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2015年8月

「こころの絆」

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   本紙読者の介護にまつわる体験談を紹介する「こころの絆」
   に先日、愛媛の婦人が掲載されていた。彼女は一人娘とし
   て13年間、脳梗塞の後遺症と闘う母親を介護した




▼母親が脳梗塞になったのは、長女が生まれ、これから楽しく親孝行できると思っていた矢先。「子育てと介護、全てが初めてで戸惑うことばかり」の生活が始まった

▼彼女も母親も一番つらかった時、地域の同志がリンゴを持って激励に駆け付けた。御宝前に供えてあったリンゴで、たくさんの友の“祈りの結晶”だった。「あの時のリンゴの味は絶対に忘れません。母と2人で、感謝の涙を流しながら頂きました」

▼心は見えない。祈りも見えない。しかし、形あるものの中に、その見えないものを見ていくことが人生を豊かに、美しくする。白米の御供養を受けられた日蓮大聖人は、「この白米は白米ではない。あなたの命そのものである」(御書1597ページ、通解)と門下をたたえておられる

▼13年前、彼女の母親は旅立った。現在、彼女は訪問介護員。2人の子どもは看護師、管理栄養士として病院で働く。「13年間の介護は、家族にとって“心の財産”」と語る彼女に、リンゴを届けた友は「よく頑張ったね。全てに意味があったね!」と、わが事のように喜んだ。(名字の言)

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03   「同じ舌を以て語る言葉に貴きもあれば卑しきもある
   人を活かすものもあれば殺すものもある」(『内村鑑三
   著作集6』)。努力し苦労し抜いた人の一言は、生命を
    鼓舞し、周囲に希望を与える


 ※池田名誉会長は常に「心こそ大切なれ」と。細やかな温かい言葉が響く社会こそ健康な社会だ。こう自覚し、対話を広げよう!と。

 ※『言(ことば)と云うは、心の思いを響かして声を顕すを云うなり』 日蓮大聖人。一言居士の(珍念)恥じています。修行が足りません。あの世で厳しく断罪されるやも・・「仏の顏も三度」・・。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

ビーチの神さま

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 ◆遠い日のわが体験である。深夜の裏道を運転中に脱輪したことがあった。その時どこからともなく数人の男性が現れて、落ちた溝から車体を引き上げるのを手伝ってくれた。

 ◆だれ一人口を利かず車が道に戻るといずこともなく消えてしまった。丁寧にお礼を言ういとまもなかった。「いったい、あの人たちは何者だったのか」。助手席にいた家内とずっと不思議に思っていた。男性たちが現れなければ路上で夜明けを迎えたことだろう。

 ◆先日開幕した宮崎国際ビーチテニス大会を控えた今週半ばのことである。県テニス協会の清水一宏副会長が会場設営のために訪れた「みやざき臨海公園」(宮崎市)のサンビーチ一ツ葉で遭遇した奇跡のような話に遠い日がよみがえった。

 ◆目の前の砂浜には台風15号の波で打ち上げられた流木などの大きなゴミ類が散乱していたという。そのままでは整地のためのブルドーザーが入れないほどの有様だった。あぜんとしているとゴミ袋を手にした20人余の一団が現れて、黙々と砂浜をかたづけ始めた。

 ◆ビーチからたちまちゴミが消え、無事ブルドーザーによる整地も完了した。突然出現したように思われたのは市内の知的障害者たちなどでつくるグループで定期的な砂浜の清掃作業だったと聞いた。むろん清水さんも一緒に汗を流した。

 ◆わが体験もそうだが神さまの存在を信じたくなるような偶然だ。思わぬ助力もあって大会は仏、伊などから選手を迎え、無事開催中である(今日まで)。最高峰の技を見て、きれいな浜で遊ぶ。お勧めしたい夏を締めくくるプランである。 【くろしお】

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 神様は本当にいるんですか?


 {風と波は常に、優秀な航海者に味方をする}(エドワード・ギボン)




 珍念、何度も<虎の尾>を踏み、摩訶不思議な現象で虎口を逃れました。これ以上は【誇大妄想狂】と誤解されかねません.。
いっも他者や環境のためとか度々、悪しき煩悩に靡い ています。深く反省し、恥じています・・・・((w´ω`w))

 

「ミニマリスト」

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   実際にできなくても、想像してみると面白い。 自宅にある持ち物の全てをいったん倉庫に預ける。必要と思う物を1日に1個だけ持ち帰る。それを1年間続け、その間、新たな物は買わない

▼昨年、日本でも公開されたフィンランド映画「365日のシンプルライフ」は、そんな生活を監督自身が実践した記録だった。欧米各国でも反響を呼んだという

▼物があふれる現代、先進国では物との付き合い方を見直す動きがある。日本でもこの10年ほど、「断捨離」や「持たない暮らし」など簡素な生活を勧める本が売れている

▼そんな生活の究極の姿だろうか。最近、インターネットなどで「ミニマリスト」が話題になっている。最小限の物しか持たない人のことで、若い世代を中心に実践者が増えつつある

▼実践者の一人で香川県出身の編集者、佐々木典士(ふみお)さんの著書「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」(ワニブックス)を手に取ってみた。部屋の様子が写真で紹介されている。家具もなく、洋服は10着ほど。一つの液体せっけんで髪も体も洗うという

▼物を減らし、佐々木さんは以前より幸せを感じるようになったそうだ。物より経験が大事と思い、会いたい人に会いに行くことや旅行にお金をかけるようになった、とも。そんな境地を想像しつつ、わが身も雑多な部屋を少しは片付けようか。【滴一滴】

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  うい・うぃ「断捨離」したいです。
  邪な煩悩と部屋一杯の荷物 
  ついでに(妻)も初期化したい・・ (*^.^*)


365日のシンプルライフ」 最も参考になったカスタマーレビュー

まずまずかな。 投稿者  Amazon カスタ

▼素人が頑張って作った感じが否めないけど、結果ありきで作ったものではなくドキュメンタリーとして楽しめた。おばあちゃんの助言なんかのシーンは好き。音楽はおしゃれな感じ。映画としてはダルダルだと思う。

▼もう少しシンプルライフという名前を活かすならば、始めの裸の状態の生活や少しずつモノが増えていくところをじっくりとやってもらいたかった。一気にモノが増えてしまって、味わいにかける部分があった。

▼最近映画等を観る気にもなれなかったが興味のあるシンプルライフの分野だったのでじっくり観た。この分野のいろんな人の生活をもっと観てみたいと思った。

断捨離好きの私にはたまりません♪ (≧▽≦) ♪ 投稿者 さいちゃんq(^-^)

 なぜ・・・去年この映画の情報を、見逃していたのだろう──?絶対見たかったのに・・・残念!

 10日後(大学生の息子が帰ったら)、ゆる~~い『365日のシンプルライフ』開始します。家族ある身・・・自分の所を、出来る範囲で行います。一年間ブログ更新していきます。 

一期一会

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    一期一会の「一期」とは一生という意味

    「一会」とは一度の出会いという意味で、 人と
    人との出会いは一度限りの大切なものといっ
     た意味で使われる言葉が一期一会です

     袖すり合うも他生の縁
    袖振り合うも多生の縁とは、知らない人とた
    またま道で袖が触れ合うようなちょっとした
    ことも、前世からの深い因縁であるということ



 ▼ひつぎに自分の原稿を入れるということを初めて経験した。それもまだ新聞に未掲載のもの。暑い夏のある日、人物紹介で取材した方が亡くなった。取材からわずか10日後のことだった。

 ▼掲載日の順番を早くしてもらえればよかった、と今でも思う。最も悔やまれるのは、取材が病気を患う体に無理を強いたのではないかということ。「それ以上に取材に来てくれたことを本当に喜んでいました」。告別式の日、奥さんはそう言ってくれた。

 ▼亡くなった方は坂出市カヌー協会元副会長の河野桂一さん。享年63歳。競技の普及・発展に貢献したとして、協会から初めて感謝状が贈られた。部屋に飾った子どもたちの幾多の表彰状を見ながら「私が賞状なんかもらったことない。胸いっぱいや」と関係者に感謝の念も忘れず、満面に笑みを浮かべていた。

 ▼子どものように無邪気だった。片付けていない部屋を開け、困り顔の奥さんそっちのけで昔の写真を探してくれた。出てきた写真にはふくよかだった頃の姿。「25キロは痩せたからね」。穏やかな表情は変わっていなかった。

 ▼その日、病院に担ぎ込まれても私の名前を口にしていたと言う。それほどまでに掲載を楽しみにしていたのかと思うと、本当に胸が痛む。

 ▼「命ある限りカヌーに携わりたい」。取材中、そう言って唯一見せた涙は忘れられない。一期一会。この言葉をかみしめ、いまコラムを書いています。また天国で読んでくれますか。あらためてお悔やみ申し上げます。合掌。【一日一言】

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   感動しました。




ふと、灰色の脳細胞に「ある男の約束」が思い浮かぶ!

日常の振る舞いに 付いて

 ▼日常のひとつの振るまいが、万言の重みをもって人の心を打つ事がある。ある男が旅行中、田舎道で母に連れられた七才の少女と出会う。そしてユリの花を刺しゅうした彼の鞄をせがまれる。

 ▼そこで男は事情を語り約束する。明日まで待ってもらいたい。明日には必ず持っていくから、と翌日、約束通り女の子の家を訪れる。だがなんと少女は急病で亡くなっていた。

 ▼残念さから男は墓前に鞄を捧げ祈る。母はその鞄を持ち帰ってくださいという。 だが男は語る。お子さんは亡くなったが私の約束した心は死んでいない。私は自分の心に背きたくない、と男は ロシアの文豪<トルストイ>彼の振るまいそのものが、心に残る<名作>です!

 ※人生の賞味期限が刻々と迫る、(珍念)今のままでは、あの世で{閻魔さま}から、二枚舌・いや三枚舌をヤットコで引き抜かれ、牛タンのように塩焼きにされて食べられる。怖い! 

 ※学歴・財産・肩書き・等。何も身に着けていませんが、かって池田先生は
 『名もない 人達の中で心を打たれたと いわれる人生を 私は生きたい』
 と、綴られた。 不肖:珍念も、斯く生きたい!

中国は日本に「謝罪迫る資格」なし

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   (イメージ写真提供:(C)Liu Junrong/
    123RF.COM)



 中国は日本に「謝罪迫る資格」なし・・・莫大なODAを忘れたか? 
 ドイツもイタリアも侵略の謝罪はせず=仏メディア

▼フランス国際放送、RFIはこのほど、運営するニュースサイト(中国語版)で、中国が歴史問題で日本に毎年謝罪を迫るのは根拠がないなどの主張を紹介する記事を掲載した。日本が莫大(ばくだい)なODAなどで中国を支援してきたことにも触れた。

▼記事は、複数の中国人が示した意見を紹介する形で書かれている。まず日本が戦争行為を反省し、永遠の不戦の誓いをしていることは「だれでも知っている」と指摘。一方で、中国人と韓国人が毎日のように「日本の侵略と植民の歴史」を唱えているのは「見劣りがする」と断じた。

▼謝罪については、田中角栄元首相が国交正常化のために訪中した際にすでに、「深々と頭を下げた」と指摘。日本は「贖罪のための賠償もした」として、ODAなどによる巨額の対中経済援助を挙げた。

▼記事は続けて「今の平和主義の日本が、軍拡主義の中国に服従することはない。民主主義の日本が権威主義の中国に服従することはない。国際主義の日本が民族主義の中国に服従することはない」と論じた。

▼戦争については、人類の歴史で「日常茶飯事」だったと主張。侵略行為の認定も勝利国によるもので、敗戦国は領土喪失、賠償、一定期間の占領、戦争犯罪者の裁判などが強いられるが、「これらが終了すれば、謝罪や清算はすべて完結したことになる」と論じた。

▼さらにドイツやイタリアも侵略国であり敗戦国だが、「何度も繰り返して相手国に謝罪するのは見たことがない」、「国際法でもそんなことは定められていない。中国以外の世界中の第二次世界大戦の“被害国”は、そんなことをしない」と論じた。

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  吠えて食いつく阿呆犬には怯えず
  飴とムチで、飼いならすことが大事なのだ。



◆解説◆
 中国では「ドイツは戦争についてきちんと謝罪」が“常識”になっている。しかし、中国でよく例となるワルシャワにおけるブラント首相(1970年当時)の謝罪も、ユダヤ人の迫害に対するもので、ポーランド侵攻を含む戦争発動に対するものではない。

◇1985年の終戦40周年式典でのフォン・ヴァイツゼッカー大統領の演説では「われわれ全員が過去からの帰結にかかわりあっており、過去に対する責任を負わされている」と述べたが、「反省」や「謝罪」の言葉はなかった。

◇イタリアは日独と同盟する枢軸国として第二次世界大戦に加わったが、戦局が不利になると指導者のムッソリーニを排除し(最終的に処刑)、連合国側に加わり日本にも宣戦布告した。このため、他の連合国と同格ではないが、敗戦国扱いは受けていない。(編集担当:如月隼人)
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【関連記事】
◇中国が「日本はドイツのように歴史を直視せよ」と要求・・・独メディアがツッコミ! 「歴史を直視してないのは中国だ」  「日本人より残虐だ」! 日本に歴史の「正視求める」一方で、「あの時代」の自分たちの罪は隠す・・・矛盾に苛まれる中国ネット民

◇日本との関係を破壊するな! フィリピンが中国に「過去の問題を蒸し返すな!」と警告 日本は韓国を「捨てた」・・・韓国教授が主張、反日的態度が鮮明すぎた 日本の支えがないと韓国経済はヤバイんじゃない?





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    これ以上は『蛇足』


チャプリンの目

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   街の灯




 一九二九年の十月二十三日、名優チャプリンは、名曲「ホワイトクリスマス」などを生んだ音楽家バーリンと食事をしていた。彼が株で大もうけしていることを自慢すると、チャプリンは「一千四百万人も失業者がいるのに、どうして株など信じられるか」と冷や水をかけ、口論になった

▼翌日、バーリンの富は泡と消えた。この日、ニューヨーク株式市場で株価が大暴落し、世界を揺るがす大恐慌の幕開けとなったのだ。「暗黒の木曜日」である

▼中国での株価急落が、世界中を揺るがせている。「世界経済のエンジン」とも称される巨竜がのたうちまわることになれば、どんな大波が起きるか。欧米メディアは「中国版・暗黒の月曜日」と報じている

▼考えてみれば、共産党政権という不透明きわまりない政府が透明性が求められる市場を操る不可思議。「卒業することは、失業すること」と言われるほど若者の就職難は深刻なのに、公表される統計からは把握しようもない実態。そんな謎だらけのエンジンがエンストすれば、アベノミクスも急減速はまぬがれまい

▼チャプリンに話を戻せば、彼は失業者の増加に注目し、「暗黒の木曜日」の前年に持ち株を売却していたそうだ

▼社会の底辺に生きる人々を見据え、名画『街の灯』を撮る。そんな目を持っていたからこそ、希代の名優は経済の先行きを見抜けたのかもしれぬ。【中日春秋】

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    このコラム『頂門の一針』! 
    【恐れ入谷の鬼子母神】



「この世で一番すごいこと、それは続けること」

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   ずいぶん以前の話だ。プロ野球で長くプレーをした
   選手と会った時、素朴な質問をしてみた。
   皆さんはなぜ、あれほどタイトルを欲しがるのか、と







◆身を乗り出すようにして、彼は言った。「僕たちが残せるのは記録だけでね」。いや記録よりも記憶に残る選手の方が…と問い直すと、こんな言葉が。「記憶は薄れていく。でもね、記録は薄れない」

◆米大リーグ・イチロー外野手の活躍を見ながら、この話がよみがえる。先日、大リーグで歴代2位、タイ・カッブの安打数4191を超えた。日本での記録を加えた通算の安打数とはいえ、米国で「球聖」と呼ばれる伝説の選手を追い抜いた

◆所属球団、マーリンズ監督のコメントを僚紙デイリースポーツで読む。「(歴代最多の)ローズやカッブは数字とともに永遠に語り継がれる。イチローもそうなろうとしている」。脱帽の口ぶりである

◆41歳。帽子の下に白いものが見えても現役を貫けるのは大けがをしないからだ。仕事といえばそれまでだが、体をいたわる姿勢には恐れ入る。衰えはあるにしても、駆ける姿は若々しく、神戸で見た時とそう変わらない

◆「イチロー89の言葉」(児玉光雄著)でこんな一言が目に留まる。「この世で一番すごいこと、それは続けること」。海の向こうから届く物語は、まだまだ続く。【正平調】

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  自らの信ずるままに、目の前の現実に集中する




 ▼納屋が壊れ、途方に暮れた貧しい婦人を、文豪トルストイは、放っておけなかった。壁を作り、残るは屋根葺き。下を見てしまい、目がくらむ。農夫が助言した

 ▼“やっている仕事だけを見るんですよ。他へ目をやらなければ、何でもありませんよ”。文豪は、人生の「極意が分かった」と喜んだ。恐れを克服するには、降りかかる迫害や敵意に気を取られず、目の前の現実に集中することだ、と(『トルストーイ傳』原久一郎著)

 ▼この話に鼓舞された青年がいた。日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹である。26歳の年の正月、彼は日記に綴った。“あることに専心できれば、人は自然に伸び伸び成長を続けられる。一つのまとまった仕事を成就できるだろう”。中間子論を着想したのは、この年の秋のことだった

 ※転がる石(ローリング・ストーン)には苔が生えない」。(言い得て妙)なのだ。流れる水は澱まない。かく言う〝珍念〟浮草のように心が悪しき煩悩に揺れている。反省し・恥じています!

  今日も(オチ)は、相変わらず冴えません・・・ (/ω\)ハズカシーィ

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コウモリ

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  地面に落ちたコウモリがイタチに捕まった。「羽のあるものは、みな敵だ」と大きく口を開けるイタチにコウモリは懸命に弁じた。「私は鳥ではない、ネズミだ」。得心したイタチに放免され、虎口を逃れている。

 ▼後日、再び地面に落ちて別のイタチに捕まった。「ネズミは敵だ」「ネズミではない、コウモリだ」。またも命拾いをした。イソップ物語にあるこの話には「豹変(ひょうへん)は機知なり」の寓意(ぐうい)がある。変転する時勢では、如才ない立ち回りが「吉」と出ることは確かに多い。

 ▼背中合わせの有事に備え、米軍との合同演習に汗を流す。一方で米国の声に耳を貸さず、中国主導の国際金融システムに加わる。日本には「歴史戦」で非を鳴らし、中国の鼻息をうかがってもみる。抜かりないコウモリのまねか、韓国の外交姿勢に同じ臭いがする。

 ▼韓国領に砲弾を撃ち込み、「準戦時状態」を宣言した北朝鮮につける薬はない。米国の武威、中国のにらみが隣人の押さえ込みには必要だろう。ただし「太陽」だ「北風」だと腰の定まらない外交が、北の居直りを招いた事実は重い。それを忘れてもらっては困る。

 ▼中国の背後にはロシアの影もちらつく。国際秩序に挑む昨今の動きを見ても、中露にはイタチほどの物分かりの良さを期待できまい。まずは韓国が腹を固めて、北の恫喝(どうかつ)をはねつけることだろう。日米韓の連携は、北の横紙破りを封じる「この一手」だと心得たい。

 ▼韓国では「八方美人」がほめ言葉として使われるという。皮肉交じりにこの語を用いる日本には、理解の及ばぬ感覚だが、先の寓話にはこんな解釈もある。コウモリは後に鳥の世にも獣の世にも居場所を失い、光の国を追われた。朴槿恵(パク・クネ)大統領には肝に銘じてほしい教訓である。【産経抄】

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       このコラム『的を射る』・・・素晴らしい!
       それにしても、朴槿恵(パク・クネ)大統領は
       凡人には理解できない人物ですね!
       斯く言う、珍念も曲者です・・・・
(*゚ー゚*)

家庭教育の大切さ

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    朝河貫一
    1940年撮影
    (ウィキペディア)






 二本松市出身の歴史学者朝河貫一の父親、朝河正澄は独自の教育論の中で、子どもの教育を学校に依存し、家庭教育をおろそかにすることを「恰(あたか)も基礎なく家を建築するが如(ごと)し」(朝河貫一博士顕彰協会、「朝河正澄」)と注意した

▼旧二本松藩士だった正澄は戊辰戦争を戦い、明治時代に立子山村立尋常小(現立子山小)初代校長を務めた。貫一を育て、教育者として子どものしつけや生活習慣など、家庭教育の大切さを説いた理念は、現代教育の道しるべにもなるだろう

▼家庭教育は全ての教育の原点とされる。県教委の家庭教育サポートブックでは「早寝早起き朝ごはん」の生活習慣、学ぶ意欲を育てる学習習慣、規則的な生活時間の習慣づけを助言している

▼国が行った子どもの生活習慣に関する全国調査では、学校がある日とない日で起床時刻が2時間以上ずれることがある中学生の6割以上が、午前中の授業で眠くて仕方がないことがあるという。睡眠の習慣は学習にかなり影響するようだ

▼夏休みも残りわずかとなった。休み中、規則正しい生活ができた子、できなかった子、さまざまだろう。新学期に向けてそろそろ気持ちを切り替え、生活リズムを取り戻す準備をしたい。 (編集日記)

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     ふと、珍念の脳裏に「新学期は何を読もうか」
     の、コラムが思い浮かぶ!



 

 ◆子どものころ、風邪で学校を休んだ日。テレビで昼間見た、古い米国映画の忘れられない一場面。舞台は多分、中学校の“国語”の時間。季節は、ちょうど新学期。先生が、クラスに呼び掛けた。

 ◆「新学期は何を読もうか」。生徒が挙げたのは、魂の救済を描く英国文学と戦争を風刺した米国の現代物。古典と流行の一騎打ち。投票の結果軍配は後者に上がる。なぜか、うらやましくなった。

 ◆テキストを選ぶことから、授業は始まっていたんだね。教科書は教化書でも、政府広報でもありません。丸暗記の道具でもない。よく味わい、考え、意見を交わす。それが教科書、それこそ授業。<夕歩道>

 ※書物を読むということは、他人が辛苦してなしとげたことを、容易に自分に取り入れて、自己を改善する最良の方法である。─ソクラテス

 ※たとえ真実であっても、思いやりをもって言わない方が良いこともあります
 斯く言う(珍念) 『論語読みの論語知らず』なのだ・・・・

 「コピペ」・「コピペ」と仄かに声が聞こえる・・・┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

格差と食生活

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  向田邦子さん




 


 学校での弁当の時間は、自分の家の貧富、家族の愛情、かまってもらっているかを嫌でも考えさせられる時間だった-。小学生時代を回想して、作家の向田邦子さんがエッセーに書いている

◆昭和4年生まれだから、戦前のこと。「豊かなうちの子は、豊かなお弁当を持ってきた。大きいうちに住んでいても、母親がかまってくれない子は、子供にもそう判(わか)るおかずを持ってきた」。弁当を通して人間の不平等を感じる時間だったという

◆中高校生にあたる12~18歳の子どもでは、経済水準が低いほど肥満割合が高いことが日本医科大の調査で分かった。家計支出が下位3分の1の世帯での肥満の割合は、上位の世帯の3倍超だった。欧米ではファストフードを多く食べることなどで、貧困層に肥満の割合が高いことは知られているが、日本でも同じ傾向が出た

◆家計支出の低い家庭では、コスト優先で栄養バランスを考えず、炭水化物や脂質に偏った食事を取る傾向があるそうだ。菓子パンやコンビニのおにぎり、スナック菓子など手軽で安いものに手が伸びがちになるのだろう

◆学童期で差が出なかったのは、給食で栄養の偏りを補っているからとみられる。親の経済格差が子の食生活に影響するのは、向田さんの子ども時代も今も同じということか。食生活の大切さをあらためて考えたい。【有明抄】

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Yubi


  このコラム『頂門の一針』痺れる





 ※食いしん坊の〝珍念〟主治医から肥満を注意され、3か月で15キロ減量しました。野菜サラダを毎回たべ、ご飯とおかずも腹八分。毎日1時間の散歩(雨の日も)実行しています。甘いものは食べない・アルコール類は飲まない。間食はしない。寝る前3時間は食べない。何と体がスリムになり、50年前の洋服が着れるようになり驚いています。

 ※肥満でいちばんこわいのは、命にかかわる多くの生活習慣病のもとになりやすいということです日本人の死因の第1位はがん、第2位は脳卒中(脳梗塞や脳出血)、第3位は心臓病(心筋梗塞や狭心症)です。

 ※2位と3位はどちらも動脈硬化や高血圧、脂質異常症などが大きな危険因子ですが、これらには食事や肥満が大きく関わっている。それから、日本人の間で急激に増えている糖尿病、高尿酸血症や痛風、脂肪肝、 膵炎なども、肥満との関わりが深い病気です肥満のこわさは、生活習慣病だけではないようです。

 ※肥満している人は、体中あちこちに余分な脂肪がついています。たとえば、のども脂肪で狭くなっています。起きているとはいいのですが、眠って筋肉がゆるんでいると空気の通りが悪くなります。それで、眠っている間に息をしない時間が何度もある「睡眠時無呼吸症候群」という症状になることがあり、下手をすると命にも関わります。

 ※また、肥満しても骨の太さはほとんど変わりませんから、体重が骨や関節によけいな負担をかけます。それが、腰痛や関節痛の原因となることも多い!

 ※英国では「福祉の原点は就労」という意識があり、就労意欲がない人に対する目は厳しい。日本でも飲酒喫煙の習慣がある人には公的医療保険の保険料を増額すべきという議論があるが、肥満を理由に福祉給付を減額するという発想には驚く。

 
 ○今日も絶好調です。話はムダを省き、短くまとめたい。長い退屈な話は「口害」ともいわれる。ゲーテも 「美しき虹も、15分も 消えずにいれば、もうだれも見向きもしない」と手厳しい。 

ちょっといい話

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アメリカ・フロリダ州の法廷で、窃盗の罪で起訴された右の男性。

 事実は小説より奇なり、というが、まるでドラマのような一場面が米国フロリダ州の裁判所であった。かつての同級生が、裁判官と被告として再会した(zeronpa7/7/)

▼日本と違って米国では州によって法廷内の撮影が認められており、その時の様子が日本のテレビでも流れた。強盗などの罪に問われた被告の男性に、女性裁判官が「あなたは○○中学出身ですか」と話し掛ける

▼被告もすぐに気づいたようだ。厳しい目つきが一瞬にして緩む。裁判官はさらに語り掛ける。「ここで会うとは残念です。あなたは素晴らしい生徒でした。更生を願っています」

▼裁判官の言葉を聞き、泣き崩れる被告。裁判の後、周囲に「もう一度チャンスがほしい」と語ったという。おそらく被告は同級生に再会しただけではないのだろう。同級生の目に映っていた、中学時代の自分に再会したのだ

▼願わくば法廷のような特殊な場でなく、同級生とは心穏やかに再会したい。日本ではここ数年、「同窓会ブーム」だそうだ。インターネットの普及で、連絡が取りやすくなったのも背景の一つとか

▼筆者もお盆に故郷で開かれた小学校の同窓会に参加した。三十数年ぶりに再会した友もいた。翌日、声を掛け合って早世した友の墓参もした。一日一日を大切に生きよう。そんな当たり前のことを確認させてくれるのも同窓会である。<滴一滴>

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   感動しました。




「いまも、君を想(おも)う」

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 大切な人を亡くした時にどのように見送るか。評論家の川本三郎さんは、こう願った。その日一つしか葬儀を行わない小さな斎場にする①通夜に酒は出さない②弔電の披露を割愛する。静かな祈りが追悼に必要だった。

▼7歳下の妻恵子さんは足かけ3年の闘病の末に2008年、食道癌(がん)で死去した。57歳。「魅惑という名の衣裳(いしょう)」の著書があるファッション評論家。映画評にも定評のある夫は、妻から「衣裳で映画を見る」視点を学んだ。共にした35年の日々を「いまも、君を想(おも)う」に綴(つづ)る。

▼妻が尊敬していた作家丸谷才一さん(鶴岡市出身)が弔辞を読んだ。「すらつとしてゐて、きれいで、しかもあれだけ実のある文章を書き、ファッションといふ現象を手がかりにして(略)われわれの文明を診断し、かつ占ひ、そして読者を楽しませた人は一人しかゐない」

▼藤沢周平作品愛読者の川本さんに寄稿をお願いして、叶(かな)わなかったことがある。依頼状を出したのが07年。手術をした恵子さんの介護のため仕事を減らしていたのだと、先の本で知った。結果的に配慮足らずのことだった。祖先の霊を迎え見送るこの時季、思い返している。<談話室>

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川本恵子「魅惑という名の衣裳(いしょう)」 商品の説明 内容紹介

――映画とファッションを愛するすべての人に贈る、ハリウッド映画を彩った華麗なるコスチュームデザイナーとその仕事の集大成――

◆1993年に当社より出版され、映画ファンはもとより服飾関係者やデザイナー、アーティストの方々に高く評価され、入手困難になっていた「魅惑という名の衣装」が、新装版として再出版された。

◆著者の川本恵子氏はアパレルメーカーのデザイナーを経て、後にファッションライター、ファッション評論家として活躍。2008年6月17日、逝去。故人は、作家・映画評論家として著名な川本三郎氏の伴侶であり、この新装版は、三郎氏の思いを込め恵子氏の一周忌に際して誕生した。

その誌面は今も古びていない。

◆映画においてコスチュームデザインはいつ始まったのか。コスチュームデザインの黄金時代とは。リタ・ヘイワース、ラナ・ターナーら1940年代の官能の女神とその衣裳。エレガンスの50年代。現代のコスチュームデザイン。映画とファッション・デザイナーについて……などなど。

◆「H&M」や「フォーエバー21」など、先端のファストファッションにもつながるハリウッド映画のコスチュームの変遷は、大げさでなく偉大な衣裳史であり、女優史であり、文化史である。もっとライトに言えば、映画とコスチュームファッションを知って一層映画を深く楽しむテキストにもなり、着こなしやデザインのアイデアがたくさん詰まったファッション誌としても楽しめる。

最も参考になったカスタマーレビュー

ハリウッドの衣裳デザインの歴史は面白い 投稿者  ピックアップ・アーチスト 
 
 ※これまで、アメリカ映画の衣裳に魅せられることは多かったし、イデス・ヘッドなど、一部のデザイナーに関しては、川本三郎著『忘れられた女神たち』などで、かなり詳しく知ることもできた。でも、映画の衣裳デザイナーの歴史だけを網羅してくれる面白い本は、私の知る限りなかった。

 ※この本はそれをやってくれています。イデス・ヘッドはもちろん、ディートリッヒのデザイナーだったトラヴィス・バントンや、『風と共に去りぬ』のウォルター・プランケットといったハリウッド黄金時代の衣裳デザイナーが、詳しく紹介されています。また、『俺たちに明日はない』のフェイ・ダナウェイの衣裳を担当して「レトロ」ブームを起こしたランクルや、『プリティ・イン・ピンク』のストレーカーなど、より近年のデザイナーの革新的な仕事も分析されています。

 ※しかも、面白いのは、衣裳デザインの歴史を、アメリカ社会の変貌やファッション業界の変化や、女性の立場の変化などとともに語ってくれていること。そのため、議論に深みがあって、知的な刺激にもあふれていました。ただ、心から残念だと思うのは、著者の川本恵子氏が、2008年に逝去されたということ。

 ※この本も、じつは1993年に出版された本の新装版=再出版だという。だから、ごく最近の映画については触れられていません。これは、かえすがえすも残念。この著者による、『プラダを着た悪魔』や『ジュリー&ジュリア』の論を読みたかったとつくづく思います。

 ※それでも、これはハリウッド・ファッション史の傑作。衣裳デザインの面白さ、デザイナーの苦労(あまりに大変なのでアルコール依存症になっている人が多い)、そして何より、スターたちの魅力をいかに衣裳が演出してきたのかがよくわかって、じつに面白いです。映画のなかの衣裳を「発見」させてくれる一冊。



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   それにしても、珍念のコメントは{面白くもなんともない}!

   『蟹は甲羅に似せて穴を掘る』の名言が(チト・サビシイ)

「蛙に学ぶ」

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「寓話セラピー 目からウロコの51話」
 ホルヘ・ブカイ著 麓愛弓訳からご紹介します。

 

 

 生クリームの中に2匹の蛙が落ちてしまった。この生クリームは、蛙が長い間泳いでるには無理な物。でも、泳がないと沈んでしまいます。

 最初は2匹共もがいておりました。そのうち1匹は「どうせ死ぬのに、疲れるだけだ」と泳ぐのを止め沈んでいく。でも、もう1匹は諦めずにもがき続け、数時間後に生クリームがバターとなり無事に脱出する事が出来ました。(あらすじ)

 このもがき続ける蛙が自分のようです!
諦めたらそこで終わっちゃうけど、諦めさえしなければ道は開けるようですね。

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 茹でガエル(ゆでガエル)











 ※『2匹のカエルを用意し、一方は熱湯に入れ、もう一方は緩やかに昇温する冷水に入れる。すると、前者は直ちに飛び跳ね脱出・生存するのに対し、後者は水温の上昇を知覚できずに死亡する』

 ※およそ人間は環境適応能力を持つがゆえに、暫時的な変化は万一それが致命的なものであっても、受け入れてしまう傾向が見られる。例えば業績悪化が危機的レベルに迫りつつあるにもかかわらず、低すぎる営業目標達成を祝す経営幹部や、敗色濃厚にもかかわらず、なお好戦的な軍上層部など。

 ※心理学者や経済学者、経営コンサルタントなどが、著作で茹でガエルの話を比喩として使用することがあるまた、疑似科学、または現実には間違っていると断った上で比喩として利用する人もいる。

 ※その後、「組織論」(桑田耕太郎・田尾雅夫、1998年、有斐閣アルマ)において『ベイトソンのゆでガエル寓話』として紹介された。 主にビジネスセミナーで「茹でガエルになるな」「茹でガエル現象への対応」等の趣旨にて講演が行われることが多く、また書籍も数多く出版されている。

 ※何時までもぬるま湯に浸かっていると、飛び出す時期を失い、機会を失ってしまうということだ。人間は楽な事には直ぐになれる。カエルも同じなのだろう。

斯く言う(珍念)「茹でガエルになるな」の言葉が重く心に染みる!

◇ジョークは国境を越えて!

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   ある大学の医学部の講義で、教授が学生に質問をした。
 「人間の身体の部分で、状況によって六倍の大きさにもなるところは?」
 だれも手を挙げないので、教授は、最前列に座っていた美人の学生に答えるよう促した。

◇彼女は真っ赤になってうつむいてしまつた。「誰か、わかる者はいないか?」後ろの方の男子学生が立ち上がって、答えた。「教授、それは瞳孔です」「よく予習をしてきたな」教授はそう彼を褒めた。

◇教壇に戻る途中、先ほどの女子学生の前で足を止め、次のように言った。

「君に言っておきたいことが三つある。
○第一に、私の授業に出るときは予習を良くしてきたまえ。
○第二に、先入観を持っのはよくないことだ。
○第三に、過大な期待を抱くのは、もっとよく」ないことだ」

※このジョークから学ぶべきことが二点あります。まず、品の悪い言葉を一つも使っていない点。「気の利いたジョーク」の使い手なるためにはこれは重要なポイントである。

※もう一つは、ジョークを使う時も予習が大切」である点。「三つある」と言っておいて二つしか言えなかったら、すべてが台無しだ。

※それでは、用法・用量(使いすぎは逆効果になることがある)を守り、食前・食後・食間にお使い下され~い!

今日も(珍念の灰色の脳細胞)は冴えません。 ((w´ω`w))

鎖につながれた象

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「寓話セラピー 目からウロコの51話」 ホルヘ・ブカイ著 麓愛弓訳からご紹介します。 

 ○アルゼンチンから世界を席巻 スペイン語圏で空前の大ヒット!
臨床の心理療法家がクライアントの精神状況に合わせて語った、ゲシュタルトセラピーの手法を示唆する世界の寓話集。笑いながら「なるほど」と気づいたとき、あなたの真実がそこにある。

 〇ホルヘ・ブカイ:1949年ブエノスアイレス生まれ。精神科医、ゲシュタルトセラピスト。「日常生活での心理学」を題材に、講習会やセミナーを本国アルゼンチンのほかメキシコ、スペインでも開いてまわるなど、幅広い活動を行なっている。著作も多数あり、スペイン語圏諸国をはじめ多くの国で読まれている。

 ▼私は子供の頃サーカスが大好きで、中でも動物ショーがいちばんの楽しみだった。特に象がお気に入りだったんだけど、実は私だけではなく他の子供にとってもいちばん人気だったようだ。

 ▼その大きな動物は舞台に上がると、持ち前のすさまじい体重や図体、怪カをみごとに披露していた。しかし演技が終わって次の出番を待つあいだ、象はいつも地面のちっぽけな杭に足を鎖でつながれていた。

 ▼ところがその杭というのは、地面にいくらも打ち込まれていないような小さな木のかけらなのだ。確かに鎖は太く頑丈そうだったが、木を根こそぎ一本引き抜くほどのカを持った動物なら、杭をひっこ抜いて逃げることなど簡単そうなのに……。

 〇その疑問は誰もが抱くものだろうと思う。
 〇一体何が象を捕まえているんだろう?
 〇 どうして逃げないんだろう?

 ▼五、六歳だった私は、大人は何でも知っているとまだ信じていた。だから象の謎について先生や父親、周りの大人たちに聞いてみた。象は飼い馴らされているから逃げないんだよ、と答えた人もいた。

 ▼そういうとき、私は当然次のように質問を返した。「飼い馴らされているんだったら、どうして鎖につながれているの?」しかし、つじつまの合う答えが返ってきた覚えはない。時とともに象と杭の謎については忘れ、同じ思い出を持った人に出合ったときに思い出すくらいだった。

 ▼数年前、たまたま、その疑問に答えられる本当に賢い人に出合った。その答えはこうだ。「サーカスの象が逃げないのは、とっても小さいときから同じような杭につながれているからだ」

 ▼僕は目を閉じて、生まれたばかりのか弱い象が杭につながれているところを思い浮かべた。そのとき象は、押したり、引いたり、汗だくになって逃げようとしたに違いない。でも努カの甲斐なく逃げることはできなかった。小さな象にとって、杭はあまりに大きすぎたのだ。疲れきって眠ったことだろう。次の日もまた逃げようと頑張って、次の日も、そのまた次の日も……。

 ▼ついにある日、その象の一生においていちばん恐ろしいことになるその日、象は自分の無力さを認めて、運命に身を委ねたのだ。サーカスで見る大きく力強い象は、かわいそうに"できない"と信じ込んでいるから逃げないのだ。

 ▼生まれて間もないときに無力だと感じた、その記憶が頭にこびりついている。そして最悪なのは、二度とその記憶について真剣に考えなおさなかったことだ。二度と、二度と、自分の力を試そうとはしなかったのだ。

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「寓話セラピー 目からウロコの51話」 最も参考になったカスタマーレビュー

 あなたも、癒される話しも見つかるはず! 投稿者  Amazon Customer 

 ◆物語は、聞く人によって色々な印象を与え、無意識に働きかけ、その人の持つリソースを活性化したり、無意識的な気づきを促すことは、ミルトン・エリクソンをはじめとした催眠療法家にとっては、よく知られた事実である。

 〇この本の筆者も、いわゆるゲシュタルトセラピーなどを背景にしたサイコセラピスト(心理療法士)だが、このような話しを利用しながら治療を勧めているのだという。すなわち、それだけ、パワーを持った物語が、紹介されているのである。

 〇物語が、受け取る人によって、様々な影響力をもたらすことは、すでに述べたが、きっと、あなたの無意識の可能性を開き、癒される物語が本書の中に見つかるだろう。また、あなたが臨床心理士だったり、特に催眠療法などに関心を持っているなら、この物語は、逸話(治療に使用する物語)としても役立つのではないだろうか?
 
 
  物語のちから  投稿者  かもしか

 ◆人の意識というものは常に成長したいと望んでいる。悲しいときもあれば、嬉しいときもあり、そういうサイクルを踏んで人は成長していく。物語とは、人生におけるそのような凹凸ある道を進むヒーローやヒロインを通じて読み手を成長させるものである!と思う・・・。

 〇この本を開いたあなたは本の中の主人公となり、セラピストであるホルヘに出会い、いくつかの素敵な寓話を通じて、意識を成長させることが出来るのではないでしょうか・・・。

  【余談】

◆寓話や童話にはそのようなエッセンスがつまっている(と個人的に思って)、そのような物語が書きたくて、図書館で本を探していたときに見つけた一冊がこれです。

 で、ゆっくり読みたいので買おうと思って、本屋を回ったけど、どこにもおいてなーい!!出版社のめくるまーくに問い合わせしたところ「済みません。もう刷ってないし、在庫も無いです。」とのこと・・・。Oh・・・。

 泣く泣くAmazonの中古で(お高い値段)で購入。でも自分の身になる良い本だった・・・。

Genkai

  斯く言う、珍念 【鎖につながれた象】かも知れません! 
  深く反省し・恥じています。

 「寓話セラピー 目からウロコの51話」 ぜひ読んでみたい!


戦争の悲劇

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 小学校の教科書に、7人の息子が戦地に向かうたびにキリの木を植えた母親の物語「おかあさんの木」(大川悦生作)という話が載っていた。ポプラ社の文庫版で約40年ぶりに読んだ

 ▼息子たちは次々と戦死し、終戦を迎えた母親は「日本中の、とうさんやかあさんがよわかったんじゃ。みんなして、息子を戦争にやられん、戦争はいやだと、一生けんめいいうておったら」と嘆く

 ▼『ガラスのうさぎ』(金の星社)は、戦争で両親と妹2人を失った高木敏子さんの体験を基にした物語。終戦を告げる玉音放送に「もっと早く負けたといえばいいのに」と悔し涙を流す。高木さんの父親は終戦の10日前に機銃掃射で犠牲になった

 ▼同じように戦争の悲劇を取り上げ、長年読み継がれた児童文学だ。優しい言葉でつづられながら、作品に込められた思いがひしひしと伝わる。読んだときの印象は心に残っている

 ▼安倍晋三首相は14日発表した戦後70年談話で「戦争に関わりのない世代に、謝罪を続ける宿命を負わせてはならない」と強調した。逆ではないか。戦争の記憶の風化が叫ばれる中、幼いころから歴史を学び、戦争の悲惨さや平和の大切さを訴える体験談や図書に触れることが大事だ

 ▼昨日は、終戦から70年。安全保障関連法案をめぐって平和憲法が揺らぐ今、非戦の誓いを新たにしたい。<大弦小弦>

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『ガラスのうさぎ』商品の説明  内容(「BOOK」データベースより)

 ※一九四五(昭和二十)年三月十日。東京都上空にアメリカの爆撃機B29の大編隊があらわれました。雨あられのようにふりそそぐ焼夷弾。東京大空襲です。十二歳の敏子は、この空襲でお母さんとふたりの妹をうしないました。さらに、目の前でお父さんもなくしてしまいます。ふたりのお兄さんは戦争にいっていました。たったひとりになってしまった敏子にのこされたのは、半分とけて形のくずれたお父さんの形見、「ガラスのうさぎ」でした。

『ガラスのうさぎ』  最も参考になったカスタマーレビュー

 ノンフィクション 投稿者   みるな 

 ◆小学5年生くらいの時に読みました。何に驚いたって、この話がほぼノンフィクションであるということにかなりショックを受けました。(読んでるときは気付いていなかった)。そしてショックを受けた自分に対してまたショックを受けました。

〇戦争の本はけっこう読んでいたのですが、頭のどこかに「お話の世界、自分とは無縁の世界」という概念があったのですね。自分と同年代の少女が実際に経験し、今もまだ生きており、この本を書いたという事実が、本の内容と共に重くのしかかりました。

〇フィクションの戦争ものというのは、やたら戦争の悲惨さばかりを強調し、かえって嘘臭く説教臭くなってしまいがちですが、ノンフィクションはその時々の事実や心情だけが淡々と語られており、読む人にせまるものがあります。

〇よくわからないままにはぐれ、亡くなってしまった母親と妹、疎開先での作業の辛さ、ようやく一緒に暮らせるようになった矢先に、目の前で機銃掃射を浴びて死んだ父親、その遺体を焼く薪を用意するために、1人で近所中をかけずりまわらなければならなかったこと。

〇戦争が終ってからは、憧れのセーラー服を借りてラジオの歌番組に応募したことなど、少しずつ明るい話題もあって、少しほっとするとともに、物語のリアルさ、自分と同じ少女達なんだという実感がしみじみ伝わってきました。

〇せっかくの児童書なので子供達になるべく自然な形で読んでほしいです。頭ごなしに「戦争はまちがってる」という大人の意見を押し付けるのでなく、実際に体験した人、それも当時子供だった人の体験談は、どんなにか子供の心を打つと思います。

    忘れられない本 投稿者  orangebb2

 ◆確か小学校5年ぐらいで読みましたが、30代になった今も印象深い、数少ない本のひとつです。東京下町で仲良く暮らしていた少女の家族。大相撲やお祭り。しかし兄2人は出征、母と妹2人は東京大空襲の犠牲になり、死体もついに探し出せなかった無念。事業を地方で再開しようとしていた父までが、機銃掃射で亡くなり、少女が葬式を出すことになります。

〇父と一緒に行った駅での、運命を分けた一瞬。大好きなお父さんを失った悲しさにひたってばかりもいられず、医師から遺体の銃創の様子を聞き、火葬のための薪の手配に奔走。「私がしっかりしなくては」と思う少女のけなげさ、親がそっと遺してくれていたお金、つらい生活の中でも周囲の人たちが見せてくれた人情などが印象深いです。

〇また終戦後は復員した兄たちと再会、学生生活のささやかな楽しさなどに救われます。不思議とさわやかな読後感は、筆者が失った家族を悼みながらも、新体制の日本に筆者が見いだしていた希望が伝わるからと思います。
 
〇太平洋戦争の最後の半年ぐらいの間に、当時の子供が味わった辛酸を教えてくれる名著。今も世界のあちこちで空爆は行われ、民間人が犠牲になることも多い。これからの子供達にも読んでほしいと願っています。

 娘が最初に欲しいといった戦争の本です  投稿者 ちびたちの母

 ◆私も小学校の時読んで、感動したこの本。娘が小学生になり、学校で借りてきて(短縮版)、この原作をどうしても読みたい・・・・ということだったので少し早いかとも思いましたが、もうそろそろ戦争の問題についても触れさせたい・・・と思ったので購入に至りました。

〇第2次世界大戦下、普通の人の生活に何が起こったのか。自分の身に置き換えて考えてくれれば・・・そして、今の平和の有難さ、誰がこの平和を作り出してくれたのか・・・を感じたり考えてくれるきっかけになれば・・と思います。

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国際連合教育科学文化機関憲章(ユネスコ憲章) 前文

この憲章の当事国政府は、その国民に代って次のとおり宣言する。

 『戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない』・・・と。

珍念、の脳裏にふと、恩師の言葉が思い浮かぶ!

 ※かって、ある会合で 『教育は、人間を創る。それが未来を創ることだ。ゆえに、教育こそ 最も尊き聖業である。これが、永劫に変わらざる私の信念である』 と。「経済・政治・社会の根本とは何か、順々と指導を進めた。

 ※「生命なくして、経済も、教育も、科学も、政治もありません。一切が、人生、社会の幸福を追求するための分野なのです。根本は全部人間です。生命です。その生命とは何かという根本解決の道が、宗教じゃありませんか」と池田大作名誉会長は綴る。

  〝珍念〟のコメントは『釈迦に説法』・・・ (A;´・ω・)アセアセ

安保法案良いのか悪いのか

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  安保法案良いのか悪いのか

  主婦・山口由記子・61
  (北九州市小倉南区)





 ▼野党の議員さん、教えてください。安保関連法案、私には良いのか悪いのか分かりません。法案が成立すれば戦争になるとおっしゃってますが、法案がなければ、ずーっと永遠に平和が保たれるのですか? そこをはっきりさせてください。

 ▼こんな大切な法案です。与党の強行採決は良くない。でも野党の皆さん、強行採決の時の反対ビラを刷る時間があるならだ代案を考えてほしかったです。マスコミも利用してすぐにでも戦争が起き若者が戦争に行くように騒ぎますが、法案がなければ絶対戦争は起きませんか?

 ▼廃案にすれば絶対平和を保てると約束できますか?戦争は起こしてはならない。これは絶対です。だからこそ、世間に踊らされることなく私たちはいろいろな角度から考えていかなければならないと思っています。

 ▼野党の議員さん、廃案後は絶対恒久平和を保てますか?もし他国から攻められた時は我々はどうしたらよいでしょうか?

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  読者の皆さんは・・・?
  それにしても、与党の応援団に『後ろから鉄砲を撃つ』
  痴れ者がいたり、某新聞を・これ以上は武士の情け
  で吠えません。



 ※古の文化大恩の国・中国 今はその面影はない。(小野妹子) 日出づる処の天使・・・学校で学んだのが懐かしい。遣隋使(けんずいし)が派遣されたのは、隋(中国)の仏教や政治等の学問を学ぶためです。また、対等な国交への道筋を付けようとしたとも考えられます。

 ※今日、日中友好・日中交流が「ぎくしゃく」していますが、原点に戻りあくまで、法と秩序を厳守するのが肝要である。それにしても、丸腰で核兵器を持っている(一党独裁の国)と丁々発止とやりあっているのですから・・・平和呆けの<語弊のある発言>お許し下され~い。

 ※かの国もミサイルを時々ぶっばなし脅している。そのお隣の国も竹島を実行支配している。徴兵制をして戦争に備えている。同盟国に向けミサイルが日本上空を飛んでいても迎撃できない・・? 法律に縛られて「自縛呪縛」なのだ。

かく言う〝珍念〟誇大妄想狂の軍国主義者ではない。平和主義者です!

 四種の良馬  天台大師は『摩訶止観』の中に・・・・

「快馬けめの鞭影べんえいを見て即すなわち正しょう路ろに至いたる」
ということを説いています。これは雑阿含経の「四種の良馬」という説話を引かれたものです。つまり良い馬には四種類あります。

 ※第一番目の良馬は、鞍くらの上に跨またがった御ぎょ者しゃの振り下ろす鞭むちの影を見ただけで、乗り心地良く、目的地に向かって正しい道を走り出します。

 ※第二番目の良馬は、御者の振り下ろす鞭が毛や尻尾しっぽに触ふれただけで、目的地に向かって正しい道を走り出します。

 ※第三番目の良馬は、鞭で皮や肉を、ピシッと打たれてはじめて驚おどろき、目的地に向かって正しい道を走り出します。

 ※第四番目の良馬は、それこそ何度も何度も鞭で思いっきり強く打たれ、その痛みが肌はだを徹とおして骨ほねまで響ひびき、そこではじめて驚いて、目的地に向かって正しい道を走り出すというのです。

 ※本当の名馬・賢い馬は、もちろん一番目の馬で、鞭で思いっきり叩たたかれなければ、ちゃんと走れないような馬は、決して良馬とは言えないのです。

ふと、日蓮大聖人の『富木殿御書』が脳裏に浮かぶ!

「夫(それ)賢人は安きに居て危(あや)ふきを欲(おも)ひ、佞人(ねいじん)は危ふきに居て安きを欲(おも)ふ」 (御書 1168㌻)
と仰せになっています。賢人は、たとえ安穏な境地にいても、常に危うきことが起こることを予想し、気をつけています。しかし、佞人、つまり先ほどの馬の例によれば、駄馬のような人は、自分の身が危険な状態にあるにもかかわらず、そのことに気がつかず、ただ眼前の安逸(あんいつ)を貪(むさぼ)っているのです。

 かく言う〝珍念〟愛犬には「飴とムチ」で躾をしています。でも、妻には逆に飼いならされています!

  今日も減らず口は絶好調です・・・・ \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「裸の島」

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 日本映画黄金時代の秀作だろう。先日、衛星放送で昭和35年公開の新藤兼人監督、「裸の島」を見た。撮影期間1カ月、製作費500万円だが、作品の出来は、かける日数、金額に比例しない。

▼瀬戸内海の小島。4人の家族が、島の斜面を畑にし、鶏などを飼って、ほぼ自給自足の生活をしている。夫婦は飲料や作物に与える水をくみに隣島まで小舟を漕いで往復する。

▼急斜面を天秤(てんびん)棒で桶(おけ)を担ぎ水を運ぶ姿には、見ている方も力が入る。元宝塚スターの乙羽信子は、実際に泣き出しそうな形相だった。

▼モスクワ映画祭グランプリをはじめ海外で様々な賞に輝いた。困難に立ち向かい懸命に生きる姿は、国境を超えて共感を得られる証明だろう。

▼生まれながらにして地盤、看板、カバン(資金)がある、いわゆる世襲議員が増えている。多くは、困難を克服するハングリー精神に欠けていると感じるのは筆者一人ではないだろう。

▼以前、ある二世議員が「先代(父)はどうだった」「先代はこうした」と話すのを聞いて閉口した。政治は伝統芸能ではないのはいうまでもない。(国原譜)

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  ダンマリ助平の珍念・・・「裸の島」を見る前は
  (おにょが島)のように裸の女性がいるのかなぁ、と。
  変な妄想を抱いていましたが・・・

  それにしても、これ以上は 『言わぬが花』



“仏つくって魂入れず”

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 過去は常に現在と繋がって
いて誰も切れるものではない。
歴史はうるさいからといって勝手
に忘れてしまってすむ話ではない。




 
 昭和史研究で知られる作家の半藤一利さんが東京の女子大で教壇に立ったときの経験をある本で紹介している。「太平洋戦争で日本と戦争をしなかった国は、米国、ドイツ、オーストラリア、旧ソ連のうちどこ?」。50人に尋ねたところ、13人が米国と答えたというのだ


▼驚く半藤さんに追い打ちをかけるように、1人の学生が手を挙げて「どっちが勝ったんですか?」。若者がどうのこうの言う以上に、日本の教育そのものがただごとではないのでは。半藤さんは警鐘を鳴らす

▼今、高校生の3~4割は日本史を学ばずに卒業する。選択科目だからだ。一方、世界史は国際化を旗印に20数年前に必修化された。だが、どちらも古い時代から学習し、近現代あたりは時間不足で駆け足になりがちという

▼日本史と世界史を統合し、近現代を中心に学ぶ「歴史総合」を設ける案を文部科学省が打ち出した。遠い昔の話でなく、今につながる時代を世界と関連づけて学ぶ意義は大きい

▼問われるのは中身だ。大切なのは歴史の出来事の意味や背景を掘り下げること。人名や年号の暗記が主体では“仏つくって魂入れず”である

日本は平和や豊かさをどう手に入れたのか。世界の紛争や貧困はなぜ起きるのか。自分たちが生きる「今」が、まさに歴史とつながっているのだと感じられる授業にしなくては。 【滴一滴】

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このコラム 『的を射る』 お見事!

ふと、珍念の灰色の脳細胞に、名言が思い浮かぶ。

※生き生きしていない観念によるような教育は、 無用であるだけではありません。何よりも有害なのです。byホワイトヘッド(1861-1947:英:数学者、哲学者)

 ※教えることのできない子供というものはない。あるのは子供達にうまく教えられない学校と教師だけである。byM・アドラー

 ※「人間の幸福のために役立たない学問、人生に価値を生まない死せる知識を、いくら誇っても、それは幻影のようなものである。まして知識が増えた結果、人間を軽蔑しするにいたったとしたら、本末転倒といわざるをえない」。 と、恩師は綴った。 

 これ以上は『蛇足』・・・・ ゜.+:。(*´v`*)゜.+:。

トカゲのしっぽ




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  昔、高千穂町に住んでいたころ、子どもたちの間であるまじないがあった。トカゲを見かけたら、両手の小指の先端を合わせる。そしてそばにいる人に手刀で切ってもらう。

 大人の今も身に染みついていて、心の中では励行している。現在は残っていないと思うが、なぜそんなまじないがあったのか、正しい手順だったのか、よく分からない。トカゲの尾が切れても動くことから、何か魔性を封じ込めるような意味があるのかもしれない。

 詩人の室生犀星がトカゲのしっぽを切って観察する文章の中で、子供のころ「トカゲに指さすな。指がくさる」と言われたというくだりがある。切れた尾が敵を欺くという不思議な生態が、昔から人々の興味をそそったのは間違いない。

 「トカゲのしっぽ切り」という例えがある。政治の世界などで不祥事が起きたときに、末端の関係者だけを処分して対外的には責任を取ったように装う方法。新国立競技場建設計画をめぐるごたごたは典型的なケースだろう。担当だった文科省の局長が辞職した。

 同省をはじめ関係機関トップは口をそろえて「責任はない」と抗弁。責任の所在があいまいな日本中枢のシステムに不安になる。その一方で、安保関連法案における「法的安定性」軽視発言で問題になった礒崎首相補佐官はおとがめなしだ。

 実は、しっぽどころか法案作成の中心的な役割を担った本体だったからだ。切れば安倍政権本体が倒れる。考え方も首相と一体、と勘ぐりたくなる。むしろ「しっぽ」視されるのは国民か。例のまじないで政権の魔性は封じ込めておきたい。【くろしお】

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      コラムニストの筆致は『寸鉄』の如し!



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   寸鉄(すんてつ)

   小さい刃物のこと。寸兵。元来は中国武術や護身
   具として使われた我眉刺類の暗器のこと。寸鉄器
   寸兵器(短い兵器)ともいいこの寸鉄器が転じて小さ
   い刃物と訳された。短く人の胸を突く語・句。警句。警語。

    聖教新聞一面に掲載されている一言コラム。(ウィキペディア)

地球にとって「一番の天敵は」

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 人の欲は実に深いものだ。時として、法を犯しても欲望を満たそうとする。欲を満たすためであれば相手が人だろうが、共存共栄してきた動植物だろうがいとわない人間。自分さえ良ければの最たるものだろう

▼それゆえ、地球上から姿を消した生き物は少なくない。体が大きなゾウやサイに“牙”をむいたのも人間。密猟から守ろうと必死になっているのもこれまた人間。日本で2カ所にのみ生息が確認されているチョウ・ゴイシツバメシジミは絶滅が危惧され、法で守られていながら違法採取が後を絶たない

▼生息地の一つ、水上村の市房山ではかつて秘密裏に保護活動が続いたが「皆に知らせ、皆で守ろう」と方向転換。監視の目は増えても、欲深いふとどき者はどこからともなく甘い蜜を吸うがごとく忍び寄る

▼九州大学総合研究博物館の杉本美華研修員曰く、「チョウにとって一番の天敵は人間」。チョウを餌にする昆虫より、やっかいな存在というわけだ

▼過日、市房山の古木に五寸釘が痛々しく打ち込まれているのが見つかった。これまた、命や自然を大切にしようと子どもたちに教える立場にある大人の仕業。自制心を養う努力に年齢の壁はない。【瀬音】

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ふと、脳裏に「それはお前だ!」の逸話が思い浮かぶ!

 ◆どんな動物でもしとめる猟師がいました。 ある日、手紙がきます。そこには、「地球上でもっとも凶暴なある 動物をしとめてほしい」と書いてあって大きな屋敷に招待される

 ◆「オレにしとめられない動物はいない」と自信満々で猟師は出 ける。屋敷は動物園 のようになっていて各部屋にいろんな動物がいるけど、なかなか 「地球上でもっとも 凶暴な動物」はでてこない。

 ◆ずんずん奥に導かれて最後の部屋までくると、オリがある猟師が鉄砲片手にそのオリにはいると、鏡がある。そこに書いてあるのは 「それはお前だ!」 と。

  斯く言う、珍念 『鳥鵲の地』(ちょうじゃくのち)の諺が身に染みる昨今。
      深く反省し・恥じている! 読者の皆さま。お笑い下され~い・・・

      これ以上は『蛇足』・・・・モジモジ(。_。*)))

 

矛盾

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   【意味】  矛盾とは、両立しないこと。つじつまが合わないこと。 
【矛盾( むじゅん)の解説】 物事の道理が一貫しないことの意味。
『韓非子・難一』にある故事に基づく。中国の戦国時代、楚の武器を
売る商人がどんな盾でも突き破る矛と、どんな矛でも防ぐという盾を
同時に売り込んでいた。そこに居合わせた老人に「あなたの売る矛で
あなたの盾を突いたらどうなるのか」と問われて、返答に窮したという。

 「人命の価値は地球より重い」と、しばしば耳にする。命の尊さは理解するが、価値となれば巷には矛盾あまた

▼終戦70年のことし。東京大空襲や原爆投下など大量虐殺を扱う報道の終戦企画が続く。多くの国民が人命価値への関心を高め平和の享受を実感、先人に謝す。さらには震災復興や知人らの訃報のたびに命の崇高さを実感する。しかし社会で頻発する殺人や自殺、海外では紛争犠牲の報が絶えず。人命価値とは何か

▼男性2人が死亡した先の感電事故で、原因の電気柵を設置した男性が自殺した。国の許認可を無視した行為は許されないが、彼は害獣からアジサイを守りたかったのだ。結果的には事故の2人と男性という3つの命が消えた。無念さ尽きぬ悲しくむなしい矛盾の一つ

▼“忘却”を併せ持つ人間の脳。辛く悲しく悔しい事案をいつも、いつまでも繰り返す人類。その都度、多くの犠牲を払ってもなお誤り続ける原因はこれなのか。人命尊重をうたい他者を攻撃する不合理性はもっぱら、自己都合の欲得を背景に持つ場合が多くはないか

▼これに該当する隣国の存在が気がかり。よって国防は別次元と思いつつ、これもまた矛盾ではと心乱れる暑い夏。【瀬音】

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Cocoro

  斯く言う、珍念・・・自己 『矛盾』に恥じている。
  このままでは、あの世で(閻魔さま)から虐め
  られる。深く反省しています・・・・

長崎「原爆の日」


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  原爆投下から間もない長崎の街に、「75年は生息不可能」の
  流言が伝わった。爆心地でアリの群れが見っ かったのは爆撃
  から3週間後、ミミズが姿を現したのは1カ月後だったという。
  かの地で被爆した永井隆博士が『長崎の鐘』に記している。





 ▼生命の確かな強さを示す話は半面、人々の口を伝った話の危うさをも暗示している。語り手の記憶や感情、思想信条、ときには嘘という不純物も混じり合い、事実からかけ離れてゆく。いまの日本に突きつけられている「歴史」は、必ずしも史実と同義とは言えまい。

 ▼原爆の惨禍を伝える「語り部」にも、偏った思想の持ち主がいる。長崎県島原市の中学校長(59)は昨夏、生徒たちに根拠のない旧日本軍の「蛮行」を聞かせる語り部(79)を、たまりかねて制止した。資料の不確かなまま、中国や韓国の主張に沿う内容だったという。

 ▼「被爆体験でもなんでもありませんでした」。校長の悲憤を、8日付の小紙九州・山口版が伝えていた。昨今は、安全保障や原発など政治色の濃い発言で、子供を揺さぶる語り部もいる。「被爆体験だけを語ってほしい」という校長の願いは、むなしくも裏切られた。

 ▼校長は語っている。「謝り続ければアジアの人々と、日本の子供が未来志向の関係を築けるのでしょうか。フェアな外交ができるのでしょうか。私はそうは思いません」。被爆者の平均年齢は今年80歳を超えた。貴重な残り時間で子供の愛国心を傷つけてどうする。

 ▼今は亡き永井博士は、自著をこう結んでいる。「希(ねが)わくば(中略)世界最後の原子野たらしめ給(たま)え」。惨禍を記憶する人たちが語らずして、次代に痛みを引き継げようか。2つの原爆忌と終戦の日が迎える70年目の夏、記憶の傷みがまた進む。【産経抄】

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『長崎の鐘』内容紹介 原爆は戦争を終わらせたんでしょうか。 民間人の大量殺戮は戦争犯罪だったんじゃないんでしょうか。 京都に原爆が落とされる可能性があったことを知っていますか。

最も参考になったカスタマーレビュー

原爆投下直後の長崎の惨状  投稿者  てんぴん 

 ▼昨年の夏に妻と二人で長崎に旅行に行ったときに、立ち寄った「長崎原爆資料館」でこの本を見つけ、迷わず購入しました。 1945年8月9日長崎に原爆が投下されました。 この事実は社会科の授業や毎年8月になるとテレビのニュースで流れるので、皆さんご存知だと思いますが、実際に体験したことがないことなので、ピンとこないと思います。

 ▼この作品は原爆投下直前から、終戦の日(1945年8月15日)までの長崎の惨状がこと細かく書かれています。著者の永井博士は自らも被爆し、奥さんを原爆で亡くされてます。それでも、原爆で傷ついた人々を、献身的に救護しました。 その精神力には、感服しました。 本著のタイトルにもなっている長崎の鐘とは浦上天主堂の鐘の事です。

 ▼五十メートルの鐘塔から落ちたにもかかわらず、割れずに無傷だったそうです。 今日も 人類よ、戦争を計画してくれるな と平和の響きを伝えるように 鳴り響いています。 皆さんも機会があれば、この作品を読んでみて下さい。そして長崎を訪れ、平和を祈って下さい。

平和のために  投稿者  ys1001 

 ▼長崎被爆の記録です。被爆の記録は種種ありますが、これは、長崎大学医学部の放射線医学の永井博士による長崎医大の被爆記録という体裁です。読みやすく平易に、比較的冷静にかかれております。

 ▼この方の考え方で素晴らしいと思うのは、原爆を落とされたのは、自分達も悪かったのだと考える事。こんな無謀な戦争を引き落とし、それを有形、無形で支援した自分達も悪かったと考える事。自分自身も被爆者で、妻も亡くしているのに、自分達は無辜ではないという考え方が、このような記録のなかで、めずらしい感じがします。一生に一度はよんでみてください。

永井さん  投稿者  がい 

 ▼名前のみ知っていて、「どうせ暗い話なんだろ?」と今まで読まずにいましたが、著者の新聞記事につられて読んでみて正解でした!!これほど冷静に、固い意志を持って、おまけにたくましいユーモアさえ交えた原爆についての記録は、初めて読みました。

 ▼とにかく自分たちは医学にたずさわるものなのだ、という姿勢が、どんな悲惨な状況も、読者であるぼくらに曇りのない視点で伝えてくれています。

 ▼被災の現場で、原爆製造の過程について冷静に話し合う場面など、永井さんはじめとする医大の方々でなければありえなかったと思います。

 ▼カート・ボネガットが「スローターハウス5」でドレスデンの大空襲について書いた時人が死ぬたびに「そういうものだ」、とわざと冷たく書かざるを得なかったように、永井さんの描く犠牲者の死の場面も、感情を抑えた筆致です。だからこそ永井さんの、内に秘めた感情が伝わって来るのです。

原爆で壊滅した長崎大学医学部で、多くの死傷者を救助、治療した永井隆博士の真実の書 投稿者  ぐびろが丘 

 ▼長崎大学医学部は、長崎原爆落下の際、爆心地から400mの地点にあった。永井隆の、”長崎の鐘”があまりに有名だったせいか、医学部の被災状況はあまり話題にならない。しかし、当時の文部省は、壊滅した医学部の再興をしないという結論に達した。

 ▼建物ほぼ全滅したのはもちろん、医学部教員(教授、助教授、講師、助手など)、看護婦、技師、補助員、事務員、8月9日に出席していた医学生、看護学生等のほとんどすべてが死傷したのだから。膨大な人材が失われた。治療に当たるべき医師や看護婦たちがやられてしまったのだから。再興するには果てしなく費用がかかる。敗戦国日本には、そんな余裕はない。

 ▼被爆した身をおして、当時の学長、医学部長が、何度も夜行列車で上京し、懇願しても、文部省はけんもほろろであったらしい。もちろん、二人は被爆が元で亡くなられている。医学部には、銅像が建っている。幸いにも医学部再興が認められた。奇跡的医学部再興?つまり長崎大学医学部はいったん消滅したのだ。原爆によって。

 ▼永井隆博士は放射線科の教授で、戦前の原爆の開発状況、アインシュタインについても詳しい知識を持っていた。被爆のときは、医学部にいて、浦上の自宅にいた妻は即死している。

 ▼アララギ派の歌人であったせいか、達者な文章で、自らも生死の境をさまよい、薬も器具もなくなった中で、救助に走り回る永井博士の姿が映画のように描かれている。今更ながら、誰もが一度は読むべき本だと思う。医師に限らず・・・・

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  コメントは『蛇足』

「人生の反省 大切な家族」 

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   ある病院のお話です。私も10年近く病院に勤めていましたので、強く心に残りました。それは、患者さんが亡くなる直前に自分の人生を振り返り反省した言葉集でした。その中の一つに「家族にもう少し尽くしていれば良かった。」がありました。その言葉で、私が勤めていた病院のある出来事を思い出しました。


 ▼家族がどうしても見舞いに来ない、末期の男性患者さんがいました。いろいろお話を伺うと、その患者さんの家族はその男性からひどいしうちを受けたことが分かってきました。そのため、奥さんも子供たちも誰も見舞いに来なかったのです。

 ▼それで、臨終前に一度でも会っていただきたいと考えました。「家族を大切にしなかったことをとても後悔している。そして、最後に一目だけでも会いたい。」と、家族に何度も伝えました。すると、亡くなる2日前に家族が病院に来られました。すると、あれだけかたくなだった家族も男性もうっすらと目に涙を浮かべていました。

 ▼その家族の過去に何があったのか分かりません。最後に、わずかでも気持ちが近づいたのではないかと思いました。関わった私や看護師たちもそれを見て家族の大切さを痛感したのでした。毎日当たり前にある家族、だからこそ大切なのです。【東流西流】

(高橋 茂樹(たかはし・しげき)田布施町出身。日立に約30年間勤務後、介護福祉士として病院勤務。母親の介護のため3年前にUターン。62歳)。

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   『葦の髄から天覗く』 小人の珍念
   反省し・恥じています!








井上ひさしさん

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  広島原爆を描いた井上ひさしさんの『父と暮せば』は6カ国語に訳され、7カ国で上演された。なぜ共感を呼ぶのだろう。自分だけが生き残り、幸せになっては申し訳がない。でも恋を実らせたいと悩む娘の前に原爆で死んだ父が現れる

▼5年前に亡くなった井上さんは、かなり前に述べていた。「わたしの一生は、ヒロシマとナガサキを書きおえたときに終わる」。長崎という積み残した遺志を、映画監督の山田洋次さんが受け継いでいる。原爆投下70年に合わせ、『母と暮せば』の撮影が進む(12月公開)

▼つつましく暮らす母の前に亡き息子が姿を見せる。山田監督は徹底して資料を読んだ井上さんにならい、被爆体験記を何枚も書き写した。「そうしなければ長崎の皆さんに失礼になる」

▼『戦場のメリークリスマス』を作曲した坂本龍一さんが音楽を担当すると発表された。福島第1原発事故後、著名作家とともに脱原発を呼び掛けた。核エネルギーが被害をもたらす現代と殺りく兵器のころを重ね合わせる

▼『父と暮せば』の終幕。「人間のかなしいかったこと、たのしいかったこと、それを伝えるんがおまいの仕事じゃろうが」と諭す。生き抜かねばならない人間は語り続ける。科学技術より、ずっと尊いとうたったから世界が拍手するのだ。【河北春秋】

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『父と暮せば』 最も参考になったカスタマーレビュー

伝えられるべきもの 投稿者  裏通りの音楽屋 

 ◆「父と暮せば」は、井上ひさしが書いた戯曲の中でもひときわ異彩を放つ作品だ。ひとつの劇の中に喜劇と悲劇が描かれ、主人公・美津江という個人の恋模様を描きながら、1945年8月6日の広島への原爆投下で命を失った多くの人の訴えを伝えている。

 ◆この作品では、細かい設定にも必ず何らかの必然性がある。その種明かしは本文の中でも為されているが、たとえば、美津江が図書館員、或いは昔話研究会の会員であるということは、体験や情報を「伝えていく」ということと密接に関わっている。この作品の中で父・竹造(原爆で死去)の役割とは美津江の恋を応援することだけでなく、この「伝えていくこと」の大切さを気づかせることでもあるのだ。

 ◆作品の中にある実際の被爆者達の言葉。それらは、手記の中にあるだけでは光を秘めた小さな原石に過ぎないが、井上ひさしはそれを磨き上げて美しい宝石にした。そして、それらを織り込んで創られた珠玉の芸術作品が、この「父と暮せば」なのである。

すべての人にむけて。 投稿者  独楽   

 ◆先の大戦と原爆をテーマに、生き残った者たちについて語られた戯曲ですが、さまざまな立場の人が、さまざまに思いを抱いて読む脚本であると、思います。私は、読了するのに7日かかりました。少し読んでは本を閉じ、自分の体験した震災や別れや、自分自身の心の動きと対話して、一段落つけなくては先へ進めなかったからです。

 ◆そして、読み終えた今、心の蓋をとられた娘のように激しく動揺し、悲鳴のような嗚咽をあげて泣き伏してしまいました。まだまだ、全然、この脚本の本当のところを汲み取れてはいないだろう、と思えるのに、です。これは本当に、人間すべての上に落ちてきた悲劇について書かれた作品でした。

 ◆震災も戦争も知らない人でも、この悲劇を自らの上から払うことは出来ないでしょう。国も言葉も肌の色も習慣も、どんなに違う人たちがいようとも、人間と呼べるすべての人が、我がこととして受け取ることの出来る、優れた作品です。


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珍念のコメントは『蛇足』・・・・。







「不思議」から膨らむ夢

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 「ネコに話し掛けたら、ネコにはニャーと聞こえるんですか」-。NHKラジオの「夏休み子ども科学電話相談」は子どもに役立つだけでなく、大人を懐かしい気持ちにさせてくれる。

 ▼昭和59(1984)年に始まった。動植物、昆虫、宇宙といった分野の専門家が、夏休みの小中学生らから寄せられる疑問に電話で答える。素朴ながら本質を突く質問があどけない声で届く。専門家の先生をよく悩ませる。冒頭の質問に答えようとした先生は四苦八苦した揚げ句、「分かんない、ごめんね」と男児に降参したようにわびた。こんなやりとりも生放送ならではの醍醐味[だいごみ]だ。

 ▼「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない)」。フランスの小説家サンテグジュペリは代表作「星の王子さま」でしたためた。子どもの心を失ってしまった大人への警句だろうか。

 ▼会津若松市出身で国立天文台副台長の渡部潤一さんは宇宙分野の回答者だ。先日も「土星に輪があるのはなぜですか」という質問に対して、楽しむかのように、かみ砕いて教えた。「不思議」を感じることは、夢を膨らませる翼になる。 (あぶくま抄)

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このコラム 『言い得て妙』・・・ ゜.+:。(*´v`*)゜.+:。




  

光と陰

 
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    焼けるような日差しが容赦なく降り注ぐ。
    街路樹の葉も生気をなくしたようにうなだれて見える。
    日陰を探しながら職場に向かう季節がまたやってきた









▼光があれば、陰もまた付きもの。“日陰の存在”などとも言う。こんな使われ方からしても陰には良いイメージは浮かばないものだが、連日の猛暑から身を守ってくれるこの時季の日陰の存在は大いにありがたい

▼光と陰。相対立するようでも片方だけ存在するわけではない。コインの表裏のように背中合わせだ。仏教の教えにも功徳天と黒闇天という姉妹の物語がある。姉は幸福を授ける神で人々から歓迎される。妹は災いをもたらす嫌われ者。だが2人は常に一緒に行動する

▼「豊かさを求める際、その代償として資源の枯渇、環境破壊という側面を分離することはできない」。現代的な意味もこの寓話(ぐうわ)からくみ取れる、と久しぶりに本棚から取り出した「日本の自殺」(『グループ1984年』著)に教えられた

▼便利さには、常に代償が付きまとうことを忘れてはならない。従って思慮深くなければならず、節度と自制と調和が求められるという。研究者グループの30年も前の指摘は今も色あせない。光が強ければ陰もまた濃い。 【編集日記】

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「日本の自殺」(『グループ1984年』著 最も参考になったカスタマーレビュー

土光敏夫さんが絶賛  投稿者  fifty three Oh! 

◆土光敏夫さんがこの論文を気に入り、「何万部もコピーして配った」(「私の履歴書経済人20」)とあって興味を持ちました。文明が滅びた理由を分析し、多くの場合、外部からの攻撃により滅びたのではなく、内部からの社会的崩壊によった、としています。

◆日本の「自壊作用」を論じ、「自己決定能力の喪失」「自制無き権利を要求し活力無き福祉国家への堕落」「エゴと悪平等の泥沼」などの問題点を指摘しています。最後にグループが考える解法の提案があります。30年以上たった今でも論点は変わりません。

◆著者グループが文明崩壊を分析するなかで日本との類似性を見つけたのか、問題提起が先にありそのために適した論理構成をあてはめたのか、私の知識レベルではわかりません。土光さんが絶賛するだけあり、たしかに興味深い指摘が多く、再読の価値があると思います。概ね分り易い本です。文章と格闘する必要はありません。ただし論理展開が一部こんがらがっているようです。

何という類似・・・ 投稿者  麒麟児

◆その全ての記述が正しいとは思わないが、日本は内面的・精神的に自壊の道を辿っているというその結論にはやはり同意せずにはいられない。当時の状況と今日の日本との何という一致・・・ 一読の価値ある読書体験であった。

お前が言うな、PHPから出すな 投稿者  fm-kosei 

◆昔の人は…それに引き替え現代は、というのは古代エジプトからあったそうだが、これは、ただの年寄りの繰り言ではない。
〇公害対策で企業を縛るな。
〇便利な家電を使うと子供はブロイラー、主婦は生きがいを失う
〇福祉は行き過ぎだ
〇自販機に慣れたら馬鹿になるぞ

◆消費社会を厳しく批判してきた花森安治がいうならともかく、企業に甘いことを言っていれば保守文化人とたてまつってもらえる世の中に甘えた人たちが言っていることである。

◆それから、家電を使うな? 天に向かってつばを吐くというのはこれでしょう。松下さんが心が広いのかしら。大体、自販機を批判していながら、大量消費と電力の無駄遣いをやめてスイッチを抜こうとは言わないのである・・・・

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  「釈尊の涅槃経に出てくる逸話」
が、脳裏に浮かぶ!

  ある家を、宝石で身を飾った美しい女性が訪れて語る。
  「私は、行く所どこでも、金銀などの財宝を与える」と。


※主人は喜び迎え入れようとする。ところが、門外には、もう一人の女性が立っていた。先の女性とは反対に醜い容貌で、衣服も綻び垢に染まっている。青白い顔で「私は、行く所どこでも、その家の財宝を衰え失わせる」と。主人は刀を抜いて追い払おうとした。

※しかし、美しい女性は姉で、醜い女性は妹だという。ともに行動し常に離れることがないという二人を、主人はついに去らせた。 

※ここに登場する姉は「生」妹は「死(老・病)」を譬えたものです。生ある限り、老・病・死から免れることは出来ません。凡夫は生(姉)のみ愛して執着し、老・病・死(妹)を厭い嫌う。

※その結果、かえって死の不安・恐怖にとらわれ生を充実させることができないと、釈尊は教える。

※苦悩に出会ったとき、それを自らの人格を深め飛躍するバネとして行く前向きな姿勢で臨むか、それとも単に苦悩に打ちひしがえるだけか。その生き方の”差”は労苦・病苦そして死苦という現実に直面したとき、より明確になってくる。

あ・・・調子に乗って演壇で講義している錯覚に、(珍念)舞い上がっています

『空樽は音が高い』・・・ (A;´・ω・)アセアセ

「少年倶楽部(くらぶ)」に思いを馳せる

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    1914(大正3)年に創刊された講談社の月刊誌
   「少年倶楽部(くらぶ)」は62年の廃刊まで多くの
   子どもたちに親しまれた。冒険譚(たん)や戦記な
   どの読み物が中心で、読者が投稿する短い笑い話
   のコーナーが人気だった




▼先生「ワシントンは君のころには級長だったよ」、生徒「ワシントンは先生のころには大統領でした」(59年12月号)。こんな話が、多い月で30編近く載ったという。杉山亮「のどかで懐かしい『少年倶楽部』の笑い話」(講談社)から教わった

▼同書が抜粋している作品の中には「寒暖計を買ふなら、寒い時買ふより暑い時の方が得だね。水銀がふえてゐるもの」(43年4月号)など、県内に住む児童の投稿もあった。健在なら80代だろうか

▼世相を反映した作品も多かった。出征する兄「米英を全部やっつけてくるよ」、弟「僕たちの分も1人ぐらい残しておいてね」(44年3月号)。戦地に赴くのは名誉なことだと言い聞かされていた時代。それを信じて疑わなかった少年の無邪気さが切ない

▼子どもたちの作品に他人の容姿や貧しさをネタにしたものはなく、自分の貧乏や失敗を明るく笑い飛ばしていたという。「のどかで—」は「周囲を笑わせようという子どものお調子者路線は不滅」と書いている

投稿していた少年たちは敗戦や高度経済成長を経験し、どんな大人になっただろうか。つらく苦しいときでもユーモアを忘れない生き方を貫いたとすれば、それはそれでうらやましい人生である。<北斗星>

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 「少年倶楽部(くらぶ)」 商品の説明 内容(「BOOK」データベースより)

 四十八年続いた雑誌『少年倶楽部』の名物コーナー、「笑話」に投稿された作品から選りすぐった笑い話。昭和の子どもたちの上質な笑いが、ここにある。

内容(「MARC」データベースより)

 昭和の子ども達の上質な笑いがここにある! 大正3年から昭和37年まで48年間続いた雑誌『少年倶楽部』の名物コーナー「笑話」に投稿された作品から選りすぐった笑い話集。当時の絵も活字もそのままに刊行。

最も参考になったカスタマーレビュー

  こんなに健康だった子供の笑い! 投稿者  ミカン 

◆私自身は、少年クラブの最後の読者に近い世代ですが、パラパラめくっているうちに、昭和10年代の子供達に近い、妙に懐かしい感覚に襲われました。家族がまだ機能していた時代の健康なユーモアが再現され、小さな疑問や笑いの健全さが楽しくて、幸福感に癒されました。子供たちの折り目正しさがとても新鮮ですし、笑いに卑しさがなく、本当に上質です。挿絵も質が高く、雑誌に込めた編集者の思いがそこここに感じられました。

◆ことに、太平洋戦争の末期でも、子供も編集部も笑いを忘れなかったという、庶民の心身の逞しさに打たれました。老人だけでなく、今の子供や家族にも楽しんでもらえる貴重な1冊だと思います。

  すばらしいレトロ世界  投稿者  shir  VINE メンバー

◆この本は昭和初期の子供が作った笑話(しょうわ)です。雑誌に載るために知恵を絞って考えたのでしょう。自分より遥かに年齢が上の方々が、自分より幼かった頃にこのようなことを考えていたのだと思うと微笑ましいです。

◆ただの笑い話としても、純粋で奥深いものなのですが、時代背景を考えながら読むとさらにいろいろな楽しみ方ができます。紙質も当時の感じをだしていて、本自体も遊び心あふれています。

 単純におもしろい作品ばかり 投稿者  カピカピ

内容は当時の読者が投稿した作品ばかりだが、風刺が効いていてとにかく単純におもしろい。少々ピンと来ない作品もあるが、時代が今と違いすぎるのでやむを得ない。

◆思わず笑ったり感心したりすること請け合いである。今と比べれば何もない時代といえるが、のんびりした懐かしさが感じられる良書である。


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    コメントは『蛇足』・・・・

 

子供たちが虐殺ごっこをした話.。 子どもは無罪か?

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       原典が残酷なグリム童話のなかでも、特に傑出していて、しかも
      話の意図が謎にみちた奇妙なおとぎ話








 ①昔、ある町の子どもたちが数人で遊んでいました。みなで「虐殺ごっこ」をすることになり、男の子の一人が肉屋に、別の一人が料理番に、もう一人が豚の役になりました。

 ▼肉屋役の子が豚の役の子を引き離すと、ナイフでのどを切り裂きました。一瞬、傷口が開いて白い肉がむきだしになったかと思うと、血が噴水のように噴出しました。料理番の見習が温かい血を急いで器に受けました。豚役の少年は白目をむいて小さく指先を痙攣させているばかり・・・・

 ▼市の議員がそこを通りかかり、その光景を目にしました。驚いた議員は、肉屋の子を連れて、市長を訪ねました。ただちにたの議員たちも集められ、会議が開かれました。みなで話し合いましたが、子どもは無邪気にやったことなので、どう判決を下してよいかわかりません。

 ▼ある年寄りが言いました。「りんごと金貨のどちらかを選ばせて、りんごを取ったら無罪、金貨をとったら死刑にしよう」そこで、さっそく試してみると、子どもは笑いながらりんごをとりました。一同はほっとして、子どもを無罪と決めました。

 ②あるとき、お父さんが豚をつぶすのを見ていた幼い兄弟が、虐殺ごっこを始めました。兄が自分が肉屋、弟を豚と決め、弟ののどにナイフを突き立てました。二階で末の子をお湯に入れていたお母さんは、叫び声に驚いて庭にかけ降りました。

 ▼床一面の血の海のなかで、のどにナイフを突き立てたまま、弟が息絶えています。なおも溢れ出す血で、海はどんどん広がっています。このようすを見た母親は、怒りのあまりに、ナイフを抜き取り、兄の心臓をひとつきにしました。

 ▼それから、二階の子のところに急いで戻りましたが、母親が目を離したすきにお湯の中で溺れ死んでいました。お母さんは、絶望して首をくくって死んでしまいました。やがて畑から帰ってきたお父さんも、ひどく悲しみ死んでしまいました。

 ▼これは①②としてグリムの初版に載っている話ですが、かなり非難されたようで第二版からは削除されています。むしろ、面白さや怖さなどエンターティメントに重きがおかれていたのではないでしょうか。

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    原典が残酷なグリム童話は怖気がする!
    ふと、脳裏に(喜読喜市)の言葉が思い浮かぶ。




 ※ある人に、立派な教育者の話を聞いた。熊本で三十八年間、教鞭を執り、生徒に慕われた愛情深き先生だったという。その原点は、どこにあったのか。  その方が小学校二年の時。冬休みの寒い日に、家に〝門付け〟の母子が来た。母親が三味線を弾きながら歌い、その歌に合わせて女の子が踊った。  

 ※小雪がちらついていた。少年は駄菓子を食べながら見ていた。曲が終わったので、少年は食べかけの菓子を女の子に差し出した。その時です。庭の隅で牛に草履をはかせていた少年の父親が猛然と走ってきて、少年を地面に殴り倒した。あっけにとられている門付けの母子に向かって、お父さんは丁寧に頭を下げ、食べかけの菓子を差し出した非礼を詫びるとともに、少年を土下座させた。
 
 ※穀物をあげた上で、お父さんは、少年が持っていた菓子を袋ごと取り上げ、女の子に渡した。その後、土下座をして泣いている少年には目もくれず、お父さんは牛を引っぱり、山仕事へ行ったという。
 
 ※お父さんは、少年に、「人間の平等」を、身をもって、たたきこんだのです。その方は、成長してからも、お父さんに心から感謝していたという。(喜読喜市著『喜読喜市の世界』、かのう書房  

 斯く言う、珍念 『君の引用はたくさんだ、自分の言葉で述べたまえ』の声が仄かに聞こえる。

  このままでは あの世で(閻魔さま)から叱られる。
  今日も灰色の脳細胞は冴えません・・・ ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

 

「デジタルネーティブ」

Sumaho       Cotarou


 小学生の娘は、私のスマートフォンがお気に入りだ。動画サイトでお笑い芸人を見たり、通っている塾のホームページ内にある宿題に取り組んだりしている。4歳になった姪(めい)は、タブレット端末の画面に指を滑らせ、ゲームを楽しんでいる

▼スマホやパソコンなど情報通信端末は今や、子どもたちの生活に深く入り込んでいる。総務省の調査では、4~6歳児の4割超が使っており、利用者の低年齢化が進む

▼現代の若者たちのように、生まれた時からデジタル機器に囲まれ、インターネットに親しんで育った世代を「デジタルネーティブ」と呼ぶそうだ。「ネーティブ」は「先住民」の意味

▼対して、人生の途中からデジタルに触れるようになった世代は、「移民」の意味を持つ「デジタルイミグラント」と呼ぶという。メールを送った相手に「届きましたか」と電話で確認してしまうような私たちおじさん世代のことだ

▼若者たちはインターネットを駆使し、情報収集や、世界中の人とのコミュニケーションを容易に楽しむ。一方で、不適切な情報に触れたり、交流サイトなどを通した犯罪に巻き込まれたりしないかとの心配もある。リスク教育は「人生の先住民」である大人の役目だ。【編集日記】

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 開いた口が塞がらない !
     福岡県警の50代警官、アダルトサイト詐欺に遭い
     1800万円だまし取られる(
7月29日)




 ▼福岡県警の50歳代の男性巡査部長が、インターネットのアダルトサイトの解約手数料名目で 約1800万円をだまし取られる被害に遭っていたことが分かった。 県警豊前署がニセ電話詐欺事件とみて捜査しており、県警は全警察署に再発を防止するよう 注意を促した。

 ▼発表などによると、男性は5月中旬、私用のスマートフォンでアダルトサイトを閲覧中、 画面に会員登録されたことを示す表示が出た。画面の指示に従って名前と電話番号を入力すると、 男から電話があり、解約手数料を要求されたため、電子マネーで32万円を支払った。

 ▼さらに7月中旬から同27日にかけ、別の男らから「他のアダルトサイトの登録がまだ 残っている」などと電話で解約料を要求され、計19回にわたって指定された口座に 振り込んだという。巡査部長が28日に同署に届け出て発覚した。

 ※愚か者の珍念、『他山の石』身に染みる。これ以上のコメントは【蛇足】・・・・

賢者の寄付

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    その活動のことを本紙記事で読みオー・ヘンリーの短編「賢者の贈り物」のことを思い出した。貧しい夫婦が互いに大切なものを売ってクリスマスの贈り物をあがなう話だ。

 ▼妻のデラは、腰まで届く自慢の美しい髪をかつら用に切って得た金で夫ジムのために金時計の鎖を。一方の夫は祖父から父へ、そして自分へと譲られた金時計を売って妻のためのべっ甲製のくしセットを。その交換の場面がなんとも切なくて胸が締め付けられる。

 ▼美容室で髪を切って寄付すると、その髪が医療用ウイッグ(かつら)になり、小児がんや無毛症、不慮の事故などで毛髪を失った子どもたちにプレゼントされる。ヘアドネーション(毛髪の寄付)と呼称される活動が広がっているそうだ。

 ▼大阪の美容師3人が「髪に関することで社会貢献したい」とNPO法人「Japan Hair Donation&Charity(JHDAC)」を立ち上げた。同法人事務局によると、一般の人から髪の寄付を受け付けているのは日本ではJHDACだけだ。

 ▼ウイッグは健康保険の適用外。高額だが、経費を賛同してくれる美容室に設置する募金箱への寄付金や、規定の長さに足りない髪を美容師の練習用ウイッグ向けに転売した収益などで賄う。このため受け取る側にはいっさい負担がない。

 ▼髪の長さ31センチ以上で極度のいたみがないことが条件だ。性別は問わないという。珠玉の一編を思わせる活動。すでに県内にも綾町や日南市、宮崎市に賛同美容室がある。「賢者の贈り物」の続きのような実話がきっと紡がれることだろう。 【くろしお】

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   斯く言う(珍念) 髪の毛が無いので、お役に立てず、残念です!
   『数をいうまい羽織の紐』

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