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2013年9月

「打ち出の小槌」

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 それを振れば何でも思い通りのモノが出てくる不思議な小槌(こづち)。それを、打ち出の小槌という。中国語では「万宝槌」。よく意味が分かる。こんなありがたい小槌が欲しいと思うのは、万国共通か。

 政界には、あるようだ。「政務調査費」という。マンガ本を買ったり、霊感商法が問題になった団体に事実上カンパしたり、好き放題。領収書の添付がいらない支払証のごまかしも、あちこちで。

 問題だらけなのに、法を改悪し、使い道は「調査研究」から「その他の活動」に広げられた。センセイにはよほど重宝な万宝槌とみえる。でも、この小槌は、税金でできていることをお忘れなく。(夕歩道)

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 なぬ・・・「政務調査費」馬鹿も休み休み言え。 何を調査するのか? 高額の給料から出したらよろしかろう。。(ちょつと語弊を被る言葉です)これ以上吠えると・・・・

きょうも 〝珍念〟『ごまめの歯ぎしり』なのだ! 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

「老いを支えるチャレンジ精神」

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 関寛斎(1830~1913)は上総国(いまの千葉県)に生まれ、幕末から明治期に医者として活躍した。「稲むらの火」で知られる浜口梧陵の支援を受けて長崎に留学。西洋医学を学んで徳島藩の藩医となり、函館戦争にも従軍した。維新後は徳島で病院を開業し、成功した。

 ▼ところが73歳の時、一念発起して北海道開拓を志願。すべての財産を処分し、一家を挙げて北海道に移住。十勝郡斗満の地で開拓に従事した。その生涯と苦闘の物語は寛斎の妻、あいを主人公にした高田郁さんの小説「あい永遠にあり」(角川春樹事務所)に詳しい。

 ▼興味のある方は、この本を読んであいの愛とかなしみに心を寄せていただきたい。蛇足を承知で紹介したいのは、医師としての成功に安住せず、73歳でなお原野の開拓を志した寛斎のチャレンジ精神である。

 ▼難行苦行の末につかんだ人生の果実をなげうち、未開の地に挑んで大地と格闘する。大木を1本ずつ切り倒し、根っこを掘り起こして豊かな農地に変える。その情熱。老いてなお、自らを奮い立たせる夫婦の姿を想像するだけで、目頭が熱くなる。

 ▼いま、少子高齢化社会が急激に進行している。それに伴って、高齢者は「社会の重荷」といわれ、居場所もなかなか見つけられない。生きがいを見失った人も少なくない。

 ▼けれども、高齢者自身が立ち上がり、挑戦する気力を持てばどうなるか。寛斎の実践が明かりをともしてくれる。 紀伊民報】

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    感動しました。 かく言う〝珍念〟100歳を目指して邁進したい!

『黒足袋、白足袋』

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 お悔やみは何と言ったらいいのか、多くの人は戸惑う。作家の吉村昭さんは人からこう教わった。「頭を垂れ、口ごもりながら、聞き取れぬような声で『黒足袋、白足袋』と言え」

▼「このたびは、ご愁傷…」と聞こえなくもない。不平や不満、怒りの感情なども同様だ。胸に納めて置くのが耐え難いならば、小さな声で他人に聞かれぬよう、もぐもぐと口にするのが処世の知恵

▼街の中でハンドマイクを持ってがなり立てる人は、いない。と思うが、世間は広い。経産省の官僚がインターネットに被災地や政治家をおとしめる書き込みをしていたという

▼被災地はもともと滅んでいたとか、復興は不要だとか。引用するのもうんざりの罵詈(ばり)雑言だ。否、失言や暴言の枠を超えている。この人、エリート官僚だそうだが、何と言っていいものやら

▼書き込みが本音の羅列だとしたら、そもそもこの官僚は公務員としての資質を持ち合わせていない。それ以前に、社会人として疑問符が付く。経産省は停職2カ月の懲戒処分にしたという

▼この人は2年後のミラノ国際博の政府代表も務めていたが、解任された。処分の軽重はともかく、官僚としての今後は、閉ざされたに等しい。とりあえず「黒足袋、白足袋」と申し上げておく。【河北春秋】

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なぬ!呆れ果てて・・・江戸時代だったら、藩の重役がこのような破廉恥な文章を書いたなら{即刻・切腹・罪九族}に及んだでしよう・・・平成の世は、犯罪者に甘いのだ。
それにしても、エリート官僚の摩訶不思議な行動には驚きました。理解できません。なんでかなぁ.・・・

でも、いつも 心に思っていたのでしよう。私も悪しき煩悩に靡くことが多々ありますが、ろくなことは無かったです。

『山中の賊を破るは易く 心中の賊を破るは難し』の諺も、故あるかな。反省し・恥じている・・・・(A;´・ω・)アセアセ

「財政の玉手箱」

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   宮沢賢治に『税務署長の冒険』という作品がある。新任の税務署長が密造酒の調査に乗り出す物語。密造は村ぐるみで巧妙に行われており、署長は密造団に捕まり、身分が知れてしまう

▼作品は1949年に北海道酒類密造防止協力会から刊行されたが、書かれたのはその26年前とされる。当時は取締当局と密造団がしばしば衝突し、賢治の出身地、岩手県花巻では税務署員が負傷する事件も起きた

▼こうした社会的な出来事を背景に作品が誕生したことは十分に考えられる。密造がはびこると税収は落ち込むから、当局が摘発を強化する。一方、密造者側にとっては、度重なる増税への反発という側面もある

▼保証金を納めさせて酒造免許を与えるような制度は古くからあったが、133年前の昨日、酒造税の名称が税制史上初めて登場した。賢治が作品を書いたころは2~5年に一度、後に日中戦争が始まると毎年のように増税された

▼帝国議会の議員や選挙権者には地主が多く、地租の引き上げは難しい。それに比べると、酒造税の増税は容易。国は都合の良い財源確保策と見ていたらしい。事実、酒造税はかつて国税で最も大きな税収を占めていた

▼安倍晋三首相は10月1日に消費税を8%へ引き上げることを正式に表明する方針。酒造税は取りやすいところから確実に徴収できる、国には重宝な財源だったため「財政の玉手箱」と呼ばれたそうだ。消費税がそうならないように願う。【天鐘】

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Photoでも。確かに財源が潤うのは結構な事ですが、それを司る人材が問題なのだ。
『家に鼠、国に盗人』 規模と程度に差があるけれども、どんな所にも必ず悪事を働くものがいるということ。家には鼠がいて食べ物を食い荒らし国には泥棒がいて人々の生活を害することから。

 
 きょうも〝珍念〟『ごまめの歯ぎしり』・・・・(*`ε´*)ノ

「ボイジャー」

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  宇宙探査機ボイジャー1号が太陽の影響圏を脱し、史上初めて星間空間を旅する人工物となった。打ち上げ以来36年。木星や土星を観測し、木星の衛星イオでは、地球外初の火山活動も発見した

▼ボイジャーは今、地球から光速でも17時間以上というかなたを飛ぶ。燃料や電力の関係で次第に機能を縮小するが、それまでにどんな発見をもたらすか、期待は尽きない

▼「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する」。アリストテレスの『形而上学』は、この一節で始まる(出隆訳、岩波文庫)。この世界の全てを分かりたいという欲求は、人間の本能である。ゆえに、天上の闇と星々は、いつの時代も人間を刺激してきた

▼東京・新宿で開催中の「わたしと宇宙展」の盛況も、そのことを物語る(あす28日まで)。開幕記念講演で国立天文台の渡部潤一副台長は、星を見ることで「自己の現在、未来を考える。そうした積み重ねが、知的文明として、人類を成熟させていく」と述べた

▼かつて池田名誉会長は、人間中心ではない、生命の尊厳と共生に基づく仏法の人間主義を「宇宙的ヒューマニズム」と表現したことがある。「ボイジャー」とは「航海」の意。大宇宙を見つめつつ、生命を学び、守り育む旅を続けたい。(名字の言)

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最も参考になったカスタマーレビュー  By あべまりあ 

 ●世の中について,自分について考えるため,それも家庭や学校や職場で,意識するしないにかかわらずすり込まれるさまざまな思想,意見,イデオロギーの透明な道路標識や鎖を断ち切って,原理的に考えるために役立つような,思考の道具とその使い方の訓練が記された,理想的な哲学の教科書があったらいいのにと思う。アリストテレスの『形而上学』は,そうした自分なりの教科書をつくるための最良の拠り所ではないか。それが,文庫でいつでも入手できるのは,たいへん喜ばしい。

 ○残念なのは『自然学』が文庫化されていないことだ。生成消滅,増減,変化,移動など,動かされ動かしあうこの世の事物についてはとくに,形而上学と自然学は連なっている。自然学は形而上学の基礎ともいえる。是非,『自然学』も手に届きやすいように文庫化してほしい。 

 かく言う〝珍念〟<。「ボイジャー」とは「航海」の意。大宇宙を見つめつつ、生命を学び、守り育む旅を続けたい>・・・・

「長生きの秘訣」

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  長岡美恵子さん(99歳
  来年 100~104歳区分に
  女子50m自由形
  世界記録 5分10秒84
  美恵子さん1分35秒20(今回)

 どうしたら長生きできるか。永遠のテーマだが、先日、柳井市の老人福祉施設を訪れて元気なお年寄りの笑顔が印象に残った

▼では山口県の高齢化率はというと2012年4月1日現在で29.2%。全国平均より5.1%上回り全国4位。県の推計では15年で32.3%に達し、全国3位の超高齢県になるという

▼一方で元気なお年寄りも増えている。県内で今年100歳以上となる人は過去最多の1346人。昨年より81人増え、10年連続の増加だ。また人口10万人当たりの100歳以上は山口県が71.70人で全国3位とお年寄り元気県でもある

▼ただ元気なお年寄りは女性に多い。来年で100歳の田布施町の長岡三重子さんは独り暮らしで水泳を楽しむ。マスターズ水泳で世界記録18を誇り、目標は100歳で世界記録達成だ。「目標を持って自由気ままに自立生活を楽しむことが大事」と長岡さんは微笑む

▼100歳になった柳井市の小川ツイ子さんは幼少から病弱だったというが、今でもくるみ絵作りを楽しみ、「何か役立つことをと感謝しながら生きています」と笑顔。女性は男性より一生で2倍も笑うとか。長生きの秘訣(ひけつ)はどうやら自由、目標、感謝、笑顔にあるようだ (四季風) 

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    <長生きの秘訣(ひけつ)はどうやら自由、目標、感謝、笑顔にあるようだ>
    珍念のコメントは『蛇足』・・・・

「終活」ブームのもっと前 (#^.^#)

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 「終活」ブームのもっと前、人生の締めくくりを見つめる人々を取材した。死後は医学に役立ちたいと大学病院に献体を希望した夫婦。「墓などいらぬ」の本音が言えず、継承問題に悩む長男もいた

▼自身の墓を買いに行った独身女性は、迷ったあげくにその資金で居心地のよいマイホームを購入。毎年、元日に遺言書を改め「最後は自然葬にしてほしい」と笑顔を見せた

▼老若男女、立場もそれぞれ。いつか訪れる人生のエンディングを悔いなく迎えたいと真剣だった。「老い」をどう生きるか。超高齢化社会を目前に、もはや個人の問題だけではなくなっている

▼日本老年医学会が「高齢者とは何歳か」の検証を始めた。一般的な「65歳以上」は元気過ぎるらしい。呼び名だけの議論でとどまればいいが、医療や年金、民間のシルバー割引などにまで影響すれば世知辛い

▼国も特別養護老人ホームの入所要件から要介護認定1と2を外す方針だ。県内267人が対象外となる(本紙16日付)。人生の持ち時間が長くなれば健康を損ねる人も増えるのは必然。腑(ふ)に落ちぬ

▼齢(よわい)を重ね、心身が衰え傷むことも「自己責任」ではたまらない。住みよい高齢社会への議論や工夫がもっと必要だ。残された日々、「生きてよかった」を実感するための、シューカツなのだから。   【大弦小弦】(儀間多美子)

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その国の高齢者の状態を見ると、その国の文化の状況がわかる。ウィンストン・チャーチル

天体の運動はいくらでも計算できるが、人の気持ちはとても計算できない。ニュートン

財産を失っても痛手は少ない。健康を失うと痛手は大きい。勇気を失うと、それこそ取り返しがつかない。(作者不明)

う~ん (@_@;) 高齢化社会。あ、余り考えると残り少ない髪の毛が抜けるー『下手の考え休むに似たり』・・・

「百聞は一見にしかず」

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 ある小学校で、児童にアリの絵を描いてもらった。頭と胴体の二つしかなく、それぞれに足が2本ずつ、頭から後ろへ2本のひげが伸びる、えたいの知れないアリが出来上がった

▼次に、シャーレに入れた本物のアリを一人一人に渡し、「今度はこれをようく見て、アリの絵を描いて下さい」と。しかし、再度描いた絵も、多くが1枚目と同じだった。先入観が、いかに強力なものかを物語る

▼先生は丁寧に児童と対話した。「アリの体ってほんとに頭と胴体しかないのかい?」「足はほんとに四本かい?」。3枚目の絵は、昆虫らしく頭と胸と腹に分かれ、胸から6本の足、頭に2本の触覚が生えていた(日高敏隆著『生きものの流儀』岩波書店)

▼「百聞は一見にしかず」というが、見てはいても、実は見えていないことは多い。対象を知ろうと真剣に心を向けると、いろいろなことが見えてくる

池田名誉会長の、若き日の異名は「レントゲン」。短い出会いの中で、友の悩みや課題を見抜き、ズバリと的確な激励を残すのが常だった。一回一回の出会いに、相手の心を知り、立ち上がらせようと、強い一念で臨んだからこそ成せることだ。真剣に祈り、誠実に話す――友の心を開くには、この正道を貫くしかない。 (名字の言)

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49年前、初めて池田名誉会長との出会いで、激励を受けたことが、昨日の出来事のように脳裏に焼き付いています。 池田先生のようには、とても とても 及ばないです・・・・
ともあれ、自分らしく、邁進したい!

 

「学べば学ぶほど」 (@_@;)

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天才アインシュタイン

  学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思い知らされる。自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる―。天才アインシュタインの言葉である

▼凡人は学べば学ぶほど、混乱してしまうことが多い。たとえば英語。日本語で考えながら暗記するだけでは理解が深まらず、楽しくもない。果ては嫌いになる

▼学校は最も身近な学びの場だ。以前行った県内中学校の調査で、「学校は楽しい」と回答した生徒は4割に満たず、5割が「大変疲れる」と答えた。いじめもあり、居心地の良さを感じにくいのかもしれない

▼詰め込み式にも問題がある。アインシュタインは「学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているもの、それこそ教育だ」とも言っている

▼そういえば先生が教科書を離れ、失敗体験を熱く語ってくれたことがいまも印象深く残っている。知識を授けるのは大事でも、知識を求める動機を子どもたちが持つことの方がもっと大事だ

▼「学べば学ぶほど」と政治を混乱させた首相もいたが、幕末の儒学者佐藤一斎に学び、教育の重さを国会で説いたのは小泉元首相だ

▼金言「少(わか)くして学べば、即(すなわ)ち壮にして為(な)すことあり。壮にして学べば、即ち老いて衰えず。老いて学べば、即ち死して朽ちず」(言志四録)である。大切な人生をどう生きるのか、自己開発の旅は果てしない。(越山若水)

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 生き生きしていない観念によるような教育は、 無用であるだけではありません。何よりも有害なのです。 byホワイトヘッド(1861-1947:英:数学者、哲学者)

 教えることのできない子供というものはない。あるのは子供達にうまく教えられない学校と教師だけである。byM・アドラー

 「人間の幸福のために役立たない学問、人生に価値を生まない死せる知識を、いくら誇っても、それは幻影のようなもので
       ある。まして知識が増えた結果、人間を軽蔑しするにいたったとしたら、本末転倒といわざるをえない」・・・・・・・
       
と、恩師は綴った。   これ以上は『蛇足』・・・モジモジ(。_。*)))

「介護保険サービスを受けているお年寄りは一人もいません」

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     平沼田集落の田畑はのり面もきれいに手入れ
     されており、美しい農村景観が保たれている

「介護保険サービスを受けているお年寄りは一人もいません」と言われ、驚いた。山陽小野田市厚狭の限界集落での話。80歳以上6人のうち90代を除く5人が現役という

▼兼業中心の農家16戸の平沼田地域。1989年からのほ場整備で400区画あった農地を集約し、始めたのがもうけない農業。「もうけようとすると、ついていけなくなる」現実を見据え、損をしない程度の農業で人、農地、地域を守ろうと考えた

▼栽培品目の水稲、麦、野菜、飼料作物は、決して無理な作付けをしない。機械化できない草刈りは、あえて個人任せにし、お年寄りから順番に刈る場所を決めてもらう。できる時に、できる人が、できることをすればいいのだ

▼農業を引っ張る農事組合法人「和の郷」の理事6人の平均年齢は67歳。全員に平均年齢47歳の補佐役がつく。5年、10年後の世代交代に備える平沼田(ひらんた)ならではの後継者養成教育である。都市住民との交流窓口・竹林ボランティアは、一方で閉鎖的になりがちな地元意識の変革を狙った

▼草刈りだって労費は払う。元気な高齢者にも働ける場を作る地域丸ごとの家族農業で、昨年は黒字が出た。介護保険サービスはいらないはずである。【四季風】

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    あっぱれ!『暗夜の灯火』の如し。限界集落で悩む自治体も参考にされたら・・・  
    かく言う〝珍念〟『知恵多ければ憤り多し』  ( ^ω^)おっおっおっ

『医者が教える 人が死ぬときに後悔する34のリスト』(アスコム)

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  ストレスの多い人生を送ってしまった 人が死ぬときに後悔する34のリスト:
 ある日突然、病気が見つかる――。病気は、体と心からのSOSが出続けた結果です。ストレスが多い環境も、病気を引き起こす一因となります。そして、病気と闘うために大切なことは、そうなってしまった原因を正すことなのです。

●病気には、そうなってしまった「必然」がある。病気と闘うために大切なことは、病気をつくってしまった原因を正すことです。だから私は「どうして病気になってしまったと思いますか?」と問いかけて、患者自身に自覚を促しています。リニックに来る患者に聞くと「ストレスの多い人生を送ってしまったのがよくなかったんだと思います」と、多くの人が言います。

●他の病院で末期がんと言われ、余命を宣告された西崎さん(仮名、50代男性)も、ストレスの多い人生を送ってきていました。西崎さんに「どうして肺がんになってしまったと思いますか?」と聞くと、「やっぱりお酒でしょうかね」と彼は生活習慣を振り返りはじめました。西崎さんは商社マンでとにかく猛烈に働いてきて、接待でお酒の席も多かったそうですが、今まで健康を顧みたことがまったくなく、がんになって、治療のためにやっと休みを取ったというのです。

●多くの病気は心の影響を少なからず受けていて、自律神経のバランスが崩れれば内分泌系に影響を与え、ホルモンの分泌に影響が出れば代謝に影響を及ぼします。例えば30、40代の働き盛りの人は悩みのタネが尽きません。そのようなストレスに年中さらされていると、交感神経が優位になります。そして自律神経のバランスを崩すことによって、体になんらかの作用を及ぼしてがんを引き起こす一因となっている可能性があるのです。

●肉体と心は連動しています。病気の治療も、体だけ見ていては根本的な解決になりません。心が病んでいれば、必ずまた肉体に問題が表れてきます。これらの問題に対しては、残念ながら西洋医学では十分に対応できていません。統合医療のように、体と心、両方からのアプローチが欠かせないのです。

●こんなことを言うので私は医学界では異端児扱いされていますが、現代医療の問題は、医者が心と体を別物だと考えていることにあるのです。心と体は別物だとする西洋医学や、それを実践する医者に寄りかかり過ぎると、体だけを診て「もう治りません」と言う医者の言葉に打ちのめされて、患者は治るのをあきらめてしまうのです。あきらめてしまうと、治る見込みはありません。病気になった原因が分かれば、治療法は見つけられます。 医者から「もう治りません」と言われても、けっしてあきらめることはありません。

●現代医学においては医者も自分を守らなくてはいけないので、そう言っておかなければならないのです。仮に「助かります」と言ってしまうと、助からなかったときに「助かると言ったのに、助からなかったじゃないか」と抗議してくる家族もいるからです。そのため、自分たちでは手に負えない患者に対して「もう治りません」と言つのです。

     ●くり返しになりますが、医者から「もう治りません」と言われたとしても、「なぜ病
     気になったのか」が分かればその原因を取り除いていくことで、体がもともと持って
     いる「生きる力」が患者を後押ししてくれるような治療法を見つけることができるの
     です。余命3カ月を宣告されて私のところに来た末期がんの患者が、病気の原因
     を受け入れ、「どうして生きたいか」を自覚して、ともに手を携えて治療をした結果、
     3年経ってもピンシャンしているというケースもあります。

     ●患者自信が病気になった原因を受け入れて改善すれば、症状が落ち着くか、消
 
     えてなくなる可能性があるということなのです。

     ●病気をつくってしまった原因を正す=病気が自分自身へのメッセージだというこ
     とを患者に知ってもらい、それを患者自身が改善していかなければ治療の効果は
     期待できません。だから、私の診療法は病気の原因となる問題を患者自身に気付
     いてもらうところからはじまります。

     ●患者は1人ひとり、置かれた状況がみな違います。その患者に適した治療法を
     提供するためには、まず患者の話をよく聞くことが先決条件です。性別や年齢、性
     格に生活環境、人生観……、さらには生き方から死に方まで。人生全体を包括し
     ながら、考慮しなければなりません。

     ●生い立ちから今の家庭環境、悩み、そのとらえ方など、根掘り葉掘り聞き出しま
     す。そのうえで治療法を見きわめるのです。そのため、私たちのクリニックでは、初
     診の患者の診療は1時間を超えます。私は「原因を正さなかったら生きないです
     よ」と、ハッキ リ言うことにしています。本人の気持ちが大切なのです。まずは自
     分を見つめ直し、生活習慣を改善して、その上で治療を施さなかったら根本的な
     病気の治療にはならないのです。

     ●生活習慣の乱れが原因だと気づいた西崎さんに、私はこう言いました。「私だけ
     の力であなたの病気を治すことはできません。治るのはおそらく、ご自分の力によ
     ると思います。でも、あなたが治っていくのを後ろから押してあげることはできると
     思います」

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    Ennzatuあなたの病気は重い。残念ですが非常に厳しい状況です」。医師からの衝撃的な宣告に接した時、どう反応するか「もう駄目だ」と打ちひしがれた人の体は本当に急速に衰えてしまう。反対に「絶対に治す!」と決意した人は実際に回復する可能性が高い――これは「名誉会長アルバム 対話の十字路」で紹介された“米国の良心”カズンズ氏の主張だ。
氏自身、50歳で膠原病、65歳で心筋梗塞に倒れた。が、いずれも医師の予測を覆して全快した。氏は言う。「生きようという強い意志がからだのなかの製薬工場を活発に働かせる」(上野圭一ほか訳『ヘッド・ファースト』)人間の体には本来、病気と闘う力が備わっているそれを引き出す原動力こそ希望であり信念だ。これが医科大学院教授を務めた氏の結論だった

☆仏法では「色心不二」と説く。心と体は一体。わが心に「希望の太陽」が輝いてこそ病魔の闇を打ち払うことができる。高度な医療や薬を生かすのも根本は人間の生命力なのだ御書には「妙法の大良薬を以て一切衆生の無明の大病を治せん事疑い無きなり」(720ページ)と。広布に生きる人生に絶望はない。強い祈りで我が胸中に赫々たる太陽を昇らせ、一切の苦難を勝ち越えていきたい。【名字の言】

 かく言う〝珍念〟今から14年前「悪性リンパ種」を患い病院から匙を投げられ連日、悪夢に苛まされましたが驚異の生命力で(病魔)を退散させました。小欄の(小説・珍念の誓い)に綴っています。 読んで戴ければ幸いです。

 

「馬鹿殿様」

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 「馬鹿殿様」というのは、 実は非常な褒め言葉なんであります。

 大勢の家来の中には下らない奴もおるだろうし、悪い奴もおる。
 しかも自分の上には目を光らせている意地の悪い幕府当局がある。

 その中で悠々と藩を維持していくというのは、なまじ小利巧な殿様では
 とてもできたものじゃない。

 よほど馬鹿にならんと、治めていくことはできない。

 『論語』にも、「その知及ぶべし、その愚及ぶべからざるなり」
 (「公冶長【こうやちょう】篇」)という名言がある。

 馬鹿殿様というのは、その「愚及ぶべからざるなり」という意味で、
 わかったようなわからんような、悠々として、すべてを包容して、事なく
 治めていくなんて、小利巧な人間、小才の人間ではとてもできる芸当ではない。

 「馬鹿殿様」というのは、その意味でもおもしろい、活きた言葉であります。

      『安岡正篤活学一日一言』より(致知出版社刊)

     ☆ 天然呆けの〝珍念〟「馬鹿殿様」なのだ・・\( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「おぞましい生贄ビジネス」

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【現地ルポ 仰天大陸中国】  400人以上殺して販売 おぞましい生贄ビジネス

 金は墓まで持っていけない。確かにそうである。しかし、中国にはびこる拝金主義を前にしては、この言葉は全く意味を持たない。

▼北京市や西安市、広州市などの大都市では、不動産バブルと高齢化の影響を受け、墓地の価格上昇率は年20%以上に達し、住宅価格の上昇率を超えている。北京市内の高級霊園では、200万元(約3200万円)に達しており、約1平方メートルの標準的な墓地でも、総費用で60万元(約960万円)を下らないケースもざらだという。

▼そんななか、一般庶民の埋葬は、合同の納骨堂に入ることができればいい方で、さらにコストがかからない海への散骨も一般的となってきている。変わったところでは、ネット上のサイバー墓地などもある。どうしても墓を持ちたい庶民に対しては、無縁仏を勝手に転売する“闇墓地”ビジネスも出現している。

▼一方、巨万の財を築いた富豪たちは、成功の証しとして各地に競って豪華な墓を建てている。まるで歴代の中国皇帝のように。 2011年には不動産業で財を成した男性が、自らの墓を建てるため、武漢市近郊の農地約100平方メートルを金の力に物を言わせて農民から買い上げて問題となった。

▼また、広州市や深●(=土へんに川)市などでは、富豪が自らの墓の風水的環境を整えるため、周辺住民を立ち退きまでさせ、人工湖を造成するというケースが相次いでいるという。

▼中国的拝金主義は、墓参りにもはびこっている。中国では、先祖が金に困らないようにと、墓前でおもちゃのお金を燃やし、天国へ送り届けるという伝統がある。だが、最近ではこの風習がエスカレートし、高級車や別荘、iPad、さらには故人がファンだった女性芸能人との結婚証明書を模した紙を墓前で燃やすことがブームとなっている。このくらいなら庶民でできるささやかな先祖供養の範囲で許されるだろう。

▼しかし、富豪たちのなかには、先祖にささげる供物として、複数の女性コンパニオンを墓前に引き連れる者もいる。

▼それだけではない。広東省などでは、男性が独身のまま亡くなった場合、若い女性の遺体を買い付け、あの世での伴侶としてともに埋葬するという風習もひそかに残っていると聞く。

▼08年には広東省掲陽市で、実際に遺体を販売する目的で400人以上を殺害していた犯罪組織が摘発されている。これも歴代の中国王朝から受け継ぐ、「いけにえ文化」の名残なのだろうか…。こうして中国の格差社会は、あの世でも続くのだ。

   ■奥窪優木(おくくぼ・ゆうき) 1980年、愛媛県生まれ。上智大経済学部卒。2004
   年に渡米し、出版社・新聞社勤務を経てフリーライターに。07年から中国・広州で取
   材活動を開始し、08年に帰国。中国の社会問題を週刊誌・月刊誌などで執筆している。
   著書に『週刊SPA!』誌上での連載「中華人民毒報」をまとめた『中華バカ事件簿』(扶桑社)などがある。

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     開いた口が閉まらない。 コメントするのも憚れる・・・・・

ラピュタの新記録

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 長編アニメ映画製作から引退を表明した宮崎駿監督の作品「天空の城ラピュタ」が先月テレビ放映された際、世界記録が誕生したという

▼物語終盤、主人公の少年、少女が悪漢と戦うため滅びの呪文を唱える時、ツイッターに同じ呪文を書き込むというイベントで1秒あたりの書き込みが14万件を超え、これまでの記録の4倍以上に達したとか。ばかばかしくも楽しい遊びだ

▼27年前の作品にもかかわらず、今も世代を超えて親しまれているからこそ成立しえた記録だろう。「ラピュタ」だけでなく公開中の「風立ちぬ」までの全作品が今後も愛され続けるのは間違いない

▼宮崎作品の魅力に空を飛ぶシーンを挙げる人は多いが、食事のシーンもそれに匹敵する。食パンに目玉焼き、山盛りのスパゲティ、どんぶりご飯、いずれも質素だが登場人物たちは実においしそうに食べる

▼宮崎作品は私たちの心を満たしてくれた食事そのものなのかもしれない。引退は寂しいが、トトロやポニョやナウシカはこれからも子どもたちの目を輝かせ続けるだろう。そこから新しい才能が生まれることも期待したい

ただ、引退は長編アニメだけで、宮崎監督が新たな仕事に意欲を燃やしているのはうれしい。「飛ばねえ豚はただの豚だ」。名ぜりふの一つが聞こえた気がした。 【凡語】

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ジブリがいっぱいCOLLECTION 『天空の城ラピュタ』内容紹介=<ストーリー>
 空に浮かぶ伝説の島、ラピュタを発見したものの、人々に信じてもらえないまま亡くなった父を持つ、見習い機械工のパズー。彼はある日、空から落ちてきた少女シータと出会う。彼女は胸に青く光る石のペンダントを身につけていた。実は、彼女はラピュタの王位継承者であり、そのペンダントこそが空に浮かぶ力を持つ“飛行石”だったのだ。

        ところが、二人はラピュタを捜索している国防軍に捕まってしまい、シータを残
       してパズーだけが釈放されることに。彼は、同じく飛行石を手に入れようとして
       いた空中海賊ドーラ一味の協力を得て、シータを国防軍の手から救い出す。そ
       して、とうとう伝説の島ラピュタと遭遇することになるが……。 空中の浮島ラピ
       ュタ帝国をめぐる傑作ファンタジー・アドベンチャー・アニメ。宮崎駿原作・脚本・監督作品。

        感動しました。〝珍念〟来世は夢と希望溢れる長編アニメ映画を作りたい!
        でも、核戦争や環境破壊で地球が滅びなければ。ふと、「映画・猿の惑星」の驚愕のラストシーンが蘇る。
        そうならないように『杞憂』している。

「勝五郎再生記聞(きぶん)」

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  いまから191年前、武蔵国(現在の東京近郊)で暮らす8歳の少年勝五郎は、「僕は山の向こうの村の久兵衛の子だったんだよ」と語り始めた

▼6歳のとき病気で死んだが、白髪の老人に誘われて歩いていると花の咲く野原に出た。しばらくして「あの家に入って生まれなさい」と言われたので、庭の柿の木の下で3日、かまどのそばで3日過ごしてから、いまの母親の腹に入った

▼勝五郎が語る前世の情景は具体的で、役人が調べてみると現実と符合する。この生まれ変わり話は江戸にも広まり、聞き付けた平田篤胤は本人とじかに会った上で「勝五郎再生記聞(きぶん)」をまとめた

▼篤胤は秋田が生んだ江戸時代後期の思想家。とりわけ霊魂の行方を深く探り、「死者の魂は幽冥界に属し、そこから生前に親しかった人たちを見守っている」との結論に達した。勝五郎は幽冥界を垣間見た生き証人ということになる

▼湯沢市の小学校教諭で郷土史研究家の簗瀬均さん(55)も再生話に強く引かれ、ゆかりの地を訪ね、文語調の記聞を口語訳して普及させたいと思っている。「縁者を亡くしたり死を不安に思う人に、癒やしや安心感を与えてくれる話です」

▼篤胤没後170年のことし、秋田市立赤れんが郷土館と佐竹史料館で11月10日まで記念展が開かれている。勝五郎再生記聞の版本も並ぶ。国粋主義の親玉と見られがちだった篤胤だが、ゆかりの品々からは、庶民の心に寄り添う魅力的な人物像が立ち上がってくる。【北斗星】

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  このような話を聞くと、まるでオカルト映画のようだと思われる方が多いでしょう。
  この世には、摩訶不思議な出来事がありますが、筆者は幸か不幸か「不思議な世界」を三度、垣間見ました。
  その内容は<惜しむらくは、珍念の筆致が稚拙ですので、誤解を被る恐れがありますので、書けません。
お許し下さい>小欄の「珍念の誓い」に、ちょこっと掲載しています。
これ以上、無駄口を叩くと(閻魔さま)から絆創膏を口に張られる。消えます・・・・

「マブヤー(魂)落とすなスピード落とせ」

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   渡嘉敷島
   阿波連ビーチと沖のハナレ島

  那覇市の西方約32㌔の海上に浮かぶ渡嘉敷島。道端に、子どもたちの書いた文
  が張られている。その中の一つに「マブヤー(魂)落とすなスピード落とせ」とあった

▼人口710人余の小さな島に、信号機はたった一つ、学校の前にあるだけ。交通事故の発生も、ごくわずかな島で、なぜこの言葉が生まれたのか。それは、島の安全が長続きするよう、島民だけでなく、観光客にも〝無事故の運転〟を呼び掛ける思いからだという

▼先日、交通事故に巻き込まれた宮古島の男子部員に話を聞いた。不幸中の幸いで、社会復帰を果たした彼は、「事故に遭わないための準備」の大切さを痛感した。以後、会合時には必ず「絶対無事故」を訴えるようになった

▼小説『新・人間革命』「厳護」の章で山本伸一会長は、会合で無事故を呼び掛けても「〝そんなことは、わかっている〟と思って、聞き流してしまうケースがよくある」と、人間の陥りがちな心理を指摘。〝そうだ用心しよう〟と強く自分に言い聞かせ、周囲とも確認し合う必要性を強調している

きょうから、秋の全国交通安全運動が始まる。事故に〝遭わない〟〝起こさない〟、そして周囲に〝起こさせない〟ための強盛な祈りと行動に徹していきたい。(名字の言)

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   〝珍念〟のコメントは『蛇足』 ・・・・

「ことばの貯金箱」

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  NISA(ニーサ)と呼ばれる新しい制度が来年1月に始まる。年間100万円までの投資であれば、それによる利益は5年間、非課税になるらしい。でもマネーの運用には縁遠い。一方、こちらの「投資」は気軽に始められそうだ

▼その名も「ことばの貯金箱」。読み終えた新聞をただ捨ててしまうのはもったいない。見出しや広告から気になる言葉を切り抜き、空き瓶に入れる。いっぱいたまったら、その時の心のままに好きな言葉を選び出し、台紙に並べてみる。そんな活動である

▼仙台市の大学講師、渡辺裕子さんが発案した。東日本大震災の被災者と共に始め、小中学校に広がった。この夏、教育に新聞を活用する「NIE」の全国大会が静岡県で開かれ、参加者が「ことばの貯金箱」を体験する場が設けられた

▼言葉をいくつか台紙に貼り、感じたことを書き加える。自分はなぜこの言葉を選んだのか、何を大切にしたいのかがおのずと浮かび上がってくる。本人も気付かない心の内が表れる過程を、参加者は実感した

▼「半歩ずつでいいんだ」「花咲く未来心待ち」。被災地では、仮設住宅に住む女性がこんな言葉を貼ったという。互いに作品を見せては語り合う。「遊び心でやっていくうちに心が整理されてスッキリした」。うれしい感想も寄せられた

▼渡辺さんは言う。「言葉は、人を傷つけるためにあるのではなく、人を幸せにするためにある」「言葉の億万長者になろう」。こんな長者さまなら、資金はなくても新聞とハサミさえあれば誰でもなれる。【日報抄】

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    〝馬鹿と鋏は使いよう〟の名言、恐れ入りました・・・・
     毎回(的外れ)の言葉を垂れ流す〝珍念〟反省し・恥じている。

「汚職を取り締まらねば国が滅ぶ、取り締まれば共産党が滅ぶ」

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  「高級酒、高級タバコ買い取ります」。中国の街をぶらつくと、店先にこんな張り紙を見かけることがある。「役人が、ワイロとして受け取った高級品を換金するためですよ」と、中国の事情通。

 二〇一二年までの五年間で、汚職で摘発された中国公務員は二十二万人。黒い実入りの多い公務員人気はうなぎ上りで、国税や税関が高倍率。愛知県の会社も税の問題で広東省の役人に黒い金を。

 近ごろ、中国庶民の間ではやる、皮肉たっぷりの言葉。「汚職を取り締まらねば国が滅ぶ、取り締まれば共産党が滅ぶ」。郷に入りては郷に従えとはいうものの、あしき慣習にどっぷりでは困る。【夕歩道】

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 これ以上は『言わぬが花』・・・・

 

“実に面白い”研究

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 東野圭吾さんの連作ミステリー『ガリレオ』。ドラマで福山雅治さんが演じる天才物理学者は「実に面白い」が口癖で、「仮説は実証して初めて真実になる」が信条だ

◆実験による検証は科学の鉄則だが、古代ギリシャでは科学も思索によって導き出すのが中心だった。現象から思考を深め、こう考えるのが妥当と判断する。対して、実験と観測で究明するのは中世のガリレオ・ガリレイ以降とされる

◆「人々を笑わせ、考えさせる」研究に贈られる今年のイグ・ノーベル賞を日本の二つの研究グループが受賞した。医学賞の帝京大医学部、新見正則准教授らの研究は、心臓移植したマウスにオペラを聴かせると長生きする-

◆移植マウスは拒絶反応で7日ほどしか生きられない。だが、オペラ「椿姫」を聴いたマウスは平均26日、最長で100日間、モーツァルトの曲では20日間延命した。音楽療法の効果、曲による差異の実証だ

◆化学賞を受けたのはハウス食品の今井真介研究主幹ら。タマネギを切ると涙が出る。原因は風味をつくる成分と同じ酵素と考えられていたが、催涙成分をつくる新酵素を発見した。涙の出ないタマネギもできた

◆パロディーの賞だが、成果の裏には膨大な実験と検証が想像される。柔らかな発想による独自の研究は「人類に偉大な利益を与える」可能性を秘めている。実に面白い。(有明抄)

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  かく言う〝珍念〟茹で蛙のようです.。「実に面白い」!
  きょうも、灰色の脳細胞は冴えません・・・・・

「涼風」

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 北九州市のあるスーパーに困り果てた様子のおばあちゃんがやってきた。「1万円が入った封筒を店内のごみ箱に捨ててしまった」。ごみは既に収集されていた。店長が収集業者に連絡を取ると、まだ焼却前。この業者は約2時間、ごみの中を捜し続けて封筒を発見。無事におばあちゃんの元に戻った。

 これは、この収集業者の話を聞いた男性団体職員からのまた聞き。昨夏の話で、男性を通して取材を申し込んだが、業者が表に出たがらず、実現しなかった。男性は「サービスとは真心のこもった仕事をすること。業者や店はそれがちゃんとできている」といたく感心していた。

  暑い夏の終わりを教えてくれる涼しい夜風のような、心地よさを覚える。こんな「涼風」はいつも吹いていてほしいものだ。経済活動にしろ、人の交わりにしろ、こんなことが当たり前のこととして聞き流せる社会は住みやすい。(デスク日記) 

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 感動しました。 かく言う〝珍念〟小さな、小さな 「涼風」を吹かしたい!

高齢者を詐欺に遭うように仕向けている・・(@_@;)

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 非凡な悪徳・詐欺商法は、時代の空気を巧みに取り込む。金の地金取引で被害者数万人の豊田商事事件では、孤独な高齢者家庭に営業マンが疑似家族のように入り込んでいた。「オレオレ詐欺」も、子どもと遠く離れた高齢者の心理が被害を拡大させた

▼豊田商事事件で「欲ボケと言われるのが一番つらい」という被害者が少なくなかった。「いい年をして」という冷たい目が透けて見える。息子のように思えた営業マンの役に立ちたいという気持ちなど誰も分かってくれない。高齢者狙いの還付金詐欺が津市内で一日に七件。県警幹部は「金が返ってくるという欲があり、振り込んでいる認識がなかったのだろう」

▼「ホームページで注意喚起をしていたが、高齢者は見ない」と津市保険医療助成課。見ないのではなく、見ることができない。社会からどんどん置き去りにされていく孤独感、焦燥感。そんな心の不安の隙に、還付金詐欺が付け入ってくる

▼手品の種はめまぐるしく変わる年金制度。その変化に翻弄(ほんろう)されて、厚生年金基金が軒並みAIJ投資顧問のうまい話に乗り二千億円を消失した。お年寄りが翻弄されても無理はない

▼何しろ「公的年金は積み立てた保険金とその運用益を個人に返すのではなく、現役世代の納める保険料によって賄う」と日本年金機構がホームページに書く。津税務署員が言った。「個人と雇用者との積立金だけなら、源泉徴収されているから公的年金に課税されないが、運用益を含むので、その分が課税対象」

社会全体が、高齢者を詐欺に遭うように仕向けていると言えなくはない。 (大観小観)

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     う~ん、 闇に蠢く巨悪は誰だ!そうゆう輩は・・・・
    〝珍念〟きょうも『ごまめの歯ぎしり』なのだ。
 

「サザエさん」

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 漫画(まんが)「サザエさん」が、ほのぼのとしているのは、サザエさんが「嫁(よめ)」ではなく「娘(むすめ)」だからとの説がある磯野家(いそのけ)のサザエさんは結婚後も両親と同居(どうきょ)。年の離(はな)れた弟と妹がいる。

▼母のような姉であり、主婦(しゅふ)のような長女である。その役割(やくわり)を自由気ままに振(ふ)るまえるのは、実の母親がそばにいるからだ。つまり「嫁姑(よめしゅうとめ)の緊張(きんちょう)」がない1969(昭和44)年にスタートした「サザエさん」がアニメ放送の世界最長記録(せかいさいちょうきろく)になるという。

▼漫画の開始は昭和21年、日本の家族制度(かぞくせいど)は戦前のままのころである。そこに嫁姑の緊張がないのどかな暮(く)らしを描いた。戦後の解放感(かいほうかん)から生まれた夢物語(ゆめものがたり)だったと思う姑と小姑(こじゅうと)は女性をバカにしたような漢字である。

▼しかし、どんな家も家族構成(こうせい)は年とともに変わり、子どもは成長して家を出る。寂(さび)しくもあり、めでたくもある。

その家族の変遷(へんせん)と成長(せいちょう)を「女が古く」なる「姑」という字から読み取ることはできまいかサザエさんの磯野家は変わらない。一番幸せな時がそのままだ。こんな幸せが続くといいねと、世代を超(こ)えて見る。女性の夢物語であり、男の夢でもある。 【時鐘】

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  珍念、明け方愉快な夢を見ました。打ち出の小槌を振り、ほしいものを
  出して一人屹ていました。 これ以上は『釈迦に説法』なのだ・・・・・

「来世も一緒になろうと犬に言い」

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  セラピー犬

  おなじみの「シルバー川柳」である。「暑いのでリモコン入れるとテレビつく」(75歳女性)、「お医者様パソコン見ずにオレを診(み)て」(74歳男性)。わかるわかるとうなずく方も多かろう。この川柳、公益社団法人全国有料老人ホーム協会が毎年募集し「敬老の日」に向けて入選作を発表している

▲右の2作は今回と過去の入選作など約90句を収めて今月刊行された「シルバー川柳3」(ポプラ社)から採った。この本の表紙を飾ったのは56歳の女性の作で「来世も一緒になろうと犬に言い」。言う人が男性か女性かは不明ながら、老いのさびしさは男女を問うまい

▲そんなお年寄りの孤独を癒(い)やし、言語・身体の障害改善にも役立っているのがセラピー犬だ。国際セラピードッグ協会の大木トオル代表(62)は、訓練した犬たちを連れて高齢者らの施設を訪問している。多くは殺処分寸前で引き取った犬たちだ

▲ブルースシンガーとして滞米経験が長い大木さんは米国で「動物介在療法」を学んだ。日本に導入すると、自力歩行をあきらめた高齢者が犬と一緒の訓練で歩けるようになり、腕を動かせない人が犬をなでようと努めるうちに一人で食事ができるまでに回復した

▲「人は犬に心を開く。犬のすごさです。なじみのセラピー犬を枕元に呼び、『ありがとう』と言って亡くなった人もいます」。そう語る大木さんは犬たちを連れて福島へ通う。仮設住宅で孤立した高齢者の自殺が目立つという

川柳では表現しがたい過酷な現実。一度は人に殺されかけた犬たちが、今は人を慰め、死のふちから救おうと頑張っている。私たちも負けてはいられない。【余禄】

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    <犬は飼い主に似る>・・・・これ以上は『蛇足』なのだ! 

最後のデザイン

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  母と娘らしい二人連れの女性。おしゃべりをしながら楽しそうに歩いている。周りを見ると、シニア層を中心とした数多くの男女が同方向に向かって進む。みんなが吸い込まれていくのは、東京の湾岸地区にあるビル。8月下旬、ここで「終活フェスタ 2013 in 東京」が開かれた。

 ▼主催者によると、人生のしまい支度を意味する「終活」をテーマにした日本初の大規模イベントだという。会場に並ぶブースは実に多彩だった。

 ▼シンプルな葬式を打ち出す葬儀社、海洋散骨を専門にする協会、相続相談や遺品整理、終活写真専門スタジオ…。「湯灌実演」のボードが置かれたコーナーでは、遺体を洗い清めるパフォーマンスが行われ、別のブースの「入棺体験」もにぎわっている。

 ▼とどまることを知らない終活ブーム。夏には「人生を美しく仕上げるための季刊誌」を掲げた「終活読本 ソナエ」も創刊された。

 ▼人気タレントの壇蜜さんを表紙にした意外性もあってか、売れ行きは好調で増刷を重ねる。「目標の10万部に向け、いいスタートを切れた」と編集長。読者は女性の方がやや多く、年齢は想定よりも若めという。

 ▼終活ブームの特徴は「自分らしい死」の実現。自らの最期をデザインし、死後も自分らしく、という人々の思いの強さを痛感する。フェスタ入場者の顔が不思議なほどに明るかったのも、自己実現の成就に向けての準備だからか。一時的なブームではなく、日本人の死生観が大きく変わる兆しかもしれない。 (一日一言)

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 人間の死亡率は100%。考えたくありませんが、エンディングに向かって時は流れているのです。今現在は健康で元気ですが、これからはどうなるかわかりません。

 自分に何かあったときには、家族や親族にお願いしなければならないこともあります。死亡したときには、本人は何もできませんから、誰かに必ず行ってもらわなければなりません。ですから、今から準備できることは早めに対策しておくことも必要なのです。それには、どのような困ったことがあるのかなどを、まずは知ることが大切・・・・

 「死後を考えるのは今を生きるため。準備をしておくことは家族や地域とのコミュニケーションにもなる」

     変人の筆者は、摩訶不思議な出来事に度々遭遇し、死ぬのは怖くないです。死後の準備は、ちゃんとしています。
         『名もない人達の中で、心を 打たれたといわれる、 人生を 私は 生きたい』 池田大作

            かく言う〝珍念〟も、そう生きたい・・・・(o^-^o)

 

「敬老の日」

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 現役最高齢のピアニスト・室井摩耶子さん。92歳の今も、年に5、6回のリサイタルを行い、直前には1日8時間ほどピアノに向かう。なぜ弾き続けるのか? その問いに「今でも楽譜のなかに発見があるから」と答える

▼6歳でピアノを始め、35歳で単身ヨーロッパへ。だが、個性をどう確立するかという難問にぶつかる。その時、82歳のドイツ人ピアニストの演奏を聴き、〝この老婦人にしか弾けない境地〟に胸打たれた。そして確信した。「怠けることなく生き、勉強を続ければ、『個性』は自然と醸し出される」と

▼人生の悲喜こもごもを体験し、年輪を重ねて初めて、楽譜から読み取れるものがある。だから「まだまだピアノが弾きたい」。毎日、「背中がぞくっとするような」新しい発見を求めつつ、得たものを弟子に伝える(『わがままだって、いいじゃない。』小学館)

年を重ねるにつれ、驚きや発見は徐々に減っていくもの。しかし、自ら求めれば、〝初めて得るもの〟はたくさんある。その「新しい何か」を求め、歩み続ける人生は、喜びに輝き続けるだろう

▼信仰は前を向いて生きる源泉。学会には、心の宝を積み続ける〝多宝の友〟が大勢いる。大先輩の生き方に学びたい。きょうは「敬老の日」【名字の言】

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    〝珍念〟感動しました! ともあれ、悔いのない人生を邁進したい・・・・・・

「狐狸庵(こりあん)先生」

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 「狐狸庵(こりあん)先生」こと故遠藤周作さんのいたずら好きは、神戸市にあった旧制灘中時代かららしい。毎日のように、教師が黒板に向かっているすきに窓から教室を抜けだしたという。

 ▼そんな遠藤さんにげんこつをくらわせていたのが、国語教師の橋本武さんだ。戦争が終わり、教科書は進駐軍からの指示により墨で塗りつぶされた。橋本さんは、愛読していた中勘助の小説『銀の匙(さじ)』を教科書にする授業を思いつく。

 ▼橋本さんによれば、「国語は日本人としての常識養成の教科」である。そこで手作りのプリントで行う授業は、意識的に横道にそれるやり方をとった。たとえば小説の中に「百人一首」やたこ揚げの場面があれば、実際にやってみる。干支(えと)が出てくれば、昔の時間のとらえ方に話題が及ぶ。

 ▼こうして中学の3年をかけて、200ページあまりの1冊の文庫本を読み込んでいく。精読だけではない。毎月1冊本を指定して、読後感想文を提出させた。高校に上がると、クラスをグループに分けて、古典の共同研究を課題にした。

 ▼ユニークな授業で鍛えられた国語力も、要因のひとつだろう。いつのまにか灘校は、遠藤さんがびっくりするような、全国有数の進学校になっていた。灘校での教師生活は50年に及び、教え子は各界で活躍している。その一人、黒岩祐治神奈川県知事が著書で紹介したことから、橋本さんは「伝説の教師」として知られるようになった。

 ▼晩年には、数え切れないほどの趣味を楽しみながら、ライフワークの『源氏物語』の現代語訳を完成させた。101歳の天寿を全うした橋本先生を、コラムのテーマにするだけではむなしい。授業を受ける機会があれば、もう少しまともな文章を書けたかもしれない。(産経抄)

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 Photo_3   『銀の匙(さじ)』=内容紹介(「BOOK」データベースより)

    土の犬人形、丑紅の牛―走馬燈のように廻る、子供の頃の思い出。それは、ひっくりえかした宝石箱の
    ように鮮やかに彩られている。誰の記憶の中にでもある“銀の匙”。その永遠なるものを素材にした、
    永遠の文学を貴方の心に届けます。

 古い茶箪笥の抽匣から小さな銀の匙を見つけたことから、幼年期の叔母の愛情に包まれた日々を、透き通る無垢な視線で回想してく主人公。明治43年に前篇が執筆され、夏目漱石の絶賛、推挙により、大正2年から東京朝日新聞で連載された中勘助の自伝的作品。戦後の灘中学でこの作品1冊を3年間かけて読みこむ授業を実践、同校を名門校へ導いた、中本人とも深く交流した橋本武による当時の授業を再現する「解説」を全編に併載。理解を深め、横道にそれる橋本流知的ヒントをちりばめた平成版『銀の匙』誕生。

        かく言う〝珍念〟<橋本先生を、コラムのテーマにするだけではむなしい。
        授業を受ける機会があれば、もう少しまともな文章を書けたかもしれない

        の言葉に『恐れ入谷の鬼子母神』・・・・ ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

「山本周五郎の最後の長編小説」

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 山本周五郎の最後の長編小説『ながい坂』に、少年時代の主人公が、師から諭される場面がある。「たとえば阿部の家で祝いの宴をしているとき、どこかでは泣いている者があり、親子心中をしようとしている家族があるかもしれない」。

 ▼2020年夏季五輪の東京開催が決まって以来、気分の上ではずっと祝いの宴が続いている。東日本大震災から2年半たったきのう、被災地の現状を伝える記事が、そんな小欄の目を覚まさせてくれた。

 ▼「東京は安全という発言は、福島が危険と大声で言っているようなものだ」。今も人通りがほとんどないという南相馬市小高区からは、怒りの声が上がる。福島第1原発の汚染水問題も、解決の決め手が見つかったわけではない。復興のための人手や資材が、東京五輪に取られてしまう不安も理解できる。

 ▼東京招致に至るまで、「オールジャパン」体制の活動が強調されてきた。では、復興も「オールジャパン」で進んでいるといえるのか。被災地の農産物を扱う首都圏のスーパーは、食品の放射能検査を徹底している。にもかかわらず、いまだに風評被害がなくならない。震災がれきの受け入れにも、東北以外の一部の住民からは当初激しい反発が起こったものだ。

 ▼周五郎は、「曲軒」のあだ名がつくほどヘソ曲がりだった。前回の東京五輪開催が決まったときも浮かれることなく、むしろ戦後復興に取り残された人々を気遣った。当時の随筆で、「オリンピックをやれば文明国のなかま入りができるという稚気や、便乗して金もうけをたくらんでいるような人たち」を批判している。

 ▼平成の日本人はどうだろう。7年後には、東京五輪の開催が復興のスピードを速めたと、胸を張っていえるだろうか。(産経抄)

 『ながい坂』 内容紹介・・・・ 久しぶりに読んだ長い小説であった。
歴史小説をその他(歴史)にカテゴライズするのは、はばかられるが、この際、開き直ってしまおう。徳川家康の「人の一生は、重き荷を負うて遠き道をゆくがごとし。」の言葉を思い出させてくれる小説であった。主人公、三浦主水正のストイックさが印象的な作品である。吾輩は、もうちょっとゆるい人生を送りたいなと思うが、そうもいかないであろうなとも思う今日この頃。

 ○上巻の内容の紹介(カバー裏面より引用)・・・ 『徒士組という下級武士の子に生まれた小三郎は、八歳の時に偶然経験した屈辱的な事件に深く憤り、人間として目ざめる。学問と武芸にはげむことでその屈辱をはねかえそうとした小三郎は、成長して名を三浦主水正と改め、藩中でも異例の抜擢をうける。若き主君、飛騨守昌治が計画した大堰堤工事の責任者として、主水正は、さまざまな妨害にもめげず、工事の完成をめざす。』

   ○下巻の内容の紹介(カバー裏面より引用)・・・『異例の出世をした主水正に対する藩内の風当たりは強く、
    心血をそそいだ堰堤工事は中止されてしまうが、それが実は、藩主継承をめぐる争いに根ざしたものである
    ことを知る。”人生”というながい坂を人間らしさを求めて、苦しみながらも一歩一歩踏みしめていく一人の男の
    孤独で厳しい半生を描いた本書は、山本周五郎の最後の長編小説であり、周五郎文学の到達点を示す作品である。』

   ○江戸時代後期の7万石の小藩を舞台にして、堰堤工事の大事業、新田開発、家中騒動、主水正の出世、主水正の
    女性関係と、、、江戸時代の藩士を主人公にした小説としては、常道を行くものとなっていると思う。

○興味深いのは、五人衆といわれる商人たちの存在であろう。江戸時代は、商品経済が発達して、商人の力が大きくなった時代であったので、登場人物としては、商人は欠かせない存在だ。本書では、完全な悪というものはなく、一人の人間には、善悪両方の心があるというふうに書いている。

○そういうわけで、当初、五人衆は、主人公の藩の経済を牛耳っていて、改革の障害となるように書かれ、主人公の敵であるかのように書かれるのかと思いきや、最終的には、協力関係になるという流れになっている。家中騒動についても、相手方は、あくまでも悪ではないという姿勢が垣間見える。それぞれの立場で、良かれとしたことをやったにすぎないのであると。。。。

   ○それにしても、主水正は、刺客には狙われるし、失脚しそうになって、逃避行を続ける羽目になるのだが、相手方
    の刺客は弱すぎである。チャンバラのシーンはあまりない感じである。刺客との決闘が始まったと思ったら、気付かぬうちに
    終わっているという印象があった。吾輩、少ししか山本周五郎の作品は読んでないのだが、山本氏は、あまり
    チャンバラのシーンは書かないのであろうか。

        まあ、あくまでも、藩内の人間劇を書いている感じである。
        純粋に歴史ドラマとして楽しめる作品であると思う。(タヌキおやじの足跡)

        「宝島」で有名なイギリスの作家スチーブンソン(一八五〇~九四年)は言った。
        「希望は永遠の喜びである。それは所有している土地のようなものである。
        年、毎 年、収益があがり、しかも決して使い尽くせない確実な財産である」
        
希望という「心の財」は、無限に価値を生む。最高の財産である。    


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<君の引用は・もう、たくさんだ。自分の言葉で語れ>
    
の諺が愚かな【珍念】の心に虚しく響く・・・・・
     反省し、恥じてイル。  (A;´・ω・)アセアセ

「宝くじと思うな。寄付と思え」

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 後に「戦後最大の物語作家」と呼ばれる医学生、山田風太郎が1947年11月7日の日記に、宝くじについて記している。 「12月から一等100万円の宝くじが売り出される。ところでこれに当たったら小生の全能力、全人格は荒廃するだろう」。

▼理由が面白い。「たかが100万円。むやみやたらに使うなら、それが1千万円でも3日で使ってごらんにいれる。 しかし、真に自分を立派なものにするための使い方が、今のところ考えられそうもない」(『戦中派闇市日記』小学館文庫)。

▼紀の川市の60代男性が「ロト6」の当選番号が事前に分かるという誘いに乗って300万円を詐取された。 最初は疑っていたが、抽選会場からパソコン画面で実況される当選番号を、数字が発表される前に相手が次々と言い当てたため、信じてしまったという。

▼実際の抽選結果と、それがインターネットで公開されるまでのわずかな時間差を利用した手口だが、そこが数字の魔力。 相手が結果を事前に知っていると思い込んだらしい。

▼事前に当選番号が分かっていれば、人に教えず、当の本人がその当たりくじを買うはず。 そんな不自然な話に乗ってしまったのも、欲望を制御できない人間の悲しいさがだろう。

▼風太郎氏は宝くじが当たれば「全能力、全人格が荒廃する」といった。この趣旨を自己流に解釈すると 「宝くじと思うな。寄付と思え」である。その程度に考えておけば間違いはない。紀伊民報 【水鉄砲】

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『戦中派闇市日記』 内容説明:医学生作家となった山田風太郎誕生の2年間

 昭和22年~23年。25歳の青年は東京医学専門学校(現在の東京医科大学)で試験と実習に追われる傍ら、前年書き上げて探偵小説専門誌に投稿した『達磨峠の事件』が入選、人生の大きな転換期を迎えていた。

〈むずかしい。小説の苦しさを初めて知った(昭和22年3月30日)〉
〈新憲法施行の祝日だそうな――。冬に逆戻りしたような冷たい雨、風! ザマ見やがれッてんだ。推理小説「歯車」(仮題)構成す、『植物性神経外科』読(昭和22年5月3日)〉
〈朝、江戸川氏より明元旦午後より夜にかけ遊びに来ぬかとのハガキ来る。ひるごろ、ビヨウキエンキスルとの意の電報来る。この年末の忙しいのに乱歩さん、何をマゴマゴひとりで騒いでいるんじゃ(昭和22年12月31日)〉

      探偵小説の重鎮・江戸川乱歩との交流、氏に宛てた手紙の草稿、食糧不足が続く占領下での日常、東京裁判の判決、

       殺到する小説執筆の依頼……青春の只中で、作家への道を歩み始めた日々と戦後日本を感性豊かに綴る。
      医学生・山田誠也から作家・山田風太郎へ――。混乱の渦中に記された、戦後最大の物語作家誕生の記録。
      『戦中派焼け跡日記』に続く、山田風太郎戦後日記シリーズ第2弾。

   【編集担当からのおすすめ情報】
著者が医学生として学ぶかたわら執筆しはじめた小説が、次から次へと評価されていく昭和22~23年の2年間、731日の日記がおさめられています。江戸川乱歩氏が中心となった日本探偵作家クラブの発足など、当時の文壇の一端を窺い知る記述に加え、戦後という言葉が聞かれなくなって久しい昨今だからこそ振り返るべき65年前の日常と現実も、25歳の“新人”作家の目を通してリアルに綴られています。

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 それにしても、宝くじ、3億円あたったら・・・( ^ω^)おっおっおっ
 
それよりも、買わないと・・・それにしても、冴えない(オチ)です。

「イビュコスの鶴」

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 古代ギリシャの詩人イビュコスは、ある日、人里離れた浜辺で盗賊に襲われる。折しも鶴の群れが飛び立ち、イビュコスは「鶴が証人になってくれる」と最期に言い残す

▼何食わぬ顔で町にやってきた盗賊たちが、空を見上げると、そこに鶴の群れ。ひとりが「ほら見ろよ、イビュコスの鶴だ」と漏らし、悪事は発覚してしまう。世に知られる「イビュコスの鶴」の逸話

▼解釈はさまざまなようだが、西洋古典学者中務哲郎さんは、「口は災いのもと」と「天網恢々疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず」のふたとおりの受け止め方があると考証している(「物語の海へ」岩波書店)

▼IOCの総会で、福島第1原発の汚染水は「完全にブロックされている」と大見えを切った安倍晋三首相の発言について、菅義偉(すがよしひで)官房長官は、放射性物質が問題ないレベルとの意味―と軌道修正した

▼「(港湾内外で)水は当然出入りしている」とも語り、港外流出の可能性を認めた。政府の朝改暮変(ちょうかいぼへん)ぶりを、本紙は「五輪招致のために過剰に脚色した首相発言の収拾に追われている」と報じた。<過剰な脚色>を世間では「うそ」ともいう

いまは鶴に立証を託す古代でも、「王様は裸だ」と真実の暴露を子どもに頼る中世でもない。世界は汚染水を“水も漏らさぬ”ように注視している。首相の「大口」が、信用失墜という「災い」をもたらさなければいいが…。 (卓上四季)

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  臆病者の〝珍念〟何らかの不都合で原発が暴走し爆発したら・・・・・
  きょうも 『杞憂』している。 余り考えると残り少ない髪の毛が抜ける。

「人情紙風船」が遺作ではチトサビシイ。

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  「人情紙風船」が遺作ではチトサビシイ。小さな手帳にそう書き残し、映画監督・山中貞雄が28歳で亡くなって今月で75年になる

▼1909年、京都市に生まれ、23歳で監督デビュー。人間くさい主人公と現代的なせりふ回しの時代劇は「マゲの現代劇」と呼ばれた。愛嬌(あいきょう)ある素顔も撮影現場で愛された。5年間で23本を残し、中国で戦病死した

▼現存する長編は遺作を含めて、「丹下左膳余話百万両の壺」「河内山宗俊」のわずか3本。80年代、その名を次代にと故黒木和雄監督らが「山中忌」を再興し、命日の前後に大雄寺(上京区)の墓前で法要を営んできた

▼遺族や映画人、市民が親しく語る場でもあった。東京在住の親族が遺品一式を京都文化博物館に寄せたのは温かな会の存在もあった

▼会は、生涯を描く劇映画の製作を目指した。脚本にも着手したが、黒木監督の死でかなわなかった。山中と同時代に生き、今は失われた映画を見た興奮を語る人も少なくなった

再興30回目の今年で閉会も−と世話人の鴇(とき)明浩さん(48)。だが存続させ、若い世代に語り継ぐことが埋もれた作品発見の力になる、とも迷う。切ない「紙風船」もいいが、 得意な明朗時代劇で人々を愉快に。「3本ではチトサビシイ」。誰より山中自身がそう願っていると思うのだ。 【凡語】

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  うい うい。珍念の頭も「チト・サビシイ」・・・

「老い入れ」

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 江戸時代には、老後という言葉はなかったそうだ。もっぱら使われたのは「老い入れ」なる言葉。江戸風俗の研究家であった杉浦日向子さんの著書「お江戸風流さんぽ道」(小学館文庫)によれば、前向きな老境を示していたという

▼同書にあったが、まず40歳で「初老」。これは入門者の段階だった。次いで数え50歳になると「五十の賀」として祝った。やっと老い入れの中級者として位置付けられる。そして60歳。還暦とは、ようやく老年期における〝成年〟であり、まっさらな人生が再びスタートする時分となる

▼もっとも日本の至る所で、みんな同じような人生哲学を持っていたかといえば違ったようだ。農耕が中心だった地方を支えたのは若者。力仕事が伴うだけに生産を担う若い世代が重要視された

▼一方、「老い入れ」を何より大事にしたのは将軍家のお膝元である江戸。ここは職人の町で何につけても熟練の技が要求された。こうした土地柄もあってか、年長者は経験豊富な知恵者として常に尊敬されたそうだ

▼敬老会のシーズンを迎えた。平均寿命が延びたおかげで近年は当祝者の対象年齢は上昇。県南地方では花巻、北上両市は75歳以上だが、奥州市は77歳以上。一関市に至っては80歳以上としており、還暦や古希組は老い入れ後も青年期の扱いだ

老いてなほ 美しきものを吾は見む 若かりし日に見えざりしもの-。万葉集の研究で知られた東北大名誉教授で、北上市の日本現代詩歌文学館の館長も務めた扇畑忠雄さんが米寿の祝いで詠んだ歌だ。老いて見える世界もあるとか。日々それを満喫してほしい 「岩手日日新聞 コラム」

「お江戸風流さんぽ道」 (内容紹介 (「BOOK」データベースより

 ◆粋(すい)の上方、粋(いき)の江戸。吸ったら吐き出す江戸の「いき」。情もお金も溜め込まない気っ風のよさを身上に、即席グルメに、江戸前ファッション、長屋暮らしに、色に恋。江戸の庶民の息づかいを生き生きと今に伝える江戸案内。

 ◆初詣でに始まり、桜見、川遊び、花火大会、大相撲見物などの行事や娯楽、洒落を駆使した言葉遊び、そして日々の生活や町の様子を概説する第一部「ごくらく江戸暮らし」。浮世絵や古地図を参照しながら四回にわたって行われた“講義録”を収録した第二部「ぶらり江戸学」。面白さも二倍の、杉浦版「江戸入門書」。

      かく言う〝珍念〟冥途のお土産に「東京見物」をしたい・・・\( ^∇^)/θ☆ わ~い!

 

「東京五輪」 !(^^)!

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 49年前の東京を舞台にした奥田英朗さんの小説「オリンピックの身代金」(角川文庫)に印象的な言葉がある。「東京は、祝福を独り占めしでいるようなとごろがありますねえ」

▼秋田の農村から夜行列車で初めて上京した女が、東京タワーから街を見下ろして漏らす一言だ。彼女は、出稼ぎ先の宿舎で急死した夫の遺骨を引き取り、秋田に戻る前に、ふとタワーへ上ったのだった

▼東京は五輪を控えて建設ラッシュに沸いていた。物語は、東京の繁栄ぶりと、その東京へ労働力を送り込む地方の貧困という、圧倒的な格差を背景に展開する。出稼ぎ労働の様子は、現実もそうであったかのように克明に描かれている

▼実際の宿舎のひどさは「動物飯場」とも表現された。当時を知る人によると、ある宿舎の大部屋では丸太を枕にして、市場のマグロのように並んで寝かされていたという。班長が丸太の端を蹴飛ばせば全員を一度に起こせたからだ

▼であっても、体ひとつで現金が手に入るし、同じ集落の者たちといたわり合いながら働ける出稼ぎには魅力があったという。稼いだ金で会社を興し、成功した者もいる。格差の大きさは跳躍台のばねを強くもした

▼そんな熱狂の時代はもはや遠く、次の東京五輪は「成熟都市」らしい落ち着いた大会になるのだろう。みんなが自分の足元に価値を見いだすことができれば、地方だってさらに成熟するはずだ。都市の繁栄をうらやむ地方、との図式も過去のものになる。
【北斗星)

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◎「オリンピックの身代金」(あらすじ)

 「おめ、アカなんだってな。おめは東大行くぐらい頭さいいんだがら、世の中を変えてけれ。おらたち日雇い人夫が人柱にされない社会にしてけれ」・・・人柱という言葉に、国男は打ちのめされた。以前マルクスを引き合いに出し、苛烈な搾取構造の中でも屈託のない飯場の労働者について、不思議でならないとの感想を自分は抱いた。しかしそれは過ちだった。彼らはちゃんと現状を認識している。戦う術を知らないだけなのだ。・・・ (本文より)

 昭和39年夏。10月に開催されるオリンピックに向け、東京は世界に冠たる大都市に変貌しようとしている。この戦後最大のイベントの成功を望まない国民は誰一人としていないような風潮だった。そんななか、東京で相次いで爆発事件が発生。同時に「東京オリンピックを妨害する」という脅迫状が当局に届けられた。 警視庁の刑事たちが事件を追うと、一人の東大生の存在が捜査線上に浮かぶ……。――「昭和」を舞台に、テロリストと刑事たちの戦いを描く、著者渾身のサスペンス作!!

   かく言う〝珍念〟テロリストと刑事たちの戦いが起きないように『杞憂』している!

オディロン・ルドンの眼差し

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              「子供の顔をした花」1885
              心の荒野に咲く花。
           きっとそれはルドン自身。
              愛情も、ぬくもりも、
      当たり前のようにあるはずのものが、
            なければ殻を閉じることで、
                自らを守るのだろう

 不器用な少年は荘園に預けられて育ち、建築家や歴史画家を目指し挫折。好きな絵に向き合って最初の版画集を出した時には39歳になっていた。

◆眼球が浮かぶ気球など奇想の作品で知られるルドン。その発想は特殊な生い立ちゆえと思われがちだったが、研究者の山本敦子さんは「画家の生き生きとした知性や努力をばかにするもの」と疑問を投げ掛ける。

◆変化が激しい19世紀にあって、社会の関心や空気をつかみ、その上で自身の世界を探し続けた芸術家なのだという。絵を描いて生きていくためにどれだけ必死に世の中を見、表現を研ぎ澄ましていったことか。その世界は難解だが、見るたび発見がある。県美術館で開催中の展覧会で触れてみては。オディロン・ルドンー夢の起源ー全国巡回展 2023年9月3日~10月27日=岐阜県美術館で開催中・・・・ (赤ペン・青ペン)

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1    青い花瓶のアネモネとリラ」1912以降
     ルドンの目から入った花の姿は、
       彼の手から再生されるとき、
     既にただの静物ではなくなっている。
        まるで媚態をつく生物のように、
      花は自ら意識を持って香り立つ。
     妖艶な花の魔力に、思わず心奪われる。

 

  ▼ルドンは母に捨てられた子供だった。兄を偏愛していた彼の母親は生まれてすぐにルドンをペイルルバード・・・彼の心の故郷・・・へと里子に出し、彼は幼少期をそこで独りぼっちで過ごしたのである。荒涼とした風景の広がるその場所で、母に捨てられたという現実から目をそらし、自らの内部へとその視線を向けたルドンは、心の中に潜む闇・醜悪・幻想に小さな頃から気付いていた。

  ▼15の時から生地ボルドーの画家・ゴランに自由に描くことを教えられたルドンは、そののち高名なジェロームのアトリエに入っても、そのアカデミズムになじむことができず、すぐに飛び出してしまう。彼はほとんど自分の世界の中だけで絵を描き続けた・・・

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  かく言う〝珍念〟子どものころの、純粋な心を描き続けたい!

 

恐ろしい「けだもの」それは?

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  届いた朝刊のページをめくりながら、必ず確認する数字がある。おそるおそる、たじろぎながら、祈るような気持ちで・・・

▼―あぁ、けさも増えている。息をつき、瞑目(めいもく)することしかできないのが、歯がゆい。本紙第2社会面に毎日掲載される道内の交通事故死者数を伝える欄。おとといは「99人」だった。が、きのうは「100人」(8月29日午前0時現在)になっていた

▼増えた「1」は単なる無機質な数ではない。いつもと変わらない日常があった。人生があった。親や子、きょうだい、恋人、友人、知人…。無慈悲にたち切られた絆の断面は、数知れない

▼故・小松左京さんのSF掌編集「ある生き物の記録」に、地球の植民地となった小さな惑星の話がある。端正で落ち着いた暮らしの星に持ち込まれた「生き物」は、初めこそ歓迎されたが、恐ろしい勢いで増殖し、乗る者の心を変えてしまった

その星で「けだもの」と嫌われたモノ。地球ではそれを自動車と呼んでいた―。巨匠の筆は車社会の負の側面を鋭くえぐる。人類史上、これほど多くの命を奪い続ける道具は他にあるだろうか

▼障害物を察知して自動停止する車が増えてきた。現政権は「次世代自動車」を成長戦略に組み入れている。ならば人間を決して殺さない車と交通体系の開発を目標に掲げてほしい。それは世界が買い求め、みんなに感謝される輸出品となろう。(卓上四季)

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  旨い、このコラム 『的を射る』。 これ以上のコメントは『釈迦に説法』・・・・・

「パラメディカ」

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  さいたま市の星野史雄さん(61)は、闘病記専門書店「パラメディカ」という一風変わった本屋の店主だ。妻を乳がんで亡くした星野さんは、多くの闘病記を読むことで精神的に救われた。それが開業の動機である

▼3年前、その星野さんに進行した大腸がんが見つかり、本を書いた。「闘病記専門書店の店主が、がんになって考えたこと」(産経新聞出版)。2人に1人ががんになる時代だ。星野さんのようなドラマも起こり得る

▼9月は「がん征圧月間」という。しかし、征圧という表現に違和感がある。征圧とは威力で抑えつけることで、結核にも征圧運動があった。官民挙げて結核をなくしたかったのだとしても、いかにも大仰だ

▼がんの場合も、征圧という表現が安直に引き継がれたようだ。ただし、結核菌が引き起こす結核とは違い、がんは細胞の変異が原因で、高齢社会に多い。早期発見や手術も大事だが、抗がん剤による長期間の治療が必要となる場合もある

▼「がんも身の内」。星野さんの結論。「がんはからだの外から舞い込んだインベーダーでないことは、たいていのがん患者は知っています。闘病も征圧も何だか不必要に勇ましいですよね。うまく共生し、折り合っていくしかないと思います」

▼熊本県内では、3年前から「がんサロン」が増え始め、現在は24カ所にもなる。「がんも身の内」と思っても、病気への疑問や不安はある。「がんサロン」は、それを率直に語り合う場になっている。どこも、穏やかな空気が流れている。 【新生面】

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「闘病記専門書店の店主が、がんになって考えたこと」
(内容紹介)自分の病について知りたい。でも、知れば知るほど
怖くなる…。それでも生きるには、さらに「知る」しかない。闘病記専門古書店「パラメディカ」の店主・星野史雄さんは、2010年にステージIVの「大腸がん」が見つかり、肝臓と肺にも転移。開腹手術と抗がん剤による治療で、現在もがんと戦い続けている。

  そもそも星野さんは大手予備校に勤務していたが、1997年、妻を「乳がん」で亡くしたことをきっかけに退職。妻が「同じ乳がんの闘病記を読みたい」と言っていたため、まずは乳がんの闘病記を集め始める。以後、「がん」だけでなく、あらゆる病の闘病記を集め、1998年に「パラメディカ」を開店。現在その数は2800点にも及び、同店は実際に闘病生活をしている人たちや、その家族の間で
      話題になり注目を集めている。

      本書は、星野さんがこれまで読み込んできた「がん闘病記」の知識を活かして、「がんとの闘い方」を伝授する
     自伝的ヒューマンドキュメント。巻末に病気別のオススメ闘病記リストも掲載。

   星野史雄さんの闘病記に、エールを送ります。かく言う・珍念「悪性リンパ種」を患い、病魔との熾烈な戦いに勝利して
     もうすぐ14年になります。小欄に『珍念の誓い』に、るる述べています。自分の体験を100%語るのは至難のわざです。
 拙い論文です、筆者の筆致の至らなさに恥じています。ともあれ蝋燭の灯が消えるまで全力で邁進したい !(^^)! 

 

「同姓同名の別人です」

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 戌年、天秤座、O型まで同じ 

 

 

 少し不思議な話をしょう。読者の皆さんは自分と同姓同名の人に会ったことがあるだろうか?私は一度だけある。もちろん、その人の名前は「いっしき・まこと」だ。ただ、私と違って、下の名前は平仮名の「まこと」である。

 ▼その人について知ったのは、私が詩壇の新人賞(H氏賞)を受賞して数年後のある日、新聞の文化欄に載った一行の告知記事だった。某有名出版社の主宰する漫画家新人賞を、私と同じ名前の人が受賞したというのである。私の名前はけっして平凡な名前ではない。だから少し意外に思い、その人のことが気になった。書店で作品集を買い求め、カバーの見返しに書かれたプロフィルを読んで、さらに驚いた。「戌年、天秤座、O型」と書いてある。私とそっくり同じではないか。

 ▼編集部を介して連絡を取り合い、ほどなく私たちは新宿の喫茶店で落ち合った。当たり前の話だが、確かにその人は実在した。そして、まぎれもなく私と同じ「戌年、天秤座、O型」であった。だが、一つだけ決定的に違ったのは、性別が女性だったことである。

 ▼今から四半世紀前のその出会い以来、私たちはほどなく連絡が絶え、お互いの消息も分からないまま、月日が過ぎていった。その間、私は詩を書くかたらら、コピーライターや編集者として活動していたが、たまたまある楽器メーカーのPR誌の編集を任されることになった。もちろん、もうひとりの一色まことさんがそんなことを知るはずもない。

 ▼それから数年後、新聞で彼女の新刊広告を見て、私は思わず我が目を疑った。一色まことさんのコミック「ピアノの森」が世上で大ヒットしていたのだ。しかもまたたく間にベストセラーとなり、アニメ化までされたという。その結果、映画『ピアノの森』公開記念コンサートを、私はlピアノ本」編集長として取材する羽目になった。会場に着くや、私をもう一人の一色さんと勘違いした人々から、「おめでとう」と何度も呼びかけられた。その度に「同姓同名の別人です」と汗だくで打消して回ったのは言うまでもない。

 ▼現在、私は音楽業界から足を洗い、詩人専業となった。だから、もう一人の一色まことさんと間違えられる謂れはないのだが、予約したレストランでいまだに「漫画家さんですか?」と尋ねられることがある。どうか本誌読者の皆さんは、詩人・一色真理と漫画家・一色まことさんとを混同しないでいただきたいと思う。「公明新聞:ことばの玉手箱 詩人:一色真理」

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Doltuberi 世の中には、自分に似た人が3人ぐらい、いると言われている。つまり、「ドッペルゲンガー」現象と言う。(ドッペル)とは、二重、分身という意味である。以上の意味から、自分の姿を第三者が違うところで見る、または自分で違う自分を見る現象のことである。
自ら自分の「ドッペルゲンガー」現象を体験した場合には、「その者の寿命が尽きる寸前の証」という民間伝承もあり、未確認ながらそのような例が数例あったということで、過去には恐れられていた現象でもある。 
    かく言う〝珍念〟50年前、自分と瓜二つの人に出会ったことがあります。(夢ではありません)

    「ドッペルゲンガー」に出会ってしまうとその人は死ぬ。そんな話を聞くことがある。変
    人の筆者は、交通事故・癌で何度も・虎の尾を踏み虎口を脱出・・・奇跡の生還をし
    た時も、もう一人の自分が上の方にいて冷めた目でみていました。 (誤解を被るか
    もしれません)単に〝珍念〟の稚拙な筆致の故です。お許し下さい!

    中国雲南省のある村で、留守番していた小女を虎が襲っていた、なんと そのとき 
    (珍念)、棍棒を手に赤い舌を舐めている虎に挑み、奮闘しましたが、会えなく餌
    食になりましたが、幸い少女は助かりました・・・・誰か肩をゆすっている 妻でした!

    恐ろしい夢を話したら、妻も不思議な夢を見たそうです「実は、法事に来られた坊さ
    んが、その話をして(虎)に命を捧げられた人は偉い。生臭坊主ですが、そう生きた
    い。」と話されていた、と。

           おそるべし! 妻は何でも知っている  \( ^∇^)/θ☆ わ~い
 

幻の『となりのトトロ2』

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  宮崎駿監督はスタジオジブリのスタッフに、こんなことを言ったことがあるらしい。「もしジブリ倒産ということになったら、最後に『となりのトトロ2』をつくってみんなでお金を分けようね」

▼倒産は困るが、トトロの続編はぜひ見たい。しかし、それはかなわない。作家の半藤一利さんとの対談『腰ぬけ愛国談義』(文芸春秋)で、宮崎さんは言っている

▼トトロは「雑草という草はない」という昭和天皇の言葉のように、雑草一本まで日本の自然を描いた作品。「それがもう、描けないんです。いまの人間たちには描けない…緑はもうあの頃の緑と違う色ですから」

▼乱開発されて、ウマオイの声すら消えつつある自然。経済大国といいつつ、さまざまな形の貧しさを抱え込むこの国の姿に怒りつつ、宮崎さんは「子どもたちにこの世は生きるに値することを伝える」ため、名作を送り出してきた

▼一昨日の引退会見で宮崎さんは、敬愛する作家として、英国の児童文学者ロバート・ウェストールの名を挙げた。その作品集『ブラッカムの爆撃機』(岩波書店)を自ら編んだ監督は、作家との架空の邂逅(かいこう)を漫画にした

▼宮崎さんはウェストールに語りかける。「あなたの作品には、このムゴイ世界と戦いつづける勇気と、失われたものへの愛惜にみちています。すてきです」。この言葉を、そのまま宮崎監督に贈ろう。  【筆洗】

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 イギリスのカーネギー賞作家ロバート・ウェストール(1929-1993)の作品集。収録されるのは、「ブラッカムの爆撃機」「チャス・マッギルの幽霊」「ぼくを作ったもの」の3編に、晩年(6年間)著者と生活を共にした女性リンディ・マッキネルによる略伝「ロバート・ウェストールの生涯」。 ――と、これだけならば、ふつうのヤングアダルト向き児童書と思われるでしょうが、この本には、あっと驚く仕掛けが……。
1990年に福武書店から刊行された『ブラッカムの爆撃機』(「チャス・マッギルの幽霊」「ブラッカムの爆撃機」の2編を収録)に惚れ込んだ宮崎駿監督。思いが昂じて、はるばるウェストールの故郷をたずね、「ウェストール幻想 タインマスへの旅」(コマ漫画、カラー24頁分)を描き下ろし、自ら編んだ今回の本のイントロに
  配したのです。ぜひとも今の日本の若者たちにウェストールを読んでほしい! という宮崎監督の熱い思いが伝わってきます。
    {編集部:若月万里子 }   珍念のコメントは『蛇足』・・・・・

「元気にさせるハンコ」

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 元かぐや姫の山田パンダさんが講演で「たいへんよくできました」のはんこに関わるエピソードを紹介していた。先生の机から勝手に持ち出し、自分の絵に押して母親に見せたが、家庭訪問でばれてしまったという

▼自らの社会人生活を振り返れば「たいへんよくできました」の経験はあまりない。「もっとがんばりましょう」がほとんどだったかもしれない。そんな人でも元気になれそうなはんこがあった

▼3年前のある新聞広告コンテストで最優秀賞に輝いた「元気にさせるハンコ」。同じ桜の花マークだが、書かれている言葉が振るっていた。「たいへんよくできなくていいんです」

▼制作者はその意図をこう語っていた。一つの答えにたどり着くことが大切と教えられてきたが、人生において正解を求めても幸せになれない。そもそも正解なんてない。一人一人が元気になれる素質を持っているはずだ—と

▼競争社会へのささやかなアンチテーゼなのかもしれない。この言葉には、人々をどこかほっとさせる力がある。よくできなかった君の頑張りにも拍手—そんなメッセージまで読み取れるからだろう

▼全国学力テストで「たいへんよくできました」のはんこが六つになった本県。続けてほしいのはもちろんだが、仮に同じはんこをもらえなくても大丈夫。駆けっこが得意、絵が上手、音楽が大好き…。物差しはいっぱいある。それを伸ばすことも豊かな人生につながる。いろんなはんこがあってもいい。【北斗星】

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   このコラム、『干天の慈雨の如し』・・・素晴らしい!
   一言居士の珍念「その一言が微笑みを醸し出す」。と、
   「元気にさせるハンコ」。貰えたら 嬉しいです。

「人生の黄昏を考える」

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 月日は百代(はくたい)の過客(かかく)にして、行きかふ年もまた旅人なり。松尾芭蕉の「おくのほそ道」には、旅への思いを込めたこの一文がある。さて、人生とはまさに旅のようなもの。生まれてからこの世を去るまで、人生という名の旅路が続く。

☆人生最後に安住するところを指す言葉として、終(つい)の住(す)み処(か)がある。終の栖(すみか)とも書く。芭蕉とともに、江戸時代の俳人として知られる小林一茶。一茶には、こんな句がある。「是(これ)がまあつひの栖か雪五尺」。

☆超高齢社会の今の世の中、終の住み処という言葉をあちらこちらで耳にすることが多くなった。昔に比べて寿命が延びた分、終の住み処の在り方が大切になっている。人生の旅路において、避けては通れぬ問題である。

▼死に臨んで「森林太郎墓のほかは一字も彫るべからず」と言い残したのは作家の森鴎外だ。軍医総監という高い地位にあった人だが「栄典は絶対に取りやめを請う」とも

▼豪快な筆致の風景画で有名な画家、梅原龍三郎はこんな遺言だ。「葬式無用、弔問供物固辞すること。生者は死者のために煩わさるべからず」。死去後の遺作展に関しても、細かく指示をしていた

▼人の生き方がさまざまあるように、お葬式やお墓の在り方は多彩であっていい。先日のNHKテレビは、東京都が整備した「樹林墓地」が人気だと伝えていた。抽選会は競争率10倍だったそうだ

▼緑豊かな霊園の樹木に囲まれた一画。底が土のままの埋葬室に、絹袋に包んだ遺骨を置いていく共同墓地だ。時の経過とともに、遺骨は土に返る。都内在住者を対象に昨年から都が募集を始めた

▼納骨の際の費用だけで管理費が不要なのが人気の理由という。「子や孫に墓のことで負担を掛けたくない」という気遣いが背景にある。家族の形が変わるにつれ、葬送の多様化はより進むだろう

▼鎌倉・円覚寺にある映画監督小津安二郎の墓石は「無」という一字のみ。さっぱりしていて、こういうのもいい。わが身にはまだ少し早いかと思いつつ、あれこれ考えてみる。 【河北春秋】
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923_036_3     かく言う〝珍念〟50年後か、今日か、明日か、生ある者は、必ず死ぬ!
    ← 終の住み処は、ちゃんとメモリアル・パークに準備しています。でも永遠にその場にはいません。
    (法華経寿量品)の自我偈には 「方便現涅槃」 とあり、死は一つの方便であると説かれている。

 ☆たとえてみれば、眠るということは、起きて活動するという人間本来の目的からみれば、たんなる方便である。人間が活動するという面からみるならば、眠る必要はないのであるが、眠らないと疲労は取れないし、また、はつらつたる働きもできないのである。そのように、人も老人になったり、病気になって、局
      部が破壊したりした場合において、どうしても死という方便において、若さを取り返す以外にない。一日の疲れを取るために
    寝ますが目覚めたら昨日の読きです・・・しかし、もっと確実な死がきた時、困らないように準備をする人はすくない。

 ☆トルストイ (ロシアの文豪)は、こう述べています「名声」など「死」の前には無力” 生死の哲学がないのは野蛮人”死は確実に来る 死の準備をせよ「死よりも、死がすべての人を訪なうという事よりも、確実なものは何も無い死は、明日の日が来るという事実よりも,昼の後に夜が来るという事実よりも、夏の後に冬が来るという事実よりも正確である。

 ☆それなのに なんで われわれは明日の日,明日の晩、また冬の用意をしながら死の準備をしないのだろう・?死に対しても
   準備をしなければならぬ。死に対する準備はただ一つだ。善なる生活がそれである(「人生の道」(原久一郎)

     ☆「死の準備」とは何か。 トルストイは、「死によっても滅びない」のは「魂(生命)だけなのだから、
     自分の「魂」を磨き、鍛える事だけが「死の準備」だと・・!ゆえに彼は「より学問のある人になる」
     ことよりも、「より有名な人になる」ことよりも、もっと大切なのは「より善良な、正義の人になる」ことであり
     「より人間愛に満ちた人になる」ことである と訴えました。「磨き抜かれた生命」以外の名声や栄誉は
    すべて幻です。しかし、多くの人は、それを忘れています。

    ☆トルストイは言いました。「死を忘れた生活」は、動物的な本能のままの野蛮人の生活である。
    死を意識し、「死の準備」をする生活すなわち、生命を磨く生活こそが、真の文明人の生活であると!
    「生死」の解決がなければ、真の幸福も、平和も、文明もありません。すべて砂上の楼閣であるといえます。
        と・恩師は綴る!
 

 
        あ・・調子に乗って演壇で講義している錯覚に、これ以上は『蛇足』 (*^.^*)

「すべて国民は、法の下に平等」

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  直木賞に名を残す作家の直木三十五に、貧乏について書いた一文がある。「僕は、僕の母の胎内にいるとき、お臍の穴から、家の中を覗いてみて、『こいつは、いけねえ』と、思った」。

▼家が汚く、恐ろしく小さかったのだ。しかし神様からここへ生まれて出ろといわれたのだから、「仕方がない」と覚悟した。そう冗談めかしてはいるが、生まれた家が貧乏だったのは実話だろう。まこと、子どもは親を選べない。

▼ゆえに戦後憲法は「すべて国民は、法の下に平等」であると定める。それは法律上の夫婦の子(嫡出子)に生まれても、結婚していない男女の子(婚外子)に生まれても同じだ。最高裁がそう判断を変えた。

▼婚外子の遺産相続分は嫡出子の半分とする民法の規定は、明治民法から受け継がれた。事実婚やシングルマザーなどが増えてきた現代に、子どもには選択の余地のないことで差別するのは明らかに憲法に違反する。最高裁の決定は、むしろ遅すぎるくらいだ。

▼司法だけでなく立法府たる国会も、「不当な差別」という国内外の声に鈍感だった。婚外子には年少期や結婚の時に悩んだり、肩身の狭い思いをしたり、という人が少なくない。親の死に際しても人を苦しめる不条理を早く正すべきだ。

▼民法改正の機会は過去にもあったが、それを阻んできた「伝統的な家族観」とは何なのだろう。その「伝統」も時代の波と、憲法の真理にはあらがえない。 【小社会】

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  <司法だけでなく立法府たる国会も、「不当な差別」という国内外の声 に 鈍感だった>。
  呆れて(口あんぐり)なのだ。賞味期限の過ぎた為政者は・・・・・
    これ以上吠えると「窮鼠猫を噛む」 三十六計逃げるに如かず。
  

「笑点」 (#^.^#)

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 日曜日夕方のテレビで半世紀近く続いている寄席風演芸バラエティー「笑点」は、わが家のごひいき番組だ。老夫婦が毎度、大口を開けて笑うのはみっともないと反省もするのだが、まあここらが現代日本の平和の縮図だろう。

 ▼レギュラーも歌丸以外は初回から全部変わった。座布団運びの山田隆夫も6代目で、なんと通算30年近いらしい。おかげで日常生活で何か面白い発言があると「よう、座布団1枚!」という掛け声がかかるほど、庶民の暮らしに溶け込んでいる。中村八大作曲の出だしのテーマ音楽だけは変わらない。

 ▼各師匠が誇張した個性を競う中で、林家木久扇は経営するラーメン屋の質の悪さと自分のバカぶりを売りにする。反語的高等戦術だろうから、ラーメン屋の質もそこそこ、おつむの方もそれなりの水準に違いない。師匠の林家正蔵(彦六)の物まねが得意で、とくに「ばかやろう」は堂に入っている。

 ▼落語家は人生そのものが落語的だ。矢野誠一の『昭和の芸人千夜一夜』によると、正蔵は飛行機嫌いで、たまたま乗った便が羽田上空を30分も旋回した。「てめえの家の玄関まで来てて入れねえ法はねえ」と腹を立て、以後は乗らなかった。

 ▼入院先の病院で86歳の生涯を閉じた。薬の時間に看護師から「とても良いお薬ですから」と促されると「そんなに良けりゃ、てめえで飲みやがれ」と毒づいたのが最後だった。木久扇はまだこの域には遠い。 【水鉄砲】

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倍返し

Adauti

 
禁じられた「忠臣蔵」

 この夏一番ヒットしたTVドラマは、「やられたらやりかえす、倍返し、いや十倍返しだ」を決めゼリフにする例の「半沢直樹」らしい。

▼復讐心というのはやっかいなもので、痛覚の異なる者たちのあいだで、されたことを同じだけやり返すこともむつかしいし、同じことをやり返したからといって溜飲が下がるわけでもない。痛みやうらみは時間軸上で展開してふくらんでいくから、「倍返し」といわぬまでも、過去のあの時あの場で去れたこと以上のことをやり返さなければ復讐心は充たされないのだろう。

▼ただしいっきよに「十倍返し」となると、おおげさなところが、ともすれば子どもっぽく、「嘘ついたら針千本」といった物言いにも通じる。主人公の上司の名が「浅野匠」といい、これはどうしても「忠臣蔵」の「浅野匠頭」を連想させる。とはいえ、ドラマの中の浅野の役どころ自分の悪事と失策の責任を主人公に押し付ける悪玉なので、「忠臣蔵」の軽いバロディといったところか。
▼さて仇討ちドラマの原型ともいえる「忠臣蔵」だが、その上演が禁じられた時代がある。1945年の敗戦後、占領軍となったGHQのメディア政策によるものだ。占領期の支配者である米国の分析によれば、「忠臣蔵」をつらぬく心性は戦争を支えた封建主義そのものだとみなされた。

▼敗れた日本人のあいだに、アメリカへの仇討ちをもくろむ者があらわれることを占領軍は警戒した。GHQの検閲とメディアへの教育指導に従って、歌舞伎、時代劇、映画、小説などジャンルから「忠臣蔵」、仇討ちもの、チャンバラものがひととき姿を消した。

▼GHQによる占領は1952年のサンフランシスコ講和条約発効まで続いたが、「忠臣蔵」の禁止はそう長くは続かなかった。国際関係の変化、検閲のコストが大きすぎたことなども要因だが、大方の日本人は古い支配者にたいしてそうであったように新しい支配者アメリカにたいして従順、「忠臣蔵」のような仇討騒ぎは起こりそうにないことに占領軍が気づいたためでもある。

▼従順さは忘却とつれ立ってはたらく、戦争の記憶はいくつかの記念日や、固有の場所に封じこめられてしまった。八月はかろうじて死者の記憶をよみがえらせる季節だった。わたしは歴史を学ぶものとして忘却をおそれ、やりかえすのではなくて語り継ぎたい。「公明新聞:言葉の玉手箱 (日本映画大学教授 川崎賢子)」

珍念の独断と偏見の一考察! 極東国際軍事裁判  A級戦犯容疑者(?)

     タイトルに(?)をつけたのは、東京裁判は戦勝国による魔女狩り裁判だと考えているため。.

    この裁判で一応の戦争の責任者がさばかれ ましたが・・ではアメリカは全く戦闘い
    しのない赤子まで含めて、非戦闘員を無差別 に、しかも大量に殺戮した原爆の投
    下は、どんな弁明をしようが国際法違反であることは明らかです。例え戦時下といえ
    ども 人類は国際法によって非戦闘員の殺戮や捕虜の虐待などを固く禁じ、これを
    侵した者は戦争犯罪人として裁いてきたのです。

       アメリカが原爆投下から68年以上たってもなお言い訳せざるを得ないことが、その犯
       罪性が世界史から消えないことを証明しています。戦争という名の公認の人殺し、人
       の 命をっ救うためという美化された人殺しは絶対認めることができません。権力は何
       時の 時代もこうやって人民の命を虫けらのように殺してきたのです。

       本当に殺人を憎み、無くそうとする者は、まず戦争を憎み、無くすために闘うべきす。
       「命を救うための原爆投下は正当だった」ほど命を傷つける言葉はありません。亡 く
       なられた方々だけでなく、今もなお原爆症に苦しむ人々を何と思っているのかなぁ

        国際連合教育科学文化機関憲章 (ユネスコ憲章)前文 には「この憲章の当事国
     政府は、その国民に代って次のとおり宣言する。戦争は人の心の中で生まれるも
     のである から、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」。

            ヴァイツゼッカ・ドイツ連邦共和国第6代大統領)の『過去に眼を閉ざす者は、未来
            に 対してもやはり盲目となる』 との言葉は故あるかなぁ!

            「生命なくして、経済も、教育も、科学も、政治もありません。一切が、人生、社会
           の 幸福を追求するための分野なのです。根本は全部人間です。生命です。その
           生命とは何かという根本解決の道が、宗教じゃありませんか」
と。恩師は綴る

      読者の皆さまへ・・ちょつと“我田引水”とお叱りを被るかも知れません。
      平和について変人の〝珍念〟に、ご見識をご教示賜れば嬉しいです・・・・・・

      今日も! 絶好調です。話はムダを省き、短くまとめたい。長い退屈な話は「口
             害」ともいわれる。  ゲーテも 「美しき虹も、15分も 消えずにいれば、もうだ
             れも見向きもしない」
と手厳しい。  \( ^∇^)/θ☆ わ~い!
 

 

 
 

 

 

巌谷小波 (いわやさざなみ)

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 世界文化遺産の富士山には今夏も多くの登山客が訪れた。この日本一の名峰のイメージ定着に大きく貢献したのが文部省唱歌「ふじの山」だ。♪あたまを雲の上に出し-と、口ずさむ人は今も多い

▼作詞したのは日本のアンデルセンとも呼ばれる巌谷小波(いわやさざなみ)。20歳で本邦初の創作童話「こがね丸」を発表し、その後も「日本昔噺(ばなし)」や「世界お伽(とぎ)噺」などを相次いで出した

▼巌谷家は江戸期、甲賀市水口町周辺を領した水口藩の藩医を務めた。小波は東京生まれだが、古里に愛着を持ち、筆名も琵琶湖のさざ波にちなむ

▼明治末には、当代を代表する文士として森鴎外らと共に西園寺公望首相のサロンに招かれるなど名声を博した。が、大正になり、雑誌「赤い鳥」のロマン主義的な童話が脚光を浴びたのとは対照的に、彼の作品は戯作的とされ、これまでの輝きに陰りも見えだす

▼近年、海外の研究者が「明治期に『子供』という概念を発見した思想家」として注目するなど、新しい動きが出てきた。昨年は仏の児童文学者が小波の「お伽噺」を訳した功績で巌谷小波を冠した文芸賞を受賞した

▼「大人の律」で縛ってはならない、という考え方や、精力的に取り組んだ説話、伝説の収集などの業績は国内でももっと見直されてもいい。小波が亡くなってきょうで80年。【凡語】

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Otama
   感動しました!

 

百円玉の大きさ

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 子どもの心理に関する調査結果だ。百円玉と、同じ大きさのボール紙の穴を見せて「どっちが大きいか」と質問したら親の年収の低いグループは全員が「百円玉」と答えた。

▼一方、富裕層グループは半々だ。所得の多寡をどこで線引きしたかなど記載されていないが米山正信著「理科のとっておきの話36」(黎明書房)にあった。その硬貨を欲しいと思えば大きく、見くびれば小さく見える。結果にはそんな心理が反映されているらしい。

▼わが財布にあった一円玉から五百円玉をしげしげと眺め、硬貨の縁に沿って鉛筆で円を描いた。惑星配列図のようになったが、円のサイズは似たり寄ったりで、別格で「でかい」と思っていた五百円玉もさほどではないことに気付いた。

▼安倍政権が、エコノミストや各界を代表する60人に聴いた集中点検会合で、来年4月に予定通り消費税率を8%に上げることに賛同した人が全体の7割を超えた。もとより賛否の数で決める話ではなく、一つの指針だ。安倍首相の決断待ちの状況に変わりはない。

▼小銭が大きく見える所得層は、かたずを飲んで決断の行方を見守っている。給料は上がらず、負担のみ増えるようならば、上向き加減の景気にも影響する。これ以上、庶民の目に小銭が大きく見えないよう熟慮の末の判断が求められる。

当の首相には、自国の硬貨がどれほどの大きさに見え、重みに感じるのだろう。一度受けてほしい「硬貨とボール紙の心理テスト」である。一円玉を粗末にする者は一円玉に泣くという警句もあった。そんな経験が首相にもあるといいが。くろしお】

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402旨い!(起承転結)冴えている。珍念も「硬貨とボール紙の心理テスト」ぜひ 受けてみたい。
でも、結果はたぶん「百円玉」と・・・・
「理科のとっておきの話36」(商品の説明) 内容(「MARC」データベースより)
「さわるとやけどする氷」「エレベーターの中の体重」など、身の回りには理科の不思議がいっぱい。身近におこる出来事を会話形式で解説。「エレベーターの中の体重はへる?、へらない?」の改題。 とても面白いです・・・o(*^▽^*)o

ゆく川の流れは・・・「無常」

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 鎌倉時代に鴨長明が記した「方丈記」は、中世文学を代表する随筆とされる。とりわけ書き出しは有名だ。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」

▼川は変わらず流れていても、その水は常に変わっている。そんな意味だ。名文は続く。水面(みなも)の泡も消えたかと思えばまた浮かび、同じ姿でとどまることはない。人やその暮らしもこのようにはかないものだ、と

▼長明の時代は大火や飢饉(ききん)、疫病、地震などの災厄が次々と都を襲った。多くの命が失われるのを目の当たりにした長明は、世の無常とはかなさを簡明な筆で後世に残した

▼この方丈記が米ワシントンで注目されたと外電が伝えた。故ケネディ元大統領の娘で、次期駐日米大使のキャロライン・ケネディさんが演説に引用したという。「日本の古い格言にあるように」と前置きした上で、「水は流れ続けても、川は残っている」と述べた。米国の公民権運動指導者キング牧師らによる「ワシントン大行進」から50周年を記念する式典での演説だった

▼ケネディさんは、50年たった今も人種差別は続いており、取り組みを続けねばならない-と言いたかったようだ。次期大使のリップサービスだとしても、世界に発信される大舞台で日本の古典が引用されるのは悪い気はしない

▼ただ、ちょっと解釈が違うような…。長明が聞いたら「方丈記は絶えずして、もとの意味にあらず」と“無常”を嘆くかも。【春秋】

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 かく言う〝珍念〟人生の「賞味期限」が残り少なくなりました。お迎えがくるまで(来ても、まだ早いと追い返します)ともあれ・悔いのない人生を邁進したい・・・・・・

「自動化」・・・(@_@;)

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 日産が「児童運転車」を2020年までに
 発売発表するアンディ・パーマ副社長
 (8月27日、米アーバイン)=共同

 昨日から9月。新サンマの銀色が目に浮かぶ季節である。焼きたてにスダチを絞り、しょうゆをジュッ…と妄想は止まらない。大根おろしもぜひ加えたいが、おろしがねでゴシゴシやるのは、なかなかの力仕事だ

▼家電品で電動大根おろし器というのがある。爆発的に売れているわけではなさそうだが、商品として廃れないのは、根強い需要があるからだろう

▼人間の力には限界がある。筋力だけではない。集中力もいつか途切れる。うっかりミスや居眠り。ときには怒ったり焦ったりと感情の起伏もある。その点、機械は疲れもせず、飽きもせず、黙々と働き続ける。故障さえしなければ、頼もしいパートナーだ

▼日産自動車は自動運転車を2020年までに発売すると発表した。ドライバーが運転しなくても、車が状況を判断しながらハンドルやブレーキを操作し、障害物を避けて走る。実現すれば、体が不自由な人や、お年寄りにも朗報となる

▼本紙「窓」欄に、救急車に道を譲らない車の多さを嘆く投書が載った。青信号で横断歩道を渡り始めたら、赤信号を無視して交差点を突っ切る車に肝を冷やした経験がある方もおられよう。自動運転車なら、救急車のサイレンを感知し、道を譲るだろう。赤信号ではきちんと止まってくれるはずだ

▼暮らしの中のさまざまな場面で「自動化」が進む。便器のふたを開けるのも、水を流すのも機械が自動でやってくれるトイレも増えてきた。当方の夢は小欄を自動的に書いてくれる装置の登場-。実現すると失職が怖いけど。 【日報抄】

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 「漫画の神様」=手塚治虫は、次のように述べています。

 コンピュータの利用度がますます増大して、人間は生産や頭脳労働から解放される、というより、追放されるか、もしくはコンピュータに管理される奴隷のような存在になるかもしれない。そうなれば、ロボットは人間、つまりあなた自身のことになるかもしれませんよ。

 ペット用ロボットがすでに発売されていますね。お手伝いロボットももうすぐ市販されるそうです。となると、次に登場するのは教育ロボットと育児ロボットかもしれません。そして、そういうロボットがあれば、「塾通いの必要はなくなり、世界中どこにいても同じ内容の教育を受けらます」

 「これで女性も育児から解放され、充実した自分自身の生活を守れます」と宣伝されることでしょう。そんな科学の進歩をあなたは歓迎しますか?全自動洗濯機があるのに、洗濯板を使う必要はない。 それと同じことだよ。そんな声も聞こえて来ます。

   けれど、子供を育てるということは、親としての自分自身も一緒に育てて行くということでもあるはずです。
   子育てに失敗したり、大好きな先生を失望させたり、そんな中から育まれて行く「何か大切なもの」を
   最先端科学は奪って行く危険も はらんでいる

   <当方の夢は小欄を自動的に書いてくれる装置の登場-。実現すると失職が怖いけど> の(オチ)は、素晴らしい! 
    かく言う 〝珍念〟転んでも怪我しない(頭の毛がない)のだ。まことに、お粗末な(オチ)である。 お笑い下され~ぃ・・・・・

つげ義春の摩訶不思議な世界


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 奇妙な夢の世界を描いた劇画「ねじ式」で知られるつげ義春さんの作品には、戦中戦後の庶民の生活をリアルに描いた名品が多い。「大場電気鍍金工業所」では、薬品で肺を侵され陰惨な最期を迎えるメッキ職人が登場する。衰弱して腹を下し苦しむさまを「腐敗した内臓を排泄(はいせつ)しているのだった」と言い表す一文はすさまじい。詩情を込めた、時代の確かな記録だ

▼舞台は1950年に始まった朝鮮戦争の時代。軍需で日本が潤った成長期である。だが、作品に見る町工場の生活は暗く厳しい。底辺の暮らしにまで恩恵は届かなかったということか

▼朝鮮戦争の時期を歴史教科書で「特需景気」と習った。戦争から立ち直り、活気あふれる人々の姿を思い浮かべていた。ところが作品は、競争に敗れた人たちの、ここまで悲惨な生活があったという暗部を伝える

▼いま格差社会は各国に拡散している。アベノミクス効果がうたわれ、各地に華やかなショッピング街が生まれているが、恩恵の届かない暮らしはまだ多い

▼つげさんの「山椒魚」では、汚染された下水道にすむサンショウウオの黒々と太るさまが描かれる。その異体は働いても報われない人々の憎悪が日々塗り重ねられているかのようだ。現代を見ているようで怖い。【照明灯】

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1  昨夜、変な夢を見ました。原発事故で誰も逮捕されない。
  人を殺めても(「心神喪失」ナヌ?)だったら罪に問われない。
  政治家は結果責任を罪に問われない?

  飲酒運転をしても・・未必の殺人罪にはならない。
  元総理大臣は・・贈与税を申告しなくても罪に問われない。
  摩訶不思議な法冶国家なのだ・・・・

つげ義春さん出番です。目の前に面白いネタが一杯だから、先生の迫真の筆致で(鵺)を退治して下さい。 
     今日も〝珍念〟『ごまめの歯ぎしり』なのだ!

ただ両手を上げる仕草だけ

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監督・今村昌平の好演

 映画監督・今村昌平は1997年、カンヌ映画祭で二度目のパルムドール(グランブリ)を、
役所広司が殺人犯を演じた映画『うなぎ』でもらった。

▼最初の受賞は83年の『楢山節考』であった。嬉しさより、「以外」の思いの方が強かった。だが賞の威力で映画はヒット、テレビ放映権も高く売れたので、自ら主宰する映画学校の経営を立て直すことができた。

▼カンヌ映画祭50周年にあたる97年、過去のパルム受賞監督がつどうパーティがあり、今村昌平も参加した。スコセッシ、コッポラ、ワイダら錚々たる面々のなかで格別目立ったのはコッポラで存在感を主張しすぎて威圧的とさえ感じられた。

▼そのパーテイで、人込みを離れてぽっんとたたずむ白人老監督が今村昌平の注意をひいた。派手な黄色のスーツ姿だが、鼻のあたりに、今村が松竹大船の新米助監督としてついた小津安二郎の面影がある。61年に『かくも長き不在』(日本公開は64年夏)でパルムを受賞したアンリ・コルピであった。

▼作家・マルグリット・デユラスが脚本をかいた『かくも長き不在』の舞台は、パリ近郊のカフェである。アリダ・ブァリ演ずる女主人は、ときどき店の前を通るホームレスの男が、16年前、ゲシュタポに連行されたまま行方不明の夫にそっくりだと気づく。何かと親切にするが、男は反応しない。記憶を失っているのだ。

▼夫がアカの他人か、どちらともわからぬまま映画は進行する。終幕直前。女主人はカフェを去る男の背中に、夫の名を高く叫ぶ。夜の街路で男は立ち止まる。そして背を向けたまま両手を高く上げる。戦争の記憶が、男に束の間よみがえったのだ。それから男は突然走りだし、トラックのヘットライトに突っ込む。

▼今村昌平が、映画の中の男のように両手を上げて見せたとき、アンリ・コルピ監督の目から大粒の涙がこぼれた。もともと映画の編集マンであったコルビは、デビュー作にして傑作『かくも長き不在』で世界に名を馳せた。だがその後は鳴かず飛ばずで、編集の仕事で細々と生活してきた。生涯ただ一作の監督であった。

通訳を介したフランス語の会話はもどかしかった。しかし今村昌平の仕草は、言葉よりはるかに雄弁であった。この瞬間、アンリ・コルピさびしい晩年は報われたたのである。9年後、彼は84歳で死んだ。(公明新聞:ことばの玉手箱) 作家:関川夏央

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Ha2
うまい。今村昌平監督の仕草が心に残る〝名作〟なのだ・・・
この記事を書かれた(関川夏央)の筆致は鋭い、痺れる!
『かくも長き不在』 『うなぎ』 『楢山節考』をもう一度、鑑賞したい。

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