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2012年1月

「指導者の条件 」

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  聖徳太    チャーチル

 指導者に不可欠な条件とは何か。知性、信念、政治的本能、性格の良さ。しかしそれ以上に大切なものがある。ニクソン米元大統領はこう指摘する。「すべてを得るために、すべてを賭ける用意。この決意がない者は一流の政治家たり得えない」

▼具体的に言えば胆力、直観力、決断力。ニクソン氏は「指導者とは」の中で英国の元首相チャーチルの振る舞いを取り上げ指導者の資質を説明する。チャーチルは世論に追随せず世論を指導する人物だった」

▼だがチャーチルほど毀(き)誉(よ)褒貶(ほうへん)の激しい政治家もいない。「それでもなお」と言い切る、あくの強さと押しの強さ。それ故に敵も多かったが、短所は長所。相手構わずにかみつく気迫は結果を生む。第2次大戦ではヒトラー相手に英国を勝利に導いた

▼今年は世界の主要国で権力者選びがある。先日の台湾総統選を皮切りに、3月にはロシア、春にフランスで大統領選挙がある。中国も秋に新しい国家主席を決める。韓国大統領選も12月。そして何と言っても米大統領選が11月にある

▼指導者を選ぶのは国であり、政治であり、国民である。外野席からあれこれ言う筋合いではないが、チャーチルの時代と違って指導者がいかにも小粒になったように映る

▼一つは時代背景。ニクソン氏は「テレビの発達が政治家の均質化を推進した」と指摘。「均質牛乳で一番おいしいクリームは最上層に来ないように、均質政治も同じことが起こる」と言う。何のことはない、日本の政治状況とそっくりではないか。【明窓】

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◇う~ん! 大乱世に指導者は、いないのかなぁ。いでよ。「救国の英雄」出番です乱世の??がちょいと、一癖、持っていますが、大化けする可能性が有りますが、あまりにも、壊し屋・金権疑惑で人望がない。残念無念です。

  ◇ ウィンストン・チャーチルの名言

 ○成功とは、失敗に失敗を重ねても情熱を失わない能力のことだ。

 ○金を失っても気にするな。名誉を失っても、まだ大丈夫。

 でも、勇気を失ってしまったら全て終わりだ。

 ○悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが・楽観主義者はすべての困難
 の中に好機を見いだす。

 ○勇気がなければ、他のすべての資質は意味をなさない。

 ○私はいつも前もって予言をするのは避けること にしている。なぜなら、事が起こった
 後に予言 する方が優れたやり方だからである

 ○絶対に屈服してはならない。  絶対に、絶対に、絶対に、絶対に。

 ○あまり先を読みすぎるのは誤りである。運命の鎖の輪は一つずつ扱われねばならな
 い。

 ○血と労苦と汗と涙のほかに、私が差し上げられるものはありません

 今日も【珍念】の減らず口は、絶好調ですあ・・(閻魔さま)から口に絆創膏を貼られる

 急いで退散します。・・・・\( ^∇^)/θ☆ わ~い

作文 「私のお兄ちゃん」

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  力作揃いの元日号 「ぼくとわたしの文芸集」 の中で、作文「私のお兄ちゃん」 (吉見小6年、 高見百々さん) に感動した。 大学生のお兄ちゃんが百々さんの学校へ教育実習に来た話。

▼ 「嬉しい気持ちと不安な気持ち」 になった。兄さんが 「あ」 行の言葉がスムーズに出てこなく人前ではなすのが苦手だからだ。 以前に 「どうして先生になりたいと思ったん?」 と聞いたら、「小学生の時、 少しどもる先生がいて、 とても温厚でいつもみんなを見守ってくれている感じがして、 言葉のことなんて全く気にならんかった。 いつかあんな先生になりたいと思ったんや」 と打ち明けてくれた

▼ 「先生という職業は人前で話ができて当たり前かもしれんけど、ハンディを持った人でも一生けん命頑張っている先生がいてもいいんやないか」とも お母さんも兄さんのことを 「何度もはずかしい思いをしてきたやろうに逃げ出さんと、 えらいなぁ」 とほめ、 自分も本当にそう思った。

▼実習の日が来て、 初めてのあいさつを緊張しながら待ったが、 やっぱり言葉がなかなか出て来ず 「頑張れ」 と心の中でつぶやいた。 でも

あいさつがすむと、 またいつものお兄ちゃんにもどっていた。

▼ピアノやクラリネットが上手で声楽も習う兄さんに、 評者の先生も夢が実現するよう声援を送っている。【丹波春秋】

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0902kurichan  高見百々さんの

  優しさに 心が洗

  われました。

   コラミストの文才は凄い!それに人情の機微に踏み込まれた慧眼は、あっぱれ。

   これからも、心温まるコラムをお願い申し上げます

   かく言う〝珍念〟も感動を与える文を書きたいです

   今日も、減らず口は 絶好調です。 ・・\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「親の生き方こそ最高の教材」

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 大阪からの帰り、2時間余りの汽車の旅はいつも退屈。缶ビールを片手にウトウトするのを常としている。

▼先日もいつものように座席に落ち着き、缶を開けようとしたとき、通路を挟んだ反対側に、2人の幼い子ども連れの母親が座った。男児はすぐ世界地図を広げ、母親に何度も何度も問いながらいくつかの国を探す遊びを始めた。かなり知名度の低い国まで男児の関心の中にあったので驚いた。

▼男児は5歳。保育園児でカタカナも読めると私に話してくれた。いたずら盛りの年齢であるはずなのに、落ち着いている。母親が妹のトイレの世話に立って、いない間もきちんと私の目を見ながら丁寧に話す。驚き、また感心した。

▼そういう男児の行為を褒めると、3歳だという妹も負けじと自分をアピールしてくる。やがて、男児が私に創作話を夢中になって話す。声が大きくなりそうになると母親はそっと子どもの口に手をあててさとし、静かに耳を傾ける。

▼その仕草から、日ごろの的確で優しいしつけぶりがうかがえた。そして、アメリカの教育学者マーフィーの「親の生き方こそ最高の教材です」ということばと、ウィリアム・アーサー・ワードの「凡庸な教師は教える。よい教師は説明する。優秀な教師は例を示す。偉大な教師はインスピレーションを与える」ということばを思い出した。

▼退屈だと思っていた帰途の2時間はさわやかで楽しい時間となった。【水鉄砲】

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☆ 感動しました

「どうか税金を取ってほしい」(@_@;)

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 どんな借金よりも人が払いたがらないもの。それは税金だ。米国の思想家エマーソンの言葉は人間心理の一面を突いている。国民の義務と理解しても喜んで納める人はあまりいない。負担には痛みが伴うからだ

◆ところがこの人は「どうか税金を取ってほしい」と訴える。ジョークではない。「負担を公平に分かち合うためにもっともっと払いたいのだ」と。米国のウォーレン・バフェット氏である

◆投資・保険会社を経営するバフェット氏は、資産が約3兆6千億円もあるという世界有数の大富豪だそのバフェット氏が米議会に自分たち富裕層への増税をと訴えたのは、昨夏のことだった

◆一昨年の所得は約49億円で、それに対する連邦税率は17・4%にとどまった。投資家優遇措置の結果だが、自社の社員は給料に平均36%も課税される。「こんな税制は不合理だ」。マイクロソフト社のビル・ゲイツ氏ら他の富豪も賛同しているという

◆先日、オバマ大統領が打ち出した富裕層増税策の背後には、こうした声がある。貧富の格差は「絶望的」といわれるほど開き、国の財政危機も深刻だ。何とかせねばと「勝ち組」が立ち上がるのは、米国らしいといえなくもない

◆ある試算がある。もしバフェット氏が日本人なら証券優遇税制で国税の税率はわずか10%余り。日本国内の「不合理」を何とかしようという「増税志願」の声は、これまで、聞いた記憶がない。【正平調】

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Tora01  旨い!あっぱれ。
 よくぞ庶民の思いを
 延べられた

    コラミストの提言は「干天の慈雨の如し」 恐れ入りました。

    それにしても、富裕層の人たちの思考は解りません。 不肖「珍念」具に考えると人
    は 必ず死にますが!蓄えた財宝は、あの世には持っていけません。持っていける
    のは・・なんでょうか・・?   【珍念】永遠の課題です!

     「喜劇王チャップリン」 は 言いました「生きることは素晴らしい!」
     「笑うことは素晴らしい!」と

    名作「ライム・ライト」(1952年完成)で(チャップリン自身を思わせる老優カルブェ
    が足が麻痺して絶望している。バレリーナの娘テリーを励ますシーンで・・・・)人生
    は美しい!生きることは素晴らしい!君は、いつも病気(悩み)のことばかり考え
    て、暗く、うっむいている。それじゃ、いけない。人間には「死ぬ」ことと同じくらい
    避けられないことがあるんだ。 それは「生きる」ことだよ!」

    更に「宇宙を運行させ、地球を回し、木々を育てている力と同じ力が、君のなかにも
    あるんだ」

    「生きる」ために必要なのは、ただ、ほんの少しのお金とそして「勇気」なんだよ」 
    
 と。

     『名もない 人達の中で 心を 打たれたといわれる 人生を 私は生きたい』
     (池田大作)・・・・
不肖:「珍念」も そう生きたい!

「質問する力」(*^^)v

  •   Co_8

Renn_6  瑚璉(これん)の器

 瑚璉(これん:祭祀に

 用いる貴重な食器)

 聖人と呼ばれる存在はほとんど自分で本を書いていない。キリスト然(しか)り、ソクラテス然り。質問に答えて話をするのが常だ。例えば「論語」で弟子の子貢が孔子に尋ねる。「私はどうでしょう」「お前は器だ」「何の器ですか」「瑚璉(これん)の器だ」

▼「自分はどうか」と突いてきた弟子に限界はあるが貴重な器のように有用だと師は返す。「質問は網。しっかり作っておけばいい魚がとれる」とは斎藤孝明治大教授の言葉だ(「質問力」筑摩書房)。「具体的で本質的」かどうかが要という

▼一昨日の谷垣禎一自民党総裁の代表質問は具体的ではあった。消費増税を公約違反と断じて「有権者に謝罪し、国民に信を問い直すことしかない」と迫り、首相が呼び掛ける与野党協議を拒んだ

▼だが、同じやりとりを幾度聞いただろう。消費税率10%を先に掲げたのは自民である。手続き論での難癖の類いとみえなくもない。「本質」を欠く問いには答弁もおざなりだ。減点主義の空虚な応酬を論戦とは呼ばない

▼財政危機は確実に近づいている。日本は31年ぶりに貿易赤字に陥った。経常収支まで赤字となればいよいよ海外に頼らないと借金を賄いきれなくなる欧州をのみ込んだ世界市場の荒波が待つ

▼1千兆円近い借金をどう減らしていくのか。束になっても容易ならざる難題を前に、なお政党は無益な作用反作用を続ける。「国民のため」と声を張り上げたところで民心に響こうか。【梵語】

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

◇旨い!あっぱれ。座布団、千枚差し上げます。

愚か者の【珍念】・・「ごまめの歯ぎしり」をしている。・・これ以上は(蛇足)。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

映画「キツツキと雨」

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岐阜の魅力伝える名作

 新作映画の劇場公開が年間700本を超える東京しかし旧作を上映する名画座の存在も興味深い。

▼先日、浅草にある昭和30年創業の古い名画座映画館に入った。三本立て入れ替え自由、時間表は手書き、もぎりのおばちゃん。岐阜県内にはこんな映画館の風景はすでに無いと思う。渥美清でおなじみの映画「男はつらいよ寅次郎恋愛塾」を二十数年ぶりに観賞した。ほぼ満員の客席からは、大きな笑い声が絶えない。カップ酒片手のおじいさんからは奇声も飛ぶ。寅さんは観客の家族の一員のようである

▼近年は、シネコンで快適に映画観賞に臨む機会が多く、旧来の映画館の風情に戸惑った。しかし、光と影のスクリーンと一喜一憂する客席との距離の近さに感動すら覚えた。劇中の長崎県・五島列島の情緒、天草市の景観が心にしみる。DVDの自宅観賞では味わえない深みがそこにはある。映画観賞にも温故知新あり。

▼さて、県内で大きな話題にしたい新作映画がある昨年秋、東京国際映画祭で審査員特別賞を獲得した「キツツキと雨」である。最近では、「聯合(れんごう)艦隊司令長官 山本五十六」の新潟県長岡市や「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」の富山県など、地方の魅力を伝える佳作が続くが、「キツツキと雨」に展開される岐阜県の魅力は圧倒的。

▼加茂郡白川町の東濃ヒノキの伐採シーンから始まる映画の舞台は架空の「栗沢村」。実際のロケ地は恵那市、中津川市、瑞浪市などで、岐阜県が日本のふるさとを代弁する映画だ。役所広司扮(ふん)する木こりと小栗旬扮する映画監督が絶妙の演技で見せる。明知鉄道岩村駅の夜のたたずまいの描写は秀逸。岐阜に行きたくなるうれしい映画。東京人にも自信を持って推奨したい。【濃飛抄】

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◇ ストーリー(あらすじ)

「南極料理人」の沖田修一監督が、無骨な木こりと気の弱い映画監督の出会いから生まれるドラマを役所広司と小栗旬の初共演で描く。とあるのどかな山村に、ある日突然、ゾンビ映画の撮影隊がやってくる。ひょんなことから撮影を手伝うことになった60歳の木こりの克彦と、その気弱さゆえにスタッフをまとめられず狼狽する25歳の新人監督・幸一は、互いに影響を与えあい、次第に変化をもたらしていく

◇ そしてそんな2人の交流が村と撮影隊の奇妙なコラボレーションを生み出していく。2011年・第24回東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞。

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【珍念】感動しました。

「百聞は一見に如かず」

これ以上は『蛇足』!

「夢」

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 中国の伝説上の獣「獏」(ばく)と同一視され、日本では夢を食べるとされる。
子どものころ、誰しも夢を見る。今のあなたに夢はあるだろうか。夢は人間にしか見られない特権である。夢に生き抜いた人は輝いてみえる

▼福岡県のある高校では、「ドリカム(夢の実現)プラン」と名付けたキャリア教育で、全国に先駆けてきた。自らの夢を持ち、人生を自律的に行動できる生徒の育成を目指し、学校が一流の人物、本物に接する機会を提供する。1年生はおぼろげだが2、3年生になると、はっきりとした夢を描くようになる。目指す方向が決まると、勉強にも強い意欲を持つようになるという

▼もちろん、全ての人が夢を実現できるわけではない。しかし、そのために積み重ねた努力は消えないし、一生の宝となって自分自身を飾る

▼哲学者ニーチェは語った。「諸君はあらゆることに責任をとろうとする! ただ諸君の夢にだけは責任をとろうとしない!」(茅野良男訳『ニーチェ全集7』理想社)。自分の夢に対する責任を、誰かに負ってもらうわけにはいかない。徹頭徹尾、自身と向き合うしかないのだ

▼夢を持つことが目標ではなく、それに向かって努力することが大事だ。そのためのエンジンが信仰である。夢への努力の中にこそ、成長があり、充実があり、生きる喜びが生まれる『名字の言』

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◇かく言う <珍念>夢は良く見ます。今朝は、池田名誉会長の夢をみた。師弟の絆が薄れているのでしょう。反省している。

● 夢・・今朝は、渥しなく楽しい夢だった。だが、目が醒めると一瞬に幻と消え去った。昨日は恐ろしい、何かに追われ、いつまでも脳裏に残る夢だった。だれも作用しないのに、頭脳いっぱい暴れ遊ぶ「空」の展開。

●露におおわれた山野の奥 あの人にも、この友にも現(うつつ)と幻のほとりを。厳しくも 不自然に明滅する転回。 死後の生命も 同じような空間に現実として 喜怒哀楽を感じながら。生死不二の流転をしていることだろう。

●夢を見るならば 妙なる夢をみたいものだ。・・(池田大作。青年の譜)引用

 夢(ゆめ)とは

睡眠中あたかも現実の経験であるかのように感じる一連の観念や心像のこと。睡眠中にもつ幻覚のこと将来実現させたいと思っていること願望。と!◇今日は、黒澤明監督の映画「夢」を観賞します

相変わらず。支離滅裂な減らず口は絶好調です。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「カーネーション」

Photo_3 呉服屋の娘糸子

「出色のテレビ小説」

 NHKの連続テレビ小説「カーネーション」が面白い。ファッションデザイナー「コシノ三姉妹」の母となる小篠綾子さんをモデルに、昭和をたくましく生きた女性の生涯を描いている。

○舞台は大阪・岸和田。勇壮な「だんじり祭」を生き甲斐とする商店街の住人たちは、戦争の暗い影が差してきても明るさを失わない。

○ミシンに魅せられた呉服屋の娘糸子は、女学校を中退して裁縫の道を選び、やがて洋装店を開く。夫の戦死をはじめ身内や知人を失っても挫(くじ)けず、3人の娘を育てる。

○8月15日、日本の敗戦を知った糸子は仏壇に手を合わせた後、無表情で「さあ、お昼にしよけ」とつぶやく。斬新な描き方に不意を突かれた。

○ミシン供出を迫るなど何かにつけて威圧的だった国防婦人会長が、米よこせ運動のリーダーとなって現れる。「要は説教できたら何でもええんですね」と洋装店員。いつの世も同じか。ドラマの底流にあるのは、上方の反骨心だろう。

○糸子役の尾野真千子をはじめ、脇を固める面々も達者ぞろい。戦中戦後の描き方も、べた付かず嫌味がない。登場人物たちとともに、昭和という時代を生き直しているような気にさせられる。

○NHKのテレビ小説や大河ドラマには、地域起こし効果も期待される。県内を主な舞台にしたテレビ小説は、2002(平成14)年の「さくら」。起し太鼓や白壁土蔵の街・飛騨古川を一躍全国区にした。

○大河ドラマでは73(昭和48)年の「国盗り物語」。松坂慶子の濃姫が人気を呼び、岐阜城の年間入場者が40万人を超す観光ブームに沸いた。92年の「信長 KING OF JIPANG」では岐阜市太郎丸に組まれた広大なオープンセットが話題となった。

○NHKのドラマ頼みも癪(しゃく)だが、そろそろ良質な岐阜の物語が見たい。『口笛』

◇<珍念>のコメントは【蛇足】です!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

<ブタが空を飛んだら> (@_@;)

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 ユーロ危機が止まらない。ついに、最上位の「トリプルA」の格付けを誇ってきたフランスまで格下げの憂き目に遭い、ますます混沌(こんとん)としてきた

◆ユーロ危機を報じる経済記事では、危機の中心に居座る「ブタ」が、おなじみになってしまった。財政危機にひんしているポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペインを指し、それぞれの国の頭文字を取って「PIIGS」。スペルは少々異なるが、ブタと重ねたわけだ

◆この呼び名には自力での財政立て直しは難しく、誰かの“お荷物”になりずくめのくせに、努力もせずに大食らいを続けている-そんな侮蔑的な意味合いが込められているようだ

◆ヨーロッパ旅行で、通貨が統一されている恩恵を肌で感じた人も多いだろう。それぞれの国の通貨に両替する手間もなく、為替の計算に煩わされず、国境を意識することさえない。域内の人々にとって、経済活性化のメリットが大きかったのは間違いない

◆このままユーロ危機を収束できなければ、グローバル化している世界は同時不況に陥る。ブタとやゆされた国々としても、背中に翼をつけてでもどん底から抜け出したい気持ちだろう

◆「ブタが空を飛んだら」という英語のことわざはあり得ないことの意味だが、ここは世界経済のためにも、何が何でも飛んでもらうしかない。『有明抄』

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◇う~ん! (トン)と 名案が浮かびません。あ、パンが真っ黒に・珍念の心も・・真っ黒で~す。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

『ミュンヒハウゼン男爵』

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『ほら吹き男爵の冒険』

  ミュンヒハウゼン男爵は18世紀に実在したドイツの貴族。ロシア軍に加わり、大尉に昇進したところで帰郷した。歴史の教科書に載るような人物ではない。『ほら吹き男爵の冒険』の主人公として知られる

▼ロシアでの体験を話したのは事実だが、今に伝わる物語の多くは別人の創作。雪の上に突き出た杭に馬をつないで野宿したら、翌朝雪が解け、馬は教会の屋根の上にいた。そんな荒唐無稽な話が長年子供たちを楽しませてきた

▼ほら吹きは落語にも登場する。『弥次郎』はその一つ。ご隠居に武者修行で訪れた恐山での武勇伝を語る。山賊に出くわして、大立ち回りを演じた。「大きな岩をちぎっては投げ…」。笑いどころ満載の演目だ

▼きのう、おいらせ町で「ほら吹き大会」が開かれた。夢のある豪快なほら話を、まちづくりに生かすのが狙い。旧百石町時代から通算15回目を数える今では新年の恒例行事としてすっかり定着した

▼だが、今年の開催がすんなり決まった訳ではない主催者は東日本大震災の深刻な被害に配慮し、自粛すべきではないのかと迷った。結局、ほら話に笑った町民が絆を深め、まちづくりの原動力にしてくれればと願い、開催を決めた

▼楽しい「ほら」はともかく、巷には本当でないことを相手が信じるように伝える悪意に満ちた「うそ」がはびこる。「うそをつけば閻魔(えんま)大王に舌を抜かれる」と言われたものだが、世の中には二枚舌の悪人が増えたのか。『天鐘』

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Tine   「ほら吹き大会」
  面白い 愉快だ!
  筆者も参加したかった。

    ◇愚か者の「珍念」善人でもなく・二枚舌いゃ・五枚舌の悪人かも知れません。
    我、賢いと思い僅かな知識を恥ずかしげもなく述べる。その傲慢さは人は騙せても
    きっと、あの世で閻魔さまから断罪される・・ゲーテからも、この「偽善者」め、と叱ら
    れる。 

    怖いので頑張ります。  \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「馬鹿(ばか)者のいないロシア」

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  「馬鹿(ばか)者のいないロシア」という毒を含んだようなタイトルのインターネットサイトを、メドベージェフ大統領が20日、開設した

▼一般の人たちが、ひどい仕事ぶりの「愚かな公務員」を実名を挙げて投稿。どの地域にどんな「馬鹿者」がいるのかをサイト上で公表する仕組みらしい

▼無意味で非能率的なお役所仕事や収賄などソ連時代から続く悪弊を絶とうとの試みのようだ。国民の声に耳を傾けるというのは分かるが、方法はかなり荒っぽい

▼公務員告発サイト開設の動きに対し、ネット上ではすでに、ポスト交換で体制継続を図ろうとするプーチン首相とメドベージェフ大統領を「馬鹿者の中に入れよう」との皮肉が飛び交っているという

▼昔からロシア人は、風刺の効いた小話「アネクドート」好きで知られる。有名な話を一つ。酔っぱらった男が赤の広場で「スターリンの馬鹿野郎」と大声で叫んだ。男はすぐに逮捕され、懲役20年を言い渡された。侮辱罪で2年、国家機密漏洩(ろうえい)罪で18年

▼にやりとするような政治的な小話がロシアに多いのは、厳しい現実や不満をユーモアに変え明日への力にしてきたからでもある。私たちはというと、震災以降、政治不信は極まり、もやもやとした気分が晴れずにいる。本質を突きつつ笑い飛ばす元気が、少しうらやましい。「大弦小弦」

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

  Honn_3  旨い! あっぱれ。
     コラミストの慧眼は
     冴えている。
     ダイヤモンドを
     差し上げます!

    「愚かな公務員」を実名を挙げて投稿。羨ましいです、それをやると『そして誰もいな
    くなった』・・・!(^^)!

    さしずめ「嘘つきの政治家」は、私たちの権利を使いさっさと 退散させましょう。

    <珍念>も減らず口を叩かず・さっさと消えます。

    \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「端渓の硯」だんけいのすずり)

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 端渓硯は、また、端渓、端硯、端州硯とも読みます。その硯石は広東省肇慶市に産出します

▼ 深山幽谷と形容される美しいこの場所で端渓硯の原石が掘り出される。 端渓の石が硯 に使われるようになったのは唐代からで、宋代に量産されるようになって一躍有名になっ た。このころ日本にも渡って来たといわれる。紫色を基調にした 。

▼ 中国の宋は、贅沢(ぜいたく)が洗練されていった時代として知られる。有名なのは硯(すずり)の趣味で、最上という「端渓の硯」には、山一つ分、もの値がついたりしたらしい。考えようではたかが石っころなのにとは言うまい。贅沢とはそんなものだろう。

☆「米元章」隣国の「風変わりな人」で、宋国の帝のご信頼が厚くその性、剛毅にして人格者と言いたいのですが、天才には、おうおうにして人なみ外れた欠陥が潔癖症でした。それについては詳しく( 2010年5月29日付け)のコラムに【潔癖】(けっペき)に述べています。気が向かれましたらお読みください。

▼東洋史の碩学(せきがく)、宮崎市定がこうした話を紹介して書いている。「文房具に対して贅沢をするようになったのはよほど奢侈(しゃし)の進歩であります」。文房具店内をそぞろ歩くのが楽しいのは、ちょっとした贅沢気分を日々味わえそうな品が並んでいるからだ。が、今は硯というわけにはいかない。さしずめ万年筆である。

▼県立神奈川近代文学館で開催中の「作家と万年筆展」に、27人が愛用したモンブランだのパーカーだのが並んでいる。実物と自筆原稿や万年筆についてのエッセーを併せみれば、各人のこだわりが尋常ならざるものだと分かる。そして、作家にとって贅沢とはピタリ相性があう小さな相棒を持つことだとも分かる。

▼「三本の中で一番書き馴(な)れたのを本妻と呼び、次に書き易(やす)いのを二号……」。これは向田邦子。開高健は「何十年と同棲(どうせい)してそのあげくようやくなじみあえる器物なのだからちょっと夫婦関係に似たところがある」と書いた。さて、身の回りに何十年となじんだ本妻に値する器物があるか。見当たらぬ。『春秋』

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   (@_@)・さて、身の回りに何十年となじんだ本夫に値する器物があるか。見当たら
   ぬ。と逆説が浮かびます。それはさて置き「作家と万年筆展」には聊か興味をそそら
   れる。『アナログ』世界に誘われるようです。コラミストの眼は(自虐的)で面白い!
   かく言う 『珍念』 硯と筆は安物を持っています。

   ここ数十年、物置に。今日は心を籠めて書初めをしたいです。硯石のような人になり
   たい!

   今日も【珍念】の、減らず口は絶好調です。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「ヒトラー」 (?_?)

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 ヒトラーとは誰か? 子どもたちが答えた。「重力の発見者」13・5%、「ドイツのサッカー代表監督」7%――昨年、英国の9〜15歳を対象に、20世紀の二つの大戦について聞いた調査の結果である(AFP、多項選択式)。77%は「ナチスの党首」と正解したが、風化が進んでいるのは明白だ

▼では、初めて核兵器を使用した国は? なんと「日本」と回答したのは31%。常識といえる史実でさえ、このありさま。まして、語られない事実は永久に忘れられかねない

▼『ヒトラーの特攻隊』(三浦耕喜著、作品社)には、ドイツにも、日本のカミカゼ特攻隊に酷似した攻撃があったと明かされている。「こんなばかげたことを!」と叫びながら出撃し、奇跡的に生き残った元隊員。体の傷、心の傷も癒え、娘に自身の体験を語れたのは、ようやくベルリンの壁崩壊(1989年)のころという

▼統一ドイツのヴァイツゼッカー初代大統領は訴えた。「過去と向かい合うことがどんなに困難かだがぜひとも必要であり、結局は未来のために役立つ」(永井清彦訳)

▼語り継ぐ勇気と、受け継ぐ決意。老いも若きも、命に刻印すべきは、戦争の悲惨さ、残酷さである。世界大戦や核爆弾を前世紀の遺物とするために。 【名字の言】

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

☆う~ん 心に響く叫び、痛み入ります。では、どう、行動すれば良いのでしようか!

ノー天気の【珍念】に方法を教えて下され~ぃ。 (*゚ー゚*)

◇「珍念」ふと、ユネスコ憲章の前文を思い浮かべています。

◇教育や文化の振興を通じて、戦争の悲劇を繰り返さないとの理念により、設立の意義を定めたユネスコ憲章の前文には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」との文言がある。

   ◇心の中に平和なとりで・・云々と、ありますが。池田名誉会長は、50年前。ある会
   合で「経済・政治・社会の根本とは何か、順々と指導を進めた。生命なくして、経済
   も、教育も、科学も、政治もありません。一切が、人生、社会の幸福を追求する
   ための分野なのです。

   根本は全部人間です。生命です。その生命とは何かという根本解決の道が
   宗教じゃありませんか」と。

   これ以上は『釈迦に説法』口を閉じます。   \( ^∇^)/θ☆ わ~い

ドラえもんのポケット

Doraemon_2

どんなポケット?
珍念も欲しいです

 ポケットの内側が四次元空間(ワームホール)に繋がっており、無限に物体を収納することができる

●普段はドラえもんの腹部に装着されている。のび太を助ける様々なひみつ道具は、四次元空間内の四次元倉庫に収納されている。また、スペアポケットと四次元空間越しに繋がっている。ポケットの口以上の大きさの物体も入れたり取り出すことが可能(その際には、道具の方がポケットの口の大きさに合わせて歪むその逆もある)。ポケットを付けたまま頭からポケットの中に突っ込み全身を入れるとポケットを含めた全身を四次元空間へと容れることができる。

●藤子・F・不二雄がベトナムを訪問した際に、現地の児童に「四次元ポケットを持っているなら見せてほしい」と頼まれたことがある。藤子は「四次元ポケットは今のところドラえもんがおなかに付けているものと押入れにある予備のものの2つしかありません。つまり、僕は四次元ポケットを持っていないんです。」と答えていた。

▼「革新」と入力したいが画面に出てきたのは「確信」……。パソコンや携帯メールで文章を打ち込む際、使いたい漢字が出てこなくて、いら立つことがある

▼漢字変換のソフトには、〝使用頻度の多い字から変換候補として表示される〟学習機能が付いている変換候補の表れ方は、それを使用する人の仕事、関心事、ひいては人生観を映し出しているともいえる

▼考えてみれば、私たち一人一人の人生は、日々の〝選択〟の積み重ねから成っている。例えば、新たな課題にぶつかった際に、真正面から挑戦するのか理由をつけて避けようとするのか。一つ一つの〝選択〟は小さくても、積み重なれば、大きな「生き方の違い」となって現れてくる

▼易きに流れがちなのが人間の常だ。それを挑戦の方向へ切り替え、〝人生の坂〟を登はんするための支えこそ、自分自身の確固とした思想、価値観にほかならない

▼日蓮大聖人は「然どもいまだこりず候」(御書1056㌻)、「大悪をこれば大善きたる」(同1300㌻)と、状況が困難であればあるほど奮い立ち不屈の心で前進する生き方を繰り返し教えておられる。困難に対して、どう向き合うか。その中にこそ「降伏」を「幸福」に変える鍵がある『名字の言』

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◇ 旨い! あっぱれ。このコラム『正鵠を失わず』<言い得て妙>です。座布団有るだけ差し上げます

コラミストの筆致は冴えている。・・ !(^^)!・・微熱の『珍念』・・・筆致は枯れています。

○ これ以上は【蛇足】!    \( ^∇^)/θ☆ わ~い

生きることの大切さ実感

Head02

   営業マンとして高度成長期の会社を支え、気がつけば管理職。40年以上も勤め上げた会社を67歳で退職した砂田知昭。第二の人生を歩み始めた矢先に健康診断で胃ガンである事がわかる。すでにガンが最終段階にまで進んでいる事を知った砂田は、家族のため、そして自分の人生を総括するため、“エンディングノート”を作成し、人生最後のプロジェクトを成し遂げようとする。そんな砂田を映像作家の娘が撮り続ける。

▼ 自らの最期に向けて生き様や葬儀の希望を書き記す「エンディングノート」。そんなタイトルの映画が今、浜松市内で上映中だ。

▼ 砂田麻美監督が自分の父親のがん告知から亡くなるまでの半年間を収めたドキュメンタリー。映し出されていたのは、団らんもけんかもある、いとおしい普通の家族の形だった。

▼ 取材中、8年前に亡くなった父を思い「何も書き残さなかった」と漏らすと、監督は「ノートが大事なんじゃなくて、残された人が相手を思い出してちゃんと生きることが大切。死は断絶じゃない」と語った。

▼ 「何しているの」。久しぶりに墓参りをして父に話し掛けてみた。何の返答もないが、すがすがしい気持ちをくれた。『清流』

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Kuti02 感動しました。

「運命の人」

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 沖縄本土復帰40周年記念に、TBS系テレビ(関西は毎日放送)が山崎豊子原作の連続ドラマ『運命の人』の放映を始めた。

▼モデルは元毎日新聞の西山太吉記者。テレビでは本木雅弘が演じてカッコいいが、私の知る本人は「ふときっつぁん」と呼ばれた豪腕記者だった。彼は沖縄返還に際し、米国が支払うべき関連経費を日本側が負担する密約があったと報じた。日本政府をゆるがせた特ダネだった。

▼西山記者は極秘公電の写しを外務省高官の秘書から入手。これを野党議員に渡し、国会で追及させてから記事にした。ところが、間もなく西山記者は病気の、夫を持つこの秘書に酒を飲ませて男女関係になっていたことが判明した。

▼週刊誌は二人の関係を徹底的に暴き、毎日新聞は社告で謝罪した。情緒的で潔癖な日本人は、その取材方法を許さなかったのだ。二人は逮捕され、有罪(執行猶予付き)となった。秘書は懲戒免職、西山氏は退職した。おかげで時の佐藤内閣は救われ、政府は密約の存在を否定し続けた。検察も追及しなかった。

▼ようやく最近になって、密約の実在が明らかになった。手段はともかく、西山氏の報道は正しかったのだ。毎日新聞OBの山崎豊子氏は、月刊誌に『運命の人』を連載し、政府が国益という名分で一記者を社会的に葬った背景を明らかにした。

▼でも、本当の悲劇は、基地の島・沖縄が、いまだに戦後を引きずらされていることだろう。『水鉄砲』

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◇旨い!あっぱれ。 闇に閉ざされた伏魔殿の扉をあけられた、勇気ある、西山記者の提言と〝本当の悲劇は、基地の島・沖縄が、いまだに戦後を引きずらされていることだろう〟の件には、筆者も怖気がする。

○戦後67年に、間もなくなる。いったい 政治家は何をしてたんだ。怒りを覚える。特に歴代の総理大臣は恥を知るべきだ。

 あ・・あまり吠えると・・葬むられるやも!くわばら・くわばら。「触らぬ神に祟りなし」 珍念 チト カナシイ ・・・・・。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・

白川静に思いを馳せる

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 漢字研究の第一人者だった白川静は、福井市内の小学校を出てすぐ、大阪の代議士事務所に住み込みで働いた経験をもつ。昭和8年に予算委員長在任中に亡くなった広瀬徳蔵という人は、大変な読書家だったらしい。

▼書庫には、国訳漢文大成八十巻などの漢籍のほか、明治末期から大正期にかけてのおびただしい文学、教養の書が並んでいた。白川少年は、暇になると図書館にいるような気持ちで読みふけった。

▼広瀬ほどでなくても戦前の政治家には、漢学の素養のある人が多かった。「学問をやらずに政治家になるのは、まことに厚かましい限りだよ」。白川がある対談で語っている(『回思九十年』平凡社)

▼昨今の政治家はあまりに忙しすぎる。なかなか読書三昧というわけにはいくまい。それでも大臣に就任したら、管轄する仕事の基本事項くらいしっかり頭に入れてもらわないと困る。田中直紀防衛相は15日のNHK番組で前任者の一川保夫氏に続いて早くも安全保障に関する「素人」ぶりをさらけ出してしまった。

 ▼自衛隊の「PKO参加5原則」の武器使用基準について聞かれているのに、「武器輸出三原則」と完全に混同していた。とんちんかんなやりとりに、司会者もさぞ戸惑ったことだろう。同じ日に南スーダンでのPKOに参加する陸上自衛隊の先遣隊が、現地に到着した。大臣がこんな認識では、「日本の存在を世界にアピールしたい」と意気込む彼らの苦労は浮かばれない。

 ▼広瀬は白川を政治家にするつもりだったが、漢籍に没頭する姿を見てあきらめたそうだ。「政治家にならなくてよかった」と白川は振り返る。別の意味で「政治家にならない方がよかった」人物が多すぎる。[産経抄]

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(@_@) 『猫も杓子も』・・間抜けな政治家にならない方がよかった」人物が多すぎる。 あ!{目糞鼻糞を笑う}・・

閻魔さまから己は、と叱られる。 こっそり 退散します。  \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

佐藤慶太郎に思いを馳せる

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 北九州市の洞海湾北岸を走る列車で若松に行った折尾まで特急に乗ると博多駅からは乗り継ぎを入れて約1時間だった

▼若松駅から歩いて10分ほどのところに佐藤公園はあった。佐藤慶太郎(1868―1940)が晩年に旧宅跡を市に寄付して造られた公園には、胸像もある。3年前に建てられた

▼石碑に由来が刻まれている。少年時代は貧しさに負けず勉学に励み、東京の明治法律学校(現明治大学)を卒業。故郷に近い若松を拠点に石炭商を営み一代で財をなした

▼東京・上野の「東京府美術館」(現東京都美術館)の建設資金100万円を寄付している。現在なら33億円に相当するという。西日本シティ銀行の冊子「北九州に強くなろうシリーズ17 佐藤慶太郎」(2011年3月)にも詳しい。筑波大学大学院の齋藤泰嘉教授によると佐藤翁には仰ぎ見る人物がいた

▼米国のアンドリュー・カーネギーだ。慈善家としても知られる「鉄鋼王」カーネギーが言い残した「富みて死すは、富者の恥辱なり」を信奉した。九州内の病院や学校などにも資金を提供し、遺産も遺言によりすべて社会事業に寄付された

▼郷土の先人に学べ、と没後70年の折に「銅像を」の声が上がった。必要な額を上回るお金が多くの市民から寄せられた。石碑には、富は社会からの預かりものだとする翁の信念「公私一如」の言葉がある。洞海湾を遠望する高台の一角に像は立っている『西日本新聞・春秋』

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◇<珍念>一度。「佐藤公園」を見てみたいです。コメントは。『蛇足』! ( ´;ω;`)ブワッ

心の「扉」(とびら) !(^^)!

Image 恩師 戸田城聖先生

 心には「扉」がある。それを開かなければ、言葉は相手に届かない

▼満員の最終電車。ドアの前に若者たちが座り込み騒いでいる。乗客の一人が、にこやかに「ちょっとごめんね。降りるよ!」と声をかけた。びっくりしたように見上げ、身を寄せる若者たち。降りしな客は「おやすみ!」と。彼らはほおを赤らめ、立ち上がった

▼その光景を目にして思った。もし客が、不機嫌な顔つきで「邪魔だ。どけよ!」と告げたとしたら…。ひと悶着起きたかもしれない。理由はどうあれ「不機嫌は怠惰の一種」とは、ゲーテの指摘。正論といえども“伝え方”には、やはり配慮が欠かせまい

法華経に「言辞は柔軟にして、衆の心を悦可せしめたまう」(言葉柔らかに人々の心を喜ばせる)と恩師・戸田先生の講義は、まさにこの経文のごとくであったという。わかりやすい言葉で、自在に。それは“一人も残らず、救わずにおくものか”との慈愛の発露であった。「しかも、絶妙なユーモアを交え、場内を爆笑の渦に巻き込みながら、いつしか深遠な仏法の極理を、心から納得させていかれるのであった」(「随筆 新・人間革命」)

▼心の「扉」を開く鍵は、快活な誠意と勇気だ。そのとき言葉は心に届き、相手は動く。【名字の言】

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◇<珍念>のコメントは『釈迦に説法』!  \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

牧野富太郎博士に思いを馳せる

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  ことし生誕150年を迎える牧野富太郎博士が生まれた文久2(1862)年。2年前の「桜田門外の変」に続いて「坂下門外の変」があり、英国人が藩士に襲われる生麦事件も起きている。幕末の激動の始まりに当たる。

▼元号が明治に改まった博士の青年期にも、土佐を発祥とする自由民権運動の激動があった。郷里の佐川も「全村こぞって自由党員であり、私も熱心な自由党の一員」「懇親会をやり大いに気勢を?挙(あ)げた」。そう「自叙伝」で明かしている。

▼ただ学問に専心することが自分の使命と考えた博士は、自由党を許されて退くことになる。では、自由民権の精神は、その後どうなったのだろう。その関係をよくは知らないが、博士の生涯を考えると興味深い。

▼まず博士は徹底して学問の「自由」を求めた。植物を愛すること、植物を学ぶことだけが全てであり肩書や名誉は一切欲しない。博士号を受けたときには、〈何の奇も何の興趣も消え?失(う)せて 平凡化せるわれの学問〉とまで詠んでいる。

▼そして権力や権威の迫害には、決して屈しない。博士の貧乏生活の裏には、東京帝大での研究妨害や冷遇との闘いがある。だから講師を辞める際、大学が一事務員をよこして辞表提出を強要するような態度に出たときには、珍しく怒った。「許すべからざる無礼である」と。 まるで反骨精神に満ちた、自由党の闘士を見るようではないか。博士の誕生日は4月24日。「小社会」

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☆読者の皆さまへ。今回は、長~い、長~い、稚拙な、面白くもない論文ですが、気が向かれましたらお読みください! 珍念の文才が幼稚なため意を尽くせない文言が有ります。お気に障ったら深くお詫びします。なにとぞ、宜しくお願い申し上げます。

     〇牧野 富太郎(まきの とみたろう、文久2年4月24日(1862年5月22日) - 1957年
     (昭和32年)1月18日)は、日本の植物学者。高知県高岡郡佐川町出身

     ○日本植物学の父いわれ、多数の新種を発見し命名も行った近代植物分類学
     の権威である。その研究成果は50万点もの標本や観察記録、そして『牧野日本
     植物図鑑』に代表される多数の著作として残っている。小学校中退でありながら
     理学博士の学位も得て生まれた日は「植物学の日」に制定された。

     ◇  昭和31年・1956年・94歳・6月、病状悪化。7月、昭和天皇よりお見舞いのアイ
     スクリーム届く 昭和32年・1957年・95歳1月18日永眠。没後、文化勲章を授与さ
     れる。 東京都谷中墓地に葬られる。

     趣味:   牧野博士はとても広範な趣味を持っていた事でも知られています。学者
     「牧野博士」だけではなく、人間「牧野富太郎」としても魅力的だということの一端
     をご紹介します。

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     赭鞭一撻(しゃべんいったつ)  結網子 稿郷里佐川にいた少年時代(18~20才
     頃)博士が植物学を志すようになった頃の勉強心得。この若き日の抱負は、生涯
     を通じて実践された。「結網子」は牧野富太郎の号

    一 忍耐を要す。何事においてもそうであるが、植物の詳細は、ちょっと見で分か
    るようなものではない。行き詰まっても、耐え忍んで研究を続けなさい。

    二 精密を要す。観察にしても、実践にしても、比較にしても、記載文作成にして
    も、不明な点、不明瞭な点が有るのをそのままにしてはいけない。いい加減で済ま
    すことが、ないように、とことんまで精密を心がけなさい。

    三 草木の博覧を要す。 材料(草木)を多量に観察しなさい。そうしないで少し
    の材料で済まそうとすれば、知識も偏(かたよ)り、不十分な成果しか上げられな
     い。

    四 書籍の博覧を要す。書籍は古今東西の学者の研究の結実です。出来得る
    限り多くの書を読み、自分自身の血とし肉とし、それを土台に研究しなさい。

    五 植学に関係ある学科は皆学ぶを要す。植物の学問をする場合、物理学や
    科学(例えば光のせいで茎が曲がったり)、動物学(花粉を運ぶ蝶)地理学(どこ
    で、どんな植物が生えるか)、農学(有用植物の場合)、画学(植物画を描く場合)、
    文章学(植物を文章で表現する記載文)など、ほかの関係分野の学問も研究しなさ
    い。

    六 洋書を講ずるを要す。(明治初年の段階では)、植物の学問は日本人や中
    国人のそれよりも、西洋人の学問が遥かに進んで(いた)いるので、洋書を読みな
    さい(和書・漢籍じゃ駄目です)。ただし、それは現在の時点においてそうであって、
    永久にそうではない。やがては我々東洋人の植物学が追い越すでしょう。

   七 当に画図を引くを学ぶべし。学問の成果を発表する際、植物の形状、生態を
   観察するに最も適した画図の技法を学びなさい。他人に描いて貰うのと、自分で描く
   とは雲泥の差です。それに加えて練られた文章の力を借りてこそ、植物について細
   かくはっきりと伝えられます。

   八 宜(よろ)しく師を要すべし。植物について疑問がある場合、植物だけで答えを
   得ることはできません。誰か先生について、先生に聞く以外ありません。それも一人
   の先生じゃ駄目です先生と仰ぐに年の上下は関係ありません。分からない事を聞く
   場合、年下の者に聞いては恥だと思うような事では、疑問を解くことは、死ぬまで不
   可能です。

   九 りん財者は植物学たるを得ず。以上述べたように絶対に必要な書籍を買うに
   も(顕微鏡のような)機械を買うにも金が要ります。けちけちしていては植物学者にな
   れません。

   十 跋渉(ばっしょう)の労を厭ふなかれ。植物を探して山に登り、森林に分け入
   り、川を渡り沼に入り、原野を歩き廻りしてこそ新種を発見でき、その土地にしかない
   植物を得、植物固有の生態を知ることができます。しんどい事を避けては駄目です。

   十一 植物園を有するを要す。自分の植物園を作りなさい。遠隔の地の珍しい植
   物も植えて観察しなさい。鑑賞植物も同様です。いつかは役に立つでしょう。必要な
   道具も勿論です。

   十二 博く交を同士に結ぶ可(べ)し。植物を学ぶ人を求めて友人にしなさい。遠
   い近いも年令の上下も関係ない。お互いに知識を与えあう事によって、知識の偏(か
   たよ)りを防ぎ、広い知識を身につけられます。

   十三 迩言(じげん)を察するを要す。職業や男女、年令のいかんは植関係あり
   ません。植物の呼び名、薬としての効用など、彼らの言うことを記録しなさい。子供や
   女中や農夫らの言う、ちょっとした言葉を馬鹿にしてはなりません。

   十四 書を家とせずして、友とすべし。本は読まなければなりません。しかし、書か
   れている事がすべて正しい訳ではないのです。間違いもあるでしょう。書かれている
   事を信じてばかりいる事は、その本の中に安住して、自分の学問を延ばす可能性を
   失うことです。新説をたてる事も不可能になるでしょう。過去の学者のあげた成果を
   批判し、誤りを正してこそ、学問の未来に利するでしょう。だから、書物(とその著者)
   は、自分と対等の立場にある友人であると思いなさい。

   十五 造物主あるを信ずるなかれ。神様は存在しないと思いなさい。学問の目標
   である心理の探究にとって、有神論を取ることは、自然の未だ分からない事を、神の
   偉大なる摂理であると見て済ます事につながります。それは、真理への道をふさぐ事
   です。自分の知識の無さを覆い隠す恥ずかしい事です。(高知県立牧野植物園現代
   語訳)

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   音楽 :富太郎は成年時代に音楽に熱中。独学で洋書から音楽理論を学び、唱歌を
   歌い、オルガンを弾きました高知市で初めて西洋音楽会を開いてタクトを振ったこと
   もあります。園内のシステムでは、富太郎が残した数多くの自筆の楽譜の中から5点
   を紹介しています。

   手書きの楽譜 :

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  歌: 牧野博士が残した都々逸と短歌です。

  ・朝な夕なに草木を友にすればさびしいひまがない「植物と心中する男」より・わが姿た
  りとへ翁と見ゆるとも心はいつも花の真盛り・いつまでも 生きて仕事にいそしまん・ま
  た生まれ来ぬ この世なりせば・何よりも貴き宝もつ身には富みも誉れも願はざ けり
  「私の健康法」より

☆ これ以上は <釈迦に説法>。 (*^^)v

「最上第一の相伝」 ?

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日蓮大聖人

  横になって本を開く。ほどなく眠くなる。本が、つまらないからではない。「横になる」とは眠る姿勢だからである

▼わが身の振る舞いは、生理と心理にも深い影響を及ぼす。仏法で「色心不二」と説かれるゆえんだ。古来、礼儀や作法が重視されたのも、心身の一体不二性に基づくものであったと言える

▼意に染まぬ人生だからと言って、苦虫をかみつぶしたような顔をしていると、ますます人生は行き詰まっていく。それゆえ、フランスの哲学者・アランは指摘したのだ。「幸福だから笑うわけではない。むしろ、笑うから幸福なのだと言いたい」(『幸福論』白井健三郎訳)と

▼法華経は、すべての人のなかに尊極の「仏性」が脈打っていると説く。それを実感するには、どうすべきか。やはりポイントは、わが身の振る舞いにあると思う

▼「(法華経受持の人を見たなら)当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」とは法華経普賢品の文。遠来の同志を仏を敬うように迎えるという振る舞いは、自己変革にもつながるからだ

▼仏性があるから、敬うのではない。敬うから、互いの仏性が見えてくる。この経文を、日蓮大聖人が「最上第一の相伝」(御書781ページ)とされたゆえんであろう。『名字の言』

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一言居士の【珍念】(恐れ入り谷の鬼子母神)<禍福己による>(かふくおのれによる)の諺も故あるかなぁ。

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名字の言とはそもそも何・・? 【「名字の言」の意味は?】

「みょうじのげん」と読みます。「名字」とは、中国の天台大師が法華経を修行する人の位を六種類(「六即」)に分けたなかの一つの名字即にちなんでいます。 これは言葉・文章を通じてわが身がもともと仏であり、「一切の法は皆是れ仏法」と知る位をいいます。

「名字の言」というコラムには、仏法の視点から曇りなき眼で諸現象の真実を見定めていきたい、との願いが込められているのです。創刊1年後の昭和27年5月10日付から始まり、聖教新聞の記者が担当しています。

○かく 言う 「珍念」 新聞記者ではないです。天然呆けの変人です! ちょいと ピントが、ずれるコメントを述べて、読者の皆さまへ。お気に障ったら深くお詫びします。なにとぞ、宜しくお願い申し上げます。

今日も、減らず口は絶好調です。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

『こころ』

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 夏目漱石は代表作『こころ』で、揺れ動く人間の心を綴った。「人間は誰でもいざという間際に悪人になる」との話を聞いて、押し黙った青年に、登場人物の先生が言った。「君の気分だって、私の返事一つですぐ変るじゃないか」と

▼人の心ほど、移ろいやすいものはない。だが、逆に言えば、人の心ほど、可能性を秘めたものもない仏法では、一日に億万の念慮が刻々と変化すると説く。変転きわまりない心の動きを善の方向へ向け幸福の道を歩むための哲学である

▼イタリアで活躍する、バイオリン修復家のドキュメンタリー番組が先日、テレビで放送された。39歳、京都出身の学会っ子。ぜんそく発作と闘い、貧しいなか新聞配達をしながら、音楽の勉強を続けたやがて、体も丈夫になり、今や、世界有数の修復家に成長した

▼番組で、彼は「僕は、貧乏に生まれて良かった。環境に恵まれなかったから、頑張ることができた」と。その言葉に「だいぶ成長したねぇ」と笑う母。多くの苦難に立ち向かい、乗り越えた、心の広さ、強さが、画面から伝わってきた

▼人生は“心ひとつ”で自在に変えていける。自分自身の心を、より強く、たくましく磨くことができる。私たちの信仰の偉大さである。【名字の言】

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Kann1   旨い!あっぱれ。
  コラミストの文才
  (こころ)に座布団
  あるだけ差し上げます。
  明々白々・・・。

一言居士の珍念・・恥じています。
これ以上は、【蛇足】!

自然な“終わり”を考え

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  静岡市清水区 杉山信子(介護職 57歳) 先日、90歳の母を看取りました。 年明けに老人ホームへ面会に行った際は、いつものように話し、「この次も信子を産むから、私の娘で生まれてきて」と言った母。後から思うと、別れを告げたのでしょうか。

▼数日後、施設の方から「いつもと違う」との連絡が。ただ事ではないと感じました。

▼私は仕事上、老人とよく接していますが、いざ、自分の親となると動揺も。周りの人は90歳なら「長生き」と言いますが、年は関係なく、世界中でたった一人の母です。

▼しかし、延命治療はしないと決めていました。自然に終わりを迎える時、苦しくないよう切なくないように、と考えていました。

▼10日間ほど寄り添って、顔を拭いたり手足をさすったり、小さな声で歌を歌って一緒に過ごしました。母のかすかな寝息を耳にし、静かに別れが近づいていると実感。「ハァハァ」と肩で息をして、止まったのです。

▼後悔が全くないとは言えませんが、私なりによく考えてしたことです。直後には、念願の介護福祉士の資格を取得できました。

▼母が力を与えてくれたと思い、これからも両親に恥じない生き方を貫いていきます。

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月下推敲(げっかすいこう) 

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 17世将棋名人の資格を持つ谷川浩司九段が図式(詰め将棋)集「月下推敲」(日本将棋連盟)を刊行した。8世名人、大橋宗桂以来2世紀ぶりの永世名人図式集だ

▼江戸時代、将棋の名人は時の将軍に「図式百番」を献上するのが慣行だった。谷川九段は、宝暦年間に没後、名人位を贈られた伊藤看樹の「象棋図式(図巧)」には「はるかに及ばない」と謙遜しているが、月下推敲は持ち駒の趣向など作品それぞれが濃密な内容を持つ。さすが名手一世一代の作品集と感嘆した

▼図巧に魅せられて棋士になったという内藤国雄九段も「図式百番」を出版している。解説文で明治の文豪、夏目漱石が書いたものに「狂人が作った詰め将棋を青筋立てて考える馬鹿」という記述があったという。「その頃の文人は将棋を嗜んでいて漱石もやはり将棋に通じているなとその一文に感じた」と書く

▼将棋は日本が誇るべき伝統的頭脳文化なのだ。正月の皇室行事を見ていると、伝統文化の保護を任ずる皇室が後援者になれば良いのにと感じる。歴史的に皇室は囲碁、将棋は武家の感があるがこだわることはない

▼天皇陛下は皇太子時代、英国に向かう船上で将棋に熱中されたという随員の記録が残っている。皇室が受け手になれば、技術の錬磨、一般への普及に役立つのではないか。『雷鳴抄』

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

〇このコラム。一手・一手・の読みのように文の内容が旨い。まるで 王手・王手の連続のようです。将棋愛好家の筆者は、コラミストの詰めに投了ですまいりました。ちなみに、〝珍念〟曲者の桂馬のような性格です「桂馬の高跳び歩のえじき」・・(-_-;)不用意な減らず口で墓穴を・・いゃあ、世渡りも将棋も大変です。反省・反省で、あっというまに人生の投了。と、ならないように「師弟不二」で頑張り〝オンリーワン〟の「図式百番」を完成させ投了! これ以上は『蛇足』。  \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

「いでよ! 救国の官僚」

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 異色の官僚と言われた佐橋滋をモデルに、高度経済成長を推進した通産官僚たちの姿を描く。

▼俺たちは大臣に雇われているんじゃない。国家に雇われているんだ――。城山三郎さんの小説「官僚たちの夏」の主人公、風越信吾はこう言い放って憚(はばか)らない。1960年代、高度成長の旗手たらんとする通産官僚の強烈な自負である。

▼戦争の傷痕が残る時代だ。国が前に出なくては日本にしっかりした産業は育たない、という思いが彼らを突き動かしていたに違いない。通産省のそういう情熱は大阪万博などの国家プロジェクトに貢献し才知きらめくスター官僚を輩出する力にもなったはずだ。しかし、そんな「夏」はもうずいぶん遠くなった。

▼だからといって、ここまで堕(お)ちることはないだろう。いまは経産省と名を変えたこの役所の元審議官が、自らが深くかかわる企業再建話をネタに株取引をした、とのインサイダー取引容疑で捕まった事件だ。長年の癖で産業界にあれこれ口を出すだけでは飽きたらず、行きがけの駄賃までせしめていたことになる。

▼元審議官は、疑惑が浮かんだころには資源エネルギー庁次長に出世していた。後ろめたい株取引に手を染め、大金をフトコロにしても、心に呵責(かしゃく)も負わず昇進レースに野心を燃やしていたとすればうそ寒い。国家に雇われているはずなのに、その立場を悪用して恥じないありさま。気分の沈む「冬」である。【春秋】

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〇あぁ・・元審議官は!【才能ある畜生】かなぁん?(畜生)から 叱られる一緒にするなと・・・。「畜生」とは - 鳥獣類の総称。 獣のような心を持ち、人間としての理性を持たない外道。 怒った時や、悔しい時に叫ぶ言葉。 関連言葉 畜生道.本来は仏教用語であるが、次第に、動物のような生き方をする人に対する呼称となり、さらに転じて「犬畜生」のように他人を罵倒したり、自分の失敗を悔やんだりする言葉と変化していった。近親相姦のことを畜生道ということもある。

○今日も【珍念】・・減らず口は絶好調です!これ以上は『釈迦に説法』です。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い!

勝利以上に大切なもの

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それは、なんだ ?

  取材する側は常に冷静でいなければいけない。そう言い聞かせても涙を止めることができなかった。

▼昨年暮れの全国バスケットボール高校選抜大会。男子の沼津中央高、女子の常葉高とも同じような場面があった。大差でリードした試合終盤、補欠の3年生が出場したのだ。

▼印象的だったのは、出ている選手以上に喜ぶベンチに下がった正選手の3年生たち。男子はベンチでお祭り騒ぎ、女子は抱き合って涙を流し続けた。全力で戦うというスポーツマンシップからすれば、力が落ちる選手を起用することに批判があるかもしれない。

▼ただ、苦しい練習を積んだ選手が感動を分かち合う姿に「勝利」以上に大切なものを見た気がする。【清流】

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◇ 感動しました。 これ以上は『蛇足』!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い 

(心に染みた「思いやりの味」)

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 「お茶のいれ方教室」。茶どころ静岡では、今やどの小学校でも頻繁に行われている学校イベント。湯を適温に冷まし、茶葉と急須に入れたら、待つこと1分弱。うま味が濃縮する最後の一滴まで−。取材を重ねる中ですっかり覚えてしまったが、児童はいつでも真剣そのもの。初めて急須を見るという児童もいて、茶に触れるにはいい機会なのだと再確認した。

 そんな中、最後の一滴をしぼり出そうと、顔を真っ赤に急須と奮闘する児童の姿。そのお茶はきっとおいしいぞ−と思っていたら、なんとそれは私への一杯。「どうぞ」と自信たっぷりに渡されたその茶は心に染み入る思いやりの味。お茶を間に児童と目を合わせると、お互い笑顔がこぼれた。【清流】

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1nag1  【珍念】も、お茶一杯
     戴きたいです

「失敗は成功の母」

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   宝島                    スティーブンソン

 「青春はなにもかも実験である」。こう言ったのは「宝島」や「ジキル博士とハイド氏」を書いたイギリスの作家スティーブンソンだ。若いうちは、やりたいことがあったら、何でもやってみろ、と。経験がないから、失敗も多いだろう。が、失敗しても無駄にはならない。「失敗は成功の母」だから。

▼詩人の茨木のり子さんもあれこれと“実験”した一人だった。先の大戦の真っ最中、経済的に自立しなければ、と薬学部に入った。が、授業についていけず、自分自身に絶望する。いつ死んでもいいと思った。空襲警報が鳴っても避難せず、寝ていたこともあった。

▼戦後、劇場でシェークスピアの演劇を見て感動し新劇に夢中になる。20歳の頃だ。新聞社の戯曲募集に応募したら佳作になった。うれしくて戯曲作家の道に進む。が、台詞(せりふ)の勉強で詩を書いているうちに、また熱中してしまい、いつの間にか詩人に。

▼大人になるとはどういうことか。戯曲が縁で出会った年長の女優がさり気なく教えてくれた。それを詩にした。<初々しさが大切なの/人に対しても世の中に対しても/人を人とも思わなくなったとき/堕落が始るのね>。茨木さんは後になっても時々この意味を噛(か)みしめた(「二十歳のころ」新潮文庫)。

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◇う~ん !(^^)! ノー天気の【珍念】(失敗は奈落の底)ですぅう!いっも。邪なハイド氏が現れます。このままでは、あの世で閻魔さまから厳しく断罪される。「ヤットコ」で二枚舌・・いゃ五枚舌を引き抜かれ牛タンのように、きっと塩焼きにされ食べられる・・・怖い! ハンセイ。反省。

◇〝<初々しさが大切なの/人に対しても世の中に対しても/人を人とも思わなくなったとき/堕落が始るのね>〟と。故あるかな! (-_-;)ううぅ

 

暗澹(あんたん)たる気持ち

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 5日付の朝日新聞夕刊の1面トップ記事には驚いた。日本を代表する観光地である栃木県日光市には毎年首都圏の多くの小学生が修学旅行に訪れる。ところが一部の市民団体が、放射線量への不安を理由に、旅行先の変更や宿の食材の産地公表を求めているという。

▼これに対して日光市は、下見に訪れた学校教員らに「ご要望があれば関西産の食材も使います」などと説明しているそうだ。地元でとれた野菜を食べ子供たちを屋外で遊ばせている日光市民がこの記事を読んで、どう思うだろうか。

▼岩手、宮城両県のガレキの受け入れに反対している一部の団体と根っこは同じだ。こんな動きに理解を示し行政や学校が振り回されていたら、被災地の復興どころか、日本人の分断化が進むばかりではないか。暗澹(あんたん)たる気持ちを引きずったまま週末、若者たちの演説を聴いた。

▼今年の土光杯は予想通り、ほとんどの弁士が東日本大震災をテーマに取り上げていた。いち早く被災地に駆けつけてボランティアに参加したり、ツイッターの呼びかけで集まり被災者のために何ができるか話し合ったり、現代の若者たちのたくましさには感心させられる。

▼岩手大学大学院生の松田敬子さん(24)は、真心こめた「もの作り」で海外に打って出ようと訴えて、土光杯に輝いた。震災によって、自らが学ぶ福祉工学の重要性を再認識したという。ただ風評被害や将来のエネルギー問題を含めて、東京電力福島第1原発事故に正面から取り組む弁論が聴けなかったのは、残念だった。

▼放射線を心配する母親に止められ、被災地行きを断念した弁士がいた。その是非を突き詰めて論じていたら、小欄は最高点を付けたはずだ『産経抄』

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◇旨い。あっぱれ!『起承転結』お見事です。コラミストの筆致には痺れる。最後の〝放射線を心配する〟云々の件は下手な「落語の落ち」よりも冴えている。かく言う 【珍念】・・・落ちまする!  \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

 「家政婦のミタ」

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「生者は死者といかに向き合うか」昨年のテレビ界の話題といえば、日本テレビ系のドラマ「家政婦のミタ」の大ヒット。最終回を自宅で見たが平均視聴率40・0%(ビデオリサーチ調べ関東地区)という数字には驚いた

▼まだテレビには大きな可能性がある。コンテンツが重要なのだと再認識させられる出来事だった

▼松嶋菜々子さんが演じる主人公は何でもこなすスーパー家政婦。ただ、夫と息子をある事件で失って笑わなくなってしまった。その三田が、母親が自殺したために崩壊寸前となった家族の元に派遣され、人間的な交流を経る中で互いに再生への道を歩んでいく

▼無表情な松嶋さんの演技、突拍子もない事件が次々起こる展開が受けたことは間違いないが、注目すべきは生者は死者といかに向き合うかというテーマが基調として常に響いている点だ

▼深く胸を打たれたシーンがある。母親の自殺について語る子どもたちの前で、三田がそれを否定する彼女は死の直前は家族のことを思い、生きよう、生きたいと思ったはず。だから事故なのだと語る。その三田の語りを機に亡き母と子どもたちの関係が変化していく

▼なぜ死を選んだのか。遺族は永遠に答えの出ないつらい問いを繰り返さざるを得ない。年間3万人を超える日本の自死者。残された人々の痛みを思う。『雷鳴抄』

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K3446131   悲しくて、(珍念) 言葉もありません。それにしても、コラミストの文才は凄
  いです。〝なぜ死を選んだのか〟・・問いかけが心に響く。
  あ・・これ以上は『蛇足』!

「警察大佐」の振る舞い!

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   「刑務所行きを覚悟した」。「警察大佐」の肩書を持つ人が語るのだから穏やかではない。ちょうど七年前の今ごろ、二十二万人以上の犠牲者を出したスマトラ沖地震津波の被災地で、タイ国家警察は遺体の身元確認に忙殺されていた

▼カオラックの安置所に運び込まれてくる数千もの遺体確認作業で三カ月間、陣頭指揮を執ったのは、警視庁から派遣され鑑識の指導をしてきた戸島国雄さん(71)だ

▼タイでは十五歳以上は指紋押なつが義務付けられ指紋が採取できれば身元は確認できるが、一月でも三七度を超え腐敗が速い。一日に五十人がやっとだった

▼日本で三十六年間の鑑識経験から、戸島さんはある特別な方法を採用することを決断した。遺体から指の皮を切り取り自分の指にかぶせ、インクを付けて採取するのだ

▼遺体を傷付けることは犯罪だ。宗教上の理由からも反対する部下がいたが、一人でも多くの人を家族に返したいという思いから覚悟を決めた。一九九五年以来、率先して事件現場に入ってきた戸島さんだったからこそ部下も納得し、数多くの身元確認につながった

▼『タイに渡った鑑識捜査官』を出版した戸島さんの話を先月聞く機会があった。二年の約束が十三年に延びて昨年夏、帰国したという。古希をすぎたとは思えない焼けた精悍(せいかん)な顔には、またタイの事件現場で働きたいと書いてあった。『筆洗』

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Zx2 コラミストの
 迫真の筆致は
 幼稚な「珍念」の
 肺腑を抉るように
 ぐいぐいと迫ってきます。

戸島国雄さんは、国の宝です! 偉いです。
かく 言う 『珍念』も そう 生きたい!

妙秀の生き方

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 江戸時代の芸術家、本阿弥光悦の母妙秀は死後浴衣や布団、枕ぐらいしか残さなかったという。貧しくはなかったが、困っている人が大勢いるのに自分だけ多くのものを持つのは許されない、と考えたらしい

▼こうした先人たちのつましい生き方を紹介した中野孝次さんの「清貧の思想」がベストセラーになったのは、ちょうど20年前の1992年だ。辞書によると清貧とは私欲がなく、行いが清く正しいために、貧しい暮らしをしていることとある

▼所有に対する欲望を最小限に抑えてこそ、逆に内面の自由を飛躍させることができる。中野さんはそう言いたかったのだろう。バブル経済に浮かれた人々への痛烈な批判だった

▼この年の初め、政府はまだ景気後退を正式に認めていなかった。株価も地価もすでに大きく値を下げていたが、いずれは戻るのではないか。そんな漠然とした期待を抱いていた

▼バブルがはじけたのを機に日本は経済や生活のあり方を根本から見直すべきだった。大量生産大量消費の社会は行き詰まり、かつてのような高成長はもう望めないのだから。だが「失われた20年」の間も豊かさを求め続け、市場原理主義やグローバル化に走ってしまう。その結果生まれたのが格差社会だった

▼震災後、再び価値観の転換が迫られている。清貧とまではいかないが、妙秀のような生き方は参考にしたい。『卓上四季』

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  う~ん !(^^)! 旨いあっぱれ。コラミストの慧眼は鋭い!物事の

 急所を突いている。・・・

 ○珍念・早速、母親の妙秀の本を読みました。ちょっと、稚拙な文で申し訳ありません。
  「妙秀尼」は徳川家光をして「天下の重宝」と言わしめた、光悦の優れた人間洞察力や
  芸術的センスはまさに偉大な母・妙秀尼の存在があってこそ生まれたものだったので
  す

  ○光悦の人格形成に影響を与えたのは、母である妙秀尼でした。『本阿弥行状記』に
  は、高利貸しをしていた妙秀尼の娘婿の実家が大火で焼けたのを聞き「貧しい人から
  吸い上げて蓄えた富は、いずれ災いのもとになり、不幸になるだろうと思っていた」とつ
   ぶやいたそうです。

  ○妙秀尼はその晩年には、届けられた贈り物をすべて貧しい人たちに振る舞い、90歳
  で亡くなったときにはわずかに唐物の反物一つ浴衣、木綿のふとんしか残っていませ
  んでした。のちに光悦はその母親像について「商売人としてだけでなく、人間として正し
  い生き方を教えてくれた人」と回顧しています

  ○ある日、妙秀尼の家に石川五右衛門の一党の盗賊が押し入り、蔵から財物を盗ん
  でいった。近所の人たちはそれを知って、「盗まれたものは有名な品ばかりですので、
  すぐにあしがついて盗賊どもは捕まるでしょう」と、妙秀尼をなぐさめた。

  ○ 妙秀尼は「つかまれば死刑となる。いかに盗賊とはいえさすがにそれはかわいそう
  じゃ」と言って運良く盗賊に盗まれずに蔵の中に残っていた反物を寺に奉納して、盗賊
  のために祈った。

  ○著者もいうように、光悦も母の妙秀も熱心な法華の信者でしたが、「金銭にとらわれ
  ず、心の内なる律を尊んだ」ことが、この話からも知られます。

  ○読者の皆さま。興味あられましたら「清貧の思想」を是非お読みください! きっと 
  心が晴れやかに成ると思います。

  ○今日も【珍念】の減らず口は絶好調です。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

(ありふれた動物)

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 そう言っては何だが、昔の童謡や童話によく出てくる動物というのは本来、ごく身近な、ありふれた動物である

▼『めだかの学校』のメダカ、『雀のお宿』のスズメもしかり。周囲にいくらでもいたからこそ、子どもが親しむ歌になり得たわけだが、近年は、スズメもメダカも激減が伝えられる。だから、これは少しうれしい話だ

▼新美南吉の『ごん狐(ぎつね)』は、小学校の教科書にも載る名作童話だが、その舞台とされるのが南吉の生家にも近い愛知県阿久比町の権現山。その山で昨秋、ここ四十年以上も目撃されていなかったキツネが確認されたのだという

▼日本福祉大の福田秀志教授の研究室が、主人公の子ギツネ・ごんの名の由来ともされる山の頂上付近に、無人撮影できるカメラを設置、撮影に成功した昨今は、生き物の話といえば、「消えた」「減った」が通り相場だけに「いた」というだけで慰められる

▼ふと思いだすのが落語『たぬき』。子ダヌキが、命を助けてくれた男に恩返しする話が何パターンかあるが、中で、危うく救われた話を子ダヌキから聞いた親ダヌキは、いたく感心してこんなことを言う

▼「そんな人は人間には珍しい。人間にしとくのはもったいない。タヌキの仲間へ入れてあげても恥ずかしくない人だ」。その営みで(ありふれた動物)をそうでなくしてきた人間への痛罵にも聞こえる『中日春秋』

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◇旨い! あっぱれ。コラミストの文才は古の鳥獣戯画を彷彿させる。流暢な語り口はお見事です。「鳥獣人物戯画」(ちょうじゅうじんぶつぎが)は京都市右京区の高山寺に伝わる紙本墨画の絵巻物。国宝。鳥獣戯画とも呼ばれる。現在の構成は、甲・乙・丙・丁と呼ばれる全4巻からなる。内容は当時の世相を反映して動物や人物を戯画的に描いたもので、鳴呼絵(おこえ)に始まる戯画の集大成といえる。

 特にウサギ・カエル・サルなどが擬人化して描かれた甲巻が非常に有名である。一部の場面には現在の漫画に用いられている効果に類似した手法が見られることもあって、「日本最古の漫画」とも称される。

◇愚か者の「珍念」いみじくも、権力亡者の政治家を「永田町の貉(むじな)どもめ!と糾弾していましたが、なるほど、コラムに指摘された通りです。動物、とくに<貉(むじな)>君にお詫びします。恥ずかしいので、こっそり 退散します。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い 

至宝の移籍

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 現役時代のスター選手が球団の社長やオーナーになることは、米大リーグでもめったにない。テキサス・レンジャーズのノーラン・ライアン氏はまれな例だ

▼通算5714奪三振、7度の無安打無得点試合の大リーグ記録を誇り「特急」の異名をとった剛速球投手は今、球団社長兼共同経営者に収まっている。ア・リーグで2年連続優勝した後、あと一歩でワールドシリーズ制覇は逸した

▼先発投手が1人移籍してしまう状況に直面して日本の最高の投手を獲得しようと動いた背景には「鶴の一声」があったのか。いや、海の向こうではどこかの老舗球団と違って、経営者がチームの編成に口を差し挟むことはまずないらしい

▼入札の約40億円を日本ハムに残し、大リーグ入りの準備を整えたダルビッシュ投手に対して「至宝の流出」と見る関係者がいる。しかしプロ野球選手が大リーグへ移籍するのを、貴重な財産が流れ出てしまうように受け止めるのはどうか

▼イチロー選手の活躍はオリックス在籍時代よりもマリナーズに移ってからの方がインパクトが大きくなったのは明らかだ。テレビ中継でも躍動を見られる

▼海の向こうからでも人々を勇気づけ、夢を与えられる。「流出」と嘆くのではなく、至宝の「移籍」後の活躍を楽しみにしたい。【雷鳴抄】

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◇コメントは、『蛇足』です!  \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「最大の遺産」

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 人間が後世に残すことができる「最大の遺産」とは何か?明治27年、箱根で行った講演で、思想家・内村鑑三は「勇ましい高尚なる生涯」と結論している(『後世への最大遺物』)

▼逆境に負けない。いかに試練の嵐が続こうとも、わが信念を貫く。それが、内村の指摘した「勇ましい高尚なる生涯」だろう。その生き方は、苦難に挑む勇気を与え人生の栄冠を開く原動力となる

▼創価の世界には、困難に勇んで立ち向かい、勝利した体験があふれている。“特別な人”のドラマというわけではない。名も無き庶民が“宿命の嵐”を乗り越えた凱歌の軌跡は、万人の手本。まさに「後世への遺産」である

▼どん底から勝利を切り開いた人が、「励まされる側」から「励ます側」になり、皆に「勇気」と「希望」を贈る。この「励ましの連鎖」こそ、創価の真骨頂である。その中心に、池田名誉会長がいる

▼ブラジル・マナウス市のコヘア市長は語った。「池田会長の人生の足跡、闘争の足跡、そして威風堂々たる振る舞いは、現代とすべての次世代にとって不滅の模範」と

▼世界に平和・文化・教育の道を開き続ける雄大な師の姿を模範とする人生を送りたい。「師と共に」生き抜く気概で―。【名字の言】

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Tine   『師弟不二』の行動。一言居士の【珍念】恐れ入りました。

〝一念天に通ず〟かく 生きたい

太陽エネルギー

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 エジプト、メソポタミア、インダス、黄河。世界の文明発祥の地だが、このうち三つは砂漠のようになっている。文明発祥の地がなぜ砂漠となってしまったのか

◆「それはエネルギーの使い方を間違えたからだ」と指摘するのは元四国電力社長で、産学官でつくる四国水問題研究会の近藤耕三さんである。近藤さんは「文明発祥の地が砂漠となったのは太陽エネルギーが育てた森の木を切って切りまくったからだ」と

◆文明発祥の地は雨があまり降らない地で、木を切り過ぎるとさらに乾燥が進む。それを防ぐために近くを流れる川から水を引く。乾燥地帯でかんがい農業をやり過ぎると地下の塩分が上がってきて田畑がだめになる。メソポタミア文明もインダス文明もこれをやってしまった。木を切り尽くすという間違いを犯したのだ

◆木は太陽の恩恵を受けて森になる。燃やせばエネルギーに変わる〝すぐれもの〟。しかし補充が難しい。木が森になるには100年はかかる。寒冷地では200年。1本の木を切るということは営々と100年もためてきた太陽エネルギーをあっという間に使ってしまうことである。そんなことを考えたら森林の伐採などとても安易にはできないのに今も地球のどこかで森林の伐採が続いている

◆風、水、光(太陽)という三つの自然エネルギー人間は古来からこの三つのエネルギーを上手に使いこなしてきたが、産業革命以降、石炭、石油を使うようになってそれが少しずつ変わってきた。石炭も石油も元はといえば太陽エネルギーが姿を変えたものだが、いずれ枯渇する

◆だが、地球に光を降り注ぐ太陽だけは残る。人類の未来はこの太陽エネルギーをいかに利用するか使いこなせるかにかかっている『有明抄』

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旨い。あっぱれ!「コラミスト」の薀蓄は凄いです。当に 『正鵠を射る(せいこくをいる)』!これ以上は【蛇足】です。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「変な贈り物」

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  <見返りを求めて政治献金をしたら贈賄になる。見返りを求めなければ会社への背任である>。以前にも紹介したことがある財界のご意見番、故諸井虔さんの名言である。献金をする側の微妙な心理をうまく言い表している

▼献金が「寄付金」と名目が変わっても、企業などが特定の人物や団体にまとまった資金を提供する行為は、どんな理由を並べても、見返りを求める賄賂的な“におい”がぬぐえない

▼内閣府原子力安全委員会の班目春樹委員長が東大教授だった二〇〇九年までの四年間に、三菱重工業から計四百万円、代谷誠治委員は京大教授だった〇九年までの三年間に、電力会社などでつくる日本原子力産業協会の支部から計三百十万円の寄付をそれぞれ受けていたことが分かった

▼審査の中立性には「影響はない」とお二人とも釈明しているが、国や電力会社を指導する権限を持つ安全委の中立性を疑われること自体、すでに委員として失格であることが、なぜお分かりにならないのだろうか

▼多額の寄付金を通じ企業と大学がなれ合う「原子力ムラ」の実態をあらためて思い知らされる。班目委員長は「議事録なども全て公開し、納得できるかは国民の判断に委ねたい」と話した

▼さて、彼らの説明に納得する人はどれほどいるだろうか。多くの良識ある国民の判断は「即刻、辞任してくれ」ではなかろうか。『筆洗』

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◇ 明々白々! これ以上は【釈迦に説法】です。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

 

「丹下左膳の碑」

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  海のほとりに突然、巨大な石碑が現れてぎょっとした。それが「丹下左膳の碑」と知って、なお驚いた。何故相馬市岩子(いわのこ)の松川浦に? それにしてもよくぞ津波に耐えたものだ。海まで10メートルほどしかない

▼碑にはこう記されている。<相馬中村藩相馬大膳亮(だいぜんのすけ)の家臣丹下左膳は、主君の密命を受け、夜泣の名刀「乾雲(けんうん)丸、坤竜(こんりゅう)丸」をねらい、不浄門を出て江戸に向かった…>

▼地元の「丹下左膳の会」が1989年に建てたメンバーで元相馬市議の佐久間清登さん(86)は「観光に役立てたかった」と言う。左膳生みの親の作家林不忘(1900―35)は新潟県の佐渡出身なぜ相馬藩士にしたのか

▼南相馬市で映画館「朝日座」を経営していた布川雄幸さん(86)によると、「戦前の南相馬市出身の有力政治家と不忘が親しく、相馬市の旅館に滞在して取材していったと聞いた」

▼本は今読んでもなかなか面白い。左腕一本の左膳が刀を振るって暴れまくるが、笑えるシーンも結構ある。名刀とともに江戸を脱出した左膳ラストは海路相馬へ。大洗から勿来、小名浜、夜の森…

▼浪江、小高、原町と故郷に近づく。江戸の昔この辺りは「漁村つづき」と不忘は書く。今は津波と原発事故で惨憺(さんたん)たるもの。見たら、左膳の隻眼からも涙がこぼれることだろう。  『河北春秋』

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(´;ω;`)ウウ・・・未曾有の大惨事。珍念・涙も枯れ果てました。 いでよ!正義の「丹下左膳」。今こそ出番です・・.。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「協力的な男」

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 星新一のショートショートに「協力的な男」という作品があった。強盗事件の犯人を名乗る青年が出頭してくる。ところが男はとんだくせ者で、うその自首をして警察をからかう常習犯。刑事たちはまたか、と怒って追い返してしまう。

▼話にはもちろんオチがあり、男はひとりになってこうつぶやくのだ。今度は本当のことを言おうとしたのになあ――。オウム真理教元幹部、平田信容疑者の出頭劇にこの掌編を思い出した。大みそかの夜捜査本部のある大崎署を訪れたが入り口が分から、警視庁本部では門前払い。手配犯も途方に暮れたろう。

▼ようやく逮捕された丸の内署での、最初のやり取りだって間が抜けている。玄関前にいた警察官に「オウムの平田です」と名乗るも「うそ」と相手にされず、「ほら、背が高いでしょう」とアピールして署内に入れてもらえたらしい。市民に協力を呼びかけておいて、当の警察がこういう体たらくでは力が抜ける。

▼特別手配も17年。どうせもう出てこないと高をくくっていたとすれば、その思い込みたるや、うその自首に懲りて真犯人を追い払ってしまった刑事たちとどう違おう。とはいえ、からくもお縄にしたのだ容疑者にはぜひ、オウムの闇にいま一度迫るための「協力的な男」になってもらわなければならない。『春秋』

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Warau 余りにもおそまっで!


 笑いが止まらない。

宮沢賢治に思いを馳せる

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 12月にやってきたその新任教師は「しめ縄」について話した。「細い藁(わら)を2、3本下げる風習があるでしょう。あれはね、きみたちなぜだか分かりますか」

▼しめ縄の本体は雲を、垂らした数本の藁は雨を表すと教師は続ける。なんだか面白そうだなと聞き入る10代半ばの生徒たちに「そして白い御幣は稲妻を表します。ではなぜ稲妻なのでしょう」。その一、害虫を殺す…

▼その二、「稲妻は空気中のチッソを分解して、雨と一緒に地中に徐々に染み込ませます」。雷がよく落ちる鉄塔近くの田畑に話を向けて「そこは以前からなぜか肥料をやらなくともよく育ったのです。どうです、その意味が分かったでしょう」

▼教師の名は宮沢賢治。20代半ばで岩手県の花巻農学校で化学、土壌学、英語などを教えた。作家の畑山博さんが、80代の教え子を訪ね歩いて授業を再現した「教師宮沢賢治のしごと」(小学館、1988年)に詳しい

▼授業はしばしば脱線した。休みの教師の代わりを務めたときは「実は私、『風野又三郎』というのを書いたから」と朗読したこともある。学校の外に生徒を連れ出して風と友だちになったりした

▼大震災の昨年は賢治の「雨ニモマケズ」が広く読み返された。新任の賢治は教室で生徒が守るべきルールを三つ言ったという。「先生の話を一生懸命聞いてくれ」「教科書は開かなくていい」「頭で覚えるのでなく、身体全体で覚えること」 『春秋』

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うまい!あっぱれ。 !(^^)! コラミストの筆致は水の流れるように、淀みなく当に神業のようです。
一言居士の筆者も文才にぐいぐいと引き込まれます。

これ以上は、『釈迦に説法』 口を閉じます。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

<虚空に矢を射る>

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 「敗戦はもはや避けがたい」「この苦難を通らなければ平和は来ない」-。鹿島市出身で「青年団の父」と呼ばれる田澤義鋪(よしはる)は、四国の寺で車座になって若者たちに語りかけていた。終戦まで1年半近くも前のこと。敗戦の覚悟を迫る思い切った言葉に、若者たちに衝撃が広がる。突然、田澤は言葉を失い、そのまま意識不明に陥った

◆青年の指導をライフワークにした田澤の活動は、教育から政治まで幅広い。関東大震災の直後には焼け野原となった東京市の助役を引き受け、復興事業を担当した。その後、貴族院議員も務めている

◆親交があった神埼市千代田町出身の作家下村湖人は「明治以後で真に尊敬に値する人」として、福沢諭吉や新渡戸稲造とともに田澤の名を挙げた。その生涯を伝記にまとめ、誠実さや信念を貫いた生き様を伝えている

◆鹿島市の田澤記念館には「虚空に矢を射る」という、田澤が好んだ言葉が掲げられている。つかみどころがないほどに大きな理想を目指すという気概を込めたのだろう。いつ届くとも知れない矢だ。自らの功名心や実利を求めたのではなかったはずだ

◆冒頭の言葉からは終戦後の日本をいち早く見据え若者たちとともに新しい日本を作り上げようとしていたのがうかがえる。田澤は闘病の後、1944年11月24日、59歳でこの世を去った。『有明抄』

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◇愚か者の【珍念】田澤義鋪氏の爪の垢を煎じて飲みたい 。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

『逃亡』

Toubou

 故・吉村昭さんには、追われる男を描いた作品が多い。戦時中の航空隊基地で艦上攻撃機を爆破した海軍整備兵の人生を描いた『逃亡』は、実話に基づいている

▼基地から脱走し都内に潜伏した整備兵は北海道に逃れ、偽名で劣悪な労働現場に身を投じた。戦後米軍司令部に出頭した彼は、軍用機を爆破するよう勧めた男が米側の諜報(ちょうほう)機関員だったことを悟る

▼逃亡兵という過去を持つ男は妻にも本当のことを話せず、闇の中に身を潜めるような日々を過ごす。事件の二十五年後、不意に電話があった小説家(吉村さん)の取材を受けると、胸に重苦しく沈殿していたものが一気に消える解放感を味わった。ぐっすり眠れたのは戦後初めてだった

▼大みそかの深夜、突然、警視庁に出頭したこの男は今、どんな心境なのだろうか。十七年間の逃亡の末、逮捕されたオウム真理教元幹部の平田信容疑者は、接見した弁護士に「震災で不条理なことを多く見て自分の立場を考えた」と話したという

▼出頭時は十万円を所持、衣服も整っていた。教祖の死刑を「当然」と語り、もう教団への信仰はないと語ったが、支援者の有無など謎は多い

▼<男は、闇を信じていた>。吉村さんは『逃亡』をそう書き出した。闇の中から姿を現した平田容疑者は解放感を味わう前になすべきことがある。知る限りの事実を明らかにすることである「筆洗」

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◇コラミストの筆致は「快刀乱麻」の如し・・・これ以上のコメントは『釈迦に説法』!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「飫肥領 山仮屋関所」

Sekisyo

 「まかりならぬ。早々に立ち去れ」。厳しいとされた飫肥領山仮(やまがり)屋(や)(日南市北郷町)の関所で、役人がこう言ったら通過のサインだったようで、旅人がほくそ笑む姿が浮かぶ。

▼ 関所を通過するための手形をもらえないような用向きもあって、庶民は知恵を絞った。役人の前に銀2分を包んで置き、うずくまって特別な計らいを懇願する。「ふらち者めが」と出発地を問われた。そのとき目的地を告げるのがコツで、思う通りに行けたという。

▼ 大きな一団が関所にさしかかりつつある。消費税増税のご一行だ。関所で待ち受けるのは国民。通りたいのは内閣など政治家側。同増税の是非などを問う衆院解散となば、こういう図になりはしないか。選ぶ側が問われる年となろう。『くろしお』

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◇旨い!びりっと山葵(わさび)のきいた寸鉄はあっぱれ。座布団持てるだけ差し上げます。 これ以上は「蛇足」!

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

三つの差別

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  「地球上に本当の平和が到来するとしたら、それは人類が滅びるとき」。皮肉屋の友人は、こうも言った。「ただ、ヒトが抱える三つの差別をすべて克服すれば問題は解決する」。加えて「不可能だけどね」

▲ 第1の差別は、富と権力の偏り。都市と田舎の格差から世界的な貧富問題まで。あらゆる局面で、ヒト社会には持つ者と持たざる者がいて、紛争に明け暮れてきた。平和の対極

▲ 次なる差別は世代間のギャップ。1世紀前と現代では、ヒトが使うエネルギー量の桁が違う。資源を現世代で消費し尽くし、次世代に残さないエゴ。「持続的な発展」とは言うが、我を忘れたヒトが昔の生活に戻れようか

▲ 残るは史上最大の差別。ヒトと、ほかの生物との格差だ。海を埋め、森を開き、地下資源を掘るヒト特有の行為。自らを全能と思い込んで開けたパンドラの箱。多種の生物が絶滅した。己の首を絞めている愚行にも無関心

▲ 解決に必要な知恵はヒトに備わってないのか。またも、ため息が出る議論となった。気候変動枠組み条約の第17回締約国会議は、各国の事情を背景に迷走を続けた。条約の行方は、地球の行方も大きく左右するというのに

▲ 不可能だ、と断言した友人の言葉が胸に沈む。修復不能に陥った地球上でヒトが我に返ったところでもう手遅れ。やはり冒頭のような形でしか、平和は訪れないのか…。『地軸』

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珍念の一考察。愚考』です

ちょいと 我田引水とお叱りを被るやも知れませんそのせつは、稚拙な文才に免じてお許し下さい。

〇仏典に「成住壊空」(じょうじゅうえくう)の教えがある。成住壊空は四劫しこうといい、仏教の世界観である三千大千世界は常に成劫じょうこう、住劫、壊劫空劫の四期を繰り返しているという世界観である

○成劫は世界の成立期、住劫は存続期、壊劫は破壊期、空劫は空漠期ということである。『佛教語大辞典』(中村元著 東京書籍刊)の記載によれば成劫は器世間きせけん(山河・大地・草木など)と

     衆生世間しゅじょうせけん(生きものとしての世界)が成立する時期。20小劫に分
     かれる。

     ○住劫も同じく器世間と衆生世間が安穏に存続していく時期。20小劫に分かれ
     る。壊劫は衆生世間がまず破壊し、次いで器世間も破壊し尽くす時期。20小劫に
     わかれる。空劫はすべて破壊しおわって完全な無となる時期、20小劫ある。この
     時期が無限に循環するとされる。

     ○このような教えを待つまでもなく、形有るものは必ず何時かは滅びることを、誰
     しも判っているのではなかろうか。ただそれが地球規模になると、地球が滅びると
     いうことは、にわかには誰しもが信じられないようである。

     ○しかし、地球も形有るものであるから、何時かは滅びるときもくるだろう。その前
     に人類や他の生物は、滅びるであろう。無限のときのように思えるような長い長い
     時の後であろうが、そのときは確実にくるのである。

     ○このままでは、衆生世間(人類および他の生物)は早々に滅びる可能性が高い
     現実が目の前にあることも事実である。誰しも自分が生きている間は大丈夫だろ
     うと、楽天的に思っているが。成住壊空は真理であっても、地球人類はできる限り
     の努力をして地球という器世間を、未来につなげていく責任がそれぞれにあるの
     ではなかろうか。○人間はいつかは必ず死ぬのだから、といって無茶苦茶に自分
     の肉体を扱っている人は少ないだろう。地球もいつかは滅びるかもしれないが、
     人間の自分の肉体のように最後まで大事に扱うべきではなかろうか。

     ◇池田名誉会長は、50年前。ある会合で「経済・政治・社会の根本とは何か、
     順々と指導を進めた。 「生命なくして、経済も、教育も、科学も、政治もありませ
     ん。一切が、人生、社会の幸福を追求するための分野なのです。

     根本は全部人間です。生命です。その生命とは何かという根本解決の道が、宗教
     じゃありませんか」と・・あ・・つぃ減らず口を叩きました。

     閻魔さま、と、ゲーテから、そう言う汝は、と糾弾される・・口に絆創膏を貼らる・・
     消えます!

    \( ^∇^)/θ☆ わ~い

菊池寛に思いを馳せる!

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<1票の無言>

 菊池寛の短編「入れ札」は、役人に追われる国定忠次が、連れて行く子分3人を11人の子分たちの入れ札で選ばせるという物語だ。今でいう無記名投票。逃避行中の上州山中で、鼻紙を長ドスで切った札が配られた。誰が腕と度胸を高く身内に評価されているかの人気投票でもある。

▼筆頭の兄分で、選ばれなければ格好がつかぬ九郎助(くろすけ)は焦った。若手が台頭している。九郎助は、多くの者が表面こそ自分を「あにい!」と立てるが、内心では軽んじているのを十分知っていた。

▼多くの票は期待できない。彼は恥を忍んで自分の名を書く。果たして--。昔ラジオドラマでこれを聴いた時、思わず緊張したものだ。

▼開票結果。若手らが選ばれ、九郎助は1票だった自分が書いた札である。誰も気づいていないが、彼は恥ずかしさに身もだえし、自分の道を急ぐ。そこへ後ろから古顔の弟分が声をかけてきた。愛想よく九郎助が内心その票をあてにしていた男だ。

▼その彼が平然と言う。「あんたの名を書いたのがおれ一人だとは。あいつらの心根が分からねえ」。九郎助はドスの柄を握った……。

▼16年五輪開催地決定の投票で、どこよりもあぜんとしたのは最初に最下位で転げ落ちた米シカゴだろう。大統領夫妻が乗り込み・・・・・・・(略)

▼とまあこの前の五輪開催地決定につなげていくのだが、それとは別に単純に面白いでしょう、菊池寛のこの短編の紹介。

▼菊池寛はあまりというかほとんど読んでいないが学校の教科書に「形」というのが載っていたのを覚えている。戦国時代、剛勇をもって敵味方から恐れられていた武将。その武将がいつもつけている鎧兜を、貴方と一緒に闘う初陣のときにお借りしたいと親戚の若武者がいう。自分が尊敬されていることに満足した将は快く貸すが「これはただの、わしの形に過ぎない。中身も負けないようにしろよ」とアドバイス。

     ▼戦場では、若武者が着ている自分のよろいを見ただけで的が浮き足立ち、つぎ
     つぎ若武者が大手柄を立てるさまがよく分かった。

     ▼「自分の『形』だけでもこんなに強いのか」と大満足の武将だが、あることに気づ
     いた。今日、違うよろいを着ている自分に立ち向かってくる兵隊がいつもより勇敢
     で強いように感じるのだという話。いやあ近代的だねえ、いまに通じるねえ。と言
     いたいが、文芸春秋の開祖だし当然か。あとでもう少し短編を読んでみよう。
     『玉木研二』

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     〇旨い! あっぱれ。座布団1000枚差し上げます。玉木氏の文才の冴えに「珍
     念」驚いています。〝あんたの名を書いたのがおれ一人だとは。あいつらの心根
     が分からねえ」。九郎助はドスの柄を握った……〝 この件、人間の心の機微が
     赤裸々に描かれている。凄いです。<起承転結>恐れ入ります。

    〝「形」〟の件も奥が深く、変人の筆者も考えさせられる。でも・・{下手の考え休む
     に如かず}!今年も減らず口は、絶好調です。

     \( ^∇^)/θ☆ わ~い

<清潔ニッポンはどこへ>

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 清潔ニッポンはどこへ 菓子折りに小判がぎっしり「そちもワルよのう」「お奉行ほどでは」。時代劇でおなじみ、悪だくみの場面だ。利権を求める業者が役人に賄賂を渡す。「袖の下」文化は古今東西はびこってきたに違いない

▲ところが幕末の江戸を訪れ、警護してくれた役人の潔癖さに驚いたドイツ人がいる。トロイ遺跡発掘で名高いシュリーマンだ。心付けであれ現金を受け取るのは彼らにとって恥であり、むしろ切腹を選ぶだろう。旅行記にそうつづっている

▲さて平成日本はどうだろう。世界各国の汚職を監視するドイツの民間団体が最新ランキングを発表した。日本の「清潔度」は183カ国・地域のうち14位。昨年から3ランク上げたが、果たして胸を張っていいのやら

▲政治家や公務員の汚職、公金着服など腐敗は根深い最近では広島森林管理署を舞台にした贈収賄事件もひと昔前を思えばガラス張りになってはきたが、「政官とカネ」にけじめはつかぬままだ

▲公衆浴場に集う老若男女の姿や簡素な住まい方も目にしたシュリーマン。日本人を「世界で最も清潔な国民」とたたえた。150年ほど前の美風を掘り起こし、いま一度、磨き上げたいものだ。【天風錄】

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◇う~ん !(^^)! 〝日本人を「世界で最も清潔な国民」とたたえた。150年ほど前の美風を掘り起こし、いま一度、磨き上げたいものだ〟」。と一言居士の【珍念】物申す!<ではどのような提案>が有るのか。教えてください。

コラミストの文才はお見事ですが、あくまでも評論家の意見です。『画竜点睛を欠く』の諺がありますが、かく 言う(珍念)いささか愚考は持つていますが、あえて披瀝するのは、ご遠慮します。あまり、能書きを述べると「閻魔さま」から叱られる。こっそり・・退散します。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

 

古川ロッパに思いを馳せる

Furukawa

 ちょうど70年前となる昭和17年、日本は米国との戦争に突入して初めての正月を迎えた。真珠湾攻撃で大きな戦果をあげたとはいえ、人々の心がどこか重たかったのは当然だ。喜劇俳優の古川ロッパも元日の日記に「さて正月の気分まるで無し」と書いている。

▼文才にも恵まれたロッパは、戦時中も含め詳細な「昭和日記」を残した。この日は続けて「屠蘇、雑煮の味も昔のやうにしみしない。新聞も戦争の写真ばかり」とグチっている。恒例の正月公演では灯火管制のため懐中電灯持参だったという。

▼それでもまだ、さほど深刻な雰囲気はなかった有楽町は「大した混雑」で、ロッパも公演での高峰秀子の演技をほめる余裕を見せる。しかし3年後の昭和20年になるともう敗色濃厚である。正月公演もこの年から禁止され、自宅でプー(空襲警報の音)におびえることになる。

▼仕方なく夕方から酒を飲み始めるが「電気は暗いし御馳走はなし。プーと来さうだし、まことに陰々滅々たる元日」だったらしい。以上いささかロッパの日記にこだわり過ぎた。今年の正月が心の引っかかりという点で、あの戦時下と似通っているように思えたからだ。

▼むろん10カ月前の大震災のためである。被災地の惨状を思って、今年は年賀状に「おめでとうございます」と書かなかった人も多いという。毎年、自宅に大勢の議員を集め権勢を誇示してきた民主党の小沢一郎氏も、その新年会を中止するそうだ。

▼だが明瞭に異なることもある。戦時下には出口が全く見えない中での暗い正月だった。それに比べ今年は、復興を目指し一歩も二歩も前へ進む年である。その願いを込めて「明けまして」と声をかけ合いたい。『産経抄』

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    ◇う~ん (^_^;) 何ともはや「コメント」も憚れる。喜劇役者の古川ロッパは巡査に
    車の停止を命じられ免許証を調べられた。終戦の翌年、大晦日の夜である。

    「仕事の帰りです」と言うと、「そうですかご苦労さま。いま、除夜の鐘が鳴っていま
    すよ」巡査はそう告げた。ロッパは日記に書いている。「日本はよくなる。いゝなあ、
    巡査が人間のことばを言ふやうになった」と(古川ロッパ昭和日記)

     読者の皆さまへ。ちょいと正月そうそうから不謹慎なことを書きますが、御気分を
     損ねたら伏してお詫びします。今しばらくお付き合いをお願い申し上げます。

     「元日や冥土の旅の一里塚」・・・一休和尚の言葉 この言葉とは、正月じゃ、正
     月じゃと祝っ ているが死後の心づもりはできているのか、人間はいつ死んでもか
     まわないように死後 の準備を忘れてはならないということだと思う。ノー天気の
     『珍念』も死後の準備を忘れないように。 生きたい !

     \( ^∇^)/θ☆ わ~い

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