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2010年4月

「お人よしのおぼっちゃま」 ( ^^) _旦~~

  A11_3 珍念のひとりごと

「お人よしのリーダー・人のいい政策・どちらも国と血税を危うくする」

弟11代将軍徳川家斉は、50人を超す子だくさんで知られた。

膨らむ養育費、養子や嫁に出す時の持参金、大奥がらみの散在で

もともと苦しい幕府の台所は揺らいだ。以後。幕藩体制は傾いていく。

▼家斉が40人もの側室を愛でた時代から200年。再び火の車の財政

から、子ども手当が絞りだされる。社会全体で子育てを応援する考えに

異存はない。だが、日本に住む外国人の海外にいる子にまで出すのは

気前が良すぎないか。

▼兵庫県尼崎市に住む韓国人の男性が「妻の母国、タイの修道院と

孤児院にいる554人と養子縁組している」と、年間で約8600万円の

手当を申請した。批判派が警告していた「乱用」も、ここまでくると

すがすがしい。当然、市役所の窓口は拒んだ。

▼厚生労働省は「例えば孤児50人の養子を抱える外国人には支給

しない」と、前もって自治体に伝えている。家斉もびっくりの、けた違い

の大家族。慈善に生きる人ならば、554人の顔と名が重なるか問う

てみたい。

▼離れていても、世話や躾をし、仕送りしていれば支給されるという。

このあいまいさは、これからも混乱のもとだ。世は聖人ばかりではなく

子どもを金づると見る親もいよう。

使い道を善意に頼る現金支給より、保育所つくりなど地道な支援を

急いでほしい。

▼家斉は50という数に縁があって、在職50年は歴代の将軍で最長

だった。任に堪えない為政者がだらだらと居座った時の悲劇は歴史が

示す通りである。 朝日新聞(天声人語)引用

珍念 このコラムに、最敬礼をいたします。 いいえて妙です。

特に鵺みたいな、お人よしのリーダーと、人の良い政策が、麻薬の

ような・・甘い蜜をちらつかせて国を危うくする。

あ・・あまり考えると、髪の毛が抜ける、うぅ (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

君主の「気前よさ」(@_@;)

    A11 珍念のひとりごと

「君主はケチだという世評など意に介すべきでない」。

それは領民の物を奪ったりしないためにも、自己防衛のためにも

貧乏になって見くびられないためにも、仕方なく強欲に走らないた

めにもそうすべきだ」。マキアベリの「君主論」である。

▼権力についてのリアリズムの書といわれる同著では、君主の

「気前よさ」は自滅をもたらすと説く。

物惜しみしないという評判を守ろうとすると結局は重税を課して

大勢の人の恨みをかうことになるか、自分が

窮迫して人々のさげすみの的になるかいずれかだという。

▼人の恨みや軽蔑を受けるより、「ケチ」の評判の方がましだと

いうのがマキアベリである。時は移り、国民の税金で「気前よさ」

を装ってきた。現代日本の政治においては今や「ケチ」はむしろ

国民の人気集めの目玉と化した。

▼気前よさをアピールしょうとマニフェストにうたった政策の案外の

不人気で窮地に陥った鳩山政権だ。その中で唯一国民の喝采を浴

びた事業仕分けの再現に政権下支えの期待がかかるのも成り行きだ。

仕分け第二弾前半23日からだが、対象は47独立行政法人という。

▼今回は独立行政法人の事業重複や、受注事業の外部への丸投げな

どに切り込み、天下りを含む無駄使いのからくりを仕分けてみせるという。

ただ仕分けがうまくいっても捻出できる財源は数百億円だ。支出の気前の

よさに比べればそれこそ「ケチ」な額との皮肉もでる。

▼「祭りや催し物を適時開き、民衆の心を夢中にさせよ」というのもマキアベリ

の民衆操作術である。唯一の人気出し物がもしも国民に見放されては

一大事という政権の「ケチ」の見せどころだ。 毎日新聞(余録)引用

 論評は釈迦に説法ですから・・ ( ^^) _旦~~

珍念 このコラムに 座布団10枚差し上げます (v^ー゜)ヤッタネ!!

人生の黄昏を考える!

A11珍念のひとりごと

「高齢化時代をどう生きるか」 珍念の一考察です。(*^_^*

ある家を、宝石で身を飾った美しい女性が訪れて語る。

「私は、行く所どこでも、金銀などの財宝を与える」と。

主人は喜び迎え入れようとする。ところが、門外には、もう

一人の女性が立っていた。先の女性とは反対に醜い容貌

で、衣服も綻び垢に染まっている。

青白い顔で「私は、行く所どこでも、その家の財宝を衰え失

わせる」と。主人は刀を抜いて追い払おうとした。

▼しかし、美しい女性は姉で、醜い女性は妹だという。

ともに行動し常に離れることがないという二人を、主人は

ついに去らせた。 

「釈尊の涅槃経に出てくる逸話です」。

ここに登場する姉は「生」妹は「死(老・病)」を譬えたものです。

生ある限り、老・病・死から免れることは出来ません。

凡夫は生(姉)のみ愛して執着し、老・病・死(妹)を厭い嫌う。

その結果、かえって死の不安・恐怖にとらわれ生を充実させる

ことができないと、釈尊は教える。

▼苦悩に出会ったとき、それを自らの人格を深め飛躍する

バネとして行く前向きな姿勢で臨むか、それとも単に苦悩に

打ちひしがえるだけか。その生き方の”差”は労苦・病苦

そして死苦という現実に直面したとき、より明確になってくる。

▼超高齢化社会が進む中で延長した生をどう充実するかが

今、問われています。

「半身不随などの重い障害を背負った時、何不自由なく過ごし

てきた人、また社会的な地位・名誉を至上として生きてきた

人ほど厳しい現実に弱い」

老人医療に経験の豊富なある医師の言葉です。

▼さきほど、友人宅で、久しぶりに黒澤明監督の映画「生きる」

(1952年制作)を鑑賞しました。 生をどう充実させるか・・?

数ある黒澤明監督作品の中でも、そのヒューマニズムが頂点に

達した作品と評価される名作です。

その題名通り「生きる」という普遍的なテーマに真っ向から切り込んだ

作品であると同時に、官僚・役人への痛烈な皮肉を含むという

二面性を持つ作品でもある。

▼志村喬がブランコを、こぐシーンは、日本映画史上に残る名シーン

としてよく知られている。

市役所に勤める渡辺勘治は、日々無気力に過ごしていたが、ある日

自分が胃ガンで余命が少ないことを知る。絶望の果てに自分の

無意味な人生に愕然としていた時、奔放に生きる部下の小田切とよ

と出会い、力強く生きる姿に心を動かされる。そして無意味に感じて

いた自分の職場で意味を見つけ、「生きる」ことの意味を取り戻す。

あ・・珍念、またまた。演壇で講義しているような・・おそまっな愚考を

述べました。 何でこう 減らず口を叩くのかなぁ ( ^ω^)おっおっおっ

「天使のひと言」(*^_^*)

     A11_2 珍念のひとりごと

全労災編「わが子のひと言」{詳伝社黄金文庫}には、全国

から寄せられた、ドキリ・クスリ・ホロリがたっぶり詰まるている。

九歳の男の子がお母さんに尋ねたそうだ。

「女の子が好きになったとき、どうすればいいの?」

▼仕事を終え、これから帰ると電話したお父さんへの、三歳の

女の子のひと言。「お父さん、お家わかる?」風で寝込んでいた

お母さんの耳元で四歳の男の子がそっとつぶやいた。

「ぼく、そばにおっちゃる」

▼おねしょ。「おしりにだけ、汗かいとんや」(五歳、女)朝寝坊。

「寝坊したんでなくて、見る夢がたくさんあったの!」(五歳、男)

遊びもいいけど勉強は?「遊ぼう、遊ぼうってお外が読んでるの」

(8歳、女)

▼グサリもある。勉強は自分のためでしょ、と言うお母さんに

「お母さんのためでもあるんじゃない?」(12歳、男)

家事に忙しいお母さんをみて、お父さんに「お母さんを無駄

つかいしちゃだめだよ」(6歳、男) 

クスリ交りもあった。「お母さん、目のまわりに、しわくちぁ

ついてるよ。ふいてあげようか」(4歳、女)

▼春浅いころ、3歳の男の子が、おばあちゃんに連れられて

田舎の実家に行った。陽気に誘われて一諸に堤防を散歩した。

ふと見ると、空に向かって口を大きく開けている。

「何してるの?」 「風をたべてるの」。

珍念・・子供の純真な心が薄れています、煩悩に心が靡いています。

大事な心が、(-_-)/~~~ピシー!ピシー 深く反省しています。

まだまだ 修行が出来ていませんです・・恥ずかしいので こっそり

消えます。 ( ^^) _旦~~

「平凡の積み重ね」

     A11_2 珍念のひとりごと

タクシー乗務員の教育係を長年やっている方によると

繁雑に事故を起こしたり、営業成績が伸びない人は

だいたい入社初日で分かるという。何も言わずに、まず

洗車をさせてみる。それがいい加減な人は、何をやらせても

結局、いい加減だからだそうだ。 う~ん 珍念 ( ^^) _旦~~

これは万般に通じる教訓だろう。

▼カー(車)用品専門店を全国規模に発展させた創業者が

徹して続けてきたことがある。それは「掃除」。ともすると

人は、平凡なことを軽くあしらいがち。難しくて特別なことを

しなければ、成果があがらないと思い込む人もいる。

▼だが、その創業者は言う。「平凡の積み重ねが非凡を

招くようになっています」(鍵山秀三郎著)

▼新年度が始まり、はや一カ月。新社会人の挑戦する姿が

さわやかだ。一方で、厳しい社会の現実に、戸惑っている

人もいよう。だが、立ち止まっていては、何も進まない。

コラム「名字の言」(誠)引用

池田名誉会長は先日、新社会人に3指針を贈った。

1。清々しい挨拶を! 2。朝に勝とう!

3。愚痴をこぼさず前へ!と。

★ 珍念も、40数年前に池田先生にお会いした

時のような、清らかな心に成りたいです。

毎日が新年度・毎日が元旦の自覚で地道に

誠実に、実銭し続けていく決意です。

「勝ちに不思議の勝ちあり」(#^.^#)

   A11 珍念のひとりごと

 巷間「負けに不思議の負けなし・勝ちに不思議の勝ちあり」と

敗因が分かれば、次への勝因と!

コマを強く回すと、ずっと回り続けるが、弱い力だと、すぐに倒れて

しまう。教育においても、基礎学力という回転をしっかり与えれば

子供たちの可能性は広がる。

▼ある小学校教師の実銭記。

基礎学力向上のために「読み書き計算」に力を入れた。

音読の推進や漢字の反復練習、日記の励行。

縦横10列のますに数字を記入して四則計算をする“百ます計算”

基礎学力の向上で子供たちの生活態度が変わり、学習意欲も増し

たという(子供は無限に伸びる)

▼どんな分野であれ、基本が大事。あるプロ野球の監督が語って

いた。「勝ち続けるためのセオリーというものがあるとすれば、それ

は地道な練習、なおかつ勝つための基本練習をどれだけやり仰せ

たかという以外にはない」と

▼「近代彫刻の祖」といわれるロダンは芸術の努力をこう語る。

「石に一滴一滴と喰い込む水の遅い静かな力を持たねばなりません」

一滴また一滴、対象にくい込んでいく基本の努力が、不朽のものを

なす鉄則となる。名字の言 (敬)引用

▼珍念、この「コラム」の反対の事を行っていたようです。

恥ずかしいので、こっそり、たいさんします。

  (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

十人十色 ( ^ω^)おっおっおっ

  A11 珍念のひとりごと

ある時・あるサークルの責任者が運営の在り方について

全員に意見を求めたら、ホームページの書き込みに

様々な意見が出て・・それに対して感情的な大論争になり

収拾がつかなくなり、悩んで夜も寝れない状態にな

られて、おしゃべりの、珍念に相談にみえられました。

アドバイスを求められ弱りました、が、十人十色ですから

責任者が一番良い方法を取り入れられたらどうでしょう。

これだけだと、無責任の謗りを受けますの次のように

延べました。

▼ある日、教室で先生が、「今から五分後に、丸い形をした

ものを何か一つ持って、運動場に集まって」といいました。

さて、五分後。

運動場で先生が待っていると、みんな、いろいろな丸いもの

を持って集まってきました。山田君は、サッカーボールを持って

きました。鈴木君は、ポケットからミカンを出しました。

金田さんが持っているのは輪ゴムです。

ところが、どうしたことでしょう。

中村君は、運動場にしゃがみこんで、両手で地面をつかみ

赤い顔してウンウン唸りながら、持ち上げようとしています。

不思議に思った先生が、「中村君、何をしているの?」と

聞きますと、中村君は「はい、先生、僕は、地球を持ち上げ

ようとしてるんです。だって、地球は丸いって、理科の時間に

習いましたから」と

▼十人いれば十人とも、好みや考え方が違うのです。世の中

にはいろいろな人がいます。だからこそ、面白いのですが!

珍念もある、サークルで、意見をメールで述べた事があります

それに対して、意見を募った方と大論争になり他の人に心配

をかけ、不愉快な思いを与え、泥沼にはまりました。

意見の良し悪しにかかわらず まず 珍念、全員にお詫び

しました。責任をとり処分は委ねました。

ある人が・・いやぁ 、さすが、お見事でした、座布団10枚

差し上げます・・と ( ^^) _旦~~

 「過ちを悔いるのに憚る事なかれ」の諺が身に染みました。

  ;:゙;`(゚∀゚)`;:゙ 

「見えない努力」 (@_@;)

     A11 珍念のひとりごと

イソップ物語に、こんな話がある。「漁師が川で網を投げて

いるのを見ていたサルが、漁師の目を盗んで真似をした。

ところが、サルは網に絡まって逃げられなくなった」

▼簡単そうに見えるが、漁師が網を投げるには熟練を

要する。他人のしていることは簡単に見える。

それは、他人がしている努力の「積む重ね」を見ないからだ。

▼江戸時代、有名な学者であった新井白石。幼いころから

冬の日も、桶の水をかぶって眠気をはらい、学問を重ねた。

「いっも耐えがたいことに耐えることを心掛け、世間の人が

一度することを、私は十度おこない。十度することは百度した

からである」

▼中国の古典「中庸」にはこうある。

「他人が一の力でできるとしたら、自分はそれに百倍の力を

そそぎ、他人が十の力でできるとしたら、自分は千の力を出す。

もし本当にそうしたやり方ができたなら、たとい軟弱な者でも

必ずしっかりした強者になる」

▼いかなる分野であれ、成功している人は、特別な才能に

恵まれているというより、”見えない努力”を積み重ねた人の

ことだ。名字の言(敬)引用

先ほど、友人と露天風呂にいきました。「珍念さん、足に

大きな坐りダコが、茶道・華道・習字等・習っているんですか」

{いいえ、いっも正座して 勤行・唱題を四十年余りしています

ので・・・坐りタコができました}ですから、正座は苦になりません

珍念、今日は、友人の悩みを聞きました。おしゃべりの珍念です

が、多弁を控え、縺れた糸を根気よく解きほぐすように、話を

しました。 

▼最後に人の意見を用いても、何か違う結果が出ても、人のせい

にしては、だめですよ。 全部自分自身が決めることです。

一切は、自分の心。行動に責任を持つことです。と

ガンジーは「人間は自分が考えた通りの人間になる」と

愚か者の珍念、いっも お金と美人に 心が靡きます ( ^^) _旦~~

あ・・まだ 修行がたりませんです。 妻と閻魔さま から

叱られる・・ううぅう (@_@;)  (-_-)/~~~ピシー!ピシー

「心をつなぐ言葉」

   A11 珍念のひとりごと

昨日、ある会合に26年ぶりに著名な「T婦人」をゲスト

にお迎えしました。会場は異様な熱気に溢れていました。 

今日は、珍念さんから案内状と式次第を頂きました。

可愛い花模様で、若い青年かなと、思ってたら・・

あはは・・(*^_^*) 壮年は25歳の自覚で頑張るように

「池田先生」が言われていますが。

一瞬で、会場の雰囲気が温かくなり、時間の立つのも

忘れるほどでした。ユーモアあり、一人ひとりの人情の

機微に触れられ、笑いと感動で、此処だけは春のお花畑

のようでした。それは、それは、筆舌に表すことは、おこが

ましいです。参加者全員の人が、感動されていました。

珍念おしゃべりは、得意ですが足元にも及びません。( ^^) _旦~~

▼遠方の友人へお祝いやお見舞いの花束を贈る。喜んだ

相手から、その花束を抱いて撮影された「笑顔の写真」が届く。

今度はその写真を、花束を作ってくれた花屋へ持って行く。

花屋では「毎日、数えきれない花を送っていても、それが

どんなふうにその方に届くかは、私たちには分りません。

こうやって見せてもらえると張り合いが出ます。と

   ううぅう  ( ..)φメモメモ

▼子育てエッセイの浜文子さんのエピソードです。浜さんは

花束を依頼する時、花屋に必ず贈る相手の年齢や環境

そして花を贈る理由を伝えるという。「意識して人の心をつなぐ

努力をしないと、忙しい現代の中で、人の心が分断されて

しまう怖さを感じるのです」

▼人は心がつながれば、自然に感謝の言葉が出てくるもの。

挨拶や礼儀が廃れてきたのも、人の心が分断されているか

らだ。だからこそ、思ったことをもっと言葉にし、人に伝える

努力をすべきであろう。

▼トルストイは「われわれは、他人のために生きたとき、はじ

めて真に自分のために生きるのである」(北御門二郎訳)と

その生き方に、真実の喜びと友情が生まれる。

自分らしいやりかたで構わない。「心をつなぐ言葉」を

心掛けたい。名字の言(悠)引用

珍念。大事な中身が抜けています。 まだまだ 修行が足りま

せんです。今夜も反省しています。 あ・またまた・・能書きを

述べました・・2枚舌を抜かれない前に、こっそり消えます。

「鉄は炎打てば剣となる」

   A11 珍念のひとりごと

「一度も不幸な目に合わなかった者ほど不幸な者はいない。

このような者は、かつて自分自身を試練する

ことが許されなかったからである」とは帝政ローマの

哲学者・セネカの言葉。

▼フランスのベルサイユ宮殿の噴水庭園に住む生き物の

興味深い逸話があります。 池の中の鯉は外敵がいないので

当然、鯉は繁殖して長生きするように思われていたが反対の

結果がでて・・悩んだ末、外敵の「カマス」という魚を入れた

そうです・・・すると、鯉は、外敵ですから、常に緊張し適度な

心地よい状態になり鯉も増え生き生きと泳いでいるそうです。

▼真珠は、宝石の中では、ちょつと変わっている石ではなく

アコヤ貝など「生命体」が育んだ装飾品だからだ。

貝類は、体内に砂や寄生虫等の異物が入ると「真珠質」を分泌

する。それが層を形成し、やがて異物を包む。真珠は、それらの

層が重なって出来ていく一枚の層の厚さはおよそ0・4グラム1ミリ

成長するためには。2500枚も重なる計算になる。

▼この無数の層が光を受けると「多層膜干渉」という現象が起きる。

真珠の優雅な輝きは、このためである・ある意味で、異物の侵入

という「障害」を乗り越えてはじめて生まれる輝きがある。(道)

▼珍念の周りを見渡しても幾多の苦難に打ち勝った笑顔の方が

数多く見受けられます。

あ・・今日も減らず口を叩きました・・閻魔さまから叱られる・・・

こっそり退散します。 (*^_^*)

「師弟不二」(*^_^*)

     A11 珍念のひとりごと

 江戸時代、主君の命で数百両を託された侍が雇った

馬の鞍に財布を結びつけたまま忘れてしまった。

宿で気付いたが、もう遅い。腹を切る覚悟を決めた

その時、馬子が届けにきてくれた。

▼礼を受け取ろうとしない馬子に、侍は尋ねた。

「どうして、それほど無欲で、正直で誠実なのか?」

貧しい男は答えた。「私の村に中江藤樹という先生がおられ

ます。私どもは、その教えに従って暮らしているだけです」と

この話を聞いた熊沢蕃山は、「その人こそ、私が探し求めて

いた聖人だ!」と、すぐ村を訪ね、藤樹の門下となった。

▼後に蕃山は、飢饉等にあえぐ人々の救済に力を尽し、吉田

松陰らにも大きな影響を与えた。彼が門下になったのは、藤樹

その人に触れたからではない。その教えを実践する村人の振る

舞いが、彼の心を動かしたのだ。

▼釈尊の十大弟子の一人である舎利弗にも、似たようなエピソード

がある。ある日、王舎城で修行者の姿に心打たれた舎利弗は「あなた

の師は誰か?」と尋ねた。修行者は「釈尊の弟子である」と答えた。

これが仏門に入るきっかけとなった。

▼弟子の振る舞いに、師の偉大さは現れる。わが身をもって師の

「教え」を実証することである。 名字の言(糀) 引用

う~ん 不肖・珍念・・毎日惰弱な珍念と。実行する珍念とが綱引き

をしています。恥しいですが まだまだ 修行が足りません (@_@;)

今宵も深く懺悔します・・真剣な深い祈りをします。

あ・・また 誰かさんが。。うどん屋の窯 湯 湯だけ 言うだけ・・?

もう・・( ^^) _旦~~

「ある旅芸人の記録」

       A1珍念のひとりごと

今朝は、涯しなく楽しい? 摩訶不思議な夢を見ました。

それは、雲南(中国)の旅先で異様な光景に出合いました。

真昼に「虎」が農家に入り留守番をしていた童女を睨んで

舌舐めずりを・珍念・近くの棒切れを手に虎に挑みましたが

反対に餌食になりましたが、童女は助かりました。

何とも・・痛ましい出来事でした。 ( ^^) _旦~~ 

妻に、話をしたら不思議そうに、「実は、ある偉いお坊さんが

子供を救うため、虎 と戦い死亡し犠牲になった人の行いを

褒め称えて居られた夢を見たんです」と怪訝そうな顔をして

語っていました。う~ん 「珍念」 いっか 死にますが・・ (#^.^#)

どう 生きるか・・? 難しいです そうそう 池田名誉会長

の「ある旅芸人の記録」を、思い浮かべました。

▼変転する漫の心は醜い。

それに対し、心定まれる信念の生死は美しい。

ある人が、ギリシャ映画の忘れ難い一シーンを語ってくれた。

題名は「旅芸人の記録」。ギリシャ現代史を象徴的に描いた

作品である。

▼蜜柑の木の下、乾いた土を掘って、一人の青年の棺が埋め

られようとしていた。青年は第二次大戦中、祖国ギリシャを占領

したナチス・ドイツと戦い、勝利した勇敢なゲリラの一人である。

棺が埋められようとしていた。ところが、この英雄は戦後、反共

的な新政府に追い回されることになる。

つかまれば拷問・転向ののサインをしなければ、死ぬまでいたぶ

りが続く。ナチスとの戦いから数えて十年。ついに彼は捕えられる。

転向を拒否。祖国を救った。

▼勇者はなんと、その祖国の政府の手で処刑されてしまうのである。

これ以上の悲劇もない。一体、だれのための、何のための戦いで

あったのか。何事も、勝たねば悲惨である。強くまた強くあらねば

ならない。

彼の遺体は、ポロ切れのようになって、家族に引き渡される。

友人たちが埋葬に立ち会った。荒涼たる原っぱ。暗い空。たった

六人の寂しい葬儀。遺体が埋められようとした、その時である。

思わず一人が「拍手」を送った。一人から二人へ、二人から三人

四人、五人へ・・みなの無言の拍手が、勇者の上に、いつまでも

降り注いだ。

▼友よ、君の「死」に君の「生」に、僕たちは熱き「拍手」を送る。

それは、どんな名優のドラマよりも荘厳な立派な劇であった。

彼らの思いを、仮に言葉にすれば、このようでもあろうか。

何の栄誉もない、寂しき埋葬であった。しかし、真実の同志の

称賛「拍手」に包まれた死は、いかなる華美盛大な権勢家の

葬儀よりも美しい。

そこには真実の「人間としての勝利」があった。

▼珍念。肩書き・財産も、持っていませんです 持っているのは

恥ずかしいですが、煩悩に穢れた心です。それに おしゃべり

です・・もう・・人生の三分の二は過ぎました。 (* ̄ー ̄*)

今朝の「コラム」のように精進します。そうそう・池田名誉会長は

「名もない 人達の中で 心を 打たれたと いわれる 人生を

私は生きたい」と 愚か者の珍念も、そのように 生きます。

 

「思考の味」(@_@;)

  A1 珍念のひとりごと

みなさんは、「おいしい天体観測所」をご存じだろうか。

知る人ぞ知る美食家、優れた料理人による!美味なる食材

美味しい料理を発見し、吟味し、永久に保存する!まさに、宇宙

の謎を解き明かすのと同じぐらい困難な仕事を生き甲斐とする

有志の集まりである。その天体観測所第7代所長・葉月はじめ氏

が、明かす、驚愕至高の味の数々、店の色々、どうぞ、酔いしれる

ほどご賞味あれ・・ ( ^ω^)おっおっおっ

▼「宝くじが当たる確率って、どんなもんだか知ってるかなぁ。まぁ

一枚だけという人もいないから、普通は十枚単位で連番かバラ買い

をするよね。最低三千円出して、連番で十枚買って、そいでもって

超運がよければ、一等賞や前後賞で計三億円が当たるわけ。で、

その一等賞が当たるのは、連番で十枚買った場合で五十万人に

一人の割合らしい。それって人口五十万の政令指定都市、つまり

大都市の人間全員にジャンポを十枚買わせても当たりが一人

出るか出ないかという確率なんだってさ。

▼あのさぁ、週刊誌に書いてあったけど、四十歳代前半の男五十

万人を集めた場合、そのうちの九十八人は、統計学上、なぜか

約一か月以内に死ぬ計算になっているらしい。要するに、連番

十枚を買った四十男は3億円っていう天国を手にするよりも

その前に本物の天国へ行っちゃってる確率の方が約百倍高い

ってこと。わかる?

▼俺、申し訳ないけど、そんな三億円宝くじに、平成七年,十年

と二度も当たっちゃってるのよ。{かくいう 筆者も、。。に。億円

当たった事がありますが・・匿名で全部寄付しました。それで

現在も・・ぴんぴん 生きながらえています}。 (*^_^*)

俺、五十八歳、そいで死にもしないで、ちゃんと生きてるのよ

ほんと、どうなってるんだろうね。

▼で、はっきり言うとね、俺、別に道楽もなくて金が減らない

から困ってるの。少しぐらいは世の中に返さないと罰があたるか

らと思って、競馬はドシロウトのカミさんに、減らしてこいって

1千万ほど渡したら、昨年のダービーも安田記念もバーンと増や

して帰ってきやがるし、大往生よ。

▼それで、ない頭をしぽって俺は、店の売り物の極上カルビ

丼をこのたび自由料金にして、食べたあと、客の思った料金を

置いていってくださいという画期的なシステムよ。五円しか払い

たくなければ、それも良し。二千円の値打ちと思えば、それだけ

おけば良いってね。ウチは銭の吐き出しが目的でやってんだもの。

▼原価は一万円ほどかかっているよ。ウチの肉の場合は、食肉卸

売市場で最高ランクとされてるA5よりもまだ上の超A.松坂牛の中でも

ビールじゃなくてワインを飲ませて育てられた通称ワイン牛だよん。

ワイン牛のロースとカルビを食ったやっつて、ちょいといないと思うな。

▼カルビってハングル語で助骨のついた肉のこと、牛には十三本の助骨

があってね、その中でも真に美味いのは真ん中の五本目、六本目七本

目なわけ、うちの極上カルビ丼はここしか使わないよ。五百キロの肉で

もこのカルビは数キロしかとれない。牛刀で開いていくと、細かい霜降り

のサシになった脂が手の温度でとけてきて、そのとろけぐわいはトロなん

てもんじゃないよ。

▼網焼きの炭は、もちろん、紀州南部村産の特選備長炭。こいつは炭

というよりも一種の調味料だね。焼くと、煙をモウモウと立てて、肉に

独特の風味づけをするんだ。脂はしたたるは、煙はうまそうにけぶるは

焼き始めると、毎日焼いている俺でさえ腹がグーグー鳴ってきて、いや

もう、たまらない。

▼ジュウジュウ焼けたこのカルビを二枚重ねて三百グラム、デンと丼メシ

に乗っけすごいだろ。かけだれは、りんご、マンゴー、にんにく、たまねぎ

コチュジャン、しようゆ、みそ、ワイン、なんかを煮詰めたものよ。めしも

特別にオックステール・スーブで炊いてあるから、超うまい。赤、青唐辛子

の焼いたのを添え、かけだれをトロリとかけ、ごまをふって、超贅沢極上

カルビ丼、一丁上がり・・食った人は、みんな頭がぼーっとするくらいうまい。

ていうね。オイキムチ、カルピスーブ付き、葉月さんなら、いくら払ってく・・?

百円玉一個でもいいんだよ。10万円も置かれたら、困っちゃうんだよ」

▼そうそう・・百円(?)極上カルビ丼のお店の場所は、教えたくても

できないでちゅう( ^^) _旦~~ それは お店の周りが人だかりでご迷惑

をかけます。。ので口を閉じます。

今回は 摩訶不思議な世界に誘うことが出来たでしょうかぁ ;:゙;`(゚∀゚)`;:゙

あ・・また調子にのって大法螺を・・? もう消えます。

「無垢の心」でチャレンジ

   A11_2 珍念のひとりごと

先日、60年ぶりに同級生と再開し、有意義なひと時

を過ごしました。筆者が、学芸会で「リンゴ」の歌を独唱した

のを昨日のように、友は覚えていました。つい煽てられて

歌いました。帰宅して「リンゴ」を食べながら、ふと、ある{コラ

ム}の話を思いだしました。

▼不思議だが、自然栽培で育ったリンゴは、皮をむいてもす

ぐには茶色く酸化しないし、腐りにくいという。栽培するのに

農薬も肥料も使わない。普通なら、病虫害により、リンゴ畑は

壊滅。これが常識だ。だが、不可能を覆し“奇跡の果実”を

たわわに実らせた農家がある。

▼片っ端から専門書を読んで試したが、既存の知識や経験

が通じない。だから、一つ失敗するたびに、一つ常識を捨てた

”無垢の心”で挑み続け、研究者も驚く栽培法を編み出した。

(木村秋則著「自然栽培ひとすじに」創森社)

▼仏法に「動執生疑」とある。相手の執着している心を揺り

動かし、”これまでの考えは正しかったのか?”と疑問を生じ

させる。そして、より高次元へと目を開かせる。「変革」の原理だ。

▼何よりも難しいのは、自分自身の執着を打ち破ること。

誰しも、経験から“正しいに決まっている”と思い込みがち。だが

先入観にとらわれていては停滞するばかり。楽な方へも流される。

壁を破る生命力を生み出すのが信心である。

▼激動の時代。どの世界でも、「今までこうだった」というマンネリ

は通用しない。二の足を踏まず、「発想革命」「行動革命」を起こす

時。自らを刷新し、勝利の上げ潮を築きゆこう。 (誠) 引用

愚か者の{珍念}自分自身の執着を打ち破ることが難しいです、いっも

悩んでいます・・変革しているのは・・髪の毛だけです・・日々少しづつ

抜けています・・(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ変革してないのは固い石頭。

今日も反省しています。反省・反省で・・オウムより劣っています。

きっと あの世で閻魔さまから・浄波瑠璃の鏡を見せられ ( ^^) _旦~~

怖いので・・一段と精進します。

「山椒魚」?(@_@;)

  A11 珍念のひとりごと

屈託した心が求めるもの(珍念もそうかも知れないです)(*^-^)

井伏鱒二の「山椒魚」は昭和4年に発表された作品で、井伏

文学を代表する傑作として、有名である。

 いったいどこが優れているのか。まず、すっとぽけた、ユー

モラスな語り口の奥に、恐ろしく適格な観察の目があること

に注目して欲しい。水流や水中植物をはじめ、めだか、水

すまし、蛙、えびなどの生体の描写を注視すれば、多少とも

体験のある者ならば、それがどんなにリアルであるかに気

づくだろう。このつくり話は、そういう正確な筆によって生命を

与えられているのである。

 一方、この作品の主題は大変重い。この山椒魚は、うっかり

していたというだけのことで永遠に岩屋に閉じ込められてしまう

のだから、これ以上に悲しい運命はないと言ってよい。

 「山椒魚」は、ふと気がついたときには自分の状態が絶望

的状況におちいっていたという設定で始まります。

その絶望的状況を山椒魚は悲しむのですが、「くったくしたり

物思いに耽ったりするやつは、莫迦だよ」とばかりに、人が

苦しい状況のときにとるさまざまな心境をたどるのです。

 その過程に私たちは共感を覚え、身につまされもする

のですが山椒魚はとうとう本当の悪党になってしまう。

「悲嘆にくれているものを、いっまでもその状態に置いとく

のは、よし悪しである。山椒魚は良くない性質を帯びて来た

らしかった。」

 ある日、紛れ込んできた一匹の蛙を自分と同じように「生涯

ここに閉じ込めてやる」ことにしてしまいます。こうなると、前半

の頭でっかちになった失策を嘆き、幽閉の自分の身も省みず

に人を批評ばかりしている、お人好しな人物とは違ってきます。

とくに、最近の改作で最後の和解の部分がとられたとなると

人間の悲しい一面を提起した作品となります。

 (日本文学館:磯貝英夫 引用

▼ある、新聞の投稿(こだま)の記事を紹介します。

民主党変えた「山椒魚」支配  道根 馨さん

小説「山椒魚」戦時下の閉塞した状況を、的確に表現したと

される名作である。民主党は今や山椒魚そっくりの大幹事長が

すべてを支配し、少しでも批判めいたことを口にするなり、撤回

はしたが、解任の動きがあった。

▼民主党は野党時代には頼りないような気がした。が、明るさだ

けはあった。今はどうだろう。山椒魚の皮膚の色のように、党内

の空気は、澱んでいないか。

▼昨年夏、私たちが選択したのは、民主党の透明感であった。

だが、今や透明感のかけらもない。「密室政治」そのものである。

▼今のままでいけば、民主党は、参院選で票を伸ばすことは出来

ないのではないか。参院選に勝つためには山椒魚が一刻も早く

陸を離れ、川へ戻ることだと思う。

道根さまの論文に座布団10枚差し上げます (v^ー゜)ヤッタネ!!

まさに・いいえて妙です・・多くの方も そう思われていられるでしょう。

そうそう このコラムを読んで昨夜は井伏鱒二の「山椒魚」を3回拝読

しました・・それにしても 作者の筆致は素晴らしく名刀の切れ味が

するようです。 ちなみに 珍念おしゃべりは・・あはは・は (*^_^*)

あ・・・減らず口を叩きすぎました。 嫌われるので退散します。

平成「藤岡屋日記」 ( ^^) _旦~~

   A11 珍念のひとりごと

筆者の新聞斜め読みから感じた、面白い?(語弊があるやも)

{毎日新聞の余録。引用}・新党の「趣向」を紹介します。

▼江戸時代末期の事件やうわさを書き留めた「藤岡屋日記」には

天保時代の花見の茶番の傑作が記されている。花の盛りに人々

でにぎわう飛鳥山でのことだ。ござを広げて飲み食いしていた男女

4人連れのうち身重の女が突然産気づいた。

▼周囲はたちまち大混乱、人々は通りかかった医者を呼ぶ。やって

きた医者が薬箱を開ければ、なんと刺し身や酒肴が詰まっていた。

女の方は3升ほどの酒樽を着物の中から産み出す。三味線の男が

現れ、医者も産婦もその連れも歌と踊りで人々に酒食を振舞ったそうだ。

▼見物の人々は肝をつぶし、あきれはてたが、「今年の花見趣向の随

一」との評判をとった。当時のヒマ人らが茶番にかけた意気込みたるや

すさまじい。

茶番の失敗を笑いにした「花暦八笑人」という滑稽本も生まれている。

▼同じく時は花の盛り、いったい何が生まれるのかと人々がかたず

をのんで見守る。永田町の新党騒動だ。自民党に離党届を出した

与謝野馨元財務相は平沼赳夫元経済産業相とともに8日の新党結

成を表明し、結集が予想される顔ぶれやその影響力が取りざたされ

ている。

▼当人らにすれば、政権復帰の見込みの薄い自民党分裂や政界

再編への期待をこめた新党に違いない。だがすでに離党して新党

結成への意欲をみせる鳩山邦夫元総務相とは当面一線を画すば

かりではない。与謝野、平沼両氏も政策思想やめざす国家像では

隔たりがある。

▼生まれ出る新党が政策思想のまとまりを欠いた自民党のミニ版

ならば、さすがに見守る人々の間から出来の悪い「茶番だ」との声

が上がるだろう。国民の心をつかむ趣向の巧拙のほどは間もなく

わかる。

`;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!! 珍念 あきれ果てて語るに落ちる・・と・・・

コラム・「余録」に座布団10枚差し上げます。 ( ^^) _旦~~

辛口のおしゃべりの「珍念」今宵の論評は、御遠慮します。

蛇足ですから・・ ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

一枚の花びら (*^_^*)

  A11 珍念のひとりごと

「池田先生から、お預かりしてきました」。そういって、彼に

手渡されたのは、一枚の花びらだった。

▼昭和44年の春、東北での会合に池田会長(当時)が出席。

会場は咲き誇る桜に彩られていた。「陰で頑張る友に贈りたい」

と会長は音楽隊に桜を。受け取った責任者は、仕事などで参加

できなかった隊員のもとに足を運び、師の真心を届けた。

▼受け取った友は、自営業に多忙で、なかなか学会活動に参加

できなかった。しかし、これを機に奮起。

「弟子の成長を待つ師のために、絶対に負けない!」。彼は、花

びらを手帳に挟んで持ち歩き、一層の挑戦を誓った。結果、大きく

人生を開くことができた。

▼桜は花を散らし、夏に花芽を形成すると休眠状態に入る。

一定期間、冬の低温を経験することで、眠りから覚め、春に向かう

温かさに合わせ、加速度をつけながら開花の準備をする。

これを「休眠打破」という。常夏の国では、日本の桜が美しく咲かない

らしい。爛漫の開化には、冬の厳しさに、さらされることが必要なの

だという。

▼彼にもまた、試練の冬があったからこそ、一枚の花びらという

温かな励ましを縁に、立ち上ることができた。我らもまた休眠打破の

「時」を逃さず、勝利の人生を開花させたい。名字の言 (城)引用

○ 不肖。珍念・池田名誉会長の真心に涙が溢れて文字が・・・

よく見えません・・40数年前に師を求めた情熱が最近薄れかけて

いたようです。 深く深く反省しています。

この(コラム)を読んで、恥じています「ちゃらん・ぽらん」の珍念ですが

先生の激励で、毎日 楽しく過ごさせて頂いています。

ともあれ・・{自分が今いるところで勝つのである。いっか、どこかで

ではない。今いる使命の舞台で、全力を尽くして、「私はこれだけ

広宣流布を広げた」「悔いはない。やりきった」と満足のいく勝利

を飾ることである}。と恩師は語る。

あ・・愛犬が散歩に・・・・ぅう 即 実行します ( ^^) _旦~~

「桜を愛でる」(*^_^*)

  A11 珍念のひとりごと。

今日は、近くの公園に桜を見に行きました。

そよ風に靡いて花びらが・ひらひらと舞い落ちて池の畔に

絨毯のように敷き詰められて、その中で鯉が産卵のため水

しぶきを上げている様子は、一幅の名画のようでした。 

珍念ふと、( ^^) _旦~~{名字の言}に掲載された、桜の話を思

い出しました。

▼桜並木の川べりを親子が仲良く散歩している。

「この木は死んじゃったの?」「そう見えるね。でも、ちゃんと

生きているよ。もうすぐ春になると、奇麗な花を、枝いっぱ

いに咲かせるんだよ」会話を聞いて、こんな話を思いだした。

▼染職家の志村ふくみさんを訪れた、詩人の大岡信氏。

美しい桜色に染まった糸で織った着物を見て、訪ねた。

(「この色は何から取り出したんですか」。{桜からです}と志村

さんは答えた。素人の気安さで、私はすぐに桜の花びらを

煮詰めて色を取り出したものだろうと思った。実際はこれは

桜の皮から取り出した色なのだった。あの黒っぽいゴツゴツ

した桜の皮からこの美しいピンクの色がとれるのだという)

「言葉の力」 {大岡信著}

▼何という不思議だろう。しかも、花の咲く直前が良いのだと

いう。厳しい寒さに耐え、枯れ果てたように見える木の中で

やがて咲き薫る花の準備が、全力でなされていたのだ。

「冬は必ず春となる」(日蓮大聖人)とある。冬の中にこそ

春を生み出す力があり、苦難と戦う心に希望が生まれる。

「ながいながい冬があってこそ、さくらの春がくるんだよ」

(少年とさくら)池田大作著

人生を勝ち開く真髄がここにある。 珍念。まだまだ修行が

足りませんです。すぐに、人の振る舞いに心がまだ揺れて

います・・不動の一念がまだ 定まっていないようです。

今夜も深く反省しています・・一段と深い祈りをします。

あ・・また能書きが過ぎました。 閻魔さまから叱られる・・

消えます (○゚ε゚○)

一番大切なもの (*^_^*)

   A11 珍念のひとりごと です。

「声は第二の顔である」。これは{フランスの作家・ボーエル}の

有名な言葉である。

声にも、それぞれの「相」がある。「声紋」は「指紋」と同様に

個人差があり、犯罪捜査にも利用されている。

また西洋中世の言葉に「人物を知るのに、声ほど確かなもの

はない」とある。声は鏡であり、その人の生命状態、境涯が

くっきりと映しだされる。声は、ある意味で、顔の相以上に

その人の真実を雄弁に語る。

 話している人の生命力、説得力、成長ぶり、話している内容

に裏付けと確信があるか、策か本心か、声を聞けば、大体わか

るものである。  ( ..)φメモメモ

▼天台大師は「上医は声を聴き」(優れた医師は、声を聞いて

診断し)と説いている。声には体調の変化も如実に表れる。

発声には、ほとんど全身の諸器官が関係するからである。

もちろん心理状態も大きく反映される。ちなみに、天台大師は

上中下と分けた医師のうち残りの中医と下医は、それぞれ

 「中医は色を相し、下医は脈を診る」(中ほどの医師は、表に

表れた顔色や体の様子を観察し、その他の下医は脈をとって

診断する)と述べている。

▼古代中国の篇鵲とは伝説の名医。一個人ではなく、ある

学派を指すとの説もあるようですが、広い知識を持ち、特に

脈診が優れていたとされる。しかし、その篇鵲よりも、優れた

医師がいたという。

▼昔、魏の文候が篇鵲に問うた。「君が兄弟三人あり、誰か

最も善く医をなすや」と。篇鵲が答えた。長兄は、病気の兆候

がないうちに病根を取り除く。故に、その名は家の外で知られ

ることがない。次兄は、病気の兆候が、極めてわずかなうちに

病を癒す。故に、その名は知れても一地方を出ない。

私なぞは、手術を施し薬を投じて派手に治療するので、その名

は、諸侯に及ぶと(厳本善冶編「海舟座談」岩波文庫)

▼兄たちの治療は、あまりに巧みすぎて、人々はその技量の高

さに気ずかない。それをちゃんと見抜いて、兄たちを称える篇鵲

も、やはり優れた人だったのだろう。

▼珍念・・日々自身の課題に挑戦し続けています。 それは

”自分を飾る”作業ではなく、”自分を磨く”努力ですが! 

大切なものほど、なかなか見えない。しかし、見ている人

は、いるだろう。

先日、ある婦人の方から「珍念さん・池田大作名誉会長の

偉大さを語って、語り抜いて行く使命があります」と激励を

うけました。

今一番大事な事は、自分の、目の前の人を大切にしていき

たいと思っています。  あ・・今夜も、減らず口を・・(#^.^#)

「孝女白菊」に思いを馳せる

   A11珍念のひとりごと です。

読者の皆さま 「孝女白菊」(こうじよ・しらぎく)を、ご存じでしょうか。

先日、南阿蘇の友人を訪ねた時、「孝女白菊の碑」を見かけました。

いまや死語化した感のある「孝行」広辞苑によれば「親を敬い、よく

つくすこと」とありますが、そんな孝行を尽くした娘のことを「孝女」という。

と、いっても今の若い人には「ぴん」と、こないのでは、と、珍念思います。

 この物語は事実談によるものともいわれ、井上鉄次郎博士が作った

漢詩「孝女白菊詩」{七言にて404句からなる}を落合直文氏が新体詩

に書き直したものです。

◆今から140年前のことです、肥後の国の熊本の町はずれで身分の

高い奥方に、白い菊の中に捨てられていた赤ちゃんは拾われて白菊と

名ずけられ、心やさしい夫婦に大切に育てられ、賢く、美しい娘に育ち

13歳の時、明治10年(1877年)西南戦争の時、父の本田昭利は

熊本城に篭り薩摩軍と激しい戦をしていました。

白菊と武子は戦火を逃れ、ぶじ阿蘇山の麓のあばら家で、戦争の

終わるのを待ちました。

◆しかし父昭利のその後はまだ、わかりません、そのうち武子は重い

病にかかり「白菊や、兄の昭英を探して、結婚するのです、二人で

幸わせにお暮しなさい」と言い残しこの世を去りました。

ある日のことです。「おたずねもうす」と「山奥の、こんな貧しい家を

たずねるのは、どなたでしょう」白菊が戸をあけるとそこに夢にまで

みた父がいました「父上様」白菊は思わず、父の胸に飛び込みました。

◆母の死をしると深く悲しみましたが、まずしいながらも・・幸せに

くらしていましたが、ある日狩りに出たまま行方不明になり・探しに行く

と、ある 山寺に泊めて貰い父を探している時山賊に捉えられましたが

山寺のお坊さんに助けられ、思いも寄らず、白菊の兄の昭英がお坊

さんになり修行をしている所でした。

それから二人はまたもや 山賊に襲われ「白菊お前は逃げろ」と・・

逃げる途中に、偶然、お爺さんに会いこの家で暮らし始めて3年に・・

「村長さんの家でお嫁にほしいと言われたのでどうか承知しておくれ」

白菊は「私は白い菊の中に捨てられ、やさしい母上に拾われた子です。

その母上が亡くなるとき、家を出た兄上のお嫁になれと言い残され

ました。私は、ほかの人のお嫁になることはできないのです」

悩み、苦しんだ末、白菊は細い月が出ている夜、村から遠く離れた

川をさかのぼり崖から身を投げようというのです。

白菊は、流れる涙をぬぐいながら崖の上にたって胸の前に手を合せ

「父上さま、兄上さま、どうか、この私をお許しください、私は母上の

もとにまいります。」崖から飛び込もうとした時。[まて、早まるでない]

兄の昭英でした。二人はお爺さんの家に戻りこれまでお世話になった

お礼を述べ昭英と白菊がなっかしい阿蘇山の麓についたのは、もう

春も終わり頃、緑の美しい季節になっていました。

◆壊れかけた扉を開くと家から出てきたのは父昭利でした。

白菊は父にしがみつきました。父も子も、ただ嬉しそうに噎ぶ

ばかりです。これからは、親子3人の楽しい暮らしが待っています。

○「阿蘇の山里、秋ふけて。ながめさびしき、夕まぐれ、いずこの

寺の鐘ならむ。諸行無常と、つげわたる。おりしもひとり、門に出で。

父を待つなる。少女あり。」この詩には、これまでになかった日本語

の美しさ、七五調のリズム、が 醸し出て・・心を揺さぶられます。

西南戦争後の物語の内容は時代遅れであり、封建時代の余習

が見えないわけではない。それらを前近代的として、一蹴するのは

簡単である。そうではなくて、時代が大きく変わる前夜の混沌とした

状況の中での親子愛・兄弟愛・家族愛が物語には貫かれており、

それは普遍的な人間愛にも通じる。

現代という視点からこんなふうに読み解くことは、不可能であろうか。

現在も「白菊伝承」が生きており、南阿蘇の長陽・黒川に立つ

「孝女白菊の碑」を里の人たちは見守り続けている。

あ・・・珍念 おしゃべりが過ぎました。 嫌われるので消えます。 (#^.^#)

  
 

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