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2011年5月

「権利と義務」

A2 珍念のひとりごと

「思想・良心の自由」とは、なんぞや!

 ギリシャ神話のエロス、ローマ神話ではキューピッドというがこの神様が持つ弓矢の力は絶大。ある日、母神アフロディーテと遊んでいて、誤って矢で胸を傷つけた話はよくその威力を示す。“事故”にすぎないのに、女神は傷の癒えぬうちに見かけた美少年アドニスにぞっこんとなってしまうのだ

▼こんなものがあれば、その気がない相手から愛を得るのも簡単だ。「寅さん」の恋の連敗記録は途絶え、逆に、世界中の恋愛小説の書き手は頭を抱えることになろ

▼さて、橋下徹大阪府知事率いる地域政党・大阪維新の会が先の統一選で議席過半数を得た府議会に、学校行事での「君が代」斉唱の際、教員に起立を義務付ける条例案を出した。重ねて背いた教員はクビ、という条例案もやがて出すらしい

▼知事は、憲法に保障された「思想・良心の自由」の問題ではないとするが、もし起立が「国歌」への敬愛の念の表れだとすれば起立を事実上、強制することは敬愛の強制になろう

▼だが、そもそも、キューピッドの矢でもあれば別だが、強制によって人に何かを「愛させる」など無理な相談。せいぜいが、クビを避けるため、その気はないが形だけ立つというケースを増やすだけだ

▼思いを拒む相手に銃を突きつけ、とにかく「愛してます」と口に出させる…。例えば、そんな行為に何か意味があるとは思えない。<筆洗>

   ◇「珍念」の独断と偏見の愚考です

☆このコラム・正義の叫びのように思えますが、ちよっと穿った考えのようです。憲法に保障された「思想・良心の自由」の問題を会社で決められた社則を守らない。また身近な例では飲酒運転・その他の法律・条例等・「思想・良心の自由」で従わない・・・何か可笑しいと思う!そもそも教員は何処に務めて誰から給料を貰っているのかなぁ (・_・)エッ....?

<「君が代」斉唱の際、教員に起立を義務付ける条例案を出した。重ねて背いた教員はクビ、という条例案もやがて出すらしいもし起立が「国歌」への敬愛の念の表れだとすれば起立を事実上強制することは敬愛の強制になろう>

〇 この論文に異議ありと「珍念」申し上げます。一般の会社など朝礼の時は社歌など歌う所もあります・また・お中元の季節では社員が鉢巻をまいて頑張るぞ・と(シュプレヒコール)を叫んでいるのがテレビで報道されています。社員であればそれに従いますが断れば辞める事になるようですが、教員は例外とは開いた口が塞がりません。

「思想・良心の自由」は免罪符のように思えますが、使用を誤る
と両刃の剣のような二面性を持っています・<権利と義務>は
表裏一体ですが!

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    「ケネディ大統領に思いを馳せる」

     〇ケネディは20世紀生まれの最初の大統領であり、カトリック教徒として初の大統
     領であり、アイルランド系アメリカ人としても最初の大統領となった。 さらに(著作
     『勇気ある人々』で)ピューリツァー賞を受賞した唯一の大統領である。

     〇ケネディは1961年1月20日に第35代大統領に宣誓就任した。ケネディは就任演
     説において、アメリカ人がみな「アクティブ・シチズン」である必要を語った

     「祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国の
     ために何をできるか考えて欲しい」
と演説し、さらに「人類の共通の敵」である
     暴政・貧困・疾病および戦争と戦うためにともに参加してくれるように世界の国家
     に依頼した。この就任演説における「アクティブ・シチズン」の部分はその後高い
     評価を受け、現在に至るまで様々な形で引用されている。

     〇あ・つぃ。能書きを!きょうも「珍念」の減らず口は絶好調です
      あ・・・閻魔さまから叱られる。 消えます。(@_@;) ;

予期せぬできごと

A1_2 珍念のひとりごと

「こんなことになるとは夢にも思わなかった」。

 大震災の起きた「3・11」以来、避難所で暮らす青年が言った。避難所の消灯時間は早い。寝付けない彼の脳裏にはきょうまでの不遇の出来事が毎晩、繰り返し蘇ってきた。
「なぜだ、なぜなんだ」

▼それでも、このままではいけない、と心で唱題を重ねた。「変毒為薬できない試練など、絶対にない」と一念が定まった。今の苦難を受け止められる自分に変わった

▼ある日、近くの銭湯に行った。「おっ、見かけない顔だねえ」初老の男性から声が。避難の身で、仕事を探していると話すと同じ湯船につかる知人を紹介された。会社の社長だという。「近くだから、帰りに寄っていきな」と社長。そこは復興作業に使う重機の部品を作る工場だった。青年は、100分の1ミリ単位で金属を切削できる技術を持っていた。即採用となった

▼仏法では「煩悩即菩提」「難即悟達」と説く。苦難との戦いの中でこそ、仏性は生じていくと教えられている。どんな宿命、逆境をも乗り越えゆく根源の力。それが我らの信心である

▼「東北の復興のために役に立てる! 
最高の生きがいです」と喜んだ彼。そして続けた。「こんなことになるとは夢にも思わなかった」<名字の言>(城)

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☆一言居士の「珍念」感動しました。コメントは蛇足です。

「大根役者」の大見え!

A1 珍念のひとりごと

<よっ! 菅たろう> ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

  喜劇とは、人を笑わせることを主体とした演劇や映画、ラジオやテレビのドラマ作品や、それらのなかの笑いを誘うやりとりを指す。コメディとも言う。でも、それが大根役者が変に気取って暴走したら・・(ー_ー)!!

▼今年の流行語大賞は、原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長が発した「私はいったい何だったのでしょうか」で決まりだろう。福島第1原発1号機への海水注入をめぐる物語は喜劇とホラーの風味がたっぷりと入ったドタバタ劇の様相になってきた。

▼幕を開けたのは、安倍晋三元首相である。彼はメルマガで東京電力が発表した3月12日午後7時25分から55分間にわたる海水注入中断の「主犯」は菅直人首相だ、と断じた。

▼慌てた官邸は、「班目委員長が再臨界の危険性があると指摘したから」と責任を転嫁した。怒った班目氏が猛抗議し官邸が彼の発言を「再臨界の可能性はゼロではない」と訂正したのが第2幕だ。幕あいには与党桟敷席から「デタラメ委員長は引っ込め」のやじも飛んだ。

▼第3幕・国会の場では、野党から攻撃された菅首相が「海水注入の報告が直接上がっていなかった。少なくとも私が止めたことはまったくない」と大見えを切った。だが、すぐに注入開始を予告する東電のFAXが何時間も前に届いていたことが発覚する。

▼第4幕では、現場の吉田昌郎所長が「首相の了解を得るまで」中止を決めた本店の言うことを聞かず、海水を注入し続けていたというどんでん返しが用意されていた。「よっ! 吉田屋」のかけ声をかけたいところだが、あいや暫(しばら)く。

▼「首相の意向」を無視して正解だったとは、悲しすぎる。そもそも首相が、専門家きどりで技術的な問題を論議する必要はない。部下や組織を信頼し、大局から判断を下すのがトップの仕事だ。それができないなら劇の途中でも舞台から去ってもらうしかない。さもなければ、国民は終幕を悲劇で迎えるしかなくなる。【産経抄】

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<誰が猫の首に鈴を付けるか?>イソップの寓話が有りますが。

意味:一見名案と思われることも、それを実行できるものがいなければ意味がないということで、上の立場の者などに言いにくいことを言わなければならない時、その役目を引き受けるのは誰かを論じる時に用いる言葉。

(猫の襲来にいつも怯える鼠が何か方法はないかと相談の結果、猫の首に鈴をつければいいという案が出たが、では誰がそれをやるのかという問いに誰もが黙ってしまった)

☆市民活動家を標榜する。菅直人首相は何か、大事な物をお持ちではないように「珍念」感じますが・・(猫に小判)かなぁ。(珍念)の悩みは五里霧中です・・ 

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

『身近な雑草の愉快な生きかた』

A1 珍念のひとりごと

 雑草

 畑や空き地、庭の隅、道ばたでひっそり生きる雑草。ふだんは気にもとめてもらえない。それどころか、厄介者扱いである

▼しかし雑草は、何度踏まれても生き抜く。抜かれてもまた生えてくる。しぶとい。だから、カタバミという雑草の一種は、家紋の図柄によく使われているという。子孫が末永く続くように、との願いが込められている

▼雑草のたくましい生命力の秘密は「逆境」にあると農学博士の稲垣栄洋氏が『身近な雑草の愉快な生きかた』(筑摩書房)に記している。例えば葉が大きなオオバコ。人が通る道やグラウンドに生えるのは、どの草も避ける厳しい環境に身を置くことで、他の植物との競合を避けられるからだ

▼踏まれることで、葉も茎も鍛え上げられる。逆境を成長へのバネにしている。加えて、人や動物の足に付着した種子も遠くへ運んでもらえる。氏は「どんな環境であっても、必ず花を咲かせて実を結び、種を残す。これが雑草の生き方である」と綴る

どんな人にも、咲かせるべき〝花〟がある。
どんな逆境も、〝そこに使命あり〟と決めれば、花を咲かせる最もふさわしい場所になる。野に咲く雑草のごとく、強く生き抜きたい。苦難と闘う友に、最大の励ましを送りたい。<名字の言>

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このコラム・天晴です。言い得て妙です (*^_^*)
(雑草は、何度踏まれても生き抜く。抜かれてもまた生えてくる。しぶとい)・・と、愚か者の「珍念」その反対ですぐに挫折をしています。何でこうも 意志が弱いのかなぁ。

{パソコン}みたいに初期化が出来ればなぁ と淡い邪な考えに浸る日々を過ごしています。あ・・余り悩むと髪の毛が抜けるうぅう・・・・。

☆ 「下手の考え休むに似たり」 が~ぁ !(^^)!

「中尾友香梨」さんに思いを馳せる。

Image 珍念のひとりごと

<江戸中期の名医>
 
 体格が良くて眉は太い。飲んでも乱れず、小さいことにはこだわらない。先生が夜、ひとりで歩いていると、2人の強盗が刀を抜いて荷物を奪おうと立っていた。先生は強盗をにらみながらゆっくり通り抜けた。強盗は手が出せなかった

◆こんな痛快な医師が江戸時代に実際いたことを佐賀大学・佐賀学創成プロジェクトが編集出版した「佐賀学」(花乱社)で知った。同大文化教育学部講師の中尾友香梨さんが書いた「江戸中期の名医・徳永雨卿(うけい)」がこの豪傑医師である

◆中尾さんが雨卿に興味を持ったのは、佐賀大学が収蔵した一巻の巻物による。雨卿の還暦、古希祝いに石井鶴山ら友人たちがお祝いの文を寄せていた。雨卿は多久市出身。長崎で真野駿庵について医学を学んだ。中国やオランダの医学書を読み尽くし、江戸に出た

◆はじめ、雨卿の医術は、まがい物、危険なものとして遠ざけられた。しかし、病人を立ち上がらせ死にかけた者が蘇生したのを見て、批判していた者も雨卿に取り入るようになった。評判は日増しに上がった

◆佐賀出身の医師では、東京大学医学部の礎をつくった伊東玄朴や相良知安が有名だが、雨卿のことは全く知られていなかった。中尾さんは「多久の家族のことも調べたい」と意欲を見せる。埋もれていた佐賀の重要人物がよみがえる。佐賀新聞【有明抄】

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

☆中尾友香梨さまが、埋もれていた「江戸中期の名医徳永雨卿(うけい)」を蘇らされた努力に(珍念)驚嘆しています・・・。さらに、中尾さんは「多久の家族のことも調べたい」と意欲を見せていられる。一日千秋の思いで楽しみにしています。

※珍念、「日本婦道記」の一節をふと思いだしました。山本周五郎1942年(昭和17年)6月作品 
 
○佐野藤右衛門-紀州徳川家の元年寄役。が神妙な顔で北向きの小窓のしたに机をすえて「松の花」という稿本に朱を入れていた佐野藤右衛門は、つかれをおぼえたとみえてふと朱筆をおき、めがねをはずして、両方の指でしずかに眼をさすりながら、庭のほうを見やった。

○窓のそとにはたくましい孟宗竹が十四五本、二三、四五とほどよくあい離れて、こまかな葉のみっしりとかさなった枝を、澄んだ朝の空気のなかにおもたげに垂れている。

    筆者の迫真の筆致は冴えに冴えています。珍念の拙い筆致は萎えています。
    読者の皆さま、気が向かれましたら是非お読み頂けたら、きっと 心が動くでしょ
    う! 

   〝藤右衛門〟の妻の〝やす〟の臨終に際し、家士やしもべの女房に実の親が亡く
    なったように悲しまれるのは何故か知ろうとするが・・・。妻の本当の姿を 死に際し
    やっと知ることができる

 
    ○「なんという迂闊なことだ。なんという愚かな眼だ。自分のすぐそばにいる妻がど
    んな人間であるかさえ己は知らずにいた」

    ○「世間にはもっとおおくのほむべき婦人たちがいる、その人々は誰にも知られ
    ず、それとかたちに遺ることもしないが柱を支える土台石のように、いつも蔭にかく
    れて終ることのない努力に生涯をささげている。これらの婦人たちは世にあらわれ
    ず、伝記として遺ることもないが、いつの時代にもそれを支える土台となっているの
    だ

    あ・・調子に乗って演壇で講義している錯覚に・・
    おしゃべりは、嫌われますので消えます。モジモジ(。_。*)))

 

〝求道の心は燃えているか〟

P1010016 珍念のひとりごと

<言行一致>

  瀬戸内の碧い海を縫って走る、しまなみ海道。その通り道の一つ、生口島にある平山郁夫美術館を訪ねた。画伯の故郷である

▼画伯は生前、美術紙のインタビューで赤裸々に半生を語った。多感な15歳で被爆した事。多くの友人の命を奪われ、自らも後遺症に苦しんだ事。「平和というのは逃げるのではなく蛸壺に入って知らん顔ではなしに、やはり声を出してそれぞれの立場から、お互いに生きることを見つけましょうということなのです」

▼その言を、行動で貫いた人生だった。約40年で130回に及ぶシルクロード取材。帰国しては、飽くことなく描き続けた。紛争等で破壊されゆく文化遺産の保護にも尽力。晩年、病床に伏してなお創作に意欲を燃やした

▼池田名誉会長と親交のあった画伯。著作の装画や挿絵を引き受けたことも。神奈川で対談した際、仏教東漸に命をかけた人々に思いを馳せ、絵にかける真情を述べた。「命がけで求めないと先人の苦闘の本当の心境が分からない」

▼人の命は尽きても、絵の命は尽きない。同じように、若き日の誓いを果たそうと貫き通した人生は、幕を閉じてなお人々を励まし続ける。画伯の絵に目をやれば、声が聞こえてくるようだった。〝求道の心は燃えているか〟と。<名字の言>

☆〝求道の心は燃えているか〟う~ん!(^_^;)「珍念」46年前池田名誉会長にお会いし、激励を受けた時の情熱は、恥ずかしながら薄れています。惰性の日々を反省しています。

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人の命は尽きても、絵の命は尽きない。同じように、若き日の誓いを果たそうと貫き通した人生は、幕を閉じてなお人々を励まし続ける。画伯の絵に目をやれば、声が聞こえてくるようだった。〝求道の心は燃えているか〟と

「名もない 人達の中で 心を 打たれたと いわれる
人生を 私は生きたい」
と 池田名誉会長は語られた。
不肖・ 珍念も、恩師のように生きたいです!

<菅野杢之助>に思いを馳せる。

01    珍念のひとりごと

「寒松千丈」 (かんしょうせんじょう) (*^^)v

震災以来、この木を何回仰いだだろう。大津波で壊滅した岩手県陸前高田市の高田松原で、たった一本残った松の木の光景が、心から離れない

▼この海岸沿いには、江戸時代の初めまで防風、防潮設備は一切なく荒れ地が広がっていた。海が荒れ、怒濤が押し寄せると、せっかく造営した耕地は無残に破壊された

▼この自然の猛威に立ち上がったのが、地元の豪商・菅野杢之助だった。1667年から地域農民と協力し、赤松苗の植栽を開始した。植えた苗の本数は6200本余。事業半ばで杢之助は他界したが、その後を子の七左衛門、孫の八三郎が受け継ぎ、1万8000本を植栽したという(『三陸海岸と浜街道』吉川弘文館)

▼被災地の子どもたちは、希望の光である。復興に立ち向かう大人の姿を、この子たちがじっと見ている。親の志に触れて子が育ち、孫に受け継がれる。この継承こそ東北婦人部が合言葉としてきた「親から子、子から孫への広布旅」の精神にほかならない。東北の創価家族の伝統である

▼中国の言葉に「寒松千丈」と。松は寒さにも葉の色が変わらないことから、初志を曲げず義を貫く姿をたとえた言葉である。高田松原の一本松を思うたび、何ごとにも揺るがない不動の自分になりたいと思う。<名字の言>

☆「寒松千丈」・・何ごとにも揺るがない不動の自分になりたいと思う。う~ん 愚か者の「珍念」も、かくありたい!あ・・これ以上・減らず口を叩くと閻魔さまから苛められる
さっさと 消えます。 キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ

『にあんちゃん』

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<『にあんちゃん』に思いを馳せる>

 昭和30年代、子供たちの作文や日記をもとにした映画が何本か作られヒットした。貧乏でも、鉄くず拾いなどをしながら健気(けなげ)に生き、病気で死んだ「ふうちゃん」を中心に描いた『つづり方兄妹』もその一つだ。同世代で似たような境遇の小学生たちの涙を誘った。

▼その中で、芸術的にも高い評価を得たのが昭和34年今村昌平監督の『にあんちゃん』だった。佐賀県の炭鉱町に住む10歳の少女の日記の映画化である。両親を亡くした4人の兄妹が、不況で炭鉱が閉山される中、やはり健気に生きていく。20年代から30年代の空気を伝える作品だった。

▼この映画で4人兄妹の長男、喜一役を演じ、ブルーリボン主演男優賞を得たのが21日亡くなった長門裕之さんである。当時まだ20代で、最年少の主演男優賞だったという。これを機に、長門さんは「演技派」俳優として道をたどっていくことになる。

▼映画の中の喜一は栄養失調になった妹や弟のために、長崎に出稼ぎに行ったりパチンコ店などで働いたりする。ちょっとひょうきんなところもあるが、文字通り泥臭い青年だった。だが演じる長門さんの方は、喜一たちとは対極的境遇にあった。

▼何しろ祖父は日本映画の草分け的存在だった牧野省三で叔父は天才的映画監督といわれたマキノ雅弘、父親は俳優、沢村国太郎である。典型的な芸能一家に育った。本性的には明るくて垢抜けしたキャラクターの持ち主だったに違いない。

▼だが『にあんちゃん』では、そのキャラが時代の重苦しさを中和し救っていた気がする。演技派たる所以だ。大震災以来沈んだような日本の社会に必要なのも、長門さんみたいな明るい演技力を持った指導者かもしれない。【産経抄】

☆このコラム。天晴です。暗闇を照らす、灯台のように燦然と輝いています・・座布団100枚差し上げます。(*^^)v「大震災以来沈んだような日本の社会に必要なのも、長門さん
みたいな明るい演技力を持った指導者かもしれない」・・・

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「珍念」親しい人から饒舌ですね・童顔で愛嬌がありますね。と。妻からは(口が軽い・落ち着きがない)と手厳しい!明るい演技力を持った指導者には、どうしたら成れるのかぁ!
■「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」の<ことわざ>を思い出してちょつと 照れています。

\( ^∇^)/θ☆ わ~い

『藪の中』の鵺・・?

039 珍念のひとりごと

『藪の中』

 芥川龍之介が大正8年に出した手紙が見つかったとの記事が、きのうの小紙に載っていた。宛先は、当時大阪毎日新聞の学芸部長を務めていた詩人の薄田泣菫だ。その泣菫が同じころ、「前大統領の嘘」と題したコラムを書いている。

▼題材にしたのは、米国の第27代大統領を務めたウィリアム・タフトだ。体重140キロを超える巨漢だったという。ある日田舎町での講演を終え、停車場に急いだところ、あてにしていた急行列車が止まらない。

▼早速、鉄道管理局宛てに「大きな団体客が待っている」と電報を打つ。やって来た急行列車の列車長が、団体客を探すと、タフトはすまし顔で言った。「それはワシだ」「成程大きな図体は一寸した団体客ほどの重みがありさうに思はれた」と泣菫の筆が冴(さ)える。

▼こんな嘘なら笑って済ませても、国家の緊急事態にかかわる嘘となれば見逃すわけにはいかない。東京電力福島第1原発1号機で震災翌日の3月12日、東電が海水の注入を始めたところ、菅直人首相の意向によって、約1時間中断していたことがわかった。

▼政府発表では、海水注入は「首相指示」だったはずだ。それに対して東電側が、「炉が使い物にならなくなる」と抵抗した、と当初報じられた。きのうの読売新聞によれば、そもそも海水注入は、「東電が実施を決めた」という。政府発表が嘘で、最近の報道が正しければ、首相は事故収拾を妨害したことになる。

▼もうひとつ、拡散した放射性物質を予測する、システムをめぐる疑惑も気になる。12日未明に官邸に届いた報告は住民避難には活用されず、首相の視察のためだけに使われたのではないか。政府は否定しているが、事実を知りたい。【産経抄】

☆珍念も(海水注入は「首相指示」と、拡散した放射性物質 を予測する、システムをめぐる疑惑)も気になる。まぁ権力者のいっもの常套手段かなぁ。都合の悪いのは公表しない。しても本当のことは言わない。

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 日光東照宮の神厩舎にも左甚五郎作と伝わる有名な三猿像の彫刻がいみじくも、「見ザル、聞かザル、言わザル」という語呂合わせもあり、また「当たらず触らず」というより「変な
ものを見せない、聞かせない、言わせない」と穿った見方も有りますが!

☆読者の皆さまへ。面白くも、何ともない。珍念の戯言に暫くお付き合いのほど、宜しくお願い申し上げます!

    芥川龍之介の『藪の中』に思いを馳せる。

    『藪の中』は黒澤明により『羅生門』のタイトルで映画化された。以下、同作により提
    示された事件の真相である。

    ○激しい雨の中、荒廃した羅生門で雨宿りをする男2人に対し木樵(映画では杣売
    りとされている)が語り部となって『藪の中』が語られていく。原作では死体の第1発
    見者にすぎなかった木樵は映画では事の顛末を目撃した唯一の人物となっており 
    その目撃談が最後に語られる。

    〇それによれば、盗人は手込めにした武士の妻に情が移り、土下座して求婚す
    る。しばらく泣いていた妻はやがて顔を上げ、武士の縄を切り、2人に決闘を促す
    (つまり、決闘に勝った方の妻となるとの意思表示)しかし武士は、盗人の求婚を拒
    絶しなかった妻に愛想を尽かし、離縁を言い渡す。盗人はその武士の言動を見て
    ためらい考え込み、最後は武士に同調し、その場を去ろうとする。すると泣き伏せ
    ていた妻は突然笑い出し、2人のふがいなさを罵る。

    ○罵られた2人は刀を抜き、決闘を始める。しかし両人とも場慣れしておらず、無様
    に転げ回って闘う。辛くも盗人が優勢になり武士にとどめを刺す。しかし妻は盗人を
    拒み、逃げ去る。1人残された盗人も武士を殺した恐怖心から逃げるようにその場
    を去った。この木樵の目撃談により、映画では「証言者は各々の保身のために嘘
    をついていた」という一定の結論が出されている

    ○この情けない男を殺し、殺人事件に仕立てたのが『藪の中』である。本作は、藪
    の中で起こった殺人事件を7人の証言者が証言、告白するという形式でなりたって
    いる。捕らえられた盗人、清水寺で懺悔する男の妻、巫女の口を借りて現れた男の
    霊のそれぞれの当事者3人の証言は、藪の中で盗人が男を木に縛り付けて男の目
    の前で女を手込めにしたことは一致しており説得力はあるが、男の死因についてそ
    れぞれ「偶然」「他殺」「自殺」と見事に食い違っており、結局どれが真相なのか、誰
    が犯人だったのかは全て有耶無耶のままになっている。<ウィキペディア>

    ☆ 愚か者の「珍念」も 今の世相に・・(*`ε´*)ノ
       あ・・言わぬが花です  \( ^∇^)/θ☆ わ~い

平成の「裸の王さま」

  039 珍念のひとりごと

「不安」と「願望」は絶好の弱みになる

 うまいこと言って小遣いでもせしめた息子の感慨だろうか。こんな江戸の川柳がある。<母親はもったいないがだましよい>

▼子のことになると途端に愚かにもなるのが親というもので古く、<子ゆえの闇>と。ただ、本来、敬うべき母を欺く後ろめたさが「もったいない」ににじむ辺り、かわいげがある。対して窮地に陥った子、あるいは、それを知った第三者になりすますなどして、その親を騙(だま)すのが「おれおれ詐欺」など振り込め詐欺の手口である

▼フランスの詩人ラ・フォンテーヌは、<誰でも恐れていることと願っていることをやすやすと信じる>と言ったが、子を思う親なれば、一層だろう。騙そうとする者にとっては、「不安」と「願望」は絶好の弱みになる

▼「おれおれ」の類は「不安」を狙うが、これは「願望」につけこんだのか。「身長が伸びる」と効能をうたったサプリメントを無許可販売したとして、東京の会社社長が逮捕された。容疑は薬事法違反だが、詐欺まがいの指摘もある

▼全国に患者が約二万人いる低身長症の治療は超高額で保険適用も限られ、子に治療を受けさせたくても受けさせられない親が多いという。専門家は「藁(わら)にもすがりたい親の心理」を弄(もてあそ)んだと、この“長身サプリ”に憤る

▼赤の他人の親の<だましよい>部分につけ込んだのだとすればまったく、悪質極まりない。【コラム】中日春秋

☆「石川や浜の真砂は尽きるとも 世に盗人の種は尽きまじ」
有名な(石川五右衛門)の辞世の句ですが。みように説得力がある。

☆フランスの詩人ラ・フォンテーヌは、<誰でも恐れていることと願っていることをやすやすと信じる>と言ったが、今の日本の現状にピッタリです。もとより 浅学の「珍念」ですが、余りにも・おそまっな震災・原子力発電所の対応等・・・(^_^;)

☆とうとう 国会の三権の長の一人(民主党)の西岡武夫参院議長が、官総理の資質に言及 早期退陣を促した。権力亡者に手玉に取られる“坊ちゃん総裁”(珍念)は 「平成の裸の王さま」と命名します。あぁ・・善良な国民の<だましよい>部分につけ込んだのだとすればまったく、悪質極まりない。余り興奮すると血圧が上がる・・うぅ 

 ヤレヤレ ┐(´(エ)`)┌クマッタネ

リセット (*^^)v

250px2 珍念のひとりごと

リセット(初期化)かなぁ?

 駅のホームから看板広告を見ていると、時折にやりとする
キャッチコピーが飛び込んでくる。<遠くの親戚より近くの
質屋>は読んで字のごとし。<筋肉は一生ものの服>という
スポーツクラブのコピーは、たるんだ体を鍛えなくちゃと思
わせる

▼バブル全盛時代、大手広告代理店はこんな戦略を描き、消
費者の購買意欲をかき立てた。<もっと使わせろ><捨てさ
せろ><季節を忘れさせろ><無駄遣いさせろ><流行遅れ
にさせろ>…

▼欲望をこれでもかと刺激し、カネを使わせる「大量浪費社
会」は長引くデフレの中、遠くに退いたが、原発事故はそん
な価値観が大手を振った時代にはもう戻れないことを決定的
にした

▼一つの場面を想像する。敗戦直前、「一億総特攻のさきが
け」として沖縄を目指した戦艦「大和」の一室で交わされた
激論だ。玉砕することが確実な出撃に意味はあるのか? 
君国(くんこく)のために死ぬと割り切る兵学校出身者と
もっと違う意義を求めて苦悩する学徒出身士官が殴り合い
になった

▼これを制したのは、臼淵磐大尉の「進歩ノナイ者ハ決シテ
勝タナイ 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ」の言葉だった
(吉田満著「戦艦大和ノ最期」)

▼3・11は8・15に通じる価値観の転換を突き付けている。
目覚めなければならない。津波の犠牲者と原発事故で「難民」
になった福島の人たちのためにも。【コラム】筆洗

〇臼淵磐大尉の「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目
ザメルコトガ最上ノ道ダ」 減らず口の「珍念」言葉もありま
せん。こっそり退散します! \( ^∇^)/θ☆ わ~い

野性との「共存、愛」 (#^.^#)

250px2 珍念のひとりごと

 心温まる物語二題

▼軍隊が町の近くに陣取った。大砲をすえつけ、敵の陣地
に向けて狙いをつけた。撃て、という命令に砲手は首を振
った。「撃てません」。砲身の中にアヒルの巣があるとい
う。卵を抱いているらしい。隊長は「卵がかえるまで」休
戦を決意した。3週間。兵士たちの食糧が底をつく。

▼隊長は近くの町に出向き、市長に働き口を申込み食いつ
なぐことにした。兵士たちは軍服を脱ぎ民家のペンキ塗り
にいそしむ。3週間近いある日、8羽のヒヨコ誕生。よち
よちと行進する。兵士たちが叫ぶ。「アヒル万歳!」。
隊長の声がはずむ。「さあ、戦争ができるぞ!」。
題して「大砲のなかのアヒル」

▼いつクルマの下から潜り込んだのか。ボンネットに巣を
つくられた話題だ。鳥はセキレイ。巣は直径10㌢ほど。中
に卵が2つ。通勤には当分バイクを使うことにした。職場
まで30㌔はヒナがえるまで続けるというAさん。「セキレ
イには多分お気に入りのマイホームなのでしょう。ぼくの
方はまあ、なんとかなっていますから」

▼この季節、さまざまな鳥が巣をつくり、人間との間にぬ
くもりのあるドラマが生まれる。とかく暗い話題のみの昨今。
野性との「共存、愛」に癒される。コラム(火の見やぐら) 

☆このコラム・天晴です 座布団100枚差し上げます!
一言居士の(珍念)論評は蛇足です・・( ^ω^)おっおっおっ
  

「工程表」・・ (^_^;)

Cherry03 珍念のひとりごと

改訂された工程表

 スイスのある村の牛飼いの子がよそ者に時間を聞かれた。
すると牛のおっぱいを手で持ち上げながら「10時だよ」と
いう。別の時に行っても同じくピタリと時刻をあてた。少年
は評判になる

▲科学者が調査を始めたが、理由は分からない。仕方がなく
「どうして牛のおっぱいの重さで時間が分かるのかね」と少
年に尋ねた。「そんなの簡単だよ。おっぱいを持ち上げると
向こうの時計台が見えるんだよ」(安斎育郎著「だます心 
だまされる心」岩波新書)

▲思い込みのおかしさを示す笑話である。さて当方の技術者
の思い込みによる見当違いは、肝の冷える恐怖譚(たん)と
なった。福島第1原発で冠水が進んでいると思われた炉から
実は大量の水が漏れており、燃料の大半が溶融していた件だ。
それらに伴う工程表の改定があった

▲はなから見通しが甘いと批判のあった原発事故収束の工程
表だった。燃料溶融と新たな水漏れの判明は、炉を冠水させ
て冷温停止に導く「水棺」化のシナリオを大きく狂わせた。
だが改定工程表は汚染水循環システム構築などによる期限内
収束を可能と見込んでいる

▲もとより原発周辺住民には工程表自体をまだるっこしく
感じる避難生活に違いない。一刻も早い収束は誰もが望むが
もうこれ以上の事態悪化を招くような思い込みがあってはい
けない。工程表の予期しない事態にも柔軟に対応できる心組
みがますます求められる

▲人間が考える想定や計画を次々に裏切っていく原発事故だ。
目の前の見かけ上の現象や自分に都合のよい推論に心を奪われ
その向こう側の真実を見逃した笑話の科学者のような失敗はも
う許されない。<余録>

☆このコラム「マスコミ」特にテレビ報道を信じた(語弊が
あるかなぁ)テレビ教の信者に与えた衝撃は(@_@;) 毎度の
ことでちょいと驚かないのかなぁ?

☆「珍念」も 自分に都合の良い、思い込みをしている事が
度々あります・・「葦の髄から天のぞく」の諺が身に沁みて
います。

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

「人間の能力は無限という。その能力を引き出すのは自信で
ある。自分は必ずできるという確信である。その自信と確信
を与えるのが、心からの褒め言葉であり、温かい励ましである。
逆に冷たい言葉。傲慢な言葉は、釘を打つのと同じである。
釘を抜いても釘のあとは残る。あとで弁解しても、一度傷つい
た心は、なかなか、もとに戻るものではない。と恩師は語る。

今日も! 絶好調です。話はムダを省き、短くまとめたい。
長い退屈な話は「口害」ともいわれる。 (^_^;)

 ゲーテも 「美しき虹も、15分も 消えずにいれば
もうだれも見向きもしない」と手厳しい。きえます。\( ^∇^)/θ

「シェークスピア」に思いを馳せる

Cherry03 珍念のひとりごと

<名言の宝庫に学ぶ>

 毎日、世界のどこかで上演されるシェークスピアの
演劇作品。だが意外にも、18世紀までは別の文学者
による改作の方が人気で、原作への評価は高くなかった

▼作品の真価に光が当たったのは、彼の死から185年
後の1801年。ドイツの青年文学者、アウグスト・フ
ォン・シュレーゲルによる

▼彼は、シェークスピア作品が〝ヨーロッパ精神の根底
にある異質なもの同士の緊張を、ダイナミックに体現し
ている〟と主張。これがシェークスピアの母国イギリス
に飛び火し、再評価のきっかけとなった(『シェイクス
ピア・ハンドブック』三省堂)。一人の青年の主張によ
って、演劇史は塗り替えられたのだ

▼シェークスピアの戯曲は名言の宝庫。その一つに
「行動こそ雄弁なり」とある(「コリオレーナス」)。
百万言よりも、どんな行動をしたかが、その人を雄弁
に物語る。池田名誉会長は、この言を通して「方法
策ではない。真心の、信念の叫びこそ、相手の心を打
つ」「青年部には、自分たちの言葉、自分たちの表現
で『雄弁第一』の法戦を展開していくべき責任がある」
と期待を寄せた <名字の言>

〇シェークスピアの戯曲は名言の宝庫。一言居士の
「珍念」の言葉は・・屁理屈の迷言? ですぅう (@_@;)
いっも 後で自己嫌悪に苛まれています。その後で
「池田名誉会長」のスピーチを学んでいます。

〇対話、懇談で大切なのは何か。それは「よく聞く」
ことである。これは平凡に見えて、難しいことである。
古代ギリシャの哲人ゼノンは、「人間は一枚の舌と二
つの耳を持って生まれた。ゆえに話すことの二倍だけ
聞け」と述べている。

〇漢字では、「聡」の字も「聖」の字も「耳」が意味の
中心である。よく聞ける人が「聡明」なのであり、その
究極が「聖人」なのである。と

<諍い果てての乳切り木>とお笑い下さいませ!
まことに、お粗末な(珍念劇場)でした。モジモジ(。_。*)))

「言葉は心の発露」 (*^_^*)

Cherry03 珍念のひとりごと

<言葉づかい>

 電話で愚痴や悩みを聞いてもらう、有料の〝話し相手サービス〟
が話題になった(「R25」)。24時間、専属スタッフが対応。
利用者が話す内容は、仕事から家庭、子育て、将来のことまで多
岐にわたる

▼「あいづちは句読点のように打つ」「話を聞くよりも、相手の
気持ちに寄り添う」「具体的なアドバイスはしない」などが聞き
上手の極意とか
▼迷惑がられたり、厳しい指摘を受けて傷つくこともなく、癒や
しを得られることが、受けている理由だろう。常に他者との〝距
離感〟を計り、〝空気を読む〟ことに気を配りつつ、それでも
人との強いつながりを求める。そんな現代人の心の葛藤が透けて
見える

▼震災前、社会学者の山田昌弘氏が、〝他者、身近な人や社会か
ら認められ、「つながり」を実感することが幸福感を生む〟と、
「潮」誌上で指摘していた。震災後、被災地に生まれた自発的な
助け合い、地域の絆にふれ、幸福とは何かを考えさせられた、と
語る人もいる

▼私たちの運動とは、徹して一人と関わり、励まし、心を結ぶこと。
この日ごろからの実践は、震災後の厳しい環境の中で、大いに力を
発揮した。被災地を助け、そして被災地から学ぶ。それが、明日の
社会のために必要なことである。<名字の言>(陸)

(^_^;) う~ん。「あいづちは句読点のように打つ」「話を聞く
よりも、相手の気持ちに寄り添う」「具体的なアドバイスはしない」
などが聞き上手の極意とか・・口八丁・手八丁の「珍念」逆のこと
を・・・ううぅ・・穴があったら入りたいです。

〇「恩師の言葉づかい」の指導を思い出しました。

 聡明な言葉づかいは、凍てついた心をとかす光風となる。どんな
局面にあっても、弾力有ある知恵の一言があれば、悠々とまた闊達
に切り開いていくことができる。私の恩師も口のきき方、挨拶の仕
方には厳しかった。

〇言葉は心の発露であると、いっも教えられた。言葉は文字通り
「言の葉」である。春の新緑のようなみずみずしい「言の葉」は
生活にまた社会に、豊かな潤いを添える。どんなに裕福になっても
心の根っこが貧弱であれば、貧しい「言の葉」しか茂らない。
それではあまりにも殺風景であろう。

〇不用意な言葉を発する、おしやべりの「珍念」パソコンのように
初期化が出来ればなぁ! と 変な妄想をしています。
あ・・つぃ  \( ^∇^)/θ☆ わ~い

〝魂の治療所〟

Cherry03

 <赤い宝石> サクランボ

〇朝早く、裏山に「サクランボ」獲りに行ってきました。
カラスに殆ど食べられていましたが、斜面に近い方の枝
には、びっしりと赤く輝く実がありました。酸味が強く
糖度が程よく美味しく食べました。今年も ジャム、果
実酒を作り、自然の贈り物に襟を正して感謝しています。 
余談ですが「珍念」も <赤い宝石>のような人に成り
たいと思っています。

 【閑話休題】

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

 読書は心の「赤い宝石」です (*^^)v

▼仕事柄、図書館には足を向けて寝られない。
去る4月30日が「図書館記念日」だと知り、図書館の
歴史を繙いた。日本の公共図書館発祥の地は、宮城県の
仙台だという

▼仙台藩出身の青柳文蔵が、若いころから収集した
蔵書約1万冊と、運営資金1000両を同藩に献上し
「青柳文庫」が創設されたことがルーツである。今年は
青柳文蔵の生誕250年。学都・仙台にふさわしい史実
である

▼池田名誉会長は、若き日より、わが子のように大切に
してきた書籍7万冊を、創価大学に寄贈した。その膨大
な蔵書は、関係者の強い要望で「池田文庫」と命名され
同大の図書館に設置された。中には、戦中、防空壕に入れ
空襲から守った本がある。恩師の個人教授「戸田大学」で
のテキストとなった経済学、法学などの学術書も

▼活字の力を信じる人にとって、本はただの紙ではない。
師ともなり、友ともなる。すなわち「いのち」そのもの
である。古来、西洋では、図書館を〝魂の治療所〟と呼
んだ。人との出会いが人生を変えるように、良書にも人
生を変える力がある。その両方を味方にすれば、より深
い人生を生きられる

▼革、紙、そして電子書籍の時代へ――媒体は変わって
も、本の輝きが色あせることはない。<名字の言>(城)

〇読書は自分自身の中にある英知を磨くものである。
充実した、また晴れ晴れとした心の世界を開くものである
ゆえに、いくら、たくさんの知識をもっていても、謙虚
に自分の{内なる世界}を見つめない人は、真の読書の
人とはいえない。

〇わが、<内なる光>を発見するための精神の航海。
わが「内なる宇宙」への旅・・それが読書なのである。
 と・池田名誉会長はスピーチで語る。

〇コメントは、釈迦に説法です・・ モジモジ(。_。*)))

<師弟の絆>

250px2_2 珍念のひとりごと

<師弟>

 本物は苦闘の中から生まれる。世界文学の金字塔『神曲』
もそうだった

▼愛する人の突然の死と、祖国からの追放という苦悩に
襲われた、13世紀イタリアの詩人ダンテ。「他人のパンが
いかに辛く/他人の家の階段の上り下りがいかに辛い道であ
るか」(平川祐弘訳)。流浪の中で綴られた詩人の一言一句
が胸に染みる

▼地獄・煉獄・天国の3界をダンテ自身が旅する『神曲』
の物語は、彼が文学上の師匠とした古代ローマの詩人ウェル
ギリウスが導き手となって進む。試練の旅を勝ち越えたとき、
師は弟子をこう讃える。〝君は、君自身の主なのだ〟と

▼人間とは、運命に流されるだけの存在ではない。
自分が自身の主となって、困難にも立ち向かい、乗り越えて
いけるのだ。この詩人の叫びは、わが一念の変革が、人生も
社会も変えゆく力になることを教えた、仏法の「一念三千」
とも響き合う

▼先日の本紙で、福島の壮年が、池田名誉会長の第3代会長
就任式に出席した誇りを胸に「師と共に」進む決意を語って
いた。「先生の弟子ですから、絶対に負けません」と

▼大震災から立ち上がる創価の友。その不屈の師弟の共戦
譜の数々は、永遠に読み継がれ、未来の苦難と闘う友にも希
望の光を届けゆくことだろう。<名字の言>(進)

 ¨師弟の道¨

 親子の縁は深い。しかし、人生において、師弟の絆はそれ
以上に深く強いものである。人間として、師匠を求める心は
まことに尊く師匠を得た喜びはまことに大きい。

 また(師匠のいない人は信用できない)と、言われるほど
師をもつことは重大事なのである。芸術であれ、スポーツであ
れいかなる分野においても師弟の関係は厳しくも温かい。まし
て人生の根本時である信仰の世界、広宣流布という至高の大目
的に立った師弟がどれほど峻厳であり、慈愛に満ちたものであ
ることか、はかり知れないのである。と師匠は語る。

〇不肖・「珍念」47年前、奇跡的に池田名誉会長にお会いし
大激励を受け、お土産を頂き・先生の人格に感動し、心を決め
ました。お迎えがくるまで(来てもお断りしていますが!)
きょうも・・愚か者の「珍念」悪しき煩悩に心が揺れています。
昨日の自分よりも・一歩前進の歩みをしていきます。

あ・・何処かで うどん屋の窯・湯・湯・湯だけ 言うだけと。
 (*^^)v ( ^ω^)おっおっおっ もう 消えます。
 

「岡田茂」さんに思いを馳せる。

A2 珍念のひとりごと

「緋牡丹お竜」 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

 健さんはもう傘寿になっていたのか。
東映の、いや日本映画の一時代を築いた岡田茂さんの
通夜を報じた11日付のサンケイスポーツは、高倉健
さんが寄せた「大きな時代の節目を感じるおしらせで
した」という弔電とこの数年間、公の場からぷっつり
と姿を消した彼の近況を伝えていた。

 ▼「昭和残侠伝」の「死んでもらいます」にしびれ
た全共闘世代の多くも定年とあらば、健さんが80歳
でも不思議はないのだが、時の流れは早い。先月まで
やっていたNHKドラマ「てっぱん」を見て「緋牡丹
お竜はやっぱりいいね」と言ったら、若い同僚に首を
ひねられたのはショックだった。

 ▼昭和40年代に入るとテレビの普及で、映画界は
苦境に陥った。沈没寸前の東映を任侠路線とテレビ重
視に舵(かじ)を切って成功させたのが岡田氏であり
スターの階段をかけあがったのが健さんや藤純子
(現・富司純子)さんだった。

 ▼若手抜擢(ばってき)は、経費節減のもくろみも
あったようだが、冒険を恐れぬ社風と時代がマッチし
た幸福な時代だった。“進歩的な”評論家の眉をひそ
めさせた「二百三高地」を堂々と世に問い、ヒットさ
せたのも彼だった。

 ▼日本映画界は低迷期を脱し、若い才能がどんどん
伸びている。興行的にも好調だが、企画がどうも小粒
になった気がするのは、こちらが年をとったからだろ
うか。

 ▼と、心配していたら菅原文太さんが、通夜の席で
「今の偽善的な世の中にパンチを食らわす作品が必ず
生まれます」
と宣言してくれた。題材はそこら中にこ
ろがっている。「想定外」の大惨事に怒鳴る首相に右
往左往する官僚。決死の覚悟で現場に飛び込む作業員
や自衛隊員たち。岡田氏健在ならきっとゴーサインを

出すだろう。<産経妙>

★ ( ^^) _旦~~ 「コメント」は、 蛇足です。

「一本の矢」

A2 珍念のひとりごと

<差異へのこだわり>

 殺傷に使用される凶器には「銃砲・刀剣のような性質上の
凶器と、棍棒(こんぼう)・斧(おの)のような用法上の凶
器」がある(広辞苑)

▼「用法上の凶器」は身近にいくらでもある。ヒト自身が
持っているものもある。言葉もそうだ。用い方ひとつで相手
の心を傷つける。そうとは気づかずに加害者になる場合が珍
しくないから怖い

▼広げていうなら、差別や偏見という名の凶器にも行き当たる。
これで傷つけられた人は、古今東西、数知れない。日本も例外
ではない。近代以降の日本も幾時代にもわたって被害者を生み
続けた

▼ハンセン病患者に対する国の隔離政策を「違憲」と断じた
熊本地裁判決から、きのうで丸10年が過ぎた。判決がうたった
「人間回復」を実感できた人がいる。目には見えない「隔離」
を今も感じている人もいる。社会復帰は容易ではない。差別の
根の深さを思う

▼今月1日に公式確認から55年を迎えた「公害病の原点」
水俣病も差別の歴史だった。今年3月には「第二の政治決着」
が報じられ、救済問題は大きく前進した。解決したわけではない。
分断された人間関係を修復する「もやい直し」もまだ続く

▼現代は新たな被害者を生み続ける。福島第1原発事故では
「放射線がうつる」とのデマが流れ、避難した福島県民が宿泊
を拒否されたりした。差別、偏見の被害者はいつの時代も社会
的弱者だ。弱者への思いやりを忘れた心に、人間の内なる凶器
はすみつく。 西日本新聞 コラム < 春秋 >

★このコラム 天晴です。当に「正鵠を射る」が符号しています。

★ 「珍念」の独断と偏見の一考察です。

○読者の皆さま、やや「我田引水」の 狂信者の戯言と誤解を
与えるかも 知れません、「珍念」の筆致が未熟の故です
お気に障ったらお許し下さい。暫くお付き合いのほど 宜しく
お願い申し上げます。

○国際連合教育科学文化機関憲章 (ユネスコ憲章)前文 には!
「この憲章の当事国政府は、その国民に代って次のとおり宣言する。
戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の
とりでを築かなければならない」。と 誓っている。

★ 仏典に有名な(毒矢のたとえ)の話がある。

○ある人が毒矢を受けて苦しんでいた。親族はすぐに医者を呼ぼう
とする。ところが本人は毒矢の材質・色・毒矢を射たのは、どの角
度で男か、女か、子どもか、どんな種族か、などあらゆることが分
らない限り、矢を抜いてはいけないという。親族は、今すぐ毒矢を
抜かないと命が危ないと諭すが!

○結局、この人は知り尽くすことが出来ないまま死んでしまう。
実は、ある男が、釈尊に、宇宙は有限か、無限か・・?その他
神格論争・・?など この問題が解けない限り仏道修行はでき
ないと、述べたのに対して、答えたものです。

○釈尊はこの答えで、人生における生老病死という苦悩の根「毒矢」
を抜くためには、まず行動し仏道を行じることだと、説いています
同苦の心を大きく広げ、すべての人を幸せに!

○人間の心に巣くう差別意識や差異へのこだわり。釈尊はそれを
「人の心に見がたき一本の矢が刺さって いる」と表現した。

☆「一本の矢」について、池田SGI会長は、ハーバード大学での
2度目の講演(1993年)で、こう述べている。「克服される悪
すなわち(一本の矢)は、外部というよりまず自分の内部に
ある。ゆえに、人間への差別意識、差異へのこだわりを克服する
ことこそ、平和と普遍的人権の創出への第一義であり、開かれた
対話を可能ならしむる黄金律なのであります」この言葉どおり、
SGI会長は、人類を分断する「一本の矢」との闘争を繰り広げ
てきたのである。

○例えば74年(昭和49年)SGI会長は「怖い国」とのレッテルを
はられ、孤立を深めていたソ連を訪問!「拉致される」毒を盛ら
れる」そんな憶測が、まじめに語られる時代だった帰国後、SGI会
長は、さまざまなメディアを通じて人間味あふれるソ連の「素顔」
を発信。「ソ連に暮らす人々も、私たちと同じ人間である。」こと
を広く知らしめ、現在に続く友好の礎を築いた。「池田会長の訪ソ
によって初めてソ連の正確な実態が日本に紹介された」とは、当時
SGI会長の通訳を務めた、モスクワ大学のストリジャク氏の述懐である。

○差異へのこだわりを越えて、「どうすればこの人を」「どうすれば
あの友を」と心を砕く。自分だけではなく「すべての人を幸せに
したい」との温かく力強い「同苦の心」を一人から一人へと、広げ
る歩みを始めたい。心に刺さる「一本の矢」を引き抜く努力を!

「珍念」度々悪しき煩悩に心が揺れています。「一本の矢」どころか
10本位 刺っています。修行が足りませんです。 o(*^▽^*)o

「思想や哲学」を、お持ちでしょうか?

A2 珍念のひとりごと

「ビスコ」の赤い箱
 
 クリームを挟んだ小さなビスケット「ビスコ」。
ほんのりレモン風味のクリームは素朴な甘さで、どこか
懐かしい。発売は1933(昭和8)年だというから、
幼いころに親しみ、大人になって子どもや孫に与えた思
い出を持つ人も多いだろう

◆きらきらした瞳の「ビスコ坊や」のイラストが描かれた
赤いパッケージは、昔からまったく変わっていないように
見える。が、現在、店頭に並ぶ商品は例えば、箱を開ける
ミシン目が従来の直線から波形に変わっている

◆誰もが使いやすいユニバーサルデザイン時代に合わせ
指先を傷つけないための工夫だ。この改良を加えたのは
佐賀市のパッケージメーカー「サガシキ」。今年4月に
創刊した同社の機関誌が紹介している

◆開発期間は約9カ月にわたり、取り出しやすいように
箱のふた部分が開いたままになるようにしたほか、簡単
につぶせる工夫も施したという。ビスコを製造する江崎
グリコの創業者江崎利一氏は佐賀市の出身だし、パッケ
ージも地元企業が手掛けているとなれば一層親近感もわく

◆ちなみにビスコ坊やもリニューアルを重ね、現在は
2005年に起用された5代目だという。愛され続ける
ロングセラー商品も、時代に合わせて少しずつ変化し続
けている。何を変え、何を変えないか。そこには、企業
の思想や哲学がにじむ。<佐賀新聞>【有明抄】 

☆このコラムぴりっと、ほろ苦い(山葵)が効いています。
天晴です。{ダイヤモンド}の 輝きを放っています。
それに、人情の機微を醸しています。 (^。^)

☆時代に合わせて少しずつ変化し続けている。何を変え
何を変えないか。そこには、企業の思想や哲学がにじむ。

☆いっそのこと。江崎グリコの会社の役員を(管内閣)
に代わり任せたら、と。あ・・「言わぬが花」でした。

拙い(珍念)きょうも「ごまめの歯軋り」をしています。 (`ε´)

  キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ

「人にとって何がいちばん大切か」(*^_^*)

A2 珍念のひとりごと

<震災から2カ月>

 避難した地域住民の一時帰宅はチェルノブイリ
原発事故でもあった。着のみ着のままで避難した後、
1度だけものを取りに家に戻る機会を得たのだ。あ
る記録者は記す。「人にとって何がいちばん大切か
は後になって気づくものだ

▲人々が持ち出したのは豪華な家宝ではない。
親しい人の写真、愛読した本、古い手紙、一見滑稽
だが思い出のこもる小物などだった。「それらは深
く個人的な世界現在だけでなく、過去と未来に生き
る人間の非常に傷つきやすい世界を作り上げる品々
であった」

▲ユーリー・シチェルバク著「チェルノブイリから
の証言」からの抜粋である。福島第1原発の警戒区
域からの一時避難は住民が永久的退去を強いられた
チェルノブイリとは異なるが、厳重な被ばく管理の
下で一時帰宅をする住民の心情には相通じるものが
あるだろう

▲「仏壇に水を供えたい」「アルバムと両親の位牌
を持ち帰る」「年賀状のファイルを取って来る」
「猫を腹いっぱいにしてやりたい」……一時帰宅の
先陣を切った住民の声である。今後、一時帰宅する
住民の中には津波で行方不明の肉親の写真を取りに
帰る人もいる

▲原発周辺住民だけでない。この震災では津波に流
された自宅の跡で肉親や知人の写真やアルバム、位
牌などを探す人々の姿が心に刻まれた。災害で奪わ
れた未来、ばらばらにされた過去と現在とをつなぎ
合わせ、人々が自らの人生を取り戻すよすがとなる
品々である

▲「いちばん必要なものは忘れやすいものである」
は先の証言集の言葉だ。人にとって本当に大切なも
のとは何かに改めて思いをめぐらす震災2カ月後で
ある。<余録>

☆この コラム 天晴です。 感動しました。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

この( コラミスト)は重要なものを私たちに問い
かけています。類まれな文才があり震災に遭われた
人達の心情に同苦する・あぁ惜しむべきは、珍念
の筆致が幼稚ですので、言葉で表せられません。
これ以上、能書きを述べると「蛇足」ですから
消えます。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「ポピュリズム」の大根役者

A2 珍念のひとりごと

ポピュリズム

中部電力はきのう、菅直人首相による浜岡原子力発電所の
全面停止要請を受け入れた。苦渋の決断を下した水野明久社
長ら経営陣の脳裏には、中部電力の前身の東邦電力を発足さ
せた、松永安左エ門の姿が浮かんでいたのではないか。

▼戦後の民間9電力体制を築いた人物でもある。
自由主義の信奉者で、戦時下で進んだ電力の国家統制にも
最後まで抵抗した。そんな松永なら、たとえ首相といえど
もあまりに唐突だと、突っぱねたはずだ。

▼関東大震災発生直後には東京に乗り込み、市街から電柱を
一掃し、地下に配電線、変電所を設ける「復興案」を作成した。
全国の周波数を統一して、各地で電力を融通しあう構想も打ち
出している。実現していたら、今回のように首都圏が、夏場の
電力不足を心配することもなかった。

▼中部電力は今後、原発を火力に切り替えるコストアップ
などで、業績の悪化は免れない。いや影響は、管内の産業全体
に及び、生産拠点を西日本に移す企業も出てくるかもしれない。
国内ならまだしも、海外へ流出する動きが広がれば、東日本大
震災で大打撃を受けた日本経済を、さらなる地盤沈下に追い込
みかねない。

▼戦後の松永は、「電力の鬼」と呼ばれるほどの迫力で、電力
事業の発展に取り組んだ。電力の安定供給がなければ、経済復
興は不可能との信念からだ。一方で、今も財界人を中心にファ
ンの多い、サミュエル・ウルマンの詩「青春」を訳し、紹介し
たことでも知られる。

▼「年を重ねただけでは人は老いない、理想を失う時に初めて
老いがくる」震災復興どころか、気力、体力を失い、老いを加
速させているかのような日本の姿に、やりきれない思いだろう
 <産経妙>

〇このコラム 天晴です。座布団100枚差し上げます。
言い得て妙です。 論評は釈迦に説法です。

\(◎o◎)/!わ~を¨ 浜岡原発停止に??

稼働要件に満たして運転している原発を、法的な裏付けなく停止
させるのは極めて異例。経団連会長が批判(民主党の時代になっ
て結論だけがポロッと出てくる。思考の過程がまったくの「ブラ
ックポックス」
と述べ、強く批判した。

「行き当たりばったりのいっもの手法。内閣延命の一環だ」
自民党の山本一太参院政審会長は指摘した。

公明党の山口那津男代表も「恣意的で、独断の危険をはらむもの
だ。関係先に多大な混乱、不安を及ぼしたことへの反省を迫り

たい」と同調した。

筆者は、「ポピュリズム」の仮面の大根役者と喝破します。

意味は、「大衆迎合主義。大衆に迎合しようとする態度。」です。
特に、政治家が自分の主義、信念や論理的な見通しにもとづかず
単に人気取りのために様々な政策を打ち出すようなときに「ポピ
ュリズムに堕している」等と使われます ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

この(コラム)謹んで「菅直人首相」に差し上げます。 (*^ー゚)bグッジョブ!!

「心こそ大切なれ」

A2 珍念のひとりごと

 『恩を知る心』

90歳を超えてから詩作を始め、昨年、99歳の
誕生日を前に、初の詩集『くじけないで』(飛鳥新社)
刊行した柴田トヨさん。心の機微を率直に綴った一節
一節が胸に染みる

▼うれしいことも辛いことも、たくさん経験した1世紀
の人生。柴田さんは「人生、いつだってこれから。だれ
にも朝は、かならずやってくる」をモットーに生きてきた。
「貯金」という詩は、こう始まる。「私ね 人から/や
さしさを貰ったら/心に貯金をしておくの」

▼柴田さんが12歳の時に起きた関東大震災で、詩人の
与謝野晶子が被災した。じつに10年をかけて書きため
た『源氏物語』の現代語訳を焼失し、失意の底に沈む。
しかし、研究を励ましてくれた(森鴎外)らへの感謝を
バネに奮い立った

▼この逸話に触れ、池田名誉会長は「なによりも
『恩を知る心』を学ばなければならない。その心がある
人に停滞はない。何をやっても伸びていく」と

▼生きている限り、悩みがあり、苦難がある。それを乗り
越える力は、人への感謝、恩に報いたいという一念から湧
き上がってくる。真心の励ましは、いつか相手が奮い立つ
勇気の源泉となることを信じたい。「心こそ大切なれ」と
日蓮大聖人は述べている。その生き方にこそ、褪せない輝
きがある。<名字の言>(行)

〇このコラム天晴です。座布団100枚差し上げます。
風見鶏の「珍念」(ぐうの音もでない)です。
物言えば唇さむし・・・ \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「淨玻璃の鏡」

A2 珍念のひとりごと

 おしゃべり「珍念」の<?説法>です

<「淨玻璃の鏡」 生命の奥底を映し出す鏡>

 読者の皆さまへ  今日・丑三つ時「珍念」
摩訶不思議な夢に翻弄されていました。

▼人間は貴賤上下に・かかわらず必ずいっか死にますが!
死後、閻魔丁の光明王院の中央に「淨玻璃の鏡」が
かかっており、業鏡とも呼ばれている。 珍念が閻魔の
そばへ行くと「お前は、生きてる間にこんな悪いことを
しただろう」と いわれた。「なにもそんな悪いことを
しておりません」と言いました。
 
◇すると、閻魔は「そこにある「淨玻璃の鏡」を見よ」と
いう。するとその鏡に、生前の悪事の数々が、あますとこ
ろなく映し出されていました。余りにも悍ましい光景に
呆然としました。閻魔さまは、そなたの説法を聞いて
から処分を決めると・珍念の眼を指さし、始めよと!

◇それは、それは、恐ろしい光景でした。冷や汗を ^_^;
掻き次のように命を懸けた弁明をしました。

◇恩師は「この娑婆世界においては、我々のこの身、この
境涯が、淨玻璃の鏡なのである。過去世に我々のなした業
が、この現世に我々の心身に報として感ずるのである」と
述べています。これが、だれびとも逃れることの出来ない
生命というものの真実の相なのであります。 これを避け
て通ろうとしても、絶体に避けることも遁れることもでき
ません。単なる勧善徴悪ではなく、生命には、ごまかしの
きかぬ因果応報があるということを、譬をかりて示されて
います。

◇ところで!閻魔さま、まだ(おしゃべり)しても良いですか。

<おう・・ちょつと 退屈しのぎになるな・・亡者よ許す。>

 仏典に「六匹と一本の柱」の譬えがある。

◇これは昔、釈尊が舎衛国の西方で、人々に説法
していた時の話である。ある人が、一軒の家に六
匹の動物を飼っていた。六匹とは犬と、鳥と毒へ
ビと、キッネと、シッユマラ(ワニの一種)とサ
ルとであった。

◇これらの動物は、みな家の中の一本の柱に堅く繋
がれていた。六匹は家の中にじっとしているのに耐
えられず、それぞれ好きな所へ行きたいと思っていた。
犬は村へ。鳥は空へ。ヘビは穴へ。シッユマラは海へ。
キッネは塚へ。サルは林へ。しかし彼らは、どんなに
もがいても、柱に堅く繋がれているので、どうするこ
ともできなかった。

◇釈尊は説く
六匹とは、我々の眼耳鼻舌身意の六つの官能、欲望である。
欲望は対象を求めてやまない。目は愛すべき色を、耳は心
にかなう声を鼻は好きな香りを、舌はよき味を、身は快き
肌さわりを、そして意はつねに心にかなうことのみを。そ
れぞれが争って噴出しようとするが一本の柱に繋がれてい
れば不可能であり、管能や欲望に翻弄されることもない。

◇ところで、一本の柱とは「身念処」である。
「身念処」とは、原始経典に説かれた修行方法で、肉体の
不淨を清めることと言えますが、釈尊の説いた大乗仏教の
真髄は、欲望を絶つことではなく、欲望に支配されぬ境涯
の確立を目指している。

◇したがって、この譬えを敷衍すれば、「一本の柱」とは
欲望や官能の嵐に揺るがぬ、大樹のごとき心の柱を意味し
ていると言ってよい。日蓮大聖人も、御遺文集の中で「蔵
の(くら)の財(たから)よりも身の財すぐれたり身の財
より心の財第一なり」と仰せになっている。

◇「死」を恐れるのは、人間の本性ともいえよう。 
しかし、始皇帝は、特に「死」を恐れ、「生」に執着した。
それは、せつかく築き上げたものが、自分の「死」によって
すべて崩れ去ってしまうことを恐れたのかもしれない。しか
しむしろ財産が多ければ多いほど、名声が高ければ高いほど
それらを失うことの恐怖は大きいものだ。いかに権勢を振る
った始皇帝といえども「死」を解決することはできなかった。

◇始皇帝は最高の権力を持ち、この世の満足をことごとく得
ていた。 しかし、その延長としての彼の「死」は最大の
「不満足」であり不幸であったと思います。

◇哲学者の三木清は「人生論ノート」に次のように述べている。
「執着する何ものもないといった虚無の心では人間はなかなか
死ねないのではないか。 執着するものがあるから死ねるとい
うことである。深く執着するものがある者は、死後自分の帰っ
てゆくべきところをもっている。

◇それだから死に対する準備というのは、どこまでも執着する
ものを作るということである。 「私に真に愛するものが
あるなら、そのことが私の永生を約束する」

◇この逆説には、人間の生死というものを鋭く凝視した哲人の
発する知恵の光が感じられる。 生死を越えて、有限の生を
永遠に連続させゆくものを持つかどうか!日常を虚心に見れば
瞬間瞬間さまざまな欲望や執着に人の心は揺れ動いている、

仏典には「蚕(かいこ)と蜘蛛(くも)」の譬えがある。
蚕は自分が口から吐き出した糸によって自らを縛り
上げ、最後に繭におおわれて動きがとれなくなるが、
蜘蛛は糸を吐いてその上を自在に動き回る。
人間のもつ執着や欲望が、ある時は自身を縛る軛となり
ある時は向上や成長へと向う生のエネルギーともなる
ことを示した譬である。

◇感覚的な楽しみといった身近なものから、自己実現への
あらゆる欲求にいたるまで、人間の行動を駆り立て
突き動かす多層にわたる欲望や執着・・を真の生への
エネルギーへと昇華し、深き生へのダイナミズムへと
転換することこそ、移ろいゆく人生に確かな充実を
もたらす道であることを仏法は示している。

◇生命の年輪は、ただ年齢によって刻まれるものではない。
そこにどれだけの生に歓喜と躍動深き充実感が刻まれて
いるか。いわゆる欲望や執着に追い回されるようにして
生きた人生か、それとも死をも超えて真に執着すべき目的
へ向かって完全燃焼した一生であったか、それこそが
永遠なる生命の輝きを決定づけるのではないだろうか!
<池田大作氏(つれずれ随想)引用>

◇蚕の生きかたは・ちょいと 蜘蛛の生き方のほうが! (*^_^*)

◇亡者よ!暫く娑婆世界に留まることを許す・・このこと
他言すれば二枚舌を「ヤットコ」で引き抜き塩を眩し牛タ
ンのように食べる! と。

★牛タン・牛タン・・・貴方・・どうしたんですか・・?
汗びっしょり、さっきから、譫言を・・珍念の額に手を
あて?熱は、ありませんですが。怪訝そうな様子でいっまで
も、いっまでも、珍念の顏を見ていました。

★珍念の長い・なが~い 摩訶不思議な夢でした。 (o^-^o)

「ベラルーシ」に思いを馳せる。

A2 珍念のひとりごと

 アレクセイと泉

 「強い風が吹いた。空がオレンジ色になった。
ほこりが舞い上がり、風で塀が揺れた。僕たちは
それについて何も知らなかった」。ベラルーシの
ブジシチェ村を撮った記録映画「アレクセイと泉」
(本橋成一監督)の冒頭にモノローグが流れる

▲チェルノブイリ原発事故から14年後に撮影され
た映画である。放射性物質で汚染された村から人々
は去り、地図からも抹消されたが、55人のお年寄
りと身体障害があるアレクセイという青年が残って
いた

▲福島第1原発事故で立ち入りが規制される
「警戒区域」(半径20キロ圏内)への一時帰宅が
連休明けにも始まる予定だ。15歳未満や妊婦、歩
行の困難な高齢者は対象外という。20キロ圏外で
も累積放射線量が高い地域では避難が求められてい
るが、自宅から動こうとしない人もいる

▲「決断がつかない」「介護が必要な両親を抱え
簡単に避難できない」と苦渋の思いが漏れる。実際
避難先で命を落としたお年寄りが何人もいる。落ち
着かないため避難所で迷惑がられる障害児もいる。
「いっそ家と一緒に流された方が良かった」という
母の言葉が悲痛だ

▲ブジシチェ村の人々はジャガイモを掘り、豚や鶏
を飼い、酒を飲み、眠る。貨幣はいらない。オール
電化の便利さもなければ、肥大する欲望をかき立て
る娯楽もない。情報技術がもたらす恩恵もない。
生きるために必要な汗をかくだけだ

▲「運命からも自分からもどこにも逃れられない」
とアレクセイは語る。故郷から引きはがされる
人の痛みに敏感でありたいと思う。同時代に生きる
誰もが、3・11がもたらした現実から逃れられない
のだ。 <余録>

◇「運命からも自分からもどこにも逃れられない」
とアレクセイは語る。、(@_@;) ちょいと・?
待ったと、一言居士の「珍念」声を大にして吠えます。

◇過去を変えることは、誰にもできない。
だが、今をどう生きるかによって、”過去の意味”は
いかようにも変わってくる。失敗しても、それをバネに
して頑張り、目標を達成すれば、過去の失敗は”勝利の
1ベージ”と輝く!

◇人生劇の「脚本家」も(主役)も自分自分が「勝利劇」
の(脚本家)である。そして(主人公」である。シェー
クスピア(1564~1616年)は大劇作家らしく、何度も次の
意味のことを書いている。「人生は舞台だ。人々は皆、お
のおのの役を演じている」仏法が教えるのは、人生劇の
「脚本」を書くのも「演じる」のも、自分自身だということだ。

◇「」とか「偶然」とかの他の何ものかが、脚本を書
くのではない。自分が書いて、自分が「名優」として

演ずる。これが「一念三千」の法理に込められたきわめて
積極的な人生哲学である。自分が作家で、自分が主人公で
ある。 

◇「心」が変われば「一切」が変わる.心理学の
ウイリアム・ジェムスは「人間は心のもち方を変えること
によって、その人生を変えることができる」

ガンジー「人間は自分が考えた通りの人間になる」と自分の「心」
「一念」が自分の「未来」の「人生」そのものとなる。と

◇ 記録映画「アレクセイと泉」(本橋成一監督)の
作品をぜひ見たいです。

◇あ・つぃ 演壇で講義している錯覚に(閻魔さま)から
叱られる・・・ううぅ  急いで消えます (*^^)v

一番大切なこと (*^_^*)

A2 珍念のひとりごと

「エゴイスト」の眼差し

何が見えているのだろう。澄んだ目は遠く
小さな手が空(くう)をつかむ。「今」という
時間の中に閉じ込めてしまいたくなる幼子の姿
<バンザイの姿勢で眠りいる吾(あ)子よ 
そうだバンザイ生まれてバンザイ>(俵万智)

▼そう世に叫びたい(昨日)は「こどもの日」。
まず思うのは被災地の子らのことだ。その笑顔に
大人は癒されてきたが「では子どもたちは誰に癒
されるのでしょう」。福島県で支援に当たった
京都府教委の冨永吉喜さんは案じる

▼原発事故で会津若松市へ集団避難した大熊町。
自らも被災しながら子の前でも親の前でも弱音を
吐けぬ先生、保護者も顔を合わせば「がんばろうね」
と声を掛け合う。すべての大人がピンと張った弦の
ような状態だった

▼ある日、孫だろうか三つぐらいの幼い瞳に向かって
お年寄りが切々と「つらい」と訴えていた。ただただ
聞いている子。不慣れな生活で口論の絶えない家族に
小さな胸を痛めている子も少なくない。心の弦がキリ
キリと悲鳴を上げているはずだ

▼「直接的なケアもさることながら、子どもと関わる
当事者への手助けこそ必要だとわかった」と冨永さん。
「猫の手、孫の手になろう」を合言葉に、支援チーム
10人が20の目と耳を駆使して現場の雑務の「ニッチ
(隙間)」を埋めるよう努めた

▼原発事故とふらつく政治のもやが立ちこめ、復興への
道程はかすむ。だが、子どもを一番に考えればきっと
やるべきことが見えてくる。{京都新聞 凡語}

◇一言居士の「珍念」子どもを一番に考えればきっと
やるべきことが見えてくる。 それは何でしょうかぁ?
教えてくだされ・・ぃ。 (・_・)エッ....?

◇{ソロモン王}に思いを馳せる

次のような話が伝わっています。
 
 あるとき、2人の女が1人の赤ん坊とともにソロモン王
のところへ訴えにきました。2人の女は、それぞれが赤
ん坊は自分の子だと主張して、お互いに譲ろうとしません。
話を聞いていたソロモン王は、部下に命じて言いました。
 「刀を持ってこい。その赤ん坊を2つに切って公平に分
けてやれ」
 
◇ それを聞いた1人の女は真っ青になって王に訴えます。 
「どうかこの子を殺すのはおやめください。生きたまま
あの女に渡してください」もう1人の女は言いました。
 「この子をどちらか1人のものにするのではなく、どうぞ
分けてください」
 
◇そのとき判決ですが!
 「よく分かった。はじめの女こそがその子の母親である。
決して殺してはならない。その子を彼女に渡せ」
 
◇ ソロモン王が、実の母親ならではの心情をとっさに汲み
取ったというものですが、この話は史実ではなく作り話かも
しれません。いずれにしても、当時の専制君主の権限の強さ
とソロモン王の聡明さの一端をよく伝えています。
 
◇ また、ソロモン王はたいへんな文章の達人で、旧約聖書の
『箴言』『雅歌』『知恵の書』などのすぐれた作品を書いたと
もいわれています。もっとも、現代の学者は、その中のいくつ
かは後世に執筆されたものだと断定しているようですが、外国
との交流を積極的に進めたおかげで、国内の知的分野にいちじ
るしい進歩がもたらされことは間違いないようです。

◇日本の国を救う賢者はいないのかなぁ。いても、持ちいる度量
が無いのか、見つけられないのかなぁ?

今日も「ごまめの歯ぎしり」を愚か者の「珍念」しています。 (@_@;)

「三種の世界の住人」

A2 珍念のひとりごと

(読書の真価を理解する人は、二種の世界の住人である)

とは、日本の教育界の発展に尽力した森信三氏の言葉。
「二種の世界に住む」とは現実の世界と、書物に
描かれた世界の二つに住む、ということである。

▼読書は、ヒマラヤ登山や深海探検、歴史上の出来事
など、現実には経験できない「別世界」の体験を、文
字という記号を通じて可能にする。それは奇跡なのだ
と森氏は言う(人生論としての読書論・致知出版社)

▼「徒然草」にも(ひとり灯のもとに文をひろげて、
見ぬ世の人を友とする)とある通り、いくつもの人生
を生きられるところに、古今東西変わらぬ読書の喜び
がある。なかんずく、この<奇跡>を子ども時代に体
験できれば、どれほどの心の滋養になることか。
「もう一つの世界」に生きる主人公が、葛藤を乗り越
え、成長していく英姿は、将来、厳しい現実世界に立
ち向かう力を与えてくれるはずだ。

▼東北の被災地で、喜々として学校へ通う子どもたち
の笑顔が、眩しくかんじられた。それは、学ぶという
行為それ自体が、明日への希望だからであろう。

▼心の宝を積みゆく読書に、親子ともどもに挑戦したい。
今日は「こどもの日」である。<名字の言>

◇ちなみに、「珍念」も 今日 誕生日です。 (*^^)v
恥ずかしいですが、(大学)も出ていませんので本を
読んで学んでいます。幼稚な性格ですので・・(^。^)
(読書の真価を理解する人は、二種の世界の住人である)
と・・私は「三種の世界の住人」かもしれませんです。
現実には経験できない「別世界」のほかに摩訶不思議な
四次元の世界に 時々・・? 遊びにいっています。

◇青少年には良書を、文学を大いに読むべきです。
読書は人生を深め、世界を広げる。読書には
人生の花があり、水があり、星があり、光があり
楽しみがあり、怒りがあり、海があり、世界があります。
と恩師は語られた。
あ・・妻が!(愛犬が散歩にと 待っていますよ)
は~い 妻と愛犬の僕(しもべ)の「珍念」逆らえません
です・・消えます。 (*^ー゚)bグッジョブ!!

「艱難汝を玉にす」

A2 珍念のひとりごと

「艱難」の中のみどりの日

 経営戦略論の古典「競争の戦略」で知られる
ハーバード大のマイケル・ポーター教授が19
91年に唱えた仮説は、その後経済学者らの論
議を巻き起こした。企業の足を引っ張ると思わ
れていた環境規制が逆に競争力を高めると説い
たからだ

▲この「ポーター仮説」を支えているのが
70年代から80年代半ばにかけて環境規制が
米国より厳しかった日本とドイツの生産性向上だ。
なるほど70年代の排ガス規制を技術革新によっ
てクリアした日本の自動車産業は圧倒的な競争力
を身につけて米国市場を席巻した

▲適切な環境規制はかえって企業の効率化をもた
らし、技術革新を促して、その地域の競争力を高
めるというのだ。学界で異論が続出したのは仕方
ないが、仮説を体現してみせた日本には「艱難
汝を玉にす」の格言もある

▲思い返せば昨年のみどりの日には低炭素社会
実現に向けた自然エネルギー開発などグリーン
イノベーション(緑の技術革新)が新成長戦略
として語られていた。だが原発の大量増設を前
提にした低炭素化構想など、はるか昔の夢だっ
たように思える想定外の1年後だ

▲福島第1原発事故の環境への破滅的な影響を
国民が目の当たりにする今、日本のエネルギー
政策の根本的な見直しは避けられない。原発依
存を減らすのならば、太陽光、風力、地熱など
自然エネルギー開発で過去の低炭素化構想をは
るかに超える進展が求められよう

▲ならば、この「艱難」こそ次の時代の競争を
リードする「玉」を生むのだと腹をくくっては
どうか。来年は言葉通りのグリーンイノベーシ
ョンのフロンティアを見渡せるみどりの日にな
ればいい。<余録>

◇このコラム天晴です。「頂門の一針」を提起
しています。言い得て妙です・・座布団100枚
差し上げます。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

(@_@) 学問は何のとくにもならない?

ユークリッドは、紀元前300年ごろの、ギリシア
の数学者だった。ある日、幾何学の難しいさに根
をあげた学生が、ユークリッドにこうたずねた。

「こんなことをして、何の特になるのですか?」
これを聞いたユークリッドは、「この学生にお金
をおやり、何か特にならないと勉強しないらしい
から。」

と言って、その学生を学校から追い出してしまった
という。このころは、心理の追及が学問の目的で、
それで何かの役に立てようというものではなかった
そうですが・・? 何か変・・珍念の頭もです!

◇官総理が東日本大震災後20の組織を作り全然機能
しない。珍念 小田原評定を思いだしました。

小田原評定「長時間の会議をしても、いつまでたって
も結論が出ない」ことを揶揄する言葉。豊臣秀吉の
小田原城攻めの際、北条氏ならびに重臣が「講和するか」
「篭城するか」いつまでたっても結論が出ず、結果的に
北条氏の滅亡につながった故事に基づく。
あぁ・・いったい学校で何を学んだろうかなぁ・・・?
余りストレスを貯めると残り少ない髪の毛が抜けるぅ。 (*^^)v

「山笑う・珍念も笑う 」(*^_^*)

A064_2 珍念のひとりごと

新緑の季節

 新緑の美しい季節になった。 震災で心が
痛む今年は、 新緑を楽しむ気持ちにおのずと
自制がかかるものの、 みずみずしく、 精気
ある緑は、 心をわき立たせる。 そんな感受
性を備えた人というのは、 自然に包まれて在
る生命なのだと思う。

▼にもかかわらず、 かつて西洋では、 自然
は人間のために存在するという思想が支配的だ
ったと言われる。 自然は、 人間よりも下位に
あり、 人間が制御すべきものとされた。 制御
する技術として自然科学が発達した。

▼しかし、 人間が自然を制御するとは、 とん
だ思いあがりだ。 仏師の松久朋琳が、 エベレス
ト登頂に成功し 「エベレストを征服した」 とい
うのは、 「シラミが頭のてっぺんに登って 『は
げ頭を征服した』 といっているようなもので、
叩き落される」 とあざ笑ったように、 人間が自
然を征服するなどあり得ない。 今回の震災は
そのことを私たちの骨身に叩き込んだ。

▼土があり、 森があり、 水がある。
そんな自然の恩恵を受けてはじめて生きられる私
たち人間が、 自然を制御するという考えは言うに
及ばず、 「自然との共生」 などと唱えることすら
身のほど知らずではないか。 共生ではなく、 私た
ちは自然に寄生している存在ではないのか。

▼そんな思いがうずくせいか、 今年の新緑を見る
目はこれまでと異なる。<丹波春秋>コラム

◇う~ん (^_^;) やや「人権無視」のような文章
が少し見受けられますが。<九牛の一毛>かなぁ
一言居士の(珍念)の偏見かなぁ  

山笑うという、季語が有りますが愚か者の(珍念)
も自虐気味に笑っています。(*^^)v

◇ジョークは国境を越えて!

ある大学の医学部の講義で、教授が学生に質問を
した。「人間の身体の部分で、状況によって六倍
の大きさにもなるところは?」
だれも手を挙げないので、教授は、最前列に座っ
ていた美人の学生に答えるよう促した。

◇彼女は真っ赤になってうつむいてしまつた。
「誰か、わかる者はいないか?」後ろの方の男子
学生が立ち上がって、答えた。「教授、それは
瞳孔です」「よく予習をしてきたな」教授はそう
彼を褒めた。

◇教壇に戻る途中、先ほどの女子学生の前で足を
止め、次のように言った。

「君に言っておきたいことが三つある。
○第一に、私の授業に出るときは予習を良くして
きたまえ。
○第二に、先入観を持っのはよくないことだ。
○第三に、過大な期待を抱くのは、もっとよく」
ないことだ」

◇このジョークから学ぶべきことが二点あります。
まず、品の悪い言葉を一つも使っていない点。
「気の利いたジョーク」の使い手なるためには
これは重要なポイントである。

○もう一つは、ジョークを使う時も予習が大切」で
ある点。「三つある」と言っておいて二つしか言え
なかったら、すべてが台無しだ。

○それでは、用法・用量(使いすぎは逆効果になるこ
とがある)を守り、食前・食後・食間にお使い下さい。
あ・またまた減らず口を。<閻魔さま>から口に絆創
膏を貼られる・・・急いで消えます。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「手書きの壁新聞」 (*^^)v

A064 珍念のひとりごと

「石巻日日新聞」に思いを馳せる

 世界のジャーナリズム史に残るその決断は
巨大な地震と津波に襲われた夜、ろうそくの灯
の回りに集まった新聞社員たちによって下された

▲宮城県の地元夕刊紙、石巻日日(ひび)新聞。
停電と浸水で輪転機が使えなくなり、新聞を印刷
できない。だが、被災者に情報を伝える使命は果
たしたい。「よし手書きで壁新聞を作り、避難所
に張りだそう」

▲社長が「ペンと紙があれば新聞はできる」
と号令をかけると、記者たちは泥水やがれきの中を
進んで取材を続け、持ち帰った情報を油性ペンで紙
に書き込んだ

▲手書きの壁新聞は電気復旧までの6日間、6カ所
の避難所に張り出された。「日本最大級の地震・大
津波」「正確な情報で行動を!」などの見出しを付け
被害状況や被災者支援情報をきめ細かく伝えた。避難
所の人々は食い入るように記事を読んでいたという

▲被災地の小さな新聞社の健闘を、米紙ワシントン・
ポストが報道し、これに米報道博物館「ニュージアム」
が関心を寄せた。「災害の中でジャーナリストが責務
を全うした」。同新聞社に壁新聞の寄贈を求め、貴重
な歴史資料として収蔵した

▲手書きであろうと、輪転機で印刷されようと、新聞
は新聞だ。新聞が新聞たりうるのは、そこに新聞人の
魂が込められているときだ。当然のことを、あらため
て教えてくれるその壁新聞は2日から、ワシントンの
同博物館で展示される。<水ゃ空>長崎新聞コラム

◇珍念この(コラム)に 感動しました。 
コメントは「釈迦に説法」です。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「余命は一年半」

A064 珍念のひとりごと

「東洋のルソー」と称される、自由民権運動の指導者
中江兆民。彼の志の高さを物語る、晩年のエピソード
がある

▼大病を患い、53歳で医師から「余命は一年半」と
宣告された時のこと。されば、と彼は喝破した。「一
年半、諸君は短促なりといはん、余は極めて悠久なり
といふ」(「一年有半・続一年有半」岩波文庫)
そして、死と対決しながら、猛然と政治、文学、宗教
を論じ、わずか4か月で2冊の本を上梓。彼の残した
言論は、100年以上を経た今も色あせることなく
人々を啓発し続けている

▼誰しも、人生には限りがある。だからこそ、どう生
きたか、何をしたかに、人生の真価ははあろう

▼広布に励む友に触れ、何度も何度も胸を熱くした春
だった。「東北の同志が頑張ってるんだから」と、坂
道に息を切らせつつ、杖をつき、歩き続けた多宝会の
婦人。不況で職を失っても、「自分より悩んでいる同
志がいる」と、激励に献身し続けた壮年。それぞれが、
黄金に輝く「永遠の歴史」をつくる姿に思えた。

▼仏法では「一日の命は、宇宙すべての財宝よりも
素晴らしい」と説く。だからこそ真剣に、誠実に、友
に尽くし、地域に尽くしながら、宝の一日一日を最大
に光らせる人生を生きたい。<名字の言>(誠)

◇このコラム 天晴です! 座布団100枚差し上げます
愚か者の「珍念」毎日が日曜日の惰性の日々を深く反省
しています。ある皇帝の三つの質問を思い出しました。(*^-^)

 トルストイの民話に思いを馳せる

○ ある皇帝が三つの質問を出した。
★「一番大事な時間はいっか・・?」
★「この世で一番大事な人はだれか?」
★「今何をなすべきか?」
に対する答えを探していた。
世界中の賢人たちに尋ねても答えが得られない。

 がっかりして散歩に出た皇帝は井戸の水を汲んでいる娘
に出会い、この三つの質問をする。 娘は答える。
★一番大事な時間は今この時。
★一番大事な人は今自分の横にいる人に善行を行うことだ
と、皇帝は喜び娘の重い井戸水を代わりに運んでやった。
自分の横にいる娘に善いことをしてやるために。

おしやべりの「珍念」井戸の水を汲んでいる娘さんの
ように行動します。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

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