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伯父さん

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  『ぼくの伯父さんの休暇』
 の舞台「サンマルクホテル」
 に立つ「ユロさん」の銅像

   
  フランスのジャック・タチが監督・主演した「ぼくの伯父さん」は1958年のアカデミー外国語映画賞を受賞した佳作だ。エスプリとぬくもりに富んだ作風を思い出す映画好きもおられよう

▼少年の「ぼく」は社長のパパよりも、ママのお兄さんで下町でのんびり気ままに暮らす伯父さんと心が通う。一緒に遊びながら、ちょっとした悪戯(いたずら)の楽しさも覚えてしまった

▼伯(叔)父、伯(叔)母は甥(おい)や姪(めい)からするとなんとなく不思議な存在でもある。<距離が微妙だ。近くて遠く、遠くて近い。生まれたときからずっと親しんでいるわけではないのだが、ある日、なにかのはずみに「あ、近い」という感覚に襲われ…>―評論家の芝山幹郎さんの一文が巧みだ

▼<甘える対象というよりは、興味の対象。親しみを覚えつつ、その人のことをなにかと知りたくなってしまう>という見方も分かる。両親とは別な息づかい、生き方を知ることで、世界が広がり子供は成長してゆく

▼ご当人たちは意識していないが、結果的に甥、姪が大人に近づいていく手助けをしている。それも、伯父さん、伯母さんの役回りなのだろう

▼親子ほどにべったりではなく微妙な距離感のある関係の方が、ややもすると教育効果が上がるのかもだが少子化で一人っ子が増え続ければ、「あ、近い」と感じる存在が、いずれは「貴重な存在」になってゆく。 <卓上四季>

○エピソード:1958年『ぼくの伯父さん』でアカデミー賞(外国語映画賞)を受賞して訪米する時映画会社の人間が「ジェリー・ルイス(当時人気絶頂とお会いになるおつもりがあるならば、セットしますよ。」と言った。

    ○彼は答えて、「ジェリー・ルイスと会う必要は感じません。もし会えるなら私はむし
    ろ、マック・セネットと会いたいです。」と言った

    ○当時、養老院で最晩年を送っていたマック・セネットはこれを聞いて大いに喜び、
    ジャックが深く愛したサイレント喜劇映画時代の仲間を呼び集め、ジャックを迎えて
    親しく歓談したという。そのメンバーとは、無声喜劇映画の巨星たち、すなわちバス
    ター・キートン、ハロルド・ロイド、そしてスタン・ローレル(オリヴァー・ハーディは前年
    に死去。) であった。

    ○アカデミー賞受賞時のスピーチの一節。 もしハリウッドがあれほどたくさん面白
    い映画を作っていなかったら、今夜私はここにいないでしょう。あの偉大なコメディア
    ン諸氏に対して、私は「伯父さん」ではないのです。私は彼らの甥っ子なのです。)
    <ウィキペディア>

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    ◇<伯(叔)父、伯(叔)母は甥(おい)や姪(めい)からするとなんとなく不思議な存
    在でもある<距離が微妙だ。近くて遠く、遠くて近い。生まれたときからずっと親しん
    でいるわけではないのだがある日、なにかのはずみに「あ、近い」という感覚に襲わ
    れ…>―評論家の芝山幹郎さんの一文が巧みだ> 
    一言居士の【珍念】・・・・コメントは『言わぬが花』です゜ .+:。(*´v`*)゜.+:。

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