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長靴の男

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 ★何十年も前の高度経済成長期の話だ。県南地方の小さな町の建設会社が社員を募集した。背広と革靴の応募者に、長靴の男が交じっていた。事情は定かでないが、どこか切羽詰まった感じがしたという。

 ★「即戦力になる」と考えたのか。飾らない人柄に引かれたのか。経営者には思うところがあったのだろう。即、採用を決めた。しばらくして経営者は現役を退いたが、長靴の男は雇われた恩義を忘れなかった。労を惜しまぬ働きで頭角を現し、社業を支える立場となる。激しい競争の中で、経営を守り抜いた。

 ★建設業界を暗い雲が覆う。原発事故による損害賠償は打ち切られる可能性があり、収益源だった除染作業は先細りだ。昨年の県内の建設工事受注額は震災後初めて前年を下回り、関係者からはため息が漏れる。復興や災害復旧を担う存在が消えていって困るのは、われわれ県民に他ならない。

 ★晩年、長靴の男は仏様のような相をたたえた。相手に向かい両手を合わせて「どうも」と静かにほほ笑む。交通安全関係団体の役員なども務め地域に尽くした。その人に対する信頼が会社への評価にもつながっていった。冬を迎える業界に何かを教えてくれる。(あぶくま抄)

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    このコラム 『旱天の慈雨』の如し 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。




この前、読んだ、山本周五郎の「季節のない街」が思い浮かぶ!

「季節のない街」商品の説明; 内容紹介

 “風の吹溜まりに塵芥が集まるようにできた貧民街"で懸命に生きようとする庶民の人生。――そこではいつもぎりぎりの生活に追われているために、虚飾で人の眼をくらましたり自分を偽ったりする暇も金もなく、ありのままの自分をさらけだすしかない。そんな街の人びとにほんとうの人間らしさを感じた著者が、さまざまなエピソードの断面のなかに深い人生の実相を捉えた異色作。

トップカスタマーレビュー

 是非読んで欲しいです。  投稿者  paddy

 ▼中学1年の国語の授業で先生が「今日はこの本を読みます。」と文中の「プールのある家」を朗読し始めた。ただ楽しさだけを選んで生活している様な年齢だったけれど、この話はとても深く心に刻まれました。20年経った今でもその余韻は残っています。その頃流れた涙も、この歳になり改めて読んでみて流れた涙も、同じ様に心の奥のほうから流れ出たような気がします。若い年代に是非読んで欲しい本、私も若い頃に出会って良かったと思う作品だからで

  ダイヤモンドのような・・・  投稿者  しまねこ 

 ▼物事をいろんな面から見るということはとても大切なことだと思う。正しいことも、ある面から見れば正しくないかもしれない。その中に自分の判断基準をどこに置くかが個性だ。多面から物事を見るということは、他人の視点で見ることにもつながり、それで周五郎の小説はしぜん、あたたかみを感じるのだろう。この小説は様々な人生を多面でカットしたダイヤのようにきらきらしているように、私にはみえる。 

 ▼開高健の解説より・・「季節のない街は解説を必要とする作品ではありません。こころ滅びる夜にゆっくりと読まるべきものの一つですが、文章の背後のそれほど遠くない場所につつましくかくされたものを読みとる静かな眼、この世のにがさに多少なりとも訓練を受けたことのある人なら誰にでもわかる!作品と思えます。」さすが、美しい解説文でございます!でも「こころ滅びる夜」なんて、こんな荒れた現代にはぴったりかもしれない。

 素の自分を発見できる人間の見本市   投稿者  れんそう

 ▼登場人物のキャラクターがとにかく多彩だ。物乞いをしながら空想に生きる親子。いびつな関係の夫婦。倹約を生き甲斐にする家族。吹きだまりのような貧しい街で、誰もが自分を飾る余裕がないからなのか。それぞれの人間の本性、素質が取り繕うことなくさらけ出される。それは最初、極端なキャラクター設定のように思える。しかし読み進めていくうちに「こんな人いるなぁ」と思えてくる。そして、登場人物を通して、これまで気づかなかった素の自分自身を発見する。

 ともだち。  投稿者Amazonのお客様

 ▼本書を初めて読んだのは、私が10代始めのころであった。今回、約30年ぶりに読み返してみたのだが、当時理解していた本書の内容と40代の私が読み直した内容とに、ずいぶん大きな開きがあることに気がついた。山本周五郎は、本物である。観念のお遊びだけで執筆された彼の作品を、私は知らない。

 ▼山周翁自身が直接見聞きし、感じ、考えたことしか書いていないように思う。
 飛躍して聞こえるかもしれないが、それゆえに山周翁の作品には普遍性があるのだと思う。某有名日本人売れっ子作家の駄作などよりも、この作品を翻訳し、海外の人々にも読んでもらいたい。日本人だけの財産にしておくのは、むしろ、冒涜ですらあろう。

 ▼「季節のない街」を読んだうえで、なんの感動も覚えることができないような人とは、友達になりたくないものである。特に「がんもどき」はなんとも言えず悲しい気分になりました。読み終わった後、「何かをしなければいけない」と気持ちが高ぶったのは不思議でした。

 『論語読みの論語知らず』の(珍念)深く恥じています。

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