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2010年9月

珍念の「岡目八目」

  A11 珍念のひとりごと

外交の作用と反作用

 ある国の外交政策に見える二つの特徴について

の話である。「一方では、力または力による威嚇こ

そ交渉の主な手段であるという信念が存在する。

他方には、国家的必要性はすべての個人のもつ

宗教や哲学にまさるという理論が存在する」

▲誤解しては困る。これはある英外交官の第一

次大戦前のドイツ外交への評言だ。当時ドイツは

欧州大陸で周辺国を圧倒する力の興隆期を迎え

ウィルヘルム2世の膨張主義外交が従来の諸国

間の勢力均衡を狂わせていた

▲だが、この強圧外交は、それに驚愕(きょうがく)

した各国の対独連携を呼び起こし、外交の大失策

として世界史に刻まれた。教訓は二つ、歴史的勃

興(ぼっこう)期にある国は力ずくの外交に出ること

がある、だがそれは必ず反作用を伴い、悪くすれ

ば誰も望まぬ外交的破局を招くことだ

▲では尖閣諸島事件での中国の高飛車な対外

行動を周辺諸国をはじめ国際社会はどう見ただろ

うか。通商制限や友好事業の関係者拘束が、事

実上の外交圧力になったありさまをどう受け止め
今後の外交や経済政策に反映させるだろう。作用

反作用は力学の大原理だ

▲おりしもノルウェーでは、中国で服役中の民主活

動家にノーベル平和賞が授与されぬよう中国が賞

の関係者に圧力をかけていたと報じられた。外交

関係の悪化をほのめかしての横車だが、結果は

国際社会の目を改めて中国の人権問題に注がせる

反作用を招いただけだ

▲今やグローバルな大国となった中国が、むき出

しの力による権益追求を超える「国益」の再定義が

できるかどうか。諸国民はじっと見つめている。後

世の外交史家も筆のふるいどころとなる一章だ。 

「余録」

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

☆「孫子の兵法三十六計」に思いを馳せる。

趁火打劫=ちんかだきょう(火につけこんで・おし

こみをはたらく)敵を苦境に追い込んだときには

嵩にかかって攻めたて、一気に決着をつけなけれ

ばならない。これは、強者が勢いに乗じて弱敵を

打ち負かす策略である。

▼「趁火打劫」とは、もともと人の弱みにつけこん

で押し込み強盗を働く、つまり、火事場泥棒の意味

である。相手の弱みに付け込み嵩にかかって攻め

たてること。それがこの策略のポイントと言えよう。

相手が内部の団結も固く、外からの侵略に対して

も一致団結して事にあたる態勢がととなっていれば

これを攻めたとしても簡単には成功しない。

逆に、相手が派閥争いに明けくれていたり、国民

が生活不安にさらされていたり、あるいはまた外部

からの圧力に苦しんでいるときは、こちらにとっては

またとない進攻のチャンスだ。

▼そんなときは、躊躇なく進攻して息の根をとめて

しまう。これが、「趁火打劫」の策略だ。では、相手

に乗ずる隙が見出せない場合は、どうするか。二つ

の対応策が考えられる。一つは、相手が弱点をさら

け出すまで、じっくりと待つ。もう一つは、こちらから

積極的に交錯して、相手が弱点をさらけ出すように

しむけるのである。

☆珍念の「傍目八目」の思考で鑑み一連の問題も

「孫子」の教えを実践した中国と平和呆けと・行き

当たりばったりの国。では、誰が考えても・あ・・

言わぬが花です。 ヤレヤレ ┐(´(エ)`)┌クマッタネ

木で鼻をくくる

 A11 珍念のひとりごと

木で鼻をくくる=相談事や話しかけに対して冷淡に応ずること。

不愛想に振る舞うこと。隣国の応対がまさにそうです。

▼ 晩年のカントは、友人を招き、会食・歓談することが常であった。
語らいは厳格な道徳哲学を説く高名な学者とは思ぬような、快活
陽気でウイットに富むものであったという

 ▼カントは、歓談における注意事項を細かく書き記している。
誰もが会話に加われる話題を選ぶこと。必要もないのに話を」変えない。
相手を意固地にさせる雰囲気には陥らないように。お互い尊敬と敬意を
忘れまい。そして、笑いのうちにお開きとすること。気持ちのいい大笑い
は、胃の消化にもいい・・・等々

 ▼「真のヒューマニズムと最も調和するように思われる安楽は、善良な
(それと、できればそのつど違った顔触れの)交際仲間による美味しい
食事の集い」(「実用的見地における人間学」渋谷治美訳)とまでカント
は語る。適正な人数は4~10人とも。顔の見える規模である。

 ▼「小会合を大切に」「言葉遣いを大切に」「その人の立場を大切に」
等・・・広布のリーダーが銘記すべき心得である。(新・人間革命)より
カントの洞察も、ここにすべて含まれよう。

 ▼小規模な集いの中にこそ、未来への真の活力は育まれ、鍛えられる。
さわやかな秋の風に包まれて、さあ共々に、納得と和気と信頼の前進を。
コラム「名字の言」(雄)引用

 ▼どこかの国の、指導者にカントの哲学を学ばせたいです。。
お人よしの、変人・{珍念}も 学んでいます。でも(猫に小判)です。

 ▼ 閑話休題 ガンジーに思いを馳せる

 ▼世界の不幸や誤解の四分の三は、敵の懐に入り、彼らの立場を
理解したら消え去るであろう。

 ▼束縛があるからこそ私は飛べるのだ、悲しみがあるからこそ
高く舞い上がれるのだ、逆境があるからこそ私は走れるのだ
涙があるからこそ私は前に進めるのだ世界に変革を求めるなら
自分自身を変えることだ。

 ▼あなたの夢は何か、あなたの目的とするものは何か、
それさえしっかり持っているならば、必ずや道は開かれる
だろう。

 ▼真理の神に対する忠誠は、他のすべての忠誠にまさる

 ▼我々の信念は、常に燃え続ける灯火でなければならない。
それは我らに光明を与えるだけでなく、周囲をも照らすのだ

 ▼人間性への信頼を失ってはならない。人間性とは大海のよう
なものである。ほんの他人に変わって欲しければ、自ら率先して
変化の原動力となるべきだ。

『七つの社会的大罪』ーマハトマ・ガンジーの名言です。

一、原則なき政治 二、道徳なき商業  三、労働なき富
四、人格なき教育 五、人間性なき科学 六、良心なき快楽
七、犠牲なき信仰

▼あ・つぃ! 今日も{珍念}のおしゃべりは絶好調です。

      ( ^ω^)おっおっおっ

その場かぎりの男たち

  A11 珍念のひとりごと

 1891(明治24)年、来日中のロシアの皇太子が、大津で
警備中の巡査、津田三蔵に切りつけられて負傷した。その夜、京都の
ホテルの一室に、松方正義首相ら、5人の大臣が集まり、元老、
伊藤博文も駆けつける。

 ▼皇太子が治療を受けている隣室には、日本人は誰も入れて
もらえない。ロシアから、戦争を仕掛けられる恐怖におびえながら
皇太子に機嫌を直してもらおうと、一同必死で知恵を絞る。

 ▼「賠償金で勘弁してもらおう」「われわれがコサックダンスを
踊ったら喜んでもらえるかも」「犯人の津田を死刑にできないか」
「いっそ暗殺した方がいい」思いつきの策をめぐらすうちに、事態
はますます悪化していく。

 ▼劇作家、三谷幸喜さんの『その場しのぎの男たち』は「大津事件」
をモデルにした抱腹絶倒のコメディーだ。もっとも、きのうDVDで
見直すと、背筋が寒くなった。尖閣諸島周辺での中国漁船衝突事件を
めぐる日本政府の対応を、そのまま再現しているように思えるからだ。

 ▼どうやら菅政権は、那覇地検に責任を負わせて中国人船長を釈放
すれば、中国側が軟化すると、勝手に思いこんでいたようだ。中国が
その場しのぎの日本の対応を見逃すわけがない。案の定、ますます
居丈高になって、謝罪と賠償まで要求してきた。河北省で拘束されて
いる日本人4人の、釈放のめども立っていない。

 ▼大津事件で津田には無期判決が下った。死刑を望んだ政府の圧力
に抗し、大審院長、児島惟謙が「司法の独立」を守った、と歴史の
教科書にある。一方、今回の中国漁船衝突事件は、平成の「その場しの
ぎの男たち」が中国に屈した、最悪の外交の事例として、紹介される
ことだろう。  コラム「産経妙」引用

 ▼う~ん いっも「ちゃらんぽらん」でその場しのぎの(珍念)
身に積まされます・・恥ずかしいです。このコラム言いえて妙です!
それにしても、「その場しのぎの男たち」の恥さらし!江戸時代なら
ウムを言わさず・・即刻・磔付け獄門に晒されていたでしょう。

市川房江さんが泉下で嘆いていられるでしょう・ホンマに「とんちん官」
です。語るのも嘆かわしいです。 ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

曖昧模糊(あいまいもこ)の国

 A11_2 珍念のひとりごと

 表情は、実にうれしそうな、ニコニコ顔。だが、口から出るのは
「なんだ、この野郎!」といった怒りの言葉…。俳優の竹中直人さん
が若いころよくやっていた「笑いながら怒る人」のギャグである

▼これは極端にしても、どうにも本心が分かりにくい交際の相手と
いうのはあるものだ。それは、国のつきあいでも同じ。表情にも
言葉にも惑わされず、相手の本当の“腹”を読めなくては外交上手
とはいえないだろう

▼尖閣諸島沖で海保の船に体当たりした中国船の船長が逮捕された
事件の経緯を見る限り、日本外交にそれができていた感じは全然ない
終始、相手の強い言葉や表情にうろたえ“腹”を読めぬまま右往
左往した印象である

▼結局、中国の圧力にたまらず腰砕けになった形で、突然、船長
釈放とあいなったが、その“譲歩”にさえ、中国政府には「謝罪や賠償」
を言い出される始末。いうなれば日本外交は名を捨て、早期収拾の実も
とれていない状態だ

▼それにしても、いくら一方的に領有を主張している場所で起きた事件
とはいえ、中国の一連の反応は不可解だ。ついこの間までのニコニコ顔
がただこの一件で、官民そろって一気に怒りの形相に変わる様(さま)
に恐怖に近い感じを覚えたのは、ひとり日本国民だけではあるまい

▼確かに、わが国は面目を失した。だが、中国も劣らず大きなもの
を失った気がする。(中日新聞 コラム「春秋」)引用

▼う~ん 余りにも。お粗末な対応で、開いた口が閉じませんです。
何のために、誰のために国会議員がいるのかなぁ。それにしても政府の
対応が余りにもお粗末でした。そういう議員を選んだ人もですが!
あ・・余り興奮すると血圧が上がるぅう。\(*`∧´)/

牙を剥いた国と平和呆けの国

  A11   珍念のひとりごと

 平成生まれのみなさんへ。長かったいくさが終わって、中国が
ぼくたちの「ともだち」だった時期がほんのひとときあったんです。
つきあい始めたころには、白黒の珍獣を友情の印に贈ってくれ
上野動物園には長蛇の列ができました。

 ▼こんな愛くるしい動物のいる国はきっと、やさしい人たちが
住んでいるんだろうな、とぼくたちは信じました。もちろん
いくさで死んだ兵隊さんを祭った神社に偉い人が参っても文句
ひとついいませんでした。

 ▼しばらくして、「ともだち」は、神社へのお参りに難癖をつけ
ぼくたちが持っている島を「オレのものだ」と言い出しました。
びっくりしましたが、トウ小平というおじさんが「次の世代は我々
よりもっと知恵があるだろう」と言ってくれました。

 ▼でも小平おじさんは、本当は怖い人だったんです。
「自由が欲しい」と広場に座り込んでいた若者たちが目障りになり
兵隊さんに鉄砲を撃たせ多くの人を殺してしまいました。みんなは
びっくりして「こんな野蛮人とはつきあえない」と村八分にしました。

 ▼それでもぼくたちは、みんなに「こいつは本当はいい奴(やつ)
なんだよ」と口をきいてあげ、貧しかった彼には、いっぱいお金を
あげたり、貸してあげたりしました。おかげで「ともだち」は、みる
みるお金持ちになりました。

 ▼そのお金で「ともだち」は軍艦や戦闘機をいっぱい買い
今度はもっと大きな声で「この島はオレのものだ」と叫びました。
「次の世代の知恵」とは腕ずくで島を奪うことだったんです。
パンダにだまされたぼくたちは浅はかでした。「次の世代」のみな
さんはもっともっと力をつけて真の友人をつくってください。
お願いします。(産経妙)
 
 ▼この「コラム」に、座布団10枚・いや100枚差し上げます。
天晴です。平和呆けした、お人よしのお坊ちゃんに「頂門の一針」
を問うた名文です。ああ・・泉下の為政者は今の状況に血涙を流して
いることでしょう。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

 ☆閑話休題 歴史の教訓を学ばなければ、「歴史は繰り返す」!

▼その教訓とは何か。 内村鑑三は言った。

「国が滅びるとは、その山が崩れるとか、その河が干上がるとか
その土地が落ち込むとかいうことではない」「国は土地でもなければ
また官職でもない国はその国民の精神である」「国民の精神の失せた
時に、その国はすでに亡びたのである。

 ▼民に相愛の心なく、人々互いに相猜疑(妬んだり恨んだり)
し同胞の成功を見て怒りその失敗と堕落とを聞いて喜び、我一人の
幸福をのみ意うて他人の安否を顧みず、富者は貧者を救わんとせず
官吏と商人とは相結託してつみなき援助なき農夫職工らの膏を絞る
に至っては。かくの如き国民はすでに亡国の民であって、ただ僅かに
国家の形骸を存しているまでである」「すでに精神的に亡びた国が
終には、その形骸までも失うに至るのは自然の勢いである」
(明治34年(1901年)「既に亡国の民たり」と。

 ▼ゆえに内村は、精神革命しかないと叫んだ。宗教革命しか日本
を救う道はないと 社会を蘇生させるには、国民の精神を蘇生させる
しかない。社会を興隆させるには、国民の精神性を興隆させることが
根本である。と 恩師は語った!

 ▼ここ、10数年連続、先進国で自殺者が3万人を超えている国
日本、その国の舵を託された船長が荒れ狂う大海原で右にいったり
左にいったり根なし草のようです。巷では、凶悪で凄惨な殺人事件が
頻発している。道を歩いても、いつ殺されるか分からない恐怖におび
える日々。失業者も増えています。生活保護を受ける人も多くなつて
いる。益々貧富の差が増える傾向が出ている。隣国の独裁者はぶっそ
うな兵器を弄んでいる。迷惑このうえない。今の日本は閉塞感が漂い
不気味です。

 ▼今の政権に危うさを感じています。衆議院を即解散して国民に信
を問うべきだと思う。 問うて曰く自分たちが野党の時、総理が変わ
ったら信を問うべきだと、言っていたのを最早お忘れではないでしょ
うね。恥を知りなさい。嘘つきは泥棒の始まりと 言われています。
ああ・・それにしても 封建時代の武士は恥を知り自分自身の発言に
責任を取っていました。恥をしり切腹をしていました。
ん・・恥をかくことが命より大事なことを知らない世代なのかなぁ?
「馬耳東風」の世相に蛇足でした。 消えます。(´ρ`)ぽか~ん

「悲惨とは、あれやこれやが、欠けていることではない。

それは希望が存在しないことである」 (クロード・モルガン

 

恥知らずの愚人 (@_@)

  A11 珍念のひとりごと

 今から35年前の昭和50年8月4日、マレーシア・クアラルンプール
にある米国領事館などを「日本赤軍」を名乗るグループが乗っ取った。
彼らは人質を盾に、拘置中の日本赤軍のメンバーらの釈放を要求する。
クアラルンプール事件である。

 ▼むろん日本の法に照らせば応じられる話ではない。
だが三木武夫首相は訪米中で、翌日には当の米国との首脳会談が予定され
ていた。指揮を任された福田赳夫副総理は「人命尊重」を理由にその日の
うちに5人の釈放を決定、クアラルンプールに「脱出」させた。

 ▼「超法規的措置」と説明されたが、検察当局や警察、国民はとうてい
納得しなかった。案ずるかな2年後のダッカ事件でも、過激派3人が
「超法規的」に釈放される。日本は世界から「テロ組織を増長させている」
との批判を浴び、後々まで禍根を残した。

 ▼沖縄・尖閣諸島付近での中国漁船の領海侵犯事件で、那覇地検が船長の
釈放を決めた。処分保留である。地検側はその理由を「計画性がなかった」
とする一方、「わが国民への影響や、今後の日中関係を考慮した」と述べた。
だがこれは極めて妙な話だ。

 ▼検察はあくまで違法性があるかどうか、またはその軽重を考慮して処分
を決めればいい。外交問題への配慮など聞いたことがない。それだけにこう
した発言は、処置が政府の決定による一種の「超法規的措置」であることを
雄弁に物語っている、と思わざるをえない。

 ▼仙谷官房長官がいかに「那覇地検の判断」ととぼけて見せようとも中国
側の圧力にあっさり屈したことは国民の目には明らかだ。クアラルンプール
事件の何倍もの禍根を残す。領土も守れないような政権は即刻、退陣を願
いたい。コラム「産経妙」引用

▼以前・石原東京都知事が今回の悪質な中国の姿勢に「まるで悪質な暴力団
のようだ」と喝破しておられた。珍念 相手の中国より、今の日本政府」の
腰ぬけの対応に呆れ果てて、語るのも汚らわしいです。案の定、足元を見透か
され違法操業をごまかし、日本に謝罪と慰謝料を請求すると・・ナヌ(・_・)エッ....?

▼ この際いっそ、中国の属国になるのかなぁ 為政者は腹をくくり、国交
断絶を視野に言い負けないようにするのが宜しかろうかと、思いますが!
なまじ安い中国の製品を買わなくても自国でそれ相応の人件費をかけて高
くても 買いますが!話し合いでこの場は収まっても だんだんとヒステ
リックに騒ぎまた 同じことをしてきます。泉下の為政者が号泣しています。
真面な為政者がいないのを!政権争いをしてる暇はないはずですが!
大事な哲学をお持ちでないようです。

▼閑話休題 「前車の覆るは後車の戒め」を教訓にしなければ同じ轍をふむ!
愚か者の「珍念」具に愚考しますと、中国の高圧的な脅しに負けた最大の
原因は「大将度を失うは・必ず亡ぶるに近し」=大将が動揺してしまうと
それが部下にも伝染しパニックを起こす。これでは負けたも同然である。

▼漫画の巨匠 手塚治虫 の「モンモン山が泣いてるよ」 より

自然というものを「思い出」としてさえ持っていない子どもたちに、他人の
痛みや生命の大切さを説くのは、ひどくむずかしいのではないでしょうか

 
▼人は森を切り開き、そこに都市を築いてきました。
それが文明の進歩でした。
神話では空へと高く伸びて行くバベルの塔ですがその塔が空へではなく
地平線へと向けて、横へ横へと拡大していったのがいまのこの世界です。
が結局は崩れ落ちたのと同じように、いまバベルの塔のこの世界もこれ
以上の拡張が出来ないところまで来ています。このまま森を消し去り
続けたら、地球という星そのもののバランスが崩れてしまう。いや
もう崩れはじめている。この星の断末魔の悲鳴があなたの耳には聞こえて
いますか?

▼池田名誉会長は「名もない人達の中で、心を打たれたといわれる

 人生を私は生きたい」と 愚か者の珍念も、そのように 生きます。

 

西南戦争に思いを馳せる!

   A11 珍念のひとりごと

 明治10年9月24日、日本では最後にして最大の内戦・西南戦争
が終わった西日本新聞社の社史にも西南戦争は出てくる。戦況を伝える
ために同年3月に創刊された筑紫新聞が前身だからだ

▼西郷隆盛を擁立して九州各地で政府軍と戦った薩摩軍のなかには桐野
利秋、村田新八、別府晋介らの名があった。桐野を主人公にした映画が
製作され鹿児島、熊本、福岡で先行上映されている

▼タイトルは「半次郎」。桐野の旧名は中村半次郎だった。後世の人は
「人斬(き)り半次郎」と呼ぶ。幕末に実際に人を斬ったのは1人だけで
それも正当な理由があってのことという。剣の達人であったがゆえに妖
(あや)しく語り伝えられたのか

▼「豪放磊落(らいらく)で清廉潔白、情も深くて誰からも慕われる。
調べれば調べるほど魅力的な人物です」。そう話すのは鹿児島県出身の
俳優、榎木孝明さん。先日の本紙に対談が載った。映画の企画者であり
主役も務めている

▼榎木さんは故郷に伝わる古流剣術の使い手でもある。半次郎のイメージ
を変えたい、と十数年前から思ってきた。インタビュー記事の一部を要約
して再録する。「今の世の中、無機質で、人間の深さが抜け落ちている。
半次郎を通して『人間力』を感じてもらえれば」

▼半次郎こと元陸軍少将桐野利秋は、西郷の腹心として薩摩軍を事実上
指揮し133年前のきょう、西郷とともに鹿児島・城山で最期を遂げた。
39歳の生涯だった。  西日本新聞 コラム{春秋}引用

☆不肖・珍念。主義・主張のため、西南戦争で命を懸けて戦い、亡くなられ
た方たちの無念の思いに胸が痛みます。
「今の世の中、無機質で、人間の深さが抜け落ちている。半次郎を通して
『人間力』を感じてもらえれば」と

(ー_ー)!! 泉下の武士(もののふ)に恥じています。
「ゴマメの歯ぎしり」
です。今宵は一段とご冥福を祈らせて頂きます。 
こっそり退散します (^_^;)

 

「平成の諸葛孔明」

A11_2 珍念のひとりごと

 名探偵「ブラウン神父」のシリーズは味わいが深い。宗教者らしく
神父は謎解きの合間に含蓄のある言葉を吐く。「人間というものは、
善良さの水準を保つことはできるが、悪の水準を一定に保つことは
できない悪の道はただ下る一方だ」。そう言って大泥棒をさとす

▼大泥棒も人間なら、検察官も人間だった。あらかじめ描いた事件
の構図に沿って自白を迫る。ときには調書も作文する。かねて指摘
されてきた特捜検察の「悪」、でなければ「暗部」の水準が落ちる
べくして落ちた。それが今回の押収資料改ざん事件だろう

▼前代未聞の不祥事を生んだのは、厚労省の元局長、村木厚子さん
が被告になった郵便不正事件である。明快な無罪判決のあと、
〈特捜が特高になる恐ろしさ〉と川柳欄に載った。だが、さすがの
作者も、ここまでの怖さは想定外だったろう

▼たとえば、否認している容疑者の毛髪を1本拾って犯行現場に置
いてくる。やや極端なたとえだが、今回の件はそんな荒っぽさにも
通じる。権力は私たちに、どんな濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)も着せるこ
とができる

▼改ざんで逮捕された主任検事は特捜の敏腕だった。所属する大阪
地検の幹部らは不正の疑いを把握していたようだ。禍々(まがまが)
しい花は、組織に深く根を張って咲いたと見るのが自然だろう

▼ブラウン神父に戻れば、その説教に感じた大泥棒は、盗んだダイヤ
を神父の足元に返して改心を誓う。検察も「秋霜烈日」のバッジを
返上したつもりで背水の出直しを図るしかない。大泥棒は立派に更生
するのだが、検察はどうなる。コラム 「天声人語」引用

この「コラム」天晴です。座布団10枚差し上げます (#^.^#)
さっそく「ブラウン神父」のシリーズを見てみたいです。それに
「気違いに刃物」を与えたように、おどろ、悍ましい出来事をでっち
上げるその才覚を憂うのは珍念の杞憂でしょうか。まさに
「才能ある畜生です」呆れ果てて、言葉がでませんです。

◆ 閑話休題 「平成の諸葛孔明」

昨夜、ある,セミナーで満員の聴衆を虜にした方のお話です。
もとより文才のない珍念ですが、有りのまま語ります・有名な
「三国志」の中で蜀の名軍師「諸葛孔明」がいましたが、それに勝ると
も劣らずとも遜色のない稀有の人が昨夜スピーチされたのです。
名前は差し障りがあるのでちょいと!戦国時代の名将・武田信玄の
名参謀と同じ苗字の人です。

◆先の参議院比例区で、186名中・第1位で驚異の得票を叩き出した
名将です。ああ惜しむらくは・・筆者の幼稚な筆致では書き表す
すべがないんです・・一言居士の「珍念」これほど聴衆の心の襞に入り
込み希望と無限の勇気を鼓舞する方はそうざらにはいないようです。

◆どれほど悩み苦しんだか 愚か者の珍念・・よく理解できます。それに
珍念の心の想いと不思議に話される内容が符号していて驚きました
細やかな庶民の思いをるる語っていられた。

◆珍念もお話をさせて頂いていますが、この方の万分の一ぐらいしか
できませんそれに たびたび お会いしたおり「よう お久しぶり」
と気さくに声をかけられて挨拶を交わされています。少しも偉ぶらず
愛嬌のある笑顔が輝いています。古の孫子・も及ばない
「平成の諸葛孔明」と褒めても褒めすぎではないと思います。
不肖・珍念も 肖りたいです。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「菜根譚」に思いを馳せる

  A11_2 珍念のひとりごと

データ改ざんで検事逮捕

 ギリシャ神話のディケーはゼウスと法の女神テミスとの間に
生まれた正義の女神である。その宿敵こそ、ギリシャ世界で最大の
悪徳ヒュブリス-傲慢(ごうまん)や思い上がりだった。イソップ
物語では、やはり女神として登場するヒュブリスである

▲ヒュブリスに魅入られた人間は自分の力を過信して、他人を傷つ
けて恥じず、神々を軽んじる。最後は人を運命と争わせ、悲劇を引
き起こすのがこの神の手口である。時には正義の神につかえる人の
心にすらいつの間にか過信やおごりを宿らせ、不正へと導いていく

▲先日、村木厚子厚生労働省元局長に無罪判決が出た郵便不正事件だ。
その捜査を指揮した大阪地検の主任検事が証拠として押収したフロッ
ピーディスクのデータを書き換えていた疑惑が浮上した。事実なら
検察への国民の信頼を一挙に突き崩す犯罪にほかならない

▲聞けば、改ざんは検察が描いた事件の構図と矛盾するデータについて
その食い違いがなくなるように行われていた。まるで自分の想像に、現実
の方を合わせようという神を恐れぬ所業である。自分はいったい何者なのか
それすらも見えなくする思い上がりの怖さだ

▲最高検察庁は直ちに当の検事を逮捕、捜査に乗り出した。気がかりなのは
上司や同僚は改ざんを知らなかったのか、知っていて公判を進めたのではない
かという疑念ださらにはヒュブリスが検察組織そのものをむしばんでいないか
視野を広げての検証も必要だ

▲「検察は社会にとって大事な組織です」。
ほかならない、村木元局長の言葉である。根本から揺らいだ信頼は、それこ
そ根本から立て直さねばならない。{余録}=引用

▲う~ん (@_@) 珍念、思わず腕を組んで天を仰いでいます。
世にも恐ろしいのは、権力の魔性に翻弄されている人が、陥りやすい本質かも
しれません。ヒュブリスに魅入られた人間は自分の力を過信して、他人を傷つ
けて恥じず神々を軽んじる。最後は人を運命と争わせ、悲劇を引き起こすのが
この神の手口である。時には正義の神につかえる人の心にすらいつの間にか
過信やおごりを宿らせ、不正へと導いていく。自分はいったい何者なのか!
それすらも見えなくする思い上がりの怖さだ。

閑話休題 「采根譚」は、中国・明の時代の有名な箴言集である。


その中に「我貴くして人これを俸ずるは、この莪冠大帯(高位高官の
つける高い冠と大きな帯)を奉ずるなり。
我賤しくして人これを侮るは此の布衣草履(庶民の着る粗末な衣服と
ワラの靴)を侮るなり。然らば則ち、もと我を奉ずるにあらず。
我なんぞ喜びを為さん。もと我を侮るにあらず、我なんぞ怒りを為さん」

▼すなわち「私の役職が高く、人々が尊敬するのは、私の身につけた
高い冠や、大きな帯などの服装を尊敬しているのである。

▼ 私の地位が低くて、人々が軽く見るのは、私の身につけた粗末な服と
靴を軽侮するのである。 そうだとしたら、人々はもともと私自身を尊敬
するのではないのだから、どうして喜んでいられようか。いい気になる
ことは出来ない。
また、もともと私自身を軽侮するのではないのだから、どうして怒る
ことがあろうか。腹を立てる必要はない」との意味である。

▼ 多くの人々は、まずその人の「立場」を見る。その役職や制服、
バッジ等に向かって頭を下げる。また、何の立場もない人に対しては
その外見のみで軽く見がちである。そうした世間の評価は「人間」そのも
のへの正しい評価とは違う。「立場」と、裸の「人間自身」の偉さとは
必ずしも一致しない。別問題である。 

▼にもかかわらず、何か立場を得ると、それだけで自分が偉くなったような
錯覚を持つ。人々が大事にしてくれるのを、自分の力のように思い慢心する。
それではあまりに、情けない・・。しかも、そうした人間が多すぎるのが
現実である。反対に、自分は地位等がないからといって卑屈になったり、世間
の変転する{目}に一喜一憂するのも愚かである。いずれにせよ、自己の「立場」
と「自分自身」を混同する人間・その人にはもはや真の成長はない。のみならず
「人間」に焦点を定めきれない弱さは他人の評価も誤る。

▼組織が大きくなればなるほど、その人の「立場」を見る。その役職や制服、
バッジ等に向かって頭を下げる。また、何の立場もない人に対しては、その
外見のみで軽く見がちである。そうした世間の評価は「人間」そのものへの
正しい評価とは違う。

▼これは、とくに信仰に携わる(そうでない人)も、心していかなければなら
ない。大事なことです。愚か者の(珍念)反省しています。あ・・またまた
おしゃべりが過ぎました。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

膿んだら潰せ!

    A11_2 珍念のひとりごと

膿んだら潰せ=問題が起きたら、思い切って禍のもとを断つと

解決が早いたとえ。

▼ 英国の外交官、H・ニコルソンが記した外交論の古典によると
外交には「慎重な、控えめな陳述を意味するため」に用いられる
用語がある。相手を怒らせたり無礼になることもなく、互いに辛辣
(しんらつ)なことを言える表現の仕方だ(「外交」東京大学出版会)

▲尖閣諸島沖の海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突事件は中国
では巡視船が漁船にぶつかったと報道されているという。加えて
日本の駐中国大使が休日の未明に異例の呼び出しを受けたり、ガス
田開発の条約締結交渉の延期が突然発表されたりもした

▲それでも日本側はこれまで「遺憾」の表明でとどめてきた。
刺激的な表現は避け、中国側に非を認めさせようという意図からの
ようだ。ニコルソンが言う慎重で控えめな外交用語ということだろう

▲辞書によれば、「遺憾」とは思い通りにいかず心残りなことを表す。
使い方によって相手の期待にそむいた時の釈明にもなるし、逆に相手
を軽く非難する意味にもなる。この言葉のもつあいまいさのためか、
日本側の真意が先方には一向に通じていないようなのは残念である

▲先週予定されていた議会交流のための要人訪日を突然延期した
中国側は、今度は閣僚級以上の交流や航空交渉へ向けた接触の停止を
決めた。日本側の「独断専行」を非難しているが、すべてを一方的に
通告してくる方こそ独断専行と映る

▲ガス田の共同開発で合意した2年前、中国側は「東シナ海を平和
協力、友好の海にするという共通認識に基づいた措置」との談話を
発表した。今回の事態で日中の戦略的互恵関係が損なわれるなら、
それこそ「遺憾」では済まされない損失になる。「余録」引用

▼う~ん なんと 中国の大人げない、横柄な態度には、善人の珍念も
ちょいと、怒っています。だから「共産主義思想」は可笑しいと言われる
所以ですが! 法律を基準にして粛々とこの問題を捉えている日本の対応
は立派です・・一応中国も卑しくも国連で常任理事国の責任ある地位に
いるんだから、頭を冷やして貰いたいです。

▼不肖。「珍念」中国はわが国の文化。大恩の国です・・シルクロードを
えて韓半島を経由して法華経や漢字など・・数限りない文化を伝えてくれ
ました。庶民の方たちは大好きです。どうしても 内政問題のはけ口を
日本に向けているように思えてなりません。残念です。

▼ 閑話休題 {史記}の中にこう書いてあります!

(桃李もの言わざれども・下自ずから徑をなす)=桃やスモモは何も言わ
ないが、花や実につられ多くの人が集まって、木の下には自然に小道が
できる。人望がある人のところへは、自然と人が寄ってくるという譬え。

膨大な軍事予算で周辺国に脅威を与える愚かさを先人は、きっと嘆いて
いられるのではないかなぁ!
あれれ・・つぃ調子に乗って大口を叩きました・・あの方から叱られる・・
こっそり 退散します。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「おむすび。おにぎり」( ^^) _旦~~

    A11 珍念のひとりごと

 米どころに住む知人から、新米のこしひかりが送られてきた。
早速炊きたてのごはんを塩むすびにして、かぶりつく。黄金色の
稲穂が、秋風にゆれる光景が目に浮かんだ。日本人に生まれた幸せ
をかみしめる。

 ▼昭和23年創刊の雑誌「暮しの手帖」に掲載された初期の
エッセーから、女優の檀ふみさんが、昭和の食にまつわる名作を
選んだのが、『バナナは皮を食う』だ。43人の著者のなかで実に
6人が、おむすびやおにぎりの思い出をつづっている。

 ▼あらゆるごちそうを押しのけて存在感を示すのは、母親の
記憶と重なるからだろう。たとえば吉川英治は、「母親の掌で無造作
に握られた飯粒の微妙な握り加減の巧みさ」を語ってやまない。

 ▼一方で幸田文は、戦争中に新聞紙に包まれて、活字の跡がしみた
おにぎりのことを書いている。超満員の列車で、同行した出版社の
青年は、「印刷おにぎり」を眺めて、「『無条件か、--』と、わん
ぐり食いついた」という。逆境のときに、なにくそ、との思いで口に
するのにふさわしい食べ物でもあるようだ。

 ▼母親の手で握られるより、コンビニで買うのが普通になった平成の
時代でも、その役割は変わらない。両親と引き離され、魔女の支配する
風呂屋でこきつかわれる少女、千尋(ちひろ)が、おにぎりを泣きながら
食べる。宮崎駿監督のアニメ映画『千と千尋の神隠し』のなかで印象に
残る場面だった。

 ▼今夏の猛暑が稲の発育に与えたダメージは小さくない。それに加えて
長引く不況とデフレによって、コメの価格が下がり、多くの農家が頭を
抱えているという。いや、日本全体が二進(にっち)も三進(さっち)
もいかなくなっている今こそ、おむすびやおにぎりをじっくり味わいたい。
コラム「産経妙」引用

 ▼(@_@;) ふぅう・・「珍念」今日は、独りで里山に行き、おむすび
や、おにぎりを食べて、煩悩に覆われた心を反省してきます。
飽食の世の中で、大切なものを見失ったようです。あ・・余り考えると
髪の毛が抜けるううぅ。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

不思議な人間の心

   A11 珍念のひとりごと

人間の心には、一日の中で数多くの思いが浮かんでは
消えていく。その数は、八億四千念と仏典で説いている。
縁に触れて瞬間瞬間、揺れ動く一念をどう定めるかで人生
は決まる。

 ▼日本のフレンチをけん引するシェフの井上旭氏。新店を
オーブンするとき、常連客だった銀行の頭取に資金のお願いを
した。「担保は」と聞かれた井上氏は、「私の右腕です」と
答えたという。確かな腕と信頼がなせる業だろう。

 ▼しかし、その道のりは平たんではなかった。「昨日の100%
は今日の80であり、あとの20%は自分で努力して埋めていくしか
ありません」({旨い」仕事論2}永田雅乙著)と井上氏。
一日一日、常に向上心を失わず、前進し続けるところに成長が
ある。新しい自分を築いていくことができる。

 ▼どんな仕事でも、いつの間にか「これくらいでいい」という
慢心の心が表れてしまうものだ。法華経の寿量品に「毎自作是念」
(常に自ら是の念を作す)とある。仏は、いつも衆生を成仏させる
ことを願っているという意味だ。翻って、心にいつも何を抱いて
いるかで、人生は決まるといえよう。コラム(名字の言)引用

 ▼人生は、瞬間瞬間の時間の積み重ねである。自分の一念を
何に定めて生きるのか!その目標に取り組んだ祈りと行動は
新しい自分自身を作るのだ。

 ▼今この瞬間に、過去・現在・未来・が含まれている。現在の自分
自身は過去の一念の反映が表れている。今の瞬間を悔いなく戦い
抜けば、未来に結果が出てきますが!「珍念」深く反省しています。

過去を変えることは、誰にもできない
だが、今をどう生きるかによって、”過去の意味”は、いかようにも
変わってくる。失敗しても、それをバネにして頑張り、目標を達成すれ
ば、過去の失敗は”勝利の1ベージ”と輝く!

人生劇の「脚本家」も(主役」も自分自分が「勝利劇」の(脚本家」
である。そして(主人公」である。

シェークスピア(1564~1616年)は大劇作家らしく、何度も次の意味の
ことを書いている。「人生は舞台だ。人々は皆、おのおのの役を演じている」
 仏法が教えるのは、人生劇の「脚本」を書くのも「演じる」のも、自分
自身だということである「神」とか「偶然」とかの他の何ものかが、脚本を
書くのではない。自分が書いて、自分が「名優」として演ずる。これが
「一念三千」の法理に込められたきわめて積極的な人生哲学である。
自分が作家で、自分が主人公である。 

 ▼大切なことは、素晴らしい劇(ドラマ)を演じるためにはまざまざと
鮮やかに目に浮かぶまで、「脚本」(シナリオ)を頭に叩きこまねばなら
ないということである。心の中でリハーサル(練習)も必要かもしれない。
「勝利劇」の目標(受験や、会社の成績など)紙に書いて何度も何度も心に
しみつくまで繰り返すことが効果的な場会もあろう。

 ▼「心」が変われば「一切」が変わる
心理学のウイリアム・ジェムスは「人間は心のもち方を変える
ことによって、その人生を変えることができる」と
ガンジー「人間は自分が考えた通りの人間になる」と
自分の「心」「一念」が自分の「未来」の「人生」そのものとなる。

 ▼イギリスの随筆家ハズリット人間心理の鋭い観察家でありこう明言した
「勝てると思えば勝てるのだ。自信こそ勝利の要件である」「絶対に勝つ」
という信念が、自分の全能力を引き出し、ふだんは眠っている力まで起こして
実際に「勝つ」ように働かせていくのである。人間の「脳」は「小宇宙」と
呼ばれる一説では、数百億の神経細胞が「脳」にはあるその「組み合わせ」と
なると、文字通り「天文的数字」となる。

 ▼「脳」の可能性は、まだまだ未知の分野である。どれほどの力が秘められ
ているか、わからない。ただ、確かなことがひとつある。それは「自分が信じ、
考えた通りの方向に現実も動いていく」という「信念の力」である。
「本当にできると思えば、必ずできる」という事実である。「勝利の結果」を
ありありと心に描き、イメージし、確信することによって、「脳」が全力を挙
げて、その描いた像を現実にしようと働き始める。そして努力また努力が
「勝利」という結果をもたらす。{池田大作著} 創価のルネサンス 引用

 ▼愚か者の「珍念」まだ一念が定まっていませんです。いっも お金と美人
を・・まだまだ 変な煩悩に心が揺れています・・恥ずかしいのでもう退散
します モジモジ(。_。*)))

「ドーナツを食べる」 (・∀・)イイ! 

   A11 珍念のひとりごと

「楽観主義者はドーナツを見る。悲観主義者はドーナツの穴を見る」…

▲ 「楽観主義者はドーナツを見る。悲観主義者はドーナツの穴を見る」
--同じ光景を前にしても人は違うものを見る。2度の失敗の後は
「三度目の正直」か、「二度あることは三度ある」か。どちらにせよ
3度目は楽観と悲観の決算の時だ

▲1年前のきょう、9月18日の小紙1面トップは前々日に発足した
鳩山由紀夫政権に対する世論調査結果だった。内閣支持率は歴代2位
の77%、大半の人が支持理由にあげたのは政権交代が政治を変える
ことへの期待だった

▲その後の経緯はご存じの通りだ。政治を変える原資のはずの国民の
支持は、ほとんど普天間飛行場移設の迷走と「政治とカネ」問題で
むなしく使い果たされた。代わった菅直人首相も一時は取り戻した
期待を参院選で空費し、民主党代表選による政治空白をもたらした

▲こう話を連ねれば、いくら元手を与えてもすぐに浪費してしまう
道楽息子をもつ親の気分になる方もいよう。しかもわずか1年で2度だ。
ともかくも代表選の副次効果でとりつけた支持率回復を元手に、今度こそ
はそれを空費するわけにいかない菅改造内閣の発足だ

▲何しろ党内に代表選のしこりを抱えての「ねじれ国会」への船出となる。
かじ取りの至難はいうまでもない。ただ2度の失敗にかかわらず政権交代
にかけた国民の期待がなお追い風となっているのは、この国が当面す
難所にあって政治が前に進まないと困るからだ

▲「もういいかげんに、ちゃんと仕事をなさい!」。新内閣の面々には
浪費好きの子に対する叱咤(しった)の声も聞こえよう。楽観主義者も
悲観主義者も、やはり「仏の顔も三度」までが限度と思った方がいい
 コラム「余録」引用

○「仏の顔も三度」=たとえ悟りの開けた仏であっても、三回も顔を撫で
て馬鹿にされれば怒るということから、どんなに穏やかでおとなしい人でも
たびたび馬鹿にされれば腹を立てるということ。

○「珍念」そよ風に靡く芒のように{一度でも不快な目に会えば心が騒
がしくなります}「仏の顔も三度」そのような境涯になりたいです。
「楽観主義者はドーナツを見る。悲観主義者はドーナツの穴を見る」と。
ちなみに(楽観主義者でも悲観主義者)でも有りません。ドーナツを喜んで
食べます・・(^-^)

 閑話休題 『徒然草』に学ぶ!

○ 人は容姿はすぐれているのがいいと思われがちだが、実際には、
話をして不愉快でなく口数が少なく感じのいい人こそ、いつまでも
一緒にいたいと思うような人である。逆に、外見がよくても性格が
悪いことが分かるとがっかりする。家柄や容貌は生まれつきだが
性格の方は努力次第でどうにでもなる。しかし、外見と性格が
よくても教養がないと、醜くて下品な人に簡単に言い負かされて
しまって情け無いことになる。

○富と名声の追求に心を奪われて、休むことなく苦労を重ねて一生を
過ごすのは馬鹿げたことである。富が多いということは、災いも多い
ということである。富はさまざまな災難や面倒を引寄せる。たとえ空
に届くほどの富を築いても、死後にはそれが人々の災いとなる。

○愚か者が見て喜ぶような贅沢品もまた無益なものである。大きな牛車、
よく肥えた馬、宝飾品なども、心ある人が見たら馬鹿げたものに見える
だろう。金は山に捨て、宝石は川底に投げ込むべきだ。富に目がくらむのは、
愚かな人間のすることである。

○不朽の名声を長く後の世にとどめることが理想のように言われている。
しかし、例えば、出世した人や高貴な人は必ずしも優秀な人間とは限らない
のだ。頭が悪くて駄目な人間でも、良い家に生まれて良い人に見出されたら
出世して高給取りになることもある。一方、ずばぬけて優秀な賢人や聖人でも
自分から進んで低い地位にとどまっていたり、不遇のままで一生を終えたり
する人はたくさんいる。ひたすら出世を願ってやまないのも、また愚かな人の
することである。愚か者の「珍念」恥じています! \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「酸いも甘いも嚙み分ける」

   A11 珍念のひとりごと

    酸いも甘いも!(●^o^●)

  麦茶と牛乳、砂糖を混ぜると「コーヒー牛乳」の味になり
ホットミルクに刻んだ、たくあんで、「コーンスープ」に味覚の
“楽しい勘違い”だが、理にかなつた味の{創造}ともいえる

 ▼仕組みは、こうだ。食べ物に含まれる化学物質が唾液と
混ざるなど水に溶け、舌の味細胞にくっつく。そこから発生する
信号が味として脳に伝わる。その時に、たとへば苦味の物質は
違っていても、麦茶とコーヒの苦みは同じものと認識する。
人間の優れた「味覚」と「記憶」が繋がって味が出来あがる。

 ▼経験を積んで分別があることを「酸いも甘いも嚙み分ける」
というが、人は初めて出会う苦境や幸酸も、経験をもとに打開
できる。「あの時も解決できた。今度もこうすればいいはず」と。
経験は蓄積する。実体験だけでなく、書物や他人からも経験を学ぶ
ことで、障害を乗り越える力を養っていくことができる。

 ▼私たちが実践する仏法には、勝利の要諦が説かれている。
日蓮大聖人は「八万四千の法蔵は我が身一人の日記文書なり」と。
あらゆる苦悩を乗り越える方途を説いた経典は、すべて私たちの
生命に納まっているとの仰せである。

 ▼じつに人生を開く力は、「我が身の外」ではなく「内」にある。
  コラム 「名字の言」(申)引用

 ▼あっぱれです・・このコラムに座布団10枚差し上げます。
言いえて妙です・・( ^ω^)おっおっおっ
 
 ▼う~ん・・愚か者の{珍念}いっも「我が身の外(ほか)」に
あると、トンチンカンの恥ずかしい行いをしてたようです。
やはり 大事な肝心要が抜けていました。深く反省しています。

 閑話休題 吉田兼好の『徒然草』より

 ○人の心を迷わすものでは、色欲に勝るものはない。
人の心とは、たわいないものなのである。女の匂いにしても
それは本人の匂いではなく、服に付けた一時的なものだと
分かっていても、いい匂いのする女に出会うと、男は必ず胸が
ときめくものだ。

 ○久米の仙人が洗濯女の白いふくらはぎを見て神通力を失った
という話があるが、実際そういうこともあるかもしれない。
なぜなら、女の素肌のつやつやとふっくらとした美しさこそは
まさにこの色欲を掻き立てるものだからである。(第8段)

 ○髪の美しい女こそ男の目を引きつけると思われているようだが、風情
のある女の魅力は話をする様子で障子越しにも伝わってくるものである。
いや、女というものはただそこにいるだけで何かにつけて男の心を惑
わすものだ。そもそも、女がくつろいで寝ることなく、我が身をかえり
みず、耐え難いことにも耐えるのは、ひとえに愛欲の心があるからである。

 ○実際、愛欲の道はかくも根が深くその源は極めがたい。確かに、
五官と思考力がもたらす数多い欲望はどれも修行によって捨て去ることが
出来る。しかし、その中で愛欲の迷いを捨てることがもっとも難しい。
これは老いも若きも愚者も賢者も同じことである。

 ○そもそも、巨大な象も女の髪で編んだ綱につながれると大人しく
なるといい、秋には女の履いた下駄の木で作った笛の音に必ず鹿が
集まってくるというではないか。男が自ら忌み恐れ遠ざけるべきものは、
まさに女がもたらすこの迷いである。(第9段)

 ☆女性の皆さまへ。やや人権を損なう言葉がありますがお気に
障ったらご容赦下さいませ。 珍念女性を最高に尊重しています。
あ・・減らず口を!嫌われるので消えます。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

[鷸蚌の争い]

  A11 珍念のひとりごと

「仲良くしよう」。血みどろの代表選を終えた民主党内から、
こんな声が上がっている。武者小路実篤(むしゃこうじさねあつ)
が、かぼちゃやじゃがいもの絵に書き添えた有名な言葉を思いだす。
「仲よき事は美くしき哉」。

 ▼実は実篤はこの言葉を、花や果物など、野菜に限らずどんな絵
とでも組み合わせた。今なら民主党関係者に頼まれて、菅直人首相
と小沢一郎氏の似顔絵を描いたかもしれない。

 ▼「仲よし」といえば、新しい言葉のように聞こえる。
実は『枕草子』のなかで、清少納言が藤原行成から、わたしと
あなたは「仲よしなど人々にも言はるる」と話しかけられている。
古くからある日本の美風は、当然互いの信頼関係が前提となる。

 ▼民主党内はどうだろう。「挙党態勢」ひとつとっても、菅、
小沢両陣営の解釈はかけ離れている。小沢陣営にとっては、小沢氏
や側近を実権のあるポストで処遇することを意味する。菅首相を
支えて戦った議員らは、それを容認できるだろうか。

 ▼選挙戦を通じて、消費税や米軍普天間飛行場移設問題など、
政策の違いの大きさもあらわになった。首相が小沢氏に妥協して、
足して2で割るような政策しか打ち出せないとしたら、景気回復を
遅らせ、日米関係にさらなる混乱を招くのは必定だ。代表選の結果を
みれば、いまだに「小沢神話」に縛られているのは国会議員だけだった。
一般党員やサポーターはとっくに目を覚ましている。

 ▼「熟議」や全議員による「412人内閣」などと、首相は言葉の
遊びをしている場合ではない。危機を打開する処方箋(せん)を一日も
早く示し、そのために必要な人材だけを登用してほしい。国民にとって、
党内の「仲よきこと」は必ずしも美しくないのだ。(産経妙)引用

  ▼「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿を決めました。余りにもあ
きれ果てて、{珍念}ぐうの音もでませんです。

 ▼ 閑話休題 鷸蚌の争い(いっぽうのあらそい)を思い出しました。
無益な争いによって共倒れになることのたとえ。
シギ(鷸)がハマグリ(蚌)の肉を食べようとして、ハマグリの貝殻に嘴
(くちばし)を挟まれ、互いに争っているうち、両方とも漁夫に捕らえら
れてしまったという『戦国策』「燕(えん)策」の故事による。
むだな争いは第三者に利益を横取りされ、結局は共倒れになって
しまうことを戒めたことばで、「漁夫の利」はその類句である

 ▼漁夫の利 
 かわせみと蛤が争っていて、両方とも漁夫に取られてしまった
という故事。二人が争っている間に利益を第三者に横取りされる事
また、他人の争いに乗じて利益を収めることなどにたとえる。
う~ん・・この国の行く末が・・あ。髪の毛が抜ける・・ううぅう
   即退散します。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「オデュッセイア」

     A11 珍念のひとりごと

 「ほのゆらぐ夢には二つの門があるのです…

 「ほのゆらぐ夢には二つの門があるのです/象牙で作られた
門と角(つの)で作られた門と/象牙の門から出てくるものは
/ひたすら幻滅と人をあざむくのみ/なめらかな角の門から出
てくる夢は/それを見る人間の望みを現実にかなえます」

▲ホメロスの叙事詩「オデュッセイア」では、逆夢は象牙の門
から、正夢は角でできた門から出てくるという。では民主党
代表選の演説で語られた二つの夢はそれぞれどちらの門をくぐり
抜けたのか。代表選出で、とりあえず続投の夢がかなったのは
菅直人首相だった

▲ともに人種差別のない世界を夢見たキング牧師の歴史的演説
「私には夢がある」を思わせる投票前演説を行った小沢一郎、
菅直人の両候補だった。この演説が勝敗を分かつという声も
あった激しい代表選だけに、両氏が修辞に力を込めたところで
「夢」もかちあった

▲だがふたを開ければ、党員・サポーター票で小沢氏に大差を
つけた菅氏が注目の国会議員票でもせり勝っての代表再任だった。
世論と国会議員とで両候補への支持の「ねじれ」が指摘された
代表選だが、最後は草の根の支持者の声が議員の多くを動かした
ようである

▲「民主主義は頭を数える方が、頭をたたき割るより良いという
原理に立っている」という。菅首相はさっそく「選挙が終われば
ノーサイド」と挙党態勢を強調した。だがその人事がすでに次の
パワーゲームの始まりを意味するのが、スポーツと政治との違う
ところだ

▲この間の代表選騒ぎで政権の支持率回復という政治的ボーナス
も得た菅首相だ。語った夢が象牙の門から出たのでないことを何
としても立証せねばならない。 コラム「余録」引用

▼一言居士の「珍念」コメントは、有りませんです 。(´ρ`)ぽか~ん

 閑話休題 不思議な予言 

2008年06月14日手塚治虫が
『岩手・宮城内陸地震』を予言的中!時間まで正確です。

▼ブラックジャックといえば、手塚治虫の名作漫画ですが
その中で奇妙な偶然な1コマが発見された。そのコマによると
『6月14日午前8時ごろ東北一帯にマグニチュード7.5の地震発生』
と書いてある。確かに14日に地震はあり、しかも時間も正確だ。
コレは凄いとしか言いようが無い。
   
(ブラック・ジャック17巻より)

『6月14日午前8時ごろ東北一帯にマグニチュード7.5の地震発生』
さて、今回起きた地震と照らし合わせてみましょう。
◆<岩手・宮城内陸地震>6人死亡、154人負傷 不明11人(毎日新聞)
14日午前8時43分ごろ、東北地方で強い地震があり、
岩手県奥州市と宮城県栗原市で震度6強マグニチュード(M)は7.2
なんと、時間まで正確に、しかも地震の規模を表すマグニチュード
もかなり近い値を示している。改めて比べてみますと。
手塚治虫日時:6月14日午前8時場所:東北地方規模:M7.5

実際の地震日時:6月14日午前8時場所:東北地方規模:M7.2(推定)

▼手塚治虫が実際に予言したかどうか、それは別としてここまで正確に
ピタリと会うのは偶然だとしても凄い。それ以上に、それを発見した
方々も凄いと筆者も驚いています。

愚か者の{珍念}も予言能力があればなぁと、変な妄想を懐いています。
あ・・閻魔さまから苛められるう! 消えます。  ψ(`∇´)ψ

井戸の底に映る月

    A11 珍念のひとりごと

名月に思いを馳せる。

 記録的な猛暑も過ぎ、夕闇に虫の声が聞こえて来ています。
お月見が楽しみです。今年の中秋の名月は9月22日。です
夜空を見上げながら宇宙のロマンに思いを馳せています。

名月をとつてくれろと泣く子かな 一茶.

「珍念」幼少のころ、母に名月を指差し、あれが欲しいとダダを
捏ねて困らせた思い出が名月を見るたびに思い浮かびます。

 閑話休題 井戸の底に映る月

 ▼ある仏典に月を題材にした次の話がある。
山奥に,500匹の猿がいた。ある日、木の下に井戸があるのを発見。
中をのぞくと月影が浮かんでいた。それを見たボス猿が皆に呼び
掛ける。「月が井戸の中に落ちてしまったようだ。この月を取り
だそう」このボス猿は、(自分が木にぶらさがるので、次の猿は
自分のしっぽにつかまる。こうして次々にぶらさがっていけば、井戸
の底の月を取ることができる)と提案。そのとうりに実行に移したが
木の枝が多くの猿の重さに耐えられずに折れてしまい、猿たちは
井戸の中に落ちてしまった。{摩訶僧祗律}。

 ▼”木の枝に500匹もの猿が次々にぶらさがっていく”という手段も
愚かであるが、そもそも、彼らが取ろうとしている「井戸の底に映る
月」は、空に浮かぶ月の影に過ぎない。

 ▼日蓮大聖人は、この話を引用して「実にも無き水月なれば月とら
れず」と実際には存在していない{月影}を追い求めることの愚かさ
を喝破されている。

 ▼万般にわたって混迷を深める現代社会。この混迷を解決するカギは
根本の目的を再確認することではないだろうか。”何のため”という
本質を忘れ、目の前の課題を表層的に取り繕って事足れりとしても
混迷の解決にはほど遠い。愚かな猿を決して笑えないところに、現代の
病巣の深さがある。

 ▼大事なのは、根本の哲学である。世界の知性は、「本物」を見る。
それゆえに、確固とした哲学を根本に、善なる民衆の連帯を広げている
創価の友に、期待を高めているのである。聖教新聞{之}引用

 ▼愚か者の珍念「月」を欲しがり。掌に水をため 満月を映せば 
月は手の中にある、だが 水は 指の間からこぼれ流れ落ちてしまい
月は直ぐに見えなくなり 何処かへ 行ってしまう。
「確固とした不動の信念を持って 何者にも動かされはしない」
自分の 思うところ やりたいところを 貫いてゆきたい。
未来永劫に 「月」は 遠く 手には入らぬか?
いやいや 案外 「月」は 身近にあるのかもしれない。 (#^.^#)

 ▼変な雑念を無くし根本の哲学を胸に精進します。珍念永遠の課題です
きょうも 減らず口は絶好調です・・ \( ^∇^)/θ☆ わ~い

善人と悪人

  A11 珍念のひとりごと

原作は吉田修一さんが本紙に連載した小説なので、手前みそを
お許しいただく。11日、公開された映画「悪人」を見て、人を善悪
で二分する愚かしさを思った。私たちは善にもなれば悪にもなる

 ▼主人公の土木作業員祐一は女性を殺(あや)めてしまう。
情状はさておき悪であり、被害者にすれば鬼畜にも等しい。
ところが、出会い系サイトで祐一と知り合った店員光代は、悪を
承知で一緒に逃げる道を選ぶ

 ▼ひとまず光代に寄り添ったこちらの「悪人観」だが、結末でまた
揺らいだ。李相日(リ・サンイル)監督は、観客も光代と一緒に
迷えばいいと思ったそうだ。妻夫木聡さんは好青年のカラーを一新する
熱演、平凡な女性を非凡に演じた深津絵里さんは、モントリオールの
映画祭で賞に輝いた

 ▼作中、娘を殺された父親が絞り出す。「今の世の中、大切な人も
おらん人間が多すぎる」。大切な人。父親によれば、その幸せを思う
だけでうれしくなるような人である。一人でもいれば、身勝手に悪を
通せるものではない

 ▼見終わって、短い詩が浮かんだ。〈ルームライトを消す/スタンド
ランプを 消す/そうして/悲しみに灯を入れる〉。杉山平一さんの
「闇」だ。人は時に、孤独の闇に灯をかざし、打ち砕かれた己と向か
い合う。大切な人の出番である

 ▼見境のない殺傷が絶えない。ふとした出会いが止めたであろう悲劇
の数々。「なんでもっと早う光代に会えんかったとやろ」。主人公の
悔いは、多くの「悪人」に通じる思いだろう。人の本性を一字にすれば
善でも悪でもなく、悲か哀となろうか。コラム {天声人語}引用

 ▼人間の心は「コンピューター」のように0か1かと機械的に表せない
複雑で多岐に渡る働きをしています。朝起きて就寝するまで、瞬間・瞬間
縁に触れて、怒ったり・笑ったり・悩んだり・色々な仕草をします。
「珍念」具に考えますと、自分自身は何だろう。と疑問に思うことが
あります。友人のOさんは、面倒見の良い方ですがお酒を飲むと、人格が
凶暴になり大変な騒ぎを起こします。素面では良い人ですが・・?

 ▼その人が、心に一日中・思っていることがその人である。と!
素面の時とお酒の時のOさんは、どちらも心の表れでOさんです。
楽しい「テレビドラマ」を見ると感応して楽しくなります。悲しいドラマ
を見ると悲しくなります。そのように自分を取り巻く縁に左右されますが
縁に左右されない確固たる人格を築くのが肝要ですが、難しいです。

 ▼人の生き方を説いたのが信心ですが(哲学)あ・・つぃ (*^_^*)
 
人生の師匠を持っていられる方は、その師匠と同じような人格になる道が
開かれる可能性がありますが、ともあれ全宇宙を司る森羅万象を根本
とし崇拝している自然の摂理を説かれた哲学を無学の(珍念)学ばせて
戴いています。これ以上の優れた哲学が有れば教えを請いたいです。
ともあれ、人生の荒波を乗り切る羅針盤を探す努力が必要と思います。

 ▼ん・またまた、独り善がりの説法を閻魔さまから叱られる・ううぅ
  急いで退散します。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

自己責任 (^-^; 

  A11_2 珍念のひとりごと

「千両蜜柑(みかん)」という落語がある。
さる大家の番頭が若旦那(だんな)の気まぐれで、真夏に季節
はずれの蜜柑を探すことになる。何とか問屋で1個見つけるが
足元を見られ「千両」とふきかけられる。とんでもない大金
にも大旦那は「息子のためなら安い」とポンと出す。

 ▼念願かなった若旦那は10袋の蜜柑の7袋を食べ、3袋を
番頭に手渡す。番頭はしばし考え、「10袋で千両ならこれで
300両、エエイままよ」と3袋抱えてドロンする。番頭の
勘違いが哀(かな)しくもおかしいが、大金持ちと庶民との金銭
感覚のズレもおもしろい。

 ▼日本振興銀行が破綻(はたん)したのにともない、政府が
ペイオフを発動した。経緯はややこしいが、預金のうち元本1千万円
とその利息を超える分は、基本的に払い戻さないというシステムだ。
何と昭和46年に制度ができて以来、初めての適用なのだそうだ。

 ▼そうなると、1千万円超の預金者が何人いるのか気になるが、
全体の3%強の3560人だという。払い戻しカットの対象は100億円分
に上るらしい。番頭並みの金銭感覚の抄子には驚く数字だが、政府の方は
これでも預金者の生活などへの影響は軽微という判断だったらしい。

 ▼払い戻し停止といっても全額ではないという理由のようだ。
それより考えるべきはペイオフの狙いである。預金者に健全な金融機関
を選んでもらう。銀行などにも、いざとなれば公的資金に頼ればいいと
いう乱脈経営をなくさせることにあるからだ。

 ▼つまりは、預ける側も預かる側もお金を大切にしたいということだろう。
お金を持っている人もそうでない人も同じである。蜜柑1個に千両などと
いうのは、やはり落語の世界のことだけにしなければならない。
コラム「産経妙」引用

 ▼この「コラム」言いえて妙です。 1千万円超の預金者は払い戻し
をカットカットされ悩まれていられるでしょう。ノー天気の珍念は貧乏
ですから、何も心配はありませんですが、でもある意味では羨ましいです。
(語弊があるかもかも知れません。お気に障ったらお許しください)

 ▼【自己責任】(じこせきにん)
1 自分の行動の責任は自分にあること。「投資は―で行うのが原則だ」
2 自己の過失についてのみ責任を負うこと。

2004年4月における、イラクの日本人人質事件の解決以降において噴出して
きたことば。戦場などの危険な場所で行動するときには、自分自身にどの
ような事態が起ころうとも、その責任はすべて本人に帰するということ

自己責任原則(じこせきにんげんそく)は、金融商品取引において損失を
被ったとしても、投資家が自らのリスク判断でその取引を行った限りは
その損失を自ら負担するという原則をいう。投資家の自己責任原責任
は、ある行為が自分の自由意志に基づいて行ったものであるという認識を
意味する。責任と自由は常に同時に存在し、切り離すことは出来ない。
責任の無いところに自由は存在せず、自由の無いところに責任は存在し
ない。 

 ▼う~ん 愚か者の{珍念}ため息がでました。 「自己責任」 (#^.^#)
あ・きょうも 珍念の減らず口は滑らかです。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「密室の6悪人」

   A11 珍念のひとりごと

「密室の6悪人」おどろ、おぞましいタイトルですが、権力を
司る人の邪な心が世にも恐ろしい事件をでっちあげた。

 ▼昔は神慮による判定という名目で恐ろしい裁判があった。
江戸時代初期には容疑者に焼けた鉄片を手にとらせ、大やけど
をすれば有罪という「鉄火起請(きしょう)」が流行する。
ある時、比叡山で黄金の油注ぎが盗まれ、鉄火起請で犯人が処刑された

 ▲ところがその直後、京都で捕まった盗人が処刑の前に比叡山の
盗みも白状した。鉄火の「神慮」はまるであてにならぬと分かったが、
死者は生き返らない。人々はさすがにしらけて、やがて鉄火起請は
行われなくなったという(清水克行著「日本神判史」中公新書)

 ▲まあ合理的精神が行き渡り始めた近世のことだから当然だが、
それでも明らかな冤罪(えんざい)の衝撃は大きかったようだ。
では国民が「巨悪」摘発の鉄火ともたのむ検察の取り調べが、
真実解明にはまるであてにならなかったことを知らされた人々の
しらけは何をもたらすか

 ▲郵便不正事件で虚偽文書を作成したと起訴された厚生労働省の
村木厚子元局長に大阪地裁は無罪を言い渡した。関係者の供述調書
によって検察の描いた事件の構図が「事実とは違う調書に署名を
強要された」などという公判での証言が相次いで雲散霧消したのである

 ▲村木元局長自身も調書に署名を求められ、「私がこんなことを
言いましたか。私と全然人格が違う人の調書です」と抗議した取り調べだ。
奇怪なのは調書作成過程を示すメモを6人の検事が廃棄していたことだ。
こう聞けば捜査の素人でも冤罪の「構図」が頭に浮かぶ

 ▼文字どおりのキャリアウーマンで、逮捕された去年6月、舛添厚労相
は「働く女性にとって希望の星だった」と、コメントしていました。
ひとりの人間が人生をかけて得た輝きを、理不尽に射落としたのである。

 ▲冤罪を起こせば「神慮」もたちまち打ち捨てた先人だ。検察が見事に
立証したのは調書の作成過程の映像や音声記録による「可視化」の必要性
だった。コラム 「余録」引用

 ▼それにしても、奇怪なのは調書作成過程を示すメモを6人の検事が廃棄
した事実に義憤に駆られるのは「珍念」の一人善がりでしょうか。
その6名の検事を逆に取り調べられた方がよろしかろうと愚考します。

 あ・あまり「吠える」と、誰かさんから・レット・カードを、怖いので
口を閉じます。 (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

 

轍鮒の急(てっぷのきゅう)

      A11 珍念のひとりごと

 吉田兼好の「徒然草」の(序段)に述べている有名な言葉があります

 これは、暇にまかせて一日中机の前にいるときに心に浮かんだこと
を適当に書きとめておいたものである。したがって、実にくだらない
馬鹿馬鹿しいものである。

 ▼珍念も全く同じ考えです・・ただ学歴がなく、文才がありません。
あるのは、良からぬ 悪知恵があります。良い知恵は出ないです。
昨日、友人宅を訪問の折・道路から家まで懐かしい未舗装の道が
田園の中にあり昨日の台風で道が泥濘・車がわだちに嵌り苦労しま
した。明け方{わだち}の変な夢を見ました。
 
 ▼閑話休題・・轍鮒の急(てっぷのきゅう)を思いだしました。
轍とは、わだち、つまり車輪の通ったあとにできた溝の事。鮒とは
ふなのこと。「轍鮒の急」とは、わだちに嵌り込んだふなが必死で
水を欲しがるように、緊急に援助を必要とすることをいう。
この言葉は「荘子」の話からきている。

 ▼荘子(紀元前四世紀)は貧乏でした。食うにこまって、ある日
監河候という友人を訪ね、米を借りにいった。監河候はあっさり
ひきうけ「よし、お安い御用だ。そのうち領地から税金が入るから
そのとき君に3百金かそう、それでいいだろう」荘子は思わず血相
をかえた。怒りを堪えて、彼は答えた。

 ▼「きのうこちらへ来る途中、何者かに呼び止められました。
振り返って見ると、車のわだちの中から、ふなが一匹、私を呼んで
いるのです。「やあ、ふなか。どうしたんだね」と尋ねたところ
ふなは。「水が無くて困っています。どうかちょっと水を下さい
ませんか」というのです。で、私は答えてやりましたよ。

 ▼「よし、おやすい御用だ。そのうち南方まで出かけるから、その
とき川の水をここまで引いてきて、お前が脱け出られるようにして
あげよう。それでいいだろう。」と。ふなのやつめ、怒りましたね。
血相かえてこういうのです。

 ▼「自分は今、かた時も欠かせない水がなくて苦しんでいるのです。
少しばかりの水があれば生きられるのですよ。それなのにあなたの
言い草は何ですか。それくらいなら、いっそ私を干物屋につれていく
がいい」と。・・・

 ▼類:「遠水は近火を救わず」(遠くの水が、どんなに多くても
近くの火事には役に立たない)という。日本の「あしたの百より
きようの五十」と同じ意味です。
食うに困ったときには、たといわずかでも、今すぐの援助が必要
です。「荘子」

 ▼現在の日本社会に蔓延している摩訶不思議な現象に為政者は
命懸けで取り組んで欲しいです。あ・・余り興奮すると髪の毛が
抜ける・・ううぅう  \( ^∇^)/θ☆ わ~い

右顧左眄(うこさべん)

A11 珍念のひとりごと

 「いっそのこと島を譲ってしまったら、と夢想する」。
平成17年、当時朝日新聞の論説主幹だった若宮啓文さんが
韓国の不法占拠が続く竹島について書いたコラムには、仰天したものだ。

 ▼きのうのその朝日の1面トップ記事の書き出しにも、驚いた。
「日本が領有を主張する尖閣諸島・久場島付近の東シナ海で…」。
海上保安庁が、違法操業の疑いがある中国漁船の船長を逮捕した現場は
日本の領海内に決まっている。

 ▼人ごとのような言いぐさには、どこの国の新聞なのか、と問いただし
たくなる。現場海域の領有について、朝日の「主張」をぜひ示してもらいたい。
でないと、「朝日が完全に中国の世界戦略のお先棒を担いでいる」
(『諸君』平成18年2月号)との、故稲垣武さんの指摘がますます
説得力を持つ。

 ▼そういえば、若宮コラムからまもなく、中国で反日暴動デモが起こった。
目を覆うばかりの狼藉(ろうぜき)だったが、朝日は社説で、反日の根底に
あるのは小泉首相の靖国神社参拝だとかばった。「小泉首相の責任は重い」
との見出しには、「やれやれというほかない」と小欄で書いた。

 ▼今回、朝日以上に心配なのが、政府の対応だ。中国漁船の行為は
海保の巡視船に衝突を繰り返すなどきわめて悪質で、海上保安官の
命にかかわる可能性もあった。にもかかわらず、立件の判断に半日もかかった。

 ▼理由の一つは、仙谷由人官房長官が、中国と波風を立てたくないとの
態度をみせたからだという。「日本国内がヒートアップしないで、冷静に
対処することが必要だ」。きのうのコメントにも、領土を守る気概は感じられず、
人ごとのようだ。どこの国の政府か、と問いただしたくなる。産経妙 引用

 ▼全国紙の「コラム」には新聞社の主張が述べて有りますが、ある新聞は
巷では、赤い新聞(言葉は悪いですが)ちょいと左に寄っているようです。
広い意味で言えば「売国奴」と捉えかねませんです。正確な論陣をお願い
します。不肖・珍念も、誤解を与えるコメントは、深く反省しています。

 ▼右顧左眄(うこさべん)の四文字熟語が符合する世相を憂う!


右顧左眄 意味:右を見たり左を見たりして、ためらい迷うこと。また、まわり
の情勢や周囲の思惑・意見を気にして、なかなか決断できないでいること。

 ▼何事も、法を根本に判断すべきです・・なぜ、こんな簡単な理屈が為政者
は、分からないのかなぁ・・無学の珍念でも 分かるのになぁ 何かへん?
極め付きは、在日韓国人の夫人が年金を貰えないのは国の責任と裁判を起こし
8日福岡地裁は「国の裁量権を認め原告の請求を棄却した」・・と報道され
ましたが、何か変と思うのは珍念だけでしょうか? それは、なんと年金を
修めて居なかったのです。55歳を過ぎていたので加入はダメだったそうです。

 ▼それを、今頃になって、しかも 子供が5人いて 親をほったらかしにして
呆れ果てています。なぜ 老後に備えて蓄えをしなかったのだろうか?
なぜ国が面倒を・可笑しな摩訶不思議な世相です。 ・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
珍念の母は5人兄弟で仕送りしていました。母曰くどんなに貧乏しても生活保護
は受けないと、国民の血税だから・・飢え死にしても と 語っていました。(*^^)v
珍念・薄情なようですけど、子どもが 親の面倒をみない変な風潮に亡国の
兆しを感じますが・・教育に大事な。大事な、ものが欠けています。

 これ以上能書きをたれると、あの方から叱られる・・\( ^∇^)/θ☆ わ~い

名は体を表す

   A11_2 珍念のひとりごと 

「名は体を表す」 とは、よく言ったもの。人や物の名は
そのものの実態を言い表している。

 ▼知人とばったり再会した。以前、挨拶を交わした程度
なのに、名前で呼んでもらえると嬉しいものだ。ぐっと
距離が縮まる。反対に、相手の名前が思い出せず、冷や汗
をかくことも

 ▼名前は当人にとって、とても大切な響きを持つ。名前を
呼ぶことは、相手の人格を認めることであり、実りある
コミュニケーションには欠かせない。

 ▼ある有名ホテルの元支配人によると、最高のもてなしには
{客の名前を覚えることが必須}という。名前が出てこない人
には、なかなか心が行き届かないからだ。彼は、お客様ノート
を用意し、相手の名前と特徴を書き留め、繰り返し覚えた。
さらに、車、性格、好み、誕生日、会話内容までも記していった
(林田正光著「エクセレント・サービス」PHP研究所)

 ▼別の接客の達人は、名前に加え、表情や声、歩き方、会った
時間や天気なども、一緒に記憶するという。

 ▼周囲にも、同志の悩みや決意を聞くたび、ノートにしたため
て祈る人、出会いの感動を五年日記につづる人もいる。
池田名誉会長は(「あの人が分かってくれている」ということが
相手の力になることもある)と語る。

 ▼名前に始まり、近況や悩みを知り、祈り、同苦する努力が
互いのつながりを豊かにする。 コラム 名字の言(陸)引用

 ▼珍念・・時々名前を思い出せず 冷や汗をかくことが・・
猛暑の影響かなぁ・それとも 年のせいかなぁ (*^_^*)
思いやりの心が足りません。反省しています。

 閑話休題 吉田兼好の 『徒然草』に次のような言葉があります

 ▼人間が永遠に運命の奴隷であるのは、ひとえに好き嫌いの感情が
あるからである。好きという感情は欲望の現われである。
人間の欲望は止むところがない。人間の欲望のうちで一番目に来るのは
名誉欲である。名誉欲には二つあって、人に勝つことと人に認められる
ことである。二番目に来るのが性欲で、三番目が食欲だ。この三つの
欲望より強いものはない。

 ▼しかし、欲望を満たしても人間は幸福にはなれない。それはまったく
の勘違いなのだ。だから、人間はさんざんに悩むのである。幸福になる
唯一の方法は、欲望を捨てること、これである。

 ▼八才の時にわたしは父に「仏とはどんなものでございますか」と尋ねた。
すると父は「仏は人が悟りを開いてなるものだ」と答えた。するとわたしは
「人はどのようにして悟りを開いて仏になるのでございますか」ときいた
すると父は「仏に教えを受けて仏になるのだ」と答えた。
するとわたしは「それを教えた仏はだれが教えたのでございますか」と尋ねた。
すると父は「それもまた、その先輩の仏の教えを受けて仏になったのさ」
と答えた。

 ▼するとわたしは「ではそもそも最初に教えた第一番目の仏はどんな仏で
ございますか」と尋ねた。すると父は「それは空から降ってきたか、地面から
わいてきたのだろうな」といって笑った。

 ▼最初に教えた第一番目の仏はどんな仏でございますか」と尋ねた。

さて、読者の皆さまへ・・答えは 如何でしょうか?
不肖・珍念「慢心」では有りませんです。経文に明明白白です。
ここで言う「仏」とは、全宇宙を司る森羅万象を根本とし崇拝している自然の
摂理を「仏」と述べています。

 ▼地球が一日で自転し太陽の周りを一年で(約365日)で公転しそれは
宇宙の運行を司る森羅万象の本源の力です。(特定の宗派や神を指してはいない)
すなわち 宇宙を構成する・地・水・火・風・空・の働きを悟った聖者が
(妙法連華教)と表し帰命するので「南無妙法連華教」と名付けられたそうです。
一番初めの仏は ? 知っていますが、ちょいと 誤解を被るかもしれません。
あ・・読者を惑わした大罪で閻魔さまから叱られる・・ううぅ (゚ー゚;

「手塚治虫」に思いを馳せる

   A11 珍念のひとりごと

    耐性菌の“俊足”

 「もっといそいで、いそいで!」。鏡の国に入り込んだアリス
の手を引っ張って走り出したのは赤の女王だ。息が切れて、目が
回るまで走ったアリスは、ついにへなへなと座り込んだ。
だがあたりを見回すと、もといた場所ではないか

 ▲赤の女王は言った。「いいこと、ここでは同じ場所に止まって
いるだけでも、せいいっぱい駆けてなくちゃならないんですよ。
他へ行こうなんて思ったら、少なくとも2倍の速さで駆けなくちゃだめ」
(鏡の国のアリス)

 ▲それで「赤の女王仮説」と名づけられた。生物は絶えず走り,いや、
進化し続けないと絶滅するという進化生物学の仮説のことだ。
捕食者が獲物を捕らえる能力と、獲物がそれを逃れる能力が、まるで
軍拡競争のように進化し続けるのはその分かりやすい例という

 ▲では細菌の世界でも赤の女王が「もっといそいで!」とせっついて
いるのだろうか。抗生物質の効かない多剤耐性菌による大規模な院内
感染が帝京大病院で明るみに出たのに驚いたら、今度は国際的に監視が
呼びかけられていた新タイプの耐性菌が国内でも見つかった

 ▲帝京大病院の場合は対策が後手に回り46人の院内感染者を出しながら
国などへの報告を怠った。そのうち9人は感染と死亡の因果関係が否定
できないともいう。高度医療を掲げる大学病院としては何とも情けない限りだ

 ▲抗生物質開発と細菌の耐性獲得とのこの果てしない競走、細菌の俊足
ゆえにどうも人類は分が悪い。感染症との戦いで新たな知恵と情報を
求めながら走り続ける人類なのに、医療機関が足を引っ張るようでは
赤の女王の高笑いが聞こえてこよう。 コラム{余録}引用

 ▼コラム「余録」に座布団10枚差し上げます ○(^-^)oイエイ♪
耐性菌の対策もですが、高度医療を掲げる大学病院に蔓延している
目に見えない 鵺みたいな妖怪が跋扈する体質を改善するのが宜しかろうと
思います・・病気をみて患者をみない奢りがあるようです。

 ▼江戸時代でしたら、責任者は獄門、さらし首にされ「罪九族」に及び
恥を重ねたでしよう!あぁ先人の為政者はきっと 嘆き悲しんでいること
でしょう。抗生物質の効かない多剤耐性菌は恐ろしいですが、それを司る
医師の対応がちょつと、いやうんと 鈍感でした。その処方箋は・・・?
不肖、「珍念」余りにも 呆れて、あいた口が塞がりません。

 ▼閑話休題 手塚治虫の「ブラック・ジャック」に思いを馳せる。
ある時、恩師が急死し、ブラック・ジャックが手術して奇跡が起こり
蘇生しましたが、間もなく死亡。なぜ手術は成功したのに亡くなるとは!
そんな時、恩師の言葉が聞こえてきました。

人間が生き物の生き死にを自由にしようなんておこがましいとは

思わんかね

  ▼生命には目的がある。その目的を終えた生命はさっさと死の向こう側
へ旅立ってしまう。それを何とかこちら側に引き留めようと奮戦する
ブラック・ジャックの姿は、もしかしたら、生者の勝手な傲慢なのかもしれない。
死ぬよりも生きている方が幸せなはずだと考えるのは、生きている者たちで
あって、死に行く命(魂)には、これとは違う見解があるのかもしれない。
生と死の境界線上で必死にメスをふるうブラック・ジャックも
そんな医学の限界を知っています。医学は魂の領域には踏み込めない。
それを知っているから、ブラック・ジャックは常に苦悩の中
で生きなければならないのです。

 ▼いちばん大切なものは何か、それを忘れない医療でありたい。
人間は誇りなしには生きていけない動物だからです。
医師としての名誉のためなら、患者の人権など二の次にしてしまう。
悲しいけれど、そういう医者もたくさんいるのが現実です。
移植手術で名を挙げたいばっかりに正しい手順で脳死判定を
しなかったり、名誉を守りたいばっかりに明らかな医療ミスを闇に葬る。
毎日のようにそんなニュースを目にします。
人間を無視し、自分たちのプライドだけを守ろうとする医者たち。
同じ医学博士だからこそ、手塚治虫の描くこの物語には、
医者たちの権威主義に対する厳しい視線が光っています

 ▼あ、能書きを述べて「閻魔さま」から叱られる キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ 

『徒然草』に学ぶ

     A11 珍念のひとりごと

何かが可笑しい。 珍念もです (^-^)
 例年の今ごろなら、週に何度かは食卓に、カボスを絞った
サンマの塩焼きが並んでいるはずだ。もちろん刺し身でもいい。
ところが今年は前年の同じ時期に比べて、わずか2割程度しか
獲(と)れていないらしい。

 ▼ただ「捨てる神あれば拾う神あり」で、今年はマイワシが
豊漁だ。紫式部も大好物だったというイワシは、長い間日本人
の食生活を支えてきた。魚にくわしい同僚の長辻象平論説委員に
よると、江戸時代の元禄の繁栄を支えたのも、大量に獲れた
イワシだという。

 ▼庶民の、そしてお犬様の口に入っただけでなく、農作物の
肥料となり、しぼった油は、灯油や害虫を防ぐ農薬としても使われた。
その後も数十年の周期で、資源量の増減を繰り返してきたが、その
メカニズムはまだわかっていない。

 ▼最近では昭和63年に448万トンという空前の大漁を記録
してから、漁獲量は減り続けている。特に4年前には、東京・築地
市場で1匹1200円の高値がついて、世間を驚かせた。
その調理法はサンマよりもずっと多彩だが、極めつきは、作家、
檀一雄が伝授する煮付けだと思う。

 ▼かつて小紙に連載された『檀流クッキング』によれば、
ショウガとコンブ、梅干しに、しょうゆ、酒、お茶を加え、ワタを
抜かない買ったままのイワシを煮るというものだ。昭和21年に
最初の妻、リツ子を結核で失った檀は、長男とともに福岡県の
山寺にこもり、浜に揚がったイワシにかぶりつきながら、
「リツ子 その愛・その死」の構想を練った。

 ▼そんな恩あるイワシのワタを、もったいなくて捨てられ
なかったのだろう。今年のイワシ豊漁の理由が不明ということは、
来年の口福(こうふく)の保証はない。ありがたく味わいたいものだ。
コラム 「産経妙」引用

 ▼筆者は、イワシは子供のときから食しています・サンマも大好き
です・・でも、ちょいと手がでませんです。よだれは、でますが!
昨日も夕食にイワシを美味しく戴きました。

 ▼今年は、花・野菜・果物も異常気象の影響で育ちが悪いようです
珍念の自宅の猫の額ほどの空き地に、毎年・ゴーヤ・きゅうりを育て
ていますが、ゴーヤ・きゅうり・は、成長しないうちに虫食いや黄色
く枯れています。不出来のゴーヤでお茶を作っています。「晩白柚」
も例年90個ぐらい実っていましたが今年は、かろうじて5個だけです
それに、朝顔も綺麗に咲かないです。ご近所の朝顔も・・?
珍念「ノー天気」と「おしゃべりだけ」絶好調です。

 ▼閑話休題 吉田兼好の『徒然草』に学ぶ

執権北条時頼の母親は松下禅尼という人だった。息子が母親の家を訪れる
というので、すすけた障子の破れた升目(ますめ)を禅尼みづから小刀で
切り取って張り替えてまわっていた。
その日のお迎えの準備を担当していた禅尼の兄安達義景が「それはわたし
にお任せ下さい。誰それという男に張らせましょう。そういうことが得意
な男でございますので」と言っても、「その男は私より上手なわけでは
ないでしょう」と言いながら、一小間一小間張り続けた。

 ▼それに対して義景は「全部張り替えた方がはるかに簡単です。
そんなに飛び飛びでは見苦しくありませんか」と再度申し込んだが
禅尼は「わたしもあとではそうするつもりでいます。でも、今日だけは
わざとこうしておくのです。物は壊れた部分だけを修理して使うものだと
いうことを若い人に見せて教訓にして欲しいのです」と言ったという。
実に立派な言葉である。

 ▼政治の道の根本は倹約である。この禅尼は女の身ではあるが、聖人に
匹敵する心の持ち主だった。天下を治めるほどの人を息子にもつだけあって
決して並みの人間ではなかったということである。(第184段)

珍念のおそまっな・ひとりごと・でした。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「なぜ山に登るのか」

     A11 珍念のひとりごと

 <山ガール>

 フランス貴族の血をひいたアンリエット・ダンジュビーユ
がアルプスの最高峰モンブラン(4807メートル)を目指し
たのは1838年、44歳のときである。ガイドら12人を
引き連れ、ニワトリ24羽、ワインとブランデー
20本を運ばせる豪華さ。

 ▲「このまま死んだら、死骸(しがい)を頂上まで運び上げてくだ
さいな」と遺言するほどの高山病に苦しみながら見事に登頂。
頂上でワインの栓が抜かれ、ガイドたちは彼女を胴上げし、キス
することを許された。「キスの音は大きくて、シャモニーの谷まで
聞こえたでしょう」と書き残している。

 ▲明治維新の30年も前にそんな女傑がいたのが愉快だが、ファッ
ションも興味深い。赤いネルの下着に靴下は絹と毛の重ねばき。
色鮮やかなスカートをはき、つば広のボンネット帽は毛皮で裏打ち
されていた(今井雄二著「スカートをはいたクライマーたち」蝸牛社)

 ▲その後継者だろうか、最近、「山ガール」なる若い女性登山者が
増えているそうだ。夏の終わりに訪れた槍ケ岳のふもとでも遭遇した。
どこかやぼったさの漂う山男・山女とは違い、カラフルなウエアに
身を包み、腰に巻きスカートなどを着けている。

 ▲雑誌にもよく取り上げられ、「汗をかき頂上に立つ達成感がたま
らない」などの声が紹介されている。中高年に席巻された感のある
日本の山々に吹く新風といえよう。

 ▲本格派の登山家からは「商業主義に踊らされているだけ」という
嫌みも聞こえてくるが、山の楽しみ方はいろいろあってよい。
後を絶たない遭難のニュースを耳にするたび、「無理せず、おしゃ
れに」という彼女らの姿勢が貴重なものに見えてくる。「余録」引用

 ▼エベレストに挑みエベレストで死んだジョージ・マロリーは
「なぜ山に登るのか」の問いに「そこに山があるから」と答えた。
不肖・珍念「なぜ生きているんだ」の問いに「使命を果たす為」と。
答えます。皆さまの考えは如何ですか!

 ▼そうそう「山高き故に貴からず」を思い出しました。
山の尊さは、高いからではなく、樹木が茂っているところにある。
外面よりも、その内容が問題である。 思い当たります。

 ▼「珍念」具に現在の世相を見ると、どれが玉で・石ころか、分かり
にくい様子です。倩ら考えますと、人として大事なものを失っています。
それは=? う~ん 誤解を与え兼ねません・・言わぬが花です(*^_^*)

あ・今日も「珍念の減らず口」は、絶好調です。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

仮面の男 ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

    A11 珍念のひとりごと

 仮面の男=ちょいと、おぞましいタイトルですが!

 ▼ある人が乱世の英雄と、小沢氏を評していたのを思い
だし、さも、あらんと、筆者は一人、ごちています。

 ▼英国のフィナンシャル・タイムズ紙の社説が、民主党の
小沢一郎氏を「首相になるべきでない。不適任だ」と断じたという。
小沢支持者は「余計なお世話だ」とお怒りのことだろう
だが理由はなかなか、的を射ているように思える。

 ▼先月末、講演で「米国人は単細胞」と発言した小沢氏を
「多細胞であることは間違いない」と皮肉った。
「自分の国は自分で守る普通の国を唱え、米国から称賛されたのに、
最近では米国大使との面会を拒否し、一党独裁の中国との友好を
主張している」からだそうだ。

 ▼単細胞ではとてもできない「変節」だというのである。
一昨日の代表選討論会でも、米軍普天間飛行場問題で、県内移設に
向けた日米合意を「実行は難しい。もう一度話し合ったらどうか」
と述べた。さんざん難航した末の合意を元に戻せといわんばかりの
「暴論」だ。

 ▼かといってこれに代わる案は「持っていない」という。
米海兵隊の抑止力に対する考え方もはっきりしない。つまり確固たる
安全保障観によるのではなく、旧社会党系など民主党の中の「左派」
からの支持欲しさの発言と言われても仕方がない。

 ▼もうひとつ、外国紙もご存じかどうか分からないが、小沢氏の
父親の佐重喜氏は今の日米安保条約の生みの親の一人である。
昭和35年の安保改定のさい、衆院の特別委員長として議論を仕切った。
最後は野党議員に服を引き裂かれながら採決し、承認に導いた。

 ▼父親と同じ立場に立つべきだとは言わない。だが体を張ってまで
日本の安保体制を築いた泉下の佐重喜氏の目に、それを軽んじるような
発言をくり返す一郎氏がどう映っているのか。これも余計なお世話
だろうが、気になるのである コラム産経妙 引用
 
 ▼珍念も気になりますが「ごまめの歯軋り」です「コメント」は
ないですううぅう。モジモジ(。_。*)))

 ▼閑話休題 ジンクスを笑い飛ばした詩人の運命は・・・?
西洋では、13という数字は大変縁起の悪い数字だと言われています。
これはキリストが12人の使徒とともに最後の晩餐の席についたとき
13番目の席にいたユダがキリストを裏切ってローマ軍に売り渡した
ためといわれている。

 ▼このことから、西洋では「食卓を囲んだ13人の中で一番早く席
を立った者は1年以内に死ぬ」と言われている。この迷信に敢然と挑戦
した男がいた。19世紀のイギリスの詩人マジュー・アーノルドである。

 ▼友人の画家のパーティーに招かれた彼は、たまたま出席者が13人
であったことから、誰かが「一番早く席を立った者は」をもちだすと
そんな迷信は嘘だと言った。そして、「もしも何人かが同時に席を立てば
どうなるのか?」と疑問を呈して、自ら実行した。ところが、それから
1年以内にアーノルドとともに席を立った二人の青年は水難事故と自殺で
死亡、アーノルドも心臓発作で死亡した。(ジンクスの不思議)より
パーティーの出席者が13人だったら、不肖「珍念」{君子危うきに近寄
らず}・・です。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い
 

夢見る珍念 (●^o^●)

  A11_2 珍念のひとりごと

珍念の夢

 連日熱帯夜で、寝苦しい日々が続いていますが読者の
皆さま、体調にお気をつけてお過ごしください!
珍念・昨夜、面白い愉快な夢を見ました。

 ▼それは、以前中国の雲南で「虎」と戦い負けて餌食になった
夢をブログにるる(4月13日)述べていましたが、なんと閻魔さまから
例の浄玻璃鏡(じょうはるりのかがみ)を見せられました。
地獄を守護する閻魔が亡者の裁判で、亡者の善悪の
見極めに使用する水晶製の鏡である。

 ▼この鏡には亡者の生前の一挙手一投足が映し出されるため、
いかなる隠し事もできない。愚か者の珍念、余りにも日ごろの
行いが悪いので眼の前が真黒になり、冷や汗が滝のように流れ
落ちました。
ふと我に返るとあの閻魔さまが、童女を命を賭して
助けたので、その行いに免じて「娑婆世界に返す」と判決を戴き
ました。また、これで映し出されるのは亡者自身の人生のみならず、
その人生が他人にどんな影響を及ぼしたか、一説によればこの鏡
は亡者を罰するためではなく、亡者に自分の罪を見せることで
反省を促すためのものともいわれている。

 ▼明け方、汗まみれで、うん うん、魘されていた時・妻に起こ
されました。「珍念」摩訶不思議な世界に思いを馳せています。

 ▼閑話休題・コラム「名字の言」に次のような一説があります。
人の両肩には、生まれた時から「同生天」と「同名天」がおり
その人の善悪の行為を記録し、交互に天に報告しているという。
二人で見張っているわけだから、正確で漏れることがない。

仏法は、「業」(ごう)という日常の行為の積み重ねを、擬人的)
な表現で教えている。

 ▼他人が観ていようが、いまいが、私たちの行いはすべて、深い
因果の理法の中に刻まれる。地道に善根を積んだことは自らの福徳
と輝き、逆に手を抜いたり小手先で行ったことは最後に場脚を表す

 ▼かっては、悪さをした子に「罰が当たるよ」と叱ったものだ。
今や罰を恐れぬ世となり、「他人に分からなければ」という風潮
がはびこる。不正や横領、詐欺などの事件の多くは、目に見えない
因果律を知らない社会に生まれるのではなかろうか

 ▼創価学会の活動は「陰の努力が必ず大きな結果になって花開く」
という信念に貫かれている。広布のために間断なく、全国の会館運営
に携わる友・・等々。真心からの実銭の繰り返しが、正しい人生を
進む原動力となり、時代や社会に翻弄されない行動と光る。

 ▼同生・同名天がじっと見ていると思えば、自身を律する(よすが)
となろう。悔いのない全力の一日をスタートしたい。(立)引用

 ○あ・・またまた おしゃべりを 閻魔さまから 叱られるうぅう
 珍念の珍説法を終わります。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

プラセボ(偽薬)

   A11 珍念のひとりごと

 字面こそ怪しいが、ニセ薬は侮りがたい。
処方する医師への信頼があれば、患者の苦痛は和らぎ、
時には軽快する。薬に守られている安心感が心身を強く
するらしい。プラセボ(偽薬)効果というそうだ

▼『心の潜在力・プラシーボ効果』(広瀬弘忠著、朝日選書)は、
偽薬を〈プラス思考を心の奥底に届ける配達人〉と例える。
病は気からだ。治るという「約束」が期待を生み、期待を
実現すべく心理と生理のメカニズムが動きだす。無論、本物
あっての偽薬で、治療の主役にはなり得ない

▼民間療法のホメオパシーについて、日本学術会議が「荒唐無稽
(こうとうむけい)で効果なし」と断じた。信奉するあまり、通常
の治療を拒む「主客転倒」の例があるためだ。
医師会や薬剤師会も同調した

▼ホメオパシーは、病気と似た症状を起こす毒草などの成分を限り
なく薄め、砂糖玉に染ませて与える。普及団体は、成分が消えても
水に「記憶」が残り、自然治癒力を引き出すと説く。がんや心の病
まで治ると聞き、自然志向の女性らが利用している

▼体の神秘には現代医学が及ばない領域もあろう。だが妄信は怖い。
山口では、新生児に必要なビタミンの代わりに砂糖玉を与え、死なせた
として、信奉者の助産師が賠償を求められている

▼プラセボの語源は、喜ばせるというラテン語だ。
どう転んでも毒にはならない。砂糖玉に偽薬以上を期待するのはいいが、
治療の場で演じるのは名脇役までと心得たい。主役を気取り、一人芝居
で手遅れを招く。そんな「副作用」が潜むのでは、毒と呼ぶほかない。
 コラム 「天声人語」引用

 ☆ う~ん (*^_^*) 減らず口の{珍念}コメントは蛇足です。

連環の輪(●^o^●)

    A11 珍念のひとりごと

 生命の不思議

 ▼胎児はどうやって形作られていくのか、興味深い話がある。
ある細胞が{脳になりたい}と声を上げる。すると隣の細胞が
「だったら僕は心臓の細胞なる」と。さらに隣は(骨の細胞に)
偶然性に支えられながらも、こうして互いに補い合う役割が
決められていくという。その過程を、生物学者の福岡伸一氏は
"話し合い”と呼んでいる。

 ▼仮に、話し合っている最中の細胞の固まりをバラバラにしてみる。
コミュニケーションが取れなくなった細胞たちは、自らの役割を見失い
ほとんどが死に絶えるという(エッジエフェクート)朝日新聞出版

 ▼生命にはあらゆる可能性が存在している。可能性が発揮できる
のは、「関係性のネットワーク」があるからであろう。それは
細胞レベルの中だけではなく、一個の人間にとっても言えることだ

 ▼アメリカのデューイ協会のガリソン博士は池田名誉会長との
語らいで、こう指摘した。「草木が太陽の光を得て、生命の力を
開発していくように、あらゆるものの可能性は、他者との関係性の
なかでこそ、現実の力へと発揮されていくのです」

 ▼励まし会い、意見をぶつけ合う切磋琢磨が、私たちにはある。
善意と誠実のスクラムの中で支え会えることを誇りにしたい。
 コラム {名字の言}(馨)引用

 ▼日蓮大聖人は、(衆生身心御書)に、次のように語っていられる。
「麻の中の蓬、筒の中の蛇は。善き人に睦ぶもの、なにとなけれども
心も振れ舞ひも言葉も直しなるなり。法華経もかくのごとし」

(真っすぐに育たない)ヨモギも、麻のなかで育てると真っすぐに
成長します。(曲がりくねった)ヘビでも、筒の中に入れれば真っすぐ
になります。そのように、善良な人とむつまぎくすれば、自然に心も
振る舞いも言葉も正しくなっていきます。法華経(御本尊)への信仰
も、これと同様の原理と述べて入られます。

 ▼歯車がかみ合わなければ、いくらエンジンを回転させても、力は
伝わらない。いかに弓を絞っても矢を別の方向に向けてしまえば、的
に命中するはずがない。いくら送信機で信号を送っても、受信機の
波長が狂っていれば通じない。すべて道理である。

 ▼中心者に心が合わなければ、全体はもちろん、個人の力も発揮
されない。自分勝手な心と振る舞いは、しだいに形式となり権威と
となる。また保守となり停滞となっていくからだ。一見、頑張って
いるようでも、結果は実らない。効果が出ない。それは、中心に心が
合わず、いっさいが「空に家を作る」ように空転している証左である。
 「池田名誉会長のスピーチ」引用

 ▼「朱に交われば赤くなる」:人は交際する友人によってかなり
感化されるものであり、よくもなり、悪くもなる。友人を選ぶときは
慎重に選ばなくてはならない。・・と。故事にあります。

 ▼愚か者の{珍念}今日も反省しています。修行が足りませんです。
「書は言を尽くさず」と(易経)にありますが当に、いいえて、妙です。
 あ・・つぃ 減らず口を・・消えます。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

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