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2013年7月

おじいさんのランプ

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 「わしの、しょうばいのやめ方はこれだ」。ともした50個のランプに、巳之助は石を投げ始める。でも三つ目を割ると、もう涙で…。「おじいさんのランプ」の一節だ。きのうは作者新美南吉の生誕100年に当たる

▲巳之助はランプを売って稼いだが、電灯という強敵が出現。普及を決めた村会の議長宅に火を付けようとして踏みとどまる。逆恨みする自分に気づき、世のためになる新しい商いをと。本屋に転業してやがて子に継がせる

▲商いは時に苦渋の決断を迫られよう。広島の街中でフィルム上映の劇場がまた1館閉まる。今のままでは新作に対応できず、かといってデジタル化して元が取れるのか。迷いもあった経営者は系列館を充実させたいという

▲だが、フィルムは死なず、消え去りもせず。広島・横川駅近くの館は支配人が孤軍奮闘して成人ものから転身、来年で15年になる。尾道では5年目を迎えたNPOの劇場が、地元ゆかりの名画のイメージで存在感を増す

▲童話では、電気が引かれてもなお、ランプの火は消えなかった。割らなかった残りは行方知れずだが、一つだけ今も巳之助の手元に。だから、孫にも伝わるのだろう。ランプの物語が。【天風禄】

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    感動しました・・・・・
  








「いったん口に出された言葉は、ふたたびわが身に戻ってくる」

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 「口にする」という表現は興味深い。食べ物を「口にする」ときは中へ入れる。言葉を「口にする」ときは外へ出す。入ったり、出たり……

▼口にした食べ物は、体内で栄養となる。しかし、傷んだ物だと病気になる。同じように、口から出ていく言葉も、善悪さまざま。人に勇気や希望を送りもすれば、傷つけもする。私たちは、地域、職場、学校、家庭などで、常に励ましの言葉を交わし合いたい

▼文豪ゲーテの箴言に「いったん口に出された言葉は、ふたたびわが身に戻ってくる」(岩崎英二郎訳)と。言葉は出ていくばかりではないようだ

▼学会活動の基本に、方便品・自我偈の勤行の実践がある。最初の文字が「自」で、最後が「身」で終わる自我偈について、池田名誉会長はこう語っている。「自我偈は偉大なる『自身』を讃嘆した、三世にわたる『自身』の自在の境涯をうたった詩なのです」と

▼日蓮大聖人は、この自我偈の一字一字を「金色の文字」と説かれた。その輝かしい経文を口に出して読む勤行は、一語一語がわが身に戻って刻印され、自らの生命を黄金に染めていく

▼生活のリズムが乱れやすい夏。だからこそ、朝夕のすがすがしい勤行・唱題を根本に、健康第一で、生命力あふれる日々を過ごそう。 (名字の言)

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Stinenjbg
    おしゃべりの〝珍念〟友人から(饒舌)ですね、と。 妻曰く、口が軽いと、手厳しい。 
     孔子の『九思一言』が脳裏に浮かぶ。 栄螺の口のように閉じたい!

     きょうも・・灰色の脳細胞は冴えません・・・ ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

人望

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  「星の王子様」を名乗って人気を得た先代の三遊亭円楽さんは、弟子泣かせの難しい人だったという。三遊亭萬橘[まんきつ]さんの近著「落語家」で、弟子たちが語っている

▼黄色の着物を出せと言われた弟子が「ありません」と伝えると、激怒して言った。「よく見ろ、この赤いのがそうだ」。ストレスのはけ口を弟子に求めた。「理不尽」「コンプレックスの塊」とも評されている。ただし、怒った後でわびることもあって、弟子は惚[ほ]れなおした

▼「イラ菅」と言われる菅直人元首相も、似たタイプのようだ。直情径行の性格は原発事故への対応でもみられたが、参院選では無所属候補を応援した。民主党から離党を促されたが拒否、党員資格の停止となった

▼山本七平さんの「人望の研究」を引っ張り出した。「舞台では人気役者で、楽屋に帰ればまったく人望のない人は、けっして少なくない」と書き出すが、論じられているのは1970年代の政治家たちだ。懐かしい名前がある

▼「保守であろうと革新であろうと、人望がなければリーダーにはなれない」。そうだろう。結局のところ、人望とは論語にある「克[こく]・伐[ばつ]・怨[えん]・欲[よく]行わず」という態度に行き着くという。人を押しのけず、自己主張を控え、他人をうらまず、私欲を抑える

▼読んでいて顔から汗が噴き出したのは、暑さのせいだけではあるまい。ただし、敗戦処理をめぐる野党の混乱劇を見るには格好の参考書だった。辞めると言って居残った人も含め…リーダーたちの人望について教えてくれた。 【新生面】

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「人望の研究」・・内容は最も参考になった、カスタマーレビューから引用!

 ○日本では「人望がない」ために,いかに有能でも前途が絶たれます。「人望」が絶対的な評価基準なのです。では,「人望」とはどういった定義で,涵養することが可能なのか。大半の人は明確な考えを持ち合わせておらず,それでいて相手の「人望」の有無は肌で理解でき,その結果,当人は訳がわからないうちに「人望」をなくして社会から確実に葬り去られてしまう,という状況です。本書は「人望」の定義,具体的な項目,その涵養方法について記述しています。

 ○平等社会でもリーダーは必要ですが。血縁や血統,階級,身分,出自は問題とされず,その選出基準は基本的に「人望」以外ありえないと山本氏は指摘します。その「人望」とは「高次の常識を実践している」ことです。教育の3原則は知育・体育,徳育だそうですが,知と体の大学はあっても,徳には授業すらありません。しかし,かつては『近思録』の九徳や『大学』の矩(けっく)の道が
      常識として厳然と存在し,特に江戸時代は西洋の学問(知)が一般的には禁じられていたため徳育のみでした。
    「人望」をリーダーの選出基準とするという伝統は無意識に受け継がれているのに「人望」の定義や育成法が欠けてしまった
    ことが現在の状況を生んでいます。

 ○「人望」を育てる九徳とは,(1)寛大だがしまりがある,(2)柔和だがことが処理できる,(3)まじめだが丁寧でつっけんどんでない,(4)事を治める能力があるが慎み深い,(5)おとなしいが内が強い,(6)正直・率直だが,温和,(7)大まかだが,しっかりしている,(8)剛健だが内も充実,(9)剛勇だが義(ただ)しい,です。これらは相反する概念なので,自己抑制によって中庸に留めることが高次の常識であり,それを実践できている人がリーダーとして相応しいということになります。

 ○全体として,おおまかだが,筋道がしっかりしている,という印象を持った良書です。
かく言う “珍念”の人望は? 『言わぬが花』なのだ。\( ^∇^)/θ☆ わ~い! 

「お産談議」 (#^.^#)

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 女子会で盛り上がる話題の一つに「お産談議」がある。感動的な出産物語というよりは、いかに陣痛を乗り切ったか、どんな方法で産んだかといったリアルなエピソード。十人十色の内容が面白い

▼ところ変わればなのか。英王室のキャサリン妃が、未来の国王となる男児を出産した翌日にはもう退院したのに驚いた。出産からわずか27時間後、涼しい顔で赤ちゃんを抱き病院を後にした

▼亡くなったダイアナ妃も赤ちゃんの父親であるウィリアム王子を出産した時、同じように翌日退院している。欧米では早期退院は珍しくないという

▼日本だと通常1週間くらい入院する。その間、ママたちはゆっくり眠り、疲れをとる。授乳や沐浴(もくよく)の方法を学び、育児情報を交換したりと貴重な時間を過ごす

▼欧米で入院期間が短いのは、高額な費用など医療費の問題が大きいからと聞いた。日本が長いのは、夫のサポートが期待できず、家に戻っても家事が休めないことが関係している

▼ウィリアム王子は出産に合わせて2週間の休暇を取得したそうだ。病院ではおむつを替え、退院時に自ら車にチャイルドシートを取り付けるなど早速イクメンぶりを発揮する。お産事情は国によって異なるが、日本のシステムは母親に寄り添い優しいと思う。あとは優しい王子様がいれば…。 コラム[大弦小弦]・・・(森田美奈子)

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   コメントは『蛇足』なのだ!

今も生きる名編集長の教え

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一行に一つ句読点を打ちなさい

 1970年、私は大学卒業後いったん戻っていた郷里の名古屋から、再び上京。

◆友人の家を泊まり歩きながら、新聞の求人欄で目についた会社へ面接を受けに行った。70年安保闘争で社会は騒然としていたが、高度経済成長の時代である。2週間ほどで、雑誌社に居場所を見つけることができた。仮にS社とこておこう。飯田橋の印刷会社ビル2階の空き部屋を借りて営業していた同社には、窓がなかった。

▼外部とつながるのは一か所のドアだけ。スタッフは私を含めて四人。この小さな編集室が、職業編集者・ライターとしての私のキャリアの出発点だった。とてもハードで、スリルに満ちた日々。毎日のように銀行から「今日中に入金していただけないと、不渡りになります」という電話がかかり、私は社長の指示に従って金策に走り回った。

▼タクシーで社長の親族のもとへ出向き、現金を受け取るや、その足で銀行の窓口へ駆け込む。汗を拭いながら編集部に戻ると、そこでは時価一千万円のダイヤの指輪を無造作に並べて、カメラマンが撮影していた。ドア一枚を境に、華やいだ表側と悪夢のような裏側がくるくる入れ替わる。私が編集していたのは、高度成長の夢を人々に見せるための、宝飾ファッションの雑誌だったのである。

▼ここには藤井邦勇さんという名物編集長がいた。立派な鼻髭の持ち主で、声は部屋中に響き渡るほど大きい。しかし、身長は私の腰までしかなかった。その人が白雪姫に使える七人のこぴとの一人だと名乗っても、私は驚かなかっただろう。そんなファンタジックなキャラクターであったが、藤井さんはこでまで私の出会った中で一番の名編集長だった。

▼ある日、私が取材を断られて悄然と帰ってくると、すぐに相手先に電話をかけ、「小なりといえど、我々もジャーナリストです。なぜ大マスコミに対して本誌を差別するのか」と怒鳴りつけた。権威を物ともせず、歯に衣着せず異議申し立てをする編集者の誇りを、私に身を持って教えてくれたのである。

▼「読みやすくするため、一行の中に必ず句読点を一つ以上打ちなさい」「文体が単調にならないよう、文末は一行ごとに変えなさい。<である>の次は<だ>、その次は(体言止め>・・・・というふうに」。

▼四十年経った今も、私が今なお編集者・ライターとして生きていられるのは、このときの藤井編集長の教えを忠実に守っているからである。消息が途絶えて久しいが、今はどこでどうしておられるのだろう? 「公明新聞:言葉の玉手箱 (詩人 一色 真理)」

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   かく言う“珍念”・・・反省し・恥じています!

1%の富裕層と99%の貧困層

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フランシスコ法王

「あなたは、法王になりたかったの?」。小さな女の子のあまりに単刀直入な質問に、フランシスコ法王は笑いながら答えた

▼「法王になりたがるような人は、本当に自分自身を愛してはいないんだ。そんな人を、神さまは祝福しない。私は法王にはなりたくなかったよ」

▼先月、バチカンで開かれた少年少女との交流の場でのひとこまだ。新法王は、三月にカトリックの頂点の座に就いてからも、宮殿住まいなど特権的な生活を拒み、質素な暮らしを続けている。自分自身の生き方を大切にしているからこそ、尊厳を否定されている人々への思いが一層強いのだろう

▼法王は繰り返し、世界経済の現状を批判している。「人が使い捨て商品のように扱われている」「いまや何かを命じるのは、人ではなくカネだ」「市場と投機の自由を絶対視する考えが、貧富の拡大をもたらしているのだ」

▼そういえばエリザベス英女王も、サッチャー政権の新自由主義政策で社会が分断されていくことに懸念を深めていたという。最近の金融危機についても「(金融界の)人々が少しだらしなくなっていたのですね」と、さりげなく批判していた

▼グローバリズムで1%の富裕層と99%の貧困層に二分しつつあるといわれる世界。まるで中世のように野放図に貧富の差が広がる社会の危うさを、法王と女王は、よくよくご存じとみえる。 【中日春秋】

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     このコラム『的を射る』お見事。あつぱれ!
    (珍念)ふと、芥川龍之介の杜子春を思いだしました。
    芥川龍之介の技術がいかんなく発揮された作品だと思います。
  杜子春は、ある若者の物語です。お金持ちでしたが没落して貧乏になってしまいます。仙人が現れ、金持ちになったり、地獄へ行ったりします。最後には、正直でつつましい道を見つけます。

 「杜子春」は、作品としては、教訓話だと思いますが。結末も、主人公の行動も、展開も、ケチのつけようがありません。絵に描いたような話ですので、ケチはつけないことにします。率直な、といいますか、勝手な感想としましては、地の文で、「大金持ちになれば御世辞を言い、貧乏人になれば口も利かない世間の人たちに比べると、何という有難い志でしょう」・・・きょうも(珍念) 『ごまめの歯ぎしり』している。

「いつもお父さんが(私を)支えてくれました」

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最高殊勲選手賞を受賞した、長岡望悠(みゆ)選手

 取材中にもらい泣きした。5年前の“春高バレー”。女子の東九州龍谷高校(大分県)の1年生エースは、大会直前に父親を病気で亡くし、利き腕の左手を故障していた。それでも奮闘した。決勝は勝負どころでスパイクを決め、優勝をもぎ取った。あどけない少女は試合後、泣きながら「いつもお父さんが(私を)支えてくれました」。目頭が熱くなった。

 このとき、エースは「将来は全日本代表になります」ときっぱりと言った。だが、この言葉は記事にしなかった。少女はあまりにもきゃしゃで、「実現するだろうか」と思ったからだ。今、それを悔いている。

 少女は現在、プレミアリーグの久光製薬に所属。昨年、全日本代表に選ばれ、今年はリーグの最高殊勲選手賞を受賞した。悲しみを乗り越え、努力を惜しまなかったのだろう。少女は長岡望悠(みゆ)選手(21)=福岡県みやま市出身=である。 【デスク日記】

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        感動しました。長岡望悠(みゆ)選手は偉い! 
        この記事を書かれた記者も偉いです。
        これからも・・素晴らしい記事を綴って下さい。 
         

          \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

ダチョウ・アルゴリズム

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 世界最大の鳥、ダチョウは警戒心が強く、自然界での観察が非常に難しかったという。そのせいか、奇妙な俗説が残る

▼危険に直面すると頭を砂の中に突っ込む習性だ。見えなければ怖くないというわけだが、むろん事実ではない。敵を警戒して頭を下げる行動を勘違いしたようだ

▼そもそも、あっさりライオンに食べられてしまうではないか。そんな愚かな動物が生き残れるはずがない。と思ったが、ここにいた。人間だ

▼福島第1原発から汚染水が海に流出していた。観測用井戸から高濃度の放射性物質が検出されて2カ月。東電は流出を認めず、砂に頭を突っ込んだまま、原子力規制委員会の苦言にも耳を傾けなかった。あまりに知恵のない自己保身ぶりにがく然とする

▼問題を隠蔽(いんぺい)し、矮小(わいしょう)化し、危機を直視してこなかった性根は簡単には変わらないとみえる。東電だけではない。新基準による原発の安全審査では、電力各社の申請にあまりに不備が多く「厳しく指摘したが身に染みていない」と規制委員長をあきれさせている

▼コンピューターの世界では、冒頭の話にちなみ、発生確率が低い問題をコストとの比較で無視する手法を「ダチョウ・アルゴリズム」と呼ぶ。原発対応にはその正反対の考え方が必要だ。電力会社はいい加減気づいたらどうか。【凡語】

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  『馬鹿に付ける薬なし、馬鹿は死ななきゃ治らない』
  コメントするのも汚らわしい! 恥を知れ。「才能ある畜生」・・・・。

矜持(きょうじ)

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   子育て中の30代のお母さんが、寝不足に育児疲れが重なり体調を崩す。即効薬を求め乳児を伴ってドラッグストアを訪ねたときのことだ

▼薬剤師から告げられる。授乳中であれば、薬の服用は勧められない、と。代わりに体を温めるしょうが湯を飲むと良いといった丁寧な助言を受け、何も買わずに店を後にする

▼ある新聞の投書欄で目にとまった挿話だ。ただ客の求めるまま、あるいは処方箋の通りに薬を提供することがわが務めと認識していたら「人生の薬をもらった」と感謝されることもなかったに違いない。「医師の指示に従って薬を用意し、『お大事に』と言うだけ」。こんな評価に甘んじないためにも示したプロの矜持(きょうじ)であろう

▼参院選での自民党圧勝で衆参ともに同党が圧倒的な存在感を示す「1強」時代が幕を開けるなか、参院のプライドも今後、試される局面が増えそうだ

▼決められない政治解消の反動で意思決定の迅速さのみが重視され、参院の「熟慮」が軽んじられそうな気配濃厚である。「衆院の決定に追随しているだけ」といった評価が定着しては、二院制の存在意義自体が揺らぐ。衆院と距離を保ち、時には党派を超えた「高み」から判断を下す。良識の府の住人には、こうした立ち振る舞いを求めたい。【照明灯】

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  愚か者の珍念も・・(矜持)を持ちたい。 これ以上は『蛇足』!

「百年の計」

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  NHKで放映中の大河ドラマ「八重の桜」。舞台は、戊辰戦争屈指の激戦・会津戦争から、明治維新の動乱期へ移る

▼新政府軍に敗れた会津藩は「逆賊」と呼ばれ、苦難の運命をたどる。だが、維新後も有為な人材を社会に多く送り出し、存在感を示し続けた。藩政の中核を担った山本覚馬は維新後、京都府顧問となって文明開化の諸施策を推進。白虎隊士だった山川健次郎は、東京帝国大学(現・東京大学)の総長に。他にも医療、文学、経済、外交など、多くの分野で旧・会津藩士が活躍した

▼なぜ、これほど人材が出たのか。彼らは皆、藩校「日新館」の出身だった。かつて、大飢饉からの復興事業の要として、一藩士が創設を建言。彼には信念があった。「教育は百年の計にして藩の興隆は人材の育成にあり」と

▼治乱興亡と毀誉褒貶は世の常。しかし、魂を込めた「教育」「人材育成」の足跡は、時代の激流に翻弄されることはない。負けて勝つ――その会津の不屈の歴史は、まさに「百年の計」によって開かれたものだった

▼一人の人材を育成する労苦には、百年、万年の未来を開く、遠大な意義と可能性がある。夏は、学会伝統の人材育成の季節。次なる勝利へ、ともどもに、有意義な錬磨の日々を送りたい。【名字の言】

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 ◆人間は、現実の〝重荷や〟〝荒波〟をさけることはできない。しかし、いかなる課題にも自信をもって堂々と、悠々と挑戦し前進していく・・・・その偉大なる活力を本人が発揮できるようにするのが教育の力だと実感する。

 ◆人間の幸福のために役立たない学問、人生に価値を生まない死せる知識を、いくら誇っても、それは幻影のようなものである。まして知識が増えた結果、人間を軽蔑するにいたったとしたら、本末転倒といわざるをえない。(池田大作名誉会長)は綴る!

 珍念のコメントは 『釈迦に説法』 こっそり・・消えます。 r(^ω^*)))

 

「ホテルローヤル」

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直木賞受賞の桜木紫乃さん

 投稿用のヌード写真を撮影する恋人たち。狭い賃貸アパートで親や子供たちと一緒に暮らし、息が抜けない夫婦。清掃という単調な労働に励む従業員。北海道東部にあるラブホテルを舞台に人間模様が描かれる。直木賞受賞が決まった桜木紫乃(さくらぎ・しの)さんの連作短編集「ホテルローヤル」(集英社)だ

▲性を通して描かれた男女の姿から、北の土地で懸命に生きる人々の息遣いや体温が伝わってくる。作者の視点が低いのも魅力だ。近くに湿原が広がり、空にはタンチョウヅルが舞う風土が物語を彩る

▲冒頭でこのホテルがいずれ廃虚になることが明かされることもあって、全編にもの悲しい雰囲気が漂う。あまりうまくいかない登場人物たちの人生が、抱きしめたくなるほどにいとおしい。生活に重みがあって、切なく迫ってくるのだ

▲「地方は東京と同じ速度では成長していない」とは桜木さんの言葉だ。北海道の漁業が衰退していることを憂い、バブル経済期にも恩恵を受けたとは思えないとも語る。それでは、アベノミクスはどうなんだろう?

▲あえて断っておくと、受賞作は深みがあるのに、読みやすくて面白い一冊だ。人間同士が触れ合う機微が楽しめて、これこそエンターテインメント小説だとも思う。ただ、ふと考えてしまうのだ。中央と地方。東京と北海道。東京と沖縄。そこに厳然と存在する格差

▲自民党の圧勝で参院選は終わった。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)はどうなるのか。原発は再稼働するのか。米軍基地をどうするのか。政治とは、日本列島の北でも南でも必死に生きる人々の生活の重みに応えるべきものだ。【余禄】

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旨い、あつぱれ! コラミスとの筆致は鋭い。座布団10枚差し上げます。
受賞作の「ホテルローヤル」は、父親が経営していた実際のラブホテルの名前から取られていたのですね。思春期の少女がラブホテルの中の事務所で生活して、ホテルの部屋の掃除の手伝いまでさせられていたとは、考えようによってはかなりハードな状況です。

 その時の整理のつかない思いが、「何か書こう」という気持ちにつながったという話は納得できます。受賞会見で桜木さんは「書くことをやめなくてよかったと思います。振り返ると、新人賞を受けてからデビューまでが長かったので、書くのをやめてもおかしくない状況だった。ちょっとしんどかったですが、いま思えば必要な時間だった」と語りました。

 選考委員の阿刀田高さんは「貧しいが、日本人の中にいるに違いない人たちの喜びや悲しみ、どうしようもない生き様が表現
    された作品」と話しています。(朝日新聞) かく言う・・珍念の筆致は冴えません。 (*^.^*)
 

母乳は誰のもの・・ !(^^)!

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 「男性の育児経験者の中で『おっぱいずるい』と思わなかった人はいない」とある作家が語っている。どんな時でも授乳すれば赤ちゃんが泣きやむからだ。育児中だが、本腰を入れていないせいか、そんなこと考えたことがない

◆母乳は赤ちゃんの必要な栄養を賄う。欲しがるのは自然で、母から子に与えるものと思っていたら、中国では栄養剤として成人男性が母乳を飲んでいた

◆一部の裕福な男たちが自分専用の乳母を自宅などで雇い、栄養補給するのがはやり、1カ月約24万円で雇った例もあるという。農村部の平均年収の約2倍に相当する高額報酬だ。母乳を売るのは貧しい家庭の出産直後の女性たち。残された赤ちゃんがおなかをすかし、ぐずる姿が目に浮かぶ。中国国内からも道徳を失った格差社会のゆがみを批判する声がある。当然だろう

◆育児にはいつか乳離れの時が来る。マンガ大賞にノミネートされた子育て漫画『ママはテンパリスト』(集英社)に、乳離れに悪戦苦闘するエピソードがある。作者の東村アキコさんは自身の乳房に『ゴルゴ13』の顔を描いた。主人公の狙撃手は顔がいかつい

金に物を言わせ、見境をなくした男たち。同じ手法で断乳させるなら、やはりゴルゴ13の顔で震え上がらせるか、もしくは実の母親の顔で恥じらいでも誘おうか。 【有明抄】

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 怒髪天を衝く!

 余りにも破廉恥な男たち・・・儒教の「孔子」は(草葉の陰)で号泣しているでしょう。
 これ以上は『蛇足』

『才あれど徳なし』

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 「俗に『才あれど徳なし』というが、その徳において彼女は欠けるところがある」。コラムニスト、山本夏彦は「週刊新潮」に23年間連載した名物コラムの第1作で、美空ひばりをこう論じている。

 ▼「傑作選」の編集を任された数学者の藤原正彦さんは、当初このコラムを落とした。ひばりファンとして、あんまりだと思ったからだ。ところが、冒頭の文章を読み直して考えが変わる。

 ▼「美空ひばりは、最後の日本人のような気がする。なぜならひばりは親孝行である。孝行は以前は『徳』だったが、今は徳ではない」。2つの文章が対になって、実はほめていることに気づいたという。夏彦翁の名コラムは、時に難解であっても、読み返せば理解できる。

 ▼それに比べて、広い世間で、「才あって徳もある」人物を見いだすのは至難の業である。まして、たった17日間の選挙戦で、参院議員にふさわしい人物を選べと言われても、途方にくれてしまう。インターネットが解禁されたといっても、使いこなせる人は限られている。そんな大仕事を賢明な有権者は、酷暑のなか何とかやりとげた。

 ▼一昨日・投開票が行われた参院選は、自民、公明両党が、非改選議席と合わせて過半数を大きく上回る結果となった。昨年12月以来の第2次安倍晋三内閣の仕事ぶりを評価し、アベノミクスによる景気回復に期待する民意の表れである。

 ▼目の前に憲法改正をはじめとする政治課題が山積みとなっている安倍首相には、もはや「ねじれ国会」の言い訳は、許されない。「右傾化阻止」「脱原発」「反TPP」。相変わらずのスローガンを武器に、夏彦翁のいう「進歩的文化人」も、てぐすねひいて待ち構えている。勝利の美酒に酔っている場合ではない。 【産経抄】

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 山本夏彦さんの一言

 「大昔から食いものを捨てる国民、助平の限りを尽くした国民は滅びました。ギリシャ・ローマの昔から王侯貴族だけが独占できた贅沢です。それを100年に一回くらいずつ革命を起こし、人類は健康を保ってきたのです。ところが20世紀末の現在、大衆が食い物を捨て助平の限りを尽くしても倒す人がいなくなった。まるごと倒れるほかなくなりました」ー毎日新聞・平成十年七月二日

         かく言う:珍念の一言は『蛇足』 coldsweats01

成長する「国宝」

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人間国宝の磯井正美

  漆芸家で人間国宝の磯井正美さんは、「国宝」と呼ばれることをあまり好まない。国宝といえば大昔の先人が残した“遺品”のイメージを抱く人もいよう。現役作家であるご本人の違和感は確かに分かる。

 ▼ではこの人は「国宝」の称号をどう受け止めるだろう。磯井さんの一番弟子の山下義人さん(61)=高松市=が人間国宝に決まった。全国公募展での活躍はもちろん、磨き抜かれた技と感性はまさにその名にふさわしい。

 ▼蒟醤(きんま)や蒔絵(まきえ)の妙味を次々に提示してきた山下さんだが、ここ数年は華麗な技巧を表に出さず、形と加飾を極限までそいだ深遠な表現を試みる。「技術より、心を表したい」。ひたむきさを象徴するような、近年の「達観」の境地だ。

 ▼「昔の(自分の作品)を見ると、恥ずかしくて隠したくなる」「漆に携わって四十数年になるけど、今も不安が消えない」。周囲の評価を尻目に、いちずに努力を続ける。そんな姿に教えられることは多い。

 ▼磯井さんは人間国宝になった後も研さんを積み、あらゆる蒟醤の新領域を開拓した。漆の可能性を求めて試行錯誤を重ね、そこから数々の至芸を生み出す。くめども尽きぬ新鮮な発想力に、若手作家たちは驚嘆させられる。

 ▼彫って色漆を埋めて研ぎ出す。その繰り返しでもある蒟醤には、まだまだ未知の世界があるだろう。師匠と同様、栄誉は胸にしまい、新たな美を探して伝統芸術と格闘する山下さん。自らを、人に奉られる「国の宝」とはみじんも思うまい。【一日一言】

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  偉い。 不肖:珍念・・「師弟不二」で邁進したい!

「手ごわい野党がなければ、政権は長期的に安全ではない」

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  英国の名宰相ベンジャミン・ディズレーリ
   (1804年12月21日-1881年4月19日)

  首相になるとは、どういうことか。「脂を塗った棒のてっぺんに登ったようだ」と語ったのは、英国の名宰相ディズレーリだ

▼明治元年にあたる一八六八年に首相になったが、一年弱で退陣し、再び政権を担ったのは五年余も後。やはりようやく登った宰相の座からつるつると転落し、五年余をかけ登り直した安倍晋三首相は、いかに権力の棒が滑りやすいか、ご存じだろう

▼参院選で自民が圧勝し、「首相の棒」に滑り止めがついたかのようだ。民主が惨敗し、衆参のねじれも消えた。が、ディズレーリは言っている。「手ごわい野党がなければ、政権は長期的に安全ではない」

▼彼が向き合ったのは、貧富の差が危険なまでに拡大した社会だった。だから「特権階級と庶民が(一国の中で)二つ国をつくっている」との危機感を持ち、選挙制度改革などに取り組んだ

▼今の日本は、どうだろうか。憲法や原発をめぐり世論は真っ二つだ。安倍政権の改憲姿勢や原発政策には違和感を抱きつつ、景気回復への期待で自民に票を投じた人も多いのではないか

▼そのアベノミクスにしても、例えば百貨店で高級時計が売れに売れているということが、まるで別の国の出来事に思える。「一つの国」のための政治を進めなければ、ディズレーリが指摘したように「両者の間に交わりも共感もない、二種類の国民」が生まれかねない。【中日春秋】

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   旨い! このコラム『的を射る』・・ これ以上は『蛇足』 (^-^;

『時代の風音』

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 司馬遼太郎さんは、宮崎アニメのファンだったという。宮崎駿監督と堀田善衛さんとの鼎談(ていだん)『時代の風音』(朝日新聞出版)で、その魅力は風の描き方だと語っている。「風が表現されているので、自分が飛んでいるような気持ちになります」

▼ナウシカにラピュタ、となりのトトロ…。確かに宮崎監督の映画には、時に柔らかく緑を揺らし、時に猛々(たけだけ)しく掠(さら)っていくような風が吹いていて、私たちを想像力の空へと軽々と運んでくれる

▼昨日公開の新作は『風立ちぬ』。大正から昭和、関東大震災から戦争へと進む時代に、「美しい風のような飛行機を造る」という夢を追った青年の物語だ

▼そこには、安易に飛び乗ることを拒むような風も吹いている。あまりに多くの命を奪った時代の、重い風だ。宮崎監督は『時代の風音』で、敬愛してやまない二人の作家に、あの戦争の意味を問い、日本人のありようを聞いている

▼戦車部隊の若き将校として終戦を迎えた司馬さんは、部下に「とにかく生きろ」と言ったことを明かしつつ、「自分の作品は、なんでこんなばかな国にうまれたのかと思った二十二歳の自分への手紙」だと語る。堀田さんも「私も完全に同じ」と応じる

▼『風立ちぬ』は、一九四一年生まれの宮崎監督が記した自分への手紙なのかもしれない。それは「不安な時代」を生きる人への手紙とも、読める。 【中日春秋】

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きょうは「参議院選挙投票日」。変な人を選んで後悔しないように。あ・・これ以上は「ご法度」なのだ!
 かく言う <珍念>『ごまめの歯ぎしり』なのだ \(*`∧´)/

「色心不二」

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 人間の体内の水分量は、体重の約60%といわれる。その水分は、1日に約2・5リットルも体から失われていく。500ミリリットルのペットボトル5本分の水分が、汗や尿などによって体外へ排出されているのだ

▼高温の環境で激しい運動をすると、1時間に2リットルの汗が出ることもあると、『数字で読み解くからだの不思議』(竹内修二監修、エディット編、講談社)で知った。熱中症対策に水分補給が欠かせないのも納得できる。だが、大量の水を飲んでも、全てを一時に吸収できるわけではない。喉の渇きを覚える前に、こまめに飲むことが大事だ

▼ところで、この本によると、人体は60兆個の細胞からできている。その中で、1日に3000億個の細胞が入れ替わっているという。なんと1秒に350万個の新しい細胞が、体内で作られているのだ

人は皆、刻々と、みずみずしい姿に生まれ変わっているともいえる。仏法では「色心不二」 すなわち、体と心は一体不二であると説く。心も体も一瞬、一瞬、変化していく

▼例年にも増して、猛暑が続く地域が多いが、夏は始まったばかり。健康にくれぐれも留意しながら、心も体もフレッシュに、日々、新たな生命にみなぎり、未来を開く広布の活動を勝ち飾っていこう。 【名字の言】

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   珍念のコメントは『蛇足』なのだ!

「何事にも捨て身でかかれば生きる道は開ける」

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   大手柄だった。青森山田高校野球部の佐藤和哉君(3年)が青森市の駐車場で超ファインプレーを演じた。大会の車両誘導をしている時、女性の悲鳴が聞こえた。振り向くと、男が女性に馬乗りになり、包丁を突き付けている。とっさに男に体当たりし、傷を負った女性を助けた。

 ▼男は刃物を複数持っていた。佐藤君が一瞬でも躊躇(ちゅうちょ)していれば、どうなっていたか分からない。佐藤君によって男も殺人という取り返しのつかない罪から救われたのかもしれない。

 ▼幕末の江戸の剣豪・千葉周作をある夜、武家に仕える茶坊主が訪ねて来た。「辻(つじ)斬りに出会った時、どうしたら楽に死ねるか」と聞く。事情があって、辻斬りを待たせているというのだ。

 ▼周作は正眼の構えを教えた。「相手が打ち下ろしてきてヒヤリとしたら、一気に切り込め。楽に死ねる」。死を覚悟した茶坊主の構えの迫力に、辻斬りは恐れをなして逃げた。それを聞いて、周作は門人に諭す。「何事にも捨て身でかかれば生きる道は開ける」。

 ▼佐藤君は無意識のうちに、周作が言う捨て身になっていたのだろう。後で怖さを感じたと言っているから、その時は体が自然に動いたのだ。持ち前の正義感と日ごろの厳しい野球の練習がそうさせたに違いない。警察官になるのが夢だという。いかにも似合いそうだ。 【天地人】

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   感動しました!

「清水の舞台と決断」

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 誰にでも「決断の時」が来る。それこそ「清水の舞台から飛び降りる」気で決めなければならないこともあるだろう

▼実際、江戸時代には、命がけで飛び降りれば願いごとがかなうとする庶民信仰があったらしい。清水寺の国宝・本堂(京都市東山区)の舞台にすれば迷惑な話に違いない

▼奈良時代の創建だが、地震や兵火で全焼すること10回以上。高さ13メートルの舞台も江戸初期の再建で、樹齢約400年、18本の柱が支える。ケヤキは耐性にすぐれ、800年ほどもつというものの、傷みがひどい9本の根元の部材を入れ替える「根継(ねつぎ)」の準備が進行中だ

▼七不思議で知られる清水寺だが当初はなかったのにいつ、何のために造られたのか-など、舞台についても謎が多い。古文書や絵巻物などから考察し、分かりやすくまとめたのが「清水寺の謎」(加藤眞吾著、祥伝社)だ

▼「謎解きにとどまらず、観音霊場としての信仰の力が1200年余の歴史の根底にあることも伝えています」と、今春亡くなった加藤さんの後を引き継いだ坂井輝久同寺学芸員

舞台柱の本格修理への備えも怠りないという。ケヤキの大木は手に入れにくい。ならば「400年後に間に合うように」と十数年前に植樹を決め、育成中だ。さすが世界遺産の名刹(めいさつ)。決断もスケールが大きい。 【凡語】

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<400年後にまにあうように>と。でも、今のままでは、国の方がそんなに持たないでしょう。一番良い方法は、清水寺の坂井輝久同寺学芸員に「国を食いつぶす鼠」退治をお願いし、「国の舵取り」を委ねたら如何かなぁ。 

「ダーウィンの目」

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   歴史上の人物一人と会って、話が聞けるとしたら、誰を選びますか。日本では、卑弥呼(ひみこ)や織田信長あたりを挙げる人が多いだろうか。自然と人間の全史を一冊にまとめた『137億年の物語』(文芸春秋)の著者クリストファー・ロイドさんは、進化論を生んだダーウィンに会いたいそうだ

▼「彼は世界を俯瞰(ふかん)し、自然とどういうつながりを持っていけるか、提言できる人です。タイムマシンで彼に現代社会を見せてあげたい。ともに福島を訪れたいし、日本の選挙も見てほしい」

▼ロイドさんは昨年、衆院選が始まる直前に来日して、福島へ足を延ばした。そこで「二十、三十年先も今と同じ経済モデルでは通用しない。化石エネルギーや原子力に頼らない新しいモデルをどうつくるか。日本にこそチャンスがある」と確信した

▼そのロイドさんが再来日した。今度はちょうど参院選の真っ最中だ。「電力供給など短期的不安があるのは分かります。でも、どうも多くの政治家は福島のことを早く忘れさせようとしている。日本はチャンスを失いつつある。それは世界にとって大きな損失です」

▼自然界で人類だけが特別な存在だと考えられていた時代に、ダーウィンは、人はあくまでも自然の一部として進化してきたと説いた

▼彼に会うことはかなわぬが、「ダーウィンの目」で今の日本を眺めようとすることは、可能だ。 【中日春秋】

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 上手い、天晴れ! コラム執筆者の慧眼は『的を射る』・・かく言う “珍念”のコメントは、「支離滅裂」です。 お笑い下され~い。  (*^.^*)

『137億年の物語』(文芸春秋)の担当編集者から一言

  こんな歴史書は今までにありませんでした。なにしろ宇宙のビックバンから始まり、3・11が変えたエネルギーの未来にいたるまで、137億年の歴史を、42のテーマで一気に語るのです。著者のクリストファー・ロイド氏は、ケンブリッジ大学で歴史を学び、英国の新聞で科学記者としてならした人物。その彼が、自分の2人の子どもをつれてヨーロッバ中を旅した時に、歴史を文系と理系の両方から語るそんな歴史書があれば素晴らしいと考え、書きおろした本書は、世界的ベストセラー。オールカラー512ページ。写真図版500点。ぜひ・・暇なとき、ちょっと、ご覧ください。

あなたなら どうする!

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 席を譲る、譲らない。席を譲ってもらう、譲ってもらわない。日々、電車やバスの車内で、座席をめぐるそんな小さな物語がある

◆先週、本紙発言欄にこんな投書が載った。筆者は17歳の男子高校生である。混雑する電車で70歳代と思わしき女性に席を譲ろうとした。ところが女性は、自分はそんな年齢ではないと怒ったそうだ。席を譲って初めての経験と、この高校生は書く

◆投書の波紋が広がる。本紙の読者サポートセンターに「この高校生を励ましたい」という電話があった。関連する投書もいくつかいただいている。女性の対応は大人げない。しかしそれを責めるよりもまず、高校生のやさしい気持ちがひび割れないかと案じてしまう

◆吉野弘さんの詩「夕焼け」を思い出す。満員電車で実際に見た光景だろう。前に立つ高齢者に女性が席を譲る。その人が降りると、席に座り直す。これを2度重ねた彼女の前に、3人目が立った。女性はうつむいて、もう席を譲ろうとしなかった

◆体を硬くする女性に、詩人は思う。「やさしい心に責められながら/娘はどこまでゆけるだろう。/下唇を噛(か)んで/つらい気持で/美しい夕焼けも見ないで。」。席を譲らなくても気持ちは揺れている。それを見守る詩人のまなざしが温かい

譲る、譲らない。譲ってもらう、譲ってもらわない。四つの言葉が織りなす物語は、この国のやさしさ度を測る物差しでもある。 【正平調】

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   う~ん・・コメントは『蛇足』!

「お世辞の功罪」

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 人は適当におせじを使う必要がある。おせじとは、国語辞典によるとあいそうのよいことば、口先でうまく言うことば、と説明されています。私たちは、他人と良い関係を保つためには、適当におせじを言うことも大切なことである。なぜならば、おせじは人とあいそうよく接し、その場の雰囲気を明るくする働きをもします。

▼人が社会生活を円満に明るく営んでいくためにはある程度のおせじも必要だと思います。特に日本人は、おせじをよく使う生活習慣を身につけています。沈黙している相手に対しておせじの一つぐらいでも言ってもらいたいと言ったりします。余りばか正直では他人との関係を悪くし、人間関係を壊してしまう場合もある。例えば、赤ちゃんを抱いている婦人に出会ったとき、それほど可愛くない赤ちゃんではないと心の中では思っていても口先では、「あら! かわいい赤ちゃんですね」というのが一般の常識的言い方である。その場合、内心ちっとも可愛くないと思っている場合、自分の思った通りに言ったとしたら、その場の雰囲気はどうなるかは明白です。ところが、それに尾びれをつけて、女の赤ちゃんなら「玉のような、将来ミスユニバースになること間違いない。母親そっくりの赤ちゃんですね」とおせじを言ったりする。それも母親を喜ばすためのおせじだと受け容れられる程度の範囲ならよいでしょうが、その母親はそれほど自分を美人とは思っていないのに、大げさなおせじは、相手に不快感を与えます。

▼私たちは、自分の内部で思っている通り、考えている通りに、ことばを表現しても、何も相手に不快感を与えないほど、心の内部が善意に満ちているとは限りません。むしろ人間の心は陰湿で悪意に満ちています。ですから、自分の内部の感情や思いと反するおせじを言うことも、人間の知恵かも知れません。おせじも使い方次第では私たちの生活を潤すカンフル剤の働きをするものです。ですから、私たちは適切なおせじを言うことも必要だと思います。

▼おせじの弊害人の生活のカンフル剤のおせじも、それを悪用すると、人を不幸にします。昔の中国に「巧言令色すくなし仁」という諺があります。これは、ことばの巧みな人は警戒しなさい。そんな人に真実な人は少ないから注意するようにとの教えだと考えます。このことばは、私たちの現代社会にも生きた教訓を与えています。この諺を生み出した時代から長い年月を経て、科学文明も当初と比較にならない程、進歩発達した現在の人の心は少しも進歩していないことが、毎日のように起きている。

▼ことば巧みに老人の生活資金を巻き上げたり、詐欺まがいの商法で何億のお金を巻き上げたり、ことばたくみに幼い子を誘い出し殺したり、拾い挙げるにきりがない。ことば通りに人を信頼することの困難な今日の社会です。「人を見たら泥棒と思え」ということを心がけて生きて行かなければ、自分もことばの巧みさの被害者になりかねない、といつも注意しているにもかかわらず、つい訪問販売の被害者になったりする。

▼人間の創造者である神から離れて、いろいろと心の清さを創り出す方法を試みている人間の努力は何の効果もないのが現実です。東洋一の賢者であると言われたソロモン王は「ことば上手で心の良くない人の姿を銀の上薬を塗った土の器のようだ」といっています。私たちはその人の真意を探ると同時に他人のおせじを心の余裕をもって楽しむ賢さが必要ではないでしょうか。 (人生雑感)

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   〝自分なんかもう駄目だ〟と思うような瀬戸際のときはだれにもある。じつは、そのと
    きこそが、自身の新しい可能性を開くチャンスである。人生の勝利と敗北、幸福と不
    幸、その分かれ目が、ここにある。

    自分という人間を決めるのは、だれか~。自分である。自分という人間をつくるの
    は、だれか。これも結局は自分以外にない。他人の目や言動に一喜一憂する弱さ
    は、それ自体、敗北に通じる。
 

    自分と比較して他人のほうがよく見える場合がある。しかし、外から見てうらやましく
    思うほど、実際がよいとはかぎらない。むしろ外見と反対の場合も多い。何より自分
    自身の人生である。
 

    他人と比べるよりも、自分が以前の自分より良くなったかどうか、それだけを較べて
    いけばよいのである。焦る必要はない。卑屈になることもない。・・(池田大作名誉会
    長)は綴る。 きょうも、減らず口の‘珍念’反省し、恥じています! (A;´・ω・)アセアセ

絆 (・.・;)

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  二年前の三月十二日午後三時ごろ、つまり東日本大震災が起きてから、ちょうど丸一日がたったころ、福島県南相馬市の農家で、一頭の子牛が生まれた

▼飼い主の宮川フジコさん(62)は、その日の午前、北隣の相馬市にある道の駅に一時避難したが、出産予定日を一週間過ぎた雌牛が心配で、午後には家に戻っていた。無事出産が終わり、母が子をなめ、子は乳を飲んだ。宮川さんは、子牛に「のぞみ」と名を付けた

▼宮川さんの家は福島第一原発から二十キロ圏内。夫の退職金で新しい機械を買いそろえ、和牛の繁殖に力を入れ始めた時に起きた災禍。どうなるか分からぬ不安があったからこそ、子牛の名に希望を託した

▼しかし結局、「のぞみ」は餓(う)え死にしてしまった。避難先の郡山市から家まで車で二時間。四、五日おきに通ったが、か弱く鳴く子牛を助けてあげようもなかった。生き延びた牛も殺処分にされた

▼宮川さんら八百人は、国と東電を相手取り「もとの美しい福島、ふるさとを返せ」と、福島地裁に提訴した。きのう始まった法廷での論戦は、事故の責任と今後の原子力政策のあり方を問うものでもある

▼都会に住む宮川さんのお孫さんは、震災の翌年に生まれた弟と、おばあちゃんの家に行き、牛に草をあげるのを楽しみにしているそうだ。宮川さんは、牛たちがみんないなくなったことを話せずにいる。 【中日春秋】

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   悲しくて(珍念)泣いています!

「画竜点睛」

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 昔、中国で絵の大家が寺の壁に見事な竜を描いた。「飛んでいってしまうから」と瞳はあえて入れなかったが、疑う人々の求めに応じて描き入れた。するとたちまち竜は天に昇った

 ▼言わずと知れた「画竜点睛」の故事だ。物事を完成させるための肝心な仕上げを示す。有るか無いかで大きく結果が異なることにもなる

 ▼未完ながらも十分な価値を誇るのがシューベルトの未完成交響曲だ。同時代の交響曲は通常4楽章だが、哀愁を帯びた旋律が印象的な二つの楽章しかない。なぜ未完なのかは音楽史上最大のミステリーと、音楽評論家・中川右介さんが著書「未完成 大作曲家たちの『謎』を読み解く」で書いている

 ▼第3楽章のごく一部が残っているため、他の仕事で中断した多忙説や、完成させても長すぎて演奏不可能と悟った―など、多彩な説を考察している。後世の想像力をかき立てる未完ゆえの豊潤な一曲である

 ▼さて、いよいよ参院選は大詰めを迎える。争われるべき論点は、経済、社会保障、エネルギー…と、日本の行く末を左右するものばかりだ。とはいえ論戦はいまひとつ盛り上がらず、もどかしい。こちらの「未完」は消化不良を起こすだけである

 ▼竜の瞳は政治でいえば政策に込める「魂」だろう。画竜点睛を欠くようでは、有権者の心に響くまい。(滴一滴)

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 このコラム素晴らしい! でも・・あえていえば、<政策に込める「魂」だろう>の言葉は具体的にお示し下され~い。 政党の「魂」をるる、述べたいですが、これ以上は「公職選擧法」に・・触れるので止めます。

 かく言う “珍念”のコメントも 「画竜点睛」 なのだ!

革命の教訓

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 21日の勝負。生か死か!

 

 

  現代のアスリートなら10秒で駆け抜ける距離である。100メートル。この道のりが、命運を分けようとは

▼パリから北東へ230キロ。ベルギーと国境を接するバレンヌは人口約600人の小さな村だ。222年前のあの出来事さえなければ、その名を記憶にとどめる人はいなかったろう。国王の逃亡劇が―

▼ルイ16世と王妃マリー・アントワネットを乗せた隠密の馬車は、人家もまばらなわびしい宿場の村で追っ手に捕まる。10秒とは言うまい。あと10分でも早くたどりついていれば、目と鼻の先のベルギーに逃れていたはずだ

▼その後の2人の行く末は、ご承知の通り。翌々年、パリ・コンコルド広場のギロチン台で相次いで処刑される。王と王妃をこの結末に導いたのが、圧政に抗して市民が蜂起したバスチーユ監獄の襲撃事件。7月14日は、フランス革命記念日として世界史に名を残す

▼だが、この日は革命のほんの発端にすぎない。国内はその後30年以上にわたり混乱を極めた。「小説フランス革命」(全12巻予定)を執筆中の作家佐藤賢一さんは、東日本大震災後の日本の政治状況との類似性に着目する

そもそも国債乱発による財政破綻が革命の引き金となったと聞けば、なるほどと思う。指導者は経済再建の理想を語り、結局何も実現できずにずるずると…。政治家の言葉に決して踊らされない。これが革命の教訓だ。 (卓上四季)

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 珍念のコメントは 『蛇足』 なのだ!

〝我こそ日本一、世界一〟の心で!

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 世の中には、いろいろな「日本一」がある。埼玉県にも、最高気温(2007年、熊谷市の40・9度)、ひな人形の出荷額などの日本一があるが、防犯パトロールなどを行う自主防犯活動グループの団体数も、日本で最も多い(警察庁調べ)

▼10年前、パトロール隊を結成した埼玉の壮年がいる。自ら隊長を務め、地域の防犯に努めてきた。地元の中学校で生徒の防犯意識の啓発にも尽力するなど、活動が注目を集め、内閣総理大臣表彰にも輝いた

▼壮年は幼少から肺炎を繰り返し、命の危機を乗り越えてきた。だからこそ、「一日の命は、この宇宙すべての財宝よりもすぐれている。まず、志を身で示していきなさい」(御書986㌻、通解)との御文を心に刻み、地域のために行動を続ける

▼魯迅の言葉に、「人生は、寄せ集めのなかにではなく、創造のなかに在る」(中村愿監訳)と。人生とは価値創造。同じ生きるならば、一日一日、何かで価値を残したい

▼戦時中の弾圧で、当局に押収された戸田第2代会長の御書には「日蓮は世間には日本第一の貧しき者なれども仏法を以て論ずれば一閻浮提第一の富る者なり」(988㌻)との箇所に線が引かれていた。〝我こそ日本一、世界一〟の意気で7月を完走しよう。 (名字の言)

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Koma


  “珍念”も・・かく 生きたい!

〝高等数学〟

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  パロディーの達人、故・井上ひさしさんは数学分野でも、歴史上の大数学者がなし得なかった“偉大な業績”を残した。それは身の回りの出来事や世相、ニュースを何でも数式にしてしまう術

▼例えば50+50=50。これは、「セ氏50度のお湯に50度のお湯を加えてもやっぱり50度だ」という意味。では、9-3=1は?“論文”の発表が1970年代半ばだったことを踏まえないと正答は難しい

▼答えは「V9巨人から長嶋さんが抜けて、王さん1人」。17÷1=1500は「ホテル17階のレストランでお皿を1枚割ったら1500円弁償」。94+1=41874は「九死に一生を得たのは良い話」。“井上式高等数学”は「巷談(こうだん)辞典」(文春文庫)にある

▼先達の傑作、快作に触れると、まねてみたくなるのが当欄の悪い癖。そこで9・8-7・3=0、または∞(無限大)というのはどうだろう。きのうの本紙朝刊を読み、やむにやまれず頭を絞った

▼泊原発の安全審査申請に際し、北電は最大津波の想定を海抜9・8メートルから7・3メートルに引き下げた。新たに岩礁の効果を考慮に入れたそう。この期に及んで想定の“かさ下げ”とは恐れ入る。これでは「信頼ゼロ」「不信は無限大」になろう

▼北電-知事=0も願い下げだ。移項すると、北電=知事。道民の安全を守り、エネルギーの未来を切り開く役割を担う人はいなくなる。(卓上四季)

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         平成24年度の日本の財政を家計に例えると

 
     一ケ月分の家計

 

         平成25年度、国の借金709兆円・・・地方、約200兆円 国民一人当たり、約710万円
         4人家族で 約2、840万円 一年の利払い国:約10兆円 地方:約2兆円

     (アキレスと亀)・・・? 猫の首に鈴 誰が付けるのかなぁ?
     仏典に「屠所の羊」の教えがある・・きょうも、悪しき煩悩に揺れ動く(珍念)悩みは尽きない
     あ・・『下手の考え休むに似たり』 \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

卵の値段

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 王様は卵が大好き。ふわとろオムレツにうっとり。独り占めしてフライパンに怒られたり、大臣を困らせたり。児童書「王さまシリーズ」の作者、故寺村輝夫さんは9人きょうだい。お話には、卵にありつけなかった少年時代の夢が詰まる

▼寺村さんが生まれた昭和初期から戦後間もなくは高級品だった卵だが、やがて1キロの卸値が200円前後に。半世紀にわたってこの水準で推移し、「価格の優等生」と呼ばれる

▼卵の卸売価格は、需要と供給をみて決まる。先月の大阪平均は1キロ155円。過去5年の最低ラインに近い。そこに円安が直撃した

▼養鶏業者によると卵の原価の55%は飼料代という。9割がトウモロコシなど輸入飼料だが、円安で急騰している。今後見込まれる電気料金の値上げも、冬の鶏舎に影響しそうだ

▼1990年代には8万戸以上あった養鶏農家は淘汰(とうた)され、現在は3千戸以下。経営維持には、経費を積算して「最低でも240円に」というのが生産現場の悲願だ。事情が似る乳製品は、4年半ぶりに秋の値上げを決めた

▼卵の値段は「消費者のため」と低価格を迫る小売店の意向も大きい。50グラムの中にひよこを作る成分が詰まる卵は命のカプセルだ。特売はありがたいが、生産現場を追い込むようではオムレツの幸せ感も半分になる。 【凡語】

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 たかが卵。されど卵。卵は子どものとき、遠足、運動会、病気のときしか、食べられなかつた。高価な宝物でした。いっも、栄養失調でお腹の虫が鳴いていました。いっか、バナナや白米・卵を腹いっぱい食べたい。そのような時代がくるのかなぁ? と、思っていました。

 現代は、物が溢れ便利になり飽食の時代。栄養を取りすぎ「生活習慣病」に悩まされている。世相は刹那的な刺激を求めたり、退廃的な空気が蔓延している。 う~ん 何か変だ。 あ・・つ~い。 演壇で講義している錯覚に・・  \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「謙虚と高貴」

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   ロボット博士の“わかる学”  高貴に咲く野の1輪

  自分は見つかったか。 ひと頃、「自分探し」という言葉がはやった。「自分探しの旅に出よう」とか、「自分らしく生きる」という類いの言い回しであった。それで読者各位に伺いたいのだが、これこそが自分だ、というものを見つけることができた方がいるだろうか。いたならば本気で、それはどんなものかを聞きたい。

 ▼というのは、実は「自己とは何か?」は、おいそれとは解けない哲学上の大問題であり、哲学の王である仏教哲学では「自己という実体はない。真実は無自己だ、無我だ」と言い切るからだ。

 ▼縁の網 仏教に縁起(縁によって起こる)という中心的世界観がある。縁とは関係のことで、一つのことも普通の見方のようにただ一つの原因から生じるのではなく、極論すれば無限とも言えるたくさんの関係によって生まれるという。

 ▼例えば種から芽が出る場合を考えよう。種が原因で、直線的に結果として芽が生じたと考えるのでは、種以外の多くの原因(縁)を見落としてしまっていることになるが、縁起の考え方では、芽がどれだけいろいろな原因(縁)によって生じたかを見極める。

 ▼もちろん種はその重要な原因だが、雨が降って種が湿ることも、季節が来て気温が上がることも、土があることも、空気があることも、太陽の光も、すべて縁と分かる。つまり、芽を吹くというだけのことでも、非常にたくさんの物事が縁として関係しているのである。

 ▼縁を深く知ると、すべてはすべてに関係していることが分かる。これはエコロジーのスローガンともなっている。そのありようは無限に広がった網に例えられている。網の糸の結び目がそれぞれの物事で、糸が関係、すなわち縁を示すのである。

 ▼その網目の一点、すなわちどれか一つの結び目をつまんで上へ引き上げると、その目を中心にして全体の目が引き寄せられる。宇宙全体はこの網のようにつながっているので、「全体のハタラキ」が一点に集中しているという格好になっている。 「宇宙のハタラキ」は網の結び目のすべてに集中しているのである。

 ▼宇宙の代表 例えば野に咲く一輪の草花にも、前記のように「全体のハタラキ」が集中している。この意味で、全宇宙を背負ってそこに咲いているのである。同様に、われわれ一人一人も「宇宙のハタラキ」の命を持った尊く清らかな宇宙の代表なのである。人間はすべてそのように高貴な自覚を持つ必要があると思う。

 ▼また同時に、われわれは無限に大きな網の中の一つの結び目にすぎないのだから、自分というものは無限に小さなものとなってしまうのである。この故に人間は謙虚でなくてはならない。これが、仏教が説く無我の理由である。

  ▼謙虚と尊厳とを併せ持つ だから、人間は気高く同時に謙虚であることが理想である。これを間違えて逆に取り、
    ゆめゆめ卑下しながら傲慢(ごうまん)になってはならない。【大分合同新聞社】

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 で、どうしたらよいのでしょうかぁ? 抽象論みたいで(曖昧模糊)なのだ!まるで、禅問答のようです。浅学の‘珍念’に分かるように教えて下さ~い。

<。「自分探しの旅に出よう」とか、「自分らしく生きる」という類いの言い回しであった。それで読者各位に伺いたいのだが、これこそが自分だ、というものを見つけることができた方がいるだろうか。いたならば本気で、それはどんなものかを聞きたい。」>・・!(^^)! 知っていますが。 『誤解を被る恐れが・・』 例えば「りんご」の説明は出来ても、肝心の味は食べてみなければ、わからない。 これ以上は 『蛇足』!

「下関大平学園の宝物」

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   三太郎さんの樹

 下関大平学園には、とっても大切な宝物があります。「三太郎さん」です。三太郎さんとは、昭和45年1月から平成21年12月までの40年間毎月欠かさず園の子どもたちに励ましのお手紙とご寄附を続けて下さった下関市内にお住いの匿名の方です。

 手紙の総数は480通の多くになりました。そして思っています、三太郎さんの励ましの手紙で、子どもたちが世の中を生き抜いていくすべてのことを、学ぶことが出来たと。

 継続は力なりと言われますが身をもって示していただきました。そして、最後の手紙480通目で教えていただいた「この便りを最後にすることにしました。初めがあれば必ず終わりがあります。」解っていたつもりでした。手紙を読みながらなぜか涙が止まりませんでした。

 
 最後の手紙の中で子どもたちにたいして「長い人生いろいろな事があるものです。でも苦しいことばかりは続きません。苦しい中にもきっと“喜び”があります。楽しいことがあります。」そして、「他人にではなく自分に負けない自分、自分に恥ずかしくない自分でありたいと。」

 本当にありがとうございました。三太郎さんに築いていただいた「絆」は、多くの方々につながっています。 
吉富悅雄(下関市、児童養護施設長)  http://www2.ocn.ne.jp/~taihei11/

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 ‘珍念’の宝物は・・きょうも生きている。この命です!「袖すり合うも他生の縁」・・人生の黄昏を悔いなく過ごしたい! (o^-^o)

 

三太郎さんからの最後の手紙

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   皆さま、連日の猛暑で体調はいかがですか・・? きょうは、素敵なお便りを届けします。

 平成21年12月28日に下関大平学園に届いた、三太郎さんからの最後の手紙です。

  おはようございます。今年も残すところ数日になってしまいました。 百年に一度という不況の中の政権交代、そして新型インフルエンザの流行等、大変な一年となってしまいましたが、皆元気にしてますか?終業式は終わったけれど、休校等で補習授業のある学校もあるとか皆のところは如何ですか?

 ところで私、この便りを最後にすることにしました。初めがあれば必ず終わりがあります。いつまでとか随分考えましたが、私の人生のひとつのけじめにしました。「惚れやすの飽けやす」だった私がよく続けられたものだと自分で感心しております。これも皆のお陰です。

 長い人生いろいろな事があるものです。でも苦しいことばかりは続きません。苦しい中にもきっと「喜び」があります。楽しいことがあります。私も小さい時、ずい分悲しい思いをしました。だから大人になって苦しいことがあると必ずといっていいほどその時のことを思い出して乗り越えてきました。今振り返ってみると、小さい時のその思いが今の私を支えているのかもしれません。よく言うでしょう「若い時の苦労は買ってでもしなさい」と。

 どんなことでも後できっと役に立つものです。他人にではなく、自分に負けない自分、自分に恥ずかしくない自分でありたいと思ってす。そして沢山のまわりの人たちにお世話になっていることも忘れてはいけないのです。私一人では何もできないのですから。

 感謝、そして「ありがとう」の気持ちを持ち続けたいと思います。もう終わりと思うと何を書いていいのかわかりません。
一ヶ月に一度、皆の事を思いながらペンを走らすのが楽しみでした。いい文句は書けないけれど、読んで下さる人があることは喜びでした。今まで長い間つたない便りを読んでいただいて本当にありがとうございました。感謝いたします。最後になりましたが本年が皆さんにとってよりよき年となりますようそしてお互い健康に気を付けて頑張っていきましょう
さようなら H21.12.27  0830   三太郎

  追伸 最後まで乱文乱筆になってしまいました。本当に長い間ありがとうございました。

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   感動しました。

 

 

富士山で出くわした痩せ犬

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 1日の富士山の山開きに合わせて今年もご来光を撮影するために山頂を目指した。愛犬同伴の登山者と出くわした。山小屋に聞いてみると、犬連れの登山者は、増えているという。

 ▼登山中、驚いたのが、宝永山山頂付近で目撃した一匹の犬。首輪は付けていない。近づくと威嚇し距離を置く。捨て犬なのか迷い犬なのか、痩せ衰え骨張った姿は何日も餌を口にしていないことを物語っていた。

 ▼愛する“家族”とともに自然を満喫したいという思いは分かる。しかし山の過酷な環境に慣れていないペットを連れて行くのは飼い主のエゴなのではないか。登山客を悲しげな目で追い続けていたその犬の姿は、登山者にモラルを問い掛けていた気がする。「清流」

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  あ・・あ! 「万物の霊長人間」・・とうとう、此処まで落ちたのか・・。
  これ以上は『糠に釘』なのだ。

「土は生きている」

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    「何しろ相手は小さく、目立たないもので」。ダンゴムシ、アリ、ナメクジ、ダニなど土の生き物が専門の写真家、皆越ようせいさん(69)=東京都多摩市=が撮影の苦労を語る。

 ▼不思議な生活ぶりの“動かぬ証拠”を押さえようと、地面にはいつくばっての長期戦。そんな姿を「死んでいるのでは」と、通り掛かりの人が車を降りてきたこともあったという。

 ▼上村(現あさぎり町)出身。20年ほど前、初の里帰り個展を取材し、じっくり見たことがなかった生き物のクローズアップに驚いた。カラフルでユニークな姿、珍しい習性を紙面で紹介してもらったが、このほど新しい写真集「小さな生きものの不思議」(平凡社)が届いた。

 ▼土の生き物は、普段は地中や落ち葉の下などで暮らし、目に触れる機会は少ない。しかし、朽ち木などを分解する重要な役割を担う。「土は生きている」と言うが、文字通り、土の中には細菌、カビなどの微生物から多種多様な小動物など、多くの命が宿る。生態系というと、真っ先に地上の動植物を思い浮かべるが、地中の生き物も重要な連鎖の中にある。

 ▼地球環境の破壊が指摘されている。種の絶滅が加速し、「大量絶滅の時代」ともいう。過去の大絶滅が、気候変動など自然が原因だと説明されているのに対し、現在は人の行為に起因する点で特異的だ。

 ▼便利で快適な暮らしばかりを追い求めては、土の中でも同様の絶滅が起きかねない。農業をはじめ、さまざまな人類の活動は土に支えられている。その土を守るには-。クーラーの温度設定を少し上げ、写真集をめくりながら考えた。 (射程)

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

 ☆鳥瞰(ちょうかん)と虫瞰(ちゅうかん)という言葉を思った。鳥の視点をもてば、高い所から物事を見れば、大局を見失うことがない。かといって、空からはみえない。路傍の野花にも心を配る。 (虫の視点)も忘れてはならない。鳥の目と虫の目を併せもって初めて、正しい軌道を進むことができると思う。鳥瞰と虫瞰の大切さは、時代を見る目にも通じよう。ともすると、日々なすことのみに追われ「現実」だけを見つめて、日々を空しくすごしがちな‘珍念’反省し、恥じています。 (´;ω;`)ウウ・・・

「夢十夜」

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 寝苦しい夏の夜には怪談話がつきもの。<こんな夢を見た>で始まる夏目漱石の異色短編「夢十夜」は、かなり怖い。中でもその<第三夜>は…

▼「自分」は六つになる子をおぶって暗い田んぼ道を歩いている。子はいつの間にか見知らぬ小僧に変わり、心を見透かしたような口をきく。早く捨ててしまおう。森へ急ぎ、杉の根方に着くと子が言った。<おまえがおれを殺したのは今からちょうど百年前だね>。その時、背の子は石地蔵のように重くなった―

▼北電を含む4電力会社が先日、原発再稼働に向けた安全審査を原子力規制委に申請した。福島第1原発事故の原因も解明されない中で、原発の是非を争点にした参院選のさなかに、新基準施行に合わせて、「待ってました」とわれ先に。その姿を異様に思う

▼“虎の子”をこのまま眠らせておけないということなのだろう。赤字が重くのし掛かっているのも分かる。が、“寝た子”を起こすことにためらいはないか。再稼働で当面の収支は繕えても、いつか身を圧する“石地蔵”に化すことを心の底では恐れているのではないか

▼私たちはすでに知っている。原発に絶対の安全はないことを。放射能漏れ事故が起きれば、電力会社も国も背負いきれないほどの重荷となることを

▼原発を背負っている会社の臆面もない先陣争いに、悪夢の再来を危惧し、背筋が寒くなる。 (卓上四季)

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  「開いた口が塞がらぬ」 

  
きょうも【珍念・・・・『ごまめの歯ぎしり』 なのだ!

処方薬への依存

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    「能力と判断に従い、患者に利する治療を行い、有害な治療法は決してとらない」。紀元前5世紀、ギリシャの医師ヒポクラテスの言葉だ。当時すでに、医療は時として患者を害することが知られていた。

 ▼うつなどで病院を受診し、睡眠薬や抗不安薬などを処方され、治療を続けるうちに薬がやめられなくなる「処方薬依存」が問題となっている。

 ▼熊本市でもこのほど、依存を経験した人たちの勉強会があった。家族を薬の大量処方で亡くし「精神医療被害連絡会」を立ち上げた中川聡さん(東京)が講演、「処方薬依存は医原病」と強調した。

 ▼勉強会を準備した女性の経験も壮絶だ。数年前、しびれや息苦しさを訴え精神科を受診。多量の薬を長期間飲み、体の筋肉が勝手に動くようになった。ネットで調べ「薬を減らすしかない」と決断。病院を変え、何とか日常生活が可能なまでに回復した。「問題の深刻さを多くの人に知ってほしかった」

 ▼自殺した人の半数は精神科の受診歴があり、その6割は過剰服薬だった-という厚生労働省研究班の報告もある。「症状が改善せず、やむを得ず薬が増え長期化する」「依存への認識が不足し、医師に処方を求めてしまう」といった患者側の事情のほかに、国内では「外国に比べ多種類の薬が投与されている」問題も指摘している。実態解明と対策を急ぎたい。

 ▼以前、処方薬依存について取材した医師が、「薬は回復を手助けするが、回復そのものではない」と副作用の危険性を強調したのを思い出す。薬だけに頼らない診療環境の整備を進める必要がある (射程)

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   『畏れ入り谷の鬼子母神』・・・・!(^^)!

「ハインリッヒの法則」

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 ハインリッヒの法則 (ハインリッヒのほうそく、Heinrich's law) は、労働災害における経験則の一つである。1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するというもの。「ハインリッヒの(災害)三角形(トライアングル)(定理)」または「(傷害)四角錐(ピラミッド)」とも呼ばれる。

 飛行機事故のたび、妻のもち出すはなし。乗った飛行機がバンコクの空港に着陸しようとして、滑走路に着く寸前、急上昇。いわゆるゴーアラウンド。…機内はもう大変、みんな、祈りました。

 中東あたりで飛行機に乗ると、着陸して止まりかけたころ、期せずして乗客から大きな拍手のわき起こることがある。無事を当たり前と言うなかれ。旅の無事は、やはり神様に感謝すべきこと。

 アメリカの有名なハインリッヒの法則。一つの重大事故の陰に二十九の軽い事故、そのまた陰に事故には至らない三百のヒヤリハット。アシアナ機事故の陰にはいったい、いくつのヒヤリあり。 (夕歩道)

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『一寸先は闇』・・・!(^^)! ・・・【命あっての物種】なのだ。悔いのない人生を送りたい!

敬愛する先輩は「家事手伝い」

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石野伸子さん

 「産経抄」の元執筆者、石井英夫さんと久しぶりに会うことがあり、名刺をもらって大笑いしてしまった。

 ▼名前の上に小さな字で「家事手伝い」とある。それも言われなければ気づかないほど小さな字で。いまも雑誌『正論』にコラムを書き、傘寿を迎えて元気はつらつだが、「よその新聞に書かれちまったんだよ」とこの名刺に、まんざらでもない顔つきだ。

 ▼よその新聞、というのは2年前の10月15日付読売新聞「編集手帳」。「敬愛する同業の先輩」として石井さんが登場し、「数年前に会社を退き、いまは家事手伝いという肩書を印刷した不思議な名刺を携えて、雑誌などに健筆をふるっている人」として紹介されている。

 ▼文章の本意は、その石井さんに「新聞記事はストーブの炭ガラのようなもの。次の日には捨てられてしまうが一昼夜人々の心を暖めたと思えば満足と教えられた」という、ちょっといい話なのだが、こちらは一時「流域紀行」という連載で一緒に仕事をした遠慮のなさで、「それはまったく肩書詐称じゃないですか」と厳しく突っ込んでしまった。

 ▼同席した元同僚の女性たちも同意見。しかし、「料理はしないが買い物には行く」と反論され、この肩書のもつ不思議さに改めて気づかされた。

 ▼家事手伝い。よくみかける表記だ。家事を手伝う人だから、家事を主たる業務とする主婦とは違うというニュアンスで使われてきたのだろうが、となると最近市民権を得てきた主夫とも違う。

 ▼新聞にも盛んに登場する。スポーツ選手が「家事手伝いの女性と結婚」などとニュース原稿に出てくるし、読者投稿欄でもおなじみだ。ただ年齢はさまざまで結構幅広い。男性はあまりいないか。担当者によれば、ご本人の申告に従うのが基本で、男性で家にいる人の場合、無職とか年金生活者と書く人が多いそうだ。

 ▼なるほど。そのあたり、巧まざるユーモアと毒気を発揮した名コラムニストの面目躍如というところだろうか。

 ▼わが家の年金生活者に名刺を見せると、大いにわが意を得たりという顔をした。ただし、「手伝い以上なので家事従事者もいいか」と案じている。どうぞご随意に。(編集委員・石野伸子)

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<なるほど。そのあたり、巧まざるユーモアと毒気を発揮した名コラムニストの面目躍如というところだろうか>。石野伸子さんの筆致は冴えている。お見事!

かく言う‘珍念’の筆致は稚拙です。頭は・・光っています。中身は・・何もない! お笑い下され~い。

村岡三郎さんの戦争

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 大津市在住の彫刻家・村岡三郎さんの訃報に接し、思い出す作品がある。この人が若き日の戦争体験と向き合い始めたころの、1畳分ほどの大きさの鉄造形だ

▼戦時中、神奈川県の海軍電測学校で歩哨(ほしょう)に立った時のこと。疲れて眠いので近くの木板を持って来て、ほんの少し斜めに傾けて壁に立てかけた。立っているように見せながら眠るためだった

▼この半醒半睡(はんせいはんすい)の体験が戦後十数年して蘇(よみがえ)り、木板を鉄板に置き換えて制作したのが冒頭の作品だ。英語のタイトルの意味は「立っているベッド」である

▼傾け過ぎると眠ってしまう。かといって立て過ぎると眠れない。その中間の角度に板を固定し、ひじ掛けなどを付けた深く眠らないための装置。「一種の地獄図だね」と振り返る言葉に、当時への複雑な思いを垣間見る思いがした

▼特攻隊で出撃の瞬間を待ちながら、死と直面した体験がある。「死とは何か、なぜ死なねばならないのか。答えを探しても最後まで自分を納得させることはできなかった」

▼戦後の創作の多くは、その問いへの回答でもあったのだろう。生死をテーマにした物質表現には、国民を戦争に駆り立てた言葉や情動への不信が常にあった。「深く眠れない状況は、あの時から何も変わっていない」。その言葉が遺言のように響いてくる。
【凡語】

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国際連合教育科学文化機関憲章 (ユネスコ憲章). 前文 この憲章の当事国政府は その国民に代って次のとおり宣言する。 戦争は人の心の中で生まれるものであるから、 人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。

 では、具体的にどうすれば・・? それは、さて置き。<生死をテーマにした物質表現には、国民を戦争に駆り立てた言葉や情動への不信が常にあった。「深く眠れない状況は、あの時から何も変わっていない>・・・・
村岡三郎さんの言葉は「千金の重み」がある!

 減らず口の‘珍念’の言葉は「鴻毛(こうもう)より軽し」 ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

「死の受容」

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 「映画の場面みたいだ」と思った記憶がある。5年以上前、米オレゴン州に住むジュリーさんという女性に、彼女の母親の最期について聞かせてもらったときのことだ。

 ▼末期がんでベッドに横たわる母親に、ジュリーさんら5人の子どもが寄り添う。長男が聖書の一節の朗読を終えると、母親は子どもを一人ずつ抱きしめた後、致死量の睡眠薬を溶かしたコップの水を飲み干し、やがて息を引き取った―。

 ▼同州は厳格な条件を満たす末期患者に、医師が致死量の薬を処方することを合法化した全米で数少ない州。薬の服用は患者自身が行う。「ママは全部自分で決めたの」というジュリーさんの言葉に、こんな選択ができる所も世界にはあるんだと驚きつつ、死が美化されている面はないだろうかと違和感を覚えた。

 ▼重い病気で死が避けられないと分かったら、その死はできるだけ安らかであってほしいと思う。世話になった人にありがとうと言い、笑ってさよならできれば理想的だ。国内でもホスピスや緩和ケア施設が徐々に増え、「死の受容」などという言葉も聞くようになってきた。

 ▼ただ、私個人は少し抵抗を感じる。大切な人と別れて自分だけが死んでいく無念さに、バカヤローと叫んだり、家族にからんだりすることがあっても仕方ないと思う。

 ▼がん診療に長く携わった医師は「死を受容したかのように装っている患者さんは結構いると思う」という。「ジタバタしていい。当然ですよ」。それを聞いてちょっとホッとした。(一日一言)

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 ‘珍念’のコメントは『蛇足』です。




『この世は サスペンス』

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 緊張と緩和-。サスペンスの巨匠ヒッチコックは、その塩梅(あんばい)法則で肌をあわ立たせた。要は監督たる者、観者の心理を手玉に取らねばならん、というありがたい教えである

▼超低予算ホラー『パラノーマル・アクティビティ』(2007年)製作陣の新作『ダークスカイズ』(公開中)は、塩梅が及第点だ。米国の郊外住宅に暮らす平和な一家4人を襲う不気味な影の正体は…

▼映画は高尚な芸術からZ級の娯楽まで幅広く、その日の気分で選べる。寝苦しい夜に、心胆寒からしめる『スカイズ』を銀幕に見上げるのも一興

▼超常現象の夜と陽光あふれる朝を繰り返し、やがて緊張が緩和をしのぐ。スチュワート監督はヒッチコック作『鳥』(1963年)を模して、数百のムクドリを家に衝突死させる。『パラ・アク』定番の夜間監視カメラが、いよいよ影の正体をとらえる

▼重低音響が恐怖映像を盛り上げ、一家のパニックに観者の心拍数も上がる。崩壊寸前の家族は専門家の助言で結束を強めるが、外敵の侵略に団結する米帝国主義にはいささか閉口

▼SF作家アーサー・C・クラークの巻頭字幕で先読み可能も、終章の虚実を往還する演出は別の恐怖も抱かせる。父の失業が元で夫婦げんか、児童虐待、誘拐嫌疑…米国社会のダーク。こうした複合事態は巨匠の時代には考えられず、さぞやあの世で演出のらつ腕がうずいていることヨ。【忙人寸語】

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【今晩は、映画フアンの皆さま,お待たせしました。日本社会に蠢く(鵺)のような恐怖感を「サスペンスの巨匠ヒッチコック監督」に演出させたかった。黒澤明監督の<悪いやつほどよく眠る>は、現在の世相にぴったりです。あ、もう時間がきましたね。それでは 皆さま、またおあいしましょう。さよなら、さよなら】と、故・淀川長治さんは、きっと 呟くでしょう。

 きょうも ‘珍念’灰色の脳細胞は冴えません・・頭の良くなる映画が出来ないかなあ!(*^m^)

 

 

「千里行っても千里戻る」

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  昭和49(1974)年8月15日の未明だった。映画俳優の津川雅彦さん、朝丘雪路さん夫妻の自宅に男が忍び込み、生後5カ月の長女、真由子ちゃんを連れ去った。犯人のアパートの一室から救出されたのは、それから41時間後だ。

 ▼「津川さん、ホオずり」「雪路さん、涙ボロボロ」。当時の小紙はこんな見出しで、誘拐事件の解決を伝えている。愛児を抱きしめる津川さんの無精ひげが、心労の程を物語っていた。実は、無事に帰る可能性はゼロだと覚悟していたという。

 ▼一方朝丘さんは、寅年の真由子ちゃんは、「千里行っても千里戻る」と信じていた。「まだ娘に5カ月しかなじんでいない父と、自分の腹で十月十日育て産んだ母との愛情の違いに気づかされた」と後に述懐している。

 ▼その津川さんが、北朝鮮による拉致問題啓発のポスターに起用された。「拉致問題をわがことのように思える人間だと思って参加した」。会見で、かつての誘拐事件に触れて述べている。

 ▼津川さんは事件の後、「日本一の役者になる前に世界一のパパになろう」と決心する。娘と遊ぶ時間を作るために、夜の銀座やマージャン、週末の競馬場通いをきっぱりやめた。木製のおしゃぶりを買いに出かけ、プラスチック製しかないことにショックを受ける。そこで自然で安全なおもちゃだけを扱う店を、開いてしまった。自分の娘さえ幸せになれば、で終わらないところが、世間一般の親ばかとの大きな違いだ。

 ▼「日本人みんなが拉致問題を一日も早く解決するという思いを、被害者の親御さんと同じように持ってほしい」。こんな呼びかけが、誰よりも似合う人物である。「拉致問題は完全に解決済み」とうそぶく北朝鮮にとって、煙たい存在だろう。  【産経抄】

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 泣き虫の‘珍念’涙が止まりません。 文字が打てません!

「臆病者」と呼ばわりされた、宮部小弥太。

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 作家・山本周五郎氏(1903年~1967年)の小説にも三河国(現在の愛知県東部)岡崎藩を舞台とした作品が多い。

 ▼戸田先生は、彼の小説をよく読んでおられた。彼には、庶民的で、人情の機微を描いた作品が多かった。先生は、そうした微妙な「人の心」を描いた作品を見逃さなかった。 その一つに「武道無門」という短編がある。 気が小さく、皆から「臆病者」呼ばわりされている青年の物語である。

 ▼主人公は二十八歳の青年武士・宮部小弥太。彼は武士に似合わず、度胸がなかった。他人のけんかを見るだけで体カ震えた。 まして、自分から戦いを挑んだり、責任ある立場につくことなど到底、考えられなかった。いつも逃げ回ってばかりいた。そんな性格を変えたいと、いろいろ努力をしてみたが、結局あきらめざるをえなかった。

 ▼"自分は今のままでいいんだ。責任ある立場は、自分には似合わない。ひっそりと目立たず生きていけばいい"―そんなふうに、自分に言い聞かせていた。 「人を生かす」心 しかし、そんな彼がある時、主君・水野忠善に抜擢された。

 ▼水野忠善は、岡崎藩の英邁な藩主として知られる。 大胆な忠善は、自ら商人に姿を変え、隣国の尾張藩の拠点・難攻不落の名古屋城を偵察することを思い立った。 その随行の二人のなかに小弥太青年を選んだのである。

 ▼指導者には、すべての人を生かそうという心が大事である。表面の姿だけで判断したり、自分の狭い見方で「あの人はだめだ」と決めつけてはいけない。 どう、その人の長所を見つけ、引き立てるか。そこにこそ指導者の力量があり、芸術がある。

 ▼"なぜ自分のような者が、そんな大事な役目を命じられるのか"―小弥太青年はとまどった。 もちろん、断るわけにはいかない。言われた通り、彼も商人に扮して、名古屋城へと忠善のお供をすることになった。 その道中のことである。 小弥太青年は、そわそわと落ち着かず、奇怪な行動を繰り返した。

 ▼時々、ふいと姿を消してしまうのである。けれども、いつも数十分ほどたつと、ふらっと戻ってくる。 名古屋城下に入っても、夜になると抜け出してどこかへ行き、またそっと戻ってきた。 そうこうしているうちに、三人は名古屋城に着いた。しかし偵察をしているところを見つかってしまう。

    ▼"さあ、引き揚げよう!〃けれども、右も左もわからない他国の城の真っただ中である。
     瞬く間に、群がる敵に八方ふさがりへと追い込まれてしまった。 万事休す!その時である。
   あの小弥太青年が「わたくしが御案内を致します」と言うや、一目散に駆け出した。
     小道から小道へ、狭い路地から横町へ、自信に満ちた足取りで、するすると抜けてい
     った。そして一軒の店に入り、三頭の馬を引いて出てきた。「早く、殿、早くこの馬に!」。 
      三人は馬に乗り、無事に逃げおおせることができた。

   ▼その時、藩主・忠善は、はっと気がついた。 小弥太青年が道中、たびたび姿を消して何をやっていたのか。
   その意味を知ったのである。 彼は万一の場合に備えて、逃げ道、抜け道をそっと調べ、馬の手配までしていた。
   自信にあふれた豪勇の人間であれば、前に進み、攻めることしか考えないかもしれない。

   ▼人一倍、慎重な彼だからこそ、そこまで細かく心を砕き準備することができた ので
   ある。 "人間には何と多くの、それぞれの道のあることだろう"―忠善はつくづくと思い
   知った。 そして忠善は小弥太青年を登用し、責任ある立場を与えた。

   ▼弱気な小弥太青年は、また悩み、辞退しようとするが、夫人の聡明な激励に、"自
   分らしくいこう。自分らしくいけばいいんだ"と心を決める。夫人の励ましは大切であ
   る。そして、夫人の温かな笑顔に送られて、彼が楓爽と岡崎城に向かうさわやかな場
   面で、小説は終わる。 (池田大作名誉会長のスピーチより) 

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   不肖:‘珍念’弱気な「小弥太青年」のような、人生を邁進したい!

 

 

 

28歳市長誕生から1ヵ月 子どもと市の未来展望

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 「28歳、全国最年少市長」として注目を集める藤井浩人美濃加茂市長が誕生し、1カ月が過ぎた。20年、30年後のまちの姿に責任を持つという新市長は「市民の意見を直接聞き、その声を市政に反映させること」を第一に、市の未来を背負う子どもたちに熱い視線を注ぎ、子どもたちも市長の熱意に瞳を輝かせている。

 ▼当選の「バンザイ」から6日後、市内の保育園では、ご当地グルメ「美濃加茂やきそば」を鉄板で焼く市長の姿があった。屋台の前に立ち、Tシャツ、帽子に首にはタオル。「お待たせしました。たくさん食べて」と園児や父母らに振る舞った。

 ▼公務ではなく、JR美濃太田駅前の名物焼きそば復刻会の一員として無料配布のキャラバンに参加。園児たちは市長と握手すると「香水の匂いがした」と大喜び。ママたちからは「直接市民と関わるのは良いこと。近くで力になってもらえれば心強い」という声も聞かれ、市内に新しい風を吹き込んでいる。

 ▼今月1日には市民の声を現場で聞いて、まちづくりに生かす「市長お出かけトーク」をスタートさせた。下米田小学校の教室では、学習塾講師を務めていた経験が存分に生かされ、「熱血市長」に変身。6年生が「ごみがなく、事故や犯罪のないまちに」「地元の公園や観光地を整備して」と提言すると、活発に意見交換。「みんなの声は持ち帰る」「市長は約束する」と児童の声を尊重し、市政に取り入れようとする意気込みが伝わってきた。

 ▼「年が近くて話しやすい」「質問にちゃんと答えてくれ、頼りがいがある」と好印象を与え、子どもたちの輝く瞳に、未来の美濃加茂市の姿を映し出す青年市長。まちづくりの夢に向かって手探りで歩き始めたばかりだが、子どもたちと一緒に成長して、美濃加茂市の新たな魅力を引き出してくれそうだ。 (濃飛抄)

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   コメントは『蛇足』なのだ!

「外見は違うが、実は仲間」

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 思わぬものが、実は仲間同士のことがある。赤く丸いトマトと、濃い紫で細長いナス。ともにナス科の植物だ。ふかすとおいしいサツマイモと、初夏の鉢植えが美しいアサガオも、同じヒルガオ科。これらは、互いによく似た花を観察することで納得できる

▼逆に、由来は異なるが、同じ環境や用途のために似た姿になったものもある。魚の背びれとイルカの背びれ、コウモリの翼と鳥の翼。植物でも、ジャガイモの芋は茎が変化したものだが、サツマイモの芋は根が変化したものだ

▼「外見は違うが、実は仲間」「由来は違っても、目的を同じくするうち仲間になる」――生物が、人間社会に教えてくれることは多い。法華経薬草喩品の「三草二木の譬」も、一見、異なる存在でも、等しく仏性をもった〝仲間〟であることを譬えたものだ

▼アメリカの詩人エマソンは言う。「友人と共にあるとき、私たちは容易に偉大な人間になれる」「生の扉をひろく明け放ってくれるのは友人なのだ」(小泉一郎訳『エマソン選集・3』日本教文社)

▼何となく、肌が合わないと遠ざけていた人でも、語っているうちに共感を見いだし、友情が芽生え、切磋琢磨し合う関係になれることがある。〝発見〟の喜びは対話の醍醐味である。【名字の言】

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  【名字の言】みょうじのげん)とは・・名字とは中国・隋の智顗(ちぎ、538年 - 597年、天台智者大師)が、法華経を修行する人の位を6種類(六即)に分けた中の一つで、名字即(みょうじそく)のこと。仏の言葉(名字)によって、わが身が本来、仏であると覚知する位である。名字の言というタイトルには仏法の視点からさまざまな社会事象の本質を見極めていく意義が込められている。

筆者は昨夜、摩訶不思議な夢をみました。それは、学歴。肩書き。財産。がないのを嘆いていたとき。恐ろしい悪鬼が目の前に、お前は馬鹿だ!「馬鹿につける薬はない」でも、可哀そうだから、この箱をやる。チヤンスは一度だけだ。・・・あ~と、叫ぶひまもなく蝋燭の灯が消えて、あたりは「八幡の藪知らず」・・・そっと箱の中をみて驚きました。

      宝石が一杯入っているのかと思いましたが一枚の封筒が・・その中身は・・?

      〇努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る. (井上靖)

      〇人生は道路のようなものだ。 一番の近道は、たいてい一番悪い道だ。(.フランシス・ベーコン)
      ○人生は一冊の書物に似ている。 馬鹿者たちはそれはパラパラとめくっているが、 賢い人間はそれを念入りに読む。
      なぜなら、彼はただ一度しかそれを読むことが出来ないのを知っているから。(.ジョン・パウル)

.      〇運命が明日なにを決定するかを問うな。 瞬間こそ我々のものである。
       さあ、瞬間を味わおうではないか! .リュッケルト

      
      仏法に「行住坐臥」(ぎょうじゅうざが)の教えがある。不肖:珍念。深く反省し、恥じています!

      あ・・・『空き樽は音が高い』 ゜.+:。(*´v`*)゜.+:。

 

「ヌクタは笑う」 !(^^)!

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 「ある時ばかな魚がいた。おぼれて死んでしまった」。エジプトの笑話ヌクタの簡潔な名作である。ヌクタはまた圧政に耐える庶民が支配者をこき下ろし、笑いのめすひそかな抵抗の道具であった

▲たとえば2年前の1月25日革命直後のヌクタ。退陣したムバラク氏が掲げる紙にはこうある。「求職中。前大統領が職を探しています。様々な規模の橋梁建設と悪くて残酷な刑務所作りに経験あります」(鈴木恵美編著「現代エジプトを知るための60章」明石書店)

▲1月25日革命の拠点となったカイロのタハリール広場は、エジプト史において支配者への民衆の抵抗を象徴する場所だという。当時はこの広場にも政治風刺のヌクタの掲示板が設けられ、人気を呼んだ。そして今、広場には再び政権退陣を求める民衆が集まっている

▲イスラム政治組織を支持基盤とするモルシ大統領の退陣を求めるデモが全国で数百万人規模にのぼり、大統領支持派との衝突も伝えられるエジプトである。その後、混乱を収拾できねば軍が介入するとの姿勢を示す一方、大統領は軍の提案の受け入れ拒否を表明した

▲ムバラク退陣後のヌクタには「戻ってきてください、大統領。我々はふざけていただけ、ドッキリカメラなのです」というのもあった。むろんあくまでジョークだが、またまた軍も登場しての混迷が深まれば、民主化の堂々めぐりに対して辛辣なヌクタも生まれよう

▲どんな独裁も風刺で笑いのめすエジプト庶民のパワーである。そのパワーを民主政治へと繰り入れていくのは全党派の政治指導者の責任だ。民主主義をいつまでも街頭にさまよわせてはいけない。【余録】

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    現代エジプトを知るための60章」 内容説明
   「エジプトは世界の母」―世界のあらゆる文明の起源としてのエジプトを誇りにおもい愛してやまないエジプト人。 基層となる古代文明をおさえつつ、王制廃止後、共和制を敷いた 1952年の「7月革命」から2011年の「1月25日革命」以後の現代まで、政治・宗教・生活文化・社会・経済の各テーマを通してエジプト(人)の本質を描きだす。

   著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 鈴木/恵美
   1971年静岡県生まれ。東京外国語大学外国語学部アラビア語学科卒業、東京大学総合文化研究科博士課程
   単位取得満期退学。博士(学術)。中東調査会研究員を経て、2008年より早稲田大学イスラーム地域研究機構主任研究員。
   専攻・専門、地域研究(中東)、近現代エジプト政治史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

   昨今のエジプトは「累卵のごとし」依然として厳しい状況ですが、独裁も風刺で笑いのめすエジプト庶民のパワーである。
   珍念も、かく生きたい! (*゚ー゚*)

「先哲の箴言」

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  他人との比較より、昨日と今日の自分を、さらに明日の自分を比べよ――肝に銘じたい人生訓である。創価学会の同志もよく、こう激励し合う

▼その上で、友情を重んじた作家の武者小路実篤は「人生論」で述べている。「自分より偉い奴がいる。自分より真剣な奴がいる」と、身近な友を思うことは「実にいい鼓舞をうける」(『現代人生論全集2』雪華社所収)

▼同書ではまた、文学の巨人をわが身に引き寄せることを勧める。「元気に何ものも恐れずに生きる」ためにはホイットマンを。落ち込んだ時には「もっと苦しい谷をさまよった」ドストエフスキーを。「良心のするどさ」に触れたいならトルストイを。「まちがいない道を悠然と歩く」にはゲーテを

▼かつて池田名誉会長は「先哲の箴言」と題する随筆に、「偉大な精神と対話しながら前進することは、なんと楽しいことだろうか」と綴った。自身を高みへと導いてくれる、善知識である友人との交流。充実した生き方を示唆してくれる偉人の智慧。そして、何より私たちには、最高峰の日蓮大聖人の哲学があり、人生の師匠という模範が光っている

▼師の教え通りに、今日も人に会い、人と語り、良書に親しみ、御書をひもとき、自分らしさを磨いていこう。【名字の言】

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 かく言う‘珍念’< 他人との比較より、昨日と今日の自分を、さらに明日の自分を比べよ>の言葉に襟を正している。 これ以上は『釈迦に説法』!

「きょうの言葉」

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 小紙「きょうの言葉」に、相田(あいだ)みつをさんの一文が載(の)っていた。「毎日少しずつ。それがなかなかできねんだなあ」。うなずくしかない

▼少しずつの積(つ)み重(かさ)ねが、やがて大事(だいじ)をなす。「一日一善(いちにちいちぜん)」の教えだが、もっとも、こんな世の中だから一日「一悪(いちあく)」もある。例えば、「中国船また領海(りょうかい)侵入」という尖閣(せんかく)諸島をめぐる出来事。最初は写真入りで大々的に、いまは紙面の片隅に小さく載る。何を狙(ねら)っての「少しずつ」なのか。「なかなかできねえ」積み重ねは、50回にも達したという

▼見上げた根性と褒(ほ)めるどころか、底知れぬ不気味さを覚える。相田さんの言葉は、思いがけぬ的(まと)を射抜(いぬ)く力もある。「金魚のまねすることねんだよな」と述べたドジョウ好きの偉(えら)い人がいたが、ほどなくドジョウよろしく泥(どろ)にまみれて退場した

▼居酒屋(いざかや)で出くわし、思わず書き写した一文がある。「人の為(ため)と書いて、いつわりと読むんだねえ」。そんな目で「偽」の字を眺めたことはなかった

▼漢字の本家である隣国にも、ぜひ紹介したい。「人民の為」と耳にタコができてしまった賢明(けんめい)な隣人は、即座(そくざ)にうなずかれるに違いない。  【時鐘】

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    旨い。 あっぱれ! このコラム含蓄がある。 座布団10枚差し上げます。

       隣国は変な(ちょっかい)をやめて『法と秩序』を厳守されたほうが宜しかろう。

【珍念】の心は・・(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

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 エリツィン大統領の補佐官が汗をかきかき飛び込んで来た。約束の時間を過ぎている。開口一番。「申し訳ない。ジャガ芋の採り入れがまだだと女房に尻をたたかれて。出るに出られなくなっちまったんだ」

▼エッセイスト、故米原万里さんの「ロシアは今日も荒れ模様」にあるクレムリンでの逸話だ。都会に住むロシア人は老いも若きも週末、ダーチャという家庭菜園付きのセカンドハウスで過ごす。主食のジャガ芋は6割以上が家庭菜園からとのデータもある

▼日本も家庭菜園がブームだ。この週末は畑作業で忙しい方も多いだろう。エッセイストの伊藤礼さんが先日、「耕せど耕せど」を上梓した。〈日本初の家庭菜園ブンガク〉という触れ込み。「農場」(4メートル×3メートル)3区画での野菜づくり体験をもとに書いた

▼日本の食料自給率は39%。TPPで低下する恐れがある。産業としての農業強化策は大切だが、家庭菜園の力に目を向けたい。ドイツやイギリスは食料自給率の1割余をクラインガルテン(滞在型市民農園)の作物が占めるという

▼本紙にも家庭菜園の話題が登場する。上田市の男性は1年間、食べた野菜の種類を記録した結果、86%を自給できたという。岡谷市の男性は建設標に、間もなくトマトをたらふく食べられる―と書き、収穫期を「誇らしい季節」と記した。自然の恵みを受ける喜びと矜持(きょうじ)がうらやましい。<斜面>

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「ロシアは今日も荒れ模様」 内容紹介

 講談社エッセイ賞受賞作家がロシアを論じる通訳という仕事柄、彼の地を100回以上訪れた著者は、知れば知るほど謎が深まるロシアを書かずにはいられなかった! 幅の広さと奥深さに感動の爆笑エッセイ。

内容(「BOOK」データベースより)

 「ロシアとロシア人は退屈しない」そう断言する著者は、同時通訳という仕事柄、彼の地を数限りなく訪れている。そして、知れば知るほど謎が深まるこの国は、書かずにはいられないほどの魅力に満ちあふれている。激動に揺れながら過激さとズボラさ、天使と悪魔が共に棲む国を鋭い筆致で暴き出す爆笑エッセイ。

◆かく言う【珍念】自然豊かな環境と、素晴らしい友人に感謝しています。でも、悪しき煩悩に日々、心が揺れています。

『山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し』(王陽明)の故事が・・(´;ω;`)ウウ・・・

「スフィンクスの謎」

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 子どもの頃のなぞなぞ遊びで「朝は4本足、昼2本足、夕方3本足。この生き物は、なーんだ」という問題があった。
 ▼答えは人間。赤ん坊の頃は両手両足を使ってはい回り、やがて2本足で元気に活動。老境に入ると、つえが必要になるので3本足というわけである。これは「スフィンクスの謎」と呼ばれる世界的に有名ななぞなぞだという。
 ▼この話のポイントは、なぞなぞとしての面白さだけでなく、世の中には弱い立場の人がいることを教えていること。はい回ることしかできない幼児もいれば、つえの助けを借りなければ歩けない人もいる。そんな人々にいたわりの気持ちを持ちましょう、と子どもたちに諭している点にある。
 ▼ところで、政治家をはじめ社会のリーダーの多くは、2本足で立っている元気のよい人たちだ。勝ち組、負け組という言葉でいえば、大半が勝ち組である。選挙という制度が当落を争う以上、当選した人が勝ち組の思考で物事を進めていくのは、当然だろう。
 ▼だが世の中、日の当たる人ばかりではない。成長に周囲の愛情が不可欠な赤ん坊もいるし、車いすが必要な人や寝たきりの人もいる。同じ2本足の世代であっても、職のない人がいるし、身分保障のない不定期雇用の人も少なくない。働いてもボーナスとは縁遠い人もいる。
 ▼そういう人たちの声を誰が代弁するのか。勝ち組の勇ましい声が幅を利かす参院選を前に、じっくりと考えてみたい。
 【水鉄砲】
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Ou


 このコラム『的を射る』素晴らしい!
 それにしても、一度。民主党に政権を委ねた人は、臍を噛んだでしょう。
 これ以上は【言わぬが花】なのだ。

「バタヤンの声には涙がある」

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 童謡の「赤とんぼ」の姐(ねえ)やは15歳で嫁に行ったが、この人の姉は家族を養うために、芸者になった。出発の日、駅に見送りに行く道すがら、弟は姉とともに赤とんぼを口ずさんだ

◆今年4月、94歳で亡くなった歌手の田端義夫さんが自叙伝に書く。後に「赤とんぼ」を吹き込んだ田端さんは、父を3歳で亡くし、母やきょうだいと、どん底の暮らしを味わった。おかずは毎日、紅しょうが。栄養失調になり、片目の視力を失った

◆「歌謡曲は人生を歌う3分間の芸術だ」との言葉が残る。詞に表れる歌の主人公に、歌い手の生きざまが重なる。そこに聴き手の思いや歩みが加わる。作り手と歌い手と聴き手。それぞれの心情が響き合い、歌は生きるのだろう

◆自身が「忘れられない光景」と回想するのは、戦後間もない大阪駅の光景だ。戦地から引き揚げてきた復員兵が次々降り立つホームで、田端さんの「かえり船」がスピーカーから流れた。「波の背の背にゆられてゆれて」。人々は足を止め、じっと歌に聴き入った。むせび泣く人がいた

◆神戸で田端さんの記録映画「オース!バタヤン」が公開中だ。収められた歌謡ショーの場面でも、観客が歌声に心を揺さぶられている。何かが胸にこみ上げている。それが、スクリーンから伝わってくる

◆古賀政男さんは「バタヤンの声には涙がある」と言った。作り手と聴き手をつなぐ本物の歌い手が、確かにいた。【正平調】

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Kuri 


 かく言う【珍念】・・「波の背の背にゆられてゆれて」の歌声を子供のころ聞いて感動したのが昨日のように感じられる。 悪しき煩悩に靡く、自分を恥じています 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

天使がいっぱいの島

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  オランゴ環礁の全景
  右側の緑に乗った手前から
   二つ目の島がカオハカン

 

 

 なぜか、その女の子の写真にひきつけられた。先日の毎日新聞夕刊(東京本社)に載った写真家、熊切圭介さんの作品だ。紺色のスカートに白い半そでブラウスの制服。小学1年生? はにかみ気味にカメラを見つめていた。

▼説明を読んでまた心が動く。ヤシの木に囲まれたその通学路の愛称が「天使の小径  (こみち)」って。

▼ここはフィリピンにあるカオハガン島。500人ほどの島民の約半分が子どもだ。一家に5〜6人もいるのに「天使」。いや、子どもは天使、とみんなで育てるから、きっとたくさんなのだろう。

▼一方、こちらの愛称は「孫への想(おも)い」。教育資金として孫などにまとめてお金をあげると1500万円まで非課税になる、あの制度を使った商品に信託銀行が付けた名前だ。4月の開始から2カ月半で4大信託には1000億円以上集まった。

▼日本に個人金融資産が1500兆円って、本当だったんだ、という気になる。それが動き出すというのはとてもいいことだ。で、ふと思う。そのほんの一部でも、よその家の子たちの教育用に寄付するのがブームになる仕組みってできない?

▼子どもの貧困と聞けば途上国を思い浮かべがちだけど、日本でも身近な問題だ。父親と死別した母子家庭で、給食費や学用品を自治体に助けてもらっている子どもは年々増え155万人もいる。

▼天使たちが暮らすフィリピンのカオハガン島は何と日本人夫婦がオーナーだった。22年前に島を買い、医療、教育などで島民を側面から支えているそうだ。島の購入に使ったお金は1000万円。

▼うちの孫もよその孫もなく、みんなで天使たちの成長を支え、喜ぶ文化。日本でも、決しておとぎ話じゃないはず。
 「(発信箱)=福本容子(論説委員)」

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   コメントは『蛇足』なのだ!

「炎上 批判の増幅」

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 先月上旬にブログが「炎上」した岩手県議が急死した。自殺らしい。彼は県立病院で受診した際に番号で呼ばれたことに腹を立て、自身のブログで病院の対応を非難した。「刑務所に来たんじゃない」「会計をすっぽかして帰った」。こんな記述に批判が殺到した。

 ▼議員は続く日記で謝罪した上で、自身のブログを閉鎖した。17日には謝罪の記者会見を開いたが、一連の様子がテレビのワイドショーで放送されて火に油を注いだ。

 ▼「犯罪者」「議員辞職しろ」「死ね」。ネット上に乱暴な言葉があふれた。その多くは、深い考えもなく書かれたものだろう。ネットの騒動をマスコミが取り上げ、マスコミで知った人がさらにネットで批判する連鎖反応。騒動は増幅され、県議会と県には、抗議の電話やメールが700件以上寄せられたという。

 ▼議員が亡くなった後もネットには「死んで当然」「メンタルが弱すぎる」といった書き込みが続く。「炎上だけで死ぬわけがない」「マスコミの責任だ」という犯人捜しの言葉も飛び交う。

 ▼公人としてふさわしくない発言が発端とはいえ、見知らぬ相手に「死ね」という言葉を浴びせるネットユーザー、思慮のない扱いで騒ぎを大きくするメディア。ともに罪は大きい。

 ▼いまは、ネット空間と現実社会のつながりが一段と強まり、増幅の仕組みも出来上がっている。個人の「つぶやき」が凶器に変わることに、もっと敏感でありたい。【水鉄砲】

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   観客が当事者に変身


   最近の日本は貧しくなり社会が閉塞しているせいか、「嫉妬」の感情がネットに渦巻いています。すべての炎上事件にあてはまるモノではありませんが、炎上事件を見物していた観客が、「嫉妬」の要素に襲われ、「当事者化」していきます。

 最近の炎上事件にあてはめると、「生活保護を貰ってズルイ」「ネットで簡単にお金を集めてズルイ」といった感情を観客は持ち始めます。こうしてオーディエンスは「第三者」から「関係者(←気持ちだけ)」へと変貌していきます。

   そして彼らは黙ってウォッチするのではなく、火元を激しく非難・吊るしあげをしていきます。そうこれはまるで宗教裁判・・?
    幼稚なブログを綴る【珍念】 誤解を与えないように気を付けたい。 減らず口も・・・ m9(^Д^)プギャー

「恐るべし先人の知恵」

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 3カ月ほど前に刊行された『地名は警告する』(冨山房インターナショナル)という本がある。民俗学者の谷川健一さんを中心に各地の研究者が執筆し、地名に隠された地震や津波、洪水などの痕跡を検証している。

 ▼紀州からは三石学、向井弘晏、田中弘倫、桑原康宏の各氏が執筆陣に加わり、現地調査を基に「石碑の警告」「熊野川流域の災害と地名」「那智川の土石流災害と地名」「紀伊半島を襲った明治と平成の大水害」について、それぞれの論考を発表している。

 ▼内容が興味深い。新宮市熊野川町の日足(ひたり)は、水が浸る場所。九重(くじゅう)は、崩れやすい場所でクエる=崩壊する=からきた名前。田辺市本宮町の萩(はぎ)は河川の湾曲部で、水流が当たって土地の表面が、はげるからきた地名という。

 ▼ほかにも、宝をホウやホと発音する地名は崩壊のホウである可能性が高い。赤井谷などの赤は水気の多い湿地を意味し、一昨年の災害でも土石流の被害を受けている。板木の板には風化した崩れやすい地の意味があるという。

 ▼谷川さんは「それらの地名は、ここは危険な地域だから、ふだんから警戒を怠らないようにと予告している。それは地震や洪水や津波に対する警告にとどまらない。人間が大自然の中の存在であることを忘れないようにとの警告でもある」と強調する。

 ▼「啓蒙(けいもう)」という言葉があるが、まさに蒙を啓(ひら)かれた気がする。【水鉄砲】


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     『前者の覆るは後者の戒め』
の諺 故あるかなぁ!

     先人の教え 「此処(ここ)より下に家を建てるな」――。

 東日本巨大地震で沿岸部が津波にのみこまれた岩手県宮古市にあって、 重茂半島東端の姉吉地区(12世帯約40人)では全ての家屋が被害を免れた。 1933年の昭和三陸大津波の後、海抜約60メートルの場所に建てられた石碑の警告を守り、 坂の上で暮らしてきた住民たちは、改めて先人の教えに感謝していた。

 ◆「高き住居は児孫(じそん)の和楽(わらく) 想(おも)へ惨禍の大津浪(おおつなみ)」 本州最東端の魹ヶ埼(とどがさき)灯台から南西約2キロ、姉吉漁港から延びる急坂に立つ石碑に刻まれた言葉だ。 結びで「此処より――」と戒めている。

   ◆地区は1896年の明治、1933年の昭和と2度の三陸大津波に襲われ、 生存者
   がそれぞれ2人と4人という壊滅的な被害を受けた。 昭和大津波の直後、住民らが
   石碑を建立。

   ◆その後は全ての住民が石碑より高い場所で暮らすようになった。 地震の起きた11
   日、港にいた住民たちは大津波警報が発令されると、高台にある家を目指して、 曲
   がりくねった約800メートルの坂道を駆け上がった。

  ◆巨大な波が濁流となり、漁船もろとも押し寄せてきたが、その勢いは石碑の約50メ
   ートル手前で止まった。 地区自治会長の木村民茂さん(65)「幼いころから『石碑の
   教えを破るな』と言い聞かされてきた。 先人の教訓のおかげで集落は生き残った」と
   話す。

    これ以上のコメントは『釈迦に説法』  ( ^ω^)おっおっおっ

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