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2012年7月

詭弁(きべん)

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 故宮本政於さん著の『お役所の掟(おきて)』によれば、公務員が守るべき原則は「遅れず、休まず、働かず」だという。
そうはいっても知恵だけは別らしく、よく働く

▼特に文部科学省は教育の総元締だけある。やはり知恵が働く。先週末、五輪の開幕に合わせるように、福島第1原発事故後の対応に関する検証結果を発表した。国民の目が五輪に集まる時期を狙ったかのよう

▼緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムのことだ。長い名称を書き写しながら、むなしくなる。略称SPEEDIと書けば、なおさらだ。何が迅速で、どこがスピーディーだったのか

▼「仮定に基づく計算だ」「公表する立場でない」。事故直後、放射能拡散予測を公表しなかったことに関し、文科省はこう総括した。非公表を決めた経緯も明らかにしなかった

▼昨年5月、細野豪志首相補佐官(当時)が「パニックになるのを懸念した」と語ったときは、耳を疑った。文科省の自己正当化の理屈もまた、しなくていい被ばくをした住民には怒りを禁じ得まい

▼一方で「今後は避難に生かしたい」と、SPEEDIの運営予算をことしは約2割も増やしている。転んでもただでは起きない文科省だ。働かせる知恵は「ああ言えばこう言う」式の詭弁(きべん)ばかり? 【河北春秋】

☆上手い。あっぱれ! よくぞ、文科省の詭弁を暴かれた。
〝才能ある畜生〟の類かなぁ! こういっちゃ語弊があるかなぁ・・?

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

終(つい)の住(す)み処(か)

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 月日は百代(はくたい)の過客(かかく)にして、行きかふ年もまた旅人なり。松尾芭蕉の「おくのほそ道」には、旅への思いを込めたこの一文がある。さて、人生とはまさに旅のようなもの。生まれてからこの世を去るまで、人生という名の旅路が続く。

○人生最後に安住するところを指す言葉として、終(つい)の住(す)み処(か)がある。終の栖(すみか)とも書く。芭蕉とともに、江戸時代の俳人として知られる小林一茶。一茶には、こんな句がある。「是(これ)がまあつひの栖か雪五尺」。

○超高齢社会の今の世の中、終の住み処という言葉をあちらこちらで耳にすることが多くなった。終の住み処に夫婦で住むのか、一人で住むか。子どもと同居か。どこに住むか。人それぞれである。一茶は「つひの栖か雪五尺」と詠んだが、青森の冬、高齢者の一人暮らしは厳しい。今は夏でも、いずれまた冬は駆け足でやってくる。豪雪の中での苦労を思い出す。離れて暮らす息子や娘が盆に集まった際、親の終の住み処に話が及ぶ家庭もあろう。

○公営住宅である県営住宅も、終の住み処の問題について対応を迫られている。お役所の担当者いわく、「公営住宅が終の住み処になるケースが増えていくだろう」。そうであればこそ、終の住み処の県営住宅で高齢者が孤独死するようなことがあってはならない。県が孤独死防止の見守りを進めるための事業を行っている、と本紙が伝えていた。

○昔に比べて寿命が延びた分、終の住み処の在り方が大切になっている。人生の旅路において、避けては通れぬ問題である。
【天地人】

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☆一言居士の【珍念】皆さまもですが、100年後か、今日か明日か、生ある者は、必ず死ぬ!<終の住み処>は、ちゃんと 準備しています。でも永遠にその場にはいませんです寿量品の自我偈には 「方便現涅槃」 とあり、死は一つの方便であると説かれている。

たとえてみれば、眠るということは、起きて活動するという人間本来の目的からみれば、たんなる方便である。人間が活動するという面からみるならば、眠る必要はないのであるが、眠らないと疲労は取れないし、また、はつらつたる働きもできないのである。そのように、人も老人になったり、病気になって、局部が破壊したりした場合において、どうしても死という方便において、若さを取り返す以外にない。一日の疲れを取るために寝ますが目覚めたら昨日の読きです・・・・、それはさておき!

○しかし、もっと確実な死がきた時、困らないように準備をする人はすくない。

○死は一面からみれば、人間が今世におけるいっさいの虚飾をはぎ取られて、裸のままの生命それ自体がもつ真実の〝力〟で立ち向かわざるを得ない難関である。このときばかりは、権力という〝力〟も、財力の〝力〟も、名声や地位という〝力〟もまた単なる知識の量や、理性の〝力〟も、すべて死苦を乗り越える真の力にはならない。

○生命自体の〝底力〟こそが試される瞬間なのである。ニセものは適応しない。生の期間には必ずしも表面化しない、生命内奥の真実の姿が、そのとき、立ち表れる。臨終という、文字道りの〝正念場〟にあって、ただ妙法の実践のなかでわが生命自体に積み蓄えてきた生命力というエネルギーのみが、その絶大な力を発揮する。

○ゆえに、生あるうちに、また健康で活躍できるうちに、真剣に妙法による福徳の貯金を、また生命力の蓄えをつくっておくことが重要なのである。と池田大作名誉会長は語る。

○トルストイ (ロシアの文豪)は、こう述べています名声」など「死」の前には無力” 生死の哲学がないのは野蛮人”死は確実に来る 死の準備をせよ「死よりも、死がすべての人を訪なうという事よりも、確実なものは何も無い死は、明日の日が来るという事実よりも,昼の後に夜が来るという事実よりも、夏の後に冬が来るという事実よりも正確である。それなのに なんで われわれは明日の日,明日の晩、また冬の用意をしながら死の準備をしないのだろう・?死に対しても準備をしなければならぬ。死に対する準備はただ一つだ。善なる生活がそれである(「人生の道」(原久一郎)

○「死の準備」とは何か。 トルストイは、「死によっても滅びない」のは「魂(生命)だけなのだから、自分の「魂」を磨き、鍛える事だけが「死の準備」だと・・!ゆえに彼は、「より学問のある人になる」ことよりも、「より有名な人になる」ことよりも、もっと大切なのは「より善良な、正義の人になる」ことであり「より人間愛に満ちた人になる」ことであると訴えました。 「磨き抜かれた生命」以外の名声や栄誉はすべて幻です。しかし、多くの人は、それを忘れています。

○トルストイは言いました。「死を忘れた生活」は、動物的な本能のままの野蛮人の生活である。 死を意識し、「死の準備」をする生活すなわち、生命を磨く生活こそが、真の文明人の生活であると!「生死」の解決がなければ、真の幸福も、平和も、文明もありません。 すべて砂上の楼閣であるといえます。

●今日も! 絶好調です。話はムダを省き、短くまとめたい。長い退屈な話は「口害」ともいわれる。 ゲーテも 「美しき虹も、15分も 消えずにいれば、もうだれも見向きもしない」と手厳しい。きえます。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

若月俊一 に思いを馳せる

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バングラデシュ出身の医師スマナ・バルアさんは志の人である。まだどうなるか分からない若き日。巡り会った佐久総合病院の若月俊一さんを生涯の師と仰ぎ、医療の道を歩んできた

   ◆

「君は必ず医者になれる」。医師を志し、来日したのが1976年。土木作業をしながら医師の道を模索しているとき、若月さんを知った。農民とともに―を掲げる姿勢にひきつけられ、思い切って電話をすると面会に応じてくれた。「君は必ず医者になれる」。それが励みになった

   ◆

フィリピン国立大学レイテ校で医学を修めた後、東大で国際保健を学んだ。この間、多くの医学生と交流を続けた。いまは世界保健機関(WHO)のハンセン病対策のチームリーダーとして各国を駆け回る。多忙になっても、若月さんの墓参りは欠かさない

   ◆

バルアさんに21回目の「若月賞」が贈られた。27日に佐久総合病院で行われた授賞式で、「何だか分かりません、涙が出てきます」と声を詰まらせた。気さくな人柄とユーモアたっぷりの会話で、いつも周囲を明るくしてくれるバルアさんらしい涙だった

   ◆

一族はバングラデシュでは珍しい代々の仏教徒。身寄りのない子どものための仏教施設を運営している。バルア少年も“きょうだい”たちの体を拭いて育った。受賞講演は「人間として人間のお世話をすること―金持ちより心持ち」。助け合って生きる故郷が育んだ、情けの人でもある。<斜面>

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スマナ・バルアさん。若月俊一さん。は 偉いです。それに・・コラミストの筆致も切れ味が鋭い。凄い.! 
【珍念】の減らず口。これ以上は『蛇足』。 (*゚ー゚*)

「絵本 地獄」

Jigoku

 ちょっと怖い絵本がロングセラーになっている。その名も「絵本 地獄」(風濤社)。千葉県内の寺が所蔵する江戸期の地獄絵巻を再現した。1980年の発行以来、増刷を重ねている

▼ 色鮮やかな絵がおどろおどろしい。罪を犯した亡者たちが釜ゆで地獄や針地獄などに連れて行かれ、鬼に体を切り刻まれたり、食べられたりしている

▼ 発行の趣旨を記した序文にこうある。「死を恐れることのない子供らが育っていくとしたら、こんなにこわいことはありません」。子どもたちに死の怖さや生きる喜びを教えると同時に、自らの生命を尊び、強く守る心を培ってやらねばならない。それは他者への思いやりや生命を尊ぶ心につながる―と訴える

▼ 忘れられない数字がある。岡山県内のある市教委が5年前、小中学生約1700人に聞いた命に関するアンケートだ。「死んだ人が生き返ると思う」が12・1%あった。理由として「ゲームでもリセットできるから」が6・5%あり、衝撃を受けた

▼ 全てを面白半分ゆえの回答と片付けられるだろうか。少年らによる命を軽視した事件が相次いでいる。そんな報に接するたび、先の数字が現実味を増す

▼ 夏休み本番だ。子や孫と触れ合う機会も増えるだろう。時には命について語りかけてみたい。大人に課せられた宿題である。 [滴一滴]

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☆ う~ん・・・ 愚か者の【珍念】 <畏れ入りやの鬼子母神>。これ以上は〝蛇足〟

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

向き合いたい「生の声」

Sensou 

 飢えに苦しみ、必死で柿を盗む子供をしかることができるか―。戦時中、旧小笠町に学童疎開した学校の教師がこんな詩をつづっている。「本当は満足な食べ物を与えてあげたい」。教師の苦悩がにじむ。

○菊川市で始まった戦争を伝える展示会。特攻隊員を描く絵本のちぎり絵を展示し、戦争経験者が読み聞かせを行う。戦時中は小学生だった男性(75)は「昔は特攻隊員がかっこよく思えたんだ」と振り返る。

○夏になると毎年、戦争経験者と出会う。体験談はさまざまだが、伝えたいのは「戦争の悲惨さ、平和の尊さ」。そして、語り手が少なくなる将来を心配する。若者世代が“生の声”に向き合い、受け継がなくてはいけない 【大自在】

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☆筆者は終戦の時。3歳でした 食べ物がなくて、いっも腹の虫が泣いていました。死ぬ前に腹一杯。白米と卵が食べたい。そんな時代が来るのかなぁ? 

光陰矢のごとし・・あれから67年。物は溢れ。手に入り食べ過ぎて病気になる人も・・う~ん (@_@) 何か大事な物を無くしたようです。

<「戦争の悲惨さ、平和の尊さ」。そして、語り手が少なくなる将来を心配する。若者世代が“生の声”に向き合い、受け継がなくてはいけない>

【珍念】も (ロウソクの灯)が燃え尽きるまで「戦争の悲惨さ、平和の尊さ」を叫びたい。

落語『後生鰻』

Unagi Una

 信心深いご隠居が、鰻(うなぎ)屋の前を通り掛かる。鰻が割(さ)かれそうになっているのを見て、止めに入る。「殺生はやめなさい」と買い取り、鰻を川に放してやる

▼次の日も通り掛かり、銭を出し鰻を助ける。それが日課のようになり、鰻屋は、労せずに儲(もう)かると大喜び。さすがに往生したご隠居は店を避けるようになったが、たまたま鰻を切らした日に、通り掛かる

▼商機逃すまじ、とあわてる余り鰻屋が赤ん坊をまな板の上に載せると、隠居もあわてて赤ん坊を取り上げ、店の前の川に、ざぶぅーん。落語『後生鰻』は何ともグロテスクな落ちで終わる

▼残念ながら新聞には、悲しい記事、痛ましい記事が多いが、滋賀発の記事に底知れぬ不気味さを覚えた。大津市の六十五歳の女性が、自殺した中学二年生をいじめたと、される同級生の母と間違われ、中傷され続けている。連日、嫌がらせの電話がかかる。「人殺し」「クズ人間」と呼ばれる。「顔に濃硫酸をかける」との手紙まで届いた

▼中傷している人々は、救いを求める声を上げていたのに生徒が自殺に追い込まれたことに、激しく憤っているのだろう。何か行動しないではいられない気持ちなのかもしれない

▼ご隠居は殺生を戒める余り、赤ん坊を川に放り込んでしまった。中傷者たちはいじめに怒る余り、自分の尊厳を放り出し、陰湿ないじめっ子になってしまった。【中日春秋】

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◇《毛(け)を吹いて疵(きず)を求む》「韓非子

1 人の欠点を強いて暴こうとする。
2 人の弱点を指摘しようとして、かえって自分の弱点をさらけ出す。
う~ん! 人心の荒廃極まれり、コメントするのも 、怖気がする。あぁ・・誇り高い「武士道精神」は何処に・・?  これ以上吠えると標的にされる。減らず口をとじまする!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

粗悪な石(どんな石) (@_@;)

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 新聞を読んでいて、あきれただけではなく、腹も立ってきた。40人もの命が奪われた中国浙江省の高速鉄道事故から1年を迎えた現地では、公的な追悼行事が執り行われなかったという

▼現場には監視カメラが設置され、当局が取材を制限する。近くには、追悼碑ではなく自動車教習所の練習コースが造られた。事故車両は、最寄り駅の操車場に置かれたまま。十分に検証した形跡はみられない―との報道もあった

▼事故直後に、無残に壊れた車両が穴に埋められる映像に度肝を抜かれたのを思い出す。不都合な真実は徹底して隠す体質なのだろう。「あの国ならば、さもありなん」と妙に納得してしまったりもする

▼でもどうだろう。もし、最悪の原発事故を起こした某国が、事故原因も分からないのに他の原発を動かしたら。いったん完成した原発の直下に活断層がありそうだと、泥縄で再調査を始めたら

▼さらには、危険性が指摘されている他国の軍用機が、住民の反対を押し切って強引に陸揚げされるのを指をわえて見ていたら―。「何ておかしな国なのか」とあきれて、腹が立つのではないか

▼中国の古典「詩経」にある<他山の石 以て玉を攻む可(べ)し>は、「他人の誤った言動を教訓として自分の修養に役立てよ」との意だが、反省材料になる粗悪な石は、よその国まで探しに行かなくても足元にごろごろしている。【卓上四季】

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上手い。あっぱれ! コラミストの筆致はお見事です。

(木を見て森を見ず)・・あぁ 泉下の「德川家康」も、きっと嘆いているでしょう。

『頂門の一針』を為政者にお贈りします。変人の【珍念】今日も 『ごまめの歯ぎしり』 している。

『こんにゃく問答』

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 落語の名作『こんにゃく問答』は2世林家正蔵の作と伝えられている。江戸を食い詰め、こんにゃく屋の六兵衛の顔利きで無住の寺の坊主になった八五郎。そこに修行僧が禅問答にやって来て、見かねた六兵衛が和尚になりすます

▼修行僧の質問を無言で切り抜けた六兵衛。「あの野郎、おれの商売を知っていやァがって、顔を見ると、てめえの所のこんにゃくはこれっぱかりだと小さな丸をこしらえやがった。だからおれがこんなに大きいと手をひろげてやったんだ」(「古典落語体系」三一書房)

▼六兵衛を無言の行をする名僧と勝手に解釈した修行僧のおっちょこちょいぶり。俠気[きょうき]としゃれっ気の六兵衛。そこに放浪の江戸っ子八五郎らが絡むと、独特の落語世界が広がってくるのである

▼この人も、落語世界の住民として十分資格があるのではないか。民主党の鳩山由紀夫元首相。もともと「宇宙人」とは認知されていたが、最近は芸の幅を広げた。首相官邸前の脱原発抗議集会に雨がっぱ姿で現れ、拍手とやじを受けた

▼自身の立場はさて置き、「党を統治できない方が国を統治できるのか」と勇ましい。野田佳彦首相をシロアリに例えたのはご愛嬌[あいきょう]か。ご本人が大真面目な分だけ、よけいにその“軽さ”が際立ってくる

▼一方、橋下徹大阪市長は一転して野田首相を高く評価。その解釈をめぐって臆測が飛び交っている。騒がれるほど橋下氏の気分は良かろうが、こんなこんにゃく問答は煮ても焼いても食えまい。文字通りお粗末の一席である。 <新生面> 

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◇う~ん・・ !(^^)! かく言う 【珍念】 <煮ても焼いても食えない>曲者です。
臨終の時。どんな「落ち」が出来るのかなぁ。 下手な落ちでは(閻魔さま)から二枚舌をヤットコで引き抜かれる。
牛タンのように塩焼きにされて食べられる。 怖いので言動に用心しなくちゃ。 でも、減らず口は・・・・(o^-^o)

「くれ上手のもらい上手」

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子どもの頃、親類宅から帰る際、「手土産に」と、丹精込めて作った新米をリュックサックに入れてもらった。「本当に頂いたのは『気持ち』だねえ」と母に教わり、背中に感じた重みには人の心も加わっていたのかと思った

▼新潟県のことわざに、「くれ上手のもらい上手」と。しょうゆや味噌の物々交換や、急な雨には留守中のお隣の洗濯物も取り込むなど、心親しく助け合っていくという深意だ。昨年の「3・11」直後、同県小千谷市が福島からの避難者を民泊で受け入れた。こうした心が今も根付いているのだろう

▼先月、同県長岡市内で群れをなす見事な花菖蒲を見た。「江戸百景」にも数えられた東京・堀切の花菖蒲の株分けと聞いた。戦中、東京からの疎開児童を受け入れ、守ってくれた当地の人々への恩返しに、と後年、贈られたものという

▼当時の児童は老齢となり、受け入れた大人たちは、もう存命ではないかもしれない。それでも、毎年咲く報恩の花々に、後世の私たちが学ぶことができる。花にもまた「気持ち」が宿っている

▼「人ごととは思えない!」と、人々に尽くすことは、自分の人生を真剣に生きる人にしかできない労作業だ。「自他共の幸福」こそ、よき社会をつくる根本の哲学である。〈名字の言〉

◇ コメントは 『蛇足』 なのだ  o(*^▽^*)o

「働かなくても給料は出すよ」 (*^_^*)

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                    未来工業

 

 勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし―。プロ野球ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めた名将・野村克也さんの名言。

▼勝ちにはまぐれがあったり、相手が勝手にこけてくれたりするが、負けには必ず理由がある。必然性があるということだ。企業にも同じようなことがいえるのか。

▼電気設備資材メーカーの未来工業(安八郡輪之内町)は型破りで独創的な経営で知られる。何せ成果主義はとらず、ノルマも残業もなし。年間の休みは約140日もあり、給料に不満が出ることもない。

▼それでなぜ会社がもうかり、業績を伸ばせるのか。不思議の勝ちなのか。同社創業者で取締役相談役の山田昭男さん曰(いわ)く「普通の会社の反対のことをやる」。つまり他社との差別化を図るということだ。

▼社員のやる気を引き出し、常に考えることを求める。そのためには社員が感動する会社であろうとする。顧客のニーズに応え、満足させるための第一歩。稼ぐのは会社ではなくて社員という思想。

▼「働かなくても給料は出すよ」。大胆な発言にも甘える社員はいない。未来工業のケースは、決して不思議の勝ちではない。しっかりと裏付けがあって、利益を上げている。ただまねするだけでは同様の成果を出せるわけではないだろう。常識をどう破るかだ。〈分水嶺〉

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〇今日も 減らず口を叩きまする。余計なお節介です。ちょいと 長~い お話です 最後までお付き合いの程宜しくお願い申し上げます!
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▼未来工業に見る、社員のやる気を引き出す経営(1)~ホウレンソウは食べない

 「人と反対をすることにした--」過日、未来工業株式会社(岐阜県安八郡輪之内町)の山田照男相談役の講演を聴く機会に恵まれたが、冒頭、氏はそう切り出した。
「いいものを安くって言うけど、皆それで儲かってないんだから。儲かってない会社と同じことをしても儲かるわけがない。だから、人と反対をすることにした」 人の行く逆に道あり、という言葉があるが、氏の話はまさにそれだった。

▼同社の経営はユニークなことで知られ、バラエティ番組などにも「ケチ経営」の側面が取り上げられていたりするからご存じの方も多いだろう。事務所の蛍光灯の紐一つ一つに担当者の名札が付けられ、席を外す時は自分の担当蛍光灯を消すなど徹底したケチぶりかと思えば、社員旅行は毎年海外に行っている。それも社員の積み立てで行くわけではなく、全額会社負担で行っているわけだからケチどころか随分太っ腹だ。

▼ホウレンソウは食べない。冒頭の他社と反対の中身が実にユニークである。
1.ホウレンソウを食べない。2.ケータイ、残業禁止3.成果主義ではなく年功序列
4.社員の副業バイトOK等々。

▼ホウレンソウは組織力アップに必要不可欠といわれる報告・連絡・相談のことなのはご存知の通りだ。「ホウレンソウを食べればポパイのように強くなれると言っているが、ホウレンソウを食べてる会社がどこも強くなってないじゃないか。なら、うちはやらなくていいと、報・連・相を禁止した。あんなものは大企業がやることで、中小企業には必要ない」というわけで「報・連・相」を禁止している。中小企業といっても名古屋証券取引所市場第二部上場会社で従業員数780人の組織である。

▼そこが社員に報告・連絡・相談を一切するなと禁止したのだから、これでは社員の動きを把握できないばかりか、情報の共有も進まないのではと首を傾げた聴衆も多かったに違いない。かくいう私もその一人だったが、「ホウレンソウ」について考えるいいきっかけになった。

▼指示待ち世代ということが言われ出してから久しいが、自分の頭で物を考えない若者(すでに彼らも中年の域に入っているが)が年々増えている。彼らは細かいことでも一々報告・連絡し、相談にやってくる。「報・連・相」といえば聞こえはいいが、要は自分で考えずに上司に丸ごと投げ、上司の指示、決定を待っているだけなのだ。

▼結果に責任を持ちたくない、そんな社員が組織に増殖している。それなら「報・連・相」を禁止した方がかえって業務はスムーズに運ぶというものだ。早い話が「報・連・相」という形の導入ではなく、その中身こそが問題ということだ。

▼残業禁止は昨今導入している企業も多い。しかし、同社の場合、労働時間が極めて短い。始業時間8時30分はまだ時差出勤かと納得するところだが、終業時間がその分後ろにずれるどころか逆に30分早めて4時30分。大手企業ならいざ知らず、中小企業で実質労働時間7時間は非常に短いし、導入しているところは少ないだろう。

▼さらに驚いたのは年間休日の多さ。GWを連続休暇にしているのをはじめ、盆休みが10日間、年末年始休暇20日間(2011年)と長期休暇が多く、年間では140日の休暇になる。
ここで目を見張るのが年末年始の連続休暇だ。毎年12月23日~1月の成人の日までが連続休暇だから、今年は20日間、この年末からは18日間休みになる。クリスマス前から休業になるから取引関係はたまったものではないだろうが、それを貫いているという。

▼ここまで休日が多いと給与が少しぐらい低くても文句は出ないだろうと思うが、「社員が働くモチベーションは給料だから安いのはダメ。かといって高いのもダメ。高いと給料を払えなくなる。だから、まあまあの給料がいいんだ」(山田相談役)

<君の引用は・もう、たくさんだ。自分の言葉で語れ>の名言が愚かな【珍念】の心に虚しく響く。恥じてイル!精進が足りません。今日も悪しき煩悩に悩んでいます。恥ずかしいのでこっそり退散します。ヤレヤレ ┐(´(エ)`)┌クマッタネ

歌をめぐる記憶

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 こんな偶然があるのかと驚いた。このコラムを出稿し社を離れて数時間後、担当デスクから電話が入った。内容が20日付夕刊コラム「夕閑帳」と酷似しているという。不覚にも読んでいなかったが、慌てて手に取ると、確かにその通り。筆者は中部学院大の三木秀生先生。似ているのを承知で、少し縮めて掲載する。

 明日という字は、明るい日と書く。昭和のヒット曲の歌詞にあった。若いという字は苦しいに似ている、とも。(アン真理子「悲しみは駈(か)け足でやってくる」)。 梅雨が明けたのに気持ちが晴れないのは、国の針路が定まらないせいか。そしてなぜ古い歌が心に浮かんでくるのか。

発売は1969(昭和44)年7月。かすかな記憶が同じ季節の訪れでよみがえったのか。さらに別の歌が浮かんできた。 つめたい女だと人は云(い)うけれど、いいじゃないの幸せならば。佐良直美の「いいじゃないの幸せならば」。けだるく退廃的に歌い上げる。やはり同年同月の発売。それではこの69年はどんな時代だったか。

 1月、全共闘の学生らが立てこもる東大安田講堂が、機動隊との攻防戦の末に陥落。この年、県内でも岐大生らによる反戦集会やデモが何度か行われ、逮捕者も出た。

 7月20日にはアポロ11号の乗組員が、人類で初めて月面に降り立った。その数日前、ニューシネマの代表作「イージー・ライダー」が米で公開。8月にはウッドストック・フェスティバルが開かれた。社会や古い世代への反抗が高揚した。

 日本では高度経済成長を遂げた60年代の最後の年。すでに流行歌によって、挫折感と個人主義が予感されていた。AKBや嵐くらいしかヒット曲の出ない今、時代の先行きは見えなくて当然か。

 69年と今は、不思議にシンクロしている。【口笛】

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〇【珍念】 <悲しみは駈(か)け足でやってくる> 「いいじゃないの幸せならば」を 歌いながら瞑想している。

これ以上(コメント)は〈蛇足〉なのだ!  \( ^∇^)/θ☆ わ~い

<負けない自分をつくろう>

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 人生とは 一生涯にわたっての 勝負の連続であるかもしれない。 故に君よ 事に処して敢然と耐えゆける確固たる栄冠の素地をつくりゆくことだ。

〇勝っことも大切であるが。 決して負けない自分を作ることだ 仏の異名は「能忍」とある。 故に人生にあって この深き基底部を作りゆく事を 若人は忘れてはならない。

○青年は 未来の希望である。 少年は 未来の宝である 青年を信頼し 期待し そして 少年たちを心から愛し 大切にしゆく事のみが私共の責務であるそれ以外に 全人類が 新鮮な広野に 咲き薫る花園の世界を。 見いだす事は出来ないであろう。

○幸福は 与えられるものではない。自らが 自己の生命の胸中より 勇気と希望を 開発させながら 宝材を見いだし 大切に磨きゆくことである。

○平凡は 心理であるかも知れない。目の見えることも幸せだ。 耳が聞こえることも幸せだ 話せることも幸せだ。 歩けることも幸せである。その間に「人生」は何かをしなければならない。私は「広宣流布」をする。

○人間にとって 人生の師を持てる人は 幸福である。ここにこそ人間としての一つの証があるからだ。またここにこそ 充実の人生の確かなる心の絆と調べがあるからだ。 

○太陽が光る 己を鍛えゆく新しき夏がやってきた。同じ汗なれば「何かのために」と、思い多き汗を流したいものだ。

○闇が深ければ 深いほど 暁は近い。君よ いかなる人生の苦悩の闇に入ったとしても決して 希望と勇気ある一念を忘れてはならない。待機を そして忍耐を 失ってはならない。

○今日 負けたら 明日は勝て。この連続の戦いが勝者の心である。(「池田大作全集38巻」価値の日々より)

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☆いけだ・だいさく:1928年、東京都出身。81年世界芸術文化アカデミーから「桂冠詩人」称号が贈られる。このほか「世界桂冠詩人」賞、「世界民衆詩人」称号、「世界平和詩人」賞を受ける。

☆写真芸術の分野では、フランス写真博物館の「名誉館員」、オーストリア芸術家協会の「在外会員」に就任している。

☆<人間にとって 人生の師を持てる人は 幸福である>明々白々。不肖:【珍念】偉大な師匠を持てて嬉しいです。 それに パソコン塾の先生が凄いです。花も実もある。今時、珍しい人です。二人の師は、どんな財宝よりも得難い宝です。 

変人の珍念も かく生きたい!  おすすめのサイトは⇒(こちらです) 

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「愛情に勝る家庭教育はない」

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 「子どもから話しかけられても、ついつい『あとで』と言ってしまって……」。子育ての体験を語ってくれた、婦人部員の言葉である

▼昨年、小学3年の息子が登校をしぶり始め、2学期は、めっきり学校に行く機会が減った。先輩に相談すると、息子のことを後回しにしている自分に気付いた

▼〝もう一度、関わりを見つめ直すチャンス〟と前向きにとらえ、共に時間を過ごすよう心がけた。3学期になっても不登校は続いたが、息子の心に変化が表れた。「お母さん、過去は変えられないから、大事なのは今からだよね」と、言葉が返ってきた。〝4年生からは頑張る〟との決意だった

▼「早く宿題しなさい」などといった一方通行ではなく、子どもから言葉が返ってきて初めて「会話」になる――。創価大学の非常勤講師の萩本悦久氏は、著書『勉強をヤル気にする親・ダメな親』(第三文明社刊)で、そう指摘する。冒頭の婦人部員の息子は、今春から元気に登校を始めた。彼女は〝本当の会話〟の大切さを身にしみて感じたという

▼「愛情に勝る家庭教育はない」と池田名誉会長は語っている。短い時間でもいい、子どもの話を聞く努力を惜しまないことだ。この夏、愛情を言葉に、行動に。わが家から始めたい。【名字の言】

◇ う~ん (@_@;) 一言居士の【珍念】コメントは『蛇足』です!

“遺影の舞台”

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「女優の山田五十鈴さんの葬儀はすがすがしく、胸を打たれた」。テレビで見たという知人の「すがすがしい」という言葉が引っ掛かり、あとで写真を見て得心がいった。白い花が飾られただけの簡素な祭壇だったからだ

   ◆

映画に舞台にスターとして長い間輝き続け、女優で初の文化勲章も受章している。“遺影の舞台”はその華やかさとは対照的だった。質素を旨とし、ご臨席の皆さまに無言のお礼を申し上げる式にしてほしい―。山田さんは、こう言い残していたという

   ◆

このところエンディングノートに関心が高まっている。もしものときに備え、家族や親しい人に残すメッセージである。手近にある葬儀社のノートを開くと、延命措置や臓器提供の有無、財産管理、葬儀の方法、お墓のことなど項目ごとに選ぶ形になっている

   ◆

ノートは9年前にNPO法人が出したのが始まりという。いまでは多彩な種類が書店に並ぶ。残された人が困らないようにと、ペットの管理からブログを閉じるためのキーワードを書く欄まで至れり尽くせり。遺言と違って気軽に向かえるところがいい

   ◆

広がる背景には核家族化や葬儀の簡素化・個性化もあるようだ。心打つ最期の舞台を用意する―。粋な山田さんのようにはいかなくても、後顧の憂いを減らし、これからの生き方を見直すことになるだろう。やるなら気力があるうちに、が基本という。<斜面>

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○明け方変な夢を見た。連日、葬義に参加していたのです。絢爛豪華な華やかな祭壇に驚き筆者は、複雑な心境でした。冷や汗を掻きながら弔辞を延べていました。

○貴方・・譫言を言っていますょ。大丈夫ですか?寝汗を掻いて悪い夢を見ていたんですかぁ・・?いっまでも 【珍念】の童顔をじ~と眺めていました

○<「女優の山田五十鈴さんの葬儀はすがすがしく、胸を打たれた>願わくば【珍念】も そう、ありたい! ゜.+:。(*´v`*)゜.+:。

<通信簿>

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  「ひどい出来だ。彼は、まったくやる気を見せない」。十二歳のミルン君は通信簿に、こう記された。少年は、のちに名作童話「くまのプーさん」を書き、世界中の子どもたちを喜ばせることになる

▼死して三十二年、今なお人々の心を歌で揺さぶり続けるジョン・レノン。学校の先生は、ジョン少年を見捨てていたようだ。「失敗への道を着実に歩んでいる。望みはない」

▼英国の名宰相チャーチルは、九歳の時「他の子と、トラブルばかりを起こす」「大変に能力はある。だが、彼には意欲というものがない」と評された。学科もひどく、親がめまいを感じずに見るのは難しい通信簿だ

▼そのチャーチルを選挙で破って、首相となり「揺りかごから墓場まで」と称される福祉国家を築いたのが、アトリー。十三歳の時の評価は「彼は物事を考えて、自らの意見を形作る」と上々だが、「うぬぼれが強くて、他人の意見をきちんと聞こうとしない」と、手厳しい言葉も記されている(C・ハーリー編『could do better』)

▼昨日、多くの学校で終業式があった。子どもたちは通信簿を手に家に帰ってくる。きっと、ドキドキしている。怒られるんじゃないか、と泣きたい気分の子もいるだろう

▼けれど、ミルン君やチャーチル少年を思えば、何てことない。本当の才能を記すには通信簿はあまりに薄っぺらいのだから。【筆洗】

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◇上手い。あっぱれ!【筆洗】のコラムの通信簿は100点満点です。変人の【珍念】畏れいりました。これ以上は『釈迦に説法』こっそり消えまする!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「オマハの賢人」

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  世界的に有名な米国人投資家ウォーレン・バフェット氏(81)が、2人の後継者にバトンをタッチして引退するという記事を読んで、いささか残念に思った。大震災の被災地に基金を投じてくれないかとほのかに期待していたからだ

▼この人の投資は、短期的に売り買いして利ざやを稼ぐといったありふれた形態ではなく、投資先となる企業の将来にかけるという超長期的な展望に立ったもので、たとえばコカコーラの成長を信じて、ずっと株を手放さずに保持していた。そうした投資先への信頼がやがては巨利を生むのである

▼こうして世界長者番付では1位になったこともあるが、私生活は実に質素で今も故郷のネブラスカ州オマハに住みながら世界の市場に目を配っている。しかし金儲けが私利私欲のためでないところがこの人をして「オマハの賢人」と呼ばせしめているゆえんで、資産の85%にあたる374億㌦を5つの慈善財団に寄付し、世界をアッといわせた

▼まさに無私と言ってよいこのような考え方は一体どこから出てくるのか大いに興味を持つが、むろん余人の想像が及ぶところではない。しかし同氏がもし被災地の復興に興味を抱くとしたら、どのような手法をもってするかという興味を小欄は抱いていた。国の復興財政出動が遅いからのあてつけでもある

▼しかし引退となればささやかな期待も霧消してしまう。米地方紙63紙を一挙に買収し、ハイパーローカルという超地域密着型モデルを打ち出したばかりなのにこの引退は残念な気がする。【世迷言】

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◇「オマハの賢人」の引退は(、チト・サビシイ)!願わくば、日本の富裕層の人も慈善財団に寄付されたら如何かなぁ? かく言う【珍念】財産はありませんが、笑顔で人の心を癒して生きたい。ちなみに关いはたたです・・ぅう。

◇今日も、減らず口は絶好調です。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「お迎え」

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 死に臨んで起きるとされる「お迎え」。既に亡くなった人を感じる現象だが、4割超の人が体験しているらしい。宮城県の医師らが行った遺族への調査で判明した

▼がん専門医から転身し、2千人以上をみとった緩和ケア医師が「目を向けなければいけない現象」と考え、追跡調査した。対象者の平均年齢は74歳。患者が見たり聞こえたりしたお迎えの78%が死んだ家族や親戚だった。場所は87%が自宅。病院は5%と少なかった

▼医師によれば、お迎えは精神と肉体がバランスをとりながら衰えていく時に起きるという。祖霊を敬う日本人には、終末期医療に臨床宗教師のような存在が必要だと主張している(文藝春秋7月号)

▼お迎えは自らの命数を悟り、納得の上で死に臨む人に起きるのだろう。それが幸せな死に方かどうかは別として、災害や不慮の事故、自殺で命を失う無念さに比べれば、本人の心の在り方としては、まだましな方かもしれない

▼若い時、母をがんで失った。病院だったためか、お迎え現象は記憶にない。親戚がイタコを訪ね、声を録音してきてくれたことがある。思い当たる言葉もあって落涙し、ただ安らかなあの世の生を願った

▼〈蛍飛ぶあの世この世の闇の中 久慈月山〉。まだまだ生きねばならないわが身にお迎えなど来なくてもいいが、生きる者の宿命としてあの世を思う時もある。祖霊に恥じない後半生。それだけを心掛けたい。明日から恐山例大祭。【天鐘】

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◇ 一言居士の「珍念」の愚考です!

◇天然呆けの筆者は、何度も「お迎え」に遭遇しましたが、摩訶不思議な出来事で生き永らえています。「お迎え」が、来てもまだ早いとお断りしている。ともあれ、誰人も(生老病死)から免れない

◇皆さまもですが、100年後か、今日か明日か、生ある者は、必ず死ぬ!葬儀は「友人葬」に決めています。ご近所の方から是非「友人葬」をお願いしますと、頼まれています。

◇なるほど、死ほど確実なものは何もない。昼の次に夜が、秋の後に冬が、青春のあとに老年がくるということよりも確実である。夜がきた時、困らないように、冬がきた時、苦しまないように、老後に辛い思いをせぬように、人は準備をする。

◇しかし、もっと確実な死がきた時、困らないよう
に準備をする人はすくない。

◇死は一面からみれば、人間が今世におけるいっさいの虚飾をはぎ取られて、裸のままの生命それ自体がもつ真実の〝力〟で立ち向かわざるを得ない難関である。このときばかりは、権力という〝力〟も、財力の〝力〟も、名声や地位という〝力〟もまた単なる知識の量や、理性の〝力〟も、すべて死苦を乗り越える真の力にはならない。

◇生命自体の〝底力〟こそが試される瞬間なのである。ニセものは適応しない。生の期間には必ずしも表面化しない、生命内奥の真実の姿が、そのとき、立ち表れる。臨終という、文字道りの〝正念場〟にあって、ただ妙法の実践のなかでわが生命自体に積
み蓄えてきた生命力というエネルギーのみが、その絶大な力を発揮する。

◇ゆえに、生あるうちに、また健康で活躍できるうちに、真剣に妙法による福徳の貯金を、また生命力の蓄えをつくっておくことが重要なのである。と 池田大作名誉会長は語る。

あつぃ! 演壇で 舞い上がっている錯覚に、閻魔さまから叱られる・・口を閉じます。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

少女の名はニンニ

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ムーミン一家を奇妙な女の子が訪れたのは、小雨が降る日の夕方だった。少女の名はニンニ。けれど、姿は見えない。全身が透明なのだ

▼ニンニはおばさんに育てられていたが、いじめられるうち姿を失ってしまった。事情が分かり「医者にみせようか」と案じるムーミンパパをママがたしなめる。「きっとこの子は、しばらくのあいだ、見えなくなっていたいと思ったのよ」「そっとしといたほうがいいわ」(『ムーミン谷の仲間たち』講談社)

▼ニンニのようにしばらく姿を消せればいいのに、と思っている子どもたちが、日本中の学校にいるだろう。いじめに追い詰められ、だれにも打ち明けられずに苦しみ、自分を見失っているかもしれない

▼大津の中学二年生が身を投げ、永遠に姿を消してしまって、九カ月。何が彼を追い込んだのか。調査は進み始めたが、命は戻らない。お父さんの「ここ数日来も自ら命を絶つ子供の報道が耳に入ります。とても悲しい。悔しくてたまりません」という言葉は、子を失った親の叫びだ

▼アニメ版では、姿も声も失ったニンニをいじめっ子が穴に閉じ込める。「助けて」という吐息のような声にムーミンが気づき、「もっと大きな声で」と呼び掛け続ける。必死に「助けて」と叫んだ時、ニンニは声を取り戻す

▼耳を澄ませば、私たちにも、ちいさな叫び声が聞こえはしまいか。【中日春秋】

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☆ コラミストの提言は、『干天の慈雨の如し』泣き虫の〝珍念〟涙が止りません。

☆いじめは。虐めている人が100%悪い。重大な犯罪だ。見て見ぬふりをしてる人も、同類と思う!こういっちゃ、なんですが <未必の殺人。未必の殺人教唆の罪>に問われるのでは・・ないでしょうか?

 加害者に寛大な摩訶不思議な「法治国家」の日本。いっも 反省し 問題を先送りする体質・・皆さんはどう。おもわれますか? 今日も、減らず口は絶好調です・・!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「ブラック・ジャック」

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 医療とは、医学とはを問い掛ける「ブラック・ジャック」。環境と人間が主題の「海のトリトン」。新潟市秋葉区の新津美術館で開かれている手塚治虫展で、あらためて手塚作品の幅広さと奥深さに触れた

▼人間にとって根源的といえるテーマを娯楽である漫画に溶かし込み、多くの支持を得た。手塚さんは紛れもなく漫画の神様だろう。その巨匠が、口の悪い編集者に「ウソ虫」「遅虫」とあだ名を付けられていた

▼原稿の完成が締め切りギリギリで、編集者が泣かされていたせいだ。当時の逸話は、上越市在住の宮崎克(まさる)さんが原作を担当し、昨年出版された漫画「ブラック・ジャック創作秘話」(画・吉本浩二、秋田書店)に詳しい

▼ファクスやインターネットが普及した今ならあり得ないだろうと感じられる話もある。例えば原稿の空輸。手塚さんが旅先でようやく作品を描き上げた。なのに東京行きの飛行機の貨物受け付けに間に合わず、搭乗客に託される

▼編集者が手塚さんから受け取った漫画のせりふ部分を、公衆電話を使って背後の列を気にしながら、「写植屋」に伝えるエピソードも出てくる。携帯電話があったら人に気兼ねなく長電話できたに違いない。メールで送る手もある

▼ただ、編集者が悩んだり切なかったりしたから、漫画の神様にまつわる思い出が語り継がれるのだろう。現在のように便利な時代だったら、人間くさい記憶が残っていたかどうか。不便は困るばかりでもない。手塚さんが亡くなったのは、昭和から平成に替わって間もないころである。 【日報抄】

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☆ 手塚治虫の名言に学ぶ!

 いいか患者になおろうという努力の気持ちがあってこそ医者の治療はききめがあるんだ「ダメな子」とか、「わるい子」なんて子どもは、ひとりだっていないのです。もし、そんなレッテルのついた子どもがいるとしたら、それはもう、その子たちをそんなふうに見ることしかできない、大人たちの精神が貧しい。

 ひょっとすると、いまの人類は、進化の方向を 間違えてしまったのではないか、もとのままの「下等」な動物でいたほうが、もっと楽に生きられ、楽に死ねたかもしれない。地球をここまで追いつめることもなかったでしょう。

Message_religion_photo02 生とは何だろう? 死とは何だろう・・・・ ?

死んだらぼくたちはどこへ行くんだろう・・?そんな疑問に対する答えが、つまりは宗教かもしれません。天国に行くのですとか、新しい命として生まれ変わるのですとか、いろいろな答えがあります。こっちが正しい、いや、こっちだと宗教同士が争い、悲惨な宗教戦争が人類史に暗い影を現在にいたってもなお落とし続けています。

「死んだらどうなるのか」その疑問の答えなら、そういう戦争で死んでいった犠牲者たちがいちばんよく知っているんですよね。

☆ 【珍念】のコメントは 『蛇足』 !(^^)!

▽100人の死にざま

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 数年前、「余命1ヶ月の花嫁」というドラマ、映画が話題となった。末期の乳がんを宣告された主人公が、亡くなる前に恋人と友人に囲まれて憧れのウェディングドレスを身にまとった。だが夢をかなえ、愛する人たちにみとられて旅立つ人がどれだけいるだろうか

▼治療の副作用に苦しんだり、病院のベッドで孤独に死ぬ人もいる。そんな死の在り方に疑問を持ったのが、高丸慶さん(29)だ。看護師の資格を持つ高丸さんは、最期の時間を自宅で過ごすための介護サービスを提供すべく、「ホスピタリティ・ワン」(東京都渋谷区)という会社を2008年に起業した。

▼残された日々の過ごし方とスタッフの関わり方、家族にとっての不安は何か。余命わずかなクライアントやその家族とじっくり話をした上で、「その日」に向けたプランを決めていく新しいサービスだ。

▼きっかけは、自らの両親の突然の死に驚き苦しむ高丸さんの実母の存在だった。残された人は、愛する人の死を消化できないと先に進めない。高丸さんは慶大の看護医療学部を卒業後、企業で働きながら自分の経験をもとに現在のサービスを考え付いた。

▼事業は軌道に乗り、「20代社長がけん引する成長企業」として注目されるようになった。投資話も引く手あまただが、それらを全て断っている。人の死に対し、パッケージ商品のようなものがチェーン展開されることを嫌ったからだ。

▼「医療のニーズは治療だけれど、介護のニーズは無限。その多様なニーズに応えられないような規模でやるつもりはありません」。穏やかな口調ながら、高丸さんは鋭いまなざしで言う。日常のケアや死後の事務手続きも個別のニーズに沿った提案を心掛け、価値観を押し付けるようなことはしない。

▼これまで100人以上の死を見届けてきた高丸さんによると、人の死は「百者百様」という。人を恨んで生きてきた人は、最後まで不平を口にする。

▼人に感謝してきた人は、残される人を気遣い、「ありがとう」と言いながら眠りにつく。高丸さんは後者のように、逝く人も残される人も安らぐ「最期の訪れ」を目指している(共同通信 松元竜太郎)

☆<人に感謝してきた人は、残される人を気遣い、「ありがとう」と言いながら眠りにつく>。願わくは、不肖:【珍念】も・・かく 生きたい。・・・・・・!(^^)!

「おはよう」 (#^.^#)

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 「おはよう」。さっそうと自転車に乗って登場した。大石先生役の高峰秀子さんが、子どもたちに声を掛ける。時は昭和の初め、小豆島が舞台である。若い大石先生の気負いと初々しさ。「おはよう」というせりふが効いている。木下恵介監督の映画「二十四の瞳」のワンシーンだ。

 大石先生と12人の教え子の姿が胸を打つ。つぶらな瞳で学校に入った小さな子どもたちは、それぞれの人生を懸命に生きていく。教え子の心に寄り添い、行く末を案じる先生。映画は大ヒットとなった。

 高峰さんの本「わたしの渡世日記」によれば、高峰さんの元には当時、小学校の先生からたくさんの手紙が届いた。おおむね次のような内容だった。「先生ほど責任が重く、給料も少なく、割に合わない仕事はない。今日やめようか、明日やめようかと思い悩んでいた。でも、映画を見て、先生を続けることにした」。

 先生という仕事の責任は重い。昔も今も、である。クラスの中には、家や学校のことで問題を抱えている子どもたちもいる。親身に対応している先生がいる。一方で、いじめ問題を伝える連日の記事に心が痛む。なぜ、学校側と先生は、苦しむ子どもをそのままにしていたのか、と。

 高峰さんが演じた大石先生の声「おはよう」に思う。「おはよう」は心の鏡。教育という仕事の責任の重さを忘れた先生の声からは、声の張りも消えてしまっていることだろう。子どもも、心に苦しみがあれば、声は曇る。曇りをそのままにしておく教育ではいけない。

【天地人】

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Ou

 コラミストの迫真の筆致は「的を射る」お見事です。
 コメントは『蛇足』!

「よっ、遠山の金さん!」

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言われてみれば、なるほどよく似ている。時代劇のかつらをかぶってライトを浴びたら、「よっ、2代目!」の声が掛かりそう

▼浴びたのは映画撮影のライトではなく、報道陣のライトだった。今年2月に59歳で日本航空社長に就任した植木義晴さんのことだ。戦前戦後の映画界の一翼を担った大スター、故片岡千恵蔵さんの息子

▼日航で35年間、パイロットを務めてきた。同期のパイロットで今も会社にいるのはほかに1人しかいない。経営破綻後は執行役員になった植木さんは、再生を主導した稲盛和夫会長(現名誉会長)から社長に指名された

▼稲盛体制下の全社一丸で過去最高益を出した後を任された植木さんを、先日、作家の村上龍さんの経済情報番組(テレビ東京系)で見た。「無私の精神」を強調していた。手本を「会長の背中」に見てきたという

▼パイロット出身の日航社長は初めて。今春、国際線の新型機をボストンに就航させた。第1便で植木さんと握手した機長は、1人だけの同期のパイロットだった。映画のシナリオを思わせた

▼株式再上場を申請した日航には追い風以外も吹く。手厚い公的支援を受けての巨額利益に、ライバル企業は公正な競争環境を求めている。自民党の専門チームはきのう、利益を地方路線維持などで社会に還元するよう求めることを決めた。逆風も吹くなかでの社長としての離陸には、どんなシナリオを描いているだろう。【春秋】

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◇ 故片岡千恵蔵さんの息子。いよう 真打・出番です。金さん 思い切って闇に蠢く鵺を退治して下さい。 天然呆けの【珍念】減らず口は滑らかです!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

あぁ・正直者が馬鹿を見る

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働いている人の収入が生活保護を受けている人よりも少ないという。地域の最低賃金で働いた場合の話だが、やはりおかしいと思わずにいられない。そんな「逆転」地域が本県など8都府県増え、11都道府県になった、と本紙にあった。

 生活保護は憲法が認める生存権に基づいて最低限度の生活を保障し、自立を助ける制度だ。「最後のセーフティーネット(安全網)」とも呼ばれる。一生懸命に働いてもその最低限度の生活さえできないというのでは、もはや社会が破綻していると言うしかない。

 「働くより生活保護を受けた方が得だ」。そう考える人が増えても不思議はない。生活保護の受給者は3月で210万人を超えた。この1年間で8万6千人増え、失業などを理由に働ける年齢層の増加も目立っているという。

 生活保護費も増える一方だ。2012年度は3兆7千億円。このままでいくと、25年度は5兆2千億円に達する見込みだ。小宮山洋子厚生労働相は支給水準引き下げを検討すると表明した。

 結果的に「逆転」現象を解消しやすくなるからだ。これに対し「生活保護基準は現在でもギリギリの水準」と訴える声もある。最低賃金の引き上げで「逆転」を解消できれば理想的だが、これには中小企業を中心とする経営者側が「経営を圧迫する」と反発している。

 こちらを立てれば、あちらが立たず。あちらを立てれば、こちらが立たず。貧しさで社会がいびつになり、機能不全を起こしている。貧困を解決できない政治の責任は重い。 【天地人】

◇<貧困を解決できない政治の責任は重い>。変人の「筆者」ちょいと、まった。意義を唱えまする。貴紙を含め新聞・テレビ・等のマスコミの報道にも、責任があると思っている。当たり障りのない八方美人のように感じるのは、穿った考えでしょうか・・・?

 権力にもめげず「社説」にその解決策をしめされたのかなぁ? かく言う、珍念〈ごまめの歯ぎしり〉している。 {下手な考え休みに似たり} 消えまする。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

山田五十鈴さん

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 あくびしながらスリップ姿での登場は鮮烈だった。京の花街を舞台にした映画「祇園の姉妹(きょうだい)」で、山田五十鈴さんは舌三寸で男を惑わす芸者を演じた。「時分の花」ともいうべき若さと色気は80年近くたってもあせない

▼監督は溝口健二。前作「浪華悲歌(なにわえれじい)」で山田さんの生い立ちを調べた上で演出に臨んだ。「どういうところに興味を持たれたのか(略)私自身が身につけた一種の孤独感というものではないかと…」とは、彼女の見立てだ

▼溝口作品で演技に欲が出たがために最初の結婚は破綻、以後も結婚や同棲を繰り返す。役柄とも相まってゴシップさえ、さもありなんと思わせる存在感。だが、それも山田さんを孤高にし、ますます役にのめり込ませた

▼過去の自分は「興味がない」と切り捨て「今」に生きた山田さん。名だたる作品を支えた「今」の連なりは、映画史と重なる。舞台に転向してからも素顔なのか役柄か分からぬ至芸は不変だった

▼ただ、赤ちゃんの抱き方だけは危なっかしかったという。亀井文夫監督の目には「赤ん坊への当然な愛情は、全く置き忘れている」と見えた(「山田五十鈴 映画とともに」日本図書センター)

▼だが、赤子を前に透けた母としての過去は捨てきっていなかったはずだ。幼い頃手放した一人娘、瑳峨三智子さんが眠る京のお墓に入りたいと生前伝えていた。【梵語】

◇ コメントは 『蛇足』です! !(^^)!

「山田五十鈴」さんに思いを馳せる

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1937年の山田五十鈴

新派の俳優だった山田九州男の娘、美津が日活京都撮影所の門をたたいたのは昭和5年1月7日のことだった。九州男の知人で撮影所長の池永浩久から女優になるよう誘われたからだ。といっても、まだ小学校を出たばかりの少女だった。

 ▼実はこの年の元日、池永は初詣で伊勢神宮を訪ねていた。そこで神域を流れる五十鈴川の清らかさにうたれた。その印象が去らないうちに目の前に現れた美少女を見て、彼女に五十鈴の芸名を贈る。後の大女優

 ▼五十鈴さんは、日活に入ったのは「一家を支えなければならないという経済的理由でした」と語っている。初め、女優は本意ではなかった。体は大きく年齢以上に見られたが、演技は未熟だった。デビューした当初は「大貨車」というありがたくないあだ名で呼ばれた。

 ▼だがその後、毎日撮影所に通っては他の女優の演技に学ぶなどしてがんばり、スターへの道を上っていく。杉村春子、初代水谷八重子とともに「三大女優」と呼ばれた。長谷川一夫、森繁久弥ら共演した男優の名前を列挙するだけでも、その偉大さがわかる。

 ▼文芸春秋編の『あの人この人いい話』で水口義朗氏が書いているところでは、80の声を聞くころになって、水泳を始めた。足のケガのリハビリのためで、幼いころからの「水恐怖症」を克服してだった。脳血栓で倒れた後は大好きなたばこをやめ、酒も「適量」に減らした。

 ▼そんな努力のおかげで95歳という見事な女優人生を完結された。ただ芸名ゆかりの伊勢神宮は来年、20年ごとに社殿を隣に移す式年遷宮を迎える。それを見届けなかったのは心残りだったかもしれない。そう勝手に思っている。【産経抄】

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「山田五十鈴」さんお疲れさまでした。
ご冥福をお祈りします! かく、言う 【珍念】も 完全燃焼したいです。

 ( ^ω^)おっおっおっ

勝ちに不思議の勝ちあり

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左より、大関増業公、真田幸貫公、松浦静山公。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし―。江戸時代は肥前・平戸藩の藩主、松浦清(静山)公の剣術の書にある文言という

▼たまたま勝つことはあっても、偶然負ける展開はあり得ない。つまり、負けるには理由がある。棋聖と王位の2冠を保有する将棋の羽生善治さんが、著作「大局観」(角川書店)の負けることについて書いた章で、この戒めを引いている

▼通算のタイトル獲得数を81期に伸ばし、故大山康晴15世名人の記録を30年ぶりに更新した羽生さんですら、プロ棋士になってからの敗戦は、公式戦だけで400局を上回る。だから「私には少なくとも400以上の改善点がある」

▼勝ち続ける人生など望むべくもない。敗戦を進歩のためのきっかけと捉え直す。大切なのは、一敗地にまみれても再び立ち上がって歩き始める打たれ強さだ。前人未到の境地を行く羽生さんの言葉だけに格別の重みが宿る

▼松浦公の説諭を強くかみしめている一人が、横浜DeNAベイスターズ監督の中畑清さんではないか。チームが勝っている間は方針転換が図りにくい。羽生さんによれば、負けが込んでいる時こそ変化しやすいらしい。名前が同じ「清」なのは偶然としても、たまたま勝つような試合運びは返上を乞う。 【照明灯】

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◇一言居士の【珍念】の余計な能書きです!

 童門冬二の「松浦静山・夜話語り」によれば、静山公の文武両道に対する精進の度合いは、常人の域を断然超えている、と語っている。 松浦静山は、天下の三勇士だそうです。天下の三勇士とは1840年に水戸の徳川斉昭藩主が水戸城に三人を招いたことに由来する。
一人は、真田幸貫 信州の松代城主。松平定信の次男(49歳)。
一人は、大関増業 下野の黒羽藩主。『止戈枢要』著(59歳)。
一人が、松浦静山 肥前(長崎)の平戸藩主(80歳)

願わくば、かく言う 珍念(70歳)も、天下の三勇士に肖りたい!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

<ブドリに託した賢治の思い>

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 緑豊かなイーハトーヴの森が、美しい映像となってスクリーンに映し出されていた。今月7日から全国ロードショーがスタートするアニメ映画『グスコーブドリの伝記』。先日、その試写会に招待された大船渡市内の被災者とともに、宮沢賢治原作の長編ファンタジーを鑑賞した。

〇 グスコーブドリの伝記』は、賢治が死の前年の昭和7年に発表した童話だ。賢治の内面世界が色濃い自伝的作品といわれているが、恥ずかしながら自分はこの名作を読んだことがなく、したがってその日は試写会を取材するという目的だけで席についていた。

〇 試写後、この映画が持つ強いメッセージ性に心を動かされ、絵本版の原作を読んだ。その後、宮沢賢治記念館を訪ねて賢治の生涯、農業や仏教とのかかわりをたどり、『グスコーブドリの伝記』に託した賢治の思いに、少しだけだが触れられたような気がした。

〇 主人公のブドリはイーハトーヴを襲った冷害による飢餓で両親を失った。妹とも生き別れて一人になったが、工場や畑で必死に働きながら勉強し、やがて火山局の技師見習いとなる。人工降雨を利用した施肥などを実現させ、妹とも再会。幸せな生活が何年か続いたが、ブドリが27歳の時、再び大飢饉の予兆が現れた。

〇 火山を人工的に爆発させれば温室効果で気温が上がり、冷害を回避できる。しかし、誰か一人が最後まで火山にとどまらなければならない。ブドリはその時決意した。愛する故郷を守るために、自分の命を投げ出すと…。

〇 賢治が生きた時代、岩手は何度も冷害や凶作に見舞われた。貧しい農民たちが豊かに暮らせるようにと農業指導に奔走した賢治は、万人の幸せのためなら自己犠牲もいとわないブドリの生き方に自分の思いを重ねていたのだろう。

〇 そうした賢治の人生を投影させたこの映画は、大きな恵みと厳しい試練をもたらす自然の営みに、人はどう対処すればいいのか──と問いかける。大震災を経験した今だからこそ観る価値のある作品だと思う。 【世迷言】

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◇ コラミストの筆致は、素晴らしい。願わくは【珍念】人の魂を揺さぶるような文章を書きたい。邪な心も綺麗にしたいです。『グスコーブドリの伝記』ぜひ見たい。

 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「人災」

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「人災」と結論付けられた福島第1原発事故。640ページにも上った先の国会事故調報告は、「意図的な先送りや不作為などで対策が取られず発生した」としている。

◆天災は防げないが人災なら防げたはずだ。かといって、原発自体に原因がないととらえ、「原発推進は容認できる」と拡大解釈すべきではないだろう。

◆そんな中でフル稼働した大飯原発。人は何を教訓に、この大きな力をコントロールしていくのか。【ぎふ寸評】

◇<「人災」と結論付けられた福島第1原発事故。640ページにも上った先の国会事故調報告は、「意図的な先送りや不作為などで対策が取られず発生した」としている>。
それにしても 不思議な法事国家だ。だれも 責任を取らない。逮捕者もいない。未だに誰も、私財を投げ出し、贖罪をしない。恥とも思わない。

◇「人災」よりも恐ろしい摩訶不思議な「原子力ムラ」だ。江戸時代だったら、関係者は市中引き回し・磔・獄門・などの厳罰をうけ家族も、のうのうと生き恥を晒すような真似はだれもしないでしよう。

一事が万事・・姑息な為政者が功妙に仕組んだ連環の輪に怖気がする。【珍念】・・『ごまめの歯ぎしり』している。 (-_-;)

「もうおれ死ぬわ」

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 聖路加国際病院の副院長を務める細谷亮太さんは、難病と闘う子供たちの姿を長年見守ってきた。名門校に通う、由佳ちゃんという16歳の女の子もその一人だ。手術はもはや不可能という肺がんの状態だった。細谷さんは、大人以上に落ち着いた様子に驚いたという。

 ▼3カ月後、由佳ちゃんは短い生涯を終えた。「私のこと覚えていてくれるかな」。母親から届いた手紙によると、由佳ちゃんは細谷さんの診察に感動しメールを出していた。それを誤って消してしまい、一番大切な時に返事を出せなかったことを、細谷さんは悔やんだ(『医者が泣くということ』角川文庫)。

 ▼「もうおれ死ぬわ」。大津市で昨年10月、飛び降り自殺した市立中学2年の男子生徒が前日に出したメールには、返信があった。「死ねばいいや」。メールの相手は、よりによって男子生徒へのいじめに関わっていたとされる同級生だ。

 ▼学校が全校生徒を対象に実施した、アンケートに書かれていた。昼休みに毎日、学校の階段で「自殺の練習」をさせられていた、との証言もある。追い詰められた13歳の少年に、手を差し伸べる大人はいなかったのか。

 ▼底知れずの少年の孤独に、慄然とせざるを得ない。もっとも市の教育委員会は、いじめと自殺の因果関係は判断できない、と早々に調査を打ち切ってしまい、今強い批判を浴びている。

 ▼「今、普通で健康な状況にいる人は、今の自分を大切にしてほしい」。細谷さんによると、由佳ちゃんが亡くなる数日前に作ったブログには、こんなメッセージが残されていた。いじめの実態を徹底的に明らかにして、再発防止につなげなければ、天国にいる由佳ちゃんに申し訳が立たない。【産経抄】

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 Lament   

 「珍念」悲しくて 胸が痛みます。
 亡くなられた方々のご冥福をお祈りします!

勝ち残る企業の条件

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 トップの「理念」が明確

 多治見市内で、興味深い講演を聞いた。テーマは「勝ち残る企業の条件」。ポイントは、ただリストラして損益分岐点を下げることで生き残るのではなく、勝ち残る企業である。

 講師は、必須条件として、経営者品質を挙げた。21世紀のリーダーに求められる能力は、専門的能力、普遍的ビジネス能力、リーダーシップ能力の三つのスキルだという。

 専門的能力とは、事業分野でも地域でもいいので、得意分野を必ず持っていること。普遍的ビジネス能力とは、PL・BSなど経営分析力は当然で、その上で情報収集力、人間関係能力が求められるという。人間関係能力には、社内外の人間から信頼、尊敬される人間力、人としての魅力が必要と指摘する。

 では、三つ目のリーダーシップ能力とは、何か。それは企業の方向性であり、理念、目標、戦略だという。松下幸之助は「企業経営成功の50%は理念である」と言った。どういう会社にしたいか、誰のために何をするのか、何が大切なのか、リーダーの使命感と価値観が企業のビジョンを形成するとした。

 最後の「企業理念」が一番難しい条件ではないだろうか。多治見市内の企業で、この「理念」が明確で、生き残るのではなく、勝ち残っている中小企業に出会った。この会社、バブル時に売上高が100億円を突破しそうな時に、突如、トップがリストラを宣言した。

 トップの考えは「わが社は、100億円企業になってはいけない。なぜなら、その規模に見合う人材がいないから」だと。中小企業にとって100億円は一つの経営目標でもある。しかし、当時、伸び続ける売上高を敢(あ)えて半分までに減らした。

 この会社は、長期の不況下にありながら、現在も適正利益を確保し続けている。リーダーの経営に対する使命感と価値観が会社を救った一例である。【濃飛抄】

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◇「企業理念」 う~ん !(^^)! そういえば、民主党には、大事な党の「綱領」が無い。先の選挙では鳴り物入りで「仰天のマニフエスト」をぶち上げ政権を取ったが、あ・・語るのも汚らわしい! 大嘘つきだ。 これ以上は『蛇足』消えまする!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

手書きの文字

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  作家・向田邦子さんの字は、個性がありすぎることで有名だった。後から読めないので日記はつけないと,本人が言うほどの字は、業界人泣かせだった。原稿が業者を介して台本になると、例えば、「手紙」が「牛乳」に変わっていたという

▼先日、ある展示会で向田さんの直筆原稿を見た。一気に綴ったと思われる筆致。一度ならず、何度となく書き直した箇所も。肉筆には作品に込めた深い思いがにじみ出ているようで、創作の苦労まで味わうことができた

▼手書きの文字に接する機会がめっきり減り、それどころか昨今はIT化が進んで、紙媒体そのものの危機さえ指摘される。電子媒体は便利で大いに活用したいが、脳科学の分野では「電子媒体」と「紙媒体」の違いについて、こんな見方もある

▼紙に書かれた文字に接すると、読者に“筆者はどれだけの思いを込め、何を伝えたいのか”との想像力が働く。それが、自身の考えを、より効果的にまとめることを促す。さらには、こうした思考の訓練は、他人を思いやる感情を豊かにすることにも通じるという。手書きの文字なら、効果はなおさらに違いない

▼7月(陰暦)の異称は「文月」。暑中見舞いなど、直筆で近況などを綴り、友に送ってはいかがだろう。【名字の言】

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◇ お恥ずかしい話ですが、【珍念】 文字を書くのが下手で{筆不精}です。 減らず口は達者です・・反省している。 直筆で暑中見舞いを送りたい。

 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「わたしの物語」

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  米国の作家ポール・オースターが、『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』を始めたのは一九九九年のことだ。直訳すれば「国民の物語事業」か

▼人々がひっそりと抱える「作り話のように聞こえる実話」「紙に書きつけたいという気になるほど大切に思えた体験」を募ったら、一年で四千通も集まり本になった(訳書・新潮社)

▼ある心臓外科医は、七十代の男に難手術を施した。三日後に心停止。三時間後に何とか蘇生したものの奇妙なことが起きた。男は二十年余の記憶を失い自分を五十歳と思い込んでいた。のちに外科医は知る。男は酒乱で妻に暴力を振るっていたが、記憶を失ってからは酒も飲まず、愛情深い夫として、静かに人生を閉じた

▼作家の高橋源一郎さんらによる日本版の試み『嘘(うそ)みたいな本当の話』(イースト・プレス)もある。落語家、立川談春さんのごく短い物語。<自分しかいない広い露天風呂に、いきなりロバート・デ・ニーロが入ってきた>

▼私も一つ。大学時代、徹夜で試験勉強をしていて寝てしまった。電話が突然鳴った。「もしもし」と女性の声。「すいません間違いました」。腹を立てつつ時計を見たら試験開始三十分前。遅刻はしたけれど落第は逃れた

▼誰にでも、誰かに伝えたくなるような大切な話がある。そこかしこで「わたしの物語」が読み手を待っている。【筆洗】

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◇ 変人の【珍念】摩訶不思議な、出来事に何回も遭遇しました。披露したいんですけど筆者の稚拙な筆致では誤解を被る恐れが生ずるので「わたしの物語」はず~と・先 (お迎えが来る前に)語らせて戴きます。これ以上は『蛇足』です!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

う~ん・・ (*^_^*)

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 福祉・医療現場の人から、現場での「接し方」について話を聞くと、考えさせられることが多い。

〇 ある福祉施設の職員は、綿菓子のような雲を眺めていた知的障害のある青年に「どんな味かな?」と話し掛けた。「だって、水蒸気だろう」と返され、無意識のうちに子ども扱いをしていた自分に赤面したという

○ 別の福祉施設では、職員が名字に「さん」を付けて呼ぶのがルール。姓ではなく名を「ちゃん」付けで呼べば親しげだが、相手を一人前の大人として見ていないことにつながるという。

○ ある医師。病院で使う「患者さま」という言葉に違和感を覚える。丁寧なのだが、気持ちがこもっているか疑問だという。私も駅で迷っている視覚障害者の手をいきなり取ろうとして怒られた経験がある。障害や病気、その人の尊厳とは関係ない。そんな当たり前のことを忘れないようにしたい。<デスク日記>

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☆言葉について、恩師は次のように述べていられる。

◇ 『人間は一つの言葉で争いもすれば、仲直りもできる。一つの言葉が生涯の傷ともなれば、忘れ得ぬ希望の人生のきっかけになる。 一つの言葉は一つの心をもっている。

ゆえに言葉を大切にすることは、心を大切にすることに通ずる言葉の美しい人であってほしい』 と。 ・・・・・・ 愚か者の【珍念】も かく生きたい!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「ウロボロスの蛇」

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 自分の尾をのみこんで円環状になった「ウロボロスの蛇」はギリシャ神話に登場する。終わりも始まりもない世界の完全性の象徴だ。それを宇宙と素粒子の関係に例えるのは物理学者の村山斉さんである

▼ 広大な宇宙の果てを追いかけるには極小の素粒子の世界をのぞかねばならない。素粒子を見つけようとする先には宇宙が口を開けて待っている。宇宙はものすごく小さくて、大きな世界だという(「宇宙は何でできているのか」(幻冬舎新書)

▼ だから「神の粒子」と呼ばれるヒッグス粒子をほぼ確認したとのニュースが、宇宙の成り立ちの解明につながるというのもうなずける。ビッグバン(大爆発)で宇宙が誕生した直後、光速で飛び回る他の粒子に質量を与えたのがヒッグス粒子だ。それがなければ、万物は何も生まれなかったとされる

▼ 半世紀前に存在が予測され、世界の科学者が探し求めていた。各国の協力で欧州の地下に建設された一周約27キロもの巨大な加速器がようやくとらえた。その存在はノーベル物理学賞の南部陽一郎氏の理論が基になっている。実験には日本から第一線の研究者が参加。岡山大グループも名を連ね、世紀の栄誉に貢献した

▼ それでも宇宙の深淵(しんえん)はまだのぞけまい。新発見はさらに新たな謎を生み、人類の夢をかきたてる幕開けなのだろう。[滴一滴]

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402   あっぱれ。凄いです。
  「神の粒子」と呼ばれる
  ヒッグス粒子をほぼ確認。

☆ 変人の【珍念】の能書きです~ぅ・・!☆ 「英知を磨くは何のため 君よ それを忘るるな」とは。創価大学のブロンズ像に刻まれる、創立者の文 ☆ 「何のため」――その答えは、ただ「民衆の幸福のため」である。と・・・故あるかな!

☆ 学問:人間の幸福のために役立たない学問、人生に価値を生まない死せる知識を、いくら誇ってもそれは幻影のようなものである。まして知識が増えた結果人間を軽蔑するにいたったとしたら、本末転倒といわざるをえない。

☆ 池田名誉会長は、50年前。ある会合で「経済・政治・社会の根本とは何か、順々と指導を進めた。生命なくして、経済も、教育も、科学も、政治もありません。一切が、人生、社会の幸福を追求するための分野なのです。 ☆ 根本は全部人間です。生命です。その生命とは何かという根本解決の道が宗教じゃありませんか」と。 故あるかな!

☆ 今日も! 絶好調です。話はムダを省き短くまとめたい。長い退屈な話は「口害」ともいわれる。ゲーテも 「美しき虹も、15分も 消えずにいればもう、だれも見向きもしない」と手厳しい。きえます。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「引かれ者の小唄」

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  刑場へ引かれていく罪人が、強がりを言うことが「引かれ者の小唄」なら、小欄の心境はまさにそれだ。大船渡湾口防波堤の復旧に大船渡市漁協が合意、国交省と同意書を交わしたことで、もはや異論をさしはさむ余地がなくなったからだ

▼大津波で倒壊した同防波堤の復旧には当初漁協内からも水質悪化を懸念する声があり、結論が先送りされていたが、行政側が水質保全に配慮する姿勢を示したことから漁協側も了承、予定から約3カ月遅れて着工することに決まった

▼どんな構造にしろ湾口に構造物が建設されればそれでなくとも海水の交流が円滑でない閉鎖湾ではいずれ水質悪化は避けられまいと危惧を抱く市民の一人として、小欄は津波襲来時のみ機能するような防波堤を考えるべきと提案してきた

▼それは、チリ地震津波後できた防波堤が湾内をいかに汚してきたかをつぶさに見てきたからにほかならない。被災後、湾内のヘドロがかき出され美しい海が戻ったことを実感するたびその思いは募る一方だった。しかし震災前から傷みが目立っていた同防波堤は震災以前に改良が決まり、予算もついていたから復旧は既定事実だったのだ

▼一度決まった「国策」を覆すことがいかに困難なのかは、八ツ場ダムがいい例だが、200億円の巨費が計上された防波堤の復旧にも国家の威信がかかっているのだろう。その金があれば、住宅の高台移転など容易に実現するのにと無念の思いに駆られはしても、しかし、今となっては引かれ者の小唄にすぎないのだ。【世迷言】

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ナヌ・・珍念・・・(*`ε´*)ノ
『ごまめの歯ぎしり』 している

「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」 (#^.^#)

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 ヤギとオオカミの奇妙な友情を描いた絵本「あらしのよるに」(木村裕一作)は小学校の教科書にも掲載された名作シリーズだ。第1巻の出版から18年たっても、テレビアニメ化されるなど人気は衰えない

▼ 逃げ込んだ山小屋で出会った2匹は「食うもの」「食われるもの」の関係だが、真っ暗で互いの姿が見えない。外は嵐で心細く、夜通し語り合ううち友達になる闇の中だからこそ生まれた立場を超えた友情に心が温まる。

▼ 昭和の時代、台風や大雨に見舞われるとよく停電したものだった。ろうそくの明かりで過ごす夜は子どもにワクワクした。テレビのない夜長、小さな炎を見ながら家族の会話がいつになく弾みもした。

▼ 谷崎潤一郎は随筆「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」で日本の夜が明るすぎると言った。昭和の初めのことだ。光と闇の対照や、薄暗さに対する日本人の美意識を称賛しそれが失われつつあると嘆いた。過剰な照明が本当に必要なのか考えさせられる指摘だ。

▼ 今年も節電の夏が来た。九州電力は2日、から9月初めまで、猛暑だったおととしの夏に比べ10%の節電を要請した。突然の停電を避けるため、時間帯や地域を決めた計画停電も想定している。

▼ 九電は「実施しないのが原則」というが、実際はどうだろう。その時になって慌てないため、試しに電灯を消してみたい。薄暗がりに大事な何かも見えてくるかもしれない。【南風錄】

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◇<谷崎潤一郎は随筆「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」で日本の夜が明るすぎると言った。昭和の初めのことだ。光と闇の対照や、薄暗さに対する日本人の美意識を称賛しそれが失われつつあると嘆いた。過剰な照明が本当に必要なのか考えさせられる指摘だ。

◇う~ん (@_@;) コメントは『蛇足』です!

「鑑賞人」になりたくない

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 7月1日の共同通信の報道によると、国連安全保障理事会の5常任理事国とシリア周辺国は、内戦状態とされるシリアの停戦と情勢打開に向け支援していくことで一致した。

◆「アラブの春」の流れで民主化要求が高まったシリア。だが政権側の弾圧は止む気配はない,。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(本部ニューヨーク)は4月治安部隊が女性や子どもを大勢含む市民を「処刑した」という表現で報告書をまとめた。胸が痛まない人はおそらく、いない。

◆とりわけ子どもたちのむごたらしい映像には「なぜ国連は有効な手を打てずにいるのか?」との疑問が膨らむばかりだった。国連安保理の常任理事国であるロシアと中国が、自国への民主化の波及を恐れ、シリアのアサド政権を非難する決議案に拒否権を行使するなど大国の思惑も絡んだという。さらにアサド政権の権力基盤であるイスラム教アラウィ派と反体制派の多数派スンニ派の宗派対立も背景にあると聞けばなお、自身の無知と無力さに苛まれる。

◆ 「日々注がれつづけてやまない情報の複雑さと奇妙な生々しさは、人に何かを考えさせるのではなく、むしろ人を判断停止、思考停止に陥れるように感じます」

◆ 歌人の米川千嘉子さんが2004年に発表した歌集「滝と流星」のあとがきの一文だ。米川さんは1985年に角川短歌賞、この歌集で若山牧水賞も受賞。「9・11」後の3年間を「どうしたら思考停止に抗えるのか」と、米国のアフガニスタン攻撃やイラク戦争などを題材に歌を作り続けた。その描写は今のシリア情勢を見つめる目に重なるものがある。 「空爆の映像果ててひっそりと<戦争鑑賞人>は立ちたり」「今日われは誤爆を受けず春大根刻む音さへ光らせながら」

◆ 牧水賞の選者の一人は「戦争鑑賞人」の歌を、個人は無力であるという自覚から社会を考える姿勢、と高く評価。米川さんは「苦悩する一神教の世界の人々を一神教の神が救っているのかと思うのです」と言葉を選んでいたのが印象に残る。宗教問題は複雑だが、国際社会は人々を救う責務がある。たとえ無力な個人でも安保理常任理事国の大国が取った行動を記憶に刻み今後も注視することはできる。誰も「戦争鑑賞人」になどなりたくないことを米川さんの歌は教えてくれる。(47NEWS 黒川美加)

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Meisak51     あっぱれ。凄いです! 
    黒川美加さんの
    迫真の筆致は冴えに
    冴えている。

あ・・これ以上は『釈迦に説法』消えまする。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

思いやりの心

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 世界で一番難しい試験という古代中国の科挙。合格は本人だけでなく一族にとっても限りない名誉だった。母親の鏡の裏にはよく「五子登科」の文字が鋳込んであったらしい。5人の子どもがそろって合格してほしいとの願いを込めた祈りの文字だった

▼どれほど難しい試験だったか、逸話がある。老年になって試験に合格した人を指し「50年前23」と嘲笑した話。計算すれば73歳ということになる。ほかにも50歳で合格するのはまだ若い方という諺(ことわざ)もあったほどの超難関試験だった

▼先に発表されたEPA(経済連携協定)に基づくインドネシア人とフィリピン人の初の介護福祉士試験合格者を見ていて、つい連想した。受験生は「どうしてこんなに難しい試験を」と思ったに違いない

▼どうみても受験規定が厳し過ぎる。インドネシアフィリピン人は介護福祉士候補者として来日し介護施設で3年間実務を経験した後、国家試験を受ける。滞在は4年間に限られチャンスは原則1度きり。不合格なら帰国となる

▼一発勝負に加え言葉の壁。試験には咀嚼(そしゃく)嚥下(えんげ)などといった難解な専門用語が出る。これらは仕事で必要とされる言葉のため学習するのは当然かもしれないが、すべて日本語での出題は冷た過ぎる

▼批判を受けて国も漢字にふりがなを振ったり、試験時間を延長する改善案をまとめた。しかし抜本的な改善策には及び腰だ。労働市場の全面開放につながるのを恐れているためだが、だったら最初からこんな事業は始めるなと言いたくなる。<明窓>

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☆ うまい。あっぱれ! このコラム、的を射ている。思いやりの心が溢れている。それに比べて為政者の無慈悲な対応には、呆れ果てて・・・。あ・・これ以上吠えると、閻魔さまから、己はと叱られる。減らず口を閉じまする。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

仏足石歌 (ぶっそくせきか)

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 電源を入れ、起動音が響く。いつものようにパソコンが目覚めるはずが、あれれ? 焦ってボタンをあれこれ押してもだめ。データを失い、やり場のない怒りにうめく

▼連絡先や写真、読み返すはずもない過去のメールまで惜しい。人生の一部が瞬時に消しゴムで消されたよう。洗濯機で携帯電話を洗った友人には同情した

▼ヤフー子会社のレンタルサーバー障害で5千を超す顧客データが消失し、京都府立総合資料館(左京区)も被害を受けた。データセンターはいまや社会基盤だが、痕跡も残さず無になる恐ろしさはデジタル時代の病だ。

▼記憶を残したい心情は古代人も同じだ。<これの世は移り去るとも常葉(とことは)に/栄(さ)残りいませ/後の世のため/またの世の○○>。奈良の薬師寺にある石碑に、仏足石歌と呼ばれる21首が刻まれている。753年の建立で短歌より7字多い古い詩形だ。風雨にさらされ摩滅し、末尾2字を欠く

▼ピラミッドも紙の発明も、時を越えようとする記憶装置だ。記念碑の多くは忘却され、摩滅し自然に帰るだがデジタルデータ消失のような虚無感がないのはなぜだろう。手帳を失っても写真が色あせても、あきらめがつくのに

▼停電でデータが消える時もある。パソコンのバックアップはこまめにしたい。おまえのパソコンにろくな情報はないよと、同僚の心の声が聞こえるが。【梵語】

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◇ うい うぃ 【珍念】のコメントは『蛇足』です!

『シッコ』 マイケル・ムーア

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 誤って指を電動のこぎりで切った男性が病院に行く示された接合手術の代金は「中指は700万円薬指なら1400万円」。マイケル・ムーア監督の映画『シッコ』のワンシーンだ

▼男性は無保険だっため、手術を諦めてしまう。国民皆保険制度がない米国の、これが現実だ。ムーア監督は、カナダや英国などの現状とも比較し米国の医療を厳しく批判していた

▼国民皆保険は約100年前、セオドア・ルーズベルトが導入を図ったのが最初。トルーマン、ケネディ、ニクソン、クリントンらの各大統領も導入を試みては失敗に終わっている

▼オバマ大統領になってようやくめどがついた。しかし皆保険を目指した法律の合憲性が争われ、地裁や高裁では違憲の判決。おととい、最高裁で出た判断は5対4という僅差で合憲だった

▼「病気の沙汰も金次第」といわれる米国だ。金があれば、民間の保険に入り、安心して医療が受けられる貧困者は満足に病院にも行けない。無保険者は、日本の首都圏人口をはるかに上回る5千万人

▼何から何まで「自己責任」を旗印に突き進んできた国だ。これまでのやり方は限界に来ているのだろう。成果主義をはじめ、何かと米国流のまねをしてきた日本に、反省すべき点はないか。「河北春秋」

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◇「自己責任」成果主義をはじめ、何かと米国流のまねをしてきた日本に、反省すべき点はないか。大事な物を無くしたようです。私たちは、生活が豊かになれば幸せになると思っていましたが、ちょいと違うようです。 う~ん・・なにがぁ。それは、<言わぬが花>です。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

 

ルソーの手紙

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 電子メールが普及して手紙を書く機会が減ったと、いう人は多いのでは。そこで質問をひとつ。手紙と電子メールと、一番大きな違いは―

▼こういう回答はどうだろう。自分が送ったのを読み直せないのが手紙、いつでも読み返せるのがメール、と。だから、書くにあたっても手紙とメールとでは、心構えがかなり違う気がする

▼中には、手紙を出す前に複写しておくきちょうめんな人もいるから、一概には言えない。今年生誕300年の大思想家ジャン・ジャック・ルソーもそんな人だった。4000通を超す膨大な書簡が残されている

▼面白いのは、名もない“ファン”の身の上相談にまで丁寧に返信していること。再婚をめぐり迷う女性、自殺願望の青年…。青年へは「悲惨には、つねにそこから抜け出そうとする立派な夢が残っている」(E・ファゲ『考える人・ルソー』高波秋訳)と励ましを送っている

▼後世に大きな影響を与えた社会契約論、自然論教育論につながるヒューマニズムが読み取れる。返事をもらった人は、どんなにうれしかったか。何事にも手を抜かないのは真の偉人の証しだ。現代ならメディアの相談コーナーで人気回答者になったろう

▼さて、われら凡人。偉人の時代と違ってコピーも簡単だ。メールをたまには手紙にし、せめて備忘のためにとっておくなどしてみようか。きょうはルソー忌。

<卓上四季>

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆

◇ 考える人・ルソー (E・ファゲ著) 人は、何故、社会を作って暮らすのか。法律には何故、したがわねばならないのか。・・・・そんな問いを、けっして、口にしないのは、社会の現状の正しさを夢にも疑わず、自分の安楽な生活を第一に求めてどんな法律にも、無条件に、服従する人と聞いたら、二十世紀フランスの論壇を代表する、この本の著者ファゲは、大先輩のルソーと顔を見合わせ、心配そうに、口を揃えて、言うでしょう。

「その人は、昆虫の社会の一員だ。人ならば、社に同化するだけでなく、より自由、より平等な社会を作ろうと努力するはずだ。そして、間接的にもせよ彼も、その法律の成立に参加したのだし、その法律が、彼も認める正しさを、持っているからこそ、彼は、法律にしたがうのでは、ないのか。第一級の科学・技術国日本が、人類文化の精華である民主主義をも、早く体得することを期待したい」

そのように、この本は、社会と人間の関わりを根本的に考えさせる、さまざまの問題を掲げて、読者に議論を挑んで来ます。

◇ 難しい課題です・・【珍念】悩んでいます。「下手な考え休むに 如 ( し ) かず」消えまする!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「コラム執筆の心構え」

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「ネクスト・ワン(次の作品だ)」

 「自分の気持ちを手紙に綴(つづ)る感じで…」。全国紙の著名なコラムニストが雑誌のインタビューに答え、コラム執筆の心構えを語っている

 ▼当欄を担当し始めた4年前に読み、新米コラム書きには大発見だった。確かに約560字の当欄で詳しく情報を伝えようとすると字数が足りない。その頃から、「喜怒哀楽」を中心に書くよう心掛けた

 ▼振り返ると、甲子園春夏連覇した興南ナインの大活躍に喜び、普天間飛行場の「県外移設」の公約をほごにした民主党政権に心の底から怒った。東日本大震災の惨事に哀しみ、日々の楽しみを綴ったりもした

 ▼拙い「手紙」ながら、読者の方から何度かご返事をいただいた。温かい励ましの言葉が多かったが「主張が一方的だ」とのお叱りもあった。でも実名での的を射た指摘は勉強になった

 ▼「博学ですね」。こんな言葉をもらったりもしたが、気恥ずかしい誤解である。正直に明かせば、数時間前に知ったことを数年前から分かっていたかのように書きつらねる、綱渡りのような作業の連続だった

 ▼喜劇王チャップリンは、「代表作は?」との質問にこう答えている。「ネクスト・ワン(次の作品だ)」と。もし今度聞かれたら気取って口にしたいセリフだと先日メモ帳に書き留めたが、今回が「最後の手紙」になってしまった。【大弦小弦】

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◇う~ん !(^^)!! 【珍念のひとりごと】も「ネクスト・ワン(次の作品だ)」と。胸を張って

言えるように精進したい。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「課税の極意」は【羊を鳴かせないで毛をむしる】

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 17世紀のフランス。政治家、コルベールは国王ルイ14世に財務総監として仕えた。懸案の財政再建に取り組み、税収アップに辣腕(らつわん)を振るったコルベールは、こう言ったという。「羊を鳴かせないで毛をむしる。それが課税の極意」。

◇そんなことはできるのか。資料を当たってみるとコルベール流の課税は輸入される毛織物、砂糖などの関税を大幅に引き上げることに力点を置いていたようだ。これだと税を負担する分野は限られるから一つのやり方ではある。

◇同じ税でも日本の消費税はそうはいかない。子どもからお年寄りまでの大衆課税。野田政権は現行5%の税率を、2段階で3年後に10%へ引き上げる法案を国会に出している。

◇法案の衆院通過を受けた共同通信の世論調査で、増税に反対との回答は52・9%。賛成が44・6%あるものの、増税に毛をむしられるような痛みを感じる人は少なくない。野田首相は民の痛みにどう向き合うのだろう。

◇その昔、土佐のある農民は殿様にこんな書状をしたため生活苦を訴えたという。「いちいち申し上げます。苦(に)が苦がしゅうはございますが、散々の世悪に五穀はとれず、ろくな年でのうて難儀しよります。病気(やまい)になれば困ると、苦労に苦労をしておりますどうぞ年貢を納めるのを免じて下(くだ)さりませ」

(「土佐の昔話」日本放送出版協会)。

◇一から十までの数字を織り込んだ訴えは、昔のこととは思えない。 <小社会>

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Ikari21

珍念 「ごまめの歯軋り」なのだ

ロンサム・ジョージ逝く

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 怪奇小説「フランケンシュタイン」で有名な19世紀英国の作家メアリ・シェリーに、もう一つ有名な小説がある。21世紀末の未来を舞台にした「最後のひとり」(英宝社)。疫病で人類が滅亡するというとき、最後の一人になった男の独白がつづられている

▲男は無人の街をさまよいながら、「本を書こう」と思い立ち、まず献辞を記す。「傑出した死者たちに。亡霊たちよ、よみがえれ、汝(なんじ)の没落を読め! 見よ、物語を 最後のひとりの」

▲自分が人類最後の一人だから、これは誰にも読まれることのない献辞である。それでも書かずにはいられない。「これほどすばらしい業績と、無限の想像力と神のような力を持つ人たちが」、一体、なぜ地上から消えたのかを

▲南太平洋ガラパゴス諸島で最後の1匹が死んだ。ガラパゴスゾウガメの亜種で推定年齢100歳のオス、「ロンサム(孤独な)・ジョージ」。地上からまた一つ、生物の種が消えた

▲ジョージはカメだから、人間のようにものを考えることはなかったろう。それでも、その哲学者然とした風貌を見ていると、何か言いたそうに感じられてならなかったのは、このカメに人類の未来を投影して見ていたからに違いない

▲今、猛烈な勢いで種の絶滅が続いている。生態系の崩壊を放置すれば、いつか人類の番が来る。遠くでジョージが「見よ、物語を 最後の1匹の」と叫んだように聞こえたのは空耳か。【水ゃ空】

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◇ <東京と地方では、いまや視点が異なります。北海道から沖縄まで、ベテラン記者のコラムを読み比べてみませんか>・・!{よんなニユース}より無学の【珍念】毎日読まさせて戴いています。コラミストの迫真の筆致に、感動している。

あ・・『釈迦に説法』でした。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

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