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2012年5月

神山征二郎監督作品 「ふるさと」

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何といっても主演の加藤嘉の演技が素晴らしい。まるで素のままのような表情、動きが観賞者を映像世界へ、ぐいぐい引き込んでいく。

▼岐阜市出身、神山征二郎監督の1983年公開作品「ふるさと」。認知症が進む老人役で出演した時の演技だ。モスクワ国際映画祭の最優秀主演男優賞を受賞したのもうなずける。

▼舞台はダム建設工事が始まった旧徳山村。いきなり山肌を裂くダイナマイト、砂煙を上げて疾走するダンプカーのシーンから始まる。美しい自然に囲まれた静かな暮らしが揺らいでいく村の姿が物悲しい

▼公開当時見逃した、この神山監督の代表作を観賞する機会があった。旧徳山村出身者をはじめ、県内各地から集まった多くの人と一緒に、スクリーンに映し出される「ふるさと」の情景を見つめた。

▼上映会は樽見鉄道を応援するイベントの一環。会場となった本巣市の根尾文化センターは、終点の樽見駅の傍らにある。勢いを増す木々の緑の中をゆったりとしたペースで列車で向かう。車窓から懐かしさを誘う風景が広がる。

▼映画のラストシーン、村を去る一家が峠から別れを告げる。ダムに沈む村を自らの故郷への思いと重ねているのか、涙を流す観客も。心に沁(し)みる樽見鉄道の旅。それぞれの「ふるさと」につながっ

ているようだ。【分水嶺】

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◇福島原発事故で「ふるさと」を離れられた人達を思うと胸が痛みます。

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広沢安任に思いをはせる

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  1868(明治元)年に戊辰戦争で新政府軍に敗れた会津藩は、朝敵の汚名を着せられ廃藩の憂き目に遭う。翌年、斗南藩として再興が許されるが、新たな藩は現在の下北郡と上十三地区を中心とする旧南部藩の北部

▼石高は会津藩の23万石から激減して、わずか3万石。それも名目で、実際には7千石にも満たなかった。寒冷な荒れ地で、移住した藩士と家族約1万7千人は食料の確保もままならなかった

▼それでも、会津人気質が後の地域発展の土台をつくった。藩の要職にあった広沢安任は、廃藩置県で誕生した5県の合併を提言。旧藩士救済のために日本初の民間洋式牧場も開いた。中央政府入りを求められ、「野にあって国家に尽くす」と断った

▼青森県南には政治や産業、教育などの分野で尽力した会津ゆかりの人が多い。信義を重んじる気質は藩士の子弟の「什(じゅう)のおきて」を受け継いでいるせいか。虚言の戒めなどの最後に、「ならぬことはならぬものです」

▼近年、生活保護費の不正受給や脱法ハーブなど法律の隙間を縫うような問題が目立つ。法に触れなければ、発覚しなければ、何をしてもいいという風潮がひそかに進行しているようで不気味だ

▼最後の会津藩主の孫で、昨年亡くなった松平保定さんは「ならぬこと」を貫いた。靖国神社の宮司に推薦され、断った。「薩長が祭られ、賊軍とされた会津の戦死者が祭られていない。会津人として受けるわけにはいかない」と。【天鐘】

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  <武士道精神>
   あっぱれ!
   偉いです。

野田総理に、このような精神を求めるのは・・・?
「ネコに小判」{馬の耳に念仏}かなぁ。 (´;ω;`)ウウ・・・

「リーダーの条件」

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 いまこそ出番です!

               

 政界トップに立つ人たちの言葉遣いが荒っぽい。先日の国会では、野田佳彦首相が野党時代に麻生政権を批判して「日本の首相はバラク・オバマならぬバラマキ・オバカだ」といったことが自民党の石原伸晃幹事長から追及された。

 ▼首相は「妥当な表現ではなかった」と陳謝したが、追及した石原幹事長の言葉遣いも褒められたものではない。小沢一郎元代表の党員資格停止処分の解除をめぐる首相の手法を「バカで愚か」という言葉でこき下ろしていた。新聞の政治面を見ているとほかにも与野党幹部による「バカ」発言がいくつもある。

 ▼江戸初期、後に禅僧となった三河武士、鈴木正三が将が将たるために必要な七つの条件を挙げている。(1)先見の明がある(2)時代の流れを的確に読める(3)人の心がつかめる(4)自己の組織全体について構想を持っている(5)気遣いができて人徳がある(6)大所高所から全体が見渡せる(7)上に立つにふさわしい言葉遣いと態度ができる――の七つである。

 ▼作家の半藤一利さんが『文藝春秋スペシャル』最新号の対談で紹介していた。この条件に照らすといまの政界に君臨する人たちは、こと言葉遣いだけでも、将としての適格性に欠けている。

 ▼もちろん、残る六つの資質を備えているかどうかも怪しい。先見の明や構想力があり、時代の流れを読み、大所高所から全体を見渡す……与野党幹部の顔を思い浮かべてみると、心もとないことばかりである。【水鉄砲】

◇う~ん !(^^)! この未曾有の国難に真の英雄は残念ながらいない。いても 壊し屋で人望がない。金銭疑惑で穢れている。かく言う【珍念】悪しき煩悩に翻弄されている。(言うは易し行い難し)!【珍念】・・ 『ごまめの歯ぎしり』している。\(*`∧´)/

「次長課長」のお笑い芸 (@_@)

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 人気お笑いコンビ「次長課長」の河本準一さんが多くの収入を得ているのに、母親が生活保護を受けていたという。「むちゃくちゃ甘い考えだった

「税金を負担している皆さんに申し訳ない」。先日の記者会見で謝罪と反省の言葉が続いた。収入が増え始めた5、6年前からの受給分を返還する考えも示した

▼「初めからそうしておけば、よかったものを」と外野席からは意地悪な見方をしたくもなる。「国の金だ。もらえるものはもらっておこう」。そんな下心が見えるからだ。意外なのは、福祉事務所の人と何回か相談して決めたことだという。だから「問題があるとは想像もできなかった」とも。福祉事務所の担当者は一体、何を見て判断したのか。

▼全国で生活保護を受給している人は209万人を超えた。生活保護費も年々増え、本年度は3兆7千億円にこのままだと2025年度には5兆2千億円に増大するという。扶養義務者が責任を果たさない。そんな河本さんのようなケースがないのかどうか。国の借金は1千兆円。大盤振る舞いする余裕はなかろう。

▼国は生活保護費の支給水準引き下げを検討するという。自民党も10%引き下げを求めている。河本さんの例も議論を後押しする形になった。本当に困っている人たちが深刻な影響を受けることにならないか。そっちも心配になる。

▼「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と憲法にある。その精神を国も国民もうまく実行できない。情けない話だ。【天地人】

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

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いょう! 反面教師 あっぱれ。座布団 10枚差し上げまする。

◇<福祉事務所の人と何回か相談して決めたことだという。だから「問題があるとは想像もできなかった」とも。福祉事務所の担当者は一体、何を見て判断したのか> うぃ (@_@) それをいっちゃ、お終いですが。呆れ果てて怒りを覚える。

◇平成の平和呆けの時代の為せる業かなぁ?江戸時代でしたら、当事者と担当者は重罪は免れないでしょう。母親から高額の贈与を受けて脱税しても逮捕されない吾人が(敢て名前はいいません)いた。あぁ・・誇り高い武士道精神は何処に・・・?

◇余り興奮すると、残り少ない髪の毛が抜ける。

【珍念】 今日も 『ごまめの歯ぎしり』なのだ!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

お笑いくだされ~ぃ (*^_^*)

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 深刻に見えて実は単純なのだが、そこは文明に依存するだけの現代人が陥る落とし穴なのか。こんな失敗も、人間がはまりやすい初動ミスにあった

▼以前、パソコン送稿の際、ホテルの回線から繋がらなかった失敗に懲りて、今回の旅にはルーターと呼ばれる無線通信器具を用意したのだが、いざという段になって、パソコンがエラーメッセージを繰り返すばかり

▼これは、ルーターが欠陥商品だからなのではないかと、あらぬ疑いをかけたりしたが、そこは思い返し、ホテルのWi―Fi(ワイファイ)という無線通信環境に頼った。が、これもまったくダメ。結局白旗を掲げざるを得なかった

▼翌朝、未明に目が覚めた途端に昨日の悔しさ、無念さがこみ上げてきた。すると、ルーターを調べろという気になった。それは神の啓示だったのか。裏ぶたを開けて充電池を取りだし、接触部をいじってから「南無三」とばかりふたを閉めると、あら嬉しや天の岩戸が開いた

▼それからは一瀉千里。ここにIT時代の一つの象徴がある。それは「小難しく」考えてしまうということである。パソコンその他を扱っていて故障だと思い、電話をすると「電源が入っていますか」と真っ先に聞かれるのはその端的な例であろう。機械が動かなくなったら叩いてみろというのは、昔からの定法だった

▼ホテルの無線環境も役に立たなかったのではなくパソコンの設定がルーターのみに設定していたからだったと後で気付いた次第。大山鳴動してお粗末の一席でした。【世迷言】

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◇うい・うぃ(@_@) 粗忽者の筆者も度々初歩的なミスをしている。何でだろう! ふと、吉田兼好の「徒然草」のエピソードを思い浮かべました。

◇木登りの達人として名のある男が、ある人に命令して高い木に登らせて、こずえを切らせていた。非常に危なく見える高い場所では何も忠告しないで降りる時の、平屋の屋根ほどの高さになってから「怪我するんじゃないぞ。

◇ちゃんと注意して降りろよ」と言葉をかけていたので、「これぐらいの高さなら飛び降りたって大丈夫ではないですか。なんで今頃になって言うんです?」と聞いてみると

◇「それこそですよ。目がくらむほどの高い場所だったら、言うまでもなく自分自身で気をつけるものですよ。だから言わないのです。事故というのは、こういう安心できる場所になってから、大抵は起きてしまうものなのです」と答えられた。

◇ 身分の低い男であるが、言っているのは聖人の言葉となんら変わりがない。蹴鞠《けまり》の世界には、難関な箇所を、うまく蹴って、ほっと一安心した時にこそ、鞠を落としてしまい失敗するという法則があるそうだ。珍念、我が心の緩みに思い当たり、恥じています。

お笑い下され~ぃ! モジ(((*´ε` *)(* ´З`*)))モジ

戦中-戦後、一教師の歩み

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 瀬戸内海の寒村に赴任した、師範学校を出たばかりの女性教師と新1年生の出会いと成長。映画にもなった壺井栄の小説「二十四の瞳」は、読み返すたびに胸を熱くさせる

▼一方、京都市内の小学校に約40年勤め、2009年に亡くなった大橋まりさん。時代は十数年下がるものの、戦中-戦後の歩み、児童たちへの思いは小説の主人公・大石先生と重なる部分が多い

▼下京区の市学校歴史博物館が、企画展(8月28日まで)で大橋さんを取り上げたのには訳がある。遺族から寄せられた資料の整理作業中、1952年度に新洞小(左京区)を巣立った児童の卒業文集が学芸員の和崎光太郎さんの目にとまった

▼「人の心のあたたかさにふれた時 理くつなしに涙がこみあげます もののいのちのふしぎさ」。卒業生への大橋さんの言葉だ。「大切にしよう 自分のもひとのも すみっこにあるいのちを」の詩(一節)も残している

▼人の心のあたたかさ。命と仲間の大切さ-。そこには短くとも軍国主義の戦中教育を担った内面の苦しさや物がなく戦後の貧しい生活をともにした児童たちへの大橋さんの思いが凝縮されているのではないか、という

▼特別でも有名でもない。展示も写真や文集などありふれたものだが、激動の時代に悩みつつ児童と正面から向き合った教師がいたのは間違いない。現状と比べるか、小説の世界に思いをはせるか。受けとめ方はいろいろありそうだ。【凡語】

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 感動しました。
   かく 言う <珍念>
  (大橋まり先生)の
  ように、生きたい

「百点満点でした」

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 妻の靖子さんをがんで亡くした後のタレント、みのもんたさんの言葉が心に残る。「百点満点でした。生きているうちに何で言えなかったのかな」。

▼愛情表現にたけた欧米流と違って、連れ合いのことを思っていても、それをうまく口に出せない日本男性は少なくない。作家の城山三郎さんもそんな一人亡妻、容子さんとの出会いと別れをつづる「そうかもう君はいないのか」(新潮文庫)にこんな箇所がある。

▼容子さんはがんを患っても最後の最後まで明るく気丈に振る舞った。妻の姿に城山さんは感銘を覚える。「声なき声で、つぶやきたくなる。『生涯、私を楽しませ続けてくれた君にふさわしいフィナーレだった』と」。

▼この表現は控えめだが、5年前の城山さんの死後遺稿が見つかる。「天から妖精が落ちてきた」「久しぶりに夢でママに逢(あ)う」「相変わらず日に何度も『ママ!』…と話しかけている」。容子さんへのストレートな賛美、追慕が文面にあふれていた
 
▼触れたらやけどをするような熱い思いは、確かに口外しにくい。表現の難しいところだ。ただ妻を失った城山さんの痛手は普通ではなく、晩年は「半身を削(そ)がれた」状態で暮らしていたという。

▼初夏。センダン(オウチ)が薄紫の花を咲かせている。「妹(いも)が見しあふちの花は散りぬべしわが泣く涙いまだ干(ひ)なくに」。妻に先立たれた夫の悲しみは万葉の時代と少しも変わらない 【小社会】

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◇ コメントは『蛇足』です・・・・!(^^)!

「カモがハンドルを握っている」

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 現代生活に自動車は欠かせない。なぜなら―。英国の作家ジョン・キーツは、こう列挙したそうだ

▼<なにしろ自動車は、われわれの衣服を変え、礼儀作法を変え、社会的習慣を変え、休暇の過ごし方を変え、都市の形を変え、消費者としての購買パターンを変え、公衆の趣味を変え、○○の○○を変えた>。池澤夏樹さんの引用句集「叡智(えいち)の断片」(集英社文庫)にあった。大人のジョークなので、この場では、オチは伏せ字にさせていただいた(関心のある方は前掲書をどうぞ)

▼確かに自動車は暮らしの諸相を変えた。海外事情は知らないが、世界に冠たるクルマ大国・ニッポンの国交省役人なら「退職後の暮らしも支えてくれる」と書き加えるのではないだろうか

▼この前は、軽自動車の車検事務手続きで「協賛金」を無断で徴収していたことが発覚した。今度は、別の天下り団体で車検用紙代に元値の数倍の手数料を上乗せしていることが分かった

▼むしったり、かすめたり。ずいぶんマメだが、それもそのはず。一件当たりは少額でも積もれば山となる。1千万円を超える年収のOBもいるそうだ。道路を走る車を眺め、「カモがハンドルを握っている」とほくそ笑んではいないか

▼車検なしで公道は走れない。そこを狙って、巧妙に寄生の網を張り巡らすとは。知恵の働かせどころ汗のかきどころを間違えている。【卓上四季】

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 余りにも姑息な
 「木端役人」の仕儀に
 殺意を抱く。
 (思うだけですが)!

 学校で何を学んだのかなぁ【珍念】 <ごまめの歯ぎしり> している!

黒部の太陽

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 往年のスター石原裕次郎、三船敏郎両氏共演の映画「黒部の太陽」のノーカット版が44年ぶりに全国で上映されている。世紀の難工事といわれた富山県の黒部ダム建設に挑んだ男たちの熱いドラマだ

▼北アルプスに資材搬入用の長大なトンネルをくりぬく過酷な作業が描かれる。湧き水を含む地層の掘削に難渋する場面では大量の水を放出する演出で石原氏が負傷。命がけの撮影が話題になった

▼黒部ダムには、当時として破格の513億円と7年の歳月を費やし、作業員延べ1千万人が関わった映画を監督した故熊井啓氏は「戦後の日本が復興へ本格的な一歩を踏み出すための時代の要請だった」と自著に記す

▼この時期の電力は約半分を水力発電に頼っていた黒部ダム完成を報じた1963年6月の本紙は、黒部川水系のダムが全てできれば「大阪全市の需要をまかなってなお余る」と伝えている。発電への期待がうかがえる

▼その後の火力発電の増強、原発の登場で潤沢な電力が生み出され、日本は経済大国への道を突き進んだ。だが、熊井氏は「経済発展で得られた国力の増大をどう生かすかが問われるべきだった」と、成長一辺倒の時代には疑問も投げかけている

▼松本サリン事件などを題材にした社会派作品を多く手がけてきた熊井氏が、福島の深刻な事故を経て全原発が稼働停止した現状を見たら、どんな映画をつくったろう。熊井 啓(1930年6月1日 - 2007年5月23日)熊井氏が亡くなって、5年。【凡語】

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◇ 多くの監督作が『キネマ旬報』ベスト・テンに選出され、ベルリン国際映画祭やヴェネツィア国際映画祭の各賞を受賞した。日本を代表する社会派映画の巨匠である。(ウイキペディア)

◇ もっと長生きして映画を作って欲しかった。残念・無念です。きっと、今の民主党政権の摩訶不思議な自縄自縛、矛盾に嵌り右往左往している様子は、絶好の映画のネタでした。やんぬるかな後世にのこる「ブラックユーモア」の名作が出来たのに・・・

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人間ども集まれ

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  手塚治虫に思いを馳せる

人間ども集まれ 悪魔は脳細胞の中に自然への畏怖をなくし、傲慢になった人類には必ずしっぺ返しがくると思います。(『ガラスの地球を救え』より)
 
  科学とは本来、人間を幸福にするための技術ですなのに、いつの間にか科学の発展は人間のしあわせを置き去りにしてしまいました。新しい命をガラス容器の中で作り出そうとしているこの場面。

 ここには科学万能が生命の尊厳など二の次にしてしまう恐怖があります。科学が「人類のしあわせ」ではなく、「科学者たちのためだけのしあわせ」を追求しはじめたとき、地球は破滅の口を開くのかもしれません。 そこへと誘う悪魔はいつも、「科学」と向かい合う人の頭の中に潜んでいます。 (手塚治虫)

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【珍念】 昨夜・・悍ましい夢をみました。手塚治虫のマンガの一場面でした。

有名な科学者になり、悪魔に魂を委ね「ジキル」と「ハイド」の二面性を持った狂人でした。邪な一念の現れかも知れません。

マンガの読みすぎかなぁ?

恥ずかしいので こっそり消えまする モジモジ(。_。*)))

<ギリシャ映画界の巨匠、アンゲロプロス監督>

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 ギリシャ映画界の巨匠、アンゲロプロス監督の「旅芸人の記録」をご存じだろうか。第2次世界大戦が始まった1939年から戦後の52年にかけて、芝居を上演しながら地方巡業をする旅芸人一座を描いた75年の映画である

 先日、北島町創世ホールで開かれた群馬県の「沢入(そうり)国際サーカス学校」卒業生ら3人による公演「旅する道化師と大道芸人たち」を見て、この映画を思い出した。映画が描いたのは戦争の悲惨な歴史、サーカス学校の卒業生らが訴えたのは福島第1原発事故の悲劇だった

 日本で唯一のサーカス学校である同校。創立10周年を迎えた昨年3月、東日本大震災による原発事故が起き、170キロ離れた同校も国の除染基準を超える放射能に汚染された。西田敬一校長の判断で休校し、今年3月から西日本への巡業の旅に出た

 徳島は西田校長の妻久美さんの故郷。北島町創世ホールではハラハラドキドキの大道芸や懸命に生きる路上生活者を描いたパントマイムが披露され、大きな歓声が沸いた

 同校が休校したのは、若い女子学生への放射能の影響が心配だったからだという。巡業のワゴン車に張られた「原発はいらない!」の文字。それが学校再開への強い願いを感じさせた

 22日、東京スカイツリーが華やかに開業した日その騒ぎをよそに、反原発とサーカスの楽しさを訴える道化師らの旅は今月いっぱい続く。【鳴潮】

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◇ う~ん ・・・・ コメントは『蛇足』!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

挑戦の心〝さあ、これからだ〟

Tezuka1_3 ブラック・ジャック

 漫画家・手塚治虫氏が不遇を極めた時期の一つはそれまでの〝手塚ブーム〟が過ぎ去った昭和48年自ら設立した会社が倒産した時だ。作家の大下英治氏は当時、週刊誌の記者として手塚氏を取材した

▼失意のコメントを予想したが、手塚氏は普段通りに熱っぽく〝明日から漫画賞を目指して頑張ります〟と語った。すでに自身の名を冠した賞がある大御所の言葉に、大下氏は驚嘆した(大下英治著『手塚治虫――ロマン大宇宙』講談社)

▼〝賞を目指す〟といっても、手塚氏は、いわゆる名誉栄達を欲した訳ではない。〝漫画の神様〟との称賛に甘んじることなく、常に新しい分野に挑戦し読者の支持を得られているかを、厳しく自身に問い続けたのだ。この後、『ブラック・ジャック』『アドルフに告ぐ』など氏の代表作が誕生する

▼過去の「いい時」を振り返るのは甘美なもの。苦境の時は、なおさらだ。しかし、御書には「月月・日日につより給へ」(1190㌻)と仰せである。日蓮大聖人は常々、門下に〝さあ、これからだ〟〝今が未来の勝利を決める〟との覚悟で難を乗り越え大きく境涯を開いていくよう励まされた

▼苦しい時こそ、挑戦の心、前進の一歩を。その積み重ねの先に、人生の勝利がある。【名字の言】

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◇ コメントは 、即 『実行』することです。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「天地明察」と「サダハルの梅」

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 2010年に本屋大賞を受賞した「天地明察(冲方丁(うぶかたとう)著)」は江戸時代の天文学者渋川春海の生涯を描いた作品だ。渋川は月食など天体の観測・予測を通して、より正確な暦を作り、改暦を実現させた人物として知られる

 ▼日本では太陽暦が採用されているが、人類の歴史は、太陽と月なくしては語れない。数多(あまた)の学者が、天体と格闘し続け宇宙の不思議を解明し、未来を予測してきたことに、わくわくする

 ▼昨日、一部の地域で金環日食の観察が出来た。5年前、本島各地で金環日食が見られた。海邦国体夏季大会のころで、全国的に話題を集めた

 ▼ことしは6月6日に金星の太陽面通過があり、8月14日には金星が月に隠れる金星食が見られる金にまつわる観測が多く、天文のゴールデンイヤーと言われている

 ▼太陽や月など、地球を取り巻く天体は人々の生活に、より深い味わいと彩りをもたらしてきた。旧暦は、今もウチナーンチュの生活基盤とも言える大切な暦である

 ▼「天地明察」にこんな一説がある。《星は答えない。決して拒みもしない。それは天地の始まりから宙(そら)にあって、ただ何者かによって解かれるのを待ち続ける》。かなたの天体に、より豊かな生活へのヒントが隠されているかもしれない。【大弦小弦】

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◇う~ん (@_@) 宇宙の森羅万象を司る根源の力。永遠なる真理・哲理を解き明かされた根源の教えは何処に!不肖:【珍念】聊か知っていますが誤解を被るので口を閉じまする。

 (サダハルの梅)に思いを馳せる。

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人気ドラマ「善徳女王」の中に<サダハルの梅>が登場する。

◇ミシルは真興王の寵愛を受けていたが、絶対権力者となり得たのにはあるきっかけがあった。まだミシルが初々しさの残る可憐な少女だった頃。まだ、眉は吊り上げていい!

◇ミシルには花郎のサダハムという愛しい人がいたしかし、彼が伽耶との戦にいっている間に、ミシルはセジョンと結婚してしまったのだ。その後、サダハムはミシルに梅と箱を残し死んでしまう。

◇今も心に残る初恋とは…こうして、ミシルの初恋はあえなく終わってしまったが、サダハムの残した箱の中の1冊の本が、今後のミシルの人生を大きく変えたのだ。

◇サダハムが残した本は「大明暦」という中国の暦(詳しくは「新羅王国」豆知識で) 伽耶の国に戦に出かけたサダハムが持ち帰ったもので、本来、王に渡すはずのものをミシルに託したのだろう。最後に、トンマンとチョンミョンがあるアジトで処刑されそうになる、と記したが、その原因は雨乞いにだった。天気予報のない当時、水不足に苦しむ民たちは干ばつを何より恐れていたのだ。

◇「大明暦」は、劉宋・南斉の祖沖之によって編纂された太陰太陽暦の暦法で、当時、最新で最も正確な暦だったと言われている。この暦を使って、誰もできなかった雨乞いをミシルがやってのけたのだ。というよりは、雨が降る日に合わせて雨乞いの儀式に出て、いかにもミシルの雨乞いのおかげで雨を降らせたと民を錯覚させたのだ。その後もミシルは、ヨハム山の大師・ウォルチョンの力を借りて様々な予言やシャーマン的な能力を発揮し、権力を手にしていくのだ。まあ、ミシルのバックには気象庁がついているようなもので、これは心強い!

◇古代社会においては暦を知るものが権力の座につくことができたのであり、王権を担保する必要条件だったとも言えるかもしれない。

◇たとえば現代ではコンピュータを使って日食や月食の起こる日、時間を正確に予測することができるが、ミシルの時代においてそれを可能にするのはまさに神業としか言えない最先端の知識・技術だったそれを知るのはほんの一握りの人たちだけだったのである。

今日も【珍念】の減らず口は、絶好調です!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

〝心のアンテナ〟を磨く

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  アメリカのある学校の授業中、実験用のネズミが逃げ出した。その時、教師はクラスの生徒の中で一人の盲目の少年に探し出すよう頼んだ。なぜか。その子には、視力をもしのぐ、〝鋭敏な聴力〟があることを知っていたからだ

▼後に少年は、その聴力を生かし、世界的音楽家に大成した。その名は、スティービー・ワンダー。彼は述懐している。「自分の持つ能力を先生が認めてくれたそのときに、新しい人生がはじまった」(D・カーネギー著『人を動かす』山口博訳、創元社)

▼先月の座談会で、心温まる光景を目にした。終了後、記念撮影が提案されると、仕事着で駆け付けていた青年が「汚れているので」と座を外そうとしたすると一人の婦人が言った。「何言ってるの! あなたが一番、輝いてるわよ」。青年の顔に笑みが広がった。以来、消極的だった彼は一変した。勇んで対話に挑戦するように

▼若い命は、自信を持てば大きく伸びる。大切なのは、一歩の努力、一つの挑戦でも見逃さず、心を込めてたたえること。そのために、励ます側が絶えず後継の成長を祈り、〝心のアンテナ〟を磨いていくことだ

▼人材を育てる人は〝大人材〟この自覚で、青年を未来っ子を、声も惜しまず励まそう。【名字の言】

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Tine  旨い。凄い、あっぱれ。「コラムニスト」の迫真の筆致に感服しました。

 これ以上は『蛇足』!

健啖家[けんたんか](*^^)v

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 シャーロック・ホームズ、ポアロ、そしてメグレ警視は世界中で読み継がれる探偵小説シリーズの主人公。どれも幾度読んでも謎解きは新鮮な一方、ポアロ作品には何十種ものオムレツが登場するように彼らの健啖家[けんたんか]ぶりはグルメ必読

▼シリーズを下敷きにした料理家ファニー・クラドック著「シャーロック・ホームズ家の料理読本」(朝日文庫)は涎[よだれ]を一段と誘う。ホームズとワトソンに腕を振るってきたハドソン夫人が引退後、2人の好物レシピと思い出を語る体裁だ

▼臓物料理やビールスープ、マコロン・ガトー…物語はヴィクトリア朝全盛期ロンドンの食文化を伝える貴重な記録であり、食の風景が物語を盛り上げることも証す

▼西尾忠久・内山正著「ベルギー風メグレ警視の料理」(東京書籍)は作者シムノンとメグレ警視ゆかりの地を訪ねて好物はもちろん、ベルギーの料理と酒の本格ガイド。どちらも読み方次第で一味違った興趣が楽しめる好例でもある

▼料理本は売れ筋の最右翼だが最近は“うち飯”ブームも後押し、書店の棚はあふれかえるほど。中でも漫画に描かれた“漫画めし”のレシピ集「花のズボラ飯 うんま〜いレシピ」(主婦の友社)などが相次いで刊行され大人気。

▼梅本ゆうこ著「マンガ食堂」(リトルモア)は「ドラえもん」などに登場する料理の再現。詳細はきょうの読書欄に譲るが、会社員の著者が「話の流れや状況から材料、作り方を推測。その行程が面白く」て自作した300品からブログでも話題を呼んだ49品を収める。はて舌に合うのか!?「大自在」

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◇ 【百聞は一見に如かず】りんごの味は食べてみないと分からない! キノコや野草は毒を含んでいるのもある。くれぐれも、ご用心あるべし。

○ 池田名誉会長は、50年前。ある会合で「経済政治・社会の根本とは何か、順々と指導を進めた。生命なくして、経済も、教育も、社会も、政治もありません。

○一切が、人生、社会の幸福を追求するための分野なのです。「根本は全部人間です。生命です。その生命とは何かという根本解決の道が宗教じゃありませんか」と。

○〝人間は、何を信じるのかによって、生き方、考え方が決まっていく。宗教とは、その生き方の根本となる教えである〟○ ゆえに、その教えの高低浅深を考察、検証し、対話していくことは、人間が幸福を勝ち取るうえで不可欠な問題といえよう。 あ・・つぃ調子に乗ってこれ以上は、『釈迦に説法』・・口を閉じまする。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

子どもゼロの日

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 数字を積み上げたり時を刻んだり。ネット上にはさまざまなカウンターが公開されている。有名なのは国の財政赤字額を刻々と示すページだが、こちらは考えさせられる「秒読み」だ

▼「日本の子ども人口時計」。少子化が続く日本で15歳未満が1人になるまでに残された時間を示すけさ7時現在では36万4875日0時間46分7秒となっているはずだ。東北大経済学研究科の吉田浩教授らが、「その日」を千年後の3011年5月とはじき出した

▼少子化どころか「無子化」時代を描いた映画があった。英米合作の「トゥモロー・ワールド」。人類が生殖能力を失い、2027年に地上から18歳未満がいなくなる。奇跡的に妊娠した女性を、主人公の公務員が懸命に守る

▼小説「人類の子供たち」(P・D・ジェイムズ、ハヤカワ・ミステリ文庫)が原作。市街戦の中、女の赤ちゃんが生まれる。兵士の一人が「赤ん坊を抱いたら泣けてきた。あまりにかわいくて、本当に小さい」と、銃を下ろすシーンは印象に残る

▼物語で不妊の原因は謎とされたが、日本の少子化の原因はほぼわかっている。必ずしも若い夫婦が子どもを望んでいないわけではない

▼「秒読み」は仮想だとしても絵空事と言えるか。子どもは「あまりにかわいい」だけでなく希望そのものだ。日本のカップルには、望めば授かれるような手だてが要る。【卓上四季】

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◇ コメントは「蛇足」! 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

あっぱれ、ケインズ

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  英国の経済学者ケインズは母国の経済が不況に陥っている時、記者団からこう問われた。「長期的に見て、われわれは、どうなるのでしょう」。目先はともかく、経済の長期的な見通しはどうなのかという質問である。

▼ケインズほどの大学者にも難しい問題だろう。だが彼は「さよう、長期的に見れば」と質問を引き取った。そして一呼吸置いて、言った。「さよう、長期的に見れば、われわれはみんな死んでいる」。

▼記者の「われわれは」という言葉を文字通り受け取って、質問をひらりとかわす。「あっぱれ、みごとなことばさばき」と、外山滋比古さんが「ユーモアのレッスン」で紹介している。ジョークを好む英国らしい話だ。

▼不況や失業対策には、政府が減税や公共投資などで積極的に介入すべきだというケインズ理論。リーマン・ショック後の不況脱出へ先進国がこぞって大規模な財政出動を行い、再評価された。だが財政を預かる当局には「ケインズ嫌い」が少なくないという。

▼日本はバブル崩壊後、公共事業や減税などの大盤振る舞いを行った。しかし景気は思うように回復せず、その代わりに膨大な借金が残った。やはり財政には規律も必要だ。

▼現在の消費増税論議は、何も財務省に「ケインズ嫌い」が多いせいでもあるまい。長期的に見ればわれわれはみんな死んでいるが、子孫に残したのが借金の山ではジョークにもならない【小社会】

     ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

91    う~ん !(^^)! 

   この病を癒す処方箋は・・・(@_@)

   幼稚な【珍念】良い考え浮かびません。

   邪な考えは泉のように湧きますが!

               今日も減らず口は、絶好調です。 r(^ω^*)))

「看護師だからできること」

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「白衣の天使」

 看護師で随筆家の宮子あずささんは就職当時、結婚を約束していた男性から別れを告げられ、精神的に参っていた。だが、看護師の仕事のおかげで立ち直る。「患者を励ますことで、自分自身をも励ますことができた」という。

▼ エッセー集「看護婦だからできること」(集英社文庫)に書いている。看護師の仕事がいかに魅力的か。その一例として挙げている体験だ。この時に「弱い人間は、人を励ます側に回った方が生きやすい」という哲学も見つけた。だから、落ち込む度に看護師であることに感謝するとか。

▼ 「白衣の天使」という言葉は大嫌いだという。が本当に「天使」になることがある。亡くなった患者を拭き清めたり、新しい着物に着替えさせたりする時だ。ひげを剃(そ)り、直前の何日間かきれいにしてやれなかった分、頭から爪先まできれいにしてあげたいと思うらしい。そんな看護師の気持ちを初めて知った。

▼ 患者の容体急変に「なぜもっと早く異常に気が付かなかったか」と悔やむ看護師。若い母親を救えなかったやりきれなさに、泣きながら蘇生を続ける研修医。病院にはさまざまな人間ドラマがある。「感動する能力さえあれば、本当に面白く、学びの多い仕事」。宮子さんがそう言うのも分かる気がする

▼ 看護婦精神のかがみとされるナイチンゲールは、1820年5月12日に生まれた。それにちなみ先週は看護週間。ちょうど「県立保健大から100人が看護師国家試験合格。合格率98%」と本紙にあった。何とも頼もしい。 【天地人】

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・

☆ 【珍念だからできること】を、肝に銘じたい!  (*^.^*)

「恥を知れ」を校訓の大妻女子大学

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  男こそ必要な「恥を知れ」

 「恥を知れ」を校訓としている学校がある。東京都千代田区に本部を置く大妻女子大学である。女性だけではない。男性にこそ必要な言葉だ。自民党の野中広務元官房長官はそう考えているに違いない。

▼「男は恥を知るものだ。のうのうと沖縄に来て県民に泥をかけるのか」。沖縄復帰40周年の記念式典会場で、鳩山由紀夫元首相を見かけて、苦言を呈したという。先日の読売新聞が報じていた。

▼野中氏の怒りは理解できる。自民党政権下で進められてきた、米軍普天間飛行場の移設のための話し合いを台無しにしたのが、鳩山氏だ。衆院選前の沖縄で訴えた、「最低でも県外(移設)」の公約は今から振り返れば詐欺に等しい。

▼案の定、政権奪取後その舌の根の乾かぬうちに自らの主張を撤回して、移設先を名護市辺野古地区とする日米合意を結んでいる。その後も、日米同盟を維持しながら、地元の負担を少しでも軽くしようと奔走する人たちを、愚弄するような発言を続けてきた。

▼今回も鳩山氏は「のうのう」と沖縄を訪れただけではない。「『最低でも県外』という気持ちを果たさなければ、沖縄の皆さんの気持ちを十分理解したと言えない」。宜野湾市での講演で、首相時代の決定を再び覆してしまった。外務省の中止要請を振り切って、イランを訪問し、まんまと利用されて帰ってきてから、まだ1カ月ちょっとしかたっていない。

▼大妻女子大学の創立者、大妻コタカによれば、「恥を知れ」とは、自分の良心に自ら鞭(むち)打つ、自己反省の糧となる言葉だという。鳩山氏も、自分に向かって言ってみたらいかがだろう。どんな苦言も、この人には蛙(かえる)の面になんとかだと、わかってはいるのだが。[産経抄]

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Photo4 鳩山元首相に

 ピッタリ符合する。

 コメントは 「糠に釘」!

さようなら佐藤順一さん

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 佐藤順一さん、今はどの辺りでしょうか。告別式から5日、まだ極楽浄土への旅の途中ですね。わが社に40年近く勤務し、最後は激務の販売局長。お疲れさまでした

◇59歳での旅立ちはあまりに早すぎました。急性心筋梗塞による突然の死。荼毘(だび)に付される直前ひつぎの小窓からあなたの顔を拝んだ時、声を上げて泣きました

◇残された奥さんと3人の息子の悲しみの深さは、想像も及びません。告別式で歯を食いしばってあいさつした長男は、立派でした。さすが、あなたのせがれです

◇あなたを思うと、「雨ニモマケズ」が浮かびます東ニ病気ノコドモアレバ、西ニツカレタ母アレバ…東奔西走して皆の世話を焼く。それを苦にもせず、イツモシヅカニワラッテイル誠実な人でした

◇あなたほど信頼の厚い人間を他に知りません。人と人を結ぶ懸け橋となり、地域の幸福と繁栄を願う全国紙とはひと味違った地方紙の、新聞人としての一つの理想型でした

◇あなたのような人間がわが社にいたことを、誇りに思います。あなたが大切にした読者にお誓いします郷土へ傾けた順ちゃんの思いを引き継ぎ、日々の紙面作りに努めると 【いばらぎ春秋】

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・

☆ 佐藤順一さんのご冥福をお祈り申し上げます。珍念も佐藤さんのような生き方をしたい!

「少年と自転車」

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 「パパはきっと迎えに来る」。そうであってほしいと自分に言い聞かせているのだろうか。その言葉はけなげで、いじらしい。張り裂けそうになる思いを必死にこらえているかのようだ

◆12歳の少年シリルは父親と2人暮らしだが、ある日児童養護施設に預けられる。「少年と自転車」は、その姿を描いた欧州の映画である。家庭に恵まれない子どもたちと共同生活を送るシリルは、「パパに会いたい」との一心から施設を抜け出す

◆「家に帰りたい」との息子の願いを、父親は拒む幼い身にはその仕打ちはあまりに厳しい。崩れそうになる心を、たまたま知り合った美容師の若い女性が受け止める。里親として、週末に一緒に暮らすことで

◆「教育は母親のひざの上で始まる」と言ったのは英国の科学者バローだ。子どもは親と触れ合いながら決して切れない絆を探し求める。血のつながりのない美容師の女性も、シリルとの糸をつむぎだそうと努力する。その映像に、すべての里親の姿が重なって見える

◆神戸市の家庭養護促進協会は、里親を探す「愛の手運動」を半世紀にわたって続けてきた。家庭に迎えられた子どもの数は1100人を超える。その功績で、今年の神戸新聞平和賞に選ばれた

◆「きっと誰かが迎えに来る」。その願いをかなえるためには、もっと多くの「愛の手」を差し伸べたい。いつか思いは通じると、どの子も信じられるように。【正平調】

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  感動しました。

伯父さん

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  『ぼくの伯父さんの休暇』
 の舞台「サンマルクホテル」
 に立つ「ユロさん」の銅像

   
  フランスのジャック・タチが監督・主演した「ぼくの伯父さん」は1958年のアカデミー外国語映画賞を受賞した佳作だ。エスプリとぬくもりに富んだ作風を思い出す映画好きもおられよう

▼少年の「ぼく」は社長のパパよりも、ママのお兄さんで下町でのんびり気ままに暮らす伯父さんと心が通う。一緒に遊びながら、ちょっとした悪戯(いたずら)の楽しさも覚えてしまった

▼伯(叔)父、伯(叔)母は甥(おい)や姪(めい)からするとなんとなく不思議な存在でもある。<距離が微妙だ。近くて遠く、遠くて近い。生まれたときからずっと親しんでいるわけではないのだが、ある日、なにかのはずみに「あ、近い」という感覚に襲われ…>―評論家の芝山幹郎さんの一文が巧みだ

▼<甘える対象というよりは、興味の対象。親しみを覚えつつ、その人のことをなにかと知りたくなってしまう>という見方も分かる。両親とは別な息づかい、生き方を知ることで、世界が広がり子供は成長してゆく

▼ご当人たちは意識していないが、結果的に甥、姪が大人に近づいていく手助けをしている。それも、伯父さん、伯母さんの役回りなのだろう

▼親子ほどにべったりではなく微妙な距離感のある関係の方が、ややもすると教育効果が上がるのかもだが少子化で一人っ子が増え続ければ、「あ、近い」と感じる存在が、いずれは「貴重な存在」になってゆく。 <卓上四季>

○エピソード:1958年『ぼくの伯父さん』でアカデミー賞(外国語映画賞)を受賞して訪米する時映画会社の人間が「ジェリー・ルイス(当時人気絶頂とお会いになるおつもりがあるならば、セットしますよ。」と言った。

    ○彼は答えて、「ジェリー・ルイスと会う必要は感じません。もし会えるなら私はむし
    ろ、マック・セネットと会いたいです。」と言った

    ○当時、養老院で最晩年を送っていたマック・セネットはこれを聞いて大いに喜び、
    ジャックが深く愛したサイレント喜劇映画時代の仲間を呼び集め、ジャックを迎えて
    親しく歓談したという。そのメンバーとは、無声喜劇映画の巨星たち、すなわちバス
    ター・キートン、ハロルド・ロイド、そしてスタン・ローレル(オリヴァー・ハーディは前年
    に死去。) であった。

    ○アカデミー賞受賞時のスピーチの一節。 もしハリウッドがあれほどたくさん面白
    い映画を作っていなかったら、今夜私はここにいないでしょう。あの偉大なコメディア
    ン諸氏に対して、私は「伯父さん」ではないのです。私は彼らの甥っ子なのです。)
    <ウィキペディア>

    ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

    ◇<伯(叔)父、伯(叔)母は甥(おい)や姪(めい)からするとなんとなく不思議な存
    在でもある<距離が微妙だ。近くて遠く、遠くて近い。生まれたときからずっと親しん
    でいるわけではないのだがある日、なにかのはずみに「あ、近い」という感覚に襲わ
    れ…>―評論家の芝山幹郎さんの一文が巧みだ> 
    一言居士の【珍念】・・・・コメントは『言わぬが花』です゜ .+:。(*´v`*)゜.+:。

「生涯無熟」という言葉

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左: 南方熊楠     右:森浩一

 

 

 何事によらず、その道を究めた人の話は面白い。たとえ短い話であっても、記憶に残る言葉が必ず含まれている。今年の南方熊楠賞を受賞された森浩一さん(83)の受賞あいさつでも、そんな言葉があった。

▼一つは「研究とは、自分のかい性でやるもんや」そういって「僕は生涯、どこからも援助を受けずに自分のカネで研究を続けた」「代わりに生活は簡素を心掛けた。ネクタイなんて自分を飾るものは1本も持ってないし、散髪にも半年ほど行ってない。髪が長くなったら嫁さんに切ってもらう」と続けた。原発の安全性を審査する第三者機関の委員を務めながら、電力会社から巨額の寄付を受けて恥じない研究者たちに聞かせたい話である。

▼もう一つは記念講演の最後に飛び出した。「一生に一度ぐらいは、命がけで遺跡の保存運動をやらなければ考古学者じゃない」。ともに軽い口調だったが、日本の考古学研究史に確かな足跡を残してきたという自負と、一度も官途につかず、研究を続けてきた矜持(きょうじ)がいわせた言葉だろう。

▼そういえば「賞なんて、グリコのおまけみたいなもの。生涯もらわんとこ」という司馬遼太郎さんとの在りし日の会話も紹介されていた。

▼受賞記念の色紙に書かれた「生涯無熟」という言葉も味わい深い。未熟でもなく成熟でもない。その言葉には、日々新たな気持ちで研究対象に接し、向上心を持って生きる覚悟が示されていた。【水鉄砲】

○南方熊楠賞について南方熊楠翁は慶応3年(1867)4月15日和歌山市に生まれ、幼時より天才の名をほしいままにし、東京大学予備門(現東京大学)に入学、2年後退学渡航、米国各地、西インド諸島を彷徨、菌類・地衣類を採集、後英国に渡り大英博物館に迎えられ、「ネイチャー」「ノーツ・アンド・クィアリーズ」に多くの論考を発表、その学識の深さは古今東西にわたり碩学の名をほしいままにする。

     明治33年(1900)帰国、明治37年(1904)より田辺に居を定め、粘菌・菌類の研究
     に没頭、数千点に及ぶ彩色図を完成するとともに、自宅の柿の木から新種の粘
     菌を発見、ミナカタの名を冠せられた。

     また、エコロギー(エコロジー=生態学)という言葉を使い、明治政府が推進した
     神社合祀に反対するなど自然保護に尽力した。  民俗学関係については、日本
     民俗学の父といわれた柳田国男氏をしてその学殖の豊かさに驚かしめ、種々の
     点につき質問を受け、回答したものが往復書簡集として発行されている。

     昭和4年(1929)昭和天皇を神島に迎え進講、昭和16年(1941)永眠。(南方熊楠
     邸保存顕彰会)

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      ◇かく言う【珍念】も 「生涯無熟」を肝に銘じたいこれ以上は『釈迦に説法』!

      \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「どうして大人は遊べないの」

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   ある晩プラモデルを作りながら息子が「どうして大人は遊べないの」と問い、父親は「いま一緒に遊んでいるじゃないか」と困惑気味に答える―。スウェーデンを代表する児童文学作家ウルフ・スタルク著「ちいさくなったパパ」の冒頭の一節だ

▼父親が翌朝起きると自身の体が少年に戻っており物語は急展開する。息子と砂場でレスリングに小屋作り。2人は飽きずに同じ遊びを繰り返す。父は子どもの世界を満喫し、息子の成長を目の当たりにする

▼この一冊は、娘の小学校で読み聞かせる本を図書館で探し、見つけた。親の考えを押しつけ、子どもの「わがまま」を叱りがちなわが身を省み、子どもの目線に立つ大切さを痛感した

▼著者は児童文学各賞を受賞。作品は世界20言語以上で翻訳されている。その中の一つ「おじいちゃんの口笛」は文化庁の事業の一環で、県内の小学校を含め全国で上演されている

▼自叙伝色合いが濃い「うそつき天才」では、空想にふける少年がやがて文学の楽しさに触れ、作文の時間に才能を開花させる。著者はある講演で「空想には空想の真実があり、人生をより楽しくさせる」と語った

▼時間に追われ気ぜわしいご時世だからこそ、大人も想像や夢を膨らませたいものだ。読み聞かせで子どもたちが喜ぶ姿を思い描くと心が和む。人生にそんな楽しみ方があってもいい。<金口木舌>

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      旨い。あっぱれ!
      コラミストの慧眼は

   「頂門の一針」
    < 畏れ入り屋の鬼子母神>

皇帝ピウスと聖天子堯  

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 紀元1~2世紀のローマ帝国では「5賢帝」と呼ばれる賢明な皇帝の統治が続いた。中でも15代皇帝ピウスの時代はずっと平和だった。奴隷解放の機会拡大など人道的施策も行った

▼ピウスの時代は「歴史がなかった時代」とも評される。裏を返せば、歴史に刻まれるのは戦争、圧政などほとんどが悲劇なのだ

▼中国の歴史書「十八史略」には「帝力なんぞ我にあらんや」という言葉で知られる逸話がある。古代の伝説的聖天子・堯が身をやつして庶民の暮らしをのぞくと、老人が食べ物をほおばり、腹をたたきながら「井戸を掘れば水が飲める。田を耕せば食える皇帝の力なんか俺には関係ない」と言った。それを聞き、堯は「自分の治世はうまくいっている」と満足した。堯の時代も「歴史がなかった時代」だったのだろう

▼日本にもバブル期ごろまで似たような時代が時折あったようにも思うが、今は違う。不安の中、人々は以前より政治を強く意識しているように感じる

▼こういう状況で人々が登場を期待する政治家はピウスでも堯でもない。大衆受けする言説をふりまく機にさとい剛腕タイプである場合が多い。だが、そういう政治家が権力を乱用し、全体主義に導いた歴史の教訓もある。「本物の賢人」かどうか、見極める目が必要だ。「雷鳴抄」

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◇ 〝天才と狂人は紙一重〟 ・・・ (@_@)

<「本物の賢人」かどうか、見極める目が必要だ>それを、幼稚な【珍念】に 教えて下され~ぃ!   \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

5月13日「母の日」お母さん、ありがとう

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「母の世紀」の21世紀は「喜びの世紀」

○ 母よ! 嬉々として 一家を和楽にしゆく賢明なる救済者たる母よ! 喜びも少ない
苦労の多い母よ!

○ お化粧する時間も少なく ひたすらに夫のために 子どものために そして社会のために 働きに働き抜いている尊い 尊い姿!

○ 病弱な夫や 子どもに対しては ノーベル賞を受賞した。世界的な健康博士となって看護し 祈り抜くナイチンゲールの心を 持った母!

○ どこの地域でも どこの座談の世界でも心から 感謝の思いを もたらしゆく
不思議なる母の 無作の働き!

○ 母たちのスクラムは 世界への平和運動の行進となった。地球の果てまで母たちの賢い 現実に即した足音は轟はじめた! 時代と共に!いや時代が来たのだ。

○ この いまだかつてない 世界最高の平和と文化の大行進を 狭小な日本の文化人は見て見ぬふりをするだろう

○ けれども 賢明なる 多くの世界の歴史家が必ずや 真の平和の救世主たる 母たちを無限に讃嘆し 賞賛し 誇り高く そして また誉も高く書き残していくに違いない

○ 21世紀は「女性の世紀」と言われる。真の女性の世紀は 「母の世紀」である

○ 砲弾の飛び交う 戦乱の時代もあった。食糧もなく 極貧の暗い時代の世紀もあった。しかし 母たちは屈服せず 戦い抜いてくれた

○ この尊き母たちの太陽の光によって人間賛歌の「喜びの世紀」が到来した。
真実の文化と、平和の燦々たる太陽が昇った。仏法という、慈悲と生きる歓びの不滅の太陽が昇った。

□ 池田大作(いけだだいさく)1928年東京都出身。81年、世界芸術文化アカデミーから「桂冠詩人」称号が贈られる。このほか「世界桂冠詩人」賞「世界民衆詩人」称号、「世界平和詩人」賞を受ける。写真芸術の分野では、フランス写真博物館の「名誉会員」、オーストリア芸術家協会の「在外会員」に就任している。

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 コメントは【蛇足】です

「先行衝動」

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  ドライバーが先を急ぐのは「先行衝動」に駆られるから、という説がある。生き抜くため人に先んじて食物のある場所に到着しなければならない。こうした生来の行動が、事故の原因となる速度超過や無理な追い越しなどにつながりかねないという。(『交通事故防止の人間科学』松永勝也)。

 京都、千葉、愛知…集団登校中の子どもが巻き込まれる事故が相次いだ。「寝ずに夜通し運転し、ふっと意識がなくなった」「考え事をしていて前を見ていなかった」「ぼーっとしていた」。事故直前の状態にあきれて言葉が出ない。いずれも若年運転者よもや「注意力散漫」の遺伝子を受け継いでいる訳ではあるまい。

 「ゾーン30」をご存じだろうか。生活道路など一定区域で乗り物の速度を時速30キロ以内に規制する対策だ。子どもの急な飛び出しなどに対応可能な速度で、重大事故を回避するという。欧州で早くから取り入れられ、本年度から全国で本格的に整備が進められるそうだ。

 安全に絶対はない。先日、青森市でスクールゾーンに進入した違反車の取り締まりが行われた。通学路の見守りなど、できることを積み重ねるしかない車の衝突を防ぐシステム開発が進むが、やはりドライバーが安全意識を持ち続けることに尽きる。

 <アノネ/どんな車よりもね/構造が複雑で/運転がむずかしい/車はね/じぶんという名の/この車なんだな/そして/一生の運転手は/じぶん>(『車』相田みつを)。運転と同様に、心の制御技術を磨くことだ。 【天地人】

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◇<運転と同様に、心の制御技術を磨くことだ>。
う~ん。【珍念】 永遠の課題です! (*^.^*)

「あの世からのことづて」

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 不思議なことってあるものだ。福岡市の男性の手元に先日、母親が33年前に出した手紙が宛先不明で舞い戻った。長い年月、どこをさまよっていたのだろう

◇九州の郵便局に問い合わせてみた。切手と消印は確かに1979年当時のもの。原因は調べてみたものの「分からない」。誰かが自分宛てでない封筒の存在に気づき、ポストに再投函(とうかん)した? 母親は7年前に亡くなっている。男性が「『忘れないで』という母からのメッセージかも」と喜んでいると聞き、あれこれ考えるのをやめた

◇作家の松谷みよ子さんの著書「あの世からのことづて」「異界からのサイン」(いずれも筑摩書房)に現代の不思議な話が収録されている。母が娘に死を知らせに来た。「死ぬ時は足の痛みを持っていく」と言っていた義母が亡くなると、足の痛みが消えた戦死した叔父が会いに来た。女の子が神隠しに遭った…

◇昨年の県北部地震の直後、飯山市の6体の地蔵がそろって栄村の方に向きを変え、話題になった。錯覚や偶然、あるいは人為的な原因なのか。「現代の私たちは、知性によってとらえられたものを絶対視して生きている。その結果、知性を介するととらえられなくなってしまうものを、つかむことが苦手になった」。哲学者の内山節さんが書いている

◇かなうものなら、知恵深い先人からのサインをとらえてみたい昨今なのだが。【斜面】

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☆ かく言う【珍念】。摩訶不思議な出来事に何度も遭遇しました。お話したいのですが 筆者の筆致では、誤解を被る恐れがありますので口を閉じます。「珍念の誓い」 (サイトはコチラです)に、若干述べていますのでご覧下さい

\( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「野イチゴの別れ」!(^^)!

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 今日は 近くの里山に(野イチゴ)狩りに行った昨年よりも大粒の実が朝日を浴びて輝いていましたイチゴは、繊細で素手で、そっと積まないと、ぽろっと地面に落ちる。愛嬌のある、駄々っ子みたい。変人の【珍念】も愛嬌のある、駄々っ子です (*^^)v

心地よい汗がでて駕籠の中も一杯になり熱いコーヒを飲みながら、遥か彼方の大海原を眺めて居ましたふと、「野イチゴの別れ」を思いだしました。今日も、支離滅裂のひとりごとを述べています。

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▼ツキノワグマは自分から人を襲うことはない。攻撃してくるのはばったり遭って驚いた時だ。子連れの時はさらに危険。子グマを守ろうと神経質になっているからだ

▼それだけ大切に育てていて、なおかつ子離れも見事らしい。東北地方には「野イチゴの別れ」という言い伝えがある。子グマがある程度の大きさに成長すると、親は野イチゴの群生地へ連れて行く

▼子グマは野イチゴが大好物。目を輝かせながら夢中になって食べる。しかしその目が見ているのは野イチゴだけ。離れたところで待っている親は、気が済むまで見届けると、そっと姿を消すのだという

▼サルの子離れは突然突き放す方法ではない。成長するにつれて抱かなくなり、一定の距離を保つ。それでも常に目の届くところにいて、危険が迫ればかけつける。この距離を次第に広げるのだという

▼野鳥の多くはひなが大きくなると、餌を取ってきても巣まで運ばない。近くの枝で「ここまでおいで」と言わんばかりに見せびらかせて巣立ちを促す。自力で飛べないと生きていけないからだ

▼「うちの子は親離れしなくて困る」。よく聞く話だ。だがもっとよく聞いてみると、子どもが自立しようとしても、親が子離れしていないことが多い。きょうは「こどもの日」。成長を願うだけではなく親子ともに自立することも考えてみたい。コラム <三山春秋>

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珍念のコメントは
 『蛇足』です!

「言霊」 <金口木舌>?

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「言霊」(ことだま)

  「言霊」。辞書によると古代日本で、言葉に宿っていると信じられていた不思議な力。発した言葉通りの結果を現す力があるとされた―とある。平たく言えば有言実行する意志の強さを表す言葉と理解できようか

▼「言霊ってあるんですか」。入社したてのころ大先輩の詩人A氏になんとも無礼な質問をしてみた。ほんの少し間を置いてA氏は駆け出しの記者を圧することなく「あるよ」とさらりと言った

▼A氏の力まない語り口のせいか、その時、妙に納得して今に至っている。信じるでもなく疑うでもなく、A氏の言葉をそのままに受け入れて、「書くこと」の励みにしてきた

▼報道写真と格闘する日常の中で、A氏との会話が頭に浮かんだ。「写真」にも“言霊”を感じることがある。本紙文化面で連載中の「時の眼」で紹介される、社会や権力の理不尽さに立ち向かう人々の写真は、歴史を刻み、心を揺さぶる

▼写真が訴える力は“被写体”と真剣に向き合う中から生まれることを日々実感している。問われるのはファインダーの向こうに何を見詰め、そして何を伝えるのかだ。自問自答を繰り返し、現場に立つしかない

▼言葉の重みが命の政治家も文字通り「言霊」の説得力で真価を問われる。野田佳彦首相が15日に復帰40年式典に参加するため来県する。沖縄の未来をつくる「言霊」の宿った言葉を語れるのだろうか【「金口木舌」の意味は?】

 本紙の朝刊総合面コラム「金口木舌」について、読者から「どう読むのか」「どういう意味か」との問い合わせが、今年に入って数件あったので、説明したい。

 まず読み方について―。辞書によって「きんこうもくぜつ」「きんこうぼくぜつ」の二通りあるが、本紙では「きんこうもくぜつ」と読んでいる。その意味は―。古代中国では、法令を発したり教えを示す時には、木鐸(舌=振り子=を木で作った

    金属製の鈴)を鳴らして、注意を喚起しながら触れ歩いたという。それから転じて、
    木鐸は「言論で社会を導く人、教育者」との意味を持つようになり、「社会の―」など
    と使われるようになった。その木鐸は別名「金口木舌」ともいった。

    金口木舌の出典としては、揚子法言の学行篇に「天ノ道、仲尼ニ在ラズ、仲尼ハ説
    ヲ駕フル者ナリ、<中略>ソノ説ク所ヲツタエントセバ、即チ諸儒ヲシテ金口木舌ナ
    ラシクハナシ」とある。要約すると「仲尼(孔子の字)の説く所を伝えようとしたら、儒
    学者たちは自ら金口木舌(伝道者)となる心構えが必要である」といった内容。

    一九一一(明治四十四)年九月一日付紙面から本紙コラムに使われるようになっ
    た。(読者相談室)

    ★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。

    ☆<言(ことば)と云うは、心の思いを響かして声を顕すを云うなり> 日蓮大聖人
    いっも。一言多い、おしゃべりの【珍念】恥じています。修行が足りませんです。あの
    世で厳しく断罪される・・「仏の顏も三度」・・ですぅう (*^-^)

本当にプロメテウスの火か?

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 ギリシャ神話の「プロメテウスの火」と「パンドラの箱」は一組の物語である。プロメテウスが天界から火を盗んで人間に与え、おかげで人間は文明を発展させることができたという話が前段

▲これに怒った神ゼウスは、人間に災いをもたらすための女性パンドラを地上に送る。彼女が、絶対に開けてはならないとされた箱を開けた途端、ありとあらゆる災厄が飛び出し、一つだけ、希望が残ったという話が後段。人間は幸福になる手段を得たと同時に、不幸をも背負い込んだという物語だ

▲原子力を「プロメテウスの第2の火」と呼び始めたのは、20世紀後半、原子力発電に文明発展の夢を託した人々である。だが、その火が本当に天界に由来するものかどうかは誰にも分からない

▲東京電力福島原発事故の深刻さを見て、むしろこれは、パンドラの箱から飛び出した災厄の一つではないかと疑う人も増えてきた。「原発安全神話」という現代の神話は、とっくに消えている

▲北海道電力泊原発3号機が定期検査に入り、国内の原発50基がすべて停止した。原発ゼロは1970年以来、42年ぶり。われわれは原発にどう向き合うべきか、立ち止まって考える良い機会だ

▲プロメテウスという名前には「先に考える人」の意味がある。先見の明がある人だ。日本人の英知を結集すれば、プロメテウスには及ばずとも、この国の近未来を予見するぐらいは可能だろう。【水ゃ空】

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☆ <プロメテウスには及ばずとも、この国の近未来を予見するぐらいは可能だろう> (@_@) ぇ・・。「言うは易く行いは難し」の金言虚しからず!

かく言う【珍念】五里霧中です・・ぅう。地下鉄の電車は、どうしてどこから、入れるのかなぁ、天然呆けで相変わらず ピント外れの妄想を抱いている。
お笑い下され~ぃ。   \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「モンロー効果」

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  地下鉄の通風孔の上に立つ、マリリン・モンローの白いスカートが、ふわりと浮き上がる。『七年目の浮気』の名シーンだ。米国では実際、高層ビル街の路上で激しく風が吹き上がる現象を「モンロー効果」と呼んでいるんだとか。

▼風の研究で知られる吉野正敏さんが、建築学者の友人から聞いた話として、著書の『風の世界』で紹介していた。一口に風といっても、大きさや強さはさまざまだ。ときに、スカートどころか地下鉄までもひっくり返すパワーを持つ。

▼昭和53(1978)年2月28日の夜、東京の地下鉄東西線の車両が荒川中川鉄橋を走行中、後ろ2両が脱線転覆して、乗客ら21人が重軽傷を負う事故があった。現場近くを吹き荒れていた竜巻が原因だ。

▼ゴールデンウイーク最終日の午後、茨城県つくば市や栃木県真岡市などを襲った竜巻は、それ以上に凶暴だった。電柱が真っ二つに折れ、乗用車や倉庫が吹き飛ばされ、民家の窓ガラスを屋根瓦が次々に突き破った。損壊した建物は、1995棟に及ぶつくば市の男子中学生は、全壊した自宅の下敷きになって亡くなった。

▼専門家は、過去最大級の突風の可能性があるという。現場近くの住民が撮影したビデオ映像を見ると、まさに黒い体をのたうちながら、周りのすべてをなぎ倒して天空を昇る竜の姿そのものだ。

▼古来日本人を悩ませてきた自然の猛威は、地震や水害だけではない。吉野さんによれば、日本列島の位置する緯度、広大なユーラシア大陸の東側という地理的条件、複雑な地形から「風害の宝庫」でもある。『枕草子』で清少納言は、「風は 嵐」、嵐が一番いいと言い切った。竜巻の恐ろしさを知らなかったのだろう。【産経抄】

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

☆ 【珍念】の コメントは『蛇足』です ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

未知の旅

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  映画をご覧になった方も多いだろう。米国の作家スティーヴン・キングの傑作に『スタンド・バイ・ミー』(新潮文庫)がある。モダンホラーの大家の作品の中ではやや異色で、作者の少年時代の回想の形で展開する

◆主人公はオレゴン州の田舎町に住む小説好きのゴーディー、がき大将のクリスら4人の12歳の少年夏休みのある日、ラジオニュースが伝えていた行方不明の子どもの死体が30キロ離れた森にあるという噂(うわさ)を聞く。「見つけたら英雄になれる」と4人は親に内緒で未知の旅に出る

◆2日間の冒険物語には仲間同士の助け合いもあれば、いさかいもある。家庭内の問題を抱える素顔ものぞく。それによって彼らの絆が深まる。小説のようなドラマ性はなかったにしても、かつて多くの子どもたちが通ってきた道であり、懐かしさもかき立てる。

◆具に考えるのは、時代がもたらした子どもを取り巻く環境の変化だ。核家族、少子化、地域共同体や社会の変容。むろん格段に整備、改善された面もあるだろうが、子どもたちが育つ環境は窮屈になる一方だ子ども受難のニュースに大人の責任は大きい

◆「あの時代は二度と戻ってこない。わたしもまたそうだ」と小説は終わる。牧歌的な昔には戻れないが、子どもが伸び伸びと育つ社会のあり方を問うている気もする。【有明抄】

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☆う~ん (^_^;) 【珍念】思わず溜息をついている{衣食足りて礼節を知る}の諺がありますが・・・。

あまり考えると残り少ない髪の毛が抜ける。「下手な考え休むに如かず」消えまする!   \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「アーティスト」

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  ことしの米アカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞など5冠に輝いた「アーティスト」がヒットしている。1920年代のハリウッドを舞台にした、今どき珍しい白黒・サイレント(無声)映画だ

▼揺籃(ようらん)期の映画には、音も色もなかった。それを補ったのが活動弁士と呼ばれた解説者。スクリーンの横に立って登場人物のせりふをしゃべり、ストーリーを説明した。やがて、映画に音が入る。美男美女の声列車が走る音などに観客は沸いた問題は、外国語のせりふをどうするか。そこで字幕を付けた

▼わが国で最初に公開された字幕付き洋画はゲーリー・クーパーとマレーネ・ディートリヒ共演の「モロッコ」。1931年、封切り館は全国に聞こえた横浜のオデヲン座だった

▼長い歴史を持つ字幕文化に、最近、変化が起きている「読むのが面倒」「読みづらい」などの声を受けて、日本語吹き替え版が増えているのだ。もっとも、字幕翻訳のベテラン、戸田奈津子さんに聞いたところでは、ほとんどの国が外国映画の上映では母国語の吹き替えという

▼字幕支持派には、俳優の肉声に対する憧れ、こだわりがある。ジャン・ギャバンやハンフリー・ボガートら名優の、あの独特な声を聞きたいと筆者も思うのだが、さて。 【照明灯

○ 見た目はクラシックカーだが新型エンジンを積んだ意欲作なのだ。  心根のやさしい映画だ。そして若々しい映画だ。
○ 前者はすぐにわかるが、後者は見逃されがちだこれが誤解を招く。いい意味でも悪い意味でも誤解される。オスカーを獲ったのは、前者が審査員の心情にアピールしたからだ。一部で首をかしげられたのは、後者の要素に気づいた人が意外に少なかった
○ 「アーティスト」は、無声映画の復刻ではないフランク・ボーゼイジの「第七天国」(ヒロインのペピーが男の上着の袖に腕を通して自分の身体を愛撫する場面はこの映画からの引用だ)、F・W・ムルナウの「サンライズ」、キング・ビダーの「群衆」すぐれた無声映画を舐めるように検証し、トーキーの古典(「市民ケーン」や「スタア誕生」など)から多くの描写を借りる一方で、技法が相当に大胆なのだ。

    ○たとえば、すでに周知の事実だが、この映画はカラーフィルムで撮影して黒白に
    コンバートされているこの手法の採用によって、黒でも白でもないグレーの色調が、
    陰翳豊かに表現されることになった

    ○とくに後半、主人公のジョージ(ジャン・デュジャルダン)は、だぶっとしたグレーの
    背広を着ることが多い。ここで、微妙な色調が生きてくる。彼の落魄(らくはく)も、説
    明抜きで観客に伝わる。デュジャルダンの体格がよく、体技をこなせるコメディアン
    の側面を持っているだけに、味わいはひときわ深くなる。

    ○だが、映画は暗くならない。下降する主人公が若い女優や犬や運転手に守られ
    つづけているからだこの、守護天使の数の多さも尋常ではない。意表を衝く処理
    だ。大先輩のルビッチやワイルダーが見ても頬をゆるめるのではないか。

    ○つまり、監督のアザナビシウスは多くの局面で「定型を使って定型をうっちゃろう」
    としている。この試みが私には面白かった。「アーティスト」はハイブリッド・エンジン
    を積んだクラシックカーだと思う。 【ウィキペディア】

    ☆ 珍念のコメントは<蛇足>! (*^^)v

「ヘルプ」

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「愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ」

米国の教育家ドロシー・ロー・ノルトさんが残したこの言葉は、「親は子の鏡」と題した詩の中にある。愛される体験が子どもにとってなぜ大切かを、端的に語っている

◆ノルトさんはさらに筆を進める。「認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる。見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる」。子どもの支えになるのは大人の温かい目線と励ましなのだ、と

◆親はもちろん、社会にとっても、子どもは宝である。その宝がしっかり育つには「自分はかけがえのない存在」と思えることが大切だ。そうでなければ、小さな胸は不安と悲しみで押しつぶされてしまうかもしれない

◆「ヘルプ」という米国映画が公開されている。1960年代の米南部では、黒人のメードが白人家庭の子育てを任されていた。子どもには黒人女性が一番近い存在になる。メードらが自身の子育て経験を生かして愛情を注ぐ姿を、映画は描く

◆「あなたはいい子。お利口さん。とても大事な子」。メードが幼い子に顔を近づけて、何度もそう語りかける実の母親にあまり構われない子は、肌の色の違う女性を「本当の母親」と慕うようになる

◆「分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ」ともノルトさんは言う。相手を思う気持ちを分かち合う。「子ども」には、世代を超えた心の贈り物こそ似つかわしい。【正平調】

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☆ 昨日は「子どもの日」。【珍念の誕生日】でした。それにしても、このコラムの贈り物、有難く頂戴します筆者の筆致では、足元にも及びません。コメントするのも憚れます。

【珍念】の よけいな、お節介です (@_@)

“The Help(ヘルプ ~心がつなぐストーリー~)” 1960年代の南部にて白人の裕福な家庭にて働く黒人女性のメイドさんたちの労働環境は過酷であった。大学を出たばかりの白人の若い女性がこの仕事をレポートしだし、憤慨するにいたる。しかし白人女性の側は団結していて、無知と偏見の塊であったが、流れに外れた動きを試みればすぐさまプレッシャーが押しよせる。まずこの進取にとんだ白人女性は、黒人メイドたちの証言集を企て、刊行されるやいなや、裕福な白人女性にまで面白い本との評判をとり、隠れて読むひとまで出た。すべてはアイロニーとユーモアにあふれているテキストだからであり、つまりは黒人メイドたちのほうが白人女性よりも深い智慧を与えられていたことを証明づけているともいえる。

    こんな今になぜ黒人差別の問題かとわたしなどはいぶかったが、興行的にも成功
    し、家庭の内側からみた差別ということで、あたらしい試みも含まれている。

    読者の皆さまへ 興味あられるお方は、是非ご覧ください。きっと心が和むでしょ
    う。   \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「みつばちマーヤの冒険」

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 ドイツの作家ワルデマル・ボンゼルスの童話「みつばちマーヤの冒険」は、お城(巣)で育ったマーヤが外の世界に飛び出しさまざまな経験を積みながら成長していく物語だ

▼蜜蜂が忙しそうに花から花へ飛び交う季節を迎える。蜜集めに精を出すのは働き蜂の雌に限られる。雄は女王蜂と結婚するためにいるだけで、働かない。雄蜂を指す英語のdroneは「居候」の意味だ

▼未知の世界に興味を抱いたマーヤは冒険の旅に出る。だが、自然界で若い雌の蜂が巣を離れることはない。専ら巣の掃除や子どもの蜂の世話などが仕事の内勤要員。なぜなら外の世界は危険がいっぱい

▼社会経験の少ない若い蜂に巣の命運を握る大事な作業を任せるわけにはいかない。蜜集めに出かけるのはベテランの女性陣。ブンブンと活発に飛び回っているのは内勤仕事を「卒業」したおばさん蜂

▼蜜蜂の寿命は1カ月余ともいわれる。一世一代のお勤めとして、おばさん蜂は危険を顧みず、一族繁栄のために与えられた重要な使命に没頭する。おばさん蜂は命がけで集めた蜜を巣に届け、短い人生を全うする

▼内勤の新人時代、外勤で幾多の苦難に耐える中堅期。1匹1匹にドラマがある。蜜を求めて懸命に飛び回るおばさん蜂が、けなげだ。蜜蜂の世界も「女の一生」は波瀾万丈だ。【風土計】

◇ 旨い!あっぱれ。コラミストの筆致は輝いている。

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     母を幸福に!

    それが平和の大道

    <私の偉大なる師である戸田先生が、ある時、私の母の近況を尋ねてくださった。
    元気な私の様子をご報告申し上げると、先生は、慈愛あふれる声で仰せになられ
    た。「母の笑顔は、一生涯、心から消えない。僕もそうである。君もまた、同じだろ
    う」

    ◇世界を本当に明るくするものは、いったい何か。ある人が、「それは太陽でしょう」
    と答えかけて、あわてて訂正した。「いやいや、間違えた。それは、母の笑顔!お母
    さんの笑顔である!」と。たとえ、梅雨空が太陽を覆いかくそが、吹き荒れる嵐の夜
    であろうが、わが母の笑顔があるかぎり、私たちの生き抜く世界は、永遠に明る
    い。

    ◇何ものにも 屈せぬ、あの平凡にして偉大な私の太陽。私の全生涯にわたって、
    わが母の慈愛の心は、決して沈むことはないであろう。 母の笑顔!あの母の笑顔
    こそ「和楽」と「平和」と「幸福」への不滅なる一家の太陽であるのだ。

    ◇その母の楽観主義の光は、地域の太陽となり、世界平和の太陽として、昇り輝い
    ている。ある哲人が叫んだ「母を大切に!母が笑顔でいる日々・・その一日一日こ
    そが、最良の日であり、最善の日である」

    ◇そしてまた、ある世界的な女性作家は語った。〝母は、わが家の太陽です。もし
    母が陰気になってしまえば、わが家から晴れわたる天気の日は消えてしまいます〟
    私たちは、この健気な母を幸福にする「責任」がある。いな、「使命」がある。これが
    人生だ。

    ◇この平凡にして偉大な母を幸福にしていくことこそが全世界の平和への第一歩な
    のである。戸田先生は、親不孝の青年に向かって、「母の涙を知らないのか!」と
    烈火のごとく叱られた。その姿が、私の脳裏から離れない。

   ◇ある時、親に心配をかけ、不良仲間に堕ちていこうとした青年がいた。先生は私に
   対し、「おまえは先輩なのだから、あの青年をビンタしてこい!」とまで言われた。
   それほど、親不孝に対しては厳しかった。

   ◇「親孝行をできぬ者が、なんで幸福に、なんで偉い人になれるのか!」平和とは、
   遠くにあるのではない。政治の中にのみあるのではない。それは、「母を大切にする 
   という人間学の真髄の中にこそあるのである。

   ◇教育者も、政治家も、多くの著名人も、母たちへの賞讃を、さらに深く訴えてもらい
   たい。いな、書き残してもらいたい。『悲しみも 悩みもすべて 乗り越えて いつも勝
   利の笑顔の女王よ』(池田大作:希望の花束)
 
   今日も! 絶好調です。話はムダを省き、短くまとめたい。長い退屈な話は「口害」と
   もいわれる。
 
    ゲーテも 「美しき虹も、15分も 消えずにいれば、もうだれも見向きもしない」と手
    厳しい。   \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「何でも質問隊」

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 子供たちの好奇心に触れるのは楽しい。「こちょこちょはなぜくすぐったいの?」。「南日本こども新聞」に連載されている「何でも質問隊」は毎回子供らしい自由な発想が光る。 14年前に始まり、300回以上続く名物コーナーだ

「私も、子供なら質問してみたいことがいっぱいある」68歳の女性が「ひろば」欄に投稿していた。大人が聞けない疑問を、専門家が解き明かしてくれるのも人気の秘密か。

 東日本大震災後、宮城県気仙沼市の小中学生が手作りした「ファイト新聞」が被災者を元気づけたと聞いて、紙面を収めた河出書房新社の本を読んだ。なるほど頑張ろうという気になる。

 炊き出しの献立紹介など背伸びしない記事が目を引く「何を思って過ごしていますか」というアンケート調査は、自らの将来やペットなどを案じる気持ちを浮き彫りにしていた。

 「タバコくさかったです。ちょっとみんなひいていました」。自衛隊のテントを訪れたときの正直な感想には思わず頬が緩んだ。こんな素直さが、避難所の大人たちの心を解きほぐしたのだろう。

 南日本新聞の「こども記者」たちも、ファイト新聞に負けじと頑張っている。先日は、ご当地ヒーロー「薩摩剣士隼人」の制作者へのインタビュー記事だった。思い入れの深さが伝わってきた。記事は月2回掲載される。多くの好奇心と出合えるのが楽しみだ。【南風錄】

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 <好奇心>・・・! なぁに・・・?

 好奇心(こうきしん)とは、物事を探求しようとする根源的な心。自発的な調査・学習といった知的活動の根源となる感情を言う。ヒトは言うまでもないが、比較的知能が高い動物でも多くの種にそれがあると思われるような行動が見られる

    本質的には、好奇心とは未知の物事に対する行動や精神的な働きを示す言葉で
    あり、自然環境や周囲の出来事の情報や関連するものを求めようとさせることにつ
    ながる また、聞き慣れない名称は人々に好奇心を植え付けるため、注目を集める
    ために名前を付けることも行われる

    【珍念】も「こども記者」たちに、負けないように頑張りたい。

    \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「ネタばれ」

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蟹(かに)は甲羅(こうら)に

似せて穴を掘る

 いわゆる「ネタばれ」で申し訳ないが、韓国のドラマや映画はいかした主人公が最後に死んでしまう作品が目立つ。見終わったときのやるせなさで死生観にまで思いを巡らしてしまう。

▼釜山駐在時代にお世話になった友人が不慮の死を遂げた。40歳。彼と話して韓国人と分かる日本人は少ないだろう。それほど完璧な日本語、時には博多弁も飛び出した。沖縄の踊りは微妙な手さばきが粋だった。日本で修業したというすし店を紹介してくれ、伝統的な村では祭祀(さいし)の流儀を教えてくれた。彼が佐賀県に住んでいたときの韓国語講座で学んだ女性らは「王子」と慕い、訪ねてきていた。

▼日韓友好の懸け橋を地で行く彼は、私にとってはるか先を行くヒーローだった。突然の結末をいまだに受け止めきれないでいる。今はただ冥福を祈り彼の名と、交流に懸けた志を深く胸に刻みたい。いいですよね、崔宰源(チェジェウォン)さん-。<デスク日記>

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

◇う~ん! (@_@) 「ネタばれ」 【珍念】も恥じている。

蟹(かに)は甲羅(こうら)に似せて穴を掘る}・・の諺が身に染みる。
こっそり 退散します (*^^)v

 山本周五郎に思いを馳せる

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 筆者は幼少の頃から読書に興味がありました。そのたびに 未知の世界に誘われ、胸の鼓動が高鳴り寝食も忘れて、母に心配をかけていました。最近は、山本周五郎の作品を読んでいます。

 <山本周五郎さんについて>

◇ 1903年、山梨県生まれ。作品に登場する人物は容易でない人生を送りながら、生きるヒントとなるセリフを吐いてくれます。山本周五郎作品ならではの言葉です。直木賞を辞退し、小説家になるまでもいろんな人生を送っていらっしゃって、興味深い人物像が見えます。

◇ こんな「逸話」がありました。尋常小学校の学生時分のこと、国語の宿題に作文が課された。その作文に山本は、級友の某とあれこれ楽しく遊んだことを書き、提出した。翌日、それぞれの作文が教室に掲示されると、山本の作文に登場する

◇ 当の本人の某が「山本の作文は嘘だ。俺は山本と遊んだことなどない」と言い放ち、室内が騒然となった。詰め寄る級友たちの前に、なすすべもなく立ち竦んでいると、担任がやってきた。事の次第を聞き及び、文章を読み返した担任は一言、「三十六(周五郎の本名)。

◇ こうも見事に嘘が書けるのは素晴らしい。お前は将来小説家になれ」と言ってくれた。若い頃に植物学者の牧野富太郎の元に取材に行き、何気なく「雑木林」という言葉を使ったところ、「どんな花にも、どんな木にもみな名前がある。雑木林というのは人間の作った勝手な言葉だ」と咎められた。感心した山本は、それ以降、植物の名前を積極的に憶えるようになった。

   山本は、中原中也や太宰治を高く評価していた。代表作のひとつ『虚空遍歴』の主人
   公である中藤沖也は中原がモデルであると言われている。 山本の本名三十六は、
   明治36年生まれであったことから来ている。彼自身はあまり気に入っていない名前で
   あったと言われている。

   周五郎の本は、人生の機微に踏み込んだ名作揃い。山本周五郎というペンネーム
   は、銀座の質店に徒弟として住み込んでいたころから、物心ともにお世話になった主
   人の本名です。人に優しくされた原体験が、そのまま小説に反映されています。

   周五郎作品の「雨上がる」は黒澤明監督が生前書き上げた脚本を元に、かつての黒
   澤ブレーンが中心となって制作した映画です。

   主人公の伊兵衛は、めっぽう腕が立ち、その腕を見込まれて幾つもの藩から剣術の
   指南役を仰せられる。ところが、謙虚すぎるほど謙虚で、この過度の謙虚さが災い
   します。

   例えば、あっという間に剣術で負けた相手に伊兵衛の方が恐縮した態度を撮る。こ
   れが相手には、小馬鹿にされたと感じられる。せっかく藩の剣術指南役になれるの
   に、「お役ご免になったら生活ができなくなる」と前任者から泣きつかれ、自ら辞退す
   る。愚直で、どうにもこうにも、世渡りが下手です。

   浪人となって、はや7年。長雨で旅を止められ、安宿に今日の食べ物にも事欠く人た
   ちと滞在しています。仕事にあぶれた旅人達が、いつやむとも知れない長雨に暗く陰
   鬱な顔をしています。ともすればささくれ立った気持ちから小さないさかいは絶えませ
   ん。

   彼は賭け試合に出掛け、その懸賞金で宴会を催すのです。そんな彼が、藩士の私闘
   を仲裁した力量を見込まれて、殿から指南役にという声が掛ります。が、結局はご法
   度の賭け試合が原因で、士官の話は破断。賭け試合は常々、妻のたよ、からも禁止
   されていました。

   悔やむ伊兵衛は次の藩に望みをかけますが、破断を聞いて逆にたよは笑った。
   「でもわたくし、このままでも
ようございますわ、他人を押除けず、貧しいけれど
   真実
な方たちに混って、機会さえあれば皆に喜びや望みを与えなさる、この
   ままの貴方もお立派ですわ」

    こうして仕官をいさぎよく諦めて再び梅雨明けの眩しい光りの中を二人は旅に出ま
    す。人と人の心のふれ合いがほのぼのと描かれていて、映画のシーン一場面のよ
    うに雨上がりの森を抜けて行く風のように何とも言えない爽やかさが心に残る映画
    でした。

    今日も【珍念】の減らず口は絶好調です!  \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「こそ丸(がん)」(@_@;)

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 岡山発の不思議な“秘薬”が全国的に話題を広げている。不平不満がこうじて気分がすぐれなかったり、ストレスで心が病んでいる時によく効くのだそうだ その名は「こそ丸(がん)」。2、3粒を「○○がおればこそ」と心に念じ、唱えながらコップ一杯の水で服用する。例えば夫婦げんかの後、夫なら「妻がおればこそ」と唱え、飲んだらすぐに心のチャンネルを切り替えることが大切らしい

 薬の成分は愛情、謙虚、感謝、元気。ややピンクがかった丸薬で、見える人と見えない人がいるというが、実はプラスチックの薬の容器には何も入っていない

 「特許」を持っているのは故森岡まさ子さんだ。全国から約30万人の若者たちが訪れた府中市上下町の「自然の森MGユースホステル」の開設者で、被爆者の夫の遺志を継ぎ、平和を世界に訴え続けた

 森岡さんが語る「こそ丸」の話に感動した脳神経外科医で岡山旭東病院(岡山市)院長の土井章弘さんが、本当に“製造・商品化”してしまった。院内の売店に置いたところ口コミやNHKの全国放送などで反響を呼び、品薄状況だという

 目には見えない大切なものが薄れゆく現代社会。この薬の取り扱い説明書には「間違っても私が、または、わしがおれば(こそ)などと唱えないでください」と書いてある。<滴一滴>

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  旨い! あっぱれ。
  コラミストの筆致こそ
  「こそ丸(がん)」だ!

    メジャー紙のコラムと比べると、いずれが、(菖蒲か杜若か)、甲乙付けがたし。
    <間違っても私が、またはわしがおれば(こそ)などと唱えないでください> と
    書いてある。 一言居士の【珍念】恥じています!反省、反省の日々で、5月5日
    で70歳になります 

    「光陰矢のごとし」・・40代の気持ちで元気に100歳を目指して、悔いのない人生を
    送りたい。 (^-^;

「人間臨終図巻」

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山田 風太郎

 人間たちの死は、「臨終図巻」の頁を順次に閉じて、永遠に封印してゆくのに似ている-山田風太郎

 私の書棚は自分でも呆れるくらい乱雑な状態にあるがそんな中、他の本を蹴散らして燦然と輝いているのが函入りハードカバーの縁起でもない題名のこの本だ。上下巻各二千五百円、二十代の金の無かった頃に、おそらくは清水の舞台から飛び降りるようなつもりで買った本なのである。それほどに、私にとって山田風太郎は特別な存在だったし、十数年間文庫化されなかったのだから早い時期にこの本に出会えて幸運ではあった。

 題名のとおり、これは死の本である。……県教組の監査に行って来た。私ほど会計に弱い事務職員に監査など出来るはずもなく、副委員長と酒田バナシをしに行ったようなもの。上期の監査では、同じ監査委員が十数キロ痩せているのにたまげたものだったが今度はもうひとりが思い切り絞ってきた。なんなのだ

 もちろん彼らは痩せざるをえなかったのだが、一つ二つ年下の連中がひたすら体に気をつけている現状は、少なからず私を考え込ませた。今までは予想も実感もしなかった自分の死が、体の中に巣食っているという怖れを少しは持つようになったというか……(ダイエット食に挑む彼らを尻目に、一人とんかつ定食をゆうゆうと食ってみせる根性の悪さは治りはしないのだが)。

 「人間臨終図巻」は、古今東西の有名人九百数十名の文字通り死に様を、山田風太郎流に醒めたタッチで叙述した大作だ。15歳で死んだ八百屋お七から、121歳の泉重千代まで、死んだ年齢順という構成は気がきいている 年齢にしたがって読むにつれ、死に方の変遷に気づかされると同時に(若いほど、戦死、事故死、死刑の比率が高いのはもちろんだ)、自分がこいつの死んだ歳までとりあえず生きてきたんだな、という感慨が持てるのである。若い頃にはこんな読み方があるとは気づかなかった。ちなみに、41才(当時のわたしの年令)で死んだ連中は……

    マゼラン(フィリピンの原住民に刺殺される)
    今川義元(桶狭間の戦いで織田信長に敗北)
    小栗上野介(斬首)
    河井継之助(官軍に敗北して戦死)
    マタ・ハリ(銃殺刑)
    カフカ(結核)
    石田吉蔵(阿部定により絞殺、死後局部を⇒ご存知のとおり)
    アベベ(交通事故からは復活したが、心臓麻痺)
    大久保清(絞首刑)

    ……このように何の脈絡もない人間たちが、41才で死んだという事実だけで括られ
    る。見事だ。また、山田が医師であることと無縁ではないと思うが、思い入れをほと
    んど感じさせない筆致は、むしろその人間の人生を浮き彫りにする。

    例えばアンデルセン。デンマークの貧しい靴屋で二十二才の父と、無教養な洗濯女
    で四十近い母との間に生まれたハンス・クリスチャン・アンデルセンは、“デンマーク
    のオランウータン”と綽名のあったくらいの醜男で、そのくせきわめて女性的な性格
    の持ち主で、一生ついに女性から恋愛されることなく独身で終った。-実は彼は男
    色の大家であったといわれる。(略)この醜い男色の大家は、自分のみじめな少年
    青春時代をさえ「童話」化した。(略)葬儀は国葬をもって行われ、王侯から乞食、老
    人から子供まで参列し、広大な聖母教会には弔問者の十分の一もはいれなかった
    という。コペンハーゲンのアシスタンス墓地の墓には、いまも花が絶えない。

    ドライであるが故に、彼の葛藤が伝わってくるかのようだ。「みにくいアヒルの子」が
    違った色彩を帯びて見えてくるではないか。 
    例えばモディリアニ。イタリア生まれの美貌のモディリアニは、二十二歳のときから、
    パリのモンマルトルに住んで絵をかきつづけたが、友人の詩人ズボロウスキー一人
    を除いては、誰も認める者はなかった。絵は只同然の値にしか売れなかった。貧窮
    の中に、彼は肺を病んだ。彼の生活はただ酒をのむことと、血を吐くことと、絵をか
    くことだけだった。

    (略)慈善病院でモディリアニは高熱を発し、大あばれにあばれ、一晩中詩を朗吟
     し、「なつかしいイタリア」とつぶやきながら、その翌日の夕方に死んだ。彼の子を
    懐胎していた愛人は、彼の死を知って、窓から飛び下りて自殺した。彼女の髪はひ
    とふさ切りとられて、モディリアニの屍体の胸におかれた。

     モディリアニは、死んだとたんに、彼が天才であったとを人々に気づかせた。彼の
     棺にはたくさんの画家や作家や女たちがつづいた。警官さえも敬礼した。それを
     見て、三十九歳のピカソはつぶやいた。「見たまえ、かたきはとれたよ」……画家
     はもう、ほとんどがこの状態で死んでいる。音楽家もそう。因果な商売だ。昔は結
     核と梅毒が死病であったことが知れる。現代のエイズがそれに該当するだろう
     か。

      上下巻を読み終えると、何やら粛然とした気分になるたとえどんな偉人であろう
      とも、死ぬ時は孤独な病人であることが多く、自分の業績に充足して安楽な死を
      迎えることがいかに稀有な例であるかを思い知らされる。まして凡人において
      は……果たして私の死は、その時家族は、墓は、老残をさらすのではないか、
      痛い死に方はいやだし、苦しさが永続する死に方はもっといやだし…
      心配や後悔が死に際に襲ってくることは今から鉄板に予想できる。

      死にたくない死にたくない、と思っても、おそらく見栄や(ひょっとしたら)苦痛のた
      めに、ただ涙を流して終るのかもしれない。「コレデオシマイ」と気が遠くなるよう
      な名言を残して死んだ勝海舟の偉大さがよくわかる

      そんな、死への予習としての教材にもなる図巻。必読でしょう。ただひとつ残念
      なのは、このタッチで「山田風太郎の臨終」を読むことだけはかなわないこと
      「あと千回の晩飯」(朝日文庫)を連載していた彼は、もう二千回ぐらい晩飯を食
      べているはずだが、パーキンソン病が進行している彼に残された時間はもうほと
      んどない。せめて彼が生きているうちに、膨大な著作を読み進めることにしよう。

      ※山田風太郎は、当然忍法帖モノが有名だが(「甲賀忍法帖」「魔界転生」)、明
      治モノ(「警視庁草紙」「ラスプーチンが来た」)もお薦めしたい。一番は、このて
      のエッセイの冷たさなのだが。若いモンの間で再ブームになるのも、こんな御時
      世だからよくわかる。「司馬遼太郎と読者数が逆転していたら、日本はよほどマ
      シな国になっていただろうに」という山田風太郎論に、私も全面的に賛成。2001
      年(平成13年・79歳)  7月28日彼もついに亡くなった。合掌。 <ウィキペディア>

      ◇ 【珍念】のコメントは『蛇足』です

人間臨終図鑑Ⅲ

Zukann

   
人間ドック日露戦争を戦い、「海の東郷」と並んで「陸の大山」といわれた陸軍元帥大山巌は副官に語っていた「私が好運といわれるのはただ長生きしたからだよ。私よりえらい人はたくさんいたがみんな死んでしまった」

▼当時としては長寿の74年の人生は健康への配慮ゆえか。「船は10年ごとにドックで修繕する。人間もときどきドックに入って修繕することが必要だ」が持論だった。山田風太郎の「人間臨終図巻3」(徳間文庫)にある

▼筆者も年に1度の人間ドックが近づいている。日頃の不摂生で、血中脂質の黄信号は毎回点灯。血糖値も危うい。今年も検査数値に一喜一憂しそうだ

▼さて、政治資金規正法違反罪で強制起訴されていた民主党元代表の小沢一郎さん。注目の地裁判決は「無罪」だった。周辺から早くも「これで復権」との声が上がっているが―

▼判決は、一審有罪の元秘書らとの「共謀」は否定したが、元秘書らの虚偽記載を認定。「収支報告書を見ていない」との元代表の供述は信用できないとした。巨額の手持ち資金の出所も十分説明されていない。検査項目の「共謀」がシロだからといって、「健康」と胸は張れない。ここは政治の出番だ。小沢さんも内視鏡なり超音波なり、何でもこいと国会で堂々と語ってはどうか

▼もとより、数値(供述)を捏造(ねつぞう)する検察がされるはずもない。手術が必要だ。<卓上四季>

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◇コラミストの筆致は「立て板に水の如し」あっぱれ。愚か者の筆者の筆致は(ナメクジ)の如し あきません自分の死は地球より重い。他人の死は犬の死より軽い。(山田風太郎)何と、凄い事を自虐的に述べている。

う~ん (@_@) 口あんぐりです!

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