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2014年11月

“哲学先生”

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   フランスの児童文学作家、ミシェル・ピクマルさんに 「人生を変え
   る3分間の物語」という本がある。
   “哲学先生”と呼ばれる教授が学生に古今東西のいろんな訓話
   を語る内容である






▼女子学生が悩み事の相談に先生の部屋を訪れた。「一体どうしたら友達ができるでしょうか」。すると先生は「何も難しくないよ」とクジャクの話を始めた

▼クジャクはある朝「自分は何て不幸なんだろう」と涙を流した。彼にはおしゃべりしようと声を掛けたり、一緒に遊ぼうと誘ってくれる動物は1匹もいなかったからだ

▼もちろん、通りすがりに美しい羽を褒めてくれる動物はいる。でも誰も「友達になろう」とは言ってくれなかった。悲しくなったクジャクは一番賢いといわれるゾウに相談した

▼「僕はどう見たってほかの鳥より美しいだろ? なのにみんな僕を嫌うんだ。家を訪ねてきたり、優しくしてくれた仲間は全然いないんだ」。ゾウはおもむろに口を開いた

▼「友達を作る方法は一つ。それはな、まず自分が誰かの友達になることだ。みんな来てくれないと嘆くけど、君からみんなの方に行こうとしたかい」

▼日本と中国と韓国の“友達関係”が今なおギクシャクしている。お互いが自国の正当さを主張し、悪いのは相手国だと非難するばかり。哲学先生が話すクジャクが誰とは言わないが、歩み寄る気持ちが大事である。 【越山若水】

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  このコラム『的を射る』・・・・
  かく言う〝珍念〟の筆致は、支離滅裂(的を外す)!

「人生を変える3分間の物語」内容紹介

◇両親に反発して家出した私は、ギリシャ沖合いのとある島で風変わりな教授と学生たちに出会った。その教授はどうやら“哲学先生”と呼ばれているようだった。その教授が学生たちにこう言ったので、私はびっくりした。「それじゃあ、みなさん、立派な砂のお城を作ってください」。

◇そして、“哲学先生”が学生達に砂のお城を作らせた理由がわかったとき、私は彼の学校に入る決意をした。彼は寓話の形で、人生にとって忘れてはいけないことをすべておしえてくれた……。フランスでベストセラーになった、はじめて読む人生論。

◇(目次より抜粋)不可能を可能にする/知恵を身につける方法/<よき師>とは?/ゆっくり急いで!/知性を持った正三角形/いちばんすばらしい贈り物/最高の料理/友だちを作る方法/なまけ者の力/理想の親/本当の気高さ/この世でもっとも大事なもの       
   
◇本当の気高さとは、本当の幸せとは……? 古今東西の叡智を絵本のかたちでわかりやすく語り、フランスでベストセラーになった話題の書。

最も参考になったカスタマーレビュー

難しいことを簡単に教えることは難しい投稿者  catpenguin

▽大学の教授の講義ほど、つまらないことはない。彼らは知りすぎているがゆえに、知らない者の身になって考えることが出来ないからだ。それゆえ、難しいことを簡単に教えることほど難しいことはない。

▽この本は、登場人物の「哲学先生」が学生相手の講話のようなスタイルで、
様々な人生上の問題について教えてくれます。その多くは、まるでイソップ物語のようです。例えば、感情に流されて行動してはいけないという教えだったり、想像力に不可能はないという教えだったりするのです。

▽でも、「哲学先生」の教えだからといって、難しい哲学の話は一切出てきません。お話には、キツネや羊、ワシ、ネズミ、アリ、ウサギなどたくさんの動物や鳥、昆虫が出てきます。彼らの物語から、読者自身で今ある問題の解決となるヒントを掴みなさいと、著者は言っているようです。

▽ビジネス・プロジェクトのプレゼンも、6歳の子どもが分かるように説明できれば、どんな相手であってもうまくいくものです。日頃、小難しいマーケティングやコーチング、マネジメントなどの本を読まれている方にお勧めします。

感想 投稿者  Rio 

▽まぁ言えば、いわゆる短編集みたいなものですが、ホントに、3分間で読めます。(1つの物語につき)読むのが早い人は、もっと早いかもしれません。この、3分間の物語の中でしっかりオチまであるのでスゴイなと少し感激してしまいました。ちょっと哲学的な面が多いですが、読んでみて下さい。

昔図書館で借りました 投稿者  誰かさん

▽考えさせる寓話がメインで考え方次第で自分なりの答えを探しだすことができる事がこの本の特徴で長所だと思いますなるほど!と関心し、いい本だと思った記憶があります誰かに薦めたくなる本ですこんどは購入しようとおもいます。

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 『百聞は一見に如かず』・・・・。

恥の感覚

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 「人は以(もっ)て恥ずること無かる可(べ)からず」とは孟子の言葉。人は恥の思いを持つべきで、反省せず慢心するようなら、それこそ恥ずかしい。そう言っている

▼この言葉をまずは国会の先生方に贈らねばなるまい。「1票の格差」が最大4・77倍だった昨年7月の参院選に、最高裁はおととい「違憲状態」の判決を下した。2010年選挙から2回連続だ

▼抜本改革を求めても、小手先の是正で済ませ、格差を放置し続ける国会の怠慢への最後通告である。なのに国会に緊張感は薄く、「与野党の議論を一定の努力と認めてくれた」と能天気な受け止め方をする議員さえいる

▼どうやら自らの正当性が疑われても恥と感じないらしい。人ごとのように抜本是正を先送りし、主導すべき自民党は、是正案の党内一本化さえできない始末だ。果たして次回参院選に間に合うかどうか

▼衆院も自力で改革ができず、1票の格差是正を第三者機関に委ねたが、安倍晋三首相は結論が出る前に解散してしまった。最近の調査では、是正の目安とする最大格差2倍を超えており、弁護士グループは総選挙後に無効請求訴訟を起こす構えだ

孟子は「恥の人に於(お)けるや大(おも)し」とも言い、恥の感覚や思考を人格形成の要の一つと説いた。厚顔無恥の世界から、まともな政治は生まれない【凡語】

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   このコラム『頂門の一針』 あつぱれ!

   珍念『ごまめの歯ぎしり』している・・・

悍ましい「秘密報告書」

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世界が自分を利するよう動き、富を独占し続けるにはどうすればいいか。
富と権力を握るごく一部の人々からそんな課題を与えられた専門家の委員会がスイスの山荘に集まって論議、秘密報告書をまとめる…


   ◆

米出身の政治経済学者、スーザン・ジョージさんの近著「金持ちが確実に世界を支配する方法」。反グローバリズムの旗手でもある彼女が、事実やデータを基に「支配者」の思考を想像して書いた。風刺と皮肉を込めた寓話(ぐうわ)である。委員会も架空の存在だ

   ◆

現実の世界に広がる貧富の格差。非政府組織オックスファムの報告によれば、最富裕層85人の資産総額が下層の35億人分に相当する。多国籍企業や最富裕層は有利な政策を国に導入させ、租税回避地を利用し納税しない。財政難の政府は消費税を増税、市民にさらなる負担を強いる

   ◆

悪循環の構図は日本に当てはまるのか。2013年、100万ドル(1億円余)以上の投資可能資産を持つ人は230万人で前年比22%増えた―との統計がある。一方、年収200万円以下のワーキングプア(働く貧困層)は約30万人増え、1120万人だ

   ◆

安倍晋三首相が総選挙の争点に掲げるアベノミクスは、ジョージさんの秘密報告書に取り上げられれば高い評価を得るのだろうか。ちなみに報告書が記す目的の一つにこうある。〈混乱を生み…時間ばかりかかる民主主義を弱体化させる〉【斜面】

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「金持ちが確実に世界を支配する方法」 商品の説明

 ◇世界中の富裕層のみなさん、お喜びください。完全勝利は目前です。ただ少々、問題がございます――。世界金融危機で痛手を被ったかに見えた1%の富裕層。再び立ち上がり、さらなる富を手にした彼らは、一体どのような手段を取ったのか。『なぜ世界の半分が飢えるのか』の著者が「報告書」という形をとって、グローバル化された収奪のシステムを暴く。

最も参考になったカスタマーレビュー

鋭い皮肉と風刺で、世界を支配している権力者の思考方法と支配メカニズムを暴き出す。
投稿者  つくしん坊 

 ◇多国籍企業が国境を越えて自由貿易および市場主義経済を拡大させる、グローバリズムの動きがますます急である。これに伴い、世界中で上位1%への富の集中が著しい。

 ◇最近は1%どころか、さらに最上位0.1%へ富が集中しており、アメリカの場合には2012年で、純資産が2000万ドル(約20億円)を超える富裕層上位0.1%の人々の家計に、米国全体の富の23.5%が集中したという(ブルームバーグ)。各国の福祉は切り詰められ、99%の窮乏化は進む一方である。

 ◇誰が一体、このような事態を引き起こしているのか。本書は、反グローバリズムの旗手である著者が、1%が委託した、ある架空の作業部会が作成した架空の報告書(今回は2回目の報告書)という寓話形式で、鋭い皮肉と風刺を用いて、世界を支配している権力者の思考方法と支配メカニズムを暴き出したものである。

 ◇架空とはいっても、支配者の論理を知り尽くした著者が、実証データを駆使して書き上げたものであり、「陰謀論」の批判は全く当たらない。「スイスの某リゾート地で毎年開かれる1%層のための経済フォーラムが、秘密部会を設けて世界情勢を分析した内容」とでも想定すればイメージがピッタリである。

 ◇本書の架空の作業部会が、日本の採点をするとしたら、世界の優等生として褒めてもらえそうである。福祉(医療、年金、生活保護)の切り下げ、消費税による99%層への収奪、一方では大企業への減税の大盤振る舞い、経済格差の進展、実所得の低下、子どもの貧困率のさらなる悪化、東電福島原発事故の発生とその被害者の切捨て、秘密保護法の制定、集団的自衛権行使への動きとそれに伴う軍需産業の動き、国民を犠牲にしても自由貿易を拡大しようとするTPP推進、ますます政府の広報機関と化している

 ◇新聞・テレビなど、日本で進行中の動きは、本書が暴き出した「1%による99%支配の強化」の日本版と読み替えれば、すべて納得がいく。本書は、日本での動きが、世界を席巻するグローバリズム(新自由主義化)の一環であることを改めて教えてくれる。

 ◇本書の性格上、99%による1%への対抗戦略は書かれていない。1%が何を考え、そのためにどのような手段を使っているか、を寓話形式で知らしめることが目的だからである。99%が明日からでも実行可能な、1%への対抗戦略については、ジーン・シャープ著『独裁体制から民主主義へ-権力に対抗するための教科書』(ちくま学芸文庫)がお奨めである。

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 Takalabako
                        コメントは【蛇足】・・・・

なりすましは卑劣だ

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ウェブサイト「どうして解散するんですか?」について触れた安倍首相のフェイスブックのアカウント画面

平成元年に初めて消費税が導入された際、こんな話が流布した。子供がお菓子を買いに行ったら、消費税分が足りなくて買えずに泣いて帰ってきた。実際にあったかどうかはわからない。当時、小学生だった息子に話したら、ばかにするなという顔で「消費税、知ってるよ」と言った。

 ▼「まことしやか」は「いかにも本当らしく見せる」の意味で、つまりは嘘である。子供を使うとよりまことしやかになる。小学4年生が「どうして解散するんですか?」と疑問を投げかけたサイトが、実は大学生が開設したものだった。安倍首相は「批判されにくい子供になりすます最も卑劣な行為」とコメントした。

 ▼「(アベノミクスで)ぼくのおこづかいは増えてないよ。1回で700億円かかる選挙はだれのお金なの。ねぇねぇだれか教えてよ」。よくできている。いや、できすぎだった。選挙報道でよく使われる有権者の声も、尋ね方、選び方で誘導となる。新聞人として心したい。【浪速風】

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この痴れ者め!『才能ある畜生』だ。 そうゆう〇〇は◇◇

我が子の死 

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 『善の研究』などで知られる哲学者の西田幾多郎(きたろう)は、明治40年1月に5歳の次女を病気で失った。その年の11月に「我が子の死」と題する随筆を発表している。
 「亡き我児の可愛(かわい)いというのは何の理由もない。
 ただわけもなく可愛いのである」。



 ▼「ただ亡児の俤(おもかげ)を思い出(い)ずるにつれて、無限に懐かしく、可愛そうで、どうにかして生きていてくれればよかったと思うのみである」。「西田哲学」の難解さとは無縁、ただただ、父親の悲哀がストレートにつづられている。

 ▼先週末、東京都内の病院に入院していた6歳未満の女児が、脳死と判定された。「5歳までで一生分の親孝行」ともいう。女児は家族にとって、「ただわけもなく可愛い」存在であったに違いない。

 ▼ご両親が、臓器提供に同意したのは、女児が「病気に苦しむお子さんを助けることに賛同してくれると信じて」いるからだという。とはいえ、とてつもなく重く、尊い決断を下すまでには、激しい葛藤があったはずだ。女児の心臓と肺は、10歳未満の男児2人に移植された。肝臓と腎臓も、10代の女性らの命を救った。

 ▼15歳未満の子供から、脳死での臓器提供が可能になったのは、改正臓器移植法が平成22年7月に全面施行されてからだ。今回で6例目となる。脳死判定基準がより厳しい6歳未満では、これまで1例しかなかった。

 ▼理由のひとつとして、法律に基づき、脳死判定の前に虐待の有無を調べる手続きの問題が挙げられる。確かに、わが子を前にして悲嘆に暮れるばかりの家族にとって、受け入れがたい心の負担であろう。ただ、児童虐待が後を絶たない以上、絶対に必要な手続きでもある。改めて、この卑劣で残酷な犯罪に怒りがこみ上げてくる。 【産経抄】

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  怒髪天を衝く!




最も参考になったカスタマーレビュー

▼幾多郎の歴史を学べる 投稿者  マックス
 
 哲学書を読む読解力に不安があるため、まず、まんがからと思い購入。幾多郎の人となりを学ぶことはできた。でも、もう少し西田哲学とはどういうものかという場面も入れて欲しかった。学生の哲学的な問いに答えるシーンがあるのだが、さらっとしたもので、それくらいなら知っていた。

 もちろん哲学の解説をするのが目的のまんがではないのは読んでみてわかりました。ですから小学生が読むならおすすめです。とにかく人となりはよく学べます。

▼陽明学を学んだことでも知られる西田幾多郎の学習漫画に、エールを送らせていただく。 投稿者  姚江の会の男 
 
 気取りも無く、素直に読後感を述べるとすれば、本書は大変画期的な本である。学習漫画に西田幾多郎が取り入れられたことは、大いに評価すべきことといっていい。西田幾多郎(にしだ・きたろう、1870~1945)といえば、陽明学を学んだことが知られている。

 例えば、本書の最後の方に、西田幾多郎が、その晩年に、父親ゆかりの宇ノ気小学校に『中江藤樹全集』を父の名前で寄贈したとある。中江藤樹といえば、「日本陽明学の祖」と称される江戸初期の人物だが、事実、藤樹は陽明学で大悟しており、その二大高弟の熊沢蕃山や淵岡山(ふち・こうざん)らは、藤樹の教えとともに陽明学を学び、人間力を高めていったのである。

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今日も〝珍念〟の灰色の脳細胞は<支離滅裂>相変わらず冴えません。
冴えないのはパソコンもです、無料ソフトを、ノート・デスクトップの両方にインストールしましたが、ウイルスに感染し動作が可笑しくなり初期化を。

出来れば、珍念も{初期化}出来たらなぁ。お笑いくだされ~い!

 

「一つの言葉」

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「言葉というのは心の思いを響かせて、声に表したものをいうのである」
 『ゲーテ対話録Ⅱ』作品内容志ある若者に託したゲーテ先生の格言集。
 「ファウスト」などの作品で知られるドイツの文豪・ゲーテを尊敬するエッカーマンは、教えを請うべくゲーテのもとを訪れる。助手として、文学や芸術など、ゲーテとの語らいからさまざまなことを学んだ彼は、それらを書き留める決意をする。エッカーマンの目を通して描かれる偉人の思想とその名言の数々を漫画化!

  壮年は不安だった。死を連想する病名を宣告されたからだ。病院通いが続く。独り暮らしで、誰に相談することもできない。悶々とした日が続いた


▼壮年の病を耳にした学会員の先輩が駆けつけた。7年前、壮年と同じ病を経験していた。体験を通しての真心の励ましに壮年は心から感謝した。「何回も何回も、足を運んでくれて。同じ言葉でも、あの人が言うと胸に温かく響くんだ」。希望の光がともった壮年は今、真剣に祈り、病気に立ち向かう

▼御書の一節「言葉というのは心の思いを響かせて、声に表したものをいうのである」(563ページ、通解)を、あらためてかみしめる。壮年は先輩の言葉の中に、どこまでも自分に寄り添ってくれる先輩の“心の温かさ”を聴いたのである

▼文豪ゲーテは「現実はただひとつの姿をもつにすぎないが、希望は多様な姿を与えられる」(ビーダーマン編、菊池栄一訳『ゲーテ対話録Ⅱ』白水社)と言った。希望のある限り、人生に行き詰まりはない。希望をつくりゆく力こそ信心である

▼自らも希望をつくり、友に希望の光をともす。そして、人生の艱難辛苦を「共々に」乗り越える。その姿はさらに、皆の「希望」と輝く。この希望の連鎖を、今いる場所から広げていこう。【名字の言】

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Raburabu

◇旨い!一言居士の珍念 『頂門の一針』痺れる。
読者の皆さまへ。ちょっと面白くもない・論文ですが興味が、あられましたらお読みください・・・・


 ※(病は口より入り、禍は口より出ず) やまいはくちよりいり、わざわいはくちよりいず・・病気の元は口から入ることが多い。また、不幸な出来ごとは口から出た失言から起こることが多いのです。口へ入る方も、口から出る方も十分注意しましょう。ι(´Д`υ)アセアセ

 ※中国の庶民のことわざ、つまり「俚諺」から採られたものです。わが国でも「口は禍のもと」とか「物いえば唇さむし」「きじも鳴かずば撃たれまい」など、いろいろなことわざがあり、口から出る禍についての注意を喚起しています。

 ※次元は違いますが、一度出た言葉は取り返せないということで「綸音汗の如し」というたとえがあります。君子の言葉は、汗が出たら戻らぬように、仔細なことでも言ったことは訂正することが出来ないという戒めがありますが。

 ※いずれにしても、ひと言余分のことを言ったり、会議で激論になって、いわずもがなの発言をしたために、一生を台なしにするような失敗につながることがあります。思わずつぶやいたひと言が、相手の耳に入ってしまい怒りを買うこともあり、軽口がまともに受け取られて仲違いの原因になることもあります。病気にならないように、食物に注意するように、口をつつしみ禍をまねかぬようにしたいものです。おしゃべりの【珍念】深く反省しています。

 ※同様な意味の「雉も鳴かずば打たれまい」は、余計なことを言ったばかりに災いを招いたというわが国近世の物語から出た故事です。その出所は「物言わじ父は長柄の柱、鳴かずば、きじも射たれざらまし」という、父おもいの娘が歌った和歌から出たと伝えられています。この意味は「なるべく物は言わないようにしたいものだ。

 ※きじも黙っていれば猟師に見つけられることもなく射たれなくてすんだものを、いたずらに鳴いたために射たれてしまうことになる。父が長柄大橋の建設の時に人柱の建議をしたばかりに、自分が犠牲になってしまったのは、かえすがえすも残念だ」ということになります。

 ※つまり、津の国の長坂大橋建立の時の言い伝えとして、「人柱を立てれば、難工事もかならず成就す」と奉行に申し立てたばかりに、言い出した本人が人柱になってしまったということです。「口は禍のもと」という訓言の典型的の例ともいえましょう。

 ※この物語のしめくくりは、娘が堅く口を謹んだおかげで良縁を得て幸福に暮らしたということになっています。ひと言多いために、サラリーマン生活を失敗した例は、身辺にも少なくありません。宴席でお酒が入っているとき、無礼講でなにを言ってもよいなどと上司の許可がでていてもふざけて唱った「かえ歌」の一節が上司をひどく傷つけ、そのために優秀な人物が、一生うだつが上がらなくなったケースもあります。

  
 ☆言葉について、池田名誉会長は次のように述べていられる。

 『人間は一つの言葉で争いもすれば、仲直りもできる。
一つの言葉が生涯の傷ともなれば、忘れ得ぬ希望の人生の きっかけになる。 一つの言葉は一つの心をもっている。
ゆえに言葉を大切にすることは、心を大切にすることに通ずる言葉の美しい人であってほしい』 と。

 ※愚か者の【珍念】も かく生きたい!・・・・\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「勝ちに不思議の勝ちあり」

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 羽生善治棋聖    諸刃の剣【もろはのつるぎ】

 「勝ちに不思議の勝ちあり」とは言い得て妙で、形勢の優劣が何かの拍子に入れ替わることがある。プロ野球では戦況を一変させる采配が「マジック」と尊ばれた時期もあった。格言の典拠は江戸期の剣術書という。勝負事の万般に通じる教えだろう。

 ▼将棋の羽生善治棋聖が25歳で7冠を独占したのは平成8年。「意表の一手」で劣勢を優勢にひっくり返す手際のよさは羽生マジックと呼ばれた。ご当人は「当たり前の手を指しただけ」とクールだったが、18年後の今も4冠を保持する姿は、驚嘆のひと言に尽きる。

 ▼棋士という学究的な仕事について先日、NHKの番組で語っていた。「小さな違いを積み上げて大きな進歩につなげれば」。その羽生さんが史上4人目の通算1300勝を挙げた。勝率は7割2分3厘。セ・リーグを3連覇した巨人でさえ今季の勝率は6割弱だ。

 ▼衆院解散の「勝負手」に出た安倍晋三首相もあやかりたい数字だろう。解散風が永田町を吹き抜けるや国替え、くら替えに走った先生がいる。この任期中、選挙区で配ったうちわを討議資料と言い張る「奇手」、やたら高額な「熊手」もあった。有権者の応手はいかに。

 ▼大義という言葉にも触れる。中国文学者の高島俊男さんによると、「義」の下の「我」はいけにえの動物を処理する刃物を指す。「義」は犠牲の意味で、神への供え物を整えることから「キチンとした、ただしい、の意になった」(『お言葉ですが…』文春文庫)。

 ▼内政に経済に外交に。身をていして難局に当たる候補者は誰か。羽生さんの言葉をもじれば「小さな違和感を積み上げて大きな違和感を察知する」のが有権者だ。マジックの種はお見通し。こと選挙に限れば「不思議の勝ち」などない。【産経抄】

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  『お言葉ですが…』
 商品の説明~日ごろ何げなく使っている言葉を
  中国文学の蘊蓄を背に、あるときはバッサリ、あるいはチクリ。
   『週刊文春』連載中の痛快エッセイ集






内容(「BOOK」データベースより)
 ▼ごらんいただけますでしょうか、モロハのヤイバ(両刃の刃)、立ち上げる…何か変だなあ、この言葉。でも、どこがおかしいかお分かりになります?日頃なにげなく使っている言葉を中国文学の蘊蓄を背に徹底吟味。あるときはバッサリ、あるときはチクリ…面白くてためになる、言葉をめぐる痛快エッセイ集。

内容(「MARC」データベースより)

 ▼薪という字は、「まき」か「たきぎ」か、でどう違うの? 日頃、何気なく使っている言葉を吟味、中国文学のウンチクを背に、あるときはバッサリ、あるときはネチネチと、その用法・ルーツを探る、頭の体操読本。

最も参考になったカスタマーレビュー

 ぽんと膝をたたきたくなる一冊 投稿者  毛利智恵子   

 ◇何気なく使っている言葉にこんな落とし穴があったのかと、つい頷いてしまう。新聞や、アナウンサー、はたまたことばの専門家でさえ、こんな陳腐な(この本を読むまでは、ちっとも陳腐だとは思わなかったが)間違えを犯していたのかと、皮肉っぽく笑ってしまう。ということは、自分はどんな恐ろしい間違えを犯しているのだろうと、つい言葉遣いを反省させられる。中国文学の大家が、言葉に対するこだわりを持って辛辣な、お言葉を浴びせかけてくる。

読み手を選び、言語感覚を問う  投稿者  をやぢ 

 ◇ふだん見過ごしにされがちな日本語表現や語法について、実に厳しい
指摘が並ぶ。失うものは何もない、とばかりの筆致である。主張の正当性を判断する立場には到底立てないことを前提とすると著者に不本意ながら屈服させられるかというと、そうでもない。文体は比較的軽やかであり(さすがは週刊誌で長期間続いただけある)、楽しく読める。

 ◇本にするにあたり、週刊誌読者からの意見へのフィードバックを載せて
いるのも興味ろみ(おもしろみ)を増す要素になっている。競うことでないとはいえ、著者の指摘に頷ける回数は、読み手の言語感覚をある程度表すものではないか。妥協しないよ、というその姿勢に辟易する読み手もいるかもしれない。その意味では読み手を選ぶ本ではある。

常に新しい 投稿者  gotonobu2 

 ◇初刷り(1999年10月)、第三刷(2004年8月)につづき、今回は第五(2008年11月)を購入した。「お言葉ですが・・」は、今から17、8年前から約10年間にわたって「週刊文春」に連載されたカラムであるが、その1年分をおよそ1年後に単行本として出版し、さらに数年後に文庫本化したものである。この間、著者は読者から次々に寄せられる投書に対して、単行本、文庫本と年をふるごとに、各作品の末尾につけ加える「あとからひとこと」に追加・改筆して答えている。

 ◇私はこの巻の一章「『づ』を守る会」を読み比べて、著者が自分の著作を常に最善のものとすべく努力を怠らない誠実な態度に触れ襟をただした。著者が間違いを述べた個所は稀ではあるが、これから「お言葉ですが・・」を読もうとする読者は、なるべく新しいプリントを書店で求めるようにお勧めする。

 言葉に気をつけなさい。 投稿者  エルビスダダダ

 ◇この「お言葉ですが」シリーズは、言葉の誤った使用を指摘、指弾する内容ですが、慇懃無礼とも言える論調で書かれています。著者はご高齢なので仕方がないかもしれませんが、「戦前は…」とか「明治には…」などといった調子で、その言葉の歴史や出自にこだわりすぎ、言葉は変化するものであり絶対的な定義など持ち得ないことをお忘れです。

 ◇確かに「なるほど~~」と膝を叩くような記述は多くあり、それならば、他人の誤用をあげつらってひとりほくそ笑むような意地悪いことはせずに、辞書として出版されたらいかがでしょうか?そうでないと、せっかくの博識が卑小で自慰的なものに感じられて惜しい気がします。~


 ※『お言葉ですが…』 珍念のコメントは『蛇足』です。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

SNSが招いた退学処分 保育士の卵の誤算

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くらし <法廷ものがたり > 記事

 裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

 インターネットは世界につながっている。SNS(交流サイト)で発信したメッセージや画像に対し、友人や知人が即座に反応してくれる。見知らぬ人が共感や称賛の声を送ってくれる。だが、不快に思われたり、反発されたりすることも当然ある。身の回りの思わぬ人の目に留まり、厳しいペナルティーを科されてしまうことだってある。

 「書き込み内容に本校学生として不適切なものがありましたので退学処分にします」。保育士を目指して専門学校に入ったその女性は、SNSへの書き込みを理由にわずか2カ月で学校を追われることになってしまった。

たまたま見つかった「不適切」画像

 ▼学校側にSNSが発覚したのは偶然だった。女性が提出した課題のリポートの内容に教師の一人が興味を持ち、名前をインターネットで検索してみたところ、実名で公開していたSNSが出てきた。恋人とキスする様子など教師が眉をひそめるような画像もあり、書き込みは別の掲示板などにも転載されていた。

 ▼専門学校は礼儀や服装について厳しい教育方針を定めており、髪を染めるのもマニキュアをするのも禁止。学則には「生徒としての本分に反した者は退学などに処する」と明記していた。

 ▼SNSを発見した後、学校側は女性が校外実習に参加するのを禁じ、面談に呼び出した。「SNSをやっていたからって参加できないんですか?」。抗議する女性に対し、教師は「あなたのSNSは実名で内容も赤裸々。保護者の方が見てどう(思う)かなって」と非難の言葉を返した。「それにあなたの名前を入れると(他の掲示板などに)まだ出てくるじゃない」

 ▼女性は学校側の要請に応じて書き込みの一部を削除したが、ネット上に転載されたすべてを消すことはできなかった。「あれはもう私がどうこうできるレベルじゃない。逆にどうしたらいいんですか」。女性は訴えたものの、「あなたの責任でそれを書いたんでしょ。その結果は自分が受け止めなきゃいけないことじゃない」と取り付く島もなかった。

 ▼女性は学校側が求めた自主退学に応じず、退学処分になった後、「違法な処分で損害を受けた」として学校側に慰謝料や入学金・授業料の返還など約800万円の支払いを求める訴訟を起こした。

 ▼「校風を知って入学したのだから、処分の可能性は予想できたはず」。学校側は裁判で「拡散された情報の削除が簡単ではないことは承知していたし、そのような無理を求めた記憶はない。ただ保育士としてふさわしくない者がいると思われる事態を阻止したかった」と主張した。

 ▼退学処分は妥当だったのか。裁判所が重く見たのは学校側の処分の早さだった。SNSを発見してから退学処分まで20日余り。関連証拠から、学校側が早々に女性を見放し、保護者らに見つかる前に問題を収束させようと「結論ありき」で処分を急いだ様子がうかがえた。

■「退学処分は違法」の判決は出たが…

 ※裁判長は判決で「処分の時点で女性に改善の見込みがなく退学がやむを得なかったとは認められず、教育上の配慮に欠ける」と指摘。「退学処分は違法」と結論付けた。

 ※ただ、書き込みの削除を要請したことは「学校に与えられた教育上の措置の範囲内」と認め、女性側が300万円を求めていた慰謝料は10万円しか認めなかった。入学金や授業料の返還などと合わせ、学校側に支払いを命じたのは計106万円。双方とも控訴せず、判決は確定した。

 ※女性は退学処分の前、学校側に提出した反省文にこう記していた。「私が将来母親になったとき、日常を赤裸々に公開し、コンピューターリテラシーすら持ち合わせていない保育者に子供を預けたくない。経営者でも同じで、そんな人間を雇おうと思わない。友達や家族でも同じ。本当にバカなことをしてきたと反省しています」

 ※女性は濃い化粧や派手な服装で人目を引いたが、欠席もせず熱心に授業に参加していたという。SNSの内容に他人の悪口などはなく、専門学校についての書き込みも前向きな内容だった。学校側の証人として出廷した教師は「授業態度やリポートはまじめに取り組んでいたので残念です」と振り返った。(日本経済新聞: 法廷ものがたり)

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かく言う〝珍念〟『人の上見て我が身を思え』の格言が脳裏に浮かぶ。

『弱い紐帯の強さ』

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  米国の社会学者グラノヴェターが1973年に発表した『弱い紐帯の強さ』。転職の際に役立つのは、自分をよく知る家族や親友などの「強いつながり」よりむしろ、パーティーで知り合った程度の「弱いつながり」であることを実証した研究で知られる

▼なぜこの名前を出すかといえば、IT社会の人間関係について発信する論客の東浩紀さん、佐々木俊尚さんが、同じように著書で取り上げていたからだ。「弱いつながり」を大切にすることが、自身の新たな可能性の発見、成長につながる、という例としてである

▼ソーシャルメディアの発達などもあり、誰でもどこでも「つながる」ことができる時代。その分、自分の内面が外にさらされ、時に傷ついたりもする。だがそれを嫌がって、「いつもの仲間」とだけ接していると、居心地はいいかもしれないが、互いの人柄や関心を知り尽くしているだけに、会話は予定調和の内容に終始し、知性と感性の触発は乏しくなる

▼少しの勇気を出して、新しい出会いに踏み出したり、切れかかっていたつながりを、結び直してみてはどうか

〝10人の本当の友人をつくる〟といっても、それは、50人、100人という〝ゆるやかなつながり〟を見直すところから始まる。さあ、挑戦しよう。【名字の言】

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。

 『弱い紐帯の強さ』。(The strength of weak ties)内容紹介

 ◇(弱い紐帯の強さ)とは、1973年にスタンフォード大学の社会学者マーク・グラノヴェッター (Mark Granovetter) が「The strength of weak ties」という論文で指摘した社会的ネットワークの概念。弱い紐帯の強さ。弱い絆の強み。弱い絆の強さ。

  ◇この説は、緊密な社会的繋がりを持つ人より、弱い社会的繋がりを持つ人の方が、自分にとって新規性のある情報をもたらしてくれる可能性が高いとするものである。

 ◇例えば、親友や家族といった自分と強い繋がりを持つ人々は、同じような環境、生活スタイル、価値観を持っていることが多く、自分の知っている情報と重なる情報が多い。しかし、自分と弱い繋がりの人であれば、自分とは違った環境、生活スタイル、価値観を持つ為、自分の知らない有益な情報を与えてくれる存在になり得るということだ。

 ◇グラノヴェッターは、就職先を見つける際に役に立った伝手を調査し、調査対象者のうち16%の人が会う頻度の高い人の伝手で仕事を得たのに対し、84%の人が稀にしか会わない人の伝手で就職していたことを発見した。このことから、身近な人の情報は自分の情報と重なっている部分が多く、有益な情報はあまり身近でない知人がもたらしてくれる可能性が高いという結論を導き出した。

 ◇この考え方は、社会的ネットワーク理論において非常に重要な発見となっただけでなく、企業のイノベーションや創造性研究の分野においても注目されている。

 ◇オープン・イノベーションなどに代表される、弱い紐帯の集合による創造性は多面的なアプローチを可能にする為、同一組織内や似たような環境にいる存在の集合による創造性よりも、優れた結果をもたらす可能性が高いとされている。

 ◇また、近年はITの進展による情報スピードの高速化、情報量の増大といったことが起こり、ソーシャルメディアをはじめ、人々のコミュニケーションが複雑化したことから、弱い社会的繋がりが形成されやすくなった。

 ◇こうした背景からも、弱い紐帯の強みはコミュニケーションの分野での活用可能性が期待されている。<ウィキペディア>

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    減らず口の(珍念)友人から饒舌ですね。と言われる・・・・
    妻からは一言多いですよ!『九思一言』の戒めがありますよ。
    と、手厳しい。

 日蓮大聖人が、四条金吾に対し、細心の用心を怠らぬよう、微に入り細をうがつ、お手紙から・・・ 九思一言(くしいちごん)
 九思のすえに一言をいだすということで、物事の是非善悪を充分に考察したうえで話をすること。(家臣から暗殺された)崇峻天皇の例もある!

 
 孔子は九思一言といい、周公旦は客人があれば髪を洗っている時でも、三度も迎え、食事中であっても口中の食を吐いてでも客を待たせず三度も応対した。それが古(いにしえ)の賢人であり、今の人の鏡である。それゆえ、今度はとくに自重(じちょう)していきなさい。

『口と財布は締めるが得』・・・・チト(,。.)さみしぃ

 

最後の出演映画となった「あなた…

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  最後の出演映画となった「あなたへ」(2012年)は、妻に先立たれた夫が遺言に従って富山から長崎の海へ散骨の旅をする物語だ。夫を演じた高倉健さんは美術スタッフに頼んで、食べられるお骨を内緒で用意していた

▼自分の母親の葬儀で、高倉さんは遺骨をかじって親族を驚かせたことがあった。散骨シーンでそんな気持ちになったら、同じように演じてみようと思ったのだという。どこかこの人らしい逸話である

▼ひたむきに生きる寡黙な男を演じて存在感を放った「健さん」が逝った。任峡物で売り出し、「幸福の黄色いハンカチ」「鉄道員(ぽっぽや)」などで心に染みる演技を見せてくれた

▼「不器用」が代名詞だった。もともと二つ以上の仕事を同時に受けなかった。晩年に近づくにつれ、数年に1作品と一層ゆっくりしたペースになった

▼本人は「作品を選ぶなんて偉そうなことはしてません」と語った。一方で、死肉をあさるハイエナを例に「まずい餌の獲(と)り方をしていると姿が悪くなる。人間にも通じるんじゃないですか」と述べている(「高倉健インタヴューズ」プレジデント社)

▼長く残しておくべき話(映画)をやりたい。声高に主張せず、伝えたいことは低い調子でそっと伝えればいい、とも語っていた。健さんならではの美学を貫いた83年のスター人生だった。【滴一滴】

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最も参考になったカスタマーレビュー

 日本映画界の真ん中に健さんがいて心底よかった。 投稿者 ボーキサイト

『キャンティ物語』のノンフィクション作家・野地秩嘉(のじ・つねよし)が18年をかけて編んだ実直な力作だ。

 本を開くと、十文字美信が撮影した総扉のアップ写真に圧倒される。手抜きなしで生きてきた男の顔だ。81歳になる俳優・高倉健が、いかにしてこの表情を獲得したのか。本書はその具体的な証言集である。

 著者が健さんから話を聞いたのは『鉄道員 ぽっぽや』『ホタル』『単騎、千里を走る。』『あなたへ』の製作期間に当たる1995年から2012年まで。ほとんど撮影現場での取材だったという。

 本人以外にも小林稔侍、降旗康男、元東映社長・高岩淡、カメラマン・木村大作、録音技師・紅谷愃一(べにたに・せんいち)、宇崎竜童らの話を取り上げることで、健さんの人間像が多面的に浮かび上がっている。

 一番好きな俳優。一本は11回も観たという衝撃を受けた二本の映画。俳優を目指した頃の逸話。東映仁侠映画をはじめ『冬の華』『八甲田山』『幸福の黄色いハンカチ』『駅 STATION』『居酒屋兆治』『ブラック・レイン』『あ・うん』など出演作への想いや裏話。『運動靴と赤い金魚』『ディープ・インパクト』『あの子を探して』『ベスト・キッド』『波止場』といった海外作品にも言及している。まさにファン垂涎の内容だ。

 セリフのうまい下手よりも大切な事があるのです 投稿者 つか 

 高倉健さんのインタビューを集めた本で、おそらくこの本は決定版だと思う。非常に面白く、かつ奥深い内容だった。そして、彼の人間性の素晴らしさだけではなく、その言葉一つ一つの素晴らしさが伝わる内容だった。

 例えば、セリフのうまい下手よりも大切な事があるのです。(略)
本当に嬉しい、もしくは悲しいと感じたとき、人は「嬉しい」とか「悲しい」なんて言葉を口にするのでしょうか。僕はしないと思う。声も出ないんじゃないかな。

優れた脚本家は言葉で悲しさを表現するのではなく、設定で表現するのですよ。仕事を決めるにはまずホン(脚本)を読みます。ホンのなかに一言でもいいから、ゾクゾクっとくるセリフがあればやることにしています。

人生に取って大切なものはたったひとつ。心です。

 などなど。一言で語るのは難しい本ですが、本当に心が動かされるエピソードも多数入っています。特に最後のあとがきの部分は圧巻。是非、興味持った方がいらしたら、日本が生んだ超一流の俳優の言葉に触れていただきたい

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 〝珍念〟の コメントは『蛇足』・・・・・

「政治家」 \(◎o◎)/!

 

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   あれよあれよという間に解散、総選挙が決まった。
   折も折、東京で有名政治家の講演会に出たら何人
   もの人から佐々淳行著『私を通りすぎた政治家たち』
    (文芸春秋)を推薦された。




  なるほど面白い。佐々氏は連合赤軍が人質を取って立てこもった浅間山荘事件で捜査の指揮を執った。その後、危機管理問題の専門家として佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎の各首相をはじめ、多くの政治家と交流があった。

 ▼その政治家群像を、強い責任感で公益のために尽くす政治家と、利権を求める政治屋や無能で国益を失う指導者に二分する。佐々氏自身、国士のような祖父と父の薫陶を受けた人と見られるだけに、人物評はまことに手厳しい。やり玉に挙がった指導者は田中角栄、小沢一郎、三木武夫、菅直人、加藤紘一、河野洋平、村山富市などの各氏。著者の思想、信条による好き嫌いは割り引いても、日本の政治家の実像がよく分かる。

 ▼あわせて後藤謙次著『平成政治史1、2』(岩波書店)を読んだ。後藤氏はベテラン政治記者で、崩壊する55年体制から小泉劇場の時代まで、資料を丹念に駆使してドキュメント風にまとめている。小泉以後については、近く出版される予定という。

 ▼後藤氏の著書も政党の離合集散、激烈な権力闘争の描写が生々しく、読後「こんな政治家に日本を託していたのか」と失望感は深い。有権者はまた「今度こそ」と期待することになるのだが。
 【水鉄砲】

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 ※『私を通りすぎた政治家たち』作品内容

 ◇今回、「最後の著書」と銘打って刊行した『私を通りすぎた政治家たち』は、いわゆる「佐々メモ」に基づく政治家閻魔帳ともいうべき本です。政治家でもあった佐々さんの祖父(友房)や父(弘雄)をはじめ、幼少の頃から遭遇し、学生時代に教えを請い、官僚になってから職務上接触したさまざまな内外の政治家を取り上げています。

 ◇よくいわれる話ですが、政治家には、「政治家」(ステーツマン)と「政治屋」(ポリティシャン)の二種類があります。権力に付随する責任を自覚し、ノーブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)を心得ている人は「政治家」。権力に付随する利益や享楽を優先して追求するのは「政治屋」と、佐々さんは定義しています。

 ◇その観点から戦後日本の政治史で、ベスト5の「政治家」といえるのは、1吉田茂、2岸信介、3佐藤栄作、4中曾根康弘、5石原慎太郎。

 ◇一方、国益より私益を優先したワースト5の「政治屋」といえば、1三木武夫、2小沢一郎、3田中角栄、4加藤紘一、5河野洋平。「要は、佐々さんはリベラルが嫌いなだけだろう」と感じる向きもあるかもしれません。しかし、そうではない。自民党内のリベラルな人は、いささか無節操で、新聞世論に迎合するだけのタイプの政治家が多かった。それに比べて、同じリベラルでも野党にいる人はちょっと違うタイプの政治家もいました。

 ◇例えば、本書には「憎めない政治家たち」という章がありますが、そこに登場するのは、不破哲三、上田耕一郎、大出俊といった、反自衛隊反警察の共産党、社会党左派の論客たちです。国会答弁でも、何度もやりあった「天敵の仲」ですが、こういう人たちは思想信条が首尾一貫しており、論敵ではあったけれども、どこかで心が通じ合うものを感じていたとのこと。佐々節が冴えるユニークな政治家論です。 

Futari

  〝珍念〟大野 伴睦の格言が脳裏に浮かぶ!
  大野 伴睦(おおの ばんぼく)本名:大野 伴睦(おおの ともちか)
   1890年(明治23年)9月20日 1964年(昭和39年)5月29日)は
   日本の政治家。

 

 東京市会議員を経て衆議院議員となり、衆議院議長、国務大臣北海道開発庁長官、日本自由党幹事長、自民党副総裁を務めた。没後、従二位勲一等旭日桐花大綬章。

 典型的な党人政治家として知られ、「伴ちゃん」の愛称で親しまれた。また、「政治は義理と人情だ」「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればただの人だ」等の格言を残した。

 国民の政治意識が低い場合、選挙が単なる人気投票に陥る傾向があり、イギリスでは「国民は自分のレベル以上の政治家)を選ぶことが出来ない」という格言さえ生まれました。

あなたの一票が
  悪徳政治家を作っています。

 無責任な投票は
  絶対に止めましょう!!。

 選ばれた悪徳政治家よりも、
  選んだあなたの方が
   悪いのです。

 今日も! 絶好調です。話はムダを省き、短くまとめたい。長い退屈な話は「口害」ともいわれる。 
ゲーテも「美しき虹も、15分も消えずにいれば、もうだれも見向きもしないと、手厳しい。(^-^;

「命(ぬち)どぅ宝」

Photo 伊江島


  伊江島(いえじま)は沖縄本島の本部(もとぶ)半島から西9キロの沖合に浮かぶ離島だ。周囲22キロのこの小島は「沖縄の縮図」とも言われる

▼終戦の4カ月前、米軍と日本軍の激しい地上戦が行われ、島民1500人が犠牲となった。戦後は米軍による強引な土地の接収と島民の反対闘争が繰り広げられた。いまも島の面積の35%を飛行場など米軍用地が占める

▼「命こそ宝」を意味する沖縄方言「命(ぬち)どぅ宝」は、伊江島の反基地闘争の中で使われ、平和運動のスローガンとして広まっていった。伊江島生まれの島袋(しまぶくろ)和幸さん(66)にとってもこの言葉は生きる指針だ

▼都内で「沖縄の軌跡」という個人誌を出している島袋さんは、関東大震災直後の東京で朝鮮人と間違われて群衆に殺された沖縄県人を調べていて、秋田県人も犠牲になっていたことを知る。古里に遺族がいれば事実を知らせて供養してもらおうと、昨年夏に秋田を訪れたが手掛かりは得られていない

▼沖縄県知事選が終わり、島袋さんに電話をすると「内地の人は沖縄の基地負担は大変なものだろうと言ってくれますが、基地を引き受けるのは嫌でしょう。大多数は人ごとだと思っているのではありませんか」と語った。その通りかもしれない

▼だが地方が嫌がることを国が押し付けていると考えれば、基地問題は人ごとではなくなる。91年前の大震災で犠牲になった、たった一人の秋田県人のために動き回る島袋さんを見ていると、沖縄のためにできることはあると思う。<北斗星>

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  珍念、泣いています! これ以上は『蛇足』

『迫りくる沖縄危機』

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  概 要  もし沖縄が日本から独立したらどうなるのか。

ロシアが武力行使せずに粛々とクリミアを併合したように、中国からは人民解放軍が押し寄せ、沖縄は独立国にさせられ、中国の支配下に置かれる。さらに、中東から日本への石油輸送ルートである東シナ海をふさがれたら、すぐさま日本国内はパニックに陥る。沖縄での中国の異常な行動のすべてを ジャーナリスト・恵隆之介があぶり出す。 

 恥ずかしながら、最近まで知らなかった。鳩山由紀夫元首相が、政治活動で使う名前を「友紀夫」に変えていた。「友愛への理解を深める」のが理由というから、あきれてしまう。「最低でも県外」。鳩山氏の無責任な発言が、沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の移設問題をこじらせ、地元に不毛な対立を生んでしまった。

 ▼政治家引退後も、非常識な行動は収まらない。尖閣問題で中国に利する発言を繰り返し、移設反対派に加担している。一時は沖縄知事選出馬も取り沙汰されたが、さすがに実現しなかった。

 ▼日曜日に投開票が行われた選挙で初当選したのは、名護市辺野古への移設反対を掲げる、前那覇市長の翁長雄志氏だった。政府は粛々と作業を進めるだけだが、工事阻止を狙う活動の激化は避けられないだろう。それ以上に気がかりなことがある。

 ▼沖縄在住の作家、恵隆之介氏によれば、翁長氏は「鳩山氏よりもっと危険な親中派の人物」だという。すでに那覇市内の市有地には孔子廟(びょう)が建てられ、中国の石材を使った、高さ15メートルもの龍柱の建設が予定されている。

 ▼翁長氏に名誉市民の称号を授与した中国福建省の省都福州市は、習近平国家主席のお膝元でもある。翁長氏の背後には、習氏の影が見え隠れする。中国共産党の機関紙はかつて、琉球諸島の帰属は未解決との論文を掲載した。翁長沖縄県知事は、中国の支援を受けて独立を果たし、日米両国政府に「米軍撤退」を要求するのではないか。

 ▼こんなシナリオを紹介した恵氏の近著『迫りくる沖縄危機』(幻冬舎)が、沖縄で売れている。にわかに信じがたい話だが、確かなことが一つある。沖縄は反米反日一色ではない。中国の脅威を懸念する声も高まっている。【産経抄】

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このコラム『言い得て妙』   これ以上は『言わぬが花』

人間は「何のため」生きるか?

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 古代ギリシャのヒポクラテスは医学の祖といわれる。それまで病気は神の罰と信じられたが、肉体的な原因で起きると洞察した。医学はその後、病原を探り対処する科学の道へと進んだ

▼しかし紀元前400年も20世紀半ばも、最大の死因は変わらず伝染病だった。衛生状態が悪く病気は人から人にうつり、幼児の3割が5歳までに死亡した

▼また1800年代には、病院で出産後に産褥(さんじょく)熱で亡くなる妊婦が多く、自宅出産の5倍にも達した。当時は検視を終えた医者がそのまま別の患者の診察を行っていた

▼ハンガリーの医師は感染が原因だと考え診察前に手を洗うよう奨励した。これを制度化したところ、予想通りの防止効果。妊婦の死亡率は3カ月でたちまち10分の1に激減した

▼動かぬ証拠で啓発したが「平均寿命105歳の世界がやってくる」(柏書房)によると、医学界の反応は冷ややか。というのも当時、血の付いた手術着は名医の証しだった

▼20世紀終わりになって伝染病の猛威は沈静化した。理由の一つは手洗いなど公衆衛生の普及。さらにワクチンの考案と抗生物質・ペニシリンの発明だ

冬ざれの季節を迎え、いよいよインフルエンザのシーズン。念のため予防接種を受けた人もいるだろう。とはいえ感染症予防の第一は、昔ながらに「手洗い」の励行。その上で「うがいとマスク」もお忘れなく。 【越山若水】

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「平均寿命105歳の世界がやってくる」 内容(「BOOK」データベースより)

 〇寿命は将来160歳まで延ばせる!すでに最新医学では、ヒトに似た遺伝子をもつマウスの寿命を倍に延ばすことに成功している―そのとき、社会保障や国家財政はどうなる?

 〇著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) ザヴォロンコフ,アレックス
1979年2月生まれ。国籍は、ラトヴィア、ロシア、カナダ。カナダのクイーンズ大学、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学、ロシアのモスクワ大学で学ぶ。老齢化研究のシンクタンク「生物老年学(バイオジェロントロジー)研究財団」を主宰し、国際エイジング研究ポートフォリオを立ち上げ、世界中の老齢研究を支援している。再生医療世界連合にも加担し、長寿研究の中心で活躍を続けている

 〇仙名/紀  翻訳家。1936年東京都生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞社に入社、主として出版局で雑誌編集に携わった(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

最も参考になったカスタマーレビュー

 アンチエイジングは20-30年で大きなパラダイム・シフトに到達する!投稿者  kocho-3 

 ▼世界は根本的に変化するパラダイム・シフトの方向に進んでいるのだから、老化もだんだん治療できるものとなり、これから20-30年のうちにアンチエイジングの大変化が起こって突破口が開かれる可能性が高いから、きみもその時代まで生き延びられるよう、努力したほうがいいよ」(302ページ)
著者の主張は明快である。

 ▼そしてその為に「お母さんが諭してくれたような(食生活)」と、定期的な運動、知的的な仕事のある生活を勧める。本書の帯には「寿命は将来160歳まで延ばせる!」と。最終的な問題はその長い時間で我々は何をしたいか? という事だと思う。
     

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珍念の『独断と偏見』の一考察 ちょいと、長くて、面白くもないかも知れません。暫くお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます!

 人間は「何のため」生きるか?

 ※読者の皆さま ふと 自分は何を目指して生きているのか?素朴な考えが脳裏に浮かんだ事はありませんか。 古代の賢者の考えに答えがあるやに思われます・・・・

 ◇紀元前三世紀のことである。 地中海にピュロスという王がいた。 彼は外征の計画を立てる。「まず、イタリアを征服しよう」と。すると、側近の賢者シネアスは尋ねる。「なるほど。では、その次は?」と

 ◇問答は続く。「ガリア{フランス}とスペインを手に入れよう」 その次は?「アフリカを従えよう」 「では、その次は?」「アジアに渡り、インドまで行こう」「インドの次ぎは?」「ああ!」王はため息をつき、 「・・休息しよう」。

 ◇」「なぜ」と賢者。「今すぐ休息しないのですか?」。最後が休息するだけならば、今 休息しても同じではないか!何のための外征、何のための危険と多くの犠牲なのか、と

 ◇経済至上主義・・金もうけ自体が目的となってしまったかのような現代日本の姿を風刺しているようにも思える。「何のため」という究極の目的観と哲学のない行動は、どんなに世界に版図を広げても、結局はむなしいのではないか、と・・

 ◇私が青春時代、こよなく愛読した ロシアの文豪トルストイ 彼も、生涯にわたって、この「何のため」を追究した。例えば1910年5月10日の日記には・・・「何を作るための機械か? 何を伝達するための電信?

 ◇何を教えるための小、中、大学校? 学士院か?何を議するための集会か? いかなる報知「情報」を広めるだめの新聞書籍か? 誰を、どこへ連れて行くための鉄道か?

 ◇何をするために数百万の人々が一緒に集められ、一つの権力下に置かれてあるのか? 生を持続させるための病院、医者か 薬剤師かという。何で生を持続させる必要があるのか?」{ビリューコフ}

「大トルストイ」から!

 ◇文明は発達する。社会もめまぐるしく動く。人々は 毎日。 忙しく活動している。。しかし、それは何のためなのか。あの古代の王ピュロスのように、最後がどうなるかを考えることなき動き、努力を したとしても、それが人類の進歩といえるのだろうか。

 ◇トルストイは疑問を呈する。つまり彼は、「最後はどうなるか」を考えない人生の努力や文明の発達は、根本的には人間を幸福に出来ないと考えたのである。「それが、どうしたというのか?」「それで、どうなるのか?」と

 ◇人生の意義を探し求めようとしない者がいるならば、その人間は生きながら死んでいるのだ。「人生の意義・・死によっても滅ぼされない意義をあたえてくれるのは宗教だけだ」

 ここで言う宗教は特定の宗派ではなく 宇宙の森羅万象を司どる 人類不変の法則の哲学が自分に 有るや 否やと!

 
 知恵に行き詰まりはない

 ◇人間のものの見方は、その人の境涯による。同じものでも、見る側の目によって、まったく違って見えるものである。わかりやすい例で言えば、例えば、恋愛時代。 恋をしている時は、相手のすべてが素晴らしく見える。 しばしば、他人には理解できないような美まで発見する。ところが結婚するや、見方が一転「奥さんの方でも、こんなはずじゃなかった。だまされた・・・と思っている。 (#^.^#)

 ◇本当はおたがいに そんなに変わっていないはずだが。? 自分の見る目のなさを嘆くより、相手が悪いように 誰もが言う。 こうした例が多い。立場や境遇が変われば、ものの見え方も変わるものだ。貧乏な時には、少しのお金でもありがたい、と思える。

 ◇けれども、いったん贅沢になれば、金がいくらあっても、足りないと思うようになる。欲に目がくらんでしまうのである 政治家など指導者の場合は問題が深刻である。

 ◇そう言う立場の人間が貪欲であれば、民衆が献身的に努力していても、働きが悪いように見えてしまう。そして、もっと働け と民衆にけしかけ、圧迫する。こうした悪しき権力は常に鋭く見破らねばならない。

 ◇中国・南宋{12-13世紀}のある帝王が、銅の像を作らせた。出来あがった像を見て、帝は文句を言う。 「顔がやせすぎている」と 当時の優れた彫刻師たちが作ったものである。

 ◇偉ぶった人は、必ず何かケチをつけなければ気がすまない。  本当に民衆を愛している人は、あまり文句を言わないものですが。 しかし王の命令である。何とか直そうとするが、「やせすぎている」のを直しようがない。太っているのなら削ればよいのだが、やせているのでは、うまくいかない。

 ◇困りはてた人々はある賢者に相談した。賢者はいとも簡単に解決した。 「これは顔がやせすぎているのではない」皆は「どいうことか」と耳を傾ける。
 賢者は言う「むしろ肩や腕が肥えすぎているのだ」と

 ◇ドイツの文豪ゲーテは、言っております。どんなに利口に立ちまわって、策を使い、有名になったとしても、心の中に「宝石がなければ空しい」と参考文献(池田大作著}輝きの明日より

〝珍念〟賢者の知恵を学んでいますが 心が汚れているので直ぐに忘れます。なんでかなぁ? 余り考えると、残り少ない髪の毛が抜けるう・・(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

<モヤシ> \(^^)/

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 身近な事件を通じて大分を見つめ続ける「ミニ事件簿」。「とことん地域密着」で取材してきた小ネタは珍事件、爆笑事件の宝庫です。そんな面白さいっぱいの「ワンダーランド」をお楽しみください。"

     ▼「モヤシができてる!」洗面タブを掃除していた妻が叫び声をあげた。タブの栓を抜いてゴミ濾しを開けたら、すくすくと伸びたモヤシが一本出てきた。先が青々としてシャキッとした立派なモヤシだ。多分、歯磨きをしたとき、歯の間に挟まっていた切れ端がネットに引っ掛かって、それが伸びてきたんだろう。

  ▼暗くて湿り気があって適度に暖かくてモヤシにとって素晴らしい環境であったに違いない。それにしても、この生きる力の凄さに感嘆!どんな境遇でも生きていけることを教えてくれた。負けるな人間!【投稿者】大分県 真実一路  

ミニ事件簿ワンダーランド選考委員会からのコメント

第22回月間大賞は「真実一路」

 ■さだまさし特別顧問のツボ■

 植物は本当に生命力が強くてすごいですね。そう言えば、父の不遇だった時代、弟と一緒に近所の河原に生えていた1本のバラを1坪ほどの自宅の庭に植えたら、それが根付きました。
 その小さな長屋から転居して15年後、ふと、昔の自宅を訪ねると、庭を覆い尽くすほどのバラが育っていて、感動して泣いたことがあります。

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 かく言う〝珍念〟・・・モヤシに負けないように精進したい!

   

鵺の悪あがき

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 フェイスブックなどSNSや電子メール全盛時代となった今でも、小社には毎日、大量のはがきや手紙、ファクスが届く。中には耳の痛いご指摘や抗議文もあり、襟を正して拝読しているが、8月18日の夕刻、何の前触れもなく編集局に届いた1枚のファクスには驚いた。

 ▼発信元は朝日新聞。東京電力福島第1原発・吉田昌郎元所長の調書に関する門田隆将氏の寄稿にかみついてきたのである。いわく、「朝日の名誉と信用を傷つけられた」と。

 ▼門田氏は、朝日新聞が「吉田調書」を入手、5月に「所長命令に違反 原発撤退」と報じたことを「なぜ事実を曲げてまで日本人をおとしめたいのか」と指摘した。まっとうな論評にまで官僚的な抗議文を送りつけてくるとは、社内は大混乱しているんだろうなぁと、つい同情してしまった。

 ▼抄子の妄想は当たっていたようで、朝日の編集幹部は、小紙が8月18日に「吉田調書」の全容を報道して初めて調書を読み込んだそうである。朝日の第三者機関がまとめた「見解」によると、担当記者が資料を抱え込み、当番編集長が「調書を見せてほしい」と頼んでも取材源の秘匿を大義名分に応じなかった。

 ▼朝日の忌み嫌う統帥権を盾に内閣の指示を聞かず、暴走した関東軍とそっくりな構図である。社長は一連の責任をとって辞任するが、より大きな問題が残っている。

 ▼朝日の報道がきっかけになって日本がおとしめられている慰安婦問題の総括である。慰安婦を強制連行した、という嘘八百の話を報じてから30年以上も放置してきた背景には、独り善がりの「正義」を読者に押しつけてきた関東軍的体質があるのではないか。社長が辞めても朝日問題は終わらない、と「念のため」強調しておきたい。【産経抄】

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 コメントは『蛇足』・・・・。



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「バイトに手出した」 無根の噂から会社人生暗転

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  裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

 パチスロの話で意気投合した女性アルバイトとパチンコ店に行ったことで、順風だった会社人生が台無しになるなんて……。男性課長は今でも信じられないに違いない。今年9月の判決で東京地裁が認定した事実関係はこうだ。

 ある日、会社の喫煙所に集まった面々の間でパチスロの話に花が咲いた。盛り上がった流れの中で、課長は「今度会社帰りにみんなで行こう」と呼びかけた。翌月、同僚らに声をかけたところ、姿を見せたのは女性バイト1人だけ。店に入ると2人はそれぞれ自分の好きな機種の台に向かい、そのまま数時間パチスロに没頭した。

 運が良かったのか悪かったのか、2人とも少しずつ勝った。多少の高揚感も手伝って2人は焼肉屋とカラオケ店をハシゴしたが、そこでお開きに。女性バイトはタクシーで帰って行った。問題になりそうなことは何一つ起きなかった。

 ■1年後の「告発」、慌てた会社は…

 ▼ところが1年後、社内に妙な噂が流れ出す。「課長が女性バイトに手を出した」。女性バイトが「課長とパチスロに行った」と同僚の女性に話したのが火元だった。

 ▼同じ頃、女性バイトが突然会社を休み、心配した上司に「実は1年前に課長にパチスロに誘われ、その後ホテルに連れて行かれそうになった」と告白。それ以来課長から好意を伝えるメールが送られてきて、職場での人間関係に悩んでいる、と打ち明けた。

 ▼上司を驚かせた相談の翌日、女性バイトは「直接会って話したい」と、課長を会社近くの駐車場に呼び出した。何も知らない課長は、車に乗り込んできた女性バイトがひそかにICレコーダーを回していることにも気付いていなかった。

 ▼「噂話が広がってしまいすみませんでした」 「別に怒ってないよ。それよりおれパチスロ後にメール送った記憶ないんだけど、まずいメールあった?」 「ちょっとまじめに(好き)っぽいのがあった。覚えてないんだ。悲しいですね」

 ▼「好きですとか、そんなんおれ送った?」「そんなん送ってた。覚えてなかったんだ……。もうあしたから仕事行けない、精神的に。うつ状態ですよ」

 ▼翌日から3日間、女性バイトは本当に会社を無断欠勤する。4日目、女性バイトの弁護士がパニック障害の診断書を会社に提出し、社内調査を要請した。慌てた会社は部長を責任者として当事者の事情聴取に乗り出す。

 ■セクハラ認定ないまま「出勤停止5日、示談金30万円」

 ▼「女性バイトに手を出したんだろう」。部長から詰問された課長は強く否定。「相手の話を一方的に信じないで周りの同僚にも話を聞いてほしい」と訴えたが、聞く耳を持ってもらえなかった。セクハラの事実までは認定されなかったが、「管理職であるにもかかわらず職場の風紀を乱した」として5日間の出勤停止処分が下された。

 ▼それでも女性バイト側は納得しなかった。「懲戒処分したのに具体的なセクハラ行為を認定できないとはどういうことか」。強く迫られた会社は30万円で示談を成立させ、その30万円を課長に請求した。

 ▼「会社が認めて終わりにしたいなら会社が支払うべきだ。セクハラについては認めていないという話だったじゃないですか」。課長の抗議に部長は激高する。「女性バイトにも会社にも迷惑かけといて『おれには非がない』って言えるのか!」。会社の顧問弁護士も「そんなことあなたに言われたくない。あなたの行為でこれだけ迷惑がかかっている」と部長に加勢した。

 ▼精神的な圧迫が続くなか、課長はうつ病と診断され休職。出勤できない状態が長引き、給与は健康保険組合からの手当に切り替わって収入は激減した。会社から労災申請はできないと言われ、課長は会社と部長を相手取り提訴に踏み切った。

 ▼東京地裁は関係者を尋問し、証拠を検討したうえで、懲戒に相当する事実は見いだせないと判断。課長の訴えを認め、処分の無効や、休職後未払いになっている給料の支払いなどを命じた。

 ▼そのうえで「会社は十分な調査をせず、一方の言い分を安易にうのみにした」と指摘。「処分は困難と認識しながら、早めに決着をつけるために抽象的な理由で重い処分をしたのが実態」と、幕引きを急いだ会社の姿勢を批判した。

 ▼会社側は地裁判決を不服として控訴。発端となった女性バイトはそっちのけにして、会社と社員の争いはなお続く。「なぜこんなことになったのか」。迷い込んだ泥沼の中に立ち尽くし、天に向かって問いかける課長の姿が浮かんでくる。 (くらし ・法廷ものがたり・日経新聞 )

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Ca 


  間抜けな会社と・顧問弁護士 (*`ε´*)ノ
   (性悪の
女性バイト)は、コメントするのも
  虫唾が走る。
  平成の天一坊 ・・『役者が一枚上』!
    件の課長には『安きに危うさを忘れず』。これ以上は「言わぬが花」!

暴発した鬱憤、電車内のケンカの代償は

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 裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

  ままならない暮らしの憂さと疲れを酒で紛らわせた帰り道。電車内の混雑にイライラすることは誰しもあるだろう。売り言葉に買い言葉。酔った勢いで他の乗客と口論になることもあるかもしれない。しかし、相手に暴力を振るい、けがまでさせてしまえば大きな代償を支払うことになる。

  10月にしては暑い日の夜のことだった。午後11時すぎの地下鉄車内は帰宅を急ぐ会社員らで混み合い、乗客の息に混じるアルコールのにおいが漂っていた。

 仕事帰りのメーカー社員の男性は、片手にかばんを持って立ち、もう片方の手で新聞を読んでいた。駅を過ぎた電車が大きく揺れたとき、男性は後ろから肘で押されてバランスを崩す。数歩ふらついて振り向くと、後ろに立っていた50歳代の男がにらみながら言った。「何か文句あるのか。降りて話をするか」。顔は赤く、明らかに酒臭かった。

■男性の顔面に頭突き4回

 男性は「何かおっしゃりたいことがあるなら降りてお話しましょう」と応じたが、次の駅に着いても男は降りるそぶりを見せなかった。「なんだ口だけか」とつぶやいた次の瞬間、男は続けざまに4回、男性の顔面に強く頭突きを浴びせてきた。一方的な暴行に男性の唇は切れ、右目付近が青く腫れ上がった。

 相手の男は頭突きの後に逃走を図ったが、男性や周りの乗客らに取り押さえられ、駅員が呼んだ警察官に逮捕された。男性は右目の眼底骨折などで治療に1年かかる重傷。男は傷害罪で起訴され、懲役2年、執行猶予4年の有罪判決が確定した。

 男性は男側から150万円の慰謝料を受け取ったが、残りの慰謝料額を巡る示談がまとまらず、民事訴訟を起こした。けがの後遺症でパソコンの図面が二重に見えるようになり、電子機器設計のエンジニアの業務に支障が出ているとして、治療費や後遺症に伴う逸失利益など約1300万円の損害賠償を請求した。

 男は酔っていて記憶が無いとしながらも、頭突きを浴びせたことを大筋で認めて謝罪していたが、賠償額については争った。事件後も男性の収入が増加していることを指摘し、「後遺症は軽く、損害は発生していない」と反論。他に人に暴力を振るったことはなく、事件が起きたのは男性が「口だけか」と挑発したことが原因だと訴えた。

■売り上げ不振、友人と「楽しくない酒」の後

 それ以上の慰謝料を払えなかったというのが本音かもしれない。男は零細企業の役員だった。高校中退後、会社を転々とした後に、自ら会社を起こしたが、売り上げは年々減少。役員報酬は少なく、生活は苦しかった。

 家に戻れば認知症の母の介護が待っていた。大学生の息子は介護を手伝おうともしない。2、3杯の焼酎を飲み、こみ上げるやるせなさから家の物置のドアを殴りつけたこともあった。

 事件の日は例年参加しているバーゲンセールの最終日だった。売り上げは伸びず、終わってみれば前年の半分にすら届かなかった。終了後に友人と2人で焼酎のボトルを空け、店を移してもう1本空けた。「楽しくない酒だった」。後日、男はこう振り返った。

 どんな事情があったとしても、暴力によって人にけがをさせた事実を取り消すことはできない。東京地裁は、男性が後遺症による作業の遅れを埋め合わせるために出社を1時間早めたことなどを挙げ、「労働能力を9%失った」と判断した。一方で男性の「口だけか」という発言が事件の原因の一つだとして1割の過失相殺を認め、男に約1100万円の支払いを命じた。男は判決を受け入れ、控訴しなかった。

 「本当に大変なことをしてしまいました。ずっと反省しながら生きていきたいと思います」。多額の賠償責任が確定する前、刑事裁判の法廷で男はこんな後悔の言葉を口にしていた。事件の夜以降、外で酒を飲むのは控えているという。 (くらし <法廷ものがたり>日経新聞 )

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『禍福己による』 『過ちては改むるに憚ることなかれ』の格言!
故あるかなぁ・・・・

  かく言う〝珍念〟 (数をいうまい羽織の紐)

フランケンシュタイン

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 科学者を志す大学生、ビクター・フランケンシュタイン。生命を自在に操りたい狂気にとりつかれた彼は理想の人間の設計図を完成させた後、人間の死体をつなぎ合わせ、怪物を創造した-

▼近年、フランケンフードなる言葉が使われるようになった。遺伝子組み換え作物に反対する人々が、健康や環境への影響を懸念して漠然とした不安感を込めた俗称だ。2倍速で成長するサケ、物流の過程で傷まないトマトなどさまざま

▼「ゴールデンライス論争」もかまびすしい。開発途上国での死因の一つであるビタミンA不足解消の期待を担って登場した。「多くの子どもの命を救う」と主張する推進派に対し、「必要な栄養分は補えない」と疑問視する懐疑派。決着はついていない

▼ビクターの作り出した怪物は、頭脳、体力に優れていながら、容貌の醜悪さから忌み嫌われた。“創造主”への憎悪を募らせた揚げ句、ビクターの友人らの命を次々に奪い、人間の手に負えなくなる。行方知れずになったままだから、いまだにどこかで息をひそめているかもしれない

人の欲望の行き着く先に生み落とされたものが、時に人の行く末に立ちはだかる。求められる想像力、そして謙虚さ。200年前に記された物語は、多くの示唆に富んでいる。【照明灯】

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映画『フランケンシュタイン』 最も参考になったカスタマーレビュー

ボリス・カーロフの演技に脱帽 投稿者  crazy_horse 
 ▼おそらく誰もが知ってる「フランケンシュタイン」ですが数十年ぶりに見てみると、構図は良いし、ボリス・カーロフの演技に脱帽しました。

 ▼死者を再生させたモンスターは、どんな動きをするだろうかを考え尽くした動きです。フツウでない、不気味な歩き方、手の動き、は 見事としか、言いようがありません。ストーリーや各キャラの出来具合では「フランケンシュタインの花嫁」が上ですが怖さでは、こちらが勝ってます。ラストの水車小屋のシーンはティム・バートン監督の「バットマン」のラストで再利用されてるように思ったのは、考え過ぎでしょうか。(笑)

後世に多大な影響を与えた、恐怖と「生命の創造」のプロトタイプ 投稿者sleepy 
 ▼1931年のユニバーサル映画の本作は80年以上たってもいまだ影響を与え続け、観られ語られるエポック・メイキング。オープニングの小屋の前口上がなんとも雰囲気をもりたて、見世物的な外連味も感じられます。原作(未読)は『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』(メアリー・シェリー)。

 ▼物語は本商品ページを参照いただくとして、本作の魅力の多くは「怪物」の造形と演じたボリス・カーロフの動き、そして科学のよる神への挑戦という設定にあったと考えます。嵐の夜、雷鳴とともに命を与えられた「怪物」。
この生殖によらない「生命の創造」というのは人々のイマジネーションをたいそう刺激するようで、神のみが作り給もう「生命」の創造に囚われた、いわゆるマッド・サイエンティストものの嚆矢であったと推察します。

 ▼またモノクロの画面に映えるビジュアル、造形のおどろおどろしさと鮮烈さ。こんにちカラーとCGに慣れた目にもいまだ訴えるものがございます。フランケンシュタイン博士がこもるはげ山のてっぺんのレンガ造りの見張り塔の造形がシンボリックに描写されていて印象的です。

太陽も星ももはや見えず、光も知覚も意識も失せた、死以外にどこに安らぎがある? 投稿者  クマ  トップ1000レビュアー

 ▼原作は19世紀初頭の女流作家メアリー・ウォルストンクラフト・シェリーの長編小説で、新しい生命を作り出し、神の領域に踏み込んでしまったフランケンシュタイン博士と作り出された新しい生命の苦悩と悲しみを描いたヒューマンタッチの物語なのである。

 ▼原作に比較してこの映画では狂人かつ犯罪者の脳を埋め込まれた再生人間が無差別な殺人を犯すということになっているが、決してそんな理不尽な生命体ではなかったという相違点が見られる。

 ▼フランケンシュタイン博士が自己中心的で、ある種の偏見の持ち主であったため、新たな生命体はその存在すらも否定されようとした時、彼は自ら死を選び、そこに一つの答えを見出したのであった。

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 ※「それはお前だ!」の逸話を思いだしました。どんな動物でも、しとめる猟師がいました。ある日、手紙がきます。そこには、「地球上でもっとも凶暴なある 動物をしとめてほし い」と書いてあって大きな屋敷に招待される

 〇「オレにしとめられない動物はいない」と自信満々で猟師は出かける。屋敷は動物園のようになっていて各部屋にいろんな動物がいるけど、なかなか 「地球上でもっとも 凶暴な動物」はでてこない。

 〇ずんずん奥に導かれて最後の部屋までくると、オリがある猟師が鉄砲片手にそのオリ にはいると、鏡がある。そこに書いてあるのは 「それはお前だ!」 と。

    今日も〝珍念〟の(オチ)は、相変わらず冴えません (*´v゚*)ゞ

 

 


『人は堀人は石垣人は城情けは味方怨は大敵』

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   今年の水稲の予想収穫量が発表された。度重なる台風の襲来があったものの、北日本が健闘。東北各県の作況指数は104または105と、豊作の見込みだ

▼東北が穀倉地帯となったのは、何百年にもわたる、たゆまぬ努力のたまもの。江戸時代、伊達家の仙台藩は「伊達の国柄」といわれた。「国柄」とは、農産物が豊かで国が富んでいること。仙台藩は、表高は62万石だが、最盛期は100万石を超えたという

▼原動力は藩祖・政宗の情熱だった。関ケ原の戦いの後、家康に領地加増の約束をほごにされ、“生産量では日本一になってみせる”と挑戦を開始する。新田開発を奨励し、北上川の流れを付け替え、人材を登用して洪水対策も行い、豊作を実現する。このコメが巨大都市・江戸を支え続けた

▼だが政宗は「国」の豊かさだけを追ったのではない。家臣をこう戒めた。「古歌に『人は堀人は石垣人は城情けは味方怨は大敵』とある。これはまことのことだ」(岡谷繁実著/北小路健・中澤惠子訳『名将言行録 現代語訳』)

▼国づくりの土台は「人」、目的も「人」である。人の情熱、人の努力、人の団結、人の喜びがあってこそ、豊かな社会となる。この原理は、時代を超えて変わらない。「国柄」とは「人柄」でもあろう。(名字の言)

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Yubi
  コラムニストの筆致は冴えている。『恐れ入谷の鬼子母神』


『名将言行録 現代語訳』 商品の説明 内容(「BOOK」データベースより)

◇幕末の館林藩士・岡谷繁実が、十六年もの歳月をかけて完成させた武将たちの逸話集『名将言行録』。千二百をこえる厖大な諸書を渉猟して編纂されたその内容は、戦国時代の武将から江戸時代中期の大名まで、数多の武士たちの言行を詳細に描き、彼らの人物像と叡知を活写する。本書は同書から戦国期の武将二十二人を選び、平易な文章で完全現代語訳する。

最も参考になったカスタマーレビュー

〇これは教育社新書版の文庫化だよね? 投稿者  hikagemono  VINE メンバー

〇『名将言行録』は、幕末の館林藩士・岡谷繁実が安政年間から明治初頭にかけて、15年を費やして多数の文献を渉猟し、戦国武将や大名など192名の、幕末まで語り伝えられていたエピソードをまとめた本である。歴史資料を細かく検証したわけではなく、相互矛盾も多いとして、今日では資料的価値の低い本とされている。

〇しかし、たとえば「伊達政宗は五歳の時に、不動明王像を初めて見て、寺の和尚に『不動明王とは仏なのか?』と質問し、和尚の答えを聞いて納得し『大名の手本』だと言った」とか、

〇「毛利元就が七歳の時、自分の領内で飼っていた白鶏が狐に殺されたことに憤り、『領内に住む者は、白鶏も狐も家来と同様。罪もない家来を殺めた悪人を捨て置くことはできぬ』と狐を捕らえて殺すよう命じた」とか、

〇小説や大河ドラマでおなじみのエピソードや、「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず」(徳川家康)のような戦国武将の「名言」として伝えられている言葉のネタ元は、たいてい『名将言行録』である。こうした有名エピソード、名言のネタ元を知っておきたいと思っても、一般の方が江戸時代の原文(『名将言行録 8冊セット (岩波文庫)』)をそのまま読むのは、難しいはずだ。

〇そこで、現代語訳が必要になるわけだが。この文庫版は、訳者名と、全1巻本である事からして、以前の教育社新書版『名将言行録 上 (原本現代訳 16)』『名将言行録 中 (教育社新書 原本現代訳 17)』『名将言行録 下―人の人生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし 家康  教育社新書 原本現代訳 18』の文庫化のようだ。

〇とすれば、有名武将に限定した抄訳であり、原書の全文が現代語化されているわけではない。また、あくまでも意味的に忠実に現代語に移し変えているだけであって、無味乾燥な文章の羅列である。そうした点から言えば、『名将言行録』に興味のある方は、原文と現代語訳を両方持っておいた方が良い。
大谷吉継の項目をはじめ、やはり原文で読んだ方が感慨は深い。

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  かく言う〝珍念〟『論語読みの論語知らず』 恥じています!

携帯電話基地局

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 高速道路沿線は、野立て看板の設置が禁止されている所が多い。お陰で良好な景観が楽しめる。東北自動車道から望む那須や日光の山並みが一段と美しい季節になった。景観は大事な観光資源でもある

▼ところが、その高速道沿いににょきにょきと無粋な鉄塔が増えている。携帯電話の基地局である。必要なことは分かる。だが、もう少し景観への配慮があってもよさそうなものだ

▼そんなことに怒るのは自分だけかと思っていたら、ほかにもいた。東洋文化研究者のアレックス・カーさん(62)である。最近の著書「ニッポン景観論」(集英社新書ヴィジュアル版)で「日本は電線・鉄塔の無法地帯でもあります」と書き、携帯基地局に触れている

▼カーさんによると、米国では携帯基地局は景観を守るために厳しく規制されている。それゆえ簡単には建てられず、各社は基地局を共有するなどして本数を減らしている

▼同書は、長年日本に住み、日本の風景を愛してきたカーさんによる景観破壊告発の書である。私たち日本人がいかに無頓着に公共事業や民間の開発で美しい景観を壊してきたかが、カラー写真でよく分かる。立ち読みでもよいから、ぜひページをめくってみてほしい

提案がある。基地局の鉄塔には、携帯電話会社の看板も付けたらどうか。怒りの矛先が分かるように。(雷鳴抄)

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     旨い!このコラム『頂門の一針』痺れました。
     〝珍念〟『ごまめの歯ぎしり』 している・・・・





「ニッポン景観論」最も参考になったカスタマーレビュー
このまま変わらなくていいのか、ニッポン 投稿者  yo-sukun19 

 ▼2020年のオリンピックが決まり、代々木の国立競技場の建て替えが決まり、その新しい競技場の異様な完成予想図にビックリした人も多いのではないか。また四季が織りなす豊かな自然の風景は日本人が誇るものであり、日本人は自然を愛していると自負されている。確かに田舎の田園風景などをみると美しい風景が広がる。しかしちょっとした山道を歩けば捨てられた冷蔵庫が谷底に転がり、富士山が世界遺産に認定されれば「それ行け、」とバかりに殺到しゴミのみならず糞尿まで溢れかえさせる有り様のニッポン。

 ▼町は看板に溢れ、電線が見上げる空にいまだに無秩序に張り巡らされた町、海岸から山腹までコンクリートで覆うコンクリート列島。著者はまだ微かに残る日本に残された美しい景観に我々日本人が気づいて欲しい、日本に在る美しい風景を思い出して欲しいと期待薄く望んでいるのだろう。著書は写真を多くの使い分かりやすく日本の風景を紹介してくれている。町中の空を電線が縦横無尽に張り巡らさせられる景観。(電柱の地中化は電力会社ではなく自治体=税金で行わなければならない!)隙間なく貼られる看板の類い(この看板をCGで除いた景観も列べて比較している。

 ▼無い方がいい、というより看板がある醜悪さを改めて認識させられる)珍妙な建物を建て、何らかの建築賞を頂いて無邪気に喜んでいる自治体にも苦言を呈している。この本は地域や民俗学、建築などの、専門性が求められる書ではなく、それらに触れながらも日本の文化や文明、これからの重要になるであろう観光産業など広範に、機知に富んだアイデアと例えなどで語られた本である。

PS.ああそうだ、アランブースという作家も2〜30年前‘失われた風景をさがして’と津軽を旅していたことを読後ふと思い出した。

強烈な皮肉をまじえつつ、日本の伝統的な景観の保護を訴える。
投稿者  くくくくままま 

 ▼日本の伝統的な景観や文化をこよなく愛する著者が、その破壊や消滅を悲しみ、さらには、自らの伝統的な景観や文化を(無意識的にであれ)後進的なものと憎悪したり、無関心であったりする日本社会/日本人を深く憂いる。
「時にキツい皮肉をまじえながら」とあり、確かに、多数掲載されている著者撮影の写真と解説は強烈だ。

 ▼「ニッポンの景観テクノロジーを世界へ(pp.171-180)」(このタイトルは、むろん皮肉である)にある、世界の文化遺産(ダヴィデ像、ノートルダム大聖堂等)を日本の看板と組み合わせたモンタージュ写真だけでも、著者の言わんとすることはよく伝わってくる。「あなたたちが日本でやっているのは、こういう情けないことなのですよ」ということだ。

 ▼著者が発掘した、1950年代に旧建設省が制定した「ユートピア・ソング」の歌詞は「山も谷間もアスファルト ランラン ランラン ランラランラン ランラン 素敵なユートピア」というものである(p.88)。日本は結局、戦後半世紀以上、この路線で突っ走り、まだ走り続けているということか。

 ▼せいぜい年に1回、海外に観光旅行に行く程度の私でも、帰国して、日本の電柱・電線やゴテゴテした看板に違和感を覚えることは多い(帰国後数時間で慣れてしまうのだが)。2020年の東京五輪に向けて、東京その他の景観がさらに破壊されるか、修復されていくかは、大きな課題だと思う。

イグ「日本景観大賞」を 投稿者  KK in K 

 ▼私の住んでいる県は「観光立県」を標榜している.それならば「電線」と「広告」を無くせば、たちどころに観光客が集まる素晴らしい景観が生まれるなあと思った.また日々のウオーキングでは、日本の田園風景をつくっているのは「送電線鉄塔」と「携帯基地局アンテナ」だなあと思ってきた.
まさに本書に同感である.「観光」に関係する方には必読の書である.写真(ベネチアやノートルダムが日本的に変貌した合成写真が面白い!)が中心なので説得力がある.

▼黙っていても仕方ない.都道府県単位でイグ「景観写真コンクール」を行ってはどうだろうか.その上の選考でイグ「日本景観大賞」を選定してはどうだろうか.私はその審査委員になりたい!  ( ^ω^)おっおっおっ

 

「蒙御免」

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 「一年納めの場所」は晩秋の名物としたものだが、土俵の上は夏の盛りさながらに、モンゴル勢の祭りが続く。東西に3横綱、新関脇には傑物の逸ノ城が座った。9日初日の大相撲九州場所は、番付表にある)」「蒙御免(ごめんこうむる」の太文字までも何かのぼやきに見えてくる。

 ▼「これだけ強いと『モンゴルごめん』です」。ある情報番組でキャスターが嘆いていた。「蒙(こうむる)」の文字に「蒙古」を、日本人力士に落葉(らくよう)のあわれを重ねる好角家は多かろう。一歩引いて他者を立てるのは日本人の美質としても、国技の土俵で「ごめん」続きでは困る。

 ▼和製力士のおとなしさを考えるとき丸谷才一さんの「相撲と和歌は切つても切れない仲であつた」(『袖のボタン』朝日新聞社)の一節を思い出す。春日野や九重などの年寄、つまり親方の名の多くは歌ことばに由来する。百人一首でおなじみの田子ノ浦もしかり。

 ▼一方、平安時代に2つのチームが和歌の優劣を競った「歌合(うたあわせ)」は相撲の勝負形式をまねた。角界が受け継いだ和歌の「雅(みやび)」というべき血は、土俵に一獲千金を求める外国勢が解し得ない不思議であろう。それゆえに「外高和低」の勢力図は誇らしくもあり歯がゆくもある。

 ▼他国との摩擦にも同種の歯がゆさを覚える。小紙前ソウル支局長を名誉毀損(きそん)で在宅起訴した隣国の大暴投に「極めて遺憾」の緩球しか返せない外務省。サンゴ密漁を看過する「放置国家」の非を国際世論に鳴らせぬ政府。強く出られないものかと切歯扼腕(やくわん)の日々だ。

 ▼丸谷さんの句に〈歌ことばなぜかせつなや年寄名(としよりな)〉とあるが、雅やかな伝統はひとまず脇に置く。すっきりと年を越すためにも、日本人力士の奮起を願うとしよう。「切り捨て御免」の心意気で。【産経抄】

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  “珍念”のコメントは 『ごまめの歯ぎしり』・・・・・(*`ε´*)ノ


『袖のボタン』最も参考になったカスタマーレビュー

古典から「美しい国」まで 投稿者  Amazon Customer 

 ▼新聞連載のころから、楽しんで読んでいた。読むと知識が増えたような気にさせてくれる、数少ないエッセイの書き手。今回もマルヤ節は全開。日本語の問題、和歌の伝統などの十八番に加え、私も愛する、カルロス・クライバーのことに触れており、同様の感想を抱く。

 ▼中島敦についての再評価が進むことに、実に的確な「要点」をさりげなく書く。中島の愛読者として、これは嬉しいこと。

 ▼「赤塚不二夫論」の面白さも見事。文末の悲痛さは、深い想いが凝縮されている。近代史についての「お勉強」も、若手政治家に読ませたい。「懐古」の輩は、そういう世になれば、自分たちの立場を分っているのだろうか?

 ▼太平洋戦争において空襲・戦場において死亡した国会議員は意外に多い。二等兵として、任期も半ばに戦場に行く政治家は・・・クチだけ大将は多いようだが。

大洋に浮かぶ小舟の上で揺られているような心地にさせられる
投稿者  Sebastian Flyte  VINE メンバー

 ▼なぜかとつぜん丸谷才一を無性に読みたくなった。もっと正確に言えば、丸谷才一の日本語に触れてみたくなった。きっと自分にもよくわからない何かが私の中で覚醒し、10年以上も前に読んだっきりご無沙汰していた丸谷の日本語に浸ってみたくなったのだろう。

 ▼本書には2004年から朝日新聞に3年間連載されたエッセイが収録されている。例えば、「内の美と外の美」にある日本語の「が」と「の」のニュアンスのちがいなどためになる話が多い。しかしそれ以上に、丸谷の日本語がすばらしいのはいうまでもない。1つ1つの言葉の運び方が自然で心地よい。

 ▼帯付けにもあるが、まさに「エッセイの至芸」と呼ぶにふさわしい一冊である。また、今回あらためて思ったが、私は丸谷の文章に例えば幸田露伴の「五重塔」の語り口にも似た嫌みのない上品さを感じる。

 ▼朝日新聞に連載されている加藤周一の「夕陽妄語」もそうだが、言葉とともに長い人生を生きてきた人たちの文章には凄味を感じる。これを、安心して身を委ねることのできる言葉のオアシスと呼んでみてはどうだろう。




    

福島医大の「志[し]らぎく会」

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  『ここでは死者が生者に教えることを大いに喜ぶ』
 福島医大の解剖室前にラテン語で掲げられている言葉だ。

 
 ◇医学部2年生は現在、「ご遺体」から「生」を学ぶ解剖実習を続けている。
授業は9月から約4カ月に及ぶ。ご遺体は故人の生前の意思に基づいて献体される。全国の医大ごとに篤志会があり、福島医大の会は「志[し]らぎく会」という。

 ◇昭和55(1980)年11月に発足し、これまでに3305人が登録した。
献体された「成願[じょうがん]会員」は1228人になる。約20年前から、福島医大の解剖学教育は全て会員の献体のみで行えるようになった。

 ◇毎年一回、秋に大学で解剖慰霊祭が開かれる。今年も遺族の他、学生や志らぎく会員など合わせて約千人が参列した。学生は式後、志らぎく会員と懇談するのが恒例だ。将来、医学のために自らの体をささげる人々との会話に緊張を隠せない。だが、向けられる笑顔が次第に心をほぐす。

 ◇解剖は、現在に生きる者が、ご遺体から学び、学んだことを病に苦しむ人に生かし、未来に伝える営みだという。実習を終えた後、学生たちは、教え導いてくれたご遺体に手を合わせて誓う。「必ず良い医者になります」 「あぶくま抄」

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   第65回 福島県立医科大学解剖慰霊祭
   学長式辞(平成26年10月29日)

 

▼第65回 福島県立医科大学 解剖慰霊祭を挙行するにあたり、 御臨席いただきました御遺族の皆様並びに御来賓の各位とともに、 教職員、学生一同、ここに謹んで御霊前に追悼の意を表し、御霊の安らかならんことをお祈り申し上げます。

▼本日、慰霊のお供えをいたしました御霊は324柱であります。 これまで併せて1万5,953柱をお慰めしてまいりました。  皆様は、自らの勁(つよ)い御意志、御遺族の方々の深い御理解と御協力のもとに、看護学及び医学の教育・学術研究、そして医療の発展のために御遺体を解剖に供してくださいました。
その崇高な御心に対し、 ここに深甚なる敬意と感謝の念を捧げます。

▼解剖とは、現在に生きる我々が 御遺体から学び、学んだことを目の前にいる病に苦しんでいる人々に生かし、そしてそれを未来に伝える営みであります。この営みを継続することにより、今の世代を通して、前の世代が次の世代に伝えたい想いが受け継がれてゆきます。

▼看護や医療の道を志す人間が最初に学ぶのが、人体の構造や機能です。 その学問である解剖は、「生命の尊厳」を認識し 「医療を志す者としての使命感」を最初に強く自覚する節目となる教育の機会であります。 不幸にして病に倒れ、亡くなられた方々の御遺体を通して正確な病態を知ることにより、 疾病に対する診断の的確性や治療効果などを検証し、 疾病の病態を解明し、得られた結果をより良い治療に結びつけるのが「病理解剖」です。 病理解剖の果たす役割はこれまでも、そしてこれからも重要であり続けます。

▼東日本大震災とそれに伴う原発事故は、我々に「死生観」 如何(いか)に生きるか、を突きつけました。  私どもは今後とも、この事を自らに問い続け、魅力ある大学へと更なる成長を続けてまいります。看護やそして医療とは何か、という問いを常に自らに問い掛け、 病める人々への共感の提示、 そして疾患へ挑戦する努力を惜しまないことを、 御霊と御遺族の方々にお誓い申し上げます。

▼最後に、皆様の御高徳を偲びつつ、その御霊が安らかならんことを お祈りいたしますとともに、御遺族の皆様をはじめ、 御参列の皆様の御多幸をお祈り申し上げまして、式辞といたします。

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  <珍念>感動しました。医業にたづさわることを許された方々に
        【ピポクラテスの誓い】をお送りします!

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  西洋医学の父」と呼ばれた【ピポクラテスの誓い】





○医業にたづさわることを許されたからには全生涯を人道のために捧げる
○恩師に対して尊敬と感謝を捧げる
○良心と威厳をもって医を実践する
○患者の健康と生命が第一の関心事である
○患者の打明けるすべての秘密を厳守する
○医業の名誉と尊い伝統を保持する
○同僚は兄弟と見なす
○人類、宗教、国籍、政党、政派及び社会的地位の如何によって患者を差別しない
○人間の生命を受胎の始めから至上のものとして尊重する
○如何なる弾圧に遭うとも人道に反した目的のためにわが知識を悪用しない
○以上は自由意志によりまた名誉にかけて厳に誓うものである

『釈迦に説法』・・・・・お笑い下され~い!

「心の幸福」 o(^▽^)o

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   アメリカのニューヨーク。文化や経済など、しばしば最先端の潮流が起きるこの巨大都市で、注目すべき動きが見えるという

▼本や雑貨は、インターネットで購入、音楽はダウンロードするという動きが10年ほど前から始まった。街の書店、レコード店(CDショップ)が次々と閉店を余儀なくされた。しかし、今、その逆の動きが著しい

▼小さなレコード店、書店が、次々と開店しだした。その多くに共通した特徴がある。売り場のなかに、近隣の人たちが本を読んだり、音楽を聴いたりしながら、コーヒーを飲んで、自由に語り合うスペースが設けられている。コミュニケーション、地域の人とのつながりの「拠点」として、店を利用してもらおうというのだ

▼アメリカのシアトルというと、世界中に展開するコーヒーチェーンが有名だ。そのシアトルでも、数年ほど前から、同じような変化の動きがあると聞いた。チェーン展開する店ではなく、小さな店を地域住民の居場所にして、顔なじみの人たちに、丁寧にコーヒーを入れるスタイルが流行している

▼ゆっくりとコーヒーを味わいながら、本を開き、音楽を聴く。そして、人とのつながりを慈しむ。「心の幸福」に重きをおく――そんな時代が始まりつつある予感がする。(名字の言)

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  一言居士の“珍念”ふと、脳裏に世界の名言が思い浮かぶ!





 ◇一日だけ幸せでいたいならば、床屋にいけ。 一週間だけ幸せでいたいなら、車を買え。 一ヶ月だけ幸せでいたいなら、結婚をしろ。 一年だけ幸せでいたいなら、家を買え。 一生幸せでいたいなら、正直でいることだ。.出典:西洋の諺

 ◇他人と比較して、他人が自分より優れていたとしても、それは恥ではない。 しかし、去年の自分より今年の自分が優れていないのは立派な恥だ。.ラポック

 ◇A「あなたが一番影響を受けた本はなんですか」 B「銀行の預金通帳だよ」.バーナード・ショー

 ◇塩の辛さ、砂糖の甘さは学問では理解できない だが、なめてみればすぐ分かる。.松下 幸之助

 ◇20歳だろうが80歳だろうが、とにかく学ぶことをやめてしまったものは老人である。 学び続ける者は、みな若い。人生において一番大切なこと は、頭を若く保つことだ。.ヘンリー・フォード

  これ以上は『蛇足』・・・・(*^.^*)

鴎外の問いかけ

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 昨年結婚し、そのわずか半年後に脳腫瘍と診断、「余命6ケ月宣告」を受けたメイナードさん。新婚生活からのあまりに早い決断も、話題を集める要因とあった。

 脳腫瘍で余命わずかと宣告され、「尊厳死」を選ぶと宣言していた米西部オレゴン州の女性ブリタニー・メイナードさん(29)が1日、自宅で医師から処方された薬を服用し死亡した。

 ソーシャルメディアに「さようなら、親愛なる全ての友人たちと愛する家族のみんな。今日、私は尊厳死を選びます。この恐ろしい末期の脳腫瘍は、私からたくさんのものを奪っていきました。このままでは、さらに多くのものが奪われてしまったことでしょう」「この世界は美しい場所です。旅は、私にとって最も偉大な教師でした。最も偉大な支援者は、近しい友人や仲間たちです。こうしてメッセージを書く間にも、私のベッドのそばで応援してくれています。さようなら、世界。良いエネルギーを広めてください。次へつなげましょう」とのメッセージを投稿した

 江戸時代、京都の罪人は遠島を言い渡されると、高瀬舟で大阪へ送られていた。舟の上であるとき、弟殺しの罪を犯した男から身の上話を聞いた下級役人は、疑問を抱く。男は、不治の病の弟に懇願されて、自殺の手助けをしてやったという。

 ▼「苦から救つて遣(や)らうと思つて命を絶つた。それが罪であらうか」。森鴎外が実話をもとに書いた『高瀬舟』は、教科書にも採用されている。この作品で、「安楽死」の問題に初めて触れた人も少なくないだろう。

 ▼米国人女性のブリタニー・メイナードさん(29)の安楽死が今、米国内外で議論を呼んでいる。脳腫瘍で余命わずかと宣告されていたメイナードさんは予告通り、今月1日、自宅で医師から処方された薬を服用して死亡した。夫や母親とともに数カ月前、カリフォルニア州から、安楽死が認められているオレゴン州に転居していた。2001年に世界で初めて安楽死を認める法律が成立したのは、オランダだった。スイスでも、医師による自殺幇助(ほうじょ)が事実上認められている。

 ▼日本で同じことが行われれば、医師は殺人などの罪に問われるだろう。本人の意思で延命措置を受けずに最期を迎える「尊厳死」を法制化する動きがあるものの、反対の声も根強い。

 ▼『高瀬舟』を発表する数年前、鴎外自身が安楽死問題に直面していた。長女が百日ぜきで苦しむ姿を前にして、主治医からの勧めに、一度はうなずいた。たまたま見舞いに来た義父の反対によって取りやめになり、長女は奇跡的に回復する。

 ▼鴎外は、父親としても医師としても、判断を大きく誤った。その反省も込めて、作品のなかで改めて日本人に、安楽死の是非を問いかけたのではないか。そろそろ、答えを出す時期に来ている。【産経抄】

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  <安楽死>・・・かく言う“珍念”大賛成です

 森鴎外の『高瀬舟』を読んで!

 ◇森鴎外の冷静で独特な世界観に触れる事が出来る作品集だった。どれも優れた作品であったが、個人的には、彼の死生観が表れている『高瀬舟』が最も素晴らしかったと思う。この物語を読むと、「生とは何か?死とは何か?」ということを考えずにはいられなくなる。

 ◇助かる見込みのない病魔に侵された事で喜助の弟は自殺を図るが、それは「兄にこれ以上迷惑をかけたくない」という気持ちからであった。病気による肉体的苦痛、家族に迷惑をかけているという精神的苦痛、そして経済的負担と対峙しなければならなかった弟の行為は、ある意味当然の事であったように思える。

 ◇一方、兄の喜助は、自殺を図ったが死に切れなかった弟に懇願され、弟の喉元に刺さった剃刀をゆっくりと引く。「弟の苦しむ姿を見たくない」という気持ちからである。これも当然の行為ではないだろうか。喜助が弟を殺したのは事実であり、それが罪である事は間違いない。しかし、弟を苦しみから解放するためにはそれ以外に手段がなかったのである。それを殺人とし、殺人と同様の罰を与えるという事が正しいとは思えない。

 ◇オランダやベルギーでは、厳しい条件の下で安楽死が合法化されている。日本でも、安楽死や尊厳死についてもう少し活発に議論されてもいいのではないだろうか。・・・と、いった具合に、『高瀬舟』はわずか20ページ程度の作品であるが強いメッセージが込められており、「人間の本質」についてイロイロと考えさせられる作品である。

あ・・話はムダを省き、短くまとめたい。長い退屈な話は”口害”ともいわれる。

ゲーテも「美しき虹も、15分も 消えずにいればもうだれも見向きもしない」と手厳しい。(*^.^*)

「選別」 \(◎o◎)/!

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 先日取材した植物生態写真家の埴沙萠さん。誰もが見落とすような足元の小さなハチをめぐって、著書『足元の小宇宙』(NHK出版)で述べている。「あなたたちは、目には入っていても見ていない……見ようと思わないから、見えない。気づかない。それだけのことだよ」

 ▼有名な心理学の実験に“見えないゴリラ”がある。バスケットボールの試合映像を見て、片方のチームのパス回数を被験者に数えてもらう。途中、着ぐるみのゴリラが登場し、コートを横切るが、半数の人はそれに気付かない。真っ赤なゴリラの着ぐるみでも、同様の結果になる

 ▼実験後に再び映像を見せると「あれを見のがしたの?」と皆、一様にビックリする。一つのことに集中すると、「ゴリラ乱入」という異常な出来事さえ、風景の中に溶け込んでしまうのだ。同様に、耳も、聞きたいものだけを聞く「選別」をしている。つまり、「意識を向ける」ことが気付きの一歩といえる

 ▼これらの事実は、人間関係にも生かせるだろう。五感をフルに活用し、相手の何げない表情やしぐさから、気持ちをくみ取り、的確な言葉を見つける。その行動の源には、真剣に相手を思う一念の働きがある。対話の達人とは、誠心誠意、相手と向き合う人のことをいう。(名字の言)

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「見えないゴリラ」の映像 ・・・・ (A;´・ω・)アセアセ

 ◆「ぼーっと見ていたら見えるけれど、集中してみようとすると見えないゴリラ」の映像があるらしいのですが、それってどこかで見れたりしませんか?知っている方いましたらお願いします。

 ※これですが, 高速回線でないとキチンとした結果が出ません。最初のビデオの selective attention test とゆうのを選びます。

 http://www.youtube.com/user/profsimons#p/a/u/0/vJG698U2Mvo

 ※ビデオの最後に出てくるサイトの theinvisiblegorilla.com でも見れますし, その他の錯覚のビデオもあります。

 埴沙萠(はにしゃぼう)『足元の小宇宙』(NHK出版)商品の説明

植物たちがいきいきと動き出す! 驚きの世界を撮影する、82歳の写真家に密着。

 ◇私たちの周りのなにげない自然の中には、数えきれないほどの小さな命がひしめいている。余分な水分を排出し、宝石をまとったように輝く草の葉。湿度の変化によって、小さな人形のように踊り出すツクシの胞子。機械のような精密さで遠くに種を飛ばす草花。

 ◇そして、美しく幻想的に舞うキノコの胞子。その尊い植物の営みを撮り続けるのが、植物写真家の埴沙萠(はにしゃぼう)さん、82歳。群馬県にある自宅周辺の山里で、はいつくばって、寝転がって、私たちでは到底気づかない極小の命を次々と発見していく。

 ◇埴さんのレンズを通すと、一見地味な植物の風景が、躍動感あふれる驚きの世界へと変わる。埴さんは、「動かない植物が動く瞬間」をとらえたいと、75歳になってから、写真だけではなく映像の撮影も行っている。

 ◇長年、挑戦し続けてきたのが、植物の葉から無数の水滴があふれ出る映像だ。昨年、満足できる映像が撮影できず、82歳のいまも挑戦を続けている。
春夏秋冬、1年を通して見つめる、ため息の出るような美しい植物たちの姿や、思わず笑ってしまうユニークな仕草。珠玉の映像で小さな命の尊さに迫る。

 ☆“珍念”・昨夜、摩訶不思議な夢をみました。それは、学歴。肩書き。財産。がないのを嘆いていたとき。恐ろしい悪鬼が目の前に、お前は馬鹿だ!

 「馬鹿につける薬はない」でも、可哀そうだから、この箱をやる。チヤンスは一度だけだ。・・・あ~と、叫ぶひまもなく蝋燭の灯が消えて、あたりは「八幡の藪知らず」・・・そっと箱の中をみて驚きました。

 宝石が一杯入っているのかと思いましたが一枚の封筒だけその内容は・・?

 〇努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る. (井上靖)
 〇人生は道路のようなものだ。 一番の近道は、たいてい一番悪い道だ。(.フランシス・ベーコン)
 .〇運命が明日なにを決定するかを問うな。 瞬間こそ我々のものである。 さあ、瞬間を味わおうではないか! .リュッケルト

 ◇仏典に「現当二世」とある。過去の出来事を変えることはできない。だが、過去に経験したことの「意味」を変えることはできる

 ◇「原点」とは、遠い昔の歴史の一コマではない。現代を鋭く見据え、未来へ進む不動の「指標」だ。かく言う 〝珍念〟過去、現在、未来にわたって人生を輝かせていけるか否か。それは〝今の自分〟が決める!

 ◇仏法に「行住坐臥」(ぎょうじゅうざが)の教えがある。不肖:珍念。深く反省し、恥じています!

      あ・・・『空き樽は音が高い』 ゜.+:。(*´v`*)゜.+:。
 

"しあわせ日記"

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 ▼耳が不自由になった私はよく聞き間違えをする。先日のこと。郊外の大型店へ買い物に出かけた。帰る前に娘に電話をして「何かいるものがある?」と聞いた。すると「私がお金を払うから洗濯機を買ってきて」と言う。

 ▼古くなった洗濯機を思い出し、優しい子だと感謝感激しながら電化店へ行った。ドラム式洗濯機を見ている時、娘からメールが届いた。「母さん、やっぱりケンタッキーやめてマックにして!」私はケンタッキーと洗濯機を間違えてしまった。
 ▼照れ笑いしながら電化店を出た。私の不自由な耳は時々悲しみをくれるけど、毎日幸せな気持ちもくれる。電化店にいた間、私はとても嬉しくて感謝でいっぱいだった。…とその日の日記に書いた。【投稿者】大分県 かなえちゃん

 ■さだまさし特別顧問のツボ■

 ◆ミュージシャンはステージスピーカーを聞き続けていると、職業病の一種でしょうか、少しずつ耳の聞こえが悪くなることがあります。それだけに会話がかみ合わないという話は「分かる分かる」の事件ですね。

 ◆この間、喉が渇いたので「炭酸を買ってきて」と言ったら「あるよ」と電池を出されましたっけ。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆

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ふと。脳裏にオッカムのかみそり【オッカムの剃刀】が思い浮かぶ!

 大辞林 第三版の解説

  ※存在は必然性なしに増加されてはならないという原則。より広範囲の事象を説明できる,より単純な理論がよりよいとする考え方。イギリスのスコラ哲学者オッカムが論理的思考として多用したことにちなむ。思考経済の原則。

  物理などの法則は、単純であるべきだということです。

 ※14世紀のイギリスの哲学者・神学者であるオッカムがよく使いました。法則などで、不要なものはそぎ落とす。ですから「オッカムの剃刀」です。法則はやたらと仮定の多いものではいけないということです。同じことを説明するのであれば、仮定は少ないほうがたぶん正しいでしょう。

※地球の公転が光の速度に影響がないのは、19世紀後半の謎でした。ローレンツは、地球の運動によって物体は縮むと考えました。すると、なぜ縮むのか?仮定が仮定を呼んでしまうことになります。

 ※アインシュタインは、光速は誰が見ても一定だと仮定しました。光速を使って時間と空間の定義を変えました。それだけですべてが説明できました。

※数学的にはどちらもローレンツが提唱した式になります。同じような結論になります。でも、やはり仮定が少ないアインシュタインの相対性理論のほうが正しかったのです。 「オッカムの剃刀」の例です。

 ※「文章を書くことは、小切手を書くのに似ている。思想がないのに文章を書こうとするのは、銀行に残高がないのに小切手を書こうとするようなものだ」。(ユダヤのことわざ)

 減らず口の〝珍念〟反省し・恥じています。 (A;´・ω・)アセアセ

映画「二十四の瞳」

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 木下恵介監督、高峰秀子さん主演の映画「二十四の瞳」は一九五四(昭和二十九)年九月の公開で、ちょうど六十年前になる。本日は文化の日。若いお方もスマホ遊びで休日を終えるぐらいならば、ビデオを見ても損はない

▼香川県・小豆島の分校を舞台にした若い先生と小学一年十二人の日々という説明は要るまい。映画の冒頭、先生が教室で、初めて出欠を取る場面がえらく長い

▼出席なんて名を呼び、返事をきけば済むのに大石先生は名前を呼んで、いちいちその子と会話をする。「みんなには何て呼ばれているの」「あなたはちょっとおせっかいね」。時間がかかるはずだが、子ども一人一人に時間をかけて向きあう大石先生の性格を描いている

▼同じ小学一年生。公立小学校の一年生「三十五人学級」の見直しと四十人体制の復活を財務省が主張している。二〇一一年度に導入したが、いじめ、不登校などで大きな改善効果がないという

▼新たに導入する幼児教育の段階的無償化にも財源がかかることは承知しているが、いかにも性急な判断である

▼一年生にとって、先生は親に近く、お話をしたい相手である。「先生あのね」。人数を増やし、子らが分け合う時間を奪うべきではなかろう。そこに思い出や体験が生まれる。「八十の瞳」はいかにも窮屈である。成果がない? 成果はその子が大人になるまで判断できまい。<中日春秋>

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    (*^^)v 「コラミスト」の文才は冴えている!

    これ以上は『釈迦に説法』・・・・

「唄を忘れた(カナリヤ)は後の山に棄てましよか」

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 童謡なのに、子どもが震え上がりそうな書きだしである。「唄を忘れた金糸雀(かなりや)は 後の山に棄(す)てましよか」

◆すぐさま「いえいえ それはなりませぬ」と書きながら、後にまた怖いくだりが次々と登場する。「唄を忘れた金糸雀は 背戸(せど)の小藪(やぶ)に埋(い)けましよか」「柳の鞭(むち)でぶちましよか」。詩人の西条八十が書いた「かなりや」だ

◆「いえいえ それはなりませぬ」。その声が会社に本人に届いたならば、救われた命がたくさんある。長時間働いた末に病気になったり、自殺に追い込まれたりして命を落とした人たちの話を聞くたびに、そう思わずにいられない

◆遺族が悔しい思いを国にぶつけた結果、生まれた「過労死等防止対策推進法」がきょう、施行される。過労死の防止策は国の責務と、しっかり刻まれている。そして、11月は「過労死等防止啓発月間」となった

◆西条八十の思いは、詩の最後に顔を出す。「唄を忘れた金糸雀は 象牙(ぞうげ)の船に銀の櫂(かい) 月夜の海に浮(うか)べれば 忘れた唄をおもひだす」。象牙の船でなくとも月夜の海でなくとも、ゆっくり休んで食事をして人とふれあう。人間らしい営みがあれば、確実に死は遠のいたのに

◆法の施行に合わせ、兵庫では対策推進センターが産声を上げた。息子を亡くした母の会見の言葉が胸を打つ。「法律に魂を入れる」(正平調)

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   コメントは『蛇足』・・・・

転ばぬ先の杖

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   転倒予防

  最近、よく転ぶようになった」。そう感じたら要注意。老化は足から。転倒はいのち に対する身体からの黄色信号です。いつまでも丈夫な足で歩きつづけきつづける。転んでもケガをしない。ラジオや講演の明快解説で評判の著者が、暮らしのなかでの心がまえと、転倒に負けない身体づくりの基本を指南します。自信と希望をもち、生きる力を取りもどすために...

  不慮の事故でまず思い浮かぶのは交通事故だろう。だが、厚生労働省の昨年の人口動態統計で、交通事故より多かった死因が「転倒・転落」である。千人以上も多い7766人に上る


▼交通事故死は20年ほど前の半分以下に減る一方、転倒・転落による死亡はじわじわ増えている。多くが65歳以上の高齢者だ

▼日本転倒予防学会が医師らで今春、設立された。武藤芳照理事長によると、転倒は老化や病気、運動不足が単独または複合して発生する。「からだの中にひずみがあることを示す『いのちの黄色信号』なのである」(「転倒予防」岩波新書)

▼転倒防止のため、武藤理事長が注意を呼び掛ける日常の場所が「ぬ・か・づけ」だ。水でぬれた所、階段や段差、片づけていない所を意味する。手すりなどバリアフリーは重要とはいえ、歩いたり、またいだりする“健脚度”がかえって弱まることがあるという。適度な障壁があると常に意識することも転ばないコツだろう

▼「掃除機もからだづくりの健康法 ゴミ出し おつかい フトン上げ」「楽をしてからだの弱り進めまい」。学会のホームページにある「転倒予防いろはかるた」の一部である

▼畳の上での立ち座り、しゃがんで床ふきなど日常の動作も繰り返せば立派な“運動”になる。丈夫な足腰は普段の暮らしぶりから生まれてくる。 (滴一滴)

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(「転倒予防」岩波新書) 商品の説明内容 (「BOOK」データベースより)

 最も参考になったカスタマーレビュー

 〇転ばないように、転んでも起き上がれるように、あらかじめ身につけておきたい智恵と工夫
投稿者  Edgeworth-Kuiper Belt  殿堂入りレビュアートップ10レビュアー

 〇「『転ぶ』とは、老化、病気、運動不足が、単独あるいは複合して発生する身体的な現象なのである」。年をとってからの転倒は大変である。しかし、加齢に伴って体の様々な機能が低下していくため、それ以外の病気と共に多くの人が気をつけて向かい合わなければならないリスクのひとつである。

 〇本書は、転倒リスクを避けるためにどのようなことに注意して心がければいいのか、そのための知識やヒントをまとめたものだ。転倒してもそれで終わりではないというようなことや、子供の転倒についても言及されている。読みやすく書かれてあり、特に前提知識は必要ない。

 〇2本足で歩くということは片足立ちの連続技で、意外に高度な活動である。「老化は脚から」という言い方があるように、運動機能の衰えは足腰に出やすく、高齢になるにしたがって転びやすくなる。転倒の要因としては、大きく分けて、「老化」「病気+くすり」「運動不足」の3つがある。高齢者の4大骨折。骨粗鬆症。やせ型も骨折リスクのひとつ。

 〇ただし、日本人の四肢骨折の発生率は欧米人の1/2から1/3程度低い。運動習慣は骨密度に影響し、ステロイド系の薬も大腿骨近位部骨折のリスクを2.5〜4倍に高める。認知症高齢者も転倒しやすい。動かない体は生活機能の低下をもたらし、動けない体を作る。転倒によって、心が弱り、からだが弱り、生命力が弱るということが生じる

では、具体的にどうしたら・・・?

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    かく・言う“珍念”徒然庵の<十人十色>でるる・述べています!
    これ以上は『蛇足』・・・・

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