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2013年6月

ある葬儀

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  そぼ降る雨の中、小さな漁師町に近い海辺の斎場で、友人のお母さんの葬儀が営まれた。夫を海難事故で亡くし、長女と長男も先に見送る悲運に泣きながらも、働いて働いて86年の人生を全うされたそうだ。

 喪主は次男である友人。最後に遺族を代表して「懸命に生きた母の姿を傍らで見てきた。残された家族も懸命に生きていきたい」とあいさつした。胸に響く手向けの言葉だった。

 担当している生活面にも、介護や子育て、教育、医療といった暮らしの現場で「懸命に生きている人」が登場する。とかく著名人の生き方に注目が集まりがちだが、身近な人の生きざまに学ぶところは多い。

 かつて、友人の実家に泊めてもらったことがある。お母さんは生命保険の外交員という仕事柄、新聞をよく読まれ、話題が豊富だったことを思い出す。その姿を心に刻み、懸命に新聞を作っていきたい。【デスク日記】

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  『名もない 人たちの中で 心を 打たれたと いわれる 人生を 私は 生き たい』 
(池田大作)

     不肖:(珍念)も そう生きたい!

窮余の一策

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 宇和島徳洲会病院(愛媛県)副院長の万波誠医師が今春、千例目の生体腎移植を行ったという。前任地で1977年から始めたとされるから、単純計算で年30件弱の移植を重ねたことになる。

 ▼都会ではなく地方での実績。医師の技術に患者が集中したのだろうか。いずれにしても驚異的な数字。

 ▼万波医師らは2006年、修復腎移植を行っていたことが表面化し、日本移植学会などから批判を浴びた。がんなどのため摘出した腎臓を修復し、別の患者(レシピエント)に植える手法。

 ▼この移植に至った経緯について万波医師は当時、「脳死などでの提供者(ドナー)はいない。苦しむ患者を助けるための窮余の一策」と胸中を明かした。支援する患者団体と学会などが喧々囂々(けんけんごうごう)の騒ぎを繰り広げたが、今は臨床研究が進む。

 ▼人工透析をしながら死体腎を待つ患者の待機年数は平均約15年で、望みがかなわず亡くなる移植希望者は多いという。長時間かかる人工透析は生活に支障がでるうえ、合併症にも不安が残る。

 ▼親族らから腎臓をもらう生体腎移植も、手術の際の大量出血で初の提供者死亡が沖縄で明らかになった。苦しむ肉親を助けたい一心で、健康な体にメスを入れた結果だけに問題は由々しい。

 ▼万波医師と親しい県内の医師に、修復腎移植について聞いたことがある。「あなただったらどうしますか」。提供者死亡の報に接した際、こちらを真っすぐに見詰め問い返してきたのを思い出した。悩ましい選択だ。【一日一言】
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自己責任 (アンサイクロベディア)

◆この記事の内容には批判・批評記事を勝手に改ざんした内容が含まれているわけではありませんが投稿に参加した時点であなた自身にユーモアが波及する可能性もあります。この記事を編集・執筆する方は自らのユーモアセンスを自覚した上で自己責任で利用してください。詳しくは無視された方針を参照。この記事の執筆は全て自己責任で行うことを推奨します。

1.自らで全ての責任を負うならば、つまみ食いから殺人まで何をしても許される便利な 呪文のようなもの。この呪文を応用すれば「自己責任で夏休みの宿題をやらないことの何が悪い」「責任は取るのに、なぜ人を殺してはいけないのですか?」「これは自己責任でやっていることだから君は邪魔するな」といった必殺技を編み出すこともできる。自業自得とも言う。
2.あらゆる問題を、弱者を含むその人自身の責任とすることで、弾圧や搾取を効率よく行うために考えられた魔法理論である。この理論を応用すれば、あなたが通り魔によ る被害を受けたとしても「外出は自己責任で行われるべきであり、たとえ殺されたとして もそれは仕方がない」「道路を歩く奴が悪い」「わが国では路上での通り魔による被害は保障の対象外だ」ということになる。

 
   ●高齢になれば働けなくなるのは当然であり、自己責任において老後の備えをすべきである。
   ●一家の働き手(夫や父親が多い)が唐突に事故死して収入を失っても、そうした事態に対し十分な備えをしてこなかった家族
   が悪いのであり、自己責任で処理すべき問題である。
   ●以前、福知山線脱線事故で沿線のアパートが被害を受けたが、これは鉄道敷、し
   かもカーブの外という、事故に巻き込まれる可能性の高い土地に住居を選んだ住民
   たちの自己責任の問題であり、賠償を求めることはできない。
   ●ビタミンKではなくホメオパシーのレメディを投与された結果、乳児が死亡しても、そ
   のような助産師を選んだ母親の自己責任であり、助産師には責任はない。

    かく言う【珍念】・・・今日も灰色の脳細胞が冴えません。大学に行かなかった。
    自己責任かなぁ! モジモジ(。_。*)))
  
 

「人と出会える一日は百日分の価値がある」

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  アフリカ・ソマリアの難民キャンプで食糧の配給を待つ、やせこけた少年がいた。写真家の長倉洋海氏は劇的な写真になると思い、レンズを向けた

 ▼少年は浮き出たあばら骨を両腕で隠し、人波に隠れた。やせた自分の姿を恥じた少年は〝被写体〟ではない。自分と同じ人間なんだ、と長倉氏は気付いた

 ▼別の機会に、いかにも〝難民の少女〟らしい、やせ細った少女を撮ろうとした。ところがその時、少女はにっこりほほ笑んだ。長倉氏は「『難民らしい』写真を撮ろうとしていた私の意図は、その少女のほほえみにうちくだかれた。私は自分がたまらなくはずかしくなった」と(土方正志著『ユージン・スミス 楽園へのあゆみ』偕成社)

 ▼取材の場面ならずとも、誰にも似たような経験があろう。「現場」に行き、人に接するということは、ある意味で、知識をもとにつくった視点、見立てを軌道修正していく作業ともいえる。足を運び、会わなければ気付かないことは、たくさんある

 ▼「人と出会える一日は百日分の価値がある」。そんな言葉が、アフリカにはある。手紙やメールでつながるのもいいが、「会う」ことで得る「発見」「気付き」を大事にしたい。自身の殻を破り、成長するための糧となるからだ。 【名時の言】

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 『袖すり会うも他生の縁』の諺が身に沁みる。(論語読みの論語知らず)の珍念・・・・穴があったら入りたい!

『ユージン・スミス 楽園へのあゆみ』 内容紹介(「BOOK」データベースより)

「ぼくの一生の仕事は、あるがままの生をとらえることだ―」人間のかがやきを撮りつづけたフォト・ジャーナリスト、ユージン・スミス。未来へと歩きだそうとしている子どもたちを撮った「楽園へのあゆみ」や水俣病とたたかう人びとを撮り、世界じゅうに衝撃をあたえた「水俣」など、多くの作品を残しました。日本を、水俣を愛した彼の生涯を追います。第41回産経児童出版文化賞受賞の『ユージン・スミス―楽園へのあゆみ』(佑学社刊)に、加筆した新装版。小学中級から。

注目集める多治見の発酵器メーカー

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  陶磁器やタイルが地場産業の多治見市にあって、アイデアを生かした独自製品で元気なオンリーワンの企業がある。

 ◆塩麹(こうじ)やヨーグルト、納豆、甘酒などの発酵食品が自宅で手軽に作れる「発酵器」を製造販売しているタニカ電器(谷口幸子社長)だ。最近の塩麹などの発酵食ブームに乗り、売り上げを伸ばしている。

 ◆同社の発酵器の歴史は古い。1971年に日本初の家庭用ヨーグルトメーカーを開発、販売を始めている。ただ当時はヨーグルトを食べる習慣がまだ定着しておらず、ましてや自宅で作るという考え方もなく「1年に6~8個が売れただけ」と谷口社長は振り返る。

 ◆ほとんど“死に体”だったというヨーグルトメーカーだが、10年ほど前に発酵温度が25度と低く家庭でもできるカスピ海ヨーグルトが日本にもたらされ、ブームとなった。同社では、カスピ海ヨーグルト用の発酵器を製品化、その時はネットの予約だけで千個を超えたという。

 ◆その後、25~65度までの温度調整機能などの改良を加え、さまざまな発酵食品ができる発酵器を製品化。3年前に大分県の麹店が火付け役となった塩麹ブームがさらなる追い風となった。

 ◆同社は、創業者の谷口文雄さんが「沸騰させずに中途半端な温度を保つ機器」を考案。1961年に家庭用電気酒燗(かん)器を開発し、「カンペット」の名前でヒット商品となった。酒燗器は時代の流れとともに需要は消えつつあるが、同じ発想から生まれた発酵器は、時代が追いついた形だ。

 ◆谷口社長は「40年前に作った製品がブームの中で脚光を浴びている。自社で企画、設計して、その都度改良を施すなど創意工夫するものづくりをしてきたからこそ」と語る。
「小粒であっても存在意義のある企業でありたい」という同社の今後に期待したい。(濃飛抄)

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    感動しました。 これ以上は『蛇足』なのだ!

「 杜子春(とししゅん)」

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  仙人になるため、師の厳命に従って若者は地獄の責め苦に一言も声を発しなかった。が、痩せ馬に変えられた亡き両親の姿に肝をつぶし、息子を思いやってむち打ちに耐える馬の首を抱いて叫ぶ。「おかあさん!」

▼中国説話をもとに芥川龍之介が書いた「杜子春(とししゅん)」。初めて読んだとき、子ども心に、親を動物にしてしまう地獄の沙汰に衝撃を受け、怖い夢にうなされた

▼宮崎駿(はやお)監督のアニメ映画「千(せん)と千尋(ちひろ)の神隠し」(2001年公開)では、異界に迷い込んだ少女千尋の両親は、娘の目の前で豚になってしまう。幼い千尋のショックは推して知るべし。異類と化すことへの恐怖と忌避感は、時代や文化を超え、人の心に深く刻まれているのではないか

▼先ごろ、政府の専門調査会は、豚などの体内で人間の臓器を作るための研究を認める方針を示した。iPS細胞(人工多能性幹細胞)の技術を使えば、親豚に人間の膵臓(すいぞう)などを持つ子豚を産ませることも可能になるらしい

▼病気の解明や新薬開発、臓器移植などに役立つという。なるほど結構なことと思う一方で、胸と腹の底でうごめく違和感を拭えない

頃から豚肉は感謝を込めておいしくいただいている。動植物の命は、私たちの血となり肉となる。だからといって、できるからといって、この世に“ヒト豚”を生み出すことへの重い問いは残る。怖い夢は見たくな <卓上四季>

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iPS細胞(人工多能性幹細胞)の技術 は人類にとって良いことなのかなぁ? 怖気がする。 筆者は10数年前、悪性リンパ腫を患い最後の手段で(骨髄移植)を受けるようになりましたが、それに耐えられる体力はなく、サジを投げられました。

でも・・驚異の生命力で病を克服し経過観察で時々某大学病院にいっています。病院大好きですので(あ・・語弊があるかなぁ)体の病は、全部治りますので嬉しいです。骨髄移植を受けて【キメラ】を見たかったですが・・・・ (*^^)v

【キメラ】というのは ギリシャ神話 に出てくる怪獣の名前です。頭がライオンで胴体羊、そして蛇の尾を持つとされる。実は、この言葉は医学の世界でも使われています。

   悪しき煩悩に靡く心を治すのは病院では無理です。治す方法は知っていますが『言わぬが花』です。゜.+:。(*´v`*)゜.+:。

「侍」の無念と復権

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 遠藤周作さんの長編小説『侍』(新潮文庫)は東北の某藩の下級武士である<侍>が主人公。藩主の命によって、野心的な宣教師の案内で欧州に渡り、帰国するまでを描いている

◆同じ作者の『沈黙』同様、人生と信仰の意味を問う作品は一方で、太平洋、大西洋を越え、異国の国王らに謁見(えっけん)した最初の日本人の外交の物語とも読める。題材は伊達政宗がスペイン領だったメキシコとの交易を求め、派遣した慶長遣欧使節の支倉常長(はせくらつねなが)の生涯だ。遠藤さんはできるだけ史実に沿ったという

◆使節団が石巻(宮城県)を出港したのは1613年。常長らは苦難の末、スペイン王やローマ教皇との面会を果たす。今年は日本とスペインの交流が始まって400年。記念の年に「慶長遣欧使節関係資料」がユネスコの世界記憶遺産に登録された

◆実在の日本人を描いた最古の油絵とされる常長の肖像画、ローマ市民権証書など持ち帰った国内所蔵の3件が、スペインにある関連資料とともに認定された。「欧州の人々が別の文化圏の存在を理解するのに使節団が果たした役割の重要性を示す」という評価である

◆<侍>は7年後、帰国する。しかし大任を終えて帰ってきた故国は幕府による鎖国、切支丹(キリシタン)禁制。政治に翻弄(ほんろう)され、悲劇的な結末となる。遺産登録は、失意のうちに世を去った常長の供養となったろう。【有明抄】

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402     いょう! 天晴れ。 o(*^▽^*)o

   ・・・・・・ふと『塞翁が馬』の故事が脳裏に浮かんできました。
   それにしても、恐るべし、400年後に見事な大輪の花を咲かせました。
   小心者の筆者は、ちょっと、何かあると、落ち込み小さくなつている。
   支倉常長さんの行動は「武士道精神」の真髄なのだ。

              今日も(珍念)ネズミのように うろちょろ しています。

「浮世又兵衛」

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 岩佐又(また)兵(べ)衛(え)。といっても多くの人にはなじみの薄い名前だろうか。江戸初期の天才絵師として、もっと注目を浴びていい兵庫ゆかりの人物である。「浮世又兵衛」と呼ばれ、浮世絵の祖とも考えられている

◆その生い立ちは過酷だ。父は伊丹・有岡城主の荒木村重。1578年、主君織田信長に反旗を翻したが失敗し、村重は逃げ延びるも、一族は無残に処刑された

◆又兵衛は当時数えで2歳。乳母に城から救い出され、難を逃れたという。「残し置くそのみどり子の心こそ思ひやられて悲しかりけり」。彼の母は死を前に、その無念をそんな歌に託した

◆有力大名の子ながら、家門滅亡の憂き目に遭った又兵衛は絵師として京都、福井で活躍する。晩年は江戸へ拠点を移した。MOA美術館(静岡県)所蔵の代表作「山(やま)中(なか)常盤(ときわ)物語絵巻」(重文)は、源義経の母常盤御前が殺される場面など残虐表現の数々が目を奪う。そこには、母を惨殺された絵師の心の傷も映り込んでいるといわれる

◆神戸・御影の香雪美術館では又兵衛作「堀江物語絵巻」が、7月7日まで公開されている。武者らの見事な群像表現などを堪能できる名品である

◆辻惟雄東大名誉教授らによる研究の集大成「岩佐又兵衛全集」も今春刊行された。戦前の贋(がん)作(さく)騒動や学界論争の影響で、十分な光が当たっていなかった異才の再評価が近年進む。本格的な回顧展をいつか兵庫でも見てみたい。【正平調】

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 芸術は、文化の華。その美しさは、何の注釈もなしに人々の心を開き、近づけあう。
芸術は、人間の光。生命の輝きこそが、創造の源泉となる。芸術は、時代の鑑。偉大な芸術が興るところ、文明の興隆がもたらされる。(池田大作)

かく言う“珍念”(お金と美人)には興味ありますが、芸術は疎いです。深く反省し、恥じています。

岩佐又兵衛さんの爪の垢を飲んでみたい!

「飛鳥川の淵瀬(ふちせ)」

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  「飛鳥川の淵瀬(ふちせ)」とは世の中が変転きわまりなく、無常であることのたとえという。淵は水がよどむ場所、瀬は流れが急なところを指す。由来は古今集のよみ人知らずの歌である。<世の中は何か常なる飛鳥川きのうの淵ぞ今日は瀬になる>

▲世の無常のたとえが、やがて男女の仲の心変わりに用いられるのは当時の流れであろう。<飛鳥川淵瀬にかわる心とはみなかみしもの人もいうめり/伊勢の御(ご)>は、男のあなたの変わりやすい心はみな知っているという意味である(池田弥三郎著「日本故事物語」)

▲「世の中は何か常なる」は今も変わらない。むしろ有権者の民意により、よどんだ淵を流れる瀬に入れ替えて政治を動かす現代の選挙である。だが今ごろは世の心変わりに、その無常を嘆いている面々もいるかもしれない

▲参院選の前哨戦として他の道府県民の耳目をも集めた東京都議選で、自民、公明両党が全候補当選の完勝を果たした。哀れをとどめたのは第1党だった民主党である。共産党を下回る第4党へと転落し、「2大政党」の一翼という地位を失う惨たんたる結果となった

▲もちろん有権者の心変わりを嘆くとしたら筋違いである。衆院選大敗この方、かつての支持者の愛想づかしを招いた自らの失態をどれだけ真剣に分析し、自己改革に取り組んできたのか。こと東京の有権者はその点については厳しい評価を下したとみるべきであろう

▲世人の心変わりを待つにはあまりに差し迫った参院選だ。このままでは時の流れから離れたよどみとなって消滅しかねない民主党である。急いでその危機感を人々の心に届く言葉にせねばならない。【余禄】

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Pa7    このコラム 『的を射る』 素晴らしい
   負けた民主党は(敗軍の将、兵を語らず)が宜しかろう!
   かく言う 珍念・・<他山の石>の諺が身に染みる。
   これ以上は(武士の情け)で減らず口を閉じまする。 (o^-^o)

「メガネは、涙をながせません」(金鳳堂)

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  「メガネは、涙をながせません」(金鳳堂)、「たばこを持つ手は、子供の顔の高さだった。」(日本たばこ産業)、「死ぬのが恐いから飼わないなんて、言わないで欲しい。」(日本ペットフード)―。広告コピーは、商品・サービス・企業をわかりやすく気持ちよく表現する、現代の高感度文章。ロングセラー『名作コピー読本』の著者が、読み手を惹きつけ、思いが伝わる文章の書き方を指南する文章は短く簡明に。新聞原稿の鉄則の一つである。

そのうえ味わい深いとなれば申し分ないが、これがなかなか難しい。そんな理想をかなえた名文家に長岡ゆかりの詩人堀口大学がいる。若いころから俳句や短歌に親しんだ大学は、短詩の達人でもあった

▼〈花はいろ/人はこころ〉〈ふじ山/高く/つつましく〉。吟味し尽くした端正な日本語で、鮮やかに核心を突く。字面のみならず声に出して読んで、なおのこと味わいがある。まさに理想といえるその手法をわずか2行の詩にしていわく〈言葉は浅く/意は(こころ )深く〉(わが詩法)。これぞ極意だろう

▼詩に似て、より身近なものに広告コピーがある。売らんかなの安直なのはいただけないが、時代や世相を切り取った一行に、わが目をはっと見開かされることがある

▼コピーは「いかに書くかより、いかに読まれるか」。「面白いこと」は「読んでくれる人へのマナー」であり「ヘタなコピーは失礼」。コピーライター鈴木康行さんが著書「名作コピー読本」で述べている。「コピー」を「コラム」と読みかえ、肝に銘じたい

▼参院選の投開票までひと月を切った。月内には与野党の公約が出そろう。いつまでに何を成し遂げ、どんな国づくりを目指すのか。有権者にとって大切な判断材料となる。各党には政策を丁寧に説明してもらいたい。絵空事や隠し事はマナー違反だ

▼有権者に伝わるよう意を尽くしているか。不都合に口をつぐんでいないか。まずはそのあたりを物差しに、じっくり各党の訴えを読み比べたい。【日報抄】

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   今日も【珍念】の筆致は冴えません! 

    あ・・ピザが焦げている o(*^▽^*)o

「投書欄に見る良質な読者」

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  高市早苗氏       口は災いの元    

 先週の本紙声欄には、普段以上に読み応えのある投書が寄せられていた。

 ▼田辺市の杉中浩一郎さんは沖縄戦の終結直前、沖縄で戦死した田辺中学校同級生への思いをつづる。温厚な性格で慕われていた22歳の級友が、上半身包帯だらけ、負傷者の身で敵陣に切り込む姿をしのぶ文章は短いが、戦争の悲惨さ、理不尽さを語って余りある。

 ▼「苦しいと言える社会を」という白浜町の山根康民さんの投書にも心を揺さぶられた。自らの体験を基に「苦しい人が苦しいと言える社会になってほしい」と訴えているが、まさにその通りである。

 ▼苦しんでいる人、泣いている人を見捨てて恥じない国家のどこに未来があるか。原発事故で生活基盤を奪われ、数多くの死者が出ているのに「原発事故によって死亡者が出ている状況ではない」と主張し、原発の推進に走る自民党政調会長、高市早苗氏の感覚とは180度違っている。

 ▼散歩の途上で出合う草花や野鳥のさえずりに心を振るわせる那智勝浦町の角実さん。「海の資源はみんなのもの」というすさみ町の出水勝巳さん。紀伊論壇で「環境を守るのは未来への責任」と主張する石垣多鶴子さん。それぞれが身の回りの自然に、感謝と畏敬の気持ちを表明している。

 ▼この人たちの感性のよさに驚き、あらためてこんな読者に支えられている新聞の幸せを感じる。そして、これまで以上に真剣に紙面を作り、コラムを書こうと決意するのである【水鉄砲】

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Samurai 


    悪を切る!  惰性のブログを切る。

かく言う【珍念】・・ これまで以上に読者の皆さまへ ちょいと、山葵(わさび)が効いた、コラムを綴りたい。 

あんパンとおじいさん

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 スーパーのレジ前の通路を、小柄なおじいさんが手にあんパンを1個ずつ持って行ったり来たりしている。さてどこに並ぼうか、とレジの列をうかがっている気配だ。

 ▼夕方で、どのレジにも長い列ができている。と、その時、やはり並ぶレジを探していた1人の主婦が、おじいさんに声をかけ、こちらへと手招きした。おじいさんは「はい、はい」と返事して、にこにこしながらその主婦と共に比較的短い列のレジに並んだ。

 ▼この光景にこれ以上格別のドラマがあったわけではない。主婦の心遣いも日常的に身についたものであろうし、おじいさんのひょうひょうとした振る舞いも、ごく自然な感じであった。

 ▼それでいておじいさんの存在が目立っていたのは、明らかに両の手のあんパンによるものだ。それがカレーパンであったり、ハムサンドであったりすると、(それは考えにくいことだが)印象も違って感じられたことだろう。あんパンは、そのおじいさんの何とも言えない存在感と、自分のペースで無理なく暮らしているであろう日々の姿をも印象づけずにはおかなかったのだ。

 ▼人間は世に望むものを入手しようと力を尽くす。しかし老年期に入ると、得たものを肩の荷を下ろすように次々と手放していく。そして自らが在るだけになるというのがぼくの理解だ。

 ▼霊長類研究の第一人者、山極寿一京都大教授が先日の本紙「時代の風」に「老年期の意味」と題して書いていた。氏は右肩上がりの経済成長がときとして人類を追い詰めることに触れつつ、こう結んでいる。

 ▼「老人たちはただ存在することで、人間を目的的な強い束縛から救ってきたのではないだろうか。その意味が現代にこそ重要になっていると思う」

 <陽だまりにあんパン分けるじじとばば> MBSの川柳番組に寄せられた作品である。半分こして、「はい、あんこの多いほう、あげましょ」といった会話まで聞こえてきそうな気がする。あのおじいさんの2個のあんパンの1個は、おばあさんの分だったのだろうか。「毎日新聞(しあわせのトンボ)」

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    コメントは『蛇足』です!

ネズミの時間ヒトの時間

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 梅雨明け後に吹く南風「かーちべー」が心地いい季節。琉球王国時代、進貢船はこの風を利用して中国から琉球へ戻った。10日以上かかったものが、今は空路で数時間だ

▼技術革新のおかげで人は速さと時間を手に入れた。車、パソコン、洗濯機…。だが、それで果たして幸せだろうかと、生物学者の本川達雄氏が疑問を呈している。21年前のベストセラー『ゾウの時間ネズミの時間』(中公新書)の著者だ

▼同書は、動物には異なる「生物的時間」があることを解き明かした。ネズミの心臓の鼓動は1回0・1秒、ゾウは3秒。寿命は2年と70年で開きがあるが、どちらも一生の鼓動は同じ15億回。呼吸も同じ3億回。生涯を生き切った感慨は変わらない。どの動物にもあてはまる原理だ

▼一方、文明の利器で便利さを得た人類には無理が生じていると指摘する。桁違いに速くなった社会の時間に体の時間が追い付けず、ストレス、疲れ、不機嫌を生み出すと

▼本川氏が生物的時間に着目したのは、琉球大学勤務時代、沖縄のゆったりした時間に出合ってから。本部町瀬底島のナマコ研究がヒントになった。転居後は満員電車になじめず、「東京は悲しい所」と沖縄を懐かしんでいる

▼昨日は一年で最も昼が長い夏至。ヒトという動物として、時計に縛られない生物的時間に浸り、あくせくしない生き方を考えるのも悪くない。<金口木舌>
   
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人は森を切り開き、そこに都市を築いてきました。それが文明の進歩でした。 神話では空へと高く伸びて行くバベルの塔ですが、その塔が空へではなく地平線へと向けて、横へ横へと拡大していったのが、 いまのこの世界です。

バベルの塔が結局は崩れ落ちたのと同じように、いまのこの世界も これ以上の拡張が出来ないところまで来ています。このまま森を消し去り続けたら、地球という星そのもののバランスが崩れてしまう。いや、もう崩れはじめている。この星の断末魔の悲鳴があなたの耳には聞こえていますか?

 無駄な遠まわり、道草を許さない社会は、どう考えても先に豊かさは見えません。合理主義や生産性至上主義は、結局はその社会を疲弊させてしまうでしょう。何故なら、みずみずしい感性や独創性を持った子どもたちが、育っていくはずがないからです自然というものを「思い出」としてさえ持っていない子どもたちに、他人の痛みや生命の大切さを説くのは、ひどくむずかしいのではないでしょうか。

 人間がどのように進化しようと、物質文明が進もうと、自然の一部であることには変わりないし、どんな科学の進歩も、自然を否定することはできません。それはまさに自分自身=人間そのものの否定になってしまうのですから。自然への畏怖をなくし、傲慢になった人類には必ずしっぺ返しがくると思います。(手塚治虫 『ガラスの地球を救え』より)

  (o^-^o) 「生滅滅己・寂滅為楽」・・故あるかな。 変人の珍念、あっというまに人生のゴールが、何方か、タイムマシンを
     発明して下されい。 あ・・「下手の考え休むに如かず」・・coldsweats01

二つの快挙 

 

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三浦雄一郎さん                蜷川幸雄さん

 老いをどう豊かに生きていくかは、高齢社会となった日本では切実な問題だ。最近あった高齢者による海外での二つの快挙は、この問題を考えていくうえで、明るい話題を提供してくれた

▼「目標を持ちチャレンジすることがあれば老いは感じない」。冒険家の三浦雄一郎さんが、80歳で世界最高峰のエベレストの頂上に立った。それまでの76歳を抜き史上最高齢の快挙だった。三浦さんの快挙は、年を取っても夢を追うチャレンジ精神の大切さを、強烈に印象付けた

▼もう一つの快挙は、演出家の蜷川幸雄さんが率いる高齢者の演劇集団「さいたまゴールド・シアター」のパリ公演の成功だ。平均年齢74歳という高齢の劇団員にとって初の海外公演。その熱演に舞台が終わっても観客の拍手は鳴りやまなかった

▼せりふを忘れることが多いなどの苦労もあったが、地道な稽古の積み重ねや努力の結果、舞台は成功をおさめた。厳しい演技指導で知られる蜷川さんは「年を取っても、意志さえあればいろいろなことができると分かった」と評した

▼高齢者もやる気があれば、人生の新たな「舞台」に立つことができる。高齢者による二つの快挙は、夢を持ち、たゆまぬ努力を続けることが、人生をいかに実りあるものにするかを、あらためて教えてくれた。  【雷鳴抄】

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旨い。あつぱれ! 「体の老いるのは怖くないが心が老いるのがこわい」・・故あるかなぁ! ‘珍念’の減らず口は、これ以上は『蛇足』・・・。

 

不思議な切手!

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  たかが切手、されど切手と言うべきか。作家の出久根(でくね)達郎は古本屋を開業して、そのことを痛感する。客から錦絵を買ったら、箱の底に古い手紙が1束入っていた。切手が美しいので、はがして取っておいた。ある日、それを「切手集めが趣味の祖父に贈りたい」という小学生に200円で売った。

 ▼1年後、この切手に大変な価値があることを知る。枚数は覚えていない。が、合計すれば、家の1軒は買えたのではないか。そんな気もした。浅ましくも消えない悔しさを著書「本のお口よごしですが」につづっている。

 ▼切手に秘められた強い絆に感謝している人もいる。岩手県花巻市の小原嘉寿子(かずこ)さん(69)だ。陸前高田市で一人暮らしをする仲良しのいとこ・佐々木節子さん=当時(74)=が東日本大震災の津波で行方不明になった。いくら捜しても、手掛かりがない。

 ▼焦燥感から小原さんは夢でうなされた。その思いが天に通じたか、今年3月、10年前の佐々木さんからの手紙を見つけた。切手についた細胞のDNA鑑定で佐々木さんの遺骨がついに判明する。

 ▼「もう一人じゃないよ」。佐々木さんの両親の墓に納骨したら、小原さんはそう声を掛けるつもりだとか。切手は2人を奇跡的に引き合わせ、小原さんの胸のつかえも取ってくれた。価値は家1軒どころではない。 【天地人】

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0903kurichan感動しました。
「本のお口よごしですが」  内容紹介~古本屋となって32年。中学を卒えて上京し、店員から自分の店を開きこの道一筋で集めた古書をめぐる珍談奇談の数々を、奇妙な客との交流で知った人生のほろ苦い味で仕上げてみました。貴書発掘のドラマから万引、美少女、臨終の書……読書好きに必ず喜んでもらえる講談社エッセイ賞受賞の名文随筆集

「明日のための寓話(ぐうわ)」

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  〈リンゴの木はあふれるばかりの花をつけたが、耳をすましてもミツバチの羽音もせず、静まりかえっている〉。レイチェル・カーソンが著書「沈黙の春」で最初に描いた「明日のための寓話(ぐうわ)」の一節である

◆米国の生物学者だった彼女が農薬などの環境汚染を警告して半世紀。現実の世界で今、ミツバチの大量死や群れの消失といった問題が起きている。虫の神経伝達をかく乱し、異常な興奮状態を起こして殺す農薬、ネオニコチノイドの影響が指摘されている

◆ミツバチは花粉を運ぶポリネーター(花粉媒介役)だ。果樹の授粉に欠かせない。欧州連合(EU)はネオニコチノイド系殺虫剤3種類を12月から使用禁止にすると決めた。金沢大のチームは低濃度でも群れが消えるとの研究をまとめ使用削減を求めている

◆金沢大の研究に農薬メーカーは「科学的根拠が明確ではなく主原因ではない」と反論。農水省も複合的な原因との立場だ。農薬については使用農家と飼育業者の連携を呼び掛けているものの、使用の是非にまで踏み込んではいない

◆信州は飼育業者が全国一多いミツバチ王国だ。4年ほど前まで大量死が発生。その後は農薬散布の際は巣箱を移動する対策で大規模な被害報告はないが、群れ単位の集団死は今もある―と養蜂協会役員。明日を見る目を失い眼前の利益を追えば自然は沈黙する。立ち止まる勇気が必要だ。【斜面】

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   コメントは『蛇足』です!

傲慢者の一人善がり

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    岩手の男性県議が自身のブログで、病院の対応を批判したことをめぐり騒動となった。県議は病院で、名前ではなく番号で呼ばれたことに「ここは刑務所か!。名前で呼べよ。なんだ241番とは」と憤慨

▼会計で「どうぞお越しください」と呼ばれた際も、「1万5千円以上検査料を払う上得意客なのにカウンターに呼び寄せるとは」と激怒し、「会計をすっぽかして帰った」。事の顛末(てんまつ)をブログで紹介したところ、批判が殺到し、ブログと公式HPを閉鎖する事態に

▼名前を呼ばないのは患者のプライバシーに配慮した病院側の常識的な対応。センセイと呼ばれると傲慢(ごうまん)の虫が湧いてくるらしい。道歌に、ある。「身のほどを知れと教えし伊勢の神/今もわら屋の宮にまします」

▼この県議、一人パソコンに向かって怒りをぶつけたのだろう。公ではかぶったままの仮面を脱いで。復興庁の、かの幹部の暴言ツイートと重なる

▼それにしてもブログへの非難の嵐は、匿名に乗じたネット上でのヒステリックな一面を見るよう

▼参院選でネット選挙が解禁となる。政党や候補者は慎重に、かつ腰を入れて当たらないと痛い目に遭う。といって、仮面をかぶられたままでも困る。 (いばらき春秋 )

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旨い!あつぱれ。それにしても、件の県議・・呆れ果てて、コメントするのも憚れるが巷間・・『馬鹿につける薬はない』(○○は死ななきゃ治らない)そんな人物を選んだ人にも責任がある。

    道歌に、ある。「身のほどを知れと教えし伊勢の神/今もわら屋の宮にまします」・・しびれる。反省し、恥じています。

     減らず口の珍念・・今日も『ごまめの歯ぎしり』なのだ!

「人生80年時代」

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 定年後の20年余りをいかに過ごすか。作家の森村誠一さんは「本当の人生を生きられる自由な時代」とし、リタイアを機に小説家になることを勧める

▼会社に従属してきた「人生一毛作」では飽きる。問題意識を持つことと、能力さえあれば資本金はいらないと「60歳で小説家になる。」(幻冬舎新書)で説いている

▼森村さん自身もホテルマンから小説家に転身した。毎日のようにホテルを利用する作家たちから刺激を受け、ときにはフロントに預けられた原稿を読んだともいう

▼書店に並ぶ本を見ると、医師であったり、主婦であったり、業界を勝ち抜いてきたプロであったりと作家の顔ぶれは多士済々。老いも若きもいる

▼小説家として成功するかもしれない要素に、会社の規格に合わず社会的に不適合な人間、自己顕示欲が旺盛―などを挙げる。かみ砕くと「出世できなかった人」が向いているとも受け取れる

▼それならば定年デビューといきたいが、心構えの一つに「ある程度の蓄えを」と書いている。「アベノミクス」で上昇してきた株価も激しく乱高下し、蓄えはおぼつかない

▼市場では外国人投資家が“暗躍”している。安倍晋三首相は今後どんなストーリーを思い描くのか。ミステリーかサスペンスか…。どちらでもいいが、景気をがっちり支えてくれる「ヒーロー」の出現が待たれる。【越山若水】

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 かく言う‘珍念’悪知恵は無尽蔵にでますが(文才)は稚拙ですから小説家は無理です。 せめて笑顔を振りまいて人から好かれる人に成りたい。ちなみに笑顔はタダです・・う !(^^)!

「牛飼いの男の恐怖」

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これは、ある仏典に出てくるエピソードである。

▼ 釈尊がガンジス河のほとりで説法していたとき。話を聴いていた一人の牛飼いの男が、手を合わせて弟子入りを懇願する。釈尊は、まず牛を主人の所へ返してくるように命ずる。すると牛飼いの男は、道すがら大きな声を張り上げて、「こわいよう、こわいよう」と叫びながら駆けだした。

▼ 彼には、百人ほどの牛飼いの仲間があったが、このありさまを見て、口々に問うた。「なにがそんなに恐ろしいのだ」すると牛飼いの男は、「生きているのが恐ろしいのだ。老いていくのが恐ろしいのだ。病気になるのが恐ろしいのだ。死んでいくのがおそろしいのだ」と答えた。

▼ 仲間たちはそれを聞いて、牛飼いの男の後から「こわい、こわい」と叫びながら駆けだした。かくて、ほかの牛飼いの男も、草刈の男も、芝刈りの男も、路傍の男も、それに続いて駆けだした。という。

☆  他愛のない話ですが、この牛飼いの男や彼に雷同する男たちの愚かさを笑える人は少ないとはいえまいか。たしかに、死や病を恐れるのは人間の自然の情である。だから健康に留意する。無病息災ということは、充実した人生を送るための大切な要件である。

☆ 私自身、子どものときから病気や怪我で何度も死線を彷徨い否応なく死とむかいあわせに生きた。私には、健康の尊さが骨身にしみている。でも、無病というだけでは、それが、反面の事実にすぎないことも忘れてはなるまい。
       事なかれ主義が真実の人生の充実をもたらしはしない。

   ●意義ある一生とは、生涯をかけて悔いない、ある意味では自分は死んでも、なお生
   きつづける理想や目的があって、初めて可能となる。仏法では生死不二(しょうじふ
   に)と説いている。そうした生き方は、日蓮大聖人が御遺文集の中で「一生はゆめの
   上・明日をご(期)せず}と仰せのように、現在の一瞬一瞬を最高度に充実させゆく
   日々のなかにのみ築かれていくと、私は信じている。

   ●レミングという小動物は、三・四年の周期で大繁盛し、集団をつくって大移動する。
   途中、山を越え川を越え、植物を食い荒らしながら一直線に行動し、海岸に到着する
   とそのまま海中へ突き進み、集団で溺死してしまうという。

   ●牛飼いの男たちの姿は、どこかこのレミングに似ていはしまいか。われわれは、そ
   うした徹だけは踏みたくないものだ。

   ●そのためにも、真実の死生観の確立こそ、現在人に課せられた、もっとも大きな宿
       題であると、訴えてやまない。(池田大作;つれづれ随想)

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 不肖:‘珍念’(牛飼いの男たち)のような、徹を踏まないように邁進したい!

ロボット博士の“わかる学”(電線を隠す)

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(左)一見、幕の内弁当風だが、よく見ると電線の輪切りや電子部品などを飾り付けている(右)輪切り電線を並べたコーナーのアップ写真

電線を隠す気持ち: 建築には、電線は天井裏や壁の中に隠し込むものだという常識がある。電線は見苦しい物だというのがその主な理由だろう。屋外でも、電柱や配電線などは景観を損ねるから地中に埋めよという発想が多い。コードはゴチャゴチャして扱いにくいからと、マウスとパソコン本体とのわずか十数センチの距離でさえ、無線物が喜ばれている。

大切な物が見苦しい: しかし大災害に遭った時、何はさておいても緊急に必要なものはトイレと電気と水である。緊急時には美しい家具や奇麗なじゅうたんなどは必要ない。

 ●緊急時だけではない。日常を考えてみれば、電気が来なかったら不便極まりない。極論すれば、今日のわれわれは電気なしでは生きていかれないだろう。高層マンションだったら、停電すればポンプが動かなくなるから水も出なくなる。水が出なければトイレが流せない。エレベーターも止まる。テレビも見られずパソコンはただの箱になり、情報は入らなくなる。携帯電話の類の充電もできなくなる…。書きだせば切りがなくなるほどだが、まさに電気は命の恩人である。

▼電線はそのように大切な電気を運んでくれる物ではあるが、前記のように人々はそれを見苦しいと嫌っている。これは一体どうしたことか。何か大きな心得違いがあるのではなかろうか。

電線に仏性(ぶっしょう)がある: 仏教に一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)という教えがある。これは狭くは、全ての人間に仏になり得る性質があるという意味だが、広くは一切衆生を万物と解釈する。すると、全ての物にも仏性があることになり、電線にも仏性があるということわりとなる。

●仏性はふつう内側に隠れているので外からは分からない。写真はいろいろな電線を輪切りにして、幕の内弁当の重箱の一隅に並べたものである。こうして内側を出すと電線も美しく見える。命の恩人、電線の中身は美しいのである。

物観(ものかん)の高揚: 筆者の先輩のある建築家は常識を破り、新築の時から電線を壁の外に出して、居ながらにそれらが見えるような売り家を建てたことがあった。依頼者からは、そんなみっともない家が売れるだろうかと、心配されたが、問題なく売れた。配線デザインがインテアとある程度調和していたからだった。しかも、スイッチと電灯やコンセントとの関係が一目で分かった。ここで電線メーカーに訴えたい。部屋の飾りになるような、外見も美し い電線を製造してほしいと。

●ただし、その建築家の意図はもっと別のところにあった。命の恩人の電線を日の目を見るよう表に出し、住人は毎日それを眺めて感謝し拝むのがよい、ということだったのである。今世紀は発展というより、むしろ20世紀の後始末の時代である。われわれの物に対する見方、物観を高めなければ乗り越えられなかろう。飛躍した論法で恐縮だが、結論だけ言えば、便利をするための材料と見下していた「物」を、合掌の対象とあがめる心 が必須なのである。 【大分合同新聞社(コラム】

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☆ ロシアの作家ゴーリキーの戯曲『どん底』の登場人物がこんなせりふを吐く場面がある。
   <仕事が楽しみなら、人生は極楽だ!仕事が義務なら人生は地獄だ!>過去を変えることは、誰にもできない。だが、今をどう生きるかによって、”過去の意味”は、いかようにも変わってくる。失敗しても、それをバネにして頑張り、目標を達成すれば、過去の失敗は”勝利への一歩となろう。

         ▼人生劇の「脚本家」も(主役」も自分自分が「勝利劇」の(脚本家」である。そして
    (主人公」である。シェークスピアは大劇作家らしく何度も次の意味のことを書いている。

         ▼「人生は舞台だ。人々は皆、おのおのの役を演じている」仏法が教えるのは、人
        生劇の「脚本」を書くのも「演じる」も、自分自身だということである「神」とか「偶然」と
        かの他の何ものかが、脚本を書くのではない。自分が書いて、自分が「名優」として
        演ずる。これが「一念三千」の法理に込められたきわめて積極的な人生哲学である。
        自分が作家で、自分が主人公である。 

        ▼大切なことは、素晴らしい劇(ドラマ)を演じるためにはまざまざと鮮やかに目に浮
        かぶまで、「脚本」(シナリオ)を頭に叩きこまねばならないということである。心の中
        でリハーサル(練習)も必要かもしれない。「勝利劇」の目標(受験や会社の成績な
        ど)紙に書いて何度も何度も心にしみつくまで繰り返すことが効果的な場会もあろう。

        ▼「心」が変われば「一切」が変わる心理学のウイリアム・ジェムスは「人間は心のも
        ち方を変えることによって、その人生を変えることができる」とガンジー「人間は自分
        が考えた通りの人間になる」と自分の「心」「一念」が自分の「未来」の「人生」そのも
        のとなる。と、

         ▼ある会合で「経済・政治・社会の根本とは何か、順々と指導を進めた。
    「生命なくして、経済も、教育も、科学も、政治もありません。一切が、人生、社会の
    幸福を追求するための分野なのです。根本は全部人間です。生命です。その生命と
    は何かという根本解決の道が、宗教じゃありませんか」と池田名誉会長は語る

    ●サン=テグジュペリの言葉に、「真の贅沢というものは、ただ一つしかない、それ
    は人間関係の贅沢だ」

    ●愚か者の(珍念)反省しています。まだ自分の一念が定まっていませんです。きょ
        うも、一段と邁進したい! あ・・これ以上は『蛇足』  (*´ェ`*)

ロボット博士の“わかる学”

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 修理と人間 「障子は紅葉を張って、より美しくなった」

   欠けた湯飲み

 ▼ある時、ちょっとした不注意から湯飲みの端を欠いてしまった。捨てるのも一つの選択肢ではあったが、口に危なくないように、欠けた箇所をダイヤモンドツールで削って磨た。そうしたら適当にへこんで、具合のよい飲み口が新設された。これは、私が工作好きで、そういう歯科医のような道具を持っていたからでもあった。

 ▼もちろん欠けていない湯飲みは他に幾つもあったが、それ以来私はその欠けた湯飲みを愛用し、しかもその欠けを削り取ってできた飲み口から飲むようになった。その箇所が私の口を引き付けるのである。

  手間と愛情

 ▼欠けた箇所を危険のないようにきれいに磨き上げるという手間をかけたことが、愛情を強固なものにしたのであろう。今ではその湯飲みが他の満足な湯飲みよりも、一段と私のものという気がしている。しかもその湯飲みに何の不足も覚えていない。そればかりか、新しく飲み口ができただけ上等になったという感じさえする。私は湯飲みを修理することにより、湯飲みに育てられたように思っている。

  障子に学ぶ

 ▼思うに近頃は、修理するとは悪い部分を含めたユニット全体を取り換える、つまり直すというよりも交換することになってしまった。たとえばICが20個付いたプリント基板があって、そのうち1個が壊れていたとすると、そっくり取り換えてしまうから、壊れていない残りの19個も廃棄してしまう。部分修理の面倒、手間を節約した方がより合理的だという姿勢である。

 ▼これの正反対の姿勢は障子の修理に見られた(今ではどこの家庭にもあるとはいえなくなったが)。障子は1カ所破れたといっても全部取り換えるようなことはしなかった。そればかりか、破れた升の15センチ角ぐらいの紙全体を切り取って、そこに新しい紙を張るというようなことさえしなかった。まずは破れた箇所を元に戻し、破れ目に紅葉の葉を張るというようなことをした。するとその障子は、修理する以前よりも美しくなった。

 ▼たいていの物は壊れる前を100とすれば壊れて30、直して80がいいところだが、障子は破れる前が100で、直せば130にも
    なった。壊れて修理した方がより良くなったわけだ。今日の商品にそういう物があるだろうか。

   物の修理と人間

 ▼今日、機械はどんどん進歩して、壊れたからといって素人が手を出すことはできない。専門家にしか直せないものほど進歩的で価値あるものと思いがちだ。もちろんその考えもあながち間違いではない。だが、素人にすぐ直せるような物を軽く見るようになると間違ってくる。

     ▼物を直すということは人間にとって非常に大事なことであり、物に本当の愛情を感じる源でもある。
      修理は物と人間とが一体になることなのだ。 【大分合同新聞社(コラム】
 
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     このコラム「含蓄」がある。素晴らしい!

「押込(おしこめ)」

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  戦国から江戸時代にわたる長い間、武家の社会には「押込(おしこめ)」という仕組みがあった。殿様がその任に適しない場合、家臣が話し合って強制的に隠居させる

▼飲んだくれだったり、遊び好きだったり、あるいは暴君だったり。事柄の性質上、詳細な記録はあまり残らないが、結構多くの地でこの強制隠居が行われたそうだ(笠谷和比古『主君「押込」の構造』)

▼反逆ではない。家臣の正当な行為として広く認知されていたらしい。封建時代の概念からはみ出るような制度に思えるが、名君と賢臣の両輪がそろわなければ、確かに、領国経営などおぼつかない

▼総合重機メーカーの川崎重工で突然の社長解任劇があった。報道に接して武家伝来の「押込」が頭をよぎった人もいるだろう。他社との統合方針をめぐって内紛が深刻化した-と伝わる

▼解任に至るまでの真相は、もちろん外部からは容易にうかがい知れない。統合話はこれで白紙撤回とされるが、その経営戦略が吉と出るか、凶と出るか。判断は時間の経過に待つほかはない

乱高下する株価、上向きとはいえ先行きに不安が募る経済。解任のニュースに、背中にひんやりしたものを感じたであろう経営者の、胸の内をおもんばかる。企業のかじ取りは、かくも難しい。  (河北春秋)

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   うい、うい! かく言う“珍念”自分自身の心も制御できません。あ・・(閻魔さま)
  から<この偽善者め>と叱られる。今日も悪しき煩悩に翻弄されている。反省し・
  恥じています。どこかで、{うどん屋の窯・湯だけ・湯だけ・言うだけ、言うだけ}と。
  微かにきこえる・・ !

政党名は「老人党」

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なだいなださん

 日本のある政党のトップが、海外メディアの記者に言われた。「日本は老人を敬う国ですね」

◆なぜかと問うと、記者は「敬老の日があるじゃないですか」と答えた。トップは怒りをにじませ、反論した。「昔は365日を通して敬われたが、今はたった1日だけになった。しかも、その日以外は財布から金を引き出されてばかり」

◆政党名を「老人党」という。ネット上の仮想政党だ。呼び掛け人は、作家のなだいなださん。先の言葉の主である。長年、精神科医としてアルコール依存症の治療に携わり、「こころ医者」と名乗った。そのなださんが、83歳で亡くなった

◆講演でよく「私は常識人です」と語った。個人の自由を重んじ、歴史に裏打ちされた常識の光で、現代の非常識を浮かび上がらせる。著作のタイトルにセンスがにじむ。「専門馬鹿(ばか)と馬鹿専門」「人間、とりあえず主義」

◆この春、筑摩書房のPR誌で「賢い国」について書いた。病に伏せりながら、「強い国」の主張に常識の光を当てた。「軍備を増強すれば行き着く先は、武力を使った国際問題の解決だ」「これからの世界では流行(はや)らない。結局は賢く解決するしかない」

◆著書に残った、こころ医者の処方せんを読み解く。例えばこんなふうに。一人一人、自分で考える。民主主義とは面倒なものなのです。あきらめて、放り出してはいけません。決して英雄を求めてはいけません。【正平調】

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専門馬鹿は、専門から外れると、まったく生活能力がない。専門馬鹿を大量に輩出させた責任者である文部科学省は、それを見て危機感を覚え、これからは《生きる力》を身につけさせるなどといいだした。いいだしたはいいが、そのノウハウを見つけられないものだから、また専門馬鹿路線に逆戻りしようとしている。つむじ曲がりで精神科医の著者は、かれらの代わりに、こうした世の中を、どのように治療したらいいか、ずっと考え続けてきた。そして、そのための処方が馬鹿をふやすことだと考えた。不安が渦巻く世の中。何をどう考えたらよいのか。大事なことに 気づかせてくれるユニークな教育論。   
 
   内容(「MARC」げーたベースより)
         馬鹿になって質問しよう! 不安が渦巻く世の中、何をどう考えたらよいのか、大事 
     なことに気づかせてくれるユニークな教育論。『婦人之友』連載から教育に関係の
     あるものを選んで編集する。

     「強い国」に対抗できるのは「賢い国」しかない(何もなくて、何もない)・・なだいな
     ださん

     かく言う“珍念” 減らず口は叩きますが、行動が伴わない。「リンゲルマンの法則」
     社会的手抜きをしている・・・どうせ・・ あ・・今日も惰弱な心と熾烈な攻防をしてい
     る。『ごまめの歯ぎしり』なのだ! 読者の皆さま・・お笑い下され~い。
     ( ^ω^)おっおっおっ

地球一周

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 まだメートルという単位がない紀元前3世紀、ギリシャ人のエラトステネスは天文学や数学を使い、地球の大きさをほぼ正確に言い当てた。実際の地球よりも15%大きいが、当時の技術から考えると驚くべき値だ

◆生活道具を積んだリヤカーを引いて鳥取市出身の吉田正仁さん(32)が、地球一周を歩き抜いた。4年半前に出発した中国・上海に到着したと11日付に大きく載っていた

◆どの方向でもいい。ひたすら真っすぐ歩ければ地球を一回りできる。でもそんな道はどこにもない。吉田さんは上海を出発後、ユーラシア大陸を横断、飛行機で海を渡り、北米大陸、オーストラリア、アジアの島々を巡り、マレー半島を北上した。通過国は33カ国で、歩行距離は3万9500キロ

◆地球一周4万キロ。出発地点に戻ってきた吉田さんはそこでゴールしてもいいのに、さらに台湾で500キロを歩いた後に帰国するという。そもそも1メートルという長さは、赤道から北極までが1万キロ、地球一周が4万キロになるように決められている。4万キロを全身で感じ取りたいとの思いが伝わる

◆エラトステネスは地球の大きさを計算するのに、二つの都市の間を歩いて測った距離5千スタジア(約900キロ)を利用した。地球をぐるり。すべてを歩いた吉田さんを知れば、測地学の父もさぞ腰を抜かすだろう【有明抄】

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  感動しました。 吉田正仁さんは偉い!
  国民栄誉賞を差し上げたい。

『科挙』 !(^^)!

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 明や清など昔の中国に生まれなくてよかったとほっとした記憶がある。中国史学者の故宮崎市定さんの『科挙』を一読した折のことだ。すさまじい試験地獄だ

▼受験側も工夫を凝らした。勉強にではなく、カンニングにだ。同書の口絵に襦袢(じゅばん)の写真が載る。ごま粒のような字で四書五経と注釈が書いてある。これを着て独房のような試験場に入った

 ▼試験官への賄賂もはびこり、ばれて死刑などの重罰に処された例も。しかし記憶が薄れれば何度もぶり返す。19世紀末には「糜爛(びらん)した空気が試験場を支配した」と宮崎さんは書いていた

▼さて現代の中国。全国統一の大学入試があるそうで、替え玉受験やハイテク技術を使ったカンニングが横行-と、先日の外信面に記事が載っていた。ある省では学生200人を拘束したというから驚く

 ▼試験に伴う不正は、どの国にもあるだろうけれど、この国の場合は歴史的伝統か。ネットには「徳を教える教育が欠けている」「官僚腐敗こそ摘発すべきだ」などの、まともな意見が寄せられたそうだが

▼科挙に落ちた人々は不満分子となり、王朝末期には反乱を起こした。厳しい試験に合格しても、今の中国ではまともな職に就けない学生が多数いる。格差も広がる。大丈夫か、かの国は。【河北春秋】

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 かの国は「摩訶不思議な国」ですね。これ以上は『蛇足』!

記憶

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   還暦間近になって記憶力の減退にがくぜんとすることがある。社内の若い人に声を掛けようと思ったら、名前が出てこない。通りかかった別の若者に彼の名を聞こうとしたら、何とこの若者の名前も思い出せない。こんな日が来るとは思いもしなかった。

 アメリカの俳優ブラッド・ピットが人の顔を覚えられない相貌失認(そうぼうしつにん)(失顔症)に悩まされている、とスポーツ紙にあった。「どこでお会いしましたっけ」と正直に聞くので、失礼な人間だと思われ、嫌われる。本人がそう話しているとか。その悩み、分かるような気がする。

 ピットのように病気でなくても、人が年齢とともに記憶したものを忘れていくのは自然なことだ。だから、高齢になったら、記憶をたどる手掛かりとなる索引を整理するのがいい。評論家の鶴見俊輔は著書「思い出袋」でそう提言する。

 民俗学者の柳田国男は地名と結びつけて記憶を整理していたらしい。鶴見は人の名前から思い出そうとする派だ。園芸好きなら花の名から記憶をたどるのもいいかもしれない。

 記憶の索引は使いやすいように繰り返し編みなおすのがいいらしい。索引を確認すること自体に記憶力維持効果がある。知り合いから「どなたでしたか」などと言われたらやはりガッカリする。そんなことはできるだけ言いたくもない。 【天地人】

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記憶力維持・・? 恩師が中国を初訪問した時のエピソードを思い出しました。桂林の山水画のような景色を見ようと川辺を散策していました。朝霧の彼方から仄かに声が・・天秤棒を担いだ少女が「何でも効く薬いりませんか?」「どんな悩みでも治ります」・・(おじょうさん頭のよくなる薬ありませんか?)・・・{あ・・その薬は、たった今、売り切れました}・・少女が笑顔で答えていた。

珍念も、その少女のような「当意即妙」の知恵が欲しい。 今日も灰色の脳細胞は冴えません・・(o^-^o)

「禁じられた遊び」

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 フランス映画の名作「禁じられた遊び」の舞台は、第2次大戦下のフランス郊外。ドイツ軍に両親を殺された少女ポーレットは、農家の少年ミッシェルの家で暮らすことになる

 ポーレットの愛犬の死をきっかけに、2人は小動物の死骸を水車小屋に運んでは穴を掘って埋め、盗んできた十字架を立てていく。秘密の墓地は美しく出来上がったが、やがてポーレットは施設に引き取られることに

 「死」の意味さえ十分に分からないまま、十字架を盗むタブーに興じる無垢(むく)な子どもの姿は切ない。大人が戦争という禁を犯したことが、子どもの運命を大きく狂わせてしまう。ルネ・クレマン監督はそう訴えているように思える

 大人が子どもの運命を狂わせているのは、米国の銃社会も同じではないか。銃犯罪の犠牲者は毎年1万人前後にも上り、学校での乱射で多数の子どもが亡くなるケースも後を絶たない

 きのうもアリゾナ州で4歳の男児が誤って拳銃を発射し、弾丸が父親に当たって死亡する事件が報じられた。男児は父を死なせたことを理解していない様子という。いくら憲法に武装の自由を明記している国とはいえ、こんなことが繰り返されるのは異常というほかない

 子どもが十字架と同じように簡単に銃を手に取ることができる。少なくともそんな環境を大人たちが規制しない限り、悲劇はなくなりはしない。自由の国の良識が問われている。【小社会】

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以前、映画評論家の(故・淀川長治)さんが「禁じられた遊び」を、解説されていたのを思い出す。 
<はい、皆さん「禁じられた遊び」のタイトルですが、変な想像をされた人もいられる。でも 戦争の怖さが身に沁みますね。最後のシーンですが 二人の子供はどうなるのでしょうか? ・・銀バエになるのかなぁ? はい、もう時間がきました。さよなら。さよなら。またお会いしましようね>の言葉が耳朶に残っています。それにしても「いくら憲法に武装の自由を明記している国とはいえ、こんなことが繰り返されるのは異常というほかない 」

       今日も珍念 『ごまめの歯ぎしり』なのだ!

桂文枝(六代目)  お忘れ物承り所

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  駅の忘れ物承り所に傘を忘れた男がやってきた。どんな傘かと聞くと要領を得ないが、どこで忘れたかと訊くと、「昨日の環状線の夜の10時15分の内回り、前から2両目の進行方向向かって右側の1番前のシートの手すりに掛けたまま忘れてしまった」とやたらと詳しく覚えている。

 ▼よくそんなに詳しく覚えていますね、と駅員が言うと、万が一忘れたときに供えておこうと一生懸命覚えていたら傘を忘れてしまったとのこと。

 ▼駅員が環状線の忘れ物の傘はこの辺だというと、男は1本指差して、これを見せてくれという。その傘を渡すと、いい傘だと感心し、「これにする」というので、駅員は真面目に自分の傘を探してくれと注意する。あれこれ時間をかけて、やっと見つけた忘れ物の傘は、ボロボロの傘。だが、男は見つかったというのにがっかりして、「これがなくなったら、いい傘を買ってやると妻に言われているのに、この傘は何遍なくしても絶対出てくる」と言って嘆いている。

 ▼そんな男の相手をしてうんざりしている駅員だが、実は今朝駅員も妻が作ってくれたお弁当を家に忘れてしまったのだ。妻を説得してやっと作ってもらったお弁当なのに、妻は怒っているだろうと心配していると、妻から電話がかかってくる。ちょうどこちらの方に用事があるというので、ついでにお弁当を持ってきてくれることになり、駅員は安心する。

 ▼すると、パニックになった男がやってくる。何と300万円の小切手を失くしてしまったのだ。払いの悪かった取引先からやっと支払いをもらえることになり、絶対寝ないようにと思っていたのに、思わず電車で寝てしまった。起きてみたら、ジャケットのポケットにもない、ズボンのポケットにもない、シャツのポケットにもない、、、と説明しながら、男はポケットをまた探り出す。「腹巻の中にもない、、、あ、腹巻の裏にありました」と言って、男は帰っていった。

 ▼次に来たのは、鳥取みやげの松葉ガニを忘れてしまったという男。生ものだからダメだろうと思っていたが、友達から冷蔵庫に保管してくれているはずだと聞いて、やってきたという。箱の特徴を聞いてもよくわからないので、いつの電車だと聞くと、13年前のことだからよく覚えていないという。駅員はいくらなんでも13年前のものはないと言って、帰ってもらう。

 ▼次にやって来たおじいさんはメガネを忘れたという。メガネについての話から嫁や孫の話をしたがるおじいさんに、メガネの特徴を聞いた駅員は「それはおじいさんの頭に乗せているやつですか」という。「自分で頭の上にあげて忘れたのではないですか」という駅員に、おじいさんは「ワシはそんなに耄碌していない。きっと親切な人が、寝ているうちに落としたメガネを頭に載せてくれたのだ」と言い張る。

    ▼それからカメラを忘れた人などが来ているうちに昼となり、妻のお弁当はもう間に
    合わないかと思っていると、駅員の妻がやってきた。間に合ってよかったと駅員がホ
    ッとすると、妻が「電車にお弁当を忘れてしまった」というサゲ。

    ▼共感しちゃったのが、この話の中の傘を忘れた人。そんなに愛着がなくて、「なくし
    たらそれを機会に新しいのを買おう」と思っているものほど、なくしても見つかるんで
    すよね(笑)。メガネをなくしたという人も、まあこのネタはありがちなネタなんですけ
    ど、私も寝惚けているときとか同じことをときどきやっちゃいます。笑っちゃうけど、心
    当たりのあることばかりなんですよね(笑)。
    http://sanshi.tokyo-toshokan.net/00000006.htm より転載

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   うまい、あっぱれ。‘人生の賞味期限’が迫っている筆者は、時々物忘れを
   します。ロウソクの灯が燃え尽きる時は、ぱっと明るくなる。 頭だけ、ぱつ
   と、明るく光っています。心は、悪しき煩悩でけがれている。深く反省し、恥
   じている。お迎えが来るまで笑顔で過ごしたい。まことに、冴えない(オチ)
   です・・・( ^ω^)おっおっおっ

「言葉」 (*^。^*)

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 「優柔不断」は「思慮深い」。「せっかち」は「頭の回転が速い」。こんな言葉の言い換えや、絶妙な言い回しを集めた「できる大人の モノの言い方大全」(青春出版社)がベストセラーになっている。それだけ世の中には他人を傷つけたり、苛[いら]つかせたりする言葉が氾濫しているということなのか

▼モノの言い方ひとつで、受け止め方がこんなに変わるという好例が、ネット上などで評判になっている。サッカー日本代表がW杯出場を決めた先週の夜、東京・渋谷駅前のスクランブル交差点でのことだ

▼「皆さんは12番目の選手です」「怖い顔をしたお巡りさんも心の中では喜んでいます。指示を守ってください」。歓喜に沸き、収拾がつかなくなりそうな数千人の若者を、若い警察官が軽妙な語り口による誘導でさばいた。「DJポリス」の名が付いていた

▼5大会連続の出場となった日本代表。予選を勝ち抜いた出場決定の日の渋谷・スクランブル交差点周辺での混乱は、悪い意味でお定まり。警視庁も厳戒態勢だった

▼間違いなく嫌われる言葉は、そこここにある。「恥ずかしいと思わないのか」「ほかにすることあるだろう」。こんな上から目線の言葉で、スクランブル交差点の若者を整理しようとしたら、無用な混乱が広がったかもしれない

▼大人にとっての日本語力とは、タイミングと状況、相手に応じて的確な言葉を選べる力をいうと「モノの言い方大全」にあった。あいさつや褒め言葉も目上・年上、同格・年下で使い分けが必要という。他人の言葉を気にする前に「脚下照顧」か。【大自在】

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A2

     【行く言葉が美しければ、来る言葉も美しい】 (韓国の諺) が、身に沁みる。

     ◆{人間の能力は無限と言う。その能力を引き出すのは自身である。自分は必ず
     できるという確信である。その自信と確信を与えるのが、心からの褒め言葉であ
     り、温かい励ましである。

     ◆逆に冷たい言葉、傲慢な言葉は、釘を打つのと同じである。釘をぬいても釘の
     あとは残る。あとで弁解しても、一度傷ついた心は、なかなか、もとに戻るものでは
     ない}・・・・(池田大作)

     かく言う ‘珍念’『紺屋の白袴』・・恥じています。 (A;´・ω・)アセアセ

「まごころ」

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  アパートに若い夫婦が住んでいた。あすはXマス。妻の手元には、買い物でまけさせ浮かせた「1ドル87セント。それで全部だった」。夫は立派な形見の金時計を持っている。妻は金時計の鎖をプレゼントにしたいと髪を売る

▼夫はXマスの朝、妻の喜ぶ顔を見たい。そのために大事な時計を手放し、妻の豊かな髪に似合う櫛(くし)を買う

▼一見愚かな行き違いはしかし、最も賢明な行為だった。貧しい2人は「まごころ」という贈り物を交換し合ったのだから。オー・ヘンリーの「賢者の贈り物」

▼心温まる話は本の中だけ。現実に目を転じれば不況下の「負の連鎖」か、不機嫌な社会が長く列島を覆う。「景気に薄日」の実感はなく、所得が増えない中、食品の値上がりなど負担だけが重くなる

▼首相は今秋、消費税を引き上げるかどうか最終判断する。庶民の懐に手を入れる前に経済を立て直し、「無駄を削って身を切る改革」の約束を果たす。判断はそれから、が筋だろう
▼原発再稼働、TPPとアクセルを踏み続ける首相だが、時に、慎重にブレーキを踏むことも肝要。庶民に、増税という「まごころ」とかけ離れた贈り物を押しつけ、景況好転を台無しにし「愚者」となりませぬよう。( いばらき春秋 )

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 このコラム『的を射る』あつぱれ! ‘珍念’ の筆致は支離滅裂です。
 反省し・恥じている。オー・ヘンリーの「賢者の贈り物」涙が溢れて止ま
 りません。ぜひ、今一度、ご覧ください。心がきっと、和むでしょう!

 今度の(参議院選挙) 「賢者の一票」で右寄りの道を好む癖がある
 お馬さんを中道に・・・あ・・これ以上は『蛇足』!

「時の記念日」

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 この世界のあらゆるものの中で最も長く、最も短く、最も迅速で、最も遅いもの…それは何か。これはフランスの作家ヴォルテールの著書に出てくる問い掛けの一部で、その答えは「時間」。6月10日は時の記念日。

 1920年に東京天文台と生活改善同盟会が提唱した記念日。天智天皇時代の671年6月10日(旧暦4月25日)に、日本で初めて「漏刻(ろうこく)」という水時計を設置して人々に時間を知らせたという故事にちなんでいる。

 この水時計の管理には2人の漏刻博士がおかれ、守辰丁(しゅしんちょう)と呼ばれる20人の時守を率いて水量をチェックし、決められた時刻に太鼓や鐘で時を知らせていた。

 今では携帯電話やスマートフォンにも時計機能があり、誰でも正確な時間を共有できる。だが、それをいかに有効に使うかはその人の才覚によるとホンダの創業者・本田宗一郎は言う。長い人生、時間は無限にあるかのように思えるが、確実に存在するのは今この一瞬でしかない。

 日々の忙しさを言い訳に時間を浪費しているわが身を反省していると、以前セイコーのCMで流れていた言葉を思い出した。

 「ありがとう」この1秒ほどの言葉に人の優しさを知ることがある/「頑張って」この1秒ほどの言葉で勇気がよみがえってくることがある/「おめでとう」この1秒ほどの言葉で幸せにあふれることがある。

 わずか1秒ほどの短い言葉でも伝わる思いはある。せめて6月10日ぐらいは時間の大切さを考える一日にしたい。(一日一言)

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 かく 言う “珍念” どなたか 『タイムマシン』を発明して下され~い。
 パソコンのように初期化できないかなぁ!・・・・(*^。^*) 

「事件ですヨ」

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 時として私の一言が仇になる事もあるわけヨ。「ちょつと聞きたい事が有る、相談料はいくら?」と名前も名乗らずにいきなりの問い合わせがあったわけ。「無料です」と答えたよ。ちょっとだけならばね。

▼で内容を聞くと大筋は「2階を天気のいい日にペンキ塗装したところ、隣家の人が べンキで自分の車が汚れたので弁償してくれないかと言ってきたが世間の一般常識ではどうするのか?」とまぁよくある事件だった。

▼一般的にはベンキを落とす費用を負担すると思います、と答えてその時の相談は
終えた。しばらくしてまた電話があった。「この前ベンキの件で相談した者だが隣家から請求書が届き弁財金額は20万円と書かれてある、少し高いと思うがどのくらいが相場なのか?」私では判断しかねるので業者から見積もりをとったらどうか
世間一般ではそうする答えてその時は終えた。

▼実は私のあずかり知らないところで事件は進行していたね。それが解ったのは電話の主が直接訪ねてきて裁判所からの文書を見せた時さ。文書は調停の呼出状でね、当人には初めての事らしい。

▼調停申立の内容は「塗装業者であるにも関わらず保護シートもせずと続き、営業車の休車保障に応じず」と続くが、どう読んでも世間一般の日常生活で起きることでないことは確かさ。以来電話での相談はお断わりしている。【小石川 年男】(柳井市、行政書士)

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『豆腐の角で頭を割る』・・・一言居士の“珍念”<口と財布は締めるが得>の故事が身に沁みる!

『やかん』

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  落語の『やかん』は知ったかぶりのご隠居の噺(はなし)だ。八五郎から物の名前の由来を尋ねられ「茶碗(ちゃわん)はちゃわんとしているから茶碗だ」などと、珍妙な答えを連発する。「では、やかんは」と聞かれ「昔サムライが兜(かぶと)の代わりにかぶったからだ」と言う。

 ▼「戦場で敵の矢が当たってカーンと鳴る。矢がカーンでやかんとなった」。八五郎が「つる(取っ手)が邪魔になりませんか」と突っ込むと「あごにかけ忍(しのび)の緒(ひも)にする」と負けていない。注ぎ口は「戦(いくさ)で名乗り合う声を聞くための耳の代わり」
だそうだ。

 ▼だから落語界で「やかん」とは、生半可な知識を振りまきたがる者のことを言う。それにしても、やかんの形から兜を思いつくとは、みごとな想像力である。ところが米国で最近、このやかんの格好が思わぬ「ナチス騒動」を招いたというニュースには驚いた。

 ▼ロサンゼルス郊外に大手百貨店が建てた看板広告である。やかんの写真がナチスのヒトラーに見えるとして投稿サイトに掲示され、「意図したの?」などと騒ぎになった。百貨店側は「決して意図的ではありません」と釈明したが、反響の大きさに看板を撤去したという。

 ▼今月3日の本紙に載った写真を見ると、似てなくもない。取っ手とふたのつまみの部分がヒトラーの髪とひげに、斜め上を向いた注ぎ口がナチス式に敬礼している手のようにも見える。むろん言われて見るからだが、兜と違いギョッとした人も多かったことだろう。

 ▼1945年にヒトラーが自殺して、もう70年近くがたつ。それでもやかんの看板ひとつからでも亡霊のようによみがえる。人々の心の中からナチスやヒトラーを追い払うことの難しさである。などと言えば「やかん」と叱られそうだが。【産経抄】

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  かく言う“珍念”悪しき煩悩に心を痛めています。それに、もう一台のパソコンが(ウイルスに感染)?・・・・暴走してお手上げです。 暇なとき 初期化をしたい! 【珍念】もついでに、初期化出来ればしたい。と言えば「やかん」と叱られそうだが。 まことに{お粗末なオチ}でござる!

「今でしょ!」

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「いつやるか? 今でしょ!」。予備校講師・林修さんのセリフは今年前半、最もヒットした流行語だろう。やるべきことを後回しにして後悔した経験は誰にでもある。己に勝つ難しさが分かるから「今でしょ!」が胸にこたえる

▼昨年のロンドン五輪で、卓球女子団体は銀メダルに輝いた。ある代表選手のメンタルトレーナーを務めた加藤史子さん。実践したことは、誰が自分を信じなくても、自分だけは自分を信じよう、と励ましを送り続けることだったという

▼4年に1度という大舞台。しかも実力にほとんど差はない。ほんのささいなことが勝敗を左右する。逃げ出したくても、今、自分がやるしかない。そこでは、自分の弱気に勝つことが、最後の勝利の決定打となる

▼先日のアメリカ創価大学卒業式。世界的なジャズピアニストのハービー・ハンコック氏の祝辞は鮮烈だった。「本当の敵は、自身のネガティブな側面です。立ち上がることによって、自分の欠点と弱さを、良い方向に転換できます。その努力があるからこそ、より強くなることができるのです」

▼人生とは、自分との戦いに尽きる。“自分の可能性を信じる心の強さ”があれば、逆境も成長の飛躍台へと変わる。まさに「仏法は勝負」である。(名字の言)

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    感動しました。  「いつやるか? 今でしょ!」
    今日も〝珍念〟鼠のように(うろちょろ)している!

『一刀両断』

Samurai1_3  直視すべき憲法9条と現実の乖離

 【 慶応大学教授、小林節氏の (いっとうりょうだん) 】
 ひとたちでまっぷたつに斬(き)ること。憲法学者、弁護士、政治家のアドバイザーとして活躍中。第1回は田中真紀子外相を取り上げる。永田町や霞ケ関では更迭論の集中砲火だが、小林氏は擁護論を展開する。

 ▼今年の憲法記念日(5月3日)前後の憲法論議は、自民党が提案した96条の先行改正(改憲手続き条件の緩和)に集中してしまった。しかし、このいわば禁じ手のような手続きの先行緩和に訴えてまで自民党が改憲にこだわるのは、周知のとおり、憲法9条と現実の乖離(かいり)がもはや説明不能な状態に陥っているからである。

 ▼日本国憲法は、まず前文で、「諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と宣言し、それを受けて9条で、「戦争…を放棄」し(1項)「戦力は…保持しない」と誓った。

 ▼しかし、その時すでに北方四島はソ連(現ロシア)に軍事占領されており、後に竹島は韓国に軍事占領され、北朝鮮には領海・領土・国民をじゅうりんされ、かつミサイルでどう喝され、さらに、中国は尖閣諸島を軍事占領する構えで迫って来ている。

 ▼そのような現実に対して、わが国は、まず、国際法上確立された、独立主権国家の自然権としての自衛権を根拠に、自衛「戦争」を想定した自衛隊という「戦力」のごときものを保持し続けて来た。

 ▼しかし、侵略戦争に対する反省から、政府は自衛は許されるとしても、間違っても再び侵略戦争を行うことがないように、(憲法条文上は何も書かれていないが、)(歴史的反省から来る)解釈上の自制として、専守防衛、海外派兵の禁止、集団的自衛権の不行使という制約を自らに課して来た。

 ▼ところが、それでいて、イラク戦争でわが国は、米軍の戦闘部隊の航空輸送に協力し、アフガニスタン戦争では、パキスタン沖で海上封鎖作戦中の米軍に現場で給油支援を行った。これらの行動の本質は、米軍の戦闘支援つまり海外派兵そのものであるが、政府は、戦場で引き金をしていない以上、他国の武力行使と一体化していないので問題ない…と詭弁(きべん)を弄していた。しかし、これらの米軍に対する協力がイスラム勢力の恨みを買って、アルジェリアで邦人が狙い撃ちにされた。

 ▼もはや、憲法条文と現実の関係の整理は急務であろう。その際、私なら次のような、内容の新9条を提案したい。

 1.侵略戦争は絶対に行わない。

 2.独立主権国家として、自国が侵略の対象にされた場合には自衛戦争は行う。そのために自衛軍を保持する。

 3.国連決議による要請があり、かつ、国会による事前承認がある場合に限り国際貢献を行う。

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 〝珍念〟のコメントは『蛇足』なのだ!

 

首相と亡霊

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 1970年、英国での話。超常現象雑誌の編集者がある港町を舞台に幽霊話をでっち上げて載せた。司祭の霊が夜な夜な歩き回ると。3年後、テレビ局が現地取材したところ、目撃者が次々と現れ、2人の警察官まで証言した

 ▼『超常現象の科学』(文芸春秋)が紹介する実話だ。著者の心理学者リチャード・ワイズマン氏は数々の実験結果を例に、幽霊を信じやすい人ほど怪奇体験をしやすく「幽霊の出没に必要なのはただ一つ、暗示の力だけだ」と結論づけた

 ▼一国のリーダーも暗示にかかっているのだろうか。首相公邸の幽霊のうわさだ。なかなか引っ越さない安倍晋三首相は「都市伝説」と一笑に付すが、森喜朗元首相が足を見たとか、おはらいをした首相もいたとか、まことしやかに伝わる

 ▼旧官邸を移築した公邸は、1932年の五・一五事件で犬養毅首相が暗殺された現場。36年の二・二六事件の弾痕も玄関に残るという。日本が暗い歴史を迎える前夜だ

 ▼幽霊の真偽はともかく、公邸の主が進める国造りに、怪しい影がちらつくのは気のせいだろうか。国防軍やら、道徳の教科化やら、表現の自由の制限やら、前世紀の亡霊がよみがえったように映る

 ▼国民が国家という魔物に暗示をかけられていたあの時代。暑い夏に涼を呼ぶ程度の幽霊話ならまだしも、背筋が凍るような世の再来だけは勘弁願いたい。<金口木舌>

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Photo_41 徳川家康ほどの実力もない。政治家は、ポピュリズム「大衆迎合」主義のピエロのように見える。特に、1990年代以降の日本ではマスコミ等で、「複雑な政治的争点を単純化して、いたずらに民衆の人気取りに終始し、真の政治的解決を回避するもの」と、憂う!

「テレビ教」の信者である〝珍念〟聊か 政治に対しての報道は(ワイドショー劇場)の趣になり面白、可笑しく、視聴率を上げるため必死に奮闘している。ひよっと したら、かく言う 〝珍念〟も、テレビと言う 魔物に暗示を受けいるかも、しれません。

   『超常現象の科学』(文芸春秋)内容紹介:占い師、超能力者、予言者、体外離脱幽
      霊、ポルターガイスト、降霊術、カルト教団。あなたの脳はこうして彼らに騙される。

   内容(「BOOK」データベースより)
   あなたにも幽霊が見える!ミステリーはあなたの脳内にひそんでいる。最先端科学
   実験が明かすヒトの認知システムの盲点。 商品の説明をすべて表示する

   最も参考になったカスタマーレビュー 脳の誤作動 By もくのすけ
   超常現象とされていることが実際には脳によって間違って認識されていることにより
   起こっているように見えているという話.
       いろいろな題材を取り上げて,その例を示し ている.

   騙されるというのは『脳は「自分が見たいもの」しか認識できず,「意味のないもの」に
      意味を見出してしまう.』ということのようだ.バカの壁 (新潮新書)という本を思い出し
       た.人の意見を無視してしまいがちなのもうなずける.

   「占い師の化けの皮をはぐ」の章では,その脳の認識の仕組みをうまく利用している
   という話があげられているが,具体例をあげてあり納得感がある.「マインドコントロー
      ル」の章では洗脳の方法とさらにそれから身を守る方法が書かれている.

   最後に「特別付録」として「これであなたも超能力者」という章があり,読心術の方法
   などが簡潔にまとめられているが,ここまで読んできてこの章を読むと少し笑えてしまう.

   人間の脳は精緻にできているがゆえに,誤作動も起こしやすいとワイズマンは言って
       いるそうだ.騙されやすい人は読むと良いかもしれない.

   今日も、減らず口は絶好調です  \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

映画「奇跡のリンゴ」試写 中村監督ら魅力語る

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花束を贈られて笑顔を見せる木村さん(右)と中村監督=浜松市浜北区のTOHOシネマズサンストリート浜北

 リンゴの無農薬栽培に挑んだ農家木村秋則さん(63)=青森県弘前市=の実話を映画化した「奇跡のリンゴ」の試写会が3日、浜松市浜北区のTOHOシネマズ浜北で開かれた。試写会は市内の農業関係者が対象。中村義洋監督と木村さんが舞台に立ち、作品の魅力を語った。

 映画は、農薬散布作業の影響で体調を崩した妻のために、11年の歳月を掛けて無農薬栽培を成功させた物語。木村さんは「家族みんなが私のようなばかに協力してくれたから、リンゴが実を結んでくれた」とユーモアを交えて話した。

 中村監督は「こんなにドキドキする作品は初めてだった。見ても見なくてもいいから、こういう映画があることを知ってほしい」と力を込めた。

 映画はイタリアで行われたフィレンツェ映画祭で観客賞を受賞した。8日から、全国の東宝系で公開される。【大自在】

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感動しました。ぜひ 「奇跡のリンゴ」の映画を見てみたい。木村さんの愛情一杯の「奇跡のリンゴ」を食べたいです
 あ・・涙が溢れて文字が打てません・・・・ ( ´;ω;`)ブワッ

車輪の上

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 ピラミッドに代表される高度な文明を築いた古代エジプト人も、当初は「車輪」というものを知らなかったそうだ。約3700年前、馬に戦車を引かせて攻め込んできたヒクソス人にこてんぱんにたたかれ、“丸い輪”の威力を知る

▼円形の外周を持つ、この卓越した移動・運搬道具は約5千年前の古代メソポタミア(現在のイラク辺り)の絵に残る(小林卓二「車輪のはなし」さ・え・ら書房)。自然の中に車輪を持つ生物がいないことを思えば、人間のデザイン力が神を上回った(?)証拠のひとつと言えなくもない

▼だが、平たんな道と「真ん丸な形の輪」がなければ、安全で効率のよい移動はかなわない。車輪の歩みは、真の「円」に近づく努力の歴史でもあった輝くレール上を滑らかにさっそうと走る鉄道は、知恵と工夫の結晶であり、世界の鉄道マン、ウーマンの誇りもそこにあるはずだが…

▼道民を震え上がらせたJR石勝線の特急脱線・炎上事故の原因は、へこんだ車輪のまま運行したことによるという。鉄道事故調査官は、本紙取材に「形状がこれほどひどい車輪は正直、見たことがない」と明かしている

▼「丸い車輪」は安全走行のキホンのキだろう。JR北海道のおざなりな検査体制に背筋が寒くなる。「車輪の上」に載っているのは乗客の命。基本がゆがんでいては振動で安全や信頼も振り落とされる。(卓上四季)

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A12c1 空いた口が塞がらない!車輪の上と下とは天地の違い。比べるのも憚るが、子供の時に読んだ『車輪の下』を思い出す。

『車輪の下』(しゃりんのした、独語:UNTERM RAD)は、ヘルマン・ヘッセの長編小説。1905年に発表された。なお、邦訳本によっては『車輪の下に』や『車輪の下で』と題するものもある。

 周りの人々から期待され、その期待に踏み潰されてしまった少年の姿を描く自伝的小説。日本では、ヘッセの作品の中で最も有名な作品である。題名の「車輪」は、主人公の少年を押しつぶす社会の仕組みを表現している。

 あらすじ =天才的な才能を持ち育ったハンスという少年は、エリート養成学校である神学校に2位の成績で合格する。町中の人々から将来を嘱望されるものの、神学校の仲間と触れ合ううちに、勉学一筋に生きてきた自らの生き方に疑問を感じる。そして周囲の期待に応えるために自らの欲望を押し殺してきた果てに、ハンスの細い心身は疲弊していく。勉強に対するやる気を失い、ついに神学校を退学する。

 その後機械工となり出直そうとするが、挫折感と、昔ともに学んだ同級生への劣等感から自暴自棄となり、慣れない酒に酔って
   川に落ち溺死する。

   JR北海道。「車輪の上」に載っているのは乗客の命なのだ。これ以上は『武士の情け』で吠えません!

「魔法使いにさせて下さいといって魔法使いになる」

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  なるほどと思った。先日の本紙「声」欄(東京本社版など)だ。一度だけ魔法が使えるとしたら何をしたいか。小学生同士で話していたら、ある子が言った。「魔法使いにさせて下さいといって魔法使いになる」

▼それがかなえば魔法は使い放題、なんでもできる。一同、「すごい」と盛り上がった。これは憲法96条の改正と同じでは、というのが投稿した方の見立てだ。改憲の発議の要件をまず緩めるという主張の危うさを鋭く突いている

▼試合に勝てないから、ゲームのルールを自分に有利なように変えるようなもの。何に使うかわからないが、とにかく拳銃をくれ、と言うようなもの。96条の改正を先行させようという発想は、様々に批判される。要は虫がよすぎませんか、と

▼この件で自民党元幹事長、古賀誠氏の発言が話題になっている。共産党の機関紙「しんぶん赤旗」日曜版(2日付)のインタビューに答え、96条改正について「私は認めることはできません。絶対にやるべきではない」と言い切った

▼議員を退いた身とはいえ、自民党の重鎮が宿敵というべき共産党の求めに応じるとは驚きだ。古賀氏は幼いころ、父を戦争で失った。「戦争を知る世代の政治家の責任だと思ったから」だと話している

▼やはり戦争を知るOB、野中広務・元幹事長も「要件から変えるのは姑息(こそく)なやり方だ」と批判している。魔法を使おうなどと夢を見ず、穏健な保守の構えを貫く。よき伝統を引き継ぐ後輩は今の自民党にはいないのか。(天声人語)

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Tinenjbg  小学生の ある子が言った。「魔法使いにさせて下さいといって魔法使いになる」と。{言い得て妙}なのだ。
 恐るべし知恵! ∑(=゚ω゚=;)

 かく言う〝珍念〟髪の毛はないけど、頭・悪い! 知恵が欲しいです。

「まともに破砕帯にぶつかったら、どうするんだ」

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 日本一の高さを誇る黒部ダム建設を描いた映画「黒部の太陽」。主役の石原裕次郎さん演じる設計技師が、難所のトンネル工事について話すせりふにどきっとした。「まともに破砕帯にぶつかったら、どうするんだ」。 破砕帯とは、地殻が動く力によって細かく砕かれた岩石でできた軟弱な断層のこと。

▼現在、敦賀原発2号機が廃炉となる可能性が高まっているが、その原因は直下の破砕帯が原子力規制委員会によって活断層と認定されたためだ。 ダムと原発の二つに時を隔てて破砕帯が立ちふさがる。不思議な巡り合わせと言うほかない。実際に黒部では破砕帯の影響で落盤、出水が相次いだ。トンネルの中を津波のように押し寄せる水に、作業員が次々のみ込まれた。

▼多大の犠牲を払いながらも完成にこぎ着けたのは、敗戦からの復興に不可欠な電力供給に懸ける電力マンの信念と、日本の高い土木技術力があったからこそだろう。一方で、人間は科学の力で自然をコントロールできるなどとおごってはいけない。映画にはそんなメッセージも込められているように見える。

▼残念ながら、人間のおごりや慢心は原発の安全神話が実証した通り。福島第1原発は今も大量の汚染水との闘いが続いている。 人間が犯した過ちは人間が後始末するしかない。その信念と技術力はまだ日本人にはあるはずだ。今日、黒部ダム完成から半世紀の節目を迎える。【小社会】

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Bouzu 〝珍念〟昨夜 摩訶不思議な夢を見た。なんと「猿の惑星」でした。

2013年5月(内之浦基地)から打ち上げられた惑星探査船が、地球から何万光年離れた惑星に不時着する。
そこは外見上猿と思われる種族が高い知性を持ち、人間種族は丸裸で言葉もしゃべれない、
猿と人間が逆転した惑星であった。

 主人公の宇宙飛行士(珍念)は事故で怪我を負い言葉が出せなくなったため、最初は家畜人間と同じ扱いを受けるが、猿種族のチンパンジー科学者の助けを借りて、知性を持つ人間であると証明される猿種族には、“禁断の地”という踏み入れてはならない言い伝えの土地があるのだが、(珍念)は反対を押し切ってその地へと出かける。

 そこで(珍念)が目撃したものは砂に埋もれた“六本木ヒルズ”と、朽ち果て崩れ落ちた{東京スカイツリー}だった。地球から遠く離れたと思っていた惑星は、実は地球で(おそらく座標軸の故障)、しかもウラシマ効果により何百年も経過した未来の地球であった。人類は核戦争か原子力発電所の爆発が引き金、で、ほとんどが死に絶え、変わって進化した猿達が地球を支配していた。 正夢にならないかなぁ。〝杞憂〟している!

 今日も、変人の〝珍念〟支離滅裂のコメントを述べています。お笑い下され~い。

「準備をすること」=「緻密な計画」

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  5年連続盗塁王に輝いたプロ野球・阪神タイガースの赤星憲広元選手は、一、二塁間をおよそ3・2秒で走った。投手が投げ、捕手の送球が二塁に到達するまでの時間も平均3・2秒。単純に考えれば、セーフの確率は五分五分

▼だが赤星選手は、盗塁成功率8割以上を誇った。秘訣は何か。氏は、まず「走る勇気を持つこと」だと答える。そして、走る勇気を持つには、「準備をすること」が必要だと(『頭で走る盗塁論』朝日新書)

▼相手投手や捕手、内野手の体の動きを観察する。データから配球パターンを割り出す。打者の特徴、アウトカウント、点差、風向きなどを考える。万全の準備が盗塁する決断を生む。裏付けのない勇気は、ただの無謀に過ぎないのだ

▼先日、80歳でエベレスト登頂に成功した冒険家の三浦雄一郎氏は、1日当たりの行程を従来の半分に減らし、ベースキャンプから山頂までのキャンプの数を増やした。「緻密な計画」が、ここでも偉業を支えていた

▼私たちの活動も、方程式は同じだ。ある男子部の友が言っていた。「自分は、誰よりも友人の幸福を祈り抜いている。そう思った時、〝語る勇気〟が湧いてきました」。広布前進の、基本にして最高の準備は、友を思う強き祈りにある。(名字の言)

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De     (『頭で走る盗塁論』朝日新書)内容(「BOOK」データベースより)
  入団から5年連続セ・リーグの盗塁王を獲得した知性派・赤星憲広  が、その卓越した理論で、いかに頭を使えば盗塁ができるかをわかりやすく解説。投手や捕手や内野手との心理的な駆け引きを初めて公開した、今までの野球の見方が大きく変わる1冊。

☆ 史上最高齢の80歳で世界最高峰エベレストの登頂を果たした冒険家の三浦雄一郎さん。無事下山したネパールのカトマンズで会見し語った一言一言に感動した。90歳での挑戦を質問され、さすがに「もうたくさんだよ。疲労困憊(こんぱい)」と苦笑いしながら「夢を見て、諦めず実行した。素晴らしい宝物になった。70歳や80歳で自分を諦める人が多すぎる。まだまだ80歳がスタートだと思えば、人生が面白くなるんじゃないか」。

☆先が見通せない世の中で高齢者をはじめ、多くの人にメッセージを送っている。「(世界6位の高峰)ヒマラヤのチョーオユーの頂上からスキーで滑りたい」。と
 
 かく言う〝珍念〟減らず口だけは・・(@_@) これ以上は『蛇足』なのだ。

ヒトラー〝激似〟やかん広告 全米騒然!?

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米百貨店大手J・C・ペニーが販売するやかんの広告写真とナチス・ドイツの独裁者ヒトラー(英デイリー・テレグラフのHPから)

 米百貨店大手J・C・ペニーが販売するやかんの広告写真が、ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーに「そっくりだ」とインターネット上で話題になり、看板広告がこのほど撤去された。米メディアによると、騒動を受けて商品は品薄となり、競売サイトでは定価の5倍以上の値が付いている。

 問題のやかんはステンレス製で40ドル(約4千円)。米建築家マイケル・グレーブズ氏がデザインした。

 やかんを真横から見ると、取っ手とふたのつまみの黒い部分がそれぞれヒトラーの特徴的な髪形とひげに、斜め上に向いた注ぎ口がナチス式敬礼をする右手のようにも見える。(共同:世界仰天ニュース)

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あっぱれ! 米百貨店大手J・C・ペニー社、に「ブラックユーモア賞」を差し上げまする。
〝越後屋、おぬしも悪じゃのう〟・・高笑いが聞こえるようです。 
それにしても、この大英断。・・・かく言う〝珍念〟も {やかん}ほしいです。
 \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

1割の人は本当のことをいう

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 仕事柄、気になった記事を切り取ったり、コピーしておく癖がある。そうしたファイルの一つを最近、資料整理の最中に見つけた。

 ▼めくるうちに平成22年10月2日付の朝日新聞「追憶の風景」シリーズの切り抜きが目に留まった。ノンフィクション作家、保阪正康氏が歴史に関する面白い人間心理を語っている。

 ▼保阪氏は昭和史を調べる中で延べ4000人に話を聞き、気づいたことがあった。「1割の人は本当のことをいう、1割の人は最初からうそをいう、8割の人は記憶を美化し、操作する。この8割というのは実は我々なんです。悪人じゃないけどうそをついている。本を徹底的に読んでいないと、そうした証言の真偽は判断できない」

 ▼保阪氏の言葉は物書きの世界の末席を汚す者として、とても興味深かった。
 私も何度か地域史に関係する記事を書かせていただいた。若い頃は自分の筋立てに合う話があるとすぐ飛びつき、そのたびに後悔してきた。そして世間同様、「うまい話には気をつけろ!」という教訓を得た。

 ▼私がその場にいた訳ではないので、歴史の事実を100%再現することはできない。しかし、可能な限り大勢の人から話を聞き、資料に当たり、100%に近づく努力はできる。少しでも違和感があれば徹底して調べ、違和感が解消されないもの、納得できないものは書かない。周囲の話が一致しないものも載せない。それは過去の失敗から学び、自分自身に課したルールでもある。

 ▼保阪氏はこうも語る。「それでも記憶を持っている人たちがいるときにできる記録は、バランスがとれいる。記憶は記録を補完し、記録は記憶を正す」まさに至言。保阪氏は次の言葉で締めくくっている。

 ▼「記憶を持った人が少なくなっていく時期は、記録が改ざんされかねない。それだけは許容してはいけない」時を経て目にした切り抜きから改めて、物を書く者の責任の重さを痛感させられている。【気仙坂】

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      減らず口の〝珍念〟『畏れ入り谷の鬼子母神』!

      日々の行動を反省し・恥じている。

“神の手” (@_@)

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  6000人以上の心臓疾患者の命を救ってきた、外科医の天野篤氏。氏が形見として大切に持つのは、父親の心臓に付いていた小さな人工弁だ

▼父親は心臓の疾患で亡くなった。2度目の手術には、助手として最善を尽くし、3度目にも立ち会った。だが、父を救うことはできなかった。「父のような患者さんの姿は見たくない」。この悔しさが、最高の心臓外科医に、と誓うきっかけとなった

▼“神の手”などのマスコミの評に、氏自身は違和感を持つという。“手術に偶然の要素があってはならない。偶然性を排除し、必然性をつくっていく。それが手術を成功させるプロセスだ”と(『この道を生きる、心臓外科ひとすじ』NHK出版)。一回一回の手術に“勝つ”ために、何度もシミュレーションを行う。命を守ることに徹する

▼日蓮大聖人は、四条金吾に「仏法と申すは勝負をさきとし」(御書1165ページ)と教えられた。一方で「仏法と申すは道理なり」(同1169ページ)とも諭されている

▼「勝利」は、祈れば天から降ってくるものではない。仕事や生活、広宣流布の活動に「勝つ」と固く決める。勝つために強く祈る。祈って智慧と勇気を取り出し、行動を積み重ねる。その時、勝利は必然となる。(名字の言)

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『この道を生きる、心臓外科ひとすじ』NHK出版):内容紹介-天皇陛下の執刀医、「偏差値50」の人生哲学とは?

 真に努力を重ねるとはどういうことか。トラブルに動じない磐石な不動心をどう身につけたのか。6000人以上の命を救ったカリスマ医師が初めて明かす。決してエリートではなかった著者が、医学界の権威・東大医学部の手術室に、天皇の執刀医として招かれるまでの道のりを記しながら、患者を死の淵から救う奇跡のドラマを通して、高齢化社会における医療のあり方をも問いかける。

山が高いからといって、戻ってはならない。行けば超えられる。仕事が多いからといってひるんではいけない。行えば必ず終るのだ。モンゴルのことわざ

今日も減らず口は絶好調です・・( ^ω^)おっおっおっ

思い込みの怖さを知る

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 予断というか思い込みというか他愛ない失敗をして、世の中にはこうしたケースが日常茶飯的にあるのかもしれないなと思ったらいささか怖くなってきた。時と場合によっては大事故につながるかもしれないからだ。

 ▼その失敗とはこうだ。年甲斐もなく始めたラジコンヘリが面白い。しかし、反射神経が鈍いところへもって四捨五入すると「七十の手習い」だから、上達が遅いのは当然としてももう何十機も壊し、「本物を買った方が安く付いたのでは」と周囲から笑われる始末。

 ▼物を分解すると必ずネジが余るという非論理性に加えて、プラモデル以前の幼稚な工作すら手がけることがなかった人間でも、いじっているうちに修理のまね事ぐらいはできるようになったのは一大収穫だが、落としては修理し修理しては落とす繰り返しがずっと続いている。

 ▼まだテスト飛行中なのに墜落させてメインマストを曲げてしまいようやく修理を終えたその機体のバッテリーをつなぐと、なぜかうんともすんともない。ラジコンはプロポと呼ばれる送信機で動かすのだが、昨日のチェックでローターはまちがいなく動いたのにこれはおかしいと、機体の不具合を探したがどこにも異常は見当たらない。

 ▼次にこれはプロポがおかしくなったのかもしれないと、マニュアルを片手に調べたが、とても初心者の理解が及ぶところではなかった。思いあまって「指導教官」に電話しようと思ったところで失敗に気付いた。その機種に使われるプロポではない別のプロポをいじっていたのであった。

 ▼ニッサンの車のカギを使ってトヨタの車を運転しようとしていたわけで、これではエンジンなどかかるわけがない。

 ▼最初、なぜその誤りに気付かなかったのか、そして気付くまでになぜ半日も要したのか?こういう場合、まず原点に戻って考えることの大事さを教えられたような気がするが、本物を操縦していたらまず間違いなくあの世に行っていただろう。【気仙坂】

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    『他山の石』 これ以上は【蛇足】なのだ!

DNA笑えない話

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 「息子が私にも妻にも似ていないのは、妻が浮気をして産んだ子だから」と疑う夫。その妻は整形手術を受けていた過去を夫に隠して結婚していた。

▼ 2013年5月14日、「私は容姿に自信があるし、妻も美人だ。でも、息子は私たちにちっとも似ていない。だから妻が浮気をして産んだ子に違いない」と思い込んだ若い夫が、親子鑑定を求めて専門医を訪ねた。長江日報(電子版)が伝えた。

▼ 先月11日、中国・湖北省武漢市の武漢大学付属中南医院親子鑑定センターの辛盛(シン・チョン)医師は、1組の夫婦と面談した。「先生、うちの妻は浮気しています。息子は絶対私の子供じゃない。親子鑑定してください!」と怒った表情で訴える夫。その隣にいる妻は、一言も発せずに悲しそうに座っている。

▼ 27歳の夫は結婚して4年になる妻との間に、今年3歳になる息子がいる。その息子の顔立ちが両親に全く似ていないと夫は言う。「どう見ても私の息子ではない」と言い張る夫に対し、妻がついに重い口を開いた。彼女は整形美女だったのだ。平凡な顔に生まれた彼女は、二重まぶた形成術や隆鼻術などを受けてきた。その後、夫と知り合い、結婚。整形手術のことは、嫌われたくないので夫に黙っていたという。

▼これを聞いた辛医師は、「奥さんは浮気したのではない。親子鑑定のことは、もう一度2人で話し合ってから決めなさい」と話して2人を帰した。13日午前、「妻の過去の写真を見ました。息子はやはり私たちの子供です。お騒がせしてすみません」という夫からの電話があったという。

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コメントは・・『仰いて天に愧じず』の諺が身に染みる!

「将棋界の一番長い日」

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 いつから「将棋界の一番長い日」と呼ばれるようになったのだろう。毎年3月上旬の一日、トップ棋士10人による、A級順位戦の最終局が一斉に行われる。そこで今期の名人挑戦者となった羽生善治棋聖は現在、森内俊之名人との激闘の真っ最中だ。

 ▼最終戦が注目されるもうひとつの理由は、降級する2人の敗者の存在だ。自分の対局だけでなく、ライバルの勝敗が運命を分ける場合もある。その不条理を含めて、ファンにはたまらない。軽妙なエッセーでも知られる先崎学八段は、特別な一日の魅力を「はかなく、もののあわれみたいな匂い」と表現する(『棋士が数学者になる時』日本将棋連盟)。

 ▼2020年夏季五輪の実施競技の候補に挙がっていた競技、とりわけレスリング関係者にとって、さぞ長い一日だったろう。古代オリンピック以来の花形競技が、今年2月に除外候補となったのは、思いもかけない出来事だった。

 ▼国際オリンピック委員会(IOC)は、ロシアのサンクトペテルブルクで開いた理事会で、そのレスリングを、野球・ソフトボール、スカッシュとともに最終候補に選んだ。米国、ロシア、イランなど強豪国が、政治的対立を超えて団結し、ルール変更など改革姿勢を示したことが評価されたようだ。

 ▼もっとも残り1枠をめぐっての闘いは、予断を許さない。「一番長い日」となるのは、9月にブエノスアイレスで開かれる総会だ。招致レースにも決着がつく。東京に決まれば、問題はない。

  ▼ただ実施競技については、どれが選ばれても「不条理」感はぬぐえない。歓喜に包まれる勝者に対して、敗者からは、「残酷さを演出するかのように人が離れていく」と先崎さんはいう。つくづくIOCが恨めしい。【産経抄】

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   Coi_2 『まな板の鯉』なのだ!。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。   
    (『棋士が数学者になる時』 商品の 説明: 内容紹介
    ー 私は声を発した。「詰んでただろ」木村がきっと私を睨んだ。
    「どこでですか」「香を取るところ」しばし木村の目が泳いだ。
「どこですか」。投了直後で興奮しており、図が頭の中で作れないのだ。私はていねいに、先の変化を説明した。ふたりは同時に悲鳴のような声を出した。(本文より)

 特別な才能を持った選ばれた人間が、強いプレッシャーと戦い続けながら一手一手に魂を込め続ける棋士たちの日常。高度な技術と強い執念がないまぜになった対局室には、今日も新しいドラマが生まれる。先崎学が将棋そのものと
   いうテーマに真正面から挑んだ「千駄ヶ市場」シリーズ、ついに最終巻。 今日も〝珍念〟『ごまめの歯ぎしり』している!

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