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2012年9月

 ソニー 「坊や」

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 ソニーという社名は音を意味するラテン語の「sonus」と、親しみを込めて「坊や」というときの、英語の「sonny」を掛け合わせている。名は体を表す。戦後のベンチャー企業の走りであるこの会社の歩みは、より小さな製品を追い求めてきた歴史でもある。

▼レコードを直径12センチのコンパクトディスクに変え、ビデオカメラをかばんに入る「パスポートサイズ」にした。携帯型ヘッドホンステレオの「ウォークマン」は累計の販売台数が3億5千万台にのぼったヒット作。オリンパスとの共同出資で内視鏡など医療機器の会社を設立するのも、ソニーの伝統から来るように思える。

▼内視鏡は患者への負担を抑えるため、患部を観察する先端部分などの小型軽量化がこれからもテーマになる。人が飲み込めるカプセル型にして胃腸の中をみるという技術もあり、世界の企業が開発を競っている。一見すると畑違いの事業への進出だが、ソニーの強みを存分に発揮できるのが、今回のオリンパスとの提携だ。

▼かつてテレビ事業は明るさを倍増したトリニトロン方式で消費者をつかんだが、これはという特色を打ち出せず赤字が続く。より小さく、より軽くという「ソニーらしさ」を取り戻さなければ、会社に元気が出てこない。医療機器の共同事業はオリンパス再生への一手であると同時に、ソニーにとっても復活への試金石だ。【春秋】

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☆ソニーの復活を心待ちにしている。そうそう・・賞味期限の切れたような、日本丸を復活して欲しい。次の選挙で立派な船長を選び(勿論。それを支える船員もですが)目的地に行けるようにかじ取りを委ねたい。
〝珍念〟の『杞憂』 かなぁ! ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ

「風の歌を聴け」

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 <最初の中国人に出会つたのは、いっだったか・・>村上春樹さんの初期の短編小説「中国行きのスロウ・ボート」はこんなふうに始まる。主人公の「僕」はこれまでに会った3人の中国人を回想する

▲1人目は小学生の時に模擬試験を受けに行った時の監督官。2人目は大学生になってからアルバイト先で知り合った女の子。3人目は28歳で出会った百科事典のセールスマン。彼は高校時代の知り合いだった

▲「僕」にとっての中国人とは、自分とは何か、自分が暮らしているのはどんな場所か、とおのずと問いかけてくる存在だ。「僕」は中国という隣国の人と接するたびに、自分がどう生きているかと思いをはせる。中国は主人公にとって鏡のような役割を果たしている

▲村上文学において中国は大きな存在だ。デビュー作「風の歌を聴け」に登場するバーの経営者兼バーテンは中国人だったし、代表作の「ねじまき鳥クロニクル」や「羊をめぐる冒険」では大陸での戦争が濃い影を落としている

▲北京市当局が、日本人作家の作品などの出版や販売を禁止する趣旨の通知を出していたと報道された。日中関係の悪化が背景にあるらしい。日本関連の本が棚から消えてしまった大型書店もある。といっても、販売している店もあり、影響は限定的だというのだが

▲中国でも刊行される本が次々とベストセラーになる村上作品も、書棚から消えた本に含まれている。中国を視野に入れて書き続けてきた現代日本文学を代表する作家に対して、あまりにも残念な扱いだ。中国の熱心な村上ファンには、思いを同じくする人が少なくないだろう。「余録」

☆中國の改革開放の先駆者の『鄧小平』さんは、<白い猫でも黒い猫でも鼠を捕る猫は良い猫だ> 鄧小平理論を最もわかりやすく言えば、「先に豊かになれる人が豊か になり、豊かになった人は他の人も豊かになれるように助ける」。と 言われた言葉が脳裏に浮かぶ・・・古の文化大恩の国の恫喝、紛いの振る舞いに、泉下の孟子・孔子も血涙を流しているでしよう。

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 かく 言う 〝珍念〟.泣いている!

「フェルマーの最終定理」

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  〈本当に正しい証明は、一分の隙もない完全な強固さとしなやかさが、矛盾せず調和しているものなのだ〉。作家・小川洋子さんの「博士の愛した数式」(新潮社)の一節。

▼老数学者と世話をする家政婦親子との触れ合いを描く静かで温かい物語。その中で博士が力説するのだ。証明は完璧でなければいけないらしい。「大体正しい」では済まされないというのだ。同時に美しさも求められるもの。

▼「数学なんてできんでも困らん」と高校時代からうそぶいていた身には、数式の透徹した美しさを感じるセンスもないが、世界を驚かすようなニュースは気に掛かる。

▼「ABC予想」という整数論の代表的難問を証明する論文を京都大の望月新一教授が完成させた。「フェルマーの最終定理」の証明にもつながる驚異的偉業との声が広がっている。

▼より大きな影響を与えたのが本巣郡糸貫町(現本巣市)出身の数学者高木貞治博士(1875~1960年)。「高木類体論」を構築し、日本の数学を国際水準に引き上げ、世界に知らしめた。

▼高木博士の功績にあやかり「算数・数学のまち」を目指す本巣市。さまざまなイベントで問題を解く楽しさを子どもたちに伝え、さらに数式の美しさに感動する心を育てる。第二の高木博士が生まれるかもしれない。(分水嶺)

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◇う~ん !(^^)! 「フェルマーの最終定理」愚人の筆者には{豚に真珠}です。トンと分かりません! で・・人類の生活に貢献する・数式かなぁ? どなたか数式で今。国家を蝕んでいる「北方領土・竹島・尖閣諸島」の難問を解決して下され~い。
かく言う〝珍念〟聊か解決策は持っていますが敢て言いません。
きょうも 『ごまめの歯ぎしり』 しているp(`ε´q)

「心ここにあらず」

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 冒険家・星野道夫氏の著書『旅をする木』に、発掘調査へ向かう探検隊の逸話が紹介されていた。キャラバンを組み、山岳地帯を旅していたある日、荷物を担ぐシェルパがストライキを起こし、動こうとしなくなった。日当を上げろという要求かと思い、代表者に理由を聞くと、意外な言葉が返ってきた

▼「私たちはここまで速く歩き過ぎてしまい、心を置き去りにして来てしまった。心がこの場所に追いつくまで、私たちはしばらくここで待っているのです」と。効率を優先する生き方への戒めとして心に染みる言葉だった

▼変化する時代の中で、私たちにも見失ってきたものが少なからずある。だが、それらを嘆く前に、自分が忙しさを理由に家族や友人に対し、「心ここにあらず」という振る舞いをしていないか、見つめ直したいものだ

▼人が誰かの言葉や行動に感動するのは、そこに込められた”相手の心”が伝わってくるからである。言葉や行動に心が寄り添う生き方こそ、仏法が教える「心こそ大切」の実践であろう

▼祈るとは、課題や目標を前にして躊躇する自分を奮い立たせ、自分の心を、課題解決や目標達成の方向へ近づけていくことではないだろうか。そこに思いが定まった時、勝利への道が開けていく。【名字の言】

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<畏れ入りやの鬼子母神>〝珍念〟恥じている。
 昨日の自分より・・一歩前進したい。

幸福は何処に・・・?

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 兄のお下がりだろう。やや大きな上着を、袖を折って着ている。ズボンにはツギが当ててある。足元を見ると、げた履きだ。そんな子供の写真が、6年前に小紙で連載した「生き生きおらんど昭和の子」の中にある

▼昭和30年代を中心に、子供の暮らしと時代を振り返るシリーズ。冒頭の写真の子供は大きなコッペパンを頬張り、笑みを浮かべる。また、砂浜の遊ぶ子供たちは素っ裸。屈託のない笑顔がまぶしい

▼終戦後の混乱期を経て、食糧事情は好転したものの、まだ貧しかった。それでも、写真の人物の表情は生き生きとしている。澄んだ目が輝きを放つ。似たような人々に会った記憶がよみがえる

▼20年ほど前に訪ねたフィリピンでのこと。農業機械も家電製品も日本ほど普及していない。不便だと思えるのに、人々は明るく、活力に満ちていた。子供の教育にも熱心。海外留学を夢見る高校生は少なくなかった

▼戦後、日本経済は大きく伸びた。しかし、果たして「幸福になった」と言い切れるだろうか。昨年、ブータン国王夫妻が来日したが、国民の9割以上が幸福と答える国に羨望(せんぼう)のまなざしを向けた人は多かったはずだ

▼経済成長の過程で生じたひずみを見落とし、あるいは軽視していなかったか。そうした反省が「3・11」を契機に高まった。だが、1年半がたち、怪しい雲行きに。原発依存ゼロは経済優先論に押され、今や土俵際。成長と幸福を1枚の青写真に描けないか。【天鐘】

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◇う~ん (@_@;) 成長と幸福を1枚の青写真に描けないか>。コラミストの叫びは、物質文明の行き詰まりに悩む愚かさを指摘している。

◇では、その処方箋は。一例として、モーリス・メーテルリンク作の「青い鳥」が人間の愚かさを描いた名作です。『青い鳥』(あおいとり)は、1908年発表。5幕10場。の童話劇。2人兄妹のチルチルとミチルが、夢の中で過去や未来の国に幸福の象徴である青い鳥を探しに行くが、結局のところそれは自分達に最も手近なところにある、鳥籠の中にあったという物語。

◇それに、最も大事なものが無い(哲学・宗教)と愚考します。不肖・珍念「慢心」では有りませんです。経文に明明白白です。
ここで言う「宗教」とは、全宇宙を司る森羅万象を根本とし崇拝している自然の摂理を述べています。

◇地球が一日で自転し太陽の周りを一年で(約365日)で公転しそれは宇宙の運行を司る森羅万象の本源の力です。(特定の宗派や神を指してはいない)すなわち 宇宙を構成する・地・水・火・風・空・の働きを悟った聖者が表されたものとは、あ・これ以上「減らず口」を叩くと閻魔さまから叱られる・・・急いで消えまする。 (*^ω^*)ノ彡

「スピーチ・ジャマー」

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 疲れているとき無性に物語の世界に浸りたくなることがある。ゆっくり休めばいいのにと思いながら、手にしたのは宮城谷昌光さんの短編集

◆表題作の「沈黙の王」は、古代中国で初めて文字をつくった商(殷(いん))の高宗を描いたもの。言語障害のため言葉を発することができず、それゆえ文字へとたどり着いた。人のことばでなく、天地のことばを創りたい。そんなせりふを読む

◆会話で文字で、思いを伝えたい。それが人類の欲求なら、「おしゃべりが過ぎる人を黙らせたい」というのも、人類の根源的な欲求だそうだ。先日発表されたイグ・ノーベル賞の受賞理由に書かれていた

◆音響賞に輝いたのは、日本人2人が発明した「スピーチ・ジャマー」である。おしゃべりな人の声をマイクで拾って、約0・2秒後にスピーカーで送り返す。すると脳が混乱してしまい、うまくしゃべれなくなるという

◆授賞式で「ジャマー」の実演があり、スピーチを続けるゲストに装置が向けられた。残念ながら全く効果は表れなかったが、会場は大いに盛り上がったそうだ。笑って、考えさせて。イグ・ノーベル賞の名にふさわしい発明である

◆政治の季節に向け、「おしゃべりが過ぎる人たち」というより、「空疎なことばかり口にする人たち」の声が日々飛び交い、こちらの方が混乱してしまいそうだ。「ジャマー」に登場願って、少し声を整理していただこうか。 【正平調】

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◇ う~ん・・!(^^)! かく言う〝珍念〟妄想に浸り二枚舌で人を惑わしたり、幼稚な意見を垂れ流したり。後で、自己嫌悪に苛まされています。「ジャマー」さま・・ぜひ、おしやべりの二枚舌・いゃ、 五枚舌を整理してくだされ~い!

「吠える、噛みつく、隣の阿呆犬」

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 東京・銀座の真ん中に他国の領土がある—と聞けば、誰しも驚くだろう。しかも、ここを「領土」と決めた「新政府」は、空き地の寄付などで国土を広げているこの政府の「首相」は建築家で作家、音楽家などの顔を持つ坂口恭平さん。

◇原発災害で日本政府への不信を高め、現代の経済社会にも根源的な疑問を持つ。土地投機への鋭い批判など、各地にある「○○共和国」とは別次元の運動だ銀座の土地は「新政府」の領土第1号。

◇交差点脇の12・5平方メートルで、国と都の間で所有権が定まらず、雑草が伸びるままだった。誰のものでもないなら、大切に使わせてもらおうと考えた購入してはいないので土地の所有権はない。ただそれを生かせればいい。

◇その発想の原点はホームレスにある。土地なしでも簡易な家でも長期ローンよりましではないか。財産を持たず金銭的な取引はしなくても、自立し地域住民に役立つ仕事はできる(「独立国家のつくりかた」講談社現代新書)

◇領土を持ち国民がいて、外交権を行使する政府があるのが近代国家。自称「新政府」の緩やかな領土観は想定を超えるが、隣国とのぎすぎすをこうまで見せられると、とても爽やかに映る尖閣諸島をめぐる日本の主張は、国際的にも通用しよう。

◇では、相手はメンツを捨てて撤退できるか。知恵を絞らねば、国家への根源的疑問を招きかねない。【卓上四季】

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上手い。【卓上四季】のコラミストは奇知に富んでいる。それにしても、隣国の阿呆犬は餌をやる隣人を噛みつく。吠えっばなし。あ・・これ以上吠えると、かみ殺される。「三十六計逃げるに如かず」  ( ^ω^)おっおっおっ

手づくり絵本コンクール

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  ユーモア、機知、悲しみ、思いやり…。人間として「大事なものを深く考えさせられる」。ノンフィクション作家の柳田邦男さんが「大人こそ読もう」とつづる絵本の魅力。読書の秋にいかがだろう

▲「まりちゃんはいま10さい なぜかオシメをしています」。重い障害があるわが子がモデルの「赤ちゃんかな?」は下松市の金井道子さん(69)の作品だ。周囲の理解が進むように、との親の願いがひしひし伝わる

▲「命のある限り」絵本を広げる活動を―。そう願って「下松手づくり絵本全国コンクール」を運営する。神戸で始まり中止の危機にあったところを引き継いだ。大賞作品など数点が毎年私費を投じて出版される

▲5年目のことし、全国からの応募は225点。9月21日から下松中央公民館で披露されている。未来の作家の卵も育つのだろう。山口県こども大賞の「つばさのはえたねこ」は田布施町の小学3年の男児。豊かな空想力に大人も読ませる

▲「ほっと温かくなる作品が好き」と金井さん。手づくりの良さを生かし、思い出の服の布地に刺しゅうした絵本もあれば、写真を貼り合わせたものも。世界で唯一の家族の物語なのだろう。活字が妙に温かい。{天風録}

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Otama  上手い、あっぱれ。 コラミストの筆致は「干天の慈雨の如し」
   かく言う 【珍念】・・・・・手づくり絵本に(チャレンジ)したい!
  これ以上は『蛇足』なのだ。

「いのち」

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 野田佳彦首相は、以前に「ドジョウ宣言」を行った。実直さや地道さを印象付ける狙いだったろう。民主党代表選で再選されたのを機会に、これまでを振り返ってみれば

▼作家の岡本かの子の短編『家霊』の舞台は、どじょう料理屋。のれんは白く「いのち」と染め出している。店名が大げさな気がしないでもない。国民のために政治生命を懸ける―と訴えた野田政権を店舗に見立てれば、きっとそんな感じに違いない

▼小説の店は値段が安く客が絶えない。一方の現政権の不人気ぶりは、世論調査に示されている。「いのち」に関わる政策メニューが多くても、内容が異なっていたり、実態がなかったりしたら信頼を失ってしまう

▼店舗の前で「一ついのちでも食うかな」と言う相手に、連れが「逆に食われるなよ」と冗談を返した。国民の「いのち」を看板にした現政権に対して、連れはどう返すだろうか

▼がんで伏せっている先代おかみの母親は「この家は代々亭主に放蕩(ほうとう)される」と娘に嘆いた。大黒柱である亭主が無責任なら、家族や店の経営が危機に陥るという。その意味では、家も国家も同じなのかもしれない

▼新エネルギー・環境戦略や領土問題など重要課題が山積する中、野田首相は「責任の重さを強く感じている」「国民と国家を愛している」と、21日の臨時党大会で再選あいさつ。国民の「いのち」と生活の重さを再認識し、しっかり支える政策を実行してほしいものだ。【天鐘】

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☆上手い!あっぱれ。コラミストの筆致は「的を射る」凄い。筆者も岡本かの子の短編『家霊』を読みました。特に最後の母親のシーンが素晴らしい。読者の皆さま・・暇なとき、ちょいとお読み下さい! きっと心が和むでしょう。 (*^.^*)

「人道精神、異国でも敬愛」 ミスタースギハラ

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杉原千畝氏

 「あなたはミスタースギハラを知っていますか」。こんな看板が加茂郡八百津町八百津の公園「人道の丘」の入り口に立っている。公園施設の案内なのだが、この問い掛けに誇りを持って即答できる日本人はどれほどだろうかと、ふと思う。

▼ 同町出身の元外交官杉原千畝氏(1900~1986年)。第2次大戦中の欧州、リトアニアの日本領事館に勤務し、ナチスドイツの迫害からユダヤ人避難民を救うため、本国の許可なしにビザを発給し、多くのユダヤ人を助けた。杉原氏は戦後帰国し、外務省を退職。後に、杉原氏が発給した「命のビザ」で外国へ逃れたユダヤ人たちがその人道的な行為をたたえ、「日本のシンドラー」として外国で名声が高まった。

▼ 外国で名をはせた日本人。看板の問い掛けは、スギハラに「氏」でも「さん」でもなく、ミスターの敬称が付く。看板はあたかもユダヤ人たちが日本人に問い掛けているようでもある。

▼ 八百津町が杉原氏を顕彰するため整備した「人道の丘」にはモニュメントのほか、生涯をたどる記念館も建設され、ナチスによるユダヤ人大虐殺の忌まわしい歴史も紹介している。公園を訪れるイスラエルなどからの外国人は毎年約2千人に上り、異国での敬愛ぶりをうかがわせる。

▼ 杉原氏を郷土の偉人として顕彰に取り組む町では、この夏も「杉原ウイーク」イベントを展開し、生誕の地をアピール。ことしは日本とイスラエルの外交関係樹立60周年を記念し、両国の子供が描いた絵を展示する計画も進めている。

▼ 杉原氏は、たとえ厳しく責任を問われようがビザを発給することで、戦争と迫害の過ちを指摘したかったのではなかろうか。そうした過ちを繰り返さないために、日本から世界へ杉原氏の人道精神を発信し、後世へ伝えていきたいものである。 【濃飛抄】

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Kuti02 珍念、感動しました!

 杉原 千畝氏は、1947年、幸子夫人と二人の子供を連れて日本に引きあげてくるが、帰国した杉原を待っていたのは独断でビザを発行したことの責任による外務省からの解職。1968年、杉原の許へ一人のユダヤ人が訪れてきます。彼はボロボロになつた当時のビザを手にして涙をこぼして杉原に礼の言葉をのべたのです。「ミスター・スギハラ、私たちはあなたのことを忘れたことはありません。」世界中のユダヤ人たちは杉原のことを探し続けていた。

    イスラエル政府より表彰される

☆ 1969年、難民時代に杉原が助けたバルハフティク・イスラエル宗教大臣から勲章を受ける。1974年に「イスラエル建国の恩人」として表彰。1985年には「諸国民の中の正義の人」としてイスラエル政府から表彰されています。この翌年、1986年死亡、享年86歳。

 ☆ それにしても、日本政府は杉原氏に呆れ果てて、敢て言いません。今の政治家に杉原氏の(爪の垢)を煎じて飲ましたい!
   愚か者の【珍念】さえも杉原氏は国宝と思う。最高の勲章をお贈りしますが。「あなたはミスタースギハラを知っていますか
  この問いかけに、読者の皆さまは どう思われますか。

  今日も(珍念)『ごまめの歯ぎしり』している。 \(*`∧´)/

「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」

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 来月、国内最大の「全国障害者スポーツ大会」が開催される。100メートル走と立ち幅跳びの2種目で出場する札幌市西区のある壮年は67歳。「若い人には負けません」と意気軒高だ

▼56歳の時、事故で右手を切断。左手で字を書く練習に励み、現在はペン習字教室の代表まで務める。大腸がんも患ったが、苦しい治療を乗り越え完治。6月の予選では、昨年の全国優勝記録に迫る好成績を出した

▼右手がなくても、左手で書ける。足で走れる。前へ上へと跳躍できる。年を重ねても、青年の心で進む――彼は常に、己の限界と戦い抜いてきた。弘教や友好対話にも、雄々しく先駆する

▼“パラリンピックの父”L・グットマンは「失われたものを数えるな。残っているものを最大限に活かせ」と(中村太郎著『パラリンピックへの招待』岩波書店)。どうせ数えるなら、欠点より長所、“できない理由”より“できる可能性”の方がずっといい。そうすれば世界が広がる。必ずできる、やってみせる、と決めれば、知恵が湧き、勇気が湧く

▼「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」(御書970ページ)。先の壮年も座右の銘にする一節だ。わが目標と夢を真っすぐ見つめ、かけがえのない日々を悔いなく勝ち飾りたい。・・・・・【名字の言】

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◇愚か者の【珍念】・・・一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ・・(日蓮大聖人)の金言を肝に銘じ 人生の最終章を目指して走り抜きたい

「利のためなら何でも」

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 中国人に「恥」の意識は全くない。あるのは利益になるかどうかだけ。中国問題評論家の石平(せきへい)さんは「中国人の正体」にそう書く。「まさかそれほどではなかろう」と、眉に唾しながら読んでいた。が、常軌を逸した反日デモを見ていると、本当のことだったか、と思いたくなる。

▼デモで中国に進出している日本企業が襲われ、多大な被害が出たのに、中国政府は「責任は日本が負うべきだ」と言う。「(尖閣諸島)国有化という日本の不法行為が原因なのだから」と。日本人が亡くなったとしても、「文句は自分の国に言え」と言うのだろう。

▼デパートを打ち壊し、商品を略奪する。工場に火をつける。国民がそんな乱暴狼藉(ろうぜき)を働いたのに、中国側の責任を認めず、デモを容認した。これで法治国家と言えるのか。尖閣諸島という「利」を得るためなら何でも許す。石さんが書いている通りだ。

▼44年前、尖閣諸島の周辺海域に石油資源が存在する可能性が浮上すると、すぐに領有権を主張し始めた。「利」を求める動きは機敏だ。沖縄を統治していた米国はその要求に応じず、沖縄本島とともに尖閣諸島の施政権も日本に返還した。が、領有権の判断は保留した。この時「日本の領土」と言っていたら、何の問題もなかったものを。

▼デモが経済格差への不満を訴える反政府色を帯びたりしたためか、中国政府はデモ沈静化に回った。が、今度は日本製品の不買運動や通関手続き遅延など経済制裁の動きがある。「利のためなら何でも」の姿勢にはあきれるばかりだ。 【天地人】

◇う~ん・・・ (@_@;) コメントは 『蛇足』!

宮武外骨(がいこつ)

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 現在の香川県で、庄屋だった豪農の宮武家に男児が生まれた。幼名は亀四郎。翌年が明治元(1868)年で、近代国家の誕生から、昭和の敗戦後まで89年を駆け抜けた

▼18歳のとき、亀は亀でも「外骨(がいこつ)」と改名した。古代中国の「亀ハ外骨内肉ノ者ナリ」との一文から取った。権力への反骨、理想を貫く硬骨を表すには、最適だと思ったに違いない。実に新聞雑誌の筆禍で入獄4回、罰金・発行禁止が29回にも上った

▼明治元年からは、本名を一つ届け出るよう法が改正された。庶民も名字を名乗るのが許されたのは、明治3年の昨日9月19日だった。本名や名字の話から、外骨を思い出した

▼外骨は著書『明治奇聞』(河出文庫)の中で、本名をめぐる珍現象を紹介。「普通の字引にも活字にもない難字を用いることがはやった」と、学識を示そうとするあまり読めない名前が氾濫した様子をからかった

▼他人のことばかり言っていられない。多くの人は、外骨を本名と思わなかっただろう。これもある意味、難字の一種だったかもしれない。明治初めの本名、名字騒動から約50年後の大正10(1921)年、外骨は名字を使わないと一方的に廃姓を宣言

▼家の重視が差別を生むと考え、名字をやめる奇抜な平等観を実践した。宛名は外骨様か、半狂堂外骨先生でいいとユーモアも。格差が広がり、閉塞(へいそく)感が募る現在を見れば〝反骨の亀先生〟は泉下から批判の首をにゅっと伸ばすだろう。【天鐘】

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上手い。あっぱれ! <閉塞(へいそく)感が募る現在を見れば〝反骨の亀先生〟は泉下から批判の首をにゅっと伸ばすだろう>。これ以上は『蛇足』なのだ。

「禍福(かふく)はあざなえる縄の如(ごと)し」

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   泥棒(どろぼう)を見てから慌(あわ)てて綯(な)う縄(なわ)にろくなものはない。治安の悪さを知りながらなぜ縄の準備をしておかなかったのか。例えは悪いが「泥縄(どろなわ)」の故事(こじ)が示す二つの教訓は重い

▼中国の反日デモは手がつけられない。人間は群(む)れると理性を失い残忍(ざんにん)に他の集団を襲(おそ)う。柳条湖(りゅうじょうこ)事件から81年と重なり、戦争だ、開戦だと叫(さけ)び、火をつけ略奪(りゃくだつ)する。中国人が中国人に襲いかかる。どこに愛国の姿があるのか

▼しかし、党首選まっただ中にあるわが国の指導者から日中関係のあるべき姿を聞いてもむなしい。漁船が押し寄せるその日に、首相に対策を示せといっても妙案(みょうあん)が浮かぶわけもない。これも政治的な「泥縄」だ

▼責任は政治家にあるが、口当たりのいいことだけを言う政治家を増(ふ)やした有権者にもある。いやなことでも常に考え、国民に覚悟(かくご)を求めるのも政治家だ。憲法9条や集団的自衛権の論議に自ら蓋(ふた)をしてはこなかったか

▼「禍福(かふく)はあざなえる縄の如(ごと)し」という。戦後の日本が直視しようとしなかった難問を突(つ)き詰(つ)めて考える機会にしたい。日中友好を口にすればそれですんだ40年の中身も問い直したい。【時鐘】

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◇ <口当たりのいいことだけを言う政治家を増(ふ)やした有権者にもある>そうです。が、世論を誘導した「マスコミ」も責任はある。一例を挙げればテレビ番組だ。安心して子供に見せられない。

◇テレビ教の信者である〝珍念〟も内容の軽薄・劣化に憂いている。【時鐘】のコラムは{八方美人}のようだ。具体的にどうすれば良いのか・・? 解りやすく愚人の“珍念”に、教えて下され~ぃ!
・・・伏してお願い申し上げまする。  (*^ー゚)bグッジョブ!!

サルトルの問いかけ

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サルトル 1950年(45歳)の撮影

 “飢えた子どもたちに、文学は何ができるか”――そう問うたのは、フランスのサルトルだった。精神的な満足は、空腹という身体的欲求を満たせるか。そもそも、文学の使命とは――この問いは、古くて常に新しい

▼昨年の大震災以来、多くの作家や芸術家が、同じ問いの前に立ち尽くした。そして、かけがえのないものを失った人たちを前に考えた。“今、文学や芸術にできることは何か”と

▼東北で活躍する、こけし作家の壮年部員も悩んでいた。震災直後、工房にたたずみ、停電で動かない轆轤を前に考え続けた。視線を移すと、心を込めて手がけたこけしたちが、慈愛のまなざしで、ほほ笑んでいた。「これだ」――最も苦しむ人たちに笑顔が戻るまで、“わが分身”を作り、励まし続けよう、と決めた

▼池田名誉会長は「次代の建設とは、『人』をつくること」と論じ、その核心は、「『心』を育てること」と結論した。心を育て、心を励ます。壮年はそこに、「新生・東北の建設に尽くす使命を見いだしました」と

▼「HEART」(心)の綴りの中には「ART」(芸術)が含まれている。心を磨き、思いの丈を表現した彼の新作は先ごろ、こけしの全国コンクールで「福島県知事賞」に輝いた。【名字の言】

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☆コメントは『蛇足』です!

チキンレース

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  中国では毎年9月18日、反日のデモや集会が開かれてきた。昭和6(1931)年のこの日、関東軍が奉天(現瀋陽)郊外、柳条湖付近の鉄道を爆破、これを契機に旧満州のほぼ全土を占領した。いわゆる満州事変で、日本の「侵略」が始まった日とされているからだ。

 ▼事件から80年の昨年は、現場近くの「九・一八歴史博物館」前で、日の丸を焼くなどの騒ぎがあった。しかし今年の「反日」の激しさはその比ではない。尖閣諸島をめぐるデモがピークに達した。テレビの映像ではシャツに「9・18」と書いた若者が「島」を叫んでいた。

 ▼「尖閣」と「柳条湖」とが重なったことで、反日感情が増幅されているのかもしれない。だが彼らが81年前の歴史を理解して、反日になっているとはとても思えない。真実を知らされずに踊らされていたかつての紅衛兵の姿とダブって見えて仕方ないのだ。

 ▼満州事変の前、日本は日露戦争によって、南満州鉄道とその付属地の権益を得た。当時の清国も条約でこれを認め、日本は合法的に沿線の開発を進めた。だがそれに従って中国人の満州への移住が増え、その「反日」で日本人の安全が脅かされてくる。

 ▼事件を主導した元関東軍参謀の石原莞爾に言わせれば、それは「あたかも噴火山上にあるままに」放置されていた。石原らにしてみれば、先手を打ち事態を打開しようとした。「侵略」どころか「自衛」のためだった、との理屈だって成り立つ。

 ▼むろん中国側が真っ向否定するのは仕方ない。問題は日本の一部の史家やマスコミ、政府までが、一方的に日本を「悪」と決めつけてきたことだ。中国人の「反日」をあおってきたのは、中国当局ばかりでないのである【産経抄】

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 ☆う~ん (^_^;) 振り上げた拳をどう治めるか。国と国との<面子>がある。『ごまめの歯ぎしり』の〝珍念〟憂いでいる。
【産経抄】の、コラミストにお尋ねします。愚者に解決策を教えて下され~ぃ・・(*^^)v

「健康は第一の富である」

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  病院が好きな人はそういない。症状が悪化して慌てる人もいる。「健康は第一の富である(米思想家・エマーソン)の金言を心に刻みたい

▼「早く行かんと」―家族に促され総合病院に出掛けた知人。関節痛らしい。診察したのは若い医師。多少問診はあったが、終始パソコンを打ち続け、顔を見ることはなかったという

▼医師として著作も多い鎌田實さんと聖路加国際病院理事長の日野原重明さんらが「いのちの対話」をしている(「医者と患者の絆」岩波書店)。深い話に共感する

▼「病気と闘う最強のチームは、説明上手の患者さんと、聞き上手のお医者さんなのです」と語る鎌田さん。「患者学」を身をもって学んできた日野原さんは「患者さんとは本当に兄弟のような気持ちで会話ができます」と

▼目を見ながら気軽に話せる「場の空気」を医師がどうつくってあげるか。問診票だけに頼らず「ほかに何かありませんか」の一言が大事なのだという

▼「命の癒やし」を大切にする日野原さん、地域医療に尽くす鎌田さんのような医師は、存在そのものが患者を元気にする。寄り添い「こころに届くいい言葉」を探している

▼医学の道を目指す人たちのために「塾も勉強もいいが、もっともっと人間にタッチする時間とチャンスを与えるべき」と日野原さんは強調する。医師と患者の距離が遠くてはタッチできない。 【越山若水】

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☆「健康は第一の富である」エマーソンの「金言」は、言い得て妙である。コラミストの筆致は「立て板に水の如し」 あっぱれ。心が癒される!

○IPPNW(核戦争防止国際医師会議)の創設者で、心臓専門医であるB・ラウン博士には、患者と向き合う時に心がけてきたことがあるという。それは「時計を見ない」「電話をとらない」、そして「相手の話を途中でさえぎらない」。会っている時は全身全霊で聴くという姿勢だ

○「声を聴くだけで、ある程度の診断ができる場合があります」と、友人の医師が語っていたのも 故あるかな!

天台の『摩訶止観』には「上医は声を聴き、中医は色を相し、下医は脈を診る」とある。天台が、声を聴くだけで病気を見分ける医師を“名医”としたのは、「聴く」ことに、癒やす」という行為の核心が含まれるからだろう

   ○かく言う“珍念”・・友を心から励まし、蘇生させゆく “生命の名医” を目指したい。
     多言を控え「誠心誠意、耳を傾ける」努力を続けたい。 (*゚ー゚*)

「相互対等 (タカ派・ハト派)」

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 世の中は色分けをするのがお好きなようで、小生などまったく無色透明を自認しているのだが、なぜか仲間内からすら「タカ派」というレッテルを貼られている。しかし本人は「ハト派」だと思っているその理由

▼争いというのは、力の均衡が崩れるから起こるという物理上からも、それを防ぐのは相互対等と思わせる必要がある。相手に付け入るスキを与えないこと、自分より弱いと思わせないことが肝要なのだ。そう信ずるに至ったのは平和を愛するハトだからこその知恵だろう

▼日本というハトが、中韓露というタカたちと領有権をめぐる争いを抱えてしまったのも、相手に弱みを見せたからに他ならない。「そんなごどやってみろ、タダでおかねぞ」とすごんで見せれば、たとえそれが見せかけであっても相手はなめてかかってこない

▼韓国の大統領が竹島に上陸、おまけに日本国天皇に対する暴言を吐いたことで日本人もやっと覚醒した。相手にしたくないのならこちらも相手にしなければいいのである。真の友好とは相手の尊重もさることながら自らがまずプライドを持つことであろう

▼中国は例によって恫喝一方でねじ伏せようとしている。こうすれば困るだろうという魂胆がありありだが、困るのはどちらか? 鎖国しても困らなかった歴史と伝統を持つ日本に失うものなど何もない。国がデカ過ぎて統治も困難な国がこれ以上領土を増やして何になるのか。百年先の利害得失を考えて頭を冷やせと一喝し、反省を促すぐらいの度量を持て!大和民族よ。【世迷言】

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 Zc1 【珍念】・・・・・・『ごまめの歯ぎしり』なのだ!

「言わねばならないこと」桐生悠々

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桐生悠々の肖像写真

  桐生悠々という新聞記者がいました。権力や軍部を痛烈に批判した気骨の人です。大勢に流されず、本質を見極める姿勢は今こそ必要とされています。

▼ 一八七三(明治六)年、金沢に生まれた桐生悠々(本名・政次)は東京帝国大学を卒業した後、新聞社を渡り歩きました。本紙を発行する中日新聞社の前身の一つである新愛知新聞や、長野県の信濃毎日新聞などでは主筆を務め、晩年を名古屋で過ごします。その報道、論説の特長は「言わねばならないこと」を書く姿勢を貫いたことにありました。

▼ 気骨の人、桐生悠々。悠々が健筆を振るった明治後期から昭和初期は、発展途上にあった政党政治が、軍部の台頭で衰退していく時代です。騒然とした中、悠々の論説は、海外にまで視野を広げた豊富な知識に基づいて藩閥政治家、官僚、軍部の横暴を痛撃します。

▼ 例えば一九一八(大正七)年、富山県魚津から全国に広がった米騒動。米価の暴騰は当時の寺内内閣の無策が原因だったにもかかわらず、政府はその責任を新聞に転嫁し、騒動に関する報道を禁止します。憤った悠々は、八月十六日付新愛知社説「新聞紙の食糧攻め 起(た)てよ全国の新聞紙!」の筆を執ります。

▼ 「現内閣の如(ごと)く無知無能なる内閣はなかった。彼らは米価の暴騰が如何(いか)に国民生活を脅かしつつあるかを知らず、これに対して根本的な救済法を講ぜず、…食糧騒擾(そうじょう)の責を一にこれが報道の責に任じつつある新聞紙に嫁し…」悠々は、寺内内閣を厳しく断罪し、内閣打倒、言論擁護運動の先頭に立ちました。寺内内閣への批判は全国に広まり、ついに総辞職に追い込まれます。時は流れて信毎時代、三三(昭和八)年八月十一日付の評論 「関東防空大演習を嗤(わら)う」です。

▼ 無意味な想定嗤う。掲載の前々日から行われていた陸軍の防空演習は、敵機を東京上空で迎え撃つことを想定していました。悠々は、すべてを撃ち落とすことはできず、撃ち漏らした敵機が爆弾を投下し、木造家屋が多い東京を「一挙に焦土たらしめるだろう」と指摘します。

▼ 悠々の見立ての正しさは、その後、東京をはじめとする主要都市が焦土と化した太平洋戦争の惨禍を見れば明らかですが、この評論は軍部の怒りや在郷軍人会の新聞不買運動を招き、悠々は信毎を追われます。守山町(現名古屋市守山区)に戻った悠々は、「他山の石」という個人誌を発行して糊口(ここう)をしのぎます。軍部、権力への旺盛な批判はやみません。

▼ 悠々は他山の石に「言いたいこと」と「言わねばならないこと」と区別すべきだとして、「言いたいことを言うのは、権利の行使」だが、   「言わねばならないことを言うのは義務の履行」であり、「義務の履行は多くの場合、犠牲を伴う」と書き残しています。

  ▼ たびたび発行禁止、削除処分を受けながらも軍部、権力批判を続けた悠々から学ぶべきは、強者の言い分をうのみにせず
、自らの知識と判断力でその非を指摘する使命感の強さです。真の記者魂と言い換えていいのかもしれません。

▼ 平成の世の日本にも、言わねばならないことは満ちています。まずは消費税増税。民主党政権にとってはそもそも公約違反であり、それでも強行するのは民主主義を危うくします。

▼ 社会保障と税の「一体」改革と言いながら、社会保障の抜本改革は見送られ、増税だけが決まりました。政府や国会の無駄もほとんど削られないままです。速やかに衆院を解散して国民に増税の是非を問うべきなのに、その前に必要な衆院「一票の格差」是正は与野党対立で手付かずです。国会の不作為と言わずして何と言う。

▼ 原子力発電もそうです。いったん事故が起これば取り返しがつかないのに、この暑い夏を「原発ゼロ」で乗り切れたのに、なぜ原発維持の選択肢が生き残るのか。

▼ 事故が頻発する垂直離着陸輸送機MV22オスプレイを「世界一危険」として返還が決まった沖縄の米海兵隊普天間飛行場になぜ配備するのか。沖縄県民に過重な負担を強いることで成り立つ日米安全保障条約は不平等ではないか。私たちの新聞にとって、
          これ らは「言いたいこと」ではなく「言わねばならないこと」です。

○「志」を受け継いで。悠々は七十一年前の九月十日、太平洋戦争の開戦を見ることなく六十八歳で亡くなりました。歴史に「たら」
     「れば」は無意味ですが、悠々だったら今の日本を見て、何と論評するでしょう。

○ 碩学(せきがく)の先輩には及ぶべくもありませんが、言わねばならないことを言う志と気概は、私たちが受け継ぎたいと考えているのです。【社説・東京新聞】

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☆ 桐生悠々という新聞記者は偉い!人間国宝だ。記事を掲載された(東京新聞)は、すばらしい。燦然と輝いている。

かく言う【珍念】桐生悠々さんとお会いしたかった。これ以上は『釈迦に説法』・・口を閉じまする。 モジモジ(。_。*)))

<自己責任>

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 NHKで、東日本大震災時に人的被害を最小限にとどめた岩手県釜石市の子どもたちの行動を検証する番組を見た。中では「想定にとらわれない」ことの重要性が指摘されていた

◆夏目漱石の小説「三四郎」では主人公が先生に「熊本より東京は広い。東京よりも日本は広い。日本よりも頭の中ほうが広いでしょう。とらわれてはだめだ」と説かれた。

◆物事にとらわれず自分の身は自分で守る。そのことを自戒した。(ぎふ寸評)

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☆ コメントは『蛇足』です! (*゚ー゚*)

寒さにふるえた者ほど、太陽の暖かさを感じる。

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☆雑記帳に(2012・3・28)筆洗のコラムを見つけました。ご紹介します<寒さにふるえた者ほど太陽の暖かさを感じる。人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る>(ホイットマン)・・沸々と勇気が湧いてきます

  仮設住宅で暮らしている被災者の書いた絵手紙を見る機会があった。十円硬貨を描いた絵には、こんな言葉が添えられていた。<じぬ(お金)ねくてひでがったぁ んでも、わらす(子ども)の笑顔にはげまさいだぁ…>

▼イカの一夜干しの絵には、<ゆっくりと無理をしないで歩いていく ときどき後ずさりしながら 千年に一度のすごい体験をしたのだから>、フランスから届いた支援物資のスニーカーの絵には、<復興の第一歩>とあった

▼福島第一原発に近い福島県富岡町に住んでいた女性が描いたのは小さなひな人形。一時帰宅した際、ポケットに入れて持ち帰った。原発事故でちりぢりになった絵手紙仲間は昨年十月、福島市内で再会できたそうだ

▼宮城県石巻市の大規模な仮設住宅では、絵手紙教室が開催されている。最初、下を向いていた人も回を重ねるうちに少しずつ笑顔が戻ってきたという

▼「一杯の水が人を生き返らせるように、一通の手紙が人を生き返らせる」と語るのは絵手紙の創始者の小池邦夫さん。描く人も、受け取る人もかじかんだ心が解けてくるようだ

▼<寒さにふるえた者ほど太陽の暖かさを感じる。人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る>(ホイットマン)。詩人でなくても、明るい言葉は人を勇気づける。<みなさん、さんちゅうべろまっちょ いぎなり元気になったよー>

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☆ 特に引用されているホイットマンの言葉が心を揺さぶります、病気と怪我との熾烈な鬩ぎ合いに 明け暮れる【珍念】そのことを憂えているだけでは、前には進めない。むしろ、さあ・・何でも来い。今回も悠々と乗り越えて見せると。そういう体験をしているからこそ、身にしみて健康であることの尊さが理解でき、感謝している。挫折を怖れるのはやめよう。
一回きりの人生。ケセラセラとまではいかなくても、前を見据えて確かに歩んでいこう。

そこには、きっとかけがえのないものが待っている。

▽ 小さな村の誇り

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「全国でも学力の高い村」

▼ 日本国憲法はすべての国民に「子どもに教育を受けさせる」ことを義務付けているが、子どもに「勉強しろ」と強要するものではないことを実感した出張だった。東を岩手、南を宮城県境に接する秋田県東成瀬村。文部科学省が2007年度から実施(正確には再開)している全国学力・学習状況調査(学力テスト)で、成績上位県として知られる秋田県の中でもトップクラスの成績を維持している。点数自体は公表しないが、鶴飼孝教育長によると「ことしも県平均より良い成績」だそうだ。事実上「全国でも学力の高い村」だ。

▼ 積雪のため「産業の発展が停滞的で住民の生活水準向上が阻害される地域」と定義される特別豪雪地帯。人口約2800人、村には小学校、中学校が1校ずつ。児童生徒は合わせて200人余り。こんな小さな村で、子どもがどんな教育を受けているのか、と年に300人の視察団が国内外から押し寄せる。

▼ 「簡単だ。分がるまでおせれば(教えれば)いいんだ」と秋田弁で笑う教育長だが、その胸には強い意思がある。40年前、高度経済成長期にこの村の中学校教諭として赴任した。大きいことが良い、という時代。へき地校はそれだけで軽んじられる雰囲気もあった。その悔しさが原点。村外にある学校の教諭、校長などを経て退職後、請われて教育長に就任したのは学力テスト実施の前年。9年間を一貫した方針で教育するという村独自の「小中連携教育」の実践に取り組み続けている。

▼ 子どもたちは年次が違う混合グループでノートの取り方を学んだり、弱点を補い合う。校長や教頭も授業の補助に入る。子どもたちが出した「日本一」の成績は村民の誇りにもつながった。通学が困難で進学をあきらめざるを得なかったなど、悔しさを共有する保護者や地域の人々は子どもたちの学習支援に全面協力し、相乗効果を生み出している。学力向上のポイントは地域と一体となって子どもを応援し、教員の質を高めることに尽きるかもしれない。民間の塾がないため村営塾も開設。教育に関する予算は最優先だ。この村の継続的な教育分野の業務改善は教育研究者たちも注目している。

▼ こうした独自の教育カリキュラムなどに関するインタビュー記事をまとめた。写真を撮るため教育長に同行した夏休み中の東成瀬小学校。バスケットボール部の練習をしていた小6の女児が話してくれた。「小学校では全科目で秋田県が1位だったけど、中学校では福井県が1位の科目があるから中学校でも頑張る」。小さな村で学んでいることに誇りと自信を持っている明るい表情だった。 (47NEWS 黒川美加) 

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Kann1黒川美加さんの迫真の筆致に驚愕しています。当に記者の鏡です。<起承転結> 輝いている。 かく言う【珍念】も 〝黒川美加さん〟のような論文を書きたいです!

「私の見た日本」と「日本人の微笑」

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左: ハーンとセツ夫人
右: ラファエル・ケーベル

  開国に伴って、日本をのみ込んだ西洋化の波。欧米は優れているとの盲信から、伝統などをあまり顧みなくなった明治の混乱を苦々しく見ていた外国人がいた。この2人は日本人の豊かな心情を書き残した

▼ともに東京帝国大で教べんを執ったラファエル・ケーベルと、日本に帰化した小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)である。文明開化に浮かれた日本人への2人の憂慮は深かった

▼ケーベルは「私の見た日本」と題した随筆で「日本人の本質の中には子供らしさや、精神的ならびに道義的健全、また自足の諸性質がある」とたたえた。ただこれらの素晴らしい性質は、あらゆる領域で窒息しているという。近代文明のきらきら光る似非(えせ)黄金の弊害を厳しく批判した

▼ハーンは随筆「日本人の微笑」の中で「幸福に生活していくこつをこれほど深くわきまえている国民は、他の文明国には見られない」と高く評価。他人への心遣いや、自分を押し殺そうとする無私の態度を挙げた

▼先日、内閣府の国民生活世論調査で「心の豊かさ」がクローズアップされた。物の豊かさより重視するとの回答が過去最高に。東日本大震災で家族らを失った影響もあるという

▼現代人が求める「心の豊かさ」は何を指すのだろう。恐らくケーベルとハーンを感動させた心情へ通じるに違いない。純朴で細やかな心遣い、自足、無私から生まれる豊かさは悲しみを癒やし明日への勇気を与えてくれると信じたい。【天鐘】

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☆【珍念】のコメントは『蛇足』!  (〃゚д゚;A A゚Å゚;)ゝ ゚+:.

<珍(ちん)イソップ物語>

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 大まじめな話なのだが、思わず笑ってしまった。本紙の「世界おもしろ法律事典」が紹介していた中国・北京市の「公衆トイレ管理基準」である。臭いの抑制策のほか「公衆トイレ1カ所につき、ハエは2匹を超えてはいけない」と決められているという。

▼不衛生なトイレに対する国内外の観光客らからの苦情に応えたものだ。ほかに2匹ではなく3匹という「緩やか」な市もあるそうだ。もっとも基準発表から3カ月後、北京の著名なスポーツ施設のトイレでは10匹以上のハエが確認された。基準達成は容易ではない。

▼こちらはもっと深刻だが、先日中国南西部を襲った地震で100人近い死者が出た。M5級で規模はさほど、大きくない。それなのに被害が甚大になった。少数民族が多い山岳地帯での震災対策が遅れていたためと言われても仕方ないだろう。

▼その一方で経済成長をバックにした中国の海外進出は衰えない。最近では、北極に近いアイスランドに急接近中だという。石油や金など北極圏の資源が狙いらしい。東シナ海や南シナ海だけに飽きたらず、北の海にも触手を伸ばしているわけである。

▼発展途上に伴う矛盾だといえばそれまでだ。しかし国内での地震への備えやハエ退治もままならないのに、海外に覇権を広げようとして、国民が果たしてついていくのだろうか。不満が蓄積されていけば、体制が崩壊するのも近いと見る人も多い。

▼むろん日本と違ってこの国の政治家は多士済々だ。その力で強引に乗り切るかもしれないが、内部の権力闘争も熾烈(しれつ)らしい。次期トップが約束されている習近平国家副主席が、水泳中に背中を痛め入院中との報道もある。何やら暗雲がたれこめてきた。【産経抄】

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Ca 中国 ・・・ 摩訶不思議な国ですね!

 かく 言う〝珍念〟も 変人ですが!

無念の思い

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 人生の最後の10秒で、人は何を考えるだろう。残された時間は矢のように飛び去る。今もその写真を見るたびに、どうしようもなく胸がつまる

◆米中枢同時テロで、ニューヨークの世界貿易センタービルが崩落したのは、11年前の今日である。2棟の超高層ビルに旅客機が次々に突っ込んだ。内部は猛煙と炎に包まれ、追い詰められた人たちはなすすべなく、ビルの上から飛び降りた

◆写真には倒壊する直前のビルの外壁が写っている。垂直に並ぶ支柱に沿って、1人の男性が落下している。手は後ろに回し、頭を下にして、片方のひざを曲げている。あの日、窓などから身を投げた約200人の犠牲者の1人の姿がそこにある

◆絶望的な瞬間を、報道カメラマンが撮影していた。「落ちる人」の写真は世界中の新聞などに掲載され、衝撃を与えた。最上部からでも、地上までの時間は10秒ほど。家族や愛する人たちの名前を呼ぶには、あまりに短いお別れというしかない

◆1年半前の大震災では、民家の屋根などに乗って流される人が目撃された。津波の引き波は、人間も海に運び去った。助けを求めるようにこちらを見つめる姿がやがて視界の外に消えていった。そんな話を現地で聞いた

◆人生を奪ったものの全容をよく知ることなく、突然、多くの人が自分の最期と向き合った。9・11と3・11。二つの「11日」には無数の涙と無念の思いが刻まれている。2012・9・11【正平調】

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Zx2人生の最後の10秒で、人は何を考えるだろう>。・・・・<9・11と3・11。二つの「11日」には無数の涙と無念の思いが刻まれている>。〝珍念〟亡くなられた方々の、ご冥福をお祈りします。 

「多すぎる選択肢」

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 品揃(ぞろ)えの豊富さで知られる食料品店の試食コーナーに、24種類のジャムを用意する。買い物客の60%が立ち寄り、その3%が実際に購入した。6種類に絞ると、訪れた客は40%に減ったが、実際に購入した客は6倍以上になった。

 ▼多すぎる選択肢はかえって逆効果となる。有名な「ジャムの研究」だ。米コロンビア大ビジネススクールのシーナ・アイエンガー教授が、著書の『選択の科学』(文芸春秋)で紹介している。教授は全盲のハンディキャップを乗り越え、20年以上も「選択」の研究に取り組んできた。

▼民主党代表選と自民党総裁選が間近に迫る。再選を目指す野田佳彦首相に対抗して、鹿野道彦前農水相、赤松広隆元農水相、原口一博元総務相が名乗りを上げた。谷垣禎一総裁が出馬断念に追い込まれたとはいえ、石原伸晃幹事長、石破茂前政調会長、町村信孝元官房長官、安倍晋三元首相、林芳正政調会長代理と、自民党も候補者乱立では負けない。

▼「多すぎる選択肢」に戸惑うのは、両党議員や党員だけではない。国政進出を目指して、「日本維新の会」の結党を急ぐ橋下徹大阪市長もその一人だろう。殺到が予想される、次期衆院選候補の志望者の資質を見極めるのは、並大抵の苦労ではない。

▼もちろん、誰よりも「選択の科学」を身につける必要性を感じているのが、3年前の政権交代に夢を託し、今それを深く悔いている有権者だ。今度こそ、失敗は許されない。

▼『選択の科学』によると、米国では、政治専門家の予測は当てずっぽうよりも精度が劣る、との調査があるそうだ。そういえば、かつて民主党をはやし立てた文化人の多くは、手のひらを返したような発言を続けている。【産経抄】

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◇<かつて民主党をはやし立てた文化人の多くは、手のひらを返したような発言を続けている>。(@_@) 恥ずかしくないのかなぁ。この二枚舌の鵺たちは・・あ・・余り吠えると同類と誤解される・・『三十六計逃げるに如かず』消えまする! (^-^;

「命というもの」

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 わが家にはサツキの盆栽がいくつかあるが、水やりを忘れて何鉢かしおれさせてしまうことがある。

▼水の中に鉢をつけたりして大部分の木は元気になるが、枯れる木もある。扱いは同じなのに、回復した木と回復しなかった木と、命の差はどこにあるのだろう。

▼生き物の生や死を目の当たりにすると、「命」とはいったい何モノかと思う。命を辞書で引いても「生物の生きてゆく原動力」とあるだけだ。その原動力をつかさどっているのは何なのか。

▼分子生物学者の村上和雄さんはサムシング・グレート(神様)といっているが、結局、命とは何か分からないのである。人間がどうしても造物主の領域に近づけないものの一つだろう。

▼だが米国の作家オー・ヘンリーは短編「最後の一葉」で、人の意思によって命の活性化を取り戻せる話を書いている。

▼病気で生きる気力を失った女性画家は、窓から見える最後のツタの葉が落ちた時、自分の命も終わると思い込む。だが、嵐が過ぎてもその葉は落ちなかった。

▼それは同じアパートに住む老画家が描いた絵だった。老画家は2日後に肺炎で亡くなるが、女性は一枚の葉で生きる力を取り戻す。

▼「神」の手にしかないと思われる「命」も、人の手に取り戻せることもあるという、何か得難いものを得たようなうれしい気がする話だ。

▼現実の問題として、進歩を続ける現代科学が、どこまで命の領域へ踏み込めるのか楽しみでもある。 【水鉄砲】

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◇<進歩を続ける現代科学が、どこまで命の領域へ踏み込めるのか楽しみでもある>う~ん・・変人の〝珍念〟異議ありと申し上げます。珍念の愚考です (お笑い下され~ぃ)

Message_medicine_photo01 ○手塚治虫の「ブラック・ジャック」を思い出しました。ある時、恩師が急死しブラック・ジャックが手術して奇跡が起こり蘇生しましたが、間もなく死亡。なぜ手術は成功したのに亡くなるとは!

○そんな時、恩師の言葉が聞こえてきました。「人間が生き物の生き死にを自由にしようなんておこがましいとは、思わんかね」

○生命には目的がある。その目的を終えた生命はさっさと死の向こう側へ旅立ってしまう。それを何とかこちら側に引き留めようと奮戦するブラック・ジャックの姿は、もしかした
ら、生者の勝手な傲慢なのかもしれない。

○死ぬよりも生きている方が幸せなはずだと考えるのは、生きている者たちであって、死に行く命(魂)には、これとは違う見解があるのかもしれない。

○生と死の境界線上で必死にメスをふるうブラック・ジャックもそんな医学の限界を知っています。医学は魂の領域には踏み込めない。それを知っているから、ブラック・ジャックは常に苦悩の中で生きなければならないのです。

○いちばん大切なものは何か、それを忘れない医療でありたい。人間は誇りなしには生きていけない動物だからです。医師としての名誉のためなら、患者の人権など二の次にしてしまう。悲しいけれど、そういう医者も、少なからずいるのが現実です。移植手術で名を挙げたいばっかりに正しい手順で脳死判定をしなかったり、名誉を守りたいばっかりに明らかな医療ミスを闇に葬る。

○度々、そんなニュースを目にします。人間を無視し、自分たちのプライドだけを守ろうとする医者たち。同じ医学博士だからこそ、手塚治虫の描くこの物語には、医者たちの権威主義に対する厳しい視線が光っています。あ、能書きを述べて「閻魔さま」から叱られる。

モジ(((*´ε` *)(* ´З`*)))モジ

「身が縮む思い」

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「薬師寺  平山郁夫画伯大唐西域壁画公開」

 下世話で恐縮だが、3年前に79歳で亡くなった日本画家の平山郁夫さんは高額納税者番付の常連だった。ジャンル別では6年連続で1位になったことも

▼「高額所得者の中に平山の名が出ると、平山も私も身が縮むような思いをした」。横手市の県立近代美術館で開催中の「平山郁夫展」に、妻の美知子さんが一文を寄せている

▼実は、奈良・薬師寺に依頼された大作「大唐西域(だいとうさいいき)壁画」を寄進する費用を捻出するために、作品を売った結果だという。日本を代表する画家だけにお金持ちなんだな、というぐらいにしか思っていなかったのが恥ずかしい

▼「身が縮む思い」をしたお金で、平山さんはシルクロードに写生旅行を繰り返した。唐代の僧・玄奘(げんじょう)三蔵の足跡をたどる旅は150回以上、旅先での写生は7千枚を超えるという。20年以上をかけて2000年に完成した壁画は薬師寺の玄奘三蔵院に納められた

▼今回の展示の中心は、壁画の七つの場面を4分の1の大きさに描き直した作品。より多くの人に鑑賞してもらう願いが込められている。タリバンに爆破されたアフガニスタン・バーミヤンの大石仏をはじめ、多くの写生画にも触れられる。1300年以上の時を隔て、玄奘三蔵と平山さんの熱い思いが響き合うようだ

▼「平山の服は殆(ほとん)どいただき物、ゴルフをするでもなく、温泉へ行く心のゆとりも時間もありませんでした」。美知子さんの言葉から、芸術に全てを捧げた平山さんの姿が浮かび上がる。  【北斗星】

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Otama 感動しました。コラミストの筆致は(平山郁夫・美和子さん)夫婦の心の襞(ひだ)を余すことなく書いていられる。凄い。あっぱれです! 愚か者の【珍念】平山郁夫さんの一場面しか知りませんでした。恥じています。

かく言う〝珍念〟「平山さん夫婦」のように生きたい!

のど元過ぎれば、暑さ忘れず

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子どものころ「食べ物を粗末にしてはいけない」と親から口酸っぱくいわれた。コメなど作物は天候に左右される。しかし、自然との関わりをつい忘れがちだ

▼米国人が残飯などで捨てている食べ物は、年間で約1650億ドル(約13兆1千億円)相当に上るとの報道があった。米国の環境保護団体が発表した。1970年代の1・5倍。飽食が進んでいる

▼自宅での食事や外食の際の食べ残しに加え、流通過程での無駄も合わせると食べ物の約40%が廃棄されている。一方で毎日の食べ物に事欠く困窮状態に置かれている人は米国全世帯の5・4%を占める

▼環境保護団体は15%廃棄を減らせば、年間2500万人の食事を確保できるとし、無駄の削減を訴えている。日本では年間に約2200万トン、国民1人当たり約170キロの食品廃棄物を出している

▼東日本大震災から間もなく1年半。震災時、食べ物などの物資が長期欠乏し、備蓄の大切さが指摘された。しかし、最近の大手食品会社の調査によると乾パンなどの非常食を3日分以上備蓄している人は18%にすぎない

▼暑さ、寒さは何とかしのげても空腹は我慢できない。ドイツやスイスでは穀物などを各家庭で2週間分備蓄することを法律で奨励している。飽食を戒め、万が一に備え、定期的に食料や水の備蓄をチェックしたい。 【風土計】

◇上手い。あっぱれ!『頂門の一針』痺れる。これ以上は〝釈迦に説法〟おしゃべりの【珍念】 口を閉じまする。 o(*^▽^*)o

〝要注意犬物〟

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Mouken

  まだ飼い犬の放し飼いが許されていた時代(古いね)は、犬との共生法を学ばなければならなかった。咬まれぬためにはどうすればいいのか?そこで得たことが外交の心得にも通じることにはたと気付いた

▼「飼い犬に手を咬まれる」というのはよっぽどのことで、犬ほど主人に忠実な動物はあるまい。しかし他人に対しては別で、誰彼なく咬みつく〝要注意犬物〟がいたものだ。こんな犬は飼い主が繋いでいてほしいものだが、当時は〝犬害〟などに大方が鈍感だったから、悲劇は日常茶飯事だった

▼犬というのは相手が弱いと見ると襲いかかってくる動物である。だから吠えられても、威嚇されてもひるんではならない。後ろを見せたものならまずはガブリとやられる。そん〝常習犯〟に見つかり、遠くから猛然と駆け寄ってくる姿に驚いて逃げたが、逃げおおせられないと判断し、思わず防御姿勢に転じた途端、相手の方が驚いて逃げ出した

▼逃げずに向き合うことが身を護ることだとこの時に知り、以後これが〝対犬対応術〟となった。襲ってくる相手はにらみつけ、警戒している犬には相手目線で手を差し出す。これが〝対犬外交〟の秘訣であった

▼実際の外交も同様で、恫喝に屈してはならないのである。まして逃げるなど致命傷を負うことになりかねない。相手が勢いよく向かってきてもたじろがず、すくっと身構え「さあいつでも来い」とにらみ付ければいいのだ。そういえば、相手が強いと知ると尻尾を巻いて恭順の意を示すのが負け犬の常だった。 【世迷言】

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Ou上手い。あっぱれ! 隣家の阿呆犬を風刺した(コラミスト)は、偉い、金メダルを差し上げます。

〝対犬外交〟の秘訣・・言い得て妙です
かく言う【珍念】即・実行します!

随筆 「私の文章修行」

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 よく人から、「どのようにして、文章を磨かれたのですか」と尋ねられる。考えてみると、そのための特別な勉強をする余裕などなかった。また、決して上手な文章ではない。

○ ただ、少年時代から、多くの文学書に親しんできたことや、海辺を歩いたり、桜を見たりしては、感じたままを、ノートに記してきたことが、文章力を培う基礎になっていったのであろう。

○ 戸田先生の会社で、少年雑誌の編集をしていた時には、依頼していた作家の原稿が入らなければ、自分で詩も書き、散文も書いた。

○ 1951年(昭和26年)に、聖教新聞が創刊されると、先生は自ら、小説『人間革命』(妙悟空著)や寸鉄などの筆を執られ、私たちにも原稿を書くように言われた。

○ 長年、出版社を経営されてきた先生は、文章の鋭い批評家であられた。「これでは、人の心は打たぬ!」「論旨が不明瞭である!」など、厳しく、ご指摘いただいたことが、今は懐かしい。

○ 先生は、しばしば、途中まで書かれた『人間革命』の原稿を私に渡され、粗筋を語り、こういわれた。「後は君が書いておけ。また、直したいところは、好きなように直してよい」それから、私の呻吟が始まるわけだが、思えば、ありがたき師の訓練であった。

○ 先生は、弟子たちの原稿が遅いと、よく、吉川英治氏の『三国志』にも登場する「七歩(しちほ)の詩(し)」の話をされた。――父・曹操の後継者の地位を巡って争った、曹丕と曹植の兄弟。王位についた兄の曹丕は、詩才に恵まれた弟の曹植に、こう迫る。「七歩あるくうちに詩を作れ。できなければ殺す」曹植は即座に詩を作る。

○ それが、「豆ヲ煮ルニ 豆ノマメガラヲ燃(タ)ク 豆は釜中(フチュウ)ニ在ッテ泣ク 本(モト)是レ同根ヨリ生ズルヲ 相煎(アイニ)ルコト何ゾ太(ハナハ)ダ急ナル」との有名な詩。兄弟でありながら、争わねばならぬ悲しみを、巧みな比喩を用いてうたった曹植の詩に、曹丕は、自身の考えを深く恥じたという。

○ 言論戦はスピードなんだ。みんなが曹植なら、とっくに首はなくなっているぞこう言って呵々大笑された、先生のお顔が忘れられない。

○ 私にとって、一番の文章修行は、あえていえば、友につづった励ましの手紙であったのかもしれない。どこへ行くにも、便箋に封筒、葉書を持ち歩いた。会合の合間や移動の列車のなかなど、わずかでも時間があれば、同志に、激励の手紙を書いた。

○ どう訴えれば、この人が希望をもてるのか、元気になるのか、奮起できるのか――限られた時間のなかで、考えに考え、生命を刻印する思いで、懸命にペンを走らせた。

○ 深刻な悩みをかかえている友も多い。一葉の葉書で人生を決することもある。観念の遊戯ではない。現実のなかで、一念を研ぎ澄まし、凝縮した言葉を紡ぎ出す“精神の格闘”であった。

○ 海外指導の折も、日に何通となく、手紙や葉書を認めた。また、励ましのために、和歌などを詠み、日々、友に書き贈ってきた。その数は、多い年には、1000首近くになるだろうか。

○ できることなら、全同志の皆様、お一人お一人に、感謝と励ましのお手紙を差し上げたい。しかし、身は一つ。そこで、毎日、手紙をつづる思いで、小説『新・人間革命』の執筆に取り組んでいる。

○ 自分の書いたものを、読み返すのは恥ずかしい。『新・人間革命』も稚拙さが目立ち、赤面の至り。もっと推敲の時間がほしいが、連載小説の過酷さ。八日、東京は雪に。八王子も一面の銀世界。静寂……。毎日が文章修行と、法悟空はペンを走らせる。・・・池田大作(1998.01.10 聖教新聞掲載)

☆ <珍念のひとりごと> 余りにも稚拙で恥じている。願わくば、恩師の万分の一でも・・思いを~ 綴りたい。
           これ以上。 コメントは『蛇足』!   \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「たのしむ心」

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  どうすれば幸せに生きることができるのだろう。誰でもそんなことを思うが、なかなかいい答えは出てこない。ただ、人生を楽しく生きた達人はいる。「歌人・橘曙覧(たちばなあけみ)がその人」と、ノンフィクション作家の神(じん)一行(いっこう)は著書「橘曙覧『たのしみ』の思想」で言う。

▼曙覧は幕末に福井県に生まれた。「たのしみは」で始まる「独楽吟(どくらくぎん)」が有名だ。<たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時><たのしみは空暖かにうち晴れし春秋の日に出てありく時>。たわいない日常生活の中に喜びを見いだす。その感性が素晴らしい。

▼暮らしは貧しかった。それでも「たのしむ心」を失わなかったのは「足る」を知っていたからだ。お金よりも心の自由を求め、越前侯・松平春嶽から出仕の勧めがあったのを断っている。子どもたちへの遺訓の一つが「物ほしがるな」だった。

▼家族の幸せが「幸福の条件」だったのもうれしい。心温まる歌が多い。<たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時><たのしみはまれに魚煮て児等(こら)皆がうましうましといひて食ふ時><たのしみは三人(みたり)の児どもすくすくと大きくなれる姿みる時>。

▼「今後の生活は心の豊かさに重きを置きたい」。そう考える人が内閣府調査で64%と過去最高だった、と本紙にあった。東日本大震災を機に人との絆や家族との関係を重視する傾向が強まったという。高度経済成長で忘れていた大切なことに気付き始めた。「曙覧の心」に近づくことができれば、幸せはすぐそこだ。 【天地人】

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かく言う〝珍念〟「曙覧の心」で生き抜きたい!

「お前たちはどこの輩(やから)だ」

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  易者が客を占っている最中、まわりで子どもが騒いだり邪魔するので、易者が怒って「お前たちはどこの子だ」と言うと、子どもが「当ててみな」。国文学者の池田彌三郎が「日本故事物語」に残した一節だ

▼作家の井上ひさしは、世の中でひとの生き方を変える特別な職業として医者と学者と易者を挙げたという。井上の説に基づけば、周旋者(政治家)は他人の生き方を変えるまでの存在ではないようだ

▼報道では、大阪維新の会以降、全国各地に「維新」を名乗る政治団体が乱立しているらしい。幕末の長州藩を「維新の卸問屋」と呼んだ司馬遼太郎が存命なら、「お前たちはどこの輩(やから)だ」と怒っただろうか

▼司馬は、変革初期には吉田松陰のような理想家、中期に高杉晋作や坂本龍馬ら卓抜な行動家、後期には先駆者の理想を捨て果実を採る伊藤博文ら処理家という、三種類の人間群が現れると残した

▼変革を期待された民主の体たらく、政権交代への力量が不明瞭な自民の頼りなさ。そんな既成政党への失望感が、維新を金科玉条とする団体の乱立という混沌を招いたのか。小市民の一人として、この国の行く末を占ってみるものの、的中させる自信が皆目持てないのが現実だ・・・【四季風】

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☆<この国の行く末を占ってみるものの、的中させる自信が皆目持てないのが現実だ> 

うまい。あっぱれ! コラミストの名刀は冴えている。ところで・次の選挙でどの政党が良いのか・・? またどの政党が悪いのか・・過去の実績など具体的に示された方が納得できます。それに各党の綱領など。

新聞は社会を照らす灯台だと、思っているが、評論家のように無責任にならないように、しっかり「社説」と【四季風】に、こう思う。こうしたい。と・・凡人の〝珍念〟に教えて下され~ぃ (@_@)

平戸まで

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 公開中の映画「あなたへ」は、高倉健さんが6年ぶりでスリーンに戻ったことや、平戸市が舞台になっていることから話題を集めている

▲映画は、刑務官に扮(ふん)する高倉さんが、病を得て先立った妻の「私の遺骨は故郷の海に撒(ま)いてください」という絵手紙が残されているのを知り、妻のふるさとを訪ねる物語である。立山連峰を望む富山から海に囲まれた平戸市薄香まで、約1200キロを旅する

▲公開前の8月中旬、高倉さんと降旗康男監督らが出席して平戸市で試写会があった。本紙記事によると、市内に映画館がないことを聞いた高倉さんが、ロケに協力してくれた地元の人に作品を見てほしいと招待した

▲その折の舞台あいさつで、高倉さんは撮影の合間に散策した平戸について語ったそうだが、「文芸春秋」9月号に、「平戸まで」と題する随筆を載せている。印象深い風景はいろいろあるが、目に焼きついているのは平戸の風景だったという

▲海の美しさとその魔力に引き寄せられると書き、映画を通して言葉を超えた人とのつながりを感じてもらえたらうれしい、と結んでいる。長崎市内の映画館には、昔からの健さんファンとおぼしき年配者、ふるさとを映画で見たいという人が多くいたようだ

▲夏が過ぎると風鈴は寂しい。妻がそんなふうにつぶやく回想シーンが冒頭と最後に出てくる。そういえば、もう  9月である。【水ゃ空】

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◇高倉健さんの振る舞いが、心に残る名作です。コラミストの筆致は輝いている。

凄い。あっぱれ! これ以上は『蛇足』 。   \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「言うべきは言う。守るべきは守る」

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  言うべきは言う。守るべきは守る。国も個人もその存在を相手に認めさせるには、自らの意思を明確に伝えるべきなのに、戦後67年それを怠ってきたツケが見事に回ってきたのが領土問題だ。今からでも遅くはない。日本は自己主張する国に転ずべきだ

▼「坊主が憎けりゃ袈裟まで憎い」というのは日本のことわざだが、これはそのまま韓国に進呈すべきだろう。日本憎しとなれば、日本の文化、文物その他すべてが憎いという存念をこれほどたっぷりと見せつけられると、法を説いて納得させるのは相手にもよると思う

▼李大統領が、もはや日本は取るに足る相手ではないと公言するに等しい侮蔑的行為を全世界に示したことは、近所付き合いをやめてもいいよというシグナルと解釈すべきであり、ここまで貶められたのなら日本もそれなりの態度を示すべきだろう

▼日本政府は、自国には不利だが韓国にとって経済的に大きな恩恵をこうむる通貨交換(スワップ)という協定の延長を白紙に戻すことを考えているようだが、それは断固打ち切りにすべきだ。利用価値のない国とみなされたのだから、そのぐらいの意地は見せる必要がある

▼だが、日本国内といえば、相変わらずBS放送を主体に各局が韓流ドラマを何本も流し、韓流ポップグループも韓流スターも人気を集めている。そう、なにも袈裟まで憎む必要はないのだ。国益のために要所を押さえた対応はしても、瑣末な事にやたらと目くじらを立てるのは日本古来の醇風と作法に馴染まないからである。 【世迷言】

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◇このコラム『的を射る』あっぱれ。野田総理。毅然とした態度を示す時だ! どじょうのように(のらりくだり)では、だめですょ。『罪を憎んで人を憎まず』と法の原理も故あるかな。

今日も 【珍念】 <ごまめの歯ぎしり>なのだ!  \(*`∧´)/

『ストーク・マンデビル病院で起きた革命』

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  信じられないことだが、脊髄損傷で下半身が麻痺(まひ)した人は、余命二、三年といわれていた。床ずれでの感染や尿毒症であっけなく、命を落とした。早く死ぬ方が周囲の人々にとって好ましいとまで考えられていた

▼それを、一人の医師が変えた。迫害を逃れ英国に逃れたユダヤ人のグットマン博士は内科や外科の医師らがばらばらに行っていた脊髄損傷の治療に、チームワークを持ち込んだ。機能回復にスポーツを使い始めた

▼効果は絶大だった。八割の脊髄損傷者が半年の治療で社会復帰するまでになった。第二次世界大戦末期にロンドン郊外のストーク・マンデビル病院で起きた革命だ(中村太郎著『パラリンピックへの招待』岩波書店)

▼この病院で始まった競技大会はもう一つの五輪と呼ばれるまでになった。英国で開幕したパラリンピックには、四千人以上の選手が参加している。「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に活(い)かせ」という博士の精神が、花開いた

▼ただ、一つ忘れてはならないことがある。英政府が博士を招き脊髄損傷治療に力を入れたのは、戦争のためだったということだ。余りに多くの若者が、戦闘で障害者になった

▼きょうもまた、シリアやアフガンでは戦闘が続く。自らの手や足、そして命を失う人がこの瞬間もいる。人類の輝かしさと愚かしさは、ともに果てがないかのようだ。 【筆洗】

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

◇う~ん (@_@;) 戦争をするのも人間。パラリンピックを開催するのも人間。善と悪の心を持っている。万物の霊長の人間・・環境に感応する心・・その処方箋は何処に・・?

◇ユネスコ憲章の前文には、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中 に平和のとりでを築かなければならない」と、いう名文がある。

◇人間の心に巣くう差別意識や差異へのこだわり。釈尊はそれを「人の心に見がたき一本の矢が刺さって いる」と表現した。では、それを取り除く方法は・・?

◇「一本の矢」について、池田SGI会長は、ハーバード大学での2度目の講演(1993年)で、こう述べている。「克服される悪、すなわち(一本の矢)は、外部というよりまず自分の内部にある。ゆえに、人間への差別意識、差異へのこだわりを克服することこそ、平和と普遍的人権の創出への第一義であり、開かれた対話を可能ならしむる黄金律なのであります。

◇「生命なくして、経済も、教育も、科学も、政治もありません。一切が、人生、社会の幸福を追求するための分野なのです。根本は全部人間です。生命です。その生命とは何かという根本解決の道が、宗教じゃありませんか」と池田大作名誉会長は語る。

◇不肖【珍念】差異へのこだわりを越えて、「どうすればこの人を」「どうすればあの友を」と心を砕く。自分だけではなく「すべての人を幸せにしたい」との温かく力強い「同苦の心」を一人から一人へと、広げる歩みを始めたい。
心に刺さる「一本の矢」を引き抜く努力を広げたい。

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