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2015年2月

言葉は「身の文(あや)」

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 ▼まだ1年もたっていないので、記憶にとどめている人も多かろう。昨年6月の東京都議会での出来事だ。女性議員が一般質問で妊娠や出産に関する都の支援策を尋ねていたところ、議場からやじが飛んだ。「早く結婚しろ」「産めないのか」

 ▼このセクハラやじに欧米のメディアが飛びついた。女性都議の「小学生でさえ誤っていると分かる、時代錯誤の中傷」という声とともに、やじ問題を詳報。「性差別的な暴言」「セクハラ発言の集中砲火」とこぞって批判した

 ▼外国メディアが関心を寄せたのは、男女雇用機会均等法が職場での性的言動の防止を義務付ける中、日本の首都の住民代表の一部が公の場で示した、女性への配慮に欠ける男性中心的な視点への驚きからだろう

 ▼最高裁は一昨日、大阪市の水族館の男性管理職が部下の女性にセクハラ発言をしたことをめぐる訴訟で、出勤停止の処分は「重すぎる」と無効にした二審判決を破棄し、妥当だったとする判決を言い渡した

 ▼セクハラ防止を指導すべき管理職が弱い立場の派遣社員の女性らにみだらな発言を繰り返し、不快感を与えたのは不適切だったと指摘。女性への配慮を欠いた発言を強く戒めた

 ▼言葉は「身の文(あや)」といわれるように、その人の人柄や品性を表す。最高裁の判決は言葉によるセクハラ防止の引き金となる【三山春秋】

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 ●言葉は身の文  読み(ひらがな)ことばは みの あや。

意味:  ことばは、その人の人柄や品位をあらわす、ということ。 
解説: 人がしゃべったり、文章を書いたりする言葉は、その人の性格を映し出し、その人が持っている 心の中の様子や性質が、どのようなものであるかを、表に現してしまう、ということのようです。 話している単語のひとつひとつに、その人の人格が、そのままあらわれるので、 人の知識レベルや知恵の能力にあった言葉が、自然に外に出てくる、ということかと思います。 

 ※「声は第二の顔である」。これは{フランスの作家・ボーエル}の有名な言葉である。声にも、それぞれの「相」がある。「声紋」は「指紋」と同様に個人差があり、犯罪捜査にも利用されている。

 また西洋中世の言葉に「人物を知るのに、声ほど確かなものはない」とある。声は鏡であり、その人の生命状態、境涯くっきりと映しだされる。声は、ある意味で、顔の相以上にその人の真実を雄弁に語る。話している人の生命力、説得力、成長ぶり、話している内容に裏付けと確信があるか、策か本心か、声を聞けば、大体わかるものである。 

 ※天台大師は「上医は声を聴き」(優れた医師は、声を聞いて診断し)と説いている。声には体調の変化も如実に表れる。発声には、ほとんど全身の諸器官が関係するからである。

 もちろん心理状態も大きく反映される。ちなみに、天台大師は上中下と分けた医師のうち残りの中医と下医は、それぞれ「中医は色を相し、下医は脈を診る」(中ほどの医師は、表に表れた顔色や体の様子を観察し、その他の下医は脈をとって診断する)と述べている。


日蓮大聖人のご遺文が思い浮かぶ!

 ☆孔子という賢人は九思一言といって九度思索して後に、一度語ったという。また周の文王の子、公旦という人は、髪を洗っている時、客人があれば、途中でも髪をにぎって迎え、また食事中であれば、食事を中止(口中の食を吐く)しても、客を待たせず、対応した。このことをしっかりとおききなさい。仏法というのは、このことをいうのです。

 ☆四条金吾の短気を戒めるために、短気のために身を滅ぼした崇峻天皇の例を引かれたのである。冒頭に「第一悲像の物語あり」と断られているのは、もちろん、この逸話自体、日本書紀のなかに記されていることではあるが、天皇たるものが臣下によって殺される話は、あまり公にすべきではないという、雰囲気があったからであろう。 また、このエピソードを引かれている。

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  【一言居士】の珍念・深く、反省し恥じています!

最期の儀式

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  全長1メートル近いそのインコは、本当に賢かった。朝になると枕元まで来てえさをねだる。物まね上手で、ご機嫌時には器用なダンスを披露。家族中のアイドルだった

▲ 「主役」のコンゴウインコに加え、各種オウムにブンチョウやフィンチ。ハムスターとモルモット、カメにヘビ、そしてワニ。もちろん庭には愛犬。あまりにたくさんの生き物がいたため、近所から「動物園」と呼ばれ、見学者もいたほど

▲ 世話は大変だったが、充実した日々。生物の飼育は愛情も大切だけど、生活を物理的に担保する合理的な管理こそ重要だ。羽毛や体毛に異常はないか、目の光は失われてないか。命を預かる重い日々

▲ ただ、いかにいい状態の飼育下でも、永遠に続く命はない。寿命が尽きた生物を手にした時の脱力感を忘れない。自分の力ではどうしようもないことが社会にあるという現実は、命の意味を学ぶ教材

▲ 死なれたらつらいので生物は飼いたくない、と多くの人が言う。しかし人間は「社会的動物」だ。家族や学校、地域の中で、常に他の命と向き合っている。人間より寿命が短い生き物の飼育は、生と死の意味を自ら掘り下げる作業でもある

▲ 県内外で、捨てられたイヌやネコがいまも処分されている。恐らくかれらを放棄した人は、命の意味を理解しようとしないまま歳月を重ねたのであろう。「飼育」とは、生き物の最期を見届けるという儀式への助走でもあるのだ。【地軸】

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   感動しました!





珍念の脳裏に内田百間の、「ノラやお前はどこへ行ってしまったのか」が思い浮かぶ。

※ふとした縁で家で育てながら、ある日庭の繁みから消えてしまった野良猫のノラ。ついで居つきながらも病死した迷い猫のクルツ―愛猫さがしに英文広告まで作り、「ノラやお前はどこへ行ってしまったのか」と涙堰きあえず、垂死の猫に毎日来診を乞い、一喜一憂する(内田百間)先生の、あわれにもおかしく、情愛と機知とに満たち愉快な物語。

最も参考になったカスタマーレビュー 「猫ヲ探ス」 投稿者  こげちゃん 

※猫についてのエッセイが数編収められている。飼い猫のノラがいなくなってからの著者の落胆ぶりは読んでいて心配なほどだ。日記の形式なので淡々とした記述が生々しく迫ってくる。泣きながらも八方手を尽くして必死の捜索をし、新聞に「猫ヲ探ス」なる捜索願い(謝礼付き)も掲載する。似たような猫の情報があれば確認に赴く。ほんとうに必死なのだ。

※老作家は体調も崩し、お医者さんに診てもらいながらの捜索生活だ。この執心ぶりと必死すぎるありさまのそこらへんを評してか、「ユーモア」と、この本の解説をしているのをなにかで見たことがある。

※「いなくなった猫を思う飼い主の悲哀」に満ちているのはもちろんなのだがなんということか、なぜか「おかしみ」というものも確かに漂っているのだ。とても辛くて気の毒な様子なんだけど、精一杯ノラに対して誠意を尽くし手を尽くしている著者の様子に読み手の私たちは救われる。そこに「おかしみ」なんていう機微が潜む余裕ができているのかもしれない。

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 筆者は3年前、旅行先で胸騒ぎがし、予定を早めて帰宅しましたが、愛犬が裏庭で眠るように死んでいました。悲しくて泣いていました。もう 犬は飼わないと思っていましたが、2年前・縁あって、柴犬(小太郎)が我が家で威張っている。でも、可愛くて、癒されています。

「今日(こんにち)はこれぎり」

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 よく「関取と役者の家には男の子は要らない」という。出来の悪い跡取りより生まれた娘にいい養子をもらった方が、家の名が残る。名門の家を継ぐことはかように厳しい

◆梨園(りえん)の家の長男に生まれ、家伝の芸を息子に引き継ぐ。その死が惜しまれる勘三郎さんと団十郎さんの2人だが、芸伝承の役目はしっかり果たした。先日、訃報が届いた坂東三津五郎さんも、また

◆舞台に座っているだけで、大店(おおだな)の旦那に見えるかどうか。そこに梨園の御曹司とたたき上げの違いがある。時代遅れのような世襲制にも意味があるのです。そんなことを三津五郎さんが著書「歌舞伎の愉(たの)しみ」の中で、とつとつと説くのを読む

◆歌舞伎は「型を伝える」と言われる。三津五郎さんは踊りの名取でもあり、たたき込まれた「型」は何を演じても揺るがない。あの人柄も際立つ文章力も、「型」を体得するうちに、自然と磨かれていったのかもしれない

◆芯となる役者として芝居をするようになったのは、30代も半ば近くになってから。生前、「僕らは任されるのが遅かった世代」と語っていた。同じことを盟友の勘三郎さんも口にしていた。そしてともに、50代で世を去った

◆「今日(こんにち)はこれぎり」。続きは次世代の芝居をお楽しみあれ。そんな口上とともに、チョーンと鳴る音が聞こえる【正平調】

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このコラム『起承転結』素晴らしい! 最後の(オチ)が冴えている。




「歌舞伎の愉(たの)しみ」 商品の説明 内容(「BOOK」データベースより)

▼歌舞伎をもっと愉しんでいただきたい―そんなメッセージを込め、十代目坂東三津五郎みずからが、さらに奥の深い世界へと御案内。たとえば、世話物・時代物を観るための知識、踊りの魅力、荒事・和事の愉しみ方、復活狂言・新作の面白味などを、実際の演目に即して明快に説き明かします。

▼役者としての体験に裏打ちされた解説は分かり易く、なるほどと膝を打つこと請け合い。演じる喜び・役作りの苦労から、舞台での想い出、楽屋のよもやま話まで、興味深いエピソードも満載。歌舞伎を観始めて二、三年になる中級者のための、贅沢な鑑賞ガイド。

最も参考になったカスタマーレビュー

歌舞伎好きの方にぜひ! 投稿者  mitteiomasa 

☆坂東三津五郎歌舞伎の愉しみ「歌舞伎中級者に向けた内容の、よい本がないので」というのが、この本が出来るきっかけだったようですが、じゃあ、中級者っていうのは、どの位の人???と思ったら、歌舞伎を見始めて2〜3年の方を想定されているようです。ここ数年の間に、三津五郎さんが演じられたお芝居や舞踊を例に挙げて、かなり詳しくその背景や演出、型、そして演じる際の心持といったところまで、語られています。その辺が、見始めて2〜3年っていう所以でしょうかね。

☆今まで、お芝居を見ていて、なんとなくわかった気になっていたことでも、改めて三津五郎さんのお話を伺うと(まさに、お話を伺っているっていう感覚に陥る、三津五郎さんの語り口を上手に活かした構成になっています)「なるほど、あれはそういうことだったんだ!」と気づかされることや「今度この演目を見る時は、そこに注目して見てみよう!」という発見や気づきがたくさんありました。

☆中でも「踊りを観るのは理屈ではありません。『ああいいね。やはりいいね』でいいわけです」という言葉は、当代一二を争う踊りの名手である三津五郎さんならではの言葉として、印象に残ります。 

☆ご自分がこれまでに、諸先輩から教わってきたこと、ご先祖様から受け継いだこと、ご自分で調べ考えたこと、共演者と演じる中で発見したこと etc. 貴重な歌舞伎の「芸の伝承」の一端に触れることができます。三津五郎ファンの方はもちろん、三津五郎ファンではないけど、歌舞伎好きよ〜!という方にも、オススメの1冊です

これ以上は『言わぬが花』・・・・(*´v゚*)ゞ

印象深い場面

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 どんなB級映画でも必ず一カ所は印象深い場面がある。きわめて私的な名シーンベスト3の一つに、高倉健主演の「冬の華」(降旗康男監督、1978年)がある

▼組織の義理から3歳の娘を持つ男を殺し15年の刑に。服役中、娘を気にかけ「ブラジルのおじ」と偽って支援し、娘が成長してからは文通も続けた

▼高校生になった少女は、獄中の健さんへの手紙を名曲喫茶で書いた。好きな曲はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番だと知らせた。出所した健さんは喫茶店へ。娘の言う曲名を、場違いさに緊張しながらリクエストする

▼ウエートレスは遠慮がちに「お客さま、いま流れている曲が…」。気まずそうな健さん。脚本家倉本聰による絶妙なやりとり。セリフが少ない映画の秀逸なシーンだ

▼子どものころ「喫茶店」を「きっちゃ」ではなく「きっさてん」と読むと知って感動したことがある。茶碗、茶釜…みんな「ちゃ」なのに「さ」と読むことがある-その延長に茶道があったのだが、先日「最近は、ちゃどうと言うらしい」と聞いた

▼調べると、元々は「ちゃどう」で近年も裏千家は「ちゃどう」を貫くとか。名曲喫茶の響きに酔う身に、どこか複雑な思いがある。(四季風)

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  どんなB級映画でも必ず一カ所は印象深い場面がある。
  どんな人生でも、必ず一カ所は印象深い場面がある。
  かく言う〝珍念〟『空き樽は音が高い』 恥じている!

手紙

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 「来年は、タンポポの綿毛を一人で飛ばせるといいね。ママは酸欠で、もう倒れそうです」。短い手紙のコンクール「一筆啓上賞」の本年度大賞作品の一つだ。先月発表された。2歳の娘への便り。飛ぶ綿毛を喜ぶ姿に若い母親は何度も吹いて息を切らした

▼思いを見事に伝える短文は数多い。ある電文も記憶に残る。昭和30年代、日本の南極観測隊が派遣された。極寒の地との交信はモールス信号の電報だけ。料金も高い。日本で帰りを待つ妻から隊員に電報が届いた

▼中身は「アナタ」だった。心配や寂しさなどわずか3文字に妻の思いがこもる。同僚もしんみりした。これが実はお酒好きな夫の飲み過ぎをしかる「アナタ」だったとの説もある。おしかりでも愛情は十分感じる

▼自らの作品を「二十二歳の自分への手紙」と振り返ったのは作家の司馬遼太郎さんだ。こちらは膨大な枚数である。終戦時、所属する連隊が栃木県佐野市に駐屯していた。米軍上陸で戦闘になれば真っ先に死ぬのは子供たち

▼何と愚かな国に生まれたのかと思ったという。昔はこんなことはなかったのではないか。その疑問を解くため若い自分に送るように小説を書き続けた

▼これらを戦後45年に刊行された「この国のかたち」(文芸春秋)に記した。それから25年、自衛隊の海外派遣拡大や改憲論議が足早に進む。司馬さんが生きていれば現状をどうつづるだろう。<卓上四季>


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「一言居士」の〝珍念〟この文を<安倍 総理大臣>に謹呈します。





 ☆ユネスコ憲章の前文に、『この憲章の当事国政府は、この国民に代わって次のとおり宣言する。
(戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない)』・・・と、

 ※〈戦争が廊下の奥に立ってゐた〉太平洋戦争の始まる2年前、1939年に詠まれた句。(渡辺白泉)戦争を擬人化し、戦争を起こす人間を風刺した。政治や経済に、利害や駆け引きの絡み合いはつきもの。しかし、その糸がもっれた時、人のつながり、文化の交流が、解きほぐす力となる。

 ※デンマークの陸軍大将であったフリッツ・フォルム。彼が考え出した戦争絶滅への法案は、実に興味深い。戦争開始から10時間以内にまず、国家元首および、その親族(16歳以上の男子)を兵士として戦地に送り込む。続いて、大臣、官僚、戦争に反対しなかった国会議員が、戦場へ向かう・・・という内容だ。

 ※戦争の犠牲となるのは、つねに庶民である。一方、戦争の決定をくだす側の権力者たちは、生命の危険にさらされることはない。だからこそ、権力の大きい順から兵士として動員すれば、戦争の可能性は小さくなる。・・軍人の提案だけに、説得力がある。

 ※権力を行使して、戦争を起こすのも人間であれば、平和を創造するのも人間だ。戦争のない世界を、どう築いていくか。一人一人の人間の生き方が、今こそ問われている。

これ以上は『蛇足』・・・

   
   

 

 

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「心をこめて見るべきもの」

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 「祇園精舎の鐘の声……」で知られる「平家物語」には、名場面がたくさんある。とりわけ壇ノ浦の戦いで平氏一門が滅亡を迎えるくだりは胸に迫って忘れがたい。「波の下にも都がございます」。幼い安徳帝も、こうなだめる祖母に抱かれて海に身を投じるのである。

▼「見るべき程の事は見つ」と平知盛が言うのはこのときだ。一部始終を見届けた知盛の最期の言葉である。時代の曲がり角で歴史は、いや応なく人々に「見るべきもの」「見なければならぬもの」を提示する――。思想史家の河原宏氏は「日本人の『戦争』」にそう記し、さきの戦争も今なお「見るべきもの」だと唱えた。

▼戦後70年の節目に、安倍晋三首相が出す談話は戦争をどう振り返るのだろう。その中身を考える有識者会議が近く初会合を開く。「植民地支配と侵略」「痛切な反省」といった語句ばかり取り沙汰されるが、大切なのは戦争の実相をしっかりと「見る」ことではないか。そうすれば表現はおのずから浮かび上がってこよう。

▼未来志向はもちろん重要である。しかし過去からあえて目をそらすならそれも説得力を欠くに違いない。戦争中の日本はアジアでこんないいこともした、という言説も心配なのだ。3年前に亡くなった河原氏が「心をこめて見るべきもの」はあの戦争だと切々と訴えたのは、戦後50年の年だった。指摘は重みを増している。【春秋】

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河原宏「日本人の『戦争』」商品の説明 内容(「BOOK」データベースより)

 太平洋戦争は、なぜ日本人にとって、あれほど悲愴な戦いとなったのか?そこに係わってくる「日本の歴史そのもの」。「単なる侵略戦争」では、語れきれぬ部分。消えゆかんとする、「戦中派」のこえを聴け。

最も参考になったカスタマーレビュー

「秋の思想、かかる男の児ありき」と一緒に買った本 投稿者  アマゾン太郎 

▼私は60歳。養育してくれた祖父母、義父、義母はあの世にいる。死者と語ることも多くなった。私の生きた昭和とは何だったのか。それを知りたいという願望が日に日に強くなった。それを知るにはあの戦争を知らなければならない。

▼先生は前書きで書かれておられます。「見るべき程の事は見つ」---これは『平家物語』の終わり近くに現れる平知盛の言葉である。時代の曲がり角で歴史は、否応なく人々に"見るべき"もの、"見なければならないもの"を提示する。かつての「戦争」は、今なお、「見るべき」ものとしてわれわれの前にある。

▼私は戦争中、年長世代のいうこの戦争は天皇のための戦いであり、"聖戦"であるという規定をわがものとすることは明確に自覚して拒否していた。しかし同じように、戦後の"侵略"という定義をいわれるままに鵜呑みにすることをも拒絶した。それは世間の風向きに応じて、...、しかもこの二つの主張は僅かの時を隔てて、しばしば同じ人物によってとなえられていたからである。

▼1995年。私には分からないことがあった。日本人はどうしてあのような戦いをしたのか。河原先生は言われる。なぜ日本人はあの「戦争」---第二次世界大戦の中で太平洋戦争の部分---に歴史のすべてを賭けてしまったのか。
それはあらゆる戦争にとってありきたりの敵愾心などの所為ではなく、近代の日本人は実は自らを憎んでいたからである。

▼米英が敵だとすれば、実は「米英」は自らの中にもあった。近代日本、あるいは大日本帝国はそれらに倣って作られていたからである。こうして日本人はあの戦争で、一部は確かに敵を敵として戦いながら、他の一部では祖国をこのようにした自らとも、自らの中の「敵」とも戦った。それは勝利なき戦だった。

▼こう解しなければ、特攻・斬りこみ・玉砕とあの戦争での日本人の戦いぶりも説明のつかないものとなろう。しかし今も時おりテレビで放映され、一般にも知られているのは昭和十八年十月二十一日、神宮外苑競技場で挙行された学徒出陣式の光景であろう。この日、会場には東京近郊七十七校の学生数万が集まり、出陣学徒代表江橋慎四郎は「生等もとより生還を期せず」とその決意を語った。

▼陸軍戸山学校軍楽隊の奏でる『抜刀隊』と共に雨中の分列行進が行われ、このシーンはしばしばテレビに登場する。しかし、その際、スタンドを埋める女子学生の中から『海ゆかば』の歌声があがり、それは忽ちスタンドを揺るがす大合唱となって会場にこだました。この情景も今から見れば、出征する学生たちの運命を悼むと同時に、まさに日本そのものの挽歌を奏でるものとなっていた。

▼私は34ページまでしか読んでいませんが、古事記から引用された文と、先生の説明により、ありありとその情景が目の前に現れます。恐るべし、恐るべし。

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ナヌ! 【戦後・レジーム】脱却
小心者の珍念の『杞憂』かなぁ・・・・

終活セミナー

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 「縁起でもない」と言われそうだが、先日、棺おけの中に入ってみた。「遺影」も撮ってもらった。松山市で開かれた「終活セミナー」でのサービス

▲ ふたをした棺おけの中は意外に広かった。開けてもらった小窓からは家族や友人の顔が見えるはずだが、実際に自分が入るときは、分かりようもない。それでも気に入ったものを選んでおきたくなる

▲ いかに自分らしい最期を迎えるか。「終活」への関心が高まっている。セミナーへの参加希望者も多く、すぐ定員オーバーに。自分や身内の葬儀について事前に相談、準備することが、タブーではない時代になった証し

▲ セミナーの講師、弁護士の吉村紀行さんが力説したのは、自分の意思を伝えることの大切さ。遺言やエンディングノートを残すのは大変だが、なければ「苦労が子どもに100倍になって返ってくる」と警告する。不公平に見える遺産配分も、自分の思いを書いておくことで、いさかいを回避できるケースが多いという

▲ ただ、いくら周到な用意をしても、自分では実行できない。希望通りに「後始末」してくれる近しい人が要る。人は一人では生きられないし、死んでもなお他人の手を煩わせる存在なのだと、あらためて気付く

▲ 「その時」がいつ来るかは誰にも分からない。もしかしたら明日かもしれない。だからこそ準備しておく意味がある。これまでに、やり残したことを列挙してみるのも悪くない。【地軸】

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『鋼鉄はいかに鍛えられたか』より

☆ロシアの有名な作家は言った。「人間にあってもっとも貴重なものそれは生命である。それは人間に一度だけあたえられる。あてもなくすぎた年月だったと胸をいためることのないように、いやしい、そしてくだらない過去だったという恥に身をやくことのないように、この生命を生きぬかなければならない」(『鋼鉄はいかに鍛えられたか』N・オストロフスキー著、金子幸彦訳、岩波文庫)

☆その通りである。“一体、何のための人生だったのか”  そんな後悔をかみしめることほど不幸なこともない。「死にのぞんで、全生涯が、そしてすべての力が世界でもっとも美しいこと、すなわち人類の解放のためのたたかいにささげられたと言いうるように生きなければならない」(同)

 ともあれ・・人間はだれでも「いつかは」自分は死ぬと知っています。

※しかし「いつか」であってまだまだ先のことだと思っています。しかし地震・事故・急病・その他死はいつでもあるのです。三日後に「あなたは死ぬ」と宣言されたら、のんびりテレビなんか見ていられませんしかし、良く考えてみれば三日後が三年後、三十年後であっても本質は同じなのです。ゆえに・・いつ死んでもいいように「今」を生きるのです。

※死を意識することが人生を高めることになります。 死を自覚することによって「永遠なるもの」を求め始めそして、一瞬一瞬を大切に使おうとするのです。現代文明は「死を忘れた文明」とも「欲望を野放しにした文明」とも。死があるから、今を大切に生きようとする事ができるんです。死は生と共に大切であるが故に生死不二と仏法は説いているのです。


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   『数をいうまい羽織の紐』

一番身近なヒーロー 


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 警視庁の宮本邦彦警部が、女性を助けようとして電車にはねられ、殉職したのは8年前の2月だった。東武東上線ときわ台駅前にある交番に勤務していた宮本さんは事故の直前まで、工具を手に自転車と格闘していた。鍵をなくした、と母子が持ち込んだものだ。

 ▼「娘さんを褒めてあげてください」。別の母親は、小学生の娘が拾ったお金を交番に届けた後、宮本さんからかかってきた電話を一生忘れないという。地元の小学生からは「おまわりさん」ではなく、「宮本さん」と名前で呼ばれていた。

 ▼警官が巡回し、地域と交流することで、犯罪を未然に防ぐ。日本の治安のよさが世界で知られるにつれて、注目されたのが交番である。今やKOBANは国際語となり、東南アジアや南米でも普及している。そんな交番制度の根幹を揺るがしかねない事件である。

 ▼群馬県警の24歳の巡査が、小学4年の女子児童(10)を誘拐しようとしたとして、逮捕された。「パパが交通事故に遭って病院に運ばれた。すぐ、来てくれないか」。容疑者は女児の自宅前でこんな嘘をついて連れ去ろうとし、女児に拒否されたため未遂に終わった。

 ▼女児の自宅は、容疑者が勤務していた交番の管轄区域にある。犯行の際、女児と女児の父親の名前を口にした容疑者は、職務上知り得た情報を悪用した疑いがある。

 ▼交番制度が始まって140年を迎えた昨年8月、記念のイベントが東京都内で開かれた。参加したアイドルグループ「ももいろクローバーZ」は、交番勤務の警官を「一番身近なヒーロー」と称賛していた。群馬県の事件を知って、宮本さんと同じように地域のために尽くす全国のヒーローたちの腸(はらわた)は、煮えくり返っていることだろう。【産経抄】

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       怒髪天を衝く・・・・

珍念ふと次ぎの言葉が脳裏に浮かぶ!

5号館のつぶやき shinka3.exblog.jp (2007年 02月 15日)

宮本邦彦巡査部長は死にたくなかった



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   殉職  故宮本警部を偲ぶ 警視庁

 




 ▼今月6日、東京の東武東上線の線路内で、自殺しようとした女性を助けようとして電車にはねられて入院していた交番のおまわりさん、宮本邦彦巡査部長(53)が12日に亡くなられました。心からご冥福をお祈りしたいと思います。

 ▼この死に対して、警視庁は13日、警部に2階級特進させたと発表しました。阿部首相は緊急叙勲をする意向を発表しました。先日も、安倍首相は交番まで弔問に訪れ、名前を間違えるという失態を犯しながらも、記者団に「危険を顧みずに人命救助に当たった宮本さんのような方を、首相として、日本人として誇りに思う」と語っています。

 ▼今朝のワイドショーでは、東京都の石原都知事が今時これほどの自己犠牲心を持った日本人は珍しいというようなことを(都議会)かどこかで演説している様子を流していました。

 ▼確かに、宮本さんが自殺しようとした女性を自分の身体を張って助けようとしたことは間違いなく、そのこと自体は警察官として称賛に値することだと思います。たとえ、職務だとしても同じことをできる人はそんなに多くないかもしれません。

 ▼しかし、宮本さんは決して自分を犠牲にしてその女性を守ろうとしたわけではなく、危険を顧みずに人命救助に当たったわけでもないと思います。もしも亡くなっていなかったとしたら、たとえ大けがをしていたとしても宮本さんは警察官として当然のことをしただけだと言ったと思います。

 ▼職務を遂行する中で殉職してしまったことは、決して誇るべきことでも、自己犠牲でもなく、宮本さんは非常に悔しく思っているに違いありません。女性も助かり、自分も助かることこそが宮本さんの最大の目標だったはずです。結果的に、女性の命を救い、自分の命が犠牲になってしまいましたが、最悪のシナリオとしては両方ともが命を落とす可能性もあったと思います。

 ▼もしも、女性の命を救うことができなかったとしても、宮本さんは責められるべきことは何もありません。しかし、やはり宮本さんは女性の命を救いたかったのです。女性の命を救えたことは目標の半分を達成したことですが、自分の命を守るという意味では目的を達成することができませんでした。

 ▼結果的には自分の命を顧みずに行動したことにされてしまいましたが、やはり宮本さんとしては死にたくなかったはずです。言い方は悪いですが、列車にはねられたときに「しまった」という思いが胸をよぎったのではないかと思われてなりません。

 ▼それなのに、自分の命を顧みない自己犠牲の精神で女性を救ったと言われて納得できるものでしょうか。残された宮本さんのご家族にとっては、宮本さんが英雄に祭り上げられることで、今後の生活がしやすくなるのだとしたら、それは良いことなのかもしれませんが、宮本さんは死んで英雄になりたかったのでしょうか。

 ▼総理大臣や都知事が、自分の命を捨ててまでも他人の命を救った行動を、「誇らしい」とか「素晴らしい」とかいうことの真意はどこにあるのでしょうか。それは間違いなく、国や国民のために命を顧みずに行動するという「愛国心」あるいは「忠誠心」を我々に求めるということではないかと思われてなりません。

 ▼宮本さんが亡くなったことはとても悲しいことで、日本国中が喪に服するに値することだと思いますが、同じことを繰り返さないために、自殺したくなる人を減らす政策を提言するとか、事故が起こりにくい鉄道にするためにはどのような安全策を講じたらよいのかを考えるだとか、いやしくも一国の総理大臣や東京都の都知事ともあろう人は、そのようなコメントを発して欲しいと思います。

 ▼この国はまた、死ぬことが美しいとか誇らしいとかいう国に戻ってしまったのでしょうか。そして、我々はそれを受け入れるのでしょうか。

 ※読者の皆さまは、どのように思われますか?

今どきの不如意

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 賀茂川の水、双六(すごろく)の賽(さい)、山法師。ご存じ白河天皇がままならぬと嘆いた三不如意である。現代のものならどうか

▼例えば、スマートフォンだ。契約会社を乗り換えると、端末が働かなくなる。「シムロック」という暗号がかかっているからだ。各社はロックで囲い込んだ利用者の料金を基に、新規客向けの値引き合戦を続ける。ロックされた人が割を食う。何ともままならぬ

▼総務省は5月以降に販売する携帯端末から、ようやくロック解除を各社に義務付けるという。なぜ今まで認めてきたのか。実際にどうなるのか。疑問が先立つ

▼あるいはテレビだ。電波を有効利用するからとアナログ放送が止められて約3年半。それでも全国で約50万世帯が、ケーブル局を通じたデジタル放送のアナログ変換を利用する。買い替えの余裕がなかったり、「まだ映る」とブラウン管で粘っていたり。後者の当方は、意外に多い御同輩が支えだった

▼その変換も、今月から打ち切られ始めた。はて、国民に強いた負担に相応する効果があったのか。放送局と組んで執拗(しつよう)に宣伝した当時と、同じほどの熱意で総務省は国民に知らせてほしいものだ

▼拙宅の1台も鉄くずになる。自分の物なのに、ままならぬ。どちらを向いているか分からない電波・通信行政が、当世の不如意か。【凡語】


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  かく言う〝珍念〟<悪しき煩悩に靡く心>が、ままならぬ。
  『蟹は甲羅に似せて穴を掘る』 当世の不如意も故あるかなぁ・・・

歓楽は買い物 

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 中国はどこへ行くのか。「歓楽に向かう」。2年前に90歳で亡くなった現代中国研究の第一人者、竹内実さんは、こう喝破(かっぱ)していた。

 ▼「学んで時に習う。また説(たの)しからずや。朋(とも)ありて、遠方より来(きた)る。また楽しからずや」。孔子も『論語』の冒頭から、勉学も友人との再会も楽しみと言っている。つまり中国人にとって、歓楽が何より大切なのだ(『中国という世界』岩波新書)。

 ▼きょうから春節(旧正月)が始まった。街を歩けば中国人観光客の姿が目立つ。彼らの「歓楽」とは、ずばり買い物である。家電量販店では、10万円台の炊飯器をはじめ、ステンレス製水筒や美容家電、デジタルカメラの高級機などに人気が集まっている。親戚や友人へのお土産なのか、1人で複数の商品をまとめて購入する人も少なくない。円安とビザの緩和が、「爆買い」と呼ばれるほどの購買意欲をますますかき立てている。

 ▼中国では今、習近平指導部が腐敗摘発運動を推進し、「倹約令」を打ち出しているはずだ。そのあおりを受けて、輸入ワインからフカヒレ、上海ガニまで、高級品の売り上げが激減していると聞いた。まさに、先の大戦時の日本の国策標語のひとつ、「ぜいたくは敵だ!」を地で行っている。もっとも、一度(ひとたび)国を離れれば、「ぜいたくは素敵だ!」ということらしい。

 
  ▼ともあれ春節商戦の盛り上がりは、経済にとってプラスになる。日本製品だけでなく、日本そのものに親しみをもってくれればもっといい。ただ、楽観はできない。

 ▼日本で買い物を楽しむことができるのは、まだ一部の富裕層にすぎない。彼らに対する、大多数の国民の羨望や反発が、反日感情に火をつけることはないのか。そんな心配が先に立ってしまう。【産経抄】

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(『中国という世界』商品の説明    内容(「BOOK」データベースより)

国土は広く、人も多く、古い歴史の中国。「チュウゴク」とは何か、そしてこれからどこへ行くのだろうか。「一つの世界」を形成する独特の風土に生きてきた人びとの人間観・家族観をさぐり、さらに近代を象徴する都市・上海と上海女性の気質を描きだす。新たなる中国論の誕生。図版多数。

最も参考になったカスタマーレビュー

中国の歴史が手軽に理解できる 投稿者  エジさん

☆私は中国生まれの老人ですがいつも中国のことが頭の片隅にあります。中国に関する手軽な図書があればいつも購入愛読しています。特にこの本は中国にお詳しい竹内実さんの書かれたものであり、分かりやすく面白く書かれており、肩のこらない図書です。

がっかりします  投稿者  laoba

☆他人の学説の引用が多く、大学者である名誉にふさわしくない著作です。

Uhyou


     コメントは『言わぬが花』・・・・・

テーマ「今こそ大志を語れ」

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高校生を対象に、高校教育の見地から、次代を担う青少年の溌剌とした自己形成と
健全な意識形成に寄与することを期待するものです。

「深く掘れ、私の胸中の泉」

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   私の趣味の一つに文学碑巡りがある。本や地図を頼りに文学碑を歩いて探し、写真を撮る。単純なことだが、奥が深い趣味だ。私には、忘れられない文学碑が一つある。「深く掘れ 己の胸中の泉・餘所たよて 水や汲まぬごとに」自らの足元を深く掘り下げなさい。

 ◇そこには汲んでも絶えることない泉が湧 いている。という意味の歌が刻まれていた。
この歌をよんだ伊波普猷(いはふゆう)は沖縄方言の研究や民俗学研究に大きな功績を遺した。彼の研究はいつも私に新たな発見を与えてくれる。私は沖縄学の父「伊波普猷」を尊敬し、憧れている。

  ◇そんな彼の言葉だからこそ、私の胸に響いたのかもしれなしかし、彼の言葉について考えるとき、私は、自問自答を繰り返す。「自らの足元を深く掘り下げるとはどのような意味だろうか」そして「そこで得ることのできる泉とは何だろうか」と。
 
  ◇私は文化が好きだ。長い歴史の中で紡がれてきた人類の営み。そこには多くの笑顔とドラマを垣間見ることができる。言葉にできないほどの思いが文化には詰まっている。だからこそ、私はそこに魅力を感じ、もっと知りたいと思うのだ。
 
  ◇私はこの「文化が好き」を形にすべく、これまで積極的に文化活動に参加してきた。
沖縄方言の話者に話を聞き、ラジオドキュメントを制作。この作品は全国大会に出品された。また、沖縄に伝わる土帝君信仰について研究もした。フィールド調査や大学に通っての文献調査を繰り返し、レポートにまとめた。このレポートも地歴甲子園と呼ばれるコンテストで賞をいただくことができたそれだけではない。

  ◇文化と歴史を軸とした観光プランを作成し、観光甲子園に出場したこともある。
「私は文化が好き」この胸に宿るときめきを私はずっと感じていたい。その炎をもっと大きくしたい。  ただの興味から、より深いものへ。私は自分自身がぼんやりと抱く「好き」を何とか形にしようと必死だった。 しかし、私が文化に触れれば触れるほど、募る思いがある。

 ◇それは「私はまだ何も知らない」というものだ。文化と いうのは、地域ごとにわずかな差異がある。文化とは誰かの生きた証でもあるのだから、その差異を見過ごしては ならない。しかし、そう考えたら日本にはどれだけの地域があるのか。

 ◇また「知りたい」と思い文献をあさるほど、私が知らなかった事実がたくさんでてくる。知識のない私には論文一つ読むのも一苦労だそして私は、その度に果てしない文化の世界に自分自身の無力感と焦燥感を感じるのだ。

 
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 伊波普猷が、生きていた時代、沖縄は日本本土に統合されたばかりだった。

 

  ◇それ故沖縄は野蛮な地域であると考えられていた面もあるようだ。そんな中、ただ一人沖縄文化の魅力に気づいたのが伊波普猷だった。「沖縄文化には魅力がある」その思いで研究を重ね、その魅力をもっと外に 発信していこうと奮闘した。

 ◇そんな彼が文学碑の歌で言いたかったこととは、まさにその「自分が生まれ育った地域の文化を知ることの大切さ」なのではないか。伊波普猷が逆境の中、沖縄文化を研究し続けたことを思うと、自然とその結論が私の胸に浮かんだ。
 
  ◇私は将来、文化学者になりたい。私にはまだまだわからないことがある。だからこそ、私はもっと知りたいのだ。沖縄に存在する多数の文化、日本に存在する無数の文化。私はそれらをずっと感じていたい。そして、その魅力を後世につないでいきたい。そう、かの偉人「伊波普猷」のように。
 
  ☆私はまだ高校生だ。大学進学という目標もある。果てしない世界に虚無感を抱くのはまだ早い。私にはやれることがまだたくさんあるはずだ。今よりさらに知識に貪欲になろう。私の胸のときめきを大切にしよう。そこにはきっと、汲んでも絶えることのない泉がわいている。 (YOMIURI ONLINE)

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  このコラム 『寸鉄人を刺す』 お見事!


ロシアの文豪トルストィが悩める友に教えた民話が脳裏に浮かぶ!

◎皇帝の三つの質問

 ※皇帝が三つの質問の答えを探していた「一番大事な時はいつか? この世で一番大事な人は誰か? 今何をなすべきか?」

 ※賢者に聞いても分からない。落胆して散歩に出たときに出会った少女に尋ねると、「一番大事な時は今この時、大事な人は今自分の横にいる人、なすべきことは自分の横にいる人に善を行うこと」と

 ※皇帝は喜び、少女が持っていた重い井戸水を代わりに運んであげた、というもの“あれこれ悩むより、かけがえのない今を悔いなく生きよ! 眼前の一人を救え!”と、文豪は友を励ましたのだった

 ※人は悩むと観念の迷路に陥りがちだ。だが、行き詰まりを打破するには行動しかない。文豪の晩年は、思想を行動に移す戦いだった。思想は勇気の一歩の中に生き続ける。

 ※愚か者の【珍念】重い井戸水を汲んでいた少女に恥じています。
<皇帝の三つの質問> 胸にずしりと響きます。

『論語読みの論語知らず』・・・お笑い下され~ぃ! 

「ローンウルフ」

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 牧師館の子どもに拾われた鷲のひなはアヒルやニワトリと一緒に育てられ、クラウスと呼ばれた。だがクラウスはだんだん野性を取り戻し、ある日翼に力がみなぎるのを感じて、突然空に飛び立った

▲天空を勇壮に飛翔したクラウスだが、険しい岩山に差しかかり、日が沈むと、温かなねぐらが恋しくなった。だが牧師館へ舞い戻ったクラウスは、野生の鷲と間違われて、銃で撃ち落とされてしまった−−デンマークの作家、ポントピダンの短編「鷲の飛翔」である

▲村井誠人編著「デンマークを知るための68章」(明石書店)からあらすじを引かせてもらった。同じ国のアンデルセンの「みにくいアヒルの子」の一種のパロディーといえよう。こちらは生まれつきの資質よりも育った環境が人生を左右するという寓意を読み取れる

▲ではコペンハーゲンの連続テロの容疑者として射殺された22歳の男の憎悪はどんな境遇から生まれたのか。表現の自由を求める集会やユダヤ教礼拝所が銃撃され、死傷者が出たこの事件である。容疑者はデンマーク生まれで、その組織的な背景はまだ分かっていない

▲欧米生まれの犯人が自国で行う「ホームグロウン・テロ」。ネットの扇動により単独テロに走る「ローンウルフ」。容疑者の実相はなおも不明だが、近年頻発するこの手のテロだ。自由で寛容な社会の内側から生まれ、それを根底から掘り崩しかねぬ暴力の毒である

▲テロの扇動者が狙うのは、宗教的憎悪と怨恨(えんこん)による欧米社会の分断と炎上だろう。ここは暴力の封じ込め策の周到と、さりげない市民の日常に埋め込まれた宗教的寛容とに文明の将来がかかる。【余録】

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  思うだけですが!これ以上、吠えると血圧が上がる。
  珍念 『ごまめの歯ぎしり』している。

閉店商法 

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 店先の垂れ幕に「閉店セール」の文字を見つけると、ついつい中へ入ってしまう。経済学者の真壁昭夫さんによると、これを「フレーミング効果」と呼ぶ。「フレーム」とは、枠や枠組みのこと。人間の心理にあてはめれば、思い込みを意味する。

 ▼閉店セールは、「いいものを安く買える」という意識に結びつきやすい。一度固定観念ができてしまうと、崩すのは容易ではないそうだ(『最新行動経済学入門』朝日新書)。なかには、フレーミング効果を狙って、閉店セールをいつまでも続けている店まである。

 ▼立教大法学部の学生6人が昨年7月から12月にかけて、東京都内の小売店を調査して確かめた。「閉店セール」と宣伝していた9店のうち実際に閉店したのは、4店だけだった。残る5店は、「本日まで」などとうたいながらセールを続けたという。

 ▼実は「閉店商法」は、昔からあった商売のやり方のひとつだ。「閉店セール」を売り物にしていた店さえあった。やがて倒産し、「本物」のセールを行ったところ、またかと信用されず、客足は伸びなかったという。偽りのセールに惑わされない、賢い消費者でありたいものだ。

 ▼政治の世界で、「閉店商法」を実践したのが、菅直人元首相である。就任以来の数々の失政に加え、東日本大震災に直面しても、指導力を発揮できなかった。平成23年6月、元首相の口から出た言葉を、誰もが「退陣表明」と受け取った。ところが元首相の居座りは、辞任を正式表明する8月末まで続く。3カ月近くにわたる「閉店セール」は、悪夢のような政治空白だった。

 ▼ただひとつの救いといえるのは、国民に残してくれた貴重な教訓である。悲劇を繰り返さないために、賢い有権者であれ。【産経抄】



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    ナヌ・・「閉店セール」!

『最新行動経済学入門』商品の説明 内容(「BOOK」データベースより)

 ◆東日本大震災で人々が「買いだめ」に走ったのは、なぜ? 個人投資家は「損切り」ができない理由は? バブルはどうして起こるのか--人間は常に合理的に行動するとは限らない。そこで行動経済学の出番となる。「心」を分析対象に加えるから、こうした疑問にすぐ答えられる。「ナッジ」を紹介するなど、最新理論にも対応。第一人者が初心者に配慮して書き下ろした入門書の決定版!

最も参考になったカスタマーレビュー すごく読みやすい素晴らしい本です。 投稿者  雑学家 

▼ウィキペディアの馬鹿げた難解な説明を読む前にぜひこの本を読みましょう。
大学院でもこうした理論は普通は学びません。依然として均衡理論+ゲーム理論+計量マクロというのが経済学の基本的なメニューらしいです。それは実際にディーリング経験がないと心理面の理解が無理なのかも・・・・著者(ディーリング経験あり)の分かりやすい説明に感謝します。各章のはじめにケースで問題を提起。

▼身近な具体例をイラスト、グラフで分かりやすく説明、最後にまとめで確認との編集。
強調すべき箇所は太いゴチック文字でメリハリを付けてあり初学者の自分にもすごく読みやすい本です。新書版にしては要所をコンパクトにまとめています。

▼プロスペクト理論(価値関数で損切りがすぐ出来ない)、アノマリー、ヒューリスティック、アンカーリング,囚人のジレンマ、心理勘定,割引率(禁煙や禁酒を説明 )と言った基本的な用語を身近な具体例に関連付けて説明している。

▼何度も再読したい本です。出来れば言葉の索引と参考文献とそれに対する著者の内容案内を付けて欲しかった。分かりやすい本を作られた編集者の方々にも感謝します。他に面白かったのは「心理学者が教える 思いどおりに人を動かすブラック文章術 」内藤 誼人です

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 ぜひ・この本を熟読したい!




「ねこまんま」 (*^_^*)


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 「ねこまんま」といえば、炊きたてごはんに削ったかつお節を載せたものである。お醤油(しょうゆ)をちょっちょっとたらし、かき込む。日本にいることを感謝したくなる味の組み合わせではないか

▼西日本ではごはんに味噌汁(みそしる)をかけたものを「ねこまんま」と呼ぶそうだ。これはこれで懐かしい味なのだが、「ねこまんま」の名を思えば、かつお節とごはんの方がしっくりくるか

▼ネコが本当に「ねこまんま」を好むかどうかは知らないが、ミラノのネコも聞き耳を立てる話題か。五月、イタリアで開催する食をテーマにしたミラノ国際博覧会に日本の「かつお節」が持ち込めることになった

▼欧州連合(EU)はかつお節の製造過程で生成されるという発がん性物質を問題視し、輸入を規制しているが、博覧会では含有量がEU基準を下回ることを条件に特例として持ち込みを認めたそうだ

▼『かつお節と日本人』(宮内泰介、藤林泰著)によると現在のかつお節が生まれたのは十七世紀後半の土佐。土佐藩は製造法を固く秘密にしたが、出稼ぎの二人の紀州出身者が製法を鹿籠(かご)(現在の鹿児島県枕崎市)、その後千葉や伊豆に伝えた。旨(うま)いものは秘密も国境も軽々と越えていくものなのだろう

▼日本のかつお節がEUでどう受け止められていくか。味の分からない「EUに小判」ではなく、大好物となる「EUにかつお節」となればよい。【中日春秋】

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     『白い猫でも黒い猫でも鼠を捕るのが良い猫である
     (中国の偉大なる指導者 鄧小平)

      【いい得て妙である
 





『かつお節と日本人』商品の説明 内容紹介

 日本の食文化の名脇役、かつお節。かつては北海道から沖縄、台湾、そして占領下のミクロネシアやインドネシアでも生産されていた。この300年間に、かつお節の生産はどのように変わっていったのか。そして生産に携わった人びとの生活はどう変わったのか。現地調査で証言を集め、〝かつお節ネットワーク〟のダイナミズムを描く。

最も参考になったカスタマーレビュー

かつお節をめぐる、三〇〇年、四〇〇〇キロの旅  投稿者  くくくくままま 

◇「時間でおよそ三〇〇年、空間でおよそ四〇〇〇キロにおよぶかつお節を取り巻く世界」をたどる。その旅の末に、著者はかつお節ネットワークに「『バナナ』『エビ』が問いかけた過剰な負荷をかけるグローバル化とは異なるもう一つのグローバル化のヒント」を見出そうとする。

◇かつお節に関わる人びとへのインタビューや文献資料によって浮き彫りになる、かつお節の世界は驚くほど豊饒である。戦前の日本の南洋諸島への進出、沖縄県民の出稼ぎや移住、第二次世界大戦末期の戦争体験や収容所体験、引き揚げ体験などが特に印象深い。あえて言えば「歴史」の部分が大きく、私としては『バナナと日本人』のように現代の経済構造に迫る部分がもう少しほしかったかな。

和食文化の背景を知りたい方への良書,  投稿者 小伝馬

◇ユネスコ無形文化遺産に登録された和食だが、そのうま味のバックボーンを支えるのはアミノ酸群。グルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸が有名だが、かつお節はイノシン酸を多く含む。和食といっても何のことやらわからない外国人には、その素姓の一つを垣間見ることのできる良書。長い歴史の中で和食の味の真髄をつくりあげてきた日本人たちをここに見ることができる。

◇コレド室町(ニンベンがある)の前を通りかかった時は、この書を思い出してもらいたい。百花繚乱の江戸の食文化。いまは、日本橋。書は、ここへ至る太平洋西半球でのかつおの漁労から節ができるまでの距離、時間、人、文化の大きな流れを教えてくれる。和食は奥が深い。すしの隆盛にみるまぐろの二の舞は困りものだが、和食の発展とともにかつお節はもっと増産されることになるかもしれない。


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    ねこばば。泥棒ねこ・・・・ニャンとも、情けない。
    珍念のコメントも、食えない<シロモノ>なのだ!

人生にどれくらいお金がかかるか。

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藤山寛美

   昭和の喜劇王は、借金王でもあった。そんな藤山寛美(かんび)のエピソードを一つ。タクシーで着いた先がワンメーターの距離であっても1万円札を出し、こう言う人だったそうである。「釣りはいらへんで」(「昭和の藝人 千夜一夜」)。金銭感覚は、なきに等しかった。

 ▼寛美の人生はさておき、堅実な人生を送ろうと思えば、しっかりした金銭感覚があることが前提。身の丈に合ったお金の使い方を身に付けることが欠かせない。0代向けのお金教育の教材が話題を呼んでいる-。

 ▼先ごろの本紙に載っていた。人生にどれくらいお金がかかるか。「共働きか専業主婦か」「子どもは何人?」などの項目を選び、将来の自分の人生、家計を想像するゲームがあるという。

 ▼このゲームをした後の学生の感想が、親の本音とまさに同じ。「子どもの養育にとてもお金がかかる」。実感が湧けば、すねかじりの若者にとっても暮らしとお金の問題は人ごとではない。

 ▼子どもの養育に限らず、暮らしを左右するのが政治。人ごとのように政治に無関心な若者が少なくない。まずは暮らしの問題に若者の目が向き、実感がもてるようにする工夫が必要。そこに若者の投票率向上のヒントがある。 【天地人】

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「昭和の藝人 千夜一夜」) 商品の説明  内容(「BOOK」データベースより)

 むかし「藝能人」という言葉はなかった。いたのは、藝人。一般社会では許されぬ、奔放な生き方を許された彼らは、一方でしたたかにおのれの藝をみがいた。落語家、俳優、歌手、ボードビリアン…藝に人生をささげた、八十八人のエピソード集。

最も参考になったカスタマーレビュー

この藝評、劇評の大御所と私の趣味は奇妙に一致する  投稿者  Gori 

◇著者の矢野誠一さんは1935年(昭和10年)生まれ。現在(2011年)76歳である。私は著者より20歳、若い。しかしこの藝評、劇評の大御所と私の趣味は奇妙に一致するのである。三遊亭圓生の「俺はうまいだろう」という顔をする臭味。同感。ただし三遊派分裂騒動のあたりからはその臭味は抜けたそうだ。そのころ私は落語に興味がなくなっていた。

◇先代の林家正蔵(彦六)の律儀さ。同感。僕ら学生が開く鑑賞会に毎年一度、噺をしに来てくれた。来る前に「今年は何人だい」と電話が来た。噺が終わると全員にもりそばをご馳走してくれるからだ。国立の落語研究会に出たときに、高座まで歩くのが大変だったので一度、緞帳を閉めてから弟子の正雀が抱いて運んだ。で、その話のサゲが「死ぬなら今」

◇十代目金原亭馬生、父は言わずと知れた融通無碍志ん生、弟は志ん朝である。自分の位置をどこにとればいいかずいぶん悩んだろう。暗くて、端正と言ってはおかしいが、この人は最高に好きだった。ポール牧さんは自死した。矢野さんは次のように書く。

◇「身についた胡散臭さを逆手にとって売りにかかる藝人ならではのバイタリティが、(ポール牧)の背骨になっていた。生真面目さに負けた」 面白い人ではなかった。一生懸命面白い人を演じようとしていた。ポール牧の川柳がある「ドーランの 下に涙の 喜劇人」

◇マルセ太郎さんを、オーディションに呼んだ。大変失礼なことをした。生で見るマルセさんは陰気で、悲しくなった。感想を聞かれるのが嫌で僕はその場からそっと、逃げた。

 面白いエピソード満載です!!是非ともご一読を!!!  投稿者  直いい親父 

◇矢野さんが見聞した芸人88人のちょっと気にかかるエピソード集です。作風としては、戸板さんの流れを汲む物ですが、著者の経歴上芸人、特に東京での活躍を中心とした落語家がメインになるのは仕方ないかなと思います。しかし、こういうコラムを書ける人が少なくなりましたね!ちょっと前までは、双葉さん、片岡さん等いろんな方がおられましたが、今は、小林さん位ですか?

◇読んで面白いのは、やはりお金、借金に関することですか!!寛美のチップの話し、大阪の人は皆知っています。最初数人で飲んでいたのが小一時間も経つと数十人に増え・・これではいくら稼いでもあきまへんわな!!水原さん・・私たちの世代では、黒い花びらですが。

◇この人も凄いですね。しかし、上には上があるもので、勝新に手形の裏書を頼みに行ったところ、快くサインしてくれたばかりか、手形まで押してくれた・・本書では、勝新は取り上げられていませんが、この人の借金も凄かったらしいです。どこに書いてあったか忘れましたが、自宅に招待された人が、どんな凄い物があるんだろうと期待に胸を膨らませたいたらしいですが、質素な家に座卓が1つあっただけらしいです・・・宜なる哉

◇松鶴、この人は酒飲みで有名で、酒の絡んだ落語、らくだ、相撲場風景、絶品です。稼ぎを全て飲み代に使ったんではないかな!演芸画報の話、抱腹絶倒ですね!男と女、ひな子の葬儀の控え室でのお話、お焼香の順番で揉めてはるんでっか・・・こう言った枝雀ももうこの世にはいません!!

◇最後に高峰 秀子の手紙のエピソード・・・凄い努力家だったんですね!! まだまだ面白いエピソード満載です。是非ともご一読を!!!


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   〝珍念〟のコメントは『蛇足』です。
    相変わらず<オチ>が冴えません!

「殺人願望」

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     コンラート・ローレンツ 
動物行動学者

     コンラード・ロレンツはオーストリヤの動物
     行動学者。コンラート・ツァバリアス・とも表記される。
     刷り込みの研究者で、近代動物行動学を格立した
     人物のひとりと知られる。息子は物理学者のトマス・
     ローレンツ。父より先に死去した。(ウィキ・ベテイャ)



 紀の川市の小学生殺害事件は衝撃的だが、有名国立大の女子学生が殺害容疑で逮捕され「人を殺してみたかった」と自白したのにも仰天した。中東の邦人殺害に加え、国内でも理不尽な殺人が続いている。

 ▼有名な動物学者コンラート・ローレンツは「哺乳類で同類殺しをするのはネズミと人間だけ」と発表して衝撃を与えた。その後の調査で、ライオンから類人猿まで同類殺しは広く行われていることが分かり、人間も「動物以下」から「動物並み」に格上げされた。

 ▼最近、秋葉原無差別殺傷事件犯に対し、最高裁で死刑が確定した。犯人は7年前、東京・秋葉原の歩行者天国にトラックで突っ込んだ。通行人をはねた後、買い物客らを襲撃して7人を死亡させ、10人に重軽傷を負わせた。男は「孤独感からの脱却」を理由に挙げた。前記の女子学生はこの犯人の誕生日に「皆で祝おう」と投稿し、連帯を示していた。

 ▼ほかにも神戸の中学生による小学生殺傷事件、大阪教育大付属池田小での児童連続殺傷事件、佐世保の女子高生による同級生殺害事件など記憶に残る無差別殺人は少なくない。

 ▼戦争やテロを除き「人はなぜ特別な理由なく人を殺すのか」という問いに共通の答えはない。いまは成育環境を指摘する意見が有力で、暴力的テレビ番組やビデオゲームが助長するという識者もいる。人間の理知は驚異的な発展を遂げたのに、感情はなお原始の状態に近いということか。【水鉄砲】

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〝珍念〟の脳裏に、手塚治虫の『アドルフに告ぐ』が思い浮かぶ!

  ユダヤ人絶滅を推進するナチス・ドイツ総統。作中では「誰一人信じず誰にも頼れない途方もなく孤独な男」で極端な情緒不安定型とされている。若いころは貧しく画家か建築家を志望。




『アドルフに告ぐ』 ストーリー紹介

 ▼第二次世界大戦当時の日本とドイツを舞台に、アドルフという名前をもつ3人の男がたどった運命を描く長編マンガです。1936年、ベルリンオリンピックの取材でドイツにきていた峠草平は、そこで留学中の弟が殺されていることを知ります。

 ▼やがて弟が殺された理由が、彼がアドルフ・ヒットラーの重大な秘密を文書にして日本へ送ったためであることが明らかになってきます。その文書とは、ヒットラーにユダヤ人の血がまじっているという出生の秘密を明かすものでした。一方、神戸に住むドイツ総領事館員のヴォルフガング・カウフマンも、本国からの指令を受けて、その文書の行方を追っていました。

 ▼そのカウフマンにはアドルフという息子がいました。カウフマンはアドルフを国粋主義者として育てようとしていましたが、アドルフは、自分と同名のユダヤ人アドルフ・カミルと親友だったため、ユダヤ人を殺してもいいと教えるナチスドイツの考え方には反発を感じていました。

 ▼けれども、アドルフ・ヒットラーという独裁者が支配する恐怖の時代に、ふたりのアドルフの運命は大きくねじ曲げられていくのでした。(人間は)残忍でウソツキで、嫉妬深く、他人を信用せず、浮気者で派手好きで、同じ仲間なのに虐殺し合う──醜い動物です。しかし、それでもなお、やはり、ぼくは人間がいとおしい。生き物すべてがいとおしい。

   ◆大量虐殺、人種偏見、征服欲・・・数々の映画やマンガの中でヒットラーはそんなイメージのシンボルとして描かれてきました。けれどヒットラーだけが特別な怪物だったわけではありません。誰の心の中にも「ヒットラー」という名の闇は潜んでいるのです。自分の欲望や信念が他人の命よりも大事だと思いはじめたら、それがあなたの中の「ヒットラー」が目覚めた、ということかもしれません。

 ◆そんな自分自身の「闇」に見て見ぬ振りをするのではなく、しっかりと見据えて克服することで豊かで平和な世界が開かれて行くのでしょう。 ひょっとすると、いまの人類は、進化の方向を 間違えてしまったのではないか、もとのままの「下等」な動物でいたほうが、もっと楽に生きられ、楽に死ねたかもしれない。地球をここまで追いつめることもなかったでしょう。

  ◆生とは何だろう? 死とは何だろう?死んだらぼくたちはどこへ行くんだろう?
そんな疑問に対する答えが、つまりは宗教かもしれません。天国に行くのですとか、新しい命として生まれ変わるのですとか、いろいろな答えがあります。こっちが正しい、いや、こっちだと宗教同士が争い、悲惨な宗教戦争が人類史に暗い影を現在にいたってもなお落とし続けています。「死んだらどうなるのか」その疑問の答えなら、そういう戦争で死んでいった犠牲者たちがいちばんよく知っているんですよね。

自然への畏怖をなくし、傲慢になった人類には必ずしっぺ返しがくると思います。 (『ガラスの地球を救え』より)

かく言う<珍念>『論語読みの論語知らず』・・・・ι(´Д`υ)アセアセ
 

「孫娘がくれた10円玉と手紙」

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  ぬくもりのある文章に出会うと、読み手の心も温まる。世情が物騒な分だけ、人をいたわる優しさが身にしみる。

 ◇読者投稿の小紙「明鏡」欄に先日、「孫娘がくれた10円玉と手紙」と題した一文が載った。遊びに来ていた小学2年の孫娘が、テーブルの上に小さな封筒を残して帰った。封を開けると、手紙と10円玉が入っていた。

 ◇「私が帰っても泣かないで、きちんとご飯食べてね」「10円は何かあった時に使ってね」。文面にお孫さんの愛情があふれる。お年寄りを懸命に気遣う子供心が泣ける。10円玉は財布に入れ、お守りにしているとか。地球上で一番の宝物。何ものにも代え難い10円玉だろう。

 ◇大家族だったころ、祖父母と子供の交流は日常だった。子供は祖父母からさまざまなことを学び、祖父母は無垢(むく)な子供から元気をもらう。癒やされることもある。核家族化、高齢化が進む現代社会では、お年寄りを孤独の影が覆う。

 ◇」認知症対策が深刻な問題になりつつある。国の推計によると、10年後には65歳以上の5人に1人が認知症になるとみられる。医学的な原因はあるだろうが、孤独と認知症は無縁ではなかろう。「10円玉」をくれる子供が寄り添っているのは幸せなことだ。【天地人】

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  感動しました! これ以上のコメントは『蛇足』・・・・

「積極的平和主義」の呪文

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見えもしない衣装を身にまとう王様のバレード下着は身につけている

 恐怖映画には一種の「法則」がある。「怪物」「悪魔」によって最初に殺される人物は「怪物」の存在を疑い、恐れない男である




▼映画の冒頭で「この男がまず殺されるな」と分かる。役立つ情報ではないが、一応、見分け方を説明しておく。まず、腕力に自信がある向こう見ずなタイプで、何かと「大丈夫だよ」「平気、平気」「ちょっと様子を見てくるよ」というせりふのある人物である。怖がる別の誰かに、「へっ、臆病だな」などと言えばその男が犠牲になる場面は近かろう

▼この「法則」は展開に現実味を出す工夫であろう。「怪物」の領域に最も接近する人物が最初の犠牲者になるという前提に立てば、その人物は恐ろしさをさほど感じず、人の意見を聞かない性格として描いておかないと、不自然な展開になってしまう

▼政府は先日の閣議で政府開発援助(ODA)の基本方針を見直して、事実上禁じていた他国の軍隊への支援を解禁した

▼災害救助、医療などに限定していると慎重論をなだめるが、相手は軍隊である。資金、物資が軍事に転用される危険もある。どう監視するかも定かではない。外交にとって資金援助は大きな武器だが、そこに「怪物」は棲(す)んでいないか

恐怖を感じぬ安倍政権の「法則」か。「大丈夫だよ」「平気、平気」と気味悪い館へまた一歩。不安の声には「積極的平和主義」と耳を貸さぬ。  【中日春秋】

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   「サイコ」 内容紹介:解説
  サスペンス映画の神様A・ヒッチコック監督の代表作である
    名作サスペンス。あるモーテルで起きる殺人などの異常事態
    を、有名なシャワーシーンも交えてスリリングに描写!






●観客を徹底的に怖がらせる手法を極限まで追求したヒッチコックならではの戦慄編。
A・パーキンス扮するマザー・コンプレックスの青年を主人公に、畳み掛けるようなショッキング場面の連続と意外な展開で、観る者を悪夢の世界に誘い込む。サイコ・ホラーのジャンルを確立した点でも金字塔的な傑作。B・ハーマン作曲のエキセントリックな旋律をBGMにした、あまりにも有名なシャワーの惨殺シーンから、ラストの意外な事実の発覚まで驚異的な見せ場を全編に満載。後にシリーズ化され、1998年にリメイクされた。

●美しい女性マリオンは恋人サムのために仕事先で4万ドルを横領し、車でフェニックスの町から逃亡。やがて内気な青年ノーマンが経営する、寂れた《ベイツ・モーテル》にたどり着くが、そこでシャワーを浴びている最中、何者かに殺される。その後、彼女の遺体を発見したノーマンは、誰かの尻拭いをするかのように、遺体を車ごと沼に沈める。一方、マリオンの捜索を始めた彼女の姉妹ライラやサムは、ノーマンのモーテルに行き当たる。

さて、この映画のラストシーンは、悍ましい!【百聞は一見に如かず】 ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

美少女ロボット 「未夢(ミーム)」

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   ※人間に近い外観のほか、人間に極めて近い歩行や動作で話題を呼んだ美少女ロボット 「未夢(ミーム)」。デビューして約6年がたち、かつてはモデルやダンサーとしての出演依頼が殺到するなど人気を博した。しかし、平成23年の東日本大震災以降、日本のロボット開発は災害用にシフトエンターテインメント性のある人間型ロボットは「役立たず」などと批判され、姿を見ることが極めて少なくなった。未夢は今、どこで何をしているのだろうか。(稲場咲姫)

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 歌手、モデル…華麗な経歴





    ☆未夢は、平成21年3月に産業技術総合研究所(茨城県つくば市)で誕生した。正式名称は 「サイバネティックヒューマンHRP-4C」。人間型ロボットで、関節位置や寸法は19~29歳の日本人女性の平均値を参考に作られている。
 
   ☆デビュー当時は158センチ、43キロだったが、現在は少し大きくなって160センチ、46キロ。二足歩行はもちろんのこと、人間の音声を認識し、応答動作もできる。また、人の歌唱をお手本に自然な歌声動作を自動生成することができ、高い歌唱力を誇る。これまで、司会やファッションモデル、歌手女優、ダンサーなど華麗な経歴を持つ
 
   ☆デビューから4カ月後には、桂由美さんのファッションショーに出演。
  純白のウエディングドレスを着て、モデルウオークを披露した実績もある。
 
  ■震災で環境激変…「役立たず」「現場に出せないのか」
 

   ☆だが、23年3月11日、未夢を取り巻く環境は大きく変化した。東日本大震災を機に、ロボットに求められるものが変わったのだ。東京電力福島第1原発事故の発生で、高線量の場所でも遠隔操作でがれきの処理などができるロボット開発の必要性が急浮上した。日本のロボット研究は災害現場で活躍できるロボットの開発の方向にシフトし、エンターテインメント性は二の次となった。
 
   「何で現場に出せないんだ」「役立たず」-。
 
   人間に近いロボットなら、人間の代わりに何とかしてくれるのではないか。
  そんな期待が大きかった分、産総研に厳しい言葉が寄せられた。
 
   ☆産総研のヒューマノイド研究グループで、現在、研究グループ長を務める金広文夫さん(43)は 「悔しかった」と言葉少なに当時を振り返る。未夢はエンタメ分野に特化したロボットなので、平らなステージの上では能力を発揮するが、がれきが散乱するでこぼこの道では転倒してしまう。一人で立ち上がることもできないなど、災害現場で活動するにはあまりにも非力で、時代が求めるロボット像とはかけ離れた存在になってしまった。
 
  ■「未夢」開発で培ったノウハウ生かし災害用ロボ開発へ
 
   ☆このため、もともと災害用ロボットを作っていた同研究グループは、未夢の開発をいったん中断。15年に開発し、未夢の原型となった従来機「HRP-2」をベースに、未夢の開発などで培ってきた ノウハウを盛り込んだ災害用ロボット開発へとかじを切った。

  ☆災害用に改良された「HRP-2」は段差や階段を自力で越えられるほか、視覚機能が使えない状態でもでこぼこのある地面に 対応できる仕様になっている。
 
   ☆震災から4年。同グループは、米国防総省の関連機関が主催する災害用ロボット競技会 (DRC)にエントリーしている。DRCは、移動能力▽不整地踏破の移動能力▽はしごを登る力 ▽がれき除去力▽ドア開閉力▽壁に穴を開ける能力▽バルブを回す能力▽ホースで放水する能力 -8つのタスクに挑戦し、災害用ロボットの性能を競う大会で、3月には予選の結果が出るという。
 
   金広さんは「あくまで競技会。競技に勝つことが本来の目的ではない。
  でも、いい結果を出したい」と期待と自信をのぞかせる。
 
  ■「ヒューマノイド」の歴史に名を残した功績

   未夢は現在、人間に近い特性を生かし、介護用スマートスーツの実証実験などに使われているという。
 
   ☆人間が中腰で同じ動作を何回も繰り返すのは重労働だが、未夢にはたやすい仕事だ。検証、比較するのに人間より適しているという。現在でもエンタメ分野への出演依頼もあるというが、付き添いの研究員を確保できないなどの理由もあり、全て断っている。
 
   ☆電源が落とされ研究室で眠っていることが多いが、未夢は、二足歩行の人型ロボットの中でも、親しみやすいロボットとして、多くの人から支持された。「ヒューマノイド」の歴史の中に名を残した。

   金広さんは「これからもヒューマノイドにこだわりながら社会に役立つロボットを開発していきたい」と語った。


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 〝珍念〟美少女ロボット「未夢(ミーム)」欲しいです。

   (決して<ロリコン>趣味の変態ではないです)これ以上吠えると
   妻と愛犬から、苛められる・・・

悼む人

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 「よく頑張ったね、ありがとう。忘れないから」。数年前、病に倒れた若い友人の枕辺で、掛けられたのはそんな言葉だけだった。その後も誰かを見送るたび、同じ思いでただ悼む

▲ 松山市出身の作家天童荒太さんの直木賞受賞作が原作の映画「悼む人」が今週末、全国公開される。「人の死に軽重をつけ、本当の意味で死を悼まない」社会を静かに問い、悼む旅を続ける青年を描く。国内外で悲惨な事件が続く今こそ、命を考えるよすがにしたい

▲ 大きく報じられる不慮の死も、早すぎる死も穏やかな死も、等しく寿命。作品の「悼む人」は三つのことを尋ね、心に刻む。その人は誰を愛したか。誰に愛されたか。どんなことで人に感謝されたのか…。大切なのは過程と、生きた記憶

▲ 「よく頑張ったよ、後藤健二さん」―週刊現代の見出しに、胸をつかれた。テロの犠牲になった最期を悲しみ、憤るばかりで、彼の人生の確かな証しを見失っていた。まず掛けたかった言葉を、やっと思い出す

▲ 翻って、日本を覆う強い言葉は追悼とは遠い。「罪を償わせる」「テロに屈しない」。自民党の高村正彦副総裁は「蛮勇」と切り捨てた。危険な紛争取材なくしては誰もその危険さえ知ることはできず、彼に判断ミスがあったとしても政府の責任が消えるわけでもないのに

▲ 本当に悼むことを、大切にしたい。それぞれの人生を肯定し、感謝し、忘れないことが、命をつなぐと信じて。【地軸】

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     珍念・感動しました!



「悼む人」商品の説明 受賞歴  第140回(平成20年度下半期) 直木賞受賞

内容(「BOOK」データベースより)

 ◇不慮の死を遂げた人々を“悼む”ため、全国を放浪する坂築静人。静人の行為に疑問を抱き、彼の身辺を調べ始める雑誌記者・蒔野。末期がんに冒された静人の母・巡子。そして、自らが手にかけた夫の亡霊に取りつかれた女・倖世。静人と彼を巡る人々が織りなす生と死、愛と僧しみ、罪と許しのドラマ。第140回直木賞受賞作。

最も参考になったカスタマーレビュー 最後の”悼み”は? 投稿者  koupapa 

 ◇いろんな読み方ができると思うのですが、やはり”死者を悼む”行為と旅に、読む側の感想もその延長線上の見方になってしまいます。読んでいて印象に残ったのが静人の”悼ませていただく”という言い方です。”悼んでいました”でなく、”悼ませていただいていました”という言い回しです。これは全体に作品のもっているスタンスがよく伝わり、効果的だと思いました。

 ◇最も身近で最も愛する人の死を彼はどうやって悼むのでしょう。後半、母巡子の最後の日々が丁寧に描かれていますが、その「悼み」は読者に委ねられました。それ程起伏のある展開でもないし、ラストに向かって突き進んでいくような勢いがあるわけではないのですが、不思議と止まらなくなり、一気に読み上げてしまいます。それだけに私は巡子の悼みまで見せてほしかったと思います。 

今だからこそ共感できる悼む意味   投稿者  Coffey man 

 ◇事件、事故、病気、亡くなった人を訪ねて故人を知る人に「その人は、誰に愛されたのでしょうか。誰を愛していたのでしょう。どんなことをして、人に感謝されたことがあったでしょうか」と聞いて回っては、故人を忘れないよう胸に刻み込み、死者を「悼む人」の旅路を縦糸に、彼の帰りを待つ母親のがん闘病を横糸に物語は彼と関わる人の視点で淡々と進んでいきます。死者を悼みながら旅を続ける主人公の奇妙な言動は人々を戸惑わせ、いらだたせ、また癒します。

 ◇なぜ彼は死者を悼む旅を続けるのか?その原因は読み進むうちに徐々に明らかになっていきます。しかし、その行為は何を意味するのかは明確に語られません。彼の対極として描かれる雑誌記者、愛する人を殺した女性を通して語られるその意味もひとつの解釈であり、解答ではない気がします。

 ◇本作品は生と死といった非常に難解なテーマをシンプルに語っているので、読者がどの段階にあってもよく分かるようにやさしく書かれています。それゆえ誰でも、彼をどうとらえるか、死とは何か、生きる意味、死者を悼む意味について考えることができます。誰でも読めて、読む人によって、読む時期によっても解釈が異なる。あらゆる人に読んでもらいたいという作者の真摯な願いを感じます。

 読者の数だけ「悼む人」はいるのだと思います。  。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

茂木健一郎「お風呂と脳のいい話」

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    脳がよろこぶ、脳の凝りをほぐすお風呂。

 ▼人間の脳は外からの変化を喜んで受け入れて、活性化するものらしい。並んで座る2人が場所を替わるだけで脳の働き方も変わる。脳科学者の茂木健一郎さんが対談集「お風呂と脳のいい話」(東京書籍)に書いている。

 ▼寒が身にしみる折、露天風呂が恋しくなるのも、寒暖の変化を楽しみたい脳がささやいているのかもしれない。海が見えて小雪が舞う露天が好きという茂木さんに同感の方も多かろう。

 ▼とはいえ、年配の方々は用心した方がいい。温度変化で血管が急激に縮んだり広がったりして体に負担が掛かる「ヒートショック」があるからだ。脳卒中や心筋梗塞を引き起こすこともあり、油断は禁物だ。

 ▼おとといの本紙で鹿児島大学大学院の小片守教授が、寒暖差をなくす工夫を呼び掛けていた。小片教授の調査では昨年、県内で184人が入浴中やその前後に突然亡くなっている。7割近くが冬場に集中する。

 ▼お年寄りは血圧を調整する機能が働きにくく、亡くなった人の大半が65歳以上だ。南国故に暖房がない脱衣所が多いことも災いしている。立春を迎えても春の足音は遠い。家族ともども気を付けたい。

 ▼茂木さんによると、入浴してくつろいだ脳は自らメンテナンスを始め、その過程で新しい発想がひらめいたりするそうだ。朝風呂で拙文の種を授かる身にはうなずける。血管をいたわりつつ湯のぬくもりに感謝しよう。【南風録】

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 今日も、灰色の脳細胞が【稚拙な筆致】でコメントを垂れ流す・・・・

 入浴したら発想が閃く・・・・朝と寝る前、入浴したら2倍よくなればなぁ。

 天然呆けの(珍念) 今日も(オチ)が冴えません!

忍び寄る<戦争の影>思いを児童書に 

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「佐和みずえ」の2人。右が姉の芝寿美さん、左が妹の高橋美和さん。
執筆は共同で、インターネット電話のスカイプでやりとりするという=芝さん提供

 





 「佐和みずえ」のペンネームで作家活動を続けている西予市出身の双子の姉妹が、児童書「パオズになったおひなさま」(くもん出版)を発刊した。日中の子どもの友情をテーマに、ありふれた庶民の生活に忍び寄る戦争の残酷さを描いた。

 ◆東温市に住む芝寿美(すみ)さん(59)と大分市に住む妹の高橋美和さん(59)。ともに主婦業の傍ら、30年以上前から児童書や絵本を二人三脚で手がけてきた。今作のキーワード「パオズ(包子)」は肉やあんこを包んだ中国のまんじゅうだ。

 ◆主人公は小学5年の愛花。ひな祭りに祖母がパオズを作るのが習わしで、愛花はその作業を手伝いながら、中国・大連での戦時中の暮らしを初めて尋ねた。本場のパオズのおいしさ、仲良しになった中国人の女の子と一緒に祝ったひな祭り、そして日本の敗色が濃くなるとともに暗雲がたち込めていく人々の暮らし……。そんな祖母の体験が語られる物語だ。

 ◆創作だが、下地には戦争体験者の記憶がある。終戦記念日が近づく度、亡き父からは、勤労奉仕で兵士から怒鳴られたこと、竹やりの訓練に疑問を抱いたことを聞かされた。一方、一家で大連に渡って商売をしていた義母は、現地の友達と海水浴をしたり、バナナをどっさり食べたりした体験を楽しそうに話してくれたという。

 ◆美和さんの発案で執筆に取りかかったのは2013年暮れごろ。「戦時下でも子どもたちは別世界にいる。悲惨さを強調するだけでなく、生き生きとした温かい暮らしの中から戦争の残酷さを表現できないか」。寿美さんはそう考えたという。自分たちは戦争を知らない世代。戦争体験を話してくれた身近な人たちが、みな鬼籍に入ったことも筆を執ることを後押しした。

 ◆今年は戦後70年。憲法改正への動きや集団的自衛権の行使容認など、寿美さんは最近の世相のきな臭さが気になるという「戦争は怖い顔をしてやって来る訳ではない。平和の陰でいつの間にかすり寄って来ているのが戦争という気がする」。読者と想定する小学中高学年の子どもたちに、作品を読んで戦争をなくすためどうすればいいか考えてほしいと考えている。

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 ◇わたしは、戦争を知らない世代です。けれども、わたしの親たちは、直接に戦争を体験しました。ですから、小さいころから、戦争がどんなにおそろしく、むごく、おろかなものであるか、くりかえし聞いて育ちました。それと同時に、戦争という非日常下でも、子どもたちは楽しく、むじゃきに遊んでいたことも知りました。(一部略)

 ◇そのむじゃきな存在をこわしてしまうのが戦争です。この地球上に、戦争のなかった時代は、おそらくないでしょう。いまも、世界のどこかで砲声が鳴り、たくさんのとうとい命が失われています。こんな時代だからこそ、ひとりひとりが、戦争をなくすためにどうすればよいか、この作品をとおして、みなさんが考えてくれたらと思います。~「あとがき」より抜粋~

珍念の脳裏に、ふと、次の名言が思い浮ぶ。

 ☆ユネスコ憲章の前文に、『この憲章の当事国政府は、この国民に代わって次のとおり宣言する。
(戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない)』・・・と、

 ▼政治や経済に、利害や駆け引きの絡み合いはつきもの。しかし、その糸がもっれた時、人のつながり、文化の交流が、解きほぐす力となる。

 ▼デンマークの陸軍大将であったフリッツ・フォルム。彼が考え出した戦争絶滅への法案は、実に興味深い。戦争開始から10時間以内にまず、国家元首および、その親族(16歳以上の男子)を兵士として戦地に送り込む。続いて、大臣、官僚、戦争に反対しなかった国会議員が、戦場へ向かう・・・という内容だ。

 ▼戦争の犠牲となるのは、つねに庶民である。一方、戦争の決定をくだす側の権力者たちは、生命の危険にさらされることはない。だからこそ、権力の大きい順から兵士として動員すれば、戦争の可能性は小さくなる。・・軍人の提案だけに、説得力がある。

 ▼権力を行使して、戦争を起こすのも人間であれば、平和を創造するのも人間だ。戦争のない世界を、どう築いていくか。一人一人の人間の生き方が、今こそ問われている。

   
   

「生命なくして、経済も、教育も、科学も、政治もありません。一切が、人生、社会の幸福を追求するための分野なのです。

 根本は全部人間です。生命です。その生命とは何かという根本解決の道が、宗教じゃありませんか」
と恩師は綴る。

  これ以上は【蛇足】 ι(´Д`υ)アセアセ

「発明が世界を開く」

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     和歌山市  島精機製作所


 常識を超えた商品を次々と開発して世界のトップメーカーになった和歌山市の島精機製作所が画期的な無縫製横編機を開発、4日に新商品を初出荷した。機能を飛躍的に向上させ、立体的なデザインの編み方も可能にしながら、低コスト、省資源を実現したそうだ。

 ▼これに自社開発のデザインシステムを組み合わせると、サンプルを作らず、仮想空間で商品を企画、提案することができる。大幅なコストダウンと納期の短縮が期待され、顧客の注文を受けたその日のうちに、希望のニット製品を編み上げることも可能になるという。

 ▼なんせこの機械に関連するだけで、申請中を含めて約2千件の特許を所有している「発明の固まり」である。そのアイデアの大半は、島正博社長が「必要に迫られて」提案し、それに従業員の工夫と技術を積み重ねて実用化したそうだ。

 ▼同社は20年前、世界で初めて無縫製横編機を開発し、東洋の魔術と感嘆された。しかし、成功体験に意味はない、と島社長。1日で地球は1回転するし、ロケットは宇宙の果てまで飛んでいく。毎日、新しい工夫をし、商品開発につなげていかないと生き残れません、と続ける。

 ▼さすがは高校生の時、母親の手袋編みの内職を助けようと、専用のミシンを発明した人である。77歳のいまも発明、商品開発の話になると、口調が滑らかになる。

 ▼発明が世界を開く。地方の元気はこうした発想から育まれていくのだろう。【水鉄砲】

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  感動しました。

テロに理解を示す人たち (@_@;)

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今は亡き最高の知性、福田恆存が現実に起こった事件を爆笑喜劇に仕立てて戦後のインテリゲンチュアを裁く。

1968年(昭和43年)2月、一人の男がライフルで暴力団関係者二人を射殺し、温泉旅館に十三名の人質をとって立てこもった―。日本中を震撼させたこの事件の三ヶ月後、日本文学界の重鎮・福田恆存氏が劇団四季のために書き下ろしたのが、この『解ってたまるか!』です。

実際のライフル魔事件を題材にしつつも、描かれているのは日本社会の愚かさや矛盾。戦後の日本を席巻した“左翼インテリゲンチュア”や“進歩的文化人”への皮肉が満ち溢れ、乾いた笑いに包まれつつも、痛烈な社会風刺作品となっています。

【ストーリー】
〇アメリカ大使館近くのホテル・ハイクラスに、ライフルを持った男が人質をとって立てこもるという事件が発生。男の名前は村木明男、人質はホテル宿泊客の男女あわせて十二名。緊迫した静寂を打ち破るように、ライフル乱射の激しい音が鳴り響きます。

〇警視庁は捜査本部を設置し、監視・説得を続けますが、犯人・村木の狂気とも思える、しかし正鵠を射た論理に翻弄されます。警察以外にも、特ダネを狙うためご機嫌取りに走る新聞記者、この事件を文学的に解決しようとする劇作家、勝手に弁護を買って出る人権派の弁護士などが犯人・村木に近づきますが、嘲笑を浴びせられる始末…。

〇次第に村木に同情を寄せるまでになった人質たちも巻き込んで、事態は思いも寄らぬ方向へと展開していく。果たして村木が本当に望んだこととは、そして村木の運命は…?

   
 「劇場型犯罪」のはしりといっていい。昭和43年2月、金嬉老(きんきろう)元受刑者が、暴力団幹部ら2人を射殺した後、ライフル銃とダイナマイトで武装して、温泉旅館に人質を取って立てこもった。

 ▼金元受刑者は連日記者会見を開いて、「民族差別」を訴えて自己弁護した。なんとその主張に「理解」を示し、エールを送る文化人がいた。力を得た殺人犯は、英雄を気取るようになる。

 ▼過激組織「イスラム国」は、インターネットを駆使して、地球規模で劇場型犯罪を繰り返している。日本時間のきのう未明、拘束中のヨルダン軍パイロットの殺害を示すビデオ映像が公開された。あまりのむごたらしさに、言葉を失う。

 
  ▼パイロットが殺害されたのは1月3日、後藤健二さんと湯川遥菜さんの映像が公開される、何日も前である。つまり「イスラム国」は、日本やヨルダンとまともに交渉するつもりはなかった。自分たちの残虐な行為を世界に誇示するのが、最初からの目的だろう。

 ▼野党や元官僚から、中東歴訪中の安倍晋三首相の発言が「イスラム国」に口実を与えた、との指摘が相次いでいる。これほど的外れの議論はない。首相の発言がなければ、テロリストたちは日本人の人質を別の目的に使うだけの話だ。

 ▼劇作家の福田恆存(つねあり)氏は、金嬉老事件をモデルにした喜劇『解ってたまるか!』のなかで、凶悪犯の言い分に「理解」を示す文化人を痛烈に皮肉った。「人質犯罪がもっとも陋劣(ろうれつ)であり、精神の荒廃をもたらすものとすれば、それに唯々諾々(いいだくだく)として屈することも同罪」と福田氏はいう。「『イスラム国』は許せないが、安倍首相にも責任がある」。そんな「物解り」のいい人を、福田氏は地球の常識が通じない「火星人」と呼んだ。【産経抄】

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『鵺の妖怪』め! 【二重人格者】の≪売国奴≫(ちょいと、語弊があるかも知れません)
お気に触りましたら(珍念)の筆致の至らなさです。お許しをお願い申し上げます!

          

 
         







「コメディーセンスに恵まれた犬を探しています」

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  二十世紀初頭の無声映画の時代から犬は俳優として活躍していた。喜劇俳優のチャプリンも相棒役の犬を血眼で探したことがある

▼オーディションをしたが、イメージに合った犬が見つからない。張り紙をスタジオに掲げた。「コメディーセンスに恵まれた犬を探しています」。その後、やっと思い描いた悲しい目をした雑種犬を見つけた。場所はロサンゼルス市の動物収容所だった

▼「収容所」で見つかるのは芝居の才能がある犬ばかりではあるまい。徳島県が県動物愛護管理センターに収容している保護犬を選んで訓練し、災害救助犬に育てるプロジェクトを発表した。全国でも初の試みである

▼嗅覚で土砂や倒壊した建物から人を発見できる救助犬は災害時に、大きな頼りとなる。南海トラフ巨大地震への備えを急ぐ同県だが、現在、わずかに四匹。注目したのは、年間で千三百匹規模で処分されてしまう不運な保護犬たちだった。犬を救い、その犬が人を救う。優しい知恵である

▼幸い、盲導犬と違って、救助犬は犬種をさほど問わないそうだ。「人なつこい犬であれば」(担当者)、訓練次第で救助犬になれる可能性が高い。必要なのは、犬の「やる気」という

▼まずは二匹を選ぶ。育成の成功を祈る。その犬の活躍は米映画「犬の生活」で見られる。収容所から名優犬。保護犬もチャプリンのマット君になれるはずだ。【中日春秋】

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 我が家の柴犬(小太郎)は、やんちゃで、主・気取りで威張っています。でも可愛いです!

も参考になったカスタマーレビュー

「ねぇ、マリモ」は最高です  投稿者  夙夜 健 

▼飼ったことはありませんが、私は犬が好きです。この作品はどのような物か想像がつき、オムニバスというのも好みではなかったのですが、少し興味がありDVDを借りて見てみました。全体としてはまとまりが悪いという印象で全部が面白いとは思えず、散漫に感じましたが、ラストの「ねぇ、マリモ」が良かったので☆を1つプラスして4つにしました。

▼内容はとくに無いものの、BGMなどが素晴らしくて印象的でした。実際に犬が何を考えているかなど分かりませんが、少なくとも愛情を持って接すれば、人間のことを好きでいてくれるのだと私は信じています。あとはポチの話でしょうか。山田が少年時代に退院したとき、もう少し何とかならなかったのかとは思いますが、余韻が残りました。個人的には3つくらいの話(+マリモ)でもう少し引きがあれば、最高だったと思います。

犬は家族の一員です  投稿者  がらむ 

▼新宿の映画館で見た後、DVDで発売されるのを待っていました。
前半は「何だ、こりゃ?」的な展開もありますが、ポチ編で泣いた後、最後にマリモ編で止めをさされます。実際、私も14年飼っていたポメラニアンを亡くした後でしたし、不覚にも号泣してしまいました。マリモ編は開始早々BGMからして泣きが入っていますし(笑)

▼犬を飼うことは家族が増えることと言われますが、確かに言うことを聞かないこともあるし、病気にかかって心配させられることもあります。おもちゃと違って「生きている」わけですし、「言葉をしゃべらない」だけで人間のいうことを何となく理解しているようですし、衝動的に「かわいい」から飼うのではなく、最期まで看取ってやる覚悟をもって飼ってやって欲しいのです。お子さんのいらっしゃる方は、一緒に見ながら、その事を話していただきたいと思います。


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  ・・・・・。

天才だ!

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 「天才だ!」。将棋好きの大人たちを悩ませる「詰め将棋」の正解手順を小学1年生が当てると、嘆声があがった。

将棋の先生にたたえられたのは、幼き日の米長邦雄永世棋聖。「私は生まれて初めて『天才』と言われた。以後、数えきれないくらい『天才』と呼ばれたが、このときほどの重みはない」

▼実は米長少年は、詰め将棋のルールすら分かっていなかった。“当てずっぽう”の正解である。だが、「将棋を知らなくて答えを出したのなら、なおいい。天才だ!」と、先生は繰り返した。すっかりその気になった米長少年は、「天才」の名に恥じないよう努力を重ねたという(『人生 一手の違い』祥伝社)

▼誰もが、いかようにもなれる可能性を秘めている。だが、自分ではそれを、なかなか信じ切れないもの。その“不信”を打ち破る確信の一言が、人生を大きく開いていく

▼日蓮大聖人は「あまりに人が自分をほめる時は、『どんなふうにでもなろう』という心が出てくるものである。これは、『ほめる言葉』から起こるのである」(御書1359ページ、通解)と仰せだ

▼子どもたちと接する時間が増える、この季節。その分、あらも目につき、ついしかりたくなる。そこを我慢し、大げさに褒めるくらいが、ちょうどいい。【名字の言】

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このコラム。 当に「的を射る」 あっぱれ!<池田名誉会長は、対話の極意について「一回一回瞬間瞬間の出会いを大切にする、その大誠実が相手の心をつかむのだ」>と。

(珍念)親しい方から饒舌ですね。妻からは、口が軽すぎる。おしゃべりですょ、」と。手厳しい。
閻魔さま・から、あの世で舌を抜かれる。怖い! \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

(『人生 一手の違い』 内容紹介

○伸び悩んでいる時が人生のチャンスだ!○勝者は泥沼の中から勝ちを見つける○執念が人生の最善手を選ばせる!“史上最年長名人”となった著者が、「泥沼流」人生哲学によって「運」をつかむコツ、人生の勝負所を豊富な体験をもとに伝授する。

内容(「BOOK」データベースより)  あなたが自分の“新局面”を拓くために。

最も参考になったカスタマーレビュー

親になる人とスランプ中の人にお勧め 投稿者 jinchoku 

 ▼男女を問わず,年齢を問わず,お勧めしたい秀逸な本です。というのも,副題にあるように「運」と「努力」,「才能」との関係を,一流棋士の眼で観察し,実生活レベルで解説しているからです。これらは仕事や恋愛での成功,人生の幸福と密接に関係し,普遍性のある話題です。

 ▼第一にお勧めしたいのはこれから親になる人です。子供の勝負運はその家庭環境,特に家庭の雰囲気により大きな影響を受けます。将棋の名人位を手にしても不幸な人はいるし,将棋に弱くとも幸せな棋士は多くいます。米長氏によれば,この両方を手にする棋士の家庭は,必ず「家の空気が丸くて笑っている(P. 36)」そうです。また,就職に際して,「母親が息子に入ってもらいたい会社はダメ(P. 199)」,「勝負師としての道を閉ざす母親(P. 51)」,先崎学氏が内弟子になる経緯とその際の父親のやりとり(P.47)等,両親がいかに子供の成長にとって重要かが肌で感じられます。

 ▼第二にお勧めしたいのはスランプに陥っている人です。本書は思わず大笑いする場面も多く,「勢い」と「笑い」で積極的にスランプを吹き飛ばすのが一番いいと仰る米長氏の姿勢が非常によく反映されています。それにしても過酷な競争原理に晒されるプロ棋士のスランプ脱出方法はなかなかに過激です。米長氏は「一週間という時間がとれれば,ラスベガスに行くに限る(P. 180)」と仰っていますが,その他にも「車を飛ばすのが好きなら,夜中に高速道路をブッ飛ばす。

 ▼(中略)パトカーが追いかけてくるだろうが,これを振り切るくらいの心意気が必要である(P. 180)」,22歳の女性と南の島に行く等,豪気な事例が挙げられています。私もこの本を手に取った時期は研究上のスランプでしたが,あっという間に読み終えてみると肩の力が抜けました。人生は常に勝負の連続であり,その勝負に勝つエッセンスが詰まった本です。

米長哲学は本当に面白い 投稿者 rcs 

 ▼米長邦雄先生は将棋好きなら知ってるかもしれないが、一番面白いのはその人生哲学である。亡くなってから改めてKindleで入手できたので片っ端からダウンロードして読んでいる。面白い。深い。そして軽くなる。人生哲学は誰でも表現しているだろうし、そういう本は多いがだいたいが嫌いだ。

 ▼しかし米長邦雄さんのは面白い。心の中に宿る。この本で、好きじゃないところが少しある。株の話。経済の話。ここだけは腑に落ちない。だけど星の減点はしない。そのほかが5つ星以上だから。またいつか読み直すだろうなぁって思う

▽人の痛いのは3年でも…

  
Tabi


 昨年初めて「東海道中膝栗毛」を通読した。江戸から伊勢神宮を経て、京都、大阪まで。弥次郎兵衛と喜多八が行く先々でみせるドタバタに、各地のめずらしい風俗が描かれ、おもしろく読めた。

▼手に取ったきっかけは、体調を崩し入院することになったから。世間は夏休み。狭い病室から出ることはできないけれど、せめて本でも読んで旅行気分を味わいたかった。

▼伊勢神宮の玄関口山田の宿屋で、喜多八が髪結いをする場面がある。いつ研いだともしれない切れ味悪いカミソリで、頭をそられる喜多八。痛がりながら、使った後になぜ研がないのかと聞くと、髪結いの答えは「イヤそないにとぐと、かみそりがへるさかい。ハテ人さんのつむりのいたいのは、こちや三年もこらへるがな」(「東海道中膝栗毛」(岩波文庫))

▼脚注には、人の痛いのは3年でも辛抱するということわざがある、と記されている。その意味は、他人の苦痛は自分とは無関係であることだという。初めて聞いたことわざだったが、妙に印象に残った。

▼ 確かに、けがをした人がどれだけ痛がっても、こちらは痛くない。でも、表情や言葉からどんな痛みか想像はできる。苦しみや悲しみも、当人と接するなかで、分かり合えるだろう。漠然とそう考えていた。

 ▼退院後、病状を人に伝えることが何度かあった。そのたびに違和感がつきまとった。これまでのつらさやしんどさを言葉にしても「こんなんじゃない」という気がしてならなかった。自分の苦痛を伝える手段である言葉が、その苦痛を表現しきれないとなれば、他人に理解してもらうことはできない。こんな考えが頭をめぐっていると、はっとした。人の〝痛み〟を、自分の分かりやすいように理解していたのではないか。こんな問いが、乏しい取材経験の記憶とともに投げかけられたように感じた。

▼ことわざは幾世代もの人の経験が結晶化したものだ。その経験を尊重するならば、例のことわざの持つ意味がとても深刻なものに思えてきた。人の苦痛を前にしたとき、〝分からない〟という事実から始めるべきなのではないか。〝いつか分かる〟なんていう楽観的な考えではだめなのではないか。

▼まもなく3月11日がやってくる。今年は戦後70年でもある。被災者や戦争の犠牲者の悲しみは、その人だけの悲しみだ。軽々と分かったなんて言えるものじゃない。でも、分からないからこそ、聞き続けることができるとも言える。あのことわざと同じ意味で「人の痛いのは百年も堪える」というものもある。3年でも100年でも聞き続ける。他人の痛みの理解とは、そんな無限の営みなのかもしれない。(2015年1月30日 47NEWS 松森好巨)

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    このコラム 『頂門の一針』 【畏れ入谷の鬼子母神】





「東海道中膝栗毛」 最も参考になったカスタマーレビュー

江戸時代の旅を追体験!映画より原典がおもしろい  投稿者  街道Walker

○東海道中膝栗毛は映画化や翻案されたドラマなどでも有名ですが、省略された部分が多いのが実態です。江戸を出立した弥次喜多コンビが東海道をお伊勢参りまで行く道中を、名所旧跡、宿場や街道の当時の様子を生き生きと描写しています。 黄表紙は貸本も含めて広い層に読まれましたが、膝栗毛は軽妙な語り口での観光ガイドとしてベストセラーになりました。

○伊勢では御師の家や供応の子細がよく描写されて、当時のお伊勢詣りの様子がよく分かります。また、弥次喜多はあちこちで狂歌を読むのですが、これが傑作です。膝栗毛のヒットにより続編が出版され、弥次喜多は伊勢から奈良街道を宇治を経由して伏見へ行き京見物をしたあと、淀川を舟で下ります。

○「せうべんを 人にのませしそのむくひ おのれものんで よいきびしょよなり」と、弥次さんのいたずらぶりは大人とは思えません。そうして枚方のくらわんか舟をからかって大坂の八軒家で降りて大坂見物もします。 作中のやりとりは当時の口語体で書かれているので、特に古語の知識がなくても分かりやすく、なじみのない言葉は下段に脚注があるので思いのほか読みやすいです。

○挿絵もありますし、古典とはいえ軽い内容なので、マンガ本のような気楽さで楽しめました。蛇足ですが、十返舎一九の辞世の句がまたふるっています。「この世をば どりゃお暇(いとま)に 線香の 煙とともに 灰(はい)左様なら」軽妙な江戸時代人に触れてみてはいかがでしょうか。

魂の喪失

Photo       Ku


  作家の故城山三郎さんの妻・杉浦容子さんは15年前の2月に亡くなった。城山さんは最愛の伴侶を失った悲しみを「そうか、もう君はいないのか」に書きつづり共感を呼んだ。

 ▼城山さんの真骨頂である経済小説の1つに「官僚たちの夏」がある。主人公のキャリア官僚は「国家の経済政策は政財界の思惑や利害に左右されてはならない」の信念で突き進む。大臣にも抗弁した「ミスター・通産省」と呼ばれた実在の人物をモデルとする。高度経済成長を支えた。定年を迎えると天下りせず堂々たる余生を送る。

 ▼福島市の高齢者学級の受講者が問う。「原発事故を起こした東京電力の決算は黒字という。お金は避難者に回すべきではないか」。利益は融資する金融機関への返済や利息に充てる。国が税金により肩代わりする賠償金は5兆円を超える。事故の責任を問われ更迭された高級官僚は東電の株主の銀行や原発企業に、こっそりと天下る。

 ▼原発事故関連死は1800人余を数える。城山さんと同様に家族を亡くした悲しみは癒えない。県民の窮状をよそに天下りで高報酬を得る後輩を「ミスター・通産省」は許さないだろう。安倍晋三さんこの道でいいですか。<あぶくま抄>

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Kinnsan1
   天網恢々疎にして漏らさず

   悪を切る。 遠山の金さん、出番です!

「世界を変える30人」に選ばれた人

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 子どものころ、古いラジオを分解し、音の出る仕組みを考えた人もいることだろう。 こんな素朴な疑問。好奇心を燃やし、世界が驚く発明をした少年がいる

▼アフリカの最貧国マラウイのウィリアム・カムクワンバ君。大飢饉で学費が払えず中学校を退学。それでも勉強がしたい、本を読みたい・・・と本棚が三つしかない初等学校の図書館に通い、そこで出会った一冊の本「エネルギーの利用」が人生を大きく変える。

▼少年は独学で発電の仕組みを知り、ゴミ捨て場の廃材を漁って14歳で風力発電機をつくり上げる(「風をつかまえた少年」文集文庫)少年の話はメディアを通じて世界に発信。支援者が現れ、南アフリカや米国の名門大学で学ぶ道が開かれる。

▼その間、自宅前の風車を増やし、太陽光発電で動く揚水ポンプも設置。毎日2時間の水汲みから解放され、トウモロコシの作付も年2回できるようになる。彼の業績は世界から評価され、2013年にはタイム誌の「世界を変える30人」にも選ばれた。

▼まさに知識は力であり、教育の大切さは万国共通だ。人口減少社会を迎えた日本では、公立小中学校の統廃合問題が議論を呼んでいる。国の未来を見据え、子どもの可能性を伸ばす方策を最優先に考えたい。(公明新聞『座標軸』)

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  感動しました。






「風をつかまえた少年」 最も参考になったカスタマーレビュー

大人も子供もたくさんのことを学べる本。 投稿者  Filibuster Fireworks

 ○中学校へは誰でも通えるし、教科書は無料でもらえる。電気はスイッチを押せばつくし、水は蛇口をひねれば出る。オモチャも、部品や工具も、食料もお店へ行けば売っている。そんなふうに“当たり前”に私たちが持っているものをウィリアム少年は何ひとつ持たないけれど、それでも彼は、私たちの持っていない(あるいは失ってしまった)ものをたくさ持っている。

 ○持ってなければ作る。買えなければ拾ってくる。サイズが合わなければ自分で加工する。学校へ行けなかったら、独力で学ぶ。何かをしたいと思ったら、とにもかくにもトライしてみる。彼から学べることは大人にも子供にもたくさんあると思う。ついに彼の才能が見出され、学校に通えるようになったときには自分のことのように嬉しくて涙が出ました。感動だけでなく、勇気ももらえる本です。

本当に良い本でした  投稿者  GT上田 

 ○読後、本当に良い本を読ませていただいたという満足感と清涼感となんというか、”よし、いっちょやったるか!!”という気持ちになりました。日本と比べて、という表現があまりすきではないのですが、このような過酷な環境でも人間の達成するという意志の強さは全てを凌駕するのだということを痛感しました。家電やパソコンなど身の回りがどんどん便利になり我々はそれを当り前のように享受していますが、いかにありがたいことか改めて考えさせられました。

 ○年の初めにこのように気合いをもらえる本を読めてラッキーでした。内容をかみ砕いて小学1年生の息子にも聞かせました。ビジネスマンからお子様のいる親御さんまで多くの方にお勧めです。ひさしぶりにレビューを投稿させていただきました

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