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2010年5月

平成「魑魅魍魎」物語!

      A11 珍念のひとりごと

 「魑魅魍魎」さまざまな、妖怪変化や化け物の総称。転じて

私利私欲のために悪だくみをして人を苦しめる悪人のこと。

 「朝礼暮改」命令や法規などが煩雑に変更されること。

たびたび変更されて、あてにならないこと。

 「朝三暮四」目先の違いにだけこだわって、同じ結果で

あることに気付かないこと。また、言葉巧みに人を騙したり

愚弄すること。

 ▼今日ほど、これらの熟語がぴったりと符合する世の中は

あえて言えば為政者に人を思いやる心が欠けていると痛感

します。それに大事な宗教(哲学)を、お持ちでないようです。

 ▼ところで、日本の歴史が明治以降・40年周期で「上り坂」

と「下り坂」を繰り返している・・という説がある。

明治維新(1868年)から約40年間、日本は建設期。国家としては

「上り坂」の時代である。その頂点は、日露戦争の勝利(1905年)

であったと言われる。明治維新から40年後のことである。

 ▼しかし、これで日本は、傲慢になってしまった。軍人が威張り

国家主義が、無反省に強まっていった。内村鑑三は言った。

「日露戦争は我が国民の中に残留せし僅かばかりの誠実の念を

根こそぎ取りさらいました」(明治38年ー1905年「日露戦争より余が

受けし利益」そして「下り坂」となり、その結果(日露戦争から)ちょうど

40年後に敗戦を迎えた(1945年)亡国である。日本は再び、一から

出直さなければならなかった。軍事国家を経済国家に変え、少しずつ

「上り坂」を歩んだ。

 ▼40年後(1985年)ころから、バブル経済という絶頂期へ入って行

った。そして、世界に冠たる「経済天国」だと胸を張った。

しかし、再び傲慢になり、他の国をバカにし始めた。そしてまた「下り坂」

になり、今も坂を落ちている。という見方もある。勿論「未来があらかじめ

決まっているわけではない。

しかし、歴史の教訓を学ばなければ、「歴史は繰り返す」であろう。

 ▼その教訓とは何か。 内村鑑三は言った。

「国が滅びるとは、その山が崩れるとか、その河が干上がるとか

その土地が落ち込むとかいうことではない」

「国は土地でもなければ、また官職でもない、国はその国民の精神

である」

「国民の精神の失せた時に、その国はすでに亡びたのである。民に相愛の

心なく、人々互いに相猜疑(妬んだり恨んだり)し同胞の成功を見て怒り

その失敗と堕落とを聞いて喜び、我一人の幸福をのみ意うて他人の安否

を顧みず、富者は貧者を救わんとせず、官吏と商人とは相結託してつみ

なき援助なき農夫職工らの膏を絞るに至っては。。かくの如き国民は

すでに亡国の民であって、ただ僅かに国家の形骸を存しているまでで

ある」「すでに精神的に亡びた国が終には、その形骸までも失うに至る

のは自然の勢いである」(明治34年(1901年)「既に亡国の民たり」。

 ▼ゆえに内村は、精神革命しかないと叫んだ。宗教革命しか

日本を救う道はない・・と 社会を蘇生させるには、国民の精神を

蘇生させるしかない。社会を興隆させるには、国民の精神性を

興隆させることが根本である。「池田大作著・・スピーチ」 引用

 ▼ここ10年連続、先進国で自殺者が3万人を超えている

国・日本・・・その国の舵を託された船長が荒れ狂う大海原で

右にいったり、左にいったり・・・宮崎県内で発生した口蹄疫の

対応も、後手に回り農家の方の悩みは尽きない。

凶悪で凄惨な殺人事件が頻発しています。道を歩いても、いつ

殺されるか分からない恐怖におびえる日々。

隣国の独裁者はぶっそうな兵器を弄んでいる、迷惑このうえ

ない。 今の日本は閉塞感が漂い不気味です。

変な人を選ばないように、しましよう。

「悲惨とは、あれやこれやが、欠けていることではない。

それは希望が存在しないことである」 (クロード・モルガン)

あ・・調子に乗って無駄口を叩きました。閻魔さまから

苛められるぅうう 消えます \( ^∇^)/θ☆ わ~い

 

壊れた羅針盤 (・_・)エッ....? 

  A11珍念のひとりごと

一寸の虫にも五分の魂 (どんな弱小なものにも、それ相応の

意地や考えがあって、ばかにしてはいけないという譬えがある)

今日、社民党が連立離脱した。米軍普天間飛行場の移設先を

同じ沖縄の辺野古周辺に決めた鳩山由紀夫首相は、閣僚の

福島瑞穂氏を罷免した。辺野古に反対したためだ。

「社民党は、この際・与党との選挙協力は、きっばり やめて

堂々と正義の旗を立てられんことを・・お願いします」

 ▼従わない閣僚が罷免されるのは世の習い。首相は任務に

忠実だった。んなんか変 (・_・)エッ....?

辺野古はダメと大風呂敷を拡げた、恥知らずの宇宙人ではないか。

江戸時代の藩主だったら、うち首・獄門・家族は、終生・島流しにされ

たでしょう。 変身した人が、しない人を罷免する・・・摩訶不思議な

出来ごとにあいた口が塞がりませんです。

勇気ある決断をした社民党に座布団10枚さしあげます。 (^-^)

 ▼朝日新聞の「天声人語」は、こう語っています。 

連立与党を動物に例えたことがある。議席を目方にみたて、民主党

はクマ、あとはスピッツとチワワである。「小型犬にも独自の鳴き声が

あり、クマの背で黙してはいられまい」と。

スピッツ愛好家から「そんなに吠えない」と怒られたものだ。

 ▼郵政「再」見直しではチワワの声がクマを動かしたが、普天間問題

で鳴き続けたスピッツは振り落とされた。筋を通した党首をクピにされ

社民党が政権にとどまる理由はなかろう。

 ▼鳩山政権は本気で米国と談判するかにみえた。それが迷走の果て

に、日本の安全と沖縄の安全を天秤にかける論法となり、日米合意に

辺野古の名がねじ込まれた。普天間の危険を残したまま、怒る地元を

「米国と本土」がなだめる構図は、沖縄が日本でないかのようだ。

 ▼北朝鮮の仕業とみられる韓国艇の沈没事件も、同盟重視の背景と

された。だが、沖縄に海兵隊がいてもいなくても北は暴走するかもしれ

ない。抑止力なるものの現実をしっかり検証し、安保論議を深める

好機だろう。

 ▼経済評論家の勝間和代さんが、紙上で(クライマックスと

エンディングが記憶を作る)という万能の法則を紹介していた。

人間関係もビジネスも映画のように、山場とラストを心すべしと

いうわけだ。

 ▼盛り上がらぬまま「完」の字がでそうな鳩山政権。民意による

政変という珠玉の筋書きがあったのに、このままでは、首相はそれを

台無しにした大根として記憶に刻まれよう。民主党はトップの器を

含め、滑り出しでつまずいた理由をとことん突き詰め、出直すしか

ない。 ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

あ・・余り興奮すると髪の毛が・・・もう・・消えます。

潔癖(けつぺき) (@_@;)

   A11_3 珍念のひとりごと

 世の中には度を越したきれい好き・・潔癖症の凡庸な人がいる。

筆者の知りあいにも、数人見受けられる。

それは、さて置き! 隣国の「風変わりな人」のお話です。

 ▼「米元章」という人は、宋国の帝のご信頼が厚くその性、剛毅

にして人格者と言いたいのですが、天才には、おうおうにして人なみ

外れた欠陥が潔癖症でした。

 ▼その奇行ともいいたいほどの言動だが、例えば、他人と同じ器

を使うのはたとえ洗い清めても汚いといって、どこへ行っても自分

専用の食器からでなければ飲み食いもしない。

むろん、自分の持ち物に他人が触れるのも極端にきらい、少しでも

汚れれば惜しげもなく廃棄する。いっも清水を用意して、ことあるごと

に手を洗う。 洗ったあとは、手を翳して自然乾燥である。

▼とにかく、汚いものを目にしたり少し触れただけでも、今にも

死んでしまうといわんばかりに大騒ぎするのだ。

下世話な話だが、これでは厠へも行けないはずだし、まして、房事

などもってのほかだといいだしそうなものなのだが・・きちんと妻を

娶り、子供もいるから勝手といえば勝手なものだ。

 ▼この男にはもう一つ困った癖がある。収集癖である。

書画骨董と石を集めるのだ。殊に、奇妙な形をした石を、それこそ

山のように集めて身辺に置いて愛でている。現に書斎にも至る所

様々な色や形をした奇石、怪石といった代物が並んでいる。

 ▼たしかに、中国には古来よりそういった石を愛好し鑑賞する

伝統がある。天然自然に山の形をした石を机上に飾って、小天地を

室内に表現したり、奇妙に穴のあいた大湖石を庭に配置して、天下の

奇観を再現したりする。

 ▼米元章が仕える帝、のちに徽宗と諡号されるはずの人物も奇石

迷いで、皇帝の権限で全国から名石を運ばせ、ひそかな顰蹙と怨恨

をかっているところだ。

米元章の趣味が、取り立てて変わっているというわけではない。

問題があるとすれば、巨石に向かって、衣服を改め丁重に礼を執って

兄と呼びかける程度のことだから、罪がないといいたいところだが・・・

 ▼やはり、問題はあるのだ。 石にしろ、その収集法が帝ほどでは

ないにしろ・・いや、公の権力を持たない分、いっそ強欲と呼んで差し支え

ないほどいじましく、なさけないのである。

某所で名のある書家の軸を見せられた時のことである。

ひと目見て気にいった元章は、欲しくなり「これをいただきたい」一点張り

で、泣きついた。勿論、持ち主にとっては秘蔵の品である。しかも、かの

米元章博士がそれほどに執着する品となれば、その価値は、はかりが

い。軽々しく、他人にくれてやれるようなものではない。

 ▼持ち主に一言のもとに跳ねられて、これは尋常な手段では手に入ら

ないと悟った米元章は、その書を手に取るや窓の下の川に投げ込む

そぶりを見せた。「あ・・・!」と持ち主が慌てた時には、件の品は米元章

の脇の下。「いかがであろうかな」問われて、持ち主は折れた。

これ以上、拒絶すれば、元章は何をするかわからない。この品が永久に

失われてしまうよりは、他人の物になっても存在してくれた方がまだましだ。

というわけで、彼はまんまとその書をせしめることに成功したのだ。

 ▼これではまるで、市井の無頼の詐欺か強請だ。どうやら、米元章の

極度の清潔好きは肉体の面にのみとどまって、人格の高潔さまでは至って

いないらしい。この他にも、書画骨董や石をせびりとっていったという話題

に、ことかかない。

 ▼読者の皆さま・・ちょいと、長たらしく面白くもない、退屈な

稚拙な文章ですが・・お気に障ったら、ご容赦下さい。

 ▼ある時・ある客が招待を受けて部屋で待っていたおり「そこもとに、ぜひ

見てもらいたいものがあってな」「あれを持ってまいれ・・ああ、素手でさわる

でないぞ。そう、新しい手巾を用意しておるから、それで・・。落とすでないぞ

そっとそっと」(何事ですか)「硯じや」問われて得意そうに胸を張ったところ

は、まるきり、子供である。

「良いものを手に入れての。そこもとの眼を見込んで、是非見てもらいたい」

と、いえば客の才能を認めているようだが、実際は見て褒めてくれる者

ならだれでもいいに違いない。

 ▼(ここはひとつ、からかってやろうか)という悪戯気が起きたのだ。

名案をひとつ、ふいに思いついた客は念のために尋ねた。

「まさか御物ではありますまいな」というのは、米元章、相手に事欠いて

皇帝陛下の硯を強請り取ってきたことがあるからだ。

帝が米元章に屏風を書くようにお命じになったのは、彼の能筆を見込

んでのことであろう。

 ▼他のことならば権高な彼だが、帝の命に背く気はない。ただし、いそい

そと仕事にかかったのには理由がある。帝の御案の上にある文房を用

いてもよいとのお言葉があった。一代の風流天子として知られた帝のこと

筆も墨も硯も見事な品である。それを見てとった米元章は、御前ですら

すらと書き終えると、一礼して帝に申し上げた。

「この硯は、卑しい臣めの筆を染めて、汚れましてございます。今後の陛下

の御用に供するにはもったいのう御座います故、是非、臣に下賜ください

まするよう」 これには、帝も笑って許可を与えるしかなかった。と

 ▼返事を聞いたとたん、彼は硯を絹の朝服の袖にしまいこんだ。

硯の中にはまだ墨液が残っており、それが朝服を黒く染めるのを意に介

さず、まるで逃げるように退出していったとは、その場を見ていた者の証言

である。 なにも米元章ほどの大博士が詭弁を弄さずとも、御硯などいくら

でも下腸されていように、と笑い話になったもので、客も知っていたのである。

 ▼たかが硯とはいえ、かっては御物だった者に無礼があってはならぬと

客は確認をとった。返答は「そんな大事なものを、だれがおいそれと他人に

みせるものか。儂が見せたいのは、こちらじゃわい」

「ほう、端渓ですね」手を出しかけて、客ははっと思いとどまった。

「いかがいたした」

「手を洗い清めたいと思いまして、それに、直接、触れるのはもったいないし

息がかかってはもうしわけありませんから、布を二枚」

「そこもとは、やはり儂の見込んだとうりであった」米元章は相好を

崩しながら特僮に布を持ってこさせ、布の一枚を顔の下半分に巻き

つけた異様な格好で、客は慎重に硯を取り上げた。

 ▼「端渓の中でも、こんな微妙な石の紫色は見たことがありません」

{ふむ、それで?}

「石の肌理が細かく、青花文が出てしっとりと水を含んだようで」

爪の先で、遠慮がちにすばやくはじいて、「柔らかな音がかすかに

します。水厳ですね」  (よくわかったの)

「これは、天下の名品ですね。まったく、見事なものです。いったい

どこからに入手なされました。こんな品に回り逢えるのは、一生に一度

あるかないか・・」丁重に硯をあつかい、ためすがめつしながら褒め言葉

を連発する客に、米元章は目を細めてうなずいていたんだが。

 ▼「しかし、たしかに美しい品ですが、硯は墨をする物。実際に磨って

みなければ真価は分かりません」(それは、道理じゃな。墨ならば、ここに

水はすぐに・・・)持ってこさせるとまでいわさず、「では、磨ってみましょう」

客は口の布をはぎ取った。何を・・と思う間もなく、唾を吐きだして、その

水分で墨を磨り始めてしまったのだ。

 ▼米元章の顔色がみるみるうちに白くなり、次いであっという間に紅く

なった。(なんということを・・・)雷鳴のような一喝に、客は本気で椅子か

ら転げ落ちるところだった。

(なんという穢いことをしてくれる。さっきまで、あれほど丁寧に見ておき

ながら、なんというざまじゃ・・・) 「あ・・・これは」客は我が仕業の重大

さに今更ながらに気づいたようにうろたえて見せた。

「これは、まことに。いや、気づきもせず、つい」 (なにが、ついじゃ)

「いや、悪意からしたことではございません。すぐに洗い清めますから」

(汚い) 「いえ、清水で何度でも、千度でも万度でも、洗います故」

 ▼(ええい、そんなことで穢れが取れるものか。こんな物はもう要らぬ

から、とっとと持って帰られるがよい)

「そんな。天下無双の品は、それにふさわしい人物のところにあってこそ

私ごときがこのようなものを」

(いいから、持っていけ。一刻も早く、その穢い物を儂の目の前から持ち

去ってくれい) 客は恐縮しながらも件の硯を大事そうにふところに入れ

辞去していった。 客が去っても米元章の憤怒はおさまらない。

それから小半時ほどの間も、顔色を変え、書斎の中を歩き回り時には

家具を蹴り飛ばしたり怒鳴り散らしたりしていたんだが・・・・ふと、気が

ついた。(もしも・・・)客がわざと唾を吐いたことにきずいたのだ。

 ▼彼の並はずれた潔癖症がそれを許さないことを承知の上、捨てると

いいだすのを見越した上での仕業だったに違いない。

(やられた。これは、やられたわい)びしゃりと額を打って、つぶやく

その顔が・・・。

(まったく、うまくしてやられたものじゃわい。いや、見事なものじゃ。今度

儂もこの手を使うてみようかの) もう 笑いだした。

 ▼その手口に感心した瞬間、怒ることを忘れたのだ。あっさりと、水で

洗い流したように忘れてしまえるところが、また、米元章の長所であり

欠点であった。

 さっきまで怒声が聞こえていた書斎から、からからと高笑いが流れ出した。

家人たちが気味悪そうな顔を見合わせていることも知らず、米元章はいっま

でも笑い続けていた。 潔癖{井上祐美子さん}引用

○珍念も、もしかしたら、ある意味の 潔癖症に犯されているやに思います。

変な意固地が・・心の隅に・・あるかも知れないです。

ん・・今日も能書きを垂れました。嫌われますので 即退散します (゚ー゚;

「人との交わり」(^-^)

   A11_2 珍念のひとりごと

 この前、ある会合に参加して感じたことなんですが!

不肖、珍念・・参加された大勢の方が主催者の方の意気

込みが、惰性に陥っているように見受けられました。

 ▼今朝の新・人間革命に「山本伸一」の戦いについて

「会合一つとっても焦点の定まらぬ、歓喜の爆発がない

会合など、絶対に開かなかった。

それでは、忙しいなか、集って来てくださった方々に、失礼であり

貴重な時間を奪うことになると考えたからだ。

 ▼ゆえに、自分が話す内容について熟慮を重ねることはもと

より、式次第や他の登壇者の原稿・会場の設営や照明にいたる

まで、詳細にチェックし、打合せも綿密に行い、常に最高のもの

を目指してきた。妥協は、敗因の温床であるからだ。

 ”参加者の心を一新させ、大歓喜と闘魂を燃え上がらせることが

できるか!”

 ▼彼は、必死であった。一回の会合、一回の打ち合わせ、一軒の

家庭指導を、すべて最高のものにしてみせるぞと、全力を尽くした。

それがあってこそ、勝利があるからだ。おざなりの行動で、その場

を取り繕うことはできても、待っているのは敗北である。

と池田名誉会長は語って要られます。

珍念・・コメントは・・実行すること・・です (A;´・ω・)アセアセ

▼以前、友人のMさんから「人前でお話しするのが苦手で

どうしたら、珍念さんのように、おしゃべりが出来るように

なるのですかぁ?」と・・え・・珍念の話は良くないですよ!

いっも・・一言? いやもっと多いです。

 ▼「Mさんは、お話される言葉には内容がある。でも人前で

話すのは、ちょつと、得意ではないように、思います」

「昔から、あまり、しゃべったり、したことがないのです」

「大勢の前で話すときには、心得ておくといいことがあるんですよ」

「ほう、それは・・・」

「たとえ3000人の集まりでも、まず左端の人に話かける。次に右端

の人。その次は左側の一番奥。最後に右端の一番奥。そうやって

四隅に話しかけていく。そうすると自然に話ができます」

 ▼「ははあ」 「大事なことは、一人で演説するのではなく、そこに

来ている一人一人と話すことです」と池田名誉会長のスピーチを

引用して、語りました。

焦点は、あくまでも一人。人間対話の本質を突いてる。と,

珍念,心得ています。

 ▼ある時、会合で司会をしている時のことです・・式次第に

一部漏れがあり、登壇者の名前と役職が浮かんで、こなくて

頭が真っ白になり慌てました。とっさにユーモアを交えて、{威厳に

満ちていられるので・・おもわず・・見とれていました。}

「偉大な閣下・宜しくご指導下さい」と・・本当に肝を冷やしました。

 ( ^ω^)おっおっおっ ( ^^) _旦~~

 ▼江戸時代初期の譜代大名だった。青山忠俊は暗記力があり

たとい小身の者であっても一度面接すればすぐに見知り合いと

なり、そのあと途中に出会ったときであっても名前を呼んで相手

に親しみを覚えさせた。

 ▼人々は驚いて、名前を覚えるなにかの秘訣があれば教えて

頂きたいと頼んだ。

「別に秘訣といったものはありません。ただ、努力をして覚える

だけです」「努力だけで覚えられるにしても、そこになにかのコツ

があると思うので、それを是非、ご教示いただきたい」

 ▼「強いていえば、意地が綺麗か汚いかの差でしょう」 しかし

人々は、どうもそれだけの説明では分かりにくいといった。

「あなた方は各大名、大身の人々の名前は覚えられるでしょう。

それにかかわらず小身の人の名が覚えられないというのは

彼らを小身の者だと思って侮っているからです。私は、どんな

者であってもすべて同じ人間だと思っているのですぐに覚える

ことが出来るんです」 これが青山忠俊の答えでした。

 ★珍念・・肩書きの上の人も下の人も・・ふと 名前を思い

出せないような事が度々あります・・・年のせい・・・?

欠けているのは髪の毛と大事な思いやりの心です。

今日も、ままならぬ 悪しき煩悩に心が揺れています。

深く反省して精進します。 (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

恩返しの心 (^-^)

  A11 珍念のひとりごと

 毛宝が亀はあをの恩をわすれず、混明池の大魚は命の恩

をほうぜんと明珠を夜中に捧げたり。畜生すら猶恩をほうず。

何に況や大聖をや(開目抄・日蓮大聖人)

 ▼近頃、特に恩返しの心が・・廃れていくようです・・そこで

珍念・・減らず口を一席述べさせて頂きます。

 畜生の身で人に恩返しした白亀と混明池の大魚

 一、毛宝と白亀の逸話です!

晋の国の毛宝は、字を碩真といい、栄陽陽武の出身である。

征慮将軍となって予州の地方長官に出世し、邾城を守っていた

とき敵に攻められ城を捨て毛宝らは、敵の包囲を突き抜けて

揚子江を渡ろうとしたが、溺れて大勢の人々が

死んでしまった。

 ▼毛宝は鎧をつけ刀を持ったまま大河の中に飛び込んだ。

すると、どういうわけか、石の上に落ちたみたいに、変な感じがした

のでこれを見ると(ある日、毛宝が河へ行くと、漁師が一匹の亀を

捕まえていた。毛宝は、自分の着物を漁師に与えて、その亀を救

ってやった)以前、助けた白亀がそこにいたのである

大きさは5,6尺はあろう。毛宝はこれに乗って対岸にたどり着き

どうやら一命を救われることが出来たのであった。

 ▼二、昆明池の大魚の逸話です!

昆明池は、漢の武帝が水戦の演習のために造った大池で、中に

霊沼、神池があるといわれている。なんでも魚が武帝の夢の中に

現れて、「釣り針を飲み込んで苦しいから、はずしてください」と

頼んだ。

 ▼その翌日、武帝は戯れに混明池に行って見ると、はたして

釣り針を飲んでいる大きな魚が見えた。

武帝は「昨夜の夢は、正夢であったのか」と想われて、大魚を

つかまえると、その釣り針を取り除き、また池に放してあげたの

だった。帝はのちほど、そのために明珠を手に入れたのである。

(つまり魚が報恩のために捧げたのだという)

 ▼二十年前に助けてもらった恩を、白亀は忘れていなかった。

それどころか、恩返しにと毛宝の命をも助けてくれたのです。

このように、亀や魚といった畜生でも「恩」「おかげ」を知っている。

ましてや私たち人間は「人として」忘れてはいけない道があるやに

思います。

 不肖珍念「恩」とか「おかげさまで」・・これは忘れてはいけないと

思っています・・・( ..)φメモメモ 恥ずかしいので消えます!

古代の謎を解く{タイムカプセル}

  A11 珍念のひとりごと

   ★読者の皆さま 珍念、昨日、ある会合で、突然スピーチ

を頼まれ次のように述べました。

最古の医学全書「医心方」全訳に挑む

984年に朝廷に献上された「医心方」30巻は国宝指定の

わが国最古の医学全書です。しかし、文字が難解なうえに古い

漢文のため、一千年のあいだ埋もれ続いていました。

 ▼不思議な運命で25年前に「医心方」と出あった私は「医心

方部首辞書」を手作りして解読と訳に取り組んできました。

 ▼医師でも薬学者でもない私が浸食を忘れ、ワクワクドキドキ

して訳にのめりこんだのは、限りない面白さのためでした。

古代医学は現代医学と違い、人間のあらゆる悩みを対象とし

心の持ち方、体操、食べ物、美容まであります。

 ▼鍼博士の丹波康頼が隋唐以前の200以上の文献から選び

だした理論や処方には、歴史に名高い人物の名前が続々と登場

します。それも中国人だけではありません。

 ▼母殺しの罪を犯そうとした阿闇世王、を、仏陀のもとへ導いて

改心させた医師の耆婆や竜樹の処方などもあるのです。

たとえば古代ギリシャのガレノスがヨーロッパやアラビアに影響を

与えたとされていた「瀉血」療法を、紀元前のインドで耆婆が行って

いたのです。インドの言葉を中国語訳したのは鳩摩羅什でした。

 ▼羅什はインドの宰相鳩摩羅炎と亀慈国王の妹の間に生まれ

中国へ国師として迎え入れられた仏典の訳者として知られています

が、多くの医書も中国語に訳しています。

 ▼最近、歴史を問い直すような出土品が各地で発掘されています

が、「医心方」はヘディンの発掘にも四滴するような、古代の謎を

解くタイムカプセルといえるでしょう。

 ▼訳しても出版のあてがなかった「医心方全訳精解」の版行は

理解ある方々の励ましや篤志家のお陰で、1992年から始まり

今回16冊目の巻12泌尿器科篇を出すところまできました。

泌尿器科篇には糖尿病や腎臓病、前立腺肥大、悪性腫瘍のほか

大小便の失禁や便秘など現代生活とも深くかかわる内容が収め

られており、ここにも耆婆の薬法と灸法があります。

「医心方」の既刊16巻のほか、残りの14巻の中にも耆婆の処方が

登場。

 ▼先年(1999年)法隆寺の科学と騒がれた600年前の古文書が

見つかりましたが、その中にも「医心方」からの抜粋がされています

そうした新しい発見があり、楽しみです。

(古典医学研究家・槇 佐和子さん)引用

★「法隆寺」日本で最初の世界遺産 聖徳太子が建立した寺院

 一般に「法隆寺の七不思議」で有名なものは、次の7つです。

1、法隆寺には蜘蛛の巣が張らない。

2、法隆寺には雨だれの跡がつかない

3、南大門の前に鯛石と呼ばれる大きな石がある

4、五重塔の上に鎌がささっている(確かに4本ささってます)

5、不思議な伏蔵がある

6、一つ目カエルがいる

7、夢殿の礼盤が汗をかく(礼盤とは、お坊さんが座る台のこと)

ちなみに・・「珍念の七不思議」は・・ ( ´,_ゝ`)ハイハイ

1、おしゃべり・・(・_・)エッ....?

2、お金と美人に弱い ( ゚д゚)ポカーン

3、ん・・・言わぬが花です・・うぅ ( ^^) _旦~~

嘘つき男と正直な人 (●^o^●)

  A11 珍念のひとりごと

 「嘘つきは泥棒のはじまり」 と、言われていますが、巷では

子どもの話題にもなり、顰蹙を被っている、我らの王さま・・?

もう ・・どなたか、お分かりと思います。

5月末まで、最低でも沖縄の米軍基地を県外か海外に・・と

(@_@;) ん・・呆れて・・言葉が・・・  (# ゚Д゚) ムッカー

あ・・余り興奮すると・・・髪の毛が・・ あはは はは (#^.^#)

 ▼「時間がなくて」。そんな悩みをよく聞く「忙しくて、気が回ら

ない」「後輩を育てる時間がない」。本当にそうか。

 ▼イギリス人は「歩きながら考える」といわれる。

経験を重んじるお国柄をよく表した表現だ。確かに、行動しながら

思索を重ね、ふと、グッドアイデアがひらめくことも多い。

 ▼人材の育成も、時間があればできるわけではない。

「一対一の触発があってこそ、一人一人の持つ{大きな力}を

引き出していくことができる」と池田名誉会長。たとえば、移動の

車中での相談。散策しながら、お茶を飲みながらの語らい。

そのほうが、かえって本音が出て、心のひだまでわかる。

こちらのアドバイスも、すっと胸に入る。

 ▼1990年2月、アメリカ西海岸を訪れた名誉会長は、まず

目の前の役員、一人一人への激励から始めた。家族はどうか。

仕事はどうか。耳を傾け、温かく声をかける。

感激した青年たちが、新時代のリーダーとなった。

 ▼「わたしたちは他人の好意にふれるときにこそ、本当に生気

溌剌となる」(岩崎英二郎訳)とはゲーテの言。

あなたのことを気にかけているよ・・・それだけでもいい。

心は見えない。しかし、心は伝わる。限りない心の力は、逆境の

中で輝きをます。コラム「名字の言」(会)引用

読者の皆さま・・珍念のコメントは・・蛇足です。

恥ずかしいので、こっそり退散します。 モジモジ(。_。*)))

「蒼穹の昴」に学ぶ

   A11 珍念のひとりごと

 極貧の少年に与えられた途方もない予言そこに「希望」が生まれた。

「汝は必ずや、あまねく天下の財宝を手中に収むるであろう」。・・

中国清朝末期、貧しい糞拾いの少年・春児は、占い師の予言を信じ

科挙の試験を受けるが幼馴みの兄貴分・文秀に従って都へ上がった。

都で袂を分かち、それぞれの志を胸に歩き始めた二人を待ち受ける

宿命の覇道。もう引き返すことはできない。春児は荷台に俯向いたまま

唇を噛んだ。

 ◆満月に照らしあげられた夜空は明るく、星は少なかった。

「昴はどこにあるの・・」だれに尋ねるともなく、春児は口ずさんだ。

声はシャボンのような形になって浮かび上がり、夜空に吸い込まれて

行った。途方に昏れ、荒野にただ一人寝転んでいるような気分だった。

「あまた星々を統べる、昴の星か・・さて、どこにあるものやら」

老人は放心した春児を宥めるように、静かに胡弓を弾き細い、消え入り

そうな声で謳った。・・・「蒼穹の昴」より

 ◆浅田次郎原作・不朽の名作「蒼穹の昴」のドラマが

日・中共同制作で、毎週土曜日に放映され話題になっています・・・・

舞台は光緒12年(1887年・明治20年)~光緒24年(1889年・明治

32年)の清朝末期。

「中国三大悪女の一人」と、まで言われた西太后に新たな眼差しを向け

彼女を中心に、三人の若者が繰り広げる、壮大な歴史大河ドラマです。

 ▼貧家の子、春児は糞拾いによって生計を立てて

いたが、貧しい家族のために自ら浄身し、宦官となって西太后の元に

出仕する。一方、春児の兄の義兄弟で同郷の染文秀は光緒12年の

科挙を首席(状元)で合格し、翰林院で九品官人法の官僚制度を

上り始める。

 ◆清朝内部では、西太后を戴く后党と、西太后を除いて皇帝の親政

を実現しようとする「帝・党」とに分かれて激しく対立した。

春児は西太后の寵を得てその側近として仕え、文秀は皇帝を支える

改革派若手官僚の中心となる。

昨日は第18話がありました。毎回、保守派と改革派との熾烈な攻防が

ハラハラ・ドキドキと心を揺さぶり・・それに、西太后と皇帝の親子の

葛藤が見事に捉えられています。

 ▼皇帝が側近の染文秀から、「お母さんは、そんなに怖いんですか・?」

と、問われて「母の恐ろしさは、目の悪い人が象の鼻・耳・足などの一部分

を触って見ても 全体は分からない。西太后は恐ろしい人だ」と

(何しろ三代の皇帝に仕えているので・・・) (;´д`)トホホ…

 ▼あ、話はムダを省き、短くまとめたい。長い退屈な話は”口害”とも

いわれる。 ゲーテも 「美しき虹も、15分も 消えずにいれば

もうだれも見向きもしない」と手厳しい。 ι(´Д`υ)アセアセ

「軽い首相」(゚Д゚)ハァ? 

  A11 珍念のひとりごと

 毎日新聞の発信箱:軽い首相=福本容子(論説室)さんの

コラムをご紹介します。

 ▼今回のイギリス総選挙はたくさんの「ビックリ」と「へえ一」を

提供してくれた。70年ぶりの連立結成。新首相は国会議員歴9年

の43歳.。連立の相方で副首相も43歳。閣僚23人中10人が30~

40代。財務大臣が38歳!

だけど一番驚いたのは、早々と次の総選挙を2015年5月7日に

決めたことだ。イギリスの下院も日本の衆院と同じく、任期途中で

解散・総選挙ができる。首相の権現。それをキャメロン新首相は

放置し、5年まるまる、この連立で頑張る、と事実上、宣言したので

ある。

 ▼理論上、解散の可能性は残る。議員の55%の賛成でOKとした

から。でも保守党の議席は47%。自分の都合で連立解除→選挙は

無理だ。連立相手の自由民主党もいっしょ。つまり5年間、連立が

縛られる。政権安定化の知恵。与党内に反対があり、すんなり

いかない恐れもあるけど、覚悟は立派。

 ▼格付け会社のフィッチも評価した。「英国債が最高位のAAA

(トリブルA)を保つうえで長期政権が大事」。困難な財政再建に

正面から取り組める体制と見る。

 ▼さて、エリザベス女王になってから首相が交代するのは12回目

らしい。最初に辞任したのはチャーチルさん、25歳で即位、在位

58年だから多いのは当然としても、この間、日本で何回代わった?

26回。最近、首相の言葉が軽い、とよく言われている。

でも、首相の存在を軽くした方にも責任はある。うまく行かなくなると

頭のすげ替えを繰り返してきたのだから。

 ▼4年間は何があろうとこの首相(党首)にしたら選ぶ側も相当な

覚悟が要る。その覚悟で選ばないから責任も軽くなる。

次からは「最低4年」とか決めてみたら。「財政健全化します」と言わ

れても責任者がいつどうなるか分からないんじゃ信じようがないでしょ。

 ◆珍念、京都所司代を務めた板倉重矩の言葉を思い出しました。

板倉重矩は、ひとつの善行を見のがすのは盗人であると語った。

「世の中で、人の金銀財宝を掠め奪う者を盗人といっている。

しかし私が考えるに大名の職にある者にも盗人は多くいる。

大名が部下や領民の中に善行のある者があるのにもかかわらず

これを知らずまたは知っていてもこれを取り上げてそれなりの処遇

をしないでいるとすれば、これもまた、人の善を盗んでいるのと同じ事だ。

 ◆人の上にたつべき者は、下の者の善をなすのを見た場合に、これを

とり上げる大事な役を天から命ぜられてその職責に付いているのである。

それにも関らず人の善行をなすのをいまいったように盗んで、天命に

よって授けられた役職を疎かにしているとすれば、これは盗人のうちでも

ひどいほうに入るといってよかろう。

 私もまた、常に、このように、人の善を盗んでいるのではないかと

思って、善を発見しては、それに相当する処遇をしてやることを心がけ

ている。」 と ・・。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。  おそれ入りました。

一言居士の珍念・・・おとなしく口を閉じます。 (^-^)

「赤ひげの嘆き」(`ε´)

  A11_2 珍念のひとりごと

 ナヌ! 「不同意堕胎容疑」 (・_・)エッ....? ( ゚д゚)ポカーン

読者の皆さまも・・(@_@;) 驚かれたことでしょう 。

 「医は仁術なり」と、貝原益軒が「養生訓」に謳ったのは江戸時代。

西洋近代医学が取り入れられた後も、この思想は、わが国の医療

の基本姿勢として、誇り高く受け継がれてきた。

 ▼山本周五郎の代表作に「赤ひげ診療譚」が発表されたのは

1958年(昭和33年)いまから、半世紀まえのこと。

黒沢明監督が映画化したことでも有名だ。

「赤ひげ」と呼ばれる医師と、江戸の貧しい庶民の、胸を

打つドラマである。

 ▼江戸の貧しい人々を無料で診察する「小石川養生所」は

「赤ひげ」と呼ばれる強面の医師が取り仕切っていた。

新米医師の保本は部屋に忍び込んできた狂女の患者の色香

に迷い、すきを見せたところを襲われる。

 ▼三船敏郎演ずる「赤ひげ」が、間一髪で保本を救い、治療

しながらこう諭す。「男は、綺麗な女には弱い。恥じるには及ば

ないが、懲りるだけは懲りろ」。医師の行為として、「恥じる」

「恥じないに及ばない」の境界線はどこに引かれるのだろう。

 ▼保本を演じた若き日の加山雄三さんには及びもつかないが

なかなかの「イケメン」ではないか。警視庁捜査一課に逮捕された

大学病院の内科医に、このところワイドショーの関心が集中している。

 ▼内科医は交際していた女性の妊娠を知り、「母体にいいから」と

子宮収縮剤の錠剤を飲ませたり点滴を施したりして、女性の同意を

得ずに堕胎させたという。つまり自らの保身のために、医師の知識と

立場を利用して、小さな命を奪った疑いがかかっている。

 ▼内科医は、女性が自宅で流産した際に立ち会ったばかりか

その後も自分が結婚していることを隠したまま、交際を続けていた。

もし女性が与えられた錠剤や点滴のバックを処分していたら、「完全

犯罪」の可能性もあった。「不同意堕胎容疑」のような生ぬるい言葉では

その悪質さが伝わらない。

 ▼黒澤は三船に「赤ひげ」は立派だっただけじゃない、人生の裏も

苦労も知っているということを忘れないように」と話していたそうだ。

もし、内科医にかかつた容疑が事実なら「赤ひげ」はその「恥じる」

べき行為を、決して許さないだろう。(産経新聞)より 引用

○山本周五郎は、治療に奔走する「赤ひげ」に言わせている。

「まずやらなければならないことは、貧困と無知に対する戦いだ」と

う・・ん まさに、才能ある畜生かなぁ・・珍念あきれ果てて

減らず口を 閉じます。 ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

「師弟の誓い」(*^_^*)

   A11 珍念のひとりごと

 一見、平凡に見えることを持続していくと、やがて非凡に

通じていく。地道な努力を積み重ねた人が、人生の勝利

者となる。

▼「格に入て格を出ざる時はせばく、格に入ざる時は

邪路にはしる。格に入格を出て、初めて自在得べし」

(「芭蕉文集」岩波書店)松尾芭蕉が”俳諧の心得”として述

べた言葉である。格は規格の格で、基本のこと。基本を繰り

返して学び、身に付けることが肝要だ。

基本通りにできるようになれば、そこからその人なりの個性や

独創性が発揮されていくもの。

▼プロ野球の王貞治選手を育てた、荒川博氏が語ってた。

「人間というのは気の遠くなるような反復練習で、何かを会得

することができる」と。有名な話だが、王選手は打撃の基本で

ある素振りに徹した。一日1000スイングを超える素振りを実践

していたという。

▼基本に徹することは、土台をつくること。土台なくしては、どんな

家も、どんな立派なビルも建たない。人生も同じである。

▼人間革命の道にも、地道な生命練磨の修行は欠かせない。

信行学の基本に徹した日々、実践を積み重ねていくことだ。

御書に「深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし」と。

一日一日が、新しい自分を創造しゆく日々でありたい。

コラム 「名字の言」(敬)引用

○珍念、池田名誉会長に初めてお会いした時(当時21歳)に

「20年間、真面目に退転せず頑張りなさい」と、激励を受けて

40数年経ちました。 学歴・肩書き・財産など持っていません

が、偉大な先生の弟子として日々喜んで過ごさせて頂いて

います。 蝸牛のような「珍念」ですが、死力を尽くして邁進

します。 {広宣流布をひたぶるに祈り身命を賭して戦う師匠。

ゆえに、その弟子もまた、師と共に広布を真剣に祈り

全魂を傾けて行動しゆくことだ。

師匠と同じ心で、同志を思い、友の幸福を願い、一瞬の出会い

に誠実を尽していく。獅子王の心で、正義を叫び、邪悪を打ち

破っていく。

○「師と共に」戦うから、小さな自分の殻を破れる。

「師のために」戦うから、本当の底力が出せる。

「師弟不二」なればこそ、いかなる苦悩も恐れず、生命の最極

の軌道を進める。}「随筆 人間世紀の光」と、先生は語る。

○今・珍念や家族・同志の方たちに次々と難問が雨あられの

ように、起きてきました。 「賢者は喜び愚者は退く」の金言

を肝に銘記し「師弟不二」で頑張ります。

ん ( ^^) _旦~~どこかで、うどん屋の釜 ・釜・湯だけ ・湯だけ

言うだけ・ 言うだけ ・・もう 相手にしませんです。

 \( ^∇^)/θ☆ わ~い!

コラム「名字の言」に学ぶ!(*^_^*)

   A11_2 珍念のひとりごと

筆者は聖教新聞のコラム「名字の言」を日々拝読して

勇気を戴いています。 

コラム執筆者の四方山話をご紹介します・・。

多少、我田引水だと、お叱りを被るかも知れません。

お気に触ったら、ご容赦ください。

★生活のリズムの基本は「朝食をとること」だと言われる。

朝にエネルギーを補給して「体」に力が入り。大切な一日を

生き生きと過ごすことができる。

★それはまた、「心」にも言えよう。朝に良質の”精神の栄養”

を補給してこそ「心」に力が入り、困難や障害に負けずに、一日

を朗らかに、また力強く生きることができるのではないだろうか。

★聖教新聞に連載される「名字の言」も、新聞を手に取って最初

に目に飛び込んでくる一面に置かれたコラムという性質上、朝の

忙しい時間帯に読まれることが多いのではないかと思っている。

 従って、執筆者は”朝食”ならではの食欲をそそるネタとバランス

の良さ、消化の良さ・・すなわち、「分かりやすく」「すっと胸に落ち」

「新たな視点が入っていて」しかも「勇気と希望がわいてくる」という

いくつものハードルを越えねばならない。{改めて、一書に編集して

みると心もとない点もあり、より高いハードルを目指し、さらに精進

を重ねてゆかねばならないと一同、気持ちを新たにしている。

★コラムの名前である「名字の言」の「名字」とは、中国の天台大師

が法華経をを修行する人の位を6種類(六即)に分けたなかの一つ

「名字即」にちなんでいる。

これは、文字や言葉を通して、わが身がもともと仏であり、「一切の

法は、皆是仏法」と知る位をいう。

「名字の言」の命名には、仏法の曇りなき眼で、社会の諸現象の

真実の姿を見定めていきたいとの願いが込められている。

真実を見抜くことこそ幸福への直道だからだ。

本書が、家庭や地域、社会のなかで、自他共の幸福を建設する読者

の皆さまの一助となれば望外の喜びである。日ごろから「名字の言」を

愛してくださる皆さまに、この場をお借りして心から感謝申し上げたい。

聖教新聞社・編集部 より 引用

珍念・・学歴も、肩書きも、財産も、持っていませんが、「名字の言」を

身読させて戴いています・・不肖・珍念も執筆者のように精進したいと

日々努力を重ねています・・毎日楽しみに待っています。

あ・・いらざる おしゃべりを 閻魔さまから叱られる・・ううぅう

妻が。 「愛犬が散歩に連れていってと、泣いていますよ」 

即 実行します 愛犬と妻には、さからえませんです。(#^.^#)

「ロータス(ハス)効果」

     A11 珍念のひとりごと

 なぜハスは泥に染まらないのか。それは「身繕い」を

しているからだという。

ハスの葉には、撥水性がある。表面にある細かい毛の

ようなものが水をはじくのだ。

▼葉に付いた雨や露が丸い水滴になって、コロコロと表面

を転がり、泥やゴミを絡め取っていくそうだ。

「ロータス(ハス)効果」と呼ばれている。「レンコン(ハス)の絵本」

雨露で汚れるどころか、かえって、それで自らを奇麗にして

しまう。仏法で説く「如蓮華在水」の言が思い起こされる。

▼法華経の行者は、難に遭えば遭うほど、ますます成長できる

ものである。 御書に「猪の金山を摺り」{916P}とある。

猪は金山が輝いているのが気に入らない。「なんだ、あんなやつ」

と、輝きを消そうとして体を擦りつける。猪の毛は堅く、勢いも

すさまじい。しかし、こすればこするほど、金山は益々輝きを

増していった。

▼障害があるほどに自分を高めていく・・人間関係においても

大切な教え、と池田名誉会長は指摘する。

「自分を一番困らせる人間こそが、自分を仏にしてくれる」と

▼人を変えるのではなく、自分が変わるのが「人間革命」だ。

その決意に立った時「一切をプラスの方向に転じていける。

”妙法の力用”を実感できる。名字の言(甲)引用

 (・∀・)イイ! 愚か者の珍念この「コラム」に座布団10枚

いや!100枚差し上げます。\( ^∇^)/θ☆ わ~い

「自分を一番困らせる人間こそが、自分を仏にしてくれる」と

珍念・・論評は蛇足ですので口を閉じます。一番良い返事は

実行すること・・です。恥しいので頑張ります。 (●^o^●)

「気くばりの進め!」

   A11 珍念のひとりごと

「珍念」時々(ん? いっもです)不用意な言葉で人を不快に

する事があります。そのたびに後で反省しています。

孔子の「九思一言」の格言をそのたびに思い出して冷汗を

搔いています。 ( ^^) _旦~~

優れた人物は、誠実で思いやりの言葉が溢れていて人を

感動させている。

▼豊臣秀吉が関白太政大臣として権勢をきわめていた頃の

エピソードがある。その年は例年になく、松茸がよく採れた。

そのことを小耳に挟んだ秀吉は急に松茸狩りに行きたいと

いいだした。それを聞いた家来たちは困った。

というのは、もうすっかり採った後だった。

▼家来たちは一計を案じた。前の晩、あちこちに松茸を植え

直した。そこえ秀吉は出かけていった。

「なるほど見事な松茸じゃのう」ところが忠義づらをした家来が

そっと秀吉に耳打ちした。

「殿、この松茸は昨夜植え直したものでございますぞ」まわりの

家来は顔面蒼白になった。秀吉という人物は、敵に回った者

に対しては、厳しく、ときに残酷な振舞いもしている。

もし秀吉がカンカンに怒ったらどんな罰を下されるかわからない。

一同は生きた心地がしなかった。

▼ところが忠義づらをした家来の言葉を聞いた秀吉は「わしは

百姓の子だ。松茸がどんな具合いに生えているかはお前たち

よりもよく知っている。一目見てこれは変だと思っていたよ。

しかし、それは皆の善意から出たことだ。急に言い出した

わしの期待に答えようという気持ちの現れをなんで叱れよ

うか。むしろ嬉しく思っているぞ、ひさしぶりに松茸をみて

昔のことが懐かしく甦ってきた。この松茸は皆で分けて

賞味してくれ」

▼秀吉がなぜ天下統一を成し遂げたかというと、それは彼が

人心を把握する術を心得ていたのであろう。

無粋な忠義づらした家来のおかげでヘンな具合になったが

秀吉には人の心を見抜く才能と同時に、優しさ、人情味も

あったのである。いかに戦国の世といえ、人の心の分らぬ

人間に天下を統一できるわけがない。

松茸を「みんなで分け会え」といえる細かい心づかいが

日本全土を統一するという大きな仕事にまで繋がった。

そういう英雄や偉人と身近に接してみると、「この男が

本当に天下を動かす大人物なのだろうか」と首をかしげる

ような思いになることもある。

西洋の諺に「英雄の妻は、自分の夫が英雄であることを

知らない」と

▼あ、そうそう「北風と太陽」という譬え話を思い出しました。

冬、旅人が着ているオーバーをどっちが早く脱がせることが

できるだろうかと、北風と太陽が争う。北風は、自分の冷たい

風をピューピュー吹き付けて、無理やり旅人からオーバーを

はぎとろうとする。ところが、冷たい風を吹きたてられるもの

だから、旅人の方はよけいオーバーの中に身を縮め、堅く

ボタンを絞めてしまう。脱がせるどころか、旅人はオーバー

なしでは歩けなくなってしまった。

▼反対に太陽は、暖かい光と熱を投げた。歩いているうちに

身体が暖まった旅人は暑くなって、しまいにはオーバーを

脱いでしまった。これは太陽の勝ちになった。

愚か者の珍念・・無慈悲のオーバーを脱ぎます恥ずかしい

です。 

まだまだ修行が足りません・・深く反省します。ヾ(_ _*)ハンセイ・・・

思いやりの心 (*^_^*)

   A11 珍念のひとりごと

思いやりがある。うそをつかない。いつも真剣。笑顔を忘れない。

幼子の特質である。「どの子にも共通しています」未来部担当者

が、瞳を輝かせて語っていた。孟子の性善説とは、幼子に触れ

て感動表現だったのではなかろうか。

▼臨床心理士の網谷由香利さんは、教えなくても子どもには

善悪の判断力が本質的にそなわっていると指摘する。

大人は知識や経験が多く、外側(現実)を見る目はある。

しかし、内側(心)を感じ取る能力は、子どもの方が優れている。

とも、「心の病が治る親子の心理療法」{第三文明社}

▼苛めや引きこもりなど、今子どもを取り巻く社会環境は苛酷である。

わが子を虐待する親も、後を絶たない。その親の多くが、実は子ども

のころ虐待された経験をもつという。悲劇の連鎖を断ち切るには

まず親自身の成長がかかせない。

▼トルストイは「幼年時代に人が持っている清らかさと、無心と

愛の欲求と、信仰の力」と語った。コラム「名字の言」(雄)引用

★ 珍念・幼年時代の息吹を失っています・・反省しています。

そうそう、珍念、細かい心づかいを忘れかけています。

気くばりとは、相手に対する思いやりの心だ。思いやりは

けっして大袈裟なことではない。むしろ小さな、何気ない心の

あり方とおもいます。うっかりすると、何の感動もなく見過ごさ

れてしまうかもしれない。

★姫路藩、第三代藩主、池田光政がある寒い夜に蜜柑を食べ

ていたところ、侍医の塩見玄三が「夜中に冷たいものを食べ

られるのはよくありません。おやめになったほうがよろしゅう

ございます。」といった。

光政は後で奥の間に帰って独り言で「ああ、危ないことをした

ものだ。」といった。侍女がこれを聞き「どうなさったのでござい

ますか。」と問うと、光政はかくかくと話し、さらに「このとき私は

玄三に、おれもそのくらいのことは知っているぞと申そうとして

はっとなってやめたが、もしあのとき、いってしまっていたら、これ

からあと私が過ちをおかしたときにだれが意見をしてくれるであろ

うか。危ないところであったぞ。」といった。

玄三はあとでこれを聞き感涙にむせんだ。

★近江・彦根藩、第二代藩主井伊直孝も次のような似た事をいっている。

「人は他人から財宝を貰った場合には皆感激するものであるが、よい

意見をしてもらった場合には、意外にそれを感謝する気になることが

少ないものだ。しかし、少しの意見をして貰ったために一生得をする

こともあることだから、意見ほどの宝はないのだ。」と

愚か者の「珍念」穴があったら入りたいです。 (/ω\)ハズカシーィ

「王さま」は変な人(#^.^#)

   A11 珍念のひとりごと

安心を与える大きな政府か、活力を生む小さな政府か。

国家像を語るのに避けて通れぬ設問だが、有事に問われる

のは大小より強弱、そしてリーダーシップらしい。そう教える

出来事が続く。

▼国の破産を防ぐため、ギリシャのババンドレウ首相は全人格

をかけて国民に我慢を説く役割だ。自国通貨が暴落して済んだ

ころと違い、混乱はユーロを介して世界に飛び火する。火元

責任は大きい。日本もその可能性があるやも。( ゚д゚)ポカーン

▼ユーロ危機も追い風としたか、英国の総選挙で、一貫して欧州

統合に冷ややかだった保守党が第一党に帰りさいた。ただ、2党間

の交代は「前にダメだった党」に託すこと。有権者は過半数を与えな

かった。43歳のキャメロン党首に首相への目算はあるか。

▼はるかに重苦しい決断を迫られそうなのは、韓国の李明博大統領だ。

黄海で哨戒艇が沈んだ原因が、魚雷攻撃である疑いが出てきた。

韓国の船を狙う国はいくつもない。46人の殉職は、熱い心と冷めた頭の

両方を大統領に求めている。

▼イラクにアフガンと米国は万事有事。中国との二極時代を意識しながら

も、オバマ大統領は核軍縮の長い道のりに踏み出した。そこに、未曾有の

海洋汚染とされるメキシコ湾の原油流失である。神は越えられる試練しか

与えないはずだが・・・

▼普天間は、米国にすれば数ある懸案の小さめの一つだろう。自らの

言動でそれを大ごとにしてしまったわが首相。どんな有事もリーダーの

資質を試すが、「一人有事」とは情けない。地球大乱の気配がにわかに

漂う中、この人物に国を任せる間の悪さを思う。朝日新聞(天声人語)

▼珍念・「采根譚」の、ある格言を思い出しました。

「奢る者は富みてしかも足らず、なんで検なる者の貧にしてしかも余り

あるにしかん。能ある者は労してしかも怨みを府む、なんぞ拙なる者

の逸にしてしかも真を全うするにしかん」。と

{奢る者は心貧し」という諺がある。能ある者、つまり才能・力量のある

者は、才能や力量にまかせて、ひたすらに進む。ところがその実、周囲

からは良く思われない。突出すればするほど、周囲の功績まで奪って

いるからである。

▼結局は恨みを買うことが多い。それに比べて、なにかにつけて、拙い

者は、その分を知っているだけに、万事足れりで決して無理をしない。

その方がどれだけ立派かしれない。

○富貴の叢中に成長する的は、嗜欲は猛火の如く、権勢は列焔に

似たり。もし些かの精冷の気味を帯びれば、その火炎は人を焚く

までに至らざるも、必ずまさに自ら爍かんとす。

乳母(おんぼ)日傘で育った者は、望むところすべて叶い、我欲の

抑えを知らない。それどころか、激しい焔のようだ。

だからこそ、少しでも自制心を持たないとその焔で他人を焼くまでに

至らなくても、わが身を焼き焦がす。

母親から、莫大な(おこずかい)を、貰っていても、知らなかつた。・・?

凡庸な、われらが首相に・・(・_・)エッ....? ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

ん・・余り、悩み、興奮すると髪の毛が・・抜ける・・うううぅう ( ^^) _旦~~

あ・・また能書きを・読者の皆さまから「偽善者と糾弾される」消えます!

”いい顔”を作るには! (●^o^●)

  A11_2 珍念のひとりごと

伊籐仁斎は江戸時代中期に京で塾を開いていた儒学者。

仁斎はつねづね門人に、「自分の顔に責任をもちなさい」

「顔づくりは、気持ちづくりです」と言った。

つまり、精神の持ち方が人間の顔を左右するというのである。

門人の中には、「そんな馬鹿な」と呟く者もいたが、仁斎は固く

信じていた。仁斎自身非常に高貴な顔をしていた。

仁斎は京都の大工職人の息子だった。ところが、道で行き交う

人々は必ず、「お公家さまがお通りになる」といった。

それほど仁斎の顔は上品だった。

▼あるとき、馬に乗って通行中の京都所司代が、思わず飛び降

りて仁斎に深々とお礼をしたことがある。伊藤仁斎と知っての

ことではない。身分の高い公家と勘違いしたのだ。

そんなことがあっても仁斎はけっして自慢はしない。ただ、

「顔はその人間の精神の持ち方によって美しくもなり、醜くもなる。

だから、いったん美しくなったからと言って安心はできない。

気持ちが汚れれば、顔のほうもすぐ醜くなってしまう」と言っていた。

仁斎の子息 伊藤東涯も父に劣らず譬えようもなく美しく輝いていた。

「童門冬二著」人生の師より 参照

珍念も かくありたいと願っています。

あ・・これ以上述べると「蛇足」ですので急いで退散します。 ( ^^) _旦~~

「良い顔 悪い顔」φ(・ω・ )メモメモ

  A11 珍念のひとりごと

第16代米国の大統領・リンカーンは「男は40歳にもなれば

自分の顔には責任を持たねばならない」と 名言した。

その昔、粗製濫造の大学を「駅弁大学」テレビの弊害を

「一億総白痴化」と揶揄した評論家の大宅壮一は、「男の

顔は履歴書」といった。「女の顔は請求書」と述べた。

ある人曰く「政治家の顔は領収書」だそうである。

▼顔が内面を表すということは、古今東西を問わず言われ

続けてきた。 ラテン語の諺に「顔は、魂の指標である」。と

日本の諺にも「目は口ほどにものを言う」とある。

顔、なかでも目は相手に関する多くの情報を伝えるものである。

森鴎外は「人は生まれたままの顔で死んでいくのは恥だ」と

40歳にもなったら自己責任で「顔」を作りなさいと言うことであろう。

ある程度の年齢を過ぎた男性の中には、男前とかではなく「いい顔」

の人がいる。世間に揉まれ、修羅場をくぐり、風雪を耐え忍んできた

顔には無言の自己主張が表れている。

▼「良い顔が推薦状であるならば、よい心は信用状である」

(エドワード・G・ブルワー・リットン英国)の言葉である。

昨日、ある会合に参加したとき、ふと綺羅星の如く居並ぶ方たちを

見たときに、顔の・・? ことが思い浮かびました。

★ 珍念の独断と偏見の一考察です。

とかく他人は勝手なもの・・? ( ..)φメモメモ

○ われ貴くして人これを奉ずるは、この蛾冠大帯を奉ずるなり

われ賤しくして人これを侮るは、この布衣草履を侮るなり。

しからばすなわち原われを奉ずるにあらず、われなんぞ喜びを

なさん。

原われを侮るにあらず、われなんぞ怒りをなさん。

「采根譚」中国明朝末期の書

栄位の場にいると、人が自分を尊敬するのは、今身につけている

衣冠束帯のためで、決してわが人格のためではない。

わが身の地位が低いと人が侮るのも、粗衣であり藁草履をはいて

いるからである。なれば、人はあくまで身につけた物を敬い、わが

人格を喜んだわけではないのだから、どうして喜べよう。

同じように腹など立てることもない。人はまた、飢えていればまっわ

りついてうるさいが、満腹になればさっと離れる。

金のある間はしょっちゅう来るが、落ち目になれば掌を返したように

やってもこない。人の世というのはとかくそんなものである。

だから君子たるもの、冷静の上にさらに「ぬぐい清めた心眼で見よ。

▼珍念・以前から「愚か者は身なりで人を判断し、賢者は顔で人を

判断する」との確信を抱いています。

▼相手の話の内容よりも相手の顔、表情、目つきを相手の知性

人格の重要な判断材料にしている。もちろん相手の顔にまんまと

騙されたことも。多くの場合少なくとも言葉によるよりも正しい判断が

出来たと自負しています。

筆者の経験によれば人相の悪いもの、とくに目つきの悪いのに良い

人間がいた試しはなく、大概「根性悪」であった。それでも世間には

「顔で人を判断するな」というお方もいられる。 しかし、だれしも

身近な生活の中で「顔を知らず知らずに意識している。今ではあまり

聞かないが、一昔前まではマスメディアでも人相を言い表すのに

「サラリーマン風」「工員風」「公務員風」「やくざ風」等の言葉を使って

いた。「人相が良い・悪い」に始まり「おとなしそうな」「よわきそうな」

「強気な」など顔を表現する際には「顔が性格を表すものである」

との前提にたった表現を用いることも多い。

以前少年の凶悪犯罪が起こったとき顔写真がネットで流れて問題

になった。その際に{立花隆}が「顔から得られるインフォーメーション

は多大である」と言っていたが、珍念も同感です。

珍念は以上のような趣旨に鑑みて「人間は顔である」と断言します。

あ・・いららず 減らず口を叩き・・あの世できっと閻魔さまから

読者を惑わした二枚舌をヤットコで引き抜かれるのは間違いない

でしょう! (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

小・鳩・コンビの耳は、ろばの耳 (@_@;)

    A11 珍念のひとりごと

「真実を隠して”みえ”を張る愚かな王様」

王さまにとって大切なことは、国民の声に耳を傾けることだ。

{珍念、この前・右耳に虫が入った所が痒くて先ほど耳鼻科に

行き、ようやく治りました。 今日は耳に、ちなんだ お話です}

▼昔むかし、耳のとても長い王さまがいました。まるで「ろば」の耳

のようでした。耳が長くて、恥ずかしく、いっも紫色の帽子を被って

誰にも見せなかった。でも、散髪するときは、「皆出ていけ」と家来

たちを追い出していました。散髪屋は、王さまの耳を見ると可笑しくて

たまりません。でも笑うと叱られますので、真っ赤になって我慢しました。

▼「これでさっぱりした」「いいか。わしのことを、絶対誰にも喋っては

いけないぞ」散髪屋は、しかたありません。

「はい。決して、しゃべりません」こう答えて帰ってきました。でも、誰も

知らないことを知っているのに、黙っているのは辛いです。

一生懸命、こらえようとしましたが、いっまでも堪える事はできません。

(おしゃべりの珍念も・堪えていたら変になりそうです) (  ̄^ ̄)ゞラジャ 

▼そこで、「人間にさえ、しゃべらなければいいだろう」と考えて、河原の

砂に穴を堀り穴に向かって歌いました。♪王さまの耳は ろばの耳

ぴくぴく動く ろばの耳。何度も繰り返し、それから、穴を埋めて戻り

ました。ところが、日がたって、ある夏のことです。王さまが、御殿に

いると、涼しい風に乗って、♪王さまの耳は「ろば」の耳。という歌声が

聞こえてきました。

▼王さまは、ぶりぶり腹を立て「けしからぬやつだ。ひっとらえてやる」

家来を連れて、町中を探しましたが誰が歌っているか分りません。

やがて、河原へ出ると、あしの葉が、風に揺れるたびに歌っていました。

「生意気な、あしだ。そんなあしは、引っこ抜いてしまえ」家来は、あしの

葉を刈り取ってしまいました。

▼でも、刈り取った後の切り株から、また、♪王さまの耳は ろばの耳

ぴくぴく動く ろばの耳と、聞こえてくるんです。

読者の皆さま方には、もう、そのわけがわかるでしょう。

散髪屋が掘った穴の上に、あしがはえていたのでした。あしの根は、穴の

底まで届いて、散髪屋の歌を吸い上げていたのです。

「しかし、相手が草では、怒るわけにはいくまい」王さまは、しかたなく御殿

へ帰ってきました。帰りながら、王さまは、心の中でこう思っていました。

「本当のことだから、腹を立てるわけにはいかないな。そのうち、皆に

わかるかもしれないな」そっと、帽子を被った頭に、手を持っていきました。

○珍念・幼少のとき近所の人から、朗読して貰った記憶が蘇りました。

旧ユーゴスラビア民謡でした。

本当のことをしゃべるには、勇気が必要のたとえ話にもなります。

珍念も、ロバの耳を持っているかもしれませんです。 まだ・まだ修行が

たりません。 今宵も 一段と精進します・  o(*^▽^*)o

「充実した語らい」(●^o^●)

   A11 珍念のひとりごと

今日は・珍念の誕生日です \( ^∇^)/θ☆ わ~い

人生には、思いがけない出来事に遭遇したりしますが

今振り返れば、得難い授業を受けさせて頂きました。

▼それは、さておき。昨日、ある方から、「どうしたら友達と

仲良くなり、友の心をつかむ対話ができるのでしょうか?」と

難しい相談を受け灰色の脳細胞を苛め、悩みました。

「創価新報の(現場の声に答えます)を思い浮かべ次のように

 述べました。 (*^ー゚)bグッジョブ!!

▼一概に「こうすればいい」という答えは、ありません!

しかし、私たちの師匠である池田先生の振る舞いから、学ぶこ

とが、できます。

これまでに、世界を舞台として幾多の学識者や文化人、指導者

と対話を重ねてこられた池田先生は、かつて次のようにつづ

られました。

「どんな人と会う時も、礼を尽くし、真心の挨拶を心がけてきた。

海外の方との会見にあたっても、相手の著作等に目を通す

ことは当然である。さらに、先方の文化や習慣を学んでおく

ことなど事前の準備は今もって怠らない。

一回一回が真剣勝負である。」

▼対話に臨む上で大切なのは何よりも「相手をよく知る」ことです。

そして、池田先生は、どんな人に対しても、あらゆる偏見を捨て

一人の「人間」として尊敬し,接していられます。そして、信頼と

共感の中でお互いの共通点を見いだそうと努力されているのです。

▼正しい生き方とは、何なのか。より良い社会を築くには、どうす

ればいいのか・・。目指すべき理想を分かち合えれば、相手も

また、同じ責任感に立ってくれるでしょう。

大事なことは、互いの理解を深め、信頼と共感を得ることです。

▼日蓮大聖人は、「鏡に向かって礼拝を成す時浮かべる影又

我を礼拝するなり」と仰せです。

自分が誠実に礼を尽くせば、鏡のように、相手も誠実に応じて

くれる・・・。問われているのは、こちらの姿勢です。口の上手

下手は関係ありません。

★ 相手を深く理解することが、対話の第一歩ですね。

▼そうです。その上で先生は、「率直に語る」ことを強調されて

います。最大に真心を尽くされながらも、自分の立場や信念は

率直に伝える。言うべきことは、はっきり言う。誤解があれば

丁寧に説明する。これは、相手への信頼と敬意がなければ

できないことです。

▼中には「人と話すのが苦手」という人もいるでしょう。しかし

「声仏事を為す」です。対話すること自体が「仏事」なのです。

何でも率直に語り合える友の存在は、人生を豊かにする大きな

財産です。

目の前にいる一人を大切にしながら、誠実な対話で信頼と

共感の連帯を広げていきたいと思っています。

★ 「あのぅ・・珍念さん・どうも、お話が上手過ぎるように

感じますが!珍念さんは、先生と直に合われて語って

いられますか? それとも 新聞を読んで、ですか?」

▼そうそう・・珍念、21歳の時・北海道千歳にいるとき

池田名誉会長のスピーチを読み感激して鈴蘭の花を

先生のもとに送りました。

そのお礼に先生から会長講演集9・10巻を戴きました。

本を拝読して心が躍動しました。ちょうど、子どもが

母親を求めるように、先生の所に行き本のお礼と

決意を述べました。先生から、大激励を受けお土産まで

戴き感激しました。

また、ある時、失業して苦悩のどん底の日々のとき

青年部の記念撮影のおり、先生から小説「人間革命」

第4巻を戴き「愚か者の珍念」恥ずかしさと嬉しさ

で、生命が迸ってきました。

珍念の身近な出来事ですが、それは・・?

20数年前、若いころ交通事故で頸椎を痛めていた

のが原因で、全身が「マヒ」して首の潰れた2か所を緊急に

手術しました。・・治っても車椅子生活に・・妻が仕事の帰り

毎日遠い病室にきて激励をしていました。

半年ぶりに、無事職場に復帰できました。

11年前・悪性リンパ腫を告知され 晴天の霹靂でした。

270日余り、某大学病院に入院していましたが(サジ)を投げられ

自宅に帰りました。毎日、悪夢に魘されていましたが、珍念

「池田名誉会長の激励」の伝言をかてに、命がけで病魔退散

を祈りました。妻や 同志の方々の必死の祈りで奇跡が

起きました・・あれから・・5年生存率を越え8年過ぎました。

妻や同志の人達や・特に女性の方たちの深い祈りで、珍念

命を助けて戴きました。 40数年前も交通事故の時も

女性の方たちの祈りで、奇跡的に命が助かりました。

(某・新聞にも奇跡の生還)と報道されたことが、走馬灯

のように、網膜に鮮やかに、浮かんできました。

珍念・・・生涯、女性を尊重して行きます。

★池田先生の偉大さは、無名の一青年の珍念との出会いも

大統領や著名な方たちとも、わけ隔てなく、接していられます。

また、未来を託す子どもたちとも・・お会いされた方たちが

異口同音に先生の人間性に触れられ・・感動されます。

無恥・無教養の珍念でも心が輝き躍動します。

先生の虜に! 語弊があるかなぁ (#^.^#)

池田名誉会長の振るまいそのものが、永遠に、心に残る

<名画>です!

あ・お友達が顔をくちや・くちゃ\( ^∇^)/θ☆ わ~い

ん・調子に乗って減らず口を嫌われるうぅ消えます(*^^)v

「ブラック・ユーモア」(●^o^●)

   A11_2 珍念のひとりごと

 英国初の女性国会議員となったアスター子爵夫人が

チャーチルに言った。「もしあなたが私の夫でしたら、コーヒー

に毒をいれますわ」。チャーチルは答えた。「もしあなたが私の妻

だったら、飲んでしまうでしょうな」(小林章夫著イギリス紳士のユー

モア」講談社学術文庫)

▼まあ、面と向かってすぐまぜっかえす話だからウイットが光る。

これが後から陰でブツブツ負け惜しみのように呟いたという話では

何ともさまにならない。だがそれをやって世人の笑いをとってしまった

政治家もいる。

▼顛末は、テレビニュースでご覧の方が多かろう。総選挙さなかの

英国で遊説中の労働党のブラウン首相が、移民政策で噛みついて

きた支持者の女性について「頑迷な女」と毒づいた件だ。

帰りの車中の呟きが外し忘れたピンマイクを通し録音されてしまった

のだ。

▼躍進する自由民主党・・と書いても日本の話と勘違いする方はいまい。

労働党と保守党の2大政党に自民党を加えた三どもえとなったこの選挙

だ。その後の党首討論での首相の評価は他の2党首に大きく水を開けら

れた。

▼ただでさえ逆風に苦しむ労働党は泣き面にハチである。

この選挙ではどの党も過半数を得られないという英国では異例の事態が

予想される。首相への世論の不信は選挙後の連立協議や選挙制度改革

にまで尾を引きかねない。

▼18世紀のチェスターフイールド卿は人間だけが笑う生物だと聞いて

言った。「そこに人間だけが笑い物になる生物だとつけ加えるだね」。と

辛辣なユーモア好きの英国人には2大政党制の終幕も政治家ジョーク

の新ネタ無しにすみそうにない。 毎日新聞(余録)引用

日本では、脱税容疑と嘘つきの首相と与党の幹事長に呆れはてて

・・政治不信を募っている。 そういう不逞の輩を選んだ人たちも

責任がありますが・・あ・・余り考えると髪の毛が抜ける・・・( ^^) _旦~~

「珍念とスピーチ」

   A1珍念のひとりごと

今日ほど「語りかける」ことが大事な時はない。心と心を繋ぐ

ものは、人々が語りかける言葉なのである。

珍念も・・数多くの会合でゲストの方のお話を聞いて感じた

事が、あります。読者の皆さま、「珍念の四方山話です」

▼講師が演壇に立つと、会場は一舜、静寂になる。満場の

聴衆はどんな話を切り出すのか、固唾をのんで見守っている。

次の瞬間、講師の口からどんな話が語られるかによって、その

日の会合の雰囲気が決まる。聴衆が身を乗り出して話に聞き

入り、雰囲気が盛り上がるのか、あるいは私語で会場がざわ

つき、無残な失敗に終わるのか。

もちろん、それによって話手に対する評価は決定的になる。

珍念のスピーチは? 言わぬが花です。 ( ^^) _旦~~

▼昨日、知り合いの誕生会に招かれ挨拶をしました。

実は、急用のため、あたふたと、たった今、参加できました

原稿を書く暇がなく、取り留めのない、挨拶になりますが御容赦

下さい。さきほど、薔薇の生垣の付近で耳の中に虻?小さな虫

が入り弱りました。 綿棒で弄りましたがよけい、中に入り困った

です。 懐中電灯で耳の中を照らしたら、「ゴソゴソ」と出てきました。

▼今日は、西遊記に出てくる「孫悟空」の使う武器の一つ「如意棒」

に、ついて、お話をします。如意棒を思いのままに大きくなったり、小さ

くなったりする武器。鉄の柱の如くなるかと思えば、普段は針ぐらい

に小さくして耳の中にしまえる便利もの。

また乗れば「筋斗雲」をあやつり、どこえでも、行けるし、「変化の術」を

使い何にでも化ける。恐るべき「孫悟空」ですが、人間の小賢しさや

近視眼的分別が見事にシンボライズされている。

▼孫悟空の猿知恵は、まさに私たち自身の浅薄さの一典型にほか

ならない。「ある時、ブツダは孫悟空に(もしもお前がそんなに聡明で

有能であるならば、わしの右の掌から飛び出してみよ。お前にそれが

できたら、わしが王皇上帝に話して、上皇に西方浄土に移ってもらい

わしと一緒に住むようにしよう。そうなれば、お前はなんの面倒もなく

その王座につけるわけだ。

しかし、お前が飛び出さなければ、お前は下界にもどり、そこで長い年月

をかけて滅罪の修行をしない限りは、わしの所にきて何も言ってはならぬ」

▼慢心の孫悟空には「世の人々のために、人生をよりよく生きるための

灯火を掲げている人」の真価が理解できなかった。彼の目は節穴だった。

臆面もなく口に出して念をおした。

「あなたは、私のために確かにそうしてくださる位置におられるのですね」

”もちろんだ”とブッダが右の手を差し伸べるや、孫悟空は如意棒を耳の

後ろに挟み、全力で飛び上った。

▼やった・・これでいい、もう飛び出せたんだ。・・と、彼は全速力で風を切り

飛行し始めた。そしてついに、肉色の五本の柱が天を摩して聳えている

所に行き着いた。{これは世界の果てに違いない}と思った猿は、確信に満

ちてこう考えた。・・・ここまで来れば、あとはブッダのところに戻って賭けに

勝った権利の履行を要求するだけだ。玉座は、おれのものだわい だが

ちょいと待てよ、何か証拠を残して置いた方が良い。・・・

▼彼は自分の毛を引き抜いて墨汁を含んだ毛筆に変え、中央の柱の下に

(斉天大聖ここに至る)と書き小便を掛けた後、ブッダの掌の上に超特急

で飛びかえり「さあ、私を玉座につけよ」と要求した。

ブッダは、「汚らわしい猿め!お前は、終始、わしの掌の上で動き回って

いたにすぎんぞ。足下を見よ」と一括した。猿がよく見ると、ブッダの中

指の根元には「斉天大聖ここに至る」と書いてあり、その下からは猿の

尿の匂いがしてきた。「釈迦」の遺言(志村武)参照

▼筆者・・も この「孫悟空」のような猿的人間の目を節穴というのも故ある

かな!と 自戒しています。 それに、妻の掌の上で珍念も (@_@;)

あなたは、とかく優れた人と一緒に過ごしているのに慣れてしまって、その

人を軽視しているようなことはないか。

あなたは、世の人々のために、人生をより良く生きるための灯火を掲げて

いる人を、はたして、いっも尊敬しているか。

愚か者の珍念「孫悟空」と同じ過ちをおかしているかも知れません。。

この、ままでは、きっと あの世で閻魔さまから苛められる・・ううぅ

珍念修行が足りませんです。今宵も深く、深く一段と懺悔します・・

あ・・減らず口を消えます  (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

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