語読みの論語知らず』の珍念!恥じています。





最後(さいご)のうそ

 ◆昔々、あるところに、嘘つきの名人がいました。その名人は、年を取って体が弱くなり、もうすぐ死ぬばかりとなりました。 「嘘つき名人といっても、悪い嘘はつかず、嘘で人を笑
わせせる、いい人だった」みんな、そういって、嘘つき名人のところへ集まってきました。

 ◆すると、嘘つき名人は、小さな声でいいました。 「みなさん、どうか元気でくらしてください。そのためのお金を、少しばかり用意しています私が死んだら、この家のゆか下を掘ってみてください。つぼの中に、お金が入ってます」まもなく、うそつき名人は亡くなりました。

 ◆お葬式がおわると、みんなは、ゆか下を掘ってみました。 嘘つき名人がいったとおり、つぼが出てきました。 そのつぼのふたを取ってみると、一枚の紙が入っていました。その紙には『みなさん、これがわたしの最後の嘘です』と、書いてありました。 (o^-^o)

命をあがなう

Photo


    「交通事故は被害者になっても大変だが、加害者になったら、もっ
    と 大変だ」。こう記された本を目にしたとき、長女を交通事故で亡
    くした経済学者の二木雄策さんは怒りがこみ上げたそうだ




▼「事故で殺されるよりもっと大変な加害者の『生』はあるのか。事故で失った生命はいかなる代償によってもあがなわれません」。娘の事故の刑事裁判に関する体験を交えて、賠償のあり方を提言した「交通死」(岩波書店)につづっている

▼砂川市の国道で一家5人が死傷した事故の札幌地裁判決を見て、二木さんの言葉がよみがえった。犠牲者にとって飲酒運転した加害者に科せられた懲役23年はどんな意味を持つのか

▼もし生きていれば家族で食卓を囲み、両親は子供の成長に目を細めていたはず。遺族の1人は「何十年加害者が刑務所に入っても、事故は忘れられない」と語っていた

▼運転すれば誰もが加害者になり得るのに、意識する機会はそう多くない。自分だけは問題を起こさないと思い込んでいる。「まさか」が常に隣にいることをお互い胸に刻むのはもちろんだが、それだけではない

▼経済学者の宇沢弘文さんが1974年に著した「自動車の社会的費用」を思い出す。「人々が自由に安全に都市の街路を歩けないような国を文明国といってよいだろうか」。文明国ならば、飲酒しての暴走運転など不可能な車の開発はできると思うのだが。【卓上四季】

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「自動車の社会的費用」 商品の説明 内容紹介

 自動車は現代機械文明の輝ける象徴である。しかし、自動車による公害の発生から、また市民の安全な歩行を守るシビル・ミニマムの立場から、その無制限な増大に対する批判が生じてきた。市民の基本的権利獲得を目指す立場から、自動車の社会的費用を具体的に算出し、その内部化の方途をさぐり、あるべき都市交通の姿を示唆する。

トップカスタマーレビュー

戦後の国内動向・・投稿者hosohoso  投稿日 2016年7月18日

 日本の戦後のモーターリゼーションがなにをもたらしたか、書いてあります。色々警告がかいてある。目に留まって覚えているのは、「ピント」という自動車の欠陥で死亡事故が起きたときの考え方。人の命を金額換算して、自社が販売する自動車の構造改修より安いから、欠陥放置・・・っておいおい 考えさせられます。

30年前の本とは思えません  投稿者 希望を探して 投稿日 2004年2月6日

 「使える新書」で紹介されていたことと、題名の分かりやすさに惹かれて購入しました。
初版は1974年で31刷を数えているようですが、まったく古さを感じさせません。そんな感じを受けるのは、本書で指摘されていることが30年前から一向に改善されていないためと考えられます。そう思うと益々居たたまれない気持ちになります。

 自動車には問題がある。何よりも歩行者を追いやったことに問題があると指摘しています。その他、交通事故、公害などもあるのですが、そういった問題は社会的費用として車を運転する受益者が負担すべきであるはずだが、そうなっていない。運転者にとっては運転することによる利益のほうが負担よりも大きいため、車を運転するというインセンティブがはたらき、ますます車が増加して問題が拡大していくとされています。

 昨年、四国遍路の一部約300kmを歩いたのですが、いかに道路が車のために作られているのか実感しました。悟りを開く前に交通事故で召されてしまうと思うくらいに歩行者にはつらい道が続いていました。受益者負担という観点に立ち、社会的費用を分かち合わなければならないと思った次第です。でも、自分もまた自動車産業の関係者と思うと複雑な気持ちにもなります

1974年に書かれた名著である。 投稿者 西山達弘 投稿日 2010年1月9日

 自動車が社会に及ぼす様々な影響について、経済学的に分析し、その対応策について提言しているものであるが、今この時代でさえも本書のもつ説得力は色あせてはいない。それは、人々が自動車を使用するときは、単に自動車購入のための支払いやガソリン代などという私的な資源の利用に対する代価だけでは済まされない問題、すなわち「道路」という人々が生活していくために欠くことのできない都市環境の最も重要な構成要因である社会的資源の使用を媒介して一般市民の生活に大きな影響を与えているという視点である。

 今、この国においては景気対策と称して、自動車購入に減税や補助金など様々なインセンティブを与えている。この点についても、既に「自動車が資本主義的な経済制度に組み込まれたとき、生産面についても消費面についてもその範囲が加速度的に拡大されていって、経済循環のプロセスにおいても社会的な生活という点からも切り離すことのできないものになりつつある。自動車は、まさに生物体に侵入したガン細胞のように経済社会の中で拡大していった。」とこの時代に指摘しているのは、驚くほかない。

 本書の書かれた時から、30年以上経過した現在でもなお、歩道のない生活道路でさえも、わがもの顔で通過する車や、歩行者のほとんどいない地方都市の横断歩道を渡る歩行者を無視した車など、危険を感じる場面は数多い。いまさらながら、ここまで車を優遇する社会になってしまったことに、愕然とする。

 単純に、暫定税率はその目的を達したから廃止だとか、環境税だとか言う前に、車のもたらす利便性と危険性、さらには都市構造までも破壊し公共交通機関をも消し去ってしまう現実に、そのあり方を根本から考え直す時期ではないかと考えさせられた。

Kuruma


     車社会は「もろ刃の剣」かなぁ?
     これ以上は『蛇足』・・・。






<1959年11月19日、クリスマスの夜に召されし妻、ここに眠る>。

Bankoku


                何と気が早い。まあ、そう言わずに読んでほしい。
                ちょっと怪しい表題だが、「万国奇人博覧館」(ちくま文庫)
                に掲載されている、米国であった話である






 ◆妻の余命がわずかだと知った夫。最後のクリスマスを見せてやろうと思い立った。ところが、まだ11月だ。妻は12月25日まで持ちそうにない。何とかしてやれないかと、夫は、市長をはじめ、町中の人たちに協力を求めた

 ◆これに応え、地元新聞が「メリー・クリスマス」の大見出しを掲げた特別号を発行した。店は華やかに飾り付けをし、客に扮した市民でにぎわった。クリスマスの買い物を楽しんだ妻は数時間後、感謝しながら目を閉じたという

 ◆墓石に刻まれている。<1959年11月19日、クリスマスの夜に召されし妻、ここに眠る>。妻も仕掛けに気づいていたはずだ。けれども、幸福感はいつもの年に倍する夜だったに違いない

 ◆夫は大金持ちで、だからこんなことができたのだ、と美談を台無しにするような想像も湧くが、肝心なのは話の骨組みである。夫と妻、支える周囲の人。優しい気持ちが皆をつなぎ、この物語は成立している

 ◆私たちの社会は、生まれてから死ぬまで、障害があってもなくても、自分らしくいられるだろうか。優しさという潤滑油が少し足りないのではないか。そう思う出来事が近ごろやけに多い。【鳴潮】

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・

 

Ni


      『頂門の一針』 痺れました!






「万国奇人博覧館」 トップカスタマーレビュー

著名人から小市民まで、奇人・奇行の大事典  投稿者  時事無斎   

★古今東西のさまざまな逸話や人物伝を収めた、奇人・奇行の大事典である。内容は、『市民ケーン』のモデルにもなった新聞王ハーストやロシアのピョートル大帝、哲学者カントなど、奇矯な言動で知られた著名人たちの「いかにも」なエピソードから、他の部分では至って平凡な小市民の(しばしば本人も困惑している)奇妙な習慣や強迫観念、

★一級の大学者(例えば数学者シャスレや脳生理学者ブリヨン)が突然陥る蒙昧の闇、奇行というより恐ろしいほどの不運に見舞われた人々の事例、心理学や脳生理学の研究対象にもなりそうな驚異的な記憶力や計算能力、アブドゥル・ハミド1世、ザマノ、チャウシェスク、ボカサといった暴君・独裁者のおぞましい事跡までと、非常に多彩で密度が濃い。

★一方で、読み進むうち、逆に「奇行とは何か」という根本的な問題についても考えさせられる。著者たちも強調している通り、何を「奇行」とみなすかは(賭の対象にさえなった世界一周が、やがて何の変哲もない旅行と化した例など)時代や文化圏によって全く異なるものだし、一見常軌を逸したような独裁者たちの行動も、何かのはずみで絶対権力を手にした凡人が全能感と猜疑心の板挟みになれば、必然的に起こってしまう事なのかもしれない。
★興味本位に陥りがちなテーマにもかかわらず、著者たちの視点は意外にまじめで、人物・逸話の取捨選択もセンセーショナリズムやオカルト趣味を努めて排した節度のあるものとなっている。事例や評価の視点がやや欧米に偏っているように思える、信憑性に多少疑問のある内容も見られる、などの点はあるものの、とにかくボリュームがすごく、読んでいて圧倒される1冊だった。あとは雑談や創作のネタ元に使うもよし、独善や軽信を避けるための教訓とするもよし、あるいは、博愛心や反骨精神といった点で見習うべき人物もいるかも知れない。

奇行の宝庫   投稿者  一言居士

★面白かった。同じ原著者の『珍説愚説辞典』(国書刊行会)は翻訳された際に項目分類が混乱し、非常に読みづらく、時間をかけて読む気の起こらない本だったが、本書は違う。
日本語版への移行がなめらかで、気持ちよく読める。

★内容に関しても、奇行の事例を夥しく列記しているだけの書物ではなく、各項目について、作者が上等な教養、ユーモア、愛情を込めてフォローしている。4ページにわたって続く「ダンディ」の項目などは、一見の価値がある。奇行の宝庫としてふさわしい本の造りだろう。

お気に入りのエピソードをひとつ。

〇「ローマの人が酔っぱらい(ビベリウス)と呼んだ老ティベリウスは、人と顔を合わすことを極力避けた。極度の人間嫌いであった彼は晩年をカブリ島で過ごし、誰とも会おうとはしなかった。ところがある日、背後から突然漁師が現れ、彼にヒメジを一尾献上した。

〇あれほど用心しているのにかくも容易に人が近づき得たことに驚愕したティベリウス、掴み取ったその魚で漁師の顔をめった打ちにした。しかしこの漁師はユーモア感覚を備えた人であったらしく、「いやはや、あんたに伊勢海老をあげなくてよかったよ」と言って引き下がろうとした。するとティベリウス、側にあった蟹の甲羅で漁師の顔を傷だらけにした。」

今日も、珍念のコメントは【支離滅裂】お笑い下され~い! ゜.+:。(*´v`*)゜.+:。

『デーヴ』

      Photo

 1993年に製作された『デーヴ』という米映画がある。大統領とうり二つの男が、ひょんなことからその“替え玉”に任命されてしまって起こる出来事を描いたコメディーだ

▼一晩だけの予定だったが、大統領が突然、病に倒れたことで代役を続けるはめに。困り果てる姿が笑いを誘うが、懸命にトップの仕事と振る舞いを覚えた男は、次第に“本物”らしくなっていく

▼現場に足を運び、自分で福祉施設建設の予算を捻出する。やがてこれまで政府ができなかった完全雇用政策まで打ち立てる。まるで“人が変わったような”大統領に民衆は拍手喝采。一躍愛されるリーダーになり、支持率もうなぎ上り

▼男は職業紹介所に勤めていた。「職に就いてうれしいのは、お金よりも自信が得られること」の台詞(せりふ)がいい。何事にも市民目線で当たるスクリーンの「ニセ大統領」は観客の心も温めた

▼現実の新しい米大統領の顔が浮かぶ。庶民感覚とは対極の、タワーの上の大富豪だ。彼もまた訴えた雇用だが、その目に地を這(は)う人々の現実は本当に映ったか。拳を構え、ただ胸を張る男の先に世界の未来は見えてこない

▼本物の大統領の汚職を告白して職を退くことになる主人公。最後の記者会見ではこんな言葉を残していく。「大統領とは雇われの身。税金を使い、国民が私を雇ったのだ」。映画の話である。だがその台詞が今、妙に胸に染みてくる。【天鐘】

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

斯く言う“珍念”のコメントは↓

Photo_2

『デーヴ』 トップカスタマーレビュー

そっちじゃなくって!  投稿者  まもぶー

 「デーブっていう映画」っていうと、「あぁ、あのブタの?」ってみんなに言われるのですが、こっちの話!「ゴーストバスターズ」「ツインズ」「ジュニア」等を監督したアイバン・ライトマン監督作品。きっと「ハッピーエンド」が大好きな監督なんでしょうね。この作品は二回映画館に行き三回見ました。ストーリーはみなさんのおっしゃるとおりとってもハート・ウォーミングな素晴らしいものです。

 自分が一番しびれたのはなんと言ってもビング・レイムス演じるボディーガードのあの最後の台詞。音楽は「世界まる見え!テレビ特捜部」でも多用されているとっても綺麗な旋律です。個人的には、「吹き替え」と「英語」だと全然別の迫力を感じます。見終わったあと、「こんな政治家が居てくれたら」と絶対想うはず。そして「続きが見たい」と。

 「人に勧められたけど、自分は興味がない映画」って、なかなか見ないものですよね。でも、これだけは是非試してみて欲しい。少なくとも私が勧めた周りの人達は、みんな後日「良かったぁ!」って言ってくれて、この映画の話でお互い盛り上がるのです(笑) 

買って損なし。  投稿者  blue-eyes-cat

 星5つでも足りない!!すごくいいです。こんな映画たくさん観たいなあ。
今までケビン・クラインの映画って観たことないと思ってたんだけど、後からチェックしたら「フレンチ・キス」のメグ・ライアンの相手役ってケビン・クラインだったんですね。「デーブ」の彼の方が断然男前です。ところどころで笑いのツボを抑えられ、じわっと優しい気持ちになれます。ハートフル・コメディとはこういう映画のことを言うんですね。めちゃオススメ。買ってから2日続けて2回観ました。

心うたれる大傑作コメディ 投稿者  SS 

 ひと時だけの替え玉を演じるはずの大統領のそっくりさんデーヴ。そんな彼がひょんなことから、そのまま代役を続けざるを得なくなってしまう。冒頭シークレットサービスから「Your government needs your help」(政府に協力を)と言われおどろく主人公。誰もが思いもよらなかった協力をなしとげ、大統領のための政治から国民のための政治へとホワイトハウスを変え、人々に気づかれることなく去っていく主人公の姿には、何度見ても心が温められます。時に優しく、時にユーモラス、でも正しいことに対しては折れることなく進んでいくデーヴ。彼を取り囲む登場人物と共に、見ているほうも彼の魅力に魅かれていってしまいます。

 ケビン・クラインの冷徹な大統領と優しいデーヴの一人二役、最初は冷淡だけど徐々にデーヴに魅かれて行くシガーニー・ウィーバーの演技も見事ですが、はずせないのは補佐官役のフランク・アンジェラ。彼の徹底した悪役としての演技が、見事にその他の登場人物のいい人ぶりを引き立たせています。

 最初は気の弱さが残るデーヴが、力強さを身につけ周りを引っ張り、正しい方向に進めていく姿には観ている方も勇気付けられます。Endingは文句のつけようがない素晴らしいまとめかた。鑑賞後、最高にすがすがしい気持ちになれる、ハートウォーミングコメディの大傑作。 読者の皆さま暇なとき、ぜひご覧ください。(*^ー゚)bグッジョブ!!

猫鼠同眠

Necotonezumi

      猫と鼠(ねずみ)は仲が悪いのが定番だが、中国ではそうでも
      ないらしい。唐代の正史である「新唐書」に、こんな一節がある





▼洛州の鼠は盗みを働いては、逃げ隠れしている。猫はそんな鼠を捕まえるのが仕事なのに、あろうことか鼠と一緒に住んでいる。猫は与えられた任務に背き、悪事を見逃しているのに等しい、と。俗に「猫鼠同眠(びょうそどうみん)」と呼ばれ、取り締まる側が悪人と結託する意味で使われる

▼公共工事の契約に当てはめたらどうなるか。自治体側は税金の無駄遣いや不正行為が起こらないよう、入札を監視する。もし業者が鼠になって悪巧みをしようとしたら、自治体は厳しい猫として取り締まらなければならないはずだ

▼札幌市が発注した野球場営繕工事の指名競争入札を巡り、元市職員と受注業者の元社員が逮捕された。市の見積もった設計金額などを業者に漏らし、意図的に落札させた官製談合防止法違反の疑いがある。先の故事に倣えば、猫と鼠が同じ夢を見ながら眠っていたと思われても仕方ない

▼それにしても札幌市の発注を巡る不祥事が後を絶たない。この5年に3件もあった。「官製談合を根絶やしにする」との決意も空々しい。本人は「猫をかぶっていた」のかもしれないが、気付く者はいなかったのか

▼「大山鳴動して猫一匹」で終わるかどうか。いずれにしても血税の使い道がゆがみ、迷惑を被るのは猫でも鼠でもなく市民だ。【卓上四季】

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。


Photo_a31


     「きみを世界一のかりゅうどとみこんで、たのみたいことがある」。

     ファンタジー作家、舟崎克彦さんの『ババロワさんこんばんは』
     が脳裏に浮かぶ!





☆どんな動物でもしとめる猟師がいました。ある日、手紙がきます。そこには、「地球上でもっとも凶暴なある動物をしとめてほしい」と書いてあって、大きな屋敷に招待されます。「オレにしとめられない動物はいない!」と自信満々で猟師は出かけます。屋敷は動物園のようになっていて、各部屋にいろんな動物がいるけど、なかなか「地球上でもっとも凶暴な動物」はでてこない。

☆ずんずん奥に導かれて最後の部屋までくると、オリがある。猟師が鉄砲片手にそのオリにはいると、鏡がある。そこに書いてあるのは 「それはお前だ!」。

石川五右衛門の辞世の句 }
「石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗人の 種は尽きまじ」

<国に盗人(ぬすびと)、家にネズミ>
〈国に盗人(ぬすびと)、家にネズミ〉ということわざがある。物事は、その内部に自らの害になるものを必ず抱えているということの例えだと、辞書は説明している。 

 かく言う〝珍念〟も、その類かも知れません。反省し恥じています!ι(´Д`υ)アセアセ

江戸の単身赴任

Photo


  江戸時代、現在の東京は男社会だった。参勤交代があり、多く
  の武士が君主とともに江戸に移り住んだ。商家の使用人も京の
  本家から派遣され、大火事も多く大工の需要も多かったからだ







▼万延元(1860)年初夏、紀州和歌山藩の酒井伴四郎は江戸勤務を命じられる。禄高(ろくだか)30石取り、28歳の下級武士にとっては初の単身赴任、故郷に妻と娘を残しての江戸行きだった

▼青木直己さんの「幕末単身赴任 下級武士の食日記」(ちくま文庫)に残る記録に詳しい。伴四郎は今の赤坂御用地にあった藩邸内の長屋で叔父と従者の男3人で自炊生活を送っている

▼仕事は叔父とともに上司の装束や衣冠を整える役職だったが、勤務は月に10日まで、午前中に仕事を終えた。余る時間は江戸見物で過ごし、好奇心に任せて浅草や両国などに出向いている

▼倹約家らしく、おかずは季節の魚や野菜を買って節約した。焼き豆腐は1年間に73回も買い、ドジョウも好物らしく、9回も鍋にしている。飲酒も好きで、出掛ける先々で杯を傾けている

▼外食のそばは1年で31回、すしも14回食べている。そばは1杯16文(400円)だった。別の資料では、この時期まで200年間も値段は変わっていないという。低成長ながらも、現代と比べて、物価が安定したいい時代だった。【凡語】

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「幕末単身赴任 下級武士の食日記」 トップカスタマーレビュー

殺伐とした幕末のイメージを覆す良書  投稿者  アジアの息吹 

 幕末の下級武士のイメージを一言で云えば、風刺画にある、貧乏で傘張りをしているイメージだろう。そんなイメージを破り、生き生きとしたシティグルメを楽しむ単身赴任武士の姿がここにある。仕事はしょっちゅうオフだし、昼間から酒は呑んでいるし、肴もカツオやマグロは云うに及ばず、鶏肉や豚肉まで口にしている始末。

 落語は聞くは、三味線の稽古はするわなにかというと浅草に買い食いツアーに出かけるわ、横浜に外人を見に行くは、殺伐とした幕末のイメージを覆す、良書である。

下級武士の優雅な生活  投稿者  八木下滋 

 本書は、一下級武士の江戸での単身赴任生活の様子を食を中心に書いたものである。贅沢でなくとも、その優雅な生活はうらやましい限りである。日々、倹約を心がけ自炊もしなければならないが仕事はほとんどなく、頻繁に江戸見物に出かけ、甘いものから肉料理まで様々な外食を楽しみ、三味線の稽古も始めるなど、江戸での生活をとても堪能していたようである。こう言った下級武士たちの存在が江戸時代の一側面だったことを知る上でも、本書は有益である

のんきな幕末の江戸ライフ  投稿者  N4 

 江戸と明治では当然思考のスタイルも価値観も違うのだけど、こと食文化について言うなら、甘味を重視する江戸好みの味付けや、米、菜、魚という基本的な取り合わせは、つい20年くらい前の普通の食卓と同じ。だが21世紀の今となっては、江戸風の味付けは絶滅危惧種かもしれない。自分が知る限り「日本橋弁松」の弁当は甘く濃い江戸の味だ。

 酒井伴四郎の仕事は紀州藩の衣紋方で(衣装の取り仕切りをする)とてもヒマだった模様。この酒井伴四郎のヒマさと庶民のエネルギーの落差は、武士という存在が時代遅れになってきている現われなのかもしれない。

Edo

 <タイムマシン>があれば、『法と執序』の備わった江戸時代に戻りたい。
平成の世の中は「魑魅魍魎」が跋扈し誰も責任をとらない。変な国なのだ。
変な国にすむ(珍念)も油断できない曲者なのだ  (´;ω;`)ウウ・・・

「雑談」

   Photo_2


  話に夢中になって「口よりも手を動かせ」と注意されたことはないだろうか。職場なら雑談が過ぎれば、上司ににらまれる。機械なら私語なく働くが、人はそうはいかない

▼人工知能(AI)が国の成長戦略の柱に据えられ、その活用がさまざまな分野で始まっている。かつてはコンピューターには無理と思われた分野にも進出。病気の診断にも生かされている

▼介護サービスのケアプラン作成に利用する研究も始まった。車に搭載され始めた自動運転技術にもAIは必須だ。将棋のプロ棋士とソフトの対局はコンピューターの勝利が目立つ

▼作家の故星新一さんのショートショートをAIに解析させ、新作を書かせる試みもある。機械が人間を支配するというのはSFの話とばかり思っていたが、最近はAIに仕事を奪われるかもという心配を杞憂(きゆう)と笑ってもいられない

▼しかし、脳科学者の茂木健一郎さんは「会話」の能力だけは、コンピューターは人間に追いつかないと指摘する。私たちが普段交わしている「雑談」は非常に高度な能力らしい

▼「たかが雑談、されど雑談。生身の人間と、活きた言葉を交わすということは、生きることそのものだし、知性を鍛える坩堝(るつぼ)でもあるのだ」(「記憶の森を育てる」より)という。秋の夜長、AIに取って代わられない方法をじっくり語り合おうか【風土計】

--------------------------------------------------------------------------------





Photo_3


        「記憶の森を育てる」 商品の説明人類は、終わる
        のだろうか。知能指数40000の人工知能を前にして。
        答えは簡単ではないけれど、さあ、わたしたちは歩こう。
        話そう。そして森を育てよう。すべての記憶を土として。
        その上で踊る泥だらけの生命として。






『 脳と仮想』から10年。意識とはなにかを考え続ける脳科学者、最新の論考。

 著者は、原始生命におけるおぼろげな意識の萌芽から、言語を有する人間の高度な意識状態にいたるまで、その発達を緻密に考察していきます。近い将来まちがいなく、あらゆることが人工知能にアシストされた、未曾有の文明社会が出現するでしょう。

 そのときわたしたちは、どのように自らの知性を磨いてゆけばいいのでしょうか。そのヒントは、記憶と意識の根源的な問題を扱ったこの本の中に、あちこち、キラリと光を放っています。“意識とは、記憶の連続性を自分という軸で抽象化したもの。人工知能にも、いつかセルフモデルが必要か。今はまだわからないが、とてもおもしろい問いではある" 松尾豊[東京大学大学院工学系研究科准教授](※本書の帯コメントより)

トップカスタマーレビュー

人間の良さとは 投稿者 MELISSA

 人工知能に関する本をチラホラみるようになったと思います。今はまだ予測的な内容のものが多く、この本もそうだと思います。茂木先生の本は人間の本質が良く捉えられていて、かえって人間の良さが浮き彫りになっていると思います。そんな感受性や優しさがとても好きです。ある種の文才(笑)にもトキメキながら壮大なる自然や人間の素晴らしさについてより一層思いを馳せるようになりました。




087b


   あぁ とうとう 人類は禁断の園に足を踏み入れたのかなぁ?
   悍ましさに身の毛がよだつ。 ふと「猿の惑星」の映画の驚愕
   のラストシーンを思いだしました。

<宇宙飛行士のテイラーたちは、自動操縦での帰還中、ある惑星に不時着した。そこはなんと、人間が猿に支配された惑星だった。猿に捕えられながらも同じ人間の女性・ノバと出会ったテイラーは脱出し、この惑星の真実を知ることになる。 珍念の『杞憂』かなぁ!

黒髪の思いやり

           Kami_3

▼年のせいもあってか、昨今あふれ返るカタカナ語は容易に頭に入りません。でも、この言葉は興味深く、すぐ覚えました。 「ヘアドネーション」。小児がんの治療などで頭髪が抜けてしまった子どものかつらに使ってもらうために、髪を切って寄付することです

 
▼朝刊の第三社会面で掲載している「虹」欄は先日、岐阜県美濃市の小学一年生、藤吉胡歩(こあ)さんがトレードマークの長い髪を切って贈った話を紹介しました。お父さんが、がんにかかった親戚のために医療用かつらを探すうち、子どもたちも切実にかつらを求めていることを知ったのがきっかけだそうです。

▼胡歩さんは、その話を聞かされてから一年以上たったこの夏、髪を切りました。三十センチ余の髪の束で、子ども用かつらを無償提供するNPO法人ジャパン・ヘア・ドネーション・アンド・チャリティー(大阪市)に贈りました。「病気のお友達が笑顔になってくれたら、うれしい」。写真で見た短い髪の笑顔が印象的でした。

▼オー・ヘンリーの「賢者の贈りもの」を連想します。若く貧しい夫婦が互いにクリスマスの贈りものを思案し、夫は時計を売って櫛(くし)を買い、妻は時計に似合う鎖を贈ろうと髪を切り、それを売る…。

▼贈りもののお金を用立てるために髪を切る。そこは無償のヘアドネーションと違いますが、大切な人のために髪を切る思いは似ている気がします。

<きみがさやけき/めのいろも/きみくれなゐの/くちびるも/きみがみどりの/くろかみも…>

▼島崎藤村の詩「高楼」の一節です。緑の黒髪とは美しくつやのある黒髪。そこに込められた少女の気持ちは、贈られた子どもたちにきっと伝わることでしょう。(中日新聞・編集局デスク)

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

Inutoboudu 


      感動しました。

      斯く言う、珍念。髪の毛がないので(黒髪)欲しいです!
      でも、転んでも「怪我(ないチト、サビシイ ^_^; 



後輩へのメッセージ

      Souseki_2


          文豪夏目漱石は晩年、若き日の芥川龍之介に手紙を送っ
          ている。短編小説『鼻』を絶賛したものだ。「敬服しました。あ
          あ いうものをこれから二、三十並べてご覧なさい。文壇で類
          のない作家になれます」『漱石書簡集』。漱石は物書きの孤独
          を知る。龍之介はこの手紙に励まされ、傑作を書き続けた







◆第一線に立つ人の言動は後に続く若者への道しるべとなる。今年のプロ野球で誰よりも実践したのは25年ぶりのリーグ優勝に貢献した広島東洋カープの黒田博樹投手(41)ではなかったか

◆7年間のメジャー経験も踏まえ、投球術やマウンドでの心構えを伝え、若手の力を引き出した。「自分に厳しい人なので、姿を見ているだけで引き締まる」と2歳下の盟友新井貴浩選手も言う。「神ってる」快進撃はそれだけの理由があった

◆高校時代は3番手投手で、努力でここまで来たという自負がある。2年前、メジャーの20億円のオファーを断って古巣に復帰した際は「この選択が正しいかどうか分からないが、僕自身が正解にしなければならない」と決意を語った

日米通算203勝で引退する。日本シリーズで“球界の宝”大谷翔平選手を打ち取ったのが最後の投球となった。後輩に贈る言葉は「力はある。慢心するな」。数多くの名勝負を手本に残し、背番号「15」は永久欠番となる。【有明抄】

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;

402


     黒田博樹投手は男気があり素晴らしい!

     それに比べ、ソフトバンクに高額で入団した某・投手は
     恥をしり、黒田博樹さんの(詰めの垢)でも飲まれたほうが!
     これ以上吠えると『窮鼠猫を噛む』 ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

読書週間


         Photo_3





 夏目漱石は「小説を読むな」と娘たちに命じていた。「半可通の文学好きというのはどうもいかんね。自分の娘にあんなふうになられたら、たまらない」が口癖だったという。

 自分の小説さえ許さない徹底ぶりだった。長女の筆子さんは漱石の目を盗んでこっそり雑誌を読んでいるところを妹たちに見つかり慌てて本を閉じた。彼女が父の小説を読んだのは、漱石が亡くなった後のことだった(長尾剛著「あなたの知らない漱石こぼれ話」)。

 今年の読書週間(9日まで)の標語は本を選ぶとき、ページをめくるときの感動を凝縮した「いざ、読書。」。読書推進運動協議会は読書グループの結成、家庭文庫などの充実を訴え、とくに青少年が本に親しむ環境づくりに力を入れる。

 「読め、読め」と本を押しつけられ「書け、書け」と感想文や画を強要されてげんなりした体験をお持ちの方は多いだろう。押しつけは読書嫌いを助長する。読むことを禁じられたことで筆子さんの読書への渇望感はかえって高まったのではないか、と想像する。

 瀬尾まいこさんのデビュー第2作「図書館の神様」に若い人たちへ紹介したいセリフがあった。「のび太はどこでもドアで世界を回る。マゼランは船で、ライト兄弟は飛行機で新しい世界に飛んでいく。ぼくは本を開いてそれをする」。

 同著の主人公の名は清(きよ)といい、冒頭「坊っちゃん」について触れているから瀬尾さんは漱石ファンだろう。のび太に、マゼランに、ライト兄弟になるため「いざ、読書」だ。たとえ漱石先生が渋い顔をしても本の旅は手間いらずで楽しい。 【くろしお】

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。

「図書館の神様」 内容紹介

Photo_4
      主人公は、清く正しい青春をバレーボールに捧げてきた
      その名も清(きよ)。あることがきっかけで、夢をあきらめて
      教師になるべく、海の見える中学校に赴任する(教員採用
      試験に受かっておらず、臨時雇いではあるが)。そこで、思
      いがけず文芸部の顧問となった清に訪れた変化とは……。
      「卵の緒」で坊っちゃん文学賞を受賞した瀬尾まいこの、デ
      ビュー第2作。大幅にファンを増やした評判作の、待望の文
      庫化。単行本未収録の幻の短篇「雲行き」も収録。



トップカスタマーレビュー

文学のススメ   投稿者  マキコ

◆瀬尾作品で初めて読んだ本、この本に出合えて良かった心から思えた一冊。心に傷を持つ高校の国語講師となったキヨは、たった一人の文芸部の垣内君と顧問として接していくうちに、自分の持つ正しさだけが全てではないと気付き成長して行く過程が丁寧に瑞々しく描かれている。

◆垣内君とのやり取りが軽快で楽しく、キヨが成長の過程で文学の面白さにも気付くのがこの作品の面白いところ。この作品を読み終えると他にも沢山の作品に触れてみたくなるのだ。この作品は文学への窓口の様な作品だと思う。とても素敵な一冊、読んで損はない。

とにかく爽やかな小説  投稿者  ringmoo 

◆余分なものがなく、今まで出会ったことがないような、とにかく爽やかな小説です。
主人公は、高校時代に打ち込んでいたバレー・ボールで、自分の一言から自殺者を出し、そこから離れる道を選んだが、何がしたいか解らないまま高校の講師になった清が主人公です。

◆そんな清が高校で出会ったのは、いやいや顧問をやるはめになった文芸部の垣内君です。この二人のつかず離れずの絶妙の関係が素晴らしく、読んでいる者の心まで清々しい気持ちにしてくれます。当然、傷ついていた清の心も洗われてゆき、やがて本格的に先生への道に進むことになります。

◆実はこの垣内君も中学の時のサッカー部の時代に、同様の傷を負って文芸部に来たのですが、二人の会話はそうした具体的な互いの「傷」の話にはゆきません。それでも、川端康成や山本周五郎などの文学を読んだり、詩を作ったり、走ったり、サイダーを飲んだりといった、とりとめのない行為のなかから、二人のいいなあと思える関係は生まれてきます。

◆この二人の感情に流されず互いに思いやるそっけない言葉。これが実に素晴らしい。この感覚が、この本の読後感を素晴らしいものにしているのでしょう。同時に収録されている「雲行き」も、なかなか楽しい短編です。

本の素晴らしさ 投稿者  春哉3号

 図書館に神様は本当にいるのかもしれない。この本を読み終わったときふとそう思った。
誰しもが何らかの傷を負って、日常を生きている。その傷がなんであれ、生きていくのが辛いと思うときは必ずあると思う。そんな気持ちのときは特に本書を読むことをお勧めする。
文学、本、思考、それらの様々なものを通じて私たちは言葉の中で生きている。

 その言葉の渦に呑みこまれそうになったとき、防波堤となってくれるのはやはり中身の詰まった言葉しかない。だからみずみずしい文章で書かれた本書は、勧めるに値する本である。読後感は爽やかな風と生への静かな渇望、何より本の素晴らしさを感じることができると思う。 神様好きはご一読を。

Photo_42_2


  珍念・・・ 『論語読みの論語知らず』恥じています!

「天上の星」

Photo_2
     「そんなんもろたら立ちションもできんようになる」。
    元プロ野球選手で「世界の盗塁王」の福本豊さんは
    政府から打診された国民栄誉賞を辞退した後に語ったという




 30年以上も前の逸話として伝わるが、俺はそんな栄誉が似合うスターではないからというのが本意だったらしい。周りの人から崇められる「天上の星」になることに気がひけたのだろう

▼天上の星は、自身が放つ光だけでは輝けない。周囲の「暗闇」の助けが必要である。それは人生という舞台も同じで、主役である「星」は無数の脇役がいてこそ輝きを増す

▼ノーベル賞、文化勲章などの報道が先月から続き、紙面には晴れやかな「星」たちの笑顔が並ぶ。自身が信じた道を一途に歩み、輝かしい実績を上げた姿はどれもまぶしい

▼まばゆい光を放つ星を目にすると、華やかな世界とは縁遠い身なので、輝く星よりも名もなき人たちの方に思いをめぐらしてしまう。弱くて小さな普通の人々にスポットを当てた中島みゆきさんの名曲「地上の星」の歌詞がふと頭に浮かぶ

▼風の中のすばる、砂の中の銀河、草原のペガサス…。〈見送られることもなく〉〈誰も覚えていない〉無数の地上の星たちは、立ちションできる気楽さの中、胸の奥に小さなプライドをしまいながら必死にきょうを生きている。【大弦小弦】

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

Nakasima



Photo_3

Kizuna2 


      「地上の星」は何処に・・・?
      それは、それぞれの心の中に
      これ以上は『蛇足』

鷹狩

Taka1


        鷹(たか)が鼠(ねずみ)を食らうように大きな権力で
        小さな声をかき消す。どんなに叫んでも声をあげても
       大鹿中の3年生が柳島貞康大鹿村長に宛てて書いた
       手紙の一文だ。小さな声が届かない理不尽への怒り
             が満ちる






南アルプスをトンネルで貫くリニア工事。掘削口が設けられるのが大鹿村だ。人口千人余。豊かな自然と大鹿歌舞伎が伝承され都会から移住した人も多い。工事は10年以上にわたり、本格化すれば掘削で出る残土を運ぶ工事車両が、1日に千台以上も走る

   ◆

「音の風景が変わる」と静穏な暮らしを失う住民の不安は当然だ。その側に立つべき村と議会は、環境や安全対策の確認書を結んだ2日後に工事に同意した。「住民の理解を得たかどうかはJRが判断する」と繰り返したJR東海には脚本通りの展開か。きのう起工式にこぎつけた

   ◆

鷹に鳥獣を捕らえさせる「鷹狩り」は古くから権力者に受け継がれてきた。岡崎寛徳著「鷹と将軍」によれば江戸時代は大名が鷹を徳川将軍に献上、将軍は育てた鷹や獲物を大名に与えた。鷹や鷹狩りは主従関係を継続・確認する権力と支配の象徴だった

   ◆

リニア開通は近未来の伊那谷の暮らしを変えるだろう。期待も大きい。だからこそリニア風を吹かす強大な力にあおられ、日常生活の犠牲を強いられる人々の声をかき消してはなるまい。自らを鼠になぞらえる中学生の心情に寄り添って。 【斜面】

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。



Sd1


     珍念のコメントは 『蛇足』!




諏訪哲史のうたかたの日々

Photo 


              「どうも変だ」
の自覚










◆宮沢賢治の「注文の多い料理店」では2人の狩人が山中の西洋料理店「山猫亭」で、なぜか靴を脱がされ眼鏡や尖った金属を外させられ、牛乳のクリームを顔に塗らされ酢を頭にかけさせられる。最後は「さあさあおなかにはいりください」。指示ががある度にどうも変だなと訝しむ2人を僕らは笑うが、実はいま、これと同じ境遇にあるのが我々日本人である。

◆「絆を重んじ助け合うべし」「国を愛すべし」「国家を歌うべし」。人々は「じゃあそうしょうか」と従うが、「歌っているかどうか口元を見ているぞ」という話を聞くとどうも変な気がする。「文系より理系の学部を優遇すべし」という方針も「発明をして国家に資せよか」と思う人と、「国家は文学や思想を邪魔なものとして煩がっているのか」と奇妙に思う人もいる。

◆戦争への筋書きからいえば次は報道の統制だが、これはマスコミの自主的萎縮という形で既に進行中だ。筆鋒鋭い学者やジャーナリストらが次第に活動の場を失ってゆく。場を持っている媒体が政権との確執を面倒がるのだ。萎縮は読者を置き去りにして、問答無用で行われる。

◆周防さん、あんたも書く場を奪われてよと、多くの愛読者の方が手紙やメールで心配してくださる。このコラムは始まってまだ3年の経たないが、皆さんは「本当のことを書く諏訪さんの気概を応援し永続を願うが同時に諏訪さんへの圧力を案じています」と言ってくださるのだ。

◆時代の悪い趨勢を敏感に感じ取り、国からの注文も「どうも変だ」と自覚でき、そして」これはおかしい」という声を上げられる人々が日本には大勢いる。僕らはいま100年後に著される21世紀戦争史の中盤、民が国から批判意思を奪われ、無思想を奨励され、世界でなく「国」を愛させられる箇所を読んでいる。

◆料理店でいえば狩人たちがどうも変だとは思いつつ耳にまでクリームを塗らされている箇所だ。その愚かさを自覚する人々の理性だけが未来の戦争史を破棄できる。いま扉の向こうで、戦争が口を開けて僕らを待っている。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

Gyo
      このコラム『頂門の一針』痺れる!
      斯く言う・珍念 『ごまめの歯軋り』

「注文の多い料理店」~あらすじ~

●銃をかついだ2人の若い太った紳士と、大きな白くまのような犬2匹が、山奥を歩いていました。2人は獲物が見つからないのが残念で、「はやく鳥や獣を撃ちたいな。楽しいだろうな」などと話しています。長い間歩いているうちに、道に迷ってしまいます。山のすごさにやられてしまい、犬は泡を吹いて死んでしまいました。犬が役に立たなくなり、2人の男は「二千四百円の大損害だ」などと言います。

●山が怖くなった2人は帰ろうとするも、道がわかりません。お腹も空いてきて早く帰りたいと思っていた2人は、ふと後ろに「西洋料理店・山猫軒」というレストランがあることに気づきます。ドアには「どなたもお入りください。けっして遠慮はいりません」などと書いてあったので、ここで食事をしようと喜んで中に入りました。

●中に入ると、「ことに肥ふとったお方や若いお方は、大歓迎だいかんげいいたします」と書いてあり、また奥の部屋へ進むと「当店は注文の多い料理店です」とてあります。そして、進んでいくたびに、「髪を整えて靴の泥を落としてください」「鉄砲と弾丸をおいてください」「帽子と外套を脱いでください」「クリームを身体に塗ってください」などいろんな注文をされていきます。だんだん変だなと思いながらも、お腹の減った2人
は指示されたとおりやっていきます。そして、次に「塩をよく身体にもみこんでください」
という文字を見て、2人は自分たちが食べられることに気づきます!


●奥の扉の鍵穴を見ると、ぎょろぎょろ光る青い目玉が二つこちらをのぞいています。2人は怖くなり、泣きだしてしまいました。すると、中から「だめだよ。もう気がついたよ。」という声が聞こえました。2人はあまりのことに心を痛め、顔がくしゃくしゃの紙くずのようになり、泣きました。中からは、「早くいらっしゃい。親方がもうナフキンをかけて、ナイフをもって、舌なめずりして、お客さま方を待っていられます。」などと声が聞こえます。

●そこに、あの白くまのような犬2匹が現れ、奥の部屋へと飛び込んでいきました。
「にゃあお、くゎあ、ごろごろ。」という声がすると、レストランは煙のように消えました。2人は、草の中に立っていました。無事、東京に帰ることができた2人でしたが、くしゃくしゃの
紙くずのような顔だけは元に戻ることはありませんでした。

★この本を読んで特に印象に残ったのは、「思いやり」についてです。紳士は、動物や犬にひどいことを言っていました。一生顔がくしゃくしゃになる罰を受けましたが、言われたほうもずっと心に傷が残るかもしれないです。軽はずみな言葉、何気ない一言だって深く相手を傷つけることがあるので、(一言居士)の珍念。友達や家族への言葉づかいは気をつけようと、決めました。そのためには、思いやる気持ちを持つことが大切だと思います。(*゚ー゚*)

 

▼「人は2度生まれる。1度目は存在するため、2度目は生きるために」

R1

   定時制通信制高校の生徒による生活体験発表会が先日
   上越市の高田南城高校で開かれ、県内9校の代表10人
   が壇上に立った。生の声を聞きながら、フランスの思想家
   ルソーの言葉を思い出した

「人は2度生まれる。1度目は存在するため、2度目は生きるために」。多感な10代が2度目に当たるのだろう。発表者の題名に、「私」や「自分」という言葉が多く入っていたのが印象的だった

▼小中学校でいじめを受けたり、不登校になったり、人一倍悩み傷つきながら必死に生きてきたことがひしひしと伝わってきた。「私は私」と題して発表した女子生徒は最初に入学した全日制高校になじめず、いまの学校に入り直した

▼校長は「置かれた場所で咲きなさい」と温かく迎えてくれた。そこでは生徒の服装も髪の毛も年齢もさまざまだった。自由を感じた。「ありのままの自分でいいんだ。それを教わった。いまはどこの学校に通っているか胸を張って答えられます」。会場に、目を赤くする男性がいた。彼女を迎えた当時の校長だ

▼定時制通信制の生徒の中にもいろいろな事情で退学する人は少なくない。私たち大人は、子どもの胸の内をちゃんと聞いているだろうか。いまの学校に居場所を見いだした発表者の思いに多くの人が触れる機会がもっとあっていい

▼「やり直せる」「1年遠回りしたが、これでよかった」。そう言って卒業後の夢を語る彼らが、2度目の生にそれぞれの花を咲かせ、実り多い人生を送ってくれることを願う。【日報抄】

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*




K3446131
          感動しました!

          これ以上は『蛇足』


« 2016年10月 | トップページ | 2016年12月 »