« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »

2012年8月

「鏡の中の自分」

Photo

  鏡は魔法である。

 そうでなければ女性があんなに鏡を見られるはずがない。日夜、そして最近では電車の内でまでも。現代の浮世絵師、山藤章二氏も「この世で女性ほど自分の顔を知らない人種はいない」と書いている。(あんなにたくさん見ているのに)

▼グリム童話「白雪姫」では、白雪姫の継母が魔法の鏡に「鏡よ鏡、世界中で一番美しいのだ~れ?」と聞くと、鏡は「あんたじゃない」と答える。普通の鏡ならば、即「あなたが一番綺麗です」と答えてくれる。

▼普通の鏡こそ「魔法の鏡」なのだ。そしてややこしいが童話に出てくる「魔法の鏡」は本当の自分の顔がうつる、決してウソをつかない「本当の鏡」である。その証拠に毎日自信をもって鏡を見ている女性が、VTRに録画された自分の顔がディスプレー上に再生されると、急に恥ずかしがって飛び上がるはずだ。本当に不思議である。しつこいが、鏡は魔法である。

▼「真実を追求した」継母は熱く焼かれた鉄の靴を履かされ、「倒れて死ぬまで踊り続けなければなりませんでした」というのがグリム童話のエンディング。ヒドイ話である。

▼「鏡は自惚れの醸造器であるごとく、同時に自慢の消毒器である」 ー夏目漱石 「吾輩は猫である」

▼「馬鹿を見たくないというなら,まずは自分の鏡をこわす必要がある」 ー ラブレー

○ロシアのことわざに「自分の顏が曲がっているのに鏡を責めて何になろう」とある。映った姿は自分のものである。それなのに鏡が悪いと怒る人がいる。それと同じく、人生の幸不幸はすべて、自身の生命の因果の姿が反映した結果である。だれのせいでもない。

○顔は化粧できても、魂の顏は、ごまかせない。まして因果の理法は厳然としている。仏法では「陰徳陽報」(みえない善行が、見える幸福の報いとなって表れる)と説く。仏法の世界には、まったくムダがないし、裏表があったり、表面を飾っても何の意味もない。

○善悪の因果を刻んだ「魂の顏」は、ある程度、表面に「相」として表れる。イギリスには「顔は魂の鏡」という言葉もある。しかし、最も赤裸々に表れるのは臨終の時の相(顏)である。と恩師は語る。

○ところで、昔から日本では「鏡は女の魂」とする。(武士が刀を放さないように、女性は鏡を放さない)とよく言われてきた。珍念の妻も朝起きてから寝るまで、鏡をそれこそ片時も離さないようです。<私は綺麗になる、美しくなる>と囁き、その笑顔にコロリと靡きました。・・・・゜.+:。(*´v`*)゜.+:。

○顏かたちを整えるには、鏡が不可欠なように、自分を見つめ、人生を見つめて、より美しく、より幸福な生活としていくには「生命を映す鏡」が必要となってくる。その鏡は・・・・『言わぬが花』です!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い
 

「〝先生〟の 指の電流 」

0803074

  宿命を使命に変え、世界中に希望を送り続けたヘレン・ケラーの初来日は、今から75年前。1937年(昭和12年)の4月から8月のことである。離日する直前に行った講演の、貴重な音声録音が残っている。日本の印象や福祉の向上を英語で訴え、「さよなら、ありがとう」と日本語で結ばれている

▼幼い時に目も耳も、口も不自由になり、努力で発声を身につけたことを考えると、まさに驚嘆すべき〝肉声〟といえよう。彼女の原点は、井戸水を片手に受けつつ、もう一方の手のひらに綴られた「WATER(水)」の指文字。物には名前があると知った瞬間だ

▼その直後、少女ヘレンは何をしたか。周囲にある物の名を次々と夢中になって聞いた。そして、突然、自分に教えてくれている〝その人〟のことを問う。手のひらには「TEACHER(先生)」の綴りが躍った。同時に、心には〝先生〟という偉大な光が輝き始めた

▼ヘレンは生涯、このサリバン先生への厚恩を忘れなかった。ヘレンの最後の著作は『先生』。その中で「〝先生〟の指の電流」(中村妙子訳)を今でも感じると述懐した

▼胸中で「先生!」と叫ぶ。その時、創価の同志には師弟の魂が脈動し、宿業に立ち向かう勇気と忍耐の力が漲ってくる。【名字の言】

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

◇感動しました。<少女ヘレンとサリバン先生>の師弟の絆に涙が止りません。コラミストの筆致は冴えに冴えている!

『日蓮大聖人』のお手紙に師匠の大切さを語っていられる。「たとえ父母が子を産み、その子に眼、耳が備わっていても物を教える師匠がいなければ、それは動物の眼や耳と等しいというべきであろう」(通解)と。

◇ 師弟の絆こそ、人生の原点といってよい。人間の聡明さは学歴で決まるものではない。いっの時代、いずこの世界にあっても、師弟という人生の原点をもっている人こそ、聡明に人生を生きている人である。と、「池田名誉会長」は語る。

○自身に生きる名聞(みようもん)も名利(みようり)も、真実の前にははかない。人に〝どうみえるか〟ではない。自分が〝どうあるか〟である。かりに他人はごまかせたとしても、自分はごまかせない。自分自身が納得できない生き方をして本物の人生を送れるはずがない。

○自分と比較して他人のほうが良く見える場合がある。しかし、外から見て羨ましく思うほど、実際がよいとは限らない。むしろ外見と反対の場合が多い。何より自分自身の人生である。他人と比べるよりも、自分が以前の自分より良くなったかどうか、それだけを比べていけば良いのである。焦る必要はない。卑屈になることもない。○人ではない。全部、自分で決まる。こうした信念と努力の人は、決して人をうらやまない。自分自身に生きているそれが勝利者の共通点である。と、恩師は語る。

○「仏の顏も三度」の格言がありますが、愚か者の【珍念】三度どころか、五度いや七度ぐらい・・恥じています先生の指導に答えるには・・? 実行する事です。 

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「豊かさはポケットではなく、心の中にある」

20091029_3285754

  名言の一つに加えたい。「豊かさはポケットではなく、心の中にある」。米国の名門大学を卒業した清掃作業員の苦学生ガッツ・フィリーパイさん(52)のモットーとして、NHKテレビの中で以前、紹介された言葉である。

○ テレビは伝えていた。フィリーパイさんは旧ユーゴスラビアの出身。20年前、内戦を逃れ、英語も話せないまま米国にやってきたこと。職を求めて行き着いた先がニューヨークの名門コロンビア大学だったこと。大学の中で清掃作業員として働きながら勉強を続けてきたこと…。努力の人である。

○ フィリーパイさんの名言にある、心の中にある豊かさとは何か。考えてみる。豊かといえば、この大地。実りあるようにするには種がいる。ならば、心にも、夢の種をまいて育ててごらん。夢を持つ大切さを、名言はそう私たちに語りかけているのではないか。

○ 約76%。全国学力テストの中の調査で、対象となった本県中学3年生のうち、将来の夢や目標を持っていると答えた子の割合である。先ごろ、文部科学省が公表した結果で分かった。多くの子が何らかの夢や目標を持っていることにホッとする。半面、そうではない子どもたちのことがいささか気にもなる。

○ 大津のいじめ問題など、子どもたちが置かれている深刻な状況に心が痛む昨今。夢という言葉を聞くだけで、救われるような思いがする。命あるからこそ、夢は芽生える。子どもたちには人の命を尊重し、豊かな心を持って生きてほしい。切に願わずにいられない。 【天地人】

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━

☆ <「豊かさはポケットではなく、心の中にある」何と含蓄のある名言。天然呆けの【珍念】『畏れ入やの鬼子母神』
<命あるからこそ、夢は芽生える。子どもたちには人の命を尊重し、豊かな心を持って生きてほしい。切に願わずにいられない。>・・では、具体的にその方法を愚者にお教え下され~ぃ。お願い申し上げまする。

 あ、閻魔様から、そう言う、(おのれ)は、答える事が出来るのか・・厳しい叱責が脳裏に浮かぶ。愚者の【珍念】永遠の課題です。修行が足りません。恥じています! (^_^;)

「訟を聞くには明白を要し、また不明白を要す」

.31896448

 ドイツの裁判所には法と正義を象徴するローマ神話のユスティチア女神が扉に彫り込まれている。右手に剣、左手にてんびんを持ち目隠しをしている

▼剣は刑事、てんびんは民事を表すとして、目隠しの意味は何か。裁判官の倉田卓次さんの疑問にドイツ判事が答えた。近代法確立以前の司法のでたらめぶりを風刺したもの、と。「黒白の見分けもつかない」ことへの皮肉という

▼古今東西、裁判は似た歴史をたどるものだが、裁判官の倉田さんは悪い意味の像を裁判所に飾ることに納得できない。〝真の意味〟があるはずと探求する

▼お節介な話だが、ナチスを徹底排除したドイツと、「敗戦」を「終戦」に言い換えた和魂洋才の国との違いか。幕末の儒学者、佐藤一斎著『言志四録』の「訟を聞くには明白を要し、また不明白を要す」の言葉にぽんと膝を打つ

▼ある事実をはっきり認定して逆の結論になるのを避けるためボカしたままにする。裁判でよく使う手で「正に不明日。目隠しに喩(たと)えられなくもあるまい」

▼野田佳彦首相は竹島問題について「国際社会の法と正義に照らして、国際司法裁判所の法廷で決着をつけるのが王道」と述べた。こちらは裁判所に「明白」な認定を期待してのことに違いない

▼一方で大切なパートナーを強調し、一方で裁判沙汰にする。市民生活では面従腹背、油断のならぬ人間と見られがちだが、国と国との場合はまた別ということか。北方領土問題にも触れて中韓ロ三国にたんかを切った形

▼「国内の強硬な世論を煽る」ことを戒めながら、その強硬論に言い訳しているようでもある。【大観小観】

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+

☆ う~ん (@_@) 『二兎を追う者は一兎をも得ず』の諺を思い出す。【読み】  にとをおうものはいっともえず  【意味】  二兎を追う者は一兎をも得ずとは、欲を出して同時に二つのことをうまくやろうとすると、結局はどちらも失敗することのたとえ。 

☆それにしても、3年前、一度。民主党に政権を委ねたらとマコミに踊らされ投票した方は、さぞ臍を噛んでいることでしよう。友人曰く。自民党も悪かったけど、それ以上に民主党は、話にならない。語るのも穢わしい。でも たった一つ良いことがある。『反面教師』だ。下手な三流芝居だが最後の幕引きは・・そして誰もいなくなった。

☆民主党の「アキレス腱」は、鳥合の集で党の綱領がない。鬼の首を獲ったようにマニフェストを掲げたが。それが仰天の眉唾もの予算を組み替えれば16兆円ぐらい叩き出すと。掲げたものは、実現していない。あっと。驚く消費税アップ・・「自縄自縛」(じじょうじばく)になった。■意 味: 自分の縄で自分を縛ること。自分自身の心がけや行動によって、動きがとれなくなり、苦しむことのたとえ。ある意味で、民主党の学芸会の出来栄えは、 ・・・<言わぬが花>

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「きっちり抗議」

Photo

 英国の外交官ニコルソンの『外交』をはじめ外交の定番教科書は幾つかある。近刊の『大阪おかんルール』(中経出版)も、それらに劣らぬ参考書になりそうなので、以下概略を―

▼ご存じ、大阪のおかん(お母さん)は、存在感といい、行動力といい、世界最強とされる。共通の特色の一つに「店の不手際には、しっかりクレームを付けるのが、真の親切」という哲学がある

▼飲食店でしょっぱい料理が出たとする。ためらわず店員を呼んで「ちょっと食べてみ。味付け濃いない?」と直球を。建前より本音が大事、あかんことはあかんという正義感の表れとか

▼出てくるのが遅い時も「きっちり抗議」。グループ客の一人が「おそない(遅くない)?」と口火を切れば、これを合図に皆で矢の催促。従って店側もささっと料理を出すように、普段からスピード重視

▼でも、店から出る時は「ありがとう」を忘れない。クレームを付けても対応がよければ「ごっつぉさん、また来るわー」と満面の笑みで。商売の町ゆえ、独特の礼儀正しさがある

▼どうだろう、外交の教科書として。きっちり抗議―これは日本外交が欠いてきた要素。礼儀正しさ―これは最近の韓国大統領に欠けるもの。大阪生まれの大統領に書留で送ってあげたい。< 河北春秋>

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

☆ あつぱれ。恐るべし!  大阪おかん(お母さん)

402
<大阪のおかん(お母さん)は、存在感といい、行動力とい、世界最強とされる。共通の特色の一つに「店の不手際には、しっかりクレームを付けるのが、真の親切」という哲学がある>(大阪のおかん)さんは、総理大臣や、外務大臣より 力が有るやに感じる。・・変な政治家は恥を知るべきだ。

いっそのこと (*^^)v う~ん 【言わぬが花】なのだ。

ロバート・ハンプトン・グレー大尉の碑

P8260167

 震災で大きな被害を受けた宮城県・女川町。国内外から、さまざまな支援の手が差し伸べられた。その中にカナダ・ネルソン市からの義援金・支援物資があった。女川町とネルソン市は、以前から長い交流の歴史を持っている

▼女川湾を望む小高い場所に碑がある。昭和20年8月9日。女川は、米英そしてカナダの艦載機に攻撃を受けた。攻撃は翌日まで続き、150人以上が亡くなったといわれる。この攻撃の指揮をしたロバート・ハンプトン・グレー大尉の搭乗機は、被弾し墜落した。敷地の碑はグレー大尉を慰霊するものだ。大尉はネルソン市出身であった

▼大尉は、いわば、女川攻撃を指揮した「敵」だった。しかし女川の人々は、「昨日の敵は今日の友」(碑文から)と、記念碑を建立した。敵味方なく「全員の霊を慰め」、「平和」「徴し」となることを願って。女川町とネルソン市の交流の原点である

▼当初の出会いは”悲劇”であった。しかし、それを「平和への原点」に転じた人々がいた。「交流の第一歩」とした人々が続いた。そして今、「支援の動機」とする人々がいる

▼「悲惨な戦争」から「尊き平和」へ。「被災」から「復興」へ。強い意志を持ち、今日も一歩を歩む人々がいる。その歩みを忘れまい。【名字の言】

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

Kax1

   コメントは 『蛇足』!

狂ったのかなぁ。韓国の李明博大統領

Image

 パソコンや携帯電話が普及し、瞬時に相手に届くメールを子供からお年寄りまで使いこなせるようになった今だからこそ、手紙の良さが見直されている。きのうの東京本社版に載っていたが、東日本大震災の被災地と全国の子供たちを手紙で結ぶ試みが好評だそうだ。

 ▼最初は堅苦しい挨拶から始まっても手紙をやりとりするうちにだんだんと打ち解け、友達になっていくという。自分の思いを字にするとき、相手のことを思いやる想像力を働かせる手紙の効用大だ。

 ▼韓国の李明博大統領は、そんな心のこもった手紙や恋文をもらった経験がないのだろう。そうでなければ、首相の署名が入った重要な親書を封も切らずに送り返した暴挙の説明がつかない。

 ▼古来、親書受け取り拒否は、あなたと対話する気がない、つまり戦争になってもやむを得ない、との意思表示と受け取られてきた。近くはイラクのクウェート侵攻後、ブッシュ米大統領(父の方)がフセイン大統領宛てに親書を送ろうとしたが、イラク側は受け取りを拒否。ほどなく湾岸戦争が始まった。

 ▼親書拒否ばかりか、李大統領は天皇陛下に謝罪まで要求している。そんな国家的侮辱を受けても野田佳彦首相は強硬手段に出られまい、とタカをくくっているのだろう。「同盟国同士の争いは不愉快だ」と言うだけの米国もアテにはできない。

 ▼ならば、ここは一番、日本国民は相手が反省するまで大いに怒った方がいい。小欄はしばらく、韓流ドラマは見ず、韓国製のモノは買わないことにした。中には「大人の対応をした方がいい」としたり顔で論じる政治家や文化人と称する世間知らずもいるが、大人はわがままな子供をしつける義務がある。【産経抄】

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━

☆上手い。あっぱれ! コラミストの{名刀}は冴えに冴えている。国家的侮辱を受けた。ならば、国交断絶も視野に入れて腹を括るのが賢明と思う。中国もしかり・・ほかの国と友好を結んだ方が賢明なのでは・・? 一例を挙げれば北朝鮮と電撃に友好条約を結び・ソ連とは、北方四島は半分割譲して平和条約を結ぶのが得策と思う。

殿、いまこそ ご決断を!。どうせ、民主党政権は(最初で最後)だから・・一命を賭して頑張ってもらいたい。

X2_3

読者の皆さま・・やゃ(過激)な発言をしました。
お気に障ったら平にお許しください。 
〝珍念〟『ごまめの歯ぎしり』 なのだ 

<美人伝心(兼高かおる世界の旅)>

Gq131t9yseaml__sx230_

 

 「大問題ですよ、本当に大問題です」。この御方、相当怒っていらっしゃる。「公衆の面前で、お化粧をするなんて日本だけです」。

▼怒りの主は兼高かおるさんだ。世界各国を飛び回り、ブラウン管を通じて国の世情や旅の楽しさを伝えてくれた女性。旅番組「兼高かおる世界の旅」は昭和34年に始まり、30年余りも続いた。

▼150カ国を渡り歩いた元テレビリポーターは、バスや電車の中でも平気で化粧をする女性の姿に異質さを感じている。この光景に周囲が慣れてしまっている点にもお怒りなのだろう。

▼「美人伝心」という題名の本で、兼高さんは各国を歩いて感じた思いを集約した。見た目の美しさは各国で異なり、顔の美しさを追求しても、あまり意味はないという。「世界で通用するのはルックスではなく振る舞いや態度」だと。

▼その人から醸し出される美しさとは、礼節や作法、人を人としていたわる心根だろうか。今年も67年目の夏がやって来た。あの日から、日本は食うや食わずの日々を乗り越えてきたが、現在の立ち振る舞いはどうか。ルックスだけに磨きを掛けて来た美しき人、美しき国ではなかったのか。

▼戦後という言葉が風化しようとも、美しき人、美しき国をなくしてはならない。
美人リポーターの滑舌はいまだ衰えない。【分水嶺】

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

☆ う~ん !(^^)! <見た目の美しさは各国で異なり、顔の美しさを追求しても、あまり意味はないという。「世界で通用するのはルックスではなく振る舞いや態度>だと。

美人、大好きな〝珍念〟反省している。恥じています。 これ以上は『蛇足』!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

<鎖につながれたアヒル>

Sd1

  本紙を愛読する友人と語らいが弾み、話題が小欄の左にある「寸鉄」に及んだ。名称が中国の故事に由来すること、掲載スペースは小さくとも舌鋒鋭く事象の本質を突き、大きな存在感をもつことなどを説明した

▼話しているうちに、フランスの、ある新聞のことが脳裏に浮かんだ。「ル・カナール・アンシェネ」(「鎖につながれたアヒル」の意)という名の小さな新聞だ。かつて池田名誉会長が学生部の総会で紹介したことがある

▼反ナチスのレジスタンス(抵抗運動)の中で創刊され、発行部数は少ないものの、勇敢に正義を叫ぶ信念の言論紙と評された。権力の弾圧も、同紙をつぶせなかった。読者の圧倒的な支持があったからだ。多くの読者は〝私はいついつ以来、この新聞を読み続けている〟ということを誇りとしていた

▼きょう24日は「聖教新聞創刊原点の日」。1950年(昭和25年)のこの日、戸田第2代会長と池田名誉会長が新聞発刊の構想を語り合った。「寸鉄」欄は、翌年4月20日の創刊号から登場し、戸田会長自ら筆を振るった

▼「原点」とは、遠い昔の歴史の一コマではない。現代を鋭く見据え、未来へ進む不動の「指標」だ。読者と共に、人間主義の世紀を創造しゆく出発の日としたい。【名字の言】

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。★゜・。。・゜゜・。

コメントは『蛇足』!   \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「毎日が日曜日」

5192sx3weyl__sl500_aa300_

 重松清さんの書いた「定年ゴジラ」は、ニュータウン暮らしの男たちが主人公だ。退職後のそれぞれの日々を、哀歓たっぷりに描く

◆その中にこんな場面がある。大雪の降った朝、あるおばあさんの家の前に雪が残っている。それを見た男が雪かきをしてやろうと提案する。「気になったらやる。やろうと思った人がやる」と

◆気持ちはこの雪かきと同じだろう。介護施設などで高齢者がボランティア活動をすれば換金可能なポイントを手にできる制度が、少しずつ広がる。元気な人が同世代を助ける。「やろうと思った人がやる」というわけで、自身の健康維持にもなる

◆東京都稲城市が最初に取り組んだ。兵庫県内では、たつの市や姫路市などが始め、伊丹市も9月から乗り出す。内容や名称は違っても、決められた施設などで手伝いをするたびにポイントがつくという点は変わらない

◆最高で年間5千円とはいえ、少しずつたまるのは励みになる。伊丹でボランティアの登録をした76歳の女性が「少しお金をいただけることで責任感が芽生える」と話すのを紙面で読んだ。深くうなずいてしまう一言である

◆「定年ゴジラ」の印象深いシーンをもう一つ。日課の散歩では、家族から贈られた新品ではなく、古い靴を選ぶ。そのとき、こう話しかけながら靴を履く。「もうちょっと働けるよな、おまえは」。活動に手を挙げる皆さんも同じ気分かもしれない。【正平調】

*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;

〝珍念〟の よけいな おしゃべりです。

☆出版社/著者からの内容紹介:祝・直木賞受賞:暇であっても退屈ではない!老朽化したニュータウンで第2の人生を歩み始めた定年4人組の物語。

☆開発から30年、年老いたニュータウンで迎えた定年。途方に暮れる山崎さんに散歩仲間ができた。「ジャージーは禁物ですぞ。腰を痛めます。腹も出ます」先輩の町内会長、単身赴任で浦島太郎状態のノムさん。新天地に旅立つフーさん。自分の居場所を捜す4人組の日々の哀歓を温かく描く連作。「帰ってきた定年ゴジラ」収録の完成版。

☆大病を患い。会社を辞めて早13年。強運に恵まれ、病は治り。毎日が<優雅な日曜日>を楽しく過ごしています・・「定年ゴジラ」の生き方に感動している。願わくば、【珍念】も、かく 生きたい!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

ホタル

Photo

  小泉八雲の妻節子は回想記で、夫の好きなものとして夕焼け、夏、海、怪談などとともに虫を挙げている。チョウ、セミ、アリといった虫やカエルは「パパの一番のお友達」だったそうだ

▼人が動物や虫に姿を変える物語は八雲のお気に入りだ。ある青年が真冬の夜に舞うホタルを見た。同じ時、その婚約者が空を飛んで青年の方に向かう夢を見たという不思議な話が随筆「蛍」に紹介されている

▼夏の闇に淡い光を放つホタルに心ひかれるのは文学者に限らない。道内でも、本州などのホタルを地元の川に放流して、マチおこしに役立てているところがある

▼だが、こうした活動が、道が生態系保全のために策定を目指す条例で規制される可能性が出てきた。ホタルは地域ごとに遺伝子構成が異なり、他地域のホタルと交雑することで固有種がいなくなる恐れがあるという

▼人間にとっての風流な楽しみも、ホタルの身になれば迷惑な干渉かもしれない。これに限らず、人の都合に合わせて自然が作りかえられることに翻弄(ほんろう)されてきた生物の境遇に、もっと想像力を働かせるべきではないか

▼小泉八雲にはこんなエピソードもある。「友達」だった庭のカエルがしばしばヘビに襲われた。心を痛めた八雲は、襲撃者を追い払う代わりに自分の食事を分け与えたという。どんな生き物であれ、人の生まれ変わりと信じていたようだ。 【卓上四季】

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

460pxlafcadio_hearn ◇小泉八雲:(パトリック・ラフカディオ・ハーン)1850年6月27日生誕:ギリシャ王国、レフカダ島 死没 1904年9月26日(満54歳没)
日本人以上に日本通 国籍  日本 活動期間 1894年 - 1904年 代表作 『骨董』『怪談』

小泉八雲の「日本人の微笑み」を読みました。素晴らしいエッセイです。是非読んで欲しいです。きっと心が和むでしょう。

 かく言う【珍念】・・{小泉八雲}のように生き抜きたい!

『花のある暮らし』

Photo_2 

  さまざまな植物をあしらった庭づくりを楽しむガーデニングや、室内を草花で飾る園芸のブームが続いている。ちょっとしたスペースがあれば植物を栽培する行動は、江戸時代にルーツが見られるらしい

▼外国人が江戸の町で目にした光景に驚く。長屋住まいの庶民がアワビの殻に土を盛り、花を植えていた。「自分の国では花を買う金があったらパンを買う。江戸の町人は貧しくても花を買う。なんと文化水準が高い国であろう」

▼江戸町民の植物好きは徳川家康の影響が大きかった。城内に「御花畠」をつくり、ツバキなどの草花を眺めて楽しんだ。武士は花がポロリと落ちるからツバキを嫌ったとされるが、それは明治以降に広まった俗説

▼江戸後期には色や形の珍しい朝顔が珍重された。それ以前は菊が人気だった。最初は関西で盛んになり、後に江戸にも及んだ。品評会で入賞すると花芽一つに1~3両の値が付いた(中江香著『お江戸のニコニコ人情暮らし』中経出版)

▼八戸は菊の里と呼ばれるが、その歴史は江戸時代にさかのぼる。豪商の七崎屋半兵衛(ならさきやはんべえ)が大金を投じて大阪から数種類の観賞菊の苗を買い求めた。その中から、今に伝わる食用菊の「阿房宮」が生まれた

▼観賞菊の品種改良も進んだ。冷涼な気候が奥州菊という独特の大輪の花を育てた。今も愛好者が栽培に心血を注ぎ、秋の菊まつりで展示する。草花をめでる古くからのたしなみは、地域に受け継がれている。【天鐘】

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。

◇ <外国人が江戸の町で目にした光景に驚く。長屋住まいの庶民がアワビの殻に土を盛り、花を植えていた。「自分の国では花を買う金があったらパンを買う。江戸の町人は貧しくても花を買う。なんと文化水準が高い国であろう」>・・と。現代の東京は、江戸時代と比べたら・・・・・ (^_^;) 猫の額ほどの裏庭に・赤・白・淡い紫色・の朝顔が可憐に咲き乱れている。毎朝水を撒きながら、艶やかさに心が和みます。

◇ふと{加賀千代}の俳句に思いを馳せています。 『朝顔に つるべとられて もらい水』 朝、井戸に水をくみに来てみると、朝顔のつる がつるべに巻きついていて水がくめない。切ってしまうのもかわいそうなので、近所に水 をもらいに行くことにした。 「つるべ」=つなの先におけを取りつけて、水をくむようにした .・・・..

1

現在では、余り見かけないですが、時代劇の映画では、見かけます。〝珍念〟の故郷のお寺には、あります。今日も、灰色の脳細胞は冴えません。支離滅裂のコメントを美人とお金を見たら、しゃきっとなります・・あ・・不謹慎な・・あの方から叱られる・・口を閉じまする。

〝複眼思考〟

Tori2_2

 地球上で最も栄えている生物は昆虫だ。ここまで繁栄できたのは、体が小さいこと、空を飛べるようになったことが大きいという

▼そんな虫の世界を、昆虫写真家の海野和男氏は撮り続けている。時には魚眼レンズを手に、地面に這いつくばることも。氏は「そこには上から見下ろす視点とはまったく異なる非日常的な昆虫の世界が広がっています」(「DAYS JAPAN」8月号)と語る

▼大局的な視点を「鳥の目」、個々に目を配ることを「虫の目」によくたとえるが、実際「虫の目」は数百から1万以上ものレンズが集まる「複眼」という構造を持つ。遠くのものまで見通す「視力」は人間の目に劣るが、目の前で動くものを捉える「動体視力」は人間よりもはるかに高い。ハエには、ダルビッシュ投手の剛速球も止まって見える

▼同じものを見ても、見え方は種によって全く違う。そこから人間は、固定観念にとらわれず、異なる視点から物事に光を当ててみる〝複眼思考〟を学ぶことができよう

▼仏の智慧を「如実知見」と説く。森羅万象を見通し、衆生を救済するための智慧を持つのが仏である。目の前の人を、どう励ますか。どういう社会を築いていくか。「仏の目」を、信行の実践で磨いていきたい。【名字の言】

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

Ou

痺れました。<〝複眼思考〟と「如実知見」>  う~ん・・・ !(^^)! 
邪な煩悩に靡く【珍念】(論語読みの論語知らず)を肝に銘じ、自分らしく歩み続けたい。

「キュリオシティー(好奇心)」

Photo

  夏休みも終盤、小中高生は自由研究や課題に追われていることだろう。情報のあふれている時代だ。提出するだけならネットで調べれば体裁はつく。だが、それではちょっと寂しくないか

▼角田市にある宇宙航空研究開発機構の角田宇宙センターが、親子連れでにぎわっているそうだ。東北にいながら宇宙開発の最先端技術に触れられる。体験は興味の種だ。たくさん手に入れてほしい

▼今月6日、米航空宇宙局(NASA)の無人探査車が火星に着陸した。12歳の少女がすてきな名前を付けた。「キュリオシティー(好奇心)」。2年にわたり生命の痕跡などを調べて回る

▼多数の観測機器を積んだ探査車は重さが1トン近くある。この重量級を着陸させるため、NASAは複数の減速方式を試みた。最後は母船から探査車をナイロン製ロープにつり下げ逆噴射で降下した

▼超ハイテク集団が、一見アナログとも思える「つるして下ろす」というアイデアを採用した柔軟性に驚く。知恵や工夫の源泉は好奇心以外の何ものでもない

▼かつて火星に降り立った探査機の名に「パスファインダー」があった。未開に道を見つける人、という意味だ。多様な視点と想像力に満ちた子どもたちが、復興や日本の未来を切り開くことを願う。 【河北春秋】

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

  。( ^^) _旦~~ コメントは 『蛇足』なのだ!

「スマホ中毒」

Illust13 Sumah

  韓国は今や、スマホ(スマートフォン=多機能携帯電話)大国になった。人口の半数以上がスマホ加入者という。スマホ販売台数世界一の電子部品・電子製品メーカーのお膝元だけに、スマホの目覚ましい普及に納得もいくが、一方で「スマホ中毒」も問題視されている

▼本紙で紹介された韓国のスマホ事情。推定255万人が「スマホ中毒者」という。特に10代、20代の中毒率が高い。メールやチャット、ゲーム、音楽、ネット検索などで一日中スマホを触り続け、それが高じて「中毒」に

▼子供がスマホを触りながらでないと何も食べられず、夫婦がベッドで直接話をせず、メッセージサイトを通じメールでやりとりするという「うそだろう」と思われるような現実もあるそうだ

▼わずかここ1、2年の間にスマホが目覚ましく普及し、国内でもスマホがなければ生活できない若者が増えそうだ。ある日、電車内で目にした光景。若い女性が突然、スマホを見ながら口紅を塗り始めた。その行動に初め理解できなかったが、すぐに納得。スマホに鏡のアプリ(ソフト)があることを思い出した。触り続ける理由が分かる

▼総務省が発表した2012年版情報通信白書によると、スマホなどの普及による経済波及効果は年間7・2兆円。「わが国全体の成長へのバネとして活用すべきだ」と結論付けたが、成長だけを考えて果たしていいものか

▼コミュニケーションツールを頻繁に使いながら、現実のコミュニケーションは希薄になる。便利と破滅は表裏一体。今後、積極的な「解毒」対策も求められる。 【栗駒おろし】

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━

◇う~ん (^_^;) 悪しき煩悩に穢れている【珍念】にも積極的な「解毒」対策が欲しいのだ。 どなたか教えて下され~ぃ・・・。
あ・・閻魔さまと、ゲーテから叱られる・・ \( ^∇^)/θ☆ わ~い

法を守らない。変な殿ちゃま

Noda1 Akirame1

 

  ここでクイズです。日本国内でデモ行進中の活動家が、警備中の警官に向かってレンガを投げつけました。警官はよけてケガはありませんでしたが、この活動家は逮捕されるでしょうか。

 ▼どうやら答えは2つになってしまったようだ。今年の8・15以前なら、公務執行妨害罪で現行犯逮捕される、という答えが正解だ。レンガが路上にあったものではなく、事前に2人以上が示し合わせて用意していたものなら、凶器準備集合罪も適用されておかしくない。

 ▼8・15以後は、「逮捕されない」が正解になりかねない事態となった。尖閣諸島に上陸し、逮捕された香港の活動家らがきのう、事実上、おとがめなしで強制送還されたからだ。彼らが「事前に準備した」と公言してはばからぬレンガを、海上保安官のすぐ近くに投げつけたにもかかわらずに、である。

 ▼野田佳彦首相は、活動家を逮捕した際、「厳正に対処する」と言ったはずである。その結果がこれでは、中国や大阪生まれの韓国大統領になめられるばかりか、国の根幹をなす法秩序もおかしくなりかねない。

 ▼一部の保守論客の中には、前2代があまりにもひどかったので野田首相を評価する向きもあるが、実態は五十歩百歩であることが明白になった。終戦の日に周辺国に配慮して靖国神社にも参拝できぬような政治家は、この国のリーダーたり得ない。

 ▼民主党政権が発足してほぼ3年になるが、実現させたのは公約にまったくなかった消費税増税だけ。失政続きの政権を衆院解散に追い込めなかった自民党も情けない。永田町では11月総選挙が噂されているが、それでは遅い。民主党政権が一日でも長く続けば続くほど、この国は病み衰えてしまう。【産経抄】

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

 ◇ 開いた口が塞がらない。<「厳正に対処する」>と、のたまわく。誰を・・? 相手により法を曲げたのは誰だ。

あぁ ・・そういえば、前首相は 贈与税の件で、お咎めなしと。庶民なら脱税で逮捕されたのでは なかろうか・・?

<民主党政権が一日でも長く続けば続くほど、この国は病み衰えてしまう>故あるかなぁ。 市井の〝珍念〟きょうも 【ごまめの歯ぎしり】している。\(*`∧´)/

「僕」の 顏

61g4ndzgz3l__sl500_aa300_

 詩人リルケが都会で暮らし始めた「僕」の孤独をつづった「マルテの手記」(大山定一訳、新潮文庫)にある。「大勢の人々がいるが、人間の顔はしかしいっそうそれよりも多いのだ。一人の人間は必ずいくつかの顔を持っている」

▼なるほどそうだろう。しかし、別の顔が出し抜けに現れ、物言いがあからさまとなれば、誰だって真意をいぶかる。発言にひときわ慎重さが求められる立場の人なら、なおさらだ

▼韓国の李明博大統領が戦後補償問題に絡んで、これまでの親日家の顔を脱ぎ捨てたかのような強硬発言を重ねている。最初は竹島上陸時の発言だった。「間違いなくわが国領土で、命を懸けて守らねばならない価値がある」。教員が相手の会合では天皇の訪韓条件に謝罪を挙げ、「『痛惜の念』なんて単語一つ持って来るなら来る必要はない」。光復節の式典でも従軍慰安婦問題で責任ある措置を求めた

▼「マルテ―」で、「僕」は顔を頻繁に掛け替える人々に触れている。「穴ができ、ところどころ紙のように薄くはげ、やがて次第に地膚が出てくる」。すべて顔を大切にすることをしらなかったからだ、と

▼まさか李氏、大統領としての顔があと半年程ゆえ、ぞんざいに扱っても構わぬと考えたのではあるまいが。【照明灯】

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

〇このコラム、言い得て妙です.。あっぱれ!金メダルを差し上げます。かく 言う【珍念】「僕」の顏を、煩雑に掛け替えている。

まるで〝カメレオン〟みたいです。「美人とお金」には、最高の笑顔を振りまいている。果たしてあの世で、閻魔さまの前でもその笑顔を見せることが出来るのか・・? う~ん・チト・キビシイ。反省している。ともあれ 自分らしく日々精進したい。

人生の金メダルを目指して! \( ^∇^)/θ☆ わ~い

<刺突>

41whg9kzeal__sl500_aa300__2

 中国戦線に派遣された22歳の学徒兵がほかの新兵とともに中国人捕虜虐殺を命じられる。度胸をつけるため、縛られた捕虜めがけ着剣した銃で順に突進せよ。「血と人膏( あぶら )まじり合いたる臭いする刺突銃はいま我が手に渡る」

▲ 上官の命令は天皇の命令。だが学徒兵渡部良三さんはキリスト者として拒む。「『殺す勿(なか)れ』そのみおしえをしかと踏み御旨に寄らむ惑うことなく」。陰惨なリンチが始まる…。渡部さんの歌集「小さな抵抗」(岩波現代文庫)は、短歌700首で侵略戦争の内情を証言する

▲ 同じような状況で刺突訓練を経験した人に会ったことがある。「これは敵の密偵だ」と上官に言われ若い中国人を刺したこと。目が合ったこと。実は近くの農民だったこと。「私らは鬼でした」と話の途中でその人は言った

▲ 戦争という言葉の奥のひだには後ろ暗い個別具体的な加害行為が無数にある。「悲惨な戦争」と抽象的に言えば言うほど、加害の歴史は曖昧になり、史実の重しがとれていくように思う

▲ 一昨日、野田佳彦首相は全国戦没者追悼式で「悲惨な戦争の教訓を風化させず、不戦の誓いを堅持する」と述べた。しかし、同じ口で集団的自衛権行使の議論を進める発言をして、中国と韓国に批判されたばかりだ

▲ 67年前まで日本が近隣国に鬼の面相をしていた史実を忘れてはならない理由の一つがここにもある。【地軸】

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

Zx2

 

  ・・・ 悲しくて・・・【珍念】涙で文字が打てません!

真っすぐなメッセージ

Photo_2

  こんなクラスメートがいたら、きっと楽しいだろうな、と考えた。何だか1日が元気に始まりそうだ

▲佐世保市立広田中2年の藤田直大君は生徒会生活委員会の副委員長だ。毎朝、誰よりも早く登校し、校門で「おはようございます」とみんなに大きな声を掛ける。思いは必ず通じる、と信じて

▲いろんな人がいる。あいさつが返ってくる人、軽く頭を下げるだけの人、チラッと視線を送ってそのまま通り過ぎる人。「その人の性格が見えます。同じ人でも日によって反応が違うから、その日の気分も分かります。大人も一緒です」

▲ある朝、「あいさつを返してくれたらうれしい」と書いたカードを掲げてみると、皆の表情や反応が明らかに変わった。「これだ」。今度はカードの中身を変えることを思い付いた。「クイズを出したりもします」。教室に会話の輪が広がる。学校の朝の風景が少しずつ変わっていく手応えがある

▲7月の末に大村市で開かれた「社会を明るくする運動」中学・高校生県弁論大会で審査員を務めさせていただいた。出場者は中高生計21人。自分を見つめ、家族や友人、社会と向き合ってたどり着いた真っすぐなメッセージが続いた

▲小さな決意や、小さな行動の積み重ねが社会を変えていく。自分の言葉でその思いを語る表情がまぶしい。その思いを、しっかりと受け止めるのが大人の責任であることは言うまでもない。【水ゃ空】

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

◇藤田直大君は、偉いです。【水ゃ空】の筆者も偉い。これからも、真っすぐなメッセージを読者にお届け下さい。宜しくお願い申し上げます。

かく言う 【珍念】・・・・真っすぐな「メッセージ」を綴りたいです! \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「他人事」にしてはならない

Pa K7599350

 先日、久しぶりに中国の日系企業で働く若い友人にあった。彼は、中国から留学して、日本の大学院を修了した後、日本企業に入社。いまでは、現地の幹部として活躍している。

▼その男が、こんなことを言っていた。「毎日、中国の新聞だけでなく、日本の新聞も現地で読むので、情報はバランス良く入ってきます。ただ、最近、日本の新聞はつまらなくなりました。どこがといえば、日本の国内記事です」

▼自国へ帰って、何年にもなるから、日本への関心が薄れるのも仕方がないねと応じると、そういう意味ではないという。「近頃の新聞は、毎日、日本経済の問題点をグチのように記事にしている。前へ進もうという建設的な報道がほんとうに少ないです」というのである。「状況を突破するという気迫、勇気が感じられません」とどめをさされた。

▼耳の痛い指摘である。彼は、憧れて留学してきた国が、自信を失っていくのが「じれったい」と言っていた。「他人や政府や他国のせいにしないで、自分でやれるところから、どんどん変えてしまえばいいのに」という意見には、賛同する人も多いだろう。

▼彼の話を聞いていると、現在では破綻してしまった往年の「優良企業」の人と話したときを思いだした。その会社の社員は、誰もが、明晰に自社の問題点を語った。ただ、すべては「他人事」のようであった。そして、「こうする」「こうしたい」という言葉は聞えてこなかった。

▼問題を「他人事」でなく「自分事」にする。そこからすべては始まるだろう。{東京経済大学コミーュニケーション学部:教授 関根英彦) 

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━

□  <現在では破綻してしまった往年の「優良企業」の人と話したときを思いだした。その会社の社員は、誰もが、明晰に自社の問題点を語った。ただ、すべては「他人事」のようであった。そして、「こうする」「こうしたい」という言葉は聞えてこなかった>

□  !(^^)! うい・ うぃ 「的を射る」{畏れ入りやの鬼子母神}かく言う〝珍念〟恥じている。修行が足りませんです。相変わらず、減らず口は絶好調です。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「日本一短い手紙]

Photo

 
 作者は10歳。「明日」をテーマにした「日本一短い手紙」(中央経済社)から引く。「東北の人達へ あなた達の明日を信じて頑張る姿を見て泣いた。私にもきっと何か出来るかもしれない」

〇別の10歳の作。「のらねこさんへ 今日、のらねこさんは家(うち)に来ましたね。うれしかったので明日も来て下さい」。大人っぽさとあどけなさ。どちらもいとおしい

○10歳はどんな年ごろかと考えたのは今月、裁判所が10歳の告訴能力を認めたからだ。女児への強制わいせつ事件で、名古屋高裁金沢支部は「幼い」として公訴棄却した一審判決を破棄、裁判がやり直されることになった

○強制わいせつ罪は被害者の告訴がなければ起訴できない親告罪。少女が訴えたのは母親の交際相手の男である。告訴能力の認定としては最も幼いという

○その勇気に励まされる子もいるだろう。性的虐待を受けても多くの子どもは言い出せない。異変に気づき「あなたは悪くない」と支える大人が必要だ。つらい体験を何度も話さずに済むように、訓練を積んだ面接者が聞き取って録画する「司法面接」の導入を求める声も強い。幼い被害者を救う手だてを急ぎたい

○少女の心の傷が癒えることはないかもしれない。でもいつか、幼い日の勇気を誇りに思える日が来る。そんな「明日」がきっと来る。<滴一滴>

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━

◇ う~ん (-_-;) コメントは『蛇足』なのだ!

『きけ わだつみのこえ』

71tlumzhf1l__aa1050_

 古代ギリシャの詩人ピンダロスは歌う。「戦いは知らざる人には甘美なれど、知る人はその近づくをあまりにも怖(おそ)れる」。世のため国のため、勇ましい男たちが活躍するなど絵空事で、現実の戦争はむごく醜い

▼本紙が募った「八月の歌」の入選作に、〈赤紙とおびただしい血と燃える火と赤、赤、赤のノンフィクション〉がある。愛知県立起(おこし)工高3年、長野薫(かおり)さんの一首だ。途方もない戦争の真実に絶句するのも、若い世代には貴い経験だろう

▼終戦から67年、日本は幸いにも殺し合いをしていない。人口の78%が戦後に生まれ、悲惨を語れる人は2割いようか。「フィクション」が紛れ込まないよう、体験談を大切に語り継ぎたい

▼戦没学生の遺稿集『きけ わだつみのこえ』(岩波書店)にも歌がある。〈激しかりし敵火の中に我と生きし邦子(くにこ)の写真眺めつ想(おも)う〉。早大を出て、敗色漂う1944(昭和19)年秋からフィリピンなどを転戦した陸軍中尉である

▼新妻への手紙には「何百枚でも邦子の写真が見たい」とある。その人を二度と抱くこともなく、24歳の彼は鹿児島沖で戦死した。愛する者への思いに今昔はない。これを軟弱とさげすむ世には戻すまい

▼「わだつみ」の出版に尽くした医師中村克郎さんは、1月に86歳で亡くなった。語り部、伝え手を連れ去る歳月は、非情にして優しく、滴るばかりの悲しみをセピア色に染めてゆく。しかし私たちが時の癒やしに甘えては、平和を知らずに息絶えた人に顔向けできない。 【天声人語】

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

◇おしゃべりの【珍念】 コメントは・・ 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 口を閉じます!

「かみしめる8月15日」

51tebbn0n9l__sl160_ 5176j42qn3l__sl160__2

 後に作家、山田風太郎となる医学生、山田誠也は昭和20年8月15日の日記に、終戦の玉音放送を聞いた瞬間を次のように記している。「その一瞬、僕は全身の毛穴がそそけだった気がした。万事は休した」。

 ▼彼は23歳。東京医学専門学校で学んでいたが、空襲で学校ごと信州・飯田市に疎開。そこで終戦の報を聞く。彼が書き続けた日記は、のちに「戦中派虫けら日記」「戦中派不戦日記」などとして出版され、戦時下の暮らしを知る貴重な資料となった。

 ▼翌16日には、こんな記述がある。「日本はふたたび富国強兵の国家にならなければならない。そのためにはこの大戦を骨の髄まで切開し、嫌悪と苦痛を以てその惨憺たる敗因を追及し、かみしめなければならぬ」「敵が日本に対し苛烈な政策をとることをむしろ歓迎する。敵が寛大に日本を遇し、平和的に腐敗させかかってくる政策を何よりも怖れる」。

 ▼しかし、戦後の日本は、自身で戦争責任を「骨の髄まで切開し」、追及することはなかった。懸命に働いてつかの間の繁栄を満喫したが、気が付けば、政治をはじめ社会も経済も「平和的に腐敗させられた」ような状況になっている。

 ▼今回の原発事故でも、原因や責任の追及は中途半端なまま。東京電力は事故の検証に不可欠な資料でさえ、全面公開していない。これではまた、同じ過ちが繰り返されるのではないか。戦後67年。
日本人はもう少し賢くなってもよいはずだ。【水鉄砲】

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 ◇ 山田誠也の慧眼、恐るべし!あつぱれ。コラミストの筆致は冴えている。凄いです!

 <珍念>の筆致は枯れている、 恥じています。 これ以上(コメント)は『蛇足』。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

『ぼくらはそれでも肉を食う。人と動物の奇妙な関係』

51mbcdiz3ml__sl500_aa300_

ハロルド・ハーツォグ。 出版社(柏書房)

○読者の皆さまへ!今日は、ちょっと 悍ましい文言が随所にあります。お気に障ったら、お許し下さい。最後までお付き合いのほど、宜しくお願い申しあげます。

◇著者は心理学者。長年にわたって、人間と動物の関係を見てきた。本書は様々なエピソードを紹介しながら、動物の扱いについての人間の態度が首尾一貫とは程遠く、むしろ身勝手でさえあることを見事に描き出している。

◇私たちの多くは、牛や豚などの肉を食べる。その一方で、外国人がイルカ漁について描いた映画には賛否両論が激突する。今の日本人世帯の半数弱が何らかのペットを飼っていると言われるが、その陰で年間30~40万頭の犬猫が保健所で殺処分されている。犬猫だけでなく、飼い続けられなかったエキゾチックアニマルを人間の都合で捨てた結果,生態系が乱される被害も後を絶たない。人間と動物の関係は、矛盾と不思議に満ちている。

◇本書は、そんな私たちに哲学的な問いを投げかける。第九章「ソファにはネコ、皿には牛――人はみんな偽善者?」の問いかけには、一瞬ドキリとする。

◇日常生活において自分の息子がヘビを飼ったとき、著者はこう自問した。「息子がニシキヘビをペットとして飼うことは倫理的に許されるのだろうか? 日々の食料をカンヅメでまかなうことのできるペットを飼うことは、ヘビと暮らすことより道徳的に望ましいことなのか? 子ネコをニシキヘビにエサとして与えるなんてことが現実的に道徳的に認められる状況はあり得るのか?」と。

◇著者の抱く疑問の数々は、ペット社会化しつつある現代日本に暮らす私たちに突きつけられているようにも思える。先のニシキヘビをめぐる疑問は「ペットとしてふさわしい動物」についての先入観があるからだ。国によってペット向きの動物も異なるだろうし、現代日本では「それってペット?」と言わざるを得ないようなペットも少なくはない。でも、ふさわしいかどうかを、やすやすと断言できるのだろうか?

◇ネコは捕食の目的ではなく他の動物を殺してしまうこともあると言う。年間約10億匹の小動物が、ペットとして飼われるネコの狩猟本能の犠牲になるそうだ。この狩猟本能を、私たちは「悪い」と言い切れるだろうか。たとえば、人の肉食習慣と比べてみて、どうなのだろうか。食肉という行為において、人とネコの違いとは何なのだろうか。捕食という視点から考えていくと、どんどん違いがあいまいになってくるのではないか。著者は言う。「ネズミをエサにヘビを育てることと、子ネコをエサにしてヘビを育てることのあいだに、たいした違いはないのだ……脳の倫理的な部分ではそう結論していても、感情的な部分でちっとも納得できなかった」と

◇本書は、正しいひとつの答を与えてくれるわけではないが、日頃あまり考えなかったことに思いをめぐらせる機会を与えてくれる。若干分厚い本だが、物語的にたくさんの事例がちりばめられ、「うーん、これはどうかな?」と首をひねったり、「へえ、そういう見方もあるのか!」とひざを打ったりと、グイグイと引き込まれる。この夏、本書を読むことで「食べる」本能について見直し、自らの生活の振り返りに役立ててみてはいかがだろうか? 場合によっては、夏の終わりに数キロ、ダイエットできるかもしれないという期待もちょっぴりこめながら――。

○う~ん (@_@;) 変人の【珍念】コメントは『蛇足』

“鯉の滝のぼり”

Takinobori01

  ちょうど30年前の夏。卒業を翌年に控えた創価大学生の集いに、創立者の池田名誉会長が出席し、ある映画の一シーンを
語ったことがある

▼軍隊で鬼のような上官から侮辱される青年。彼が肌身離さず持っていた一冊の本。それはモンテーニュの『随想録』だった。
本を読んでいると言っては殴られ、本を蹴飛ばされ、ついに裂けてしまう。若き日に同書を愛読した創立者は、青年の苦悩を分かち合うかのように回想した

▼そして『随想録』の一節を紹介し学生を激励。「真っすぐな櫂も水の中では曲がって見える。単に物を見るだけではなく、いかに見るかということが大事」――社会の荒波に立ち向かう学生にとって、「真っすぐな櫂」は、まるで自身の象徴のように思えた

▼物の見方は各自の価値観に左右される。たとえ“曲がった櫂”と見られたとしても、自分が真っすぐであり続けることが何より大切だ。どんな時も前向きで明るく朗らかに進む。そう心を定めた人は強い

▼何があっても負けずに人生を生き抜いていく。その挑戦の姿は「“鯉の滝のぼり”のような繰り返しである」と、創立者はスピーチを結んだ。真っすぐに、試練に負けず、のぼり続けた者――それが真の勇者であることを忘れまい。【名字の言】

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

◇<何があっても負けずに人生を生き抜いていく。その挑戦の姿は「“鯉の滝のぼり”のような繰り返しである」と、創立者はスピーチを結んだ。真っすぐに、試練に負けず、のぼり続けた者――それが真の勇者であることを忘れまい>。

◇49年前の初夏、21歳の時。池田名誉会長に初めてお会いし大激励を受けました。先生の偉大な人柄に引かれました。瑞々しい青年の心で、お迎えが来るまで、自分らしく歩み続けます。 お迎えが来ても、まだ、早いと追い返します。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

“人のために生きるのが最高の人生”

200pxnoguchi_hideyo_2

 
 “天才とは勉強なり”―この言葉を残した野口英世。アフリカ・ガーナで黄熱病の研究に殉じた信念の生涯を通し、かつて池田名誉会長は、“人のために生きるのが最高の人生”と関西創価学園生に語った

▼それを聞いた高校2年のある学園生は、野口の研究の舞台・アフリカへの思いを募らせた。創価大学に進学した彼は現地に足を運び、後に留学も果たす。現在、母校・創大でアフリカ経済を教える

▼本年、新社会人として出発した彼の教え子がいる。彼も学生時代、ガーナに留学し、地方紙に現地の状況を伝える寄稿も綴った。アフリカの発展にいつか貢献をと胸に秘めつつ、世界屈指の消費財メーカーで力を磨く。「21世紀をアフリカの世紀に」。創立者の展望を現実にとの誓いは、先輩から後輩へ受け継がれている

Siteiningenkakumei_2  

    左側:池田名誉会長
    真中:牧口初代会長
    右側:戸田第2代会長





▼「大学をつくろう。創価大学だ。世界第一の大学にしようじゃないか」。名誉会長は22歳で、戸田第2代会長の夢を知った。創価の学舎の設立それ自体、名誉会長が戸田会長から託された夢であり、さかのぼれば、牧口初代会長の夢でもあった

▼大いなる理想を抱いて生きる。自身で完結しなければ、その理想を師から弟子、先輩から後輩へ託していく。そこに、誇るべき創価の伝統と魂がある。【名字の言】

◇ コメントは 『釈迦に説法 。( ^^) _旦~~

喉に刺さった棘

Books1

  首相の靖国神社参拝について、是とする立場から「過去の過ちを繰り返さないために参拝すればいい」という意見がある。
一見もっともらしく聞こえる。だが元タイ大使、岡崎久彦氏は著書『国家戦略からみた靖国問題』の中で、こうした考え方を退けている。

 ▼それでは「英霊に対し『お前たちは悪い戦争のためムダに死んだ』というに等しい」からだ。岡崎氏は首相は本来は春、秋の例大祭に行くべきだとする。だが8月15日に参拝するのなら「特攻隊の戦士をはじめ、お国のために散った英霊の鎮魂のためであってほしい」と述べる。

 ▼簡明で当然と思える、この首相参拝の目的が今や、どこかに忘れ去られてしまった。それどころか民主党政権になって、参拝の論議すら封じこめられている。ましてや靖国参拝が国の守りの基本でもあることなど、政治家の頭から消え去ってしまったらしい。

 ▼国のために戦い亡くなった人の霊に政府の代表者が感謝しに行く。それは国土や国民の命は必ず守るという意思表示でもある。決意を内外に示すことは、他国からの攻撃への「抑止力」となる。そう考えれば靖国参拝は首相にとって「義務」ですらある。

 ▼残念ながら、自衛官を父に持つ野田佳彦首相の脳裏にもそのことはなさそうだ。昨年9月の内閣発足時、あっさりと閣僚の参拝自粛を決めてしまった。しかも今年、参拝の意向を示している2閣僚に自粛を求める。そう記者会見で語った。

 ▼同じ会見で李明博韓国大統領の竹島上陸を「到底受け入れられない」と非難した。だが靖国参拝にこう後ろ向きでは「でもこれ以上コトは構えませんから」と言っているようなものである。韓国や中国は強気になるばかりだ。〈産経抄〉

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

 ◇あっぱれ。このコラム『頂門の一針』痺れる。それにしても・・小泉元首相は確固たる理念を持っていられた。国のために戦い亡くなった人の霊に感謝しに行く事が、なぜ悪い。他国から謗られるのは心外だ。と、それは国土や国民の命は必ず守るという意思表示でもある。決意を内外に示すことは、他国からの攻撃への「抑止力」となる。そう考えれば靖国参拝は首相にとって「義務」ですらある。

 ◇戦犯が祭られた神社に参杯するから、難癖を付けられる。ならば、国立の墓苑を作り「戦犯」は除外すれば良い。いっも 不思議に思う。なぜ 為政者は こんな簡単な事をしないのかなぁ? 頭は良いかも知れないが、知恵が無いのかなぁ・・権力争いの知恵はお持ちのようだ。
あ・・これ以上。吠えると、叱られる。〈珍念〉今日も『ごまめの歯ぎしり』なのだ!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

『草枕』 どんな枕 (*^_^*)

Photo

 友人が妻と幼い子どもを残し、39歳で亡くなってから15年がたつ。大腸がんになって入退院を繰り返し、最後は激痛に襲われ息を引き取った。幼い時によく遊んだ仲。ずっと「頑強」「スポーツ万能」という偉丈夫のイメージだった。それがまさか30代で逝ってしまうとは。

▼「何がこんなに早く」。突然の悲報には驚愕のあまり、血の気が引いたことを記憶している寿命は何によって決まるのか。友の死をきっかけに思いを巡らすことがある。

▼仮に食と生活パターンが一緒だったとしても同じ寿命ということはない。個人差に明確な答えはないような気がする厚生労働省によると、2011年の日本人の平均寿命は、男性79・44歳、女性85・90歳で、前年比でそれぞれ0・11歳、0・40歳縮んだ。

▼東日本大震災で多くの人が犠牲になったのが最大の要因だが26年も続いた長寿世界一の座から2位に転落した女性のもう一つの理由が20代の自殺と知って驚いた理由は就職できなかったり、人間関係をうまく構築できずに悩んでしまうからだという。

▼働く意欲があっても仕事が見つからない疎外感とつらさは痛いほど分かる政府は自殺総合対策の見直しを決定し、増加傾向にある若年層の自殺防止策を強化するという。

▼学校でのいじめも多発。人間関係も希薄化している生きにくい時代かもしれないが、生きることを諦めないでほしい。
ツイート 「忙人寸語」

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

◇筆者は、ふと、夏目漱石の『草枕』の一説を思い出しました。1906年に「新小説」に発表。熊本県玉名市小天温泉を舞台にして、著者のいう「非人情」の世界を描いた作品である。

○<「山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。」という一文に始まり、「智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」と続く冒頭部分が有名である。初期の名作と評価される。>
 う~ん (@_@) 100年も前に書かれた警世の書かなぁ? ともあれ・・生ある者。死は免れない! 読者の皆さまへ。
悔いのない人生をお過ごしください。

○  『名もない 人達の中で 心を 打たれたといわれる 人生を 私は 生きたい』 (池田大作)

○ 不肖:「珍念」も そう生きたい!

『日本レスリングの父・八田一朗』

Kinn

 〈狩の犬獲物を追って何処までも〉。「野性」の強さを見せつけた柔道女子の松本薫選手に続いて、レスリング女子の伊調馨(いちょう・かおり)選手と小原日登美(おばらひとみ)選手も頂点に立った。うれしいニュースから、この句を思い出した。

 ▼作者は、日本のレスリングの父と呼ばれた八田一朗だ。男子選手がふがいない負け方をすると、頭の毛ばかりか、下の毛まで剃(そ)る、スパルタ教育で鍛え上げた。東京五輪でレスリングは5個の金メダルに輝き、女子バレーの大松博文監督とともに「時の人」となる。

 ▼もともと柔道選手だった。早大在学中の昭和4年、柔道普及のためのアメリカ遠征中にレスリングと出合う。「レスリングを研究しないと、将来の柔道界はひどい目にあうぞ」。帰国後、学内で説いたが、かえって破門同様の扱いを受ける。八田のレスリング人生の原動力は、柔道界への反発だった。

 ▼戦前のロンドン留学中に築いた人脈を生かして、戦後は他のスポーツに先駆けて、国際大会への復帰を果たす。選手にも海外遠征や留学を奨励した。外国選手の技に触れるとともに、慣れない環境で精神力を養うのが狙いだった。

 ▼ロンドン五輪で柔道男子は史上初めて、金メダルゼロの屈辱を味わった。パワーでねじ伏せる現在の「JUDO」は、本来の柔道ではない。こんな言い訳は、八田には寝言にしか聞こえないだろう。

 ▼ところで読者の皆さんは、吉田選手の結果や女子サッカー、なでしこジャパンのメダルの色をご存じだ。つくづく時差が恨めしい。八田は選手の時差ボケ対策も用意した。どんな悪条件でもすぐに寝られるよう、しばしば夜中にたたき起こして顔を洗わせ、すぐ布団に戻す。タフな選手が育つわけだ。【産経抄】

 ☆<ロンドン五輪で柔道男子は史上初めて、金メダルゼロの屈辱を味わった。パワーでねじ伏せる現在の「JUDO」は、本来の柔道ではない。

Photo4

こんな言い訳は、八田には寝言にしか聞こえないだろう> 旨い! あつぱれ・(*^^)v
 ☆コラミストの筆致は冴えている。金メダルを差し上げます。 あ・・負けた原因は・・これ以上「武士の情け」で口を閉じまする。

目の付けどころ

Photo

 なにしてるんだろう。不思議な姿勢だった。記者体験中の小5の女の子。台上に二本足で立つかき氷製造機。その股下にもぐりこんでカメラを構えている

▼向こう側では小1の女の子が真剣な顔でかき氷を作っていた。機械から出てくるフワフワの氷が、女の子の差し出す器に積もっていく

▼滝のように落ちてくるかき氷を手前に、一生懸命に作業する少女の表情を向こう側に。そうか。この場面を撮りたかったのか。その子の目の付けどころに感心した

▼桐生市立商業高校ビジネス研究部が7月29日にジョイタウン広場で開いたキズナフェスタの小学生お仕事体験。同僚記者と3人で、子どもたちに記者の魅力を伝える側に回った

▼テーマは「猛暑」。写真と文で読み手にどう伝えるか。模擬店が並ぶ広場内なら何を取材してもいい。記事の書き方など二の次。目の付けどころを自分で探す楽しさを味わってほしかった

▼1時間3人の3コマで計9人。子どもたちの活躍ぶりに目を見張った。かき氷を食べる笑顔、作り手の表情、ジュース売り場の忙しさ、うちわで仰ぐお姉さん、ヨーヨー釣りのプールで遊ぶ少年…。「太陽で暑さを表現したかった。プールの水面に映った太陽と一緒に人を撮ればいい写真になると思った。太陽の反射をもっときれいに写したかった」(新里中央小6年の岸和佳奈さん)

▼本職も負けてはいられない。【ぞうき林】

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

53 ☆ う~ん (#^.^#) ほんわか 癒される・・。目の付けどころが凄い。
<本職も負けてはいられない>コラミストの心根に、感動しました。「悪しき煩悩」に日々靡く【珍念】
反省しています。恥じている。あ・・クッキーが焦げている・・消えまする。

<小泉八雲に思いを馳せる>

417o4849b0l

  お化けや妖怪が登場する伝説や怪奇譚を聞くなら、昼より夜が雰囲気が出る。夜でも、まぶしいほどに明かりがともっているよりは、ほの暗い方がしっくりする。想像力を働かせるには好条件なのだ

▼明治時代、ランプの芯をぎりぎりまで下げて部屋を暗くし、日本各地に古くから伝わる怪談話に耳を傾けた人物がいた。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)がその人。語り手は妻のセツ。夫人が著書で明かしている

▼八雲は大の怪談好き。本を見ないで、自分の言葉で語るように妻に求めた。セツは古本屋で本を探し、筋立てを覚えては自分なりに考え、語り聞かせた。そうした日々を経て、八雲の代表作『怪談』が誕生した

▼「雪女」「耳なし芳一のはなし」「むじな」など17編を収めたこの作品集は単なる伝説の再話ではなく、情緒性に富んだ怪奇文学だと評される。八雲の才能とセツの献身的な協力、そして夜の暗さが生み出したとも言える

▼夜と妖怪で思い出される青森県南の方言に「アモコ」がある。下北の一部と津軽地方では「モコ」。化け物のことだ。夜泣きする子どもに、大人が「声を聞きつけてアモコが来るぞ」と言って泣きやむように脅した

▼それは夜が恐怖心をあおり、化け物が現れても不思議ではないと思えた遠い昔のこと。今なら「科学的じゃない」「アモコに会いたい」と子どもに笑われそうだ。明るい照明の恩恵に浴しながらも、アモコがいた時代が懐かしい。【天鐘】

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━

☆読者の皆さまへ。「お化けや妖怪」以上に日本の国を蝕んでいる。悍ましい<シロアリ>は、なんでしょう・・? 
教えて下され~ぃ (^_^;)

無学の【珍念】聊か諸悪の根源を知っていますが、『ごまめの歯ぎしり』なのだ・・これ以上〝言わぬが花〟静かに退散します。
\( ^∇^)/θ☆ わ~い

<日々安穏>

A2w3

  平凡のように見えたとしても、一日として同じ日はない。一日として同じ自分でもない。すべての現象は変化の連続である

▼自然界もそうだ。鴨長明は『方丈記』に記した。「往く河の流れには絶えまもないが、それでいて、水はつねにもとの水ではない。淀みに浮かぶ水の泡も、消えたかと思うとまた結んで、長く姿をとどめるためしはない」(現代語訳)

▼「生きるとは、ゆっくり誕生することだ」。作家のサン・テグジュペリが『戦う操縦士』(みすず書房)で、そう綴っている。ゆっくり誕生するということは、自分で日々“新しい自分”を創造していくことであり、変化していくこと。きのうより、きょう、そして明日へ“新しい自分”を築いていきたい

▼仏法では本因妙を説いている。過去にとらわれることなく、今の一念と行動によって、自身の未来を主体的にどのようにでも変えていくことができる。信心は、過去から現在、未来への幸福の軌道を照らす灯台である

▼人生に完成品はない。停滞もない。日々、前進か後退か。向上か堕落か。生きることは変化し続けることであり、完成に向かう建設の連続である。この世の人生の最後の瞬間まで、“前進と向上の炎”を燃やし続ける一日一日でありたい。【名字の言】

B ☆上手い。あつぱれ!『的を射る』お見事です。

○私が後悔することは、しなかったことであり、できなかったことではない。. イングリッド・バーグマン
○. 今を戦えない者に、次とか来年とかを言う資格はない。ロ.ベルト・バッジョ
○有能な者は行動するが、無能な者は講釈ばかりする。.ジョージ・バーナード・ショー
○.どんなに悔いても過去は変わらない。どれほど心配したところで未来もどうなるものでもない。
いま、現在に最善を尽くすことである。 松下幸之助

☆おしゃべりの【珍念】 これ以上は『釈迦に説法』 なのだ \( ^∇^)/θ☆ わ~い

<真の英雄・・ラシュワン選手>

Clm12070514490005n1

 五輪の名勝負といえば、やはりあの場面を最初に思い起こす。1984年ロサンゼルス五輪の柔道男子無差別級決勝。試合の前に山下泰裕選手の右脚負傷を知ったエジプトのラシュワン選手は、右脚を攻めることなく寝技で敗れた

▼試合後に「なぜ右脚を攻めなかったのか」と問われたラシュワン選手は「そこまでして勝ちたくはなかった」と答えた。そのフェアプレー精神をたたえ、表彰式では拍手が鳴りやまなかった

▼メダル至上主義に凝り固まった現在の五輪に、そんな美学を期待するのは無理なのか。ロンドン五輪の柔道女子では、日本選手が痛めた左肘を執拗(しつよう)に狙って勝った中国選手がいた。そして、バドミントン女子ダブルスでは「無気力試合」で失格選手まで出た

▼勝つために最善の努力をし、正々堂々と戦うのがスポーツマンシップの根本だ。次の試合で強豪や自国選手と対戦しないために、わざと負けるというのは明らかにこれに反する。だが、選手だけを責めるわけにもいかない

▼山下—ラシュワン戦には後日談がある。ラシュワン選手の日本人コーチは決勝前にこう指示していた。「得意の右払い腰で山下の右脚を攻めろ」。ラシュワン選手は自らの信念で指示に従わなかったのだ

▼今回失格になった選手も、負けろと指示されていたに違いない。それを拒否しなかった選手だけでなく覇道を地で行ったコーチ陣、そして試合方法の変更で魔が差す隙を与えた連盟も猛省しなければならない。【北斗星】

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo

☆ う~ん (@_@;) 金メダル以上に大切なものがある。< 五輪の名勝負といえば、やはりあの場面を最初に思い起こす。

<1984年ロサンゼルス五輪の柔道男子無差別級決勝。試合の前に山下泰裕選手の右脚負傷を知ったエジプトのラシュワン選手は、右脚を攻めることなく寝技で敗れた>。

☆この試合に対し、のちに「ユネスコ」からフェアプレー賞が贈られた。【珍念】でしたら、金メダルは(ラシュワン選手)・(ユネスコ)・(山下泰裕選手)・【北斗星】のコラミスト・4人に差し上げます。それにしても、なぜ。当時の日本政府は(ラシュワン選手)にも賞を贈らなかったのかなぁ? 未だに不思議でなりません。 これ以上は 『釈迦に説法』消えまする・・!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「南瓜(かぼちゃ)石」どんな石 (@_@;)

Untitled_2  Eupachy_3

 「小さなものは拳くらい。大きなものは臼くらいはある。私が持っているのは周囲が4尺(約120センチ)、重さ5貫目(約19キロ)ほどある」

▼江戸末期に道内を踏査した松浦武四郎(1818~88年)は、自ら入手した「南瓜(かぼちゃ)石」について、そう書き残している(「東蝦夷日誌」)。「カボチャ石」とは聞き慣れないが、アンモナイト化石のこと。なるほど貝殻に刻まれたアンモナイト特有の溝は、しっかり育ったカボチャの表面の凹凸に似ていなくもない

▼武四郎は日誌に「前世界にいた巻き貝の化石」と記しているから、当時から現存しない生物の化石であることは知られていたようだ。北海道開拓記念館(札幌)で開かれている「アンモナイト展」(10月8日まで)の展示から、教わった

▼北海道は世界有数のアンモナイト産地という。道内の縄文遺跡からは磨いた化石が出土している。交易に使われていたとの説もある。美しい螺旋(らせん)を描く不思議な石は、縄文人の心もとらえていたのだろう

▼6500万年前の隕石(いんせき)衝突で恐竜と一緒に絶滅したという古生物。アンモナイト研究の第一人者で、7年前に41歳の若さで亡くなった元三笠市立博物館主任研究員早川浩司さんは「アンモナイトに出会うと、1億年前のある日に戻れたような気がする」と語っていた

▼リズミカルな曲線が奏でる地球の物語に耳を澄ます。夏の一日。 【卓上四季】

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━

☆アンモナイトは、古代のロマン溢れる【夢のタイムマシン】だ。<松浦武四郎は日誌に「前世界にいた巻き貝の化石」と記しているから、当時から現存しない生物の化石であることは知られていた>。武四郎の喜びは、きっと天にも昇る心地でしたでしょう。
・・アンモナイトの化石を手にとり、暫し白亜紀の時代に思いを馳せていました。
あ・・これ以上は『蛇足』なのだ。 モジ(((*´ε` *)(* ´З`*)))モジ

 大天才科学者 ニコラウス・ステノ

513nj5eyw9l__sl500_aa300_

 

  天才とは、常識の中に閉じこめられた謎を見つけ、それを解いて新たな常識を紡ぎ出す人ではないか、と思う

▼十七世紀のデンマークの科学者ニコラウス・ステノは大天才だった。涙は悲しみによって脳からしぼり出されると考えられていた時代に、涙腺を見つけた。唾液の出どころも発見した

▼彼の生涯を描いた『なぜ貝の化石が山頂に?』(清流出版)によると当時の神学者は、山の上で海の生き物の化石が見つかるのは、ノアの洪水の名残だと考えていた。化石は地中で育つのだという考え方もあった。そうではなく、海底が隆起して山になったからだと、今は子どもでも知っている。これもステノの業績という

▼さて、山頂の貝の謎を解いた大天才に、お出まし願いたいような謎がある。東京タワーの地上三百六メートル部分の支柱の中から軟式ボールが見つかった。半世紀前の建設時に作業員が記念のため入れたのか。資材置き場で遊んでいた子どもが投げた球か。ひょっとしてウルトラマンのいたずらか

▼既に運営会社には、「私が入れました」という自己申告を含め、十件以上の情報が寄せられているという。情報を確認中というから、早々に真実が分かるかもしれない

▼でも、正直言うとあまりに早く答えを知りたくない気もする。「三丁目の夕日」時代の化石は、いろんな想像を膨らませてくれる素敵(すてき)な謎だから。【中日春秋】

☆<三丁目の夕日」時代の化石>言い得て妙です。 これ以上は『蛇足』!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

 60年後の「金メダル」

51mkoxnnhwl__sl500_aa300_

  ロンドンからうれしい「金メダル」の便りが届いた。もちろん、柔道ではなく映画の話である。権威ある映画雑誌「サイト・アンド・サウンド」が発表した「映画監督が選ぶベスト映画」の第1位に小津安二郎の「東京物語」が選ばれたのである。

 ▼2位以下は、スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」、オーソン・ウェルズの「市民ケーン」など巨匠たちの錚々(そうそう)たる作品ばかり。小津ファンのはしくれとしてうれしい限りだが、なぜ、数ある作品の中で60年前の「東京物語」が高く評価されているのだろうか。

 ▼物語は、尾道の老夫婦が息子や娘に会いに旅支度するところから始まる。はるばる東京にやってきたが、子供たちは自分たちの生活に忙しく、戦死した次男の嫁に面倒をみさせる。尾道に帰った後、妻は急逝し、子供たちは葬儀が終わるとそそくさと帰京する。

 ▼とまあ、文字にすれば何の変哲もない話だが、小津調といわれる映像と、笠智衆や原節子らの演技の概念を超えた演技は必見だ。ラストシーンである尾道の情景もまた素晴らしい。

 ▼松竹大船撮影所の後輩である吉田喜重は、ラストを「死者がこの世に注ぐ眼差(まなざ)し」であると喝破した。生者だけでなく、死者の視線を多くの映画作家が感じ取り、深く感銘したからではなかろうか。

 ▼奇(く)しくもきょうは、松竹大船が生んだ「寅さん」を演じ続けた渥美清の十七回忌である。寅さんも毎年、お盆と正月にスクリーンにあらわれ、死者たちの視線を感じさせてくれる存在だった。そういえば「男はつらいよ」の最後の舞台は、阪神大震災から復興途上の神戸だった。今ごろは、三陸の港町をふらりと訪ねていることだろう。【産経抄】

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

☆上手い。あつぱれ!コラミストの「立て板に水」の如き筆致に金メダルを差し上げます。珍念の筆致は・・・・(^_^;)
今日は「東京物語」と「男はつらいよ」を鑑賞します。 連日猛暑が続いています。
読者の皆さま。 体調管理に気をつけてお過ごしください。 (o^-^o)

<危うい事〝累卵の如し〟>

Photo_2

 料理やもてなしなどで、高い評価の続く旅館がある。その経営者に極意を聞いてみたら、彼はこう答えた。「結局、現場の力です」

◆宿泊客と接する客室係の踏ん張り、というのだ。「いや、もっと大事なのは」と、彼は言い添えた。若い世代はマッチの使い方もちょう結びもよく知らない。かんでふくんで教え、ときに厳しく鍛える。現場にそんな人がいて、やっともてなしのレベルが保たれると

◆相次いで起きた警察官の不祥事が、この経営者の話を思いださせた。少女に酒を飲ませて乱暴したとして大阪府警の警察官が捕まった。神奈川県警の警察官による集団セクハラが明るみに出たばかりだ。何とも腹立たしい

◆制服を着る資格のない一握りの不祥事と思いたい。しかし、乱暴やセクハラの場にいた者が体を張ってでも止めなかったのはなぜか。第一線のレベルはその程度なのか。犯罪を許さない強い気持ちが、現場の警察官に薄まっているなら深刻だ

◆旅館経営者の話が印象深いのは、丹念な人づくりでやっと信用を築くという点だ。いわば、お姉さん、お兄さん格を大切にしている点も興味深い。気になることがあれば、たしなめ、教え、諭す。そんな関係を積み重ね、モラルは保たれるというわけだ。
地道な取り組みの上にしか花は咲かない

◆日本は治安の良さで世界の信頼を集める。その治安を支える床下の根太(ねだ)に緩み。危ういぞ、ニッポン。 【正平調】

 う~ん (@_@) コメントは『蛇足』なのだ! \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「はるけきものかな」

Photo

 

 「一本の茎の上に」と題する詩人茨木のり子の随筆がある。始まりは「人間の顔は、一本の茎の上に咲き出た一瞬の花である――と感じるときがある」。しばらくして「美醜も気にならなくはないけれど、私が関心を持つのはもっと別のことで……」と続いていく。

▼詩人の楽しみは日本人の顔を見て出自に思いを馳(は)せることにあった。「あ、ツングース系」「なんともかとも漢民族ねえ」というように。その関心のありかとは違うのだが、顔とはまごうかたなく1本の茎の上に咲き出た花である。勝って、敗れて、ロンドンから日々送られる幾多の日本選手の映像がそう物語っている。

▼イケメンか。美人か。俗な見立てを超え、顔は若者にしてどこか古風だ。ふにゃふにゃしたところがない。まずは自ら練習を重ねることで茎を太くしていく。それでも折れかけたり倒れかけたりのピンチはあったに違いない。すると家族やコーチ、仲間が支えになる。そうした丹精なしに一瞬の花が咲くはずもなかろう。

▼茨木のり子は何世代も混血を繰り返してきた長い歳月を日本人の顔に見てとり、その歳月を1本の茎にたとえた。ならば、オリンピック選手の長い鍛錬の歳月を茎にたとえることもできるだろう。彼女の随筆は「はるけきものかな」の一言で終わっている。「ロンドンの花」を評するにもこれほどぴったりの言葉はない。【春秋】

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

☆ 晴天の霹靂に口あんぐり。世界バドミントン連盟(BWF)は1日、ロンドン五輪の女子ダブルス1次リーグで無気力試合があったとして、8強入りした中国、インドネシア各1組と韓国2組の計4ペアを失格処分にしたと発表した。準々決勝には藤井瑞希、垣岩令佳組(ルネサス)が進出している。

○失格したのは第1シードの王暁理、于洋組(中国)、メイリアナ・ジャウハリ、グレイシア・ポリー組(インドネシア)、第3シードの河貞恩、金●(=日へんに文)貞組、鄭景銀、金ハナ組(以上韓国)。代わりに1次リーグで敗退したロシア、カナダ、オーストラリア、南アフリカの各組が繰り上がりで準々決勝に進んだ。

○失格した4組は、準々決勝以降の組み合わせを有利にしようと、1次リーグ最終戦で安易な失点を繰り返すなどわざと負けるようなプレーをした。(共同)

☆無気力試合をした選手たちは、はたして自分たちの意志でしたのかなぁ?  上層部の命令に従ったのでは、ないのかなぁ (@_@) あぁ 泉下の「クーベルタン男爵」は血涙を流していることでしょう。

☆失格した4組は国辱と思う。恥を知りなさい。ナヌ 知っていたら しなかった。うぃ うぃ (^_^;)
余り、興奮すると身体に障る。『言わぬが花』です。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「畏敬すべき市井の人」

Yosimura_2 Photo_2

  作家の吉村昭さんは、徹底した取材で知られた。例えば、江戸時代の参勤交代。加賀藩の大名行列の人数は一時期7千人薩摩藩は3千人に達したことを調べ上げた。藩の者以外に食材、七輪(しちりん)、鍋、釜、寝具、風呂おけを運ぶ者、調理人、医師、髪結い人ら多くの従者がいたためだ

▼1862年9月14日(文久2年8月21日)、薩摩藩・島津久光の行列が横浜近郊の生麦村(現鶴見区生麦)に差しかかった。そこへ英国人リチャードソンら馬上の4人。攘夷(じょうい)思想に燃える藩士が激高、彼らを殺傷した。後の薩英戦争につながる生麦事件である

▼吉村さんによって行列の姿や天候、村のたたずまいが生き生きとよみがえる。氏の取材を陰で支えた1人が、事件現場に近い「生麦事件参考館」館長の浅海武夫さん(82)

▼浅海さんが作った当時の家並み図を見て、吉村さんは驚嘆した。寒村と思い込んでいたが、すき間なく家が並んでいる。実感として事件を感じ取ることができた吉村さんは、浅海さんを「畏敬すべき市井の人」と評した

▼1994年開設の参考館では、国内外の資料約150点を展示している。事件から150年。「逃げたリチャードソンは落馬、草をむしって傷口に当て…」。浅海さんの名調子が、ますますさえる。 【照明灯】

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

☆<百聞は一見に如かず>愚か者の【珍念】思い当たり恥じている。願わくは、浅海さんのように「畏敬すべき市井の人」 と。
評される人になりたい!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

大槻玄沢の怒り

B08_a0248s Rangkai

 一関藩医の子として生まれ、江戸時代後期に活躍した蘭学者、大槻玄沢
(1757~1827年)。鎖国下の日本で唯一の交易地だった長崎・出島を通じて学び、国内に近代科学の礎を築き上げた

▼蘭学の入門書「蘭学階梯(らんがくかいてい」を著すなどした功績は歴史の教科書でも取り上げられているが、何しろ外国語の辞書などなかった時代。オランダ語を日本語に訳すのには苦労したようだ

▼象徴的なのはオランダ語で「しかし」を意味する逆接の接続詞「maar」を誤訳していること。玄沢はどうやら「だから」のような順接接続詞と勘違いしていたらしい

▼「ただし、その後の文脈できちんと正論に整え、原本に忠実な結論を導き出しているところが、賢人の賢人たるゆえん」。玄沢の研究者で大分大教授の鳥井裕美子さんは、こうたたえる

▼一方、玄沢が活躍した時代から下ること約200年。勘違いどころか、逆接を「ムラの論理」で勝手に順接にすり替え、取り返しのつかない結果を引き起こしたのが東京電力ではないか

▼福島第1原発に対する津波対策の必要性を、事前に指摘されながら「技術的検討が必要」などと放置したことが、史上最悪の事故につながった。玄沢は日本の科学の先達。さぞかし怒っているに違いない。 【河北春秋】

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

Do

<怒髪天を衝く> あぁ コメントするのも憚れる
江戸時代でしたら、結果責任で重罪に処されたでしょう。
何処かで、大事な物を失っている。
 あ・・あまり興奮すると血圧が上がる。
今日も(珍念)『ごまめの歯ぎしり』なのだ!

« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »