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2010年7月

「金声玉振(きんせいぎょくしん)」

   A11 珍念のひとりごと

 ▼金声玉振:才知や人徳を兼ね備え、それが調和している譬え。

すぐれた人物として大成すること。

麒麟児:才知が特に優れ、将来大成すると期待が持てる子供。

 ▼花の絵を見て香りがないと見抜いた聡明な娘の話

或る人が美しい花を描いた絵を愛でていた時、一緒に見ていた娘

が「この花は美しいけれど、香りがありませんね」と言いました。

絵を見ただけで何故そのような事が分かるのか、と父親が尋ねる

と「周りに虫が飛んでおりませんもの」と答えたのです。

なるほど、と思った父親がその花を取り寄せて見たところ

確かにその花には香りがありませんでした。

世人は娘の聡明さ・洞察力の鋭さを褒め称えたそうです。

 ▼この逸話に出てくる父親は真平王。

この絵は、唐の王様が贈ってきたもの。

韓国の新羅27代善徳女王が幼いころのお話です。(幼名はトンマン)

BSテレビで毎週放映されている「善徳女王」が大好評です。

韓国5千年の歴史上、初めて女性で王となった新羅第27代・

善徳女王の生涯を描いた物語です。 (#^.^#)

 ▼色香と策謀でミシルという美女が宮廷を牛耳っていた

7世紀の新羅。ある夜、北斗七星が八つ星となる異変が起こり

新羅王真平王に双子の女王が誕生する。

双子の王族の誕生は男子の皇統が途絶える凶事を呼ぶと恐れら

れていたため、女王の一人・トンマンは侍女人にかくまわれ宮廷を

脱する。 自分の身分を知らず正義感の強い少女に成長した

トンマンは、その後運命に導かれるように新羅宮廷に戻り

キム・ユシンら将軍と新羅の軍事集団、ファランド(花朗徒)たち

の力をかり、ミシルとの戦いにのぞんでいく。

 ▼ あ・・っ つぃ 調子に乗ってべらべらと 減らず口を叩き

ました。おあとは、見ての楽しみです。。ん 閻魔さまから口に

絆創膏を貼られる・・・ぅう 消えます。\( ^∇^)/θ☆ わ~い


  


 『群盲(ぐんもう)象を評(ひょう)す』 

  A11 珍念のひとりごと

 ●群盲象を評す(ぐんもうぞうをひょうす)

 ▼元来は、涅槃経・六度経などで、人々が仏の真理を正しく

知り得ないことをいったもの。<大辞林(三)>

平凡な人間には大事業や偉人のごく一端しか見ることが出来

ないから、全体の正しい観察が望めないこと。

大勢の盲人が象を撫ぜて、それぞれに自分の手に触れた部分

の感じで、「象は桶のようだ」「杖のようだ」「太鼓のようだ」

などと主張して互いに譲らなかったという故事。

 類:●衆盲象を模す(しゅうもうぞうをもす) 多くの盲人が象を

撫でてみて、その手に触れた部分の印象だけで象のことを云々

(うんぬん)するように、凡人は大人物や大事業の一部分しか

掴めず、大局からの見方はできないということ。

 ▼今朝のコラム{名字の言}に次のような記事が載っていました。

事件が起きた。犯人像は一体?・・新聞記者に意見を求められ

ることがあっても、臨床心理学者の河合隼雄氏は、決まって断

っていたという。

 ▼理由は明快。「分からない」から。分析的な話はできるが、だから

といって「この事件の」犯人のことがつぶさに分かるわけではない。

人間はそういうものではなく、一人一人違うというのだ。

 ▼医者として患者に接する時も、患者が話すことに安易に共感を

示さない。だから「先生は冷たい」と言われることもあったという。

氏は人を“細部”ではなく、「全体として見る」ことを心がけていた。

(「こころと脳の対話」潮出版社)

 ▼ちょっとした言動や外見、肩書で、その人を判断してしまうこと

は多い。しかし、相手の本当の姿、なかんずく長所は、すぐに理解

できるものではないだろう。豊かな人間関係を築くには、その人の

{全体像}を見ようと、じっくり努力し続けることが不可欠だ。

 ▼「私は、今日も対話を続ける。対話こそ、私の生命そのもので

あるからだ」と、かって池田名誉会長は綴った。誠意のこもった

一つの言葉、一つの振る舞いが、人の心を動かす。その積み重ね

が真に固い絆を生む。(行)引用

 ▼不肖「珍念」46年前、池田先生に初めてお会いした時の感動は

筆舌に言い表すことができません。肩書・財産・学歴等 なにも

持っていませんが、先生の弟子として「師弟不二」に生きる

人生は、金銀財宝よりも 尊い と 自負しています。

 閑話休題

今朝の「コラム」のように精進します。そうそう・池田名誉会長は

「名もない 人達の中で 心を 打たれたと いわれる 人生を

私は生きたい」と 愚か者の{珍念も}、そのように 生きます。

 

滅びの「笛の音」

  A11 珍念のひとりごと

 「ハーメルンの笛吹き男」はグリム童話で知られる中世

ドイツの伝説である。不思議な男の吹く笛に、大勢の子らが

吸い寄せられるようについて行き、そのまま消えてしまった。

実際に起きた話だという説もある

 ▼先日の小紙で、霊長類学者の河合雅雄さんが、この伝説

をたとえに引いていた。かつて野山で遊び回っていた子どもの

姿が、笛に連れ去られたように消えてしまったと。

現代の「笛」は電波だという。魔法の波が子どもを誘惑し

室内に閉じこめたと河合さんは憂える

 ▼昨今はテレビにゲームも加わっての二重奏だ。放課後に

遊ぶ姿さえあまりに少ない。実際にどんどん体を動かさなくなって

いるそうだ。ついには東京都教委が、小、中、高校生は毎日1万

5千歩以上歩く目標を掲げることにした。まずはモデル校に

歩数計を配るという

 ▼メタボ対策さながらだが、状況は笑えない。たとえば小学生の

1日の歩数は、1979年の全国調査では平均2万7千歩だった。

それが07年には1万3千歩に半減していた。足腰は体力の基本と

いうから心配になる

 ▼10代の頃の体力は長寿に結びつく可能性が高いという研究

結果もある。子ども時代の遊びや運動は生命力に磨きをかける

と、いうことだろう。つまり生涯の財産になる

 ▼体力だけではない。「遊びは人を強くする精神的沐浴(もくよく)」

とドイツの教育者だったフレーベルは言った。だが現代の「笛」たる

ゲームなどが、そうした遊びかどうかは疑問符がつく。

笛の音にいっぺん耳をふさいでみる。そんな夏休みであってもいい。

 コラム 「天声人語」引用

 ☆ う~ん 考えただけでも 背筋が寒くなる、おぞましい笛の音

です。子どもだけではなく・・大人も・・その禁断の魔力に魅入られて

洗脳されているようです。筆者の知人にテレビで報道されている

のを見て何も疑わず・・真実だ。と それが意図的に編集されていても

テレビ報道を信じている「テレビ教」の信者?(あ・・語弊があるかなぁ)

不肖「珍念」卑しくも報道機関に携わる方は、一方的な報道をしないで

正確に伝えることが肝要と思う。 特に、政治をワイドショー番組の

ように・・茶化さない。もっと 真剣に取り組んで貰いたい。

 ☆ 特に民放のグルメ紀行に果物を木から捕って果物も手も洗わず

に、食べるのは、如何なものか。子どもが 見ていますが。

それに 言葉つかいが 軽薄です。・・あ・・余り減らず口を叩くと

「ダンテ」から・・おのれは・・と ・・厳しく糾弾される・・ぅうう

 三十六計逃げるに如かず。 \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「義」に生きる

   A11_2 珍念のひとりごと

 滋賀県の関津峠に立つ「大石義民の碑」を御存じでしょうか。

江戸時代、ここで処刑された兄弟を称え、大正8年(1919年)

に建立された。

 ▼山に囲まれた大石の各村では、墨を焼いたり、荷物を運搬

して生計を立てていた。しかし、膳所藩の代官が人馬に重税を

課したため、住民の生活は窮乏を極めた。

 ▼大石富川村の彦治と源吾は、藩の役人に訴えたが顧みられ

なかつた。兄弟は厳罰を覚悟で、幕府の巡見使に直訴する。

慶長19年(1614年)2月24日、二人は、磔の刑に処されたが、重税

は改められた。住民の悲願が叶ったのだ。

 ▼庶民の生活を守るため、兄弟は命懸けで声を届けた。

声なき声に耳を傾け、代弁し、社会に働きかけていく。「義」の人が

いなければ、時代は闇に閉ざされる。

 ▼池田名誉会長は、「義」とは「エゴイズムの克服」であり、「世界

市民の条件」である、と。正義のため、迫害を恐れずに声をあげ続

けるー。そこにこそ、「義」を訴える意義があり、平等な社会を築く

方途もある。 コラム「名字の言」(糀)引用

 ☆ 筆者は今の為政者に、この兄弟のように「義」に生きる人は

果たして何人? いるのかなぁ と 憂いています。

皆さま・・鳩山前首相が、首相を辞任したら次回の選挙は辞退します

政界を引退しますと。 その決意はあっぱれ!・・と思っていたら、え・・

なにやら・・可笑しな様相に・・・ ナヌ  (# ゚Д゚) ムッカー

 ☆昔から嘘つきは泥棒の始まりと言われていますが よもや・・

それにつけても・・予算を組みかえれば20兆円ぐらい・・出てくると

選挙公約に、あっと驚く高速道路・無料・子ども手当月額26000円

沖縄の米軍基地も最低でも県外・グアムに移転。今年の5月までと

社会主義国家の兆しがみえますが・・極めつけは 誰も公約

違反と認めない。 可笑しな摩訶不思議な政党です。

政治と金の問題や・・あ・・余り考えると残り少ない髪の毛が抜ける。

 ☆議員だから偉くないですよ・・庶民のために命懸けで頑張る

使命があるやに」思う。いわゆる・・庶民の召使い(語弊があるかなぁ)

選挙期間中・・皆さまのために頑張りますと・・聞いていますが。

 あ・・余り しゃべると ボロが出ますので退散します。 (^-^;

 

「土用の丑の日」ヽ(´▽`)/ 

 A11 珍念のひとりごと

 きょうは、土用の丑(うし)の日。今年は特に熱中症対策を

兼ねてウナギの蒲(かば)焼きに手をのばす人も多いだろう。

古来、世界各地で食べられてきたウナギだが、日本での消

費量が突出している。そのなかでも、歌人の斎藤茂吉ほど

偏愛した人も珍しい。

 ▼『斎藤茂吉全集』36巻のうち、4巻を占める『茂吉日記』にも

ウナギに関する記述が目立つ。「午前中カカリテ漸(やうや)ク二

三枚シカ書ケナカツタガうなぎヲ食ヒ、午后ニナツテカライクラカ

進ミ夕食ニ又うなぎヲ食ヒ…」。ウナギなら一日何回でも、何日

続いても平気だった。

 ▼エッセイストの里見真三さんが、日記でウナギを食べた回数を

数えるとなんと876回もあった(『賢者の食欲』文芸春秋)。記録

漏れもあるから茂吉が平らげたウナギは千匹を優に超えるはずだ。

 ▼創作を支えたウナギの蒲焼きがなかったら、「文化勲章を受章

する機会は巡って来なかったかも知れない」とまでいう。

回数の多さはもちろん、それを数えた情熱にも脱帽する。

茂吉も草葉の陰で苦笑するしかあるまい。

 ▼著名人の本当の姿を知りたいという気持ちは、誰にでもある。

小欄も気に入った作家について書かれた本には、すぐ飛びついて

しまう。著名人の遺族が故人の思い出を綴(つづ)り、次々に出版

されるのも、それだけ需要があるからだろう。ただ書かれた本人は

望んでいたのか、とも思う。

 ▼「こんなみっともないことは決してするな!」。『週刊文春』によると

先日亡くなった作家のつかこうへいさんは、著名人の遺族の手記が

掲載された雑誌を床にたたきつけて、家族に強く言い聞かせていた

そうだ。後に遺(のこ)すのは、作品と育てた人間だけ。

そんな作家の死があってもいい。コラム「産経妙」引用

 ☆珍念 『茂吉日記』を読んで見たいと思っています。

コラムのコメントは、ウナギの蒲焼きを腹いっぱい食べることです。

あ・・涎が・・・ \( ^∇^)/θ☆ わ~い

「時は金なり」(#^.^#)

   A11_2 珍念のひとりごと

 時は金なり=「英訳(タイムイズ・マネー)」時間は金と同じよう

に貴重なものであるからむだに過ごしてはならないということ。

時間の浪費を戒めた言葉。 

 ▼「大きな目的に達するには、ただ二つの道しかない」。

文豪ゲーテは言明した。その道とは、一つは「暴力」。一つは

「継続」。もとろん、文豪の選んだ道は後者である。

 ▼そのために、ゲーテは時間を大切にし、時間をつくり出した。

その実践の一つが早起き。「男子のもっとも望むべきは朝の勤労」

と謳ったほど。また、行き当たりばったりの生活を嫌い、「前もって

配慮するものは、一日を支配する」とも。作家のトーマス・マンが紹介

している話だ。 (山崎章甫訳「ゲーテを語る」岩波文庫)

 ▼池田名誉会長が、執筆を続ける闘争を語ったことがある。

高熱で苦しい時でも、一枚書いては一本線を引き、もう一枚書いて

はまた一本線を引いて、「正」の字で記録しながら原稿を完成させた。

「なにも書かなければ何も進まない。少しでも前進しなくてはならない・・

一日のうちに何かやっておきたいんだ」と

 ▼時間は皆に平等に与えられている。それは使う人によつて、何倍

何百倍もの価値を生む。だからこそ、大いなる目的の達成のために

時間を使い続けたい。

 ▼ゲーテは晩年、七歳の少年に教えた。「一時間は60分だ・一日は

1000分以上だ・ボクよ、これを忘れるな・やろうとすれば何でもできる」

(池内紀訳) コラム「名字の言」{川}引用

 ☆ キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ・愚か者の珍念・・弁解の余地もありません。

反面教師のような行いをしていたようです恥じています(´;ω;`)ウウ・・・

 ☆ 閑話休題 

「屠所の羊」:屠殺所に引かれて行く羊の意。悲しみにうちひしが

れて、気力を失なって入る人のこと。もともとは、殺されるとも知らず

嬉々として屠所にむかう様子をいったもので、人が死期の刻々と近

づきつつあるのを意識せずに暮らしているのを戒めたもの。

時間を漠然と過ごしている人は(珍念もです)心して学びたいものです。

 ☆珍念の拙いブログを見ていられます・・読者の方たちも全員50年後

か120年後には、亡くなられるのは間違いない事実です。

「屠所の羊」のように生きるのか。池田名誉会長:ゲーテのように生きる

のか。・・あ・・また 減らず口を・・閻魔さまから苛められるので

急いで消えます。 (゚ー゚;

ミステリーを訪ねて (*^^)v

   A11 珍念のひとりごと

 みなさん、こんにちは、今回、ミステリーとよばれるジャングル

から、「師走の客」を御紹介します。

{時代物の一篇です}。作者の宮部みゆきさんの名前を知らない

人は、いないほど、若者に人気がある方です。

珍念も一時、宮部中毒になった時がありました。宮部ワールド

に嵌っていました。ともかく面白くて、切なくて、はらはらして、読んで

いました。手元に本が無いと、落ち着かず、いらいらして、あれは

典型的な中毒の症状でした。まだちょいと残っています。 (^-^;

 ▼そんな中で出会った作品が「師走の客」でした。時代小説、しかも

市井の人々の織りなす、どたばたを描いているのに、機知に富み

洒落ていて、気品があります。それこそ、良質の海外ミステリーを

読み終えた気分でした。なにより作者の目の温かさ、英雄豪傑では

ない無名の人たちに注がれる眼差しの柔らかさがすてきです。

むろん、最後のどんでん返しも見事です。

短編ミステリーの魅力を堪能してください。( ^ω^)おっおっおっ

 ▼読者の皆さまへ・・内容を紹介したいんですが、推理小説の

類ではご法度ですので、種明かしは、読まれてのお楽しみです。

毎日、猛暑が続いていますので 読者の皆さま、くれぐれも、お体に

お気をつけて下さい。珍念、大病を患ったあと、4、5年は、夏でも汗を

かきませんでしたがそれ以後 夏になると以前のように大汗をかきます。

体が・・健康になっているようです。嬉しいです・・\( ^∇^)/θ☆ わ~い

 あ・・ゲーテから偽善者と叱られる・・うぅう 消えます。

「珍念の嘆き」。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 

  A11 珍念のひとりごと

  初恋の人の名前を次女につけ」。出所は忘れたが、

気に入っている川柳だ。かわいい娘に、妻の知らない

初恋の人の名前を付けたい。誰にはばかることはない

けれど、長女では何となく気がとがめる、というのだ。

 ▼児童虐待事件の記事を読みながら、犠牲になった

子供たちの名前を胸に刻んでいく。萌音(もね)ちゃん、

海渡(かいと)くん、智樹(ともき)ちゃん…、

かわいらしい名前であればあるほど、あわれを誘う。

 ▼昨年4月、母親とその内縁の夫に虐待され、衰弱死した

当時9歳の女の子の名前は、「聖香」だった。シドニー五輪が

開催された平成12年に生まれ、五輪選手のように、夢のある

人生を過ごしてほしいとの願いが、込められていたという。

 ▼保護責任者遺棄致死などの罪に問われたその母親に

対して、大阪地裁は21日、懲役8年6月の判決を言い渡した。

量刑への評価はひとまず置く。「銃で撃たれる殺人よりも

被害者の痛みや被告の罪は重いのでは」。

裁判員の一人の発言に共感した。

 ▼子供をゴミ箱や洗濯機に閉じこめるなど、児童虐待事件の

残虐の度合いを増すばかりというのに、なかなか殺人罪が

適用されない。甲南大学法科大学院教授の園田寿(ひさし)さん

に聞くと、「食事を与えなかったといっても、スナック菓子は食べ

させているなど、殺意を認定するのが難しいケースが多い」という。

「そもそも刑罰だけで虐待事件は解決できない」。

その理屈はわかるのだが…。

 ▼ベランダに遺棄された聖香ちゃんは、「ヒマワリを探しているの」

と言い残して息を引き取った。この事件を契機に生まれた

「ひまわり署名プロジェクト」が、児童虐待事件の厳罰化を

求めて活動している。目標の20万めざして、現在約5万5千の

署名が集まっているという。 コラム「産経妙」引用

 ☆このコラム・・の執筆者に座布団10枚いや100枚差し上げます。

ベランダに遺棄された聖香ちゃんは、「ヒマワリを探しているの」

と言い残して息を引き取った。 御冥福をお祈りさせていただきます。 

 珍念 余りにも痛ましく、悲しい、おぞましい出来ごとに胸が痛み

ます。。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 之にて減らず口を閉じます!

「生きようとする力」

  A11 珍念のひとりごと

 早朝、二階のベランダの片隅に蝉が蹲っていたので、そっと

手にとり、大空に逃がしましたが、突然、天敵のカラスが飛ん

できて、あえなく食べられ、きのどくなことをしました。

世間に人の恐るる者は、火炎(ほのお)の中と刀剣(つるぎ)

の影と此身の死するとなるべし牛馬猶身を惜しむ況や人身をや」と。

日蓮大聖人の御遺文をふと思い浮かべました。

 ▼私たちが恐れを懐くものには、いろいろありますが{死}に勝る

ものはありません。恐怖をもたらすものとして「死」とならべて

「火災(ほのお)」すなわち火災(かさい)、「刀剣の影」すなわち

戦争をあげておられます。しかし、火災や戦争等もそれが恐ろしい

のは、「死」をもたらすからに他なりません。

 ▼仏法は、一個の生命の尊さを説いています。一切衆生は尊極

な仏界の生命を具している。また一日でも命を延ばすことは三千

大千世界に敷き満ちた宝の価値よりも尊い・・・と

死苦からの解放を目指し、生命を限りなく慈しみ、育むものが

日蓮大聖人の仏法です・・あ・・いけない いつの間にか舞い上が

って、独演会になって・・ m(. ̄  ̄.)mス・スイマセーン

 ▼近所の薬局に行った時のこと。レジに張られた一枚の紙が

目に留まった。そこには「次のお客様には薬の効果はありま

せん」との文字。続きには「①病気を治そうと思っていない人

②不摂生な生活の人③命よりお金を大事にする人」と

 ▼これは「一本とられた」とばかりに店主を見ると、いたずらっ

ぽい笑顔で一言。「病気を治すといっても、医師や薬は、あくまで

「補助」。大切なのは本人の生きる姿勢ですから」

 ▼本誌の体験談を読んだ、友人の言葉を思いだした。「学会の

人は病気にかかった時、「治してください」ではなく「治してみせる!」

と祈る。「生きようとする力」がすごい。その力の源泉は「人のために

生きたい」と願う心にあるように思う。・・と

 ▼池田名誉会長と対談した、米国のノーマン・カズンズ博士。

度重なる大病を克服した自身の体験から人間の「精神の働き」に

注目した。「希望」「使命感」などの前向きな感情は、人体に備わる

「治す力」を高めていくという。

「病は気から」。そして「健康も気から」なのだ。

コラム「名字の言」(之)引用

 ☆ 閑話休題  

 珍念・・今日11年前・某大学病院に入院中の時の女医さん

と偶然に「家電店」で再会しました。驚いていられました。

喫茶店で「珍念」の摩訶不思議な体験を述べました。

20数年前、若いころ交通事故で頸椎を痛めていた

のが原因で、全身が「マヒ」して首の骨の潰れた2か所を緊急に

手術しました。治っても車椅子生活に・・妻が仕事の帰り

毎日遠い病室にきて激励をしていました。

半年ぶりに、無事職場に復帰できました。

11年前・悪性リンパ腫を告知され 晴天の霹靂でした。

270日余り、某大学病院に入院していましたが、(サジ)を投げられ

自宅に帰りました。毎日、悪夢に魘されていましたが、珍念

池田名誉会長の激励の伝言をかてに、命がけで病魔退散

を祈りました。妻や 同志の方々の必死の祈りで奇跡が

起きました・・あれから・・5年生存率を越え10年過ぎました。

妻や同志の人達や・特に女性の方たちの深い祈りで、珍念

命を助けて戴きました。 40数年前も交通事故の時も

女性の方たちの祈りで、奇跡的に命が助かりました。

(某・新聞にも奇跡の生還)と報道されたことが、走馬灯

のように、網膜に鮮やかに、浮かんできました。

珍念・・・生涯、女性を尊重して行きます、女性は「ダイヤモンド」

の輝きが漂っています。

 ▼女医さんが 奇跡ってあるんですね。 すごい・・ですね。

なんだか夢を見ているようです・・長生きしてください。と

愚か者の珍念 まだ 心が悪しき煩悩に靡いています。

今夜も深く反省しています。 まだ 精進が足りませんです。

あ・・・ラーメンの麺が延びる・・うぅう (゚ー゚;

子どもを育もう!

    A11 珍念のひとりごと

▼「レ・ミゼラブル」 この不朽の名作をユゴーが執筆したのは

ガーンジー島で亡命闘争を繰り広げている最中でした。

その島での拠点であった「オートヴィル・ハウス」にユゴーは

毎年暮れになると、恵まれない子供たちを招待していました。

今から141年前1869年にも、40人の子どもたちを招いて、

ともに 楽しい思い出を作っています。

 ▼そのとき、ユゴーは同席の大人たちに向かって次のように

述べました。子どもの本当の名前は何か・・?

皆さんは、ご存じだろうか・!それは「未来」である、子どもは未来

の収穫の畑である。その子どもの心に、種を蒔こう。正義を与え

歓喜を与えてあげよう。子どもを育てながら、我々は「未来」を育て

ているのである。「育てる」という言葉は、何と深い意味を持っている

ことだろうか。我々の目の前にいる子どもたちを、教育しよう。

そうすれば新しき世紀は赫と光り輝くだろう。

子どもの中に燃える炎こそ、未来の太陽なのである。「子育て」といい

「教育」といい、未来からの使者である子どもとかかわっていくことは

なんと壮大なロマンでありましょうか。

滋味なよぅであって、これほど創造性に満ち、永遠性

と連なりゆく、尊い聖業は、無いと思います。

池田大作氏スピーチ 引用

 ▼幕末から明治にかけて日本に来た欧米人の多くが、この国を

「子どもの楽園」と見たのはよく知られる。たとえば英国の

旅行家イザベラ・バードは「これほど自分の子どもに喜びを

おぼえる人々を見たことがない」と紀行文につづった

 ▼大森貝塚の発見で知られる米国の動物学者モースは、

日本ほど子どもが親切に扱われる国はないと感嘆している。

わが子に愛情を注ぐだけでなく、世の中全体が子どもを大事に

し寛容でもあったようだ

 ▼そんな昔とくらべて気の毒になる投書を東京の声欄で読んだ。

ある母親が8、3、1歳の3人を連れて新幹線に乗った。

東京駅で降りるとき、年配の女性から「うるさいのよ、あんたたち」

と吐き捨てるように言われたそうだ

 ▼申し訳なかったと思いつつ、もう家族旅行はしたくないという

気持ちが押し寄せてきたという。別のお母さんもわが子が赤ちゃん

だった頃、何がつらかったかと言えば、泣き声などが周りに迷惑を

かけているという、ストレスだった」と書いていた

 ▼中には親子ともども、しつけの足りない場合もあろう。

親はほったらかし、子はしたい放題。

だが多くの親は周囲に気を使い、くたびれはてる。

不機嫌な視線を意識して、神経をすり減らす

 ▼詩人の高田敏子さんに幼い女の子の靴をうたった詩がある。

〈おとなの 疲れた靴ばかりのならぶ玄関に/小さな靴は

おいてある/花を飾るより ずっと明るい〉と結ばれる

夢ふくらむ靴をはいて、幼子(おさなご)も旅に出る夏休みである。

思い出に、大人の寛容を添えてあげたい。

コラム(天声人語)引用

 ☆ちなみに、珍念の誕生日は5月5日の子供の日です。

大人の今も精神年齢は11歳ぐらいです。でも・・素直さは無い

です。ちょいと悪知恵があり変人の類です。( ^ω^)おっおっおっ

虚弱体質児で甘えん坊でした。周りの大人の人に可愛がられ

て幸せでした。古き良き時代でした。 悪戯が度を超えたりしたら

近所の小母さんや小父さんが本気で叱ってくれました。

今、そのような ことをすると 反対にその子の親に叱られます。

変な世の中に成っています。 (・_・)エッ....?

 ☆子供は、可愛いです・・動物の子どももです・・虐待する人

の気持ちが、珍念、理解できませんです。

 ◆ 閑話休題 モジモジ(。_。*)))

 ☆人間関係がわずらわしく、いやになる時があります。

 ★これは人類永遠の悩みです。時には「一人で生きたい!」と

叫びたくなることもあるでしょう。しかし、それは現実には不可能です。

だとすれば、どうするか。 自分から「いい人間関係」を作るしかあり

ません。そういう関係を作れる人間に、自分がなる以外ありません。

人間関係の「悩み」があるからこそ、自分が成長できるのです。

悩みに負けなければ、「人格」が大きく育っていきます。

だから、独りぼっちではいけません。

自己中心の我がままになってしまい、何もできません。

池田名誉会長の(青春対話)引用

あ・・またまた・・調子に乗って減らず口を・・嫌われるので

こっそり 消えます。(^-^;

 

 

夢を追いかける人 (●^o^●)

   A11 珍念のひとりごと

 夢を追いかける人は美しい。人のために生きる人はもっと美しい。

そう実感する話を聞いた。

今春から、あるラジオ番組でパーソナリティーを務める婦人部員。

高校時代、「声で希望を伝える仕事がしたい」と声優を志したが

就職先がなく、断念せざるを得なかった。

 ▼55歳の時、有志で絵本のよみ聞かせサークルを設立。

地域の子どもたちのために10年間、心を込めて朗読を続けた。

その味のある声を偶然、会場に居合わせた番組関係者が耳

にし、彼女に白羽の矢が立った。

 ▼放送では、彼女が多彩なボランティア活動を通じて見聞

きした、地域性豊かな話題が評判に。「夢を実現するのに

50年近くかかりましたが、そんなことよりも、皆さんに喜んで

貰えることがなによりうれしい」と。

 ▼夢と希望を紡ぐ映像文化の先駆者、ウォルト・ディズニー

は生前、「他人を楽しませることが好きな人は、やはり同じ

ように自分自身の喜びと満足を得ている」と語った。

(高橋康子訳「ウォルト・ディズニーがくれた夢と勇気の言葉」)

コラム(名字の言){開} 引用

 ▼閑話休題・夢をつかもう!

 (池田SGI会長の「希望対話」から引用)

☆{夢はありますが、自分に自信がありません}

大きな、大きな、もっと大きな「夢」をもって、立ちあがってもらいたい。

「夢こそ力」です。「希望こそ力」です。人間は「絶対にこれだけは

やりとげるんだ」と固く固く決意したら、たいていのことはできる

ものなんです。自分が「こうなろう」と、心に強く念じた通りの人間に

なれるものです。

 ☆{どうして読書が必要なのでしょうか}

本を読むことで、無数の人の経験や知識やドラマを学ぶことが

できます。一生の「心の友だち」もできます。「本の発明」は、人類の

歴史最大の発明の一つです。この発明品の「使い方」「楽しみ方」を

覚えたら、もう人生は、最大の武器を手に入れたようなものです。

本を読む習慣さえ身につけておけば、その人の道に「希望」が

消えることはないのです。と!

 ☆ 不肖、珍念ですが、子どもの時から誇大妄想狂のような夢

を描いていましたが、意志が弱いです。(ん・・今もです) (^-^)

近頃は・・夢を追いかけるのではなく、変な夢を度々みます・・

生命の奥底の一念が定まっていないようです。 深く反省

しています。師匠の教えの通りに実行すれば願った通りに

夢は叶うのですが、いっも 弱いほうの「珍念」に心が靡いて

いくようです、今日も、弱い珍念と強い珍念が綱引きしています。

きっと あの世で閻魔さまから苛められる・・・ぅう。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

今宵も一段と深い祈りをします・・あ・・もう退散します。( ^^) _旦~~

十人十色 (#^.^#)

   A11 珍念のひとりごと

 十人十色:(じゅうにんといろ)人の考えや性質・好みなどは、

それぞれ違うものであるということ。

 ▼ 気の利き過ぎた人の笑い話です。

ある、お屋敷で、女中さんを雇いました。「ツーといえば、カー。

とにかく、頭の回りが早く、気の利くことといったらない」

旦那は、たいそうお気にいりでした。 

 ▼ところが、ある朝、旦那の気分がよくないというのに、女中

さんの姿が見えません。「どこへいったんだろう・・・」と、心配して

いると、急ぎ足で帰って来て「旦那様のお顔の色がすぐれません

ので、お医者さんを、呼びにいってまいりました」 

「なるほど、さすがじゃ」旦那は喜びましたが医者に来て貰っても

悪くなる一方です。幾日かたつと、女中さんの姿がみえません。

 ▼ようやく、帰ってきたと思ったら、こんどは、だいぶ、お加減が

良くありませんので、お寺さんへいって、お葬式の準備をして

参りました。 ん!・・珍念もまいりました (*^^)v

 ▼ 江戸時代の町奉行・柏木友諒のエピソード

阿波徳島に、柏木友諒いう町奉行がいた。“阿波の大岡越前の守”

といわれた人物で人情味があって、ユーモァがあった。

ある日、藩の米を扱う人夫が、米俵を盗んで家に持って帰り

見つかった。柏木はその男を呼び出していった。

「家に戻ってまで、米俵で力試しをするな。米俵はすぐに蔵に戻せ」

 ▼禁漁区で魚を取った男がいて、捕まった。柏木はいった。

「禁漁区で網を洗うな。人が見ると、魚を捕っているように見えるぞ」

 ▼あるとき、藩主が柏木に聞いた。

「ヒゲがのびて困る。うまい方法はないかな?」柏木は答えた。

「顔に焼火箸をおあてになるといいでしょう」

柏木にすれば、町奉行の職にある者に、くだらない事を聞くなと

いうことなのだ。

 ▼同じように、藩主が壊れた時計を柏木に渡し、「修理してくれ」と

いった。柏木はすぐ時計をオノで砕いてしまった。藩主が驚くと、柏木

はいった。「私は町奉行です。時計の修理工ではありません」

 ▼この柏木が家人に「本の土用干しをしておいてくれ」とたのんで

職場に出かけた。昼ごろ、急に夕立がきて、本は皆濡れてしまった。

家人が、どんなカミナリが落ちるかおビクビクしていると柏木笑って

いった。 「夕立のことを、いいおいて行かなかったものな」と。

     童門冬二(名将に学ぶ人間学)引用

 ▼ちなみに(珍念)自分のことを述べるには、ちょっと恥ずかしい

ですが、おしゃべり・軽薄・確固たる信念が無い・落ち着きがない。

只のお人よし・その他一杯欠点があります。まだ修行が足りません。

良いところは・・う~ん 髪の毛のように余り無いです (ノ∀`) アチャー

日々、人と対話をさせて戴いていますが誤解を被ることも・・・!

「誤ちては改むるに憚ることなかれ」の故事の通りに 先ず誤ります

こちらに、非はなくても、素直に頭を下げるように実行しています。

 ▼ 言葉づかいについて!

「人間は一つの言葉で争いもすれば、仲直りもできる。

一つの言葉が生涯の傷ともなれば、忘れ得ぬ希望の人生の

きっかけになる。一つの言葉は一つの心をもっている。

ゆえに言葉を大切にすることは心を大切にすることに通じる

言葉の美しい人であってほしい」 と 恩師は語る。

愚か者の{珍念}恥じています。今日も反省してます。

あ・・またうどん屋の窯・窯・ 湯だけ 湯だけ 言うだけ ・・と

誰かさんが ・・・うう・・ぅう 修行が・・足りませんです。

あ・・またまた 能書きを・・もう消えます。 (*^.^*)

「いちゃもん化社会」(@_@;)

    A11 珍念のひとりごと

 ん・・? 悪いのは全部他人のせいだ!

ユーモア話をひとつ。電車が毎日のように遅れるので

腹を立てた乗客が駅員さんにくってかかった。

「いつも遅れるのだったら時刻表なんか出しておくな」。

すると駅員、「時刻表がないと電車が遅れたかどうか分か

らないでしょう」

▼織田正吉(しょうきち)さんの『笑いのこころユーモアのセンス』

(岩波書店)にあった。道理に合わないことで相手をやりこめる

詭弁(きべん)型のジョークだそうだ。昔なら笑っておしまいだが

今は笑った後で心配になる。駅員さん、殴られなかっただろうか

▼駅員や乗務員への暴力が止まらない。

去年の今ごろも同じ事を書いたが、減るどころか増えた。

全国の25鉄道会社で昨年度に計869件は過去最悪だ。

むろん笑話のようにやりこめたわけではない。

強く出られないのを承知の卑劣な暴力である

▼よく知られたハインリッヒの法則は、一つの重大事故の

背後には29の軽微な事故があり、300の異常があると説く。

それに倣(なら)えば、一つの暴力沙汰(ざた)の背後には膨大

な暴言や嫌がらせがあろう。

駅員さんたちは日々、心をこづき回されているのではないか

▼人が暮らすうえで、法律より広くモラルの守備範囲がある。

法律が城の内堀なら、モラルは外堀だろう。外堀破りの不心得者が

多くなれば、内堀を越える狼藉者(ろうぜきもの)も増えよう。

乗降の人波が駅員さんの目に「怖い地雷原」と映るようでは

日本は悲しい。 (;´д`)トホホ…


▼弱い立場をはけ口にモンスターとやらが横行する

「いちゃもん化社会」の一断面でもあろう。

いらつく世の中の頭を冷やす、大きな水枕はどこかにないか。

コラム・天声人語・ 引用

☆ 不肖「珍念」{頭を冷やす大きな水枕}のある場所は知っています

が、稚拙な文才ですから、誤解を与えかねませんので、お答えは

お許しください。(;´▽`A``

閑話休題  珍念の(ここだけの)四方山はなしです

筆者の知人・友人に強烈な個性のある方が居られます(珍念)

もですが誕生祝いに珍しい置物を差し上げた時など 値踏み

される人がたたありますが、本人は奥さんから、注意されるけど

困った癖と嘆いていました。

どうしたら、癖が直るでしょうか、とアドバイスを求められました。

☆珍念・・こまったくせ・・という笑い話を思いだしました。

人の持ち物を、なんでも値ぶみする癖のある男の所に、友達が

遊びにきました。

友達が、立派な銀ぎせるを取り出して、一ぷくつけると「いやあ、

見事なキセルだ。一両はしただろう」いっもの癖で、値踏みを始

めました。

「あんたは、すぐにそうやって、値踏みをしたがるが、

値踏みをされるほうは、いい気もちがせん。あんたのためを思って

友達だからこそいうのだが、これからは、値踏み癖を直しなさい」

友達がたしなめると、「よくぞいいにくいことを、おっしゃつてくださ

れた。もっべきものは、友達。その御親切、三両の値打ちがある」

あ・・そうそう 悪い癖を直すには・・? 珍念も永遠の課題です。

今日も減らず口は絶好調です・・\( ^∇^)/θ☆ わ~い

なんか変?

     A11_2 珍念のひとりごと

 人面獣心(じんめんじゅうしん):顔は人間だが、心は獣の

ように冷酷な人、恩義や人情、恥を知らない人。

 ▼今年4月に亡くなった井上ひさしさんが書いた、美空ひばり

への追悼文によると、昭和24年3月封切りの映画初出演の

ひばりは『のど自慢狂時代』を見てたちまちファンになった。

井上さんより3つ下の11歳だ。この年、ひばりは、たちまち

スターダムにのし上がるが、悪評も多かった。

 ▼井上さんによると、夜のプラットホームでマネジャーの

背中で眠っている写真を掲載して、「児童虐待」をほのめかす

雑誌もあった。当時児童養護施設にいた井上さんは憤慨する。

「何故この女の子だけを大人たちが寄ってたかって、児童福祉

をふりかざして批判するのか」。

 ▼福岡県久留米市で6月、長女(5)を絞殺した疑いで、逮捕された

母親(34)が、警察の調べに対して、「長女を洗濯機に入れて何度か

回した」と供述しているという

長女の口を粘着テープでふさぎ、両手、両足を縛った。

出てこられないようにふたもテープで留めていた。

 ▼どれほど恐ろしかったろう。どれほど冷たかったろう。

ひばりの子役時代はまだ、洗濯機は一般に普及していなかった。

いや、普及していたとしても、わが子を洗濯機に閉じこめて平気な

親がいたとは思えない。

 ▼2歳の男の子をゴミ箱に入れて窒息死させる、あるいは

2歳の女の子をエアガンで撃った事件もあった。

児童虐待そのものは昔からあった。最近、より残酷な事件が

目立つようだ。

 ▼ひばりの持ち役のひとつだった越後獅子は、親方のもとで子供

たちが重ねる厳しい修業が児童虐待だと非難され、すたれていった。

しかし近年では、子供たちには芸の進歩に対する喜びと一人前の

軽業師になる希望があったと主張する研究者もいる。

洗濯機のなかの女の子には、一片の希望さえ与えられなかった。

 コラム「産経妙」引用 

☆ 珍念わが身を切り裂かれるような痛みに涙が溢れて止まりません。

子どもが欲しくても授からない一人として、なんともやりきれない

忸怩たる思いがします。  何か大事な物が失われているようです。

 閑話休題

池田名誉会長は50年前・・ある会合で「経済・政治・社会の

根本とは何か、順々と指導を進めた。

「生命なくして、経済も、教育も、科学も、政治もありません。

一切が、人生、社会の幸福を追求するための分野なのです。

 根本は全部人間です。生命です。その生命とは何かという

根本解決の道が、宗教じゃありませんか」と。

あ・・つぃ ( ^^) _旦~~ もう退散します!

幹部は率先して身をただせ!

     A11珍念のひとりごと

 孫子の兵法に・・(よく兵を用いる者は、道を修めて法を保つ

 故によく勝敗の政を為す)と。

 ▼李広将軍は秦の時代に燕の太子丹を捕えた人物である。

漢の文帝の14年、匈奴が侵入した時。弓の名手である李広は

馬上から多くの敵を殺し、あるいは捕虜にした、そして匈奴を撃退した。

 ▼景帝の6年匈奴が大拳して上群に侵入した。 ある日、百騎ばかり

を率い李広を寵愛する宦官を守っていると、数千騎の敵がいるのが

見えた。匈奴の兵は李広らを見て囮と思い山に登って陣をしいた。

李広の率いる百騎も驚いて、馳せかえろうとした。すると李広は

「我々は本隊から数十里離れているのに、こんな状態で、すぐ逃げだ

せば、匈奴に後から射かけられて、全滅しまう。じっとしておれば

匈奴は本隊の囮だと思って、攻撃してはこまい」

 ▼李広は、百騎を率いて匈奴の陣の二里ほど手前まで進め馬

から降りて鞍をとかせた。「あいつらは。我々が逃げ出すと思っている

だから、鞍をといて逃げようとしないところを見せ、いよいよ囮だと思い

こませるのだ」・・・はたして匈奴の兵は攻撃しないで立ちさつた。

李広は兵法にも長じていたのである。

 ▼李広は清廉潔白であった。恩賞が下賜させれば兵士に

分け与えた。飲食も兵士とともにした。

李広が死んだ時、四十年もの間二千石の禄を

貰っていたのに、家には蓄えがほとんどなかった。

財産のことを口にしたことは、なかった。同僚の将軍、程不識

はこう言った。

「李広の軍は格式ばっていない。兵士を楽しませているから

みな喜んで、李広のために死のうとしている」と。

 ▼匈奴は李広の智略を畏れ、兵士もまた李広に従うこと

を喜んだ。

武帝の時・李広は大将軍衛青に従い匈奴を攻撃中道を失い

戦闘に間に合わなかった。大将軍はそれを責め記録係を

李広のもとに派遣して報告を取らせようとした。・・すると李広は

「将校たちに罪はない。わしが自分で道を見失ったのだ、自分で

報告書をつくる」といい、さらに部下に向かって、「元服以来、匈奴

と大小七十回あまり戦ってきた。このたび、幸いにも大将軍にした

がって出征し、単于の兵と対することになった。ところが、回り道

をすることになって道に迷ってしまつた。天命と言わねばならない」

といって、自分の首を切った。

 ▼道に迷った責任をとり、法の決まりを明らかにしたのだ。

李広の軍は、一人残らず声をあげて泣いた。国民も、それを聞いて

李広のために涙を流した。

仏典にも「石に矢のたつ是{これ}又、父の敵と思いし至信の故なり

李広は復讐の一念の故に草かげの岩を父を殺した虎と信じて

弓で射たところ、石に矢が突ささったと言われている」。

○読者の皆さま、面白くも、なんともない (@_@;) あくびがでるかも

しれません・・お気に障ったらお許しください。 

もうちょいと お付き合い戴ければ幸いです。

▼同じく道に迷った右将軍趙食其は、その罪によって死刑に処せられ

るはずだったが、金で償って平民に下った。李広のごとき将軍こそ

孫子のいう「よく兵を用いるものは、身をいさぎよくして法を守る」と

戦争を含めて、あらゆるものは人間の論理の上に成り立っている。

 ☆しかるに、選挙で落選した千葉法務大臣には、あいた口が塞が

りません、それを党内事情で遺留した官首相も「殿ご乱心」? ナヌ! 

戦いに大敗した責任を取らない・・また、企業でも 個人でも 大事な

規範が・・問われています・愚か者の「珍念」李広将軍の爪の垢でも

煎じたらなぁ と 思ったりしています。

孫子の兵法に「同じ作戦は二度と使ってはならない」との戒め

がある。(その戦い勝つや 復さずして形に無窮に応ず)と

あ、つい「珍念」調子に乗って大法螺を・・もう消えます (゚ー゚;

「タコ」は偉かった (*^^)v

   A11 珍念のひとりごと

  タコの吸盤? 読者の皆さま、心の奥底に無意識にタコが

住んでいるような摩訶不思議な虜になっているのは、あながち

筆者の一人よがりでしょうか! 昨夜もタコの夢をみました。

珍念 英雄のタコ君に愛着があります。

でも・ここ数日、タコを美味しく戴いています。 (´ρ`)ぽか~ん

 ▼サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会で世界的な

人気をさらったのは、金髪の本田でもアルゼンチンのメッシでも

なく、タコのパウル君だった。

かつて製鉄業で栄えたドイツのオーバーハウゼンという地方

都市の水族館で飼われているタコが、占った8戦すべての勝敗

を当ててしまったのだからすごい。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

 ▼タコは寿命が3年で、物の形や色を識別する高い能力を持ち

合わせていることを小欄が知ったのもパウル君のおかげである。

日ごろ融通の利かないNHKまで「決勝戦でタコの予想が的中」

と大まじめにニュースでとりあげたのには笑った。

 ▼パウル君に比べれば、人間の予知能力はゼロに等しい。

W杯前、日本の1次リーグ突破とスペインの優勝をともに予測した

記者や評論家はいただろうか。スポーツだけでなく、参院選の結果

予測もしかり。

 ▼小紙は、6日付朝刊でいちはやく「与党過半数割れ濃厚」と報じ

たが、民主党の獲得予想議席を51と甘く見積もってしまった。

莫大(ばくだい)な手間とカネがかかる出口調査を基にしたテレビ

各局による投票終了直後の予想でも44議席をずばり当てた局は

なかった。

 ▼おわびついでに言い訳をすれば、民主党への支持は日を追う

ごとに予想を超えるペースで減っていった。

ことに投票日は午後8時の締め切りが近づくにつれ野党への投票

が増えた形跡がある。コラム(産経妙)引用

 ▼珍念・・有名な全国紙のコラムを毎日読んでいますが、さすが

どのコラムも甲乙つけがたく、素晴らしい名文です。

ただ、言うのは簡単ですが(あ語弊があるかなぁ) それを身読され

ていられるのかなぁ。変人の珍念 愚かな妄想を抱いています。

ん・・余り、おしゃべりが過ぎると閻魔さまから苛められますので

もう・・退散します。 (^-^;

 

ミステリー ヾ(.;.;゚Д゚)ノ 

  A11 珍念のひとりごと

 筆者も、ドイツの水族館のタコ「パウル君」に肖りたい・( ^^) _旦~~

「通勤で混(こ)み合う電車の中の広告に、真っ赤な蛸(たこ)の

画(え)があった。ねじ鉢巻きで、盃(さかずき)をもって踊ってる。

えらく景気のいい蛸だ。蛸は自民党かもしれない」

往年の名文記者、門田勲のユーモラスな一節だ。

高度成長期、かの党は我が世の春をうたっていた

 ▼参院選の開票からサッカーW杯決勝へなだれ込んだテレビを

見つつ、ふと大先輩の筆を思い出した。大した理由などない。

党勢を伸ばした谷垣総裁の得意顔と、スペインの優勝を当てた

「予言ダコ」に、記憶の水底をつつかれただけである

 ▼ドイツの水族館のタコ「パウル君」は、いまや世界一有名な

軟体動物だろう、ドイツ代表の勝ち負けを、3位決定戦まですべて

的中させた。勢いに乗って他国同士の決勝も当て、「8戦外れなし」で

予想屋や占師を青くさせた。

▼好物の貝を入れて国旗を張った箱を二つ用意し、どちらを選ぶか

で勝敗を占う。当たりすぎの余波もあった。お告げ通りドイツが負けると、

「食べてやる」などと方々から八つ当たりされたそうだ。

人間嫌いにならなければいいが。

 ▼門田も書いたように、日本人のタコのイメージは戯画的だ。

鉢巻きに口をとんがらせて、コリャコリャ踊る。だが知能はかなり

高いらしい。犬なみに賢いという専門家もいる。

意外な予知能力が実はあるのかもしれない。

 ▼〈占いのタコに聞きたい過半数〉と先の朝日川柳にあった。

選挙が終わって聞きたいのは「ねじれ政治」の行方だろうか。

右肩上がりの昭和を懐かしむ、どこか淋(さび)しき日本人に、

さてパウル君は「勝ち」をくれるか。 コラム「天声人語」引用

 ○ この「コラム」あっばれです・・・言いえて妙です・・

珍念の論評は釈迦に説法ですので口を閉じます。 ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ

「今、この瞬間に生きる」

      A11 珍念のひとりごと

 「シャッターを切れる時間は、たった一度しかない」。

止まっていると思った建物が、夕空を背景に瞬く間に“走っていく。

空の色も舜時に移ろう。流れ去った空は、二度と現れない。

写真家の土門拳は、そう綴った。

 ▼なかなか、瞬間を意識して生活する場面はない。特に数週間先

といった予定は、数日先に比べ、ぽんやりとした実感しかわかない。

「明日にしよう」といった心の囁きが聞こえてくる

 ▼ところが、決勝点が近づいてくると、時がどんどん加速していく。

気がつけば、「もう時間がない」と。きょうの一日が、とても大切な

時間となって迫ってくる。だが、一か月前の一日も、きょうの一日も

同じ一日、後悔先に立たず。時は決して戻らない

 ▼御聖訓には「一生空しく過ごして万歳悔ゆること勿れ」と。

「臨終只今」の決意で、今やるべき事を全力でやる以外に、悔いを

残さない方法はない。

 ▼「短期決戦は、一日たりとも空費出来ない。一日一日が珠玉の

時間である。一日一日が渾身の勝負だ」と。土門拳ではないが、使命

を果たす時は、明日でも、一時間後でもない。今この瞬間なのだ。

民衆の笑顔輝く世紀を目指し、不二の覚悟で生きる革命児でありたい。

コラム 名字の言(高) 引用

 ▼愚か者の「珍念」先送りばかりしてました、口だけ達者です・・・

深く反省しています。

 ▼ 閑話休題  印象深い話があります。

1952年(昭和27年)宮崎県南部の幸島で、研究者が猿にサッマイモ

を与えていた。猿たちは砂がついたイモをそのまま食べていたが、ある日

水で洗って食べる雌猿が現れた。その行動は、一匹、また一匹と他の猿

にも広がっていった。

 ▼やがて100匹まで到達した時、残っていた猿すべてが、イモ洗いの

行動をとった。それは、大分県まで伝わったという。

 ▼この話を通して、池田名誉会長は「一人」の力は偉大である。「一人」

が立ちあがることが「すべてを変える」「ある到達点まで来ると一気に全部

が変わる」と語っている。

 ▼ そうそう 筆者は日々友人・知人と対話をしていますが、この前

葉隠の一説に「初対面のときの応対法」がありました。

人に出会った時は、その人その人相手に応じての気質を早く飲み込み

それぞれに応じた応対の仕方があるのである。

その中で、理屈ばって、強い勢いの人がいれば、こちらは随分折れて

取りあって、角たたぬようにし、その間に、相手以上の理屈を似て言い伏せ

その後は、少しも遺恨を残さないようにすべきである。

これは、とっさのうちの胸の動き、言葉の動きである。

 ▼この文章一つ読んでも、葉隠武士道とは猛々しいものでも、血なまぐさ

い悲壮なものではない。相手に応じ、相手を生かす調和を主要とする道

であることが分かる。

つまり、剣や刀で勝つ道ではなく、人心の機微を読み、真理や言葉の動きで

相手を説得し合一させる。明治以降の軍人のように肩を怒らせ、やたらに

血刃を振るい、暴力で世論を屈服させる逆上型武士道とは違うものである。

 ▼ 「葉隠」の寸言には鋭いものがある。

結構者はすり下り候。 強みでなければならぬものなり。

心得のよい人物は、決して他人の上に立って高慢な顔をしたがらぬものである。

慎み深く、自分から人の下にする下るようにするものである。

だがこういう人は決して気の弱い人ではない。真に自信のある自分の価値を

知っているものでなければ出来ぬことだ。

 真に強い人でこそ初めてできる行為である。

愚か者の珍念恥ずかしいです・・ (´Д`;≡;´Д`)アワアワ

あ・・いけない べらべらと 能書きを述べました もう 退散します ( ^^) _旦~~

岡目八目(@_@;)

     A11珍念のひとりごと

 岡目八目 (おかめはちもく)・・当事者よりも、周囲で

見ている者のほうが、かえって物事の真相や是非、損得

などがよくわかるということ。

{説}元々の意味は、碁を打っている本人よりも傍で見ている

者のほうが八目先まで読めるということ。転じて傍観者のほうが

状況や真相を読めるという意になった。「岡目」は「傍目」とも書く。

 ▼ 閑話休題

世の中には、思いもよらない悪口を言う人が要られますが!

田中真紀子さんは98年の自民党総裁選のときに小渕恵三氏

=凡人・梶山静六氏=軍人・小泉純一郎氏=変人・安部普三氏

には子供がいないことを理由に{種無し西瓜}と罵倒しました。

でも、子どもが欲しくても出来ない人たちを侮辱する酷い発言

をされた。

 ▼ 最近では 麻生太郎氏=口の曲がった総理大臣

河村建夫氏=気が抜けたサイダーのような官房長官

といった痛烈な悪口を言っています。

 ■そうそう・・変人と言われた小泉純一郎元首相は4日、東京

両国国技館で開かれた証券会社主催のセミナーで講演。

数千億円カットして数兆円ばらまいている・政権交代してよかった

自民党政権が果たせなかった行財政改革に期待を示す一方、 

「ほめ殺し」も交えながら民主党政権を痛烈に批判した。

先の衆院選を機に政界引退してまもなく1年となるが、

「小泉節」は健在でその影響力はなお大きい。(田中靖人)

 「誰が首相になろうとも、民主党政権になろうとも、

自民党政権になろうとも、これからの日本に必要なことを話したい」

 小泉氏は約3千人の聴衆を前にこう切り出した

国技館訪問は平成13年の首相就任直後、横綱、貴乃花関(当時)

に「感動した!」と内閣総理大臣杯を渡して以来9年ぶり。

万感胸に迫るものがあったようだ。

 ▼先の衆院選について「今度は自民党が下野すると予想していた。

それほど自民党に対してあきていた。だから政権交代は当然だった」

と持ち上げたが、ここから先は痛烈だった。

 「自民党 らしさ出てきた 民主党」

 小泉氏は最近気に入った川柳を紹介すると「自公政権ができな

かった行政の無駄排除を、無理だと思ったがやってほしかった。

いざ政権取ったら、やっぱりできなかった」と突き放し、

 ▼そこからは批判のオンパレード。

「民主党は、自民党の支持団体を自分の支持に回そうとしている。

しがらみをますます作ろうとしている。

数千億円カットして数兆円ばらまいている。

高速道路のタダなんて税金を使う制度に戻そうというものだ」

とこき下ろした。「これからの政権は税収より借金が多くなる。

新規の政策をやると数兆円カットしないといけない。

自民党ができなかった行財政改革を徹底的にやる民主党の

姿勢を応援したい。『無駄を見直せば16兆円なんてすぐに出る』

と言ったことをぜひ守ってほしい」

 ▼外交政策では日米関係の重要性を強調。

小沢一郎民主党前幹事長らが説く「日米中正三角形論」を

「極めて危険だ」と指摘し、「中国、韓国、ロシアと、領土問題

がある国とどうやって同盟関係を結べるのか」と民主党の外交

姿勢への不安を吐露した。小泉氏は靖国神社参拝をめぐり

対中関係が悪化し、「対米追従」と批判された苦い思い出がある。

それだけにこう締めくくった。「鳩山由紀夫前首相も学べば学ぶに

つけ、ようやく日米関係の重要性が分かってきた。

菅直人首相が『日米基軸』と言っても『対米一辺倒』と言わなくなった。

マスコミや評論家もだんだん冷静になっている。

政権交代してよかった…」

○変人の小泉純一郎元首相は、どうして、どうして、恐るべし頭脳

明晰です。古の孫子もきっと 賛嘆するでしょう。

あ・珍念 今宵も減らず口は絶好調です。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「呆れた社長」 \(*`∧´)/ 

   A11 珍念のひとりごと

 尸位素餐(しいそさん)・・ある地位についているにも関わらず

職責を果たさず、無駄に給料をもらっていること。

「尸位」は昔の中国で、子孫を祖先の神に見立てて祭祀を行った

ことから、何もしないで高い地位に就くたとえ。「素餐」は、何もしな

いで食うという意。

 ▼ 閑話休題

 「本日におきまして26万の遅配でございます。

考えてみますと、遅配の根というものは非常に長いもので

ございまして…」。いまの話ではない。半世紀近く前の昭和

36年秋、参院逓信委員会で大量の郵便物遅配を追及された

郵政省官房長の答弁だ。

 ▼宅配便がなかった当時、個人が遠方に荷物を送ろうとすれば、

郵便局や小荷物を扱っていた駅へ持って行くしかなかった。

窓口は官尊民卑の気風が残り、「ひもの縛り方が悪い」としか

られた覚えのある読者も少なくないのではないか

むろん、少々の遅配では謝りもしなかった。

 ▼日本郵政グループの宅配便「ゆうパック」の遅配騒ぎは、

そんな遠い昔を思い出させてくれた。失態を隠そうとしたのも

お役所仕事そのものだが、社長の「不慣れな職員がおり、手違

いも重なった」という当事者意識ゼロの言い訳も懐かしい。

さすが官僚OBだけのことはある。

 ▼ゆうパックとペリカン便は、郵便事業会社と日通が共同出資

した新会社に事業移管されるはずだった。ところが

麻生政権の鳩山邦夫総務相が昨年、なぜか待ったをかけた。

黒字化への最後のチャンスだったのを世間知らずの坊ちゃん

は、ご存じなかったようだ。

 ▼民主党政権になって事態は一層、悪化した。新会社を解散し

宅配便は郵便事業会社で面倒を見ることにし、ろくな準備もせず

統合をお中元商戦真っ最中の7月1日にしてしまった。

まともな経営者なら、とてもできない。 

 ▼あきれるのは、こんな事態になっても全国郵便局長会や

労組が「郵政族」候補の応援を必死にしていることだ。

社長も郵便局長も労組員も信頼回復に汗を流すべきで

選挙にうつつを抜かすときではない。

遅配の根は早く断たねば、急速に長く、太くなる。産経妙 引用

珍念・・あほらしくて、コメントは「馬耳東風」ですので口を閉ざします。

キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ  ヾ(*゚A`)ノ

「ゆうパック遅配」に憂う(゚Д゚)ハァ? 

   A11 珍念のひとりごと

 孫子の兵法に「同じ作戦は二度と使ってはならない」との戒め

がある。(その戦い勝つや 復さずして形に無窮に応ず)

われわれ凡人は、同じ過ちを二度三度、いや時によっては

四度も五度も繰り返す。そして照れ隠しに、「いや、これも

試行錯誤」と悪びれない。たまさかうまくいったりすれば、鬼の首

でも取ったように得意満面になり、人々の失笑を買う。

 ▼そこへゆくと賢い人は違う。もともとが彼我双方のあらゆる条件

を検討し、熟慮の上に行動に移るのだから失敗ということはない。

だが・・「郵便事業会社」が、なんとも おそまっな 珍事をやった。

以前・巨大銀行が統合したとき・・システム統合が上手くいかず 

大混乱を招いたことがありました。

▼ 江戸時代だったら・・責任者は・うち首・獄門 罪は九族に及ぶ

大変不名誉な汚点を残したでしょう。

 ▼鯉を求める継母のために凍った川の上で裸で伏し、氷を溶

かして鯉を取ったのは中国は晋の王祥だった。

その孝行話を聞いて母親に「鯉がほしいだろう」と聞くが「川魚は

嫌い」と言われてしまうのが落語の「二十四考」の八五郎だ。

 ▼その昔は「親孝行は魚」が定番だったらしく、お盆のころに

子が父母に魚を贈る「生御霊」(いきみたま)という習慣があった

という。祖霊の供養ばかりでなく、存命中の親にも孝養を尽くす

べきだという、考えにもとづくそうだ。実はこれが贈答儀礼として

のお中元の起源といわれる

 ▼武家で中元に刺し鯖といわれる塩干の鯖を贈ったのもその

流れのようだ。川が凍る季節ならばともかく、よりによってこの

時季の魚の贈答だ。鯉は生きたままだろうし、鯖の保存もさぞや

大変な気遣いをしたに違いない

 ▲そんな心配もなく、大切な人に安心して産地直送の生ものを

お中元にできる現代である。と、思っていたらこの贈答シーズン

にふってわいた郵便事業会社の宅配便「ゆうパック」の遅配騒ぎだ。

1日からの旧・ペリカン便とのシステム統合にともなうトラブルだった

 ▲今まで違うシステムで働いてきた従業員の習熟不足は当然懸念

された宅配統合だ。何もよりによってこの中元シーズンにスタートさせ

なくとも・とは単なる素人考えだろうか。デパートなど流通大手の中に

は宅配の一部を別業者に急きょ切り替えるところも現れた。

 
 ▲「遅れは一過性」と会社側は説明するが、信用の失墜は一過性と

いうわけにいくまい。厳寒でも酷暑でも魚を届けた伝説の親孝行より、

さらにこまやかな気遣いが求められる現代の宅配ビジネスである

コラム(余録)引用

 ▼珍念・あいた口が塞がりませんですε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

「小さな生き物」(^-^)

    A11 珍念のひとりごと

 筆者は、昨夜、摩訶不思議な夢をみました。

それは(大蛇)と(トラ)にどこまでも追われて断崖絶壁に阻まれて

「万事休す」の時・目覚まし時計のベルで目覚めパジャマが寝汗

で、びしょびしょに濡れていました。

 ▼朝日新聞の「天声人語」に次のような事が述べてありました。

人は蛇を怖がるか、蜘蛛(くも)を怖がるか、どちらかだということを

劇作家の故・木下順二さんが書いていた。

脚のあるものとないもの、どちらが苦手か、という二分法だろう。

ご自身は蛇なら平気だが、大きな蜘蛛を見ると総毛立ったらしい

 ▼「蜘蛛」という字を書いただけで、体がざわざわしたそうだ。

思えば「虫偏」の漢字は不遇である。先の小欄で、蛞蝓(ナメクジ)

や蚯蚓(みみず)といった虫偏を並べたら、書きながら字づらの

”迫力”にたじろかされた。 だが!

「虫たちも生きているんです」という優しい便りをいくつか頂戴した。

 ▼「虫」の字はもともと、ヘビの象形なのだという。

柔らかい篆書(てんしょ)体の字を見ると、なるほどヘビがくねる姿

に似ている。柔らかい爬虫類(はちゅうるい)を元祖に、両生類から

昆虫、その他大勢も表して、虫偏は生き物の一大勢力をなす

 ▼ルナールの「博物誌」にも虫偏が色々登場する。

蛇を天敵にする蛙の項もある。「睡蓮の広い葉の上に、青銅の

文鎮のようにかしこまっている」などと、あの神妙な思索顔を描

いていて楽しい。

 ▼だが近年、その蛙族の受難がよく伝えられる。開発や農薬に

追われ、感染症にも脅かされている。

先日は北九州市の川沿いで片脚のない蛙が大量に見つかった。

 ▼原因は不明という。災いの発端が、ささいな、異変として表さ

れることもあるから気味が悪い。

ありふれた虫偏の生き物たちが、当たり前に周りにいる尊さを

いま一度胸に刻みたい。

(小蟻どもあかき蚯蚓のなきがらを日に二尺ほど曳(ひ)きて

日暮れぬ〉啄木。 わが命につらなる、小さきものたちの営みである。

 ☆ 仏典には「蚕(かいこ)と蜘蛛(くも)」の譬えがある。

蚕は自分が口から吐き出した糸によって自らを縛り上げ、最後

に繭に覆われて動きがとれなくなるが、蜘蛛は糸を吐いてその

上を自在に動き回る。人間のもつ執着や欲望が、ある時は自身

を縛る軛となりある時は向上や成長へと向う生のエネルギーとも

なることを示した譬である。

 ☆感覚的な楽しみといった身近なものから、自己実現への

あらゆる欲求に至るまで、人間の行動を駆り立て着き動かす

多層にわたる欲望や執着・・を真の生へのエネルギーへと昇華し

深き生へのダイナミズムへと転換することこそ、移ろいゆく人生に

確かな充実をもたらす道であることを仏法は示している。

 ☆生命の年輪は、ただ年齢によって刻まれるものではない。

そこにどれだけの生に歓喜と躍動深き充実感が刻まれているか。

いわゆる欲望や執着に追い回されるようにして生きた人生か。

それとも死をも超えて真に執着すべき目的へ向かって完全燃焼

した一生であったか、それこそが永遠なる生命の輝きを決定づ

けるのではないだろうか!

 ☆大宇宙から見れば「珍念」も(小さな芥子粒)のような生き物です。

どれだけ長生きしたかより、どれだけ世の中の役に立ったか・・!

きっと、あの世で閻魔さまから厳しく断罪され兼ねませんです。

愚か者の珍念・まだまだ 欲望や執着に心が揺れています。

蚕の生き方はちょいと 蜘蛛の生き方のほうが。モジモジ(。_。*)))

「きょうは、タコの日」

     A11 珍念のひとりごと

  タコは欧米の英語圏では悪魔の使いと忌嫌われていますが!

 ▼珍念・・幼少のころ、絵本で中世の船乗りに恐れられていた

大タコの化け物を思い出しました。 しかし、その愛くるしい容姿に

親しみを感じて食しています。 あ・・不謹慎かなぁ (#^.^#)

 ▼古代ギリシャはキュテラ島出身の詩人フィロクセノスは大変な

魚好きのグルメだったという。ある時、市場で1メートル近い大ダコを

買ってきて料理し、頭以外は食べつくしてしまった。

ところが食べ過ぎで消化不良を起こし、医者が呼ばれる

 ▲診察した医者は死が間近いので、やり残したことをしておきなさい

と告げると、フィロクセノスは言った。「仕事はすっかり済ませていますよ

先生。・・そうそう忘れちゃいけない、あのタコの残りを返してください!」

(塚田孝雄著「シーザーの晩餐(ばんさん)」朝日文庫)

 ▲このようにギリシャやローマの古代人も大いにタコを食べていた

ようだ。当時の料理書によればこしょうや漁醤で作ったソースを煮タコに

かけたらしい。こんな故事を引いたのも、きょうが「蛸(タコ)の日」だと

聞いたからだ。

 ▼2日は夏至から11日目にあたる半夏生(はんげししょう)という

雑節で、関西地方の一部にはこの日タコを食べる習慣があったという。

「麦藁(むぎわら)蛸に祭り鱧(はも)は麦の実るころからおいしくなる。

タコと祇園祭のハモを称賛する京都の言葉だが、今ごろは前年秋に

生まれたタコの旬でもある。

 ▼この半夏生のタコ、稲の根がタコの足のように地中に張るよう

願った農村のならわしがルーツといわれる。

今では関西地方以外のスーパーなどでもタコの特売をするところが

現れているから、土用の丑(うし)のウナギのように全国区の年中

行事になる日が来るかもしれない。

 ▼「淡路より船着く麦藁蛸提げて・・・植田紀子」。

蛸飯、刺し身、酢の物にやわらか煮・・タコ食文化のバラエティーは

古代のグルメも羨むだろう日本人だが、ま、何であれ食べ過ぎには

ご注意を。 毎日新聞 余録 引用

  ☆閑話休題 読者の皆さま 不肖「珍念」・も(タコ)のように

心も、体も・・ふにゃふにゃ です。 確固たる信念が、まだ定まって

いませんです恥じています、( ^^) _旦~~ 妻にプロポーズした時は・・?

タコの吸盤のように・・嫌われても、頑張りました・・え・・反対に虜に!

あ・・今日も珍念の減らず口は絶好調です あまり屁理屈を捏ねると

嫌われますので・・退散します・・ん・・タコ焼きが食べたくなりました。

    \( ^∇^)/θ☆ わ~い

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