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2013年4月

被爆国政府が悪魔に耳を貸すのか

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 「ファウスト」

 ゲーテの戯曲「ファウスト」は、ファウスト博士が悪魔と取引し、若さと引き換えに魂を売る話だ。その結果、博士は他人を不幸にし、自身も破滅する

▲悪魔は人間を苦しめて笑う。博士は、そんな悪魔に怒り、天を仰いで「なぜ、おれをこんなやつと結びつけたのか。他人に害を与え、他人の破滅を食い物にするような卑劣なやつに」(「ゲーテ ファウスト」新書館)と後悔するが、もう遅い

▲悪魔と取引することなど不可能だ。悪魔のささやきに耳を貸したが最後、人間は必ず破滅させられる

▲「核兵器は悪魔の兵器。人類とは共存できない。だから必ず、廃絶してほしい」。苦しみながら死んでいった被爆者たちの遺言だ。被爆地長崎はその遺言を守ることを使命と考え、世界に核廃絶を訴えてきた。被爆国日本の政府も同じ使命を負っている

▲使命を放棄した愚行である。日本政府が、ジュネーブで開催中の核拡散防止条約(NPT)再検討会議・準備委で、既に約80カ国が賛同している「核兵器の非人道的影響に関する共同声明」への賛同を拒否した。「日本の安保政策に合致しない」が理由という。核の傘の下にある現状を固定化し、まるで悪魔と共存を図っていこうとするかのような言葉に世界は失望し、広島、長崎から抗議の声が上がった

▲被爆国日本の政府が悪魔のささやきに耳を貸したが最後、人類は滅亡に向かう。罪の重さを知るべきだ。(水ゃ空)

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Do   この悪魔め、 消え失せろ!

吉田小学校

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 佐賀県南西部、嬉野市の山あいにある吉田小学校が、新聞を授業に活用して今月で3年目に入った。切り離した記事、見出し、写真をパズルのように正しく組み合わせるなど、授業は工夫されている。

 昨年11月、日本語検定に5、6年生が挑戦。団体の部で九州から唯一、最高の文部科学大臣賞を受賞した。先生たちは新聞を使った授業の効果と喜ぶ。

 だが、新聞を活用する狙いは筆記試験の点数向上とは別にあるとベテラン教諭が教えてくれた。「世の中は教科書では学べないことが多い。現実は理不尽なことがいっぱいあるわけで、良いことも悪いことも現実を伝える新聞が役に立つ」

 優秀な教え子が卒業後、受験や就職でつまずき、立ち直れずにいる姿を何度も目の当たりにし、教科書の限界を感じたという。新聞の向こうに、子どもたちがいることに気付かされ、ハッとした。(デスク日記)

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      402  あっぱれ! 毎日が日曜日の(珍念)全国紙・地方紙・のコラムを読んでいます
       が、どちらが菖蒲か杜若か? 甲・乙・付け難し。 素晴らしい記事にはハット
       させられる。

       いっも、独断と偏見でコメントを引用させて戴いています。文面には、夜空に
       輝く満天の星はダイヤモンドの煌めきがある!

       \( ^∇^)/θ☆ わ~い!
       

 

〝出雲の左甚五郎〟

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小林如泥作 透塀

  江戸後期に〝出雲の左甚五郎〟と呼ばれた男がいたそうだ。名は小林如泥。松江藩主の松平家に仕えた職人で、指し物や木彫りでは優れた技を持っていた。この男には面白い逸話が残されている

▼ある日、藩主の命により、別の男と木彫りの腕比べをする。お題はネズミ。判定役は本物の猫だった。献上された品はともに見事な出来栄え。だが猫は如泥の作に飛び掛かる。このネズミ、実はかつお節で作った品。いくら上手でも木彫りは木彫り。猫が選ぶ道理がない-と笑った

▼だいぶ前だが、「猫まっしぐら」なるキャッチコピーで話題を呼んだペットフードがあった。以来、飼い猫や飼い犬用に市販されている餌の品質は年々と向上。昨今では毎日与える総合栄養食のほか、間食用や特別療法食もあると聞く

▼その一方で、ペットの肥満も増えているようだ。ペットフードの研究開発に取り組む日本ヒルズ・コルゲート(本社東京)が、全国の獣医師を対象に調査した結果、犬猫の肥満率が最も高かったのは四国。全国平均の33・1%に対し40・3%だったという

▼また、肥満の人が飼っているペットは、ぽっちゃり体形が多いようで、オーナーの肥満認識率も四国は51・4%で5位。ちなみに北海道・東北地区を見てみると、ペットの肥満率は30・9%。全10エりアの中では7位と低い方だった

▼ペットが太る要因は、餌以外に家族が別々に食べ物を与えてしまうこと。よって人間と同様に肥満予防には、食事の管理と家族の協力が大事となる。そうそう、かつお節のネズミ。これも禁物だろう。【栗駒おろし】

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Meisak51 この<コラム>『的を射る』・・あっぱれ、「ユーモア大賞」を差し上げます!
<そうそう、かつお節のネズミ。これも禁物だろう>の〝オチ〟は素晴らしい。
 かく言う〝珍念〟のオチは?  これにて落ちます・・( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「ロゴセラピー」

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 心理療法の一つに「ロゴセラピー」がある。自らの生きる意味を見いだすことを援助する療法。ナチスのユダヤ人強制収容所を生き延びた精神科医V・E・フランクルが体系化した

▼どんな時も人生には必ず意味がある。人生のどこかに、あなたを必要とする「何か」「誰か」がいて、その存在は、あなたに見つけられるのを待っている。これがフランクルの思考の核心だ

▼「おとうさん、なんみょう(=唱題行)せなあかんで」。それが息子の最後の言葉だった。3歳10カ月で逝った。交通事故だった。“なぜ、こんな苦しみに遭わなければいけないのか”煩悶する壮年のもとに、同志が何度も励ましに訪れた

▼息子の言葉が頭から離れなかった。自分のことしか考えない生き方を変えようと決めた。3人の友に弘教も実らせ、今、壮年はブロック長。人の幸福のために行動する喜びを発見した。この仏法を伝える自分を待つ人がいると感じた。それを教えてくれた息子が胸の中に生きている

待っています」――池田名誉会長は常々、私たちの人生の勝利を祈り、期待を寄せる。私たちには、どこまでも信じ、励ましを送り続けてくれる同志、師匠がいる。そこに深く思いを馳せる時、生きる勇気が湧き上がる。(名字の言)

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(´;ω;`)ウウ・・・ かく言う〝珍念〟減らず口を叩かず。 一歩前進したい!

 精神科医V・E・フランクル「ロゴセラピー」 商品の説内容 (「BOOK」データベースより)
現代人の精神の病は、性欲や権力欲の葛藤ではなく、“生きる意味”の喪失に起因している
―フランクルの創始した「ロゴセラピー」の思想と技法を平易に解説した感動の入門書。
E・ルーカスによる「ロゴ・テスト」論も併録。

読者の皆さま、気が向かれましたら一度ご覧になって下さい。これ以上は『蛇足』なのだ!

ばばば「あまちゃん」が面白い

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 1日に始まったNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」が面白い。仕事がある日も休みの日も、午前8時から15分間、テレビにかじりついている。

▼「あまちゃん」は、人気脚本家・宮藤官九郎氏のオリジナル作品。岩手県の架空のまち・北三陸市を舞台に、海女となった女の子が地元のアイドルとなり、やがて東京で本物のアイドルを目指す…という物語だ。

▼CMなどで活躍する能年玲奈がヒロインの天野アキに扮し、その母・春子を小泉今日子、祖母・夏を宮本信子が演じている。ほかの登場人物も、ベテランから個性派、注目の若手株まで多彩な顔ぶれが並ぶ。

▼連続テレビ小説といえば、前作「純と愛」が良くも悪くも実験的だった。割と見ていた方だと思うが、最後までヒロインに共感ができず、納得がいかない内容であった(最後は里やの女将が書いた物語でした…というオチでも良かったのに)。

▼それゆえ、「あまちゃん」にかける期待は大きかったが、いまのところ、その期待は裏切られていない。

▼随所にちりばめられた遊び心とユーモアに朝から笑わせられ、台詞の一字一句を聞き逃したくないほど。驚いたときに飛び出す方言「じぇ」は、個人的にはすでに気仙の「ば」をしのぐほどに浸透しつつある。

▼一方で、親子間や地域住民との絆といった、心に響く場面もしっかりと表現。沿岸部ならではの不便な交通環境、過疎化と後継者不足、地域資源をまちおこしに活用しきれないもどかしさなど、地方の課題も浮き彫りにしている。

▼今後、地元のアイドルになったアキが北三陸というまちをどう変えていくのか、楽しみは尽きない。

▼東日本大震災の発生以降、少しずつ復旧、復興の歩みが見られるものの、もっと元気がほしい岩手県沿岸部。北三陸地域に「あまちゃん」がもたらす経済などへの効果は大きいものとなるだろう。南の気仙地方にも波及し、みんなが「ばばば!」と驚けるようになればと願っている。( 気仙坂)

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53    「あまちゃん」頑張れ、これ以上のコメントは・・『蛇足』!

ときめきの 「キュートナー」 (*^_^*)

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 20年前、フランス人女性に取材して年齢を聞き、烈火のごとく叱られた。「私は私。年齢は関係ない」。年を気にするのは日本だけ、とも。強烈な自信がうらやましかった

▲ きょうは作曲家中村泰士さんが提唱する「シニアーズ・デイ(シニアの日)」。成熟した大人が誇りを持ち、人生を楽しむ日という。若さや「年相応」に執着しすぎるより、前向きで面白そう

▲ 松山で上映中の映画「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」は、まさにシニアのおとぎ話。インドのホテルで第二の人生を過ごそうと英国から来た初老の男女7人が、思い出や孤独をかみしめつつ、新たな一歩を踏み出す

▲「ここは新しい世界。何事もチャレンジ。それだけでなく楽しまねば」。さっそうと街に出る主人公の目もしわも輝いていた。再出発に、遅すぎるということはない。人生の上級者(シニア)の背中がそう語る

▲ 日本はもう「高齢化社会」ではない。国連の定義(65歳以上が総人口の7%超)の2倍、14%を超えた20年前に「高齢社会」に突入、今は4人に1人の「超高齢社会」。世界初の経験を乗り切れるか、社会の成熟度が問われている。

▲ 中村さんは数年前から、シニアに換えて「キュートナー」(キュートな大人の造語)を発信中。呼称はともかく、これぐらい「年不相応」な遊び心があれば、第2、第3の人生もきっと悪くない。<地軸>

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Photo_8  人生の「賞味期限」の切れる日々が刻々と迫る〝珍念〟・・「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」
の映画の如く楽しく過ごしたい!

ともあれ『名もない人達の中で、心を打たれたと、いわれる人生を私は生きたい』 (池田大作) 
不肖;〝珍念〟も・・・恩師の如く邁進したい!

芸術は〝宇宙生命に内在する力を発現させたもの〟

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 洋画家の櫃田伸也(ひつだのぶや)さんは卓越した画業だけでなく、たくさんの才能ある後進を育てた業績でも知られる。愛知県立芸術大などで教えた

▼弘前市出身の美術家、奈良美智さんもその一人。夜遅くまで大学のアトリエに残って制作していたら、櫃田先生が突然来て短いアドバイスをしてくれたという。そして「メシ食いに行こう」

▼別の日、芝生に寝転んでいると、やって来て「その靴下の色、今描いている絵よりいい色してんじゃん」。制作途中の絵に欲しかった的確なヒントだった。奈良さんがそんな思い出をある展覧会の図録に書いていた

▼先生の家には学生が入り浸り飲み食い。それでも先生は、ある時刻になると「じゃ俺、アトリエ行くから。後はみんな適当に」。画家にとって描くということは何かをこの態度に学んだという

▼櫃田さんは河北美術展の審査員。「単純に枚数を描いてほしい。無理せず、描きたい時に、描きたいものを夢中で描ける時間を繰り返し持てるといい」。物柔らかな表現で、審査を前にそう語っていた

▼26日から河北展が始まった。会場に並ぶのは枚数を重ねてようやく完成した作品。出品者の次作につながる短いアドバイス(審査員短評)を読みつつ、作品を鑑賞できるのも、この展覧会ならでは。(河北春秋)

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              Photo_4 芸術が、ある程度、〝宇宙生命に内在する力を発現させたもの〟だとすれ
               ば、芸術作品に触れて歓喜するということは、それを通じて宇宙生命に触れる
               ということでもある。

              芸術は〝宇宙生命に出あう扉〟ともなりうるわけである。このように、自己と他
               者が、芸術を通じて、宇宙の根源のリズムに共感し、感動を共有していくところ
               に、普遍的な人類の心の連帯が可能になると信じる。

              美に出あうとき、人間は人間に立ち戻る。生命に立ち戻る。立ち戻った人間と
                いう平等の次元では、いっさいの〝カベ〟はなくなる。(池田大作)

                かく言う〝珍念〟コメントは『釈迦に説法』減らず口を閉じます!

「教育としての将棋」

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女流三段の高橋和(やまと)さん

 毎週金曜日の本紙生活面に3月から掲載されている「子育て+(プラス)将棋力」。時事通信社の配信原稿で、女流三段の高橋和(やまと)さんが執筆している

▼連載の第1回。「将棋が子供の成長に与える良い効果について、具体的に説明していきたいと思います」。コラムの狙いを述べて「教育としての将棋」への期待の高さに触れている
▼高橋さんの文章は分かりやすい言葉、丁寧な表現。読み進めるうちに、すっと心へ入ってくる。ししくらすず子さんのイラストも温かくて楽しそう。将棋盤を前にした子どもたちの表情が生き生きと描かれている

▼「将棋を学ぶ上で大切なことは『礼儀』と『真剣勝負』」と第2回の書き出し。「負けて分かる敗者の気持ちは『他者へのいたわり』を育みます」とある。勝者を前に「負けました」と宣言するのは、幾つになっても難しい

▼第3回はテレビゲームとの違いについて「自由であることと、対戦相手の息遣いを感じる点」と解説。同じゲームでありながら、成長につながるような体験を積み重ねていく場が、将棋には備わっている

▼連載は全12回。今日の第6回で前半を折り返す。どんな後半となるのか。読者とともに楽しみに待ちたい。( いばらぎ春秋)

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Photo_3     将棋愛好家の〝珍念〟房将棋ソフトと毎日対戦して一人(屹)ている。
    灰 色の脳細胞が生き生きと目覚めます。ソフトのデベルを挙げると
    ちょっと、勝てません。難しいです。

    「へぼ将棋、王より飛車をかわいがり」「桂馬の高飛び歩の餌食」の格
    言が身に沁みる・・願わくば、女流三段の高橋和さんの教室で学べば
    上達間違いなし・・美人とお金大好きの筆者ですから。あ・・愛犬と妻から苛められる・・口を閉じまする・・ !(^^)!

「天才バカボン」

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  作者本人が「ゆるきゃら」だった赤塚不二夫さんの漫画「天才バカボン」に挿入されたアニメソングは「これでいいのだ!」のリフレイン(繰り返し)ですっかり耳になじんでいるが、この「諦観」というか「達観」が今後の日本に必要な気がする

▼ここでなぜ天才バカボンなのかというと、先日の新聞に載った「韓国外相、訪日を中止」という記事が目に止まった瞬間、「それがどうした?」という疑問が浮かんだからである。むろんそれは麻生副総理ら閣僚の靖国参拝に対する韓国側の対応なのだが、そこですう~っと出てきた対句が「これでいいのだ!」だった

▼今月末に予定されていた日韓両国外相の会談が韓国側の都合で中止になった。その都合というのが、すぐれて日本の国内問題である靖国神社参拝を閣僚たちが強行し、安倍首相までが真榊を捧げたのがけしからんというのだから、これは内政干渉という以前に「お門違い」というものだろう。こんなことで悪化する信頼関係など無意味であり、日本政府は毅然として所信を守ることである

▼超党派の日中友好議員連盟が5月に予定していた中国訪問も中止となったのは相手が忌避したからで、これだって日本国民からすれば「これでいいのだ!」で済まされる種類のものであり、鷹揚に構えておれば時は過ぎて世はこともなしとなる

▼靖国問題をいつまでも外交カードにさせておくべきではない。これは民族としての慰霊習俗行事であり、ここで決着をつけるためにも安倍首相は今度こそ参拝すべきである。【世迷言】

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Ou_2           かく言う〝珍念〟平和主義者です。
          軍国主義者ではありません。
          これ以上のコメントは『蛇足』なのだ

〝人生は、楽しみが多い人が勝利者〟

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「残された時間があとわずかとわかったとき、その大事な時間をどう過ごすか考えてみてください」。著書で、こう問い掛けるのは、医師で「日本笑い学会」副会長の昇幹夫氏である(『泣いて生まれて笑って死のう』春陽堂書店)

▼氏は、この世で一番のストレスは「人間関係」であるとし、一緒にいて元気の出る、「体にいい人」と思い出をいっぱいつくるのが一番と強調する

▼今年2月、琉球大学人間科学科の白井こころ准教授が、沖縄・今帰仁村の高齢者を対象に行った調査が地元紙で紹介された。それによると、人とのつながりが多い人ほど、健康状態が良い傾向にあったという。その要因の一つとして、頼れる仲間がいる安心感が健康に作用しているのではないか、と推察する

▼学会伝統の座談会。そこには、笑顔の花が咲いている。多様な人々が集い、自分が“いい人”になろうという向上の息吹がある。温かな励まし合いで、心と心とを結びゆくこの集いこそ、まさに〝元気の出る人が集まる場〟といえよう

▼〝人生は、楽しみが多い人が勝利者〟と池田名誉会長は述べる。良き友とのつながりは、人生の楽しみを育む。日一日と日の光のまぶしさを実感する季節。勇んで良き出会いを重ねていきたい。(名字の言)

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Bouzu

              天然呆けの〝珍念〟人と出会うのは、大好きです!
              でも、いっも(一言多い)です、自己嫌悪に陥り反省し
              恥じています。栄螺のように口をとじたい。

              『泣いて生まれて笑って死のう』内容(「BOOK」データベースより)
             笑いが自己治癒力を高め健康によいことを科学的に解説し、がん治療や高齢
              者の健康維持に笑いを取り入れている具体例を紹介しながら、元気に老いる
              PPK(ピンピンコロリ)の秘訣や、日常生活への笑いの応用法を伝授する。 

千葉繁さん

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 ホタテの刺し身は、今や日本人にとってもっともなじみ深い料理のひとつだろう。かつては、干し貝柱にするのが一般的だった。昭和30年代前半まで主流だった、稚貝を放流する「増殖」では、貝のなかに砂が入る難点があったからだ。生産効率も悪かった。

 ▼ところが、ホタテ貝の端に穴を開けロープでつるす、「耳づり」という画期的な養殖法を考え出した人物がいる。岩手県大船渡市に住んでいた千葉繁さんだ。2年前の東日本大震災による津波に襲われ、自宅で妻のサダさんとともに亡くなった。88歳と81歳の夫婦だった。

 ▼もともと大船渡湾でカキの養殖に携わっていた千葉さんは、昭和35年のチリ沖大地震の津波でも大きな被害を受けている。その復興工事のために出稼ぎに来ていた漁業従事者を通じて、江戸時代からホタテの産地だった青森県の陸奥湾と縁ができた。

 ▼カキ養殖の方法を参考に、陸奥湾でサダさんとともに試行錯誤を重ね、ついに「耳づり」方式に行き着く。最初はどこの魚市場でも相手にされなかったという。砂の入っていないホタテなど、当時あり得なかった。

 ▼千葉さんは、ノウハウを惜しみなく指導した。改良が重ねられ、現在北東北、北海道のホタテ養殖は600億円を超える産業となっている。その経緯は、今年3月11日に出版された夫妻の伝記『ホタテの神さま』(盛岡出版コミュニティー)にくわしい。千葉さんと長年交流のあった前大船渡市長の甘竹勝郎さんらが資料を集め、作家の松田十刻さんがまとめたものだ。

 ▼津波で全滅した大船渡市のホタテ養殖は、復興を果たしつつある。甘竹さんはいう。「千葉さん夫婦の苦闘の歴史を広く知ってもらうことで、地元はもっとがんばれると思うのです」 【産経抄】

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『伝教大師』は「国宝とは何物ぞ、宝とは道心なり。道心有るの人を名づけて国宝と為す」 云々・・・と。

 道心(どうしん)とは道を修めようとする心、仏教においては仏道を究めようとする心です。この道心をもって生活することができる人が国の宝であると示されています。
 例えば、自分の仕事を自己に与えられた天命と心得て、打ち込む人こそ道心の持ち主でしょう。どんな仕事でも、このような人は限りない喜びを仕事の中に見いだし、生き甲斐を仕事の中に感じることができるに違いありません。「自分という人間はいかにあるべきか」を追究し、自己の理想や目標を定め、その実現に向かって努力すること、そのような人生の道を歩む心といえるでしょう。

    このような人が国中に充満すれば、国は栄え、社会は浄化され、物も心も豊かにな
    る世界が実現します。したがって、伝教大師の御心は、一個人の完成のみならず、
    道心ある人々を育成し、国全体、ひいては世界中に及ぶことを願っているのです
         あ・・・・ 演壇で講義している錯覚を〝珍念〟舞い上がっています。

      ホタテ養殖のパイオニア、千葉繁の一代記・・内容

    大船渡の人たちが復興へと歩むなか、赤崎町の人たちを中心に繁、サダ夫妻を顕
    彰しようという声が上がった。繁は大船渡をはじめ北海道、青森県などの養殖業の
    歴史を変えた。その強靭な精神力、旺盛な行動力、養殖にかける熱い思いを今こ
    そ学ばなくてはならない。本書はそのような有志たちの真摯な思いを受けとめ、ホタ
    テ養殖のパイオニアとして愛妻と二人三脚で歩んできた千葉繁の生涯と事績をまと
    めたものである。―本書 はじめに より―  (´;ω;`)ウウ・・・

「子ども読書の日」

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1冊の本が人生を変えることがある。「私にとっては、小学校の図書館で出あった本です」と、看護師として活躍する東京の女子部員が語った

▼彼女は、これまで国内外の病院でICU(集中治療室)に勤務。現在は大手企業の診療所で働いている。原点は、関西創価小学校の在学中に読んだシュバイツァーの伝記。途上国の医療環境の厳しさなど〝未知の世界〟に衝撃を受けた

▼「苦しむ人のために力を尽くせるなんて、どんなに素晴らしいだろう」――本の中の偉人と対話しながら、青春を歩んできた。学びに学び、やがて自らも途上国で医療現場の改善に貢献するように

▼「少年少女きぼう新聞」に連載中の「希望の大空へ」で、池田名誉会長は読書について述べている。「歴史上の偉人や、物語に出てくる大英雄たちとも話すことができます。その人たちになりきって、何十回も、何百回も、偉大な人生を生きることもできる」

▼何かを学びたい時、その手段には大きく二つある。人との触れ合いから学ぶか。本から学ぶか。そして読書は、時間や空間を超え、優れた人々との交流を可能にする。きょう23日は「子ども読書の日」。「こどもの読書週間」も始まる(5月12日まで)。本から学ぶ醍醐味を伝えたい。(名字の言)

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 読書は自分自身の中にある英知を磨くものである。充実した、また晴れ晴れとした心の世界を開くものである。ゆえに、いくら、たくさんの知識をもっていても、謙虚に自分の〝内なる世界〟を見つめない人は、真の読書の人とはいえない。わが〝内なる光〟を発見するための精神の航海。わが、〝内なる宇宙〟への旅ーそれが読書なのである。

 青春に一書を持てる人は幸である。悪い書物は悪友と同じように、自分を堕落させていく。良き〝一書〟は、すばらしき親友と同じく、生涯にわたって自分を高めてくれる。(池田大作) 

 かく言う〝珍念〟毎晩、本を読んでいます。でも、悪しき煩悩に心が靡いて・・・いる。
論語読みの論語知らず・・・・ あ・・ !(^^)! 余り考えると残り少ない髪の毛が抜ける・・・。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い!

驚異のコンピュータ 「GPS将棋」

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1階自習室(124台中123台使用)   「第2回将棋電王戦」コンピュータの勝利

▼将棋のプロとコンピューターの対局というとお遊びの雰囲気が漂ったが、名人戦の挑戦者や棋聖にもなった三浦弘行八段が敗れて、にわかに人間優位に黄信号がともった。悔しそうな三浦八段の表情が痛々しい

▼碁と将棋のプロ、アマ選抜チームが対決した話がある。碁は六対四、将棋は十対ゼロでプロの勝利に終わったそうだ。「あいつら、アマに負けてやがる」と、将棋のプロは囲碁棋士を嘲笑し、碁のプロは「素人相手に大人げない」

▼「実力制第四代名人」という破格の称号を贈られた升田幸三が、母の物差しの裏に「名人に香車を引いて勝つ」と書いて家を出た話は有名。坂田三吉の打倒関根金次郎の執念は、歌や小説になって語り継がれている。王将を取るか取られるかで争う将棋は、陣の大きさを競う碁に比べて、勝敗の決着が厳しい

▼昨年の第一回電王戦で敗れた故米長邦雄永世棋聖は現役を引退していたし、定石無視の奇策を多発し、失敗した。『われ敗れたり』を著作し余裕を示そうとしたフシもみられるが、本音はどうか。三浦八段も「入王」を目指すというある種の奇策を選択したことへの後悔にさいなまれているのではないか

▼対戦相手のソフト「GPS将棋」は東大の研究者ら有志が開発。約六百八十台のパソコンと接続し、一秒間に約二億七千万局面を読んだという。お遊びの域でないことは立派に証明されたが、升田は「新手一生」を信条とし、大山康晴十五世名人は若手数人が検討している難局の盤面をちらっと見ただけで優劣を当てたという

▼人間の底力が問われるのはこれからである。【大観小観】

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〝珍念〟悍ましい未来に(杞憂)している。

  ママの名前はコンピュータ

コンピュータの利用度がますます増大して、人間は生産や頭脳労働から解放される、というより、追放されるか、もしくはコンピュータに管理される奴隷のような存在になるかもしれない。そうなれば、ロボットは人間、つまりあなた自身のことになるかもしれませんよ。

 
    ペット用ロボットがすでに発売されていますね。お手伝いロボットももうすぐ市販される
   そうです。となると、次に登場するのは教育ロボットと育児ロボットかもしれません。そ
   して、そういうロボットがあれば、「塾通いの必要はなくなり、世界中どこにいても同じ
   内容の教育を受けらます」、「これで女性も育児から解放され、充実した自分自身の
   生活を守れます」と宣伝されることでしょう。そんな科学の進歩をあなたは歓迎しますか?

   全自動洗濯機があるのに、洗濯板を使う必要はない。 それと同じことだよ。そんな声
   も聞こえて来ます。けれど、子供を育てるということは、親としての自分自身も一緒に
   育てて行くということでもあるはずです。子育てに失敗したり、大好きな先生を失望さ
   せたり、 そんな中から育まれて行く「何か大切なもの」を 最先端科学は奪って行く危
   険も はらんでいるのです。 (アンドロイド・『鉄腕アトムの未来学』エッセイより)

戦艦「大和」と伊藤整一の最期

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  明治30年代、今の福岡県みやま市高田町にあった開(ひらき)尋常小学校(現開小)などを経て進学した伊藤整一は、柳川の中学伝習館(現伝習館高)に片道3時間かけて歩いて通った

▼太平洋戦争末期、第2艦隊司令長官になった伊藤は、戦艦大和と運命を共にした。遺影や文献資料などが、かつて「伊藤奨学会」が設けられた開小の校長室にある。大和の模型ともども歴代の校長に引き継がれてきたという

▼「昭和の軍人の遺影を飾る公立学校は極めて珍しい」と元NHKプロデューサーでノンフィクション作家の中田整一さん。「小学校に戦艦大和とは何事か」と騒がれたことがあったが、往時の校長は、伊藤整一は平和主義者であると説いて納得させたそうだ

▼伊藤の人間像は中田さんの新著「四月七日の桜」(講談社)に詳しい。米エール大に留学し、米国の国力を知る伊藤は開戦に強く反対した。戦争回避を望む山本五十六が心情をつづった手紙を伊藤に送っていたことも、この新著で紹介されている

▼大和が没したのは終戦の年の4月7日。今年のその日、地元の歴史愛好家たちが開小で企画した顕彰のための講演会を聴きに行った

▼講演した中田さんは、多くの若い乗組員の命を救った伊藤の決断力や、妻らに宛てた最後の手紙も基に家族愛にも触れ、「誇れる郷土の先人を若い世代に語り継いでください」と話した。講堂を埋めた人たちはうなずきながら聴いていた。【春秋】

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Kuri_2  戦艦「大和」と伊藤整一の最期  内容紹介

山本五十六に最も信頼 された男が家族を思うとき――司令長官として「大和」とともに沈んだ父。沖縄へ出撃した特攻機で散った息子。二人を追うように娘を残して逝った母。昭和20年4月7日か ら翌年9月までに、悲劇が立てつづけに伊藤家を襲う。ただし、伊藤が植えた桜は、今もその命日を忘れずに満開となる。

 新資料多数掲載。山本五十六から伊藤に宛てた未公開書簡・色紙、アメリカ国立公文書館から戦艦「大和」から発信された無線暗号の解読資料、戦死した父・兄から家族への手紙など。 海軍大将・伊藤整一は、沖縄へ向かう際、撃沈された戦艦「大和」を率いる司令長官として、艦とともに海に没した知米派軍人として知られる。

    ちなみに映画『男たちの大和』では、渡哲也が演じた。伊藤を描いた書籍としては、これまで「大和」に乗艦
    し一命をとりとめた作家・吉田満の『提督伊藤整一の生涯』があるが、本書は、伊藤の家族愛、その独断により
    若者たち多数の命を救った面を中心に焦点をあてる。
        昭和16年9月、開戦が不可避となったとき、伊藤は山本五十六ら知米派の期待を
         受け、作戦の意思決定機関・軍令部のナンバー2次長につく。しかし、おのれの考
         えと逆に海軍は破滅への道を突き進む。

         異例の3年4ヵ月次長の職にあった伊藤は、日本の敗戦を意識し、死に場所を求め
         「大和」と共に前線に立つ。その死は、4月7日だった

        父の影響から海軍士官学校へ進み、飛行兵となった息子・叡も、「大和」出撃時に
        上空から援護する部隊に属していたが、その沈没後、4月27日に沖縄への特攻で命
         を落とす。5月には東京大空襲で伊藤家が全焼する。そしてその後には、母にも悲
         劇が待ちうけていた・・・ 今の為政者に是非、読んで欲しい。

     今日も〝珍念〟 『ごまめの歯ぎしり』 なのだ。 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。  

  

曖昧模糊の国

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 かけ声倒れになりそうな気配も。中国の鳥インフルエンザでの情報公開。党中央が大号令をかけたけど、上海市は家族内や院内感染の疑いがある情報を伏せた。「人から人への感染」を不安視か。

 重慶の鶏肉料理店は「お客さんが感染したら最高六十万元(九百五十万円)の補償金を払う」と。たくましい商魂ともいえるが、客は「死んだら意味がない」。原因不明なのだから、その通りだ。

 中国系香港紙が「習近平総書記が北京でタクシーに乗った」と報道。国営新華社通信も後追いでこれを認める報道をしたのに、アレレ、撤回。情報の確度は国の信用。それも今は、人命に関わる。【夕歩道】

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   91   コメントは『言わぬが花』なのだ!

コタンの赤ひげ「高橋房次」

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 北海道白老町。県民にはあまりなじみのない町だろう。白老の地名は、アイヌ語でアブの多いところ「シラウオイ」からきている。アイヌの人々の大集落、アイヌコタンがあった土地である

▼この町で、没後50年以上もたった今も、白老の父として慈父のように慕われている医師がいる。小山市出身の高橋房次(1882~1961年)だ。コタンのシュバイツアーとも呼ばれた房次の生涯にスポットを当て企画展「小山で生まれたアイヌコタンの医師 高橋房次」が、同市立博物館で開かれている

▼県内ではほとんど知られていないが、北海道ではアイヌや開拓民の医療に献身的に尽くした医師として広く知られる。北海道文化賞、同医師会賞を受賞、同町の名誉町民第1号でもある

▼房次は日露戦争に従軍後、1922年、旧土人保護法によって設置された道立白老病院の院長となる。15年後に同病院は閉鎖されるが、白老にとどまり病院を開き、アイヌコタンの医師として生きる

▼貧しいアイヌや開拓民を診療しても、診療費や薬代を請求せず逆に、食料を置いて帰ったという逸話も残る。アイヌ文化を深く愛し、強制移住させられたアイヌの調査、民話の収集などの活動もしている。葬儀には1000人の町民が列をなした。誇るべき県民である。
(雷鳴抄)

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       Kuri (雷鳴抄)のコラミストの迫真の筆致は冴えている
      珍念の筆致は萎えています・・とても足元には及びません!
        

     川嶋/康男著 いのちのしずく  内容(「BOOK」データベースより)

     房次が歩いていると、子どもたちが「院長さんだ!」と喜んであいさつする。町民の
     誰からも慕われた町医者・高橋房次。大正から昭和にかけて、北海道・白老の地
     でアイヌも和人も差別せず貧しい人からは治療代もとらなかった。やさしく、頑固
     な生き方がいま、よみがえる―。

     最も参考になったカスタマーレビュー

     これは、小さないなかの町でいっしょうけんめいはたらいたお医者さんの話だ。
           もし、この本を読んだきみがお医者さんになったら、この本のお医者さんのように、
     どこの国の人だとかお金持ちとかびんぼうとかにかんけいなく、病気の人をみて
     あげてほしい。そして、もし、研究だけするお医者さんになったとしても、この本の
     お医者さんのような気持ちを、ときどき思い出しながら生きてほしい。

     あ・・これ以上は 『釈迦に説法』 口を閉じます。

「晩夏」

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  <昼がまだ笑っている/まだ終わりにはならない>。「晩夏」という詩の中の言葉だという。作者は小説「車輪の下」を書いたことで知られるドイツのヘッセ。俳優児玉清さんも、この詩の言葉がお気に入りだった。

 作家ヘッセは、庭仕事をした人でもあった。花や野菜を植え、草取りもした。人生の後半、執筆する以外のほとんどの時間を庭で過ごす生活を送った。いわく、「土と植物を相手にする仕事は、瞑想(めいそう)するのと同じように、魂を解放し、休養させてくれます」(「庭仕事の愉(たの)しみ」)。

 庭に出るとホッとする。ヘッセでなくても、である。一日の始まりに庭を眺めて、少し体を動かすもよし。一日の勤めを終えて家に帰り、庭に立てば心も癒やされる。疲れもとれる。 庭に喜びあり、楽しみあり。土から顔を出した芽を見つけたときのうれしさ。手間暇かけ、花咲く日、収穫の日を待ちわびる。青森市内の店をのぞけば種、苗、道具が並ぶ。

 きょうは二十四節気の一つ、穀雨(こくう)。きのうは津軽を中心に雪も降ったが、穀雨には穀物の成長を促す春雨という意味がある。春の日を重ねるごとに暖かくなる。まだ明るいな、と思う夕方の景色は「昼がまだ笑っている」というヘッセの言葉にならえば、昼がまだ続いているとでも言えようか。庭で過ごす時間も長くなる。 【天地人】

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 ヘッセ 車輪の下  内容紹介

  ひたむきな自然児であるだけに傷つきやすい少年ハンスは、周囲の人々の期待にこたえようとひたすら勉強にうちこみ、神学校の入学試験に通った。だが、そこでの生活は少年の心を踏みにじる規則ずくめなものだった。少年らしい反抗に駆りたてられた彼は、学校を去って見習い工として出なおそうとする……。子どもの心と生活とを自らの文学のふるさととするヘッセの代表的自伝小説。

コメントは『蛇足』なのだ! \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

ナヌ!「色仕掛け」

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  近頃は「ハニートラップ」などと言い換えられることが多い。だからといって、中国人女スパイの専売特許になったわけではないようだ。静岡地裁の裁判官の口から、「色仕掛け」の言葉が飛び出した。

 ▼静岡市の79歳の男性が、交際していた77歳の女性に損害賠償を求めて訴訟を起こしていた。139回にわたって、約4億円をだまし取られたというのだ。その判決で裁判官は、女性が色仕掛けで男性に好意をもたせて金を受け取ったと認定し、全額の支払いを命じた。

 ▼折しも総務省から、少子高齢化の進行がいっそう鮮明となる人口推計が、発表されたばかりだ。現行基準で統計を取り始めた昭和25年以降初めて、65歳以上の高齢者が3千万人を超えた。さらに全都道府県で、65歳以上の人口が14歳以下の人口を上回ったという。

 ▼元気な高齢者が当事者となる、似たようなトラブルが今後も頻発するだろう。「草食化」のレッテルを貼られた若者たちが、指をくわえて見ていていいわけがない。機密情報や金銭を奪うために色欲に訴えるのはご法度だが、純粋に相手を求める恋の仕掛けなら大いに結構ではないか。

 ▼町や商店街が主催する「合コン」や、フランス文学者の鹿島茂さんが始めた社交ダンスのキャンペーンなど、男女の出会いの場を提供する試みが広がっている。ただ若いカップルが首尾良く恋を成就させたとしても、結婚、出産に踏み切るまでには、まだ経済問題という高いハードルがある。

 ▼4億円とはいわない。男性の場合、年収300万円を境に結婚意欲が大きく変わるそうだ。そのためには何より、景気の回復と雇用の創出が欠かせない。国の衰亡に直結する少子化を食い止める、あらゆる「仕掛け」に待ったなしである。【産経抄】

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  Photo_2 珍念〟昨夜エロチックな夢を見ました。伝説の(女戦士のアマゾネス) の 島に船が難波して辿りつき  
  大歓迎を受け、夢心地に過ごしていましたが、驚 愕の悍ましい結末でした。

  ふと、目覚めると妻が私の顏をじーっと覗いて〝貴方、大丈夫ですか、譫言  をいっていました〝と。
スケベーのなんとも、お粗末な仕儀でした。で、思いついたのは、今日のお題 「色仕掛け」です

 それにしても、騙した方も悪いですが、老いらくの火遊び?に4億円・なんとも、呆れて口あんぐりなのだ。
これ以上のコメントは  『言わぬが花』です。

 

悲劇 『リア王』

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 年老いた王が3人の娘に、親思いの順に財産を分けて引退すると宣言する。口先だけの姉2人に対して、溺愛の末娘コーディリアは率直な言葉で怒りを買い、勘当されてしまう

▼有名なシェークスピアの悲劇『リア王』。実は認知症高齢者の物語でもあるという。そう思って読むと、薄情とされた姉たちにも同情の余地はある。老父の言動は非常識で判断力の低下がみられる

▼荒野をさまよい、人の顔を忘れるのは徘徊(はいかい)と記憶障害だ。コーディリアと再会し、優しくされ少し正気に戻るのが救い。結局、娘3人は先に死に孤独な最期を迎える

▼シェークスピア劇の初演から400年。高齢化時代を迎え、認知症は社会問題となった。全国で介護が必要な認知症高齢者は2012年に300万人を超え、65歳以上の10人に1人を占める

▼対策を整えるため今月、厚生労働省の認知症施策推進5カ年計画(オレンジプラン)が始まった。適切な認知症ケアの流れを構築し、かかりつけ医の対応力を向上、専門家による初期集中支援チームを設置するという

▼住み慣れた地域で安心して暮らすのが目標だが、100人いれば100通りの介護があるといわれる。誰もがリア王になる可能性がある中、現実に合った支援態勢にしたい。 【河北春秋】

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    う~ん !(^^)! 難しい問題を提起された。で・・具体的な処方箋は。 何方か教えて
    下され~い!

    シェークスピア『リア王』を参考に作られた映画を思い出す。『乱 』(らん)は、1985年
    (昭和60年)に公開された、日本とフランスの合作映画である。監督は黒澤明。

    架空の戦国武将・一文字秀虎を主人公にその晩年と3人の息子との確執、兄弟同
    士の 擾乱を描く。物語の骨格はウィリアム・シェイクスピアの悲劇『リア王』であり、
    毛利元就の「三本の矢」の逸話(三子教訓状)なども取り入れられている。

    黒澤による監督作品としては第27作目であり、黒澤が製作した最後の時代劇となっ
    た。黒澤はこの作品を、自分の「ライフワーク」と位置づけ、また「人類への遺言」で
    もあるとしていた。

    あ・・つぃ、演壇で抗議している錯覚に。きょうも【珍念】『ごまめの歯ぎしり』なのだ!
    ( ^ω^)おっおっおっ

    

「お尻を出しなさい」

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  新聞には少々エッチな記事も載る。朝一番に読むには気後れしていたが、いまは傍目も気にせず平然と目を通す。成熟した大人の証拠こか、それとも衰(おとろ)えのサインなのか

▼きのうは連載「男と女のないしょ話」のドクトル大下から、お尻が感覚神経の少ない「鈍感(どんかん)部分」だと学んだ。意外に思ったが、思い当たるフシもある。

▼いたずらをした子を母親が叱るせりふは、「お尻を出しなさい」。草野球の青春の思い出は、エラーのときの「尻バット」の罰。鈍感部分だから、痛みに耐えられた

▼体は敏感一辺倒でなく、お尻の鈍感も成長に役立つ。心も同じだろう。愛情や思いやりを敏感に感じるだけでなく、悪意やねたみに耐える鈍感さも大事である。

▼もっとも、行き過ぎた体罰(たいばつ)やしつけによる悲報がこれだけ続くと、子どもの「心のお尻」が痩せ細り、逆に大人たちの心の鈍感部分が増えてきたようで、心配になる

▼子どもに人気の「おしりかじり虫」は、頭や手足を狙わない。だから、「かじられちゃって、超いい感じ」と歌われる

▼まず大人たちから、お尻の鍛(きた)え方、かじり方を勉強し直す時期だろう。【時鐘】

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A1     うい~うい!・・含蓄のある「お尻」の話  ちょいと こそばゆい
    かく言う〝珍念〟お尻は大きいですが、妻からお尻に敷かれている 
    愛犬には甘えられている。 お笑い下され~ぃ ヽ(´▽`)/

「松坂の一夜」

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   本居宣長        加茂真淵

 本居宣長が本格的に国学の研究を志すきっかけは、賀茂真淵の書物との出あいだった。その後、宝暦13年(1763年)5月の夜、真淵が宣長の地元・松坂を訪問中と知るや、宿までおしかけ入門を請うた。世に言う「松坂の一夜」だ。今年は、この師弟の出会いから250年を迎える

▼2人の出会いは、この1回だけ。宣長は、往復書簡によって、真淵が世を去るまでの6年間、厳しくも慈愛に満ちた指導を受け切る。真淵の没後も、毎年の祥月命日には書斎に位牌を掲げ、生涯、師恩を忘れなかった

▼思えば、小林秀雄は大著『本居宣長』の中で、2人のやりとりを丹念に詳述した。それが宣長を宣長たらしめる要の一つと感じたのかもしれない

▼フランスの作家であるアランの弟子・モーロワはつづっている。「アランはつねに偉大だが、師ラニョーについて語るとき、かれはつねにもまして偉大である」(佐貫健訳)。洋の東西を問わず、師弟の道に徹する人生には、高潔さが漂う

▼法華経では師弟の因縁について、「在在諸仏土常与師倶生」と説く。仏法の師弟の絆は三世永遠であり、弟子は常に師と共に生まれ、巡り合う、と。弟子として、これほどの喜びはない。「報恩」に徹する人生の誉れを忘れまい。(名字の言)
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    「師弟の道」とは・・?

 

         師匠は、弟子の心がよくわかるものである。だからこそ、自分の怠け心に気づかず
    真剣に道を求めようとしない弟子のために、教え、励まして成長させようとする。
    師がいてこそ、求める道も正しく進み、究めていくことができる。
    自身の成長も、人生の向上もある。

    「師弟とは、弟子の『自覚』の問題です。形式ではない。師匠に何回会ったとか、そ
    ばに いるとか、幹部だとか、それは形式です。

    たとえ師匠から離れた地にいようとも、直接話したことがなくても、自分が弟子の
    『自覚』をもって、『師匠の言うとおりに実行するのだ』と戦っていれば、それが師弟
     相対です。

    【師弟の絆こそ、人生の原点といってよい。人間の聡明さは、学歴で決まるもので
    はない。いつの時代、いずこの世界にあっても、師弟という人生の原点をもっている
    人こそ、聡明に人生を生きている人である。】

    根幹は師匠対自分です。(池田名誉会長)は明確に述べていられる。

    不肖:【珍念】減らず口を叩かず、人生の最終ゴールを目指して邁進したい!

「夢と感動の世界」

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1920年代の米国。1人の若者が雨漏りするようなガレージでアニメを描いていた。そこに1匹のネズミ。いとおしさを感じた若者はネズミが主人公のアニメを思いつく。永遠の友達、ミッキーマウスだ

▼若者の名はウォルト・ディズニー。数々のヒット作で人々を魅了した強い意思は、3次元の「夢と感動の世界」を創り出した。その名を冠したテーマパークはあまりに有名

▼東京ディズニーランドが、昨日30周年を迎えた。次々生まれるアトラクション、客への思いやりを欠かさない徹底したサービスは、揺るぎない存在感となり、リピーターは増え続ける

▼夢いっぱいの楽園の歴史はこの国の「失われた20年」とも重なる。バブル景気の反動による資産やモノの価値の下落、増える失業者。規制緩和や構造改革で社会は変容した

▼未来を示せない政治、ままならない現実の中で、ミッキーやミニーたちが織りなす非日常の異空間は、多くの心を夢の世界へ導いた。あくせくする日常に疲れ、擦り切れた気持ちを癒やしてくれもしただろう

▼生前、ディズニーは「ディズニーランドは永遠に完成しない」と語ったそうだ。絶えず変化し成長を続けるという信念。どんな困難に遭遇しても希望の火を掲げ、前に進む志を忘れないで、と諭しているようでもある 【大弦小弦】

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Kuri

  天然呆けの(珍念)<どんな困難に遭遇しても希望の火を掲げ、前に進む志を忘れない>
 の言葉は深く心に響く。反省し、恥じています。
 (全ての夢は叶う。もし追いかける勇気があるなら。)
 (何かを始めるためには、しゃべるのをやめて行動し始めなければならない)
 


 名言に『恐れ入谷の鬼子母神』・・減らず口を閉じます!

裸の「将軍」

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 ベストセラー小説「薔(ば)薇(ら)の名前」の作者、ウンベルト・エーコが「爆弾と将軍」という絵本を書いている

▼戦争好きな将軍が、原子を詰め込んだ爆弾で世界を吹き飛ばそうと考える。果たして将軍は戦争を始めるが、爆弾の中の平和を愛する原子たちが夜中に爆弾から抜け出してしまう。爆弾は不発に終わる

▼絵本の中でエーコは「こんなにたくさんの爆弾を好きなように使えたら、誰だって戦争をしたくなるでしょう」と書いている。北朝鮮の若き「将軍」も例外ではないようだ

▼こちらの「将軍」も「好戦的」(オバマ米大統領)で、飢える国民を犠牲にして核兵器やミサイル開発に余念がない。経済援助を、あわよくば一族の繁栄を約束させる瀬戸際外交に磨きをかける

▼亡くなった英国のサッチャー元首相は、妥協を許さぬ政治姿勢から「鉄の女」と呼ばれた。ファイティングポーズをとり国民を鼓舞する姿は「将軍」と重ならないではない。が、同じ「てつ」でも、前の人と同じ過ちを繰り返す「轍(てつ)を踏む男」と比べては失礼か

▼絵本では、みんな平和がいいと気付き、将軍は何の役にも立たなくなってしまう。国際社会で孤立を深める「将軍」。握り拳とは、誰も握手はできない。(いばらぎ春秋)

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 『馬鹿に付ける薬はない』 『馬鹿は死ななきゃ治らない』
 誇大妄想のヒットラーが蘇えったような、錯覚を感じる。
 市井の(珍念)・・・今日も 【ごまめの歯ぎしり】している。 

「悠子ちゃんの藤棚」は『干天の慈雨のごとし』

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  福岡市南区の大池小学校の「悠子ちゃんの藤棚」で、例年より10日ほど早く薄紫色の花が咲いた。小学1年の長女を病気で亡くした元ラグビー日本代表の森重隆さんが、娘が級友たちに仲良くしてもらったお礼にと26年前に寄贈した藤棚だ。

 昨年、社会面で由来を紹介して以来、同校用務員の江渕純矢さん(26)はプレッシャーを感じていた。インターネットで調べ、保護者に聞きながら手入れした。今年も咲いてくれてほっとしたという。11日の入学式の前には、藤棚の支柱のペンキを塗り直した。

 「毎年同じ話でも、知っていてほしい」とPTA会長の本田洋二さんは、今年も入学式で悠子ちゃんと支えた友達の話をし、新入生に「仲良くしてください」と語り掛けた。式を終えた親子が見上げて帰った。「ここにしかない藤棚を守っていきます」と江渕さん。悠子ちゃんの命は伝わっている。【デスク日記】

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コメントは『蛇足』です!

「悠子ちゃんの藤棚」

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 悠子ちゃんの命伝える 死別25年、藤棚茂る ラグビー元日本代表・森重隆さん
 寄贈 (2012年05月03日 )の記事より

藤棚の下で悠子ちゃんの思い出を語る森重隆さん(中央)、当時の担任の久野篤子さん(右)、PTA会長の本田洋二さん=2日午後、福岡市南区の大池小 福岡市南区の大池小学校の藤棚が、今年も若葉を茂らせた。25年前、同小1年だった長女悠子(ゆうこ)ちゃんを脳腫瘍で亡くした、ラグビーの元日本代表主将、森重隆さん(60)が「娘がクラスメートに優しくしてもらったお礼に」と寄贈した。

 地域では、重い病気と闘った悠子ちゃんのこと、それを助けた級友たちのことが語り継がれている。「これからも、子どもたちの友情のことを伝えていきます」。2日、大池小を訪れた森さんに、本田洋二PTA会長(49)は藤棚の下で約束した。

 6歳だった1986年1月に発症した。新日鉄釜石で日本選手権4連覇を達成後、現役を引退した森さんが、家業を継ぐため福岡に帰郷して4年後だった。森さん夫妻には医師から「半年の命」と告げられた。

 「お友達と一緒に、学校に行きたいよ」。そう訴える悠子ちゃんの希望を森さんが申し入れ、大池小が応じた。同年4月に入学した。当時の担任の久野篤子さん(69)は、級友には病気であることを伝え、「みんなで支えようね」と語り掛けたという。

 歩行が困難になりかけていた悠子ちゃん。子どもたちは登下校時に荷物を持ってやり、昼休みは、薬の副作用で給食が苦手だった悠子ちゃんが食べ終わるまで遊ぶのを待った。「一人きりにしない」。ドッジボールや鬼ごっこは一緒にできるようルールを工夫した。

 体育の授業。「どうする?」と聞くと、悠子ちゃんは必ず「私もやる」と譲らなかった。6月の運動会も、7月の水泳の授業も頑張った。「悠子ちゃん、できたね」。みんなの笑顔が広がった。

 1学期は一日も休まず登校したが、夏休みに病状が悪化して、入院。級友たちは励ましの手紙を書き続けた。でも、願いは届かなかった。旅立ちは11月だった。

      森さんは学校に、藤の苗3本と藤棚(高さ約2メートル)を贈り、翌87年3月に完成し
       た。成長が早い藤に「子どもたちも、どんどん大きくなってほしい」との願いを込めた。

       25年を経て、藤は藤棚に枝をぐんぐん伸ばし、若葉を茂らせている。由来を知る教
        職員はほとんどいなくなった。でも、地元の人たちは忘れていない。2006年からPT
       A会長を務める本田さんは、就任後に保護者の一人から聞いた。以来、毎年のよう
       に入学式で新1年生に語り掛ける。

      「学校でたくさん遊んで、たくさん勉強して、悠子ちゃんのクラスのように、友だちに優
        しい仲良しクラスになってください。そして、どうか命を大切にしてください」と。

       悠子ちゃんは生前、学校の出来事を自宅で楽しそうに話していた。まな娘を亡くし、
        森さんはラグビーへの向き合い方が変わった。現在、指導する福岡高校のラグビー
        部員には「勝つことがすべてではない。人に優しい人間になれ」と教える。

       この日、悠子ちゃんの写真を手に本田さん、久野さんと思い出を語り合った森さん
        は藤棚を見上げ、「ずっと思っていただいて、うれしい。大きくなったな」と言葉を詰ま
        らせた。

        放課後、子どもたちがランドセルを置いて校庭で遊んでいた。今年の花は咲き終わ
         ったが、もうすぐ夏が来る。藤棚が子どもたちを日差しから守ってくれる。

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 Lament    感動しました。 これ以上は『蛇足』なのだ!           

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救いはあるか

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 元裁判官の随筆集「峠の落し文」を読んだ。著者は4年前に亡くなった樋口和博さん。訴訟指揮や判決にも豊かな人間性があふれ「理想の裁判官」とも称された人物だ。

 ▼樋口さんは多くの死刑判決に関与した。「刑事裁判だけを専門にやってきた人でも、死刑判決を一度もやったことがない人もあるなかで、私は何ともめぐり合せの悪い裁判官だ」「『汝裁くなかれ』とは、宗教上の厳しい戒律であるにしても、人が『人の生命』を裁くということは何と大それたことであろう」。

 ▼死刑判決に関わることを「めぐり合せの悪い」「何と大それたこと」と表現。裁判官にとっても死刑は非人間的で過酷であることを端的に示していると感じた。

 ▼樋口さんは死刑制度がある以上、神ならぬ身の人間が裁くことに「一脈の救い」もあるようにも思えると書く。

 ▼「それは死刑の裁きをするその人間裁判官もまた、いずれは大いなる力によって厳正に裁かれるべき運命を背負った弱い人間の一人、という共感から生ずる連帯感によるものであろうか。極刑事件の裁判の法廷は、人間と人間との生命をかけた触れ合いの場。裁く者と裁かれる者との間には強い信頼感が生まれ、お互いに弱い人間同士の愛情が湧く」。

 ▼厳しい職責と向き合って、樋口さんの心境はほとんど宗教的な高みにある。しかし、樋口さんの言う「救い」、すなわち共感や連帯感、愛情は本当に生まれるのか。裁判官の一方的な幻想ではないのかという疑問は消えなかった。(一日一言)

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Kumod

    うまい、天晴! このコラム 『千金の重みがある』 
    珍念・ふと 次の名作が脳裏に浮かんできました
    ちょいと、長くて面白くないかも知れません。
    今しばらく、お付き合いを宜しくお願い申しあげます。

   

           蜘蛛の糸 ~芥川龍之介 あらすじ

          蜘蛛の糸は3つの段落から構成される掌握小説です。「一」では朝の極
          楽の風景が語られます。真っ白な蓮の花が香ばしい匂いを発していす。
          お釈迦様が池のふちをぶらぶらと歩いています。極楽の池の真下は、ち
          ょうど地獄の底になっていることが語られます。お釈迦様が池からのぞき
          こむと、地獄の底で、かんだたという大泥棒が苦しめられていました。

          お釈迦様は、大悪人のかんだたも、一度だけ善行をしたことを思い出し
          ました。かんだたは、森を通る時に、あしもとの蜘蛛を踏み潰さずに助け
          たことがありました。お釈迦様は、その報いに、できることなら、かんだた
          を地獄から助け出してやりたいと思いました。ちょうど、蓮の葉の上に、極
          楽の蜘蛛が糸をかけていました。お釈迦様は、蜘蛛の糸を地獄にたらし
          ました。

          「二」では地獄の様子が語られます。蜘蛛の糸を見つけたかんだたは、
          大喜びしてのぼりはじめました。しかし、地獄から抜け出すのは何万里も
          ありました。かんだたは、途中で一休みしました。下を見ると、自分のあと
          に、何百、何千という地獄の罪人たちが、蜘蛛の糸をつたってのぼってき
          ているのが見えました。自分ひとりでさえ切れてしまいそうなのに、これだ
          けの人数がのぼってきたらたまりません。

          かんだたは、「こら、罪人ども この蜘蛛の糸はおれのものだぞ。お前た
          ちは一体誰にきいて、のぼって来た。下りろ。下りろ」と叫びました。その
          瞬間に蜘蛛の糸が切れてしまいました。「三」は、ふたたび極楽の様子が
          語られます。

          一部始終を見ていたお釈迦様は、悲しそうな顔をしました。しかし、極楽
          の蓮は、そんな出来事にはとんちゃくせずに、あいかわらずいい匂いを
          発していました。極楽も昼近くになっていました

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  ベニスの商人 ~シェイクスピア あらすじ

  ユダヤ人の高利貸シャイロックは、日ごろ憎んでいたベニスの商人
  アントニオに3000ダカットのカネを貸した。ところが、貿易船が寄港せ
  ず、アントニオは返済不能になってしまう。アントニオがシャイロックに
  交わした契約書には、「もし期日までに返剤できなければ、胸の肉1
  ボンドを与える」という文言を入れていた。

        シャイロックはただちに裁判所に訴え、契約の履行を迫る。
            アントニオの窮状を見かねた知人が代わりに 返済しようとしたが、シ
            ャイロックは「すでに契約の期日は過ぎている」と言って、カネを受け
            取ろうとしない。

            裁判所は契約書どうりに肉を切り取ることを許可した。シャイロックは
            裁判官を褒め称え、さっそくナイフを取り出し、アントニオの肉を切ろう
            とした。そのとき裁判官が「契約書には1ボンドの肉とはあるが、血の
            ことは書いていない。もし一滴の血でも流そうものなら、所有地も財産
            も没収する。また、肉が1ボンドより多くても少なくても相成ぬ」と宣告
            した。  あ・・かく言う 珍念の
「峠の落し文」はお粗末でした。
             

            

「完走します」

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  今、もっともチケットが手に入りにくい落語会の一つだろう。松喬十六夜。上方落語の実力派、笑福亭松喬さんの連続独演会である。春夏秋冬ごとに年4回で4年間、合わせて16回

◆間を置くのは体調を整えるためと聞く。というのも、肝臓がんの闘病中だからだ。公式ホームページの記述を拝見すれば「松喬落語を待っている方々のために頑張ります」「完走します」。体をいたわりながら、はなし家の魂にムチを当てる

◆1951(昭和26)年に小野市で生まれ、18歳で六代目笑福亭松鶴さんに弟子入りした。播州弁で苦労しながら、人一倍の稽古で力をつけた。派手さはない。じっくり語り、とことん笑わせ、「うまいなあ」とうならせる。上質な上方の味である

◆第3夜となる今月7日の席に座る。「寄合酒」「貧乏花見」と春らしい演目である。よく知られたネタだから、筋は分かる。しかし、分かっていても笑う。大勢の登場人物を巧みに描き、ここぞというところで爆笑を誘う。手だれの芸だった

◆楽屋を訪ねると、こんな話が耳に入る。「明日からネタを繰りますねん」。ネタを繰るとは、稽古をするという意味である。それも一服せずに始めるという。次回7月は「寝床」である。桂枝雀さんのテープを聴いて…と心づもりを静かに語った

◆闘う相手が病であれ何であれ、背を向けて勝てるはずもない。連続独演会に挑む姿から、そう教わる。【正平調】

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Kuri    かく言う〝珍念〟<闘う相手が病であれ何であれ、背を向けて勝てる
   はずもない>
の言葉に痺れる。恥じている、反省しています。
  
 反省・反省で、『仏の顔も三度まで』・・・(論語読みの論語知らず)
   無学の小人です。悔いのない、人生のゴールをめざし、完走したい!

    

生き方に向き合う

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  「答えがないことがこの会の結論。共に悩み、その時々に最善と思える答えを出し続けるしかない」。在宅医療のシンポジウムは、さながら哲学教室だった

▲ 日本在宅医学会の15回目の全国大会が松山で開かれた。自宅で最期まで生きることを支える在宅医療介護の担い手3千人が参加。揺れ動く患者・家族の心情と、一人一人違う「正解」に寄り添うまなざしは温かく、心励まされた

▲「現代医療は『待てない医療』。終末期は治療を控え、自然な衰えを共に待つことが大事」「誰もが立派な死でなくてもいい。その人らしく『それなりの人生だった』と思えるように支えたい」。結果より対話、過程を重視する姿勢は、大会テーマの「生き方に向き合う在宅医療」そのもの

▲ 日本は1976年に初めて自宅より病院で亡くなる人が多くなり、今は病院が8割。わずか40年前まで身近だった死も在宅医療も遠く、見えにくくなった。最期をどう過ごすかは、誰も避けて通れない大切な問いなのに

▲  昨年、胃ろうなどの人工栄養や人工透析について、各学会が「中止もあり得る」との指針を初公表した。「治す」一辺倒の医療から「治らなくても、支える」医療へ。転換期の今、在宅医療の役割は大きい

▲ 「やり残し、言い残し、食べ残しがないように」とは大会での名言。まずはそんな気持ちで今日を、明日を重ねていこう。(地軸)

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Imagecab2h1nn    このコラム「あつぱれ、お見事」(生き方に向き合う)
    難しい問題の終末期の治療を取り上げている。
    で、具体的には、人の考え方は千差万別なのだ。
    左の女性も見る人によっては全く別人に見える!

    かく言う 【珍念】・・美人とそうでない人に見える・・?
    あ・・減らず口を叩くと閻魔さまから叱られる・・。

『洪庵のたいまつ』

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  「田中君、ちょっとうかがいますが、あなたが今歩いている二十一世紀とは、どんな世の中でしょう」。質問しているのは、司馬遼太郎さんだ。小学6年生の国語教科書のために執筆した『二十一世紀に生きる君たちへ』にある。

 ▼いつどこへ北朝鮮が中距離弾道ミサイルを発射するのか、世界は固唾をのんで見守っている。一方国内では関西の名門大学生らが、大阪市にあるテーマパークで狼藉(ろうぜき)を働き、ひんしゅくを買った。21世紀を見ることなく亡くなった司馬さんに、最近の出来事を報告するのはつらい。

 ▼神戸大学文学部2年の男子学生(19)と友人たちは、「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」内で乗り物から飛び降りたり、わざとボートを転覆させたり、迷惑行為を繰り返した。安全確認のためにアトラクションが一時運休に追い込まれることもあったという。

 ▼しかも、自分たちの振る舞いをネット上で「偉業」と自慢していたというから、あきれてしまう。受けを狙ってふざけるお調子者を、大阪弁で「いちびり」という。彼らは、その範囲をはるかに超えてしまった。

 ▼「その訓練とは、簡単なことである。例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、そのつど自分のなかでつくりあげていきさえすればよい」。司馬さんは、小学生にこうアドバイスした。大学生にもなって、テーマパークのスタッフや他の入園者の精神的苦痛に、考えが及ばなかったのか。

 ▼司馬さんは、やはり小学生のために書いた『洪庵のたいまつ』のなかで、福沢諭吉や大村益次郎らを輩出した緒方洪庵の適塾を取り上げている。学生たちは、恩師からたいまつの火を引き継ぐためにある大学の名誉まで、大きく傷つけてしまった。【産経抄】

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Bi8a     余りにも(阿呆)らしくてコメントするのも憚られる!
    江戸時代だったら即刻、磔にされ、罪九族に及び
    恥をさらしたことでしょう。平成の世は有り難いのだ

     珍念・・・『ごまめの歯ぎしり』している。

    == 洪庵のたいまつ ==
    『二十一世紀に生きる君たちへ』の兄弟編とも言える文章で、こちらは同『小学国
    語』(5年生、下)に収録されている。[[鎖国]]下の日本で[[蘭学]]を学び、多くの弟子
    を残して[[明治維新]]の礎となった

    [[緒方洪庵]]を題材に、「人のために」生きた彼の生涯を紹介する一編である。

ちょっといい話

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 ちょっといい話に出会った。舞台は高知市の小学校。肺炎による高熱のため晴れの卒業式に出られなかった一人の男子児童のために、1週間遅れの卒業式が催された。

 ▼ここまでならよくある話だが、その先が違った。「ただ一人の卒業式」のために校長以下、教職員23人全員が知恵を絞り、花を飾り付け、児童の名前を冠した横断幕も用意した。

 ▼燕尾(えんび)服姿の校長ら教職員全員が見守る中、卒業式が始まる。その瞬間、カーテンに隠れていた級友たちが飛び出してきて「おめでとう」。校長の祝辞、児童の中学生活へ向けた決意表明に続き卒業証書が手渡されたという。

 ▼4日付の高知新聞が大きく伝えていた。先生や級友たちのサプライズ演出もあり児童にとっては忘れられない人生の一幕になったことだろう。さらに感動的なのが児童の母親がつづった感謝の手紙。

 ▼「いじめ、虐待、体罰など、一人一人の子どもが大切にされていないのではと悲しくなるニュースが多い中…(中略)。心から誇りに思える卒業式でした」。教師と生徒、親子の信頼関係が目に浮かぶ。

 ▼先ごろは暴風雪の北海道で、9歳の長女をかばい覆いかぶさって力尽きた父親の話が全国の涙を絞った。回復した長女を励ます激励の手紙も全国から届いているという。

 ▼きのうから春の新聞週間が始まった。ニュースはもちろんながら、ちょっといい話や、世の中まだまだ捨てたもんじゃないことをお伝えするのも新聞の大きな使命と肝に銘じたい。(一日一言)
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

Photo_4   かく言う 〝珍念〟も、ちょっといい話や、世の中まだまだ
  捨てたもんじゃないことを伝えたい!

「危うきこと累卵の如し」

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 きわめて不安定で危険な状態であることを意味する。積み重ねた卵はいつ崩れるかわからず、非常に不安定であることのたとえ。「累卵」は積み重ねた卵のこと。

 停電の原因が配電盤に侵入したネズミとわかり、ほっとしたのもつかの間、今度は水漏れだという。まるで老朽化した住宅で起こるようなトラブルばかりだ。世間では景気回復への期待が高まっているというのに、福島第1原発では、放射性物質との苦闘が続く。

 ▼2月に使用を開始したばかりの新しい施設から、汚染水が漏れだした原因は、今のところわからない。敷地内では他に移す場所もなく、切羽詰まった状況に追い込まれている。日本の汚染水処理の技術は、世界一ではなかったのか。何とも情けない。

 ▼世界一の技術といえば、無人ロボットもそのひとつだ。原発事故の直後、高い放射線量のために復旧作業が難航していたとき、大活躍を期待していた。ところが真っ先に送り込まれたのは、「即戦力」が買われた米国製のロボットだった。

 ▼日本ポリグルという水処理を手がける小さな会社がある。会長の小田兼利さんが独自に開発した水質浄化剤は、瞬く間に濁った水を透明にする。途上国を中心に引っ張りだこの技術を、福島第1原発の高濃度汚染水の処理にも役立ててもらいたいと、東京電力にも申し入れたそうだ。

 ▼もっとも採用されたのは、仏アレバ社のシステムだった。「実績がない中小企業は、簡単には採用してもらえない」。小田さんは、小紙のインタビューで悔しそうに語っていた。

 ▼政府が2年前に出した事故の「収束宣言」が、有名無実になった今こそ、国産技術を結集する時ではなかろうか。事故の処理を東電だけに押しつけ、不手際を批判するだけでは、現場の士気は下がるばかりだ。嫌気がさした技術者が、原発の増設と輸出をめざす中国と韓国に引き抜かれ、原発技術が流出する。そんな悪夢は見たくない。【産経抄】

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   \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

 

「希望」

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 春の花々が咲き誇り、いつもの道が明るい。フレッシュな新人が加わり、いつもの職場も明るくなった

▼ドイツの文豪ゲーテの作品に「希望」と題する詩がある。「わが手の営む日々の仕事/これを完成する高い幸福を与えてくれ!/わたしは中道で倦むことがないようにしよう!/いや これはむなしい夢ではないのだ/今は枝も葉もなく棒さながらのこの樹も/いつかは実をつけ影を落とすのだから」(山口四郎訳『ゲーテ全集1』潮出版社)

▼1775年、26歳のゲーテは、ワイマールのカール・アウグスト公に顧問として迎えられる。以来57年間、政治家として活躍する。この詩は、ワイマールで新しい仕事を始めた翌76年の作品。ワイマールを、自身の枝や葉を伸ばし、実をつける“使命の天地”と定めた、青年ゲーテの心が伝わってくる

▼「大事なことは、何事にも意義を見いだし、希望に、勇気に、前進の活力にしていくこと」と池田名誉会長。そこに「心の豊かさがあり、強さがある」と。心は、人生を自在に描いていく筆のようなもの。その心の力を最大に発揮するための仏法である

▼春の語源の一つは、草木の芽が「張る」季節だからという。今いる場所で、向上の芽を着実に伸ばし、張り切って進みたい。(名字の言)

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  一番良い返事は(即実行する事)なのだ。

    『ゲーテ全集1』 最も参考になったカスタマーレビュー
    ゲーテの小説のなかで、唯一私が読んだ小説。主人公が多彩な女性遍歴を通じて
    成長していくさまを描く。最初に面倒な演劇論があるが、そこを過ぎると大変おもし
    ろく、内容の激しさに心がかき回されるような気がする。

    貴族・金持ちの商人・貧乏人と、社会が階層に分かれていて、それぞれ習慣が違う
    のも興味深い。この小説に含まれるミニヨンの挿話を子供のころ読み、いつか読も
    うと思っていたが40歳近くになってようやく全部読んだ。この普及版を買った直後
    に岩波文庫の新訳が出たのでがっかりしたが、買って文章を読み比べてみると、こ
    ちらの方がはるかに読みやすい。字は小さいけれど、一番おすすめの訳だと思います。

     これ以上は『蛇足』!

「さっちゃん」ありがとう

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  幼いころの手術後の出血で体や言葉の自由を失い、かすかに動く左手で多くの詩、絵を残して亡くなった少女のことを以前、本欄に書いた。「その人が必要で生まれてきた いらない人は一人もいない(略)」。その時、強く印象に残った少女の詩の一部である

▼先ごろ、ダウン症の少女の話が本紙朝刊社会面に載った際、この詩がふと思い浮かんだ。あらためて取りあげる。一昨年、肺炎で急逝した県立袋井特別支援学校の中学1年、福田幸子さん=当時(12)=で愛称は「さっちゃん」

▼さっちゃんは誰にも積極的に声を掛ける元気な子だ。「おはよっ」。毎朝、あいさつを交わしながらバス通学している。でも、バス停の近くで何度あいさつしても返事をしてくれない「おじさん」が1人いた

▼次の日も、次の日も「おはよっ」とあいさつしても、おじさんから何の返事もなかった。「何で?」。さっちゃんは少し寂しい気持ちを母親の洋子さん(56)に伝えていた

▼しばらくたった夏の日、さっちゃんは短い生涯を閉じた。通夜の日、見知らぬ男性が洋子さんに話しかけてきた。「毎朝、バス停でさっちゃんと会っていた者です」。男性は「どうして、おはよって言わないの?」と聞くさっちゃんに「障害者は嫌いだ」と冷たく言ったことも打ち明けた

▼そして「さっちゃんに大事なことを教えてもらった。ありがとうを言いたくて」と話し、名乗らず立ち去った。「さっちゃんは人の気持ちを大きく動かす力のある存在でした」。絵本にした社会福祉法人理事長大場保治さんの言葉にうなずく。【大自在】

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Kuti02    珍念、泣いています。 もしあの時。~ たら~れば・・と
   反省し、恥じています。人生の黄昏を悔いなく過ごしたい!
  

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「おもてなし」

Sapisu

 宿泊客が求めていることを、求められる前に提供する――。石川県の、ある老舗旅館における「おもてなし」の定義だ。この「おもてなし」実現のため、客室係が接客に集中できる環境づくりが行われている

▼サービスの世界大会で審査員を務めた下野隆祥氏は、著書『世界一のサービス』で、サービスの根源には「お客さまに対する『歓迎や感謝』の気持ち」がなければならないと強調する。相手の気持ちになって考え、その要望の一歩先をいく――これこそ日本人が育んできた「おもてなしの心」にほかならない

▼接客業の中にはマニュアルで対応するところも少なくない。一定以上の、均質なサービスを提供するためである。しかし、マニュアルばかりに頼ると、目の前の顧客が見えなくなり、サービスが悪いと受け取られるケースもある

▼価値観が多様化する現代にあって、相手の望むことに気付くのは難しい。人の気持ちを推し量るには、マニュアルに頼らず、人と会い、会話する機会を増やし、自分を磨くことが大切だ

▼人の役に立ち、人に喜んでもらう。そこに心の充実も生まれる。仕事にとどまらず、これは人生の鉄則だろう。自他共の幸福を目指す日々の学会活動には、最高の人生修行が含まれている。(名字の言)

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Pa1    

    このコラム『的を射る』 あっぱれ!
    一言居士の珍念 口をとじまする。

 野隆祥 世界一のサービス   解説
 シェフやソムリエが注目を浴びる一方、注文を取ったり料理を運んだりするサービス
 スタッフは地味な存在だ。  しかし、ヨーロッパではサービススタッフがレストランの人気
 を決めるほどの力を持っているという。著名レストランを渡り歩いた著者が明かす、一流
 のサービスの極意。(PHP新書)

「こんな夢を見た」

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  若気の至りとは恐ろしいもので、初めて見たときは巨匠も老いたなぁ、という陳腐な感想しか浮かばなかった。黒澤明監督が晩年にメガホンをとった「夢」は、バブル真っ最中の平成2年に封切られた。

 ▼「こんな夢を見た」という字幕で始まる8つのエピソードは、自称黒澤ファンを大いにとまどわせた。「七人の侍」や「用心棒」のようなテンポの良い血湧き肉躍る演出は影も形もなく、何度も舟をこいだ。

 ▼そんな退屈な映画なのに、最終章で笠智衆が、天寿をまっとうして亡くなった老女を「祝う」ため村人たちと踊る場面は、今でも鮮烈に覚えている。2年前に福島第1原発事故が起こった直後は、富士山が原発の爆発で赤く染まるシーンをとっさに思い出した。

 ▼巨匠は「夢」で原発事故を予知したのだろうか。そんな夢の不思議が、科学的に解き明かされる日がやってくるかもしれない。京都府にある研究所が、世界で初めて夢の解読に成功したという。

 ▼将来は画像の再現も夢ではないそうだが、ろくな夢を見ない小欄は、夢の中身をわざわざ画像にするなぞまっぴら御免である。さりながら、あの人がどんな夢を見ているのかは、こっそり知りたい。「無慈悲な作戦」を承認し、核戦争の危機をあおりにあおっている北朝鮮の3代目である。

 ▼3代目は、ミサイルの発射ボタンを押し、ワシントンや東京が火の海になる画像を夜な夜な見ているのだろうか。東京都町田市では、教育委員会が朝鮮学校生徒への防犯ブザー配布をやめたが、当たり前の話である。かの地出身の同胞は「差別はけしからん」と騒ぐ前に、胸に手を当ててよく考えてほしい。子供に罪はないが、悪夢の発生源をいまだに崇拝している親たちの責任は重大である。【産経抄】

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Photo_3   コメントは『蛇足』です!

「偉大な発見」

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  佐々木貴杜(たかと)君          発見した 獣脚類の化石

 偉大な発見もささいなことから始まる。200年ほど前、英国の田舎町で医師の往診に同行した妻が道路脇の石の中に奇妙な動物の歯を見つけた。人類が恐竜と初めて出合った瞬間だ。

 ◇まだ「ディノサウルス(恐竜)」の言葉もない時だ。夫は化石研究が趣味で、あちこちに鑑定を依頼するなど、正体解明に執念を燃やした。その努力が「イグアノドン」発見の成果につながる。

 ◇恐竜は6500万年前に突然、絶滅した。原因として巨大隕石(いんせき)衝突説が有力だ。舞い上がったチリが太陽をさえぎり、気温が下がり、食物連鎖が崩壊したとする。この説のきっかけもささいなことだった。米国の地質学者が恐竜絶滅時の地層の境目に薄い粘土層があるのに気づく。ところが、粘土層には地表に稀(まれ)なイリジウムが大量に含まれていた。隕石に多く含まれる物質だ。恐竜学会に衝撃が走った。

 ◇南部町の佐々木貴杜(たかと)君(南部中1年)が昨年、岩手県で見つけた化石は8500万年前の肉食恐竜の指の骨だった。肉食恐竜の化石発見は東北では初めてかもしれないというから、お手柄だ。

 ◇長さがわずか3.1センチ。「木の枝かと思った」のも無理ない。よく見分けたものだ。近くに本体が埋まっているのだろうか。どんな新事実解明につながるのだろう。佐々木君でなくても、わくわくする。 【天地人】

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  Kyouryuu 恐竜100万年・ジュラシック・パーク の映画を思い出す
   肉食恐竜の化石発見は、古代の(タイムカプセル)なのだ。
   毎日が日曜日の〝珍念〟化石を見つけに出かけたい。
   きょうも 天然呆けの珍念、灰色の脳細胞が冴えません
   あ・・ピザが焦げている・・消えます!

               

「分け前」

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  定職にありつけず、けんかや盗みなどに明け暮れていた4人の若者たち。罰として社会奉仕を命じられ、そこで出会った現場指導者にウイスキーの奥深さを教えられる

▼英国の名匠ケン・ローチ監督の映画「天使の分け前」(札幌・シアターキノで27日から上映)。スコットランドの蒸留所を舞台に、人生のやり直しを懸けて一世一代の勝負に出る4人組の“たくらみ”をコミカルに描く

▼題名の「天使の分け前(エンジェルズ・シェア)」は、樽の中で熟成する間に蒸発して失われるウイスキーのこと。映画は最後に粋な「分け前」が描かれ、上質なウイスキーのような香りを残す。それはスクリーンで味わっていただくとして―

▼試写会の配布資料によると蒸発量は<年2%ほど>という。そう聞けば、あの<2%>を思わないわけにはいかない。安倍政権と日銀が目標に掲げる物価上昇率

▼こちらは早くも「分け前」にあずかろうと投機資金がうごめく。株など持たぬ身には、小麦、食用油、電気料…と、「値上げ」「値上げ」で、もはや“音をあげる”しかない。日々の暮らしが痛めつけられる春だ

▼ローチ監督は「天使の―」の制作動機に若者の失業増加を挙げていた。物語からは「分配は公正か」との問いも読み取れる。「恩恵が及ぶまで耐えろ」と待たされ、膨らんだ風船が破れて終わりでは、庶民だけが割を食う。<卓上四季>

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 「天使の分け前」というのは、ウイスキーを醸造している間に蒸発して失われる分のことを指しているそうです。蒸発と共に空気中にウイスキーの香りがただよい、空気にウイスキーをおすそ分けという意味らしい。

 そしてウイスキーは寝かせれば寝かせるほど、味が良くなる。寝かせた分だけ蒸発分も多くなる。つまり天使に分け前をたくさんやればやるほど美味くなるということですか! うい ~うぃ !(^^)!

      この映画、ケン・ローチの作品としては珍しくハッピーエンドみたいですねー。
      バッドエンドというか世の中の厳しさをきちんと受け止める作品が多いローチ監
      督ですが、今回はハッピーに来ましたか。エリック・カントナが出演して話題にな
      った「エリックを探して」もハッピーエンドでしたが、あんな感じの雰囲気を醸し出
      す!

      かく言う【珍念】にも「天使の分け前」欲しいです。

      あ・・これ以上は『蛇足』なのだ。  ( ^ω^)おっおっおっ

「サドゥンリー(突然に)」

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  今年の米アカデミー賞で8部門にノミネートされ、アン・ハサウェイが助演女優賞に輝いた映画『レ・ミゼラブル』。民衆の不撓不屈の魂を描いた同作は、日本でも多くの観客の心を打っている

▼映画は1985年の初演以来、ロングランを更新し続ける同名ミュージカルを基にした。だが1曲だけ、ミュージカルにない、映画オリジナルの曲が使われた

▼「サドゥンリー(突然に)」という曲で、主人公のジャン・バルジャンが孤児となった少女コゼットを引き取るシーンで歌い上げられる。彼が人生の意味を劇的に見いだす、静かだが印象的な場面だ

▼創価大学に立つビクトル・ユゴーの大ブロンズ像の台座には、『レ・ミゼラブル』の有名な一節が刻まれている。「海洋よりも壮大なる光景 それは天空である 天空よりも壮大なる光景 それは実に人の魂の内奥である」(辻昶訳)。ユゴーはこの名作の中で、どんな困難の中でも、希望を創り出し、勇気を奮い起こす人間精神の偉大さを描いた

▼人には、成長への転機というものがある。成長は、必ず決意から始まる。新たな学校や職場、新たな立場で出発する季節は、そのチャンスであろう。全ては自身の一念の変革から。それは「いつか」でなく「今」である。(名字の言)

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  Ou    ふと、「トルストイの民話~3つの質問」を思いだしました!

      ある国の皇帝が探していたのは、3つの質問の答えでした

      ●いちばん大事な時間はいつか? 
      ●この世でいちばん大事な人は誰か?
      ●いま何をなすべきか?

     世界中の賢者に尋ねても分からない、皇帝はがっかりして散歩に出た。そのとき
     井戸の水を汲む少女に出会い皇帝はこの3つの問いを質問しました

     ◇いちばん大事な時は いまこの時
     ◇いちばん大事な人は いま自分の横にいる人
     ◇なすべきことは 自分の横にいる人に善行を行うこと。少女は答えました。
     皇帝はよろこび 少女が持つ重い井戸水を 代わりに運びました

     かく言う〝珍念〟(井戸の水を汲む少女)に肖りたい!

『しがらみ』

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 本の題名が気になり手に取ってしまえば、作者の勝ちだろう。買ってもらえる確率がぐっと高まる。檀ふみさんの『ありがとうございません』もそんな一冊かもしれない

▼奇怪な表現は、感謝の思いを表そうとした際の中途半端な結果だという。「ありがとうございます」と「どうもすみません」が入り交じってしまった。二つの感謝の言葉が逆に、ありがたくないとの意味になった

▼日本人は、感謝する以上に謝るのが好きなようだ。そう指摘するのは、言語学者の金田一春彦さん(1913~2004年)。人の家を訪問するときにも「御免ください」という陳謝の表現を使っているとチクリ

▼日本人の“御免こうむる精神”に由来するとみている。ただ「言われた方は、確かにその方が気分がいいかもしれない」と付け加える。日本人に特有の気遣いとしてもとらえていた。人間関係が最たるものだろう

▼日本人は他者の領分を侵さないように、機嫌を損じないように、関係が良好に保たれるように常に注意を払ってきたという。金田一さんは、そこに農耕との深い関わりがあると分析する。隣人の助けがなくては稲刈り、田植えもままならないからだ

▼人間関係には、しがらみという難しい一面もあるが、周囲の人たちの助けによって、大いに飛躍することもできる。昨日生誕百年を迎えた金田一さんの著書『日本語を反省してみませんか』(角川oneテーマ21)から教えられた。【天鐘】

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   しがらみに拘る〝珍念〟コメントは『蛇足』なのだ!

「今を全力で生きよう!」

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「自転車に乗れるようになったんだよ」。ある日、少女から告げられた。誇らしげにペダルをこいでみせる。その姿を、少女の祖母が目を細めて見守っていた

▼“自分にも、こんな日があったな”。遠い日の記憶がよみがえった。父に教えられ、補助輪を外した自転車をこいだ。何度か転んだが、諦めなかった。初めて風を切って走った。空でも飛べたかのような高揚感があった

▼子どもの成長は早い。昨日できなかったことが今日できるようになる。子育てに格闘し、ほっとしたころ、子は巣立っていく。忙しい悪戦苦闘の日々が黄金の人生の思い出に変わる

▼東日本大震災で自宅を流され、仮設住宅で暮らす婦人部の友がいる。4畳半の部屋に、母子3人で“川の字”になって寝ている。震災時に中学3年生だった長女は、4月から高校3年生。陸上が得意で、2月、東京マラソンも快走した。最近、頼もしくなったわが子の寝息を聞きながら思う。“川の字で寝られるのも、いつまでだろう”と

▼未来の展望は簡単には開けないだろう。だが、かけがえのない日々を送ろうという思いがあれば勇気が湧いてくる。境遇を嘆くよりも、「今を全力で生きよう!」と。希望は自ら創り出せる。諦めない限り、希望はある。(名字の言)

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   Kuri ふと、脳裏に名言を思い浮かべました。

    今の瞬間だけに生きよ! (マルクス・アウレリウス)
    ☆過去を振り返らず、先のことを心配しないで、ただ今の瞬間だけ
    に集中しょう。

    どんな嵐も、川が海に向かうのを止めることはできない。。(池田大作)
    ☆時に障害に出会っても、乗り越えるたびに川は大きくなる。大きくなるたびに水の
    勢いも増す。人生の嵐にも、希望があるかぎり、生命は永遠の海へ、自分の完成
    へ、大河のごとく悠然と流れていく。

       生命力とは、未来を信じる力、そして希望を日々新たにし続ける力のことかもしれな
         い。不滅の希望に生きる人は、毎日が誕生日である。

    そして、希望の別名である明日ほど偉大なものはない。明日! それこそ永遠への
    第一日である  

    思考には気をつけよう。いつ口に出してしまうかわからないから。─イアラ・ガッセン(哲学者)
    ☆いつも考えていることは、何かの拍子で口に出してしうまうことがある。気をつけなければいけない。
     減らず口の〝珍念〟 反省し、恥じている! (^-^;

「くま」と「わたし」

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  あるものの価値を知るのに、いい方法がある。もし、それがなかったら、と仮定するのだ。たとえば、空気や水。いざ、なくなってしまうと、いかに大切なものだったのか、痛感することになる

▲作家、川上弘美さんのデビュー作は「神様」(1993年)という短編小説だ。近所に引っ越してきた「くま」と「わたし」が川まで散歩にでかける。水の音を聞きながら弁当を食べ、くまが取った魚を干物にする。温かいメルヘンのような作品だ。ユーモアがあちこちに光る

▲川上さんは2011年の原発事故の後にこれを改稿した小説「神様2011」を発表した。筋や文章はほとんど同じだが、内容は全く違ってしまっている。なぜなら、「あのこと」(原発事故)の後に設定されているからだ

▲土壌の除染作業をしている人々は防護服に防じんマスクをしている。魚は汚染されていないか心配だ。帰宅すると被ばく線量をガイガーカウンターで計測する

▲原発事故の恐ろしさを静かに奏でるこの作品が、14年春から使われる高校の国語教科書(現代文B)に収録された。くまとわたしとの心優しいやりとりとは対照的に、夏の日の散歩には不吉さが漂う。失ったもののかけがえのなさが切実に伝わってくるのだ

▲小説家にとって第1作はきわめて大切なものだ。その書き手のすべてが含まれているともいう。川上さんはそれを放射能で台無しにすることで、震災後に必要な人と人のつながりを、くまとわたしに仮託して表現したとも読める。この教科書で国語を学ぶ高校生たちは、文明や人間関係のあり方をめぐって、きっと考えを深めることだろう。【余録】

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   うまい、あっぱれ。コラミストの慧眼は『干天の慈雨のごとし』

   減らず口の(珍念)コメントは、<蛇足>なのだ!

絶滅種・・(-_-;)

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左から ドード    オーロックス    ハワイオーオー

  それは小さく美しい、けれど悲しい絵本だ。あとがきには、「ここに描かれた二度と息を吹き返すことのない動物たちのことをもっと多くの人々に知ってもらえたらと思う」とあった

▼英国出身の作家ピーター・メイルが友人らと作った「ドードーを知っていますか」(斉藤健一訳、ベネッセ)。題名にある「ドードー」はかつてインド洋の島にいた空を飛べない鳥で、お尻を地面にぶつけながら、よちよちと駆けていたそうだ

▼16世紀に、この鳥と遭遇した船乗りたちが、ポルトガル語で「おばかさん」を意味する「ドード」と呼んだ。人間や一緒に島にやって来た犬などの餌食になり、幻の鳥になってしまった

▼絵本には他にも、欧州の森にいた立派な角を持つ野牛「オーロックス」、ハワイで花の蜜などを吸っていた鳥「ハワイオーオー」など16種の絶滅動物が描かれている。あるものは星空の下、あるものは草花に囲まれ―。“楽園”の暮らしが色鮮やかに再現されているが、それはもはや絵の中にしか存在しない

▼先日、本紙に太平洋のサメ類が急減しているとの記事が載っていた。中華料理の高級食材フカヒレを目当てにした乱獲が原因という。どんな絶滅も痛ましいが、角、羽、ヒレなど体の一部分を狙って奪われた命は一層痛々しい

絶滅種を網羅すれば大事典になろう。最終ページは…ヒトのために空いている。(卓上四季)

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   うまい。言い得て妙です! 「それはお前だ!」の逸話を思いだし
       ました。どんな動物でもしとめる猟師がいました。

    ある日、手紙がきます。そこには、「地球上でもっとも凶暴なある
      動物をしとめてほしい」と書いてあって大きな屋敷に招待される
   「オレにしとめられない動物はいない」と自信満々で猟師は出か
   ける。

           屋敷は動物園のようになっていて各部屋にいろんな動物がいるけど、なかなか
     「地球上でもっとも凶暴な動物」はでてこない。

     ずんずん奥に導かれて最後の部屋までくると、オリがある猟師が鉄砲片手にその
     オリにはいると、鏡がある。そこに書いてあるのは 「それはお前だ!」 と。

     今日も〝珍念〟の 減らず口は『絶好調』です!  \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

『師弟』

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  マンスフェルト          コッホ        北里柴三郎

東京・信濃町の学会本部と、大通りを挟んだ向かいに、慶応義塾大学医学部がある。初代医学部長は、世界で初めて破傷風の血清療法を確立した北里柴三郎

▼本格的に医学を志したきっかけは、熊本医学校時代の師マンスフェルトとの出会いだった。〝君は本当に医学者になる意思で勉強しているのか?〟との問いに奮起。後年の活躍は師の薫陶の賜物だ。ドイツ留学時代の師コッホ、そして、帰国後の窮地を救った福沢諭吉も北里を支え続けた

▼終生、師恩を忘れなかった北里自身も師となった。門下から、赤痢菌を発見した志賀潔や、黄熱病の克服に尽くした野口英世が出た。近代日本の発展の基には、師から弟子への連綿たる継承がある

▼「私は、この年代になって、毎日、戸田先生のことを忘れないで生きていられる。本当に幸せだ」。池田名誉会長がそう語ったことがある。この言葉に、師弟を貫く人生の誇りが凝縮されている。師匠を持てば、人は謙虚になる。生涯、成長と向上に挑み続けることができる

▼東京の桜は今年、観測史上最も早く、3・16「広宣流布記念の日」に咲いた。寒の戻りで長く花をつけ、落花芬々の中、きょう戸田第2代会長の祥月命日を迎える。桜の舞を見つめつつ、後継の道をと誓う。(名字の言)

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 池田先生は「師との思い出をもつ人生は楽しい豊かである。師との思い出を大切に温め、師を誇りとし、師の理想を実現していく・・そこに幸福な、人間としての道がある」

【師弟の絆こそ、人生の原点といってよい。人間の聡明さは、学歴で決まるものではない。いつの時代、いずこの世界にあっても、師弟という人生の原点をもっている人こそ、聡明に人生を生きている人である。】と述べている。

不肖の〝珍念〟 「師弟の絆」 を肝に銘じ邁進したい!

顔力

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 昨日から4月。新年度の「顔」となる月が始まった。入社式や入学式が行われ、新しい生活がいよいよスタート。緊張した顔、不安顔、友達に囲まれた笑顔…。まちに、いろいろな表情があふれる

▼「顔」には、容貌や表情に加えて、体面、名誉、知名度、代表などの意味がある。フレッシュな顔が経験を重ね、どんなふうに変わっていくのか、楽しみでもある

▼顔は端的に個性も表す。過去の流行語には、しょうゆ顔、ソース顔が登場。身近なところでも“分類”が盛んだった。ここまでは雰囲気が分かるが、マヨネーズ顔、ケチャップ顔、みそ顔まで広がると、イメージがつかめない。実際に味を確かめられるわけではないが、味わい深い顔には憧れる

▼以前、取材で社名と名字を伝えて話していて、自分の母親をズバリと当てられたことがある。話の途中で、相手の女性から出身地を尋ねられ、「○○町です」と答えると、「お母さんは○○子さんでしょ」。ハッとした直後、笑わずにはいられなかった

▼聞けば、母親とは同郷で幼なじみ。顔が似ていたので、話の途中もずっと気になっていたらしい。親近感がわいて、取材以外の話が弾んだ。母親似の顔が少しうれしかった

顔には思いの外、力がある。仏教にある「無財の七施」は、お金や物がなくても、人に対してできることがあると教える。その一つが「和顔施」。穏やかな笑顔で接すること、それだけで人のためになれるという。できるだけ笑顔が増える、そんなスタートを切りたい。
明窓)

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 珍念、自分の顏を鏡で眺め思わず・・(*^.^*) 笑っています。ふと、松本清張ドラマスペシャル「顔」を思い出しました。
昭和31年・東京。売れない劇団俳優・井野良吉(谷原章介)は、ある映画に端役で出演する。

    その独特の風貌が注目され、同じ劇団の看板女優・葉山瞳(原田夏希)が主演する
    大作映画の相手役に抜擢される。一躍、スターへの道を歩み始めた井野。しかし
    井野には、映画が注目され、自分の「顔」が売れるのを恐れる理由があった。9年
    前、井野は恋仲だった山田ミヤ子(原田夏希・二役)という女を殺した。 殺害現場
    へ向かう列車の中で、ミヤ子と一緒にいる所を、偶然、ミヤ子の知り合いの石岡貞
    三郎(高橋和也)という男に目撃されていたのだ。

    ミヤ子を殺し、逃げるように上京してから9年。もし石岡が映画で自分の「顔」を見た
    ら、ひた隠しにしてきた過去の殺人が暴かれてしまう。しかし、このチャンスを逃した
    くはない。名声をつかみ取りたいという欲望と、破滅への恐怖の狭間でゆれる井野
    の心に、いつしか一つのシナリオが芽生えていく。――。

    あ、調子に乗って{ネタ}を、ばらすとあの方から叱られる。
    減らず口を閉じまする!  \( ^∇^)/θ☆ わ~い!
    

「生命を見る」

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  職人は、材料の中に命を見る。山梨・山中湖畔で評判の手打ちそば店を営む、職人歴23年の友から教わった

▼味の9割は、そば粉で決まるという。「同じ粉でも、その日の気温や湿度によって別物になるんです」。色、香り、手触りを確かめ、「調子はどうだ?」と声を掛ける。状態を見極め、粉に加える水の加減や、そば生地をのばす厚さを微妙に変える。「どれだけ良質な粉でも、〝いつもと同じ〟と油断したら、本来の味は引き出せません」

▼人間関係にも通じる話だと思った。元気な人、冷静な人。多弁な人、物静かな人。それぞれに傾向はあるが、例えば、明るい人が常に明るい気持ちでいるわけではない。内面は分からない

▼「朝、子どもたちの顔を見た瞬間が勝負です」と、小学校教諭の教育部員が語っていた。「どんな元気な子でも、毎日、微妙に様子が違うものです。〝家で■<口へんに七>られたかな〟〝何か悩んでいるな〟と感じたら、ゆっくり話を聞くようにしています」

▼仏法では、生命は絶えず変化し、一瞬も同じではないと説く。人を属性で分けて済ませるのではなく、「生命を見る」目を磨くことを教える。相手を分かりたい、力になりたいと祈り、接する中に、相手に合った励まし方が見えてくる。(名字の言)

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Tinenjbg   

      【珍念】ふと思い出した。子供のころに読んだ心に残る記憶がある。 寺の山門で仏師が仁王(におう)を掘る話である。仏師は、実に無造作にのみを使い、一打ちごとにたちまち眉が、たちまち鼻が浮かび現れる。

見物人がその手並みに驚嘆すると、別の若者が次のような事を言う「あれは木に仁王を掘り込むんじゃない。最初から木の中に仁王が埋まっているのを掘り出すだけだから、安易なものなのだ」と不思議なことを言う。

  土に埋まった石を掘り出すようなものだから、見間違えようもないのだと言う。子ども心にも私は呆然として、のち何度も
     読み返したことを思い出す!

                       池田大作先生は「人間 レントゲン」と言われている。それはどんな人で
                        も、寸時に・・・・これ以上は【言わぬが花】です。

                       不肖(珍念)多弁を控え「生命を見る」目を磨くことに邁進したい!

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