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医者の対応

Isi


            思い出話などで盛り上がる同窓会も、年を取るにつれて健康
      問題の話題が増える。久しぶりに会った友人がぼやいていた
      「医者が検査データばかり見ていて、患者を診ていない」。






▼生活習慣病などで鹿児島市内の二つの病院に通っているが、医者の対応が大きく違うという。一つの病院では検査の数値をパソコンで確認し、投薬の指示を出すだけ。こちらの顔も見ない。

▼別の病院の医者は患者の顔を見て話し、必ず聴診器を当てる。糖尿病の定期検査だけなのにと、当初は不思議に思っていたが、聴診器を手に向き合う姿に安心感が生まれてきたという。分かる気がする。

▼医者で作家の帚木(ははきぎ)蓬生(ほうせい)さんの小説「百日紅(さるすべり)」に、老医師が患者の胸をたたいて調べる打診と聴診だけで病名を当てる場面がある。主人公の医者が「最近の医者は聴診器を捨ててしまい、患者の素肌に触れることさえ少なくなった」と自省する場面を思い出した。

▼知人の医者は以前に比べ検査項目が増えたことも一因と語る。医療情報があふれ、数字に基づく説明がより必要になったことも背景にあるようだ。データを重んじるのはいいが、それだけで推し量れないこともあろう。

▼医療界だけの話ではない。携帯電話など便利な物があふれ、人と人との触れ合いが薄れている。顔を合わせて話すことの大切さや楽しさを、焼酎で程よく赤らんだ友人の顔を見て感じた。【南風禄】

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        このコラム『起承転結』素晴らしい!
        珍念のコメントは(支離滅裂)




 「百日紅(さるすべり)」はエリート眼科医が故郷の福岡県赤村を訪ねる設定。
村で医院を開く父親が火事で焼死した。 遺体が安置された公民館に、村人が続々と弔問に訪れる。 父が村で全うした医療とは《近代的な検査機器とは無縁だから、いつも患者の傍に行き、 素手であたふたと立ち働き続けた半世紀だったのだ》。現代医療の在り方を問う視座をうかがわせる。 (*^.^*)

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