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蛇口伴蔵に思いをはせる

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     蛇口伴蔵の銅像(2013年4月)


     「武士は食わねど高楊枝」と気位の高いはずの侍だが
     江戸末期の八戸藩に庶民から「商人侍」と蔑(さげす)まれ
     ながら全く意に介さず、せっせと蓄財に精を出す若き侍がいた







▼藩士の子で軽米代官の養子に入った蛇口伴蔵は貧しくとも学で身を立てようと一念発起。江戸勤番の時、藩の砲術指南の立花文助から儒教の基本となる易学を学んだ

▼師は「倹約で富を成し、世に役立ててこその学問」と教えた。彼は家屋敷を売った金を元手に土地転がしやご用聞を引き受けて蓄財した。天保の一揆では城下を埋めた数千の百姓相手に食べ物を売って儲(もう)けたとか

▼なりふり構わぬ商売に皆が「守銭奴」と罵(ののし)った。だが、そんな誹(そし)りに20年間耐えた彼は現金3万両、水田30町歩という巨万の富を手にしていた。何と藩が緊縮財政で必死に貯めた剰余金5万両に迫る額である

▼凡人なら何代も遊んで暮らせる金額だが、48歳で隠居した伴蔵は下洗と階上岳の上水事業に着手。念願の新田開発に乗り出した。だが、火山灰で漏水が相次ぎ事業は失敗。資金も底を突き事業断念に追い込まれた

▼全財産を使い果たした伴蔵は失意の内に150年前の9月8日(新暦10月)没した。学問と師の初心を貫き通した生涯だった。凡人なら世間の誹謗(ひぼう)と中傷はいじめという針の筵(むしろ)に等しかろうが、夫婦は柳に風。2人は遥か遠くで秋風にそよぐ黄金の稲穂だけを見詰め、歩き通した。【天鐘】

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◆蛇口伴蔵の言葉より

 「一家のために富を求め、子孫に財産を遺すために働くは牛、馬と変わるところなし。我は決して守銭奴にあらず」(20代)

 「同士の危急を傍観するは交誼にあらず。不足を補うは通義なり。これ、あに尋常の貸借ならん耶」(新渡戸十次郎への資金援助)(46歳)

 「書を積んで子孫に残すも子孫読むことあたわず。金を積んで子孫に遺すも子孫これを守ることあたわず。陰徳を銘々のうちに施すに如かず」(晩年)

 「大業の成就は三代の後に期すること。予、不才を以って成功を見ざる。然し後世何人かが奮起して我が遺業をなすものあらん」(56歳)

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コメントは 『蛇足』

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