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2016年1月

「都合のいい友人」

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▼面目が邪魔立てをして、喉の奥に引っ込めた愚痴は誰にもあろう。独り酒では胃に流し込めない、感情のささくれも大人にはある。〈そんな頼りなく、もどかしく、切ないものが、ある日、人の胸の底にはある〉。

 ▼演出家の久世光彦さんがエッセーにそう書き留めている。胸の内を語る際、久世さんが聞き手に選んだのは愛犬だった。主人の目をのぞき込む。言葉に小首をかしげる。余計な口をはさまない。「都合のいい友人」との会話にほぐされた悩みは多かった、と(PHP研究所編『愛犬幸福論』から)。

 ▼なるほど犬の物腰はどこか「友」を思わせる。汗顔ものの愚痴も込み入った大人の事情も、委細承知で受け入れてくれる。と、犬の度量に甘えてきたのは久世さんにかぎるまい。散歩の手間やご褒美のおやつ代など安いものである。

 ▼『吾輩(わがはい)』の卓識を持ち出すまでもなく、猫のまなざしには人の世をはすに眺めている趣がある。人を振り回しても、振り回される暮らしは不向きだろう。その分手が掛からないのも事実で、猫の飼育数が犬を上回る日は近いと聞く。

 ▼泉下の久世さんは、渋い顔かもしれない。時勢とはいえ、1人暮らしの世帯や高齢者の世帯が増え、手の掛かる犬は年々数を減らしている。人間の愚痴や悩みが減ったわけではない。〈呑気(のんき)と見える人々も、心の底を叩(たた)いて見ると、どこか悲しい音がする〉と、『吾輩』の声が上から聞こえてくる。

 ▼「友」と見込まれた犬には犬で、ぼやきがあるらしい。久世さんの耳には入れたくない一句がある。〈父ちゃんの愚痴飽きたとは言い出せず〉(『犬川柳』所収、辰巳出版)。すでに相談相手を猫に乗り換え、悪戦苦闘している方もおられよう。人の世もなかなか大変である。【産経抄】

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このコラム『起承転結』素晴らしい!



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    愛犬幸福論











 ★犬を愛する名文家35人の私的エッセイ。人の気持ちの奥深い部分をつかまえてはなさない犬たち。名文家たちの犬への愛しくせつない思いを綴った心あたたまるエッセイ集。

 ★どうしてこんなに心が奪われてしまうのか。どうしてこんなに体中で愛情を伝えようとしてくれるのか。名文家たちが犬への愛しくせつない想いを綴った、心あたたまるエッセイ集。

 ★小川洋子、高橋三千綱、落合恵子、浅田次郎、西木正明、夢枕獏、中平まみ、赤瀬川原平、小栗康平、早坂真紀、乃南アサ、諸井薫、小池真理子、久世光彦、島村洋子、三田誠広、村山由佳、藤本義一、瀧澤美恵子、松山猛、中野孝次、野坂昭如、立松和平、平岩弓枝、出久根達郎、長新太、佐藤愛子、泉麻人、皆川博子、田中小実昌、村田喜代子、加藤幸子、猪瀬直樹、酒井順子、久美沙織

 ★犬小屋をかじってグッタリしてしまったり、金魚掬いの水槽に飛び込んだり、家出をしたり、足掛けされるのを待っていたり……さんざん心配もかけてくれるけど、純でやんちゃでちょっとおばかな愛犬との幸せな日々。

 犬好きのかたもそうでないかたも楽しく読める、珠玉の35話。

珍念のコメントは『蛇足』・・・・・。( ^ω^)おっおっおっ

「グーゴル(googol)」

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   人工知能(AI)のコンピューターソフト
   「アルファ碁」





  米数学者カスナーはある日散歩しながら9歳のおいのミルトンにたずねた。1の後に0が100個もつく巨大な数を何と呼んだらいいか。ミルトンは「グーゴル(googol)」と答え、採用された

▲つまりグーゴルは10の100乗、ちなみに全宇宙の原子の数は10の80乗というから、気が遠くなる数である。その80年近く後、人類のもつ全情報の整理をめざす検索システムがグーグル(Google)と名づけられたのは、グーゴルのつづりを間違えたせいらしい

▲その米IT大手グーグルなどの研究チームが挑んだのは、グーゴルをはるかに超える10の360乗という局面変化をもつ囲碁の宇宙だった。人工知能(AI)のコンピューターソフト「アルファ碁」が欧州のプロ棋士と対戦、5戦全勝したとの驚きのニュースである

▲局面変化が10の220乗の将棋でも今やプロ棋士をしのぐ力を見せるAIである。だが囲碁は変化の数がさらに膨大で、局面の評価も難しい。AIがプロ棋士のレベルになるにはなおも相当の年月がかかると見られていた。それが従来の壁を一気に突破したかたちだ

▲無限に近い変化をみせる盤上の形勢を一目で見抜くのは人間の大局観であろう。将棋の羽生善治(はぶよしはる)名人は「大局観は経験を積むほどに精度を増す」という。どうやらAIは経験を自ら積み上げていく「深層学習」というプログラムで大局観に相当する力をつけたらしい

▲アルファ碁は近く韓国のトップ棋士と対戦する。AIも人の創作物である以上どちらが勝ってもそこは人間の勝利と思いたい。だがそうそう物分かりよく機械に座を譲りたくないのは人間の性(さが)だ。【余録】

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    コメントは『蛇足』・・・・




「ボディマス指数」

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 「肥満度」計算式 BMI= 体重kg ÷ (身長m)2適正体重= (身長m)2×22
BMI指数は、22の時に最も病気になりにくくなります。肥満度が高くなると、生活習慣病(糖尿病、高血圧高脂血症等)の確率が高くなります

 ▼「ボディマス指数」と呼ばれる健康用語がある。耳慣れない言葉だが、別名「BMI」と聞けばピンとくる方も多いだろう。体重と身長の関係から算出される体格指数のことだ。もっとリアルに言えば「肥満度」である。

 ▼計算方法は世界共通でも、判定基準は国によって異なる。日本では「25」以上なら肥満と判定、イエローカードだ。国際比較の目安となる世界保健機関(WHO)の基準は「30」以上を肥満としている。

 ▼そのWHOが先日、肥満の5歳未満児が2014年に4100万人に達したと報告した。肥満はもはや世界人口の4分の1にまで膨らむ。栄養不足よりも、栄養過多による死者が上回るとの見方もあるほどだ。報告書はスナック菓子などのジャンクフードや砂糖の摂取増加を指摘する。

 ▼米国を抜き肥満度世界一になったメキシコでは、対策として「肥満税」を導入した。「赤ん坊もコーラを飲む」と揶揄(やゆ)されるほど、炭酸がぶ飲みの国柄である。ジャンクフードのほか、炭酸飲料にも1リットル当たり1ペソ(約8円)の課税だ。

 ▼ハンガリーは「ポテトチップス税」、フランスは「ソーダ税」を導入済み。世界に広がりつつある肥満税だが、健康対策、医療費削減、税収アップの“一石三鳥”の思惑もあるらしい。飽食のツケは結局、我が身に降りかかる。自業自得ということか。 【天地人】

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Yubi


  このコラム『的を射る』素晴らしい!




「肥満は自己責任」

 ★10年ほど前、米下院が「チーズバーガー法案」と呼ばれる法案を可決したことがある。肥満を理由とした食品業界に対する訴訟を防止するのが狙いで、趣旨は「肥満は自己責任」。法案は上院で否決され、日の目を見なかった。

 ★飽食や運動不足による肥満を防ぐには、自己管理が鍵を握るのは確かだろう。とはいえ、米国では4人に3人が肥満か体重過多の状態にあり、子どもの肥満も増え続けている。政府が対策を本格化させて久しい。

 ★トランス脂肪酸の使用禁止もその一環だ。なじみのない人も多いだろうが、食用油などに含まれ、肥満や心臓病との関連が指摘されている。大手外食チェーンなどは既に使っていないとはいえ、食品業界は対応に追われることになる。

 ★脂質は三大栄養素の一つだが、過剰摂取を防ぐ取り組みは米国に限らない。デンマークは4年前、飽和脂肪酸を一定以上含む食品への課税に踏み切り、話題になった。だが、食品価格の上昇を招き、撤廃に追い込まれている。「食べ物の恨みは…」だろう。

 ★さて日本は。欧米に比べると脂質の摂取量が少ないことから、強制力のある対応はまだとられていない。ただし、脂質を取り過ぎている人の割合が増えているのは確か。さほど遠くないうちに、本格的な対策を迫られるかもしれない。

 ★過食と運動不足は健康の大敵、と貝原益軒の「養生訓」にある。3世紀を経ても古びる気配がない。【小社会】

これ以上<減らず口>を叩くと(閻魔さま)から叱られる ι(´Д`υ)アセアセ

2人の少女

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 明治期に来日した米国の動物学者エドワード・モースは帰国後の晩年、回想録「日本その日その日」をまとめている


▼その中に自分の屋敷の料理人の子供と友達の少女の2人を連れて東京の夜店を散策した時の話がある。モースは銅貨で10銭ずつあげ、どう使うのか見守った。2人は安いかんざしを売る店に立ち寄った

▼その後、座って三味線を弾く物乞いの女性に近づき、さりげなくざるの中に1銭ずつ入れた。10歳くらいの少女たちの身なりも決して豊かではない。自分もいつか他人に救いを求めるかもしれない。助け合いの気持ちが自然と身についていたのだろう

▼現代も貧富の差の拡大や格差社会が問われて久しい。富が偏在する一方、国民の生活は不安定だ。政府も景気対策を繰り返すため、恒常的な財政赤字に悩む。低成長の成熟社会を迎え、所得の再分配など分かち合いが必要な時代になった。お金持ちと貧しい人たちがいるのは世の常。でも富者が困っている人を気にも留めないとすれば、こんな貧しい社会はない

▼東日本大震災から3月で5年。原発事故もあって復興にはなお遠い道のりの地域も多い。今も支援やボランティア活動を続ける人の話を聞くと、モースの書いた少女たちの面影が浮かんでくる

▼善意の連鎖は人と人とを結びつけて、新たな交流を生んでいる。一握りだけの強者が栄える社会よりもよほど健全に見える。【卓上四季】

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Tin

     「貧乏とは少ししか持っていないことではなく
     無限に欲があり、いくらあっても満足しないこ
     とです」。
ウルグアイの前大統領のスピーチ
     (その使い方を知るまで、富者の財産をほめて
      はならぬ)。
 ソクラテス





 斯く言う、珍念。笑顔で善人のように、見えますが心は良くないです!
深く反省し、恥じています。

「日本その日その日」 商品の説明 内容紹介

★近代に染まる寸前の日本を科学者の目が見つめていた
 菓子屋の看板、人力車、屋敷の屋根瓦、和服の装い、そして、穏やかに暮らす人々。大森貝塚を発見した鋭敏な眼差しが惹きつけられたのは、明治最初期日本の何気ない日常の営みだった。多くのスケッチとともにのこした、日本滞在2年間の見聞記。

★大森貝塚の発見で知られるモースは、東京大学教授として滞在する間、膨大なスケッチと日記をのこしていた。その記録には、科学者の鋭敏な視線と、異文化を楽しむ喜びが満ちている。明治初期の文化風俗を語る際に欠かせない重要資料であり、なおかつ、読んで、見て楽しい日本滞在録。(解説・牧野陽子)

★日本で出喰わす愉快な経験の数と新奇さとにはジャーナリストも汗をかく。人通りの町を一列縦隊で勢よく人力車を走らせると、一秒ごとに新しい光景、新しい物音、新しい香り……御雇い外国人として東京大学に赴任した科学者は、明治十年代のまだ近代に出会ったばかりの列島の生活を、驚きと敬意をもって見つめていた。当時の生活文化を記録した重要資料であり、なおかつ読んで見て楽しめる明治日本見聞記。

最も参考になったカスタマーレビュー

東洋文庫「日本その日その日」の簡易版  投稿者  うさぎ饅頭 

★「日本その日その日」は元々、平凡社の東洋文庫シリーズとして全3巻で刊行されていたが今回講談社から文庫版として発売される事となった。「あれだけの内容をよく1冊にまとめられたもんだなぁ」と思いながら発売日当日に店頭で試し読みしてみた所、アラアラ。内容が所々省略されている。

★おかしいなと思い巻頭を見直したところ「訳者の意向により一部文章を削りました」という内容の旨が書かれていた。訳者の意向ということであれば仕方のない事に思えてくるが残念なのはモース本人が残したスケッチ画が大きく削られてしまった事だ。 これ以上は『蛇足』・・・・。

大きな駄々っ子 

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       『大きな駄々っ子』。評論家、大宅壮一氏の夫人
       昌さんが、40年間の結婚生活を綴(つづ)った本の
       題名である。
今や、元兵庫県議の野々村竜太郎被告
       (49)を表現するのに、これほどふさわしい言葉はない。



 ▼「やっと議員になったんですぅ!」。嘘の日帰り出張など、政務活動費の不正使用疑惑について、釈明するうちに子供のように泣きわめく。海外メディアまで関心を示したいわゆる「号泣会見」から、1年半がたった。その後も、奇矯な行動はおさまらない。詐欺などの罪を問われている野々村被告は、昨年11月の初公判を不可解な理由で欠席する。

 ▼神戸地裁は、強制的に出廷させるために、身柄を拘束する異例の措置までとった。昨日の初公判で、ひさしぶりに姿を見せた野々村被告は、頭を見事にそり上げていた。「男の顔は履歴書である」。大宅氏の名言に倣えば、野々村被告の顔は、でたらめな記載だらけの収支報告書である。

 ▼大宅氏といえば、新人記者のころから、「大宅壮一文庫」にお世話になってきた。氏の膨大な蔵書を基にした雑誌専門の図書館である。最近、利用者が減って赤字に陥っている。

 ▼昨年の書籍と雑誌を合わせた紙の出版物の販売金額も、過去最大の落ち込みを記録した。何でも、インターネットで片付ける風潮がますます強まっている。野々村被告に限らず、日本人の幼稚化を示す例には事欠かない。ネットの普及と関係があるのか、ないのか。

 ▼異論もあるが、テレビを批判した「一億総白痴化」も、大宅氏が生んだ言葉とされている。電車の中でも新聞や本を開く人より、スマートフォンに没頭する人ばかりが目立つ。大宅氏がこんな風景を目の当たりにしたら、同じ言葉をネットにぶつけるのではないか。【産経抄】

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  このコラム『言い得て妙』である・・・・
  安保法案・・・戦争法案?
  有事に備えた法案なのだ。






ふと、日蓮大聖人の言葉が脳裏に思い浮かぶ。

「夫(それ)賢人は安きに居て危(あや)ふきを欲(おも)ひ、佞人(ねいじん)は危ふきに居て安きを欲(おも)ふ」と仰せになっています。賢人は、たとえ安穏な境地にいても、常に危うきことが起こることを予想し、気をつけています。しかし、人は、自分の身が危険な状態にあるにもかかわらず、そのことに気がつかず、ただ眼前の安逸(あんいつ)を貪(むさぼ)っているのです。

「砂の器」映画の冒頭に述べてある。
「つくっては壊れを繰り返す砂の器のように人の幸せは儚いもの」
砂で作った器には、何を入れようとしても絶対に満ちることはない。
いずれ壊れ崩れていくのが砂の『宿命』だから・・・ (珍念) チト・サビシイ!

河井継之助に思いを馳せる



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  このところ、新聞を読みながら握り拳ができる日が続く。
 本紙の連載小説「龍(りゅう)が哭(な)く」が佳境を迎えた。
 長岡藩家老の河井継之助が新政府軍に奪われた長岡城を
 取り戻す場面だ。県人の多くがご存じの戊辰戦争のハイライトである



▼勇猛果敢な話だけではない。焼き払われた村では、家族を失った老人が継之助をたたいた。「おめさんらがみんな奪いおった」という領民の言葉が胸を打つ。地元で恨みを持つ子孫は少なくない。単純に英雄扱いできないのも無理はなかろう

▼開戦前の継之助は、藩政改革に取り組み、世界の情勢を把握し、戦争回避を目指した。幕末の情報分析官とでもいうべきか。作者の秋山香乃(かの)さんは「時代の先を見通す目をもった優れた人物」と語る

▼新潟市の「安吾賞」を受賞した作家の佐藤優(まさる)さんの話を聞く機会があった。元外務省主任分析官で、東京地検特捜部に逮捕、起訴された異色の人だ。ローマ法王の発言や緊迫する中東情勢を引き合いに、第3次世界大戦を危惧する分析はさすがである

▼大きな目をぎょろりとさせ訴えたことが印象に残る。「今を“戦間期”にしてはならない」。戦後から戦前にわたる狭間(はざま)の意味だ。空襲や原爆、侵略の皮膚感覚が消えつつあることに警鐘を鳴らしている

▼150年ほど前の戊辰戦争と比べ、先の戦争はまだ70年前にすぎない。継之助の功罪は今も語り継がれている。幕末の長岡を歩んだその意志を、歴史の教訓としてどう生かすのか。今日もページをめくって考えたい。【日報抄】

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秋山香乃「龍(りゅう)が哭(な)く」 商品の説明 内容(「BOOK」データベースより)

◆平藩士から上席家老へ異例のスピード出世を果たし、画期的な財政改革を成し遂げた継之助が、命を賭けて目指したものとは何だったのか?“日本史上もっとも個性的な英雄”の実像に迫る歴史巨編。表題作のほか、その後の長岡藩の苦闘を描いた「小説 米百俵」、図解入りで北越戦争を詳述した「実録!軍事総督河井継之助と長岡藩の戦い」も収録した豪華版。「河井継之助・関連施設のご案内」付き。

最も参考になったカスタマーレビュー 先の見えすぎた男 投稿者  カスタマー

☆越後長岡藩は戊辰戦争の激戦地のひとつだ。その激戦地を戦った長岡藩の家老が河井継之助である。けして身分は高くなかったがその先見性と政治能力はずば抜けていた。そのため彼はどんどん出世していき、最後は主席家老となり、小千谷会談後に奥羽越列藩同盟に参加することを決断した。

☆彼は武装中立を画策し藩兵を洋式に変え藩士の給料を百石に近づけることなどの改革もした。彼もまた財政の傾いた長岡藩を改革して成功させたのだ。でしゃばりな性格のため若いころは重役たちから嫌われた男の成長と自分の信念を強くもち新政府軍に対抗して散っていった男の生き様を読んでみるのもいいのではないだろうか。

「長岡藩」入門 投稿者キッズレビュー 

☆童門冬二さんの本は、私にとって歴史小説の入門書です。「長岡藩」や「米百俵」について平易に理解できるので、文献としても良い本です。

河井継之助の名言

※天下になくては成らぬ人になるか、有ってはならぬ人となれ、沈香もたけ屁もこけ。牛羊となって人の血や肉に化してしまうか、豺狼となって人間の血や肉をくらいつくすかどちらかとなれ

Hasiru


 珍念の愚考 (お笑い下され~い)










※仏典に【桜梅桃李】(おうばいとうり)の教えがある。

〇この世に生まれた来た以上、絶対に自分にしかできない自分の使命があり意味がある。そうでなければ生まれてはこない。「桜」には桜の、「梅」には梅の、「桃」には、桃の「李」には李、それぞれの個性があり使命があり、意味がある。

〇梅が桜に憧れて、桜になろうとしても、意味がない。梅は梅らしく、自分を咲かせきっていくことが正しいし、それが幸福です。個性はみんな違う。だから面白い。みんな同じだったら。つまらないでしょう。大切なことは、人と自分を比べることではなくて、『昨日の自分』と『今日の自分』を比べて、少しでも、成長しよう!と、思い日々過ごしていくこと。
 
〇また、自分にしか咲かせられない花を咲かせていくこと。 それが 本来の自分のあるべき姿なのである。(池田大作)

なぞかけ

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   (珍念)とかけて・うどん屋の釜と解く。
   その心は、お湯だけ・湯だけ・言う
    だけ。言うだけ・・・・



 なぞかけと言えば、ご存じ、落語家の大喜利でおなじみである。「○○とかけて××と解く。その心は□□」という形式で、古くから伝わる言葉遊びの一種である

▼数ある中で傑作といわれる作品がある。「坊さんとかけて朝刊と解く。その心は、袈裟(けさ)着て(今朝来て)経(今日)読む」。思わず「座布団1枚!」と叫びそうだ

▼さて芸人、サンキュータツオさん著「ヘンな論文」(角川学芸出版)にこんななぞかけも。「出版社とかけて刑務所と解く。その心は、校正(更生)が必須です」

▼折しも教科書会社の謝礼問題が噴出している。検定中の教科書を教員に見せ、意見を聞いたお礼として現金などを渡した。採択の公平性に疑念が持たれている。それだけにタイムリーなテーマである

▼三省堂のケースを発端とした各社の自己点検によると、22社のうち10社が約4千人に最高5万円を渡していた。どうやら教科書会社は校正ばかりか、更正も求められている

▼「採択の便宜を図ってもらうためでなく、より良い教科書を作るため」。会社側からそんな釈明も聞こえるが、規則破りを犯したのは疑いようもない

▼文部科学省には外部干渉を防ぐ一方で、現場の声を反映する方策も要検討だろう。今回の件を題材に拙いなぞかけを一つ。「教科書会社とかけてダイエットと解く。その心は、どちらも自省(自制)が肝心です」 【越山若水】

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「ヘンな論文」商品の説明 内容紹介

 珍論文ハンターのサンキュータツオが、人生の貴重な時間の多くを一見無駄な研究に費やしている研究者たちの大まじめな珍論文を芸人の嗅覚で突っ込みながら解説する。知的エンターテインメント本!

内容(「BOOK」データベースより)

 おっぱいの揺れ、不倫男の頭の中、古今東西の湯たんぽ、猫カフェの効果…なかなか見る機会のない研究論文。さがしてみれば仰天のタイトルがざくざく…。こんなことに人生の貴重な時間を割いている人がいるなんて!

最も参考になったカスタマーレビュー

 面白おかしくツッコミを入れながらも、研究者たちの純粋な情熱に対する敬意が伝わってくる 投稿者  Edgeworth-Kuiper Belt 

 ◆変わった研究論文を探して紹介した本。著者は日本初の「学者芸人」。一般人の常識を見透かしたツッコミを各所に入れながら、面白おかしく、見つけた珍論文の数々を紹介している。

 ◆「河原町のジュリー」の噂の分析。公園の斜面に座るカップルの行動と他人との距離の関係の観察。浮気していて家庭も円満な男性が何をどう考えているのか。あくびがなぜうつるのか。インスタントコーヒーをかき混ぜる音がなぜ変わるのか。女子高が共学になるとどうなるか。猫の癒し効果。なぞかけと面白さの反応の関係の調査。

 ◆オリックス・バファローズにおける元近鉄ファンと元BWファンの違い。現役の床山たちへのアンケート調査。単語数が13万7335個ある標準的な国語辞典で計算した場合に一番長いしりとりは5万6519単語続く。「おっぱいとブラの揺れ」の関係。湯たんぽの研究。こういった研究が紹介されている。写真と短いコメントだけだが、「洗面ボールと使いやすさに関する一実験」も興味を引く。

 ◆著者の名調子によるガイドがなかなかいい味を出していて、これによって「これが一体何の役に立つの?」の一言で終わってしまいそうな数多くのほとんど埋もれたような論文が輝きを放っているという面はある。また、著者は単に面白い研究を紹介するだけでなく、「珍論文には、役得がないかわりに、純度の高い情熱が詰まっている」とあるように、純粋に興味のあるものを学術的な手法で徹底的に調べようとする研究者たちへの敬意も十分払っている。

 ◆実際、本書ではその論文を書いた研究者と連絡を取った後日談も各所で添えられているのだが、地味な研究がこうして発掘され日の目をみて各研究者たちはみんな結構嬉しそうである。湯たんぽの研究をしていた70歳で退官した名誉教授は、大学に引き取ってもらえず家族からも明らかに邪魔物扱いされている湯たんぽコレクションを紹介しながら、いきなり4時間も話してくれたらしい。この生活学の大家の伊藤紀之という先生の「大量生産の過程を経るとデザインは必ずファッション化の道をたどる」という指摘はなかなか鋭いと思った。

 それにしても、つくづく、日本は平和な国だと思った。
あ・・調子に乗って演壇で講義している錯覚に舞い上がっています。
『空樽は音が高い』  ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

戦争と感染症

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  「尿にアリが寄ってきたら糖尿病」「血が一升以上出たら命が危ない」。
生きていれば100歳近い父が南方戦場の見聞をよく話していた。戦死するより、病気や飢えで命を落とす兵が多い過酷な戦争だった

▼なかでも日本兵はマラリアに苦しめられた。蚊の一種が媒介するマラリア原虫が肝細胞で増殖して感染する。40度前後の高熱を繰り返し、最後には意識低下を起こして死に至る

▼佐藤健太郎さんの近著「世界史を変えた薬」(講談社現代新書)によると、マラリアの流行は今は熱帯や亜熱帯地域に限られるが、かつてヨーロッパや日本でも猛威を振るった

▼アレキサンダー大王や一休さん、平清盛も犠牲になったとする説がある。バチカン宮殿のあたりは、かつては沼地で蚊が多く、マラリアはイタリア語で「悪い空気」を意味する

▼マラリアは今もアフリカ中心に年3億~5億人の患者が出て100万人以上の命を奪っている。近年は減少傾向とはいえ、エイズ、結核と並ぶ「世界三大感染症」に数えられる

▼戦争は見知らぬ土地で多くの兵士が交戦する。環境の悪い場所で集団生活するため、戦場は感染症拡大の温床になる。第1次世界大戦ではスペイン風邪が世界中に広がった。人類が感染症の撲滅に歩み続けるように、戦争もまた根絶できないか。【凡語】

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佐藤健太郎「世界史を変えた薬」

 医薬品というものは、どうにも不思議な代物だ。老若男女を問わず、誰もが薬のお世話になっているにもかかわらず、薬について詳しいことはほとんど何も知られていないに等しい。口から飲み込んだ小さな錠剤が、どのようにして患部に届いて痛みや炎症を鎮めるのか、簡単にでも説明できる人は相当に少ないだろう。

 近年は、医薬品の過剰投与や副作用などネガティブな側面ばかりが強調されがちだが、人類は医薬品の発明によってその寿命を飛躍的に伸ばしていた。「死の病」と恐れてきた感染症は、抗生物質の発明により、ありふれた病気になった。あまり意識されないが、いくつかの医薬品は間違いなく、世界史を変え、人類の運命を変えてきた。

 医薬の科学はなおも発展の途上にあり、今後さらに大きく社会を変えてゆく可能性を秘めている――というより、確実に変えてゆくことだろう。とすれば、医薬と人類の関わりを、歴史の流れに沿って眺めておくのは、意義のある試みであるに違いない。

第1章 医薬のあけぼの
第2章 ビタミンC 海の男たちが恐れた謎の病気
第3章 キニーネ 名君を救った特効薬
第4章 モルヒネ 天国と地獄をもたらす物質
第5章 麻酔薬 痛みとの果てしなき闘い
第6章 消毒薬 ゼンメルワイスとリスターの物語
第7章 サルファ剤 道を切り拓いた「赤い奇跡」
第8章 サルファ剤「奇跡の感染症治療薬」誕生の物語
第9章 ペニシリン 世界史を変えた「ありふれた薬」
第10章 アスピリン 三つの世紀に君臨した医薬の王者
第11章 エイズ治療薬 日本人が初めて創った抗HIV薬





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   手塚治虫の「ブラック・ジャック」を思い出しました。
   ある時、恩師が急死しブラック・ジャックが手術して
   奇跡が起こり蘇生しましたが、間もなく死亡。
   なぜ手術は成功したのに亡くなるとは!




 ※そんな時、恩師の言葉が聞こえてきました。「人間が生き物の生き死にを自由にしようなんておこがましいとは、思わんかね」生命には目的がある。その目的を終えた生命はさっさと死の向こう側へ旅立ってしまう。それを何とかこちら側に引き留めようと奮戦するブラック・ジャックの姿は、もしかしたら、生者の勝手な傲慢なのかもしれない。

 ※死ぬよりも生きている方が幸せなはずだと考えるのは、生きている者たちであって、死に行く命(魂)には、これとは違う見解があるのかもしれない。生と死の境 界線上で必死にメスをふるうブラック・ジャックもそんな医学の限界を知っています。医学は魂の領域には踏み込めない。それを知っているから、ブラック・ジャックは常に苦悩の中で生きなければならないのです。

 ※いちばん大切なものは何か、それを忘れない医療でありたい。人間は誇りなし には生きていけない動物だからです。医師としての名誉のためなら、患者の人権など二の 次にしてしまう。悲しいけれど、そういう医者も、少なからずいるのが現実です。移植手術で名を挙げたいばっかりに正しい手順で脳死判定をしなかったり、名誉を守りたいばっかりに明らかな医療ミスを闇に葬る。

 ※度々、そんなニュースを目にします。人間を無視し、自分たちのプライドだけを守ろうとする医者たち。同じ医学博士だからこそ、手塚治虫の描くこの物語には、医者たちの権威主義に対する厳しい視線が光っています。

 ○もやもやした思いを、ことばにした瞬間に、言葉は言霊となります。人が、言葉を発するのではありません。言霊が、あなた自身を、生み出すのです。<バーナード・ショー >

「コピペ」・「コピペ」と仄かに声が聞こえる・・・・ι(´Д`υ)アセアセ 

笑う  ヽ(*´∀`)ノ

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 「とっとりがとったり」と駄じゃれで受賞の喜びを表す
 平井知事(左)と村上さん=21日、大阪市北区の
 リーガロイヤルホテル




 「八方ふさがりと思えるとき、笑いが思いがけぬ方向に突破口を開いてくれる」。
心理学者で、元文化庁長官の河合隼雄さん(1928〜2007)の言葉だ。無類の冗談好きだったらしい

◆河合さんの呼びかけで03年に発足した関西元気文化圏推進協議会。東京一極集中を是正し、地域文化を掘り起こそうと、官民が垣根を越えて参集した。鳥取県は08年に仲間入り。本紙も会員に名を連ねる

◆その協議会が選ぶことしの「関西元気文化賞」ニューパワー賞に昨日、鳥取市の「すなば珈琲(コーヒー)」が選ばれた。同じ賞には芥川賞を受賞したお笑い芸人、又吉直樹さんも。大賞は「平成の大修理」を終えた姫路城。そうそうたる顔ぶれが並ぶ

◆受賞理由は、平井知事の「スタバはないけど日本一のスナバがある」の駄じゃれを受け、実際に「すなば珈琲」を開業。「大ピンチキャンペーン」などユニークな話題づくりで注目を集めた。まさに笑いが突破口を開く実例というわけだ

◆選考委員から「名前は冗談っぽいが、やっていることは驚くほど真面目」と評された村上和良オーナー。今でも東日本大震災の被災地に足しげく通い、支援活動を続ける。今後のさらなる活躍に期待したい。「海潮音」

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    "チャーリー"・チャップリン
  無駄な一日。それは笑いのない日である



☆ 笑いは現代人のストレス緩和に益があるだけでなく、人間関係の潤滑油にもなる。人の表情で最も認識されやすい「笑顔」には、周囲から親愛の情を引き出す働きもある。タイミングのいい笑顔が、こわばった空気を一変させる ことは珍らしくない。

☆ 「笑うことは素晴らしい」を信条にしたチャップリンが「人生における最も厳しい事態をも笑い、死すらも笑うことのなかには、健康なものがある。 笑いは強壮剤であり、気晴らし苦痛の放棄である」と語ったのは有名ですが!「笑い」はこの世で最も健康的といえます。

☆ 笑顔は「幸福の結果」というより「幸福の原因」としての意味が大きい。 笑える状況に笑うのは「幸福の結果」で当然ですが!問題は笑いが消え入るような厳しい中に笑顔でいられるかどうかですが。 作り笑いや ”顔で笑って心で泣く”では生命の地金がすぐ出てくるやも、知れません。

☆ 日蓮大聖人は竜の口の刑場に向かう途中 悲嘆する在家の四条金吾に「これほどの悦びをば、わらへかし」と仰せになった。苦難の極限にあって「わらえかし」といえる大境界。【珍念】も また、どんな難局にも心の深層から「笑える」境涯になりたい! モジモジ(。_。*)))

老後の不安「3K」

  
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  高齢化が進む日本には、老後に到来する三つの不安
  「3K」があるという。3Kとは、「健康は大丈夫か」「金の
  心配はないか」「孤立する懸念はないか」の頭文字から
  取ったようだ





▼確かに、いつまで健康でいられるか、とても心配だ。長い期間、年金保険料を支払ってきたのに、受け取る前に死去した知人が何人かいる

▼金融機関のちらしは「ゆとりのある老後を過ごすには1億円が必要だ」などとあおる。生命保険文化センターの調査(2013年度)では、「ゆとりある老後生活費」は、1カ月当たり約35万円と回答があったという

▼65歳から90歳まで、1ヶ月の必要資金を35万円として計算すると約1億円になる。だが、現役時代には住宅ローンや教育費など金がかかる。退職金に預貯金、年金額を加えても1億円に達しない人は多いのではないだろうか

▼会社人間を続けたため、退職後に地域に溶け込めずに、孤立感を深める男性も多いと聞く。友人と上手に時間を使う奥さんに比べ、退職した旦那さんには行き場がないのだ

▼そして、最近の週刊誌や月刊誌の見出しには、「老後破産」「下流老人」の文字が並ぶ。「健康で金の不安もなく孤立しない老後を迎える方法」。いいアイデアは浮かばない。定年を過ぎても働き、他人に迷惑がかからない趣味でも持つしかないか。<雷鳴抄>

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      このコラム『頂門の一針』痺れる・・・・

 身体の老いは怖れないが、心の老いが怖ろしい。(中国のことわざ)
     これ以上は『蛇足』



人命軽視スキーバス大事故

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 重大なバス事故が起きるたびに、「こんな人がいたら事故など起きないのに」と歯がみをしながら思い出す名前がある。1947年、西彼時津町打坂峠で、崖から転落しそうになったバスの乗客を、命を投げ出して守った鬼塚道男車掌(当時21歳)だ

▲ブレーキの故障でバスが後退を始め、乗客が「もうだめだ」と思ったそのとき、転落寸前でバスが止まった。降りてみると、鬼塚車掌が車輪の下に飛び込んでバスを止めていた

▲バスの運行は、人の命を預かる仕事だ。何が何でも乗客の命を守り抜く決意と覚悟がなければ、この仕事に携わる資格はない。現場も会社もバス運行に関係する全員にとって、鬼塚車掌の崇高な精神を共有しておくことは必須の資格要件だ

▲長野県軽井沢のスキーバス転落事故で大学生ら15人が犠牲になった。希望にあふれた若者たちの命が一瞬にして奪われた

▲ツアー企画会社やバス会社の無責任極まる実態が次々と明るみに出ている。なぜ、こんな悪徳ビジネスの横行を許してしまったのか。徹底的に検証しなければならない

これらの会社に人命優先の思想はなく、あるのは、人命を軽く扱って儲(もう)けようとする営利優先の思想だけだった。鬼塚車掌の精神の一片でも彼らが持ち合わせていれば、決して起きなかった事故である。【水ゃ空】

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   <ツアー企画会社やバス会社の無責任極まる実態が
   次々と明るみに出ている。なぜ、こんな悪徳ビジネスの横行
   を許してしまったのか。徹底的に検証しなければならない>



 で・・誰が責任をとるのかなぁ・・? 

 江戸時代の為政者は当然(恥をしり責任)をとり切腹したでしよう。才能ある畜生は、何とも思わない。他人ごとのように振る舞う!
      
『万物の霊長』人間の奢りに市井の筆者は(杞憂)している!
 

専門ばか

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 日露講和条約  


 ポーツマス条約(ポーツマスじょうやく、は、アメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトの斡旋によって、日本とロシア帝国との間で結ばれた日露戦争の講和条約。

 日露講和条約とも称する。1905年(明治38年)9月4日(日本時間では9月5日15時47分)、アメリカ東部の港湾都市ポーツマス近郊のポーツマス海軍造船所において、日本全権小村寿太郎(外務大臣)とロシア全権セルゲイ・Y・ウィッテの間で調印された。また、条約内容を交渉した会議(同年8月10日 -)のことをポーツマス会議、 日露講和会議、ポーツマス講和会議などと呼ぶ。(ウィキメディア)


 ▼日露戦争における講和会議の開催地や先の世界大戦で日本が宣戦布告した相手国はどこだったか、を問う問題が関西の、ある私大医学部のテストで出題されたことがあった。

 ▼断っておくが入試ではない。医学部生を対象にした専門科目〈病理学〉の期末試験だ。医学知識とはまったく関係のない設問に怒った父親らしき読者からの投書が載った新聞紙上で、是非をめぐる論争が巻き起こった(柳田邦男著「石に言葉を教える」新潮社)。

 ▼当時65歳だった教授は、医学知識以外のことに疎いと患者との日常会話が成り立たなかったりするため、畑違いのことを勉強してみようというきっかけにしてほしかったという。つまり、専門ばかにならないことを願っての出題だった。

 ▼昨年6月に文科相名で出された国立大学長への通知は大きな反響を呼んだ。文系分野を縮小するか廃止して、浮いた予算と人員を理系分野に配分しなさい、とも読み取れる通知内容に対して各学長が中央公論2月号アンケート特集で主に否定的見解を寄せている。

 ▼「幅広い教養と深い専門性を備えた人材を育成するためには人文・社会科学の素養を身に付けることは不可欠」(千葉大)や「多面的に考える力や判断・表現力を養うには人文社会科学系の学識が重要」(岡山大)などの回答が大半だ。

 ▼大学入試センター試験が終わったが、まだ気を緩められない受験生たちだ。冒頭の問題が解けない人は少ないだろうが念願果たして合格後も幅広く「知の土台」づくりに励んでもらいたい。理系も文系も専門ばかでは通じない時代である。【くろしお】

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このコラム『言い得て妙』・・・・。

「小豆移し」

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    塚原卜伝                        ゲーム「小豆移し」


 戦国の世に生まれ、剣聖と呼ばれた塚原卜伝は、諸国を回って修行に励み、生涯を通じて一度も敗れなかったといわれている

▼さまざまな逸話を残し、剣豪小説の主人公に何度も取り上げられてきた達人は、いかなる精神修養に取り組んだのだろうか。想像は尽きない

▼この夢を膨らませたのが鹿嶋市の町おこし団体「楽しかっぺ鹿嶋」。偉大な郷土の先人を顕彰し、同時に誰もが親しめるゲーム「小豆移し」として提案した

▼ルールは至って簡単。小皿に入った小豆を箸でつまんで隣の皿に移すだけ。これが思いのほか難しい。1分間の制限で他人との競争になると、難しさはさらに増す

▼筆者も何度か試したが、調子が良いと約20粒。つるつるした豆を一度つまみ損ねると焦りが生まれ、心を鎮めるのが大変だ。卜伝の名を冠するだけで、何やら修行めいてくるから不思議なものである

▼現在は市内の行事などで体験を行っており、将来は大会を開きたいという。これが広まるかは今後の普及活動次第だが、食べ物を粗末にするような早食い競争よりは、よほど気が利いて品もある。町おこしのヒントは案外身近な歴史の中に隠れているのかもしれない。【いばらぎ春秋】 

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    コ メントは『蛇足』・・・・




守り刀か妖刀か




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   「抜けば玉散る氷の刃(やいば)」

   江戸時代後期の伝奇小説「南総里見八犬伝」に
   出てくる架空の刀「村雨」は、こう形容される。
   さやから抜けば周囲に冷気が漂い、切っ先から
   水が滴る名刀






 ▼敵のたいまつやかがり火を消し、山火事を鎮め、持ち主を危機から救う「守り刀」でもある。刀身がすり替えられて持ち主が変遷し、八犬伝の中で「準主人公」的な役割を果たす

 ▼似た銘の刀に、実存する「村正」がある。徳川家康の祖父清康と父広忠が斬られたときや、嫡子信康が自害した際に介錯(かいしゃく)に使われた刀がすべて、名匠村正の作だったとして、徳川家に災いをもたらす「妖刀」とされる。家康自身も村正の短刀でけがをしたという

 ▼北朝鮮の金正恩第1書記が手に入れたとする「水爆」は果たしてどちらか。「米国の核の脅威から国の自主権と民族の生存権を守る」守り刀と主張するが、外部からは、手に持てば人を斬りたくなる呪われた妖刀としか映らない

 ▼敵視する米国では、オバマ大統領が銃規制の強化を涙を流しながら訴えた。「愛すべき自分の子どもが凶弾に倒れるなどと誰が想像できるか」と。護身用だったはずの銃で関係ない人が死傷する矛盾。野党・共和党の強硬な反対が理解しがたい

 ▼村雨は後世の映画や漫画のせいで妖刀という誤った印象が広まった。村正と混同されたとの説もある。要は使い手次第。「水爆」も銃も、制御不能な妖刀に変えさせてはならない。【地軸】

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       『馬鹿と鋏は使いよう』・・・。
       ふと、黒澤監督の映画(椿三十郎)
       の名場面を思い出す!






※入江たか子が三船を諭す場面は何度観ても微笑ましいが、その言葉には
有無を言わせぬ説得力が伴っていて重みが感じられた。『椿三十郎』で入江たか子扮する家老の奥方が荒々しい三十郎を諭すセリフがある。

※「あなたは少しギラギラし過ぎてますね。鞘(さや)に入っていない抜き身みたいに。でも本当にいい刀はちゃんと鞘に入ってるものですよ」

 三十郎の男臭さと血なまぐさい殺陣がこの映画のひとつのトーンになっているなかで、それとは違った、穏やかで柔らかな空気を送り込んでくるもう一方の重要なトーンをおもに入江たか子が荷なっていた。上のセリフを彼女は、嫌味の欠片も感じさせない、まるで柔らかな優しい光で包み込むように発している。

<一言居士>の珍念、『恐れ入谷の鬼子母神』・・・・(*゚ー゚*)

「百万を超える人々の命を救った男」

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   ニルス・ボーリンとV型3点式シートベルト

「百万を超える人々の命を救った男」。そう称賛される発明家がいる。スウェーデンに生まれ、十四年前に八十二歳で逝ったニルス・ボーリンさんだ

▼その名は聞いたことがなくても、彼の発明品には日々お世話になっている。ボーリンさんは、自動車の三点式シートベルトの生みの親なのだ。一九五〇年代には腹部だけを締める二点式ベルトが一般的だったが、自動車メーカー・ボルボの技術者だった彼は胸と腰を同時に締めるベルトの開発に挑んだ

▼とにかく簡便でなくては使ってもらえない。使ってもらえねば命を救えない。そう頭を絞って編み出したのが、一本のベルトを折り返し、一つのバックルで留めるだけの簡潔なデザイン。何げなく使うシートベルトをあらためて見れば、なるほど見事な着想だ

▼その希代の発明家も泉下で唇をかんでいるだろう。軽井沢のバス転落事故で十四人もの命が奪われた。乗客の証言によれば、ベルト着用の指示が出されることもなく、多くの乗客が着用していなかったという。着用が徹底されていれば助かった命も…と思えてならない

▼ボルボが新ベルトの開発に取り組んだのは、当時の社長が親族を交通事故で失ったからといわれる。同社は一人でも多くの命を救えるようにと特許を無償公開して普及に努めた

▼そんな先人たちの思いも、私たちがカチッと締めねば、実ることはない。【中日春秋】

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※日々、稚拙なコメントを垂れ流す【珍念】・・大いに反省している。穴があったら入りたい。
これ以上は『蛇足』なのだ! \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

<仲直り実は大人も難しいごめんが言へた君は立派だ>

 

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 生涯に1300もの発明をしたエジソンは、80の坂を越えてなお一日16時間働いたという

 ▼それもあってのことだろう。「天才とは1%のひらめきと、99%の汗である」。この名言で努力の大切さを伝えたとされる。そうでもないのだがな、と当の本人は不満だったらしい

 ▼子どもは誰しも、たわいもないことも含め、ひらめきの天才。大人になるにつれその能力を失うが、全てなくしてしまうわけではない。このひらめきを大切にしてこそ99%の汗が生きる。そう言ったつもりが、汗こそ大事といったふうにねじ曲がった

 ▼「あの桜は僕がおので倒したんです」。初代米大統領ワシントンの桜のエピソードが捏造だったことは有名だ。「名言の正体」(学研新書)によると、2007年に米財団が少年時代の住まいを調べたところ、桜も切り株も、おのさえもなかった。正直者の逸話は、欲深い伝記作家のうそで塗り固められていたのである

 ▼「真の友情はゆっくりと成長する植物である」。度重なる危機も乗り越え、じっくり育てよう-。こちらはワシントンが本当に語った言葉。うそと無縁の誠実な人だったようだ

 ▼こちらも実体験に基づいているのだろう。先日の歌会始から一首。<仲直り実は大人も難しいごめんが言へた君は立派だ>(神奈川県 内藤潤さん)。けだし名言である。【鳴潮】

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「名言の正体」内容」 (「BOOKデータベースより)

 ◇エジソンは、「努力」なんてものをまったくすすめていなかった!ナポレオン、ナイチンゲール、野口英世などなど、歴史を彩る偉人たちと、彼らが残した珠玉の名言。でも、それらの名言を探ってみると、まったく違う顔をした偉人たちの姿が見えてくる。あまりにも意外な「名言の正体」とは。

最も参考になったカスタマーレビュー

実は・・・がいっぱい  投稿者  ligabbvarcd

 ○古今東西のさまざまな名言を集め、一味ある名言集を何冊も発行している著者が、タイトル通り、その正体を暴いています。偉人たちが発したとされていた名言は、実は本来はもっと違う意味を持っていた。一般世間(と言っていいのだろうか?)でのイメージとは、かなり異なる意味だった名言も多く、思わず唸ってしまいつつ、読み進めることができました。

 ○名言と、その名言を発した偉人を通して、その時代背景だったり、誤って伝わった歴史の流れなどを感じることができました。いつの世も人間なんて自分勝手でいい加減なもので、でも、そこが面白かったりもするんでしょうね!?
 

読んで知る「名言の正体」 投稿者  Hachiouji-love 

 ○目次を見て頂ければ分かるように所謂名言が「なぜ誤って伝えられたか?」という面白い視点に立って書かれている本書。そもそも名言とは何なのでしょう?少なくとも現代に伝わり、残っているから名言なわけです。ではそれが伝わっているのは何故なのか?

 ○勿論、誰かがそれを伝え、伝えてきたから残るわけですね。即ち、名言というのは非常にインパクトの強い言葉であるだけに、誰かが伝えてきたものである。それだけに伝える人のバイアスがかかりやすい、故に誤解されて伝わってきていることが多い、というわけです。

 ○本書はその誤解に目を向けることでその名言の真の価値や、その名言の生まれでた当時の社会情勢なども知ることができるという一粒で2度美味しい作るになっています。「この名言は本当はこんな意味だったんだ!!」

 ○本書を読んで、是非そうした驚きを味わって下さい。そしてそうした誤解が生まれた要因を考えることは知的好奇心を満たされる至高のひとときであることは間違いありません。是非是非一読をオススメします。

これ以上減らず口を叩くと(閻魔様)から二枚舌をヤットコで引き抜かれる!

           口を閉じます ( ^ω^)おっおっおっ

「ごめんなさい」

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 〈このご恩は忘れませんと寄りつかず〉大田佳凡。困った時に人に助けてもらった。その恩を忘れることはなくても、お礼の気持ちをどう表したらいいのか、などと考えているうちに、ついついひと言の機会を逸してしまう。

 ▼川柳はそんな心理のあやを詠んでいるが、南国市の「第12回ハガキでごめんなさい全国コンクール」の大賞作品は、恩義をめぐる1人の人間の葛藤の物語だ。相手の善意を悪意と誤解。その一瞬を70年間も忘れられなかったという。

 ▼1946年の復員列車での体験を回想したのは新潟市の今井包和(かねかず)さん。列車が大阪駅で長い間、停車していると、支給の白米を集めて炊いてくれるという女性がいた。渡したものの「持ち逃げ?」と疑った。

 ▼しばらくして目の前に現れたのはほかほかのご飯。「湯気の立つ銀舎利。涙が出ました」とつづる今井さんの心には、疑ったことへの悔いがずっとあったようだ。98歳でこのコンクールに応募したことがそれを物語っている。

 ▼「(戦中、戦後の食糧難の時代)真っ白なご飯はまるでキラキラ輝く宝石のように見えた。ご飯を腹一杯食べてみたいという願望が銀シャリという言葉を生んだ」(水原明人著「死語コレクション」)。それほどの貴重品だから、邪推にはそれなりの背景があったが…。

 ▼あの瞬間に戻ることができたら「ごめんなさい」と頭を下げたい。こんな思いを持つ人は意外に多い気がする。 【小社会】 

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Sigo
   「死語コレクション」
時代の姿を映し出し
   時代と共に生き、やがて忘れられ、消えて
   いった言葉の群れ。日本近代の激動史を
   たどる異色の死語辞典。






 「死語」とは何か――過去、ある時代には誰もが知っている当たり前の言葉だったのに、今ではまったく使われなくなった、あるいはその存在さえ忘れられてしまった言葉がある。そういう言葉を我々は「死語」と呼んでいる。しかし、その言葉がある時期になぜ使われ、現在はなぜ忘れられてしまったのか? 

 そこには必ず理由がある。そして、その理由を探っていくと、その裏に大きな時代の流れのあることに気づかされる。ある時代をもっとも特徴づけ、その時代とともに消えていった言葉というのは、言い方を変えれば、その時代の世相、風俗、政治、社会の姿を我々に対して雄弁に物語ってくれる貴重な証人なのである。――本書より

※粗忽者の(珍念)毎晩、寝る前に「ごめんなさい」と反省し、恥じている。

『心の駒に手綱許すな』・・・ι(´Д`υ)アセアセ

60歳からの主張


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    エッセイ・小論文部門で最高賞を受賞した
    黒川聖さん=11日、東京・銀座






 昔懐かしい「だご汁」は体が温まって、寒い朝にはごちそうだった。熊本県では小麦粉に大豆などを混ぜて作るおやつ用の「まめだご」があるそうだ。その作り方も今や忘れられつつあるらしい

◆熊本市の黒川聖さん(90)は、まめだごについての思いを新聞に投書したところ、読者から「レシピがほしい」という要望を受けた。その中には100歳近い女性もいて、高齢になっても意欲と好奇心を持ち続けていることに感心し、「思わず最敬礼した」という

◆その体験をまとめた作品が「60歳からの主張」のエッセー・小論文部門で優秀賞に選ばれた。同賞は全国老人福祉施設協議会の主催で、「もうひとつの成人式」として12年続いている。投稿を介して見ず知らずの人たちに交流が生まれたところは、心温まるエピソードだ

◆60歳には多くの人が第二の人生をスタートさせる。定年後も仕事を続けたり、ボランティアや市民活動など新たな分野で社会に貢献する人たちもいる。長年の間に培った識見や経験は社会にとって有用だろう。第一線を退いた後も、どしどし主張してもらいたい

◆川柳部門の優秀賞になったのは、72歳男性の「何曜日? オレにあうたび訊(き)く主治医」。作者は67歳から川柳をつくり始めたという。何事も遅すぎることはないことを教えてくれ、とても励みになる。【有明抄】

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   このコラム『的を射る』!

意味の有る無しで価値は決められない

 ※あるお寺に和尚さんがいたのだが、長年老体に鞭打ったのが仇となり、とうとう半寝たきり状態になってしまった。読経や寺の掃除など一切の業務を弟子に任せきりとなってしまったため、暇を持て余してしまった和尚さんは、ある日から文字の書いたカードを仕切りに音読し始めた。弟子が不審に思っ「それは何か」と尋ねると、和尚さんは笑顔で「英単語の暗記カードだ」と言う。

 ※和尚さんの年齢はその時すでに80歳を越えていた。残念ながらこの先回復する見込みもなく、はっきり言って後は死ぬだけ。弟子は気後れしながらもそのことをやんわり和尚さんに伝え、失礼とは思いつつ、それが「無意味」であるとたしなめる。

 ※すると和尚さんは怒ることもなく、「昔から英語がぺらぺらになりたいという夢があった。もう80を越え、先も短いかもしれないが、今度生まれ変わったとき少しでも楽に覚えられるように、今のうちに勉強しておるのじゃ」と笑顔で答えた。それを聞いた弟子はその前向きさに感銘を受け、それから暗記のお手伝いをするようになった。

珍念の灰色の脳細胞は冴えません。コピペ」・「コピペ」と仄かに声が聞こえる・・・モジモジ(。_。*)))

 

みんなの学校

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 「子どもが学ぶ場は、学校ですか。それとも教室ですか」。そう問われたが、答えの前に質問の意味がよく分からない。9日、長崎市内で開かれた講演会は、講師の木村泰子さんが矢継ぎ早に問い掛け、びっしり満席の参加者は考え、笑い、発言した

▲木村さんは大阪市立大空小の前校長。ここは特別支援学級がない。障害がある子も健常とされる子も同じクラスで学ぶ。そして不登校の子はゼロ。その取り組みは「みんなの学校」という映画になり、県内でも自主上映された

▲30人の子どもの中に、先生の言うことを聞けない子がいる。そこで言うことを聞かせようとするか。それとも、その子があすも登校できる場所にしようとするか。木村さんは問う。そのどちらが、残り29人の他者や社会を理解する力を育てるか

▲そんな学校では毎日トラブルが起き続ける。木村さんも教師個人には解決不能だと認める。学級担任という形が既に現代に合わない、と

▲大空小は学級担任の枠を壊し、教職員全員が全校児童を担当する。保護者にも「学校をつくる」という参加意識を求め、全体で子どもを見守る

▲なぜそんな学校にしたのか。「地域の誰でも安心して暮らせるのが普通の公立小学校だから」。それは理想だが現実には難しい...という感想もあろう。でも彼女は「やればできるのに」と笑う【水ゃ空】

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〈 書籍の内容 〉「みんなの学校」が教えてくれたこと

◇2015年2月から全国で公開され、大ヒットしたドキュメンタリー映画『みんなの学校』。この映画の舞台となった大阪市の公立小、大空小学校では、「自分がされていやなことは人にしない」というたった一つの校則と、「すべての子どもの学習権を保障する」という教育理念のもと、障害のある子もない子もすべての子どもが、ともに同じ教室で学んでいます。

 全校児童の1割以上が支援を必要とする子であるにも関わらず、不登校児はゼロ。他の小学校で、厄介者扱いされた子どもも、この学校の学びのなかで、自分の居場所を見つけ、いきいきと成長します。また、まわりの子どもたちも、そのような子どもたちとのかかわりを通して、大きな成長を遂げていきます。

 本書は、この大空小学校の初代校長として「奇跡の学校」をつくり上げてきた、木村泰子氏の初の著書。大空小の子どもたちと教職員、保護者、地域の人々が学び合い、成長していく感動の軌跡をたどりながら、今の時代に求められる教育のあり方に鋭く迫ります

〈 編集者からのおすすめ情報 〉「こんな学校が日本に本当にあるの?」「こんな学校に通わせたい!」驚嘆の声続々。大ヒットドキュメンタリー映画『みんなの学校』の舞台、大空小学校で繰り広げられる感動の秘話に涙が止まりません!

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   コメントは【百聞は一見に如かず】

「からくり伊賀七」



   Iizuka


   発明王といえばエジソンだが、つくばには江戸時代
     エジソンにも負けない発明王がいた。「からくり伊賀七」
     の異名をとる飯塚伊賀七(1762〜1836)だ





▼伊賀七は地元の有力農家の生まれ。若いころ蘭学や和算を学び、50歳前後から多種多様な発明に打ち込んだ

▼最も有名な発明は高さ約2メートルの巨大な和時計。朝と夕に自動で太鼓や鐘を鳴らして住民に時を知らせたといわれる

▼飛行機も作った。鳥の翼のような羽を何枚か重ねた木製で、ペダルのように足で踏んで翼が動く仕組み。筑波山からの実験飛行も計画したが、「殿様の頭上を飛ぶのか」と藩庁に一蹴されたとか

▼酒好きが高じて「酒買い人形」も考案。木製の車輪に足がつき、とっくりを載せるとガッタガッタと進み、降ろすと止まる。これで近くの酒屋まで酒を買いに行かせたというから痛快だ。生活の利便性へのこだわりは何やら介護支援用スーツ「HAL」を生んだサイバーダインの先駆けを思わせる

▼市民約31人に1人が博士といわれる科学の街に様変わりした伊賀七の里で今年5月、G7科学技術相会合が開かれる。さて、地元が生んだ希代の発明家はあの世で何を思うか。【いばらき春秋】

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     どなたか、髪の毛が増える薬と、難病を
     治す、薬を発明して下され~い!

 

ふと、(松下幸之助の名言)が脳裏に思い浮かぶ。

【自分の天分に生きると充実した人生を生きることができる】

 ※どんなにに努力したところで、すべての人が大臣にはなれませんし、社長になることも不可能です。みんなが資産家になることもむずかしいでしょう。それに対して、それぞれの天分に生きるということは、考え方によっては全員が可能だと思います。

 ※しかも、そのようにみずからの天分に生きている人は、たとえ社会的な地位や財産があろうとなかろうと、いつもいきいきと、自分の喜びはここにあるのだという自信と誇りをもって、充実した人生を送ることができると思います。

『数をいうまい羽織の紐』・・・・(*´v゚*)ゞ

 

ナヌ・・・「国会議員の育休」 \(◎o◎)/!

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宮崎謙介衆院議員と妻の金子恵美衆院議員


 仲むつまじいカップルがあいさつして回るのを見て国会は変わったと感じた方も多かろう。「白亜の恋」と騒がれた園田直元外相と天光光夫人のときは異なる事情とはいえ毅然(きぜん)としていたような


▼自民党の宮崎謙介衆院議員が妻である金子恵美衆院議員の出産に合わせ、男性議員で初めて育児休暇を取るそうだ。「国会議員が率先して育児参加することで、女性の進出につなげたい」と

▼出産に伴う長期欠席は16年前の橋本聖子参院議員の妊娠にさかのぼる。産休に異を唱えたのが、元札幌高検検事長でミニ政党にいた佐藤道夫さん(故人)だった。産休制度導入を決めた参院本会議でただ一人、反対票を投じた

▼仙台市に生まれ、弊紙記者をよく自宅に招いた佐藤さんは「限りなく重い職責を考えれば、一般社会で認められているとしても安易に休むのは許されますか」と話した。責任のある者は身をなげうつ覚悟がいる。そんな気骨を感じた

▼今回も慎重論と賛成論に分かれる。いざ、国民のために駆け付けられるよう特権を有する立場と育児の間合いをどう取るか、大いに論じてほしい。公明党の山口那津男代表は「子育てに参加するのは極めて大切だが、国会議員は他の職業と少し異なる」と語った。これがすんなり心に落ちるが、どうだろう。【河北新報】

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  このコラム『寸鉄人を刺す
  寸鉄(すんてつ)
  小さい刃物のこと。寸兵。元来は中国武術や護身
  具として使われた我眉刺類の暗器のこと。寸鉄器
  寸兵器(短い兵器)ともいいこの寸鉄器が転じて小さ
  い刃物と訳された。短く人の胸を突く語・句。警句。警語。
  聖教新聞一面に掲載されている一言コラム。(ウィキペディア)
 

橋と壁

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   スティーブン・スピルバーグ監督の新作
   「ブリッジ・オブ・スパイ」が公開された。
   東西冷戦下のドイツ・ベルリンでの実話
   をもとにし「次のアカデミー賞の大本命」
   とも言われる





▲スパイが主人公のサスペンスではない。毎日新聞のインタビューにスピルバーグ監督が語っている。「相違を解決する方法として、お互いの間に橋をかけるのか、壁を築いて隔離するのか」。現代につながるこの問いに、橋の方が良い選択だと伝えたかったという

▲「橋」は、地域や人など何かを結びつける象徴でもある。「橋を渡す」など希望や思いを託す時にも使われてきた。逆に後戻りしない、あるいは関係を絶つという意味で「橋を焼く」という表現もある。今の世界はスピルバーグ監督が心配する通りに、橋を焼き、壁を築こうとする時代のようだ

▲カナダのケベック大学モントリオール校で国境問題を研究するエリザベス・バレ氏の調査をAFP通信が伝えている。「ベルリンの壁」が崩壊した1989年、世界の国境などには16の壁があった。それが、現在は計画中を含めて65に増えた

▲パレスチナ自治区ヨルダン川西岸の分離壁がよく知られる。イスラエルが2002年から国際法違反の批判を受けながら建設を進める。最近では、難民を流入させないため、ハンガリーの右派政権がセルビアとの国境に全長177キロの壁の建設を始めた

▲私たちも身のまわりに見えない壁を築き、排除と分断に動くことがある。新しい年は身構えたくなるような荒々しさで始まった。こんな時でも、いやこんな時だからこそ、壁を築かず、橋をかけることを選びたい。 【スティーブン・スピルバーグ監督の新作「ブリッジ・オブ・スパイ」が公開された。東西冷戦下のドイツ・ベルリンでの実話をもとにし「次のアカデミー賞の大本命」とも言われる

▲スパイが主人公のサスペンスではない。毎日新聞のインタビューにスピルバーグ監督が語っている。「相違を解決する方法として、お互いの間に橋をかけるのか、壁を築いて隔離するのか」。現代につながるこの問いに、橋の方が良い選択だと伝えたかったという

▲「橋」は、地域や人など何かを結びつける象徴でもある。「橋を渡す」など希望や思いを託す時にも使われてきた。逆に後戻りしない、あるいは関係を絶つという意味で「橋を焼く」という表現もある。今の世界はスピルバーグ監督が心配する通りに、橋を焼き、壁を築こうとする時代のようだ

▲カナダのケベック大学モントリオール校で国境問題を研究するエリザベス・バレ氏の調査をAFP通信が伝えている。「ベルリンの壁」が崩壊した1989年、世界の国境などには16の壁があった。それが、現在は計画中を含めて65に増えた

▲パレスチナ自治区ヨルダン川西岸の分離壁がよく知られる。イスラエルが2002年から国際法違反の批判を受けながら建設を進める。最近では、難民を流入させないため、ハンガリーの右派政権がセルビアとの国境に全長177キロの壁の建設を始めた

私たちも身のまわりに見えない壁を築き、排除と分断に動くことがある。新しい年は身構えたくなるような荒々しさで始まった。こんな時でも、いやこんな時だからこそ、壁を築かず、橋をかけることを選びたい。 【余録】

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◇スティーブン・スピルバーグ監督の新作「ブリッジ・オブ・スパイ」が公開された。東西冷戦下のドイツ・ベルリンでの実話をもとにし「次のアカデミー賞の大本命」とも言われる。

◇米ソ冷戦下。ソ連のスパイの弁護を引き受けたドノヴァン(トム・ハンクス)はその手腕を買われて、米ソのスパイ交換の交渉役という任務を言い渡されます。国の関係を揺さぶる重責、極秘任務。彼は家族には告げずに任務を遂行しますが、交渉はなかなか前に進まず……。

◇ソ連のスパイを円熟の演技で魅せたマーク・ライランスとドノヴァンが交渉人として決まり、動き始めるところからサスペンスは高まって行きます。同時にソ連のスパイとの関係や、スパイだと間違われて拘束されているパイロットも助けようと奔走する姿などからドノヴァンの人物像が浮き上がってきて、もう彼の家族のような気持ちでハラハラしっぱなしですよ。ネタバレになるので詳細ははぶきますが、一流の監督、スタッフ、役者が結集して見事な仕事を成し遂げた傑作であることは確かです!





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   ふと、“珍念”の脳裏に、「イソップ童話」
   の(北風と太陽)が思い浮かぶ!





※北風と太陽が、どちらが強いかで言い争っていました。議論ばかりしていても決まらないので、それでは力試しをして旅人の着物を脱がせた方が勝ちと決めようという事になりました。北風が、始めにやりました。北風は思いきり強く、「ビューッ!」と、吹きつけました。

※旅人は震えあがって、着物をしっかり押さえました。そこで北風は、一段と力を入れて、 「ビュビューッ!」と、吹きつけました。すると旅人は、「うーっ、寒い。これはたまらん。もう1枚着よう」と、今まで着ていた着物の上に、もう1枚重ねて着てしまいました。北風は、がっかりして、「きみにまかせるよ」と、太陽に言いました。

※太陽はまず始めに、ポカポカと暖かく照らしました。そして、旅人がさっき1枚よけいに着た上着を脱ぐのを見ると、今度はもっと暑い強い日差しを送りました。ジリジリと照りつける暑さに、旅人はたまらなくなって着物を全部脱ぎ捨てると、近くの川へ水浴びに行きました。

※人に何かをしてもらうには、北風の様に無理やりではうまくいきません。太陽の様に相手の気持ちになって考えれば、無理をしなくても人はちゃんと動いてくれます。

でも・・『言うは易く行うは難し』 【論語読みの論語知らず】』の<珍念>恥じている! (A;´・ω・)アセアセ

「新聞記事は“ねた”が勝負」

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  よく「新聞記事は“ねた”が勝負」などといわれる。
  辞書には「ねた」とは“たね(種)を逆さ読みした
  “隠語”との記述も(「広辞苑」)。また「言葉」「文節」
  など、植物に関連した文字が入る文章用語も少なくない





▼吉行淳之介さんの言い回しが振るっている。「地面の下に根があって、茎が出て、それから花が咲くようなもので、その花を文章にたとえれば、根と茎の問題が片付かなくては、花は存在できないわけである」(『私の文章修業』朝日選書)

▼人はとかく“花”に目が行きがちだ。葉の裏や、茎の根元を注視することは多くない。ましてや、目に見えない地中の根っこや、事の始めの種に想像が及ぶことは、まれである

▼本紙の方面・県版が発行されて、今月で60周年の節を刻む。“地域密着”を強みとする方面・県版には、蘭や芙蓉のような華やかさはないが、路傍の小さな種を拾い上げて咲かせた、地味だが温かい、野花のような記事であふれている

▼その感動を発信する使命の一翼を担うのが、全国の通信員の友だ。妙法の種が芽を出し、同志の励ましという陽光と潤いに育まれて、人生勝利の大輪を咲かせるまでの四季を、共にしたからこそ書ける文がある。そんな“現場発の紙面”をこれからも、と誓う【名字の言】

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Wai

  このコラム『起床転結』素晴らしい!



吉行淳之介『私の文章修業』朝日選書 最も参考になったカスタマーレビュー

東海林さだおの丸かじり 投稿者  ポリッシュ 

◇丸谷才一や開高健、沢木耕太郎ら文人界のVIPが自らの文章修業について書いた本です大学にてエッセイを書く講義を履修していました皆は自分の生い立ちや家族についてわりとシリアスなものを書いていたのですが、何かを勘違いしていた僕は「池袋のうどん屋がうまい」とか

◇「叔父さんからもらったウイスキーがうまい」とか「新宿二丁目に住む友人の弟が首にアザをつけて帰って来て、本人は「オカマに首を絞められた」と供述していたが、実は彼女のディープなキスの跡だった」というようなことを書いていました

◇当然先生からは「何コイツ・・・」と思われ、「もっと深いものを書きなさい」 「「敗れ目のようなもの」を書きなさい」と注意を受けました。結局、講義は切ってしまったのですが先生の言う「敗れ目のようなもの」というのが気になり、それまで読まなかった向田邦子らへんを読むようになりました

◇そんな文章修業の一環としてこの本を読んでみたわけです。結局、東海林さだおのコミック的な文章が一番面白いと思いました

※『週刊朝日編 私の文章修業』という本がある。昭和53の「週刊朝日」に連載された「私の文章修業」がまとめられたエッセイ集で、総勢52名の文章を連載順に読むことができる。連載順なので、誰かの基準による選別を経ていない。そこで、先入観を抜きにして、自分はいったい誰の文章が気に入るのか、ひとつ試してやろうと思い立ち、全部通して読んでみた。

※振り返って、気に入った文章を書いた人は、存外少なく、丸谷才一、高峰秀子、開高健、尾崎一雄、吉行淳之介、戸板康二の6名であった。普段からその文章に親しんできた人ばかりだ。そこまでの自覚はなかったけれど、自分に合った文章をずっと選んで読んできたらしい。

 高峰秀子

☆文章は、果たして、修業すれば上手く書けるものだろうか?私は、その人間の生きかたと環境が書かせるものではないか、とおもう。

 開高健

☆書くということは野原を断崖のように歩くことだろうと思う。

 吉行淳之介

☆活字、とくに明朝体の活字が、私はたいへん好きだ。あれは、書き手の文字の個性を一たんすべて取払って、文体(内容といってもいい)の個性をゆっくり滲み出させる。原稿の文字は、あまりにその書き手の個性が露骨に出すぎていて、見ているとうるさく感じる。それでは、活字自体に個性がないか、といえば、水が無味といわれているにもかかわらず、人口ではつくり出せるものではない微妙な味があるのに似ている。

☆その活字が印刷されたとき、どういう具合になれば、上等の文章といえるのか。そのことについて反射的に頭に浮かぶのは、志賀直哉の文章についての宮本百合子の言葉である。「その文章を読んでいると、並んでいる活字が、ページから立上ってくる」というような意味で、なるほど、活字はしばしば紙にべったり貼りついてしまって、立上ってこない。そして、繰返しになるが、これは文章だけの問題ではなく、その奥にあるものにかかわってくる。

 珍念

「文章を書くことは、小切手を書くのに似ている。思想がないのに文章を書こうとするのは、銀行に残高がないのに小切手を書こうとするようなものだ」。(ユダヤのことわざ)




  

「国際マメ年」

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  今年、2016年は、国連の定めた「国際マメ年」です。
  マメ類は比較的安価で、美味しく、豊富な栄養素を
  含んでいることからも、特に途上国の人々の健康や
  生活の改善に恩恵をもたらすことが期待されてます。



 国連総会で掲げられた「持続的可能な未来のために栄養ある種子を」のスローガンのもと、マメの持つ可能性ついて考えてみませんか。

<参考> IYP公式サイト http://www.fao.org/pulses-2016/en/

 この食材がなければ、私たちの食卓は随分と興ざめしていただろう。みそやしょうゆ、豆腐、納豆、枝豆も味わえなかった。大豆である。日本の食文化には不可欠の存在だ

▼今でこそ普通に食されている豆だが、人類が食用にするには相当の困難があったと、中尾佐助著「栽培植物と農耕の起源」(岩波新書)に教わった。豆には動物に食べられないように堅い殻や有毒成分がある。毒抜きや調理には水を加えて煮なければならず、それには土器が必要だった

▼豆が人間の食料リストに入ったのは土器の発明後だという。以後、食べるための加工技術が各地で発達する。豆大国インドでは豆を砕いてダルというスープが、日本では発酵によってみそやしょうゆが生まれた

▼ことしは国連が定めた「国際マメ年」。豆の生産と貿易の促進がうたわれている。なぜ国連が、といぶかる方もいようが、人口増や環境悪化が懸念される地球の“救世主”として期待がかかる

▼豆は安価な上、タンパク質が極めて豊富で微量栄養素や食物繊維も多い。途上国の食料安全保障には欠かせない。さらに、他の作物よりも少ない水で栽培でき、やせた土地でも大丈夫。土壌を肥やす根の働きもあり、地球に優しい農業に貢献する。いいことずくめだ

▼チャンプルーの豆腐や晩酌の枝豆も、ことしはとりわけ感謝の思いを込めて味わいたい。【金口木舌】

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   マメ大好きな(珍念)襟を正して味わいたい!

こだわりの数字


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  左側:ジャパネットたかた 高田明さん  
  右側:第一交通産業の前社長 黒土始さん







 30年前の1月16日に会社を設立し、社長を退いたのが昨年1月16日だった。通信販売大手のジャパネットたかた(長崎県佐世保市)のテレビショッピングに登場している高田明さん(67)。あの甲高い声と独特の口調でお茶の間での存在感は抜群だ。

 だが、今年は定期的なテレビ出演も“卒業”するという。次に何をするのか気になるが、その第一歩となる出演翌日もやはり1月16日。「116歳まで生きたい」という。

 経営者には、こだわりの数字がある。経済発展著しいミャンマーで、タクシー事業のコンサルティングを始めた第一交通産業(北九州市)の前社長、黒土始(はじめ)さんもそう。青地に白抜きの「第一」の表示灯を付けた5台のタクシーが昨年末から同国を走り出した。

 わずか5台と思うかもしれない。だが、8200台の保有台数日本一を誇る同社は56年前、5台から出発した。初めて海外でタクシー展開に乗り出そうとする意気込みを感じる。

 スタートしたばかりの2016年。新たな企業の物語が始まり、思いを秘めた数字が数多く語り継がれることを望みたい。【憂楽帳】

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    コメントは『蛇足』・・・・。

自動運転車は希望か

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  oogle本拠地マウンテンビュー
  の路上を走るプロトタイプ






 
 「変なホテル」が長崎県のハウステンボスに半年前開業した。何が変かというと、主なスタッフが人間ではない。受付も荷物の運搬もロボット。珍しさもあり人気のようだ。

 ▼今は変でも、いつかは立場が逆転して、人間が働いている方が変な職種が増えるのだろうか。10~20年後には国内の約半数の仕事が人工知能(AI)やロボットに置き換えられるという推計を研究者らがまとめた。「わが仕事は-」と首をなでた人もいるはずだ。

 ▼運転はどうだろう。先月末、福岡市で開かれたモーターショーを見学した。国内外のメーカーが高度な技術を満載した最新型や試作車を展示。人口減や高齢社会を見据えて、とっぴな発想の未来カーよりも生活に沿った提案が多いようだ。

 ▼それでも、いくつかのメーカーが追求するAIによる自動運転は新時代を意識させた。障害物を察知し自動停止する車の試乗は長蛇の列だ。社会面連載にあるように、生活上の必要性から免許返納に悩む高齢者が増えている。自動運転は希望になるかもしれない。

 ▼ただ各社の努力には期待するが、実用化には遠い印象を持つ。例えば横断歩道できちんと停止できても、対向車や並走車が今の通常車ならば横断する人を危険にさらす。自らは事故を起こさない自動運転が他車の事故を招くのは皮肉だ。

 ▼混在が続く限り危険は増す。車の自動化よりも、車社会の在り方を考える方が今は現実的だろう。多くの高齢者が免許返納に苦悩する現状が「変な」事態。不幸な事故をなくすために、地域の支援体制など社会全体でできることを考えたい。【くろしお】

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Yubi

     このコラム『的を射る』・・・・!




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    長崎県のハウステンボス「変なホテル」
    「変なホテル」は、先進技術を導入した
    世界初のホテルです。


    環境にも配慮した現代的でスマートな設備は
    滞在の快適性や楽しさももたらします。
    ハウステンボスの思い出をさらに豊かなものに
    する当ホテルに、どうぞご期待ください。

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     斯く言う(珍念)も、変な痴れ者です。

銅鐸の夢

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 昨年の文化財関連のニュースで、とくに注目されたのは兵庫県の淡路島で銅鐸(どうたく)7個が出土したことだろう。音を鳴らしたとみられる棒「舌(ぜつ)」も見つかった

▼「数十年に一度の発見」と、銅鐸のまちで知られる野洲市の銅鐸博物館の学芸員も言う。関心が高まったのか、同館を訪れる人も増えたそうだ

▼野洲は全国で2番目に多い24個が出土した。うち一つは高さ134・7センチと日本最大。用途をはじめ分からないことだらけの銅鐸だが、この大きさはとりわけなぞめいている。博物館が開く銅鐸研究会は75回を数え、今年はぜひ淡路の担当者を招いて話を聞きたいという

▼なぞというほどではないが、琵琶湖と淡路島にも不思議なことがある。形や大きさがそっくりだと言われる。試しに地図を切りぬき、180度回転して合わせると、よく分かる

▼「近江の土を掘って富士山を作り、掘った跡が琵琶湖になった」。有名な「ダイダラボッチ」の伝説で、各地に似たような話がある。作ったのは淡路島ではと面白がる人もいるようだ。近江をかつて「淡海」と記したことも何かの縁なのかもしれない

▼もし淡路島から、もう一つ巨大銅鐸が出てきたら大騒ぎになるだろう。二つが響き合うとき、伝説の巨人が降臨し、日本を作り直す-。そんな初夢を見た気がする。【凡語】

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『銅鐸の夢』と:【珍念】の夢を、比較したら月とスッポン ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

昨夜、芥川竜之介の【蜘蛛の糸】の夢をみました。

あらすじ
◇釈迦はある時、極楽の蓮池を通してはるか下の地獄を覗き見た。幾多の罪人どもが苦しみもがいていたが、その中にカンダタ(犍陀多)という男の姿を見つけた。カンダタは生前に様々な悪事を働いた泥棒であったが、一度だけ善行を成したことがあった。小さな蜘蛛を踏み殺そうとしたが思いとどまり、命を助けてやったのだ。それを思い出した釈迦は、地獄の底のカンダタを極楽へ導こうと、一本の蜘蛛の糸をカンダタめがけて下ろした。

◇極楽から下がる蜘蛛の糸を見たカンダタは「この糸をつたって登れば、地獄から脱出できるだろう。あわよくば極楽に行けるかもしれない」と考える。そこで蜘蛛の糸につかまって、地獄から何万里も離れた極楽目指して上へ上へと昇り始めた。ところが糸をつたって昇る途中、ふと下を見下ろすと、数限りない地獄の罪人達が自分の下から続いてくる。

◇このままでは糸は重さに耐え切れず、切れてしまうだろう。それを恐れたカンダタは「この蜘蛛の糸は俺のものだ。お前達は一体誰に聞いて上ってきた。下りろ、下りろ」と喚いた。すると次の瞬間、蜘蛛の糸がカンダタのぶら下がっている所から切れ、カンダタは再び地獄に堕ちてしまった。

◇その一部始終を見ていた釈迦は、カンダタの自分だけ地獄から抜け出そうとする無慈悲な心と、相応の罰として地獄に逆落としになってしまった姿が浅ましく思われたのか、悲しそうな顔をして蓮池から立ち去った。---Wikiより---

※大泥棒のカンダタは、釈迦から地獄脱出の機会を与えられたが、自分のエゴイズムのためにその幸福を逃がしてしまいます。

斯く言う (珍念)も、<カンダタ>かも知れません・・・ (´;ω;`)ウウ・・・

サル化がすすむ日本人 

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 両親はともに社会のリーダーとして活躍し、しかも容姿端麗とあって、周囲の愛情に包まれて育った。かたや貧しい家に生まれ、数々のいじめに遭う。対照的な運命を背負った、同い年の女性の生涯をたどる。

 ▼昼メロドラマならではの愛憎劇のようだが、今年の干支(えと)、サルの世界の話である。2日、BSフジで放映された『北限に生きる』は、青森県の下北半島に生息するニホンザルの群れを、24年間も観察した記録だった。

 ▼最も高位の家系に生まれた「スズラン」は、その後も順風満帆の暮らしが続く。低位の家系の「カキラン」は、大人になっても、オスザルから相手にされない。格差の固定化が指摘されて久しい、人間社会を見ているようでつらくなる。

 ▼いや、サルが人間に似ているのではない。人間がサルに退化している。比較行動学のサル学者、正高(まさたか)信男さんは、『ケータイを持ったサル』(中公新書)で、こう喝破していた。

 ▼ケータイで常に仲間とつながろうとする。周囲とコミュニケーションがうまく取れず引きこもってしまう。両者は公の世界を拒否して、私の世界の中だけで生きようとする点で共通している。一部のオスを例外にして、自分の生まれた集団に一生とどまるニホンザルと変わるところはない、というのだ。この本がベストセラーになった前回の申年、平成16年に比べて、スマホを持った日本人の「サル化」はさらに進んでいる。

 ▼2匹のサルは、どんな晩年を迎えたのか。取材班は昨年、「スズラン」の所在を確認できなかった。「カキラン」は、群れの最長老としてそれなりの地位を得ているようだ。気持ちよさそうに、若いオスに毛づくろいをさせていた。「サル化も悪くないよ」と言わんばかりに。【産経抄】


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  『恐れ入谷の鬼子母神』







ケータイを持ったサル―「人間らしさ」の崩壊(中公新書) の 商品概要

要旨(「BOOK」データベースより)

◇「ひきこもり」など周囲とのコミュニケーションがうまくとれない若者と、「ケータイ」でいつも他人とつながりたがる若者。両者は正反対に見えるが、じつは成熟した大人になることを拒否する点で共通している。

◇これは「子ども中心主義」の家庭で育った結果といえる。現代日本人は「人間らしさ」を捨て、サルに退化してしまったのか?気鋭のサル学者による、目からウロコの家族論・コミュニケーション論。

※第1章と第2章は、父親が子育てに正しく関わらなくなり母親のみによって育てられている現状を分析。そして第3章での高校生の携帯メールの用法は、サルが頻繁に声で(会話で、ではない)コミュニケーションをとるのと同じである、と指摘。

※言語には公的機能と私的機能があるのだが、私的にしか使わないようになったことこそが現代の「言葉の乱れ」の本質であり、そこから他者と関係がうまく築けない若者について論を展開していく。人前で化粧するのも、ジベタリアンも、そして「ひきこもり」も根っこは同じという。

※大筋で全く同感である。現状を、冷めた突き放した目で(少々投げやりにも思える態度で)の記述も、池田清彦氏に似たところがあり、私の感性にもピッタリである。(当然、それがムカツく人もいるだろうが、そんな人は放っておけばよい。)

今日も、珍念のコメントは(オチ)が冴えません・・・ι(´Д`υ)アセアセ

人工知能(AI)の光と影

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機械によって自動化される仕事、それは理想郷か?


 イラストにあるように仕事の自動化ができるようになると、農業(食べるものの用意)から家事、移動まで様々なことを行わなくて済むようになります。この環境を良いと思う人は「仕事はできればやりたくないもので、幸せは働かない中にある」と考えてる人です。

 ロボットの能力も上がり、値段も下がれば、全ての人がロボットに囲まれて生活することも可能性としてはありえます。メリットとしては、今まで人件費を払って行っていたことに対して人件費分のお金を払わなくて済むので、製品やサービスがとても効率的になったり安価になったりします。

 例えば食糧を確保するお金を確保するために仕事をしなくて良くなります。自動で生産された食糧で住む場所を確保できるなら家賃を確保するための仕事も必要なくなるでしょう。(“共創研究所くも”)

※新聞社から記者が消える日は来るのだろうか。データから自動的に文章を作成する人工知能(AI)の研究が進んでいる。米メディアのAP通信では、中小企業の決算記事などは記者の代わりにコンピューターが書く

▼気が付けば随分多くのAIに囲まれて暮らしている。掃除ロボットなど家電製品にもAIが入っている。チェスで人間がコンピューターに負けたとのニュースを聞いて久しい。囲碁や将棋のゲームでもAI搭載は当たり前

▼スマホに話し掛ければ、こちらの言語を理解し応答してくれるのもAIのなせる技。人の感情を認識できる人型ロボット「ペッパー」も登場した。県内の銀行も接客用に、うちなーぐちを話すペッパーを「入行」させた

▼ある予想では2020年ごろまでには、車の自動運転や物流ロボットなど自律的行動ができるようになるとの見込みもある。小型無人機で配達するサービスの実験も始まっている

▼AIの進化で消えていくと予想される職業もある。データ入力や電話販売、施設の案内係などマニュアル化しやすい職業などが挙げられる。ロボットに仕事を奪われてしまっては本末転倒

SF映画では既にロボットが人間を支配している。45年にはコンピューターが人間の脳を超えるとの予想もある。AIによる記事が増えても、人間にしか書けない心に届く記事をことしも送りたい。【金口木舌】

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このコラム『頂門の一針』痺れる! \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

未来予測


   
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  百年後などという未来を予測することは難しいものだが、1901(明治34)年1月、報知新聞が「二十世紀の予言」として日本の未来を特集している

 ▼石炭を使わない冷暖房付き高速鉄道、車社会の到来などは的中。だが人と獣との会話が自在になり、医術の進歩で薬の服用がなくなるといった予測は21世紀の今も実現しない(「百年前の二十世紀」筑摩書房)。人体や自然界はまだ未知の領域ということなのだろう

 ▼東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から3月で5年になる。科学技術の可能性と限界をあらためて認識させられた大災害だった。それまでの日常が一変した現実を目の当たりにして、明日を考えることさえ困難だったことを思い出す

 ▼一日も早い古里の再生を夢見てきたが、課題は次から次へと立ち現れてくる。誰もが思い描いたような年を重ねることができたわけではないだろう。それでも未来を見据えた希望は実現への大きな原動力ともなる

 ▼本格復興への歩みをさらに加速させなければならない時を迎えている。未来は一人一人が力を合わせながら創り出していくもの。確かな一歩の積み重ねで思い描いた本格復興の姿を現実のものとすることができるはず。【編集日記】

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「百年前の二十世紀」商品の説明 内容(「BOOK」データベースより)

■今から百年前、二十世紀が始まったばかりの頃、未来予測や未来小説が流行した。予測は、科学技術、日常生活、社会・環境など多岐にわたり、現在驚くほど的中していものも数多い反面、コンピュータのように全く予測しえなかったものもある。明治・大正を生きた人々は、来るべき「未来」に対して、どのようなイマジネーションを働かせ、ビジョンを抱いていたのだろうか。

最も参考になったカスタマーレビュー

百年後の未来は 投稿者  志村真幸 

 ◇中学生向けの「ちくまプリマーブックス」の一冊だが、かなり気合いを入れて書いたものらしく読み応えがあった。著者はSF作家だが、同時に日本の古い時代のSFを掘り起こし、紹介していることでも知られる。

 ◇本書では『二十世紀の予言』、『百年後の未来』など、明治〜大正期に書かれた未来予測の本を取り上げ、その的中度が検証されている。飛行機とか電話の発達は当たっているとして、動物との会話、世界平和が実現されていないのは残念。

 ◇予測が当たっているかどうか、興味本位で紹介するだけではなく、誰がどうしてそのような予測をしたのかという点まで踏み込んでいるのが偉い。予測の当たりはずれの理由まで、歴史的・社会史的に分析されているので良心的。

  きれいな商品で、内容も思った通りでした 投稿者  (^O^) 

 ◇以前技術の教科書に載っており、機会があったらぜひ読んでみたいと思っておりました。思った通りの内容でした。商品自体もきれいでした。早々にお手続きいただき、ありがとうございました



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   で・・・具体的に『100年後』の未来予想は・・?

    『来年の事を言うと、鬼が笑う』・・・・。





私たちの命。今日か。明日か。一年後か。30年後か。100年後か。誰も予測出来ません。このコラムを、ご覧下さっていられる方は、殆ど亡くなられています

ダモクレスの剣

 ある日、ダモクレスがシチリアの僭主・ディオニュシオスの権力と栄光を羨み、追従の言葉を述べた。すると後日、ダモクレスは僭主から豪華な宴の招待を受けた。宴は贅を極めたものであったが、その豪華な席からダモクレスがふと頭上を見上げると、天井から今にも切れそうな細い糸(馬の尾の毛)で、剣が吊るされていた。僭主・ディオニュシオスは、ダモクレスの羨んでいる僭主という立場が、いかに命の危険をともなうものであるかを示したのである。

 この故事から、ヨーロッパ文化圏で「ダモクレスの剣」は、常に戦々恐々としている状況、あるいはそのような状況をもたらすものの譬えに用いられるようになった。

ケネディ大統領の国連演説

■この逸話が日本でよく知られるようになったのは、ケネディ大統領の国連演説(1961年)である。地球のすべての住人は、いずれこの星が居住に適さなくなってしまう可能性に思いをはせるべきであろう。

若男女あらゆる人が、核というダモクレスの剣の下で暮らしている。世にもか細い糸でつるされたその剣は、事故か誤算か狂気により、いつ切れても不思議はないのだ。 (ウィキペディア)

 ケネディ自身はよく「ダモクレスの剣」というたとえをもちだしていた。平和と繁栄の時代に、突然、戦争の危機がしのびこむというのだ。このエピソードは、われわれがいつ吹き飛ばされるかもしれぬ、あやうい核の傘のもとで、のうのうとくらしていることを示している。大惨事の前兆は、いまもあちこちにみられる。




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   珍念の脳裏に映画【猿の惑星】が思い浮かぶ!
   「ラストシーン」で驚愕の映像が、この惑星の未
   来が、これ以上は『蛇足』

「人間とは何か。それは想像するちから」

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    あけまして、おめでとうございます
    本年もよろしくお願いいたします。








▼今年は申(さる)年。サル目ヒト科の仲間であるヒトとチンパンジーのゲノム(全遺伝情報)の違いは、わずか1・2%ほど。わたしたちは、ほとんど同じ生命の設計図を持っています。では何が人を人たらしめているのか

▼チンパンジー研究を通じ、人の心の進化を探る松沢哲郎さんの著書『想像するちから』に、こんな話が出てきます。あるチンパンジーが病気で首から下が麻痺(まひ)し、骨が露(あら)わになるほどの床ずれを起こした。人間ならば絶望感にさいなまれる苦境なのに、このチンパンジーにはめげた様子がない。その様子を見て、松沢さんはこう思い至ったそうです

▼チンパンジーはただただ今を生きるから、明日のことを思い煩って、絶望することがない。ひるがえって人間は将来を思い、容易に絶望する。しかし絶望する能力と同じ力、未来を想像する力があるからこそ、希望も持てる。「人間とは何か。それは想像するちから。希望をもてるのが人間」なのだと

▼想像の「想」を『常用字解』で引けば、相は繁った木を見ることで生命力を盛んにする儀礼で、それを他の人にも及ぼすのが「想」とあります。木を見て命の躍動を感じ、分け合おうとおもう力、想像力。それを大切にしたい二〇一六年のはじめです

▼<木に草に麦に先(ま)づ見る初日かな>来山(らいざん)【中日春秋】

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『想像するちから』内容詳細

■「人間とは何か」を考えながら、チンパンジーと寄り添うようにして研究を続けてきた著者。言葉はなくとも、心があり、深い絆のある“進化の隣人”を知ることで到達した人間観を、研究の集大成として語り尽くす。〈受賞情報〉毎日出版文化賞自然科学部門(第65回)

ブクレコからのレビュー  ドウタク さん

◇チンパンジーの研究、特にこころの研究をすることで人間を知ろうとする学問、比較認知学の本。この本を読んでいて思うのはチンパンジーやその生きる自然環境を著者が本当に大事にしているなということが伝わってくること。

◇この本で得た驚きの知識は多い。人間の赤ちゃんがお母さんにしがみつかないで仰向けに寝ることが人間の繁栄するための大きな戦略だったとか、離乳食こそ人間の一大発明とする理論などはなるほどと思った。

◇またチンパンジーの漢字や色の認識能力、イメージ把握能力は人間よりずっと高いことなど驚いたが、どちらが優れている優れていないという議論は意味がなく、人間はイメージ把握能力よりも連想力などを重視する方向で進化を作り上げ、社会を作ってきたとみるところなども納得させられた。

◇チンパンジーは現在の目の前にある作業が重要で悲観したりするようなことはあまりない。人間は悲観したり、絶望したりするがその分希望を持つことができる、希望をもつのが人間だとする最後のメッセージはとても感動的。

今永麻由子 さん  タイトルは、本書の第8章にちなんでいます。

◇”人間とはなにか。それは想像するちから。著者も述べているように、”書物というのは、何が書かれていようが、白い紙の上の黒いパターンでしかない。”のでしょう。しかし、その”白い紙の上の黒いシミ”を読むことを通じて、想像し、自分のことや他人のことに想いを馳せたり、過去や未来のことを考える。

◇長いチンパンジー研究を通じて人間を理解しようとされている著者の暖かく静かな励ましが伝わってくる一冊でした。


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   天然呆けの(珍念)昨夜『西遊記』の孫悟空と
   お釈迦様の面白い夢をみました。






※乱暴狼藉をはたらく孫悟空に、お釈迦様は言われまた。「私の手のひらから飛び出すことができれば、お前の望む通りにしてあげよう。」悟空は「バカにするな!」と筋斗雲に飛び乗り、世界の端を目指します。ここまで来たら大丈夫だろうと思ったその先に、雲の間から立っている五本の柱が見えてきました。

※「これが世界の行き止まりだな。」来た証拠にと柱に名前を書き、お釈迦様のもとへ帰ってきた悟空。しかしお釈迦様の指を見ると、悟空の名前が書いてありました。結局悟空は、手のひらの上で飛び回っていただけだったというお話です。

※つまり孫悟空は、釈迦の手首から飛び、わずかに手のひら分だけを飛んだということでした。言いたいことは、自分の力を過信するな、上には上があるぞ、という教訓です(勿論、お釈迦様は偉大だ、ということは別にして)。我々人間が超微小なんです!、

※自分たちのスケールで物事を推し量っているのでそう思いがちでが! 仮に細菌や微生物からすれば「何と人の体内は広大なんだ?」と考えると思う。

斯く言う(珍念)も妻の手のひらから・・・?

『数をいうまい羽織の紐』 ・・・・( ^ω^)おっおっおっ

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