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2014年8月

紳士ヅラを続ける余裕が・・・・(@_@;)

   PhotoMujina

▼いつぞや東海地区のブロック紙が関連会社社長のスキャンダルを報じる週刊誌の見出しを白紙にして広告掲載したことがある。社会の公器を自認している新聞社も営利企業。自社に不利益になる広告を拒否するのは珍しいことではない。が、自ら認めた〝従軍慰安婦誤報〟を巡る批判記事を掲載した週刊新潮、週刊文春の広告を拒否したことに、あの朝日新聞がねえ、といささか驚いただけである

▼戦中、戦後の動乱期に活躍した新聞記者が朝日、毎日、読売の各社を互いにどう呼び合っていたかを紹介した文を読んだことがある。毎日、読売が〝山賊〟〝海賊〟というのは特ダネをものにするスタイル。朝日は〝エセ紳士〟。紳士ヅラしてえげつないという趣旨か

▼同社の『広告掲載基準』に「新聞社の社会的評価を低下させると思われるもの」がある。それに基づいての拒否というが、これまであからさまに適用してこなかった。他の新聞社が関係する催しを報道しないのが一般的だが、朝日新聞は比較的扱った。公器らしさに気を配ってきたと見られる

▼「武富士」からの編集協力費問題などで裏表が問われた時も「それでも私たちは言葉のチカラを信じている」とかの「ジャーナリスト宣言」を出すなどしている。言論の自由を示す仏哲学者ヴォルテールの「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」を下敷きにしていると感じたのは気のせいか

▼今回、週刊誌に「論評の範囲を著しく逸脱」と抗議文も送ったという。紳士ヅラを続ける余裕がなくなっているようでさびしい。

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       ははぁ! 『恐れ入谷の鬼子母神』 
        これ以上は【武士の情け】で吠えません・・・・

頭の良しあしは ?

Genkai

 未来部恒例のコンクール(作文、絵画、読書感想文)の締め切りは、あす31日。8月最後の週末、追い込みをかける子どもたちも少なくないだろう

▼先日、小学生が対象の作文コンクール教室に参加した。教員経験者がタイトルのつけ方、文章の構成方法などを教えると、子どもたちが一心不乱に原稿用紙に向かう。「あれだけ言っても1行も書かなかった子が……」とほほ笑む親御さん。やる気にさせる環境づくりが大切と感じた

▼難関の国家試験に合格した大学4年生が言っていた。彼は大学入学後、成績優秀者と自分とを比べ、落ち込んでばかりいたが、ある時から人と比べるのをやめた。目の前の課題に懸命に取り組んだ。アルバイトも禁止されるぐらい猛勉強を求める大学だった。「今は言い切れます。頭の良しあしは『能力の差』ではなく『努力の差』です」

池田名誉会長が、戸田第2代会長に、頭の良しあしについて聞いたことがある。恩師は紙にサッと一本の線を引き、「この線の上と下くらいの差しかないよ」。頭脳の潜在力に、違いは、ほとんどない。どのくらい「努力」をしたかで決まることを教えたのだ

▼誰もが無限の可能性を持つ。だが、可能性を開くには努力が必要。生涯、努力の人に。努力の人を育てる人に。【名字の言】

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かく言う〝珍念〟も 「努力」すれば(頭脳明晰)になれる。 ( ^ω^)おっおっおっ 

「恍惚(こうこつ)」 (@_@;)

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文明の発達と医学の進歩がもたらした人口の高齢化は、やがて恐るべき老人国が出現することを予告している。老いて永生きすることは果して幸福か?日本の老人福祉政策はこれでよいのか?―老齢化するにつれて幼児退行現象をおこす人間の生命の不可思議を凝視し、誰もがいずれは直面しなければならない“老い”の問題に光を投げかける。空前の大ベストセラーとなった書下ろし長編。

「恍惚(こうこつ)」という言葉を知ったのは有吉佐和子さんのベストセラー小説の題名からだった。1972年に出版された「恍惚の人」。高齢者介護を正面から扱った最初の作品といわれる

恍惚。辞書に「物事に心を奪われてうっとりするさま」とある。当時は「認知症」という言葉はなかった。物忘れや徘徊(はいかい)を繰り返す高齢者の姿を「ぼけ」ではなく「うっとり」ととらえた作家の感性に舌を巻く


▼40年以上前の物語だが、認知症の生々しい描写や介護する家族の奮闘は今に通じる。むしろ長寿社会を迎え、65歳以上の7人に1人が認知症とされる今だからこそ、「老い」をめぐる問題はいっそう身近で深刻だ

▼認知症の高齢者を介護する苦労は並大抵ではなかろう。でも、つらいことばかりでもないのかな、と思わせてくれる作品もある。岡野雄一さんの漫画「ペコロスの母に会いに行く」だ

▼60歳を超えた作者と認知症の母との日々をユーモアを交えて描く。本紙朝刊に連載中の「続・ペコロス-」。きのうは母が「恍惚」の中で、若い頃の自分や家族に会いに行く話だった。忘れることは、人生の重荷を下ろし思い出の中を自由に旅すること。「ボケるとも悪か事ばかりじゃなかかも」。母の言葉にじんとくる

▼ペコロスの母のモデルとなった岡野光江さんが24日、91歳で亡くなった。ご冥福を祈りたい。ちなみに、30日は有吉さんが亡くなって30年に当たる。【春秋】

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『恍惚の人 』 内容紹介:1972年6月新潮社

痴呆老人を扱って、当時の流行語にもなったほどの有名な作品。誰もが避けることのできない「老い」。
身近な家族が痴呆になったら、もし自分が痴呆になったら。深刻な問題を暗くならずに読ませる名作。

『恍惚の人』 あらすじ

 ◆主人公の立花昭子は、弁護士事務所に事務員として勤める「職業婦人」です。夫は商社勤務のサラリーマンで、高校生の息子が一人います。さらに義父母とは新婚当初は同居していましたが、舅の茂造が事あるごとに嫁の昭子に嫌がらせをするのに耐えかねて、敷地内に離れを建てて別居しています。

 ◆小雪が舞うある日、昭子は仕事から帰宅途中に顔色を変えてどこかに行こうとしている舅に出会います。話を聞くと、姑が起きないのでお腹が空いたと言うので驚いて急いで家に帰ると、姑は玄関に倒れていてすでに死んでいました。しかしそれ以上に昭子が驚いたのは、舅が呆けてしまっていて自分の息子の顔すら覚えていないことでした。

 ◆不思議なことに、散々虐めていた嫁の昭子のことはしっかり認識しています。かくして昭子は仕事の傍ら舅の面倒をみることになります。それから、暴れたり、徘徊したりする舅の介護と仕事との板挟みに苦労し、苦悩する日々が続きます。夫は舅の世話を昭子に押しつけるばかりで、福祉施設の職員に相談しても老人ホームに入れるよりまずは家庭の主婦がしっかり世話をすべきと言うだけで、周囲の理解や協力が得られず途方にくれます。

 ◆そんなあるとき、舅は風呂で溺れて肺炎になり一時危険な状態になりますが、奇跡的に一命を取り留めます。そのことに責任を感じた昭子は、舅をベストを尽くして面倒を見ることを決意します。ただ病気を機に舅の痴呆はますます進行し、やがて子どものような無邪気な表情を見せようになり、まもなく安らかに息を引き取ります。こうして昭子は仕事と介護の両立をまっとうし、再び日常生活が戻ります。

 最も参考になったカスタマーレビュー <読売新聞YOMIURI ONLINE>

 ◆1960年代は日本の高齢者福祉政策が始まった時代で、1963年に老人福祉法が制定され、特別養護老人ホームが創設されました。ただ依然として「年寄りの面倒は嫁がするもの」という意識は根強く、そうした当時の高齢者介護をめぐる意識や制度のあり方が抱える問題を主人公の昭子の目を通じて描いたのがこの『恍惚の人』だったと思います。

 ◆当時は現在のようなデイケアサービスなどの在宅福祉サービスも整備されておらず、また家庭を持ちながら働き続ける女性がまだマイナーな情勢のなかで仕事と介護の双方をまっとうしようとする主人公には、ぐうたらなわたしからすると頭が下がるばかりです。

 ◆ただ逆に言うと、この小説によって、一方で女性の社会進出をはかると言いながら他方で家庭の主婦にばかり負担を負わせる日本の介護のあり方の矛盾が露わになりました。そしてそれ以降、夫を含めた家族全員、あるいは地域住民や行政、民間が役割分担しながら連携・協力して介護にあたるという現在の介護制度の方向へ向かっていったわけです。

 ◆その意味で、ただたんに問題をセンセーショナルに取り上げるのではなく、その問題の根底にある原因とその解決の方向性も示唆しているという点で、やはり「社会派」という称号は当を得ていると思います。
 

“終活の先駆者”としての主人公

 ○ところでわたしが個人的に印象に残ったのは、舅の有り様を見て、昭子と夫の信利が一方が死んだら他方がすぐに後を追って迷惑をかけないようにしようと誓い合うところと、昭子が認知症予防のために「よく働き、よく考え、心身の鍛錬と老後の楽しみについて今から計画を立てる」ことを決意したところです。

 ○これは今で言えば広い意味で「終活」ですよね。「家族に迷惑をかけないために健康で元気なうちに自分の老後についてしっかり考え計画しておく」という意味では、昭子はまさに「終活」の先駆者だったと言えるのではないでしょうか。(その中身の良し悪しはともかく。)

 ○ちなみにストーリーの最後の方で、舅の世話を条件に離れを格安で借りる学生運動家のカップルが登場しますが、ちょうど彼らが団塊世代ぐらいに相当します。認知症が進行してもう幼児のようになってしまった舅の世話はこのカップルにとってしょせん他人事で面白半分でやっているようなものでした。

 が、現在まさに昭子夫婦の世代ともども介護の当事者世代になっています。

 ○そう考えると有吉さんの『恍惚の人』は、世界革命を夢想しヒッピーに憧れていた当時の若者の心に高齢化社会の現実というくさびを打ち込み、ある種の「トラウマ」を無意識の中に忍び込ませたのかもしれません。そしてそれが、現在のシニア世代の「終活」志向に潜在的に少なからぬ影響を与えたかもしれません。

 そう考えると有吉佐和子さんの先見の明にはただただ感心するばかりです。

これ以上のコメントは『蛇足』・・・ ゜.+:。(*´v`*)゜.+:。

「なぜ少女を助けない」

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  1994年 『ハゲワシと少女』
    内戦と干ばつにより深刻な飢餓が起こっていたスーダン。
  食糧配給センターに向かう途中で、飢えのために倒れる少女。
  撮影したカメラマンは「なぜ少女を助けない」と非難を浴びその後自殺した。

   1枚の写真を発表したばかりに、自殺に追い込まれた報道カメラマンがいた。1994年米国ピュリツァー受賞作『ハゲワシと少女』を撮影したケビン・カーターだ

  骨と皮にやせ細った黒人の少女が乾いた地面に突っ伏し、その奥数メートルで猛禽(もうきん)が獲物の死を待つ。アフリカの飢餓を直視させるカットは、米大手新聞の1面を飾るや絶賛された

▼とともに、少女の救出を優先しなかった卑しい取材欲に非難が殺到。物の本によると、少女のそばに母親がいて、原野に取り残されたのではなかったという。とすれば、当時の報道のモラル論争は過熱しすぎだったのかもしれない

▼情報は発信された時から、その意図とは別方向に突進する危険をはらむ。実話映画『NO』(30日公開)は、88年南米チリの軍事独裁政権の信任を問う国民投票に照準を合わせる。反対(NO)派に雇われた広告マンの選挙テレビCMは、大衆を扇動し独裁政権を打倒できるか…

▼監督の立脚点により、右派=悪、左派=善の対立が描かれる。確かにピノチェト政権の大量虐殺事件は酸鼻の極だが、一国の運営は善悪を二分できるほど単純ではない。国の一員の人間はみな善と悪を抱えている

冒頭の写真を見直す。撮影状況を知ったいまは、ハゲワシの顔がどこかのんびりしている。真実の一端に至るまでにも、長い時間と検証を要す。「時」は力である。 【忙人寸語】

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Toki


    コメントは『蛇足』・・・・。

人間の心理

Jyubaku




 人間の心理はやっかいなものだ。自分の願望や信念を裏付ける情報ばかり選んで重視し、それに反する不都合な情報は軽視したり排除したりしがちになる。社会心理学で「確証バイアス」と呼ぶ心の働きだ

▲振り込め詐欺の被害が後を絶たない原因の一つにもあげられているそうだ。「窮地の子供を救わなければ」と思い込むと不審な情報があっても聞く耳を持たなくなってしまうのだという。思い込みの強い人ほど気をつけなければならないわけだ

▲安倍晋三(あべ・しんぞう)首相の場合はどうだろうか。東京五輪招致を巡る昨年9月の最終プレゼンテーションで、東京電力福島第1原発の汚染水問題に関し、「状況はコントロールされている」と胸を張った発言のことだ

▲それから1年近くたっても建屋への地下水流入を遮断する凍土壁の工事も進まない。到底「コントロールされている」と言えない状況だ。それでも国は汚染水対策の前線に出てこない。首相は自分の主張に反する現実に目をつぶり、不都合な情報に耳をふさいでいるかのようだ

▲原子力規制委員会の審査が進み、まず鹿児島県にある九州電力川内(せんだい)原発で再稼働が現実味を帯びてきた。原発を含めて、将来の電源構成をどうするかという「ベストミックス」を巡る議論も経済産業省の審議会で始まった

▲あの事故によって、原発の脅威はあらわになった。それを踏まえ、日本のエネルギー政策に原発をどう位置づけるのかが問われている。エネルギーは国の生命線である。政策に責任を負う安倍首相はもちろん、議論を見守る私たち国民一人一人も「確証バイアス」に陥らないようにしたい。<余録>

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  人間の心には、一日の中で数多くの思いが浮かんでは消えていく。その数は、八億四千念と仏典で説いている。縁に触れて瞬間瞬間、揺れ動く一念をどう定めるかで人生は決まる。

 人生は、瞬間瞬間の時間の積み重ねである。自分の一念を何に定めて生きるのか!その目標に取り組んだ祈りと行動は新しい自分自身を作るのだ。

 今この瞬間に、過去・現在・未来・が含まれている。現在の自分自身は過去の一念の反映が表れている。今の瞬間を悔いなく戦い抜けば、未来に結果が出てきますが!

自らの信ずるままに、目の前の現実に集中する事が大事!

 ◇納屋が壊れ、途方に暮れた貧しい婦人を、文豪トルストイは、放っておけなかった。壁を作り、残るは屋根葺き。下を見てしまい、目がくらむ。農夫が助言した

 “やっている仕事だけを見るんですよ。他へ目をやらなければ、何でもありませんよ”。文豪は、人生の「極意が分かった」と喜んだ。恐れを克服するには、降りかかる迫害や敵意に気を取られず、目の前の現実に集中することだ、と(『トルストーイ傳』原久一郎著)

 この話に鼓舞された青年がいた。日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹である。26歳の年の正月、彼は日記に綴った。“あることに専心できれば、人は自然に伸び伸び成長を続けられる。一つのまとまった仕事を成就できるだろう”。中間子論を着想したのは、この年の秋のことだった

 かく言う〝珍念〟。現場で価値を創造する“大工”のようなものである。自他ともの幸せを探求する“科学者”でもある。他人の評価に一喜一憂することなく、自らの信ずる道を歩むことに専心したい

 そこにおのずと道は開かれ、自信もわいてくる。その人こそ、真の勇気の人である。目の前の、この一人のために――こう心を定め、お迎えが来るまで(来てもまだ早いと追い返します)走り抜きたい!

『蝉しぐれ』に学ぶ


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   記憶さえあれば生きてゆける

 

 藤沢修平の代表作『蝉しぐれ』の主人公・牧文四郎の父は、藩内の政争に巻き込まれ切腹した。文四郎に同情してくれたのは隣家の娘、幼なじみのお福だけだった。

お福は江戸藩邸に奉公に上がり、やがて藩主の男の子を生んだ。文四郎は郷村回りの下級役人となった。国元に返り、城下はずれの御殿でひっそりとくらすお福母子を、さらってこい、と文四郎は家老に命じられた。藩内の争いはつづいていたのである。

◆家老は、お福母子だけではなく文四郎も闇に葬ろうと計画していたのだが、彼は勇気と剣の冴えで切り抜け、家老を失脚させた。

◆それから二十数年。郡奉行となっていた文四郎のもとに、お福からの手紙が届いた。先代藩主の一周忌を機に尼寺へいる、俗世を辞する前に名残を惜しみたい、とあった。

◆真昼の温泉宿の一室で妙齢のお福は、文四郎に子どもは何人いるかと尋ねた。文四郎の二人の子は、もうどちらも大人だ。お福はいった。「文四郎さんのお子が私の子で、私の子供が文四郎さんの御子であるような道はなかったでしょうか」

◆文四郎は答えた。「それが出来なかったことを、それがし、生涯の悔いとしております」束の間の邂逅のあと、二人は永訣した。

◆文四郎は耳を聾する蝉しぐれの中、自分はお福に再会したことでかえって苦しむかも知れない、と考えた。しかしそれでも「今日の記憶が残ることになったのを、しあわせと思わなければなるまい」-『蝉しぐれ』の末尾は、三島由紀夫『天人五衰』の反立だと私は思う

◆真夏、八十歳を超えた本多繁邦は六十年ぶりに奈良帯解の寺に問跡を訪れた。俗名を綾倉聡子といった問跡は、遠い昔、本多の親友松枝清顯の子を宿した人である。

◆だが彼女は本多の話をさえぎって、こう尋ねた。「その松枝清顯さんという方は、どうゆうお人やした?」蝉しぐれのただ中で啞然とする本多を、問跡さらに追い討った。「そんなお方は、もともとあらしゃなかったのと違いますか?」

◆それは記憶の否定であり、三島由紀夫自身による『豊饒の海』全体の否定であった。そうではない。回想するに足る記憶さえあれば人は生きてゆけるし、老いを恐れることもない。藤沢修平は『蝉しぐれ』に託して、そう語ったのである。<公明新聞:ことばの玉手箱:関川夏央>

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『蝉しぐれ』 内容紹介20年、人を想いつづけたことはありますか。
『たそがれ清兵衛』を超える劇場ロングラン大ヒットを記録!
藤沢文学最高傑作。鬼才・黒土三男が15年の歳月をかけて映画化。

○江戸時代末期、東北の小藩・海坂(うなさか)藩。下級武士の父・助左衛門と母・登世と暮らす15歳の牧文四郎は、仲の良い友人と共に日々、剣術と学問に励んでいた。隣家の娘・ふくに文四郎は淡い恋心を抱いていたが、ふくもまた文四郎を慕っていた。

○そんなある日、藩内の争いに巻き込まれた父は謀反の罪に問われ、切腹を言い渡される・・・。市井の人々の強さと優しさを描き続けた作家・藤沢周平の最高傑作を、鬼才・黒土三男が15年の歳月をかけて映画化。青春、友情、父から子へ継承される人としての生き方、そしてひとりの人を思い続ける愛の物語が、美しい日本の風景の中で描かれる。

○蝉しぐれ の 意味を!人生の賞味期限が刻々と訪れる・波乱万丈の〝珍念〟 つらくて涙が止まりません。
 「蝉しぐれ」で文四郎が自害させられた父親の亡骸を引き取り山道を大八車で運んでいると、ふくが黙って大八車の後を押して助ける場面で、蝉しぐれが印象的でした。文四郎とふくの胸には、今生唯一の恋がそのときの蝉しぐれの記憶と共にあったのではと勝手に想像しています。

 蝉は7年くらい地中で育ち、ほんの1週間だけを精一杯生きて短い命を燃やし尽くします。耐えて耐えて忍んで忍んで…そして燃え尽きる。そんな想いを経験した人は「蝉しぐれ」の意味を・・・・これ以上は『蛇足』!

「ストウ夫人に思いをはせる」

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 少年少女向け全集で「アンクル・トムの小屋」を読んだときの衝撃が忘れられない。米国ケンタッキーの農園を背景に黒人奴隷トムがたどる悲惨な境遇を描いた名著である。

 ▼奴隷制廃止論者だったハリエット・ビーチャー・ストウの代表作だが、なにぶん、昔のことなので全集の著者欄にはストウ夫人と書いてあった。世界には肌の色が違う人たちがいて主に白い肌の人が黒い肌の人たちを動物のようにこき使っていたことを教えられた。

 ▼「アンクル・トムの小屋」は1852年刊。奴隷制廃止論者の機関紙に連載後、単行本として出版され、1年で30万部以上のベストセラーになった。米国北部自由州で人道主義的な機運を盛り上げ、南北戦争のきっかけになった一冊だ。

 ▼トムおじさんの物語から約160年後の米国が白人警察官による黒人青年射殺事件で揺れている。住民たちによる抗議活動が続き、デモ隊の一部が火炎瓶を投げるなどして暴徒化した。やっと沈静化の兆しを見せているが一時は州兵まで動員される事態になった。

 ▼近年では「ルーツ」でアフリカ系米国人の歴史を知った人も多いだろう。奴隷船で連れてこられ、綿花畑などで過酷な労働を強いられた。まれに自由が与えられることはあるが大半は奴隷として生涯を終えた。アメリカ史の暗部である。

 ▼射殺事件については連邦捜査局が黒人差別禁止を定めた法律違反の有無を捜査しているが立証の壁は高い。黄色人種同士でもさまざまに理由をつけて、差別を根絶できない私たちだ。ストウ夫人に顔向けできないのは米国人だけではない。 【くろしお】

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「アンクル・トムの小屋」

最も参考になったカスタマーレビュー  同じ人間なのに By  ローズ・レッド  殿堂入りレビュアー オン

〇心優しいトムはケンタッキーの温厚な農場主に雇われていたが、事業に失敗した主人によって、小間使いイライザの息子ハリィとともに奴隷商人に売り渡される。・・・

○辛い境遇にも負けずに、ひたすら主人に忠実に仕え、神を信じるトムの姿に涙がとめどなくあふれる。奴隷解放の一因となった物語だけあって、奴隷の悲惨な扱い、酷使される姿などをまっすぐに書いている。同じ人間でありながらなぜこうも違うのか。どうして皮膚の色、出身地、言語の違いで判断されてしまうのか。この物語を読んでじっくり考えさせられてしまう。

〇時代の限界はあるけれど…By  ★☆7star☆★  オン 現在では評価の分かれる作品です。

○この作品は、当時白人の奴隷として、商品として扱われていた、黒人に、神性があること(『神性があること』です。神のような存在としてではありません。)を描いた、19世紀当時の白人作家としては画期的な作品だと個人的には考えています。(キリスト教の二元論を知っている方ならば理解していただけると思います)

〇言葉を相当省略して書けば、差別が吹き荒れ、それが当然だと思われていた当時に、この作者は、良いところも悪いところもある、普通の人間として黒人を描いているのです。

○完全ではないにせよ公民権運動が成功に終わり、権利意識の発達した、人種差別はあってはならないものという建前で成り立っている現在の社会の中では、この作品を批判する理由は多々あるかと思いますが、差別の色濃く残る当時に、優位性のある白人の立場からこの描写が出来たということにこそ、作者の人間全般に対する強い誠実さ、優しさを感じずにはいられません。

〇「あなたのような小さな方が、この大きな戦争を引き起こしたのですね。」と、作者と会見したその当時の大統領であるリンカーンが言っています。
私は黄色人種ですが被差別者だった黒人にこそ、この作品に足りない個所や19世紀当時の時代の限界も含め、(完全ではない人間としての)白人も理解して欲しいと思います。
人間らしい限界と、人間らしい豊かさも感じられる、本当に良い作品だと思います。

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     『学は光、無学は闇。知は力、無知は悲劇』
     「学ばずは卑し」  「英知を磨くは何の為」

          名言に、無学の〝珍念〟反省し、恥じている! 
 

東京富士美術館

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 東京富士美術館の「発明王エジソン展」が、家族連れでにぎわっている(今月31日まで)

▼エジソンは1300もの発明をしたが、それをはるかに上回る失敗をした。だが、彼は失敗を恐れなかった。電球の発明に取り組んだ時のこと。1万回もの失敗に驚く友人に、「オレは一回も失敗なんかしてないよ。うまくゆかない方法を一万も見つけたんだ」(ヘンリー幸田著『天才エジソンの秘密』講談社)と。失敗にくよくよせず、意味を見いだそうとする姿勢が成功を生んだ

▼彼の人生自体が、幼少から“失敗”続き。小学校を3カ月しか通わず、その期間すら、教師から心ない言葉を浴びせられた。彼の活躍は、息子を信じ抜いた母ナンシーなくして考えられない。母は言った。「いい子になったら、言うことを聞いたらというような条件をつけたことはありません。ありのままのトーマスを愛しました」(同)

▼池田名誉会長は「家庭は、子どもを守り、正しく育んでいく『安心の港』」と語る。家族や周囲の「信じ抜く」関わりがあって、子どもは可能性の帆を広げ、大海へこぎ出せる

▼エジソンの発明への情熱は、それを育んだ人の愛情の強さの表れでもある。目を輝かせて展示を見つめる親子の姿に、発明王と母の絆が重なった。【名字の言】

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      『恐れ入谷の鬼子母神』
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    ふと、エジソンの名言が脳裏に浮かぶ!

○幸せは、財産、地位、職業などで決まるものではない。その人が何を幸福と考え、不幸として考えるかで決まるのだ。

○もちろん、生まれつきの能力の問題も、まったく無視はできない。それでもやはり、これはおまけみたいなものだ。絶え間なく、粘り強く努力する。これこそ何よりも重要な資質であり、成功の要といえる。

○時の経つのも忘れて、ある一つのことに熱中できる人は、必ずや何かを成し遂げるだろう。

○私の発明は、すべての人にとって役に立つ物でありたい。そして、世界の平和に貢献するような物でありたい。

○もし私の発明で一人でも人が死んだとしたら、
私には人生を生きる意味も資格もない。

○天才とは、1%のひらめきと、99%の努力である。 - トーマス・エジソン -

これ以上は『蛇足』・・・・r(^ω^*)))

万引の抑止力

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 母と買い物に出かけ、菓子屋でアルファベットの形をしたビスケットに手を伸ばし、そのままポケットにねじ込んだ。5歳ぐらいでしでかした過ちを脚本家の倉本聰さんが、エッセー集『北の動物園』(産経新聞社)で告白している

◆帰りのバスの中、ポケットから片手を出さないことを不審に感じた母が、手を引っ張り出した。口を利かずに帰宅。しばらくして父に「散歩に行こう」と誘われ、再び菓子屋へ。父は同じビスケットを在庫も合わせて全部買い、バスに乗らずに担いで帰り、納戸に放り込んだ。おとがめは一切なし。「僕の心には罪の意識は強烈に残った」

◆日本中が注目した万引事件で50歳の男が捕まった。盗まれたのは東京の店舗で27万円で売られていた漫画「鉄人28号」のブリキ製のおもちゃ。店側が「返却しなければ、顔写真を公開する」とホームページで警告し、賛否の声が上がっていた

◆捜査に支障があると警察から止められ、結局公開されなかった。万引は小売業者には死活問題である。まともに良心が育たなかった大人には、ここまでしないといけないことが情けない

◆倉本さんの話には続きがある。1年ほどして戦争が始まり、食糧難でややかび臭くなったビスケットが1年近くおやつとして出続けた。「執行猶予一年余、実刑一年の万引きだった」。【有明抄】

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Kuri


   天然呆けの〝珍念〟昨夜「屠所の羊」の夢をみました!
 
  まだまだ精進が足りません。深く反省し、恥じています・・・




北の動物園(扶桑社文庫) [文庫] の 商品概要要旨 (「BOOK」データベースより)

  脚本家・倉本聰はまた、稀代の名エッセイストでもある。本書では、「夕刊フジ」に連載され大好評を博した珠玉のエッセー計97本を掲載。著者の少年時代やニッポン放送在籍時のエピソードから、劇団・テレビ・文壇・富良野の仲間たちの愉快な裏話まで、軽妙洒脱に語りつくす、ユーモアとペーソスにあふれた人間賛歌

◆読者の皆様へ『北の動物園』を、ぜひご覧下さい。きっと心が和むでしょう。

マンホールはなぜ丸いのか?

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  街で見掛けるマンホールは、なぜ丸いのか。ちゃんと理由があるそうだ

▼もし四角形だったら、対角線の長さが一辺の長さより長いため、ちょっとふたをずらすと、重い鉄の塊が穴の中に落ちてしまう。他にも、工事中にコロコロと転がしやすいなど、円の特徴が生かされている

▼生活の至る所に円形は見つかるが、どこまで正確な円になるかは、円周率を何桁まで使うかによる。宇宙の旅から帰還した小惑星探査機「はやぶさ」には、16桁の円周率がプログラムされた。仮に3桁の「3・14」だったら、軌道に15万㌔の誤差が生じるという。指輪の工房では3桁、砲丸の工場では10桁、陸上競技場のトラックでは5桁の円周率を使っているそうだ(桜井進著『面白くて眠れなくなる数学』『面白くて眠れなくなる数学プレミアム』PHP研究所)

▼完全無欠の円では、円周率は、小数点以下が無限に続く。円という有限のものが、円周率という無限を宿していることは、考えてみれば不思議だ。私たちの信じる妙法の「妙」とは「不思議」という意味であり、「円教」と説かれることを思い起こす

▼命には限りがある。その有限の命が秘めた無限の可能性を引き出すのが、信行の実践。壮大な挑戦に生きる人生の幸福をかみしめる。【名字の言】

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最も参考になったカスタマーレビュー

『面白くて眠れなくなる数学』 見開きごとに分かりやすい言葉でまとめてある軽い読み物 ・ By  楓

 ◆マンホールがなぜ丸いのかは有名な話ではあるが、それに付け加えて円周率の計算を41桁まで解いた江戸時代の建部賢弘(関孝和の弟子)は、世界的数学者であることをこの本で知った。ピタゴラスの音律についても興味深かった。音楽も数学と密接なのだろうと思っていたが、あのピタゴラスが鍛冶屋の音から思いつくなど意外なことを知る。ーナビの原理、(x+a)2+(y+b)2+(z+c)2=r2の式については、この本を読んでみるといい。雑学的な楽しい数学書として読める本である。

 著者の陶酔 ・・・・ みりん 

 ◆あまりにもつまらなくて残り1/3を読むのをやめてしまった。まず最初に感じたことは、簡略化しようとして全くの誤りを書いていること。p.45から紹介されている公開暗号鍵の説明はひどい。2つの素数の積は公開鍵の1つであるから、この点のみ正しい。

 ◆次に、説明の不足、論理性の不足。例えば、挿絵に唐突に登場した人物について一切語られず、それが誰かもわからないままその断章が終わっているので、数学の面白さを知らないだろう想定読者にはなんだかさっぱりわからない。また、とくに後半は著者独自の結論ありきでそれに向けて無理に筆を進めた感じがあって、出来損ないの小論文(作文に毛が生えたもの)といった感がある。

 ◆数学者の生涯や発見を語りながら、その詳細には触れず、著者の感慨が垂れ流されていることも、個人的には読んでいて不快だった。昔読んだ、小学生向けに書かれた本のコラムと同じにおいがする。

 ◆この本の題は正しくない。
『著者にとっては面白くて眠れなくなった数学の小話、その紹介』くらいが適当か。少なくとも、数学を面白いと感じるような本ではないし、著者を嫌う理由には十分なった

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『頂門の一針』痺れる。 <他山の石> お笑い下され~ぃ!

「天才だ!」

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  「天才だ!」。将棋好きの大人たちを悩ませる「詰め将棋」の正解手順を小学1年生が当てると、嘆声があがった。将棋の先生にたたえられたのは、幼き日の米長邦雄永世棋聖。「私は生まれて初めて『天才』と言われた。以後、数えきれないくらい『天才』と呼ばれたが、このときほどの重みはない」

▼実は米長少年は、詰め将棋のルールすら分かっていなかった。“当てずっぽう”の正解である。だが、「将棋を知らなくて答えを出したのなら、なおいい。天才だ!」と、先生は繰り返した。すっかりその気になった米長少年は、「天才」の名に恥じないよう努力を重ねたという(『人生 一手の違い』祥伝社)

▼誰もが、いかようにもなれる可能性を秘めている。だが、自分ではそれを、なかなか信じ切れないもの。その“不信”を打ち破る確信の一言が、人生を大きく開いていく

▼日蓮大聖人は「あまりに人が自分をほめる時は、『どんなふうにでもなろう』という心が出てくるものである。これは、『ほめる言葉』から起こるのである」(御書1359ページ、通解)と仰せだ

▼子どもたちと接する時間が増える、この季節。その分、あらも目につき、ついしかりたくなる。そこを我慢し、大げさに褒めるくらいが、ちょうどいい。【名字の言】

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Koma
    『人生 一手の違い』: 最も参考になったカスタマーレビュー
特に,親になる人とスランプ中の人にお勧め  By jinchoku


 
 ◆男女を問わず,年齢を問わず,お勧めしたい秀逸な本です。というのも,副題にあるように「運」と「努力」,「才能」との関係を,一流棋士の眼で観察し,実生活レベルで解説しているからです。これらは仕事や恋愛での成功,人生の幸福と密接に関係し,普遍性のある話題です。

 ◆第一にお勧めしたいのはこれから親になる人です。子供の勝負運はその家庭環境,特に家庭の雰囲気により大きな影響を受けます。将棋の名人位を手にしても不幸な人はいるし,将棋に弱くとも幸せな棋士は多くいます。米長氏によれば,この両方を手にする棋士の家庭は,必ず「家の空気が丸くて笑っている」そうです。

 ◆また,就職に際して,「母親が息子に入ってもらいたい会社はダメ」,「勝負師としての道を閉ざす母親」,先崎学氏が内弟子になる経緯とその際の父親のやりとり等,両親がいかに子供の成長にとって重要かが肌で感じられます。
 ◆第二にお勧めしたいのはスランプに陥っている人です。本書は思わず大笑いする場面も多く,「勢い」と「笑い」で積極的にスランプを吹き飛ばすのが一番いいと仰る米長氏の姿勢が非常によく反映されています。それにしても過酷な競争原理に晒されるプロ棋士のスランプ脱出方法はなかなかに過激です。

◆米長氏は「一週間という時間がとれれば,ラスベガスに行くに限る」と仰っていますが,その他にも「車を飛ばすのが好きなら,夜中に高速道路をブッ飛ばす。(中略)パトカーが追いかけてくるだろうが,これを振り切るくらいの心意気が必要である」,22歳の女性と南の島に行く等,豪気な事例が挙げられています。私もこの本を手に取った時期は研究上のスランプでしたが,あっという間に読み終えてみると肩の力が抜けました。人生は常に勝負の連続であり,その勝負に勝つエッセンスが詰まった本です。

Raburabu


 一言居士の〝珍念〟ふと 脳裏に名言が思い浮かぶ!



 日蓮大聖人』のお手紙に師匠の大切さを語っていられる。
「たとえ父母が子を産み、その子に眼、耳が備わっていても物を教える師匠がいなければ、それは動物の眼や耳と等しいというべきであろう」(通解)と。

 どんなに悔いても過去は変わらない。どれほど心配したところで未来も
どうなるものでもない。いま、現在に最善を尽くすことである。 松下幸之助(松下電器産業創業者)

「人生最良の時は結婚式の日だった」「最悪の時は?」「それ以後の毎日」
映画『シティ・スリッカーズ』

 世界でもっとも幸せな男は?
アメリカの家に住み、イギリスの給料をもらい、中国の食事をとり、日本人の妻を持つ男。
 じゃあ、世界で一番不幸な男は?
日本の家に住み、中国の給料をもらい、イギリスの食事をとり、アメリカ人の妻を持つ男。 益者三友

「家康の養生」

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  歴史上、著名な人物の中で、最も栄養と健康に気を配ったのは、徳川家康だろう。山田風太郎は、その著『人間臨終図鑑3』(徳間書房)で衛生学の大家と表現。いくつかのエピソードを記している。

 ▼例えば、秋に珍しい桃を贈られたが、季節外れの果物は危険だ、といって捨てた。家康の食が進んだのをみて、侍医がめでたがると「命は食にあるとは、大食いのことではない。人は飲み食いが大事だ、という意味だ」と諭したそうだ。

 ▼さらには「鷹狩りはレジャーではなく健康のためだ。運動すれば筋骨を鍛え、疲れれば快眠する」と、体を動かすことの大切さを語っている。天下の将軍となってからも常食は麦めし。おかずは大根やゴボウなど、根菜食物が入ったみそ汁が中心だったという。

 ▼その心掛けが実ったのか、ライバルの織田信長は数えの49歳、豊臣秀吉は62歳で亡くなったが、彼は74歳の長寿を得て、幕府の基盤を盤石にした。数えの66歳で16番目の子どもを側室に産ませているのだから、老いても壮健だったのだろう。

 ▼日本人男性の平均寿命が初めて80歳を超えた、と厚生労働省が公表した。この長寿社会をどう生きるか。まずは健康だ。食生活から生活習慣、さらには老後の生きがいづくりまで、自らが責任を持つ時代がやってきた。

 ▼高齢者が安心して過ごせるのは、社会が安定している証拠。その安定に貢献するためにも、日頃からの健康づくりを心掛けたい。【水鉄砲】


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自分の死は地球より重い。他人の死は犬の死より軽い。(山田風太郎)

『人間臨終図鑑3』 内容紹介 (「BOOK」データベースより)

カザノヴァ、川端康成、徳川家康など、73歳から121歳で死んだ人々をとり上げる。

内容(「MARC」データベースより)

▼人生の年輪をいくら重ねても解明されないこと、それが死である。晩年、関節リューマチで苦しんで亡くなった山上憶良から、長寿世界一の泉重千代まで、73歳~121歳で死んだ人々の最後の言葉を紹介。--このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。

<2001年>亡くなった、山田風太郎の残した、稀代の奇書。

私はけっして風太郎の熱心な読者ではなく、忍法帖シリーズも読んだことがありません。しかし気まぐれ半分で読み始めたこの「人間臨終図巻」にはすっかり引き込まれてしまいました。

〇これは、古今東西、900人ほどの人物について、その人が「いかに死んだか」を、これでもかこれでもかと書き綴ったエッセイ(?)です。誰でも知っている偉人・有名人にまじって、軍人や明治の元勲が比較的多く取り上げられているのは、この著者の好みでしょう。

○興味深いのが、その並べ方で、「死亡時の年齢順」、それも若い順です。
最初は15歳で火刑死した八百屋お七、次は16歳の赤穂浪士大石主税、「アンネの日記」のアンネ・フランク、信長の小姓森蘭丸(17歳)と続きます。
各人が生きた時代も国も、生きかたも全て無関係に、「何歳で死んだか」だけで並べられています。例えば「39歳で死んだ人々」は、こんな具合。

○<クレオパトラ、パスカル、ルイ16世、ショパン、シャーロット・ブロンテ、太宰治、力道山>・・・なんだか不思議な感じがします。

○第1巻は15歳から55歳で死んだ人なので、いわゆる「非業の死」を遂げた人が多く、読んでいて辛くなる箇所もたくさんあります。「もっと生きたかった」「生きさせたかった」という声が行間から聞こえてくるようで、途中で何度も読むのを中断してしまいました。でも、不謹慎かもしれませんが、もっともドラマティックなのもまた、この第1巻です。現在の私もこの年齢に含まれるので、ついついわが身に引き比べて読んでしまいます。

○第2巻は56歳から72歳で死んだ人、そして第3巻は73歳から百歳以上で死んだ人です。ちなみに最後を飾るのは泉重千代さん(121歳!)。
第3巻は、さすがに病死や老衰が多くなり、それと同時にいわゆる「老醜」をさらした人々についても、風太郎はあくまで客観的に書き記します (遺族の方が読んだら怒りそうなところも)。そのニヒリズムの極致、冷徹ともいえる筆さばきには、鬼気迫るものを感じます。

〇 第1巻とはまた違った意味で、読むのが辛くなります。正直、第3巻は、今の私には荷が重すぎる気も。10年後、いや30年後に読むべきかもしれません。(それまで生きていたいものです・・・)

○「死神は一切合財区別なく、巨大なシャヴェルですくいあげていく」(第2巻・192ページ)ことを痛感しました。そして、「神は人間を、賢愚において不平等に生み、善悪において不公平に殺す」(第1巻・82ページ)のも、また事実なのであります・・・・・。全3巻を熟読すると、人生観が変わるかも。

☆かく言う〝珍念〟三度 (虎の尾)を踏み。摩訶不思議な出来事に遭遇し虎口を逃れた変人です! 度々、四次元の世界に彷徨っています・・・
これ以上「減らず口」を叩くと(閻魔さま)から叱られる!  (o^-^o)

再挑戦する

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 「武士道といふは死ぬ事と見つけたり」で知られるのが、江戸時代に書かれた「葉隠」だ。武士道の神髄を述べているといわれるが、武士のいわば処世術をまとめたノウハウ書の面も持っている

▼その中で「一度過ちがあった者はその過ちを後悔し役に立つ」「一度も過ちのない者はかえって危険な気がする」という趣旨の発言が紹介されている。組織を率いる人、上に立つ人は肝に銘じるべき言葉だ

▼最近、成果主義と称して失敗した社員をすぐに減点、処分するのが人事評価、企業経営の主流だ。「魔が差す」というように、誰しも失敗を犯すことはあるのに、追い詰められ鬱々となる。正当な処分でもその後のフォローを忘れてはいけない

▼人の心は折れやすい。どのような条件が整えば、元のポストに戻ることができるのか。再挑戦する機会があるのか。将来への希望を示すべきである。失敗した人であればこそ、次は成果を挙げるものだ

STAP細胞論文の共著者で理化学研究所の副センター長、笹井芳樹氏が自殺した。エリートは挫折に弱いという言葉で済ませてはいけない。責任の追及とは別に、理化学研究所は笹井氏の心のケアに努めたのだろうか。笹井氏の将来について誠実に話し合ったのであろうか

▼放置していたとすれば、その点だけでも組織として失格である。【雷鳴抄】

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 それにしても(理化学研究所のセンター長)は道義的にも責任があるのでは!



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参考になったカスタマーレビュー By neeson 

 ▼元は三島由紀夫の「葉隠入門」や和辻哲郎の「葉隠」である。タイトルからすると新渡戸稲造の「武士道」と関係あるかもと思ったが、そういうことではない。ジョージ秋山と武士道というと、浮世絵的な時代漫画を想像するが中身はまじめな生き方の道しるべだった。(処世術の教訓ですね)

 ▼ふだん漫画はまったく読まないが、文字で読むよりも言葉の持つ意味がよく伝わってくる。各章が短くまとめられているので1時間もあれば読めます。また、普段忘れている教訓などを思い出すのにもよいでしょう。

 By 空之介   今、新渡戸稲造の「武士道」がはやっていますが、同じく武士道を説く「葉隠」は佐賀鍋島藩で1716年頃成った「武士道」を説いた本です。
この本のタイトルである、「武士道と云は、死ぬことと見つけたり」が有名ですね。この「葉隠」から97の蔵言を、先に原文をおいてジョージ秋山「独自の解釈」でまんがにしたものがこの本です。「葉隠」入門編です。

 ▼読んでいくと現代でも思い当たることが多々あります。漫画ですのですいすい読めて、わかりやすいです。さすがに生きるか死ぬ方を選択するのは「死んでもいい」という気構えでことにあたれということで、本当に死ぬわけにはいきませんが。

 ▼時代によっては悪用される蔵言もありますが、「武士道」の前(ベース)の「武士道」です。巻末に岩波文庫の「葉隠」全3巻と三島由紀夫の「葉隠入門」を引用・参考文献としています。「ジョージ秋山の視線」で描かれた漫画なので、興味を持ったら、上記「葉隠」と「葉隠入門」を読むことをお薦め致します。

 ▼三島由紀夫も「私のただ一冊」と心酔した武士道の聖典《葉隠》が、まったく新しい世界観を持って出現する。途方に暮れる現代に指針を与える「人生の書」!幻冬舎10周年記念事業出版。

内容(「BOOK」データベースより)

 ○「葉隠」は、侍の生きざまを説いた武士道のバイブルである。死というものを、己の傍らにおいて生きることで、見えてくる世界がある。タイトルに冠したその有名な一文のみならず、今こそ実践されるべき97の箴言を、“漫画界の一匹狼”ジョージ秋山が、リアルに・わかりやすく・オリジナルな解釈を持って描き出す。勇気、ストイシズム、狂気、潔白、自己責任。

 ○混迷する時代の中で見失われかけている日本人の、たくましき精神的支柱が甦る。日本人とは何かを問いかける清冽な魂の叫び。怒涛の描き下ろし304ページ。

かく言う〝珍念〟『ごまめの歯ぎしり』している・・・・┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

詐欺の手口

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    あなたはなぜ他人から正しく理解されないのか?

    人類が誕生して以来、国家間から男女の仲まで、「誤解」がもとでの悲喜劇は絶えることがない。それは恨み、嫉妬、断絶、争いを呼び、時には歴史を変え、芸術を生み、科学を発展させてもきた。 
    人間とは切っても切り離せない「誤解」の、原因や種類からメカニズム、対策まで、気鋭の渋滞学者が系統立てて考察した前代未聞の書!

  英語で「フット・イン・ザ・ドアテクニック」というそうだ。詐欺の手口である。訪問販売で玄関のチャイムを鳴らし、相手がドアを開けた瞬間に自分の足を中に差し入れ閉められなくする。もともと押し売りで使われた。相手に一度気を許すと、その後は断りにくくなる。心理学の本に出てくる「コミットメント」効果の悪用である。「誤解学」(西成活裕著、新潮選書)から教わった


▼電話による先物取引の勧誘や健康食品、化粧品の売り込みのしつこさに閉口したことはないか。いったん会話に応じると相手がしゃべりまくって、なかなか受話器が置けない

▼今年上半期、道内で5億円近い被害が出た振り込め詐欺などもこの応用。息子やセールスマンを装って、すきを見せると「集金のカネをなくした」「もうけ話がある」と迫る

▼最近は手が込んでいる。“息子”の声が違っても名前が正確で、おまけに出身校や卒業年次まですらすら出てくれば思わず信用してしまう。実際にあった例だ

▼ベネッセの個人情報大量流出事件で、存在がクローズアップされた名簿業者が介在しているらしい。悪知恵は進化している。核家族化で日頃のつきあいが希薄になっていることも被害増加の背景にあるようだ

▼愛知県警が募った振り込め詐欺防止標語が急所を突いている。「おばあちゃん 僕なら顔みて 頼みます」。うーん、確かにそうなんだけど。<卓上四季>

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 それにしても (振り込め詐欺)に遭われた人達は高額のお金をお持ちなのですね。
〝珍念〟お金は持ってないので心配はしませんが・・・・

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         「人に盗られない宝」 が 珍念の脳裏に浮かぶ!


        岡本彰夫氏の『神様にほめられる生き方』(幻冬舎)という本に、江戸中期の著名な画家、尾形光琳の逸話が紹介されていた。こんな話である。

 ◆光琳はある日、京都の裕福な旦那衆と河原で花見をすることになった。旦那衆は競うように自慢の茶器や蒔絵(まきえ)のほどこされた重箱に山海の珍味を詰めて集まり、光琳がどのような趣向を尽くして皆を驚かすのか興味を持って待っていた。

 ◆そこへ光琳が手ぶらで到来。おもむろに懐から竹の皮に包んだ握り飯を取り出して食べ始めた。皆が驚いたのは、竹の皮の裏にどの器もかなわないような極彩色の絵が描かれていたからだ。食事の済んだ光琳はその竹の皮をごみとして捨てて帰っていったという。

 ◆この逸話について、岡本氏は「素晴らしい画技を身につけていたから、高価な器に執着する必要はなかった」と解説し、光琳のすがすがしい生き方を称賛している。読みながら、以前、恩師を自宅に訪ねた時のことを思い出した。

 ◆高齢の元女性教諭は一人暮らし。家は狭く、表の障子も傾いていて物騒だった。「びっくりしたやろ、こんな家で。宝もんはここにあるので泥棒もよう入らへんのや」といって頭を指さし、給料はほとんど本代につぎ込んでいると話してくれた。

 ◆「しっかり本を読んで頭に詰め込んでおけば、誰にも盗られへん。人に盗られない宝をどっさり身につけることが大切や」という言葉がいまも新鮮だ。【水鉄砲】 

『神様にほめられる生き方』 (商品の説明) 内容紹介

 上へ上へと伸びるより、奥へ奥へと歩みなさい――
強運の人・愛される人の共通点とは?

 順風満帆な人生は仕上がりが悪い。失敗の多い人生こそ、気づきがあり、人の言葉も身に沁みます。人生に迷ったとき、もうこれ以上歩めないと思ったとき、この本を手に取ってもらい、生きるよすがにしていただければと念じています。(まえがきより)

 打算のない行動が運命を開く。
運を招くためには、損得ばかり追求してはいけない。
代償を求めない行動こそが運を招き寄せる。

 感謝の気持ちは幸せへの入り口。
感謝すること、物を大切にすることは誰にでもできる
簡単な行為だが、心の底からそう思い、行動すること
は難しい。「もう少し」と努力を続けた人が最高の人
生を送れる。

 ほか、今日も生き続ける、二千年続く所作・しきたりに込められた智恵を紹介。

〇 今日も! 絶好調です。話はムダを省き、短くまとめたい。長い退屈な話は「口害」ともいわれる。
ゲーテも 「美しき虹も、15分も 消えずにいれば、もうだれも見向きもしない」と手厳しい!

 

トマト

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   コロンブスらが活躍した大航海時代。新大陸から欧州に持ち込まれ、世界中に広まった野菜や穀物は数多い。ジャガイモ、トウモロコシ、唐辛子、カカオ豆など数え上げたらきりがない

▼その中で夏を代表するものといえばトマト。南米ペルーなどのアンデス高原が原産地。鮮やかな赤色は「悪魔の実」と呼ばれ、長らく観賞用とされていた

▼日本には江戸初期に中国から伝わったが、事情は似ていて最初は鉢植えで室内に飾られた。「赤茄子(なす)」の名で、家庭で栽培するようになったのは明治以降のことらしい

▼今ではすっかり日本の食卓になじんでいるトマト。それでも渡来の歴史もあってか、食し方には家庭や個人それぞれに好みがあるようだ。その一つが調味料に何を使うかだろう

▼石塚左玄の「食育」を普及した作家、村井弦斎はベストセラー小説「食道楽」で「塩少しとお砂糖をかけて」「お砂糖と葡萄(ぶどう)酒をかけて戴(いただ)けばなお結構」と紹介している

▼俳優の三國一郎さんは「トマトは洋食だから」とウスターソースをかけ、脚本家の向田邦子さんはサラダ好きで「和風ドレッシングがお気に入り」だ

▼田舎の団塊世代は恐らくしょうゆを、高度成長期の子どもはマヨネーズを使っただろう。いや本音を明かせば、遠い少年時代、畑のもぎたてのトマトを何も付けずガブリと口にした“夏の太陽味”が一番だった。【越山若水】

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「食道楽」商品の説明 

◆明治の大ベストセラー『食道楽』の著者としてのみ知られる村井弦斎の初めての評伝.幕末の儒家に生を亨け,新聞小説家として名をなし,婦人啓蒙へと転じて健筆を振るい,その晩年は仙人への途を歩んだ人.厖大な資料を博捜し,その数奇な生の光と影を時代背景に溶かし込んで描き出す.もう一つの近代の落丁を埋める力作「食道楽」

◆明治期新聞小説の第一人者村井弦斎(1863―1927)の代表作。物語のヒロインお登和が料理し蘊蓄を傾ける和洋中華六百数十種の料理を盛り込んだこの「奇書」は、明治36年1月から1年間『報知新聞』に連載され熱狂的な人気を博し、単行本として刊行されるや空前の大ベストセラーとなった。(解説=黒岩比佐子)(全2冊)

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かく言う〝珍念〟トマトは毎日食べていますが『食道楽』の本、読んでみたい。 あ・・・顔がトマトのように・・・?
きょうも灰色の脳細胞は冴えません!


元日本兵の奥村和一さん

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   世界で初めて“日本軍山西省残留問題”に正面から斬り込んだ衝撃のドキュメンタリー!

  私たちは上官の命令に従い、蟻のようにただ黙々と戦った―。終戦直後の山西省で何が起こっていたのか?

 

元日本兵の奥村和一さんは中国・山西省で敗戦を迎えた。帰国を待ち望んでいたが、ある日上官が言った。「特務団の編成命令が下った。残ってくれるか」。事実上の残留命令と受け止め、従うしかなかった

   ◆

中国は国民党と共産党の内戦状態だった。山西省を支配する国民党系軍閥は、駐屯していた日本の北支派遣軍第一軍を残留させ共産党軍の進出を食い止めようと画策。第一軍幹部もこれに同調し、5万9千人のうち約2600人を残して特務団を編成した

   ◆

日本兵は死闘に巻き込まれ、49年4月に壊滅状態になるまでに約550人が死亡した。奥村さんも重傷を負った。抑留生活を経て54年9月に帰国し、初めて知った。残留日本兵は46年に「現地除隊」され、軍籍を抹消。自ら志願し、国民党の傭兵として戦ったことにされていた―と

   ◆

第一軍参謀らは終戦間際、資源豊かな山西省で日本軍を温存するなどの独り善がりの戦後構想を描き、残留につながる下地を作る。司令官は軍閥に守られ戦犯に問われず、内戦さなかに帰国した。池谷薫著「蟻の兵隊」は軍と組織の理不尽を告発している

   ◆

戦後、国の判断は「残留は志願」とする司令官の主張に沿った。3年前、86歳で亡くなった奥村さんは真相と責任追及に生涯をかけた。そのドキュメンタリー「蟻の兵隊」の上映会が、30日に軽井沢町の信濃追分文化磁場「油や」である。<斜面>

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最も参考になったカスタマーレビュー <By nappunsaram>

 山西省残留日本兵問題の真相

◆毎年夏には,邦画・洋画を問わず何となく“戦争関連作品”に目が行ってしまいます。この夏は,「ヒットラーの贋札」「明日への遺言」そして本作が3本目です。本作は,第二次大戦後も上官の命令で戦争を続けた男たちのドキュメンタリーです。

◆中国・山西省に残留させられ,国民党軍として中国の内戦を戦った,およそ2600名の元日本兵たち。彼らは,終戦10年後に帰国しますが,国からは逃亡兵として扱われ“残留は自らの意思によるもの”とされて,戦後補償は認められませんでした。自身が戦争の被害者であり加害者である奥村和一さん(80歳)は,“自分たちは何故残留させられたのか”その証拠を探すために中国を訪れ,過去の自分たちの行為に向き合います。

◆奥村和一さんが軍人恩給の支払いを求めた最高裁の判決は控訴棄却,法廷さえ開かれなかったようですが,奥村さんの活動は“戦争とはいかに惨いものであるか”を命ある限り語り継ぐことに執念を燃やしているように見えます。
とても重い映画で,興行的には成功とは思えませんが,一見の価値があります

By おじいさん  VINE メンバー

◆私は1945年8月15日敗戦、日本軍の兵士達は戦争から解放されたと思っていた。 その後、戦勝国からある基準でもって処罰をうけ、各人処遇をうけたと想像していた。しかし、この想像は間違いであった。『日本軍山西省残留問題』という予想せざる事態があったという。

◆日本軍将校と中国国民党の密約であった。兵士は次のような命令を受けた。日本国の「残留命令」に従い日本兵として中国国民党のために、 更に中国での日本帝国陸軍復興の核として中国共産党軍と戦うこと。兵士は命令通り、残留し4年間国民党と共に日本兵として戦争を継続し、敗戦後5年間抑留された。

◆この事実を日本国は認めなかった。彼らは、納得できない。彼らは日本国家相手に事実を認めさせようとした。裁判闘争となった。その闘いの中心人物は八十才を越えた奥村和一である。彼は中国にわたり 証拠をあきらかにする行為を開始する。

◆この執念。彼に惚れ込んだ監督池谷薫。かくして、不思議な映画ができあがった。国家にとって兵士とは何か。兵士は命令に抵抗できるのか。偉大なるドキュメント。久しぶりにみた八十才を越えた日本男児たちの姿。迫力あり。
必見。

Do


  怒髪天を衝く 

69回目の「終戦の日」

Okinawa

 

  都内の大学祭に足を運んだ時のこと。沖縄から戦争体験者を招き、「ありったけの地獄」といわれた沖縄戦の実態を伝えていた

▼テーマは「継生」。「継承」の間違いかと思いきや、戦争を知らない学生たちが、戦争体験を「継いで」「生きる」との強い思いを込めてつくった言葉だった

▼昨年8月の沖縄取材を思い出した。15歳の時に沖縄戦を体験した婦人が、未来部員5人に戦争体験を語った。沖縄戦等で犠牲になった24万人以上の名前が刻まれた「平和の礎」でのこと。婦人は2人の名前を手で触った瞬間、「ごめんね」と泣き崩れた。戦火を免れるために故郷を離れる際、防空壕に残した親戚の姉妹の名前だった

▼ぼうぜんと立ち尽くす5人に、婦人は静かに訴えた。「誰一人、死にたくて死んだわけではありません」「ここに刻まれた方々の〝声なき声〟を、全世界の人に伝える使命があるから、私は生きているのです」「皆さんが私の戦争体験を受け継ぎ、次の世代につなげてください。そのときが私自身の終戦日です」

▼婦人の体験を聞いた未来部員は「沖縄の根底からの叫びを聞いた」と語った。戦争を追体験することが、一人一人の心に「平和の砦」を築く。69回目の「終戦の日」――自らが「継生」の人でありたいと思う。【名字の言】

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ふと脳裏に{UNESCO憲章}が想い浮かぶ!

〇「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」「政府の政治的及び経済的取極のみに基づく平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって平和は、失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かなければならない」と

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【沖縄研修道場の歴史】

◆沖縄研修道場は、かつての米軍「核ミサイルメースB基地」跡地に、1977年にオープンしました。当初はミサイル発射台を取り壊す予定でしたが、「基地の跡は永遠に残そう。人類は、かつて戦争という愚かなことをしたのだという、ひとつの証として」との池田名誉会長の提案で、6体のブロンズ像が建つ「世界平和の碑」へと生まれ変わりました。

◆池田名誉会長は1964年12月2日、戦争で最も苦しんだ沖縄の地で小説「人間革命」の執筆を開始されました。その意義をとどめて、研修道場内には「人間革命の碑」が建立されています。

「終戦の日」筆者は3歳でした。食べるものがなく、お腹の虫が鳴いていました死ぬ前に、ご飯を腹一杯食べたい。卵とバナナが食べたいと・・・・

 戦争は絶対してはいけません。しても どんな手段を使っても勝たなきゃ駄目です。勝てば官軍ですから「ソ連は日ソ不可侵平和条約}を破り北方4島を占領している。アメリカは、非人道兵器を使用し広島・長崎に原爆を投下し、無差別に爆弾を落とし多くの人を殺した。

ハーグ陸戦条約と使用禁止兵器

23条1項では「毒、または毒を施した兵器の使用」を禁じている。また、同条5項では「不必要な苦痛を与える兵器、投射物、その他の物質を使用すること」を禁じている。しかし「不必要な苦痛」の明確な定義がないため、曖昧なものとなっている

○読者の皆さまへ ちょっと(我田引水)とお叱りを被るやも知れません。
<珍念>の筆致の未熟さにお許し下さい。

「あかいセミ」という絵本

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   落語家の最大の敵は客席のあくびかもしれぬ。あそこでもここでもと続けば、高座は針のむしろである

◆では物を売る仕事にとって最大の敵は何か。昨日発表された国内総生産速報値が示すように、景気や増税の影響がもろに響く。いやもしかしたら、それと同じくらい手ごわい敵がもう一つ。万引である

◆25万円のおもちゃを盗まれた東京の古物商が、万引犯とされる男の写真を公表しようとした。賛否両論巻き起こり、店側は一昨日未明、公表をやめた。妥当な判断だが、普段からよほど万引が腹に据えかねているのだろう

◆万引倒産という言葉まで見聞きする時代だ。例えば書店が1冊被害に遭ったとする。本の利は薄いと聞くから、損失を埋めるには何十冊も売らないといけない。客席のあくびではないが、一つ一つは小さくとも、重なれば経営を刺す痛い針になる。きっとこの古物商も
◆「あかいセミ」という絵本がある。万引をめぐる夏休みの物語だ。見知った文具店で消しゴム1個を盗んでしまった男の子が、大変なことをしたと苦しむ。気持ちがすさんでセミの羽までむしり取る。打ち明けられたお母さんが…と話は進む
◆高価な人形を盗んだ男はどうだろう。打ち明ける人がいるかどうか知らないが、品を返す勇気もなく、つらい夏を送っているのではないか。【正平調】

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▼「あかいセミ」 内容紹介
けしゴムをぬすんでしまった。まっかなけしゴムを見ていたら、だんだんこわくなってきた。気持ちが荒れて、妹とプールに行く約束をやぶったり、セミの羽をちぎってしまったり…。ぼくはどんどんわるい人間になってしまうんだろうか…。

<編集部からのおすすめ>
ほしかったけしゴムでもなんでもないのに、けしゴムをぬすんでしまう。罪悪感で普段とはちがう行動をとってしまい、それがまた心の負担になっていく…。周囲の人のくったくのない様子と対照的に、重いものを背負ったこどもの心の動きを鮮やかに描き出しています。作者の温かな目が感じられる絵本です。

○扱いにくかろう「万引き」をテーマによくぞ描いてくださったと感謝です。小さい頃、「万引き」とは知らずに、自分の物と他人の物という区別がつかない程度の頃の叱り方、対応の仕方は親としても周りの大人達もただ何となく皆同じような感じだろうと思います。が、少し大きくなった小学生くらいから、事の善悪も把握した上での「万引き」ともなると親としては、なんで!と攻めるか、どうして!?と情けなくなるか。

○親の力量が量られるような気がします。この絵本では、大きな母親の愛情が溢れる対応の仕方が当たり前のようだけれど、中々出来ない良い例として心に深く残ります。子供達にはもちろん「万引き」の事の重大さ、重く重く心に刻まれて欲しい物です。

○最近1年生の息子は、私が見知らぬ動物の小さなフィギアを筆箱に見つけたので、何日かどうしたのと聞いても答えてはくれませんでした。でもこの絵本を読んでからか否かは分かりませんが、落とし物箱からもらってきてしまった事を話し、元の落とし物箱に戻したことを聞きました。良し!と頭を撫で回しました。あっ肝心要のゆっくりしゃがんで”ぎゅう”とするのを忘れてしまいました。まだまだ未熟な母であります。
(1姫2太郎ママさん 40代・ママ 女の子16歳、男の子14歳、男の子 6歳)


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  かく言う〝珍念〟 コメントは『蛇足』・・・・・

 

「一億総ガキ社会」

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 例の号泣県議の会見以来、もはやどんな地方議員の失態が発覚しても驚かないはずだったが…。大阪維新の会の34歳の大阪府議が起こしたトラブルもまた、お粗末の一言につきる。

 ▼昨年、地元の祭りで知り合った女子中学生と、無料通信アプリ「LINE」でやりとりを続けてきたこと自体、首をかしげる。やがてグループからはずされると、脅迫まがいのメールを送るようになった。「絶対に許さない」「ただでは済まさない」。幹事長の松井一郎知事は、「大人として成長が足りない」と苦言を呈した。つまり、子供が府議を務めていたことになる。

 ▼議員だけではない。長崎県の小学校では、休み時間中に児童とゲームをしていた男性教諭が、「先生に負けたら窓から飛び降りてもらおうかな」などと発言していた。冗談だったとしても、この教諭は、「命の大切さ」をどのように伝えてきたのだろう。

 ▼日本社会の幼稚化が、指摘されて久しい。クレーマーやモンスターペアレントのように、何でも他人のせいにしたり、すぐに「キレ」たりする大人が増えた。子供時代は不登校やひきこもり、大人になってからは、出社拒否や「うつ」という形で現れる、「打たれ弱さ」も目立つ。危険な薬物への依存症も、深刻な問題だ。

 ▼精神科医の片田珠美さんによると、これらの社会問題の根源には、同じ病理が横たわっている。「自分は何でもできる」という幼児的万能感をいつまでも引きずる、「成熟拒否」の蔓延(まんえん)が、その正体だ(『一億総ガキ社会』光文社新書)。

 ▼片田さんは、成熟した大人になるためには、若い頃から転んでは起き上がる体験を繰り返すしかない、という。もちろん、敗者復活が容易な社会を築くことが、前提となる。<産経抄>


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『一億総ガキ社会』 商品の説明  内容紹介

◎ 概 要
 急増するひきこもりや新型うつ病・ 何でも他人のせいにする他責的クレーマー
覚醒剤や合成麻薬などによる依存症・「スゴイ自分」(=幻想)を保つためになら、何でもする人々・・・

◎ 内 容
 精神科医である筆者が最近の臨床現場で感じている、3つの特徴的な傾向がある
 1、ひきこもりの増加にみる打たれ弱さ、
 2、何でも他人のせいにして切り抜けようとする他責的傾向、
 3、覚醒剤や合成麻薬などにすがる依存症の増加......。

〇これらの根源に横たわるのは、実は同じ病理である。いずれも、「こうありたい」という自己愛的イメージと、現実の自分とのギャップが大きすぎ、ありのままの自分を受け入れられないのである。

○「自分は何でもできるんだ」という空虚な幼児的万能感をひきずったままの若者・大人の増加。その「成熟拒否」の背景には、親の側の過大な期待と、現在の幼・青年期には失敗や喪失体験が少なく、精神分析でいう「対象喪失」が機能しなくなっていることがある。

○本書では、臨床例・事件例をもとにこの問題を分析。喪失を受けとめ、地に足のついた真の再生を果たすための処方箋を示す。

内容(「BOOK」データベースより)

○「スゴイ自分」(=幻想)を保つためなら何でもする…急増するひきこもりや新型うつ病、何でも他人のせいにするクレーマー、覚醒剤や合成麻薬などの依存症。精神分析からのアプローチ。

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 で・・・具体的には? 天然呆けの筆者に、理解できるように何方か教えて下さい。お願い申し上げます!

 これ以上、吠えると血圧が上がる・・・(`ε´)

<未来の食卓>

<アレルギー番外編> ご飯食べれば花粉症が治る


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 農業生物資源研究所の高野誠氏らが開発した
 花粉症治療米=茨城県つくば市で




 杉林(すぎばやし)家のダイニングキッチン・二〇二〇年春

 夫の茂(しげる)(36)、妻の花(はな)(33)、長女の舞子(8)が朝食のパンを食べている。 
 茂 「へっくしょん」舞子 「くしゅん」

 花 「二人とも花粉症ひどいわねえ。そうだ! 明日からパンやめて、ご飯食べよう。ご飯」

 茂、舞子 「ご飯?」

 花 「お向かいのご主人もご飯で花粉症治ったんだって。コシヒカリだからおいしいよ」

 茂、舞子 「???」

     
 将来こんな情景が現実になるかもしれない

 ▼国民の二~三割が悩むスギ花粉症。現在普及しているのは抗ヒスタミン剤などを服用してアレルギー症状を抑える対症療法。毎春、薬を飲む必要がある。医療費は年二千三百億円程度とされ、家計にも国の財政にも負担となっている。

 ▼農業生物資源研究所(茨城県つくば市)が研究するのは一度治せば花粉を浴びても発症しなくなる原因治療(根治治療)だ。

 ▼コシヒカリの遺伝子に花粉症の原因物質を組み込み、これを半年ほど「一日一膳」食べれば免疫がつき、アレルギー反応が起きなくなる。「現在の根治療法は花粉エキスの注射を打つか、舌下にエキスを垂らす方法で数年かかる。ご飯を食べるだけなら簡単です」。高野誠・遺伝子組換え研究センター長が言う。

 ◆遺伝子組み換え利用 「食べる薬」開発加速
 約三百匹の野生のサルを餌付けする「淡路島モンキーセンター」(兵庫県)。農業生物資源研の高野誠氏は花粉症に苦しむサルに「スギ花粉症治療米」を与える実験をしている。

 ▼「血液を調べるとアレルギー症状を起こすヒスタミンが減っており、有効性は確認できた」という。自身も花粉症の高野氏は「安全性審査などが順調に進めば十年弱で医薬品として認可される」と意気込む。

    
 ▼「食べる薬」の開発が急速に進んでいる。植物が持つ遺伝子を細胞から人為的に取り出し、別の作物の遺伝子に組み入れる「遺伝子組み換え」(GM)技術が利用される。米国で害虫に強い農作物を生産するために発達した技術を応用、病気治療など人間に直接メリットがある効果を植物から引き出そうというのだ。

 ▼食べるとアトピーや胃潰瘍がよくなる-。奈良先端科学技術大学院大学と京大は、こんなレタスを開発した。「野菜ジュースとして一本二百~三百円なら普及するのではないか」。同大学院大学の横田明穂特任教授は期待する。従来のGM農作物は手間を省きたい農家のために開発され、消費者視点に乏しかった。一方「治療薬は人の命や健康のために開発される」(横田氏)ため、社会的に受け入れられやすいとみる。

 ▼すでに市販の例も。先月、イチゴが原料の犬の歯周病の治療薬が発売された。北海道の農薬会社「ホクサン」と産業技術総合研究所(産総研)などの共同開発。GM植物が原料の動物用薬品の商品化は世界初だ。国内の犬の八割以上がかかる歯周病。心臓疾患も起こす怖い病気だが、従来は全身麻酔で歯こうを削るしかなかった。「新薬は粉末状のGMイチゴを自宅で週二回、愛犬の患部に塗れば五週間で完治する。犬の負担は軽く、治療代も安い」(松村健・産総研植物分子工学研究グループ長)。研究所の植物工場で年間百万匹分のイチゴを栽培、薬は動物病院で処方する。

 ○「食べる薬」は製薬業界だけでなく世界競争にさらされる国内農業への波及も期待される。だが、課題も多い。

 ○GM治療薬の原料作物は自然界には存在しない。拡散した場合、自然の植物との交配で新しい特性を持つ植物を生み生態系への悪影響を及ぼす可能性がある。実際、国の調査では輸入したGMトウモロコシが熊本・八代港で自生しているのが確認されたこともあり、自然界への拡散を防ぐ仕組みをつくれるかがカギだ。

 ○先端の科学技術を紹介する日本科学未来館の科学コミュニケーター・堀川晃菜氏は「GM技術は放射性セシウムを吸着する植物など市民にメリットがあるものなども研究され、来館者への聞き取りでも許容する人は増えている」と指摘。だが「最終的に選ぶのは消費者。情報公開をつくし消費者の理解を得ることが課題になる」と話している。 (山口哲人)

<遺伝子組み換え(GM)作物と医薬品> 

 ○GM作物の輸入や栽培は環境への影響や、食品安全性を国が審査・承認する。国内では消費者の目は厳しく、「青いバラ」以外は商業栽培されていない。ただ、海外からは大豆、トウモロコシなど年間1600万トンが主に食用油や飼料用に輸入されている。一方、GM作物を原料とする医薬品は薬事法の承認も必要。市販されたのは犬の歯周病治療薬が初めて。【東京新聞】


 
Photo_3 髪の毛が生える(治療薬)が出来たら嬉しい!
 先端の科学技術はどこまで{生命の尊厳}をコントロール
 するのか。
 悍ましい二面性を持っている。「ダモクレスの剣」がふと、脳裏に浮かぶ・・・・
 
 

 

 

「無舌居士」

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  三遊亭圓朝肖像画








  「無舌居士」とは江戸落語中興の祖、三遊亭円朝の戒名である。一九〇〇(明治三十三)年に六十一歳で没している。十一日は円朝忌だった。東京・谷中の全生庵(ぜんしょうあん)では恒例の「円朝まつり」が三十一日まで開かれ、円朝が怪談創作の参考にした幽霊画の数々が一般公開されている

▼「無舌」。話芸には欠かせない舌をいらない、使わないとはなかなか理解しにくいが、幕臣で円朝には禅の師匠でもある山岡鉄舟の教えに由来するのだという。舌で話すな。心で話せ。円朝は教えに従って「無舌」と号した

▼円朝が目指した「無舌」の境地を推し量ることはかなわぬが、心で話せとは、その人物の心になれ、ということであろう。こんな逸話が残っている

▼弟子が「品川心中」を演じた時のこと。心中の相談をする、「おそめ」と「貸本屋の金蔵」の演じ方を円朝が叱った。「死のうという男女が大声でスラスラ話の出来(でき)るものか、出来ないものか、考えたって分かりそうなものじゃないか。心なしで話すから少しも情というものが移らないのです」(永井啓夫『三遊亭円朝』)

▼芸はともかく、世の中は無舌どころか、大声の時代かもしれぬ。「心なし」に大声を上げれば、ある程度の無理も通ると考える風潮がないか

▼昔から全生庵で座禅をする政治家もいらっしゃると聞くが、「無舌」の境地に至った方のことはあまり聞かぬ。【中日春秋】


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う~ん!、「無舌」の境地。 一言居士の〝珍念〟全然備わっていません。
足りないのは(髪の毛)だけでは、ないようです。きっと、あの世で「閻魔さま」から苛められる・・・深く反省し恥じています・・・・

平和への願い!

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   近刊の『こども歳時記 母と子で読むにっぽんの四季』(第三文明社)を手にした。本紙18年の連載をもとに、「夏」編から刊行された。今後、秋、冬、春と続くという

▼折々の風物詩をテーマに、安井康二さんの愛らしい童画と、橋出たよりさんによる、子ども目線のエッセーが光る。「花火たいかい」では、「わくわくするのに/なんだかちょっとさびしいきもち」と、子どもの繊細な心がつづられる

▼童心のままに生き、絵を描いた画家・山下清の代表作の一つに、貼り絵「長岡の花火」がある。七つの大小の花火を見上げる群衆が、精緻に表現された傑作である。新潟・長岡の花火大会は、135年前にその起源があるそうだが、戦後は、戦争被害者の慰霊、恒久平和の思いを込めて打ち上げられてきた。そして2005年以来、中越地震からの復興を願う「フェニックス」(不死鳥)と名づけられた花火が、夜空を彩るようになった

▼花火が好きだった山下画伯は言った。「世界中の爆弾を花火に変えて打ち上げたら、世界から戦争が無くなるのにな」(映画「この空の花―長岡花火物語」)

▼この夏、親子で花火を楽しむ機会があれば、平和への思いを一夜の大輪に寄せて、子どもの素直な心に語ってみてはどうだろう。(名字の言)

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『こども歳時記 母と子で読むにっぽんの四季』
(最も参考になったカスタマーレビュー 四季おりおりの日本の豊かさを再発見  By あっきー 

○連載中は毎月楽しみにしていました。四季おりおりの様々な行事や文物を多彩に取り上げながら、こどもの目線でそれぞれの世界の魅力が丹念に表現されます。的確なことばとリズミカルなタッチ。平明にして味わい深く、大人には幼い頃の光景が懐かしく思い出され、人生への愛おしい思いがふつふつとわいていきます。

○春夏秋冬で1冊ずつ。シンプルなデザインや見開きに1編ずつの体裁にも親しみがあります。現代の古典として後世に勧め継いで いきたい珠玉の詩文集です。



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(映画「この空の花―長岡花火物語」)

 ○
市井の人々の"勇気と祈り"で平和を作り、何度でも蘇り復興を遂げてきた町、長岡 ほとんどの登場人物は歴史の中の実在の人物たちであり、歴史的事実を革新的なセミドキュメンタリィ・タッチの劇映画として綴る。いま、ひとつの、とてつもなく壮大な物語世界ワンダーランドの花が夜空に咲く!!
         
     <ストーリー>
  ○天草の地方紙記者・遠藤玲子(松雪泰子)が長岡を訪れたことには幾つかの理由があった。ひとつは中越地震の体験を経て、2011年3月11日に起きた東日本大震災に於いていち早く被災者を受け入れた長岡市を新聞記者として見詰めること。そしてもうひとつは、何年も音信が途絶えていたかつての恋人・片山健一(髙嶋政宏)からふいに届いた手紙に心惹かれたこと。

 ○山古志から届いた片山の手紙には、自分が教師を勤める高校で女子学生・元木花(猪股南)が書いた『まだ戦争には間に合う』という舞台を上演するので玲子に観て欲しいと書いてあり、更にはなによりも「長岡の花火を見て欲しい、長岡の花火はお祭りじゃない、空襲や地震で亡くなった人たちへの追悼の花火、復興への祈りの花火なんだ」という結びの言葉が強く胸に染み、導かれるように訪れたのだ。

 ○こうして2011年夏。長岡を旅する玲子は行く先々で出逢う人々と、数々の不思議な体験を重ねてゆく。そしてその不思議な体験のほとんどが、実際に起きた長岡の歴史と織り合わさっているのだと理解したとき、物語は過去、現在、未来へと時をまたぎ、誰も体験したことのない世界へと紡がれてゆく━━!

    『君の(引用)はたくさんだ。自分の言葉で語れ』の格言が仄かに聞こえる!
    『恐れ入谷の鬼子母神』・・・・ (A;´・ω・)アセアセ

 

「半径3メートル以内」

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   「企画は半径3メートル以内にいっぱい転がっている」。スタジオジブリの鈴木敏夫さんが著書「仕事道楽」(岩波新書)に書いている

◆宮崎駿(はやお)さんの言葉だが、スタジオ全体の哲学のようなものなのかもしれない。「声がいい」と、いきなり声優に指名されたり、知人の知人ということで仕事を任されたり。そう言われるといろんなことが「半径3メートル以内」にぎゅっと詰まっている気がする

◆この人も、身近な人々や思い出を大事にしながら、世界中の子どもたちを夢中にさせる話を紡ぎ出した。童話「ムーミン」の原作者トーベ・ヤンソンさんだ。昨日9日で、生誕100年になる

◆ムーミンの大切な友だちで、自由と孤独を愛するスナフキンはヤンソンさんのかつての恋人がモデルだそうだ。ムーミン谷の生き物を温かく見守る「おしゃまさん」は大の親友。ムーミンパパやママには、もちろん自身の両親のイメージが生きる

◆小さな谷の出来事は、この物語が大好きな子どもたちの周囲に転がっている。冒険話を聞くときのドキドキ感、あらしの夜の怖さ、楽しみな夏のお祭り。僕もわたしもすぐにムーミンや人気者のミイになれる

◆半径3メートルか。身近な顔ぶれを思い描く。彼はスナフキン、彼女はミイかな。あいつはつかみどころのないニョロニョロ。【正平調】

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    『起承転結』 お見事。コラムニストの筆致は冴えている!

 ロシアの文豪「トルストイ」が悩める友に教えた民話が、ふと脳裏に浮ぶ!

◎皇帝の三つの質問

―皇帝が三つの質問の答えを探していた「一番大事な時はいつか? この世で一番大事な人は誰か? 今何をなすべきか?」

○賢者に聞いても分からない。落胆して散歩に出たときに出会った少女に尋ねると、「一番大事な時は今この時、大事な人は今自分の横にいる人、なすべきことは自分の横にいる人に善を行うこと」

○皇帝は喜び、少女が持っていた重い井戸水を代わりに運んであげた、というもの“あれこれ悩むより、かけがえのない今を悔いなく生きよ! 眼前の一人を救え!”と、文豪は友を励ましたのだった

○人は悩むと観念の迷路に陥りがちだ。だが、行き詰まりを打破するには行動しかない。

○愚か者の【珍念】重い井戸水を汲んでいた少女に恥じています。<皇帝の三つの質問> 胸にずしりと響きます。

一番良い解答は、即 実行することです ゜.+:。(*´v`*)゜.+:。

「勇気があるかないかで、人生は百八十度、変わってしまう」

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   顔を合わせて語り合う時、相手から受け取るメッセージは、電話やメールの何倍も大きい。言葉以上に非言語のコミュニケーション、すなわち、声やしぐさや表情が多くを伝えるからだ。「会えて、うれしい」「ずっと心配していた」「応援しているよ」――その心が心に届く

▼高名な作家が高校生だった時のこと。とても優秀な同級生がいた。人気者の彼がある時、学校を休んだ。大会社の社長である彼の父親が、不正をして検挙されたというのだ。新聞は家庭の写真まで掲げ、非難を書き立てた

▼3週間目、彼が突然、学校にきた。休み時間に廊下の隅で一人、窓の外を眺めていた。彼は優しい言葉を求めているはずだ。彼の誇りを傷つけずに、どう近づこう――迷う間に始業ベルが鳴った。彼は学校を出て、ついに再び現れなかった。オーストリアの作家ツヴァイクの回想である(三宅正太郎著『裁判の書』角川文庫)

▼池田名誉会長はこの逸話を通し、若き友に、励ましの声を掛ける勇気の大切さを語った。「勇気があるかないかで、人生は百八十度、変わってしまう」と

▼「一期一会」という言葉があるが、今という時を逃せば、もう次はないかもしれない。友好を深める好機の夏。迷ったら、思い切って会いに飛び出そう。【名字の言】

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  『頂門の一針』! 【恐れ入谷の鬼子母神】・・・・

「吾輩(わがはい)は猫である」

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 文豪、夏目漱石のデビュー作「吾輩(わがはい)は猫である」は、猫の目を通して世相を映し出す小説である。中でも「吾輩」の口から飛び出す人間批判は痛烈かつ痛快である

▼まずは「人を逆さにしたり、頭へ袋をかぶせたり、抛(ほう)り出したり」と子どもの横暴に憤慨。次いで仲間の「人間程不人情なものはない」という嘆きを披露する

▼何でも筋向こうの猫の体験談らしい。玉のような子猫8匹を産んだところ、書生がそっくり裏の池に捨ててしまった。その残虐非道を猫は涙ながらに話したという

▼スケールはもっと大きくなって、大空と大地の創造の歴史へと話が及ぶ。「彼等(かれら)人類はどの位の労力を費やして居るか…自分が製造して居らぬものを自分の所有と極(き)める法はなからう」と問いただす

▼大地に棒杭(ぼうくい)を立てて区切るのは青空に縄を張り「この部分は我の天、あの部分は彼の天と届け出るようなもの」と手厳しい(中村明著「吾輩はユーモアである」岩波書店)

▼漱石先生もさすがに空には縄は張れまいと思ったようだ。ところがウクライナ上空1万メートルを飛行中のマレーシア航空機が地対空ミサイルで撃墜された

▼南シナ海では勝手に縄張りを主張し、隣国を脅かす大国もある。地球はいま大空と大海と大地、あらゆるところで領有権争いが起きている。猫の「吾輩」が指摘した人間の傲慢(ごうまん)さはあながち的外れとも言えない。【越山若水】

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     「吾輩はユーモアである」岩波書店) 内容紹介Photo_2

『吾輩は猫である』を彩るユーモアの数々。人間や社会に対する痛烈な批判をひそめつつ、作中で笑いをかもしだす漱石の発想と表現を、言語技術に注目して全編をきめ細かく鑑賞し、笑いを誘う手段ごとに楽しく解説する。文体論・表現論研究の第一人者が誘う“笑いの漱石入門"。笑いの奥にほの見えるのは、作家自身の人間像――。

内容(「BOOK」データベースより)

  『日本語 語感の辞典』など数多くの著書でおなじみ、文体論・表現論研究の第一人者が、夏目漱石『吾輩は猫である』を彩る“笑い”の世界に同行する。人間や社会に対する痛烈な批判をひそめつつ、作中で可笑しみをかきたて、パレードのごとく繰り広げられるユーモア表現の数々。

それらの言語技術に注目して全編をきめ細かく鑑賞し、笑いを誘う手段ごとに分類して楽しく解説する。作家自身の人間像までもが垣間見えてくる、“笑いの漱石入門”。

かく言う〝珍念〟『論語読みの論語知らず』恥じている。 ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

「コンタクト」

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 宇宙人が出てくる映画は、荒唐無稽なものが多い。そのなかで、1997年に公開されたハリウッド映画『コンタクト』は、天文学者にも好評だったという。原作は、日本でもおなじみの天文学者、故カール・セーガン博士のSF小説だ。

 ▼周囲の無理解と闘いながら、電波望遠鏡を使って宇宙人の探査をしていた女性天文学者がある日、謎の電波をキャッチする。なんと地球から26光年離れた星から届いた、メッセージだった。彼女はそこに記されていた方法で、宇宙人との「コンタクト」(接触)を図ろうとする。

 ▼宇宙人は学問的には、地球外知的生命体と呼ばれている。彼らが放つ電波を捉えようとする試みは、実は半世紀前から続けられてきた。残念ながら、いまだ宇宙人実在の証拠は見つかっていない。ただ、希望の光が差し込むニュースが先週届いた。

 ▼太陽系から約500光年の地点で、液体の水で表面を覆われた、つまり海の存在が期待できる惑星が、発見されたという。言うまでもなく、水は生命の存在に欠かせない。観測した米航空宇宙局(NASA)によれば、地球とほぼ同じ大きさで、性質も「双子」ほどではないが、「いとこ」と呼べるほど似ている。

 ▼そんな惑星が今後次々に見つかれば、「天の川だけで100万の文明がある」との、セーガン博士の予想が現実味を帯びてくる。ひょっとして、宇宙人の方が先に地球人を「発見」して、すでに観察を始めているかもしれない。「宇宙の常識」に照らして、われわれは恥ずかしくない振る舞いをしているのだろうか。

 ▼映画のなかで、宇宙人の探査に熱中する理由を恋人に聞かれた天文学者は、こう答えていた「人間とは一体何者なのか、知る手がかりになると思う」産経抄】

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SF映画「コンタクト」とは・・・・1997年 アメリカ映画

◆地球外生命体の存在を信じていた女性天文学者が未知なる世界への旅に出て、地球外の知的生命体と接触した姿を描くSF超大作です。主演ジョディー・フォスター

◆科学と宗教、頭脳と心、ヒロインの心の成長、恋人たちの物語などさまざまな要素を盛り込んだ多面的な構成のSF物語。96年に他界した宇宙科学者カール・セイガンの同名小説(邦訳・新潮文庫)に基づいて映画用に脚色製作されました。監督は「フォレスト・ガンプ 一期一会」のロバート・ゼメキス。

◆電波天文学者のエリー(ジョディ・フォスター)は、砂漠の電波天文台で観測中に恒星ヴェガ付近から地球に向けて電波信号が発せられていることに気づく。彼女は物心ついた時から常に、「なぜ私たちはここにいるのか。私たちは何者なのか」という疑問の答えを求めていた。

◆彼女は地球外生命体からのメッセージの探究をテーマに選び、大多数の科学者からの嘲笑や成功の確率の圧倒的な低さにも関わらず、宇宙からの電波の観測を続けていた。地球に向けて電波信号は実は地球に向けてのメッセージだったのです。

◆このメッセージには、乗員を宇宙へ運ぶことのできる宇宙間移動装置=ポッドの設計図が含まれていました。建造が決定し、乗員の志願が始まりました。
だが、運転テストの当日、テロリストが爆弾を爆発させて装置は破壊され、彼女の功績を妬む科学者ドラムリンも死にました。

◆エネルギー界にポッドが落とされた瞬間、めくるめく光のチューブ=ワームホールを抜けて時空間を移動する。一面に広がる青い海と白い砂浜に降り立った彼女の前に、死んだはずの父テッドが現れた。意識を読み取った知的生命体がテッドの姿を借りたのだった。

◆エリーは「この広い宇宙で、私たちは独りぼっちではない」と実感していく。実験は失敗に終わり、再び電波観測の任に就いた彼女は、砂漠の真ん中であの体験に思いを馳せるのだった。タグ:アメリカ SF映画 知的生命体( ウィキペディア)

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二つの心

映画のなかで、宇宙人の探査に熱中する理由を恋人に聞かれた天文学者は、こう答えていた「人間とは一体何者なのか、知る手がかりになると思う」

『生命なくして、経済も、教育も、科学も、政治もありません。一切が、人生、社会の幸福を追求するための分野なのです。根本は全部人間です。生命です。その生命とは何かという根本解決の道が、宗教じゃありませんか』と。池田大作名誉会長は語る。

◇ うぃ うぃ {感心上手の行ない下手}にならないように!『珍念』 蝸牛(かたつむり)の歩みに負けないように精進したい! \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

広島原爆の日

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広島に投下された原爆によって巨大なキノコ雲が生じた(米軍機撮影)。
キノコ雲の下に見えるのは広島市街、その左奥は
広島湾

広島に原爆を投下した爆撃機「エノラ・ゲイ」の乗組員は、先月のバンカーク氏の死去に伴い、全員が世を去った。いや応なき時の流れだ。彼らの受けた命令は、目標地点に爆弾「リトルボーイ」を投下すること。69年前のきょう、作戦は実行された。戦後の彼らは、自身の行為を正当化し、謝罪を拒んだ




▼一方、原爆開発の「マンハッタン計画」に携わる科学者の任務は爆弾の製造。ただ一人、計画から離脱したロートブラット博士は、他の同僚が計画に参加し続けた最大の理由を「純粋で単純な『科学的好奇心』」と、池田SGI会長に語った

▼巨大プロジェクトの局面、局面で、当事者は職業的使命を遂行した。その結果、広島・長崎の20万を超える人々が殺された。だから、同博士も署名した「ラッセル・アインシュタイン宣言」は訴える。「あなたがたの人間性を心にとどめ、そしてその他のことを忘れよ」と

▼軍人である前に、科学者である前に、政治家である前に、あるいは記者である前に、「人間」であること。回り道のようだが、この根本からの思考なくして、絡み合った核をめぐる軍事外交ゲームの糸を解きほぐすことはできない

▼そのためにきょう一日、静かに広島の声に耳を傾けたい。深く心にとどめ置くために。【名字の言】

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   珍念の(コメント)は『蛇足』・・・・・

子ども映画祭20年

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 「映画祭は大人のものですか」。オフィスを訪れた子どもたちが聞いた。「そういうわけでは…」と窮するディレクターをなお攻める。お見事、かわいい交渉団。翌1978年、世界三大映画祭の一つ、ベルリン国際映画祭に児童映画部門ができた

▼子どもの権利条約に日本が批准した1994年。心を受け継ぐ映画祭が京都で始まった。キンダーフィルムフェストきょうと。子どもが上映全作品を見て、グランプリを決める

▼これまで内外の長短約200本を紹介した。審査は白熱。中学生だった狂言師茂山逸平さんが参加した年も票が割れた。自分の言葉で周りを説得する難しさを学んだ-と顧みる

▼黒子役の大人が毎回資金をかき集め、20年の歴史を積み上げた。今回は7~10日、京都文化博物館(京都市中京区)で開く。記念事業として、アニメ作りの材料を携え、被災地の宮城県女川町にも映画を届ける予定という

▼審査員だけでなく、多くの子どもが運営を担う。開幕目前、字幕のない作品に音声を付けたり、観客を出迎える映像の撮影に忙しい

夏休み、映画で世界への扉を開けよう。会場で、銀幕の中で、たくさんの子どもが出会いを待っている。はるかな国の子を親友のように感じ、隣の国でも違う暮らしぶりに驚く。親子でぜひそんな体験を 【凡語】

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◆ベルリン国際映画祭ジェネレーション(子ども映画)部門での「子ども審査員方式」を取り入れたキンダーフィルムフェスト・きょうとは、今年で第20回を迎えます。公募で選ばれた子ども審査員(10才から15才)が映画祭当日に全作品を鑑賞し意見を出し合って、最終日にグランプリ作品を選出します。映画を通して、世界の子どもの暮らし、悩みや楽しみ、それぞれの国の文化や歴史を知る良い機会になるでしょう。

◆夏休みの4日間、お友達とまた家族そろってお出かけください。8月9日(土)10日(日)には、別館で、映画祭20年の歴史展示、映画の原理の動く絵のおもちゃ作りや簡単なアニメーション作りを体験できるコーナー、子どもアニメーション作品上映、ゲストトークを準備しています。

Neco


  【百聞は一見に如かず】・・・見てみたい!

袖振り合うも多生の縁

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  【読み】  そでふりあうもたしょうのえん 
【意味】  袖振り合うも多生の縁とは、知らない人とたまたま道で袖が触れ合うようなちょっとしたことも、前世からの深い因縁であるということ。


【袖振り合うも多生の縁の解説】

【注釈】  人との縁はすべて単なる偶然ではなく、深い因縁によって起こるものだから、どんな出会いも大切にしなければならないという仏教的な教えに基づく。
「多生」とは、六道を輪廻して何度も生まれ変わるという意味。
「多生の縁」は、前世で結ばれた因縁のこと。「袖振り合うも他生の縁」とも書く。

 「袖擦り合う(擦れ合う・触れ合う)のも多生の縁」ともいう。『上方(京都)いろはかるた』『尾張(大阪)いろはかるた』の一つ。(袖の振り合わせも他生の縁) 
 

 ◆昨日・早朝公園を散歩していたら 仄かに(アメイジング・グレイス)の妙なる音色が聞こえ、磁石が蹉鉄を吸うようにその方にお会いしました。
京都在住で全国を駆け回れてオカリナの演奏されていられる・・・で・・なぜ、田舎の<駕与丁公園>に? 大濠公園のほうが有名ですが?

 ◆お友達の紹介で来ました。この公園は素晴らしいです。ここの中之島の東屋で歌うのが念願でした。(アメイジング・グレイス)をオカリナで演奏してもらい心が清々しくなり、オカリナを習おうと決意しました。

 ◆おしやべり大好きな〝珍念〟よき出会いに感謝しています。
名刺を戴きました。オカリナを哲学する・・

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   オカリナ詩人 “Knulp”(クヌルプ) の日々是好日

     

【発言小町@新聞】「面白い誤変換」傑作選

  ビジネスシーンでは注意も

Irasuto


 

 

  イラスト・山崎のぶこ

   



 インターネットの掲示板「発言小町」に「面白い誤変換、教えてください」と投稿があった。注意しているつもりでも起きてしまうパソコンや携帯電話の誤変換。プライベートからビジネスシーンでの出来事まで、様々な報告が寄せられた。

 ◆投稿主は、事務職。パソコンを使うことが多いようで、「仕事中、時々笑いのツボにはまる誤変換があり、困っています」。例えば、「歯科検診」が「鹿検診」、「ハローワークへ通う際」が「ハローワークへ歌謡祭」と変換されたことがあるという。

 ◆これに対し、様々な書き込みがあった。大学生の息子を持つ母親は、友人宛てのメールで「帰省中の息子」と書こうとしたら「寄生虫の息子」に。「仕送りしても無愛想な息子に、ちょっと仕返しした感じで痛快でした」

 ◆別の人は、ある商品を探しに店を訪れた時のエピソードを寄せた。目当ての商品がなかった旨を友人にメールすると、「そんな遠くまで?」と返信が。驚いて自分が送ったメールを見返すと、「佐賀支店(探してん)だけど、ない」と書いていた。2人とも東京在住だ。

 ◆これ以外にも、友人からのメールが「○○さんに変身(返信)して」、職場内の連絡で「給湯室に巨砲(巨峰)を置いています。皆様どうぞ」など、思わず笑ってしまう投稿が相次いだ。「豊島区」が「年増苦」になった人は、「こらぁ~ケンカ売ってるのか、と思いました」。

 ◆誤変換を集めた「ゆかいな誤変換。」(イースト・プレス)の著者で、ブロガーの吉永たつきさんは「機械は真面目に変換している。計算されていないところに面白さがある」と話す。近年流行している無料通話アプリ「LINE」では、素早くメッセージを送ったり打ち返したりする人も多く、「誤変換は増えているのでは」と推測する。

 ◆友人や家族が相手なら笑い話で済んでも、ビジネスシーンでは恥をかくこともある。

 ◆ある人は、会社で自己申告書をパソコンで入力し、上司にメールで送った。ところが題名が「事故深刻書」になっており、上司からは「確かに深刻な内容だ」と返信が。別の人は、先輩に「助かります。死角なしですね」とメールするつもりが「資格なしですね」。このほかにも、「事業概要」が「事業が異様」、「添付資料」が「添付死霊」など色々な例が寄せられた。

 ◆誤変換は、どう防いだらいいのか。総合情報サイト「オールアバウト」でビジネス文書ガイドを務める鈴木真理子さんは「文言を2回は見直すことを習慣化して」と助言。集中力が低下する夕方の時間帯は特に注意し、メールの場合は送信する前に印刷して確認することも有効という。

 ◆また、取引先など相手の名前や社名をパソコンで単語登録するのもお薦め。鈴木さんは「ビジネスで名前や社名を間違えるのはかなり失礼。便利機能も活用してミスを防ぎましょう」と話している。< Copyright © The Yomiuri Shimbun>

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  ははぁ! 『恐れ入谷の鬼子母神』

「ダッコちゃん」と「妖怪ウォッチ」

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  一九六〇(昭和三十五)年、週末のたびに、百貨店には黒いビニール人形を求め長い行列ができたという。「木登りウィンキー」が正式名だが、もちろん「ダッコちゃん」

▼百貨店の行列には整理券を高く売るダフ屋やそれを取り締まる警官が出たというから、大騒ぎである。佐藤ビニール工業所(現タカラトミー)が生産したのは二百四十万個だったが、大量の偽物も製造され、合わせて約一千万個の黒い人形が出回ったという

▼生産がなかなか追いつかなかった。従業員が子どもに一個買いたいと願い出たが、当時の社長は「朝から並んでいるお客さまに一個でも買ってもらうため、われわれが先に買うわけにはいかない」。そんなエピソードも残っている

▼子が欲しいのなら猛暑も行列も気にならぬ親のならいは今も昔も変わらないようだ。小学生に人気の「妖怪ウォッチ」。関連玩具が二日発売され、早朝から家電量販店などに行列ができた。暑い中、子のために並んだ人にはご同情申し上げる

▼親は子を喜ばせたい。「ダッコちゃん」にせよ、親の方にも子どもの時、親が行列してでも何かを買ってきてくれた記憶があるもので、今度は自分がという気持ちになるものなのか

玩具を手にできた子どもへ。行列してくれた人への感謝を忘れずに。もう一つ。世の中にはどんなに欲しくても、手にできない子がいることも。【中日春秋】

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  コメントは『蛇足』・・・・

ことばの玉手箱


Kaidan

 

   怪談と幽太

 怪談は夏の風物詩。従って寄席でも通常夏以外に高座にかけることはない。それが真冬の出来事であっても、怪談であれば夏に上演される。

 代表的な演目は怪談「番町皿屋敷」で、、旗本青山主膳の家宝・葵の皿十枚一組の内、一枚を紛失したという濡れ衣を着せられた女中のお菊は、筑波下ろしの寒気が運ぶ吹雪の中惨殺され古井度に投げ込まれる。そしてその夜の内に幽霊となって出て来るのだ。

◆まさに真冬の出来事だが、それでも夏の暑い盛りに上演されるのだから不思議だ。怪談は夏という風習は一体いつ頃から定着したのだろうか。幽霊が出るとゾッとして背筋が寒くなるから夏向きだという俗説はあるが、確固とした論拠の見当たらないまま習慣となっているようである。

◆怪談と言っても、寄席で講演する場合(素噺)と(立体怪談)の二通りがある。(素噺)は読んで字のごとく、たゞ噺をするだけ。立体怪談となると派手な演出が加わる。照明や鳴り物を使い、客席に幽太(幽霊に扮した前座)を出没させる。照明は真っ黒な中アッパーライトを使用したり、時にはそれを点滅させたりして凄みをだす。

◆鳴り物は三味線が幽霊三重(さんじゅう)、笛がねとり、太鼓は大どろに薄どろと各々怪談用の演奏。幽太は主として前座が勤める。幽霊のお面をかぶって真っ黒な客席の後方にひそんでいて切っ掛けで客席に躍り出てお客を脅かす。

◆ターゲットは主として若い女性で、キャァッと大きな声をあげて驚いてくれれば大成功というわけだ。最後は演者の「はて恐ろしき執念じゃなァ」という決まり文句で幕となる。

◆ある幽太が勘違いをして、まだ主人公が殺される前に客席に繰り出してしまったことがあった。驚いたのはお客ではなく高座の上の演者で、慌てて主人公を殺したが後の祭り。とんだ茶番となってしまった嘘のような本当の話。

◆私も幽太では忘れられない想い出がある。テレビのバラエティーショーに出演した師匠の怪談が佳境に入り、いよいよ幽太の出番となったがスタジオが真っ黒にならないのだ。薄汚い着物でお面ををかぶった姿が丸見えで、明るい所で見る幽太ほど間抜けなものはない。

◆出演者の中には笑い出す人までいて大失敗となった。憮然とする私の所へ歩み寄った司会者は「ごめんな。スタジオは真っ暗に出来ないんだ」と優しい言葉をかけてくれた。涙がでた。その司会者は当時のスター歌手水原弘氏。もう四十年以上も昔の話である。 講談師 神田松鯉(しょうり)

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Tono


 かく言う〝珍念〟神田松鯉さんの寄席をぜひ見てみたい!

河原井君の絵NYへ 「世界子ども美術館」収蔵

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大胆構図「ザリガニとエビ」


 米ニューヨークの「世界子ども美術館」に収蔵されることが決まった
  笠間小3年・河原井大智君の絵画作品=笠間市中央

◆笠間市立笠間小学校3年の河原井大智(だいち)君の描いた絵画が、米ニューヨークの「世界子ども美術館」に収蔵されることが決まった。ザリガニとエビが餌を奪い合う様子を描いた作品は子どもらしい大胆な構図などが高く評価され、市国際交流協会が同館に推薦した。同市役所で30日開かれた報告会で、河原井君は「アメリカで自分の絵が飾られるなんてすごい」と喜びを語った。

 ◆収蔵作品のタイトルは「ザリガニとエビの戦い」。縦50センチ、横65センチのキャンバスに餌を取り合うザリガニとエビ、巻き込まれる人間を画用紙からはみ出そうな迫力と丁寧な色使いで表現した。ザリガニ、エビ、人間はそれぞれ別の紙に描いたものを切り貼りして立体感を出し、昨年の県小中学校美術展覧会(県展)では入選も果たした。
◆世界子ども美術館は、約80カ国の児童が制作した絵画など芸術作品7千点以上を所有し、米ニューヨーク州の認可を受けて運営。芸術教育の体験プログラムなども実施している。

◆笠間市国際交流協会専務理事の木村美枝子さんが2012年に研修で同館を訪れた際、同館長から作品推薦の依頼を受け、昨年の県展入選作品から河原井君の絵を選んだ。河原井君の絵について、学芸員の資格を持つ木村さんは「画面をいっぱいに使った子どもらしい発想と大胆さが素晴らしい」と絶賛している。

◆河原井君は小学1年時から2年連続で県展入選。水墨画の全国公募展で入賞経験を持つ祖父の信一さんから、絵の描き方を教わったという。本人は「龍を描くのが大好き」と話している。

 ◆30日は同協会関係者や両親らとともに笠間市役所を訪れ、山口伸樹市長に収蔵決定を報告した。作品は8月早々に現地へ送り、同館で永久収蔵される。

◆河原井君は「色も工夫して上手に描けた作品。いつかニューヨークに自分の絵を見に行きたい」と笑顔を見せた。【茨城新聞】 (松本隆吾)

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     あっぱれ!このコラム『干天の慈雨の如し』・・・
     座布団10枚差し上げます。

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