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2010年8月

本当の危機

   A11 珍念のひとりごと

出会ったときは19歳、彼は33歳だった。
ある日いっしょに食事をしていると、本の話題になった。
「どんな本を読んでる?」と聞かれて、太宰治の名前を挙げる。
彼は「太宰は僕も好きだ」と言いながら、ハンス・カロッサと
いう作家の本を薦めた。

 ▼平成2年に55歳で世を去った、俳優、成田三樹夫の若き日
のエピソードだ。遺稿句集『鯨の目』(無明舎出版)の序文で、
妻の温子(はるこ)さんが、明かしている。ニヒルな悪役が
持ち味だった成田の素顔は、詩作を好む教養人だった。

 ▼ドイツの作家、カロッサは、『ルーマニア日記』や『幼年時代』
といった自伝的な作品で文学史に名を残す。といっても、祖国でも
ほとんど忘れられた存在らしい。

 ▼温子さんはすぐに向かった書店で、絶版だと聞かされる。
古書店を回って、3軒目で全集を見つけた。以来「私の大切な本」
として、何度も読み直してきたという。今後、急速に普及すると
みられる電子書籍なら、簡単に見つけられたはずだ。
デジタルデータを印刷、製本するサービスもまもなく始まる。

 ▼もっともそんな便利な世の中だったら、成田夫妻のロマンスは
生まれなかったかもしれない。米国からグーグルやアップル、アマ
ゾン・ドット・コムなどが、日本の電子書籍市場への攻勢を強める
なか、日本の出版関連業界は、「出版文化の危機」と悲愴(ひそう)
な声を上げる。

 ▼温子さんは、成田のこんな言葉を書き留めている。
「詩でも小説でも作者は命懸けで書いているんだ。だから読む方
だって命懸けで読まなきゃ失礼なんだ」。成田のような読者、そして
成田が「命懸け」と認める作者がどれくらいいるだろうか。
いなくなったときこそ、本当の「危機」だ。{産経妙}引用

 ▼筆者は、腕組みをして暫く成田が「命懸け」と認める作者がどれ
くらいいるだろうか。いなくなったときこそ、本当の「危機」だ。と
叫んだ言葉に思いを馳せています。あ、余り考えると髪の毛が抜ける
ううぅう。( ^ω^)おっおっおっ

 ▼閑話休題 吉田兼好の 『徒然草』より
仏教の修行は老後になってからと呑気に構えていてはいけない。
古い墓もその多くは若い人の墓である。

 ▼人間の露のような命がもし永遠に続くとしたら、人間の煙のような
命がもし消え去ることなくこの世に留まるとしたら、この世の面白み
もきっと無くなってしまうだろう。人生は限りがあるからいいのである。

 ▼命あるものの中で、人間ほど長生きするものはない。蜻蛉(かげろう)
のように一日で死ぬものもあれば、蝉のように春も秋も知らずに一生を
終えるものもある。それと比べたら、人生はその内のたった一年でも
ゆったりと暮らすなら、実に長く感じるものである。それを不足に思って
いつまでも生きていたいと思うなら、たとえ千年生きても一夜の夢の
ように短いと感じることだろう。

 ▼どうせ永久には生きられないのに、どうして長生きして醜い老人
になろうとするのか。「命長ければ辱多し」と言うではないか
長くてもせいぜい四十前に死ぬのが見苦しくなくていいのである。

 ▼もしそれ以上生きるようなことがあれば、人は外見を恥じる気持
ちを忘れて人前に姿をさらすようになるだろう。また、死が近づく
と子孫が大切になって、孫子の栄える将来まで長生きしたくもなるだろう。
さらには、この世に対する執着心ばかりが強くなって、風流も分からな
くなってしまうだろう。まったく嘆かわしいことである。(第7段)

 ▼人は予期せぬ病に冒されて、突然この世を去るのである。そして
その時初めて過去の過ちを知る。過ちとは他でもない、後でやればいい
ことを先にやり、急いでやるべきことを後回しにしたことだ。そうやって
過ぎてしまった過去のことを悔やむのである。
まさに後悔先に立たずだ。

 ▼我々は死が刻々と自分の身に迫っていることを常に心に懸けて、その
ことを片時も忘れてはいけない。そうしてはじめて、世俗の汚れから
遠ざかることもできるし、仏教の修行に真剣に取り組むこともできるのである。

 ▼九州地方の治安を担当していたある役人の話である。
この男は大根を万病の妙薬と信じて毎朝二本ずつ焼いて食べるのを長年
の習慣にしていた。ある時、男の屋敷から人が出払っている隙(すき)を
ついて、敵が来襲して屋敷を取り囲んでしまった。すると屋敷の中に
二人の武士が現われて、命を惜しまず奮戦して、敵を全部撃退して
しまった。

 ▼男は不思議に思ってこの二人に「ふだんこの辺りではお見かけしない
お二人がわたしのためにこれほど熱心に戦って下さるとは、あなたたちは
一体どなたですか」と尋ねると、「わたしたちは、あなたが薬効を信じて
長年の間毎朝食べてくださっている大根でございます」と言って姿を消し
てしまったという。何事も深く信じていればこのような御利益(ごりやく)
があるということだろう。(第68段)

今日も、「珍念」の減らず口は絶好調です。・・\( ^∇^)/θ☆ わ~い

藪の中

 A11 珍念のひとりごと

 真実を伝える勇気

 草思社から出たばかりの、『日本統治時代を肯定的に理解する』
を読んで驚いた。学校が建ち、電気、水道、電話が導入され
急速に現代化する京城(けいじょう)(現ソウル)
よく通った日本人の歯医者さんは、子供にも丁寧(ていねい)
に接してくれた。

 ▼1926年に生まれ、20年間日本統治を体験した著者朴贊雄
(パクチャンウン)さんの思い出は、愛惜に満ちている。
朴さんによれば、創氏改名は強制ではなく、統治後期には独立の
動きもなかった。「朝鮮に政争も腐敗も弾圧もない、このような
天下泰平の時代が、かつてあっただろうか」とまでいう。

 ▼「植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを
深く傷付けられました」日韓併合100年で出た菅談話とは、
ほど遠い内容だ。カナダ在住の朴さんは、4年前に亡くなった
日本語で書かれているために、韓国で広く読まれる機会がな
いのが残念だ。

 ▼韓国では2005年、高麗大学名誉教授の韓昇助(ハンスンジョ)
さんが雑誌『正論』で、「日本の植民地支配は不幸中の幸いで、
むしろ祝福すべきこと」と論じて、世論の袋だたきに遭い、行方を
くらます騒動があった。

 ▼一方、昨年出た『大韓民国の物語』(文芸春秋)のなかで、
植民地時代に韓国は近代化し発展した、との見解を示した李榮薫
(イヨンフン)ソウル大教授はさほど激しいバッシングにさらされていない
韓国近代化の歴史を、実証を踏まえて見直す動きも出てきたようだ。

 ▼菅談話はそれに水を差し、日本の「悪」をひたすら追及する、
日韓の左派グループを勢いづかせてしまった。韓国民が反日に血道をあげ
自らの暴政に関心を示さない状況を、北朝鮮は何より望んでいる。
菅談話がどれほど罪深いか、首相は一刻も早く気づいてほしい。
 コラム 「産経妙」 引用 

 ▼このコラム あっぱれ と 大拍手します。 論評は蛇足です。

 ▼閑話休題・・今日・友人の葬式の副導師を務めさせて戴きました。
突然の訃報に呆然としました。 筆者も いっか死にますが!
色々考えさせられます・・(^-^;
吉田兼好の 『徒然草』を思い浮かべました。
死は、若い人にも健康な人にも思いがけずやってくる。
今日まで死なずにいたこと自体、不思議なことだと感謝すべきこと
なのである人生は長いなどと悠長に構えていてはいけないのだ。

 ▼人が死んでいくのは、碁石を円く並べて一定の順番に石を次々と
除いていく継子立てという遊びに似ている。最初はどの石が除かれ
るか分からないし、数を数えて一つの石を取り除いても、ほかの石は
逃れたように見える。しかし、次々に数えて順番に取り除いていくと
結局はどの石も逃れることは出来ない。
 
 ▼戦いに向かう兵士は、目前に死が迫っていることを知って、わが身
も家族も捨てる。あばら屋に住む世捨て人はのんきに庭石などをいじ
りながらこの戦いを他人事に聞いていると思うなら、それは浅はかな
誤りである。静かな山のなかにも死という敵は押し寄せている。
世捨て人もまた死に立ち向かっているのである。
それは戦場に向かう兵士と何ら変わる所がない。(第137段)

 ▼賢い人は自分が死んだあとに何も遺(のこ)さないようにするものだ。
何か遺して、それがくだらないものなら格好悪いし、高価なものだったら
心残りに思われて情けない。また、やたらとたくさん遺すのは人迷惑である。

 ▼そもそも、自分の死後に相続をめぐって争いが起こるのは醜いことだ。
だから、死んだら誰かにやろうと思うものがあるなら、生きているうち
にやっておくべきである。

 ▼日常の持ち物としては、朝夕の生活に必要なものだけにして、それ以外の
ものは何もないのが望ましい。(第140段)

 愚かな「珍念」の迷説法でした。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

ミステリーへの誘い

A11_2 珍念のひとりごと

 「早すぎた埋葬」(はやすぎたまいそう)は
エドガー・アラン・ポーの短編小説。仮死状態などの
ために死亡と誤認されて墓の下に生き埋めにされることの恐怖
をテーマにしている。19世紀の西洋では「生きたまま埋葬される」
恐れが実際にあり、このような公衆の興味を巧みに作品化した
ものである。

あらすじ
▼この作品は名を明かされない語り手の思弁という形を取っている。
語り手はまず、小説の主題とするにはあまりにも恐ろしすぎて
使い物にならないということがあるものだ、と語りはじめる。
それは例えばロンドンの黒死病やリスボン大地震、サン・バル
テルミの虐殺といったものだが、語り手はそうした集団にふり
かかる悲劇に対して、個人としての人間に降りかかる苦痛のなかで
最も恐ろしいのは、「まだ生きているうちに埋葬されてしまう」
ことだと述べる。

▼続いて語り手は、医師の誤診などが原因で実際に起こった
「生きながらの埋葬」のケースをいくつか紹介した後、語り手
自身が抱いている「生きながらの埋葬」への恐怖を説明する。
語り手は仮に「全身硬直症」と呼ばれる、原因不明の奇妙な
持病を持っていた。その病は一度発作が起こると昏睡状態となり
全身は硬直し、時にはその状態が何ヶ月も続いて、ほとんど
死体と見分け難いような状態になる。

▼このために、生きたまま埋葬されてしまうことへの危惧を強く
抱いていた語り手は、友人たちにこの病気を説明して回り、仮に
このような状態に陥っても埋葬を行なわないよう頼み,また万が一
のために自宅の地下納骨堂を整備しそこに空気や光が通るよう
にし容易に外に出られるようにしたり、中から外へ合図するため
の鐘を取り付けたりと、様々な装備を施していた。

▼あるとき、語り手は暗く狭い場所で不意に目覚め、すぐに自分が、
危惧していたように生きながらにして埋葬されてしまったのだと悟る。
そして自分が取り付けた装置のことを思い出して手で暗闇を探るが
どこにも見つからなかった。ここは自宅の納骨所ではなく、どうやら
どこか離れたところに出かけている間に発作が起こり、事情を知らない
人々の手によって埋葬されてしまったらしい。

▼語り手が恐怖にかられて大声を出すと、ほどなく周りから他の人の
声が聞こえてきて、語り手はようやくこれまでの経緯を思い出した。
自分は友人とともに猟に出かけた先で暴風雨に遭い、やむなく近くに
停泊していた船の船室で一泊したのだった。狭い寝台に身を差し入れる
ようにして寝ていたために、自分が棺桶の中にいるのだと錯覚した
のである。しかしこの出来事のあと、語り手は死への恐怖や幻想を捨てる
ことができ、それ以来発作はぴたりと止んだ。

▼ポーはこの作品のほかにも「ベレニス」「アッシャー家の崩壊」
「アモンティリヤドの酒樽」などで「生者の埋葬」や
「早すぎた埋葬」のテーマを扱っている。
生きながら埋葬されることへの恐怖は、土葬が主流であった
19世紀の西欧社会には深く根付いていたものでポーはこの
題材を選ぶことによって公衆の興味を引き付けたのである

▼当時の西欧社会では医師によって生者が死者と誤診される
ケースが何百とあり生きたまま埋葬されてしまうことへの
恐れから、作中に登場するような墓の内部から外へ助けを
求めることができるようにした装置(安全棺)が実際に考案
され使用されていたこのテーマは非常に強い関心を持たれて
いたため、ヴィクトリア朝イギリスでは「生者の埋葬を防止
するための協会」が組織されていたほどであった

▼日中に埋葬された生気を持つ死体が、夜間に墓から抜け出して
他の人間を餌食にする、というヴァンパイアの伝説も、当時の
このような「早すぎた埋葬」への人々の恐怖が元になっている
ところが大きい。もっとも民俗学者のパウル・バーバーは、
実際には腐敗作用の進行によって死体の位置が動いたことが誤認
されていることが多く、「早すぎた埋葬」の統計は大きく見積
もられすぎているとしている

▼この物語ではこのような公衆の持つ興味を、「事実は小説より
奇なり」とする語り手を設定することによって強く引き付ける。
語り手は実際の「生きながらの埋葬」のケースをいくつも引用する
ことによって、その後にくる話の本筋である自身の体験談を読者に
信じ込ませようとする

▼語り手は空虚な生活を送っている。彼は病が原因で現実を避けながら
生きているが、それはまた死に対する幻想、幻視、強迫観念が原因で
あるとも言える。彼は現実性を取り戻すが、それはしかし、彼の大きな
恐れが半ば実現することによって初めて可能となるのである
  フリー百科事典『ウィキペディア』 引用

☆読者の皆さま・猛暑が続いて、寝苦しい夜をお過ごしの事と思います。
エドガー・アラン・ポーの短編小説「早すぎた埋葬」をご覧いただいて
少しは涼しくなられたでしょうか。 そうそう 珍念の財布の中身は
髪の毛と同じように・・いっのまにか寂しくなっています。怖い!
あ・・愛犬が散歩にと吠えている 即 実行します。\( ^∇^)/θ☆ わ~い 

ぼくの名前は未来

   A11 珍念のひとりごと

未来に生きる

 数学者の故・森毅氏。評論家としても活躍し特に
教育問題に関心が深く、青少年にエールを送り続けた

 ▼中学生に、こう語っている。「過去にこだわって
これからもダメだと思いこんでしまっては、確実に
未来はダメになる」「たしかに、人間の現在があるのは
過去の自分の上にのっかっている・・しかし、今考える
べきことは、現在の自分を乗せている過去ではなくて
その自分が、未来へ向かって動き出すことである」
(「まちがったつていいじゃないか」ちくま文庫)

 ▼{今までダメだったから、どうせこれからも}と
あきらめ、挑戦の心をなくす。反対に、これまでの成功に
安住して、地道な努力を忘れる。どちらも「過去に負けた
姿」といえよう。

 ▼過去を変えることは、誰にもできない。だが、今をどう
生きるかによって、“過去の意味”は、いかようにも変わって
くる。失敗しても、それをバネにして頑張り、目標を達成すれ
ば、過去の失敗は”勝利の1ベージ”と輝く

 ▼「妙とは蘇生の義」。池田名誉会長は「過去の遺産は遺産と
して、それをどう未来の価値創造に向けるか。その「知恵と「生命力」
の源泉が妙法にあります」と今を力強く生き、未来の勝利を開きたい。
  コラム 「名字の言」(潔)引用

 ▼{明明白白・目から鱗が落ちる}愚か者の「珍念」反省しています。
穴があったら入りたいです。このコラム 言いえて、妙です。

 ▼閑話休題 この前ある「ラジオ番組」で子供相手に電話で質問を
受け専門家が答えるのを聞きました。 それは4歳の女の子がお家の
庭に雑草が生えて毎年家族総出で草を抜いていますが、毎年生えるので
どうしたら、生えなくなるか・・? と いう趣旨でした。

 ▼雑草は根っこを引き抜いても、土の中に目に見えない小さな種子が
残っていて、完全に生えなくなるのは10年後 ・・ナヌ ?
だそうです・・養分と水分と日に当てない、草が生えたら抜く。
たとえ草を引き抜いても、木を切っても、頑強な根を断たなければ
再び成長するように盲執の根源となる、潜勢力を滅ぼさなければ
苦しみは繰り返される虞が、なきしもあらずですが。

不肖「珍念」も、心の奥底の邪な命を切らなければ苦しみは繰り返される
困った う~ん ( ^^) _旦~~ 

 ☆過去を変えることは、誰にもできない。
だが、今をどう生きるかによって、“過去の意味”は、いかようにも
変わってくる。失敗しても、それをバネにして頑張り、目標を達成すれ
ば、過去の失敗は”勝利の1ベージ”と輝く!

 即実行します \( ^∇^)/θ☆ わ~い

 

生きる

  A11 珍念のひとりごと

生命力の不思議

 生死を厳密に判定するほど医学が発達していなかった
時代には、埋葬された棺のなかで蘇生(そせい)する
例もあった。エドガー・アラン・ポーが『早すぎた埋葬』
のなかで、数多くの事例を紹介している。
子供のころ読んで、寝られなくなった思い出がある。

 ▼何が恐ろしいといって、地中深く生き埋めにされる
体験に、如(し)くものはあるまい。だから余計に、
南米チリ北部のサンホセ鉱山の地下700メートルで、
生存が確認された作業員33人の精神力には驚かされる。
今月5日に起きた落盤事故以来、17日ぶりだった。

 ▼小さなアパートの一室程度のスペースに取り残された
恐怖に打ち勝ち、わずかな食料と地下水脈からくみ出す水に
よって、生き延びてきた。強いからこそ、優しくなれるのか。
地上と連絡が取れて、事故当日先に出口に向かっていた仲間の
無事を知ると、歓声を上げたという。

 ▼約13センチの穴を通して、水や医薬品、食料の輸送が
始まった。家族からの励ましの手紙もこれから続々と届く。
救出の希望が持てたことで、33人の意気はさぞ上がっているだろう。

 ▼ただ希望というのは、かなえられないと感じたとき、かえって
人を絶望の淵(ふち)に引きずり込む副作用も持つ。人が通れる穴を
現場まで掘り進めるのに、約4カ月はかかるとみられる。
その情報は、作業員たちに知らされていない。精神的なショックを
与える可能性を恐れているからだ。

 ▼作業員の置かれた状況が、宇宙空間で長期間過ごす
宇宙飛行士に似ているために、チリ当局は米航空宇宙局(NASA)
の助言も求めている。熱中症などの病気の対策も欠かせない。
何より決め手となるのは、33人の生への強い意志だ。
それを信じて奇跡の生還を待ちたい。コラム「産経妙」引用

 ▼一日も早く33人全員の奇跡の生還を{珍念}祈っています。
エドガー・アラン・ポーの『早すぎた埋葬』を読み怖気がしました
何が恐ろしいといって、地中深く生き埋めにされる
体験に、如(し)くものはあるまい{死の恐怖}この世の地獄です
読者の皆さま ちょいと 長くて面白くないお話ですが、珍念の
摩訶不思議な体験を読んで戴ければ幸いです。

 ▼評論家の(山谷某)曰く・・絶望は愚か者の結論だ。と
筆者は、交通事故・末期がん・など、3回もお迎えが来ましたが
(ちよっと誤解を与えるかもしれません)そのつど乗越えました。

 ▼この世で一番 悲しく 恐ろしいのは・・・?
故ノーマン、カズンズ氏は 恋人の死。父母の離別。
交通事故。貧困。テロ。戦争。火災。 最愛の人の死。 
地震 。リストラ。 不治の病。など・・悲しく恐ろしいですが!
それよりも もっと 恐ろしいのは 心が病んで自分の体の中で
がらがらと音を立てて何かが崩れ落ちる時が恐ろしい「希望 
目標 夢 に 向かって挑戦しているか 否か」 なければ
恐ろしい精神の死です 私 に 明確な 希望が 有るや 否や
体は生きていますが 心は死んでいました。
 
 ▼(珍念)ある大学病院に末期がんで入院して、サジを投げられ
ましたが、恩師の指導を糧に今年1月で五年生存率を超え10年に
なりました。大きな大きな壁を一つ乗り越えました。 
毎日 毎日 楽しく愉快に過ごさせて頂いています。
 
 ▼恩師の教え
「人生は素晴らしい」 「一心の妙用」
人生を左右するものは<思想>である。<考え方>である。
悲観主義者は、壁があれば後戻りして、その結果、暗い未来を
招き寄せる。
そして言う。「やっばり、思った通りだ」
不屈の楽観主義者は、壁があれば壁を越えればいいだけだと、
 明るい未来を切り拓いていく。 そして言う。 
「やっばり、思った通りだ」
 
 ▼中国の詩人、蘇賦は絵の極意を教えた。「竹を描くなら
まず胸中に竹の姿を描かねばならない」
人生の絵も同じである心に、未来のどんな絵を描くか。ありありと
目前に見えるがごとく、希望に満ちた絵を描かねばならぬ。
悲観した暗い絵を描けば、その通りの方向に現実も動いていく。

 ▼自分が不可能だと思えば、必ず不可能になる。
「もうだめだ」と思ったら、必ずダメになる。
「私は勝つ!」そう決めた人間が勝つ。 ゆえに希望の絵を、
具体的に、映像が浮かぶように、心に描き出すことだ。
「いつか何とかなる」ではなく、「いつまでに何とかする」。
決めた目標を紙に書いてもいい。声に出して読んでもいい。
勝利の映像を心の底の底の無意識の層まで、しみ通らせるのだ。
「できる。できるに決まっている。やるんだ。どんなことが
あろうとも、やりとげるのだ」
実現した姿が、はっきりと確信できるところまで、繰り返し、
自分に言い聞かせることだ。

 ▼「希望」は。「確信」になってこそ、「現実」となる。
「心の壁」を破り続けること心とは、まことに不思議なものである。
心が変われば、環境が変わる。心から、そうしたいと願えば、現実
もそう動き始めていく自分自身が強く心に決めれば、不可能を可能
にしていく道が拓かれる。ともあれ生きながらの死 生きる屍、
これこそが一番 悲しく恐ろしい死だそうです
末期癌との闘いは総力戦です 友情も、親子愛も、夫婦愛も、人間愛も、
すべてが武器になる。そのすべてを動員しなければならない。
医師による治療は、総力戦の一端を担うものでしかない!

 ▼いわれる治療の根底にあるのは
心を最大の武器にして鍛えあげた時に、どんな病気も駆逐できる!
人生も病気も「闘い」を忘れたら勝利はない。
闘いが医学では説明のしょうがない「奇跡を起こす!
小宇宙としての人間は無限大の可能性を持っています。
だから私も1%の可能性(希望)が有る限り挑戦の人生を続けて
生きたいと決意しています
珍念もお迎えが来るまで頑張ります (#^.^#)

あ・・今日も 珍念の減らず口は絶好調です \( ^∇^)/θ☆ わ~い

最高の宝

  A11 珍念のひとりごと

  生命尊厳の心

 18世紀,琉球王国の黄金時代を築いた蔡温。
「琉球の五偉人」の一人と言われ、首里王府の行政の
最高責任者である三司官に就き、多くの功績を残した

 ▼哲人指導者であった蔡温は、「剣は小宝なり」
「大宝はただ汝の身なり」との一文を、次のエピソード
を通して残している

 ▼「私は、先祖代々に伝わる大切な剣を、一日も怠らず
磨いております」と語る少年に、おじいさんは尋ねた。
「その剣以外に、お前は何か宝を持っているか」。少年は
「何も持っておりません」と。おじいさんは言った。
「その剣など小さな宝にすぎない。君は最高の宝を持って
いる。それは君自身だ」。“君自身の生命の宝を、なぜ磨か
ないのか”

 ▼この問いかけに、少年は深く感じ入って感謝したという
池田名誉会長は「未来からの使者たちの命を、地域社会を
挙げて、慈しみ育てゆく沖縄の心は、青き海よりも大きく
深い」と讃える。先人たちが築いた{生命尊厳の心}こそ未来に
伝えていかなければならない教育の使命である。

 ▼「仏法者とは「民衆の心の田を耕す人」とは釈尊の言葉。
友の心を耕し、模範の人間交流の調べを奏でる創価の友。
そこに脈打つ「人間尊重」「生命尊厳」の精神を、永遠に
伝え残していきたい。コラム 「名字の言」(碧)引用

 ▼閑話休題 池田名誉会長のスピーチ珠玉集より

「風は走り続けている。花も一生懸命、咲き続けている。自然は
動いている。人生も戦いをやめてはいけない。寄せては返す波の音
というが、波には上げ潮もあれば、引き潮もある。・・しかし
波の音は、いっもある。いっも動いている。岩にぶつかっては、砕け
また、ぶつかっては岩を少しずつ削っていく。それも波が止まらな
いからだ。全部、宇宙の法則である。戦い続けた人が勝つ。

 ▼何があろうと、戦い続けたところが伸びる。(よし、やるぞ!)
というバネがなくなったら負けである。それがあるうちは、人も
団体も大丈夫である。

 ▼人間いかに生きるべきか・・この根本の思索なくして、たとえ
成功者のような姿になったとしても、魂は空虚である。哀れな人生
である。 

 ▼不肖「珍念」邪な心が時々? 反省していますいっもです。
先生の指導に触れたときは、勇気がでますが弱い心もでます。
戦い続ける・・う~ん(@_@;) ううぅう
最も良い返事は・即・実行することです。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

私は貝になりたい

 A11 珍念のひとりごと

 <物言えば唇寒し秋の風>

芭蕉の俳句。何事も口に出した後はたいてい後悔するものだ。
とくに、他人の悪口などを言った後はなおさら空しい心になる
という意味。ここから、よけいなことを言えば、禍いを招く
ことになるということ。

 ▼あるサークルの集いで何気なく、顔見知りの方に「ひさし
ぶりですね、お元気そうですね。」と挨拶を交わしましたが
虫の居所が悪く「ケンモ、ホロロ」で「珍念」呆然としましたが
「お気に障ったらお許しください」とお詫びをしました。
 {口は禍いの門}の諺が身にしみました。

 ▼その夜、ご近所の方から栄縲(さざえ)を戴きました。
さっそく壺焼きにして食べました。栄縲の蓋が開かなくて手を
妬きましたが暫くして慣れてきました。生きている栄縲の蓋は
閉じたら、うん・とも・すんともしない、愚か者の珍念の口も
栄縲のように固くならないかなぁ。( ^^) _旦~~

 ▼閑話休題 栄縲(さざえ)に関する話を思い出しました。

江戸時代の心学者(庶民、特に町人のために道を説いた人)
柴田鳩翁の説話です。「あの栄縲という貝は、手丈夫な貝で
しかも丈夫な蓋を付けている。そこで栄縲は、なんぞというと
中からぴしゃりと蓋を閉めて、もう心配はないと思っている。

 ▼鯛や鱸が羨ましがり、これ栄縲や、お前の要害は堅固なものだ。
中から蓋を閉めてしまえば、外からは手の出しようがない。なんと
結構な身の上ではないかというと、栄縲は髭を撫でながら、お前
さんたちがいうほどのこともないが、まあ、こうしていればたい
して苦労することもないと、卑下自慢をしているとき、ざぶりと
音がした。その一瞬、栄縲はただちに蓋を閉め、・・はて、今の
音は何であったか。釣り針であろうか。

 ▼こんなことがあるからこそ、うっかりしてはおれんのだ。
鯛や鱸は捕えられてしまったかもしれん。彼らはどうなったこと
だろうか・・しかし、ともあれ、おれは助かった。この堅固な
要害のおかげだわい・・などと考えているうちに、かなり時間も
たったので、もうよかろうと、そっと蓋を開け、顔をヌッとさし
出してそこいらを見渡してみた。ところが、どうも様子が可笑しい。
よくよく見れば、なんと、魚屋町の肴屋の店先に”このさざえ
十六文”と、正札付きになってしまっていた」

 ▼人生においても、固定観念が・ドンデン返しに、なることが
ありますが。孔子は川のほとりに立ち流れを見守りながら
「逝く者は、かくの如きかな。昼夜を舎かず」(論語)と嘆じた。
「水の流れのようにこの世はすべて変化し、移ろう」。だが私た
ちは、ともすれば、今日は命があっても、明日という日は分から
ないということを忘れてしまう。愚か者の珍念、恥じています

嫌われるのでもう消えます。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

画竜点睛

  A11 珍念のひとりごと

ごまめの歯軋り (*`ε´*)ノ

 ▼〈ゆだんせぬ・二八(にはち)ばかりの生ざかな〉。
今から300年ほど前に、京都で出版された『軽口頓作
(かるくちとんさく)』という句集にあるそうだ
(『江戸は川柳 京は軽口』下山山下著)。二八とは16歳
まさに娘盛りをいう。「生ざかな」は生きもいいが、傷みも早い。
江戸時代から難しい年ごろとされてきた。

 ▼満年齢では、14か15に当たる。といっても当時の若者は
大人びていたから、今ならそのまま16歳と受け取ってもいいだろう。
その16歳で高校1年生の女子生徒が、東京都品川区の自宅に火をつけ、
父親に重傷を負わせるというショッキングな事件があった。

 ▼朝帰りをしかられ、「家族が死んでもいい」と思ったという。
今年7月には兵庫県宝塚市で、中学3年生の女子生徒が、同級生と
ともに自宅に放火して、母親を死なせる事件も起こっている。

 ▼江戸時代なら、こんな悲劇を避ける方策があった。
娘なら早々に嫁に出し、だめ息子には勘当を言い渡した。
〈何とせう・談合(だんこ)やぶれた紙子(かみこ)のだん〉。
『軽口頓作』にも、親子の話し合いが決裂、紙の着物姿で追い出され、
「どうしよう」と情けない声を上げる息子が詠まれている。

 ▼親が娘の結婚を決めることも勘当もなくなった現代社会、
といっても半世紀も前、寺山修司が唱えたのが、『家出のすすめ』
だった。「若者は一人立ちできる自信がついたら、まず
『親を捨て』ましょう」と呼びかけ、物議を醸した。

 ▼ただ寺山は、時間を置いてから「『親にたいしての友情』
という新しい関係をもてばいい」とも言っている。親に殺意を
抱くくらいなら、親を捨てよ。そのために一日も早く自立せよ。
「生ざかな」にそんなアドバイスができる大人はいなかったのか。
 コラム {産経妙}引用

 ▼筆者は、毎朝、全国紙のコラムを拝見していますが、何れが
菖蒲か杜若か、甲乙、付け難く素晴らしい論文です。
でも、読者に問題を提言されていますが!変人の「珍念」(*^_^*)
ではコラムを書かれた筆者は評論家の鎧を脱いで、こうすれば良いと
持論を明かされた方が、宜しいかと愚行します。

 ▼画竜点睛(がりょうてんせいを欠く)】(意味)最後に大切な部分に
手を加えて仕上げをすること。あ・執筆者に対して釈迦に説法でした。
今日も{変人の珍念}減らず口は絶好調です\( ^∇^)/θ☆ わ~い

人類の重い課題 

   A11_2 珍念のひとりごと

はやぶさカプセル

「立ち止まらないでくださーい」。係員の容赦ない声を
聞きつつ小惑星探査機「はやぶさ」のカプセルを見た。
昼下がりの東京・丸の内。子どもより大人の姿が目立つ 

▲展示のメーンは「インスツルメントモジュール」。

 この中に小惑星「イトカワ」のカケラを収めたはずの筒状
容器が入っていた。容器は取り出して解析中。
大気圏突入の熱からカプセルを守った耐熱シールドも管理が
難しいという理由で引き揚げられた後。そのためか、
伝わってくる「はやぶさ」の命はもうひとつだ

 ▲いや、むしろ「はやぶさ」があそこまで擬人化された
ことが不思議なのかもしれない。「機械に感情移入するのは
日本人特有では?」という声も聞いた。モノに命を吹き込むか
どうかには文化的違いがあるのだろうか

 ▲ロボット作りも日本は独特だ。自分そっくりのロボット作りで
知られる石黒浩さんらが、今度は遠くの知人がそばにいる
ように感じられる人型ロボットを開発した。
特徴のない外見だが、遠隔操作する人の動きや声を再現する。
いなかの祖父母の家に置き、孫が操作すると、ロボットが孫に
見えてくる仕組みらしい

 ▲ロボットに命を見るのは日本人ばかりとはいえない。
日本発のアザラシ型ロボット「パロ」は欧米の福祉施設でも
使われている。先月のニューヨーク・タイムズにも米国の施設で
パロが高齢の母親に寄り添う様子が紹介されていた。
癒やし効果は万国共通ということか

 ▲機械に命を見る一方で、生身の人間が忘れ去られている
日本の現状も気にかかる。100歳以上の所在不明者は増える
一方。青い星の長寿国が抱える窮状である。 {余録}引用

 
 ▼う~ん、珍念の灰色の脳細胞は千路に乱れています。
この「コラム」の中に日本人が得た物と、失われた物が描かれて
いるようです。
機械に命を見る一方で(「自己満足」あ・・語弊があるかなぁ)
生身の人間が忘れ去られている日本の現状も気にかかる。
100歳以上の所在不明者は増える一方。青い星の長寿国が
抱える窮状である。大事なものが失われています。

 ▼手塚治虫の(『ガラスの地球を救え』より)
一枚の絵を前にして眠った男が、生命の永遠の
旅を重ねて行く夢を見る、という場面です。
夢というのは眠りの中で魂を体から解放
することだという説もあります。
夢の中で自由に羽ばたく魂は、きっとその時
宇宙へだって舞い上がって行けるのでしょう。
そして無限の果てから、この人生に必要な知恵を
見つけ出して持ち帰ろうとしているのかもしれません。
そう考えると、夜、眠りに就くことが、ちょっと
ワクワクする冒険のはじまりのように思えてきますね。

 ▼ひょっとすると、いまの人類は、進化の方向を 間違えて
しまったのではないか、もとのままの「下等」な動物でいたほうが、
もっと楽に生きられ、楽に死ねたかもしれない。
地球をここまで追いつめることもなかったでしょう。

 ▼不肖、珍念ちょっとばかり・心の病を癒す方法を知っていますが
誤解を被るかも 知れませんので・・(*^^)vううぅ
あ・・これ以上減らず口を叩くと閻魔さまから叱られる・・ううぅ
こっそり、消えます (´;ω;`)ウウ・・・

歪な「感想戦」を憂う。

  A11 珍念のひとりごと

 囲碁や将棋には「感想戦」がつきものである。
対局が終わった後、もう一度並べ直すなどして、勝因や敗因を
検討する。主に負けた側を「ここでこう打っておれば勝っていた」
と納得させるためにやる場合が多いのだという。

 ▼秋山賢司氏の『囲碁とっておきの話』によれば、囲碁棋士
でもとことん感想戦をやるのとあっさりすませるタイプがあるという。
往年の強豪、故岩本薫九段もあっさり派だった。
「これなら私の勝ちだった」と言われても「はい、それで私の負けでした」
と無抵抗なので、相手は逆に困ったそうだ。

 ▼国と国との歴史論争も、感想戦と似たようなところがある。
過去の戦争や紛争をめぐり、とことん相手の責任を追及し、自ら
の正当性を主張する。そんな国があるかと思えば、「はい、すべて
こちらが悪うございました」とすぐ引き下がる国もある。

 ▼後者の代表が「談話」で謝罪をくり返す日本であることは
言うまでもない。時の政権にすれば、岩本流に相手の言い分を
受け入れることで矛先をかわしたいのかもしれない。
だがすべてこの国の先輩たちが悪いとされる国民はたまった
ものではない。

 ▼今月18日付本紙「正論」の藤岡信勝氏の論文はそうした
国民の鬱憤(うっぷん)を十分にはらしてくれた。日韓併合後、
教育をはじめ朝鮮の近代化に果たした日本の役割を史実に基づき
キチンと紹介している。その上で菅首相の談話を「虚偽と妄想の
上に成り立つ」と断じているのだ。

 ▼相手、この場合の韓国に対しても、主張に無抵抗に従って
謝るだけが真摯(しんし)な態度ではない。
感想戦の例でもわかるように、反論すべきはきちんと反論して
こそお互いが真に納得できる。未来志向につながるのだろう。
 コラム {産経妙}引用 

 ▼このコラムに座布団10枚差し上げます\( ^∇^)/θ☆ わ~い

一庶民の感情として「曖昧模糊」の様相に忸怩たる思いがします。
迷走を続ける、我らが官総理・・確固とした理念・荒海に挑む船に
羅針盤はあるのかなぁ? 友人曰く・・もう・・あかん(あ官)と (@_@;)
愚か者の「珍念」の杞憂でしょうか。

「学問のすすめ」

   A11 珍念のひとりごと

フィンランドの「米百俵」

教育の重要性を説く故事に「米百俵」がある。
幕末の戊辰(ぼしん)戦争に敗れ困窮の極みにあった
長岡藩は、支藩にもらった米百俵を藩士にバラまかず
学校設立に使った。いま食えばそれきりだが、教育に
使えば将来100万俵になって返ってくる

 ▲01年に首相に就任した小泉純一郎氏が所信表明演説
で引用して有名になった。これを文字通り実行したのが
北欧のフィンランドだ。ソ連崩壊の余波で大不況に見舞われ
国の歳出は大幅カット。
そのなかで教育費だけ増やす大勝負に出た

 ▲それは大きな果実をもたらした。子どもたちの学力は急伸。
国際比較ではいつも世界のトップだ。ノキアなど知識集約型
の産業が発展し「森と湖の国」はハイテク国家に変容した

 ▲菅直人首相は財政の立て直しを急いでいる。増税するにせよ、
その前に限度まで歳出カットだ。教育予算も例外にできない。
そういう方針だから教育関係者には危機感が強い。ことに大学。
国立大学の運営に対する補助金も大幅にカットされようとしている

 ▲シンガポール政府のウェブサイトを見ると、英語、日本語、
中国語、韓国語など7種の言語で、世界の若者に留学を呼びかけている。
もしあなたが卒業後3年間シンガポールで働けば、学費の
8割を無償供与しましょうと。世界の大学はいま、いかに海外の
優秀な頭脳を獲得するかを競う。それが国の将来を左右するからだ

 ▲日本は大丈夫だろうか。英タイムズ紙系の「QS大学ランキング」
10年版(アジア地域)を見ると、シンガポール国立大学が昨年の
10位から3位に急上昇し、東京大学の5位(日本では首位)
を追い越していた。コラム「余録」引用

 ▼筆者は、「学問のすすめ」に思いを馳せています。
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」
福沢諭吉が著した明治初期のもっとも有名な啓蒙書。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている
__人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの
人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の
高い人低い人とある。その違いは何だろう?。それは甚だ明らかだ。
賢人と愚人との別は学ぶ
と学ばざるとに由ってできるものなのだ。
人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を
勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は
貧人となり下人となるのだ。」

 ▼「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」
これは福澤先生の言葉ではありません。
天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずといえり、されば・・・・
『学問のすすめ』初編の書き出しの言葉を、よくお読み下さい。
<といえり、>とは<と言われている、>という意味です。

 ▼人間の平等を唱えたというこの言葉は、アメリカ合衆国の
独立宣言の中のものです。
福澤先生が天と訳した言葉は<Under the God>です。
されば・・・・から続く文章には、
学ぶと学ばない差によって、賢人と愚人の別の出来ることから
説いておられます。
だからこそ、『学問のすすめ』なのです。 「ウィキペディア」 引用

 ▼愚か者の「珍念」師匠から、大学に行くようにと言われた
ことがありました。今になつて、学問の大切さを痛感しています。
無学と教養のなさと、品格の無さを恥じています。
今更ながら、偉大な師匠の励ましに感涙しています。
あ・・またまた、独りよがりの説法を・・・モジモジ(。_。*)))

「母は偉かった」(●^o^●)

   A11 珍念のひとりごと

 母に思いを馳せる (^-^)

 ▼古今東西=母の恩は、山よりも高く、海よりも深し。 
と言われていますが!

 ▼名を成した人の親なら、子育て自慢も許されよう。
半世紀も「偉人の母」でありながら、控えめを通した
この人は稀有(けう)な例である。
世界のホームラン王、王貞治さん(70)の母登美(とみ)
さんが108歳の天寿を全うした

 ▼世界記録を抜く756号が出た試合、グラウンドに招か
れた老父母は、孝行息子から記念の花盾を受けた。
質素な普段着、慣れぬ場ではにかむ笑顔に、人格者が
巣立った家庭をのぞき見た思いだった

 ▼富山市で生まれた登美さんは、10代半ばで東京に
奉公に出て、中国出身の王仕福(しふく)さんと出会う。
差別の中、どんな仕事もいとわぬ出稼ぎ労働者だった。
若夫婦は、屋号ごと継いだ下町の中華そば屋「五十番」に
将来を賭けた

 ▼王さん曰(いわ)く「気は強いが、一面では優しく陽気な働き者」は
一途で不器用な夫を支え、小さな店を切り回した
夕飯は登美さんが作る栄養満点のおじやで、ふうふう食べたという。
仮死状態で生まれた病弱な子は大きく育ち、球史に太字の名を刻む

 ▼母は、球場に通い詰める〈後楽園の名物ばあさん〉でもあった。
現役引退時の思いを、自著に記す。
「無学の上に特別な才能も何もない親のもとで、ここまでやって
くれて、母さんは幸せです」(『ありがとうの歳月を生きて』勁文社)

 ▼いや、徹夜の看病がなければ、そして大空襲の夜におぶって
逃げてくれなければ、868本の本塁打はない。多くの野球少年が
「世界」を夢見ることもなかったろう。そうそう、左利きの矯正を
あきらめてくれたのも正しかった。「ありがとう」は尽きない。
 (コラム「天声人語」引用)

 ▼不肖・珍念・・偉大な王貞治さん(70)の母登美(とみ)
さんに感激しました。今日は減らず口は閉じます。
コメントは、釈迦に説法ですから・・(u_u。)

何を優先すべきか!

  A11 珍念のひとりごと

何を優先すべきか!まず大きな石を入れなければ

さて、「何を優先すべきか」をはっきりさせることが、
いかに大事か。それを物語る話を想い出しました。
時間管理学の専門家である教師が、ビジネスを学ぶ
何人かの学生に話していた時のことです。

 ▼教師は告げた。「さあ、クイズの時間です!」。 
彼は大きな広い口のビンを取り出し、テーブルの上に置き、
ビンに大きな石をそおっと入れ始めた。大きな石でビンが
いっぱいになった時、彼は学生たちに聞いた。
「ビンは満杯になったでしょうか?」。
教室にいた全員が「はいと答えた。教師は聞き返した。
「満杯?本当に、そうでしょうか?」。彼はテーブルの下に手を伸ばし、
砂利の入ったバケツを取り出し、砂利をビンの中に入れ始めた。時々
ビンを揺すり、砂利が石のすき間に入るようにして入れ、
学生たちに再び聞きました。「ビンは満杯になったでしょうか?」。

 ▼ここまできてようやく、教師の意図がわかったようで、一人の学生
が答えた。「たぶん満杯ではないと思います」。教師は「その通り!」
と答え、テーブルの下に手を伸ばし、今度は砂の入った
バケツを取り出し、砂をビンに入れた。砂は石と砂利の
合間を完全に埋めた。「ビンは満杯になったでしょうか?」。
学生全員が「いいえ!」。「その通り!」。教師は今度は水差しを
取り出し、ビンのふちいっぱいまで水を注ぎました。 

 ▼ 「この例がいわんとすることは何でしょう?」。
一人の学生が手をあげました。「どんなに予定がいっぱいでも
一生懸命、努力すれば、それ以上の予定を入れることが
できるということだと思います」 「それも、いい答えです。
しかし、私が言いたいのは、自分の人生における『大きな石』
を先に入れなければ、人生に入れたいと思っているすべてを
入れることはできないということなのです」
 
 ▼皆さまも、皆さまにとっての「大きな石」を決めて、
自分のビンにそれを最初に入れることが大事でありましょう。
皆さまにとっての「大きな石」とは何か。皆さんが大切に思い
愛する人々。教育。夢。価値ある目的への献身。他人を教え導くこと。
好きなことをすること。または自身の健康に特別な留意をすると
いったことかもしれません。私たちの国では「小さいことに、
くよくよするな」と言います。砂や砂利のような、小さなことに
とらわれていては、それだけで人生をいっぱいにしてしまう。
本当に大事でないことにばかり気をもみ、本当に大事なことに
使う時間がなくなってしまうのです。

 ▼閑話休題 『ガラスの地球を救え』手塚治虫より)
 
  アトムはいつも人間を守るために戦います。
なのに、人間たちは何か問題が起こるとすぐに「ロボットなんか
やっぱり信用できない」と言い出すのです。
ここに「他者」に対する人間たちのあからさまな差別意識があります。
私たちの中にも「育ちが違うから」とか「結局、外国人だからな」
なんて思ってしまう差別的な心がありますね。

 ▼あなたはいま、あなたの周りの「アトム」につらい仕打ちをして
いませんか?「おとななんて信用できない」「最近の子供は何をするか
わかったもんじゃない」なんていう世代間差別はもちろん、「最新の
ゲームを持ってなきゃ仲間に入れてやらない」なんて差別もあるかも
しれません。そんな身近なところから、いまも地球の上で繰り返されて
いる「民族差別」「宗教差別」による戦争の芽が育って行くのです。

 ▼身分を決めたのは人間。 身分で苦しむのも人間。
自然界とは何の関係もないことだ。
雨や嵐や日でりで、人間が苦しむのは誰も同じだ。
もし世界の終わりがくれば、だれも彼も死んでしまう。

 ▼愚か者の「珍念」器が小さくて変な石を入れているようです。
入っていたのは・悪知恵と人を惑わす二枚舌です。(@_@;)
深く反省しています。反省・反省で今日も懺悔しています。
あ・・またまた 減らず口を「閻魔さま」から叱られる・・ぅうう
即・退散します。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い 

 

「天が動いていたころの話」?

   A11_2 珍念のひとりごと

 {天動説の絵本}=安藤光雄氏の本を紹介します。

1543年に、地球は丸くて太陽の周りを回っている、と地動説

を説いたのはコペルニクスです。今では常識になっていますが

それまでの人々は、地面はどこまで行っても平らで、太陽や月や

星だけが天を動かしているという、天動説を信じていました。

自然や人間社会のさまざまな不思議も、すべて神のしわざだと

考えてました。

 ▼そんな遠い時代を振り返ってみると、ある意味では、のどかな

ロマンチックな世界が心に広がってくるではありませんんか。

 ▼作者は、そうした想像の世界をこの一冊にこめて描いています。

しかしページを繰ると、初めは平らだった大地がしだいにまるくなり

球形になって、最後には一個の巨大な地球儀と化します。

 ▼この本には、コペルニクスやガリレオやマゼランの名などまったく

登場しませんが、読者の皆さんなら、読む進むうちに、この発見は

誰のもの、あっ、あの話だと気づかれるでしょう。

 ▼巻末の「解説とあとがき」「年表とおぼえがき」で現在の科学的

な考え方を述べて、しっかりおさえています。

ときには、この絵本のような空想にふけるのも楽しいことでしょう!

 ▼珍念・・いっも、変な・・(^-^)空想の世界にのめり込んで

います・・ぅうう なにしろ 精神年齢は、まだ11歳ぐらいです。

 ▼昨晩・不思議な夢をみました・・それは、おとぎの国で魔王から

謎が解ければ、金銀財宝と命を助ける。解けなければ命を奪うと

「魔王は大空に向かって右手を掲げ(天に3つの廊下)がある、

答えはなんだ」・・・?」 知恵第一の珍念((・_・)エッ....?) 悩みましたが

(3つの廊下がありますが、○晴れろうか!○曇ろうか!○雨ろうか!)

の3つの廊下があります。あのぅ 褒美は貧しい人たちに差し上げて

下さい。何もいりません。  魔王は、世にも珍しいあっばれな若者だ

姫の婿にならぬかと・・「 国に年老いた母が帰りをまっていますので

失礼します」と魔王の国を後に道を急いでいました 魔王の従者が

見えられ・・「{実は、姫の婿を承諾していたら、殺されていたのです}

この魔法の鏡を下されました、どんな願いでも叶えられます」と

 ▼珍念さん・・お友だちが散歩にと待って居られますよ・・・・?

ん・・貴方・・何か悪い夢でも見たのですか・・? さっきから手鏡を

見て・・おでこに 手をあて・・熱は無いようです・・怪訝そうな顔をして

いつまでも・・あどけない{珍念}の 顔を見ていました。

「英霊の嘆き」 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 

  A11 珍念のひとりごと

『「哀しみ」という感情』を忘れた日本人

 ▼倉本聰さん作の『歸國(きこく)』を先週末、舞台と
テレビドラマの両方で観(み)た。戦後65年たった
「昭和85年8月15日」の未明、東京駅に軍用列車が
到着する。乗っていたのは、大東亜戦争の最中に南の海で
玉砕した英霊たちだ。

 ▼彼らの目的は、故国の平和を目に焼き付け、南の海に
漂う数多(あまた)の魂に伝えることだった。早速靖国神社
に向かった英霊たちは、仰天する。
参拝する閣僚を、大勢のマスコミが追いかけていた。
「国の為(ため)に死んだオレたちを、どうして国の要人が
夜中にこそこそ詣(まい)らなきゃならないンだ」。

 ▼脚本が書かれたのは昨年の夏だった。全閣僚が参拝しない
政権が生まれるとは、倉本さんも予想しなかったようだ。
最近、100歳以上の高齢者が所在不明となる事例が次々に
発覚している。家族の絆(きずな)が失われた世の中を象徴
するような事件だが、これを予言するような場面もあった。

 ▼英霊の一人は、かわいがっていた妹が、女手一つで育てた
一人息子に見捨てられたまま息を引き取る姿を、目の当たりにする。
母の死を妻に知らせる息子のメールのなかには、「肩の荷が下りた」
の一文があった。逆上した英霊は、政府の重要なポストにいる息子
を剣で刺す。「日本は本当に倖(しあわ)せになったのか」。
英霊たちは問いたださずにはいられない。

 ▼政府のばらまき政策にもかかわらず、景気回復の実感はない。
心理学者の岸田秀さんによれば、「日本の経済的繁栄の理由は
砲火を浴びて死んだ兵隊たちに対して日本国民が感じた罪悪感」
だった(『「哀しみ」という感情』)。
 ▼それを忘れた日本が沈滞するのは当然かもしれない。
英霊たちを絶望させたまま南の海に帰らせた報いを、いま
われわれは受けている。{産経妙}引用
 
 ▼「日本の経済的繁栄の理由は砲火を浴びて死んだ兵隊たちに
対して日本国民が感じた罪悪感」だった(『「哀しみ」という感情』)
不肖・珍念・・コメントは・・「英霊の方に深くお詫びし、ご冥福を
お祈りさせて戴いています。

 ▼漫画の神様と言われた「手塚治虫先生」は『ガラスの地球を救え』
の中で次のように述べています。

▼ 爆弾の雨が降り注ぐ中、敵も味方も全滅だと知って、初めて
世界から戦争がなくなった、という場面です。
つまり人間が全滅しない限りこの地上で起こる戦争は終わらない。
そんな悲しみと憤りがこの場面には溢れています。
自分たちを滅ぼさなければ戦争という問題解決手段を
捨て去ることが出来ない。
本当に人間はそれほど愚かな生き物なのでしょうか。

あ、今日も(珍念)の、減らず口は絶好調です\( ^∇^)/θ☆ わ~い

 <杞憂> ( ^^) _旦~~

  A11 珍念のひとりごと

  {送り火} 「古本屋の看板を気を付けて見てみなさい。
『高価買い入れ』とあっても、『古本売ります』
とは書いていないでしょ。買い取りこそ腕のみせどころですから」。
ある古書店主にそう教わった。
言われてみると確かに「売ります」は少数派だ

▲「せどり」という商いがあることも聞いた。見知らぬ土地の
古書店に飛び込む。書棚に並んだ背表紙をざっと見回すと、
結構な値打ち本がほこりをかぶっている。それを安く買い、
転売するのである。目利きを競う古本屋の他流試合みたいなものか

▲だがこの手だれの古書店主にしても、近ごろ書物の“自炊”
がはやっていると聞けば驚くだろう。自分で本を裁断し、
1ページずつスキャナーで読み込んで電子書籍にすることを
指す隠語だ。iPadなどの登場で注目され、高価な裁断機が
売れているという

▲本の悲鳴が聞こえてきそうな蛮行である。いや、「陶板や木簡
から紙に変わったのが、今度は電子データになっただけ」と
ドライな考え方もある。引っ越しのたびに本の山と格闘し、
腰を痛めた身には心が動くのも確かである

▲お盆に京都の下鴨神社・糺(ただす)の森で開かれている
「納涼古本まつり」(16日まで)をのぞいた。関西の約40店
が木陰に80万冊を並べ、リュック持参の熱心なファンもいた。
一冊一冊の手触りまで確かめる愛書家にとって“自炊”など
言語道断であろう

▲会場を出て如意ケ岳(大文字山)を仰ぐと、今夜の送り火
に向け火床の準備が進んでいた。ご先祖様の精霊は彼岸に戻るが
裁断された本たちの魂はさてどこに帰るのか。
インターネットのクラウド(雲)とやらのかなただろうか。
コラム 「余録」引用

 ▼(@_@;)う~ん・・何だか摩訶不思議な、世の中になった
ようです・・愚か者の「珍念」の杞憂でしょうか。

 ▼杞憂「きゆう」:《中国古代の杞の人が天が崩れ落ちてきは
しないかと心配したという、「列子」天瑞の故事から》心配する
必要のないことをあれこれ心配すること。取り越し苦労。

 ▼火の鳥・望郷編で、手塚治虫は訴えています。
人間がどのように進化しようと、物質文明が進もうと、自然の
一部であることには変わりないし、どんな科学の進歩も、自然を
否定することはできません。それはまさに自分自身=人間その
ものの否定になってしまうのですから。

 ▼あ・つぃ調子に乗って減らず口を叩きました。閻魔さまから
叱られる・・これ以上は、もう蛇足ですから消えます。 (*゚ー゚*)

終戦記念日に思う!

  A11 珍念のひとりごと

  「65年後」の昔と今


 ▼「私の知っている貴方(あなた)は必ず自己に対して
責任を感じていられると思う。……
連盟と手を分かつに至ったのは貴方の手によってである。
この結果、日本は明治維新以来初めて世界に孤立したのであります」

▲リベラルな外交評論で知られた清沢洌(きよし)が、日本の
国際連盟脱退の立役者となった松岡洋右への公開状
「松岡全権に与(あた)う」を発表したのは1933年のことだ。
この年の連盟脱退が、その後の戦禍と敗戦・占領にいたる
歴史の転換点の一つだったのはいうまでもない

▲国民が玉音放送でポツダム宣言受諾を知った夏から
65年が過ぎた。それがどれほどの時かは満州事変での
国際連盟脱退が明治元年から65年後だったのを思い返せばいい。
明治維新からその日までと同じ歳月が戦後を流れた

▲英国はじめ列強の勢力均衡と植民地支配からなる1
9世紀国際秩序に適応し、国の独立を守った明治維新だ。
だが米国が主導する20世紀の国際秩序や産業文明の
変化にはあまりに鈍感な日本だった。自己改革を怠って
侵略と戦争の迷路に入り込み、ついに独立も失った

▲「松岡全権に与う」はその迷路の入り口となった連盟脱退
での外交当路者の世論迎合を批判したことで有名だ。
世論とはほかでもない、当時こぞって連盟への強硬姿勢を
あおった新聞を意味する。清沢は迷走する日本において
新聞人の責任を問い続けた人でもあった

▲歴史は繰り返すといいたいのではない。戦後65年を迎えた
新聞は21世紀の世界の新たなうねりにちゃんと目を見開き、
それを報じているか。内外の戦没者の魂の平安を祈る日は、
また新聞人が厳しく自らに問わねばならぬ日である。
 コラム {余録}引用

▼一言居士の「珍念」。では、戦時中どの政党・団体・個人が
命を賭して戦争に反対したのか・その勇気ある行動を称えるべきと
思うが如何ですか。・・

 ▼創価学会の「初代会長・牧口常三郎」(二代会長・戸田城聖)は
国が滅びるのを憂い戦争に反対して二人とも投獄されています。
初代会長は、獄死、それに比べ、知識人・マスコミは・・・?

 ▼筆者は終戦の日、3歳でした・日本が戦争に負けたと聞きました。
いつも お腹がすいて食べ物の夢をよく見ていました。白米を腹一杯
食べたいと、そんな時代がくるのかなぁ。生きてる時にタマゴ・バナナ
を飽きるほど食べたいと・かすかな夢を描いていました。
飽食の現在は、食べ過ぎて生活習慣病で苦しむ人が居られますが!

 ▼(『手塚治虫エッセイ集』より)
私にはただひとつ、これだけは断じて殺されても翻せない 主義がある。
それは戦争はごめんだ、ということだ。戦争というのは、兵隊が戦って
死んでゆく、という単純なものではありません。歴史の上で何回も戦争は
繰り返され、そのたびに多くの子どもたちが犠牲になってきました。
いまも世界中で沢山の子どもたちが、大人たちの争いの中で傷つき、手足
を奪われ、両親や兄弟と引き離され、命も未来も踏みにじられています。
その現実から目を逸らさないこと。「関係ないじゃん」とそっぽを向かないこと。
平和な世界を望むなら、まずそこからはじめなければなりません

 ▼来るべき世界
自国の民を平気で弾圧している悪らつな権力者、 政治家も、
問われれば、涼しい顔で「緑は大切だ、動物を保護しよう、
生命は大切にしよう」と言ってのける。
でもぼくがもっと悲しく思うのは、権力者ばかりでなく、
僕らのような普通の市民があんがいこんな状況を支えて
しまっているような気がするからなのです。

 あ・・また、おしゃべりを嫌われるので即退散します。モジモジ(。_。*)))

 

「禁断の甘い蜜」(^-^)

    A11 珍念のひとりごと

  「眠りの砂」の処方増

 「ザントマン」はドイツ語で砂男、目に砂をかけて
子供らを眠らせる民話の妖怪だ。ホフマンの怪奇小説
「砂男」の題材に用いられたが、小川未明の童話「眠い町」
にもそれを思わせる老人が登場する

 ▲旅人を眠らせるというさびれた町に来た少年ケーは、
砂袋をかついだ老人に出会う。町の主という老人は、
今の人間は休む間もなく美しい森や野に鉄道や工場を造り
続けると嘆く。だから袋の砂を世界中にまいて人々を休ませ、
地球を荒廃から救うようケーに頼んだ

 ▲人を眠くする砂を世界中にまき歩いたケーが、町に戻ると
仰天した。さびれていた町には大きな建物が建ち、工場が
うなりをあげ、電車が縦横に走っていたのだ--はてさて、
老人はいったいどこに行ったのだろう。ともあれ眠りの砂も
使いようだが、案配が難しい

 ▲厚生労働省の調査によると、最近の4年間で医療機関が
患者1人に処方する1日分の睡眠薬の量が3割も増えていた。
また処方された患者の3割が4年間飲み続け、うち7割は
薬が減っていないのも分かった。いったん処方すると、
なかなか減量は、なされにくいのだ

 ▲調査担当者は「効果の見極めが不十分のまま、漫然と処方
されているケースが多いのではないか」という。
むろん必要もないのに薬を飲み続ければ、心身に悪影響を
与えかねない。厚労省は調査を踏まえ、睡眠薬の投与と
減量法のガイドライン策定に乗り出すという

 ▲人を眠らせなくする産業文明は、眠りの砂も自前で
作り出すが、使いこなしはまだうまくないようだ。
「今の人間は万事やりすぎるからね」。
袋をしょった老人の声がどこかから聞こえそうだ。
 コラム(余録)引用

  ▼「眠りの砂」う~ん あ・・余り悩むと髪の毛が・・ぁうぅ!
愚か者の「珍念」今日は、減らず口は閉じます。モジモジ(。_。*)))

生きる ( ..)φメモメモ

    A11 珍念のひとりごと

 生命の尊厳

心臓の移植を受けた40代の女性が手術後、食べ物の好みが変わり
性格が男っぽくなった。
心臓を提供したドナーの家族を捜し出すと、バイク事故で脳死になった
18歳の若者の嗜好(しこう)と一致していることがわかる。

 ▼いわゆる「記憶する心臓」の事例が、アメリカで報告されている。
似たような話が、二千数百年前の中国でもあったことを、加藤徹さんの
『怪力乱神』(中央公論新社)で教えられた。

 ▼魯(ろ)の公扈(こうこ)と趙(ちょう)の斉嬰(さいえい)
の2人が病気になり、名医の扁鵲(へんじゃく)の治療を受けた。
扁鵲は、2人の心臓を交換するとちょうどいいと考え、手術を行う。
斉嬰の心臓を移植された公扈は、斉嬰の家に、公扈の心臓を移植
された斉嬰は、公扈の家に帰った。
驚いた両家の家族は、扁鵲の説明を聞いて、ようやく納得したという。

 ▼臓器提供者を増やすために改正された、臓器移植法が施行された。
日本は子供への移植を海外に頼ってきたが、家族の同意によって
15歳未満の子供からの臓器提供が可能になった。
それに伴い、18歳未満のドナーから提供された心臓を、同じ18歳未満の、
移植を希望する患者に優先的に提供するルールを設けることになった。

 ▼海外のデータによれば、子供から子供への移植の方が生存率が
高いのが、大きな理由だ。子供の心臓を提供する親の心情を考慮
に入れるべきだ、との声も専門家の間で上がったらしい。

 ▼「記憶する心臓」に、医学的根拠はない。ただ脳の機能が
知られるようになるまで、心臓に心が宿っていると、人は信じてきた。
「胸の内」といった言葉はその名残といえる。
特別な臓器だからこそ、同じ年ごろの子供のために役立てたい。
そんな親の気持ちは、わかりすぎるほどわかる。{産経妙}引用

  ▼筆者は、(1997年)の大きな話題の一つに、イギリスで作られた
クローン羊ドリーがある。スコットランドのロスリン研究所で、雌の羊
(A)の体細胞から取った遺伝子を、羊(B)の未受精卵に移植し、これを羊
(C)の子宮で代理出産させることによって、元の羊(A)と同じ遺伝子を
持った別の羊を造り出すことに成功した恐るべきクローンの誕生に
想いを馳せています。

(この成功の意味するものは、生殖細胞(精子と卵子)以外の細胞からでも、
つまり、体の一部の細胞や冷凍保存された細胞から、同じ遺伝子を持つ元の
個体を再生することも不可能ではなくなった)と。(@_@;) 

 ▼日本はクローン人間の作製を禁止する法律が、2000年1月に成立
2001年6月6日より施行されており、規制法はクローン人間の始まり
となる人の胚(ES細胞)を女性の体内に戻す行為を禁じ、人間と動物の精子
や卵子を交配したり、人と動物交雑胚を人間や動物の胎内に入れる事も禁止
しています。同上の規制法は2004年6月に見直されクローン胚の一部
の研究について臨床応用でなく基礎的な研究に限って、厳しい条件付
で承認されています。
使い方によっては人類に大きな問題を提起しています。 

 ▼人口が伸びないと言い、人口が増えると言い、
子供が少ないと言っては、それを憂えるようなニュースが流れています。
いったい何が望ましいのでしょうか。
「生きたい、死にたくない、という意思」によって、私たちは生きています。
「病気や怪我や老衰などの、意思ではないもの」によって死に至りますが。
その両方向の力によってあるバランスが保たれていたのですが、このごろは
意思を重視して医療や技術が発達し、死ぬ要因はどんどん減らされて
きました。この、両方向の要因が、意思と非意思による別のものであり
その片方だけを重視したことが、現在のアンバランスに至る、
ひとつの原因であると「珍念」愚考します。

 ▼「死ぬことは絶対に良くない」と人はいいます。でも年老いて、
ただ生きることはできるが、生きるのが楽しくないというとき、
たとえば体も動かず目も耳も衰えてしまったとき、あるいは体に問題は
ないが、やりたいことが何もないと感じてしまうとき、それはどういう
世界で、そこにはどういう選択肢が残っているのでしょうか。
 
 不肖・珍念・その選択肢は知っていますが、誤解を被るかもしれませ
んです。「言わぬが花」です・・ぅうう。\( ^∇^)/θ☆ わ~い
 

「売国奴」(・_・)エッ....? 

 A11 珍念のひとりごと

 売国 =売国(ばいこく)とは、祖国に対するスパイ、国民に対する

背信行為など、自国を害し敵国を利するようなことをおこない

私利を得ること。

英語では、「Traitor」という訳語が充てられるが、原義は「反逆者」

「非国民」である。ナチス・ドイツで反英プロパガンダ放送に従事

したアイルランド人ホーホー卿は第二次世界大戦後、大逆罪に

問われ処刑された。同じく、東京で対連合国軍向けプロパガンダ

放送のアナウンサーであった東京ローズ(アイヴァ・ダキノ)も戦後

反逆者の汚名を着せられ米国の市民権を剥奪された。

 ▼第二次世界大戦中、日本に協力した中国人は漢奸と呼ばれ

多くが処刑された。現在の日本においても利敵行為は死を以って

問われ、外国と通謀して武力を行使させた者に適用される

外患誘致罪も死刑を以って適用するという、日本の刑法でもっとも

重い罪である。

 ▼日清戦争、日露戦争、世界大戦や冷戦を経て、近年では

日本の技術の他国への流出や、日本の国益に基づかないと

見なされた高額のODAや円借款、官僚制社会主義による税金浪費

天下り問題、官製談合、構造改革による外資系企業への「日本売り」

外国人参政権、朝鮮学校の授業料無償化の導入推進などを

「売国行為」、「売国奴」とする傾向もある。

純粋に国益に反する行為を非難糾弾する場合にも使われる。

ただし、何を「国益」として定義するかは個々の信条にもとづく。

[ウィキペディア]引用

 ▼韓国贔屓(びいき)」を自認していた上坂冬子に

『南の島のマリア』(文藝春秋)という作品がある。

日本復帰の直後、医師不足に悩む沖縄に、かつて日本で

勉強した韓国の医師十数人が駆けつけてくれた。

そのなかに孤島の診療所で島の人々にマリアのように慕

われながら、非行少年に殺された女医がいた。

 ▼女医の長男は、「日本から補償をとるべきだ」

との周囲の忠告に、「母はそれを望むまい」と沈黙を守った。

上坂は、「これこそ日本として感謝し謝罪すべき問題だ」

と感激している。しかし、「謝罪と反省」を日本に求め

続ける韓国のマスコミ世論と、それに迎合する

日本政府の弱腰に、その筆は厳しかった。

 ▼日韓併合をめぐって、平成7年、当時の江藤隆美

総務庁長官が「日本もいいことをした」と「オフレコ発言」

した騒動のときもそうだった。

長官辞任がなければ日韓首脳会談を拒否していたという

金泳三大統領に、「何という非礼な態度であろう」と小紙で憤った。

 ▼きのういくつかの新聞コラムは、石川啄木が併合を

大正デモクラシーの立役者だった吉野作造が、日本統治下の

韓国を旅してまとめたリポートの存在を教えられた。

そこには「行き過ぎ」とともに「いいこと」も書かれている。

 ▼韓国への新たな謝罪に踏み切り、靖国神社には参拝しない。

そんな菅内閣は、北方領土を不法占拠するロシアが、事実上の

「対日戦勝記念日」として祝う来月2日を、手をこまねいたまま

迎えるのか。 産経妙 引用

 ▼北方領土を不法占拠するロシアが、事実上の

「対日戦勝記念日」として祝う来月2日を、手をこまねいたまま

迎えるのか。 不肖珍念・ロシアは・日・ソ不可侵条約を破り

多くの日本兵を強制労働に従事させた、また多くの日本人の

生命と財産を略奪した国です・・国際法違反を犯した国です。

歴代の政府・外務大臣は、わが国、固有の領土をなぜ返還

させないのか!・・理解に苦しみますが? そのような立場

にいる人も「売国奴」(ちょいと語弊があるかなぁ)と・・・

言われるかも知れません。 一事が万事です・・竹島や

日・中の排他水域の問題・日本の尖閣諸島も自国の領土で

あると主張している...。あくまでも、法に照らして速やかに

解決するのが急務です。 言葉は悪いですが戦後65年も

ずるずると、曖昧に過ごしてきた為政者は「売国奴」と言われ

ても、いたしかたないです。 そういう人を選んだ国民もですが!

あ・・あまり吠えると変人と思われる・・・ぅうう お人よしの珍念

急いで・・退散します。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「天びん」(*^^)v

  A11 珍念のひとりごと

 はかる。心から物の重さまで!そして(天びん)からコンピューターへ

物の重さをはかる道具、天ぴん。三千年以上昔、古代エジプトで書か

れた死後の世界の手引き「使者の書」に、その絵が描かれています。

神の前で生前の罪の有無を調べる、審判の場面です。著者は、日本の

仏像やヨーロッパ彫刻にも同様の表現があることを発見しました。

生前の善行・悪行が心の重さに表され、神の前の天ぴんで公正に

裁かれるのです。

 ▼この本は、約六千年も前から使われている天びんの歴史やしくみ

物の重さなどを、写真や図解で分かりやすく説明されています。

物の重さの測定は、社会生活を営むためになくてはならない技術ですが

天ぴんはそれを可能にしました。一本の棒の両端に皿をつるし、棒の

中心を支点にして水平になるように支えたもの、これが天ぴんです。

 ▼原理はごく簡単ですが、現在ではコンピュータが利用されるように

なり、その精度ははるかに高くなりました。複数のピーマンを一袋

150グラムになるように瞬時に組み合わせ、袋づめする機械の

話には驚かされます。著者は、便利なコンピュータに頼ることが

私たちの心や生活の仕方にどんな影響があるのか、考えるべきだと

も警告しています。「{大竹三郎著}大日本図書」引用

▼死後に閻魔さまの前で浄玻璃鏡を見せられると言われている。

浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)とは、地獄を守護する閻魔が亡者の

裁判で、亡者の善悪の見極めに使用する水晶製の鏡である。

この鏡には亡者の生前の一挙手一投足が映し出されるため

いかなる隠し事もできない。また、これで映し出されるのは亡者

自身の人生のみならず、その人生が他人にどんな影響を及ぼし

たか、一説によればこの鏡は亡者を罰するためではなく、亡者に

自分の罪を見せることで反省を促すためのものともいわれている

愚か者の珍念・・今のままでは「嘘言の罪」で二枚舌をヤットコで

引き抜かれ牛タンのように塩焼きで食べられるでしょう・・・怖い

深く反省しています・・。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

▼便利なコンピュータに頼ることが私たちの心や生活の仕方に

どんな影響があるのか! 珍念も憂慮しています (@_@;)

 ▼ 閑話休題 『モダン・タイムス』にヒントがあるようです。

チャーリー・チャップリンが監督・製作・脚本・作曲を担当した

喜劇映画で、1936年のアメリカ映画。代表作のひとつ。

資本主義社会を生きている上で、人間の尊厳が失われ機械の

一部分のようになっている世の中を笑いで表現している。

またその者のことを他人がどんな風に考えていたか

工場で働くチャーリーは、ひたすらねじ回しを繰り返す

作業の末に発狂しトラブルを起こす

巨大歯車に巻き込まれる有名なシーンはここで観られる

といったことまでがわかるともいう。

あ・・珍念 またまた 能書きを・・閻魔さまから苛められる・・

怖いので ・・そっと 消えます。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「天変地夭」を憂う!

   A11 珍念のひとりごと

 天変地夭(てんぺんちよう)天変は天空に起きる変動で

暴風、雷、日食、月食等。地夭は地上に起こる変災で、地震等

総じて自然界の変動によって起こる災害をいう。

 ▼ コラム「余録」に{異常気象の夏}が掲載されていました。

ご紹介します。 ボレアスとは北風の神である。

ギリシャ神話の風の神は風向きにって異なりボレアスは粗暴で

荒々しい神だ。アテネ人はそれを守護神とし、来襲するペルシャ

の軍船を嵐により沈めたという

 ▲それと対照的なのが西風の神ゼピュロスで、春の陽気を

もたらす穏やかな性格である。ただどんなに温和でも嫉妬(しっと)

は恐ろしい。愛した美少年ヒュアキントスがアポロンと親密になると

アポロンの投げた円盤がヒュアキントスの頭にあたるように

風の力を用いたのだ

 ▲この美少年の血がヒヤシンスになったという話はともかく、

西風も時には思わぬ挙に出る。この夏のロシアや米国での

記録的熱波は北半球の中緯度地帯の上空を流れる偏西風が

大きく蛇行したことによる異常気象だという。

梅雨明けの日本の猛暑もその影響らしい

 ▲とりわけ観測史上最高の猛暑の続くロシア西部では高温と

干ばつによる森林や泥炭地火災が広がり、モスクワは基準値の

10倍近い汚染物質をふくむスモッグに覆われている。

また干ばつの深刻化でプーチン首相が発表した穀物輸出停止

は国際小麦市場の急騰を招いた

 ▲一方、こちらも高温の影響ではないか。グリーンランドの氷河

から面積260平方キロの氷塊が分離し、海上を漂い始めたという。

進路次第でグリーンランドとカナダの間の海峡をふさぎかねない事態だ。

中国の土砂災害をもたらした豪雨をふくめ異常気象の夏である

 ▲東西南北を問わず、地球のあちこちで粗暴で荒々しい表情を見せる

大気の動きだ。もし温和な神の機嫌もそこねるような人類の振る舞いが

関係しているなら、猶予の時間は少ないと思った方がいい。

 ▼このコラム・いいえて妙です。( ^ω^)おっおっおっ

座布団10枚差し上げます。 (^o^)丿 

愚か者の珍念のコメントは、蛇足ですので口を閉じます。(゚ー゚;

「金環触」(@_@;)

  A11_2 珍念のひとりごと

 金環触=まわりの外側は金色の栄光に輝いて見えるがその

中はドロドロの真っ黒である。

おどろ、おぞましいタイトルで描かれた<金環触>は石川達三の

小説を、山本薩夫監督による映画仲代達矢の主演で脇役には

西村晃、宇野重吉、山本学、京マチ子、三國連太郎、永井智雄など。

1975年製作作品で一大スキャンダルに発展した贈収賄事件の物語り。

池田勇人から佐藤栄作へと首相が替わった頃の政略、九頭竜ダム

落札事件に関するゼネコンの談合裏情報を握る金貸し、裏世界の

連中など実在の人物や事件をデルに書かれた小説の映画化。

先日{NHKテレビ}で放映された「名作映画」です!

 ▼金環触のまわりの外側は金色の栄光に輝いて見える

がその中はドロドロの真っ黒であるのを意味している。

真っ黒は国民不在で、裏、闇世界の連中が跋扈していたし

政界もスキャンダルまみれやった。当時は黒い霧事件と

報道されていたけれど、新聞などの報道側のメディアも

汚いゼニに汚染されていた。

 ▼面白いのは三國連太郎が演じていたマッチポンプの

代議士田中彰治。このオッサンはゼニになると動物的な

嗅覚が働く助平ジジイ。国会で質問するぞと相手を脅して

多額のゼニをせしめていた。堪りかねて同じ新潟選出の

代議士の田中角栄から、オマエは暫く海外遊泳に行っておけ!

と諭されたけど、ついにパクられました。

後年・田中角栄も、ロッキード事件でパクられ失脚して総理の

座を失ったから、ドッチもドッチですが。

 ▼田中彰治はゼニ、オンナ、競走馬が大好きで、例年年末に

なると多くのメカケ連中を集め、宴会を共にしてそこで来年のメカケ

手当ての金額を決めていた。滋賀県選出のバカ総理の宇野は

毎月三万円でワシのオンナになれと抜かしていたけど

田中彰治とは全然スケールが違っていた。

 ▼もう一人は吹原や(映画では宇野重吉が演じていた)。

その人物は政財界の大物金貸しで政財界にアンテナを張り

巡らしていた男。当時このオッサンのメカケと報道され

世間を騒がしていたのが歌手の高石かつ枝。真偽の方は

黒い霧事件と一緒やけど、当時は団塊世代のアイドルで

純情なイメージでしたから・・がっかりした。

 ▼ 民政党の総裁選挙、現職・久米明と最大派閥の神田隆は

実弾ビシバシつかって争ったが、官房長官・仲代達矢の

貫禄勝ち(か?)で現職が勝利。ところがこの現職は総裁

になったとたんに病気になってしまう。

仲代は秘書・山本学を闇の金融王・宇野重吉のところへ

借金させに行かせるがあっさり断られる。

これは、ちびちび金を貸すよりは、業界紙の社長・高橋

悦史を派遣して、公共工事の汚職事件の証拠をつかんで

エリートどもに吠え面かかせようという宇野の執念。

▼九州・福竜川ダム建設工事をお世話になっている土建屋へ

血税まわして御礼をしたい電力会社の総裁・永井智雄は、

それでもわりかし潔癖(相対評価で)な性質。

部下の神山繁も権力大好きっ子なので永井を蹴落としたい。

永井には神田隆がバックについたので総裁留任を勝ち取る。

神山は仲代達矢に「首相をスキャンダルから守りたければ

潔癖症の永井が総裁だとヤバイよ」と持ちかける。

仲代は首相夫人・京マチ子の名前を使ってダム建設工事を

永井のシンパから取上げ、ライバル会社へ持って行かせよう

とする。永井は京マチ子が「××会社をよろしく」と書いた証拠の

名刺を高橋悦史に撮影させる。仲代達矢は業者へ手を回し

神田隆の一派に献金させて篭絡。巨額献金を約束した

西村晃は指名を勝ち取り、永井智雄は莫大な退職金とバータ

で総裁を辞任。仲代達矢が嫌いである宇野重吉が山本学を買収

名刺写真のネガをゲットして揺さぶってくる。

 ▼ 国会で代議士・三國連太郎に事件を追及されそうになった

仲代達矢はエリートだけど卑怯な手口も暴力沙汰も全然平気なので

金と暴力ですべての証拠を隠滅、偉そうなことを言う割に権力

に弱いマスコミを大いに活用して久米総裁を守りきる。

 ▼ 金環触、外側はきらきらと光っているがその中味はドロドロ。

国民不在どころの騒ぎじゃない。党利党略のためなら「なんでもする」

それが政治の世界だと言い放つ公僕のみなさま、真実を書くので

はなく書かれた事が事実になると言わんばかりのマスコミ、

事件を摘発するフリをして真相を闇に葬る検察庁、そのパシリが

警察庁、税金の二重払いは常識って感じの土建屋業界。

なんて恐ろしい映画なんでしょうね、映画で良かったです。

え・・本当に映画の中だけの事なのかな?

 ▼新聞がウソっぱちだと言う公知の事実はともかく、このおぞましい

映画のトドメは検事総長・加藤嘉の暗躍。のお出ましい・・

この人たちも税金貰って仕事してるという点において代議士と

同業者なわけだ。犯罪捜査で大企業に乗り込む検察庁の職員

一見正義の使途だけど実はマジでヤバイ証拠が外へ出ないよう

にしているだけだとしたら?  「越前屋お主もわるじゃのう・・うふふ」

あ・・つぃ 調子に乗って演説を・嫌われるので消えます。(゚ー゚;

そうそう・暇なとき、気が向かれましたら 「金環触」を見てください。

 








モラトリアム

    A11 珍念のひとりごと

 モラトリアムとは、非常事態下で金融混乱を防ぐため

債務や債権の決済を一定期間猶予することだ。

米国の学者がこの言葉を精神分析に転用し、青年期を

「心理社会的モラトリアムの年代」と定義した

 ▲青年期は修業中の身だから社会的な責任や義務の

決済が猶予されるという意味である

(小此木啓吾著「モラトリアム人間の時代」中公文庫)。

いつまでも大人になろうとしない青年期延長型の人間を

小此木氏が「モラトリアム人間」と名付け日本でも広まった

 ▲菅政権発足後、初めて開かれた国会でモラトリアム論争があった。

公明党の山口那津男代表が「政権はモラトリアム状態にある。

民主党代表選後、どうなるかを見極めて論戦を挑みたい」

と挑発し、菅直人首相が「モラトリアム状態とは全く思わない」

と反論した

 ▲党内基盤も固められない不安定な政権から責任ある発言

は引き出せそうにない。意味のある論戦はいまは無理だ--。

山口氏はこう言いたかったのだろう。確かに、鳩山政権を

引き継いでからの2カ月間を振り返ると存在感は希薄だ

 ▲「政権がどれだけのことを達成し得るかは、成立したと

きのスタートダッシュの勢いで決まる」。

これは、首相が指南を受けたという中曽根康弘元首相の

著書の中の文章だ。首相は「全力で走り始めている」と言うが

その姿は国民の目に映っていない

 ▲とはいえ、菅政権だけを責めて済むものでもない。

野党も含め国会全体が“ねじれ”の中で歩を進めていく

ための知恵を絞らなければならない。

モラトリアムは大人になるための準備期間とされるが

内外の情勢はいつまでも待っていてはくれない。{余録引用}

 ○政権はモラトリアム状態にある・・うぅう!  (^-^;

珍念、(予言タコのパウル君)のように振る舞えればなぁ・と

淡い想いを懐いています。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

悪魔の囁き (@_@;)

   A11 珍念のひとりごと

 長々しくて申し訳ないが、「教育公務員特例法の一部改正案」
などいわゆる教育二法が成立したのは昭和29年のことだった。
学校の先生たちの政治活動を国家公務員と同等に制限しようと
いう法律である。むろん今も厳然と生きている。

 ▼日教組などの抵抗にあいながら、成立に向け獅子奮迅
の働きをした当時の若手議員に故坂田道太氏がいた。
後に文相や衆院議長をつとめる坂田氏は自民党では「ハト派」
とみられていた。だが本紙『戦後史開封』の取材には、
日教組に対する強い危機意識を明かしている。

 ▼「一番恐るべきは、教壇から何も分からない子供たちに
向かって『社会主義でなければならない』と言うことだった」
と語る。
子供にとって、いや時には親にとっても先生は「神様」に見える。
それを利用し、教え子を「人質」に取ることを戒める法律だった。

 ▼だがその趣旨も当の日教組によって踏みにじられ続けてきた。
60年安保のさい、先生から「反米」「反自民」を刷り込まれた
という団塊の世代は多い。国旗、国歌に対する子供たちの崇敬の
念を奪い去ってきたのも日教組系の教師たちである。

 ▼それでも、これほどストレートに法に違反した例も少ないだろう。
北海道教職員組合が先日の参院選で、教職員に対し知人、
友人のほか教え子にも特定候補への支持を呼びかけるよう
機関誌で促していたそうだ。堂々と「禁じ手」を使っていた
といってよさそうだ。

 ▼自民党の西田昌司氏が参院予算委で明らかにしたが、
「違反になりうる」と答弁した川端達夫文科相もさすが
にあきれ顔だった。しかし同じ日教組出身の「参院のドン」
がいる民主党の政権である。どこまで「指導」できるのやら。

 コラム 「産経妙」引用

 ○「一番恐るべきは、教壇から何も分からない子供たちに
向かって『社会主義でなければならない』と言うことだった」
と語る。
子供にとって、いや時には親にとっても先生は「神様」に見える。
それを利用し、教え子を「人質」に取ることを戒める法律だった。

 ○う~ん・・恐るべきは、日教組の(?)・・間違った考えである。
と筆者は指摘します。そのわけは、皆さま・ご存じの通りです。
権利ばかり主張し義務を果さない・・我儘なモンスターが
跋扈しています。人として一番大切な事を教えていないのです。
あ・屁理屈を述べると変人と思われるので消えます。(´;ω;`)ウウ・・・

油断大敵 (*^_^*)

   A11 珍念のひとりごと

 「徒然草」に学ぶ賢者の言葉

 ▼木登りの達人として名のある男が、ある人に命令して

高い木に登らせて、こずえを切らせていた。

非常に危なく見える高い場所では何も忠告しないで

降りる時の、平屋の屋根ほどの高さになってから

「怪我するんじゃないぞ。ちゃんと注意して降りろよ」

と言葉をかけていたので、「これぐらいの高さなら

飛び降りたって大丈夫ではないですか。

なんで今頃になって言うんです?」と聞いてみると

 ▼「それこそですよ。目がくらむほどの高い場所だったら

言うまでもなく自分自身で気をつけるものですよ

だから言わないのです。事故というのは、こういう安心

できる場所になってから、大抵は起きてしまうものなのです」

と答えられた。

 ▼ 身分の低い男であるが、言っているのは聖人の言葉と

なんら変わりがない。蹴鞠《けまり》の世界には、難関な箇所

を、うまく蹴って、ほっと一安心した時にこそ、鞠を落として

しまい失敗するという、法則があるそうだ。

 ▼珍念、我が心の緩みに思い当たり、恥じています。

今宵はこっそり・・退散します。 (^-^;






「真夏の悪夢」ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

  A11 珍念のひとりごと

「長寿」の実像]

「ストラルドブラグ」とは、ガリバー旅行記のラグナグ国

に、時おり生まれる「不死」の人間のことだ。ごくまれだが、

この国では左まゆの上に赤い斑紋のある子が生まれる。

それが不死の印だと聞いた,ガリバーは素晴らしいことだと

うらやんだ

 ▲だが、そのストラルドブラグらの境遇は悲惨だった。

不死でも永遠の活力を保てるわけではなく、老いは果てしなく

体や頭をむしばんだ。一定の年齢に達すると財産権はじめ

一切の法的な権利を奪われる。ラグナグの不死は幸せな

生を意味するわけではなかったのだ

 ▲旅行記ではラグナグは日本のすぐ東隣の島だ。

不死の人々の不幸を知って落胆したガリバーはオランダ船で

帰国するため日本にも寄った。だがその日本の何百年後か

の「長寿」の実態を知れば、やはり落胆したに違いない

▲昨日も「一体どうなっているのか」と記した100歳以上

の高齢者の「所在不明」が予想を超えた広がりを見せている。

大都市ばかりか全国で住民登録された住所では所在を確認

できぬお年寄りが次々に浮かび上がったのだ

▲「約40年前に失踪(しっそう)したと聞いている」

[もともと家を出てはふらりと帰る人で生死も分からない」

「10年前に親戚(しんせき)の家にいると聞いた」--

こんないきさつを語る子や縁者らも、もう高齢である。

その真相もすでに長い歳月を経て今では解明の難しい

場合が多かろう

▲ストラルドブラグはすべての縁者の死を超えて老い

ていく不幸を負った。だが、すべての縁者に

「どこにいるか知らない」といわれる人生の終幕も悲しい。

幸せな生をことほぐ「寿」の文字が灰色にくすんで見える

平成日本の「長寿」だ。 コラム「余録」引用

 ☆じゎり、じゎり・と、妖怪から真綿で首を絞められる

ように、おぞましい・・事件が続発しています。

語るのも、吐き気が出て憂欝になりますが・・役所の

対応も首を傾げます。不肖、珍念 こんなことを述べたら

為政者に叱られる恐れがありますが・・┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

☆江戸時代でしたら・・行政の責任者は獄門さらし首・

罪九族に及び、とても・・今の為政者のように、のうのうと

人ごとみたいに 過ごされないでしょう。

封建時代の為政者は、悪代官みたいに思われていますが

どうして、どうして、恥をしり、命がけで職務を果たしていた

のです。 あぁ・・大事なものを失ったようです。

 閑話休題 徒然草 の八十五段 を紹介します。

人の心は素直ではなく、嘘の塊である。けれど、まれ

に正直な、人もいるのかも知れぬ。自分が素直でないと

他人の優秀な面を見て嫉むのが道理である。

愚か者は偶然に天才を見ると、それに嫉妬する。

「膨大な儲けが欲しいからと小さな儲けを受けずに

鼻高々に人気者になっていやがる」と貶す。

自分の考えと食い違うから、そんな非難をするのであり

こいつらを分析すると以下のようになる。彼らは一生涯

馬鹿から抜け出ることができない、どんな下らぬ儲け話

でも断れない、真似事だろうと賢人の振る舞いができない。

狂人の真似事だと大通りを走るのは、狂人である。

悪人の真似事だと人を殺すのは、悪人である。

一日に千里を走る駿馬を見習う馬は駿馬の仲間入り

になり、舜(中国古代の聖帝)を見習うのは舜の仲間となる。

よって、真似事だろうと天才として振る舞うのは天才だと言えよう。

わ~を! 今日も「珍念」の減らず口は絶好調です・・(●^o^●)

 

「曖昧模糊」 ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ… 

  A11 珍念のひとりごと

 曖昧模糊:物事の実体や実質がはっきりせず、ぼんやりとしか

分からないさま。

 ▼ 明治初めに来日した米動物学者モースがある夜に横浜から

帰る途中、神棚の灯明がもれる民家をのぞいた。

すると母親が乳を赤ちゃんに含ませたまま熟睡している。

モースがその時描いた絵が日本滞在記「日本 その日その日」

に載っている。

 ▲「私は日本の家が文字通りあけっぱなしである事の例として

庶民の家の造りとその暮らしぶりを見て、この場面を写生せざるを

えなかった」。

「今なら住居侵入と、のぞきで逮捕だ。ただ来日した欧米人の

多くがこの国の人は、どこまでもあけっぱなしだ」と驚いた。

 ▼しかしその後はお互いの暮らしを壁と扉で隔てる文明を選んだ

日本人だ。おかげで寝姿を無断で描かれる心配はなくなった。

そして気がつけば、隣人の顔も分からぬことが珍しくない世の

中となり、もうかなりの時がたつ!

 ▲だが「111歳」の東京都内の男性最高齢者が死後約30年たつ

ミイラ化した遺体で自宅から見つかった事件にはさすがに驚いた。

すると113歳の都内女性最高齢者をはじめ、100歳を超える高齢者

の所在不明が続々と明るみに出てきた。一体どうなっているのか

 ▲一方、大阪で発覚したのは3歳と1歳の幼児がマンションに置

き去りにされ、遺体で見つかるという育児放棄事件だった。

泣き声がするのを近所の人が行政に通報しながら

扉1枚向こう側の生命を救えなかった。

2人の子が密室で過ごした時を思えば胸がつぶれる

▲今、閉ざされた扉の向こうで孤立したお年寄りや子供

たちに何が起こっているのか。万事あけっぴろげで、お年寄りや

子供らを温かく見守り合ったご先祖に、私たちが失ったものを

尋ねたい。 コラム「余録」引用

 ☆ (´ρ`)ぽか~ん 私たちが失ったものは、なんでしょうかぁ!

生活が豊かになれば誰でも幸福になれると、信じていましたが・・?

心が虚ろになっているようです。本当の幸福とは、人生とは・・

船の航行には羅針盤がありますが、移ろい易い自分の心の中に

大事な羅針盤が有るや否や・・偉大な「哲学」と・師匠をお持ち

ですか!

 ☆ 閑話休題  吉田兼好の「徒然草」の百十段 より

双六《すごろく》遊びの達人という人がいて、強くなる秘訣

を聞いてみたところ、「勝とうと思って打ってはならない。

負けない気持ちで打つべきなのだ。

どんな手を使えば負けてしまうのかと考えながら

その手を使わずに、一目でも遅く負ける手を使っていくのだ」

と言われた。

これこそ道といえる教えではないか、身を修め国を保つ道も

これと同じである。

 ☆愚か者の珍念。三十六計逃げずに如かず。

消えます・・ \( ^∇^)/θ☆ わ~い




隗より始めよ (@_@;)

  A11 珍念のひとりごと

  隗より始めよ(かいよりはじめよ)

(意味) 1.手近なものから始めよ 2.言い出した者から始めよ

「大きな事を始めるには、まず手近なことから始めなさい」という

意味です。転じて「何か物事を始めるときに、自分の考えの通り

に行動をしてもらおうと思うのであれば、まず自分から率先して

始めるようにしなさい。」という意味にも使われます。

 ▼8年前「先ず『隗より始めよ』ということだ」と、田中真紀子氏が

カメラの前で吼えていたのを聞き、筆者は一瞬、「おお・ぉ、凄い

ことを、おっしゃる、そういう勇気があったのか!」と思った。

うん・・・? ちょいと違う。 当然「隗」は「田中氏自身」だと思って

しまったのでした。(^^ゞでも、どうやら、やっぱり違ったのです。

しかも辻元女史と抗弁が一緒だった。(´ρ`)ぽか~ん

『人のせいにしないで、自分のことをまずやるべきだ』

というのが真意に近いはず。言葉の使い方を間違えないで

くだされ~ (え・・っ 「珍念」もです・・ううぅう (;^_^A

 ▼今日の聖教新聞の「名字の言」に明快に述べて有りました。

デンマークの陸軍大将であったフリッツ・フォルム。彼が考え出した

戦争絶滅への法案は、実に興味深い。戦争開始から10時間以内に

まず、国家元首および、その親族(16歳以上の男子)を兵士として

戦地に送り込む。続いて、大臣、官僚、戦争に反対しなかった国会議員

が、戦場へ向かう・・・という内容だ。

 ▼戦争の犠牲となるのは、つねに庶民である。一方、戦争の決定を

くだす側の権力者たちは、生命の危険にさらされることはない。

だからこそ、権力の大きい順から兵士として動員すれば、戦争の

可能性は小さくなる。・・軍人の提案だけに、説得力がある。

 ▼権力を行使して、戦争を起こすのも人間であれば、平和を創造

するのも人間だ。戦争のない世界を、どう築いていくか。一人一人の

人間の生き方が、今こそ問われている。

 ▼ブラジルの天文学者モウラン博士は語っている。

池田博士自身の戦いが物語っているように、「武器による革命」では

なく、「偉大なる人間革命」こそが、21世紀を生命の世紀へと変革

するのです」

 ▼戦争を根絶し、核兵器廃絶への決意を新たにする8月が巡って

きた。世界の平和も、一人の「人間革命」から始まる・小説「人間革命」

のテーマは、一段と重要性を増している。(芯)引用

▼ 国際連合教育科学文化機関憲章 (ユネスコ憲章)前文 には!

「この憲章の当事国政府は、その国民に代って次のとおり宣言する。

戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の

とりでを築かなければならない」。と 誓っている。

☆では、いつ 誰が・・・?  キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ

「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の

宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも

可能にする」と{ミリオンセラー}になった(池田大作著)小説

「人間革命」の第一巻の冒頭の言葉です。

世界の著名な方たちも、そうでない方たちも・・熟読されています。

池田大作名誉会長の偉大さは、言葉だけではなく 行動で示され

ていられます。とても 文才のない「珍念」余りにもスケールが

大きい方の行動を、書き表すことができませんです。

 誤解を被る可能性があるからです。

読者の皆さま・・もし、興味の有られる方は本を読んで戴ければ

幸いです! 今日も、珍念の減らず口は、滑らかです。

あ・・もう 退散します。 わ~い \( ^∇^)/θ☆

「一番大切な宝」( ^^) _旦~~

  A11 珍念のひとりごと

 「命と申す物は一身第一の珍宝(ちんぽう)なり一日なりとも

これを延るならば千万両の金(こがね)にもすぎたり」 

{命というものは、わが身で一番大切な宝である。一日でも、命を

延ばすことは、千万両のお金にもすぎるほど素晴らしいことである}。と

生命の尊厳を明快に説かれた。「日蓮大聖人」の御文です。この

御文の後に世界第一の太子であっても短命であれば草よりも軽く

太陽のような知者であっても、若死にしてしまえば、生きている犬にも

劣ると仰せです。 この世に{命より大切な宝}はないですが!

 ▼今朝のコラム「産経妙」に心を打たれました、ご紹介します。

2カ月ほど前の大阪版「夕焼けエッセー」欄で、京都府木津川市に

住む68歳の男性が、小学4年生の夏休みの思い出を綴(つづ)

っていた。遊び疲れて家に帰ると、おっちゃんが縁側で待ちかま

えている。「さぁ、一番やるか」。へぼ将棋の始まりだった。

 ▼縁側に腰掛けて、スイカにかぶりついた少年時代が、よみが

えってくるようだ。もちろん縁側は、子供たちの独占物ではない。

お年寄りが庭を眺めたり、孫の子守をしたりしながら、一日を過ごす

場所でもあった。通りがかりの近所の人とのおしゃべりも楽しみだった。

 ▼「縁は異なもの、味なもの」という言葉がある。

男女の縁の不思議さ面白さだけでなく、縁側にもあてはまると建築家の

清家清は指摘する(『やすらぎの住居学』情報センター出版局)。

いったい室内なのか外部空間なのか判然としないところが、「異」

であり「味」だというのだ。

 ▼そんな縁側も見かけなくなって久しい。人と人との縁も薄れて

しまった。

大阪市西区のマンションでは、23歳の母親が3歳と1歳の幼い

姉弟を置き去りにして餓死させる事件があった。

激しい泣き声を聞いた住民が、児童相談所や警察に通報

したにもかかわらず、扉が開けられることはなかった。

 ▼東京都足立区の民家では、生きていれば111歳になる

男性の遺体が見つかった。約30年前に死亡していた疑いがある。

高さ2メートルのコンクリート塀の外では、近所の住民が

「おかしい」とうわさしていた。

 ▼縁側は、自然か人工物か判然としないという意味で

農山村の暮らしに密着した「里山」に似ている。里山の荒廃が

山の獣を人里に呼び寄せているように、縁側のない

世の中で、異様な出来事が続く。

 ▼「一啼をなめて大海の潮をしり一華を見て春を推せよ」

日蓮大聖人は「開目妙」で仰せです。

ひとしずくをなめただけで、大海の水が塩辛いということを

知り、一つの花が開くのを見て春が来たことを推察しなさい。と

 ▼ 哲学者の内村鑑三は言った。

「国が滅びるとは、その山が崩れるとか、その河が干上がるとか

その土地が落ち込むとかいうことではない」

「国は土地でもなければ、また官職でもない、国はその国民の精神

である」

「国民の精神の失せた時に、その国はすでに亡びたのである。民に相愛の

心なく、人々互いに相猜疑(妬んだり恨んだり)し同胞の成功を見て怒り

その失敗と堕落とを聞いて喜び、我一人の幸福をのみ意うて他人の安否

を顧みず、富者は貧者を救わんとせず、官吏と商人とは相結託してつみ

なき援助なき農夫職工らの膏を絞るに至っては。。かくの如き国民は

すでに亡国の民であって、ただ僅かに国家の形骸を存しているまでで

ある」「すでに精神的に亡びた国が終には、その形骸までも失うに至る

のは自然の勢いである」(明治34年(1901年)「既に亡国の民たり」。

 ▼ゆえに内村は、精神革命しかないと叫んだ。宗教革命しか

日本を救う道はない・・と 社会を蘇生させるには、国民の精神を

蘇生させるしかない。社会を興隆させるには、国民の精神性を

興隆させることが根本である。「池田大作著・・スピーチ」 引用

 読者の皆さま 珍念の我田引水とお叱りを被るやも知れませんが

お気に障ったらお許しください。

 ▼池田名誉会長は50年前・・ある会合で「経済・政治・社会の

根本とは何か、順々と指導を進めた。

「生命なくして、経済も、教育も、科学も、政治もありません。

一切が、人生、社会の幸福を追求するための分野なのです。

 根本は全部人間です。生命です。その生命とは何かという

根本解決の道が、宗教じゃありませんか」と

読者の皆さま・・ご自身の「一番大切なもの」は、何ですかぁ。

 あ・・「閻魔さま」から、減らず口を叱られる・・・ぅう モジモジ(。_。*)))

m(. ̄  ̄.)mス・スイマセーン 消えます。

「植生の宿」(●^o^●)

   A11 珍念のひとりごと

 埴生の宿:読者の皆さま・・歌は、ご存じの方が多いと思います。

歌は知っているのに意味が・・? 調べてみると{土で塗った貧しい宿}

(貧しい粗末な家)と解説されていました。

 ▼先日、故郷の生家に遊びに行ったとき「埴生の宿」その物でした。

姪の方が一人住んで居られました・・昔は、小野小町と呼ばれる超美人

でした。今も、不思議な妖艶さを漂わせていられました。

庭は綺麗に手入れされて、あちこちに色とりどりの朝顔が咲いていま

した。 子供のころ夏に西瓜を井戸に吊るして冷やしていたのを思い

だしました。 朝顔のつるが釣瓶に絡み井戸の水を汲むのは止めました。

 ▼読者の皆さまへ、60年前、まだ今のように水道はなく井戸水でした。

何かが弾けました。・珍念の網膜に走馬灯のように当時の面影が

鮮やかに蘇ってきました。

 ▼「朝顔に 釣瓶とられて もらい水」 「加賀千代女」の名句を

思い出しました。さて 今の子供だったら「釣瓶」って何ですか?

貰い水って何ですかと、言うかも知れません。

閑話休題・・この名句にちなんで エピソードがあります。

中学校の国語の教師が、「朝顔に つるべ・・・」と言った。

すかさず、貰い水と言ったら、急に嫌な顔をした。遠い昔の思い出

母から聞いて知っていたので得意になって言ったのがまずかった。

作者は知っているか、と言われたが知っていたけど「知りません」

先生の機嫌が直り、色々説明があったが、他のことは忘れました。

 ▼ \( ^∇^)/θ☆ わ~い  おしゃべりの 珍念・・今日も

減らず口は絶好調です。あ・・話はムダを省き、短くまとめたい。

長い退屈な話は”口害”ともいわれる。

 ゲーテも 「美しき虹も、15分も 消えずにいれば

もうだれも見向きもしない」と手厳しい。きえます。 !(^^)!

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