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2010年10月

「ある女優からの手紙」

  A11 珍念のひとりごと

 ある手紙

「私は島根県の出雲市で生まれ育ちました。
私が長女、下に3歳違いの弟、9歳違いの妹
の3人兄弟です」

▼こんな書き出しの手紙の文章が掲載された
のは2007年5月20日の朝日新聞朝刊でした。
毎週日曜日の社会面に掲載されている「家族」シリ
ーズのひとつです。タイトルに「ある女優からの
手紙」とあります。写真がありますが、手前に家族
の写真が見えるだけで、肝心の「女優」の姿は遠く
にばやけていて、はっきり見えません。この女優
とは誰なのだろう。そう思いながら読み進める仕掛
けになっています。

▼「私」が高1の1月、父は仕事上の試験のため
松江市で合宿に入ります。金曜日になると帰宅して
「私」を呼びました。「大学へ行けよ」「約束」と
言い、「私」の頭を撫でたそうです。「その次の
金曜日。父は帰ってきませんでした」。合宿所で
大量に吐血し、緊急手術の直後、亡くなったのです。

▼「弟が一番大きな声で鳴いていました。中一でした
部屋に閉じこもり(お父ちゃん、お父ちゃん)と何度も
叫んで、泣いていました」「私は父と約束した進学を
あきらめ、実業団のバレーポールを選びました」

▼「その後、弟と私は、同じ東京で暮らすことになり
よくお互いを励ましました。弟は結婚し、女の子ばか
り3人の子に恵まれました」父が亡くなって20年以上
たち、それぞれの人生を歩み、幸せでした。父のぶ
んも・・と皆が生きてきました。
おととし、その弟が、がんの告知を受けました」

▼ここで社会面の記事は終わり。別の面に続くのです。
ベージを綴るのももどかしく、続きを読みます。

▼一緒に仲良く生きてきた弟は、胃がんと診断され
全摘手術を受けます。しかし、脳に転移。医師から
「余命1年」と宣告されました。それでも弟は、田舎
の母を心配させまいと、「母さんには言わないで」と
言い続けます。最後は「私」が看取りました。苦しい
息の弟に対して、「いつか生まれ変わったら、また
きょうだいよ。お父ちゃんとお母ちゃんのこどもだよ」
と耳元で言うと、弟は息をするのをやめました。

▼「父が、弟が、心の中にいます。残された弟の家族
は、私の、私たちの大切な家族です」

▼ 最後に、「江角マキコ」の名前がありました。
江角さんの顔写真が、今度ははっきりと掲載されてい
ました。でも涙で曇り、よく見えませんでした。
2007年6月18日 {池上彰の新聞活用術}

▼珍念・・感動しました。 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

母の嘆き。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。。

 A11 珍念のひとりごと

 古い話で恐縮だが、昭和四十年代に転校した
先の小学校で、カルチャーショックを味わった
ことがある。給食の時、パンを一口分残して
最後に皿をぬぐって食器をピカピカにして返す
のが、新しい学級のルールだったのだ

▼担任はしつけに厳しい年配の女性教師。
もちろん食器をふいたパンは最後に食べる。
給食当番になってきれいな食器を返しにいくの
が誇らしかった。いま思えば子どもが好きな給食
を通して、食べ物を粗末にしないことやつくる人
への感謝の気持ちを学ばせようとしたのだろう

▼給食は教育の場である。だが、指導を間違える
といじめを培養する場にもなってしまう。自宅で
首つり自殺した群馬県桐生市の小学六年の女児は
最近は独りぼっちで給食を食べることが多かった
という

▼仲良し同士で給食を食べるようになった九月
中旬以降欠席する日が増えた。周りが楽しくおし
ゃべりする中、砂をかむような孤独感を味わって
いたのだろうか

▼自殺に使ったのは、家庭科が好きだったという
児が母に贈るために編んでいたマフラーだった。
変わり果てたわが子を見つけた母の驚きと悲しみを
思うと言葉もない

▼札幌などではきのう初雪が降り、近畿では木枯
らし1号が吹いた。娘が編んでくれたマフラーを
まいて、娘と手をつないで冬の道を歩く。そんな
ささやかな母の夢はもうかなわない。[筆洗]

▼珍念・・自殺された女児の無念さに胸が痛みます。
亡くなられたお子様のご冥福をお祈り申し上げます。
きょうは、おしゃべりは、ご遠慮します!

「乳母日傘」のおぼっちゃん

  A11 珍念のひとりごと

  言葉の軽い人

 ロシアの作家ゴーリキーの戯曲『どん底』の
登場人物がこんなせりふを吐く場面がある。
<仕事が楽しみなら、人生は極楽だ! 仕事が
義務なら人生は地獄だ!>

▼おそらく、「地獄」から解放されたこの人は、今
楽しくて仕方がないのだろう。次の総選挙に立候補
せず政界からの引退を表明していた鳩山由紀夫前首相
が引退を事実上撤回する意向を明らかにした

▼辞任した後、菅直人首相の特使などで頻繁に
海外を飛び回っている。「前首相」の肩書があれば
訪問した外国では大いに歓待してくれる。現職の重圧
に比べれば責任などあってないようなもの。まさに
「極楽」だろう

▼鳩山さんの言葉の軽さにはもう慣れてしまい
ああ、またかと思ってしまうのが怖い。「総理大臣たる
もの、その影響を行使しすぎてはいけないと思っている。
従って、私は次の総選挙には出馬いたしません」と明言
したのは何だったのか

▼鳩山さんは昨年の衆院選前、「首相まで極めた
人がその後、影響力を行使することが政治の混乱を招
いている」と自民党の森喜朗・元首相らを批判していた。
これほど言行一致しない政治家も珍しい

▼引退を撤回する理由は「民主党の状況が思わしく
ないから」だという。首相まで務めた政治家の言葉の
軽さは国民の信頼を損ねる。民主党を立て直したいなら
やっぱり引退した方がいい。[筆洗]

▼愚か者の{珍念}も、言葉が軽いです・・猛反省して
います。恥ずかしいので即、退散します (=´Д`=)ゞ

「高野聖」に思いを馳せる

  A11 珍念のひとりごと

青春の思いでは、いつでも名作とともにある。

「文学は実人生の地理歴史」と語ったのは菊池寛
である」
たとえ、原作にあたることができないと
しても、名作はあらすじに触れただけでも、人の
心に消し去りがたい刻印を残すものである。

▼(珍念)さきほど、味わい深い本を読みました。
ご紹介します・興味あられる方はご覧ください。

「高野聖」 泉鏡花(1900年発表)「あれ、不可
(いけない)よ、お客様があるじぁないかね」
ロマン的・幻想的な作風を確立し、独自の美的
世界を築いた。27歳の時に書かれた作品。

一級のホラー小説には怪奇と幻妖の精妙なアマル
ガムがある。グロテスクが美となるのは作者の天性
の資質によるところ大である。この作品は我国が
生んだホラー界の貴公子、泉鏡花の代表作。

▼主人公を悩ます豊満な肢体の熟女は、深山幽谷
の主、時には村人を取って喰う恐ろしい大魔神で
あった。世の男たちは分相応の業によって畜類に
変身させられる。ほんの一足違いで神隠しにあった
行商人に気を奪われ、道に迷い込んだ主人公は、と
ある山中の廃屋で、怪しげな女と童子と繋がれた牛の
奇妙な交情を目の当たりにする。この徒ならぬ風景が
伏線となって、やがて怪物が正体をあらわすのだが、
作者はこの山場で実にみごとな筆の冴えを見せている。
胡坐をかき、布袋腹を波打たせながら、好物の鯉を平
らげるシーンでは、逆流のような情感の転調によって
思わず固唾を呑むこととなる。しかし、そこに到るま
での妖美な世界は些かも損なわれてはいない。

▼ 氏素性の定かでない旅の僧の、魔界脱出の一部
始終が一宿一飯の夜伽の中身である。スリリングな
ストーリーの展開から、デリケートな細部の描写に
到るまで、趣向を凝らした小説の結構自体は珍しく
はないのだが、鏡花ならではの完成度の高い作品と
なった。

「惜しむらくは、珍念の筆致がお粗末でお見苦しい
所が多々あると思っています。平にご容赦をお願い
します」。 
以下。あらすじです 

▼高野山の一人の僧が修行のため、飛騨から信州に
向かっていた。途中、信州へ入る深山の分かれ道に
出くわす真っ直ぐが本道・左は危険ながら近道。
僧は薬売りの後を行き危険な道を歩いた。途中
このうえない暑さと気味の悪い景色になり、多数の
蛇が道をふさいでいた。

▼しばらく行くとぽたりと笠の上に落ちてくるもの
がある。木の実かと思い、手に取ると、そこから真
っ赤な血が出ていた。山蛭が動物の血を吸うために
降ってきたのだ。僧は衣の中まで入り、体中に吸い
付いた蛭を取っては投げてやっとの思いで森を抜け
た。やがて馬の嘶く声が聞こえ一軒の家があり近ず
くと、縁側に男がいるが、返事がない

▼すると奥から、この世のものとは思えないほどの
美しい女が出てきた。僧は地獄で仏に出会った思い
で、一夜の宿を頼んだ。汗をかいている僧の姿を見た
女は、裏の崖を下つた所にある川に僧を誘う。

▼いわれるままについていくと、草むらから飛び出
した蛙が女の足に噛みついた。すると、女は今まで
の雰囲気と一変し「お客様がいらっしゃるではない
かね。人の足になんかからまって贅沢じゃないか
おまえたちは虫を吸っていればいいんだよ」と
まるで人間に話すように叱った。

▼美しい流れに出たころ、空に月が輝き、空を仰ぐよ
うに見ていた女の襟元はいくらかはだけ、ふくよか
な胸が見える、僧が目のやり場に困っていると、女は
「背中を流してあげましよう」と、僧の衣を無理や
りはぎ取った、蛭に吸われ、アザのようになった僧の
体に水をかけては優しくさすってくれる。後ろから
感じる女の柔らかい体、いつの間にか女は着物を脱ぎ
全裸になっていた。僧は旅の疲れも忘れ、一時の幸
せを感じていた。

▼川からの帰り道、洞穴から鳥ほどの大きさの蝙蝠
が女に飛びついた。しかし、女は慌てることなく
「あれ、いけないよ、お客さ様があるじゃないかね」
と言う。また崖から背中に猿が飛びついた際には
「お客様が見えないかいおまえたちは生意気だよ」と
少々怒り気味に言ったのだ。それらの姿は、はしゃぎ
すぎた子を叱る若い母親のようであり、僧は少々気味
悪く感じた。

▼あ (^_^;)・・つぃ そのほか摩訶不思議な出来事
に遭遇しましたが、その夜、僧が寝付かれずいると
戸外で獣の足音や鳴き声が聞こえてきた。ありとあら
ゆる動物が家の周囲を囲んでいるように感じられ、怯
えていると納戸のほうから女が、「今夜はお客様があるよ」
と数回叫ぶのが聞こえてきた。僧は生きた心地がせずに
陀羅尼(お経)を唱えた。すると、風の音とともにた
ちまち静まりかえった。

▼翌朝、僧はこの家をあとにし、村里に向かい、山を
下りはじめた。道の途中、僧は女のことばかり考えて
いた。このまま坊主として果てるくらいなら修行をや
め、残りの人生をあの女とともに過ごしたい。あの肌に
包まれるなら命が失せてもいいとさえ感じていた。

▼昼ごろ、里近くにさしかかったとき、馬を売って代
わりに鯉を手にして家に引き返そうとしている中年の
男と出あった。そして、その男から女に関する衝撃的
な事実を告げられた。「並みの者ならば、嬢様の手が
触った水を振る舞われて、今まで人間でいようはずは
ない。牛か馬か、猿か、蝙蝠か、なんにせよ飛んだか
跳ねたかせねばならぬ・・・」と。

▼そう、女は魔性の女だったのだ。自分の色香に迷った
人間たちをたぶらかし、獣の姿に変えてしまう妖女で
あの蛙も蝙蝠も、一晩じゅう家を囲んでいた獣たちも
もとはすべて男の旅人だったのだ。
そして、僧は日々の修行のために志が頑固で助かった
こと、馬市に売られた馬は薬売りだったことを教え
られたのであった。

▼う~ん 筆者も旅の僧かも知れませんです。( ゚д゚)ポカーン
それは、お金・肩書き・美人に心が靡くます、修行が
まだまだ足りませんです、恥ずかしいので消えます。

「クマ」 ヤレヤレ ┐(´(エ)`)┌クマッタネ

  A11 珍念のひとりごと

「クマと上手に付き合おう」

 山歩きを愛してきたドイツ文学者の池内紀氏に
よればヒグマとの最良の親しみ方は「出くわさぬ
こと」(岩波新書『森の紳士録』)だそうである。
お互いに出会っても、ろくなことはない。だから
「遠くからそっと動静をながめているのがいい」
という。

▼だが人間とクマは不幸な出会いを重ね過ぎた
らしい続出しているクマの事件を見てもわかるよ
うに、互いの「不信感」がピークに達しているか
のようだ。特に人間の側は、クマが強いばかりでな
く頭が良く見えることもあって「獰猛」「狡猾」と
いった言葉を勝手に押しつけてきた。

▼クマにとっては迷惑千万な話だろうが、西欧では
さらにこのクマのイメージをロシアに重ねてきた。
あくなき領土拡張で近隣諸国に脅威を与え、巧妙な
外交で他国を翻弄する。風刺漫画でも、そんなロシア
をクマになぞらえるのが定番のようなものだった。

▼しかし今の日本人にとっては、中国の方が「ロシ
ア型のクマ」のように思える。経済発展に自信をつけ
歴史問題で日本を恫喝する。東シナ海や南シナ海を自
らの内海にするように艦船が動き回る。「傍若無人」
としか言いようがない。

▼尖閣諸島をめぐっては、反日デモなどでさんざん
脅した後に「棚上げしよう」と言ってきているという。
うっかり乗ると、長年の日本の固有の領土が「白紙」
に戻ってしまう。その上で奪ってやろうという魂胆だ
ろうから、何ともしたたかな戦略だ。

▼歴史的にみても「遠くからそっとながめる」のが
いい国なのかもしれない。だが今はそうもいかない
やっかいな隣人になった。むろん責任の一端は、ヒグマ
を縫いぐるみの子グマと勘違いして、安易に近づいた
日本人にある。(産経妙)

▼イソップ物語に「肉をくわえた犬」の話があります。
ある日、一匹の犬が肉をくわえて一本橋を渡っていた。
そしてふと下を見て、水に映っている自分の姿に気づ
いた。それはなぜか、実際の自分よりも、ずっと大き
く見えた。

▼それがくわえている肉も、実際に自分が銜えてきた
肉より、ずっと大きくうまそうに見えた。
で、(あ、あのほうがいい)と犬は思い、飛びかかっ
て奪ろうとしてワンと吠えた。

▼とたんに実物の肉は川に落ち、流れに飲み込まれて
見えなくなった。映っていた大きな肉も、同時に水の
輪の中に消えて二度と現れなかった。

▼この犬の話には、「欲張るな」という教訓の裏にある
もの・橋とは童話や寓話の心理学でもフロイト・ユング
でも「未知の新しい世界へ入っていく通路」の象徴に
なっている。 あ。いけない 調子に乗って支離滅裂
の屁理屈を述べて・・今日も珍念の減らず口は!
絶好調です。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

心に残る いい話

  A11 珍念のひとりごと

 浮浪者の手(藤枝一英)様の出来事を紹介します。

▼横浜のホテルでの結婚式に出席するために
雪深い新潟から少し旅行気分で電車に乗った。
横浜駅から歩いて十五分くらいと案内にあり
朝少し早めで十分な時間もあった。両手に荷物
を沢山持って朝の横浜の街並みを歩く。

▼昔流で言う浮浪者、今ではホームレスと言う
そうだが、朝早くから酔っ払いのようなぶらぶら
した歩き方の男が私に迫ってきた。”さて、嫌な
ホームレスに出会ったものだ”と内心思っていたら
私にいきなりドンと体当たりしてきたので、少し重心
を崩してよろけた。

▼「お兄さん、たばこ一本くれよ」と言ってきた。
「たばこは吸わないよ」と言って小走りに避けようと
したとき、歩道に少し段差があって躓き、勢いよく
転んだ。

▼赤ちゃんが腹這いになって転んだと同じようで凄く
恥ずかしかった。そっとあたりを見回した。両手に
持った荷物が散らばり、手のひらにかすり傷ができた。
彼は素早く荷物を集めて持ち逃げするんだろう・こい
つメ・・ところが彼の態度が一変した。転んだ私を起
こして、手をしっかり握りながら「怪我はないか、大
丈夫か」

▼今までは、外見、なりふりだけで人を差別していた
ことに気付いた。一月二十四日、JR新宿駅西口地下
のホームレス強制排除のニユースを涙して読んだ。
ホームレスで何が悪い、浮浪者がどうした。
時分勝手に転んで、荷物を集めてもらって・・・。
その私の手をしっかり握って慰め、励ましの言葉を
かけてくれた男。一般の通行者は2人には目を避けて
通って行った。ニヤニヤしながら通りすぎて行く人も
いた。

▼彼は私の手を握った。思いのほか暖かかった。
ろくでなしと思った自分が恥ずかしい。相手の手を
握ろうともしなかった私。でも人によって素直に握る
手にさせてもらった。彼の手は暖かかった。

▼筆者はもう 恥ずかしくて穴があったら入りたいです。
人として大事なものが欠けていました。まだ、まだ
修行が足りませんです。今日も深く反省しています。
今のままでは、きっと、あの世で閻魔さまから厳しく
断罪されかねませんです。ん・その前に妻からじっと
見られている・・う  モジモジ(。_。*)))

  

この道は「師弟の道」

  A11 珍念のひとりごと

 この道

 同じ劇団のリーダーだった最初の夫と結婚した
のは、昭和7年、24歳のときだ。結婚式の翌朝早く
新居の玄関に緊張した面持ちの母親の姿があった。
「おまえのことだから憤(おこ)って家を飛び出し
たりしないかと思って…」。 

 ▼性に疎い娘のことが心配で、訪ねてきたという
のだ『夫からの贈りもの』草思社。18日に102歳
の天寿を全うした女優、演出家の長岡輝子さんの回想記
には、「まさか!」と声を上げたくなるような、驚きの
エピソードが満載だ。

 ▼文化学院では、与謝野晶子に『源氏物語』を
堀口大学にフランス近代詩を習った。まもなく築地小劇場
の試験に受かると、英語教師だった父親から、思いがけな
い提案がある。「女優になる前に、本場の芝居を見てきた
らどうか」。パリでは藤田嗣治の不良ぶりにあきれ、岡本
太郎からはラブレターを受け取った。

 ▼三島由紀夫とは、作家と演出家というより、家族
ぐるみの付き合いだった。川端康成がノーベル賞を受賞
したとき、くやしがる様子も、目の当たりにしている。
なんと贅沢(ぜいたく)な人生だろう。量、質ともに人並
みはずれた経験の積み重ねが、芳醇(ほうじゅん)なワイン
のような芸を生み出したといえる。90歳を超えてからも
宮沢賢治の朗読会などに大勢のファンが駆けつけた。

 ▼夫と死別した長岡さんが、一人息子を連れて再婚を
決意したのは、戦争のさなかだった。気がかりなのは、彼が
金持ちだったことだ。自分に邪心がないか、トランプで占う
と、3度とも成功した。ほっとして亡くなった夫の写真を見
上げると「君は間違ってない」とけしかけているようだった
という。 

 ▼天国で再会したふたりの夫との、思い出話はつきること
がないだろう 「産経妙」

 ▼う~ん コメントは、言わぬが花です・・うぅう (^_^;)

 ▼閑話休題 50年前の10月14日、池田先生は国連を訪問され
「21世紀はアフリカの世紀」と歴史的な提唱をされました。
それから、ちょうど満50年の、この10月14日、アフリカの
コートジボワール共和国から池田先生に、国家勲章である
「コートジボワール功労勲章コマンドール章」が大使館を
通じて届けられ受賞されました。

 ▼これで先生には、23カ国から国家勲章が贈られました。
名誉学術称号は299。古今東西に類を見ない、人類史に輝く
壮挙です。心からお祝い申し上げます。 (#^.^#)

 ▼ 昨夜。ダンテの摩訶不思議な夢を見ました。
ちやらんぽらんの「珍念」心が悪しき煩悩に揺れ動いて
います。心の思いが夢に現れているのかも知れません。

▼後悔先にたたず の諺が身に沁みました。(-_-;)
それは、自分がやった事についてでなく、やらなかった
事についてです。ある作家が、年をとって気が付く
一つとして、述べていました。確かにそうかも知れない
後悔とは、あの時やっておけば良かった、という気持ちと
一緒に訪れることがしばしばですが。

 ▼我が身を振り返れば、良くわかりますが!
ダンテは「神曲」の中で語っている。 ためらって行動
しなかった人間は、恥とも誉れとも無縁ではあるが、し
かし彼らは天国はおろか地獄にも入れず、城門の前で虫に
刺されながら永遠のため息と、嘆きの歳月を送らねばなら
ないと、観念は残らないが、徒労であっても行動は、動き
励んだという五体の感触とともに現実に何らかの刻印をの
こす。

 ▼また、動いてこそ、たとえ失敗を味わおうとも、それ
が新しい経験となって自分を大きくしていくに 違いない。
動くことの中には、常に凡人の予想を超えた未知なる黄金の
果実が隠れている。あせらず、たゆまず 動き語って、日々
挑戦の時間を刻んでいきたい、 悔いない大満足の人生を
築くために。先生の教えを守り限りある人生を悔いなく
完全燃焼して行く日々を送る決意です。

 ▼あ・・何処かで「うどん屋の窯」 湯 だけ。湯だけ 言うだけ
言うだけと。 もう気にしませんです。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

 
.

凛とした生きざま(*^_^*)

 A11 珍念のひとりごと

 「不義蜜通」ナヌ?

「不義蜜通事件」:読者の皆さま、おどろ 悍ましい
タイトルですが今風に言えば「浮気」の類です。

▼ある日、友人の奥さんの浮気についてアドバイスを
乞われ弱りましたが、まず本人の話を根気よく聞き
一番良い方法を確認して貰いました。 最後に自分
自身で責任を持って思い道理にいかなくても人の
せいにしては行けないですよ。と (^_^;)

▼古くは江戸時代、不義密通(つまり不倫)を図った
場合例えば現行犯を抑えた旦那は、その場で妻及び相手
の男を殺してもよし、とされていましたし、(ちなみに
お上の定めた罰則は「引き回し磔獄門死罪」、また密通
に協力した者も死罪)現在でも、自己または他人の身体
生命を守るためならば、危害を加えようとする相手を
結果的に殺してしまったとしても、殺人ではなく
正当防衛として扱われているようです。

▼戦前までは 不倫は姦通罪と言って懲役までありま
した。儒教の教えが強い韓国では、まだ姦通罪はあり
ます。今みたいに個人が大事にされる以前の封建政治の
頃は盗みより不倫の方が大罪でした。人の家庭を崩壊する
恐れがあったからです。

 閑話休題 不義蜜通一件(岩井三四二)作者のことば

江戸時代の訴訟と現代の訴訟はもちろん大きく違っている
が、中でも大きな違いは、訴訟代理人、つまり現在でいう
弁護士のような存在が認められていなかったことだろう。
公事宿とか町名主が訴訟手続きを教えたり、ときに代行
したりはしたが、あくまで手続きの補助をするだけで、お
白洲では原則、訴訟当事者が出廷して弁論しなければなら
なかった。

▼とはいえ訴訟では大きな金が動くこともあるから、不
慣れな中で経験者になにかとサーポートしてもらいたいと
いう需要はあったに違いない。とすれば陰で訴訟戦術を教
えるような商売があっても不思議ではない。そんな発想か
ら生まれたのがこの短編です。

▼さて、この本の優れているのは凜とした生きざま
惚れ惚れとしたストーリ。あっと驚く結末です。惜しむ
らくは{珍念}の筆致が、未熟なため真意を歪める恐れを
抱いています。

▼江戸期における訴訟を描いた好篇で、いわゆる「大岡
裁き」的な虚構を排し、その詳細を綴った作品です。
訴訟を起こした者をを支える商売、いわば現在の弁護士に
当たる者を想定して展開するお白洲の実態を余すことなく
書ける者は作者以外にいないのではあるまいか。

▼そうそう肝心の「あらすじ」ですが、おせきの夫、長蔵は
古着問屋を営み手代がひとり小僧も二人いて手広くとはい
えないがまずまず堅い商売をしていた。ふた月ほど前に
取引先の滝田屋で、主人の半右衛門にその妻おすみ、とと
もに刺し殺されたてしまつた。

▼二人を殺し滝田屋の半右衛門は血まみれで自身番に出頭
した普通なら人殺しの罪でお縄になりお白洲に引き出され
打ち首の言い渡しを受け小伝馬町の牢屋敷で首が転げ落ちて
一件落着のはずですが。罪にならず、しばらく町名主預か
りになり放免され、いまは以前とかわらずに古手屋をやっ
ていた。

▼それは長蔵が半右衛門の女房、おすみと不義蜜通に及ん
でいたのを、おすみともども成敗したと主張したからだった。
お定めでは妻と不義蜜通した男を殺しても、殺した夫は罪に
ならないのである。お上もそのあたりを調べた上で長蔵と
おすみは蜜通していたに違いないとして半右衛門をお構い
なしとしたのだ。

▼これはまことに珍しい事件だった。不義蜜通が露見して
も通常なら殺しはせずに金を払わせて解決する。それなの
に町人が間男と女房を成敗したので一時は江戸の町で噂に
なった。その噂も二月もしたら収まったが、収まらないのは
おせきだった。

▼げに恐ろしいのは女の感だった「うちの人は浮気なんか
していない」長蔵が通りがかりの女にちらりと目を走らせる
のを見て何を考えているのかわかるし、以前古手屋仲間の寄
り合いの流れで茶屋の酌女といちゃついてきたときなど
着物に付いた匂いでたちまち見破った。どうも可笑しい。
素人女と蜜通する仲になるまでに、あたしの目を誤魔化し
きれるわけがない。

▼ん、そうだ滝田屋には古手を卸していたから、その売掛
金が三十七両三分ある調べたら売掛は年をまたいて滞つて
いる。この売掛が払えなくなって不義蜜通にかこつけて夫を
殺したとおせきは考えた。お上に話しても取り上げられず
不義蜜通という大罪で殺された夫の女房という汚名をきせ
られ店の得意先が離れて商売が回らなくなり・・そんなとき
天竺屋時次郎のうわさを聞き頼んだ。

▼でも・・不義蜜通した場面は滝田屋の半右衛門しかいない
「死人に口なし」で・・暗礁に乗り上げ裏稼業の天竺屋が
禁じての「奥義を(おせき)に授ける」お白洲でお奉行から
「訴訟人志摩屋きせ、なお申すことがあるか」と

▼「お奉行さまに申し上げます」
これは亡き亭主が残した売掛帳です亭主は、何度も売掛を
払ってもらいたいと掛け合いました。それでも支払わず先月
滝田屋に殺されてしまいました。滝田屋は、自分の女房と
不義蜜通をしたから殺したとお上に申し上げ無罪になって
ございます。ところがあたしには、これはただの言いがかり
しか見えません売掛を払いたくない滝田屋が気に入らない
女房といっしょにうちの亭主を殺したに違いないのです!」

▼「そのため売掛など払うつもりがありません。催促すれ
ば蜜通した咎人に払う金などないの一点張りで、話にもな
りません。どうか滝田屋に売掛を払うよう言い聞かせてくだ
さい。それとできますれば亭主殺しの一件今一度お調べいた
だきますようお願い申し上げます」

▼「蜜通をして殺された亭主が、じつは、蜜通をしていな
かったと申すか」 (はい) 
「何か証拠があるのか」(いえ、いますぐに出せるものは
なにしろ滝田屋の中で起こったことですので)「亭主のこと
は目安にはない。目安にないことを裁くことはできん。そこ
は分かっておるのか」
(はい。滝田屋が払わないのは、うちの人が蜜通したからだと
言い募る以上、うちの人はそんなことをしていないと明かさ
ねばなりません」奉行はうなずいた。

▼それから三度目の最後のお白洲で滝田屋の半右衛門との丁々
発止のやり取りがあったが、おせきが「一言申し上げます」
「滝田屋はうちの人が蜜通していたところを見たと申し立てて
いますが、そんなはずはありません。うそをついています」

▼{またそれを申す。すでに裁きのついたことじゃ。しかと
した証拠はあるのか}奉行の金岡葱衛門の声は鋭い。しかし
おせきは負けずに言い続けた。

 おせきの声が響くと詮議所の中はしんとなった。金岡葱衛門
だけでなく、横にすわる者も凍りついている気配。

それは、あぁ(@_@) それを言ったら作者から叱られますの
で興味のあられる方は読んでください。種明かしはご法度です。

今日も「珍念」の 減らず口は絶好調です。ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ 

「曖昧模糊」の国

  A11 珍念のひとりごと

 森鴎外の『半日』という短編は、険悪な関係にある
妻と母親の間に立って、困り果てている男の話だ。妻は時
に、黙って耐えている男にも食ってかかり、髪を切るだの
のどを突くだのと大騒ぎだ。夫に鬱憤(うっぷん)を晴ら
して、精神の均衡を保っている。

 ▼中国の内陸部の都市で次々に飛び火している
「半日」ならぬ「反日」デモは、どんな鬱憤を晴らそうと
いうのか。沖縄・尖閣諸島周辺で起きた中国漁船衝突事件
をめぐって、「日本側の一連の誤った言行」に対する
「義憤」である。

 ▼中国外務省はデモに、こんな理解を示しているが
内実はもっとドロドロしている。デモの起こった内陸部は
沿海部に比べて経済発展が遅れている。より深刻な就職難
に直面している若者たちのいらだちが、背景にあるという。

 ▼社会にもの申すなら、言論の自由を求めるなり
ノーベル平和賞受賞が決まった劉暁波さんの釈放を求める
なり、エネルギーを注ぐ方向が違うように思う。もっとも
彼らは聞く耳を持つまい。デモのスローガンに「反日」を
掲げている限り、当局も大目に見てくれるからだ。

 ▼それどころか、政治改革に消極的なグループが
政権に圧力をかけるために、デモを仕掛けた、との見方まで
ある。反日デモが権力闘争の道具になっているわけだ。いず
れにしても、襲撃を受けた日系の店舗や日本車の所有者にし
てみれば、たまったものではない。

 ▼『半日』の夫婦の場合は、諍(いさか)いの最中に
「体と体とが相触れて、妙な媾和(こうわ)になることもある」
謹厳なイメージの鴎外にしては、「媾和」の2文字がなまめか
しい。もちろん、何かというと「反日」のカードを切る癖を直
さないかぎり、中国との講和はあり得ない。 「産経妙」

 ▼う~ん (^_^;) 「竜驤虎視」:竜が天に昇り、虎が睨み
すえるように意気盛んで、世の中を威圧すること。

 ▼隣国の人たちは何と、大人げない振る舞いをするのだろうか
古の髄・唐・の為政者は我が国に寛大な心の広い立派な国でした。
今は・・言わぬが花です・・ううぅ ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

「珍念」の叫び (@_@)

   A11 珍念のひとりごと

「デルス・ウザーラ」の叫び

 日本とソ連(当時)の合作映画を撮るために、監督の
黒澤明は夏のシベリアに渡った。

▼映画は、森に生きる一人の先住民と野生の虎を描いた
作品になるはずだった。が、いざ本番になると、肝心の
虎が一向に現れない。痺れを切らしたスタッフが、ならば
サーカスの虎を、と提案した。黒澤は、渋々ながらもサー
カスの虎と対面した。が、一目見るなり、「ダメダ」「堕落
してる」といい、「目が濁ってる」と、駄目をを押した。

▼ワンカット、ワンカットに、命を吹き込んできた黒澤に
とって、戦わずして餌にありつく、飼い慣らされた虎は
もはや虎ではなく、ペットのネコだった。

▼スタッフは、本物の虎の調達に奔走した。そしてようやく
野生の虎を手に入れたが、使ってみると、虎は、逃げ隠れする
ばかりでままならず、思うような絵にはならない。結局、野生
とサーカスの、双方の虎のカットをつなぎ、苦心の作は完成した。

▼合作映画「デルス・ウザーラ」は、アカデミー外国映画賞を
獲得した。黒澤の秀抜な演出と相俟って、ストーリもまた話題に
なった。中でも、シベリア探検隊の虎狩りの急を、虎に告げる
森の人デルス・ウザーラの必死の姿が、観客の心をとらえた。

▼「虎!よくきけ。兵隊、鉄砲うつ。お前、行け、行け!」
いつ襲いかかってくるかもしれぬ猛獣に、口を極めて呼びかける
森の人。その思いが通じたのか、一声低く唸って、森の奥深くに
去って行く虎・・。観客は言い知れぬ感動に胸を打たれた。

▼合作映画は話題作の一つになった。その道の評論家は、得意な
例外を除くと、ほぼ一致して、「大自然との調和を謳い上げた作品」
と、高く評価した。確かに、それは言えた。だが、それだけでは
なかった。黒澤はスクリーンに、利得と権益の拡大をめざす探検隊
の、即物的な生と、大自然の息遣いとともに、あるがままに生きる
森の人の、慎ましやかな生をくっきりと描き、即物的な価値に翻弄
されている現代に、見えざるもの、そして、なをざりにされてきた
もの、即ち心、を描いてみせたのではないか。

▼原野の虎に、わが心を届けようとした森の人とは、誰あろう
黒澤自身の念(おも)い そのものではなかったか。

▼今年は黒澤明の生誕100年・・。そして「デルス・ウザーラ」制作
の年(1975年)にSGI(創価学会インタナショナル)が誕生した。
世界を舞台に、人から人へと真心を届ける民衆運動の潮流が生まれ
人間復活の主流をなしていったのだ。

▼そして今日もまた、師訓を胸に、地球のそこかしこで、心の花を
咲かせる、希望の人々が躍動している。(中部文芸部 鈴木一喜)

☆この(コラム)天晴です おしゃべりの{珍念}ぐうの音もで
ませんです。言い得て妙です。変人の珍念「鈴木」様の筆致には
足元にも及びません。

☆ 閑話休題 {不肖・珍念の叫び}自分に生きる

 人間にとって、最高の生き方とは何か。それはあくまで自分らし
く自己の本分に行きぬくことではないか。たとえ、地位や名誉がな
くとも、真に自分らしく生きることができれば、そこに確かな幸福
と満足があるに違いない。ゆえに、どこまでも、自己自身に生きゆ
くことだ。私もこれまで精いっぱいに、自分自身に生ききってきた。
私の本分、目的とは、世界の仏子を守りに守っていく。

☆それ以外にない。ここに、わが心を定め、何があっても変わるこ
となく一貫してきたがゆえに、何の悔いもなければ、おそれもない。

☆人ではない。全部、自分で決まる。こうした信念と努力の人は
決して人をうらやまない。自分自身に生きている。それが勝利者の
共通点である。「池田名誉会長のスピーチより」

☆池田名誉会長は「名もない人達の中で、心を打たれたといわれる
人生を私は生きたい」
と 愚か者の珍念も、そのように 生きます。

あ・・つぃ 今日も減らず口は絶好調です・・( ^ω^)おっおっおっ

葬儀と法要に思いを馳せる!

  A11 珍念のひとりごと

 お寺が戒名や法号を決めるのに便利なパソコンのソフト
がある。二字の戒名は二万四千語、院号付きは千二百語選定
できる。経典や宗祖の言葉なども多く収録し、遺族に戒名の
意味を説く時に活用できるという、触れ込みだ

▼名前、仕事、人柄から戒名を選べるガイドブック
もあり、重宝しているお寺もあるようだ。使っている
のは一部かもしれないが、インスタント戒名に高い金
を払い、ありがたがる遺族の姿を思うと、あまりいい
感じはしない

▼大手スーパーのイオンが「安心の明瞭(めいりょう)
会計」をうたい文句に葬儀事業を始め、お布施や戒名の
値段をホームページに明示すると、仏教界から猛反発が
起きたというニュースは記憶に新しい

▼「仏教の精神を踏みにじった」という理由のようだが、
お寺からお布施の「相場」を言われたという人は多い。
曖昧(あいまい)にしておきたかった相場をおおっぴらに
された困惑があるのかもしれない

▼戒名は仏典に根拠はない日本独特の制度。現実の社会に
ある格差や差別を「あの世」にも持ち込んでいるという
批判も根強い。宗教学者の島田裕巳さんは、自著『戒名は
自分で決める』と、戒名問題の解決が「葬式仏教」から
脱却する近道だと訴えている

▼僧侶を呼ばない「直葬」も増えているという。
悩める人をいかに支えるのか。宗教としてのあり方を根本
から見直さければお寺の未来は暗い。「筆洗」

▼ 閑話休題 戒名・法要に付いて珍念の一考察です。

 回忌法要=釈尊は否定「僧侶の祈りで成仏」は外道の考え

(独りよがりな我田引水と誤解を被るかも知れません)
お気に触ったらご容赦下さい。(^-^;

以前・友人のBさんから、母親の七回忌法要の導師を頼ま
れました無下に断れず、喜んでお手伝いをさせて頂きました。
30名ぐらいお見え頂きました。 法要が終わり・懇談の時
僧侶が祈らないと成仏は出来ないと言う意見がでました。
尤もだと思いました。(我が意を得たりと)質問された方に
笑顔で語りました。

▼「心こそ大切」ということを「葬儀」との関係で語った
仏典があります。ある時、一人の村長が、釈尊に、たずねた。
「偉大なる人よ。西の地方出身のバラモンは、死した人の魂
を高め和らげ鎮め天上界に登らせる儀式を行う。
偉大なる人よ。あなたは(バラモンのように)すべての人が
死んだ後、天上界に登らせることができますか」つまり、この
村長は、当時の常識どうり、バラモン僧侶の祈祷によって死後
の幸せがあると信じ込んでいたわけです。

▼釈尊は、どう答えたか。「譬えば、ここに人がいて、巨大な
石を深い湖水の中に投げいれたとしょう。大勢の人が群れ集い
次のように祈祷したとする。「巨大な石よ、浮かび上がれ、
浮かび上がれ」 さて、大勢が「石よ浮かべ」と祈祷し、合掌
して湖の周囲を祈り回った。 その功徳により、石は浮かび
上がるでしょうか?」村長は答えた。「そんなことはあるはず
がありません」 釈尊は言った。

▼「村長よ。同じように、ある人が、人の命をむしばむ
たちの悪い輩で、盗みを行い、邪淫を行い、うそをつき(正し
い人の)悪口を言い、粗暴な言葉を語り、巧みにごまかし、貪り
正しい心を失い、誤った考えを抱いているならば、いくら大勢
の人々が群れ集い祈祷し、合掌し、(天上に生まれますように
天上に生まれますように)と祈っても、この人は死んだ後、悪
しき所に生まれるでしょう。

▼反対に、一人の人が貴重な油の壺を深い湖水に沈めて
割ったとしよう。 この時、油は自然に浮かぶ。いくら大勢
の人が「油よ沈め、油よ沈め」と祈っても、油が沈むでしょう
か?」「そんなことは決して、ありません」 「村長よ。同じ
ように、生命を貴び、人に惜しみなく物を与え、邪淫を行わず
正しいことを言い、二枚舌を使わず、ごまかさず、貪らず、正
しい心をもち、正しい考えを抱いているならば、いくら大勢の
人が群れ集い「地獄に落ちよ、地獄におちよ」と祈ってもこの
人は死後善き所に生まれるでしょう」

▼葬儀に僧侶がきて、祈らないと成仏しない・こんな仏教の
邪議は、釈尊によって明確に否定されています。それは、
釈尊が打ち破った外道のバラモンの考え方なのです。
「死後の運命を決める根本は、その人の生前の行いである」
というのが仏教本来の教えでした。 もちろん、追善供養と
いう法理はありますが、それも、正しい信仰者の正しい祈りが
死者の生命に感応し、功徳を及ぼすということです。儀式が
大事なのではない。

▼ 妙法を信ずる「心」が「心」に善の波動を送るのです。
日蓮大聖人は、女性の弟子である日眼女(にちげんによ)
「四条金吾の婦人」に仰せになられた。「宝石を石だとい
っても宝石が石になることはない」 「法華経をいくら謗ろう
とも宝石が石にならないように、法華経の偉大さは少しも損
ずることはない」と。誰がなんと言おうと、真実は真実です
正義は正義です。恐れなく、声も高らかに言い切っていけば
よいのだ!

▼「悪い噂のある人々に悪い噂をたてられることを恐れるなど
何と馬鹿げたことか」と古代ローマの哲学者セネカも喝破して
いる。ともあれ・・私たちの友人葬は内外に波紋を起こしてい
ます。近隣の方たちに葬儀のあり方で注目を集めています。
あ、そうそう 導師を頼まれたから、お布施 ?(お金)など
頂いていませんです。反対に故人を偲んで志を差し上げ
ています・・誤解をされないように (*^_^*)

▼筆者は、腐敗・堕落した宗門と決別した時から葬儀の手伝
いをさせて頂いています。お経を唱えるのも苦になりません
です、朝夕勤行をしていますから・ ともあれ人間はだれでも
「いつかは」自分は死ぬと知っています。しかし「いつか」
であってまだまだ先のことだと思っています。

▼しかし地震・事故・急病・その他死はいつでもあるのです。
三日後に「あなたは死ぬ」と宣言されたら、のんびりテレビ
なんか見ていられませんしかし、良く考えてみれば三日後が
三年後三十年後であっても本質は同じなのです。ゆえに いつ
死んでもいいように「今」を生きるのです。

☆ 死を意識することが人生を高めることになります。
☆ 死を自覚することによって「永遠なるもの」を求め始める
のです。そして、一瞬一瞬を大切に使おうとするのです。
○現代文明は「死を忘れた文明」とも「欲望を野放しにした
文明」ともいわれますが!
○死があるから、今を大切に生きようとする事ができるんです。
○死は生と共に大切であるが故に生死不二と仏法は説いている
のです。 本日は故人の法要ではありますが、この故人を通して
生きている私たちが「今を生きる大切さ」を感じ、立派に生き
ゆく志を示しゆくことが最高の故人への法要になるものである
と思うものであります。
「 珍念」のお粗末な説法でした。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い
  

大きな(リンゴ)の木

  A11 珍念のひとりごと

おおきな木
 シェル・シルヴァスタインの絵本「おおきな木」
といえば、リンゴの木が我が身を削って少年に惜し
みなく愛情を注ぐ物語だ。半世紀近く前に米国で出版
され、世界30以上の言語に翻訳されて、子どもから
お年寄りまで広く読み継がれてきた。この秋、村上春
樹さんの新訳が出て、改めて手にした方も多かろう

▲大好きなリンゴの木に登ったり、果実を食べたり
木陰で眠ったり。少年は毎日、木の下にやってきて
遊んだ。時が流れ、少年は木から遠ざかる

▲ある日、成長した少年は物を買う金をねだる。
木はリンゴを売るよう勧める。少年が中年になると
家や船を無心する。木は枝を、最後は幹まで与える。
やがて年老いた少年が休息を求めて戻ってくる。
木は残った切り株に腰をおろすよう促す。「それで木
はしあわせでした」(村上訳)。物語はそう結ばれる

▲リンゴの木を自然になぞらえれば、もはや人類に
よる無分別な収奪は許されまい。「植物は生態系の生
産者であり、人間は消費者、正しくは植物に寄生して
いる」と自覚を促すのは独特の植樹活動で知られる植物
生態学者の宮脇昭さんだ

▲40年にわたり国内外1700カ所で地域の人たちと
4000万本を植樹し「世界で最もたくさんの木を植え
た男」の異名をとる82歳である。その植樹法は土地に
合った樹種を混植・密植する「ふるさとの木による、ふる
さとの森づくり」だ。自然の生態系を守り、災害にも強い。

▲「競争しながら互いに少し我慢して共生し、共に発展
する」宮脇さんが生物社会から学んだ掟(おきて)である。
「おおきな木」の物語の続きはそうした思いから始まるの
だろう。(余録)

▲う~ん 不肖・珍念 コメントは蛇足ですので有りません。
今宵は大自然の営みに思いを馳せています。
あ・・余り考えると髪の毛が抜ける・・ううぅ (゚ー゚;

くまの嘆き o(;△;)o

A11 珍念のひとりごと

鹿や猪(いのしし)は秋なのに、熊は冬の季語だという。
猟期と冬ごもりの印象だろうが、猟師以外が出合うとすれば
やはり餌を求めてうろつく秋である。ぬっと現れ、のそりと
消える。出没の語がこれほど似合う動物もない

▼今年は里での悪さが目立つ。福井のデイケア施設で
看護師にかみつき、山形の中学校では職員に体当たり。いずれ
も屋内に入り込み、のそりと消える前にズドンとやられた。人の
被害も捕獲数も、約5千頭が捕まった2006年以来の当たり年
らしい

▼「熊がそれだけ増えている」と語るのは、今日の状況
を見抜いたような写真集『となりのツキノワグマ』(新樹社)を
出した宮崎学さん(61)だ。地元中央アルプスの獣道などに
自動撮影のカメラを仕掛け、かれこれ35年、動物を狙ってきた

▼82年からの3年間で1頭しか写らなかった熊が、05年秋
には1カ月で10頭も写ったそうだ。いまだに「大猟」が続く。
「人知れず、うんと増えているというのが定点観測の実感です。
山で増えれば、里に下りる数も増す」

▼獣と人の緩衝地帯だった里山や田畑は過疎化で荒れ、熊は
隣まで来た。宮崎さんは懐疑的だが、「人里徘徊(はいかい)」
の背景にドングリの不作を挙げる専門家もいる。〈山痩(や)せ
て熊出る里の昼暗し〉塩田籔柑子(やぶこうじ)

▼国連地球生きもの会議が名古屋で開かれている。
ツキノワグマもヒグマも、わが森の生態系を引き締める立役者だ。
本来は小心で、好きで姿をさらしているわけではない。彼らを
「害獣の王」にしないよう、生息数をとことん調べ、共存の道を
探りたい。「 天声人語」

▼先ほど、毎年ドングリを拾っていた里山に行き驚きました。
何と、一粒もなかったです。じゎりじゎりと真綿で首を絞めつけ
られるような恐怖に身が竦みました。
古代から為政者の政が乱れると、天変地異が起きると言われて
いますが。 きょうも 愚か者の珍念・・ゴマメの歯ぎしり
をしています。  ヤレヤレ ┐(´(エ)`)┌クマッタネ

人は(ロボット)ではない\(*`∧´)/

A11 珍念のひとりごと

恥知らずの鬼畜の会社(ちょつと語弊があるかなぁ)。

 千葉県習志野市内で、一台の清掃車が、路肩に
駐車していたトレーラーに追突する事故が起きたのは
今年六月のこと

▼この事故で、清掃車を運転していた三十五歳の
男性が命を落とした。一体、この人に何があったのか。
それが、さいたま労働基準監督署の調べで、明らかに
なった

▼男性は四月五日以降、事故の日まで一日の休日も
なく、実に八十六日間もの連続勤務を強いられていたの
だという。一昨日、埼玉県内にある男性の勤務先の清掃
会社とその社長らが労基法違反の疑いで書類送検された

▼「長期間、休日なしの労働が運転時の判断に影響し
事故死につながったのは明らか」と労基署。「人手不足の中
仕事ができる人だったので使ってしまった」と会社側は言って
いるようだが、人はロボットではない。その神経を疑う

▼その書類送検の翌日、地球の反対側のチリでは、落盤事故
で地下七百メートルに閉じ込められていた鉱山作業員三十三人
の救出劇が無事終わった。事故から救出終了までを数えれば
七十日間。その様子は世界中が見守り、作業員らは大きな拍手
や歓声に迎えられた。

▼あの男性の八十六日間も連続勤務という深い場所に
“閉じこめられていた”ような日々ではなかったか。
しかし、気の毒に、彼は、そこから生きては出られなかった。
重い疲労を背負ったまま迎えただろう最期が、どうにも切ない。
 コラム{筆洗}

▼変人の珍念、 減らず口を閉じます・・うぅ。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

一番尊いものは ?

   A11 珍念のひとりごと

一番大切な物は!

 ラテン系のお国柄らしく、にぎやかな救出劇だった。
チリ北部にあるサンホセ鉱山の落盤事故で、地下深く閉じ
込められた三十三人の救出作業は、生還のたびにサイレン
が鳴り響き、大歓声と口笛、拍手が上がった

▼一時間に一人のペースで「フェニックス」(不死鳥)
と名付けられたカプセルからサングラスをした作業員が姿
を現す七百メートルの地底から実に六十九日ぶりの地上だ

▼テレビ中継を見ながら、二十九年前に北海道で起きた
炭鉱事故を思い出していた。坑内に五十九人の安否不明者
を残したまま、火災を消火する注水作業を行った一九八一
年十月の北炭夕張新炭鉱事故だ

▼世界最先端だった「ハイテク炭鉱」で九十三人が犠牲
になる大惨事。「お命をちょうだいしたい」。北炭の社長
が注水の同意を得るため一軒一軒を回り、家族が「おまえ
も一緒に入れよ!」と詰め寄る場面が記憶に残る

▼「増産」の掛け声の下、安全は二の次の時代、ヤマの男
たちの命はあまりに軽かった。夕張新鉱は事故の翌年に閉山
に追い込まれ、他の炭鉱もやがて閉山。夕張市は、事故から
四半世紀を経て財政破綻(はたん)してしまう

▼国の威信をかけたピニェラ大統領の演出が少々鼻につくに
しても、奇跡の救出劇を世界中が見守ったのは、命を守りた
いという願いが共通だったからだ。支え合った仲間たち。
地の底には確かに希望があった。コラム」(筆洗)

▼う~ん 一言居士の珍念 今宵は複雑な気持ちでいます
1981年「北炭夕張新炭鉱事故」で見捨てられた59人の方々
が、恐ろしい水攻めで亡くなられた無念さに涙が溢れて
止まりません。今夜は亡くなられた方に思いを馳せて、ご
冥福を祈らせて頂きます 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。。

あぁ・「青い山脈」

  A11 珍念のひとりごと

 {池部良}に思いを馳せる。 

映画「青い山脈」が封切られたのは61年も前の話
だから池部良さんといえば、「昭和残侠伝」シリーズの風間
重吉を思い浮かべる読者の方が多いかもしれない。単身、敵
のやくざに殴り込む高倉健に「ご一緒、願います」と番傘を
さしかけ(なぜか雪が降っている)壮絶な最期を迎える。

 ▼次回には、役名も同じ重吉としてよみがえり
シリーズは計9本つくられたが、当初、池部さんは出演を断
っている。日本映画俳優協会のリーダーとして暴力団との絶縁
を宣言したばかりでやくざ役は具合が悪かった。

 ▼それでも引き受けたのは、祇園の旅館に押しかけてきた
名物プロデューサーの「高倉を池部はんのお力で男にしてや
ってもらえまへんやろか」という声涙倶(とも)に下る説得に
感じ入ったからだという。その場面は、彼自身が書いている。

 ▼池部さんは、エッセイストとしても一流だった。監督に
なるつもりで東宝に入社したが、召集され、南洋の孤島で米軍
の爆撃と飢餓に苛(さいな)まれながら終戦を迎える。エッセー
は戦争体験にユーモアの衣をまとわせ、からりと揚げた味わい
深いものが多い。

 ▼あるとき、80歳近い大学の後輩が血を吐き、「遺書」が
息子から速達で送られてきた。戦没学生の慰霊碑を母校に建てよ
うとしたら「戦没者は、戦争加害者であり平和を願う大学の理念
に背く」と断られた、先輩も大学当局を糾弾してほしい、と。

 ▼血を吐いた後輩はがんではなく、魚の骨が刺さっただけで
すぐ電話がかかってきたという落ちにしている「ああ戦没学生」
が、こんな大学が東京六大学のひとつかと思うと悲しくなる。
エッセーという池部さんが遺したドスは死後も錆(さ)び付いて
いない。「産経妙」

 ▼筆者は、小学生の頃(池部良)さんを(スケベ良)と巷間
では言われていた事を覚えています。特に(ラブシーン)では
十八番だったようです。 肖りたいです。 (*^-^)

 あ・・妻と愛犬から良からぬ考えを糾弾される怖いので
急いで消えます。 ∑(=゚ω゚=;)

 

「もし」あのとき Σ( ゜Д゜)ハッ!

  A11 珍念のひとりごと

「もし」あのとき(天気)がよければ!

 あの日、季節外れの大雪が降らなければ、
警護の彦根藩士は動きにくい雨具は着けず、刀が抜き
にくい柄袋(つかぶくろ)をかけることもなかったかも
しれない。歴史に「もし」はないというが、現代史は大
きく変わっただろう

▼先日、映画『桜田門外ノ変』(原作・吉村昭)の公開に
合わせた記念ウオークに参加した時、そんなことを考えた。
秋雨がぱらつく中、水戸から参加した浪士の子孫や、歴史
ファンと幕末の江戸の面影を探し歩く三時間半だった

▼現場指揮役の関鉄之介ら十八人が集った愛宕神社(東京
都港区)をスタート、彦根藩邸があった国会前庭、襲撃現場の
桜田門などを回った。傷を負った浪士が訴え出た大名屋敷は
丸の内のオフィス街になっていた

▼百五十年前、水戸浪士たちが登城中の大老井伊直弼を
襲ったのは、彦根藩邸を出てわずか五百メートルほどのところだ。
こんな目と鼻の先のところで、幕府のトップがむざむざと殺され
たのかと、現場に立って意外な思いがした

▼政治的テロを賛美し、承認する映画にはしたくないと
佐藤純弥監督は襲撃シーンをクライマックスではなく冒頭に
持ってきた。事件の時代背景や襲撃に加わった無名の浪士の
運命を描くことに力点を置いたという

▼事件から明治維新までわずか八年。皇居を回る
ランナーがひっきりなしに通り過ぎる桜田門を見るたびに
歴史の「もし」を考える。コラム「筆洗」

▼う~ん 筆者も以前は「もし」も あのときと、過去を
振り返って灰色の脳細胞を悩ませていました。どんなに
考えても、誰人も過去を取り戻すことは出来ません。

▼過去を変えることは、誰にもできない。
だが、今をどう生きるかによって、”過去の意味”は、
いかようにも変わってくる。失敗しても、それをバネにして
頑張り、目標を達成すれば、過去の失敗は”勝利への一歩と
なろう。

▼人生劇の「脚本家」も(主役」も自分自分が「勝利劇」
の(脚本家」である。そして(主人公」である。シェークス
ピアは大劇作家らしく何度も次の意味のことを書いている。

▼「人生は舞台だ。人々は皆、おのおのの役を演じている」
 仏法が教えるのは、人生劇の「脚本」を書くのも「演じる」
のも、自分自身だということである「神」とか「偶然」とかの
他の何ものかが、脚本を書くのではない。自分が書いて、自分
が「名優」として演ずる。これが「一念三千」の法理に込めら
れたきわめて積極的な人生哲学である。自分が作家で、自分が
主人公である。 

▼大切なことは、素晴らしい劇(ドラマ)を演じるためには
まざまざと鮮やかに目に浮かぶまで、「脚本」(シナリオ)を
頭に叩きこまねばならないということである。心の中でリハー
サル(練習)も必要かもしれない。「勝利劇」の目標(受験や
会社の成績など)紙に書いて何度も何度も心にしみつくまで繰
り返すことが効果的な場会もあろう。

▼「心」が変われば「一切」が変わる
心理学のウイリアム・ジェムスは「人間は心のもち方を変える
ことによって、その人生を変えることができる」と
ガンジー「人間は自分が考えた通りの人間になる」と
自分の「心」「一念」が自分の「未来」の「人生」そのものと
なる。と、恩師は語る。

▼愚か者の(珍念)反省しています。まだ自分の一念が定まって
いませんです。きょうも、一段と精進します・・恥ずかしいので
急いで退散します。 キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ

そらごと(ウソ)

  A11 珍念のひとりごと

鳥のウソは口笛のような悲しげな声でさえずる時
左右の脚を交互に持ち上げる。琴を弾く手の動きに似ている
ため「弾琴鳥」の異名がある。ジャーナリストの菊池寛は、
かつて「空で琴を弾くので、そらごとをウソと云(い)うのだ
と物の本にあった。シャレのようでもあるが、案外本当の語源
かも知れない」『話の屑籠(くずかご)』と書いている

 ▼空で琴を弾くというのはなんとも優美な表現だが
絶大な捜査権限を持つ者が空ごとを言い出したら、狙われた
人物はみな刑務所行きになってしまう

 ▼大阪地検特捜部の押収資料改ざん事件で、最高検
はきょう、証拠品の文書データを書き換えたとして証拠隠滅罪
で主任検事を起訴する。検事は懲戒免職になる

 ▼検事は「データをわざと書き換えた。そのことを
上司にも報告した」と容疑を認めているようだが、逮捕された
前特捜部長らは「故意に改ざんしたと報告は受けていない。
過失だと思っていた」と、全面的に否認している

 ▼両者の主張がどうしてここまで食い違うのだろうか。
どちらかが空ごとを言っているのか。組織防衛のため、最高検が
主任検事や他の検事の供述を誘導するようなことはまさかしない
と信じるが

 ▼特捜部長と主任検事の“法廷対決”が実現する
可能性もある。検察には最悪のシナリオだ。検事の野心が生んだ
うそが、検察の組織全体を根本から揺るがしている。(中日・春秋)

 ▼う~ん・・検察の組織もですが大事な一国の総理がちょつと
奇特な「無味蒙昧」「矛盾撞着」「内憂外患」の四文字熟語が
(ピッタリ)符合する珍しい方ですから、筆者は「怒髪衝天」
です。

 ▼どぎゃんかせな いかん と 愚か者の珍念も世を憂い
ています。 あ・・あまり大口を叩くと「閻魔さま」から口に
絆創膏を貼られる・・ぅう 消えます。o(*^▽^*)o

赤い国の幻影

A11 珍念のひとりごと

 世界遺産にも指定されている古代ローマの
コロシアムが、真っ赤にライトアップされた。中国の
温家宝首相がイタリアを訪問した記念だそうで、赤は
もちろん中国共産党をイメージしたもの。壁面には両国
の友好をうたった中国語も浮かび上がった。

 ▼ベルルスコーニ首相は、カネ持ち中国と
の貿易が大事だと割り切っているのだろうが、なんとも
品がない。泉下のカエサルが聞いたら顔を真っ赤にして
怒りそうだ。

 ▼コロシアムさえ真っ赤になるのだから
自国のテレビ画面を真っ黒にするのはいとも簡単だ。中国
ではNHKやCNNなどをリアルタイムで見ることができ
るが、服役中の民主活動家、劉暁波氏がノーベル平和賞を
受賞したニュースになると、即座に映像が途切れ、画面は
真っ黒になった。

 ▼新聞も同じだ。きのうの中国各紙は、劉氏の
受賞について「平和賞への冒涜(ぼうとく)だ」と批判した
外務省談話のみ載せた。それさえ掲載していない新聞もあり
劉氏がどんな人で、ノーベル賞委員会がどう評価したかと
いった、詳しい記事は一つもなかった。

 ▼なにも中国の記者たちがさぼっているわけではない。
優秀で海外事情にも通じている記者やキャスターが何人も
いるのに沈黙しているのは、言論の自由がないからだ。
すべての報道機関を共産党がコントロールし、重要な問題に
ついてその都度、ガイドラインを設定し、逸脱を許さない。

 ▼小欄が、菅直人首相や仙谷由人官房長官を「腰抜け」
呼ばわりしても牢屋(ろうや)にぶちこまれないのは、曲が
りなりにも言論の自由があるからだ。中国要人が来日した
ときに、世界遺産の東大寺や二条城を真っ赤にライトアップ
するようになれば、この国もおしまいだが。(産経妙)

不肖・珍念、ふと「悪逆無道」の格言を隣国の振る舞い
に妙に重なって思うのは筆者の杞憂でしょうかぁ。

 ▼閑話休題 文化大革命・紅衛兵・に思いを馳せる。

 ▼文化大革命・中華人民共和国で紅衛兵(こうえいへい)
は、中華人民共和国の文化大革命時期に台頭した全国的な
青年学生運動。

▼1960年代後半から1970年代前半まで続いた。
「封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化
を創生しよう」という名目で行われた改革運動。

▼紅衛兵は、1966年から1968年にかけて実権派打倒に
猛威を振るい、文化大革命期間中に出た死亡者、行方不明者
(数百万人とも数千万人ともいわれる)の一部の虐殺に
加担したとも言われている。

▼また、当時は中華人民共和国の成立に貢献した政治家や
知識人も弾圧を受けた。その1人である彭徳懐も逮捕されて
拷問を受け、それが原因で死亡している。しかし、派閥間
の武闘を繰り返して統制できなくなり下放された。

 ▼政治・社会・思想・文化の全般にわたる改革運動という名目
であったが、実際には全国の人民を巻き込んだ粛清運動として
展開され、数百万人から一千万人以上とも言われる多数の
犠牲者を出したほか、国内の主要な文化の破壊と経済活動の
長期停滞をもたらす惨事となった。

 ▼実質的には、大躍進政策の失政によって政権中枢から
失脚していた毛沢東らが、中国共産党指導部内における修正
主義の伸長を機に自身の復権を画策して引き起こした全国的な
粛清運動であり、組織的な暴力を伴う大規模な権力闘争
(内部クーデター)であると評価されている。
略称は文革(ぶんかく)。

 ▼てんあんもん-じけん 【天安門事件】
(1)1976年4月5日天安門広場で起こった民衆騒乱事件。
(2)1989年6月4日、民主化要求を掲げる学生や労働者・市民に
占拠された天安門広場を奪回するため、戒厳軍が出動して
多数の死傷者を出した事件。

 ▼二度あることは三度ある、どうして三度目が
  気になるの?
ううぅう ^_^; 言わぬが花ですう・・ぅう。消えます (o^-^o)

恫喝(クレーマ)の隣国

  A11_2 珍念のひとりごと

 何度でも書き残しておかねばならないことがある。
平成13年、当時の小泉純一郎首相が8月15日に靖国神社
を参拝しようとしたことに対する中国の反応だ。中でも唐家旋
外相の執拗(しつよう)なクレームは、外交というようなもの
ではなかった。

 ▼同年7月、ハノイで田中真紀子外相と会談した後記者団に
日本語でこう語った。「やめなさいとゲンメイしました」。この
「ゲンメイ」を翌日の各紙は「言明」と書いたが、産経抄だけは
「いや厳命だったのではないか」と異をとなえた。それほど唐氏
の態度は高圧的に見えた。

 ▼この他国を他国と認めないような姿勢は、どうやら中国の
「伝統」らしい。今年のノーベル平和賞選考に当たって、ノル
ウェーのノーベル賞委員会に圧力をかけたという。中国の民主活動家
劉暁波氏を選ばないようにという露骨なものだったらしい。

 ▼平和賞は他の5賞と違いノルウェー国内に設置された委員会
で選ばれる。そのことへの疑問もあるし、時には「政治的過ぎる」
との批判も浴びる。とはいえ他国が選考段階で自らの都合により
圧力をかけるなど、とうてい許されることではない。

 ▼だがそんな心配をよそに、委員会は劉氏への平和賞授与
を決めた。躊躇(ちゅうちょ)があったかどうか分からないが
圧力をはね返した形である。中国は当然怒り心頭だろうが
これでその言論抑圧の姿勢や他国への恫喝(どうかつ)的外交
などこの国の未成熟な国家のあり方が白日のもとにさらされた
のだ。

 ▼一方で日本はといえば、靖国参拝や歴史観では中国の圧力
に屈してばかりだ。最近も尖閣問題であっさりと膝(ひざ)を
屈してしまった。日本に比べてはるかに「小国」といえるノル
ウェーのがんばりをどう見ているのだろう。(産経妙)

▼う~ん 不肖・珍念。横柄な大国の圧力にも屈しなかった。
「小国」ノルウェーの国内に設置された委員会は天晴です。その
委員会にも{勇気の証の賞}を差し上げたいです。古の武士道
精神を彷彿させました。痛快です。溜飲が下がりました。

 ▼それに比べ、日本は。総理は、いったい学校で何を学んだ
のかなぁ。姪曰く「下手な歌舞伎を見るよりも、何か、アホらし
いですが自虐があり、面白い」と あぁ、高い給料を貰い・最高
の権力をあずかり真剣勝負の直前・尻尾を垂れて「御免なさい」と
恥を知りなさい。自分たちの野党の時は・それを言っちゃ・・
「おしまい」ですが!

 ▼閑話休題・ 二度あることは三度ある、どうして三度目が
  気になるの?

同じ失敗が二度続くと「二度あることは三度あるから注意して」
という。クセなのか運が悪いのか、やっぱり同じ失敗をして
「本当に、二度あることは三度あった」と。珍念具に、日中両国
の揉め事は何か、ことあるごとに、いちゃもんをつけられ、其の
たびに曖昧な対応してきた事が背景にありますが、それにしても
とんちん(官)の対応に虫唾が走る! \(*`∧´)/

 ▼「本当に、二度あることは三度あった」と妙に納得したり
する。「二度目の正直」「石の上にも三年」「三つ子の魂」と
三のついたことわざも多い。どうも、日本人は三を区切りにする
民族らしい。古代ギリシャの哲学者・数学者であるピタゴラスも
「三は完全な調和を表す形だ」と考えていた。
あ・・つ~ぃ 減らず口を叩きました。きょうも愚か者の珍念の
雄叫びは絶好調です。 ( ^ω^)おっおっおっ

 

 

真の贅沢は (*゚ー゚*)

  A11 珍念のひとりごと

 6日にノーベル化学賞を受賞した2人の日本人科学者が
H・C・ブラウン博士という共通の恩師に学んだことが話題に
なっている。

 ▼鈴木章氏(北海道大学名誉教授)は(教科書に載るような
研究をしよう)との師の言葉をわが信念と決め、挑戦を続けたと
記者会見で述べた。根岸英一氏(米パデュー大学特別教授)も
会見で、「私の唯一の指導者」と師匠への熱い思いを語った。

 ▼これまで18人日本人がノーベル賞を受賞したが、そのたびに
恩師、家族、友人など、「人生を変えた出会い」に感謝する言葉
を聞いた。受賞者の功績だけでなく、支えた人々に光が当たるの
は清々しい光景だ。

 ▼ノーベル平和賞を受賞したエスキベル博士が、池田名誉会長
との対談集で、味わい深い体験を紹介している。
ある討論に4人のノーベル賞受賞者と出席した「人生の中で、最も
重要な意味をもつ英雄は?」。この質問に博士は答えた。
「祖母です」と

 ▼人生を変える出会いに高名、無名は関係ないのだ。
サン=テグジュペリの言葉に、「真の贅沢というものは、ただ一つ
しかない、それは人間関係の贅沢だ」(「人間の土地」堀口大學訳)
と。よき友人、よき家族、そしてよき師匠・・素晴らしき出会いを
得た人生ほど豊かなものはない。コラム「名字の言」(城)

 ▼このコラム「天晴です。言いえて妙です。座布団100枚差し上げ
ます。愚か者の「珍念」池田名誉会長に奇跡的に始めてお会いした
時(1964・6・17)激励を受け、まさに、「光陰矢のごとし」あれから
はや、46年過ぎました。学歴・肩書き。財産。など持っていません。
持っているのは、邪な煩悩です。いっも恥じています。
まだまだ・修行が足りないです。きょうも 反省しています。(゚ー゚;

 ▼サン=テグジュペリの言葉に、「真の贅沢というものは、ただ一つ
しかない、それは人間関係の贅沢だ」

 ▼池田名誉会長は「名もない人達の中で、心を打たれたといわれる
 人生を私は生きたい」
と 愚か者の珍念も、そのように 生きます。

  

 

いょう (o^-^o)  (大根役者)

 A11 珍念のひとりごと

大根役者(だいこんやくしゃ) [ 日本大百科全書(小学館) ]

 演技の下手な役者を軽蔑(けいべつ)していうことば。
縮めて単に大根ともいう。その語源については諸説あって
ダイコン(大根)の根の白いところをしろうと(素人)っぽい
演技の「しろ」にこじつけたとする説、芝居で馬の脚をする下手
な役者のさまをダイコンに見立てたとする説あるいは、ダイコン
はどうやって食べても当たることがないところからどんな役をや
っても当たらない役者をいったものとする説などがある。

 ▼鳩山由紀夫前首相が、米軍普天間飛行場の移設に関する日米
合意の見直しを掲げて、迷走を続けていたときのことだ。米紙
ウォールストリート・ジャーナルは、国民受けを狙う「カブキ・
ショー」と酷評した。

 ▼ASEM首脳会議の途中で行われた日中首脳会談こそ
「カブキ」と呼ぶのにふさわしい。廊下ですれ違い、「やあやあ
座りましょう」と偶然を装う菅直人首相のヘタな芝居を、誰がま
ともに受け取るだろう。中国の温家宝首相という手ごわい役者との
競演なら、周到な準備をすべきだった。

 ▼歌舞伎には、黒装束で役者の介添えをしたり、小道具を出し
たりする黒衣(くろこ)が欠かせない。日本では、通訳も「黒衣」
と呼ばれている(『通訳者と戦後日米外交』鳥飼玖美子著)。
その黒衣が日本側だけについていなかったのはまずかった。

 ▼同書によれば、日本では、正確な通訳が重要とされるが、中国
では国益を優先し、必ずしも言った通りに訳さなくてもいいらしい。
通訳文化の違いは、カブキをますますチグハグなものにしたはずだ。

 ▼案の定、中国外務省は「会談」ではなく言葉を交わしただけの
「交談」と表現した。釣魚島(尖閣諸島)を中国の領土とする主張
は変わらない。そもそも、菅首相が大見えを切るべき舞台は、首脳
会議だったはずだアジアや欧州諸国に、日本の正当性をなぜ訴え
なかったのか。

 ▼関係修復の糸口はつかめたとはいえ、日本人1人の拘束は続い
たままだ。東シナ海のガス田問題でも進展はない。菅首相はきのう
唯一の交渉カードといえるビデオ映像を公開するかどうかの判断まで
捜査当局に丸投げする姿勢を示した。カブキの外題はやはり
「外交敗北」だ。コラム(産経妙)

 ▼一言居士の「珍念」菅首相は歴史に残る・大根役者(語弊が
あるかなぁ)です・・素人でも演技不足と分かります。ほんに
トンチン官です。あまり興奮すると血圧が上がるので口を閉じます。

 ▼閑話休題(親の恩を思いし人は丁欄は木をきざみ伯揄は杖に
なく。)

  中国の宋の代に韓の人で伯揄という者がいた。幼少にして
父を失って母とともに家でくらし、誠意を尽くして母を養っていた。
しかし、伯揄にささやかな過失があっても母は怒って杖で彼を打って
は責めるのであった。伯揄は杖を受けながら、体が痛いにもかかわ
らず心で忍んで泣くこともなかった。これは、常のことであった。

 ▼だが、母がすでに年老いて身が衰えてから伯揄を打った時に
それは痛くもなかったが、しかし伯揄は杖で打たれながら泣き出した。
母はどうしたわけかと思って伯揄に言った。

 ▼「私は今まで何年となく、いっもお前を打ち、おまえは杖を受け
ても泣いたためしなどなかった。ところが、今、どうしておまえは私の
杖を受けて泣いているのか」伯揄が答えていった。

 ▼「何年となく、私はあなたの杖を受け、体が痛くても、よく心で
忍んで泣きはしなかった。しかし、今日は杖を受けながら、杖のあたり
ぐわいが強くなくて、以前のようではなかったのです。これはお母さん
が年老いて衰えたので、力が弱くなったためだと、悲しくなって、泣け
てきたたのです」

 ▼そのとき母は、この言葉を聞いて、(私の杖が痛くて泣くのかと
思えば私の年老いて力が弱ったのが悲しくて泣いたのか)と知って、伯揄
を哀れみ悲しむこと限りがなかった。{聖愚問答妙・今昔物語集}

 ▼珍念の母は私が闘病中に8年前に亡くなりました。親に心配をかけ
ました。古の伯揄のように杖で打たれたかったです。
「孝行のしたい時分に親は無し」の故事が身にしみました。
きょうは、懇ろに母の御祈念をします。まだまだ 修行が足りませんです。

  こっそり 退散します モジモジ(。_。*)))

 

眉毛をよまれる

  A11 珍念のひとりごと

 わが国が他国に供給を依存していて、ストップすると
大変困るという天然資源は少なくない

▼代表格は石油。最近、話題になった物ならレアアース
(希土類)だ。沖縄県・尖閣諸島沖での漁船衝突事件では
その報復だったのか、大半を依存する中国が突然、供給を
停滞させて日本の製造業界に悲鳴が上がった

▼何でもハイブリッド車のモーターに使う磁石などハイテク
製品の製造に欠かせぬ、人呼んで「産業のビタミン」。その後
“禁輸”は解かれたようだが、前後して、こんなニュースが伝
えられた

▼新エネルギー・産業技術総合開発機構と北海道大が、その
レアアースを必要としない次世代自動車モーターの開発に成功
したのだという。幸い日中関係は改善に向かう気配だが、もしも
完全なレアアース代替が実現できれば、もう、その禁輸にはおび
える必要がなくなる

▼考えてみれば、石油だ、レアアースだと言ったって、たまたま
そこに眠っていただけのこと。天然資源は誰かが努力して得たも
のではないなのに、それが世界中で戦争や領土争い、外交的脅し
の種になっているのだから業腹だ

▼仮に、例えば石油を無価値化する代替物が開発された
世界の経済地図が一変するのは当然として、一体どれだけの諍
(いさか)いが、その意味を失うだろう。資源なき国の研究者た
ちよ、平和のためにも、どうか一層の奮闘を!( 中日春秋)

▼このコラムわが意を得たりです。物事の本質を述べていられる。
春秋の方の筆致は冴えています。「珍念」足元にも及びません。

{遠き慮(おもんばかり)無き者は 必ず近き憂いあり}と。
目先のことばかり追って、将来の見通しを立てない者は、その
うち必ず困難な問題にぶっかる。と、論語は戒めています。

☆閑話休題

池田名誉会長は、50年前・・ある会合で「経済・政治・社会の
根本とは何か、順々と指導を進めた。

「生命なくして、経済も、教育も、科学も、政治もありません。
一切が、人生、社会の幸福を追求するための分野なのです。
 根本は全部人間です。生命です。その生命とは何かという
根本解決の道が、宗教じゃありませんか」

あ・・つぃ もう 消えます。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

神の天秤(゚ー゚;

   A11 珍念のひとりごと

   <正しく見るためには二度見よ。美しく見るため

   には一度しか見るな>。

 十九世紀のスイスの哲学者アミエルが日記に残した言葉だ。
正しく判断するためには、繰り返し見つめる必要があるが、見たくな
い醜さも視野に入る。それを正視したくないなら、二度見る必要はな
いというのだ

▼個人の美学の問題なら、見たくないものは目をふさげばいい。
しかし、公の立場の人物の政治生命も左右する判断なら、目を覆って
いるわけにはいかない

▼民主党の小沢一郎元幹事長の資金管理団体の土地購入をめぐる事件で
東京第五検察審査会が出した結論は「起訴議決」。審査会のメンバーが
提出された証拠をさまざまな角度から慎重に吟味、判断した結果だと思う

▼今後、小沢氏は強制起訴されることになる。刑事責任の有無を法廷
ではっきりさせてほしいという審査会の思いを、裁判所は正面から受け止
めてほしい

▼二度の不起訴処分をそれぞれ覆される異例の事態を招いたのは
小沢氏の刑事責任を問える確たる見通しもないまま、捜査に着手した東京
地検特捜部の失態だ。大阪地検特捜部の押収資料改ざん事件と次元は違うが
検察の劣化を象徴している

▼起訴イコール有罪ではなく、「推定無罪」の原則は、尊重されなくては
ならない。ただ、刑事責任と政治責任は別である。小沢氏には国会の場で
釈明してもらいたい。東京新聞 コラム(筆洗)

▼政治と金の記事を度々、見ると一体・政治家は金の亡者なのかなぁ。
なぜ小沢氏はこそこそしないで、堂々と国会の場で釈明しないんだろうか。
それとも説明出来ない訳があるのかなぁ ?

▼このさい、団体・個人献金を全面禁止すべきです。何のために政党助成金
を頂いているのかなぁ。不思議に思っています。

 閑話休題 吉田兼好の『徒然草』に学ぶ

▼久しぶりに会った人から、相手の身の上話ばかりを延々と聞かされるほど、
白けることはない。どんなにうち解けた間柄の人でも、しばらくぶりの再会
なら、少しは遠慮というのものがあっていい。ところが、二流どころの
人間と来たら、ちょっと外出しただけでも、その日の出来事を、息つく
暇もなくしゃべっては一人でおもしろがっているものだ。

▼一流の人なら、大勢の人に話をしても、一人の人に話すような話し方を
するので、自然と他の人も耳を傾けるものだが、そうでない人の話し方となる
と誰にともなく大勢にむかって話しかけて、しかも見てきたような作り話を
して、一同を大笑いさせるなど、実に不作法なものである。

▼話をするときに、面白いことを言っても自分ではそれほど興に入らずにい
るかそれとも、面白くもないことを言って自分で大笑いするかで、だいたい
その人の素性が知れるものである。

▼人の外見の善し悪しや、人の学問のあるなしを論じ合う場合も、自分の
ことを引き合いに出す人がいるが、まったく困ったものである。

▼勝負事で負けが込んだ相手が有り金を全部賭けてきた場合には勝負を
してはいけない。そういう場合は、ツキが変わって相手が連勝するときが
来たと思うべきである。この時が分かる者をすぐれた博打打ちと言うのだ。
これは、ある人から聞いたことである。

▼おしゃべりの(珍念)今日も反省しています。修行が足りませんです。
あの世であの方から苛められる・・ううぅう。 (´;ω;`)ウウ・・・

大人の対応 (・_・)エッ....?

  A11 珍念のひとりごと

尖閣諸島周辺での中国漁船衝突事件をめぐって、日本政府が中国に
対して取った「大人の対応」については、小欄で口が酸っぱくなるほど
批判してきた。もっとも世の中を見渡せば、逆に「大人の対応」をして
ほしい、と願うときもある。

 ▼最近では特に、教育現場で幼稚な振る舞いが目立つようだ。
先週の新聞は、横浜の市立中学で理科の男性教師(50)が、1年生の
男子生徒の口と鼻を手のひらでふさぎ、気絶させる事件を報じていた。
呼吸についての授業で、生徒が苦しさを訴えても、「我慢しろ」と手を
離さなかったというから、あきれてしまう。

 ▼同じ日の別の記事によると、山梨県韮崎市の市立小では5年生を
担当する40代の男性教師が、道徳の授業で誘拐事件の脅迫文を作ら
せていた。「担任の身柄を確保した。返してほしければ7時、ちびっ子
広場に8千円もってこい」。

 ▼黒板に書かれたこんな稚拙な文章を手本に、新聞から切り貼(ば)
りさせられた、子供たちが気の毒でならない。ところで、脅迫文ならぬ
婚約破棄の手紙を小学生の課題作文にした教師がいる。
といっても明治12年の話だが。

 ▼教え子だった小学校時代の正岡子規の作品が、「自笑文草」とい
う文集に残っている。子規は、女性の言葉や行動が荒々しく、性格も
柔和でないことを理由に挙げた。ただ「当人之気性も相変り品行も亦
(また)正しく相成候へば早速婚礼可致候」と付け加えることも忘れ
ていない。

 ▼女性が心を入れ替えれば、結婚は可能だというのだ。
作文を担当していた遠山先生はそんな心くばりを、「文章穏和作
意愛スベシ」と評している。明治という時代は教師も生徒も
今よりずっと大人びていたのは間違いない。コラム(産経妙)

 ▼筆者もまだ、精神年齢が12歳ぐらいです 大人びていま
せんというか、お頭のネジが少し緩んでいるようです。世の中
の乱れに「ゴマメの歯ぎしり」状態で憂いています。

 閑話休題 先日、妻と久しぶりに「13人の刺客」の映画を見ました。
大変面白く見ごたえがありました。もし暇があられる方は ぜひ
鑑賞されて下さい。

 ▼13人の刺客は「三池崇史監督」作品で主演は、日本を代表する
名優・役所広司・山田孝之・伊勢谷友介・伊原剛志、松方弘樹
松本幸四郎稲垣吾郎、市村正親といった実力派の超豪華キャストです。

 戦わなければ、変わらない。暴政の限りを尽くす、将軍の弟を暗殺
せよ。極秘裏に集結した13人の刺客に、幕末最大の密命が下った。

 ▼(あらすじ)島田新左衛門の下に集められた13人の刺客は天下万民
のため、将軍の弟・松平斉韶(なりつぐ)に一世一代の戦いを挑む。
生来の残虐な性質で罪なき民衆に不条理な殺戮を繰り返し、幕府の権力
を我が物にしようとする史上最強の暴君・斉韶。その軍、総勢300人超。
斉韶の名参謀にして新左衛門のかつての同門・鬼頭半兵衛との知力を尽
くした戦いを制し、斉韶暗殺は果たせるのか。参勤交代の帰国の道中
要塞へと改造された落合宿で、想像を絶する壮絶な戦いの火蓋が切って
落とされる――。

 ▼集められた12人の熱き志士と1人の山男がムチャクチャ格好いい
特に[七人の侍]の如く宿場を戦場に変え、爆破や火牛で敵を混乱
させることを「小細工はここまで」と言ってのける器の大きさや、
名もなき娘が血の涙を流しながら書いた「みなごろし」の書を広げ、
「斬って、斬って、斬りまくれっ!」と叫んでしまう不退転の覚悟は
鳥肌モノ。もはや生きて帰ることなど微塵も考えておらず。侍として
死に場所も求めておらず。ただ目指すは天下安寧のため松平斉韶公
の御首を取ることのみに徹した13人の志士たちの鬼神の如し奮闘
ぶりにもう武者震いが止まりませんでした

 ▼とにかく圧倒!圧倒!でした。血沸き肉躍るというのはこういう
ことなんでしょう。目を背けることは出来ない!斉韶の蛮行をきちん
と描くことで、本当に憎き敵だと認識させてくれました。先頭に立つ
役所広司を筆頭に、どの役者も面構えが素晴らしく、一応刺客13人の
魅力を捉えつつ。要塞と化した落合宿での壮絶な死闘・アドレナリンは
大爆発!ここでそれぞれのキャラの見せ場がやってきます!やはり多勢
に無勢‥音楽が鳴り止んだ途端、緊迫感がやって来る。物語の終焉…
ラストは是非ともスクリーンで。全体を通して光の使い方がリアル。
娯楽映画として楽しめる

 ▼いくさが無い"という時代は、武士道に殉ずる事を宗とする侍に
とっては"生きがいを見つけられない時代"であるとも言える。だから
新左衛門の計画に、刺客たちは"やっと自分たち侍の生き場所、死に
場所が見つかった"と喜ぶ。斉韶もまた"侍の生き場所、死に場所"を求め
葛藤していたのかも知れない。…ともあれ、久しぶりに登場した、チャン
バラ大活劇の魅力に満ちたエンタティンメントの秀作。バカであっても
世襲で権力を引き継ぎ、民衆が苦しむ今の時代のどこかの国の批判(?)
にもなっているこれは見事な本年屈指の傑作である。と
東宝映画 コラム読者の声より

 ▼あ・・おしゃべりが過ぎました。嫌われるので即。退散します。

                    \( ^∇^)/θ☆ わ~い

    

藪の中の鵡

  A11 珍念のひとりごと

 考古学を専攻する学生が大幅に減り、後継者不足が深刻化している。
就職先が減っていることに加え、十年前に発覚した旧石器発掘ねつ造
事件が、考古学全体のイメージを悪化させたことが大きく響いている
という

▼この事件が教えてくれるのは、地の底まで失墜した信用は、十年
たっても回復は難しいという厳しい現実だ。エリート集団を自負する
この組織も、同じ悲哀を長く味わうことになるのだろう

▼大阪地検特捜部の押収資料改ざん事件は、前特捜部長らが逮捕
されるという信じ難い展開になった。主任検事が証拠データを意図的に
書き換えたことを知りながら、検事正らにうその報告をして隠ぺいした
ことが事実なら、検事総長のクビだけでは収まらないだろう

▼特捜検察がここまで腐敗した背景には、「共犯者」の存在がある。
被告の法廷の供述より、検事調書の信用性を重視して有罪判決を出し
続けた裁判官の責任は重い

▼政財界の不正をただす「最強の捜査機関」の捜査の問題点には
目をつぶり、応援団化した感のあるマスメディアの取材も自省が必要だ。
「特捜神話」に寄りかかり、権力監視という使命を忘れてなかったか

▼裁判員制度の導入を機に、裁判所と検察の“蜜月”にも変化が見えて
きた。その象徴的な出来事が村木厚子さんの無罪判決だったように思う。
検察だけを非難して済む事件ではない。東京新聞コラム(筆洗)より

▼う~ん 珍念 きょうも、心を痛めています、何でこうも不祥事が
起きるのだろうか、と。あ・残り少ない髪の毛が抜ける・ううぅう!

▼閑話休題 =筆者は昨晩、楽しい夢を見て寝言をいっていたそうです。
妻から冷やかされ、ちょいと照れていました。その寝言について
こんな事が言われています。

 ▼寝言に答えると本当に死んだり良くない事があるの?
その寝言に答えると相手が死んだり、バカになるという言い伝えがある
がなぜだろうか。昔は寝ているあいだは、魂がどこかへ飛んでいってし
まうと信じられていた。したがって、その間に話しかけたりすれば魂の
抜けたまま起きだして、そのまま死んでしまうというのである。

▼いわば、非科学的なジンクスなのだが、科学的にこれを裏づける説
がある。寝言をいうときは脳の一部が起きている状態である。
そんなときに、誰かに話しかけられると、脳のほかの部分も起きてし
まい、せっかくの眠りを妨げられてしまう。目が覚めないとしても
眠りのリズムが狂い体が疲れてしまうのだ。

▼もちろん、本当に死んでしまうようなことはないが、体に良くない
ことだけはたしかです。そのため、戒めにこうしたいい伝えができた
と言われている。何故か、美人とお金大好きな{珍念}つぃ つぃ
寝言に喜んで・・(@_@) ( ^ω^)おっおっおっ

きょうも 珍念の二枚舌は絶好調です\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「井戸を掘った人を忘れない」(・_・)エッ....?

  A11_2 珍念のひとりごと

 中国の政治家がよく使う格言に「井戸を掘った人を忘れない」
というのがある。特に日中国交回復にあたった田中角栄元首相を語る
とき、好んで引用されていたように思う。世話になった人の恩義には
報いるべきだという意味だろう。

 ▼裏返してみれば、自分に膝(ひざ)を屈してくる相手には
よくしてやると言っているようにも聞こえる。だがどちらにしてもその
格言はすたれてしまった。民主党政権になって以来の対中外交、特に
尖閣諸島付近での中国漁船の衝突事件への日中の対応を見ると、そう
思わざるをえない。

 ▼昨年12月、当時の小沢一郎幹事長が総勢600人を超える
民主党訪中団を率い北京入りした。140人余りの参加議員らは先を争
うように胡錦濤主席と記念写真におさまったものだ。小沢氏も国内では
めったに見せない愛嬌(あいきょう)を中国首脳に対し振りまいた。

 ▼その直後、鳩山由紀夫首相が天皇陛下と来日した習近平副主席
との会見を実現させる。中国側の要望で、事前通告のルールを無視して
強引に押し込んだのだ。小沢氏も宮内庁長官に辞任を迫るなどして後押し
した。2本も3本も井戸を掘ったのである。

 ▼今回の事件で民主党政権は内心「あれだけ尽くしたのだから
中国も無理は言うまい」と高をくくっていたのかもしれない。ところが
どっこい、中国がやったのは閣僚級交流をやめるといった、恫喝(どうかつ)
のエスカレートだった。日本はあっさりこれに屈してしまった。

 ▼日本が経済的優位にあった田中元首相の時代ならともかく今の
中国はこちらが尾っぽを振って行っても利用されるだけだ。そのこと
をやっと、思い知ったことだろう。それにしてもあの大訪中団は一体何だ
ったのですかねえ。コラム 「産経妙」引用

 ▼この{コラム}天晴です! 言いえて妙です。座布団10枚いや
100枚差し上げます。びりっと辛みが効いた(山葵)のようです。
読者の皆さまへ、ちょいと、長たらしい面白くもない、我田引水のように
思われる恐れも有りますが、暫くお付き合いをお願い申し上げます。

 ▼閑話休題=「文化の力」コラム「名字の言」(行)より

”(ファンは)ヨン様が韓国の人だから好きなのではなく、ヨン様と
いう人が好きなのです”・・「文化の力」を分かりやすく語るのは、韓国
の初代文化部長官を務めた李御寧氏。人が心動かされるのは、国の政策
よりも「文化」である、と(「韓国語ジャーナル」第34号)

 ▼氏が長官時代に最も力を入れた政策の一つが、日本文化の開放だった。
1990年9月、ソウルで東京富士美術館所蔵「西洋絵画名品展」の実現に尽力。
この開幕式出席が、池田SGI会長の初訪韓となった。

 ▼池田SGI会長はレセプションで、韓国は「日本の文化の大恩人」と
語った。同展には空前の12万人が来場。誠意と文化の力が、友好の新時代
を開いた。

 ▼以来、20星霜。SGI会長は「若い世代に、日韓の真実の歴史を伝えて
いかなければならない」「(日本は)貴国を尊敬し、貴国の心に学んでいく
ならば、平和と繁栄の方向へ進んでいく」と訴えてきた。焦点は、どこまで
も「人」にあり「心」にあった。

 ▼政治や経済に、利害や駆け引きの絡み合いはつきもの。しかし、その糸
がもっれた時、人のつながり、文化の交流が、解きほぐす力となる。
この事実を知る人は、SGI会長の人間交流を評価する。
顕彰の数々には、確かな理由がある。・・と

 ▼文化大革命の嵐にも耐えられた「鄧小平」氏は「白い猫でも黒猫でも
ネズミを捕る猫は良い猫だ」と経済の改革開放を掲げて今の中国の礎を築
かれた。香港・マカオ問題も50年間一国二制度のブランを出し解決された。

 ▼ 今の(日中)の状況は「累卵の危うさ」が漂っています。(´;ω;`)ウウ・・・

「櫓櫂の立たぬ海もなし」:どんなに広い海でも、櫓や櫂を操って渡れると
いうことから、どんなに困難な事であっても、まったく手がつけられないと
いうことはなく、必ず手段があるものだというたとえ。

あ・・きょうも、珍念の減らず口は、絶好調です。 (*^ー゚)bグッジョブ!!

傍観者の利己主義

  A11 珍念ひとりごと

「いちがつ いちびる にンがつ にくてぐち さんがつ

ざんない」。大阪万博のテーマソング『世界の国からこ

んにちは』の作詞者として知られる詩人の島田陽子さ

んに、『ひと・じゅうにつき』という作品がある。

▼1月から12月まで、数え歌風に大阪弁の面白さで

つないでいく。「いちびる」とは、調子に乗って悪ふざ

けをする、という意味だ。「にくてぐち」は憎まれ口

「ざんない」は、見るに忍びないほどひどい場合に

用いる。

▼きのう、尖閣諸島周辺での中国漁船衝突事件を

めぐる集中審議が行われていた衆院予算委員会の

最中、ニュースが入った。中国人船長の釈放につい

て、政治介入があったのか、なかったのか。不毛な

議論をあざ笑うかのように、中国が拘束していた

フジタの社員3人を解放した。

▼1人を留め置いたのは、中国に対する批判封じと

みられる。日本にとって交渉のカードといえるのは

今や衝突事件の模様を記録したビデオ映像だけだ。

それなのに菅直人首相は、予算委員会であっけら

かんと「見ていない」ことを明らかにした。

▼日本の弱腰に調子に乗ったロシアのメドベージ

ェフ大統領は日本の北方領土を近く訪問する、と

明言した。これに対して「訪問するとは受け止めて

いない」との首相発言は、相変わらず気迫に欠ける。

さんざん「にくてぐち」をたたいたあげく、「いちびる」

中露両国に対して、日本政府の右往左往の対応は

「ざんない」としか、いいようがない。

▼きょうから10月。詩では「じゅうがつ じゅんさい」

となる。水草のヌルヌルした感触から転じて、でたら

め、いいかげんさを表す。菅政権を表現するのに

これ以上ふさわしい言葉はない。「産経妙」 

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

〇 このコラム。言いえて妙です。天晴です

○きのう、尖閣諸島周辺での中国漁船衝突事件

をめぐる集中審議が行われていた衆院予算委員

会の菅直人首相の答弁を聞いて、珍念 開いた

口が塞がりません・・余りにも幼稚な歯切れの悪

い答弁で、このような人物が首相の座に居座り

続けている。この国の行く末が心配です。

〇  池田名誉会長のスピーチに学ぶ

人間の世界でも、トップが動けば話は早い。上が

とかく腰が重く動こうとしないところは、さまざまな

問題が起き、人々を苦しめる結果になる場合が多

い。”敏速な対応”・・これがリーダーの重要な条件

である。

〇”傍観者の利己主義”が、はびこってしまった社会

は不幸である。たとえ分野が異なっても、行動する人

同士は話が通じる。人類と社会への責任感をもって

いるからである。反対に(傍観者)(見物人)には

責任感がない。ゆえに幾ら多く集まっても価値は創

れない。また人生の主体者ではないから真の充実

も幸福もないであろう。”行動する人間”には、当然、

苦労も大きい、無責任な批判も多い。しかし、生命の

底からの充実と満足は、その人のものである。

○いざというときに・・そのときにこそ{本物}は光を

放つ。その姿は、ひとたび見れば、絶対に忘れるこ

とはない。口先ではない。行動である。何をしたか

どう生きたかである。

○人々には喜びを与え、自身は苦しみを引き受け

る。そういう(根っこ)の存在の指導者がいるからこそ

人々の幸福の開花がある。

この言葉を「菅直人首相」に謹んでお贈りします

モジモジ(。_。*)))

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